偽典・魔装機神   作:DOH

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第七話 選ばれし者、そして……(中)

 

「どうやら、『ガッデス』も、自らの操者を選んだようだな……」

 

 闘技場の内から溢れ出る歓声を耳にして、その周囲を哨戒していた『霧のラストール』の操者、ファング=ザン=ビシアスは、誰へともなしに一人ごちた。

 

 ファング=ザン=ビシアスは、若干十九歳でありながら、神聖ラングラン王国近衛騎士団第二隊隊長を勤め、なおかつ『ラ・ギアス』人でありながら、正魔装機の試験操者をも勤める青年である。

 

 『剣皇』の誉れ高きゼオルート=ザン=ゼノサキスに師事し、その戦闘技術は個人技、魔装機技共に卓越したものがある。その実力は、地上人の魔装機操者と比べても決して劣る物ではなく、ヤンロン、リカルドと並んで、最強の魔装機操者の一人として、王国内外に名を知られる人物でもあった。

 

「《魔装機神》、《魔装機神》、《魔装機神》! 猫も杓子も《魔装機神》! やってられませんね、まったく……」

 

 彼の側で、同じく闘技場の哨戒に当たっている量産型魔装機『ブローウェル』の操者が、ふて腐れたように呟くのが、通信機を通してファングの耳に届いた。

 

 思わず苦笑を浮かべる。正直、ファング自身も内心では同じ感情を抱いていたのだが、彼は立場上、その操者――ラングラン王国近衛騎士団員の一人から選出された――を窘める必要があった。

 

「まあ、そう言うな。対《魔神》戦力の充実は、俺達としても歓迎するべき事だろう?」

「しかし、最終的にこの国を守るのは、我々騎士団の役目のはずです。その我々が、ようやく魔装機を手にしたというのに、《魔装機神》の前では、完全に日陰者だ……正直、やってられませんよ」

 

 溜息と共に、ぼやきを呟き続ける『ブローウェル』の操者。ファングは今度は、言葉を返さなかった。騎士団の、多くの候補者から選ばれた、量産型魔装機操者。しかしその選ばれし者の誉れも、その隣で輝く《魔装機神》操者の栄光の前には、どうにも色あせずにはいられない。

 

 ファングにも、彼らの気持ちは理解できた。だが、騎士団員でありながら正魔装機操者という、微妙な立場の彼には、部下達の口惜しさに、かけるべき言葉を見いだすことはできなかった。

 

 彼らが搭乗するのは、量産型魔装機『ブローウェル』。初期に開発された正魔装機『森のディアブロ』を再設計し、『ラ・ギアス』人の一般兵士に扱える程度に、性能を落とした簡易量産機である。

 

 当初、対《魔神》用兵器として開発された魔装機だったが、『ジラドス』やヴォルクルス信徒などの、魔装機か、それに匹敵する戦闘力を持った物によるテロリズムの活発化に対し、その頭数の少なさと取り回しの悪さからの対応の遅れが顕在化した。そのため『兵力』として運用できる機体の必要性が討議され、結果、このような量産型魔装機が登場する事となったのである。

 

 無論の事、『練金学技術の軍事転用』を忌避する練金学協会は、このラングラン軍部の動きに反発し、量産型魔装機への技術支援を全面的に停止した。そのため、量産型魔装機の設計には無駄が多く、費用対効果は必ずしも高いとは言い難い。

 

 実はこの日の《魔装機神》操者選定の儀は、《魔装機神》操者の選定が行われる日であると同時に、この量産型魔装機の正式配備が行われた日でもあった。

 

 しかし、この日王国を沸かせているのは、《魔装機神》操者の選定。騎士団内でのエリートである彼らの心中が穏やかでないのも、当然の事と言えるだろう。

 

「要するに、お前は彼女に良いところを見せられないのが悔しいんだよなぁ、フィル?」

「な……何を言ってる! 俺は純粋に、騎士団の誇りにかけてだな……!」

 

 と、彼らの通信機に、おそらく通信を盗み聞きをしていたのだろう、闘技場の反対側で警備を勤めている騎士の声が届けられた。同僚の突然の揶揄に、フィルと呼ばれた操者は、しどろもどろに言い返す。動揺っぷりから察するに、どうやら同僚の指摘は図星だったらしい。

 

「フェリオス、お前に恋人が居たとは初耳だな?」

「そうなんですよ隊長。しかも、その彼女というのが、練金学アカデミー少年課の娘で、確か十三歳くらい……こいつが少女趣味とは聞いていましたけどねぇ……」

「あ・れ・は・妹みたいなもんだ! ウォレン、要らない誤解を招く言い方はやめろ!」

「ははは、まあ、そういう事にしておいてやるよ」

 

 必死に抗弁する操者フィルだが、口を開く度に、どんどん泥沼に填っている。

 

「まあ、個人のプライベートまで干渉するつもりはないが、近衛騎士団の品位を落とすような真似は慎んでくれよ。……それより、今は哨戒中だ。私語は慎め。いつ、テロリスト達が襲撃してくるかもわからん」

 

 表情から苦笑を打ち消して、どうも気が緩んでいる様子の部下達に注意を促すファングだが、ウォレンと呼ばれた操者は相変わらず気楽な調子で続ける。

 

「大丈夫ですよ、隊長。ここには、隊長の『霧のラストール』に、我々の『ブローウェル』が六機、さらに中には《魔装機神》が控えてるんですから。こんな警備の厳重な所を、好きこのんで襲う奴なんて――」

 

 不意に、ウォレンの声が途切れた。

 

「……どうした? ウォレン?」

 

 いぶかしみ、ウォレンの様子を伺うファング。しかし、操者ウォレンの返答はない。

 

 ……嫌な予感が、ファングの背筋を這い回る。闘技場周辺を哨戒させている偵察衛星に連絡し、ウォレン機の状態映像を要求した。モニターの隅に、衛星画像の受信中の旨を知らせるメッセージが現れる。それを睨み付けるファングにとって、それまで映像受信の為のほんの僅かな時間が、こんなにも長く感じられたことはなかった。

 

「……どうしたんだ? おい、ウォレン!?」

 

 操者フィルの困惑した声が届くと同時に、ファングの『ラストール』に、ウォレンの『ブローウェル』の様子が映し出された。

 

「ぐ……!!」

「……!? なんだって? そんな、そんな馬鹿な!」

 

 衛星からの映し出された、忌々しくも危惧した通りの光景に、ファングは呻いた。一方で、同じように衛星映像を受け取ったのであろう、操者フィルの上擦った声が耳に届く。

 

「フェリオス、落ち着け! お前の機体から、全員に連絡しろ。敵襲だ!」

 

 動揺した部下に、叱咤するように命令を下すファング。

 

「は、はい! ……隊長は!?」

「俺は、内部の防備に回る。敵が何者であれ、目的は闘技場内の国王陛下か、あるいは《魔装機神》のはずだ!」

「わ、わかりました! 連絡終了後、支援に回ります!」

 

 操者フィルの声を背中に、ファングは『ラストール』を駆けさせた。

 

「何者かは知らないが……舐めた真似をッ!」

 

 吐き捨てながら、ファングは未だ開きっぱなしになっていた衛星映像に、視線を走らせた。

 

 そこには、胴体の……丁度《精霊殻》の納められているはずのあたりに、ぽっかりと穴を穿たれた、ウォレンの『ブローウェル』の姿が、映し出されていた。

 

 

 ※

 

 

「それでは、最後に《魔装機神》『サイバスター』による、操者候補マサキ=アンドーの選定を執り行う」

 

 エイオス大司祭が、厳かに宣言する。

 

 操者候補の控え席に只一人残されていた正樹は、いよいよ訪れた瞬間に、全身の筋肉が強張るのを感じた。

 

 ヤンロン、テュッティ。彼と同じく《魔装機神》操者候補である二人……否、『あった』二人は、各々自らを認めた《魔装機神》の《精霊殻》に収められたまま、闘技場の端に控えている。

 

 大司祭の言葉を授かる傍ら、正樹はそれらの姿を横目で盗み見た。《魔装》を纏うことで、本来の大きさよりも更に巨大化した二つの機神。

 

(負けていられるかよ……)

 

 自然と、心に浮かび上がった反発の感情。それを正樹は、小さな驚愕とともに、心の奥深くに押し込んだ。自分は、彼らに対する対抗意識で《魔装機神》に挑もうとしているのか? そうではない……はずだ。

 

「……マサキ=アンドー。『契約の言葉』を」

 

 自分で自分を肯定しきれない事に苛立つ正樹に、エイオス大司祭が促した。はっと意識を現実に引き戻し、全身全霊を、目の前にそびえる白銀の巨神『サイバスター』を見つめる両目に凝集する。

 

「汝、風を司るものよ。汝の腕は悪しきを砕き、汝の吐息は…………?」

 

 予め教えられ、幾度も練習してきた『契約の言葉』を高らかに唱う正樹だが、ふと自分を取り巻く空気の変化を感じ、言葉を止めた。そして、疑問符を顔に張り付けたまま、周囲を見回す。

 

(……何だ? この感じは?)

