ようこそ個人主義者のいる教室へ 作:ボロネーゼ
「ぎゃはははは!バッカ、それ面白すぎだって!」
池が山内と大笑いしながら話していた。池、山内、須藤の三人は早くも三バカなどと呼ばれている。
「ねえー今日、カラオケいかない?」「行く行く〜」
その隣では女子が遊びに行く約束をしている。
だが、今は休み時間ではなく、二時間目の数学の授業中だ。なのに、クラスでは私語、遅刻、授業中に携帯を触るなど、他の学校では注意され、やめなければ指導されるようなことがこの学校では注意一つされない。正直、授業の状況は許容できないほどになっている。なのに、まるでその状況が一切見えていないかのように授業は淡々と進む。つまり、教師は注意する気もないということだ。
入学初日に確認したようにこの教室には大量に監視カメラが仕掛けられている。全員が死角にならないような配置で。つまり、学校側は教室にいる全員の行動を把握しているのだ。把握した上で泳がせている。注意もしないなら監視なんて本来必要ないはず、なのに監視はする、ということは何か別のことで図られ評価されていることになる。そしてそれはおそらく…
その時、チャイムが鳴り授業が終わる。先生が教室から出て行き、生徒たちもバラバラと出て行く。
俺の予想が当たっているなら一度教師に確認しなければならないが、説明がないということは質問しても無駄だろうな。
その時、俺の携帯が振動する。俺がこれまでに連絡先を教えたのは、一之瀬、綾小路の二人だけだ。綾小路は携帯を触っている素振りがないので十中八九一之瀬だろう。
『今日の放課後って空いてる?』
というメッセージに、
『空いてる』
っと返す。すると向こうもすぐに返ってきて、
『じゃあ、放課後、お茶でもしない?』
一之瀬からお誘いのメールが届く。俺はすぐに、
『ああ、いいぞ。』
と返す。
『よかったー、じゃあ、下駄箱で待ち合わせね。』
『了解』
そこでメッセージは一旦途切れる。
この学校に入学して三週間目にして初めて放課後遊びに行くことになった。これまでの人生で友達と遊びに行くといことがなかったので違和感のような、そわそわしたものを感じていた。
三時間目、茶柱先生の日本史の授業だ。担任が相手でも授業の様子は変わらない。
しかし、いつもと違うことを言い出した。
「ちょっと静かにしろー。今日はちょっとだけ真面目に授業を受けて貰うぞー」
「どういうことですかぁー。紗枝ちゃんセンセー」
一部ではもう愛称で呼ばれているみたいだ。そんな柔らかい雰囲気の教師じゃないと思うが、
「月末だからな。小テストをすることになった。後ろに回していってくれ」
「えぇ〜、そんなの聞いてないっすよぉー。ずるーい。」
「まぁ、そう言うな。成績表には影響されないから。安心していいぞ。あくまで今後の参考用だ。だが、カンニングは厳禁だからな」
茶柱先生の『は』という言葉が妙に気になった。『は』ということは、成績表以外のものには含まれる。という意味にも取れる。入学式の時も同じような含みのある発言をしていたが、今回もそれと同種っと言ったところか。
すると、俺の手元には、国語、数学、理科、社会、英語の5教科の問題がまとめられたプリントが配られる。プリントの内容はとても簡単で拍子抜けするくらいだった。しかし、最後の三問は桁違いの難易度だった。高校二、三年生相当の難易度だろうか。
(さて、どうするか。入試と同じで、ちょっと遊ぶか。)
茶柱先生はカンニング防止のためか、教室を巡回している。死角のない監視カメラがあるんだから巡回しなくてもいいんじゃないだろうか。そもそも他の生徒たちは、監視カメラがあることに気づいてないのだろうか。……いや、流石に気づいてたらあんな授業態度にはならないか。
学校が終わり、俺は一之瀬との約束があるのですぐに教室を後にする。
下駄箱に向かうと、生徒はまだまばらで、一之瀬もまだのようだった。俺は、近くの壁にもたれ掛かりながら待つ。
