I
覚えているのは、紅に染まった世界。
それは、炎の赤。そして血の赤。地に溢れ、目の中を荒らす血液の赤色。
そして、脳を掻き乱す痛みと怒り。
残された一つの目に見えるのは……一つの痩身の影と、その手に握られた白刃。
その足下に転がる、黒々とした塊。それらが、つい先頃までは人であり、つい昨日の今頃には、ささやかな幸福を謳歌していたなどと、どうして信じられようか。
それが自らの家族であり……それが永遠に失われたしまったなどと、どうして認められようか?
影の手にする刃が、ぬらりと赤い照り返しを散らす。ゆらり、と振り向く面の上で、銀縁の眼鏡がぎらりと光る。
あの刃が、あの目が、家族を殺した。善良な仮面を被って家に居座り、いざ正体が明らかになった途端、その凶獣の本性を剥き出した。
奴は、笑っている。逆光で見えずともわかる。奴は、人の姿をした、恐怖を喰らう凶獣なのだ。人の恐怖と絶望に渇きを癒し、その断末魔を至高の楽曲と聞ける魔物なのだ。
魔物は、地上から呼び出された。魔装機という機械人形を操る人形遣いとして。
しかし、その本性を看過され、地上に送り返されようという瞬間、奴は兵士二人を骸に変え、逃亡したのだ。
その事は、自分も知っていた。だが、それがよもや、自分の元に現れるとは。何も知らぬままに迎え入れた旅人が、それであったなどとは。
そして……自分の迂闊さが故に、同じ事が繰り返されてしまった。
「殺せ……」
ナイフで引き裂かれた片目の痛みが、脳髄を繰り返し火掻き回す中、その言葉だけがぽっかりと浮かび上がる。
妻も、息子も失い、これ以上生きることに何の意味があるだろう? 魔物よ、貴様に慈悲の一片でもあるならば、我に家族の後を追わせんことを……。
しかし、それは黙したまま、地に伏した自分に背を向けた。
「……殺せ!」
身じろぎもできないまま、立ち去ろうとする魔物へと、同じ言葉を繰り返す。
しかし、それは嘲笑を一つ残しただけで。
「……ころせぇぇぇぇぇっ!!」
再三の自分の呪詛に、答えることはなく――
そしてそこには、屍の焼ける臭い、炎の弾ける音、そして自らも骸同然の自分だけが、残されたのだ。
「……ゴルドぉ。おい、ゴルドさんよ!」
「……ん?」
自らを呼ぶ声に目を開けてみると、そこには燃えさかる炎も焦げ付く骸もなく、彼……ゴルド=バゴルドは、自分が今まで夢を見ていた事を知った。
そこは、輝石(使い捨ての、蓄積した光を持続的に放射する無公害照明)の淡い光に照らされた、どこかの洞穴の奥だった。
ラングラン王国各地に点在する、反政府軍事組織『ジラドス』の隠し拠点の一つである。数百年前のヴォルクルス信徒による『聖戦』と、その後世界を席巻した『背教者狩り』の際に使われていた破壊神信仰者達の隠れ里を流用したものだ。古典的な術式だが、簡単な魔術儀式で、光学的、電子的な探査を欺瞞する防衛機構が施されている。
『ヴォルクルスの魔獣』あるいは『ヴォルクルスの分身』と呼ばれる怪物を擁していたヴォルクルス信徒の拠点だけあって、洞窟の広さは魔装機の類を納めるにも充分にある。『ジラドス』の上層部は、何らかの形でヴォルクルス教団の残党……と言うには勢力は巨大だが……と接触を持ち、これらの隠れ家の在処を教わり、前線基地として運用しているのだ。
不衛生な毛布をはね除け、岩肌に筵を敷いただけの寝台から身を起こすゴルド。先ほど彼を呼んだ声の主……全身の半ば以上を包帯に包まれた男が、再び彼を呼んだ。
「何居眠りこいてやがる? 例の覆面野郎が来たぜ?」
「……そうか」
「はぁやく来いよぉ? 待望のでっかい花火も到着だぜぇ」
きひひひ、と妙に甲高く下卑た笑い声を響かせ、包帯男は姿を引っ込めた。
……あの様な品性下劣な輩と、行動も共にしなくてはいけないとは、何とも反吐が出るような話だ。だが、この作戦を実行するには、奴のような人間がどうしても必要になる。
滅入ってしまった気分を振り払いながら、ゴルドは洞窟の外に出た。急に目を刺す外光と共に、何ともいえない不快感が全身を貫く。欺瞞魔術の結界を抜けた感覚だ。
「……遅かったな」
外に出たゴルドを、くぐもった声が出迎えた。
「ラクスマン殿でしたな。こんな辺境にまでのご足労、痛み入りまする」
頭を下げながら、声の主の方を見やる。長身を味も素っ気もないスーツに身を包み、色の濃い髪を伸ばしているその男は、ラクスマン=エターフォンと名乗っていた。
まるで、個性を埋没させようかとしているかのような装いである。しかし、仮に彼がそう目的してその格好をしていたとしても、彼を目にした人間は、決して彼のことを忘れる事はないだろう、とゴルドは思う。
――彼が身につける、まるで祭りの際に被るような派手な額冠と、目元から下をすっぽりと包み込む白いマスクが、彼の個性を強烈に主張しているためだ。
(一体何者なのだ?)
