革命の風に想いを込めて   作:菜花なのは

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第四話 入部テスト

翌朝。瑠那たちはサッカー棟のグラウンドで朝練を行っていた。しかし皆心ここに在らずといった様子で練習に身が入っておらず、やはり一日では自分の気持ちを消化しきるのは難しかったようだ。

 

「入部希望者、どのくらいいると思いますか?」

「あんな騒ぎがあった後だ。今年はちょっと読めないな」

 

三国はボールを蹴りながら霧野の問いかけに答える。

昨日の騒動は、きっと新入生含め学校全体に知れ渡っているはずだ。名門と名高い雷門サッカー部が新入生率いるチームに大差で負けたという汚名も当然。雷門の実力を知り、期待外れだと入部を断念する者も少なからずいるだろう。今のところ、期待できるのは天馬と信助の二人のみだが・・・。

 

「神童、なんで昨日あんなことを言ったんだ?」

 

今朝からずっと、何か思い詰めたような表情をしている神童。足元に転がったボールを見つめながら静かに答えた。

 

「・・・やる気だけじゃ、どうにもならないこともある」

 

やれやれ、という言いたげな顔で呆れた霧野は腰に手をやる。神童の気持ちはわかるが、キャプテンにあんな言い方をされれば天馬たちもショックを受けるだろう。

 

「俺たち、なんでサッカーやってるのかな」

 

誰もその呟きに返せる言葉が出てこなかった。

サッカーをする理由。純粋にサッカーが好きだから、という者がほとんどだろう。フィフスセクターに嫌がらせ紛いなことをされても、サッカーが好きだから続けている。でも今は、本当に心の底からサッカーが好きだと言えるのだろうか。

 

(・・・私は、どうなんだろう)

 

サッカーが好きなわけでもない。内申書目当てで入部したわけでもない。小学生の頃、クラスメイトだった神童と霧野に誘われて、サッカーを好きでもなければ何の知識もないのに『なんとなく』始めて、今も『なんとなく』続けている。私にサッカーをする理由なんて果たしてあるのだろうか。

 

「残ったこの10人で、雷門サッカー部をなんとかしていかなくちゃ・・・!」

 

そして神童の蹴ったボールが高く上がった時、どこからともなく現れた人物がそのボールを奪った。瑠那たちは驚いて見上げると、その正体に目を見張る。

 

「11人ですよ」

 

現れたのは、サッカー部をこんな状況に陥れた張本人である剣城だった。力強いシュートがゴールネットを揺らすと、背後でそれを拍手する音。振り向くと、したり顔で微笑む金山理事長と冬海校長が観客席にいる。なぜ剣城だけでなく、金山と冬海までがここにいるのだろうか。

 

「剣城くんは、サッカー部に入ることになった」

 

金山のその突然の告発に、瑠那たちは動揺を隠せなかった。

昨日あんな騒動を起こし、サッカー部を滅茶苦茶にしておきながら入部させるなんて・・・、と。しかしこれもフィフスセクターの指示なのだろう。フィフスセクターに逆らえば部活だけでなくその学校側も罰せられる。だから金山は快く引き受けたのだと瑠那は察した。

 

「よろしくお願いします。キャプテン」

 

当然神童は納得がいかない様子だったが、理事長の意向が絡んでいるだけにキャプテンといえども入部を許可せざるを得ない。

 

「さぁ、剣城くんにユニフォームを」

 

用意された新しいユニフォームを持つ神童の手は、屈辱に震えていた。皆がそれを険しい表情で見守る中で金山に「さぁ、早く」と促され、神童は歯を食いしばりながらもユニフォームを差し出す。しかし剣城はそのユニフォームを払いのけた。雷門サッカー部の尊厳を傷つけられた怒りでキッと剣城と睨みつける。

 

「わかっているのか!? 雷門のユニフォームだぞ!」

「俺はフィフスセクターの監視者。お前ら如きとは違う」

「剣城・・・!」

 

悪びれもせず平然とした様子でいる剣城。神童は殴りかかろうとするが、咄嗟に三国が止めに入った。

 

