偽典・魔装機神   作:DOH

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第十三話 風の覚醒

 

「マサキ……あなた、どうしてここに」

 

 魔装機神隊統合基地、魔装機第五整備棟。殆どの技術者がサイツェット州転送神殿に駆り出され、がらんとした魔装機格納庫の中。

 

 ウェンディ・ラスム・イクナートは、突然の闖入者に対し、驚愕に掠れた声を向けた。

 

 マサキ・アンドー。魔装機操者資格を剥奪され、現在王宮の離れで軟禁中のはずの地上人。本来ならば、こんな所に姿を見せることはあり得ない人物。

 

 それが今、ウェンディの目の前で、肩を上下させながら、弾んだ息を整えている。

 

「……状況は、どうなってる?」

 

 荒い呼吸に喉を嗄れさせつつ、正樹は問うた。

 

「ちょっと! ウェンディ姉様が質問してるのに、無視するんじゃないわよ! 大体、あなたは今王宮から出られないはずじゃないの!?」

 

 声を荒げつつ、ウェンディの従姉妹にして、まだ若年ながら優秀な術師系練金学師であるアーネ・ラスム・ゼフィックが噛みついた。しかし正樹は彼女を一瞥しただけで、

 

「抜け出してきた。それだけだ」

 

 それだけを応えて、視線をウェンディに戻した。

 

「それより、今の状況を教えてくれ。今、バナン市はどうなってる? 人質の様子は?」

「それだけ……って、それがどういうことかわかってるの!? 軟禁状態の人間が勝手に出歩くなんて! 大体、あなたのIDは失効してるから、転送ハイウェイを抜けることは……」

 

 半ば黙殺されつつも、なお食い下がるアーネだったが、自分の前にすっと割り入った人影に言葉を封じられる。

 

「姉様!?」

「今はそんなことはどうでもいいの。下がっていなさい、アーネ」

 

 ”信じられない”で一杯の表情を返す従姉妹を背中に控えさせ、ウェンディは正樹をまっすぐに見た。

 

「時間がないから、大まかなところだけ説明するわね」

 

 そう前置きして、ウェンディは現在バナン市で起きている事態の推移を語り始めた。

 

 発端である『ジラドス』襲撃。魔装機神隊を囮とした、『降魔弾』解除作戦の実行。罠による作戦の失敗。冷酷に迫るタイムリミット。ウェンディの唇が震える度に、正樹の面皮が硬度を増してゆく。

 

「……今は、『降魔弾』の解除部隊が罠にかかって全滅、魔装機神隊が、『降魔弾』破壊の方向で動いているはずよ」

 

 そう言って、ウェンディは嘆息で言葉を結んだ。どうして、事態はこうも悪い方へと転がってしまったのだろう?

 

「『降魔弾』ってのは、起爆寸前にぶっ壊して、誘爆とか起きないものなのか?」

 

 眉を顰めつつの正樹の問いは、ウェンディにとっても予想していたものだった。しかし、いざ口にしようと思うと、その意味の冷酷さに、喉が引きつれる。

 

「結論から言うと……起きるわ。『降魔弾』ユニットを破壊した瞬間、内部に蓄積されたエネルギーが暴走して、周囲空間の全てを粉砕する空間振動波を発生させるの」

「何だって!? それじゃ、人質はどうなるんだよ!? それに、装置を破壊した魔装機と操者の安全はどうなる!?」

「……魔装機神なら、機体を破壊されることはないと思うわ。だけど、人質を衝撃波から保護する事は……仮に《魔装》を広域防護結界として使用したとしても、とてもパワーが足りない」

「…………ッ!!」

 

 ごっ! 高さ30ゴーツを越える魔装機整備棟に、鋼鉄の扉を殴りつける音が轟いた。

 

「冗談じゃねぇ……あそこには、ゼオルートのおっさんとプレシアもいるんだ。何か、方法はないのか!? 人質を救出する方法は!」

 

 言い募る正樹。気色ばむアーネ。それらを前にして、ウェンディは予め用意していた回答を返そうとして……逡巡した。自分が彼に示そうとしている道は、果たして本当に正しいのか?