彼は、『ジラドス』に兵器と情報を提供する協力者であるが、それが一体どこの何者なのかは不明だ。新参者のゴルドはもちろんのこと、組織のかなりの上位に位置する人間でさえ、はっきりとは把握していないという。彼から供給される兵器や物資がシュテドニアス圏を産地とする物が多いため、シュテドニアス国内の大規模組織――例えば複合企業連合体『トリニティ』のような――の人間であろうと言われてはいるが。
(まあ、どうでもいい)
視線をラクスマンから、その背後の巨大な影……計十数機もの魔装機へと移す。
それらは一見する限りでは、彼も見慣れた『ルジャノール』だった。だが、よく注視してみると、骨格や装備、ハードポイントの位置などが、『ルジャノール』とは大きく異なっているのがわかる。これは、『ルジャノール』のふりをしてはいるが、その正体は、全く別物の魔装機だ。
「地上白兵戦機『ゴリアテ』、対空支援砲撃機『ナグロット』、そして対地砲撃・爆撃航空機『レンファ』だ……外装は誤魔化してあるがね」
ゴルドの視線に答えるように、ラクスマンが解説する。
「少々誤魔化しても、ぶっ壊されてバラされたらどーしょうもねぇんじゃねぇのかぁ?」
「『偶然シュテドニアス製の部品を用いて改造された機体だった』『破壊された機体の構造解析は信憑性に欠ける』……言い逃れのしようはいくらでもある。体面さえ取り繕っておけばな」
「へへ、そーゆーもんかい」
包帯男が、ひひひ、と笑う。
「それに、貴殿らの目的が果たされれば、遠からず、この件に文句をつける輩は全界より消滅するだろう?」
言いながら、ラクスマンのそこだけが露出した目元が、酷薄な光を宿した。
「……それで、肝心のものはどこにあるのだ?」
視線を一巡させ、今回の作戦の核となるべき物が見当たらない事に、苛立ちの気配を纏わせてゴルドが問う。
「貴殿の目の前だよ」
ラクスマンに言われ、改めて視線を巡らせるゴルド。しかし彼の目には、総勢10数機の『ルジャノール』……正確には『ルジャノール』に偽装された新型の魔装機が映るのみだ。
訝しむゴルドに、ラクスマンは面白がっているような視線を向けた。
「そこの、工作型の『ルジャノール』三機。それが、貴殿らの欲していた『降魔弾』だ」
「この魔装機が、か!?」
「輸送の手間とエネルギー供給、さらに偽装を考慮した結果、こうなった。一番機に制御装置、二番機に動力伝達装置、三番機に弾頭を内蔵してある。そのかわり、武装は一切ない」
言いながら、ラクスマンの視線が、彼らを値踏みするような物に変わる。
「構造上、少なくとも制御装置と動力伝達装置に、それぞれ一人ずつ操者が搭乗している必要がある。そして、『降魔弾』の破壊力は軽く半径
「……問題ない」
「ふひひひ、要は全部まとめて根こそぎ吹っ飛ばせるんだろう? 結構な事じゃねぇか」
ゴルドが頷き、包帯男が下品な笑い声を上げる。言われるまでもない。この簡易呪法の狂気の果てが手に入ると知ったからこそ、ゴルドはこの計画を提言したのだ。
「今回の作戦は、この三種の新型魔装機の実戦テストも兼ねている。操者は我々の手配した慣熟訓練済みの傭兵にあたらせるが、契約上彼らは『降魔弾』起爆十分前には戦域を脱出する。貴殿らの脱出については各々の判断に任せるが……」
(……脱出? そんなことを考える必要はない)
無意識に右の目に埋め込まれた義眼の縁を指でなぞりながら、ゴルドは小さく呟く。
彼の妻を、息子を、片目を奪い、いずこかへと消えた地上の魔物。その同胞と、それを招いた存在。
この世界の秩序を乱し、狂気と恐怖をまき散らし、今なお新たな戦乱の元凶となろうとするもの。
……全ての災いの根元、ラングランのオリジナル魔装機、そしてそれを操る忌まわしき地上人。
それら全てをラ・ギアスから抹消する。何者を犠牲にしようとも。それこそが、生き残ってしまった彼の命を、唯一価値あるものにするのだから。
Ⅱ
陽炎の魔装機『ジャオーム』が起動する。
起動サインである両の目のライトが煌々とした輝きを宿す。素体に仕込まれた人工筋肉に《魔装》が伝達され、関節の隙間から余剰の《魔装》粒子が光の粉となって放出される。
そして……全高二十八メートルに及ぶ巨人が立ち上がる。
整備員達が、歓声を上げる。当然だろう。ただでさえ整備性に関しては最悪に近い初期型の正魔装機、あまつさえほぼ全損の状態であった代物が、一月を経てようやく再起動に成功したのだ。
あれを破壊したのは、安藤正樹。魔装機『ジャオーム』の操者の地上人。彼は、戦闘の衝撃でパニックに陥った所で、暴走状態の『ジラドス』魔装機と相討ちとなった。
操者正樹は色々ゴタゴタはあったものの命に別状はなく、現在ではやや精神面に不安定さを抱えてはいるものの、大方往時の体力を取り戻している。
そして今、ついに再生成った『ジャオーム』の《精霊殻》の中に……安藤正樹の姿はなかった。
(やるじゃないか、新入りの奴)
薄緑の魔装機が、一本、二歩と歩みを進めるのを、クリスタルモニターの映像越しにぼんやりと眺めながら、正樹はひとりごちた。
ほんの一月前まで自分が乗り込んで操っていたものを、他人が動かしているのを見るというのは、奇妙な感慨と、そして多少の物寂しさを匂わせる。
テロリストの意識が焼き付けられたが故に魔装機に乗ることを禁じられ、地上に強制送還されることになりつつも周囲の多忙さが故に送還術が行えない。そんな中途半端な状態の彼は、外出も自由にならないまま、毎日あらゆる行動に監視付きの日々を送っていた。
「乗る人間によって、随分と雰囲気が変わって見えるものだな、正魔装機と言うものは」
正樹の背後から同じようにクリスタルモニターを覗き込んでいるのは、本日の彼の監視役であるヴァルト=ザン=ブランソン。奇しくも以前、正樹がラ・ギアスに召喚されたばかりの頃に彼の監視に当たっていた兵士である。
本来ならば、魔装機操者資格どころかラングランでの住民権すらない正樹に、それだけでも重大な機密である魔装機隊統合基地での『ジャオーム』の起動実験を見学する権利はない。それを無理して映像を引き込み正樹に見せているのは、正樹と幾度かの面識があり、ある程度その人となりを知るこのブランソンの厚意によるものだった。
「……そんなに違うもんかい?」
目を凝らして、画面の『ジャオーム』の姿を睨み付ける正樹だが、自分が乗った時の機体をそう見慣れている訳でもないので、どうにも違いがわからない。
「ああ。明らかに、お前が乗った時と纏う《魔装》の色が違う。機体の外形も、微妙に太くなっている気がするな」
「そんなもんかね……やっぱ、今イチ区別つかねぇや」
「要は操者の『自分自身へのイメージ』の違いが、纏う《魔装》の形態を変化させているのだろうな。詳しいことはわからないが」
ブランソンの推測に、はぁん、と今一つ判ったような判らないような声を返しつつ、正樹はモニター越しの『ジャオーム』の姿に目を戻した。
