灯りが失われしばらく身動きが取れなかった健軍駐屯地の幹部達だったが、揺れが収まっていくと次第に落ち着きを取り戻しておそるおそる机の下から出てくる。
「けっこう揺れたなぁ」
「うむ、南海トラフ地震だったら嫌だな」
一人の幹部がスマホの懐中電灯アプリを起動すると、物は散乱しているがそれほど目立った被害はなさそうだった。
「あれっ、電波がないな」
別の幹部はスマートフォンでヤプーサイトやSNSを開くも圏外になっており一次情報の収集ができないのは痛かった。
おそらくアンテナや基地局が壊れたかサーバーがパンクしたのだろうか。
そうなると空からの情報収集が一番確実だが、あの揺れでは滑走路も点検のためしばらく閉鎖されるだろう。
滑走路にヒビが走れば離着陸に影響がでるし、破片でもあったらエンジンに吸い込んで墜落してしまうこともある。
無人偵察機のことRQ-4 グローバルホークは青森県三沢基地にあるが、青森から九州までは流石に遠すぎる。
(あれしかないか。地震で壊れていないことを祈ろう)と第8師団長の
北熊本駐屯地の第8師団第8情報隊にある無人偵察機スキャンイーグルがあったはずだと。
アメリカが開発した無人偵察機であり、2019年に本格的に導入したばかりの無人偵察機である。
離陸は滑走路を用いない圧縮空気によるカタパルト方式なので、こういう時にはうってつけだろうと判断した。
幸いS波が来る前にドアが開けられていたため、部屋に閉じ込められるという最悪の事態は避けられた。
廊下に出て灯りを照らすと、ところで壁がはがれたりヒビが入っていた程度だった。
「これだと震度5強くらいか?」
最大震度7を2回も記録した2016年熊本地震では建軍駐屯地や北熊本駐屯地などで施設内の一部が崩壊するほどの被害が出た。
「うむ、まず対策本部は外にしよう。耐震工事を終えてるとはいえ余震が来ると被害が大きくなる可能性があるからな。被害状況の情報収集を素早くやるぞ」
西部方面総監の
自衛隊法は結構複雑だ。
災害が発生した場合まずは自治体や海上保安庁が対応するが十分な対応ができない場合、自衛隊法第83条により、市町村長の要請依頼を以て都道県知事などの派遣要請により行うことを原則としている。
しかし市町村長が何らかの事情でその要請依頼ができない場合、防衛大臣または大臣の指定する者に直接通知することができる。
そしてその要求を確認した防衛大臣または大臣の指定する者が、派遣すべき事態かどうか統合的に見て認められると部隊派遣命令を出せる。
第2項では突発的な大きな災害が起こりその対応として特に緊急を要し、要請なんぞ待っていられない!となった場合、防衛大臣または大臣の指定する者がその要請を待たずに派遣を命令することが出来る。
これを自主派遣と呼ばれ、今この場で出せる一番偉い人は方面総監である。
また、第3項には庁舎や営舎などの施設又はこれらの近傍に火災その他災害が発生した場合は部隊などの長は、部隊を派遣することができる。
しかし災害派遣の実施については公共性(公共の秩序を維持するため、人命および財産を社会的に保護しなければならないか)、緊急性(差し迫った必要性があるか)、非代替性(自衛隊の部隊が派遣される以外にほかの適切な手段がないか)の3つの要件に概要しているかを判断しなければならないのだ。
会議室を後にした関川陸将は懐中電灯で照らしながら外の様子を確認しようと廊下を歩いていると、幹部達が息を切らしてこちらに向かってきた。
あの慌て方をみるとかなりの被害がでているのだろうか。
関川陸将は何が来てもいいように心の中で身構えたが、予想斜め上の報告がいくつもあがった。
「闇が広がり外に出れない」
「隣の建物や駐屯地周辺の住宅地等が一切見えない」
「火の手どころか星空一つも見当たらない」