 

 それは、言うなれば悪意の塊を臼で挽いた粉を、鼻先に振りかけられたような感覚だった。不思議とむず痒い、どこか粘つくような感覚と同時に、不可思議な居心地の悪さ。まるで、誰かが陰で、自分の事を笑いながら眺めているような……。

 

 無論、今の彼は何十万という人々の視線の先にいる訳であり、その中には彼に好意的でないものも少なからず含まれていることだろう。しかし、それにしてもその悪意は非常なねばつきを纏っており、それは到底、常人に放つことのできる代物ではないと思えた。

 

(何かが……いるのか?)

 

 突然の儀式の中断にざわめく人々をよそに、正樹は黙したまま周囲に視線を走らせた。しかし、彼の目が捉えたのは、白銀の巨神と、彼らを取り囲む石造りの年輪、そしてその上を覆う人の海のみだった。

 

(気のせい……とは思えないんだがな?)

 

 一抹の不安は拭えぬものの、わからないものにいつまでも拘泥していても仕方がない。正樹は『契約の言葉』の詠唱を再開する事とした。今一度、『サイバスター』をしっかと睨み付け、呪を紡がんと息を吸い込む。

 

 その瞬間、それは姿を現した。

 

 

 

 

 その瞬間、『それ』の悪意を感じ取っていたのは、ひとり正樹だけではなかった。

 

 それは元来高い魔力を宿す国王アルザールを始めとする王家の人々であったし、今や正しく《魔装機神》操者となったテュッティ・ヤンロンの両名でもあった。他にも、この儀式に立ち会った人々は皆、大なり小なりその異質な感覚を感じ取っていた。

 

 それほどに、『それ』の放つ気配……妖気とでも言おうかは、濃厚にして強力なものだったのだ。

 

 ただ、残念なことに、人々はその悪寒が何であり、どのような意味を持っているのかを、知る術を持っていなかった。

 

 そして、観客席の片隅、練金学アカデミーの若き見習い学生らに混じって儀式を眺めていた、プレシア=ゼノサキスもまた、『それ』を関知するに充分な魔力を有する人物であった。

 

「何だろ? 嫌な感じがする……」

 

 どことなく息苦しげな風情で呟くプレシアに、隣に座る練金学士ウェンディ=ラスム=イクナートが、心配げな表情を向けた。

 

「どうしたの? 何だか顔色が悪いわよ?」

「うん、何だか……胸の辺りを抑えつけられたみたいな感じがするの」

 

 はっきりと顔を青ざめさせ、身震いと共にプレシアが答える。喘ぐように呼気を求め、撫でさする自らの胸の下で、心臓が萎縮した様に、激しく小さく律動しているのが感じられる。

 

「怖い……。冷たいのに、くすぐったい感じがするの。何だか……笑ってるみたい」

「大丈夫よ、たとえ何があっても、ここには《魔装機神》のヤンロンとテュッティ、騎士団の人たち。それに、マサキだっているじゃない? 何も、心配する事なんてないのよ……」

 

 身震いと共に胸中の恐怖を漏らすプレシアを、ウェンディは宥めるように優しく抱き留めた。

 

(でも、一体何が? 幾らプレシアの魔力が強いからって、気配だけでここまで萎縮させるなんて……)

 

 プレシアは、元来魔力……世界そのものの構造に対する感知能力とでも言おうか……が、常人に比べて非常に強い。その為、時として今のように、普通人の知り得ない様な、悪意などの強い念を感知してしまう事がある。

 

 だが、その能力と付き合って長いプレシアであるから、普通多少の念を感じた位で、ここまで狼狽する事はないはずなのだが。

 

(そう言えば、確かマサキも、こういう事への勘は鋭かったわよね……)

 

 『魔力が高い』というのとはまた少々異なるが、正樹も人の意志や感情、気配などを感じ取る能力に優れている。そのことに思い至り、ウェンディは眼下の、今や最後に残った《魔装機神》操者候補の少年に視線を戻した。

 

 見れば、案の定闘技場中央に立つ正樹も、何事かの異常を察知している様子だった。『契約の言葉』の詠唱を中断し、訝しげに、そして奇妙に張りつめた表情で、周囲に視線を巡らしている。

 

(やっぱり、何かが起きている……。何か、悪意の固まりの様なものが、近くに……いる?)

 

 ウェンディ自身は、練金学士ではあるものの、その専門は専ら技術的な方面に限定されており、魔力そのものは、決して強い方ではない。だが、そんな彼女の身でさえ、改めて感覚を解放してみると、肌の上を静電気にも似た、産毛が総毛立つような感覚が伝わってくる。

 

(これだけの妖気。多分、国王陛下やフェイル殿下も、もうお気づきになっているとは思うけど……)

 

 ラングラン王家の人間は、その役割故に、非常に強い魔力を有した人間が集まっている。無論、一般人並かそれ以下の魔力しか持たない王族も存在はするが(第二王女セニアなどが典型例だ)、それは一部の例外であり、概して彼らが大きな魔力を擁する一族であることは間違いない。

 

 殊に、現国王アルザールやモニカ第一王女の魔力は、王族の中でもずば抜けたものがある。そんな訳であるから、魔力の弱いウェンディでさえも感知できるような妖気に、彼らが気づいていないとは考えにくかった。

 

(でも、もしもの事もあるし、警備隊に連絡だけでもしておこう)

 

 そう思い至り、左腕に巻かれた携帯端末を起動するウェンディ。腕輪の中央にはめ込まれた宝石から、立体映像による疑似操作盤が投射された。ウェンディはその上でそのたおやかな指を踊らせ、近隣の警備隊への通信を開く。

 

 ……不意に、ウェンディの視界に闇が差し込んだ。

 

「あれ……あれ、何……!?」

 

 ウェンディの腕の中で、恐怖を滲ませた声音のプレシアが指さす。ウェンディは視線を蜂蜜色の髪の少女からその震える指先、そしてその指し示す宙空の一点へと移し……太陽を覆い隠すように、宙に存在する『それ』の姿を捉えた。

 

「…………!?」

 

 『それ』は、一見すると魔装機の一種のようにも思えた。全高二十ゴーツ(約三十五メートル)に及ぶ程の、歪な人型。だが、曲線と直線を組み合わせた騎士の甲冑を思わせるラングラン製魔装機に対し、密林の呪術士を象ったような外形の『それ』は、朽ち果てた屍、或いは死神をも思わせる凶々しさを纏っている。

 

「何だ……? あれは」

「魔装機……なのか?」

 

 絶句するウェンディの周囲で、彼女同様太陽を遮る『それ』の存在に気づいた人々が、天を仰ぎ、或いは指さしながら騒然と揺れた。

 

 魔装機のようであり、魔装機とは異なる存在。人々の脳裏に、《魔神》という単語が戦慄と共に駆け抜ける。

 

 しばし、戦きに揺れる人々を睥睨していた『それ』は、すうとその枯れ枝のような腕を地上に伸ばすと、その指先に紅の輝きを灯した。そしてその鮮血を思わせる赤を複雑に踊らせ、宙に一つの文様を描きだす。上下逆の星形を中心とした魔法陣……逆五芒星陣。

 

「《ヴォルクルス方陣》!? それじゃ、あれは《咒霊機》! いけないっ!」

 

 その魔法陣の意味するところ、そして『それ』の正体をも悟ったウェンディの叫び。しかし、その声を嘲笑うかのように、天空の逆五芒星が炎を吹き上げる。《咒霊機》と呼ばれた死神の背後から、無数の負の想念の固まりである《邪霊》が吹き出し、炎の魔法陣を突き抜ける。

 

 ……そして、炎を纏った無数の《邪霊》が、大地に向かって降り注いだ!

 

 

 

 同時刻、ラングラン国立大闘技場、貴賓席。

 

「きゃあああああぁぁっ!?」

 

 突如、天より降り迫った炎に、セニアとモニカは頭を抱えて悲鳴を唱和した。

 

「いかん……ッ!」

 

 娘達の恐慌を横目に見て、アルザールは普段は緩め気味のその目元をすっと引き締めた。

 

 ぐっとその手の宝杖を握りしめ、今や視界の七割程をも制圧している《邪霊》の群へと差し延べる。杖の先に刻まれた魔法文字が淡く蒼い光を宿し、遊離した光が魔法陣……互い違いの二つの三角形を組み合わせた六芒星、《ラスフィトート方陣》を描く。

 

(だが、間に合わないか……!?)