薄緑色の魔装機が、歩く、走る、物を拾う、投げる、跳躍するなど、人間が本来本能的・あるいは後天的に取得している動作の試験を行っているのが見える。まだ操者が機体の感覚に慣れていないせいか、その動作は非常にぎこちない。
「……適正が悪いのか? 妙に動きが鈍いが」
正樹が眉を寄せる。確か自分の時は、乗り込んだ瞬間から、自分の体同然に操ることができたはずだ。
「初乗りの魔装機操者は、大概あんな物だ。むしろ、初めてでいきなり実戦に飛び込んで戦闘したお前の方が異常なんだよ。普通は、機体の反応に体を馴染ませるだけでも、少なくとも一週間はかかる」
「……そんなもんかね」
ブランソンが賞賛するものの、資格を凍結され、強制送還待ちの正樹の立場ではさほど意味のあることでもない。曖昧に返答を返す。
「ところで、『ジャオーム』の操者って、どんな奴なんだ? 俺、見たような気はするんだが、どうもどんな奴だか思い出せねぇんだ」
「ああ、あれは…………言われてみると、私もどうにも思い出せないな」
「会ったことはあるんだろ?」
「それはそうなんだが……妙に印象の薄い奴という印象しかなくてな」
「何だそりゃ」
お互いの記憶力の不甲斐なさに呆れるそんな時、ブランソンの携帯端末に、来客を告げるチャイムが鳴った。
一応にも部屋の主たる正樹ではなく、監視員たるブランソンに連絡が入るという事実は、正樹の立場が明らかに『軟禁』の類であることを否応なしに意識させる。何やら重苦しい感情が沸き起こってくるのを振り払う正樹をよそに、来客は部屋のドアをノックした。
「はい、お邪魔しますよ?」
「やっほ~、マサキお兄ちゃん」
「よう、プレシアに……今日はゼオルートのおっさんもか。久しぶりだな」
入ってきたのんびりとした声と向日葵のような笑みに、正樹は思わず破願して答えた。
ゼオルート=ザン=ゼノサキスと、その娘プレシア。彼らの家に居候していた時期は自然と毎日合わせていた顔である。しかし操者資格の凍結により軟禁されてからは、会うことも滅多になくなってしまった。
もっともそれはゼノサキス家の人間に限らず、正樹の知人ほぼ全てに通じることである。正樹の知人が、ほとんどが魔装機操者か王家の人間と、国家的重要人物に集中しているためだ。そんな中では、ゼノサキス家の人間は……殊にプレシアは数少ない一般人であった。ゆえに父娘はその自由な立場を活用し、暇を見つけては正樹の所に顔を出していたのである。
「あ、『ジャオーム』だ。ゲンナジーさん、もう搭乗試験やってるんだ?」
目敏くモニター映像の薄緑の機体を見つけたプレシアが、とととと画面に駆け寄りながら言うに、ブランソンが意を得たりと手を打った。
「……おお、それだ。ゲンナジー=イワノビッチ=コズイレフだ。思い出した」
「呆れた話だな? 今の今まで忘れてたのか?」
「そう言う貴様も忘れていたろう?」
「俺は直に会ったことがねぇからな」
「それを言うなら俺も同じだ」
「……どっちもどっちですよ」
言い合う二人の間にゼオルートが苦笑を差し込んだ。互いに顔を見合わせ、肩をすくめる。
「すみませんねぇ。なかなか許可がおりなくて、会いに来れませんでしたよ」
頭をかきかき、ゼオルートが謝罪するに、正樹は苦笑を返した。
「ま、しょうがねぇだろ。その許可を出す上役の連中、今は揃って修羅場みてぇだからな」
「……いよいよ明日ですからね」
言ってゼオルートは、モニターに映った魔装機『ジャオーム』の姿を見やった。
「ああ、《魔装機隊》の正式結成……確か、組織名は『エレメンタル・ガーディアン』だっけか?」
「それは通称だ。マスコミが勝手に騒ぎ立てているだけの名前だよ。公式には『魔装機神隊』が正式名となる」
「《魔装機隊》じゃなくてか?」
「……『魔装機による部隊』は、今後各国の軍で組織される可能性が高いからな。その点、『魔装機神を旗印とした部隊』は、今後ともそうそうに生まれるとは考えにくい」
ブランソンがどこか苦々しげに補足する。それは、やがて訪れるであろう魔装機による戦国時代を予感したが故のことであったか。ゼオルートが、同意するように視線をブランソンに送った。
「何で、魔装機神の部隊が作られないの?」
「魔装機神には意志があります。『全界の調和を保つために力を尽くす』という意志がね。そんな存在を、兵器として使えると思いますか?」
「魔装機神は全界の守護者。絶対悪に立ち向かう聖戦士。根本的に『悪』である戦争という行為に、魔装機神は決して力を振るうことはないんだよ。そして防衛戦力に、明らかにあの力は過剰だからな」
プレシアの問いと、それに答えるゼオルートとブランソン。それを横目に眺めつつ、正樹は考える。過剰な防衛戦力? 過剰だからと言って、それを作らないと言う理由にはならないのではないか?
例えば、地上では今でも、そこここの国家が『防衛力として』核兵器を配備している。既に、世界は統一連合国家となっているにもかかわらず。実際に使用されれば、全てを灰燼に還してしまうことは、第三次世界大戦の例を考えるまでもなく明らかであるのに。
……やめよう。正樹は頭を振り、脳裏の疑念を追い払った。もはやこの世界を去ろうという自分には関わりのないことだ。たとえこの世界がこの先どの様に移ろうとも、自分に関与できることではない。ならば、こんな事を考えるだけ無駄だ。
「どうしたの? マサキお兄ちゃん?」
急に頭を振る正樹に、心配げなプレシアの声。「なんでもないさ」と苦笑を返しつつ、正樹は自分の奥底で『卑怯者』と罵るものをどこかに押しやった。
「ところでプレシア。明日、お前さん達も、あの儀式を見に行くのか?」
突然の話題転換に一瞬きょとんとするプレシアだったが、すぐに残念半分、嬉しさ半分の表情でぷるぷると首を振った。
「ううん。見てみたいのはやまやまなんだけど、明日はもっと大事な日だから」
「大事な日?」
「うん、お母さんに会いに行く日なの」
「恥ずかしながら、私と妻の結婚記念日なんですよ」
照れたように頬をぽりぽりと引っ掻くゼオルートの言葉は、正樹には意外なものだった。
「会いに行くって……別居してたのか?」
「ええ。まあ色々事情がありまして……」
「お父さんがだらしないから、お母さん愛想尽かして出て行っちゃったんじゃない」
「こらこら、そう言う恥ずかしいことを言いふらさないで下さいよ」
戯けるようにぷうと頬を膨らませるプレシア。苦笑混じりにやんわりと咎めるゼオルート。要するにゼノサキス婦人は、(正樹が漠然と想像していたように)死別したという訳ではなく、何かの事情で別居しているだけらしいが……それにしては、娘プレシアに拘りやわだかまりが感じられないのは不思議な話だ。
まあ、何か複雑な事情があるのだろう。そう自分で結論し、正樹はその疑問についての追求を止めた。
「しっかし、別居中とは知らなかったな……奥さん、今どこに住んでるんだい?」
「サイツェット州の辺境の村ですよ。転送ハイウェイの整備が不十分なので、遊びに行くのも大変です」
