I
その時、ゼオルート=ザン=ゼノサキスは嘆息していた。
運が悪いとしか言い様がない。よもや、妻に会いに旅行した先で、『ジラドス』のテロに巻き込まれてしまうとは。
「やれやれ、これではピアに会う約束は、守れそうにないですねぇ……」
「……おとーさんッ。不謹慎!」
思わず唇からこぼれ落ちた呟きを、父の腰にしがみつく様にする娘プレシアが小声で咎めた。腰に感じる軽い打撃感に、苦笑混じりに「はは、すいませんねぇ」と頭を掻きつつ謝罪する。
まったく、自分のようなだらしのない父親の下で、よくもこんなに立派に育ったものだ。無論、まだまだ発想や行動はまだまだ子供と言わざるを得ないが、その気丈さ、真っ直ぐな心根は、子供らしい純粋さに根付いているとは言え、親たる自分にとっても見習うべき事が多い。
(親馬鹿はともかく、参りましたね、これは)
内心嘆息を漏らしつつ、やはり不安げな娘の肩を、ぽんぽんと安心させるように肩を叩いてやる。その一方で視線は周囲の、自分同様不幸にもこの日この時バナン市に居合わせた人々へと巡らされる。
不幸にも、『ジラドス』の進入地点の付近にいたが為に、彼らは逃げ遅れ、『ジラドス』の人質とされる羽目に陥ってしまった。そんな不幸な人質の人数は、老若男女問わずおよそ百人。皆、先の見えない自分たちの状況に不安と恐怖を隠しきれない様子だ。一部の子供や女性……一部男性も居るが……が、恐怖にすすり泣く声も聞こえてくる。
その人質を、魔装機用機関銃をつがえた『ルジャノール』が三機、正三角形を描くように取り囲んでいる。万が一不審な行動を見せれば、機関銃が彼らに地獄への片道切符を配るという寸法だ。
「くひひひひ、変な事すんじゃねぇぞぉ。一人でも逃げようとしたら、みんなまとめてバラバラだぞぉ」
正三角形を描く『ルジャノール』の一機。その頭の上に仁王立ちになり甲高い哄笑を響かせているのは、包帯にまみれた中肉中背の男。顔や腕、五体のあらゆる箇所が包帯で隠されているが、その筋肉の微妙な引きつり具合や、時折聞こえる軋みから、ゼオルートは彼が、何か重大な事故……あるいは戦闘によって大きく肉体を破損し、その際に魂もまた壊してしまったのであろうと推測していた。
『ルジャノール』の三角形の辺毎には、『ジラドス』の兵士が立ち、人質達を監視していた。その人数は、見えている限りで8人。各々の手には、古式な火薬式の携帯機関銃が抱えられているのを見て、ゼオルートは今一度嘆息を吐いた。あれだけの火力が相手では、人質に犠牲を出さずに脱出するのは不可能だ。
(それにしても、あのケーブルはなんでしょうね?)
ゼオルートの視線が、彼らを取り囲む様に張られた用途不明のケーブルを指して止まった。
それは三機の『ルジャノール』の間を、脚部の見慣れないハードポイントを介して接続していた。見たところソーマ・フィラメント(魔術銀によって作られた、永久機関の掻き出したエーテル力を伝達するケーブル)のようだが、わざわざこの場で三機を接続する意味が理解できない。無意味であるはずはないのだが。
この周辺には、包帯男の仲間……つまり『ジラドス』の一員であろう魔装機が、目の前の3機を除いても5機配備されていた。見たところ機種は、『ルジャノール』のマイナーチェンジ版で統一されているようだ。もっとも実際の所、現段階では(現在ゼオルートの知る限りでは)『ルジャノール』以外に、ラングラン以外の擁する量産型の魔装機は存在しないのだが。
だが、それらを眺めているうちに、その中の一機が彼の目に留まった。
(《魔装》が……濃い?)
ゼオルートは眉を顰めた。その魔装機が他に比べて明らかに大きく見え(《魔装》による素体の肥大効果だろう) 、その《魔装》の色も、本来の色である虹色の中に、どす赤い紫を目立たせていたからだ。
(地上人……か?)
ラ・ギアス人の操者のプラーナでは、一般的にあそこまで《魔装》の色の偏りは生じない。他の魔装機がラ・ギアス人らしく……甚だ不本意な表現ではあるが……没個性な様相を見せているのに対して、その機体は明らかに異彩を放っていた。
しかし、もしあの操者が地上人だとして、それは一体何者なのか? あの様な凶々しい燐光を放つ《魔装》を纏うような人間。そう言えば、一人心当たりがあるが……いやまさか。
ゼオルートが見つめている先で、その魔装機はふわり、と空中に舞い上がると、南西向き……バナン市最近接の大型転送神殿のある方向だ……へと飛び去っていった。そして、それに付き従うように、幾体かの『ルジャノール』が行進してゆく。
(部隊を集中させるということは、敵対者の出現、ですかね?)
それはつまり、王国が戦闘部隊を編成し、ここに派遣したということだ。それも『ジラドス』がほぼありったけの戦力を集中している以上、相当な大部隊……あるいは相当な戦力が派遣されたと思っていいだろう。例えば……『魔装機神隊』のような。
「……あれ……もしかして『魔装機神隊』が来てくれたのかな?」
プレシアも、同じ結論に達したのだろう。行進してゆく魔装機の背中を指さす。「ええ。そうでしょうね」と父が答えると、娘は声を僅かに高くして、顔をゼオルートの服に押しつけながら言った。
「大丈夫だよね、『魔装機神隊』は、『ジラドス』なんかに負けないよね?」
服の生地越しに、プレシアが小さく震えているのがわかる。気丈に振る舞ってはいたものの、やはりプレシアはまだ子供だ。自分の中の恐怖を隠しきれない。
「ええ、きっと大丈夫ですよ。彼らは、絶対負けたりはしません」
ぽんぽんと肩を叩きながら、ゼオルートは保証の言葉を与える。しかし、その内心では(そううまく行くだろうか?)と疑問符がゆらめいていた。
確かに、魔装機神を戦力の筆頭とした『魔装機神隊』は、正面からの『戦闘』で敗北することはないだろう。しかし、彼らは後手に回っている段階で、戦略的には既に敗北しているのだ。
この無謀としか思えない都市占拠。『魔装機神隊』の存在を考えれば、どうあっても彼らの戦術的敗北は免れない。しかし、それでもこの作戦が実行された事の意味はどこにあるのか。戦術的敗北さえも利益に変換できる何かが、この作戦の裏に隠されているのではないか?