「やめろ、神童!」

「しかし・・・!」

 

殴りかかるのも無理ないが、ここで暴力を振るえば事態を余計に悪化しかねない。今は大人しく彼らに従うしかないのだ。

三国にそう目で訴えられた神童は、グッと堪えるように拳を下ろす。

 

「で、では、挨拶も済んだようだし・・・まあ、そういうことで」

 

面倒事に巻き込まれるわけにはいかまいと、金山は冷や汗を流しながら冬海を連れてこの場を立ち去った。その後に続く剣城の背中を睨みつける神童。込み上げる怒りを抑えて唇を噛み締める神童のその姿は、誰も見たことがない、幼なじみでよく一緒にいた瑠那でさえ初めて見せた一面だった。

ただでさえ慰めなど性にあわないことは苦手なのに、その戸惑いからかける言葉は見つからず、瑠那は無惨に地面に捨てられたユニフォームを静かに拾い上げた。

 

 

 

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授業が始まっても、神童は浮かない顔をしていた。大方、サッカー部をこれからどう立て直せばいいのか悩んでいるのだろう。昼休みはいつも霧野と昼食を食べているのに、先程「一人にさせてくれ」とふらっと教室からどこかに行ってしまった。瑠那は教室の隅の壁に背中を預けながら、隣を一瞥する。教室の中でふざけて騒ぐ男子や、固まって椅子に座って談笑する女子を、ぼんやりと眺める霧野の姿があった。

 

「神童、今朝からずっとあの調子だね」

「あいつは責任感が強すぎるんだ。サッカー部が心配なのは、俺たちも一緒なのに・・・」

 

いつも青緑色に光るその大きな瞳は、花冠を垂らす萎えた花のように伏せられていた。

霧野もまた、神童にどう声をかけるべきか迷っていた。サッカー部を心配しているのは神童だけじゃないのだと、彼の力になりたかった。しかしそんなことを伝えても、結局は彼一人で抱え込んでしまう性格だということを霧野は熟知している。だからどうすることもできず、ただ見守ることしかできない心苦しさが心に浸しているのだ。

 

「そうだね」

「・・・美空はさぁ」

 

霧野は一度言葉を区切る。声の調子が少し変わっていた。

 

「本気でそう思ってるのか?」

「思ってるよ」

 

吐き出した声はいつにも増して平淡で、随分と無機質な響きでしかなかった。怪訝そうに眉間に皺を寄せる彼の視線と交差する。教室に響くクラスメイトの騒がしい声が、なんだか遠いように感じた。霧野は顔をそらすようにうつむく。

 

「そうだよな。悪い、変なこと聞いた」

「いいよ、べつに」

 

霧野はバツが悪そうにして窓辺の前に移動する。窓ガラスに映る霧野の唇は固く結ばれていた。互いに黙り込んで沈黙が流れる。しかしその沈黙を破ったのは霧野だった。

 

「なぁ、あそこにいるのって・・・」

「えっ?」

 

瑠那は首を傾げながら窓の外を覗く。そして視線を下ろすと、グラウンドで見覚えのある二人の男子生徒がサッカーをしているのが目に止まった。天馬と信助がパス練習をしている。放課後の入部テストを見越しての練習だろうか。

 

「こんな状況で入部するなんて、大した奴らだよな」

 

霧野は窓辺に頬杖をつきながらボソッと呟く。

 

「でもあの実力じゃ、合格は厳しいと思う」

 

昨日の試合でも思ったが、天馬はサッカーの技術面に関しては素人同然だった。途中で見せたドリブルを除いて。素早い動きで華麗に相手を抜き去るプレーに、誰もが魅了されていた。なぜドリブルだけがあんなにも上手いのだろうか。

そう黙考しながら眺めていると、失敗したのか天馬の蹴ったボールが一段と高く上がった。信助が大きくジャンプしてボールに飛びつく。その驚異的なジャンプ力に、思わず瑠那は目を見張った。