「でも、フローターでドライブするのも楽しいよ? あの辺り、時々野生のウェルゥとか見れるし」
言いながらゼオルートが肩をすくめ、プレシアがにこにこと笑みを顔面一杯に湛えながら言う。
ラングラン王国内には『転送ハイウェイ』と呼ばれる瞬間転移ネットワークが張り巡らされている。だが、どこにでも地域格差という物はあるもので、辺境になればなるほど転送の端末となる『神殿』の設置がまばらになっているのだ。そう言う地区では、現在では珍しくなったオフロード向けのフローラーなどが交通の要となっている。
「そうだ、お兄ちゃんも一緒に行かない?」
プレシアの無邪気な提案に、正樹はやや困った風に眉を寄せ、苦笑した。彼女に悪意がないのは明らかだが……。
「いや、悪いが……」
「折角誘っている所悪いが、一応仮にもこいつは今軟禁中なんだ」
正樹が断りの言葉を紡ぐを、ブランソンが遮った。拳に立てた親指の先で正樹を示しつつ、肩をすくめる。途端に、プレシアの表情が悔恨に曇った。
「あ、ごめんなさい……」
「はは、まあこればかりは仕方ねぇさ。それに軟禁中でなくとも、他人の親子水入らずに割入るほど野暮じゃないしな」
敢えて意識的に、明るい口調で正樹が答える。
「ま、楽しんでこいよ。久しぶりの親子の対面だろ? 詳しいことは知らねぇけど」
「……うん!」
そう言われながらも、しばし表情を曇らせたままのプレシアだったが、やがてにっこりと表情を緩め、ややオーバーな動作で頷いた。そして、また眉を寄せながら、首を傾げた。
「……でもどうして、いつまでもみんな、マサキお兄ちゃんを閉じこめたままにするんだろ? お兄ちゃん、全然悪いことする人じゃないのに?」
「誰であれ、誰かを一度疑ってしまったら、それを止めるのは難しいのですよ。ましてや、マサキは一度もう『帰る』と決めてしまいましたからね。上の人にとって、わざわざ軟禁を解く理由がないのですよ」
「まあ、ただでさえ忙しい時期だしな。こればっかりは仕方ねぇ。大体、自由にして貰っても、俺にはラングランで生活する資金がねぇしな」
言いながら、正樹は指先で丸を作り、それが弾けるような仕草を見せた。ラングラン政府から正樹に与えられた俸給は、全て国家の保証で口座が作成されている。その国家保障が消失した現在の正樹の立場では、資金を引き出すことも運用することもできないのである。
もっとも、実際の所正樹の俸給は、その殆どがゼノサキス家の生活費に提供されていたため、正樹にはゼノサキス家に居候する権利があると言えなくもなかったのだが。
笑うべきか同情するべきか。少々困り顔のプレシアだったが、やがて何かを思い悩むように俯き、上目の視線を正樹に送った。
「……どうしても、地上に帰っちゃうの? ずっと、家にいればいいのに……」
「俺は、魔装機に乗るために、この世界に召喚されたんだ。だから、魔装機に乗れないとなると、俺がこの世界でできることはない。他のことをやろうにも、素人が何かするには、この国の技術は専門化が進みすぎているしな……」
答えながら、宙に視線を泳がせる正樹。
「無論、居残るというなら王家が生活を保証すると、フェイルロード殿下も仰っていたが……」
「……タダメシ喰らいの居候ができるほど、俺は心臓が太くねぇよ」
「実際の所、『魔装機神隊』が正式発足すれば、魔装機神操者が後見人となって、あなたの立場を保証することもできます。そうすれば、もう一度魔装機に乗ることもできなくもないのですけどね……」
『魔装機神隊管理基本法』の成立した後の『魔装機神隊』は、それ自体が一種の独立国家に近いものとなる。
それは魔装機神操者や正魔装機操者を中心とし、広報部や経理部などのいわゆる『裏方』の代表者や、ラングラン王室や練金学協会など支援団体の派遣委員らで構成される民主議会制度である。ある意味、戦闘代行企業国家と言えるかも知れない。
その指揮系統は、母体であるラングラン王国軍のそれからは完全に独立している。派遣委員の中にはラングラン第一王子であり、防衛局長官を兼任するフェイルロード=グラン=ビルセイアの名前もあるが、仮に彼が『魔装機神隊』に戦闘行動を要求したとしても、それは『命令』ではなく『要請』として処理される。『魔装機神隊』には拒否権があるのだ。
そして、『魔装機神隊』に所属した人間には、あらゆる国家の枠を超越した、言うなれば『魔装機神隊国籍』とでも言うべきものが与えられる。無論の事『魔装機神隊』に所属する事が大前提だが、それが適えばラングラン国籍を失った正樹であっても、再びこの世界に居続ける基盤が得られるということになる。
だが……。
「ああ……、まぁ、そういう手もあるよな……確かに」
ゼオルートの提案に、正樹は言葉を濁した。
そう、確かに『魔装機神隊』に所属すれば、自分はまた、魔装機に乗ることができる。この世界に居残り、かつて戦う事で目指していた物を、再び求めることができるのだ。
それは……どても素晴らしいことの筈だ。素晴らしいこと……だった筈だ。
だというのに、今の正樹は、それを素直に是と認めることができなかった。
「どうした? マサキ?」
「…………?」
要領を得ない正樹の様子に、ブランソンが怪訝な声を挙げ、不思議そうにプレシアが顔を覗き込む。
だが、正樹はそれ以上口を開かず、ただ自分の握った拳を凝視するだけだった。
ボクシングや空手などの格闘技によって、打撃面の凹凸の無くなった……戦闘の為に変質した自分の拳を。
そんな正樹を、ひとりゼオルートは全てを見透かしている様に、複雑な面もちで見つめていた。
Ⅲ
ファンファーレが鳴り響く。
総勢180人で構成される、ラングラン王国王室楽団による、荘厳な交響組曲が轟き渡る。
はるけき過去に、一人の天才音楽家バッハ(同名ではあるが、地上のそれとは異なる人物である)によって編曲された、交響曲『調和』。過去『ヴォルクルス信徒』による《聖戦》の際に、体制派の軍を象徴する楽曲として演奏された、由緒ある音楽である。
――全世界の調和を司る魔装機神と『魔装機神隊』の結成式典に、これ以上に相応しい曲があろうか。その場に居合わせた人も、それをEV経由で見つめる人も、みな感慨と共にその澄んだ、しかし力強い旋律に胸を躍らせる。
その日、新暦4955年、陽炎の月第8日。神聖ラングラン王国王立競技場を舞台に『魔装機神隊結成式典』は、厳かに執り行われようとしていた。
ほんの先々月に、『ヴォルクルス信徒』の襲撃を受けたこの競技場で、再び大規模な儀式を執り行うことは、甚だ無神経な行為と言わざるを得なかったかも知れない。
しかし、王国内……いや、ラ・ギアス全域を見渡しても、これだけの数の魔装機……総勢11機の正魔装機を一時に収容できるような大規模な祭儀場は、(伝説にある『ヴォルクルス信徒』の大神殿を除いては)ここの他には存在しないのが現実である。
