1年も気付けば折り返し地点に差しかかり、黒い雲が空を
今日も例に
雨粒に洗い流され
特段その人物に用事があるわけではないので、いつもならそのまま家への道をなぞるのだが、店内に入るわけでもなく
幸運なことにタイミング良く赤から青に変わった信号へ、喉を閉じたまま軽い礼を言って見た人影へ駆ける。近づくほどに
「ん。あんたもなんか買いに来たの?」
するりと隣に
「・・・そんな理由で、何も買うものもないのにわざわざ来たわけ?」
「・・・そう」
「変なの…」
視線の先にいる少女は、白い無地Tシャツの下に
どこか心地よいこの静けさに
「・・・傘がない」
形を持たない演奏者が奏でる曲に区切りを付けたのは、隣の少女が零した高いアルトの声。だが、彼女の口にしたことが予想外なあまり対応が遅れた。
そんなこちらの思考を突き放すように、近くに駐車されていた軽自動車がタイヤを回し、さっきまで細々と流れていた季節の曲を水溜まり
勢いはないとはいえ、今の今まで雨雲が空を覆う
「・・・正確には、間違えて持っていかれた。似たのが傘立てにあるだけで、持ってかれたのを見たわけじゃないけど」
こちらの反応を予測していたかは定かでないが、少女は相手の反応から
「・・・まあ、持って行かれたのは仕方ないよ。そこはもう割り切ってる」
割り切ってると口にした割には尾を引かれているように感じる少女に返す言葉を選び
ビニール2本、持ち手から先まで
「・・・愛想ない傘使ってて悪かったね」
裏返しても先ほどのような温もりなど影の
「言っとくけど、女子の全員が
ぐうの音も出ない言葉に言い訳ひとつ思いつかなかった自分は、言葉と合わせて頭も下げることで偏見に対する謝罪の意を
「・・・それで?そんな事情で困ってる私をあんたはどうするの?」
一瞬なんの話か見失いそうになるほどの
もしかして、さっきの一件はこちらが想像しているよりずっと大きな地雷だったのかと、遅まきながらことの重大さに気付いて血流が早くなり、もう一度謝罪すべきか、それとも投げかけられている質問に答えるのが先かを決めるのに酸素を回す。
結果、まず謝罪を重ねることに決めた自分は、改まって彼女と向き合った。しかし、最初の一音を口にする寸前、真正面からグレーの瞳と
ここまで機嫌を損ねることをしてしまった自分に対して、まだそんな感情を
「そっか…ありがと」
それが一通り落ち着き、耳に入るのが環境音のみになったことに安堵感を覚えた自分は、細い吐息を宙に手向ける。湿った空気を空になった肺へ新たに取り込んでいると、視界の端で微動だにしていなかった美咲が、普段の声音で言葉を
「じゃあそれに入れて送ってよ。私の家まで」
振り払った小粒くらいの
まあ肩が濡れるくらいなら大したことないだろうと、彼女の案に賛成すべく首を
すぐさま美咲に向き合って、思考と直列繋ぎになった口を開く。考えればすぐ浮かぶであろう
「・・・ビニール買っても置き物になるじゃん。どうせ2回使うことないし」
美咲が口にした否定意見は前者こそ同意できるが、後者に関してはすぐに新しい傘を買にいくとしても、道中使わないで済むのを前提に考えられるほどこの季節は甘くないし、連日雨続きな最近では機会に恵まれるのではないだろうか。そんな考えを少女に伝えると、彼女はまたため息をすり
「・・・とにかく、早く入れてよ。なんでもするって言ったんだからさ」
そんなに悪い案だったのだろうかとこちらまで首を傾げて唸っているうちに、いつの間にか不服そうな感情をなりに潜めた美咲はやや強引にこちらを丸め込もうとしてくる。
最初の案を拒否する理由もないので、美咲の言葉通りにするべく傘を広げて少女の前に差し出すと、少女は一歩踏み出してこちらを待った。すぐにこちらも傘の下に入り、幸い互いに雨水にさらされないことを確認すると、美咲の家への道を思い出しながら歩き出す。