信助のプレーはまともに見たことはないが、正直天馬と同じぐらいの実力だと考えていた。しかし蓋を開けてみれば、二人は言わば"才能の原石"なのかもしれない。だがその原石も磨かれず、誰にも見つけられなければただの石と同じだ。

 

(今年の入部希望者は、あまり期待できなさそう・・・)

 

先程、廊下で聞こえた男子生徒達の会話が思い出される。やはり昨日の一件は新入生にまで知れ渡っていたようで、内申書が下がるから入部はやめておこう、などと話していた。彼らが見ていた掲示板に貼り出された入部テストの告知ポスターは、今朝音無が貼っていたものだ。

 

『何もしないよりはいいでしょ?』

 

淡い期待を抱きながらそう話す音無の笑みの奥には、寂しさがあるように感じていられなかった。

 

 

 

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入部テストは、毎年野外グラウンドで二、三年との試合形式で行われる。そこで活躍した者や見込みがあると判断された者が合格だ。

グラウンドに集まった者は新入生はたったの五人。予想はしていたが、入部希望者の少なさに皆落胆していた。各自ポジションにつき、久遠からテストの説明がされる。

 

「頑張って皆で合格しよう!」

「おー!」

 

大袈裟に張り切る天馬と信助。それに反して他の三人は落ち着いた様子だ。ホイッスルが鳴り、新入生チームからのキックオフで入部テストが始まる。相手は新入生だが少しはまともな試合になるだろうと、この時の瑠那は考えていた。その期待が直ぐに裏切られることも露知らず。

 

「どこ蹴ってんだよ!」

「お前のトラップが下手なんだよ!」

「てめぇ、強さ考えろ!」

 

開始早々言い争いを始める三人。実力はまぁまぁというところだが、それ以外の質はダメそうだ。瑠那は部員たちが肩を落としている様子を横目で見る。

 

「大丈夫! これからこれから!」

 

それでも天馬は明るく声を出しながらボールを追いかける。これじゃあ拉致があかないと思ったのか、ボールを持った車田が「ほらよ」と西園にパスをした。しかし上手くトラップできずにこぼれたボールは、速水の足元に転がる。

 

「あんな簡単なパスなのに・・・」

 

信助もサッカー初心者レベルの実力だったことに愚痴を漏らす速水。

 

「信助、落ち着いていこう!」

「う、うん・・・」

 

他の皆は苛立ちや不安が顔に出ているが、天馬だけは違った。信助のミスを一切責めることなく、まるで明るく照らす太陽のように笑顔でいた。速水からボールが渡ると、天馬は「よーし!」と意気込んで駆け出した。目の前の浜野をあっさりと抜き、そのままゴールへと走り抜ける。

 

「まぁまぁってとこかな」

 

サッカー部のムードメーカーである浜野は、ひたむきな天馬に確かな好感と感心を持っているようだ。天馬は陽気な彼と反りが合うのだろう。しかし彼に好意的な人ばかりではない。彼を良しとしない神童が、目の前に立ちはだかる。

 

「合格するなんて、本気で思っているのか」

「はい! 俺、入りたいんです。雷門でサッカーがしたいんです!」

 

誰も合格をさせまいとする神童にとって、彼は自身を苛立たせる存在でしかなかった。

 

「ここにサッカーは、ない!」

 

すると強引なショルダーチャージで天馬の身体を吹き飛ばした。瑠那は入部テストに相応しくない彼のプレーに驚く。

 

「なに熱くなってるの・・・」

 

きっと、大好きなサッカーで苦しませたくない、という親切心からなのだろう。神童は強引なプレーで天馬を拒絶するが、それでも前向きな彼にはビクとも通用しない。

 

「やっぱり、キャプテンは凄いですね。簡単に抜けそうにないや」

 

立ち上がる彼の表情には諦めの「あ」の字もない。むしろ彼の闘争心に火がついたようだった。

 

「でも、諦めません!」

「っ・・・! できるものならやってみろ!」

 