 

 アルザールが魔法陣を描くよりも、紅蓮の《邪霊》群が人々に降り注ぐ方が、明らかに早いと思われた。耳元を冷たい汗が伝い落ちるのを感じながら、アルザールは内心臍を噛む。この様な時に人々を守れないならば、一体何の為の王族か。

 

 迅速に展開される、蒼い光の六芒星。しかし、《邪霊》の火球は更に迅速であり、それはあっさりと、アルザールの作ろうとしていた魔法陣による魔法障壁を通過した。そしてそれは、人々の頭上にその威力を叩きつけようと肉迫する。その場の殆どの人々が、自らの運命がここで終焉を迎えることを覚悟した。

 しかし。

 

「我は汝に永遠を与えん。我が腕の中に眠れ! 『ケルヴィンブリザード』、《詠唱(キャスト)》!」

 

 凛と響く涼やかな声が駆け抜けると同時に、人々の頭上を銀色の風が吹き抜けた。銀色は、液化した酸素の輝きだ。銀色の凍気は火球の群を包み込み……そして、さながら蝋燭の火を吹き消すが如く、《邪霊》の纏う炎の衣を剥ぎ取った。

 

 そして。

 

「満たされぬ想念の凝りよ、我が炎にて浄化せん! 『メギドフレイム』、《詠唱(キャスト)》!!」

 

 次いで、地上から白く輝く炎が吹き上がり、銀色の風……極低温の息吹に凍える《邪霊》の群を飲み込んだ。燃え上がる暇もない。数万度に及ぶ高温の奔流の中、《邪霊》の構成物質、そしてその核である《魔石》が、灰も残さず蒸発する。

 

 そして、瞬く間に《邪霊》の全てを屠った炎は、勢いを失わぬまま、未だ空中に浮遊する『死神』へと殺到した。渦を巻き、立ち上り、そして吸い込まれるように『死神』へと迸り……そして、弾ける。

 

 ……迅速な破壊、迅速な救済。今や第二の太陽の如き火球へと変じた『死神』の下で、人々は、ただ呆然と、救済の結果である空中の火球を見上げた。

 

 そして、徐々に今を取り戻した者達が、何事が起きたかを求め、視線を彷徨わせる。互いの顔を見合わせ、次いで国王の座する貴賓席を見やる。そして、闘技場内へと視線を移す。

 

 そして、思い出したのだ。偉大なる《精霊王》の御座、赤と青の守護神。《魔装機神》『グランヴェール』と『ガッデス』の存在を。

 

 ……誰からともなく、歓声が湧き起こった。その声は水面に落とした染料の如く、人々を歓喜の色に染め上げる。そしてやがて歓声は、二体の《魔装機神》とその操者の名を連呼するものへと収束していった。

 

 

 

 

 自分たちを讃える声が轟く中、『ガッデス』のテュッティと『グランヴェール』のヤンロンは、各々の試みが功を奏した事に、安堵の息を吐いていた。

 

「『ケルヴィンブリザード』……ぶっつけ本番だったけど、上手くいってよかったわ……」

 

 溜息混じりに言いながら、『ガッデス』のシートに体を預けるテュッティ。汗で額に張り付く金色の髪を、鬱陶しそうに払い除ける。強制高速冷却場『ケルヴィンブリザード』。『水のガッド』の力を借りた、《魔装機神》『ガッデス』の、恐るべき攻撃機能の一つである。

 

「『メギドフレイム』……誘導性広域ナパームか。しかし、予想以上の威力だ」

 

 通信窓の向こうから、彼にしては珍しい事に、当惑と興奮を滲ませたヤンロンの呟きが届く。『メギドフレイム』もまた、《火の魔装機神》『グランヴェール』がその契約精霊の力を借りて行使する、特殊攻撃機能である。

 

 と、二機のモニターの一隅から、通信呼び出しの音が発せられた。

 

「二人とも、乗り換えたばかりの機体でよくやってくれた。全国民にかわって、礼を言わせてくれ。……ありがとう」

 

 通信は、祭壇脇のフェイルロードによる物だった。通信窓の先で頭を下げるフェイルロードに、テュッティは慌てて否定の仕草を返す。

 

「お、おやめください殿下! これも《魔装機神》操者の務めですし、それに、『ガッデス』が使い方を教えてくれなければ、こうも上手くはいかなかったでしょうし……」

「しかし、君たちの力無くしては、今我々が、こうして話していることすらなかった。例え力が《魔装機神》のものでも、それを扱って我々を救ってくれたのは……」

「……殿下。申し訳ありませんが、安心するには、まだ早いようです」

 

 フェイルロードの言葉を遮ったのは、明らかに張りつめたヤンロンの言葉だった。通信窓越しに怪訝な表情を返す二人に、ヤンロンは空中で未だ燃える火球を指し示す。

 

「……何故、『あれ』がまだ空中に浮いている?」

 

 ヤンロンの言葉に、テュッティは息を飲んだ。もし、あの『死神』が破壊されたのであれば、それを浮遊させていた力が失われ、火球は地に落ちて四散しているはずだ。しかし、未だに『死神』の火球は宙において燃え続けている。

 

 そして何より、あの神経に重くのしかかる、忌まわしい圧迫感。それが、未だに消えていない。……『死神』は、まだ死んでいない!

 

「…………フフ……」

 

 その推論を裏付けるように、歓声の海から浮かび上がる声。含み笑いのようなそれは次第にはっきりと耳に届くようになり、徐々に人々の興奮を吹き消してゆく。

 

 恐怖の残り火を再び熾された観衆達が、見上げる視線を火球に集める。

 

 ……瞬間、まるで人々の恐怖が高まるのを待っていたかの様な機で、火球の表面を、縦横に閃光が引き裂いた!

 

 人々が騒然と見上げる中、その引き裂かれた筋から、紫色の炎……陰火とでも言おうか……が吹き出し、真紅の火球を瞬く間に飲み込んでゆく。 そして火球が紫一色に染め上げられたとき、陰火は爆発した。そして、その内に抱いていた凶々しき影を露にする。炎に焼かれる前と何一つとして変わらない、幽鬼じみた巨神の姿。観客席に、驚愕の悲鳴が反響する。

 

 そんな人々をよそに、それはゆっくりと地上に降り立ち、そして笑った。

 

「ふふ……さすがに今の炎には、わたくしも肝を冷やされましたぞ」

「はぁあっ!」

 

 笑いながら悠然と立つ『死神』に、先制とばかりに『ガッデス』の手から放たれた青色の光弾……精霊の『攻性』を凝集して投射する魔導兵器『アートカノン』が襲いかかった。通常では決して強力な武器とは言い難い代物だが、それでも元来強力な力を有する《精霊王》を源とするものであれば、充分な威力が期待できる。

 

 しかし、『死神』……正確にはその操者なのであろうが……は、不敵に笑った。

 

「無駄なのですよ……」

 

 光弾は『死神』の、呪術師の長衣を思わせる外装を正確に捉え、青い閃光を放って弾けた。極めて高い質量と溶解性を伴った《魔装》の塊を叩きつけるのが、《水の精霊王》の力による『アートカノン』である。その直撃を受け、『死神』は大きく弾き飛ばされ、その外装をぐずぐずと溶解させる……と思われたのだが。

 

「そんな、効いていない!?」

 

 テュッティは悲鳴に近い声を上げた。殆ど完全な直撃であったにも関わらず、『死神』には全く損傷の様子がなかった。『アートカノン』の光弾は、『それ』に触れるや否や、その表面を覆い尽くすように弾けて散り、しかしその内部には一切の影響を与えていなかったのである。

 

「偉大にして至高なる我が神、『ヴォルクルス』様の加護を受けたこの『ナグツァート』を損なうことなど、例え《魔装機神》と言えども不可能なのですよ」

「『ヴォルクルス信徒』……『紅蓮のサフィーネ』の同類か」

 

 わざわざ外部音声出力を介して、含み笑いを周囲に響かせる幽鬼……その操者曰く所によれば『ナグツァート』というらしいが……に、油断なく間合いを測りながら、ヤンロンが呟く。

 

「これは心外……あの様な品のない輩と同列扱いして欲しくはないものですな。わたくしはこれでも『ヴォルクルス』様の神官を勤めさせていただいている者なのですがね」

 

 少々不快げに言う『ナグツァート』の操者。その口にした『ヴォルクルス』、そして『神官』という単語に、その場に居合わせた人々が、戦きに揺れた。

 

「おお、申し遅れておりました。わたくしは、ルオゾール=ゾラン=ロイエル。偉大なる神『サーヴァ=ヴォルクルス』様に仕える神官長を勤めております。以後お見知り置きを」

 

 思い出したように名乗り、ルオゾールは、その死神の如き乗機『ナグツァート』を優雅に一礼させた。

 

 

 

 『ラ・ギアス』において、いわゆる《神》に対する信仰は絶えて久しい。

 

 これは、早々に神秘主義から脱した現実主義的な練金学の発達と、より具体的な力を持って実存する、精霊への信仰がより広く流布していたためである。その為、『ラ・ギアス』においていわゆる一神教の類は、ほぼ絶滅していると言ってもいい。

 

 もっとも、何事にも例外はあるもので、稀少ながら、古代に信仰されていた《神》を奉じる人々も存在する。

 

 『ラ・ギアス』では、その創世神話に基づいた神、創造神『ギゾース=グラギオス』、調和神『ルザムノ=ラスフィトート』、破壊神『サーヴァ=ヴォルクルス』の三柱が知られている。しかし、その崇拝者は非常に数が少なく、殆どの場合は、小集団或いは個人的な信仰であり、組織的に運営される『宗教』にまで発展しているケースは皆無に等しい。

 

 その例外中の例外が、破壊神『サーヴァ=ヴォルクルス』を奉じる『ヴォルクルス教団』である。この宗派に限っては、過去に幾度となく大規模な教団が組織された記録がある……それぞれに、大規模な戦乱を伴って。

 

 『ヴォルクルス教団』の根本思想は、元来「世界の硬直化と、それによってもたらされる究極的な破滅から世界を救済する」というものであり、それは自由意志の尊重や、抑圧的な体制に対する反抗思想の宿りとして掲げられるものであった。この思想集団は、元々『ラ・ギアス』世界そのものが閉鎖系であることに加えて、歴史ある大国であるが故に体制が硬直化しがちなラングラン王国などで幅広く流布し、一大教団を組織するまでに発達した。

 

 しかし、おおよそ一千年前。『ヴォルクルス教団』の中でも特に武闘派であった一派が、破壊神の力を用いた邪法『死霊傀儡の外法』を完成させたことから、この教団は、ただの思想集団から、宗教的テロリスト組織へと変貌した。