「な、なぁ……」
ゼオルートの黙考を、彼らの隣でで縮こまっていた男が遮る。見ると、その男は九分の絶望の中に一分の希望を見いだした、という表情で、ゼオルートに詰め寄ってきた。
「本当なのか? 『魔装機神隊』が来て、俺達を助けてくれるのか? なぁ!?」
まずい、とゼオルートは思った。男の遠慮のない大声が、ぐいぐいと周囲の視線を集めているのを感じる。希望の欠片をちらつかされて、彼らの心の奥底で、蠢く恐怖が自制の関を、破って溢れ出そうとしている。
このままでは、この男の声が銃爪となって、今まで辛うじて保たれていた人々の心の均衡が、一斉に崩れ去る危険性がある。そして、恐慌に陥った人々を、テロリスト……殊にあの『ルジャノール』頭上の包帯男が、どのようにして沈黙させるか。最悪の結果ばかりが脳裏をよぎる。
ゼオルートは黙ったまま拳を固めた。あまり娘に見せたい行動ではないが、そのまま拳を目の前で騒ぐ男の鳩尾に打ち込み、とりあえず黙らせる……つもりだったのだが。
包帯男が《精霊殻》に飛び込み、『ルジャノール』の機関砲を乱射する方が早かった。
ごんごんごんごん! 大口径の機関砲の咆吼が耳を貫く。とっさに娘を身で庇い、掌で耳を押さえるゼオルート。文字通り手の回らなかった自分の鼓膜を引き裂く痛みに、歯を食いしばって耐える。
……斉射は数秒で終わり、銃撃音が止んだのを見計らって、ゼオルートは身を起こした。
銃弾は、どうやらほぼ水平に打ち出されたらしく、幸いにも銃弾そのものに傷つけられた人質はいないようだった。ただ、銃撃の轟音で鼓膜を破られた者がいるらしく、耳から血を流してすすり泣いている姿が見えた。
『ジラドス』兵士達が、『ルジャノール』内の包帯男を怒鳴りつけているのが聞こえる。しかし、包帯男は何処吹く風、と言った風で聞き流すだけだ。
(やはり、まともじゃない)
機関銃の水平射撃によって、真一文字に弾痕を穿たれた『ルジャノール』を見やり、ゼオルートは内心で舌打ちした。この包帯男は、明らかに精神を病んでいる。どうやら彼の乗る一機の他は操者がいない機体だったようだが(装甲に直に弾痕が刻まれたのが証拠だ)、それでもただの威嚇のために、味方の機体に傷を付けるとは。
(ただ、救助を待つだけという訳には、いかないようですね)
たとえ『魔装機神隊』に仲間の魔装機部隊が全滅させられたとしても、この狂気に支配された男が、素直に人質を解放するとは思えない。この男の、状況の変化に対する反応が予測できない。
――見極めなければならない。自分の動くべき瞬間を。自分たちの救われる確率を、少しでも高めるために。
そして何より、自分の腕の中で震える娘を守るために。
(約束ですからね。必ず守って見せますよ、ピア!)
――だが、世の中往々にして、思うようには行かないものである。
その時、ゴルド=バゴルドは苛立っていた。
(役割上必要とは言え……まるで道化だ)
EV放送局を出て、作戦の中心部たる中央広場へとフローラーを走らせながら、ゴルドは内心毒づいた。
『ジラドス』と言う組織は、その内部構造が極めて不透明である。魔装機などで武装し、様々な作戦を実行する部署や、宣伝活動を専門に行う部署、その活動資金を調達する部署など、様々な分組織を有しているのは確かなのだが、それらを指揮・統括する人間達の姿が、内部の者にすら見えないのだ。
命令と、物資だけがどこからともなく届けられる。今回のように作戦を自ら上申する場合でも、淡々と作戦承認のメッセージと物資が手配されるだけ。『上層部』が存在するのは間違いないのだが、その実体は、組織内の人間にすら、影の端さえも明らかにされない。それが『ジラドス』という組織である。
そんな組織であるから、本来ならば組織のヘッドが行うべき、作戦実行の際の要求の告知などのデモンストレーションも、作戦実行部で行わざるを得ない。
かくして、今回の作戦の最高責任者である彼が、全国に対して演説をぶちあげる義務が生まれたのだ。(一応権限に関しては、件の包帯男にも同等のものが与えられれているが、あのような狂人を、自分たちの代表として喧伝できる程には、『ジラドス』もゴルド自身も誇りを失ってはいなかった)
もっとも一方で、自分の全世界に公表した『ジラドスの要求』について誇りを持てるかと言われると、これはこれで首を振る他はなかったが。初めから受け入れられないことを前提とした要求とは言え、あの内容では、自分はまるで馬鹿丸出しである。
そう、あの要求は、『魔装機神隊』をこの地におびき寄せるための挑戦状なのだ。それ以上の何物でもない。しかし、そのために道化を演じる事に、抵抗を覚えるのも確かだった。
(だが、儂がむかつくのは、それだけではない)
今一つの問題は、この作戦の為に集められた傭兵の言動である。
確かに『ジラドス』上層部から送られてきた彼らは、未知の新型魔装機を伴い、性能は勿論その技量においても、従来型の量産機を擁するバナン市防衛隊に対して圧倒的な戦闘力を示した。それは間違いない。
そもそも、彼らの存在なくして、バナン市を攻略することは不可能だっただろう。度重なる戦闘によって既に、『ジラドス』作戦実行部の固有戦力は、操者が五人、一般兵士が十数人残るのみとなっていたのだから。
しかしあの傭兵達は、明らかにゴルドら『ジラドス』の人間を嘲弄していた。彼らの言葉の端々が、そんな臭いを漂わせている。
だが何より癇に障るのは、その隊長格であろう、航空型魔装機『レンファ』の操者である。
常人離れした技量とプラーナを有する(纏う《魔装》が独自の色で彩られているのが証だ)人物であるが、ゴルドに姿を見せることはなく、言葉すら発することがない。そのくせ、魔装機の外からでも伝わる、ねっとりとした殺意とか、狂気の類が肌を泡立たせる。
……もっとも実際の所それとて、彼の不快感の最大元凶に比べれば、ほんの些細なことでしかないのだが。
(それにしてもあの気配、どこかで感じたような……?)
その瞬間。
そんなゴルドの思考を、行く手よりの銃声と、続く怒号が洗い流した。
(何だと!? ……まさか!)