天馬がドリブルをし、神童はいとも簡単にボールを奪う。その繰り返しだった。始めは意気阻喪としていた西園も、天馬の不屈の精神に感化されて共に神童に挑みかかる。そんな二人の姿に困惑する者もいれば、面白がる者もいた。神童以外の二、三年も特に動くことがなく、瑠那もボールが来たら適当にパスするだけだった。

 

(・・・また取られた)

 

誰もが、いい加減諦めろと考えていた。何度二人が立ち上がっても同じことの繰り返し。何度目かもわからない、神童のブロックで天馬からボールが奪われる。日も暮れ始めてそろそろ入部テストも終わる頃だ。オレンジ色に染まる空を見上げていた時、

 

「諦めるもんかぁぁ!!」

 

天馬の雄叫びで視線を戻すと、スライディングで神童からボールを奪っていた。こぼれたボールを信助と天馬が必死にパスで繋ぐが、ボールは空高く舞い上がった。そのボールを神童がジャンプして追いかけるが、それに続き信助も高く飛び上がる。驚異的なジャンプ力は神童を上回るほどだが、神童は咄嗟にオーバーヘッドキックでボールを奪い返した。

 

「どれだけ頑張ろうと、手に入らないものがある」

「まだ・・・まだです・・・!」

「諦めなければ、願いが叶うと思っているのか」

 

諦めろ、という神童の暗示だった。

 

「・・・はい!」

「お前は何もわかっていない!!」

 

一切の迷いもなく言い切った天馬。それが神童の逆鱗に触れ、天馬に目掛けて強烈なシュートを放った。それを避けずにまともに受け、地面に叩きのめされてしまう。容赦ないプレーに、さすがに皆も動揺した。

 

「ボール、取りましたよ・・・」

 

ボロボロな身体で尚も立ち上がる。どうしてそんなにも頑張れるのか、瑠那には理解不能だった。

 

「今度こそ、抜いてみせ・・・」

 

しかし体力の限界が来てしまったのか、天馬はフラフラと力尽きたように倒れてしまった。信助と新マネージャーの空野葵が心配して駆け寄るが、起き上がる気配はない。それを察した久遠は入部テストの終了を告げたのだった。

 

 

 

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最初のように横に並ぶ新入生たち。ただ一つ違うのが、天馬と信助は息も絶え絶えでボロボロな姿であること。他の三人は合格すると確信しているのか、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 

「結果を発表する。合格者は・・・松風天馬、西園信助。以上、二名だ」

 

顔を上げた天馬と西園だけでなく、合格すると思い込んでいた他の三人や、二、三年もその結果に驚く。誰しもがこの二人は合格しないと思っていたからだ。

 

「納得いきません! 奴らだけどうして・・・」

 

一人がそう反論し、他の二人も久遠を睨んだが、久遠は無言の圧力を放つだけだった。それに気圧されてか、三人は背を向けてブツクサと文句を垂れ流しながら去っていく。

二人はというと、お互いに頬をつねり合って「夢じゃないんだ!」と大はしゃぎだった。二、三年も二人を大いに歓迎する。二人を敵視する倉間、達観する南沢、複雑そうな表情の霧野の三人を除いて。霧野は倉間や南沢と違って、恐らく神童のことを気にしているだろう。全員不合格になると思っていた神童は、久遠を追いかけて行ってしまった。

 

「美空先輩、これからよろしくお願いします!」

「お願いします!」

 

少し離れたところで皆を眺めていた瑠那の元に、天馬と信助がやってきて挨拶をする。正直、瑠那も久遠がなぜこの二人を合格者にしたのか理解し難い。こんな素人同然の二人を、フィフスセクターに目をつけられた雷門サッカー部に入部させる理由なんてないはずなのに。

 

「・・・うん、よろしく」

 

この時は、まだ誰も知らなかった。これが雷門サッカー部、後に日本サッカー界に巻き起こる、"革命"という名の新しい風の始まりだったことを。




お久しぶりです。長い間更新できなくて本当にすみません。
ようやく私生活が落ち着いたので、本日から更新再開しようと思います。更新停止しないように頑張りますので、モチベとして評価や感想をしていただけれると嬉しいです。
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