穴の多いコンビニの駐車場を抜けてすぐにある、向こうからこちら側に渡ってきた時はなんの抵抗もなく通してくれた信号機は、この期間でへそを曲げてしまったのか、こちらが横断歩道の手前に来る直前に
「・・・もう青だけど」
あまりのギャップに思わず凝視してしまう自分に、少女は指を前に差しながら促しを口にする。白く細い指に釣られて視線を動かすと、ついさっきまで赤くなっていた信号機は、青
慌てて謝罪の言葉を投げかけつつ、少し早足で白黒の橋を渡る。途中、1人で傘を使ってるわけではないことを思い出し、歩調の調整をし始めたところで向こう岸に足を置いた自分は、未だ適切な歩くペースを掴めないまま、歩幅の増減で振り回してしまった少女に再び謝罪した。
「こっちは入れてもらってるわけだし、気にしてないけど。さっきこっち見てたのは何だったの?」
首を軽く傾げながら問いかけてくる美咲に、言葉を詰まらせたのは失策だったかもしれない。表情にあった
「はあ!?見惚れてたからって…」
・・・嘘は言っていない。
「なんで私なんかに見惚れてんのよ…」
頬に
一応、足元に気をつけるようひと言かけ、美咲が僅かに首を上下させたのを確認してから、いつの間にか止まっていた足を動かした。ぎこちなく進む自分たちの沈黙を、雨足が跳ねる音が優しく彩っていった。
真っ直ぐ立ち並ぶ木々に沿って進む少女と歩幅を合わせ、時折通り過ぎる車が道路に敷かれた雨水を弾くのを転調にした
互いに頬を染めていた時こそ言葉が飛び交うことはなかったが、時間が熱を引かせてくれたあとは、両者の間は会話に恵まれていた。
空の前に張り巡られた新緑の葉が気まぐれなタイミングで落とす
「平和だなぁ…。私の日々にもその平凡を分けてほしいよ…」
感情がこもった言葉は、文面だけ覗くと皮肉めいて見えるものだが、少女の背景を知っていれば、むしろこちら側が同情せざるを得ない。先ほど乾いた声で綴られた、着ぐるみ着させられながらスカイダイビングさせられた話を脳裏に映しつつ、水気のない笑い声を喉から引っ張り出していると、すぐ横の車道の前方から走ってきたトラックが、道の片隅に多く集まってきた水たちを轢き逃げしていった。
被害者はこちらの足元に手を伸ばしてくるので、反射的にその手から逃れようと平行線状に回避する。
「うわっ…!」
しかし、ぶつかりそうになった美咲が声を上げ、それに制止されるまま中途半端に片足を持ち上げた体制で急停止した。結果、避難しそびれたもう片方の足が完全に
「だ、大丈夫…なわけないか。・・・まあ、どんまい」
今思えばなかなかに間抜けな形で静止する自分に対して、少女は言葉を詰まらせたのちに慰めの言葉を口にする。このままだと何ひとつ格好のつかなくなってしまいそうだと直感に告げられ、触発されたプライドが動かした口が発したのは、美咲が濡れなくて良かったという、不幸中の幸いだった。
「ははっ、なにそれ。私がいなかったら濡れなかったのに。変なの」
美咲は可笑しそうに息を漏らすと、口端を僅かに持ち上げる。結局格好がついたかは微妙だが、彼女のこの表情が見れたなら、間違ったことはしてないだろうと、こちらも自然と口元が緩んだ。
やがて互いに満足し、再び歩き出して数分。景色は並木道から住宅街へと徐々に色を変えていき、目的地が近いことを知らせてきた。
だがどれだけ周囲の景色が変化しようと、自分からは当たり
「そうだ。今度傘買うの付き合ってよ」
そんな会話の合間で思わぬ誘いを貰った自分は、穏やかな声が鼓膜を揺らし終えた後、返す言葉を詰まらせた。
別に誘いの回答に困ったわけではない。ただ、もう
「・・・別に無理とは言わないけど」
そんな束縛を解いてくれたのは、傘の外の
解放された思考の代わりに