歯ぎしりと共に、一杯にフットペダルを踏みしめる。自分の苛立ちの原因の最大手が、また何かやらかしたのだろうか? いや、それしか考えられない。
そして、フローラーを停止させた先。そこでは、ゴルドの抱いた危惧が正しかった事を、硝煙の臭いと『ルジャノール』に刻まれた弾痕、そして地面に転がり呻く人々の姿が証明していた。
「よ~~お、遅かったな、ゴルドぉ?」
何をやっていたのか、自分の『ルジャノール』の《精霊殻》からひょいと顔を出し、包帯男(名前を呼ぶのもおぞましい!)が呼びかける。
「貴様、何のつもりだ!」
「あんまりうるせぇから、ちょいと脅かして黙らせてやっただけさぁ。俺って優しいだろ? 本当なら皆殺しにしてやっても良かったんだからなぁ?」
ゴルドの怒鳴り声に、けひひひ、とひきつれた笑い声を返す。憤激が腹の底から吹きあがってくるのが感じられるが、ゴルドはそれを辛うじて抑え込んだ。今は、人質の状況の方が優先だ。
元々、人質を取ることはゴルドの本意ではなかった。だが、あの忌々しい包帯男が『それじゃ、みんな纏めて吹き飛ばされて終わりだぜぇ? 相手に迂闊に手が出せない状況を作らねぇとな』と指摘したことで、今回の作戦計画に、人質を取る項目が追加されたのである。
……確かに、その指摘は理屈の上では正しい。しかし、実際の言行を見る限り、奴はどう考えても、事を荒立てたがっているだけの様にしか見えない。
歯噛みしながら、ゴルドは視線を巡らせた。横一文字に弾痕の穿たれた『ルジャノール』二機と、その手前に転がり、或いは座り込んでいる人々。耳を押さえてうめき声をあげる者がちらほらと見えるが、幸い重傷者はいないようだ。
そして、ゴルドはその視線に気づき、眉を顰めた。
群衆の中に紛れながら、その実油断なく周囲の遍くに張り巡らされる神経の糸。その明らかに攻性の意志に基づく視線は、戦士の訓練を受けた者にしか、感知することはできなかっただろう。しかし、ゴルドは正しく戦士訓練を受けた人間であり、その感知の糸を手繰り、視線の主を探ることができた。
そして、その視線が何者による者であるかを突き止めたとき、ゴルドは衝撃に全身を打たれたように感じた。そして、呻き声を隠すことができなかった。
「け、剣皇ゼオルート様……!」
ゴルドの呻きに、包帯男は泡を食ったように彼の視線を追いかけ……そしてゼオルートの側に寄り添う幼い少女の姿を認めて、にやぁ、と悪辣な笑みを浮かべた。
Ⅱ
その時、フェイルロード=グラン=ビルセイアは臍を噛んでいた。
そこは、サイツェット州、ウライティヘイン平原。
そこの中部に位置する、巨大なピラミッドを中心とし、放射状に広がる巨大施設。それは、ラングラン王国を縦横に網羅する転送装置ネットワーク『転送ハイウェイ』の、サイツェット州における運用を統括する『大神殿』である。
ラングラン王国国内は、二地点の空間を直結し、物体を損失なく転送させる『転送ハイウェイ』が発達している。それは、小規模なものが個人の家庭にまで浸透し、人々の移動・輸送手段の中核を成すものである。だがその端末(一般には『神殿』と呼ばれる)の設置・運用費用は、転送可能な物質のサイズが大きくなるにつれて、指数関数的に膨れ上がってしまう。
そのため、巨大なもの……例えば大型貨物トレーラーなどを輸送することのできる大型の『神殿』は、非常に数が少ない。王都中枢部付近や重要施設の付近には、それなりの大きさの端末が設置されているのが普通だが、辺境の州などに関しては、予算の都合上さほどの数を設置することもできない。大概の場合、各州に一カ所ずつ設置されているのがせいぜいである。
その数少ない超大型転送端末『大神殿』の一つ、ウライティヘイン大神殿。その転送機本体である巨大なピラミッド前広場。普段ならひっきりなしに大型トレーラーなどが出入りするそこは、今や一般の出入りが完全に差し止められ、その代わりに、城塞を思わせる巨大な装甲車両……移動式の統合指揮車両である『アナンタ』が陣取っていた。
「『降魔弾』は、まだ発見できないのか?」
「偵察衛星からの分析は否定的。バナン市周辺には、魔装機の永久機関以外の異常エネルギー反応は皆無です」
『アナンタ』の上部に張り出した司令塔。その中で、フェイルロードの副官であるオールト将軍が、分析担当の女性情報士官に問う。しかし、まだ入軍して間もない様なその女性士官は、頭を振って答えた。
「偵察衛星の分析能では、これ以上の解析は不可能です。『ザムジード』のREBスキャンを待つしか……」
正魔装機には、通常の偵察衛星などとは比べ物にならないほどの処理能力を持った人工知能が搭載されている。特に魔装機神のそれは、『REBアーキテクチャ』と呼ばれる多角的に事象を分析する論理機構を有しており、その分析能は、通常の偵察ドローンなどの数十倍の正確さを誇る。
加えて、魔装機神『ザムジード』は、《地潜結界》によって地中を潜行することができる。地中に潜った『ザムジード』を発見すること、そして発見したとしてもそれに対して攻撃を仕掛けることは、非常に困難である。その為、現在『ザムジード』は、バナン市地下から敵陣深くに忍び込み、敵戦力、配置、そして『降魔弾』の位置を探索しているのである。
「なぜ、たかが爆弾一つに、こうも発見が遅れるのだ?」
そのオールトの問いは、フェイルロードの内心の苛立ちを代弁するものでもあった。
「『降魔弾』は、錬金学協会設立当時に封印され、現在では製法もその威力の詳細も明らかではありません。古代の資料と、計算上の予測スペックで捜索をかけている現状では……」
「それを何とかするのが貴殿らの仕事であろう! 弾頭が発見できなければ、本作戦は立ち往生するしかないのだ。それどころか、激発した『ジラドス』のサイコどもが、いつ弾頭を起爆させないとも限らん!」
「言われなくてもやっています! でも、とにかくデータが足りないんですよ!」
半泣きの表情で叫び返す情報士官。溜息一つ吐き出し、フェイルロードは二人の間に割って入った。