どういうことだ、と関川陸将が思わず言い放ったが百聞は一見に如かずということなので、幹部たちとともに辺りが一望できる屋上へと急いで上がった。
階段を駆けあがり屋上の踊り場に到達すると報告通り、何も見えなかった。いや、闇に包まれているといったほうがいいだろう。
深淵の深海か、はたまたブラックホールなのか。
不気味なほどシィン、と静まり返っていた。
いくつかの懐中電灯が向こうを照らしているが、光を吸収しているかのようで一切明るくならない。
「な、なんだこれ…?」
「集団幻覚…?」
「夢ではないのか?」誰かが言うと幹部たちが自分でビンタしたり頬をつねったりしたが、ジンジンとした痛みがある。やはり夢ではないようだ。
「無線はどうなんだ?繋がるのか?」関川陸将が質問すると、無線機を持った隊員が悔しそうに首を振った。
「どれも試していますがうんともすんとも……」
隊員はもっている無線機を幹部たちに近づけると、どの周波数を合わせてもノイズ音だけが悲し気に鳴り響いていた。その様子を見た幹部たちは絶句した。この事態にどのような対処をすればいいのか誰もが頭の中でフル回転していた。
「市民や外にいた隊員たちの状況が不明だ。どうやって確認する?」
「それならロープを体につけて命綱のようにするのはどうでしょうか?」
「暗視装置もつけていきましょう。建物内の倉庫にあったはずです」
万が一の有事に備えて武器庫だけでなく様々なところで装備品を管理していたが、まさかここで役に立つとは誰も思わなかった。怪我の功名とはこのことをいうのだろう。
次々と対処案があがり少し安堵した空気が流れた矢先、風が強く吹き始めたかと思うと地鳴りがおどろおどろしく響き渡り、周りがピカピカと光ってきた。
そして全ての懐中電灯がショートしたかのように切れてしまった。電源を何度もオンオフしても結果は変わらなかった。
「くそっ、こんな時に限って!」
「この人数で階段はまずいっ、せめて踊り場か下の階でしゃがめ!」
屋上の踊り場は人で溢れかえっていたため、階段で様子を見ていた幹部らは慌てて下り余震に耐えようと頭を守る防御姿勢であるダンゴムシの状態になった。
屋上につながる戸を閉めるとほどなくして余震が建物を揺らし、ミシミシと軋む音と雷が余計に恐怖を掻き立てた。
余震と闇と雷に飲まれた現象は同時刻、九州に存在する自衛隊基地で見られた。
春日基地や新田原基地、鹿屋航空基地では飛行場灯火すら消えて完全な暗闇の中に取り残された。パイロットらはエプロンで待機していた航空機に乗り込み、前脚の支柱についているタクシーライトをつけようと試みたがどういうわけかシステム類が動かずがっくりと肩を落とした。
佐世保基地でもそれぞれの艦船が汽笛やサーチライトを使おうとするも、同じく作動せず断念。どの護衛艦もなすすべがなくただ事態を見守るしかなかった。
「ふぅ……さすがに数も多いし時間もかかったけどうまくいってくれてよかった」
地震は全くの偶然だったがこの機を逃すまいと猫を全て投入した。
おかげで地震のせいと少しは誤魔化しができるだろう。
「申し訳ないけど暫く借りていくよ」
彼女らは飢えていた。
ここ最近出番がなく、仲間と猫でゴロゴロモフモフしたりする日々を過ごしていた。
当然鬱憤は溜まりなにか面白いことはないかと話し合っていると、ある一人のエラー娘が発言した。
「下界で転移・召喚ものが流行っているらしいからそれをしてみたい」
「それいいね!」
「じゃあ初代に頼もう!」
早速初代エラー娘に相談すると、あっさりと承諾した。
彼女曰く、「私も暇だったし、新しい刺激がちょうど欲しかった」と。
調べていくと転移や召喚の他に転生もかなりあることが分かったが、全部同じじゃないですか?という状態に陥った。
「これだから素人はダメだ。もっとよく読みなさい」と初代はアドバイスを送る。
じっくりと読み進めていくと大まかに分かってきた。