 

 ちらりと従姉妹の方に視線を向ける。正樹の 『選定の儀』の場にも居合わせた銀髪の少女は、憮然とした態度を隠そうともしない。「一度認められなかった人間が、もう一度契約を試したとしても、今更『サイバスター』が認めるはずがない」と、褐色の肌に描かれた表情が語っている。

 

 ……しかし、本当にそうだろうか? ウェンディは自問する。

 

 確かに、余りにも分の悪い賭けと言わざるを得ない。今また正樹が『サイバスター』に契約を求め、再び拒絶されたなら、正樹のプライドは粉々にうち砕かれることになる……ゼオルート、そしてプレシアという、家族同然の人々の死という副産物のダブルパンチで、だ。

 

 そんな冷酷な事態に、剛胆なようで実は繊細で脆弱な彼の心が耐えられるだろうか? それならば、いっそ最初から彼にできることはないと突き放す方が、結果的には彼にとってより良い結果を招かないだろうか?

 

(でも……私は、賭けてみたい。彼の持つ可能性と、彼の背負った奇跡に)

 

 この瞬間、このタイミングに、この場に正樹が現れた。それは、どんなに奇妙な偶然が重なり合ったものであれ、一つの奇跡と言う他はない。

 

 全てのフラグメントが、正樹が『サイバスター』を目覚めさせ、より偉大な奇跡を引き起こす様に向けられている。英雄綺譚の主人公が、聖なる剣を引き抜く瞬間のように。まるで、世界そのものが、正樹が『サイバスター』に選ばれ、奇跡を起こすことを望んでいるかのように。

 

”何を迷っている? お前の役割はここで悩むことではない。英雄に、希望の引き金を差し出す。それだけだろう?”

 

 どくん! 心臓が一つ弾け、紅の衝動が迸る。そう、何も悩むことはない。彼は、きっとやり遂げる。自分が、それを信じなくてどうするのだ?

 

「……あなたが、『サイバスター』を目覚めさせれば、助けられるわ」

 

 気づいたときには、勝手に唇が断定を紡いでいた。

 

「何だって……?」

「姉様! そんな事を……!」

 

 アーネが色を失うが、一度提示してしまった希望を引っ込めることなどできようはずがない。紅の衝動に追い立てられるように、次々と唇が希望を紡ぐ。

 

 『サイバスター』に空間跳躍の能力があること。

 

 自分が『サイバスター』に乗り込み、『降魔弾』に直接アクセスすることができれば、『降魔弾』の発動を阻止、かつ内部で荒れ狂うエネルギーを中和できること。

 

 そして、それらを実現するためには、地上人級のプラーナを有する人間が、正しく『サイバスター』に認められた操者として乗り込む事が必須であることを。

 

 しばしの絶句。ウェンディ自身がごくりと唾を飲み込む音が、やけにはっきりと聞こえた。

 

「つまり、”今この瞬間に突然、すこぶる優秀かつ品行方正、一発で『サイバスター』に惚れられる様な地上人が召喚される”みたいな素敵な奇跡が起きねぇ限り、俺だけがおっさんやプレシア、他の人質達を助けられる……って訳か」

 

 絶句めいた沈黙を前置きに、得心成ったとばかりに正樹は軽口を叩いた。

 

 大げさな身振りで頭を振り、くっくっと喉を鳴らす。

 

「くっ……はは!! 最高だよ! この世界に来てから、色々と無茶なファンタジーを見せてもらったが、コイツは中でもとびきりだ! 何たって、俺に本気で『伝説のヒーロー』をやれって言ってるんだからな!」

 

 呆然と見つめる女二人を余所に言い放ち、正樹は整備棟全てに轟かんばかりの大笑を放った。

 

 身を捩らせ、目元からは涙を滲ませ。脳を狂気に浸食されたかとさえ感じさせる、大笑という名の咆哮。

 

「く、狂った……?」

 

 一歩身を退かせ、引き攣った喉から戦きを絞り出すアーネ。背後に従姉妹が隠れるのを感じつつ、ウェンディは正樹を凝視する。

 