「オールト将軍、あまり急かしても効率が落ちるだけだろう。それから、ティアラ第四位情報士……だったな。バナンの人々の生活と命、そして我々の運命は、君の働きにかかっているのだ。難しい仕事とは承知しているが……期待している」
「は……失礼いたしました」
「は…はいっ!」
畏まるオールトと、上擦った口調で敬礼を返すティアラ情報士官。直ぐさまコンソールに向き直り、先に倍する速度で指を奔らせる。その頬がほんのり朱を散らしているを見て取り、オールトは苦笑を漏らした。
「殿下も、女性の扱いに手慣れてこられましたな」
「何を訳の分からないことを」
「――殿下、将軍! 『ジラドス』魔装機部隊に動きが!」
フェイルロードの呟きを遮り、こちらは青年の情報士官の叫び声が駆け抜けた。
「エリオット、状況は!?」
総司令席を飛び降り、青年士官の背後からモニターをのぞき込むフェイルロード。やや弛んでいた司令塔の空気を、緊張感のグリスがびりびりと引き締めてゆくのが感じられる。
「十九機が南南西に向けて移動中です……早い!」
青年士官エリオットが驚愕の声を上げる前で、『ジラドス』魔装機部隊を示す赤い光点群が、ぐんぐんとモニター左下……青の光点の集まった地点へと移動する。青の光点は、《魔装機隊》の魔装機のシグナルである。
「《魔装機隊》と正面からやり合う気なの? 正気!?」
まっしぐらに、真正面から青の光点に躍りかかる赤い光点に、ティアラが驚愕の声を上げる。
「《魔装機隊》の対応は!?」
「予定では戦線を二千ゴーツ程後退した後交戦に入る計画ですが……敵魔装機の進撃が早すぎます! 敵先頭集団七機、《魔装機隊》『リニアレールガン』の有効射程までおよそ二百秒!」
「《魔装機隊》応戦体勢に入りました!」
エリオットの声と共に、青の光点が横二列の陣形を組む。砲撃で応戦し、できる限り、バナン市市街から敵魔装機部隊を引き離す構えだ。
「有効射程まで後30秒! 28、27、26……」
エリオットのカウントダウンをBGMに、モニターの上で、怒濤の如く進撃する赤い光点と、青の光点が徐々に接近してゆく。自分たちはその戦場の遙か後方に居るとわかっていても、『戦闘が始まる』という事実自体が、拳を握らせ、その中に不快な湿り気を帯びさせる。
(いや……『戦闘』が始まるからではない……それだけではない)
フェイルロードは独白する。二つの勢力が、ただ相手を殲滅するためではなく、互いの目的を持って戦う。それはただの『戦闘』ではなく……。
「7、6、5、4、3、2、1ッ……有効射程突入!!」
瞬間、赤と緑を繋ぐ、赤い輝線が描かれた。
それからは一瞬だった。赤の輝線は瞬く間にその数を増やし、赤と青の輝点を端としたタペストリを描く。そして輝点は散らばり、衝突し、混じり合い……ほんの1分で、赤紫の……まるで血溜まりのような姿へと変貌する。
フェイルロードには、その色はまるで暗示しているかのように見えた。
その日、その瞬間を境に始まった……魔装機という兵器を用いた、いつ果てるとも知れぬ、『戦争』の時代の幕開けを。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
自らを鼓舞する咆哮。噴き上がる紅の《魔装》。人工筋肉が躍動し、伸縮し、オリハルコニウム製の刃が『カロル』を宿して灼熱して。
そのままヤンロンは、愛機『グランヴェール』の腕に握った戦闘用斧『グラントマホーク』を、眼前の地上用魔装機に叩きつけた。
戦斧は敵魔装機の肩口に吸い込まれた。刃の先に凝集された熱素子『カロル』が敵魔装機の《魔装》を灼き、続いてオリハルコニウムの刃が素体に食い込む。ばちばちと弾ける《魔装》の閃光の中から、切り飛ばされた腕が宙を舞う。
(くっ……《魔装》の防御特性が思ったより強い……!?)
予想外の手応えの鈍さに呻きつつも、攻めの手を休めることはない。重量バランスが変化してよろめく敵魔装機の頭に、引き戻した戦斧の柄を打ち込む。柄先に据えられた鋭利な穂先が《魔装》と反発してスパークを散らす。しかし、装甲を貫くには至らない。
(仕留め損なった!)
内心で吐き捨てる暇もない。止めの失敗で体制の崩れた『グランヴェール』に、敵魔装機――その段階ではヤンロン達の知り得る所ではなかったが、『鉄のゴリアテ』と呼ばれる機体は、胸部から無数のグレネード弾を撒き散らす。熱素反応弾と煙幕弾のミックスだ。もうもうと立ち上る煙幕が、ヤンロンの視界を灰色に閉ざす。
「ランシャオ! 敵の位置をスキャン! 上から『ファミリア』で仕留める!」
自らの『使い魔』に命じて、機体を大きく跳躍させるヤンロン。『グランヴェール』を始めとする火の魔装機には、一般的に空中戦が可能なだけの飛行機能が付加されている。煙幕の満ちた地上から離脱し、見通しの良い空中から敵機を仕留めるつもりだったのだが……。
「ご主人様、5時の方向よりロックオンと紫外線投射を確認! レーザーです!」
『使い魔』ランシャオの警告とほぼ同時に、『グランヴェール』の右肩表面で、じゃん、という熱した油に水が弾ける様な音が炸裂した。それは、《魔装》が蒸発する音だ。擬似的な神経接続が、ヤンロンの肩にもちりちりという灼熱感を伝え、彼の肌を泡立たせる。
見ると、彼と『ゴリアテ』の交戦する地域から僅かに離れて、両肩に巨大なレーザー発動機を装備した魔装機が、『グランヴェール』を見上げているのが見えた。無論、それはただの視線ではなく、隙あらば破壊光線を見舞おうという、殺意に満ち満ちた剣呑な代物であったが。
「敵は対空迎撃用機と推測。空中戦は危険です」
「言われずとも、わかっている!」
「第二射、及び先の機体からの砲撃、来ます」
奥歯をぎりと噛みしめ、レーザー砲台の魔装機……『ナグロット』へと機体を奔らせる。『ゴリアテ』が背に負った大型荷電粒子砲の光弾を背後に残し、レーザー砲の射線を手繰り、その外周に沿い、螺旋を描いて肉薄して。