今まで気にも留めてなかった、空気の質感を再び気にしないで済むよう、止まってしまった会話を回すべく話題を探していると、ふと頭の中に過ぎった疑問、コンビニの傘立てに残されていた1本の黒い傘か2本のビニール傘のどちらが、彼女が置いていた傘と
「逆に訊くけど、ビニール傘なんてどう見分けるのよ」
・・・確かにそうだ。少女の冷静なツッコミに納得してこくこく頷くと、今度は美咲がこちらへ質問を飛ばしてくる。
「ちなみに、そんなことを聞いてどうする気だったの?」
彼女の問いに言い
「・・・ふーん。なら別にいいけど」
なぜか納得いかなそうな唸り声を上げた少女は、直前の声に込められた感情に尾ひれを引かれつつも、他の話題へと
「・・・ここまで送ってくれてありがと」
奥沢と記された
「ちょっと待って」
しかし、向けた背を
「・・・あんたに、謝りたいことがあるんだけど」
一拍置いて振り絞られたような言葉は、やがて雨に溶けて消えた。
消えた言葉が示唆する謝罪の
「コンビニの時、
美咲が口にした言葉へ自分が真っ先におこなった反応は、内容を否定するものだった。あれは美咲を不快にさせたこちらに非があることで、美咲が謝ることはないと声を上げたこちらに対し、少女は呆れなり
「いや、視線だけで色々想像してキレる奴になんでそんな
彼女が声に乗せた文末に被さるように漏れたこちらの声は、納得し難いのを隠すつもりのない唸り声だった。
彼女の指摘に対する共感が全くないわけではない。それは確かに心の片隅に芽生えたが、彼女の想像が正しかっただけにやっぱり自分が悪いのではと、自らの意見をひっくり返すくらい
「・・・わかった。私とあんた、両方悪かった」
本心ではそう思っていないことがありありと感じられる声音で並べられた字面に、眼前の少女と同じ感情を浮かべてるかもしれない自分も、ひとまず首を縦に振って肯定の意を示した。
後味が良いとは言い難いものの、美咲の心残りも解消され、自分がこの場に
「どうしたの?・・・もしかして、やっぱり文句のひとつでも言いたくなった?それなら今のうちに言っちゃいなよ」
それは、彼女の地雷がどこに埋まっていたのか。
コンビニで美咲を怒らせてしまったのが、自分の軽率な行動のせいだというのはわかっている。しかし、こちらの行動のどこに怒りを覚えたのか、それを自分はまだ知らない。きっととてもデリケートな部分で、訊ねれば険悪な空気が戻って来るかもしれないが、この先同じ轍を踏んで、彼女を不快にしないためにも、ちゃんと知っておきたいと強く思った。
それでも美咲が嫌なら答えなくてもいいと前置きをするのは忘れずに、手にした疑問をなるべく優しく彼女へと放ると、少女は顔を
「・・・いいよ、教える。けど、絶対笑い飛ばして」
普通なら笑わないよう釘を刺すのではと、浮かんだ考えを口から漏らす自分に、美咲は強い語句で肯定を伝えてきた。
「いいから、真面目に受け取らなくていいからね」
詰め寄る姿に促され、首を上下に振るこちらを確認した美咲は、躊躇うように視線を右往左右させたが、やがて何度かの瞬きを挟んでから口を開く。前振りからして彼女からどんな言い分が飛び出してくるのか予測できない自分は、どんな心構えで待てば良いのかわからぬまま鼓膜を揺らされた。
「・・・あんたから、思ったより女性だと見られてないって勝手に思い込んで、勝手に頭にきてたの」
彼女の言葉を受け止めた直後、初めに浮かんだのは、失礼ながらそんなことかという感想だった。自分は美咲のことを異性として意識している自覚があるが
「もっかい釘刺すけど、真面目に受け取らなくて…んんっ⁉︎」
衝動的に伸ばした手で眼前の少女を再び傘の中へ招き入れ、そのまま強く抱きしめる。好きだ、愛してる、彼女の耳元で今まで伝えられていなかった胸の内をひとつずつ、丁寧に
