偽典・魔装機神   作:DOH

15 / 32
第十二話 陰火燃え上がりて

 

 僅かに時間は遡る。

 

 その時、ゴルド=バゴルドは戸惑っていた。

 

 彼の(認めたくはないが)同志が、幼い少女を人質にとり、その父親……《剣皇》ゼオルート=ザン=ゼノサキスを牽制している。少女の項に突きつけられた拳銃は、銃爪を引いた瞬間に人の頭蓋を熟れすぎた西瓜の類に変貌させる威力を有している。故に、《剣皇》として崇められるかの父親も、迂闊な行動が取り得なくなっている。

 

 確かに、《剣皇》がこの場に居合わせたのは大誤算だった。かつて、ラングラン軍においてゴルドが目にしたゼオルートの戦技(「剣技」のみではない)は、武装した数人の兵士を、単身で瞬く間に無力化できる程であり、そんな事実を考慮して、作戦の遂行に忠実に行動するならば、あの忌々しい包帯男の行動は非常に理に適っている。

 

(そうだ……奴の行動は適切だ。だが、ならば何故、儂はそれを認められん?)

 

 彼の行動を認め、支持するべきだと言う意識は、その周囲で煮沸する苛立ちの蒸気に覆い隠されるばかりだ。これは自分の望む行動ではない。だから自分は断じてこれを阻止するべきだ――そんな身勝手な感情ばかりが暴れ回る。

 

(だが、それでは本末転倒ではないか)

 

 内心で頭を振って、射し込んだ迷いを振り払う。自分は、目的のためならば何者を犠牲にすることも厭わないはずではなかったのか。

 

「おい、お前!」

「!?」

 

 突如張り上げられただみ声に、ゴルドは思わずびくりと身を震わせた。声の主は確かめるまでもなくあの忌々しい包帯男であり、ゴルドはよもや自分の迷いが悟られたのかと焦ったが。

 

「あんただよ、《剣皇》さん。確かに俺は『変な動きを見せたらタダではすまねぇ』って言ったが、こっちから見えないからって勝手に動かれちゃ困るんだよなぁ」

 

 包帯男のその言葉に振り向いたゴルドは、自分の気付かぬ内に、ゼオルートが彼の影を利用して、気配を殺しながら歩みを進めていた事に気が付いた。

 

 冷や汗がぶわっと吹き出る。無表情のまま歩みを止めたゼオルートは、実にゴルドまであと数歩の所まで近づいていた。

 

「危なかったなぁ、ゴルド。後少し俺が気付くのが遅れたら、お前は今頃首の骨折られていっちまってた所だぜ」

「……私は、無駄に殺すことはしません」

 

 ちらりとゴルドを一瞥しただけで、ゼオルートは視線を包帯男に戻す。不思議な事に、彼の視線が逸れただけで、全力駆動している全身の汗腺が、急激に活動を休止したような感覚に襲われる。

 

「……くあ、はっはっはぁ!」

 

 突然、包帯男が哄笑を響かせた。ゼオルートが、プレシアが、『ジラドス』の兵士達が、人質が、そしてゴルド自身の怪訝な視線が集中する。そして、包帯の隙間から覗く目が、皮肉な愉悦に満たされていることを見取った時、ゴルドは彼のその哄笑が、自分に向けられていることを悟った。

 

「はっはっはっはぁ! 聞いたか、ゴルド=バゴルド司令官殿! 《剣皇》様は、お前を殺すのは無駄なんだってよ!」

 

 一転して、周囲の視線が自分に集中するのが感じられる。安堵に弛んでいた肉体が、今度は羞恥に赤熱する。そうだ、自分は何を安堵しているのだ。自分は、《剣皇》は勿論、ここにいる大半の人間の敵であるのではなかったのか。

 

「随分と不本意な話じゃねぇか? 計画立案者のゴルド殿よ。勘違いしている方々の為に、ここらで一つ立場を明らかにしてみたらどうだ?」

「……どうしろと?」

 

 答えつつ、にやにやといやらしい笑みで見据えてくる包帯男に向かい、ゴルドは二歩、三歩と歩みを進める。背後のゼオルートの気配を探りつつの歩みは、明らかに彼に対する怯懦の念を見せる物だったが、細かいプライドのために危険を冒すこともできない。話の流れによっては、そのまま包帯男の言うように、背中から首をねじ切られる危険性すらあるのだ。

 

「そうさな、例えばこの嬢ちゃんを可愛がってやるとか……おいおい、そんな顔するなよ」

 

 瞬時に唾棄の念に覆われたゴルドの表情に、包帯男はげらげらと笑った。一方で、娘のこめかみに銃口を押し当てて、思わず一歩歩みでてしまったゼオルートを押し留める。そんな大人達を前に、一人『可愛がる』の暗喩が理解できなかったプレシア当人だけが、恐怖が彩る表情の一部を疑問符に割り裂いていた。

 

「冗談はともかく……」

 

 ふざけるな、の怒気を吐き出そうとするゴルドを制するように、包帯男のぎらぎらと狂気を発散する双眼が、一変して冷徹な光を宿した。

 

「……ゴルドよ。手前が本気でこのヤマを動かしてるつもりなンなら。そこの人質、一人か二人を血祭りに上げろ。今すぐにだ」

 

 ざわり。包帯男の言葉に、人質達の表情が戦慄に染め変えられる。

 

「馬鹿な、人質に無駄な流血を……」

「できんとは言わさねぇ!」

 

 反駁を、迸る怒声が吹き散らした。

 

「てめぇが発案したこの計画。『降魔弾』を使うと決めた時に、『多少の犠牲は前提とする』とブチ挙げたのもてめぇだろうが? 俺はその『前提となる犠牲』のリストに、てめぇの手で2~3個名前を追加しろって言ってるだけだ」

「無意味に殺戮して何とするのだ! 我々の目的はあくまで、魔装機の消去であろうが!」

「ああん? てめぇ何寝ぼけてんだ?」

 

 ずしゃり。外見のそれを遙かに越える質量を知らしめる足音。腕の中に抱えた少女を半ば引きずるように、包帯男は一歩を踏み出した。

 

「なあ、ゴ~ルドさんよぉ? そもそも”魔装機神隊をおびき寄せ、『降魔弾』で自分もろとも吹き飛ばす”なんてすっ飛んだ計画立てたのは誰だ?」

 

 眼前に迫り、にやにやと嫌らしく表情を歪めて見下ろしてくる包帯男。普段はあまり意識していない、自らの短躯を否応なしに見せつけられる格好だ。

 

「……そう、てめぇだ。俺はその計画に便乗しているだけで、この作戦の立案も準備も遂行も、全部てめぇのそのお粗末な脳味噌と、みみっちい口が吐き出したシロモンだ。

 『降魔弾』は、その土地の精霊まで死滅させて、効果範囲には以後千年単位で雑草一本生えなくなる。そうなったら、サイツェット周辺の経済圏はメチャメチャだ。しかも、この作戦が成功したら、戦力の大幅に低下したラングランに、間違いなくシュテドニアスは侵攻を仕掛けるだろうな。そして、戦争になったらどうしても、『降魔弾』被災者への支援もおざなりになる。餓死する奴、借金で首が回らなくて自殺する奴、諸々! 直接『降魔弾』で吹き飛ばなくても、結果的にこの場の何人が死ぬことになるかな?

 てめぇがやろうとしている事は、そういう事なんだよ。なのに、今更一人や二人殺すのが嫌だ、なんてのは、ちょっと筋が通ってねぇんじゃねぇのか? ああ?」

「…………」

 

 言葉を失い、ゴルドは立ち尽くした。

 

 そうだ。包帯男の言うことは正しい。自分のやろうとしていた事は、確実に多数の人間を死に至らしめる。判りきっていた事の筈だ。そもそも、『降魔弾』自体が大量殺戮兵器である。今更、一人や二人の犠牲者が増えたところで、死者の総計にどれだけの違いがあるだろう? どちらにせよ、死人が出る事が逃れ得ぬ事であるならば?

 

 むしろ、自分の左手に立つ《剣皇》。彼の行動を阻止しなければ、この作戦は簡単に崩壊してしまう。『降魔弾』起動の遂行に役立てられるのであれば、これ以上有効な犠牲はない。『無駄な犠牲』が、『理想の礎』へと昇華されるのだ。なんという慈悲深い銃弾だろうか!