「ホォア・タァァァァァ!!」
膝先にありったけの《魔装》を凝集し、『ナグロット』の頭上に飛び降りる。
フライング・ニードロップ。背面バーニアの噴射力を加味して打ち下ろされた両の膝は、狙い過たず『ナグロット』の両肩を捉え、そこに据えられたレーザー発動機の大型レンズを粉砕した。そして、勢いを殺しきれずに仰向けに身を反らせる『ナグロット』の頭部に、容赦なく戦斧の一撃を撃ち込む。
ばふん! 粉袋が破裂したような音と共に、『ナグロット』の纏う《魔装》が拡散する。それは、かの機体の操者が《魔装》を維持できない状態に陥ったことを意味していた。
「まず一機……!」
「ご主人様、背面よりロックオンを確認。先ほどの重装型魔装機と推測されます」
息を付く暇もなく、ランシャオが報告する。吐き出しかけた安堵の吐息を飲み込み、機体を翻らせるヤンロン。
「荷電粒子砲のチャージを確認。プラズマ弾が来ます」
ランシャオの報告を聞くまでもなく、ヤンロンの目は、背に負った大型荷電粒子砲をつがえる『ゴリアテ』の姿を見て取っていた。紫の閃光を飛び散らせる銃口。そして迸るプラズマ化した重金属粒子の固まり。
「くあぁぁぁぁぁっ!!」
怪鳥の類を思わせる叫びと共に、ヤンロンは自らの左掌に念を凝らした。プラーナコンバータが咆哮し、膨大な量の《魔装》を生成する。それはヤンロンの念によって掌中に凝集され、紅蓮の光の盾を生み出す。
ヤンロンはその紅の盾を振りかざすと、そのまま肉薄するプラズマの固まりに打ち付けた。がぁん、と鼓膜を引き裂くかと思われるほどの爆音が轟き、プラズマ弾が弾けて飛び散る。
このような回避方法は、『ゴリアテ』の操者も予想していなかったのだろう。砲塔を伸ばした姿勢のままたじろいで数歩を退く。
しかし、その数歩が、彼の運命を決定した。
「はああああぁぁぁぁぁっ!!」
燃えさかる天覇空裂の意気。『ゴリアテ』の操者が再び前方に目をやったとき、そこには、明らかに間合いの外でありながら、手にした戦斧を大きく振り上げる『グランヴェール』の姿があった。
いぶかしる間もなく、照り返しの軌跡を目の中に残し、それはまっすぐに振り下ろされる。空を断ち、『カロル』の赤で視界を一杯に埋め尽くして、『グラントマホーク』が唸る。
『ゴリアテ』の操者が、ヤンロンが『トマホークの正しい使い方』を実践したことに気付くのと、投擲された戦斧が『ゴリアテ』の頭部に深々と突き刺さるのは、ほぼ同時の事だった。
かくかくかく。頭部を真一文字に断ち割られ、制御を失ったのか珍妙なダンスを踊る『ゴリアテ』。その機体から《魔装》が乖離を始めている事を確認したヤンロンは、次の目標へと意識を移した。武器の回収は必要ない。元々試験的に運用していただけの、半ば開発者の道楽の代物だ。
(しかし、この敵、強い。恐らく集団戦闘についての設計思想は、ラングラン機体を凌駕している)
周囲の戦況を確認しつつ、ヤンロンは舌打ちする。元々、ラングラン製の魔装機は、その運用目的が《魔神》との決戦であったが故にか、単独での戦闘能力を重視し、機体同士の連携戦術に関する考慮が足りない機体が多い。
一応、ラングラン製魔装機にも、『大地』系は砲戦重視の重装甲型、『火』系は機動性と格闘戦力を重視などと、ある程度機体に傾向は与えられている。しかし、それは所詮戦闘レベルでの性能差である。戦術的に、部隊として運用するには、あまりにもコンセプトが『決戦』に偏りすぎているのだ。
それに対し、今の魔装機は明らかに、集団戦闘を大前提とした武装と設計が施されていた。対地対空砲座としての機体、前線で交戦し、敵の足を止める重装機体。それに加え、飛行能力を含めた高機動力を発揮し、一撃離脱を骨子とした飛行型の機体が存在したはずだ。
これらの機体は、単機での戦闘力はさほどでもないが、これが互いの欠点……防御力の欠如や機動性の不足など……を補う方向性で連携を組むと、その総合戦闘力は跳ね上がる。増してそれが大量に投入された場合、魔装機神ならいざ知らず、正魔装機クラスでは苦戦は免れない。それどころか、敗北する可能性すらあり得る。
「きゃ……っ!」
その考えを証明するかのようなタイミングで、通信機からシモーヌ=キュリアンの悲鳴が飛び込んだ。見ると、『グランヴェール』からさほど離れていない地点で、先の『ゴリアテ』の腕のプラズマ砲の直撃を受け、片腕を大きく歪めた『雪のザイン』の姿があった。さらに、彼女に追い打ちをかける様に、空中戦型の機体が上空から爆雷を降らせている。
「ランシャオ!!」
「かしこまりました、ご主人様」
名を呼ぶだけで、ヤンロンの『使い魔』は、彼の意図を酌み取った。『グランヴェール』背面に折り畳まれたブーメラン状のオリハルコニウム刃が、紅の《魔装》を纏って飛び出す。『使い魔』と操者の精神感応を利用した精神感応制御式自律攻撃ユニット。『
『グランヴェール』の『ファミリア』は、高速のブレードで目標を切断する、飛翔刃の形態をとっている。その飛翔刃は瞬く間に『ザイン』の頭上に到達し、降り注ぐ爆雷の隙間でダンスを踊った。赤い軌跡が閃く度に、熱素の光が花を散らせる。
そして、手近な爆雷を全て切り裂いた飛翔刃は、その貪欲な刃を満たす物を求めて更に上昇する。狙うは、航空型魔装機『レンファ』。
『レンファ』はその腕の機関砲で飛翔刃を迎撃するが、そもそも半ば無理矢理飛行機能を付加されている魔装機『レンファ』では、空力特性を考慮した小型のブレードである『ファミリア』に追随することは不可能だった。瞬く間にその細身の腰に食いつかれ、上半身と下半身が両断される。
「すご……」
鮮やかな手並みに感歎するシモーヌの側に、『レンファ』の両断された二身が墜落した。ばきばき、べきべきという破滅の音と、《魔装》が乖離する気の抜けたような音が唱和する。これでは中の操者も無事ではすまないな、と、シモーヌは妙に冷めた心持ちでそれを見送った。
(いけない、まだ敵はいる!)