 

 『死霊傀儡の外法』によって作り出される『邪霊』等の力を武器に、「全界の根本破壊と、その後の『ヴォルクルス』による新世界創造」を掲げた『ヴォルクルス教団』の武闘派は、『ラ・ギアス』各地で『救済』を名目とした破壊活動を行い、人々の記憶に、『恐るべき狂信者達』というイメージを植え付けた。

 

 そしてそのイメージは、本来善良であった教団の一般信者さえも飲み込み、結果的に彼等を、イメージ通りの存在へと追い込んだのだ。

 

 かくして、名実ともに破壊者集団となった『ヴォルクルス教団』は、ラングランその他の王国に宣戦を布告、新世界創造の為の聖戦を開始した。

 

 無論、各国もこれに対して軍を以て迎撃し、数々の外法を擁する狂信者集団と激戦を繰り広げ、これを殲滅した。しかし、それによって失われた資源や人命は数知れず、『ヴォルクルス教団』の名は、人々の間で恐怖の代名詞として刻み込まれていたのである。

 

 そして数百年。度重なる聖戦とその敗北の末に、『ヴォルクルス教団』は表社会から完全に抹殺され、二百年前の『第七次ヴォルクルス戦役』以降、殆どその影を伺わせることはなかったのだが……。

 

 

「ヴォルクルス信徒……」

「背教者が……」

 

 数百年ぶりに姿を現した狂信者に、《魔装機神操者選定の儀》の行く末を見届ける為その場に居合わせた人々、そしてその映像をEV(エーテルビジョン)越しに見つめていた人々は、口々に戦慄の声を漏らした。

 

 『ラ・ギアス』の歴史に幾度となく戦乱の炎を放った邪教集団が、今再び歴史の表舞台に立ち上がったのだ。

 

「ヴァルハレビア防衛長官! こんな所まで賊の進入を許すとは、警備体制はどうなっている!」

 

 死神を模した様な魔装機『ナグツァート』を油断なく睨み付けながら、フェイルロードは通信端末から、王都の警備を統括するカークス=ザン=ヴァルハレビア防衛次官を呼び出し、叱責した。一瞬遅れて、豪放な顔だちの割に、緊急事態だというのにどこか間延びした風な声が返される。

 

「申し訳ありません。しかしですなぁ……」

「言い訳は後で聞く! それより今は、一般市民の避難誘導が優先だ。誘導経路は任せる!」

「……了解しました」

 

 敬礼と共に、通信窓から赤毛の男の姿が消える。それとほぼ時を同じくして、戦慄と緊張に凍り付いていた観客席の人々が、ざわざわと蠢き始めた。どうやら、ヴァルハレビア防衛次官はフェイルロードに言われるまでもなく、人々の避難誘導を実行に移していたらしい。日頃、昼行灯と揶揄されるのが常の彼であるが、やるべき時にはやる人物であると、フェイルロードは今更ながら再確認した。

 

「しかし……『ヴォルクルス教団』の神官に、独自設計の魔装機だと? いつの間に、それ程の規模を取り戻したのか……」

 

 通信端末を回線解放状態に切り替えつつ、視線で『ナグツァート』を射抜きながら、フェイルロードは呻いた。

 

 『ルジャノール』の基本設計が公開されたとはいえ、現在の所までに、戦闘用魔装機を設計できる技術を有した組織は、神聖ラングラン王国以外には存在しない。無論、ラングランと国境を接する『シュテドニアス連合』や『バゴニア連邦共和国』などは、ラングランの兵力増強に対抗して、今頃は必死に自国仕様の魔装機を開発していることだろうが。

 

 ともあれ、たとえ基幹技術の公開が成されていると言っても、それを実際に建造、さらに独自に発展させるとなると、相当な資金力・技術力が必要となる。それは到底個人や小集団で賄いきれる物ではなく、つまり今ここに『ナグツァート』が存在すると言う事は、その属する集団、『ヴォルクルス教団』が、魔装機を設計・開発できるだけの規模を有する、或いはそれだけの規模の支援組織が存在するという事を意味しているのだ。

 

「いつの世にも、現状の世界に受け入れられず、その破壊を望む人々は絶えることはないのですよ。例え、あなた方王族が、どのような『善政』を目指したとしても、結局は一部の者の価値観に依存した物に過ぎない……。所詮、神ならぬ人が、全能の楽園を作り出す事など、できはしないのです」

「だから、全てを破壊するのか? お前達の奉じる神の作る新世界とやらの為に、今の世界の全てを否定するのか?」

 

 揺らめく怒気と共に、一歩踏み出すヤンロン。握り締められた拳が、一瞬紅蓮の炎に燃える。

 

「欺瞞と偽善。姦淫に飽食……既にして、この世界は魂を汚す地獄も同然。それならば、新たなる新世界への転生(サンサラ)の為に、その魂を解放して差し上げる……それも、偉大なる神の使徒たる我々の役目でございましょう?」

「……勝手な事をッ!!」

 

 ぬけぬけと言い抜けるルオゾールに、『ガッデス』のテュッティが怒気も露に前に歩み出る。しかし、それを制して、フェイルロードが尋ねた。

 

「それで、破壊神教団が何の真似だ? 八度目の聖戦の宣戦布告のつもりか?」

「いえいえ。私もこの『ラ・ギアス』に生を受けた身。全界の守護者たらんとする《魔装機神》に興味もございまして、その姿を拝見させて戴きに参った次第で御座いますよ。そして……」

 

 慇懃な口調で言いながら、芝居がかった風で『ナグツァート』の長衣の様な軟質装甲をひらめかせ、

 

「そして、我が神『ヴォルクルス』様の加護の結実たる、この《咒霊機》『ナグツァート』のお披露目をさせて戴きたく思いまして、まかり越しました次第でございます。つきましては、神聖ラングラン王国の英傑の方々には、少々お付き合い戴きたく……」

「ご託を並べるのも大概にすることね! 私たちに、貴方の身勝手な妄想に付き合う道理はないのよ! ……消えなさいッ!」

 

 ルオゾールの言葉を遮り、テュッティが怒気も露に言葉を叩きつけた。『ガッデス』の腰から、縮めた姿で納められていた槍を引き出し、一振りして本来の長さ……全長およそ十四ゴーツ(約二十五メートル)へと伸張させる。そしてその切っ先を『ナグツァート』へと突きつけると、その先端に《魔装》を凝集した。凝集され、圧縮された青く輝く《魔装》は、やがてその輝きを白く清廉な物へと変化してゆく。

 

 ……だが、テュッティが圧縮した《魔装》を解き放つよりも早く、通路の奥から飛び出した紫色の影が、『ナグツァート』の背後に襲いかかった。

 

「不易久遠流奥義がひとつ! 絶刀・虚空斬ッ!!」

 

 全速で飛びかかりながら、気合と共に一閃される、青い光の刃。《魔装》を上乗せされて、通常の数倍の長さと広さに膨張した粒子収束剣が、真一文字に振り抜かれる。『ナグツァート』の装甲に白くくすんだ《魔装》粒子の残映を残し、紫の魔装機……『霧のラストール』は地に降り立った。

 

 そして。

 

「隊長に続くぞ! 全機吶喊ッ!!」

「てめぇが指揮すんな、フィル!」

「いっけぇーっ! ウォレンの敵だッ!」

 

 『ラストール』に続いて通路の奥から、ラングラン近衛騎士団の紋章を掲げた量産型魔装機『ブローウェル』の一団が雪崩れ込んだ。頭部を赤く塗り分けた機体を先頭に『ナグツァート』へと突進し、口々に鬨の声を上げながら、続々と熱素反応弾をばらまいて駆け抜ける。

 

 総勢五体の『ブローウェル』から放たれた弾頭は、狙い過たず幽鬼へと吸い込まれ、無数の紅の花を咲かせた。

 

 ……しかし、それでも。

 

「く……!? これでも効かないのか!?」

 

 粒子収束剣の出力を通常動作に戻しながら、『ラストール』のファングが呻いた。通常の魔装機であれば……例えそれが《魔装機神》であったとしても、ただではすまない程の猛攻だったはずだ。にもかかわらず、『ナグツァート』には、毛ほどの損害を与えた様子もなかったのだ。

 

「やれやれ……さすがは《プラーナ》の強い、魔装機操者の方々ですな。揃いも揃って、気が短い」

 

 含み笑いを交え、揶揄するようにルオゾールが言う。最初に自分が先制攻撃を仕掛けた事については、完全に棚に上げている。

 

「先程も申しました様に、偉大なる『ヴォルクルス』様の加護を得た我が『ナグツァート』には、例え《魔装機神》の力を以てしたとしても、傷つける事などは不可能……大人しく、我が神の福音を受け入れなさい」

 

 訳すると、それは『死ね』と言うことだ。

 

「うっせぇ! 勝手にほざいてろ!」

「しかし、どうすればいい……一切の攻撃の効かない相手に?」

「もうっ! ひっどいインチキよね! 正々堂々と勝負しろって言うのよ!」

 

 騎士団の面々が、口々に反発の声を上げる。それを横目で見ながら、ヤンロンは内心臍を噛んだ。確かに、あらゆる攻撃が通用しないのでは、彼等に打てる手はない。今の彼等にできる事は、せいぜい避難する観衆達の盾となる事ぐらいだった。

 

 会場警備に配備されていた兵士や騎士の努力の甲斐もあって、観衆達の避難はさほどの混乱もなく進行しているようだった。だが、いかんせん観衆の絶対人数が多く、全員が安全圏まで避難するには、まだ相当な時間が必要であるとも思われる。

 

(とにかく、今は避難の援護に徹する他はないな)

 

 手を出しあぐね、ただ『ナグツァート』の周囲を取り囲むのみのラングラン魔装機。それを、ルオゾールは嘲笑するように含み笑いを響かせた。

 

「おやおや、取り囲むだけで何もしないとは……全界の守護者たらんとする皆様が、情けのない事ですなぁ」

「好き放題言ってくれるわね……」

 

 ルオゾールの挑発に、テュッティが苛立たしげに呟く。しかし、それでも彼女は動かなかった。一切の攻撃が通用しないのでは、下手な攻撃は逆に自分を窮地に追い込む事になる。

 

 例えば、攻撃のために動いた隙を突いて、いきなり『ナグツァート』が、観客席へと攻撃を加える可能性がある。さらには、王族の居る貴賓席を狙う可能性も、否定する要因はない。それどころか、宗教テロリストであるルオゾールの本来の目的を考えれば、王族を最優先で狙うと考えるのが妥当なのだ……。

 

(考えてみれば……なぜ、直接陛下や殿下を狙わないの?)