 

「……そう、だな。儂が、間違っていた」

 

 ゴルドは呟き、ホルスターから拳銃を引き抜いた。取りあえずは手近な一人……銃口を向けられ恐怖に喚き散らす、冴えない風貌の中年男に照準を合わせ、トリガーを……。

 

”本当に、それでいいのか?”

(!?)

 

 突然、脳裏を駆け抜ける言葉に、ゴルドの指が絞りきる直前で止まった。

 

 最初は、《剣皇》が何かを囁いたのかと思った。しかし、当の《剣皇》は片手を腰に添えた姿勢……まるで何かを投擲しようとする姿勢だ……で、突然きょろきょろと周囲に視線を泳がせる自分に戸惑いを浮かべるばかり。人質からの声という訳でもなく、当然包帯男やその腕に捕らわれているプレシアの声でもない。

 

 囁く誰かの姿などない。ただ、風だけが吹き抜ける。

 

 幻聴か。そう結論し、ゴルドは再び指先に力を込める。この指先を引き絞ってしまえば、《剣皇》の行動を抑止できるのみならず、自分自身の本気を証明する事ができる。

 

 ……だが、自分の『本気』とは何だ?

 

”――お前は、本当にそれを望んでいるのか? お前が果たしたい事ってのは、そんな事なのか?”

 

 再び駆け抜ける幻聴。突風のように吹き抜けて、混乱して火照ったゴルドの魂を冷却してゆく。

 

 自分の目的……それは、『降魔弾』によって正魔装機を消滅させることだ。地上人の召喚を前提とする様な忌まわしく、かつ強力に過ぎる兵器の抹消。それこそが、自分の目的であったはずだ。

 

(違う……それは手段に過ぎない)

 

 そうだ、魔装機の消滅……さらには『降魔弾』の発動すら、それらは最終的な目的ではない。自分は一体、何を果たそうとしてこの場に立っているのか。

 

 ……炎。刃。妻と息子の死骸。失われた片目。絶叫。無力感。憎しみ。悲しみ。無数の記憶のフラッシュバック。

 

(やめろ……見せるな。こんなものは、二度と見たくない)

 

 吹き上がる記憶の奔流に、ゴルドは心の内で泣いた。そうだ。これこそは――あの日の出来事の全てが、自分の根元。あのような記憶が、二度とこの世界に刻まれないこと――それが、自分の目的。

 

 まるで間欠泉の様に、記憶の奔流は闇に回帰した。現実が戻ってくる。ゴルド=バゴルド、包帯男と捕えられた少女。《剣皇》。人質。それに向けられた拳銃。銃爪にかかった指。照門と、照星と、泣きわめく人質の姿。

 

(儂は、何をしているのだ)

 

 もしも、今ここで銃爪を引いたなら。

 

 今銃口の先に立つ人質の男は、赤い物を飛び散らして倒れるだろう。《剣皇》は人質がこれ以上殺されるのを恐れて動けなくなり、自分はこの作戦における主導者としての立場を取り戻せる。そして時が来れば、『降魔弾』はその無窮の破壊力を遺憾なく振りまき、自分と共に正魔装機を、この世界から抹殺するだろう……全てが上手く運べばの話だが。

 

(だが、それにどれだけの意味がある?)

 

 正魔装機を破壊したとしても、これから訪れるであろう魔装機による戦乱の時代は逃れ得ない。それどころか、正魔装機消滅によるこの神聖ラングラン王国の軍事力の大幅減退は、シュテドニアスの侵攻を誘発し、繰り広げられる戦闘が、多くの人命を奪うことになるだろう。それは、先ほどに包帯男が看過した通りだ。

 

 そんな事に大義はない。だが今現在、事実として自分は、その意味のない結果に向けて疾走している。既に『降魔弾』は設置され、自分はラングラン全域に声明を発した。前線では傭兵達が魔装機で戦いを繰り広げ、ここには恐怖に震える人質達がいる。

 

 そして、『降魔弾』のエネルギーチャージも間もなく完了する。後は、起爆スイッチを押すだけで、全てはご破算に帰する。

 

(……今更引き返せるものか)

 

 ゴルドは再び拳銃を握る手を伸ばし、照門の向こうに視線を凝らした。例え意味がないとしても。どんな結果が待っているとしても。もう、自分はここまで来てしまった。この事実は覆しようがない。

 

 そうだ。自分は包帯男と同じ。既に狂っているのだ。だというのに、どうして今更正気に戻れようか?

 

 不思議と、手が震える。膝が笑っているような気がする。まるで、自分の行動が間違っていると、全身の筋肉が抗議しているかの様だ。

 

 全身の抗議を筋力でねじ伏せ、銃口を人質の集団に差し向ける。照門と照星が一列に整列し、弾丸の行く末を指し示す。

 

(一度狂ってしまった以上、儂は首尾一貫して狂い続けねばならんのだ!)

 

 耳を突き刺す、人質の悲鳴をうち消すように。魂の内で絶叫し、ゴルドは拳銃の銃爪を引き絞る。

 

 ……その瞬間、世界が真紅に満たされた。

 

 

 

 その瞬間、プレシア=ゼノサキスは、驚愕に身を凍らせた。

 

 確か、管理棟か何かの大きな建物がある筈の方角。そこから、まずは紅の閃光が迸った。

 

 紅蓮の球体が、木々の並び越しに膨れ上がるのが見えた。皮膚に焼き付くような熱風が駆け抜け、続いて空間の軋みを思わせる、甲高い破裂音が轟き渡る。

 

 そして、その爆裂に紛れて、迸る影がひとつ。

 

「何……うおぉ!?」

 

 何事かと声を上げるゴルドの腕に、鈍い衝撃が走る。目の端を駆け抜ける、薄い金色の軌跡。そして、彼の手にしていた拳銃が、真っ二つに断ち割られ、部品を撒き散らしながら宙を舞う。

 

 影の疾走は、それだけに留まらない。ゴルドの狼狽が宙に熔ける間に、正しく疾風迅雷の如く駆け抜け、プレシアと、そしてそれを縛める包帯姿の男へと肉薄する。

 

「お父さ――」

 

 そんなプレシアの声を聞き止める間もなく。

 

「……げぇっ!?」

 

 包帯男の呻きをかい潜って。

 

 《剣皇》ゼオルート=ザン=ゼノサキスの刃が一閃する。

 

 ベルトのバックルに仕込まれていた、純粋神鉱石(オリハルコニウム)の細片。それが、ゼオルートのプラーナを帯び、薄い金色のナイフを形成している。純粋な神鉱石(オリハルコニウム)の結晶は、条件さえ整えば、補助器無しでも《魔装》を展開することが可能なのだ、と、過去に父が言っていたことが思い出される。

 

 その刃が、自分に向けて一閃されるのに、プレシアは呆然と眺めることしかできない。

 

「……ッ!!」

 

 包帯男が呻いて一歩を退き、彼に縛められている自分もまた、後ろに身体を引っ張られる。その慣性によって、まるでここだけが自由であるように、蜂蜜色の髪が宙を泳ぐ。

 

 思わず両目を閉じ、身を竦ませたプレシアの頭上を、空中遊泳を楽しんでいた蜂蜜色の一房を巻き込んで、黄金色の刃が駆け抜ける。

 

 じゃっ。バターの固まりに赤熱したナイフを差し込むような音。そしてそれに続くように、沸騰した何かの液体の飛沫が散る。立ちこめる、金属や何かしらを灼く異臭。

 

(熱い!)