 賽は投げられた。吹き始めた風は、誰にも止められない。どこに吹くのかを推し量ることもできない。

 

(今は、流れに任せるしかない……今は)

 

 ――全ての狂態に終止符を打つように、再び鉄扉を打撃する音が轟いたのはその瞬間だった。

 

 アーネが思わず身を縮め、ウェンディが息を呑む前で。

 

 びりびりと震える鉄扉に拳を打ち付けた姿勢のままで、正樹は叫んだ。

 

「さあ、他に方法も時間もねぇんだろ!? 契約の儀式、準備してくれ!」

 

 その瞳には最早逡巡も恐怖もなく。

 

 ただ自らが成すべき事、自分の求める事への一心の念が宿るのみだった。

 

 

 

 ルビッカ・ハッキネンが、銀縁の眼鏡に指先を添えていたとき。

 

 その二枚のレンズの向こうでは、水の魔装機神『ガッデス』が、まるで幽鬼の如く姿を揺らめかせながら、その外容を伸張させていた。

 

「うわあああああああ・あああ・あ・ああああぁぁぁぁぁあああっ!!!」

 

 『ガッデス』の操者、テュッティ・ノールバックの、狂気と恐慌の入り交じった絶叫が耳に届く。それを目前にして、ルビッカは自らの口元が喜悦に歪むのを感じていた。

 

「こ、殺してやる! 二度と私の目の前に現れないよう、存在の根本まで粉砕してやる! そこを動くな、ルビッカ・ハッキネェェェェェェン!!」

 

 濁流を思わせる勢いと質量で、『ガッデス』の右腕が迫る。しかし、感情に任せただけの、速度も乗っていない拳など、ほんのわずかな機動で回避できる。

 

 ああ、自分はこの声を。この激流の迸りを感じるために、こんな茶番を演じているのだ。いや、今となってはこれこそが、自分がこの世界に生きる唯一の存在意義であるとさえ言って良い。

 

 二度、三度と振り回される青の腕。しかし、その狙いはいい加減なものだ。《魔装》の扱いを心得てさえいれば縦横無尽に中空を飛び回ることができる『レンファ』にとって、そのような力任せの攻撃を回避する事など造作もない。

 

 月に魅入られ、壊れた絡繰り人形の様に踊る修道女と、そのステップを導く悪魔。自分達がそれであるならば、自分はいつか、彼女の魂をこの手の鎌に刈り取るのだろうか?

 

 いや、それは仮定ではなく必然である。我が手に刈り取られる瞬間、彼女の魂は如何なる祈りを煌めかせるのか。想像しただけで、全身の細胞が燃え上がるように奮いたつ……!!

 

 ――ぴぴ、ぴぴ、ぴぴ。

 

 突如鳴り響いた小さな電子音に、高揚するルビッカの意識が呼び覚まされた。

 

 この至福の瞬間を妨げるとは、いかな愚か者の所行か。腹の内に、黒い炎がわだかまるのを抑えつつ、ルビッカの視線は闖入音の源を探る。

 

<操者に要請。より目標に接近し、励起状態《魔装》零遷移のパターンを採取せよ>

 

 急速に、全身を巡る血液が冷却されていくような感覚。それは、彼の雇い主が事前に『レンファ』に仕込んだ司令プログラムだった。

 

「……無粋な話だ。だが、クライアントの要望には応えなくてはな」

 

 先ほどまでとは一転して、白々しさが溢れる自らの胸中を忌々しく思いつつ、ルビッカは『レンファ』を、狂乱する『ガッデス』に肉薄させた。

 

「うああああぁぁあああっ!! 死ねっ、死ねっ、死ねっ!!」

 

 咆哮と共に蒼の魔装機神が、蝿を追い散らす大猿まがいに腕を振り回す。一挙動ごとに、収束しきれていない《魔装》の飛沫が飛び散るのを横目で確かめつつ、ルビッカは『ガッデス』の腕を潜り抜け、その懐に飛び込む。

 

 《精霊殻》内のマイクを起動し、強制通信モードに切り替える。

 

「そんなに邪険にしないでくれ、テュッティ……君と私の仲だろう」

 

 自分にとって考え得る、最も柔らかく、穏やかな声音で語りかける。それだけで、彼女が一体どんな表情を浮かべるのか、手に取るように想像できる。

 

 テュッティの絶叫と共に、蒼い機影がまた一回り膨張した。魔装機神という奴は、一体どこまで《魔装》を拡大し得るのだろうか?