 

 ふと、テュッティの脳裏に疑問が差し込む。しかし、本格的に脳がその問題を検討する前に、ルオゾールの声が、全ての思考を押し流した。

 

「ふむ……。動きませんか。それならば、そろそろこちらからも攻めさせていただきましょうか」

 

 嘲笑めいた口調で宣する『ナグツァート』の輪郭が、まさしく幽鬼の如く揺らめいた。指先に真紅の光が灯り、それが逆五芒星……『ヴォルクルス方陣』を描く。

 

「来るっ……!」

 

 反射的に身構え、ルオゾールの行うに意識を集中するテュッティ。ヤンロン、ファングや騎士団の面々も、各々の機体に防衛体制を取らせる。

 

 そして、『ナグツァート』の背後から噴出し、魔法陣によって炎を纏った《邪霊》の群が、彼等の機体を焼き焦がしたのだ。

 

 

 

 魔装機操者達が、《咒霊機》『ナグツァート』を相手に絶望的な戦いを繰り広げていた頃。

 

「へ、陛下!? 何故まだこんな所に居られるのですか!?」

 

 一般の人々が順次避難する中。貴賓席の裏側から飛び込んできた武官が、誰一人として避難しようとしていない王族の面々を目にして血相を変えた。

 

「んー、とは言ってもねぇ。仮にも国家を守護する役目の人間が、そうほいほいと逃げ出したら、国民の支持に関わるしねぇ」

 

 眼下の戦場に視線を落としながら、惚けた口調で国王アルザールが返した言葉に、武官の血色が更に一割青色に傾いた。ひきつった表情で、必死に自らの主君を説き伏せにかかる。

 

「しかし、貴方を失っては、《調和の結界》が消滅してしまいます! そうなってしまっては、国民の支持どころの騒ぎではなくなる!」

「大丈夫だよ。万一私の身に何かあったとしても、フェイルやモニカ、そうでなくてもそこにいらっしゃる、王位継承権を持った方々が健在なら、すぐに結界なんて再生できる。それに、最悪一般市民でも、魔力が十分なら、《調和の礎》にはなれるのだからねぇ」

 

 手のひらで、貴賓席の端に集まっている人々……各々が王族の血統であることを無言のままに主張する様な、華美な礼服に身を包んだ……を示し、アルザールは暢気に笑う。

 

「この場で父さんの身に何かあった時は、僕らも無事では居られないと思うんだけどね……」

 

 そう言うテリウスに、アルザールは「おや、それは迂闊だったね」と返す。そのやりとりに、モニカが苦笑し、武官と王族の外戚の人々の表情がひきつった。いかに国権の象徴でしかないとは言え、仮にも自らの主君を見捨てて先に逃亡したとあっては、後にマスコミに、どのように騒がれるかは容易に想像がつく。だから、彼等は国王アルザール並びにその一族が避難するまで……あるいは王自らから明らかな許可が出ない限り、立場上逃げ出すことが許されないのだ。

 

 ……だから、アルザールが「私は大丈夫だから、避難したい人は私に遠慮せず、避難してもいいよ」と言った数分後、貴賓席にはアルザール本人と、長女モニカに次男テリウス、そして何やら一心不乱に情報端末を叩いている次女セニアの、王族直系家族のみが残されていた。

 

「おやおや、みんな薄情だねぇ」

 

 アルザールは笑いながら、すっかり風通しの良くなった貴賓席を見回した。

 

「皆様、無理してらっしゃったのですねぇ……。グラプテラ卿なんて、あからさまに『助かった』と顔に書いてあられましたわね」

「でも、父さん? 実際の所、僕たちがここに居て、安全だって保証は何もないんじゃないの? 《魔装機神》だって、あの化け物魔装機には、手も足も出ないのに」

 

 不意に問うたテリウスの言葉に、アルザールは滅多に見せる事のない真剣な表情を纏った。

 

「……《魔装機神》は絶対の守護者なんだよ。《魔装機神》が居れば、《魔神》などを恐れる必要はない……私は、ラングランの人々にそう約束したんだ。その私が、《魔装機神》を信じなくては……少なくとも信じているように見せなくては、人々は《魔装機神》を信じる事はできない。だから、私はここにいるのだよ。《魔装機神》が邪悪に勝利する事を信じて、ね」

 

 そして「お前達は無理に残って居なくても良いのだよ」と避難を勧める。

 

 しかし、彼の子供達は、揃って首を横に振った。

 

「今更慌てて逃げ出すなど、それこそ全界に恥を晒すようなものですわ」

「僕は恥なんてどうでもいいけどね……今更逃げるのも面倒くさいし」

 

 肩を竦めながら、テリウスが視線を、闘技場の中で死闘を繰り広げる《魔装機神》達へと送る。

 

「……『デモン・ゴーレム』まで召還したのか。このままじゃじり貧だよ。何とかできないのかな?」

 

 眼下では、ルオゾールの呪法に答えて、地面から十数体の『デモン・ゴーレム』が、その身を起こそうとしている所だった。先日王都に現れた石巨人と異なり、青銅の様な光沢を放っている。

 

「そういえば、セニアはさっきから何を……?」

「……嘘っ!? まさか機体全体を《霊相転移(アストラル・シフト)》してるのっ!?」

 

 と、突然モニカの言葉を遮って、情報端末と格闘していたセニアが、立ち上がって貴賓席バルコニーから身を乗り出しながら、悲鳴……歓声のようにも聞こえなくもない……を上げた。

 

「……何かわかったのかい?」

 

 テリウスが覗き込むと、彼女の手元の端末には複雑な計算式が乱舞しているのが見えた。もちろんテリウスに一瞥してそれを理解する技術的素養はなく、視線だけで妹姫に説明を要求する。

 

「わかりやすく言うと、あの魔装機モドキは通常空間には存在してないのよ。私たちに見えてるのはアストラル体の影だけ……という感じ」

 

 アストラル体とは、あらゆる物質がその存在に重なるように保有している、異相次元における質量体である。言うなれば、水面下に隠れたまま、自分の姿だけを水面に見せているようなものだ。

 

「でも個人レベルのサイズならともかく、魔装機サイズの物体を完全に《霊相転移(アストラル・シフト)》させるなんて……とんでもないエーテルが必要なはずよ!? それに、感応媒体の賢者の石(フィロソフォルム)だって……あ、そうか! 『ヴォルクルス呪法』で《邪霊》を召還して、それをエーテルに転換すれば、エネルギーの問題は解決できる……でも、それにしたってとんでもない力技……!!」

「……姉さん、理屈はいいから、対策はないのかい? 対策は」

 

 上気した顔で何やらぶつぶつ呟いている姉に、呆れ返った口調でテリウスが突っ込む。

 

 セニアは数秒思案げに宙を睨むと、すぐさまにたぁっと人の悪い、攻撃的な笑みを浮かべた。

 

「うふふふふふ、こんな単純な力技、私の手に掛かればお茶の子さいさいよ。《霊相転移(アストラル・シフト)》と言っても所詮は質量のアストラル界への仮想遷移。それなら、アストラル界に干渉できるように、コルデリウス相転移の可能な素子をクロウリートポロジーに従って通常粒子に入れ子にしてプランク解との整合性を……」

「セニア、理論はいいから結論を頼むよ」

 

 立て板に水の理論を歌い上げるセニアを、苦笑混じりにアルザールが制した。

 

「……そう? ここからがいい所なのに……まあ要するに、攻撃する武器に、アストラル界への影響力を与える『霊体素子加工(エクトプラズム・コーティング)』をかければ、簡単にあの防御は突破できるのよ」

「……で、その『霊体素子加工(エクトプラズム・コーティング)』は、この場ですぐにできる物なのかい?」

「無理に決まってるじゃない。少なくとも十人の術士系の練金学士が、一晩かけてようやくできるかどうかって所ね」

「それじゃ現状の解決にはお役にお立ちになられませんわね……」

 

 モニカが落胆のため息を吐き出す。

 

「じゃあ、結局今の状態では打つ手はないのか……」

「そうでもないわよ」

 

 娘に続いて、落胆気味に溜息を吐き出すアルザールだが、こともなげなセニアの言葉に、両の目を見開いた。

 

「……何か他に、手があるのかい?」

「ええ……お父様にしかできない、とびっきりの方法がね」

 

 言ってセニアは、会心のウインクを閃かせた。

 

 

 

 

「『デモン・ゴーレム』まで呼び出しやがったのか……好き勝手やりやがって!」

 

 地面より次々とわき上がり、咆哮する石巨人の群。それを睨み付けながら、正樹は忌々しさを口汚さで代えて吐き捨てた。

 

 『ナグツァート』を名乗る化け物魔装機の出現に、祭壇周辺など闘技場グラウンドにおいて各々の職務を果たしていた人々は、それぞれが最寄りの門へと退避した。

 

 もはや儀式どころではない。戦場慣れしていない軍高官や祭儀局の面々などは我先にと逃亡し、責任感ある軍人や、《魔装機神》の力を見届けるつもりの人々などが、流れ弾の恐怖に苛まれつつもその場に居残っている。

 

 そんな中、責任感からでも《魔装機神》への信頼からでもなくその場に居残っているのが、儀式半ばで放り出される結果となった正樹だった。

 

(畜生、『ジャオーム』があれば、俺にも……!)