そう。そこには、先日の襲撃にも懲りずに、再び直に儀式を見ようと詰めかけた人々の歓声の輪の中で、11体の正魔装機……つまり現在までに操者の確定した機体の全てが、一堂に会していたのである。
4大精霊の名を冠した4つの大門の前には、それぞれの魔装機神。 そして、その間に配された『12精霊基』――高位精霊でこそないが、精霊の中でもポピュラーで、力の強いとされる精霊であり、正魔装機の契約精霊でもある――の名を冠した小さな門の前には、それぞれの精霊に対応した魔装機が屹立する。
それぞれの魔装機の掌の上には、礼服に身を包んだ、それぞれを駆る操者の姿が見える。
カメラが、その操者達を順繰りに映し出す。
最初は、吹き抜ける風の中、堂々として微動だにしない、ホワン=ヤンロン。そして、魔装機神『火のグランヴェール』。
次には、風に流れる金色を気にする様に手をうなじに添える、テュッティ=ノールバックと、魔装機神『水のガッデス』。
魔装機神『大地のザムジード』。その手の上では、リカルド=シルベイラが落ち着かない風で襟元をつついている。
触手タイプの腕は長時間の固定に向いていないため、特別に乗機『雪のザイン』の肩の上に立つのはシモーヌ=キュリアン。
ファング=ザン=ビシアスは、『霧のラストール』の上で鞘入りの長刀を足下に突き立て、ぐっと正面を睨み付けている。
『砂嵐のソルガディ』の手の上で、太陽を見上げるのは太陽神アッラーの僕、ムスリムのアハマド=ハムディである。
『岩のラ・ウェンター』の上で、アメリカ・インディアンの系譜を継ぐレベッカ=ターナーが、カメラに向かってリップサービスを繰り出す。
『森のディアブロ』では、レベッカの真似か、年齢的には操者中最長老のマドック=マコーネルのリップサービスが映るが、すぐさまカメラが次の機体へと移動した。
視点を移された『氷のファルク』の操者シーエ=デメクサは、どこかぽややんとした表情で頭を掻いているばかりだ。
『雷のディンフォース』の操者、ブッディズムの僧侶であるサナン=ティアンプラサートは、独特の祈りのポーズで礼を表す。
……これで全ての魔装機を映し終えたのか、カメラがゆっくりと退き、全ての魔装機を枠の中に納めようとして……。
思い出したように、『陽炎のジャオーム』と、その操者たる、大柄で寡黙なロシア系地上人ゲンナジー=I=コズイレフの姿を映しだした。
そして、今度こそカメラが大きく退き、競技場全ての情景と、全ての魔装機をその視野に納めた時。今一度、先に倍する音量で、ファンファーレが鳴り響いた。
『魔装機神隊正式結成式典』の開式だ。
クリスタルモニターから、フェイルロード王子が、一連の《魔装機計画》の総責任者、そしてラングラン王国側からの『魔装機神隊』への派遣委員として、演説を行っている声が聞こえる。
(相変わらず、演説の巧い人だな、フェイル殿下は)
つい皮肉めいてしまう思考を自戒しつつ、正樹はモニター越しのフェイルロードの声に耳を傾けた。
内容は、例によって『魔装機神隊』やラングランにおける魔装機の中立性、非兵器性を訴えるものだ。『対《魔神》用兵器として作成された魔装機は、国家間の軋轢や闘争を解決する手段としては、決して用いられることはない』という骨子のものであるが、それがどれだけ人々に……ラングラン国内はともかく、それ以外の諸外国の人々に受け入れられているかは怪しいものだ。
何しろ、彼らは正魔装機が『ジラドス』の鎮圧のために運用され、それが大きな戦果を挙げている事を知っているのだから。フェイルロード達の語る理想論よりも先に、具体的な戦いの記録として『ジラドス』の魔装機……『ルジャノール』などの現在全界に普及する魔装機に対する、正魔装機の優位性を目に焼き付けられているのだから。
最近、正樹は思う。『ジラドス』という組織の、目的意識の薄さを。ラングランという国家システムに対する反抗を旗印にしてはいる物の、その活動は、テロを行うにつけ決して傷つけてはいけない筈の一般市民を巻き込んだ物ばかり。しかも、わざわざ魔装機を使用して、正面切っての戦いを挑む形で。
それはまるで、魔装機と言う存在そのものが持つ凶性を、人々に見せつけようとするかの様だ。
正樹が以前体験した、地上における918事件。それは反地連組織であるゲリラが、日本州における軍備の増強に反抗して起こした物と言われている。そのテロリズムによるデモンストレーションは、その地連が増強した軍備そのものをぶつかり合わせる形で行われた。即ち、現用兵器の主力であるPTを使用するということだ。
その結果、東京市には甚大な被害が生じ、正樹や、その知人の家族も巻き込まれて死亡した。そして、人々の心には深い傷と……テロリズムや、PTという兵器そのものに対する嫌悪感が植え付けられた。それは、正樹自身も例外ではなかった。
その嫌悪感は、下手人であるテロリストに向けられたのは勿論だが、同時に軍備拡張を続ける地連州政府にも向けられた。事件の後、軍備拡張反対を唱えるデモが頻発し、過激派とされる人々の、これまたテロまがいの脅迫行為が相次いだ。地連は結局、軍備拡張を差し止める事で、民衆を宥めることを選択した。
結果的に、テロによって軍縮が成功してしまったのだ。
今のラングランと周辺諸国の状況は、ちょうどその時期の日本州に似ているように、正樹には思えた。『ジラドス』の破壊行為は、直接的にラングラン王国の譲歩を取り付けるための物ではなく、間接的にラングラン王国の国際的な立場を悪化させ、孤立させ、最終的に瓦解させることを目的としているのではないか?
……無論、自分の様な若造が気付く様なことを、この国の政治家……少なくともフェイルロードが気付いていない筈はない。現実、『魔装機神隊』の面々にも、時折そういった流れを見出し、苛立ちを覗かせる人間がいた。そもそも正樹のこのテロリズムに関する知識も、元パレスチナ・ゲリラだったという『砂嵐のソルガディ』操者アハマド=ハムディの、現状の対『ジラドス』体勢への愚痴混じりの解説によるものなのだ。
『魔装機神隊』が対抗すべきは、ひとつ《魔神》だけではない。それが、全界の調和をもたらす者として立ち上がった以上、この世界全ての『邪悪』が、彼らの敵となるのだ。
……魔装機! それは、来るべき巨大な災厄《魔神》に対抗するための決戦者として作り出された。しかし、現在稼働中の魔装機神が、『ジラドス』鎮圧のために戦闘行動を行っていることを考えれば、少なくとも魔装機神が、国内の敵性存在に対して力を振るい得る存在であることは明らかだ。
そして、正魔装機操者の多くがラングランに召喚された地上人……つまりラングラン寄りの人間である以上、その力を振るう根拠となる『正義』は、ラングラン王国主体にならざるを得ない。たとえどんなにラングランが、魔装機神を『全界の守護者』として喧伝したとしても、それは大国主義に根ざした独善的正義としてしか、周辺諸国の人々には受け取られないのではないか?