 

 熱した飛沫が頬を灼く感触と共に、今まで一時間以上の間自分を拘束していた腕が、力無く解かれるのが感じられた。とっさに、目を閉じたままその腕を払いのけ、駆け出す。そして数ゴーツ前に飛び出したところで両目を見開き、振り向いた。

 

 はらはらと舞い落ちる、先ほどまで彼女の延長であった蜂蜜色。父の呼んだ疾風のリードで、まさしくエンゼルヘアーの様に宙を舞う。

 

 その下では、赤黒い液体が点々と、大地に染みを形作っていた。ふと頬に手をやり、自分の頬を灼いた液体が、それと同じ物であることを確かめる。

 

 そして、そこまで彼女が確かめるのを待っていたかのように。

 

「う、うおぉぉっ」

 

 つい先ほどまでプレシアを捕らえていた腕の肩口に、神鉱石(オリハルコニウム)の細片を撃ち込まれた包帯男が、苦悶の咆哮を上げた。肩口の傷を押さえ、どうと地面に倒れ伏す。

 

 《戦士》教育の一環で、人体の筋肉の構造や急所に関する教育は既に一通り受けている。あの刃の位置は、腕を支える筋肉の中枢。あそこを断裂させられては、もはや彼の腕は機能しないだろう。

 

 ぱん、ぱぱん。突然の事態の急変に自失するプレシアの耳に、今度は断続的な破裂音が届く。見ると、それはゼオルートが、いつの間に奪い取ったのか包帯男が手にしていた拳銃で、人質を取り囲んでいた『ジラドス』兵士達をことごとく撃ち倒す音だった。

 

 手慣れた様子で無造作に射撃するゼオルート。その照準は正確に『ジラドス』兵士を捉え、血煙を吹き上げる。彼が手にする銃は元々護身向けの小口径拳銃で、急所に直撃しなければ、そうそう命を落とすこともない代物だが。

 

 ――それでも、生身の人間に対して何の躊躇いもなく発砲するゼオルートの姿に。プレシアは、生まれて初めて自らの父に恐怖した。

 

 紅蓮の爆発と、あまりに迅速なゼオルートの行動に混乱していた『ジラドス』兵士に、ゼオルートの銃弾から逃れる術はなかった。瞬く間に最後の一人が肩を打ち抜かれて倒れ、そして彼の銃口は、今や唯一両足で立つ『ジラドス』……つまりゴルド=バゴルドへと向けられる。

 

 ゴルドの表情が、戦慄に歪められた。

 

「お、お父さ……ん?」

 

 思わず、震える声がこぼれ出た。目の前にいるのは確かに父だ。だが、何故だろう。まるで、彼女の知る父とは全く別の誰かが、父の身体を乗っ取ってしまったかのような違和感を感じる。

 

「怪我はありませんか? プレシア。危ないから、下がっていてください」

 

 プレシアの呼ぶ声に、帰って来た声音は間違いなくいつもの父のものだった。娘の無事を確かめた事で安心したのか、その纏う気迫が、先ほどまでの死神を思わせるそれから、いつもの柔らかな物へと転化する。未だ釈然としない恐怖感を吐き出しつつ、プレシアは父の促すに従い、その場から数ゴーツを離れた場所に身を移した。

 

「さて、申し訳ありませんが、あなた方の計画はここで終わりです。よろしければ、降伏していただけませんか? 私としても、娘の前でこれ以上の乱暴は控えたいものですから……」

 

 ゼオルートの勧告に、ゴルドは自嘲気味の笑みを浮かべた。そして、一つ溜息を――いや、それはむしろ安堵の息と言った方が正確だったかも知れない――を吐きだし、両手を天に伸ばした。抵抗の意志はないことをアピールする姿勢だ。

 

「これ以上の抵抗は無駄ですな……降伏いたしましょう」

 

 あっさりと、ゴルドは自らの降伏を認めた。

 

 歓声が上がった。ラングランの誇る《剣皇》が、一瞬の行動で自分たちを救ったことを理解した、人質達によるものだった。プレシアは、そんな人々の歓喜の表情に、自分の父に対する誇らしさがこみ上げるのを感じたが、同時に先ほど自分が感じた恐怖の念を思い起こし、小さく自己嫌悪を覚えた。

 

 

 

 その時、ウェンディ=ラスム=イクナートは絶望していた。

 

「そんな……解除部隊が」

 

 全身が、戦慄に震える。ウェンディの目は、EVモニターに偵察衛星が届けた現場の上空映像において、公園管理棟が紅蓮の光球に包まれるのを目撃していた。

 

 公園管理棟は、『降魔弾』解除部隊が『転送ハイウェイ』の転送先に選んだ施設である。転送端末の規模や現地よりの距離から、もっとも解除部隊の転送先に適切であると判断された場所だ。そこがこのタイミングで爆破されたとなると、それは解除部隊が何らかの罠にかかったと考えるのが妥当だろう。

 

 今、EVモニターには偵察ドローンの映像は無く、青ざめた様子のニュースキャスターが、爆発の瞬間の映像を背景に、ヒステリックに状況説明を叫び散らしている。曰く、この紅蓮の爆発の余波で偵察ドローンとのエーテル通信接続が遮断されたらしい。

 

「……あの光は、戦術級火炎攻性魔術『爆炎陣(グラン・バン)』。あの火力の中じゃ、誰も助かりません。転送端末も破壊されたみたいです」

 

 呆然とするウェンディの横で、銀の髪の少女が端末を叩きながら呻いた。ウェンディとは遠縁の従姉妹で、練金学士見習いにして魔術師でもあるアーネ=ラスム=ゼフィックである。

 

 その日、ウェンディは操者のないまま唯一残った魔装機神『サイバスター』の封印作業を進めるため、魔装機隊統合基地……今や魔装機神隊基地となった場所を訪れていた。

 

 魔装機は、稼働状態で維持するだけでも大変な費用が必要となる。まして、魔装機神ともなれば、その維持にかかる費用は莫大なものだ。それをいくらかでも削減するための、魔装機神隊上層部(本日未明まで魔装機神隊設立委員会という名称であったが)よりの封印指令である。

 

 しかし、ウェンディは、その指令をそのまま受け入れることを良しとしなかった。万が一、『サイバスター』の力を必要とする事態(例えば予言の《魔神》の襲来など)が発生したとき、魔装機神は必ず立ち上がるはずである。魔装機神は、『絶対の調和の護手』であるが故に。

 

 その万一の為、ウェンディは『サイバスター』の機構を完全動作する状態に整えた上で、一時休眠の形で封印を施そうと考えたのだ。その際の微調整のため駆り出されたのが、優秀な従姉妹である彼女を敬愛するアーネであり、その他大勢の魔装機整備作業員達であった。

 

 そして、『サイバスター』の微調整を完了し、各関節に緩衝剤を封入し始めた矢先に、この事件が発生したのである。

 

 今、ウェンディに従っていた整備員達は、大半がサイツェット州転送大神殿に移動している。儀礼用に換装されていた正魔装機の装備を、現場で実戦装備に付け替えるためだ。今頃彼らは疲労困憊し、起きあがる気力もないまま事態のEV中継を眺めていることだろう。

 

「姉様。もう……どうしょうもないんでしょうか?」

 

 ニュースキャスターが喚き続けるEVを見上げながら、不安げにアーネが問う声。その問いに、ウェンディは答えなかった。殊更に無視したわけではない。今の自分の言葉のポケットに、彼女の不安を取り除ける回答が無かったからだ。

 

 『降魔弾』の解除には、装置の停止は勿論、蓄積されたエネルギーを、無害な形で発散させる必要がある。さもなくば、制御を失ったエネルギーが暴走して、『降魔弾』の正規の発動には及ばぬものの、巨大な破壊力を有したエネルギー衝撃波『エーテルストリーム』が発生してしまう。

 

 この蓄積エネルギーを発散させるため、『降魔弾』解除部隊は専用の解除装置を用意していた。しかし、彼らもろともそれが破壊されてしまった以上、もはや『エーテルストリーム』を止める術はない。装置の予備は残されていても、それを運用するべく訓練された人間がいないのでは。

 

(……せめて、私が現場にいれば!)

 

 口惜しさに唇を噛む。自分なら、五分あれば解除装置を完全に作動させ、『降魔弾』を完全に無力化できる自信がある。

 

 だが、その五分を確保するのが難しい。ウェンディが今いる魔装機隊統合基地からバナン市までは、最高速のフローラーを使っても(最寄りの車両用転送機を経由したとして)約三十分を要する。個人用転送機に割り込んだとしても、装置の組上げや輸送にかかる時間は優に十分を越えるだろう。

 

 しかも、こうして逡巡している間にも、時間は冷酷に針を刻んでゆく……間に合わない!

 

(考えなさい……ウェンディ! まだ何か、方法はあるはず!)

 

 絶望に飲み込まれそうになる自分を叱咤しながら、ウェンディは視線を宙に泳がせた。

 

 要は、解除装置と同じだけの情報処理能力を有し、かつ転送ハイウェイ以上の速度で現地に到達できるシステムがあればよいのだ。例えば、ソラティス神殿にある魔術制御サポートコンピュータ『REB』や、この施設内にあるセニアの作ったコンピュータシステム『デュカキス』。これらが現地で運用できれば、確実に『降魔弾』を無力化することができる。

 

 しかし、これらは全て施設に据え置きの巨大コンピュータ。現地から通信でネットワークを形成し、遠隔制御でプログラムを解体するという手もあるが、果たして、その遠隔ネットワークを構築するための時間があるだろうか? ……否。

 

(それに、『転送ハイウェイ』の転送を超える速度で現地に向かうには、それこそ空間転移くらいしか……空間転移?)