 

「……マサキ! 危険だ、外に出るな!」

 

 無意識の内にグラウンドへと身を乗り出していた正樹を、呼び出し音の狂想曲の中から、フェイルロードの制する声が届く。彼は、市民の避難指揮の為、次から次へと鳴り響く通信端末と格闘しているのだ。

 

 彼の周囲では、お付きの武官や、恐らく将軍階級と思われる大柄の男……確かカークス=ザン=ヴァルハレビアとか言ったか……が、手の空かぬ上司を周りで補佐している。

 

 しかしそれにも関わらず、正樹はさらに一歩踏み出した。その厳しく細められた目の中には、轟々と土煙を上げながら石巨人と円舞を舞う『ブローウェル』と『ラストール』、死神の放つ火球を身を以て受け止め、更にその周囲を取り囲んで足を止めている『グランヴェール』『ガッデス』の姿。

 

 そして、中途で儀式を中断され、気のせいかどこか所在なさげに立ちつくしたままの『サイバスター』が映っていた。

 

 《魔装機神》の力を以てしても一切の攻撃の通用しない『ナグツァート』ではあったが、逆にその攻撃が《魔装機神》に通用したかというと、そうでもなかった。『ナグツァート』は幾度も無数の《邪霊》を召還して放ったが、その威力は《魔装機神》の纏うあまりの高密度の《魔装》を貫くには、到底足るものではなかったのである。

 

 かくして、お互い攻撃の通用しない《魔装機神》らと『ナグツァート』は、時折牽制気味に『アートカノン』や炎を纏った《邪霊》……邪霊擲弾とでも言おうか……を放ちながら回旋曲を踊る。

 

(だが、二人とも消耗しているのは確かなはずだ……)

 

 完全に攻撃を無効化する特殊結界を展開している『ナグツァート』がどうなのかは不明だが、少なくとも強力な《魔装》で攻撃を弾いている『グランヴェール』と『ガッデス』は、攻撃を受ける度に少しづつ、だが確実にプラーナを消耗している。このまま延々戦闘が続いた場合、最悪プラーナの消耗で、操者が枯死する危険性さえある。

 

(それに、あいつらだけで、『デモン・ゴーレム』を全て相手するのは無理がある)

 

 正樹が視線を移すと、青銅で作られたかの様な光沢を帯びた『デモン・ゴーレム』の群に、『霧のラストール』とそれに率いられた五体の『ブローウェル』が必死に応戦している姿が目に入った。

 

 『霧のラストール』は魔装機計画第四期計画によって建造された機体で、『水』属性の魔装機としては珍しく、近接・中距離戦闘を目した突撃型の機体である。それは、剣皇ゼオルートの剣技を伝授されているファング=ザン=ビシアスの動きに、機体がほぼ完全に対応できていることからも伺える。

 

 そして、正確な一撃を骨子とする不易久遠流剣術を以てすれば、『デモン・ゴーレム』を倒す事は……つまり、その核である魔石を破壊する事は、決して難しい事ではない。

 

 そして、量産型魔装機である『ブローウェル』は、機動性こそ『ルジャノール』よりはましと言う程度であるが、極めて貫通力に優れる磁気加速砲を装備しており、核の位置さえ正確に狙う事ができれば、充分に『デモン・ゴ-レム』を破壊する事は可能なのだ。通常ならば、『デモン・ゴーレム』とは対等以上に渡り合えるはずである。

 

 ただし、問題はその数だ。『ラストール』と『ブロ-ウェル』が合わせて六機であるのに対し、『デモン・ゴーレム』は総勢十五体が蠢いている。彼我の戦力差は単純には2.5倍。機体性能による有利不利を勘定したとしても、控えめに言っても分の悪い戦いと言わざるを得ない。『デモン・ゴーレム』の集団戦術が稚拙なのが唯一の救いだろうか……。

 

「……おい、マサキ=アンドー!?」

 

 突然の、肩を引っ張りながらの声は、ラングラン軍所属の警備兵のものだった。恐らく、門の奥に残るフェイルロードの警護の為に残っていたのであろう彼は、戸惑う正樹に居丈高に詰め寄った。

 

「何をやっている! 餓鬼じゃあるまいしふらふらするな!」

「……悪かったよ」

 

 ラングラン人の兵士の中には、正樹達地上人を露骨に嫌悪している者も少なくない。このどこか神経質そうな顔立ちの兵士も、そのアンチ地上人派の一人なのだろう。あからさまに敵意を込めてくる兵士の物言いに憮然としながらも、正樹は戦場に背を向けた。確かに自分にできる事がない以上、不用意に戦場に顔を出す事は、足手まといになりこそすれ、役に立つことはあり得ないだろう。

 

(くそったれ……こんな時に、何もできないのか、俺は)

 

 苛立ちと口惜しさを込めて、正樹は自らの靴底を地面に叩きつけた。そして、兵士の促すところの安全な場所(多少は、ではあるが)……つまり門の中へと駆け出そうとするが、ふと背後の戦況が気になり、肩からそちらを振り仰ぐ。

 

「きゃあぁぁぁっ!?」

 

 ばぁんという破裂音とめりめりという破砕音。そしてそれを圧して轟いた悲鳴に、正樹は慌てて全身で振り返った。

 

 見ると、『ブローウェル』の一体……右肩に踊る小人の絵が描かれた機体が、背後からの『デモン・ゴーレム』の拳の一撃を受けて転倒しているのが目に入る。黄金色の輝きを放って《魔装》が弾け、殺しきれなかった衝撃が、肩に据えられた磁気加速砲を吹き飛ばす。

 

 銃座の残骸は空中でくるくると回転し……そして、正樹達のいる『風の大門』の側の壁面へと突き刺さった。

 

「!!」

「うわぁっ!?」

 

 爆音を先触れに、幾星霜の月日、そこの壁面を支えてきたであろう石材が砕け、正樹達の頭上に降り注いだ。大小様々の石礫が、彼等の顔を、腕を、脚を打つ。そして一瞬遅れて、門の奥から悲鳴と怒号が溢れ出した。

 

 神聖ラングラン王国が民主化されて以来実に五千年もの間その威容を保ってきた石造の壁面であったが、超硬セラミックス製の銃座の質量には耐えきれなかったようだった。

 

 その身に銃座のハンマーをめり込ませた壁面は、一瞬そのまま鉄槌を抱き止めるかと思われたが、程なくその質量を支えきれず、破滅の音を先触れに崩れ落ちた。

 

「で……殿下ッ!?」

 

 呆然とした一瞬の後、今し方正樹を餓鬼呼ばわりした警備兵が、狼狽の声を上げた。血相を変えて、崩れ落ちた石材と銃座の残骸によって半ば埋もれてしまった『風の大門』へと駆け出す警備兵。しかし、残骸の山の中で、破損した磁気加速砲の電磁コイルがばちばちと放電しているのを見て、慌ててたたらを踏んだ。

 

 磁気加速砲に取り付けられた電池は、巨獣の類を数匹まとめて即死させられるだけの電力を有している。これでは、中に入ることができない。

 

「こいつは……! お、おい! 中にいる連中は無事なのか!?」

「黙っていろ! 今確認している……」

 

 ようやく追いついた正樹が尋ねるに、警備兵は一喝を返しながら手元の通信端末を操作し、自らの守るべき主君の無事を確認する。そして、錯綜する安否確認の通信から、フェイルロードやその他の人々の無事を確信して、安堵の溜息をついた。

 

 そして彼は、吐き捨てるように呟いた。

 

「ちっ……、騎士団のエリート共も、《魔装機神》も役にたたん……いつも偉そうにしている癖に、いざというときには役に立たん、くそったれどもが」

「……何だと?」

 

 露骨に悪態をつく兵士に、正樹の表情が憤激と嫌悪に歪められた。警備兵の胸ぐらを掴み、憤怒も露に怒鳴りつける。

 

「手前ぇ、そのくそったれどもに命を助けられてる身で、よく言えたもんだな!」

「だが、お前等と魔装機の不手際のせいで、何人も死んでるんだろうが!」

「……ッ」

 