「転生は一度死んで異なる人物に生まれ変わることが多いね。これはちょっと違うか」
「そうなると転移?」
「うーん、召喚のほうがいいんじゃないか?こちらの暇つぶしとはいえ事が済んだら元の世界に戻したいし」
「確かに……そういやどこの異世界に送るつもりなの?」
「あっ……どうしようか」
「中世ヨーロッパ風が大部分を占めているけど技術差が大きすぎるね。かといって近未来的だと難しいな」
「となると近代かなぁ。ちょっと本あさってくるわ」
1時間後、図書館から戻ってきたエラー娘が戻ってきた。
「この世界だとIFだけどどう?」
「おぉ、これはおもしろそう!」
早速レポートでまとめ、それを初代エラー娘に提出するといい反応が返ってきた。
「素晴らしいレポートね。後ほどネコ用のマタタビと報酬を渡すわ」
やったー!とエラー娘たちは喜びながら初代の部屋を後にする。
「さぁて、色々と準備しなきゃね」
初代エラー娘は白衣をバサッと着ると猫を抱えラボへと入っていった。
1945年10月30日
この年は季節外れの台風が発生し種子島の南東海上を進んでいた。
そのため前線の活動が活発し、夕方にはバケツをひっくり返したような豪雨となっていた。
佐世保鎮守府では空襲で焼けてしまったため本部を地下防空壕に移しているが、扉から雨水が大量に入り込み階段は滝のようになっている。
外ではこれ以上水が入ってこないよう第3217設営隊が土嚢を積み上げたり排水しているが、日暮れで暗くなり圧迫感を覚えるような豪雨の前になかなか作業が進まなかった。
突如空が閃光のよう光ったかと思うと、戦艦の砲撃がかわいく見えるレベルで稲妻が近くで落ちた。
びりびりと大気が震えるような轟音に、爆音に慣れている彼らも心臓が口から出るほど驚き中には倒れこんだ兵士も出てしまう。
「くっ……とても近くに落ちたな。一旦作業中止だ!」
隊長がなんとか耐えて叫ぶが、この豪雨と雷で聴覚が低下してしまっていたため反応した兵士はごくわずかであった。
地下防空壕本部でも落雷ははっきりと聞こえ、上からぱらぱらと土埃が落ちてきたほどだ。
電球の光が一瞬消えるもすぐ復旧し何事もなかったかのように地下を照らしていた。
「外はすごい天気ですな」参謀である西村友春少佐が話しかける。
「うむ、連合国軍にとっては最悪の天気でいいがここも同じだ。これ以上被害を出さないためにも止んでほしいな。あとどれくらいで止むのかを気象班に確認してほしい。あ、それから最新の台風進路とうねりの予報もお願いしたい」と司令長官である杉山六蔵中将が指示を出す。
部下が敬礼し退出するのを見届けた後、杉山中将は机の上においてある日本軍の配置図の書類に目を落としていた。
連合軍の上陸に備え陸海と共同でトーチカを作っていたが、九州南部は破局的噴火によって出来たシラス台地が広がっているため、堀削に苦戦した。
せっかく出来上がった数少ないトーチカがこの大雨による土砂災害で失ってしまえば防衛に穴が空いてしまうだろう。
それにうねりが続けば海岸に秘匿している特攻兵器が出せない恐れもあった。震洋なんて小型のボートだから敵にたどり着く前に転覆してしまっては元の子もない。
ゆえに杉山中将はこれからの天候が気掛かりになっていたのだ。
しばらくすると報告が来た。
気象班によると台風はこれからさらに速度を上げ、北東へ進み高知沖へと進むようだ。
天候は回復しうねりに関しては6mほどのが続くが、次第に落ち着くそうだ。
「そうか、報告ありがとう」と杉山中将は少しだけ安堵した表情を見せた。
これで心置きなく戦えると。
しかし彼らは知る由もなかった。
あの雷でまさか空襲前の佐世保鎮守府がなぜか2つも出現し、そしてこの現象はここだけではないということに。
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