 

(しかし、このままではテュッティが衰弱死する危険があるな……)

 

 いかに感情を激発してプラーナを活性化させ、纏う《魔装》を増大させたと言っても、その源となるのは本人の生命力である。際限なく放出させ続ける訳にはいかない。自分の目的は、別にテュッティを殺すことではないのだから。

 

(だとすれば、ここが潮時か)

 

 既に、『ガッデス』の《魔装》のデータはほぼ取得し、当初の目的は果たした。『降魔弾』の起爆時間も近いはずだ。トラップを仕掛けて解除部隊は無力化したが、次善の策として、魔装機神隊が『降魔弾』破壊に動くのは間違いない。

 

 茫としていては、魔装機神隊に袋叩きにされた挙げ句、『エーテルストリーム』に消し飛ばされるのが落ちだ。ならば、早急にこの場を脱出しなくてはならない――

 

 ――その瞬間に起きたこと全てを、ルビッカの脳は理解することができなかった。

 

(――――ッ!?)

 

 最初彼にわかったのは、視界の端を駆け抜ける鋭角なエイの様なシルエット、そして機体を揺るがす衝撃だった。

 

 魔装機神『ザムジード』の搭載火器である精神感応制御式自律攻撃ユニット『ファミリア』によって、機体の片足を丸ごと切断され、重量バランスが崩れて落下した……彼がそこまで理解したとき、既に目の前には黄褐色の頑強な魔装機、すなわち魔装機神『ザムジード』が迫っていた。

 

「……ちぃっ!」

 

 舌打ちしつつ、振り下ろされる拳を転がって回避する。残されたイオノクラフト推進器を総動員してその場から取り離れた矢先に、ごぼんっという鈍い爆発音と共に土砂が吹き上がった。『ザムジード』の『ブーストナックル』によるものだ。

 

「『ザムジード』、リカルド・シルベイラか!」

 

 機体を翻させつつ、ルビッカは忌々しさにぎり、と奥歯を噛みしめた。

 

 

 

「チッ……外した!」

 

 もうもうと湧き上がる土埃。《魔装》を瞬間的にフラッシュさせた衝撃波でそれらを吹き散らしたリカルド・シルベイラの目には、彼の渾身の『ブーストナックル』をすり抜けて、そのまま彼に背中を向ける『レンファ』の姿が映っていた。

 

(逃がさ……いや、そんな時間はねぇか)

 

 取りあえず追い打ちに『ファミリア』を一機迫撃させつつも、リカルドは『レンファ』を取り逃がしたと確信していた。逃げる敵まで相手にしていては、『降魔弾』起爆に間に合わなくなる。それにしても、敵ながら見事な逃げっぷりと言わざるを得ない。

 

 しかし、そんなリカルドの感慨などお構いなしに、咆哮と共に追いすがる蒼の巨影がひとつ。

 

「うああああああああああああああっ!! 逃がさない、逃がさないッ……殺してやる!!」

「テュッティ!?」

 

 静謐にして優雅。時として鮮烈。それが、リカルドの知るテュッティ・ノールバックである。しかし今の彼女は吹き上がる殺意と狂気に翻弄され、その姿に普段の面影は跡形もない。

 

「おい、止せ、テュッティ! 逃げる奴を相手にしている場合じゃない!」

 

 《魔装》の飛沫を飛び散らしながら駆ける『ガッデス』の行く手を、リカルドは両の腕を大きく広げて阻んだが……

 

「邪魔を、しないでぇっ!」

 

 彼は、今のテュッティが恐慌状態にあることを失念していた。

 

「何ッ……!?」

 

 『ザムジード』の2倍近くにまで肥大化した『ガッデス』の巨腕が振り上げられるのをその目に捉え、リカルドは自分が決定的なミスを犯した事を悟った。

 

 慌てて回避しようと操縦桿を巡らすが、間に合わない。《魔装》を集中して弾いたとして、あれほどの大質量を防ぎきれるものか?