 正樹の手を振り解きながらの警備兵の言葉に、正樹はぐっと言葉に詰まった。彼の脳裏に、プラズマ球の中に蒸発した人々や、石巨人によって屠られた人々の姿が駆け抜ける。

 

「大体貴様等の金食い虫の魔装機とその設備、それにお前等の飯は、俺達の税金で賄われてるんだ! なら、俺達普通人を完璧に守る事が、貴様等の義務だろうが! 違うか!?」

 

 何も言い返さない正樹に調子に乗ったのか、その警備兵は畳みかけるように言葉を続ける。俯き、両の拳を固く握り締める正樹に、日頃の不満を嘲弄の形でぶちまける。

 

「はっ……、もっとも他の魔装機操者が必死になって戦ってるってのに、何もせずにぼうっと突っ立ってるだけの坊やには、関係のない話だったなぁ? ははっ」

「…………」

 

 ……その瞬間、正樹は無言だった。

 

 言葉もなく、ただ自然に……流れるような動作で、嘲弄を顔面一杯に満たした警備兵の胸ぐらを捻り上げた。

 

「グッ!?」

 

 幾ら数ヶ月のブランクがあるとはいえ、高校入学直後のボクシング州大会でベスト8にまで勝ち進んだ者の膂力は並ではない。内に荒れ狂う憤激も手伝って、右腕一本で警備兵の体を宙に掴み上げる。

 

 警備兵は気道を押さえられ、じたばたと暴れる。それを正樹は二、三度揺らして黙らせ、そして固く握り締められた左の拳を、彼の顔面へと疾らせた。

 

「ヒィッ!?」

 

 不安定な姿勢ながら、拳が風を切る音までも聞こえるような拳閃。警備兵が悲鳴を上げる中、ばあんという拳が顔面を叩く音が……響かなかった。

 

「? ……!!」

 

 恐る恐る、反射的にきつく閉じていた目を開いた警備兵は、その視界の大半を、表面に歪な凹凸を有した灰色の物体……正樹の灰色の革グローブに制圧されているのを知った。

 

 正樹の拳は、明らかに実戦向けの速度を乗せて繰り出されたにもかかわらず、警備兵の鼻先数ミリの所で寸止めにされていたのだ。警備兵は、背筋にぶわっと冷や汗が吹き出るのを感じた。

 

「…………ってやるよ」

「何……だって?」

 

 寸止めの拳でふさがれた視界の向こうから、正樹が何事かを呟く声が聞こえた。

 

「やってやる! 俺が役立たずなんかじゃねぇって事を、証明してやる!」

 

 叩きつけるように叫んで、正樹は持ち上げていた警備兵を放り捨てた。地面に転がり激しく咳き込む警備兵に背を向け、そしてグラウンドの片隅で、誰に省みられる事もなく佇んでいる白銀の機神を睨み付ける。

 

「お、おい、まさか……待て! 正気か!?」

「一進一退って所だろうよ!」

 

 その視線の行く先から、正樹の意図を悟った警備兵が慌てて制止の言葉を発するのと、正樹のブーツがグラウンドの土を蹴りつけ、巨人達の荒れ狂う戦場へと駆け出すのは、ほぼ同時の事だった。

 

 

 

 その時、正樹と『サイバスター』の間には、おおよそ六十ゴーツ(約百メートル)の距離、そして目まぐるしく互いの位置を変えながら格闘戦を演じる騎士団の魔装機と『デモン・ゴーレム』の姿があった。

 

 正気の人間なら、一つ間違っただけで血の詰まった袋、或いは肉屋の店先に並ぶ挽肉の仲間入りを否応なくされるであろうこのような場所に踏み込もうなどとは、考えもしないだろう。正樹自身、今の自分が果たして正気なのか、それとも頭の中のどこかを掛け違ってしまったのか、判然とした回答を得ることはできないでいた。

 

 ただ、どうやら今の自分は『向こう側』に近い状態にいるらしい、という事を、自身の脚と拍動が奏でるタップのリズムが証明していた。

 

(……負けられない)

 

 石巨人が生み出した瓦礫の山を、ノンストップで跳躍する。

 

(……認めさせてやる)

 

 『ラストール』と『デモン・ゴーレム』が斬り結ぶ下を駆け抜ける。

 

「……見せてやる! 俺に何ができるのか!」

 

 絶叫しながら、赤い頭の『ブローウェル』が、左肩に装備されたチェーンガンの薬夾をまき散らす下を駆け抜ける。赤熱した速射砲弾の薬夾がむきだしの腕や頬を掠めて火傷を作るが、それさえも正樹は黙殺し、ついに『サイバスター』の前へと躍り出た。

 

 そして、彼は全身全霊を込めて、『契約の言葉』を言い放った。

 

「汝、風の司よ。汝の腕は悪しきを砕き、汝の吐息は英知を運ぶ。機神の内に宿りし汝よ! 我は汝に願い奉る。我を受け入れ、我と共に全界の調和の為、力尽くす事を!!」

 

 

 

 

 正樹の『契約の言葉』は、戦の騒音の中でありながら明らかに闘技場にあまねく轟き渡り、そこにいる全ての人々の意識を、一瞬戦いから遠ざけた。

 

 本来人の言葉などを解する知能すら持たないはずの『デモン・ゴーレム』達ですら、その言葉が状況の変化をもたらす先触れである事を本能的に理解し、その頭を白き巨神と、その下に立つ少年へと巡らせた。

 

「マサキ!? ……やるのか」

 

 『グランヴェール』で『ナグツァート』の放つ邪霊擲弾を受け止めながら、ヤンロンが呟いた。

 

「こんな状態で!? 無茶だわ!」

 

 『アートカノン』で『ナグツァート』を牽制しながら、『ガッデス』のテュッティが叫んだ。

 

「お兄ちゃん……頑張って」

「大丈夫……きっと、彼は認められるわ」

 

 避難する途中のプレシアとウェンディが、祈るように言った。

 

「…………」

 

 『ラストール』のファングが、無言のままに視線を向けた。

 

 そして。

 

「……エル・エラ・ヴィン・サイフィス! ルマ・テュール・マサキ=アンドー!! 俺に力を貸してくれ、『サイバスター』!!」

 

 正樹の紡ぐ、『契約の言葉』が完成した。

 

 『サイバスター』の足下に描かれた魔法陣が、淡い緑の輝きを放つ。そしてその輝きは正樹の足下にまで波及し、彼の全身を包み込む。彼の姿が光の中に消え、《風の魔装機神》が《魔装》を纏う。

 

 ――正樹が『サイバスター』に認められたのであれば、その様になるはずだった。正樹も、ヤンロンも、テュッティも。その場にいる誰もが、その様になる事を……《風の魔装機神》が起動する事を望んでいた。

 

 しかし、現実は。

 

「……おい、どうしたんだ、『サイバスター』?」

 

 戦慄を滲ませた声を漏らし、正樹は目の前の白銀の機神――彼が呪文を唱える前と、何ら変わる事のない《魔装機神》の姿を見上げた。

 

「どうしたんだよ! 答えてくれよ! 俺の声が聞こえないのか!? 『サイバスター』!!」

 

 心の中に忍び寄る、絶望感と無力感。彼の理性は、自分が『サイバスター』にどの様に判定されたのかを、冷徹に理解していた。しかしその一方で、それを認めることを拒む感情が、正樹の声帯を張り裂けんばかりに震わせていた。

 

「そ、そうだ。声が小さかったのか? なら、もう一度だ。もう一度やればきっと……」

 

 意識の片隅で、自分でもみっともない姿だとは思いながらも、正樹は必死で自らを納得させる理由を紡いだ。溢れ出す焦燥感を抑えきれないまま、今一度白銀の《魔装機神》に視線を送る。しかし、動揺に早鐘の如く打つ鼓動と、そして無意識下での、事実を見据える事への恐怖心が、彼の焦点を揺るがせていた。

 

「おやおや、最後の《魔装機神》操者候補殿は、失格ですか。残念なことですな」

「……!!」

 

 そして、正樹の困惑に、ルオゾールの慇懃な、しかし明らかに嘲弄を交えた声がとどめをさした。

 

 声も、体も、魂さえも凍り付かせた正樹をよそに、ルオゾールの言葉を引き金として、『デモン・ゴーレム』の群が活動を再開する。そして、魔装機操者達の応戦によって、再び闘技場の中を、砲声と咆哮、そして爆音が支配した。

 

「マサキ! 何をしているの! そこにいたら、死ぬわよ!?」

 

 外部音声出力を使って、テュッティが叱る声が聞こえる。《魔装機神》操者である……《魔装機神》に選ばれた、彼女の声が。

 

(彼女は……選ばれた。だから、『ガッデス』に乗ってる。でも、俺は……)

 

 思考をノイズが荒れ狂う。声がする事はわかっても、それが意味するところを理解できない。呆然と立ちすくんだまま、冷たく沈黙する『サイバスター』を見上げている。

 

(俺は……、俺は、『駄目だった』のか!?)

 

 漸く自ら導いたその言葉に、彼の全てが今一度衝撃に揺らいだ。認めたくない。肯定したくない。だが、認めなくてはならないのか。……自分が、身の程も知らず騒ぎ立てていた未熟な子供であった事を!?