思い起こした瞬間、背筋にどっと冷や汗が吹き出した。今の数瞬は致命的だ。反射的に機体を大きく後方に跳躍させつつ、シモーヌは焦燥と共に目視で敵の姿を探す。
しかし、彼女が自らを苛んでいた『ゴリアテ』を発見したときには、それは『グランヴェール』の放った『カロリック・スマッシュ』によって、飴細工の様に熔け落ちてゆく最中だった。
「無事か? シモーヌ」
「ごめん、うっかり孤立しちゃったわ」
通信機越しの言葉と共に、『ザイン』の側に着地する『グランヴェール』に、シモーヌは安堵の息を吐き出した。
「それにしても、この敵強いわ。『パラキス』の『ブローウェル』なんて比較にならない」
「ああ、正直、手加減している余裕がない。『グランヴェール』なら一撃粉砕するのは難しくないが……」
苦虫を噛み潰した表情で言うヤンロン。この戦いは、下手に敵を殲滅してもいけないのだ。バナン市で『降魔弾』を押さえる『ジラドス』が、味方を失って恐慌に陥り、爆弾を起動させてしまうことだけは、絶対に避けねばならない。
レーダーを見ると、戦況は完全に乱戦状態に陥っていた。『ディアブロ』や『ファルク』などの比較的戦闘力の低い機体が損傷しているのを除けば、味方にさほど被害は出ていない。一方、『ジラドス』魔装機は順調に狩り立てられているように見える。
「まずい、このままでは敵戦力が壊滅するのも時間の問題だ」
ぎり、と歯を噛みしめ、レーダーを睨み付けるヤンロン。その視線は戦場の光点ではなく、そこから大きく離れた……バナン市近郊に位置する青の光点に注がれていた。
「『降魔弾』はまだか、リカルド!」
Ⅲ
その時、リカルド=シルベイラは運命の神を呪っていた。
(なんてこった……)
《地潜結界》によって、バナン市地下三十五メートルほどを潜行する『大地のザムジード』。その中で彼は、地上に伸ばした潜望鏡が中継した映像に、思わず呪いの言葉を呟いていた。
(ゼオルートのおっさんに、プレシア? しかもプレシアが人質に取られている、ときた)
どういう経緯かは知らないが、今日この日この時にバナン市にゼノサキス親娘は居合わせ、なおかつどんな不幸の巡り合わせか、『ジラドス』の首謀者と思われる人物に、直接に人質に取られてしまったらしい。
今プレシアは、恐らく『ジラドス』のメンバーであろう包帯まみれの男に捕らえられ、その髪の中に拳銃の銃口を押しつけられていた。その表情は包帯男に腕に隠れてよく見えないが、それが恐怖に凍っていることは想像に難くない。
「何故、そこまでする必要がある!?」
潜望鏡のマイクから、野太い男の怒鳴り声が聞こえてくる。確か、現在の『ジラドス』の代表として、彼らの要求を
見たところ、ゴルドと言う男は、包帯男が人質を取っていることに対して食ってかかっている様だった。正直、意外な話だが、彼の今の言動を見る限り、冗談のような要求を吐き出した割に、案外に普通の神経の持ち主であるらしい。
「馬鹿かお前は。『剣皇』ゼオルート=ザン=ゼノサキスって言ったら、その気になればペン一本で人間をバラバラにできるバケモノだぜぇ? そんなのが近くにいたら、いつ隙を突いて喉笛掻き切られるかもわからねぇじゃねぇか」
一方包帯男の方は、どこからどう見ても精神を病んだ人間と見なせる風体だった。げひひひ、と引きつれた笑い声を撒き散らしている。
「いーかぁ、『剣皇』の旦那。お前さんが一歩でも変なそぶりを見せたら、この可愛らしい娘さんの顔に、でっかい穴を空けちまうぞぉ。いや、頬にナイフで○○○って書くのもいいか?」
げらげらと笑いながら、普通人として決して口にしてはいけない類の単語を吐き出す。ゴルドや、周囲の他の人質達の顔が、嫌悪に歪む。しかし、その言葉を投げかけられたゼオルート自身は、まるで能面の様に無表情のままだった。
「……娘に傷一つでもつけてごらんなさい。あなたはこの世とあの世、二つの地獄を巡ることになりますよ」
その声音は、その場に居合わせた人間はもちろん、潜望鏡を通して見ているリカルドにさえも、全身の血液が凍り付くような悪寒を引き起こす程の殺気を孕んでいた。
「……へっ」
しかし、唯一包帯男だけは、その戦慄すべき気迫にも動じることはなかった。それは、果たして相手のアキレス腱を握っていることに対する自信故なのか、それとも別の要因があるのかは判然としなかったが。
(しかし、どうする……?)
膠着状態に陥った地上に、リカルドは唇を噛み締めた。
本当なら、自分は『降魔弾』の位置を確認後、すぐさま前線にとって返して、残敵の掃討にあたるつもりだった。魔装機神の戦闘力は、人質をとったテロリストに対しては過剰に過ぎるからだ。だから、人質の救出と『降魔弾』の解体は、魔導連隊の特殊部隊に任せるつもりだった。薄情なようだが、見も知らぬ人々の為に無理をするよりも、自分にはやるべき事がある。
しかし、人質の中に、浅からぬ知己であるゼオルートとプレシアの姿があるとなると、判断に揺らぎが起きる。。身勝手な話とは思うが、それは人間の普遍的な感情と言う物だろう。
(くそ、何か手はないのか……)
リカルドは歯噛みして、脳の中でこの事態を打開する妙案を探るが、その思考を甲高い声が遮った。
「サー! 『降魔弾』の検索完了! でも、ヤバいッス!」
それは、リカルドの『使い魔』ブルーフェイスの一匹、報告担当のトーキーの声だった。元々猿を象った『使い魔』故、けたたましい気質の持ち主であるが、その声は何時にも増して甲高く、切羽詰まった感を感じさせる。
「ンだと? どうした、トーキー!?」
「アカーシャ因果崩壊方程式の展開、動力部の異常出力稼働、装置の異常震動を確認! 平たく言うと、『降魔弾』は既に作動しているッス!! ウキャキャキャ、ワキャッ!」
「何!? そうは見えないぞ!」
トーキーの報告に、リカルドは目を見張って潜望鏡の映像を凝視した。しかし、これといって異常が起きているようには見えない。
「『降魔弾』は起動してから発動するまでのタイムラグが長いんッス! 目に見て起動がわかるのは、起爆5分前くらいなんスよ!」
「くっ……! それで、起爆までの残り時間はいくらだ!」
「『降魔弾』が発動するまで、予想される残り時間はあと20分ほどッス!」
「ジーザス。あとたったの20分か」
呪詛の言葉を吐き出し、リカルドは噛みしめた歯をぎり、と軋ませた。