 

 宙を泳ぐウェンディの視線が、ある一つの影に引き寄せられる。美麗に彫刻された台座に黙座し、全身の関節に不格好な機械……緩衝剤注入器を纏わせた、白銀の巨人に。

 

「……『サイバスター』なら、できるかもしれない」

「え!?」

 

 思わず口から零れる呟き。コンソールと格闘していた従姉妹が、予想外の言葉に驚愕の視線を向けてきたのがわかる。

 

「『サイバスター』には、『空間層転移(ダイム・シフト)』の機能があるの。勿論、とてつもない量のプラーナが必要になるけど、それでもうまくいけば、1分もかけずにバナン市にまで到達できるわ」

「それは……前に聞いたことありますけど、でも、解除装置の予備を回収して、調整する時間は?」

「私が『サイバスター』に乗り込んで、『サイバスター』の人工精霊(コン・デーモン)から『降魔弾』を制圧するわ。魔装機神の人工精霊(コン・デーモン)は、『REB』並の情報処理能力があるから、解除装置のエミュレーションも可能な筈」

 

 従姉妹に説明すると同時に、自分の考えの妥当性を確かめる。この施設内の回線であれば、『降魔弾』解除プログラムをダウンロードするのは一瞬で済む。『サイバスター』の『エーテルマッピング』精度ならば、近接空間に投射された『降魔弾』の『消滅演算子』に作用して分解することも可能なはずだ。

 

 『降魔弾』を解除するシステム。解除装置を現地に輸送するシステム。解除機構を『降魔弾』に作用させるシステム。必要な条件を『サイバスター』は全て満たしている。

 

 ある一点の、しかし重大な問題を除いては。

 

「でも、操者はどうするんですか? 魔装機神は適正な操者の制御下でないと、指先一つ動かすことはできないはずじゃ……」

 

 アーネが、その一点にして最大の問題を代弁した。そう。問題はそこだ。『意志ある巨人』である魔装機神は、自らの認めた操者以外の搭乗を許さない。例えイレギュラーな手段で乗り込んだとしても、その本来性能の半分すらも発揮しないのだ。

 

 魔装機神の基礎設計者であるウェンディであるから、特別に魔装機神に乗り込む手段を知ってはいる。しかし、それは所詮イレギュラーな手段に過ぎない。『空間層転移』の使用や、人工精霊(コン・デーモン)『ラプラス』の活性化には、『サイバスター』自身の意志が働かねばならないのだ。

 

(結局、机上の空論……ッ!)

 

 自らの無力に唇を噛む。どんなに可能性を論じたとしても、それら全ての大元になる一つが満たされないならば、このような仮定はただの妄言に成り下がってしまう。

 

「そうね、操者がいなければ、『サイバスター』は動かない……」

 

 自ら確かめる様に、呟く。

 

 操者。風の魔装機神『サイバスター』に選ばれ得る操者。思わず、あの物言いは多少粗暴だが、その実どこか繊細な感を覚える地上人の少年の事を思い起こしてしまう。

 

(駄目よ、もう誰にも、彼に戦いを強要する権利はないわ)

 

 頭を振って雑念を追い払うウェンディ。その傍ら、アーネが口惜しさと憧憬の複雑に入り交じった呟きを漏らした。

 

「クリストフ様が居られれば、きっと……」

 

 その言葉で、ウェンディはもう一人、恐らくは正樹以上に『サイバスター』に相応しいであろう人物がいる……いや、いた事を思い出した。

 

 ……その名は、クリストフ=グラン=マクソード。地上人とラングラン王族のハイブリッド。あらゆる事実を把握し、理解し、実行する天才。空の如くとらえ所が無く、旋風のように鮮やかで、真空の如き鋭さを併せ持つ、正真正銘の超人。ある悲しむべき事件の為に、王国内での居場所を失い、ある時忽然と姿を消した。

 

 もし、彼が姿を消していなければ、『サイバスター』が彼を操者と認めていた事は間違いないだろう。そう思わせるだけの力とカリスマを、あの少年(生きているならば、今は青年であろうが)は纏っていた。

 

(でも、これも空論に過ぎないわ。彼は、もういない。間違っても、こんな絶対的なタイミングで舞い戻ってくることなんて……)

 

 今一度頭を振り、希望的観測を打ち払う。そもそももし彼がいたならば、こんな事態に陥る前に先手を打つ。

 

 そもそも、ここにいない人間を頼ろうなどと言う発想自体がナンセンスなのだ。この場には、自分達しかいない。だから、現実を切り崩せるのも自分達だけなのだ。奇跡などを期待する前に、事態に対して自分のできる事を考えなければ……。

 

「……あれ?」

 

 その時、幾度も仮定と否定のラリーショットを繰り返すウェンディの耳の奥に、りぃん、という涼やかな音が響き、続いてアーネが不可思議げな声を発した。

 

「姉様。今のは『サイバスター』の声……ですよね?」

 

 整備棟奥に鎮座する白銀の鎧を見やりつつ、アーネは自信なさげに問う。

 

 だが、ウェンディは頭を振るしか答えられなかった。彼女にはそもそも、今の音は鈴か何かの音としか認識できていない。こういう、精霊質の物との共感は、その人間の魔術感応力(いわゆる魔力)によって精度が決定されるのだが、ウェンディのそれは、凡人よりは多少優れている程度に過ぎないのだ。

 

 一方、従姉妹アーネは国内屈指……アルザール王やモニカ王女と肩を並べ得る程の魔力の持ち主である。そんな魔力で感知された情報について確認を求められても、ウェンディには「そうなの?」と答える事しかできない。

 

「はい。あれは『サイバスター』の声に違いないです。あんな風にエーテルを震わせるインパクトを持った声は、精霊王に根ざした存在以外には出せませんもの」

「どんな声だったの? 何か意味のある声だった?」

「意味はこれといって感じられませんでしたけど……なんだか、嬉しそうな声でした」

「嬉しそう……?」

 

 さらりと伸びた白銀の髪をくるくるっと指先で弄びながら、アーネがよくわからないという風で答える。何が嬉しそうだというのか。魔装機神が喜ぶような何かが起きた……或いは起きようとしているとでも言うのか? 『サイバスター』を見上げつつ、ウェンディは解けない疑問に首を傾げる。

 

 その時、ウェンディの頬を自らの波打つ紫色が撫で、彼女は一陣の風が差し込んだことを知った。

 

「……?」

「……あ」

 

 一足先に気配の乱れに気づいたのだろう、ウェンディに先んじて振り向いたアーネが、困惑にわずかな強張りを纏わせた声を漏らす。

 そして、何事が起きたのかと振り向き、視線を整備棟入り口に向けた時。

 

「どうしたの? アーネ。何かあった……!?」

 

 ウェンディの声は喉の奥で分解され、ひゅう、という息を飲み込む音がそれに代わって放たれた。

 

 そこには、そこにあるべきでない……ここに現れることを否定され、自らもそれを受け入れたはずの少年がいた。

 

 息を切らせ、開け放たれた大扉の枠に片手を預けながら。

 

 今、彼方にある王城の一郭に幽閉されているはずの安藤正樹は、厳然とした事実として、そこにいた。

 

 

 リリィ、リリィィィィィン

 

 

 鈴の音を音叉で共振させた様な、涼やかな……そして高らかな音が響く。

 

 それは、アーネの言うところの、『サイバスター』の歓喜の声だ。

 

 全ての希望は潰え、絶望と死がまき散らされんとするその時。

 

 荘厳なる祭壇に座し、ただ静かに眠る白き神の前に、希望の香りを乗せて現れる少年。

 

 全てを正しきに導くために。幸福な結末をもたらすために。

 

 ……例えそれが子供じみた錯覚であると判っていても。

 

 息を切らせつつ、扉に疲れた肉体を半分預けながらも、何かを求めるような直向きな目を曇らせない少年の姿を目の前にして、ウェンディの心の内は、正しく英雄伝説の始まりに立ち会っているかのような、そんな高揚感が湧き上がってくるのを抑えることはできなかった。