 

「テュッティーーーーーッ!!」

 

 気迫の声を、彼女の名前に変えて、リカルドは叫んだ。黄褐色の陰火が障壁を巡らせる向こうに、巨木の倒壊の如き蒼の腕が迫り、《魔装》と激突して、耳障りな破裂音を轟かせて。

 

 

 ……呆気なく、へし折れた。

 

 

「何だとぉ!?」

 

 驚愕の声を上げるリカルドの眼前で、『ガッデス』は全身を眩い光に包んだかと思うと、ぽむっという気の抜けた音と共にがくりと膝を折った。

 

 何事が起きたのか。困惑しながらも、リカルドは力無く倒れ込む『ガッデス』を受け止める。先ほどまでから一転して、酷く華奢で小さな機体。ぽっきりと折れてぶら下がる片腕が痛々しい。それは、全ての《魔装》を失った素体状態の魔装機だ。機体が操者の制御を離れ、《魔装》が乖離したのだろう……ということは。

 

「おい、テュッティ! どうした! 何があった!?」

 

 通信機に向かって怒鳴りつけるが、返答はない。最悪の予感に苛まれつつ、リカルドは『ザムジード』と『ガッデス』の機体を密着させた。

 

 《精霊殻》の緊急脱出用ハッチを開いて身を乗り出すと、ちょうどそこには『ガッデス』の《精霊殻》の緊急脱出用ハッチであるドームが見えた。

 

「テュッティ! 大丈夫か!?」

 

 『ザムジード』の《精霊殻》から伸ばしたタラップを伝い、リカルドは『ガッデス』ハッチに取り付いた。緊急開放用の呪文(限られた人間以外知らない、各機体に固有に設定されたもの)を唱えると、ハッチのドームにぴっと亀裂が走り――

 

「うあぁあああああああああ!! 逃げる、あいつが逃げてゆく! 逃がしてはダメ、殺さないと!!」

 

 狂おしい絶叫と、狂乱の形相で滅茶苦茶に操縦桿を振り回すテュッティの姿が露わになり、リカルドは息を呑んだ。

 

「あいつは生かして置いたらダメなの! 殺さないとダメ、私が殺さないと!! 殺させて! お願い、動いて、『ガッデス』! お願いだからぁ!」

 

 口元に血泡を吹き出しつつ、絶え間なく迸る狂気の咆哮。呆然とするしかないリカルドであったが、テュッティが急に喉を押さえ、咳き込み始めたのを見て我に返った。

 

「落ち着け、テュッティ! 今は雑魚を追い掛けている場合じゃねぇ!」

 

 両肩を掴み、怒鳴りつけるリカルド。狂気に侵されたテュッティは、それでもなお、吐き出した血泡を飛び散らして咆哮を上げるが、

 

 

 ぱぁん! 鋭い破裂音が轟き、その場に満ちる狂気を拭い去った。

 

 

「いい加減にしろ! お前は魔装機神操者だろうが! 何で『ガッデス』が動きを止めたのか、その理由を考えろ!!」

 

 リカルドが一喝する。目の前には、じんわりと赤みを帯びてゆく左の頬を掌で押さえ、テュッティは虚ろな視線で彼を見返した。

 

「泣きたいなら後でいくらでも泣け。辛いなら、一晩中でも愚痴を聞いてやる。だが、今は前を見ろ。俺達にしかできねぇことが、お前にしかできないことが待ってるんだよ!」

 

 ……狂乱の最中にテュッティが口にした名前、ルビッカ・ハッキネン。それは、彼女の家族を皆殺しにし、彼女の心に深い傷を抉って去った男の名だ。あの男とテュッティの間に具体的にどのような関係があり、テュッティの憎しみがどれほどのものなのか。リカルドには推し量ることしかできない。

 