…………早く来過ぎたな。
しかし、友達と遊びに行くっと言っても相手は一之瀬だ。これは、噂に聞く、放課後デートってやつだろうか。男女が遊びに行く事象をデートと呼ぶならば、これもそう呼んでもいいのではないか?いや、やめよう。俺一人で勝手に盛り上がっても恥ずかしいだけだし、一之瀬にも迷惑だろう。
俺がそんなことを考えていると、下駄箱に少しずつ人が集まってくる。すると、
「やあ、八剣君、今帰り?」
そんな爽やかな声が聞こえてくる。Dクラスの代表とも言える存在、平田洋介だ。
「まぁな、平田も帰りか?」
「いや、僕はこれから部活だよ。サッカー。」
そう言えば自己紹介でサッカーが好きで、この学校でもサッカーするって言ってたな。
「そうか、大変だな。」
「そうでもないよ、確かに練習はキツくて、疲れるけど、それ以上に楽しいからね。友達や、先輩も優しいし」
「そうか、じゃあよかった。」
「八剣君は部活入らないの?」
「ああ、今のとこ考えてない。」
「そうなんだ、この前の水泳すごかったよ。クラスでも話題になってたんだ。」
「そうか、まぁ、水泳は得意だからな」
「そうなんだ。それで、最近どうかな?友達とか、クラスは」
「普通じゃないか?俺も綾小路たちと仲良くやってるし」
「そっか、ならいいんだ。今度、一緒に昼ごはんでもどうだい?」
「ああ、いいぞ。また誘ってくれ」
「うん、あ、引き留めてごめん。また明日学校で」
「おう。じゃあな」
そう言って平田は去って行った。
平田は俺がクラスに馴染めきれてないと感じて話しかけてきたのだろうか。そういうことは、本来教師の仕事だと思うが、平田としてはクラスで誰かが浮く、みたいな状況は避けたいということか。高円寺はすでに浮いているっちゃ浮いているが、あいつはそういうタイプじゃないしな。
「ごめん。クラスの子の相談が長引いちゃって、待った?」
一之瀬が走りながら、俺の元に来る。
「いや、そんなに待ってない。気にしなくてもいい。」
「そっか、ありがと。それじゃあ、早速行こうか。」
俺は一之瀬の言われるがままについて行った。
俺たちが来たのは、少し学校から離れたおしゃれなカフェだ。てっきり学校の中にあるカフェ『パレット』かと思っていたのだが今思うといい意味で裏切られたかもしれない。学校の近くだと結構目立つしな。
「いやー、ここ来たかったんだよね〜」
どうやら一之瀬も初めての店だったらしい。
「そうか。一之瀬なら来たことあると思ってたんだがな」
「私だって、そんな毎日どこかいってるわけじゃないよ」
「意外だな。結構そういうイメージあるぞ。友達とかと」
「にゃはは、確かに友達と遊ぶこともあるけどね」
一之瀬は苦笑しながら、メニューを見る。一之瀬が選び終えたら、俺にもメニューを渡してもらい、店員さんを呼んで注文する。
「それにしても、この学校いいとこだよね。こんなに自由っていうかさ。いいとこすぎて怖いくらい」
「ああ、それは同意するが……」
「?」
一之瀬が首を傾げて俺の顔を見ている。可愛い。じゃなくて、
「まず現状が卒業まで続けばどうなると思う」
「えっと……毎月10万ポイントが支給されて、自由に遊べる。さらには、卒業時には希望する進路が約束される」
「ああ、そうだな。」
Bはどうか知らないがDは授業態度のこともある。
「やっぱり、ちょっと変だよね。高待遇過ぎるっていうか」
一之瀬も疑問に思っているみたいだな。
正直、入学時から妙だと思っていた。教室や街の監視カメラの量、入学時の10万ポイント支給、授業態度の放置、そして茶柱先生の意味深な発言もしこれらが全て繋がっているなら。
「一之瀬、教室に大量の監視カメラあったろ?なんか担任から言われなかったか?」
「監視カメラ?!そんなのあったの?」
やっぱり気づいてなかったか。確かに分かりにくくてかつ見えにくい配置だからな。