 

 

 

 

 その時、ゴルド=バゴルドは意外なほどの安堵感に満たされていた。

 

(どうしたと言うのだろうな、儂は)

 

 今、彼の心は自分でも驚くほどに晴れやかだった。

 

 今朝、天中にて大地を照らす《光球》が光を取り戻した頃は、自分の内には、魔装機やラングランという国家そのもののみならず、あらゆる存在への憎しみが溢れていた。

 

 だというのに、その憎しみは《光球》の輝きが強まるに連れて萎れ、傭兵達の魔装機を見る度に冷水を引っかけられ、包帯男を目にする度に腐れていった。そして敗北を認めた今、自分の中の憎しみの全ては、まるで朝露か何かであったかのように消え去ってしまっていた。

 

「おい、両手を出せ」

 

 先ほどまで人質の一人だった男が、どこから調達したのか、何かの強固なロープらしき物を手にしてゴルドに言った。恐らく、手錠の代わりにするのだろう。

 

 言われるままに、ゴルドは両腕を差し出した。茫漠と見つめる中で、手首にロープが念入りに巻き付けられてゆく。少し手先が痺れるような感覚があるが、はたしてこれは、人質であった人間の、彼への怨嗟の念に依る物か、はたまた技術不足に起因するのか……まあ、どちらでも構わないが。

 

「……迷惑をかけたな」

 

 思わず、そんな言葉が口をついた。

 

「……そう思うなら、最初からやるな」

 

 言われた男は、一瞬虚を突かれたような表情を返したが、すぐまた憮然とした表情を取り戻し、即席手錠の作成を再開した。

 

「ああ、まったくだ」

 

 この返答は予想もしていなかったのか。男は今度こそぽかんとした表情を隠せず、続いてまるで珍獣を見るような目で、ゴルドを見返した。

 そして、程なくして即席の手錠が完成し、ゴルドは一人でその場に取り残された。

 

 彼の指揮下にいた『ジラドス』兵士達は武装を解除されて、今は負傷の応急処置を受けているようだった。ゼオルートの迅速な指示の成せるわざだ。彼の指揮がなければ、誰一人彼ら兵士の傷を省みることはなかったのではないだろうか?

 

 広場の向こう側では、《剣皇》ゼオルートの指揮下の数人が何事か騒ぎ立てていた。漏れ聞こえる限り、先ほどの爆発の現場で、重傷を負ったラングラン兵士が発見されたらしい。

 

(しかし、あの爆発は何だったのだ?)

 

 彼自身は、あのような爆発物を仕掛けた記憶はなかった。そもそも、自分で言うのも何だが、自分の脳に、敵の侵攻ルートを予測して罠を仕掛けるなどと言う知恵はない。自分自身の底の浅さは、この数時間で嫌と言うほど見せつけられたばかりだ。

 

 ならば、包帯男の仕業か? いや、狡猾さにかけてはかの男は相当なものだが、それでも罠の類に対する知識は必ずしも豊富とは言い難い。そもそもラ・ギアスの人間は、地上人に比べて戦術について概して非常に稚拙である、と言うのが定説だ。

 

 なおかつ、敵がどのルートを利用して侵攻してくるかを予測し、その進路上に稀少な武器である爆発魔術を仕掛けるなど、余程、《調和の結界》による中和作用によって、爆薬系の罠に対して警戒の弱いラングラン人心理の把握に自信のある輩にしかできない筈である。

 

「ええと……ごめんなさい。バゴルドさん、でしたよね?」

「……?」

 

 思考に没するゴルドにそう恐る恐る声をかけてきたのは、蜂蜜色の髪の……《剣皇》ゼオルートの娘であるらしい、確かプレシアとかいう名の少女だった。

 

「どうした? 儂は捕らえられたとは言え、仮にも『ジラドス』の幹部だ……お前の様な娘が、無闇に一人で近寄るべき相手ではないぞ?」

 

 内心の疑念を纏めて飲み下し、ゴルドは問う。

 

「ええと……こんな事聞くのは失礼かとは思うんですけど。どうして、こんな事をしたんですか?」

 

 数瞬逡巡してプレシアが口にした、あまりに単純明快な問いに、ゴルドはしばし呆気にとられた。

 

「子供にはわからん……と言うのは簡単だが、難しい事を聞くな。何故そんな事を聞くのだ?」

「……わかんないんです。バゴルドさんは、顔は怖いけど、そんな悪い事をする人には見えないのに……でも、バゴルドさんが、『ジラドス』のリーダーなんですよね?」

「少し違うが、まあ大方はその通りだな。この計画は、儂が考えて、ここまで実行したのは確かだ」

 

 顔が怖い、というくだりに小さく苦笑を漏らしつつ、ゴルドは答えた。

 

「……今の儂は、負けてしまったから『悪いことをするようには見えない』のかも知れん。本当は、女子供だろうと殺す事を厭わん殺人鬼なのかも知れん。今目に見える姿だけが、その人間の本当の姿とは限らない、という事だ」

 

 言いながら、過去に邂逅した真性の殺人鬼の事を思い起こす。あの男こそ、一見しては殺人鬼であるなどとは看過できない典型例だった。人当たりの良い旅行者としか思えず、『あの瞬間』まで、そのような素振りは露ほども見せなかった。

 

「……お父さんも、そうなのかな」

 

 ゴルドの答えにしばし黙考した末、彼女が漏らした呟きで、ゴルドはこの少女が何を思って自分に問いかけたのかに思い至った。この少女は、先ほど一瞬垣間見た、自分の父親の鬼神の如き姿が信じられなかったのだ。

 

 本来、自分の知る穏やかな父親とは、あまりにもかけ離れた姿。なまじ普段の父が、必要以上にのほほんとした風体の人物であるが故に、その落差に彼女は苦しんでいるのだろう。

 

 ……さて、どうして答えたものか。昔同じ様な事を、自分の息子に問いかけられたような気がする。あの時、自分はどのように答えたのだったか?

 

 答える言葉を探して、視線を宙に彷徨わせる中、ふとゴルドは、目の前の少女が手元で弄ぶ小さな木彫りに目を留めた。確かファルネアとか言う小型の四足獣の家族を象った物だ。

 

 その木彫りをが記憶の扉の鍵となった様に、ゴルドの舌は昔息子に語った言葉を再生した。

 

「……そのファルネアという獣は、普段はとても大人しいが、子供連れのものは、普段の様子からは信じられないほど獰猛になる」

「……?」

「それは、子供を守るためだ。野に生きる獣にとって、子供を残す事こそが、最も価値があることだからな。だからこそ、自分にとって最も大切な物のために、ファルネアは小さな牙を精一杯剥き出して戦う。

 人も、彼らと同じなのだよ。人もまた、自分が守りたいもの、成し遂げたいことの為なら、それまでの自分をかなぐり捨てて、強くなる事が……強くなろうとする事ができるのだ。

 儂も、成し遂げたい事があって、強くなろうとした。だが、人が目指す行く先は、いつもいつでも正しくあれると言う訳ではない。儂は、どこかで目指すべき場所を間違えてしまったのだろうな……」

 

 言い終わると共に、言い様のない無力感や脱力感がこみ上げ、ゴルドはそれらを溜息に換えて吐き出した。全ては、あの炎の一夜から、狂い始めてしまったのだ。

 

「あの包帯の人も、何かを目指していたんですか?」

「そうだな。自分を誤魔化していた儂と違って、奴は本当に……心の底から破滅を目指していた。だから、儂はいつの間にか、奴に全てを飲み込まれていたのだろうな。たとえ目指す物が間違っていたとしても、本気でそれを志す人間は……誰よりも強い」

「本気で……破滅を? そんなの、あたしには信じられません」

 

 言いながらプレシアは、眉を顰め頭を振る。それも無理はない。彼女の様に、純粋に育った幼い子供には、到底理解できるべくもない……いや、理解して欲しくはない思考だ。

 

 だが……ゴルドには、あの男が何故破滅を望んだのか、一部分だけであるが、理解できるような気がする。あの男が、全身を包帯に包まねばならなくなる前の姿を知るが故に。つい先程まで、自分も同じ様にして、破滅に向かって突き進んでいたが故に。

 

(そう言えば、あの男は一体どこに消えたのだ?)