 だが、彼女の心がどれだけ傷ついていようとも、今は彼女の力が必要な瞬間なのだ。何としても立ち直って貰わねばならない。それが第三者の身勝手な要求とわかっていても、リカルドにはそれを口にする以外の道はなかった。

 

 魔装機神操者の義務、『世界の危機には全てを賭けて立ち向かわねばならない』……そんなものは、強制する側にとっては張りぼての大義名分でしかない。傷ついた女性に鞭打って戦いに駆り出すことへの罪悪感が、ずしりと肩にのしかかるように感じる。

 

「時間がねぇ。先に行ってるぞ」

 

 だから、リカルドはテュッティの痛ましい姿を真っ直ぐに見ることができなかった。くるりと彼女に背を向け、『ザムジード』の《精霊殻》に逃げるように飛び込む。

 

 ハーネスを締め、地上の愛機に似せたコンソールの操縦桿を握りしめる。苦みを交えたプラーナが操縦桿を通して機体の全身を駆けめぐり、魔装機神『ザムジード』が覚醒する。

 

 ――地平の先で膨れあがった紫の光が、彼の目を貫いたのはその時だった。

 

 紫の光は、『降魔弾』発動の輝きだ。それはつまり、遂にタイムリミットが訪れてしまったことを意味する。

 

「――始まっちまったか!」

 

 舌打ちして、リカルドは『ザムジード』を駆けさせた。

 

(俺達が行くまで、くたばるんじゃねぇぞ……ヤンロン!)

 

 

 

 

 遂に『降魔弾』が発動し、紫の陰火が天を突いて燃え上がる下で。

 

 『砂嵐のソルガディ』、『砂のラ・ウェンター』、『霧のラストール』、『電光のディンフォース』、『森のディアブロ』、『雪のザイン』、『氷のファルク』……魔装機神隊に所属する正魔装機が、次々と舞い降り、『降魔弾』周囲に円を描いて陣を組む中で。

 

 円陣の中央に舞い降りた『火のグランヴェール』の操者、ホワン・ヤンロンの声は、『降魔弾』の低い駆動音を引き裂いて轟いた。

 

「これより、『降魔弾』を破壊する! 破壊の余波で衝撃波が発生するため、魔装機神隊以外の人間は、戦闘員・非戦闘員問わず直ちにこの場を退避しろ!」

 

 そんな、常日頃より冷静さを売りとするヤンロンの、しかし今は焦燥の混じった声の下、プレシア・ゼノサキスは半ば呆然と、立ち並ぶ機神の群れを見上げていた。

 

(ヤンロンさん、一体何を言ってるんだろ?)

 

 声は確かに耳に届いた。だが、それは文字列の形で脳に焼き付いたに留まり、プレシアはその文字列に意味があることを理解できなかった。

 

(何で? 魔装機神なら、こんな爆弾くらい、簡単に壊しちゃえるんじゃないの?)

 

 それは、神聖ラングラン王国に生きる人間の大半が、漠然とではあるが抱いている幻想だ。魔装機神は、あらゆる危機から人々を救済する絶対力として君臨する。あまねく災厄から人々を守護する《調和の結界》と同種の存在。それが、プレシアの……そしてその場に居合わせた、『ジラドス』兵士を含むほとんどの人間の認識である。

 

 だから、人々は紅の魔装機神、『火のグランヴェール』が舞い降りた時、歓声を上げてそれを迎えた。そして、魔装機神隊の姿を目にした瞬間、このまま自分たちにはあまねく救済の手が施されると、どこかで確信していた。

 

 だから、人々には、ヤンロンの言葉が理解できなかった。

 

「ひ、ひひひひ……ひゃあっはぁ! こりゃいいぜ。遂に魔装機神隊は、人質を見捨てることを選んだ訳だ!」

 

 最早聞き飽きるほどに聞いた声だったが、プレシアは振り仰いで、『ルジャノール』の上でげらげらと笑うガスパ・アルバレツを見やった。

 

「まあ、しょうがねぇよなぁ? このまま放って置いたら『降魔弾』が発動して、周辺空間は千年人の生きられない世界になる。それに比べりゃ、装置破壊の『エーテルストリーム』の方が、いくらかましってもんだもんなぁ? 人質は最初から死んでいたと思えばいいわけだしなぁ!」