魔装機神の正義。それは『魔装機神隊』の各々が、これからの自らの行動によって、ゆっくりと証明して行かねばならない。彼らの正義とは何なのか。それは国家の別なく万人を守護する素晴らしき物であるのか。それを、疑心暗鬼に駆られる人々に理解させるのは並大抵の事ではあるまい。
……そこまで考え、正樹は苦笑した。
(まったく、俺らしくない。こんなチマチマした事を考えるなんざ……)
ふと視線を画面に向けると、そこには丁度薄緑の巨人……魔装機『ジャオーム』の姿があった。
よく言えば悠然と、悪く言えば茫洋と立つ巨神。それはかつて、自分が駆っていた物。しかし、今は別の、新たな適合者が乗り込む機神。
口の中に、おそらく錯覚であろう苦々しさが広がる。思わず、正樹はEVのチャンネルを切り替えた。
……そして、そこに見た物への驚愕に目を見開き、両手を机に叩きつけて立ち上がった。
「……ねぇ、お父さん。これ、お土産にどうかな?」
神聖ラングラン王国中、最大級の面積を誇るサイツェット州、その中枢都市たるバナン市。
その商店街区で、父親の手をくいくいと引っ張りながら、プレシアは露店の店先に鎮座する、小さな彫刻を指さした。
地上で言うところの狐に似た小型獣ファルネアを象った、可愛らしい木彫りの人形だ。二匹のファルネアが身を寄り添うという物だが……子供目にはともかく、ゼオルートの目から見ると、少々雑さの目立つ彫り物である。
だが、よく目を凝らして見るに、ゼオルートは安らぎと、ほんの少しの苦みを感じた。その二匹の間には、小さな子供のファルネアが、親を見上げるようにしていたからである。二匹のファルネアは夫婦であり、彼らは間の子供を慈しむようにして寄り添っていたのだ。
……家族。父親と母親がいて、子供がいる。当たり前の事である筈なのに、自分の不甲斐なさが故に、母子が離れて暮らさなくてはならなくなった。娘は全くそれを責めようとはしないが、時折見せる仕草に、彼女が家族というものに深い憧憬を抱いていることが伺える。
「ねぇ、駄目?」
いつもは自分の欲求には控えめなプレシアが、こんなにも熱心にねだってくることは珍しい。ゼオルートはやれやれ、と肩を竦める振りとともに、露天商に代金を支払い、娘に品を手渡した。
「はい、どうぞ」
「わぁ」
動物の人形を手に取り、ぱっと表情を輝かせるプレシア。この程度の物でこの笑顔が手にはいるなら安いものだ。それどころか、ついお釣りを余分に支払いたくなってしまう。やはり、久しぶりに母親に会えるという事が、プレシアを高揚させているのだろう。
(今日は、できるだけ我儘を聞いてあげましょうか)
そんな事を考えながらゼオルートは、心底嬉しそうに手元の人形を眺める愛娘を見つめた。
「さて、他にも何か買う物はありますか?」
「う~んと、あとは……あれ?」
顎に指先を当て、思案するプレシアだが、ふと目に飛び込んできた物に眉を顰めた。
「どうしました?」
「あれ……何かな? 煙?」
プレシアの指さした先。
屋根の連なる向こうにたなびくそれは、確かに一筋の煙。
さらに、ゼオルートの目は見た。
煙の源より、爆音をまき散らしながら近づくものを。
そして、空高くより舞い降りる巨人を。
Ⅳ
……神聖ラングラン王国、国立競技場。
「あ~、思えば。500年昔の《聖戦》の時代。邪悪なる『ヴォルクルス信徒』の侵攻に、我らは《16魔装器》を作りだし、対抗いたしました。かの背教徒の生み出す『ヴォルクルスの魔獣』は、正しく《魔神》と呼ぶに相応しき禍々しき物であり…………?」
その警報が鳴り響いたとき、そこではラングラン経済圏の代表派遣委員が、益体ない訓辞を延々と唱えているところだった。
競技場の上空を、瞬く間に緊張と戦慄の雲が覆い尽くす。先日の『ヴォルクルス信徒』の襲撃を思い起こした観衆が、口々に不安と恐怖を吐き出す。
「どうした! 何があった!?」
競技場内庭に誂えられた派遣委員席で、内心欠伸を噛み殺していたフェイルロードが、驚愕に身を乗り出しながら叫んだ。見ると、競技場壁面に設置された立体モニターに、何やらの映像が結像しようとしている。
「何者かが、公共回線をジャックしています! 発信源は……サイツェット州・バナン市! ……中央EVモニターに、映像来ます!」
携帯端末から通信担当の士官が返答する間に、壁面の立体モニターが揺らぎ、そこに何かのマークが映し出される……突き上げた拳を意匠化した紋章……『ジラドス』の組織紋章!!
その場の全員の、動揺した視線が集中する中、モニターが切り替わり、目元に深い傷跡のある一人の男の姿が現れた。
「突然の事に驚いていることと思う、神聖ラングラン王国の国民諸君。私は、ゴルド=バゴルド。諸君が『ジラドス』と呼ぶ組織の一員だ」
そして一時間の後……王都エル・ラングの王城、国家防衛局作戦会議室にて。
「……まずは、現状を確認したい」
フェイルロードが、深刻な面もちで、会議室の卓上に集まった面々の顔を見回した。
顔ぶれは、カークス=ザン=ヴァルハレビア将軍やケビン=ザン=オールト将軍などの防衛局の幕僚や、王国議会の代表者の顔が並んでいる。
魔装機設計局からはオブザーバーとしてセニア=グラニア=ビルセイア。そして、『魔装機神隊』からホワン=ヤンロンとテュッティ=ノールバック、リカルド=シルベイラらが参画していた。
「オールト将軍。頼む」
「はい。……事の始まりは本日11:40。サイツェット州防衛隊が、バナン市に侵攻する『ジラドス』魔装機部隊を発見。クラウフォート渓谷で迎撃を試みるも、12:14に、全滅しました」
「サイツェット州防衛隊には、『ルジャノール・レイ』が6機配備されていたはずだが?」
フェイルロードが眉を寄せながら問う。『ルジャノール・レイ』とは量産型魔装機『ブローウェル』で得たノウハウを応用し、『ルジャノール』を改修した機体である。さすがに性能的には『ブローウェル』に一歩譲るが、それでもホバー走行機能や簡易型の磁気加速砲など、本来作業用である通常型とは一線を画する戦闘能力を有しているはずである。
その問いに、初老の将軍オールトは、すっかり白くなった顎髭をさすりつつ答え、その内容に、場内の人々は驚愕の声を上げた。
「……敵の航空型魔装機部隊による降下爆撃によって、殲滅された模様です」
「航空型魔装機!?」
「バカな。何故テロリストごときが、我々でさえ未配備の航空型機体を持っているのだ!?」
ラングランにおいても航空型……つまり高高度における戦闘を可能とする量産型機体の設計は進められているが、飛行装置の安価量産がなかなか軌道に乗らないことと、ハイエンド機である正魔装機の開発の方に力を注いでいた為もあって、未だ正式量産機の完成には至っていない。