「……なんてこった」
** 降魔弾爆発までの残り時間:20分37秒 **
『降魔弾既に起動』の知らせは、即座にラングラン王都の中央コンピューター『ディンギス』に送られ、その情報は瞬く間に、ラングラン王国軍と魔装機神隊の全てに伝達された。
その情報を知り得た全ての人間が、戦慄に全身を凍り付かせた。『降魔弾』。地上世界における核爆弾に匹敵するか、或いはそれ以上の破壊力を秘める狂気の兵器。それが、数百年もの間封じられていたその威力を顕現せんと、胎動を始めている。
しかし、彼らにその恐怖に甘んじる事は許されなかった。たとえ相手がどの様なものであれ、彼らにはそれに立ち向かう義務があったのだから。自らの生命を賭してでも、恐怖に挑む事を誇りとする存在、それが、《戦士》なのだから。
ところで、その《戦士》の義務を有するのは、必ずしも魔装機神隊のみではなかった。魔装機整備班、輸送班など魔装機に関与する者は勿論、魔装機が戦闘の主力になろうとする現在でも、旧来の戦争において主力であった歩兵部隊などがそうである。
その中の一つが、簡易呪法による戦闘・工作魔術を行使する特殊工作部隊、魔導兵連隊である。
今回の作戦において彼らの役目は、転送機によって目標付近に進入、速やかに現場を制圧し人質を解放、同時に『降魔弾』を無力化することだった。大型の兵器である魔装機には、不可能な芸当だ。
魔装機神『ザムジード』によって解析され、『ディンギス』によって提示された『降魔弾』の位置とその解除方法を受け取った魔導兵連隊の特殊部隊は、速やかに作戦行動に移った。
戦術コンピューターが、『降魔弾』の位置と『ディンギス』に登録された市内各所の小型転送装置の位置を比較し、最寄りの、かつ『ジラドス』に発見されにくい転送ポイントを特定する。
その間に、隊員達は『降魔弾』の解除に必要な装備とマニュアルを確保する。この辺りは、作戦開始前から、想定される可能性に応じて準備されていた物だ。
そして、装備を整えた魔導兵連隊特殊工作班は、次々と転送機に飛び込んだ。
目標は、バナン市中央公園を占拠する『ジラドス』の制圧、及び『降魔弾』の解除。しかし、彼らに与えられた時間は、僅かに17分しかなかった。
** 残り時間:17分02秒 **
その時、ヴァルト=ザン=ブランソンは。
(こんな重装備で出撃するのは初めてだな)
漆黒のタイツ状のスーツに汎用ジャケット。そのそこここにぶら下げられた《簡易呪法》の発動体。全身に身に纏った重装備の据わりの悪さに、魔導兵連隊所属の第四位呪法兵ヴァルト=ザン=ブランソンは、落ち着きなく身じろぎを繰り返していた。
常ならば細々とした雑用(地上人安藤正樹の監視や儀式の会場警備員など)を押しつけられる彼であるが、彼の本来の役職は魔導兵連隊所属第四位呪法兵。おおよそ地上の軍組織で言う所の少尉に相当する、末端ながら立派な士官である。
しかし、魔導兵連隊はそのスキルの特殊性や人数の少なさが故に、実際に部隊運用される事は極めて稀である。特に、今回の作戦の様に、士官クラスの呪法兵が7人も揃って作戦行動を取るというのは、実に何と30年ぶりの事であった。
<ブランソン。先行し、目標周辺の状況を偵察せよ>
<了解>
頭に巻いたリング状の念波通信機『チャンネリング』から、上官からの指令が伝えられる。念波通信機に拾われないようこっそりと舌打ちしつつ、ブランソンは転送端末室を抜け出した。
そこは、バナン市中央公園の管理棟。現在『ジラドス』に占拠されている中央広場に近い、石造りの建物である。
ラングラン王国の人家や建築物の大半は、『転送ハイウェイ』による瞬間移動ネットワークで結ばれている。無論、利用者の権限などによって利用できる転送機や転送先は限定されるものだが、ラングラン王国軍には、防衛局長官(つまりはフェイルロードのことだ)の許可が得られれば、特別に軍施設内の端末と、国内のあらゆる端末を接続する権限が与えられている。
今回、魔導兵連隊が利用したのも、その権限によって利用を許可された、本来ならば市職員専用の転送端末の一つであった。この目標地点への兵力の瞬間輸送システムこそが、ラングラン王国の強大な防衛力の所以の一つである。
ブランソンは、足音を忍ばせながら管理棟の廊下に身を乗り出した。『ジラドス』の占拠の際に流れ弾を被ったのか、壁面には大きな亀裂が走り、窓ガラスの類は残らず砕け散っている。
(素足で歩いたら血塗れだな)
そんなことを考えながら、足を進める。手間取っている暇はない。
窓ガラスのサッシの下にしゃがみ込み、可変式の双眼鏡で外の様子を伺う。レンズが光を一方的に通過させる為、決して反射光が見咎められることのない優れ物だ。
見取り図によれば、この窓の向こうが、ちょうど『ジラドス』が占拠する広場を望んでいる筈だった。
果たして、ブランソンの目には、立ち並ぶ街路樹の合間から、黄土色の魔装機『ルジャノール』と、その側に集められた人々の姿が見て取れた。
(彼らは、まだ『降魔弾』が起動していることを知らないのか?)
ブランソンの目に見える限りでは、彼らの間には張りつめた緊張感らしき物は感じられるが、起爆寸前の爆弾の側にいるという危機感の様な物は感じられない。
(むしろ、あの緊張感は別の方向に向いているな……何が起きているのだろうな?)
疑問が浮かぶが、それに関わっている暇はない。まずは外までのルートの安全を確認し、迅速に『ジラドス』を制圧しなければならない。
ちゃり、ちゃり。足を進める度に、砕けたガラスが擦れて騒ぐ。緊張した神経を逆撫でする鋭角的な音だ。
前屈姿勢のまま素早く歩み、ブランソンは管理棟の入り口ロビーに躍り出た。攻撃型簡易呪法を射出する、ロッド状の『詠唱器』を四方に突きつけ、安全を確認する。
(ここまでは安全、か。プラーナセンサーにも反応はない)
生物のプラーナを感知するプラーナセンサーに反応がないということは、よほど特殊なケース(例えば相手が高度なカウンターセンサーを用いている場合など)を除いて、付近に高度な意識を有する生物が存在しないと言うことを意味している。
<チーフ、ルート確保。こちらはこのまま……?>
念を凝らし、転送端末付近で待機している上司に念話を送るブランソンだが、ふと視界の端に奇妙な影を捉え、思考を淀ませた。
(あれは……人形……か?)