「〜っ‼︎少し落ち着け!馬鹿!!」
喉の奥に言葉がまだまだ待機しているなか、悲鳴混じりの絶叫と共に景気の良い音が雨音を真っ直ぐ切り裂く。背中に思いっきり平手を打ち込まれたのを背中に走った痛覚で認識した自分は、美咲に回していた腕を解いてしまい、その機を逃さず彼女は瞬時に玄関前へと舞い戻った。
「・・・だから、真面目に受け取るなって言ったじゃん…!」
美咲の反応で自分がやったことに気づく。今日だけでも何度やったかわからないくだりに呆れる暇なく、心臓が
「今回はあたしが
彼女が並べた文字列に作られた、言葉の隙間にある言葉で、自分が如何に先走っていたかを再度認識させられたものの、押し寄せる
だが、これ以上この場に残って少女と会話を繋げる余力もないので、口早く別れの言葉を投げ付けて脱兎の如く立ち去ろうと踵を返す自分の耳に入ったのは、開けられたドアの音と、環境音にかき消されそうな少女の声。
「・・・あたしも、好き」
息の詰まる刹那ののち、バネ仕掛けみたく振り返った自分には、鍵の施錠音しか残されていなかった。少し引いてきていた熱は身体中に回ってきていて、それはずるいと口から声が漏れる。
ぎこちない足取りで辿った自分の帰路には、雨雲の裏に隠れた夏の
初見の方は初めまして、そうではない方はお久しぶりです。エノキノコです。まずはこの小説を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。私の小説は他の参加者様と比べても文の癖が中々強く、そのくせ馬鹿みたいに長くて読者にこれでもかと優しくないのを痛いほど自負していますので、後書きまで付き合っていただけているだけで本当に
そんな方々の優しさに漬け込むようで申し訳ないのですが、ここから少し感想や謝罪等を書かせてもらいます。興味のない方は目次に戻って、他の参加者様の作品をお読みになってください。
今回は私にとって初めての合同企画への参加で、自分だけで書くのとはまた違った感覚での執筆になり、とても新鮮な経験をさせてもらいました。女の子扱いされなかったことに対して自分でもわからないほど怒ったり、主人公君に曲がりなりにも好意をぶつけようとする不器用な美咲が書けた…と思いたいですが、これに関しては読者の方々に委ねます。ちなみに主人公君の描写が妙に曖昧なのは、単話で1人のオリキャラを話の中で完成させることが私の力量では難しいため、ならいっそ極限まで情報減らして他の描写に文字を割こうという作者なりの工夫ですが、そのせいで読みにくくなっていたらごめんなさい…!
ここからは謝罪を…。冒頭で私がお久しぶりと声をかけた読者の皆様…!自分の作品を更新せず、報告もしないで本当に申し訳ございません…!!合同書くなら自分のもちゃんと出せ!とお怒りの方がいてもおかしくないですし、自分もその通りだと思いますが、来月中にはおそらく更新できると思いますので、今は怒りを飲み込んでいただき、更新された時に溜めた怒りをぶつけていただければと思います…!
そして最後に、生来の遅筆がここでも発揮され、主催のrain/虹様にはかなり迷惑をおかけしました…。誠に申し訳ございません…‼︎次の機会(なんて自分に訪れるかは微妙ですが)がありましたら、お手数をかけさせないようにしますので、今後ともよろしくお願いします…!
そして最後の最後に、これまで最高の作品でこの企画を盛り上げてくださっている他の参加者様の方々、企画の主催をおこなっていただいているrain/虹様、そしてここまで読んでくださったあなたに、同時にながらお礼を言わせていただきます!本当にありがとうございました!!!
代表作『もしBanG Dream!のヒロインと付き合っていたら…』
https://syosetu.org/novel/252340/