なのに航空型の……しかも量産機を、テロリスト組織に過ぎない『ジラドス』が保有していることは、彼らのバックに存在する組織が、極めて高い技術力を有することを示しているのだ。ことによっては、ラングラン以上の。
「彼らがそれを持っているという事実には変わりありません。『何故』、よりも『どうする』を考えましょう?」
声高に驚愕を叫び散らそうとする議会代表者を遮るように、テュッティが言った。彼女の涼やかな声が頭上を過ぎるだけで、騒然、雑然としていた場の空気が、一挙に冷却される。
「……彼女の言う通りだ。今は、現状把握に努めよう。……オールト将軍、続きを頼む」
「はい……防衛隊壊滅後、12:20に『ジラドス』魔装機部隊はバナン市市街地に進入。部隊を展開し、市庁舎、州政府庁舎などの重要施設を占拠しました。この時点で、防衛局に『ジラドス』部隊襲撃の連絡が入っています」
「40分間も連絡が遅れたのは何故ですかな?」
カークスが、不満も露に言う。当然だろう。もっと迅速な連絡が行われていたならば、即座に増援を送り込み、『ジラドス』の都市制圧を、未然に防ぐことができたかも知れないのだ。
「記録によると、11:35を境に、バナン市周辺の通信網が完全にマヒしておりました。モーレー波による大規模なエーテル攪乱が行われたようですな」
「モーレー式エーテル攪乱! 今時、良くそんなの準備できたわねぇ……《聖戦》の時期ならともかく」
セニアが驚嘆した。モーレー式エーテル攪乱とは、遙か古代に実用化された強力な探査魔術攪乱技術だが、必要な設備や儀式が膨大な為に、現在では忘れ去られつつあるものだ。これが最も盛んに用いられたのは『第五次ヴォルクルス戦役』の時代で、現在では当時の遺跡から時折設備が発掘される程度である。
「バナン市周辺は元々、『ヴォルクルス信徒』の拠点の一つだったからな。その頃の遺跡を復活させたのだろうが……よく再起動できたものだ」
「要するに、発掘品を再利用したって事か。エコロジー万歳!」
「では、次の問題だ……彼らの要求について」
リカルドの軽口を礼儀正しく黙殺しつつ、フェイルロードは議題の進行を促した。
「は……これは先ほどの放送での通告に、バナン市から送られた資料を加えた物ですが……」
言って、オールトはモニターを切り替えた。そこには、ゴルドと名乗る男が提示した、ラングラン政府への要求が、箇条書きで表示されている。
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1.血縁主義の独裁政権たるラングラン王室の解体
2.社会硬直化の元凶たる階級制度の撤廃
3.『魔装機神隊』および所属魔装機の即時解体
4.魔装機開発技術の完全公開
24時間以内に要求が受け入れられない場合、『降魔弾』によってバナン市を消滅させる用意有り
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一通り画面に目を通し、フェイルロードは深々とため息を付いた。
「……こんな要求が、通るとでも思っているのか? 彼らは」
「あまりにも法外という物だ。交渉するつもりがないとしか思えん!」
「即刻、軍を派遣して殲滅すべきだ!」
軍の幕僚や、議会の代表者達が、口々に罵倒の声を挙げる。
しかし、熱くなった彼らの頭を強制冷却するように、テュッティの涼やかな声が……いやむしろ冷ややかな声が駆け抜けた。
「……人質になっている、10万のバナン市市民全てを見殺しになさるおつもりですか? あなた方は」
はっとしたように、議員や幕僚達が小さく縮こまる。
「わかっているよ、テュッティ。だから、今悩んでいるのだから」
口元に弱々しく笑みを浮かべつつ、フェイルロードが窘める。テュッティの白い肌が、たちまち羞恥に紅潮した。
「す、すみません、出過ぎた発言でした」
「いや、かまわない。君たち魔装機神操者には、あらゆる国家の人間と対等に対話する権利がある。もっとも……そうでなくとも私は気にしないがね」
「問題は……敵戦力と人質の救出方法、『降魔弾』の無力化だな。そもそも、『降魔弾』って何なんだ?」
リカルドが指折り問題を数え上げながらセニアに問うた。こういう事は、セニアに聞くに限る。
案の定、即答が返ってきた。
「『降魔弾』って言うのは、言うなれば地上世界で言う核兵器かしらね。アストラル界の存在全てを分解してしまう作用があるの。アストラル界での存在を破壊された物体は、私たちの通常時空であるアッシャー界でも存在し得ないから、事実上その場所の存在全てが消滅することになるわ」
「そのような強力な兵器が存在したとはな……」
ヤンロンが唸る。ラ・ギアスは『良識ある科学の世界』であると言う認識が、また一つ崩壊したような気分だ。
「簡易呪法が、最悪の形で進化した結果よ。練金学協会が『対抗手段の発見されない技術を公開しない』という原則を制定したのも、この『降魔弾』系の兵器の出現がきっかけだったの。現在は、完全に製法を封じられていたはずなんだけど……」
「例によって発掘品か?」
セニアはリカルドの問いに頷いた。
「それで、威力は?」
「性質や供給エネルギーにも依るけど、万一作動させたら、まず間違いなくバナン市周辺は消滅するわね」
その場に居る全員が、戦慄混じりのため息を漏らした。
「何か、対抗手段はないのですか?」
「幸い、起動から爆発までに時間がかかるし、効果範囲が広いの。向こうもまさか自爆覚悟でテロやってる訳でもないでしょうから、普段は停止状態で設置しているはず。だから速攻で攻め込んで、向こうが装置を起動し終わる前に破壊できれば、爆発は阻止できるわ」
セニアの言葉に、室内に安堵の空気が広がる。
「ふう……思ったより付け入る隙はあるんですね。と、なると」
「問題は、向こうさんの戦力だな」
テュッティの呟きを、リカルドが引き継いだ。
「オールト、現時点で判明している敵の戦力は?」
「は……偵察衛星の映像では、『グラフ・ドローン』タイプが三機、『ルジャノール』タイプが二十八機です。ただし……このうち六機は、飛空タイプに改造されている模様で」
「違うわね」
オールトの解説に、セニアの声が割り込む。ぴっと人差し指を立てたいつものポーズの彼女に、その場の視線が集中した。
「あれは『ルジャノール』のカスタムなんかじゃないわ。真空渦動、イオノクラフト、反重力緩衝波……浮遊原理がどれであれ、『ルジャノール』の素体をどう改造しても、降下爆撃なんてできる筈がないもの」
「では、この飛空型の『ルジャノール』は一体?」
「十中八九、新開発の魔装機を、『ルジャノール』に偽装したものだわ。あたしの見立てでは、他の『ルジャノール』も、中身は完全に別物だと思う」
「し、しかしセニア姫。一体どこの誰が、我々すら量産レベルに達していない航空型魔装機を開発し、あまつさえ我が国に持ち込んでいるというのですか!?」