 

 ふと思い至り、あの包帯に包まれた白い狂気の姿を探して、ゴルドは視線を泳がせた。

 

 負傷した『ジラドス』兵士達の中には……いない。解放されて三々五々散らばっている人質達の中にも、混じっていない。先ほどの爆発地点付近で、負傷者の治療にあたっているゼオルートの側にも、広場を囲んで三角形を描く『ルジャノール』の周囲にも……姿はない。忍び寄る不吉な予感。

 

「すまんが、あの男はがどこに行ったのか知らぬか? どうも姿が見えないのだが」

「あの男……って?」

「さっきお前が言っていた、包帯まみれの男だ。名前は、ガ……」

 

 首を傾げるプレシアに解説するゴルドだったが、その言葉は最後まで続けることはできなかった。

 

 突然放たれた紫の閃光と、地の底から響く様な振動音によって。

 

「な、何!?」

「……!! これは、まさか!」

 

 その場の人々が口々に驚愕の声を上げる中、閃光と震動の発生源を探す視線は、程なくしてその目的のものを捉える。

 

 その瞬間、ゴルドは自分の嫌な予感が、恐らく最悪の形で実現したであろう事を悟った。

 

 どうして、見つけられない筈があろうか。

 

 ――広場を包囲する様に配置された、三体の機人が、深淵を思わせる赤紫の燐光を放つ姿を!

 

「どうしたのです! 一体何が起きたのですか!?」

「お父さん!」

 

 異変を悟り駆け寄るゼオルートに、娘は父の名を呼んで応える。それを横目にして。全身を揺るがす戦慄に、語尾を震わせてゴルドが言った。

 

「間違いない。これは、『降魔弾』が、発動してしまった……!」

「そんな! でも、どうして!」

 

 何故なのか。確かに自分たちは、『降魔弾』に、エネルギーチャージを行うところまでは作業していた。

 

 『降魔弾』を作動させるには、まずおよそ半日程度をかけて、膨大なエネルギーを装置内に充填する必要がある。

 

 こうして充填されたエネルギーを、今度は精緻な演算に従って変換、世界律に対して干渉しその空間に存在する全ての物体を分解する『消滅演算子』を構築する。これを『エーテルマッピング』と呼ばれる魔導式空間展開技術によって周囲空間にばらまく事で、周囲空間を成立させる論理法則を破砕、空間ごと全てを分解する事ができる。これが、『降魔弾』の発動原理だ。

 

 この『消滅演算子』の構築には、およそ2~30分の時間が必要となる。そして、この演算子が完成した後に、制御装置に据えられた小さなトリガーを引く。それだけで、『消滅演算子』は周囲空間に解き放たれ、その禍々しい崩壊の力をまき散らす。

 

 しかも、ここで一つ、解除する側にとっての問題がある。もし、装置にエネルギーチャージを終えた後、そのエネルギーの制御機構を破壊した場合、蓄積されたエネルギーは瞬間的に解放され、『エーテルストリーム』と呼ばれる一種の空間衝撃波が周辺にまき散らされることになる。これには『降魔弾』本来の空間破砕能力はない物の、物理的な破壊力は『消滅演算子』による論理崩壊に必ずしも劣らない……魔術的な防護によって無力化が可能であるという一点を除けば。

 

 ゴルド自身の意図としては、ラングラン正魔装機が『ジラドス』魔装機を駆逐して、『降魔弾』に接近した瞬間に、その発動トリガーを引くつもりだった。そうすれば人質を解放する時間と、『ジラドス』傭兵達の避難する時間を確保できると考えたのだが……それはゼノサキス親子の発見による騒動で先延ばしにせざるを得なくなり、それから現在まで、ゴルドが『降魔弾』に触れる機会はなかった。

 

 そう、ゴルドは『降魔弾』を発動させた覚えはない。ならば、ほかの誰が、かの悪魔の兵器のトリガーを引いたのだろうか?

 

「その様な事、考えるまでもない。この期に及んで『降魔弾』を発動させようとする奴など……!」

「その通り!! 俺だァ!!」

 

 ゴルドが言い当てるのを遮る……あるいは呼応する様に、喜悦にまみれた声が轟いた。

 

「『降魔弾』は発動した! もう、誰にも止めることはできねぇ! これで……全て終わりだ!」

 

 紫焔燃え上がる『ルジャノール』の一機……確か『降魔弾』主制御装置を搭載した機体だった筈だ……の首元に仁王立ちになり、包帯男は高らかに声を張り上げる。

 

(……駄目だ)

 

 ゴルドは、全身から力が抜けていくのを感じた。

 

(もう、誰も助からない)

 

 包帯男の言う通り、一度発動トリガーを引いた『降魔弾』を停止させることはできない。このまま放置すれば『消滅演算子』による論理崩壊によって。装置を破壊すれば余剰エネルギーの奔流『エーテルストリーム』の衝撃波によって。どちらにせよ、バナン市周辺の消滅と……そして自分と包帯男、負傷した『ジラドス』兵士に、ゼノサキス父娘を含めた百人ばかりの人質の死は、免れようがない。

 

 口惜しい。自分はつい先ほどまで、『降魔弾』の発動を目して活動していたのは確かだ。だが、今はそれは無意味な事と知り、作戦が失敗した事をむしろ僥倖と受け入れていたというのに。

 

 何故、この期に及んで、最悪の破滅を目にしなければならないのか。何故、自分は間違ってしまったのか。何故、自分は正気を取り戻してしまったのか。何故、奴はそこまで。何故、何故、何故……何故!

 

「何故なのだ、ガスパァァァァァァッ!!」

 

 その絶叫も、蠢動する『降魔弾』の轟音と、包帯男……元『ジラドス』幹部ガスパ=アルバレツの狂おしき哄笑の前では、何者に省みられる事もなかった。

 

 

 

 

 バナン市中央公園管理棟を包み込んだ紅蓮の光球は、空中の監視衛星を経由し、遠くフェイルロードの座する指揮車両『アナンタ』まで、その禍々しい輝きを見せつけた。

 

 それは見る人々に、『降魔弾』解除部隊が壊滅し、かの忌まわしい兵器を無力化する術が失われたことをまざまざと見せつけた。爆発に煽られたためか、偵察衛星の映像が遮断されて暗転した画面は、まさしく自分達に残された希望が潰えたことを、無音のうちに体現しているようにも思えた。

 

 防衛局長官にして、今回の作戦の総指揮を執るフェイルロードにとって、『降魔弾』の機構的特性、『消滅演算子』の効力や、破壊時に生じる『エーテルストリーム』の影響までもが既知のものだった。そして、この事態に至って、自分が下すべきモアベターな決断が何であるかも悟っていた。

 

 だから彼は、解除部隊の再編成が不可能であると悟った瞬間、冷徹に……正しくは一見冷徹な様子で、一つの命令を下した。

 

 魔装機神によって『降魔弾』を完全発動前に破壊し、《調和の結界》によって中和可能な『エーテルストリーム』を発生させることを。

 

 ……爆心地にいるであろう人質達が、結界による中和作用の恩恵を受けられないことを承知した上で。

 

 

 

 その時、リカルド=シルベイラは激昂していた。

 

「おい! 殿下! あんたこの命令は本気なのか!?」

 

 魔装機神『ザムジード』の鉄拳で、『ジラドス』魔装機『ナグロット』を一撃粉砕する傍ら、通信機越しにフェイルロード=グラン=ビルセイアを怒鳴りつける。一国の王位継承権第一位、尚かつ防衛局長官にして昨日までの直属の上司、あまつさえ今回の作戦の依頼者ですらある相手でありながら、その口調には一片の遠慮もない。

 

「……疑うならば直接言おう。魔装機神隊はただ今より作戦を変更、敵魔装機及び『降魔弾』を可能な限り迅速に破壊せよ」

 

 回線を繋ぐ数秒のタイムラグの後、異様なほど平坦な口調の、フェイルロードの返答が届いた。

 

「『降魔弾』の『消滅演算子』は、魔装機神の防護結界や『調和の結界』によっても防御は不可能だ。発動させたが最後、もう防ぐ手立てはない。しかし、誘爆による『エーテルストリーム』であれば、《調和の結界》によって中和は可能だ。被害を最小限に抑えるためには、『降魔弾』を破壊し、蓄積エネルギーのバーストを誘発する他はない」

「でも、いくら中和可能と言っても、『エーテルストリーム』爆心地に《調和の結界》の中和は間に合わないんじゃないの!?」

 