「Dクラスにはあった。絶対とは言い切れないがBクラスにもあるんじゃないか?」
「そうだね。Dクラスにあったならうちにもあると思う。でも、なんで?」
「それはまだわからない。だが、俺の予想だと、約一週間後、5月1日に真実が明らかになるはずだ。そして、そこからこの学校生活の本当のスタートだと思う。」
「本当のスタート?」
「ああ、入学時に、担任がこういったんだ。毎月ポイントは一日に支給されるってな」
「うん、私たちも同じこと言われたよ」
「ああ、ここで重要なのは、支給されるってとこだ。」
「えっと……」
ふむ、もうちょっと砕くか。
「一之瀬は来月何ポイント支給されると思う?」
「10万ポイント?」
「ああ、普通はそう思うよな。だが、学校は一日に支給されるって言ったのであって、10万ポイント支給されるとは言ってない。」
「っ!?」
一之瀬も気づいたみたいだな。
「つまり、来月からは何ポイント支給されるかは未知数ってことだ。そんな状況で至る所にカメラが仕掛けられているってなると…」
「監視して、その行動や態度によってポイントが変動する」
「そうだ。それとうちのクラスの話なんだが、遅刻をしたり授業中私語をしても、一切怒られないんだ。」
「……それって、来月のポイントが減ってるからってこと?」
「その通りだ。すでに罰は受けているって考えれば納得はいくだろ」
「確かに」
「極め付けは、スーパーやコンビニの無料棚や食堂の無料の定食だ。ポイント枯渇用の救済措置なんだろうが、月10万も貰えるのにそこまで枯渇するのは明らかに生活として破綻してる。一回、昼頃に食堂を見に行ったことあるけど結構いたぞ、0ポイントの山菜定食を食いながら、自販機で0ポイントのミネラルウォーター飲んでる、あれは多分先輩かな」
「…………………」
一之瀬は何か考えるように黙り込んでいる。
「でも、なんで5月1日なの?入学の時からでもよかったんじゃ……」
「それは言い切れないが、学校側は試しているんじゃないかとも思う。そのシステムを見抜けるかどうか。もしくは不信感を持って行動するか、しないかとかな。」
「………そうかもね」
「ま、あくまで予想だ。その可能性を考えつつ5月1日を待とう」
「うん」
一つ解せないのは、食堂で見た真面目そうな先輩も0ポイントの極貧生活を強いられていたことだ。真面目そうに見えるだけで実際はそうじゃないのかもしれないが、もしそうじゃなかった場合真面目にやっていてもポイントが充分に貰えてない可能性がある。その場合になると、評価対象は個人じゃないのかもしれない。そうなると全体の評価となるが、その全体っていうのはおそらく…
(ちょっとまずいか、来月の金策考えるか)
「えっと、話が急に変わって申し訳ないんだけど…」
「ん?」
「私のこと昔は帆波って呼んでたのに、なんで名字になっちゃったの?」
一之瀬が何故か心配そうな表情で聞いてくる。嫌われているかも、とか考えているのだろうか。だが、流石に小学生の時と同じとはいかないだろう。
「いや、えっと、まぁ高校生だし。他の皆んなも名字で呼んでるしな。」
「…………八剣君」
「ん?」
「なんかムズッとしない?」
まぁ、たしかに一之瀬からは迅くんと呼ばれていたからな。確かに急に変わると少し変な感じはするが、
「まぁ、確かにな」
「私もそういう気持ちなの。だから迅くんも帆波って呼んでよ。」
「んー」
帆波って呼ぶこと自体はいいんだが、俺が一之瀬を名前で呼ぶと、周りから色々と誤解を招きそうなんだよな。けど、一之瀬はそう呼ばないと納得してくれないだろう。こういうところは頑固だからな。となると落としどころを付けなければならないな。
「…………二人きりの時だけなら」
「うーん。まぁ、今はまだそれでいっか。」
今はって、
「よろしくね。迅くん。」
「ああ、よろしく。………帆波」
やっぱ恥ずかしな、これ。