見ると、管理棟入り口ロビーであるこの部屋の中央に、ちょうど大きめの子供位の大きさの、愛らしく戯化された肉食獣……地上で言うところの熊に似た生き物のぬいぐるみが転がっていた。
そんなものがこの場所に落ちていること自体も奇妙だが、それがブランソンの目を惹いたのは、そのぬいぐるみのそこここに、褐色のインクが斑点を描いていたからだ。
(いや……あれはインクじゃない)
歯噛みしながら、ブランソンは視線をそのぬいぐるみから引き離した。今は、あんな物に関わっている暇はない。腹の底に、堪えきれない怒りが煮沸するのを感じつつ、彼は再び念を凝らす。
<……すみません。入り口ロビーまでの進行ルートを確保。引き続き、外のルートを確保します>
<了解。急行する>
言うなり、通路の奥からどやどや足音が響き始めた。後続部隊は結構な大きさのある『降魔弾』解除用の装置を抱えての移動を行っているため、どうしても移動速度が落ちてしまう。ブランソンが単独偵察に先行しているのも、この辺りに理由がある。
(急がなくてはな……)
内心で漏らしつつ、ブランソンは入り口ロビーを抜け出した。
この管理棟周辺には様々な倉庫や街路樹が密集しており、地上からの視界は必ずしも明瞭ではない。だからこそ、彼ら特殊工作部隊が侵攻ルートに選択したのではあるが、それは自分たちも伏兵の存在に気付きにくいと言うことでもある。
ブランソンは物陰に慎重に身を隠しつつ、周囲の様子を伺った。
(しかし、どうも嫌な予感がする)
先ほどから、どうも背筋をぴりぴりと不快な感触が這い回っている。眉を顰めながらも歩みを進めるブランソンだが、ふと耳朶を震わせる同僚の声に足を止めた。
<何だ? これ……血だ、よな>
<この人形の持ち主の物なのか……許し難いな>
(……後続も、ロビーに到達したのか”)
漏れ聞こえる念話を意識から閉め出して、ブランソンは周囲の索敵を再開する。
どうにも、嫌な予感が拭えない。何故だろうか、いったい何が、こんなにも彼の神経を揺さぶっているのか。
<取りあえず、装置の邪魔になるな。脇にどけておけ>
<了解、しかし何だってこんな所に――――>
地上、旧暦二十世紀中期。第二次世界大戦後期においてドイツ第三帝国は、連合国軍の圧倒的な戦力に対し、次第にその勢力を衰えさせ、戦線を後退させざるを得ない状態に陥っていた。
そんな中で、ドイツ軍は都市や橋頭堡を放棄する際に、様々な置き土産を残すことを考案した。それは、敵の侵攻ルート上に地雷を埋設するなどの正攻法はもちろん、敵兵の骸に手榴弾を仕掛けて置き去りにし、不用意に触れた敵兵もろともに吹き飛ばすなどの悪辣な代物も多数考案され、連合国軍を手酷く苦しめた。
この戦術は実際には古代中国が発祥の地であると言われ、その後ベトコン・ゲリラなどの寡兵戦力に積極的に採用され、二十一世紀を迎える頃には撤退戦、ゲリラ戦の常套手段としてあらゆる組織に浸透した。第三次世界大戦では、占拠された都市を、時限式の戦術核によって敵戦力もろとも吹き飛ばすなどという凶行にまで発展させた国家もあったという。
この悪辣極まる戦術は、俗に『ブービー・トラップ』と呼ばれている。
(――――!?)
突然途切れる念話。全身を打ち据える衝撃。灼熱感。浮遊感。
冗談のような速度で飛びすぎる景色。一瞬で巨大な松明へと変じる街路樹。体の半身の皮膚が沸騰する。
何かを考える暇もない。痛みさえも感じない。魂が現実から遊離してゆく。
そんな永遠の如き一瞬に、落着の衝撃がピリオドを打った。ごぎり、という鈍い音が、打ち据えられた肩口から轟く。
(!!!!!!!!)
ごろごろごろ。二度、三度と転がりながら、意味を成さない咆吼を上げる。脳裏に浮かんだ苦悶の言葉を、激痛のエッジが寸断してゆく。
衝撃と熱波に吹き散らされたブランソンの意識が現実を取り戻すには、数十秒の時間が必要だった。
熱波によって半身を灼かれながらも、ブランソンの目は辛うじて機能を失ってはいなかった。脳髄を掻きむしるような苦痛に耐えながら、横たわる体躯を転がし、首を後方へ……彼の同僚達が控えるはずの管理棟に向ける。
しかしそこには、彼の求める者達は存在しなかった。
「!!!」
ブランソンの霞んだ視界に映し出されたのは、まず視界の殆どを覆い尽くす白煙、火柱と化した木々、そして巨大な……直径十メートルにも及ぶであろう、巨大な摺鉢だった。
(な……なんてことだ)
摺鉢は、ちょうど公園管理棟の入口を中心に広がり、管理棟の建物をそっくりえぐり取っていた。断面は熱したチーズのように熔け落ち、極度の高温に晒されたことを示している。
(これは、攻性魔術『
痛みに朦朧とする意識の欠片で推測する。『
訳がわからなかった。一体誰が、どうやって彼らに魔術を行使したのか? いや、簡易呪法には、予めエネルギーを供給しておけば、何か外的干渉があった場合に合わせて発動するように設定できる物が存在する。恐らく、彼の同輩が、何者かが設置していたそれを作動させてしまったのだ。
(罠に、かけられたのか。俺たちは?)
しかし、一体誰が? 『
そもそも、どうしてこの場所に、こんな高威力の罠を仕掛けられたのか? ラングラン国内では、爆薬の類は『調和の結界』によって、瞬く間に威力を封殺されてしまう。その為に、国外ならばただの爆弾を仕掛ければ済むような罠に、稀少かつ扱いの難しい『
しかし、罠として仕掛けるには、『
『ジラドス』には、彼らの進入ルートが、予め確信できていたと言うことなのだろうか? 爆弾が無意味であるが故に、罠の類に対して警戒心の弱いラングラン軍の特性を理解し、それを的確に突くことのできる人物が、『ジラドス』には居ると言うことなのだろうか?
(いや、今はそんなことはどうでもいい)
元々『
それはつまり、中央広場の『ジラドス』を制圧し、『降魔弾』を解除する役目の人間が居なくなったということだ。一刻も早くこの事態を中央に報告し、別プランでの『降魔弾』解除を実行しなくてはならない。
ブランソンは身を起こそうとして、全身を駆け抜ける激痛に、それを断念した。地に倒れ伏したまま、火傷に覆われて引きつる腕を懸命に伸ばし、腕輪の携帯端末を口元に寄せる。
「こ……ちら魔導兵連隊所属ヴァルト=ザン=ブランソン。『ジラドス』の仕掛けたと思われる罠によって、部隊は……壊滅! 至急、別プランでの、解除作戦の実行を……!」
** 残り時間:11分20秒 **
第十一話です。主人公不在の一篇。
記録によると、この時期はドリームキャストでサクラ大戦と、PSでSRWα外伝を遊んでいたようです。昔からこの手の文章はその時点で遊んでいた、あるいは読んでいたものの影響を受けるものですが、この時期のテキストからは、発動器の形状にはアウトロースター、さらにちょっとメタルギアの影響が見て取れますね。
グランヴェールが使っているグラントマホークは、真魔装機神版のグランヴェールが使用していた装備です。アートカノンなども含め、偽典の魔装機は真魔装機神で使用されていた装備を当たり前のように使用します。
これは、真魔装機神で魔装機開発の起点となった『神の腕(サイバスターの腕)』に全魔装機の装備データが一通り記録されていて、真魔装機神版はその装備を引っ張り出して運用していた、という考えのもとに演出されています。
まあ、もうちょっとするとだんだんキャラクターがゼウレアーだとか変なこと言い出しますが、それはまた別の筋ということで……。