 会議用の公共回線を使用している為、この通信は他の魔装機にも同時中継されている。リカルドとフェイルロードの会話を聞き咎めたのであろう、シモーヌ=キュリアンが泡を食ったように口を差し込んだ。

 

 ……そう。確かにこのラングラン王国は、《調和の結界》によって守護されている。だがそれは、無軌道に放射されるエネルギーの抑制・中和効果を持つが、それは国内のエネルギーの発生を結界制御システムが常時監視し、それに対して結界の密度を高めることで対処されている。

 

 結界制御機構がエネルギーの発生を感知し、位置を特定して、結界を凝集して、エネルギーを中和するという4ステップ。しかし、一方の『エーテルストリーム』の爆発は、装置が破壊され、爆発的なエーテルの波が撒き散らされるという、2ステップしか必要としない。

 

「結界によってエネルギーが中和されるよりも、『エーテルストリーム』の爆発が伝播する方が、圧倒的に早い。この対処法の焦点は、最早人質を救えるかではなく、被害をどこまで抑えられるかにあるな」

 

 『砂嵐のソルガディ』操者のアハマド=ハムディが、苦虫を噛みつぶした様な声音で呟く。

 

「最善とは言い難いが、次善の策ではある。だが、やるならば早く行動せねば、間に合わなくなるぞ」

 

 言いながら、アハマドは自らの機体を疾駆させた。モニター隅を占領する俯瞰地図の上で、『ソルガディ』を示すマーカーが、瞬く間に敵陣を突破してゆくのが見える。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんた、それが人質を見捨てることだってわかってるの!?」

 

 シモーヌが泡を食って怒鳴り、腕を破壊された『雪のザイン』で後を追う。しかし、『風』系の魔装機との絶対的な機動性の差は如何ともし難く、『ザイン』と『ソルガディ』の相対距離は引き離されるばかりだ。

 

「全てを救う最善手が失敗した以上、一部のみとて救い得る次善の策を実行するのが正しい選択だ。君たちも、彼に続いて貰いたい」

 

 感情を押し殺し、地位とそれに伴う義務だけが言葉を語っている。フェイルロードは自らの義務を果たすために、敢えて彼らに非常な命令を下しているのだと、理性だけは理解している。

 

 だが、感情の流れを自らの力とする魔装機操者……ことに、魔装機神『大地のザムジード』の操者たるリカルド=シルベイラに、そのような杓子定規の理性に従う謂われは無かった。

 

「だが、あの場所にはゼオルート師範や、プレシアもいるんだぜ! そう簡単に見捨てられんだろ!」

「その報告は受けている! だが、たとえ《剣皇》とその娘であろうと、サイツェット州全体の崩壊と引き替えにはできん! 最早、救う術がない以上は……!」

「まだ、見捨てるには早い。我々は、まだ最善を尽くしている訳ではありません」

 

 見捨てる他はない――その最後の言葉をフェイルロードの舌が紡ぐのを遮ったのは、それまで沈黙を守っていたヤンロンだった。

 

「セニア様。『降魔弾』を破壊し、『エーテルストリーム』が発生して、それが《調和の結界》によって中和されるまでの時間は?」

「え? ええと……大体、中和開始まで三秒くらいね。今回のクラスの力が相手だと、完全に中和するには更に三十秒以上は必要になると思うけど」

 

 突然話を振られ、戸惑った声音でありつつも即答するセニア。ちなみに彼女の魔装機『ノルス』は、早々に被弾して後方で待機している。

「つまり、約三十五秒以上、『エーテルストリーム』の爆風を封じ込める事ができれば、人質に被害を出さずに、爆発を中和することができる……ということですね?」

「……どうする気? そんな強力な防護結界……しかも爆発を封じ込めて一切外に漏らさないなんて、たとえ魔装機神の《魔装》でも無理よ?」

「一機なら、そうでしょうね」

 

 ヤンロンの答えに、リカルドが得心成ったと指を鳴らした。

 

「……魔装機神三機の《魔装》を一体化させて、防護結界を作る気だな?」

「《昇位(レイズ)》状態の《魔装》混合による意識の共鳴現象を利用する。《魔装》のコントロールを僕が担当し、お前とテュッティは《魔装》の生成担当だ」

「でも、そんなことをしたら、あなた達の意識がどうなるか……! マサキがどうなったか、あなた達も知ってるでしょう!?」

 

 泡を食うセニアに、リカルドはにやりと不敵な笑みを返した。

 

「俺たちが、早々に他人の意識に乗っ取られるほど柔な神経してると思うか? まして予備知識がありゃ、心構えもできる。少なくとも、ここで神様の助けを待つよりは、分のある賭だと思うがね?」

「し、しかし、それは余りにも君たちにリスクが大きすぎる!」

「殿下。我々は魔装機神操者です。全界の調和の為に、自らの全てを捧げることを誓った存在です。ならば、我々にここで退くことは許されないのではないですか? 少なくとも、僕は自分に、ここで退くことは許せない」

 

 なおも反駁するフェイルロードだが、当のヤンロンとリカルドの決然とした言葉に、抗する言葉が浮かび上がる度に崩壊してゆく。

 

「もう時間がありません。やらせてもらいますよ」

「魔装機神の名に賭けて……って奴だな」

 

 魔装機神の名に賭けて。その言葉は、即ち魔装機神操者の特権、『あらゆる国家や権威よりの命令に従わず、自らの意志で行動する権利』の行使を意味している。そうなっては、今更フェイルロードが何を言おうとも、彼らの行動を阻むことはできない。

 

「……すまない。よろしく頼む」

 

 そう答えることしかできない自分に歯がゆさを感じつつ、フェイルロードは頭を下げた。その後方から、何やら狼狽している声が聞こえるのは、恐らくは昔気質のケビン=オールト将軍のものだろう。

 

「よし、ならば時間は残り少ない。アハマド、話は聞いたな? 攻撃は一時待機。こちらの指示を待て」

「……よかろう」

 

 ヤンロンが、皆に先んじて突撃を仕掛けたアハマドを制止する。それを横目に、リカルドはぺろりと舌で唇を湿らせつつ、愛機『ザムジード』を前進させた。ついでに、先ほどから通信回線は聞こえているはずなのだが、全くレスポンスのない今一人の魔装機神操者……テュッティ=ノールバックへと声を送る。

 

「おうし、それじゃ一発いきますかね。おいテュッティ、話は聞いたな? 行くぞ」

「……テュッティ? どうしたのさ?」

 

 不審げに、『砂のラ・ウェンター』の操者レベッカ=ターナーが問う。マーカーを見ると、テュッティの『水のガッデス』は一機の航空型魔装機と交戦中らしい。

 

(妙だな。あんな柔な相手と、魔装機神がこんな長丁場になるなんざ)

 

 魔装機神『水のガッデス』は、現在稼働中の魔装機神三機の中で、総合的な戦闘能力自体は最弱と言われているが、一方で遠距離戦及び空中戦への対応能力は三機中最高のはずである。それが、よたよたと空中を浮かぶ程度が能の魔装機一機に苦戦するというのは、通常では考えにくい。嫌な予感が背中を這い回る。

 

「おい、ヒア! 『ガッデス』の《精霊殻》内部の音声を拾えるか!?」

「……ウイ」

 

 リカルドの要請を受けて、彼の使い魔『ブルーフェイス』の一匹で情報収集担当のヒアが応える。彼は、無駄な言葉を口にすることはない。魔装機神に搭乗している時は機体と同化しているため姿は見えないが、その作業の様子は、モニター隅に表示されるメッセージボックスで見ることができる。

 

 ……回線捕捉、スピーカーに同調。

 

<うわああああああああああああああッ!!>

 

「んわ……ッ!?」

 

 スピーカーから飛び出した大音響に鼓膜を貫かれ、リカルドは思わず耳を押さえて呻いた。

 

 それは、声は日頃聞き慣れたテュッティの物に相違ない。だが、その声音には普段の清涼な響きは欠片も残されて居らず、それは言うなれば豪雨の濁流の様な激情の奔流だった。

 

「こいつは一体どうしたってんだ。シンク、こっちの声は送れるか!?」

「ウキ。精神状態をチェック……否定的(ネガティブ)。外部からの音声情報を認識できる状態ではないと判断ッス」

 

 そう応えたのは、これもまた『ブルーフェイス』のシステム管理担当のシンクである。

 

 思いもよらぬ凶報に舌を打ち、リカルドはモニター隅を見やった。そこにあるのは、戦場全体の上空地図と、各機の位置。そして、『降魔弾』の『消滅演算子』の作用開始……つまり起爆阻止臨界までの予想制限時間のカウンター。

 

 『水のガッデス』に一番近い位置にいるのが自分であることを確かめたリカルドは、即座に機体を転進させた。減速のために踏みしめた大地がもうもうと砂埃を巻き上げる中、公共回線に向かって怒鳴りつける。

 

「俺がテュッティを迎えに行く! お前らは先に『降魔弾』に向かってくれ。俺達もすぐに追いかける!」

「了解した。だが、急いでくれ。もう時間がない」

「判ってる! 言われるまでもねぇ!」

 

 怒鳴りつけながら通信を叩き切り、リカルドは機体のスロットルレバーを最大まで押し込んだ。

 

(何があった、テュッティ? お前らしくもない……!)