 

 その時迸ったヤンロンの声が、正樹の意識を現実に引き戻した。

 

「……マサキッ! 前を見ろ!」

「……!?」

 

 弾かれるように顔を上げる正樹だったが、その途端に視界の半分以上を制圧した青銅色の石巨人に、今一度全身を硬直させた。

 

 いかなる感情も伺い知ることのできない六つの紅玉の目が、正樹をじっと捉えている。その距離は、およそ二十メートル。『デモン・ゴーレム』がその気になれば、三秒とかからず全てを粉砕できうる距離だ。

 

(逃げられない!?)

 

 絶対的な死と破壊の先触れ。周囲の戦闘音などまるで存在しないかの様に、さながら『恐怖』と題された絵画の様に、二者は沈黙して動かなかった。

 

 絶対零度の恐怖の檻の中、正樹はふっと、既視感めいた感覚に襲われた。以前、これによく似た感覚を味わった様な気がする。自らに向けられた、冷徹な殺意。絶対不可避にして、到底自分では適い得ない絶対的な力。

 

(そうか……思い出した。俺が何でボクシングを辞めたのか……)

 

 『デモン・ゴーレム』への恐怖を引き金に、正樹が今まで忘れていた……努めて忘れようとしていた記憶が怒濤の如く蘇った。

 

 正樹が最後にリングに上がった日……昨年の六月。ユースボクシング極東州大会。高校生級としては年少であるというハンデにも関わらず、正樹は次々と相手選手を破り、準々決勝にまで勝ち進んだ。

 

 しかし、彼はベスト8の仲間入りを果たした途端、あえない敗北を喫した。それも、一方的と言っても良い程の、惨めな敗北を。

 

(あの時、俺は相手に、完全に気迫で圧倒されていた)

 

 正樹は、ボクシングが「できるから」大会に出場し、「勝てるから」準々決勝にまで進んだに過ぎなかった。

 

 しかし、準々決勝の相手は違った。本当にボクシングに自らの全てを賭け、全身全霊を以て試合に挑む性質の人間だった。

 

 そして……リングに立ったとき、正樹は相手の”気”を感じ……そして、気迫の違いに飲み込まれた。いっそ殺意にも似た闘気に打ちのめされ……そして、平静を失った。

 

 がむしゃらに腕を振り回すだけの正樹は、結局2ラウンド目にリングに埋まる事となった。周囲の人間は正樹を「よく健闘した」と評価したが、実際の所、相手は正樹の様子を伺っていただけで、やろうと思えば一瞬で彼を打ち倒すことも可能だった。

 

 そして、相手の選手も、準決勝で敗北した。そしてその準決勝の相手は、正樹が以前、練習試合で容易く打ち倒した相手だった。

 

 正樹の相手が強かったわけではない。冷静さを失った……本気で挑む人間に怯えた正樹が、弱かっただけだったのだ。

 

 それきり、正樹はボクシングを辞めた。州大会ベスト8という勲章のみを手に……逃げ出したのだ。

 

(同じだ……あの時と同じだ!)

 

 正樹にとって、ボクシングとは、憧れたプロボクサーの強さを手に入れる為の手段であり、試合はそれを試すためのゲームに過ぎなかった。

 

 正樹にとって、魔装機に乗ることは、憧れたゼオルートの《戦士》の誇りを手にする為の手段であり、《魔装機神》操者選定の儀は……《魔装機神》に乗ることは、それを手に入れた事を証明する手段でしかなかったのだ!

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 正樹は絶叫した。自身に絶望して絶叫した。どうしようもなくみっともない自分に怒り、どうしようもなくつまらない理由を、「《死》をはね除ける」などと言う美しい題目で正当化していた自分に失望して泣いた。

 

 その声に突き動かされたように、正樹の目の前の『デモン・ゴーレム』が拳を振り上げた。三対の目が攻撃的な色を浮かべ、巨大な土塊の槌が太陽を覆い隠す。

 

 それを真っ向から見据えながら、絶叫する正樹は動かなかった。絶望と失望の鎖が、彼の足を地に縫い止めていた。

 

(死ぬ)

 

 最も憎むものであったはずなのに、今はひどく現実味を無くした単語が、正樹の目の前に迫っていた。

 

 そして……逆光の中で、『デモン・ゴーレム』の拳が、振り下ろされる。

 

 正樹の視界に、巨大な影が差し込んだ。そしてそれは轟音と黄金色のスパークを伴って徐々に大きくなり……そして、土煙を巻き上げて、正樹の眼前で……止まった。

 

「……!?」

 

 正樹はそこに至って、その影が『デモン・ゴーレム』の拳などではない事に気がついた。

 

 全高三十メートル弱、人と同じ様な四肢を持ち、中世西欧の重鎧を思わせる無骨な外観を有する機神。右の肩には大型磁気加速砲、左の肩には大口径の速射砲を装備しているそれは、武装の一部や赤く塗られた頭部など細部こそ違え、紛れもなく正樹が幾度となく訓練で戦った、『ブローウェル』だった。

 

 その『ブローウェル』は、両手を広げた姿で、正樹を覆い隠していた。まるで、何かから何かを庇うように。

 

 ……そう、庇うように。

 

(まさか、俺を庇ったのか!?)

 

 正樹がその事実に気付くのを待っていたかのように、赤い頭の『ブローウェル』が、その纏う《魔装》を解放した。

 

 『ブローウェル』の全身から黄金色の粒子……《魔装》の滓が吹き出し、機体がそれまでより一回り小さい姿……《魔装素体》をさらけ出す。それは、『ブローウェル』の操者が、機体を制御できない状態に陥った事を意味していた。

 

 気付くと、体の自由が戻っていた。《魔装》と制御を失って、足下に倒れ込む『ブローウェル』の下敷きにならぬよう逃げ出しながら、正樹はその量産型魔装機の背中が、大きく陥没しているのを見て取った。そして、その背後に立つ青銅色の石巨人が、戸惑った様に突然目の前に割り込んできた機械人形を眺めている姿をも。

 

「お、おい! 大丈夫か!? おいっ!」

 

 他人の事を心配していられる程余裕のある状態ではないが、かと言って見捨てて逃げるのも論外である。正樹は地に伏した『ブローウェル』の側に駆け寄り声を張り上げるが、『ブローウェル』が動く気配はない。恐らくは、操者が気を失っているのだろう。もしくは、先の一撃で、既に……。

 

(冗談じゃねぇぞ!? こんな、こんな事で……俺のせいで!)

 

 背筋を駆け抜ける戦慄に駆り立てられる様に、正樹は幾度も呼び声を張り上げた。このままでは、目の前の『デモン・ゴーレム』がとどめを刺しに来るのは時間の問題だ。かの石巨人の持つ、生命力を嗅ぎつける『鼻』は、例え《精霊殻》の中の生命であろうと、容易に探知してしまうのだから。

 

 果たして、一向に返答が返る様子のない叫びを繰り返す正樹の視界に、今一度大きく闇が差し込まれた。

 

 振り返り見るまでもない。『デモン・ゴーレム』が、今度こそ生命の炎を絶やさんと、再びその拳を振り上げたのだ。

 

「おいっ、おいっ! 起きろ! このままじゃ死ぬぞ! 俺を助けて、それでお前が死んでどうするんだ! なぁ、起きろよッ!!」

 

 必死に呼びかける正樹の声が、空しく空に溶け消えてゆく。そして、それらの努力の全てをご破算にしようと、石巨人の拳が打ち下ろされる。

 

 このままでは、自分も死んでしまう。しかし、自分を助けた者を見捨てて逃げるなど、彼の矜持が許さなかった。

 

 例えこの場で死ぬ事になろうとも、ここで逃げるわけには行かない。それが、自らの慢心によって瓦解してしまった、正樹の最後のプライドだった。

 

 まるでそこだけ時間が切り取られたかの様に、ゆっくりと石巨人の拳が迫るのを正樹は見た。この世界に来てより、幾度も目にしてきた死の担い手。

 

 今までは幸運と自らの機転で辛うじてはね除けてきたが、今回ばかりはその魔手から逃れる事は、叶いそうもなかった。

 

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 そして、正樹が怒りと絶望を込めて叫んだ時。

 

 天より降り注いだ蒼い光が、世界の全てを飲み込んだ。

 




早すぎると思ったでしょう? 早すぎたんだ。腐ってやがる。

というわけで第七話、正樹くん、サイバスターに選ばれない編です。

もちろん原作とは完全に異なる展開です。なんでこんなことをしたのかといえば、正樹とマサキが別人であり、さらにサイバスターも厳密には同じ機体ではない……という背景に立脚しているのが第一。

さらにはなんかちょくちょく襲ってくるヴォルクルス信徒が何やってるのかを考えた結果、「無敵モード戦」がシナリオ上必要になったという事情があります。

小説にすると、こういう「なんかバトルするだけ」のシナリオの扱いが難しくなるんですよねえ。結構展開に悩んだ記憶があります。

改めて見ると、ルオゾールが場を持たせるのに苦労してるのが滲み出てますね。彼の目的は、次の話である程度理解できると思います。


ちなみにセニアモニカの姉妹関係が逆転してるのも、そのあたりの世界のずれを表現している……というのは後付けの言い訳で、このあたりの時点では単純に勘違いしてたんじゃなかったかなあ。

『ブローウェル』の五人の誉隊が初登場していますが、彼らは王都陥落編で活躍する予定の面々でした。順繰りに数を減らし、最終的には全滅するシュラク隊のような人たちです。
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