「知らないわよ、そんな事。まあ、部品をばらして見れば、一目瞭然だとは思うけどね」
言いながら肩を竦める。
「……それに関しての考察は、この場を切り抜けてからにしよう。今は『従来より高性能の魔装機が相手である』と言う事実だけに抑えるべきだ」
フェイルロードが、額を抑えながら論議を打ち切った。ただでさえ厄介事の多い現状である。必要以上の問題を、わざわざ励起することはない。
「今、確認するべきは我々の、この件に対する対応だ。『ジラドス』の要求を容れる事は、断じてできない。これに関しては異論はないな?」
言ってフェイルロードは、室内に詰める人々の顔をぐるりと見回した。議員の幾人かが渋い表情を浮かべる他は、皆が決然とした表情で是を返す。
「……しかし、現在『ジラドス』は、バナン市住民10万人を人質に取っている。これを、我々は全力を持って、犠牲者を出すことなく救出せねばならない。これも異論はないな?」
再度、視線と頷きが交錯する。
「……では、私の結論を言おう。今件の解決には、魔導連隊呪法兵による特務部隊を編成し、これによる隠密救出作戦をもってあたる」
室内がどよめいた。皆、てっきり魔装機部隊を編成し、直接決戦による解決が採られると想像していたのだ。
だが、救出作戦ともなると、確かに魔装機を駆り出すことは得策ではない。魔装機は巨大に過ぎ、さらに目立ち過ぎる。加えて、正面からの戦闘を挑んでは、『ジラドス』に『降魔弾』のスイッチを押させてしまう可能性も高い。ここは、確かに特殊部隊による隠密作戦が最適解であろう。
「だが……今件に関しては、敵の所有する魔装機戦力があまりにも大きい。そこで……」
そこで、フェイルロードは一度言葉を切り、ヤンロン、テュッティ、リカルドの三人に視線を向け、
「神聖ラングラン王国よりの『魔装機神隊』派遣委員として、魔装機神操者に『要請』する。魔装機神及び正魔装機による、囮作戦を行うべく、出撃していただきたい!」
言って、頭を下げたのだ。
軍部幕僚や、議会代表らの間に、動揺が駆け抜ける。一国の王位継承者……かつ軍事を統括する人間が、一介の機動兵器乗りに頭を下げるなど、あってはならないことだ。……本来ならば。
その行動。そしてその言葉の中の『要請』と言う言葉。それは、彼が従来の様に彼らの上司としてではなく、彼ら魔装機神操者と対等の存在として立っているを示していた。
その意図を、魔装機神操者達は悟った。彼は、このテロ事件を、『全界の調和を護る者』たりし『魔装機神隊』の初舞台として仕立て上げるつもりなのだ。『魔装機神隊』に見せ場を与えつつ、肝心な所は自らの軍に処理させるという筋書きで。
「……了解しました。殿下」
テュッティが、微笑みと共に礼を返し、
「ま、目立つことなら任せておいてくれ」
リカルドが、親指を立てて笑う。
「必ずや、やり遂げて見せますよ」
そして、ヤンロンがいつもの静かな表情を崩さぬままで、しかしその語調は覇気そのものの体現の如く、答えたのだ。
「……魔装機神の、名に賭けて!!」
ラングラン王宮離れの3階。マサキ=アンドーを軟禁する部屋の前で、その兵士は苛立ちを募らせていた。
<……つまり、あなた方の目的は、このラングラン王国の政治体制そのものの改革であると?>
<そうです。この国は、あまりにも長い時を一つの一族によって統治され過ぎました。無論細かい改革や革命、バゴニアの様な独立の例はありますが、国家の中心たる政治機構には、未だに五千年前の悪しき慣習が根付いています。
その悪しき慣習は、今も昔も辺境の人々を圧迫し、人の心を澱ませています。それを再び、過去にそうであったように健全なものに回帰させ……>
何と不愉快な放送だろうか! どこのEV放送局だかは知らないが、わざわざ『ジラドス』の広報部と接触を持ち、その主張を全国に放送しているのだ。
およそ一時間前から、ずっとこの放送が聞こえてくる。音の源は、マサキ=アンドーの部屋の中のクリスタルモニターだろう。あの男は、この放送が始まってからずっと、あの忌々しいテロリストの主張に耳を傾けているのだ。
その結果、運悪くこの日立哨任務に当たった自分も、その放送を延々と聞き続けなくてはならなくなった。余程の大音量で聞いているのだろう、扉の向こうにまで、放送の内容がはっきりと聞こえてくる。
(こんな戯れ言を延々と聞いていられるなど、奴はやはりテロリストの間者に相違ない。何故、こんな危険な人間を、いつまでも飼っておくのだ?)
苛立ちに、ドアを思わず蹴りつける。ブーツの踵がごん、という鈍い音を立てる。しかし、熱心に放送に聞き入っているマサキ=アンドーは露程も反応を見せない。それがまた、苛立たしい。
(ええい、忌々しい!)
その兵士が内心で地団駄を踏んでいた時。
マサキ=アンドーの部屋の中には、風が吹き抜けていた。
静かに、穏やかに。遙か北西の都市で起きている騒動のことなど知らぬ風に、ただ漂泊の旅を続ける風が。
<……これが、先ほども放送致しました、1時間前の現場の状況です。三体の作業用魔装機に囲まれるように、人質となったバナン市市民の人々の姿が見えます>
現場中継へと放送を変更したEVが、バナン市の状況を映し出す。女性アナウンサーの声が風に乗るが、風は、画像までは乗せて運んではくれない。
<少し、拡大してみましょう……ああ、皆、心細さを隠しきれない様子です。自分たちの運命が、彼らを捕らえる『ジラドス』と、ラングラン軍部の交渉によって左右されてしまうことに、恐怖を隠しきれないのが手に取るように伝わってきます……>
からっぽの部屋に、開け放たれた窓。風が遊び、また去ってゆく。
カーテンが舞い、流れに運ばれた木の葉が一片、水晶のモニターに張り付き、落ちる。
その葉の落ちた下。そこには、拡大された人質の映像の合間、ゼオルート=ザン=ゼノサキスと、彼に不安げに寄り添う娘プレシアの姿が映し出されていた。
第十話です。この頃から執筆が極度に遅くなっていますね。ええ、原因は後書きに書いてありました。ファンタシースターオンラインです。当時めっちゃ盛り上がってたんですよね。
主人公不在のままに状況が進行していく、バナンの乱(魔装機神の名にかけて)編ですが、原作と大きく異なる設定として、ゴルド氏がかっこいい役として出てきてること、さらに逃げたルビッカの犠牲者であるというのがあります。
今から考えるとここにゴルドを当てはめるのはどうなんだって自分でも思うんですが、当時はなんか面白いかなと思ったんですよね。まあ、二十年前の自分なのでもう別人です別人。
モーレー波はマイケルソン・モーレーの実験に基づく設定ですね。エーテルの観測を実際に行おうとした結果、その存在を否定する結果となったやつ。ラ・ギアスではエーテルが存在するので、それを観測するにあたり干渉波を作り出す結果となった、という感じ。