 

 焦燥を、舌打ちに代えて吐き出した。

 

 

 

『降魔弾』起爆臨界までの残り時間:3分

 

 

 

 

 再び、わずかに時は遡って。

 

 

 その時、テュッティ=ノールバックは焦っていた。

 

 『降魔弾』解除部隊が壊滅したという情報は、『水のガッデス』の《精霊殻》にも届いていた。だが、テュッティはそれを知りつつも、その凶報に仰天することはできなかった。

 

 目の前を縦横無尽に飛び回る、たった一機の航空型魔装機(魔装機神隊が知る由もなかったが、機体名を『レンファ』という)によって、間断なく攻め立てられていたが故に。

 

 屈辱的な話だった。自分が操っているのは、最強の魔装機の一つである魔装機神『水のガッデス』である。その戦闘力は一機で通常の魔装機一個大隊をも越えると言われ、その力をもって、全界を蝕むあらゆる災厄を打ち払うことを望まれた至高の機神。

 

 それが、たかだか一機の、それも空中をふらふらと漂うだけが能の、不格好な魔装機に翻弄されているとは。

 

(こんな奴に手間取っている場合じゃないのに!)

 

 焦りが、三叉矛の運びを鈍らせる。基本的に『突く』武器である槍は、敵に懐に入られると、途端にその戦闘力を半減させる。

 

 『ガッデス』自体が基本的に、『アートカノン』などの中~長距離型の火器の運用を中心に設計されていることもあり、近距離戦への対応能力は、案外に低いと言わざるを得ないのは確かなのだが……。

 

「このっ!」

 

 今一度、三叉矛を一文字に薙ぎ払う。しかし、その『レンファ』はぽんっという破裂音を発して急上昇し、瞬く間にテュッティの視界から逃れてしまった。行きがけの駄賃と言わんばかりに頭上にばらかれた爆雷を、テュッティは《魔装》を集中して受け止める。魔装機神の《魔装》と言えど、至近距離の熱素反応弾の炸裂は、無視できる威力ではない。

 

 破裂音は圧縮した《魔装》の還元によって生じる反動を利用した推進機構、それ特有の駆動音であるが、この『レンファ』の操者はその駆動装置を瞬間的に最大出力で噴射することで、的確にテュッティの視界の外へと抜け出し続けているのだ。自らの消耗を抑えつつ、相手の攻撃力を無力化する戦闘技術。中~遠距離戦闘に特化された『水のガッデス』の特性を瞬く間に把握した戦術眼。舌を巻くしかない。

 

(何者なの、この『男』?)

 

 時折接触する《魔装》から、テュッティはこの魔装機の操者を男性であると断定していた。《魔装》は一種の精神バリア。言うなれば心の鏡だ。プラーナの流れが強ければ強いほど、その纏う《魔装》には、その操者の個性や気質が映し出される。

 

 だが、この《魔装》がその操者の精神を映し出しているのなら、この『レンファ』の操者は甚だ誉められた物ではない気質の持ち主と言えそうだった。他の同型の機体と比べても一回り大きな機体(《魔装》による肥大効果であるが)は、節々が歪んで膨張し、その外観は『ねじくれた』と言う形容が相応しい。所々に張り出したアーマープレートやアンテナは、不自然なくらいにぴんと立ち上がっている――まるで、欲情しているかのように。

 

「何て気色の悪い男!」

 

 吐き捨てる。この魔装機を見る度に。そして、この男の姿を想像する度に、テュッティの神経の奥で『ざわり』と蠢くものがある。見た目以上の……自分でも異常なのではないかと思える程の不快感と嫌悪感が。《魔装》と《魔装》が接触する度に、その感情はぐつぐつと温度を上げてゆく。

 

「ええい、このっ!」

 

 このままでは埒があかない。テュッティは一瞬逡巡したが、手にした三叉矛を放棄することを選んだ。柄に満たした《魔装》を解き放ち、格納状態である、短杖サイズへと槍を変容させる。ぶんぶんと蝿のように集る『レンファ』に、『突き』に特化された槍では命中打を与えることは難しい。

 

 縦横無尽に飛び回る『レンファ』が、彼女の正面に飛び込んできた瞬間。それがテュッティの待っていた瞬間だった。

 

「いつまでもちょこまかと……鬱陶しいのよッ!」

 

 罵声とともに気合いを高め、活性化したプラーナを槍の穂先に込める。今や短杖である槍は、その刃先に膨大な《魔装》を帯び、その三又の刃を一つの山刀へと変容させた。それを、テュッティはそのまま真一文字に振り抜いた。

 

「!」

 

 反射的に上昇して刃を回避したものの、虚を突かれた『レンファ』は、その一瞬だけ、自分本来の縦横無尽の機動性を忘れた。

 

 攻撃が突きの『点』から斬撃の『線』へと変容したならば、回避もそれに応じて『線』の軌跡を考慮したものでなくてはならない。しかし、『点』の回避のルーチンワークに慣れていた『レンファ』は、自らの行動認識の切り替えに、一瞬を要してしまった。

 

 そして、テュッティにはそれだけの時間があれば十分だった。

 

 空隙に流れ込む水の様に滑らかに。『ガッデス』が『レンファ』の懐へと滑り込む。不格好に巨大な腕を掴み、地面に引きずり落としてから頭部を狙って『アートカノン』を……。

 

「……ッ!」

 

 瞬間、ばくん、という爆発音とともに、『レンファ』の腕が根本から引き千切れた。いや、正確にはそうではない。腕の根本に仕込まれた爆発ペレットを用いて、自ら腕を切断したのだ。

 

 突然軽くなった手応えに困惑するテュッティを後目に、片腕を失った『レンファ』は素早く後ろに退いた。

 

(随分と思い切りの良い相手ね)

 

 舌打ちと共に内心で呟く。腕を切り離されなければ、確実に今の一撃で機体を破壊する自信があったのだが。

 

 だが、事ここに来て攻撃の手を休める理由はない。双方の距離が離れた今、魔装機神四機中最大の速射性能を持つ『ガッデス』の『アートカノン』を遮るものはなかった。

 

 ……通信機から強制割り込みで飛び込んだ、その声を聞くまでは。

 

「流石にやるものだ……それでこそ、私の愛する君に相応しい」

「!?」

 

 瞬間、テュッティの脳の奥底で、真紅の閃きが破裂した。

 

「まさか……ル……」

 

 絞り出す声の背後で、赤が幾度も閃光する。炎の赤、血の赤。赤が好きな男。赤い服。白地に赤が散った服。

 

 その心を見透かす様に。腕の中の恋人に語りかける様に優しく。

 

「そう、私だよ。愛しいテュッティ=ノールバック」

「ルビッカァァァァァァァァァ!!」

 

 喉を張り裂かんばかりに迸る絶叫。陰火の様に燃え上がる『ガッデス』の《魔装》。

 

 ルビッカ=ハッキネンは、奇妙なほどに穏やかな笑みで、その絶叫を迎えていた。

 




 第十二話です。記録によるとこの辺はとくに難産で、イベントの処理に苦労していた痕跡があります。

 本来このシナリオに存在しない登場人物が次々と割り込んできていることが大きかったのでしょう。本来そこにいなかった、ゴルドとガスパ、それからルビッカ。自分が当時何を考えてたのかイマイチ思い出せませんが、無謀なことであります。

 ちなみにこの当時はPSOのVer.2に飽きて、ガンパレードマーチを遊んでいたようです。ティアリングサーガもやってたみたいですが、あれ序盤で力尽きて手放してたはずなんですよねえ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。