 

 言い捨て、ガスパは高々と笑い声を響かせた。人々は紫色に燃え上がる『ルジャノール』頭上の彼を見やり、またその上空に描かれつつある光の文様を見やる。

 

 アストラル空間から存在を破壊し、その効果は数千年もの間、あらゆるものの存在を許さない。究極の破壊魔術『消滅演算』。空中に徐々に像を結ぶ光の文字は、解き放たれたが最後、触れたあらゆるものを消し去ることだろう。

 

 そして、彼らの目の前で、その破滅の文字は完全な姿を現そうとしている!

 

「そ、そんな、嘘でしょう!?」

「俺達は国から見捨てられたのか!? そんなのないだろ!」

「おい、あいつの言う事は本当なのか!? あんたらは、俺達を見殺しにするのか!?」

 

 人々の胸で、絶望と恐怖が沸騰した。地に崩れ落ち、大地を拳を幾度も打ち付ける者がいる。頬に爪を立てつつ絶叫する者がいる。立ちつくし、涙をぼろぼろと零しながら、げらげらと笑う者がいる。入れ替わり、立ち替わる希望と絶望に耐えられず、理性の糸が焼き切れてしまったように。

 

「さあ、これで全部終わりだ! みんな仲良くあの世に行こうぜぇ!!」

 

 両腕を天に翳して天を仰ぎ、ガスパが叫ぶが。

 

 

「希望を捨てるな! まだ、可能性は残されている!」

 

 

 凛と張った涼やかな声が駆け抜け、沸騰する心に冷水を浴びせかけた。

 

「私は、国土防衛局長官のビルセイアだ! 人質の諸君、落ち着いて聞いて欲しい」

 

 その声は、『グランヴェール』を始めとする、その場に居合わせた全ての正魔装機から鳴り響いていた。指揮車両『アナンテ』のフェイルロードが、各魔装機に繋がった通信回線を経由して、自らの声を送り届けているのだ……などという裏事情は、その場に居合わせた人間にとってはどうでも良いことではあったが。

 

「確かに、『降魔弾』を破壊することで、致命的な衝撃波が発生するのは本当だ。しかし、今諸君の目の前にある魔装機は、その衝撃波を食い止めるために集まっている。その身を呈し、諸君の生命を守ろうとしている……自らの意思で、だ!

 彼らとて、果たして衝撃波を防ぎきれるのか、その確証はない。諸君の生命を絶対に保証することもできない。彼らの生命でさえ、保証できない。だが、彼らはそれでも諸君の盾となろうとしている!」

 

 誰もが……プレシアやゴルドはもちろん、元凶たるガスパでさえもが、全部で九機の正魔装機を見上げ、フェイルロードの言葉に聞き入った。その言葉の端々に宿る苦渋と悔恨、自責の匂いを感じ取った。

 

「だから、諸君も行動して欲しい。諸君にできることは、魔装機神隊の邪魔にならぬよう、そして少しでも衝撃波の影響から逃れるため、『降魔弾』から離れることだ。彼らの想いを無駄にせぬよう、可能性を少しでも高めるために……一刻も早く……走ってくれ!!」

「そうだ、早くここを離れろ!」

「あたし達が、何とか護って見せるからさ!」

 

 フェイルロードの哀願にも似た声を聞いてもなお、人々は顔面に困惑を浮かべたままだったが、口々に脱出を促す正魔装機操者、そして今一度「走れ!」と言うフェイルロードの声に、ようやく自らの成すべきに思い至った。一人、また一人と駆け出し、それはやがて津波のようなエクソダスへと変容する。

 

 しかし、その中で唯一、足を動かすこともなく、呆然と立ちつくす人影があった。

 

「バゴルドさん! 早く逃げないと、間に合わなくなるよ!?」

 

 そんなゴルドを見とがめたプレシアが、彼の袖をぐいと引っ張るが、ゴルドは弱々しくかぶりを振った。

 

「……全ての元凶は儂だ。今更、誰も逃げることなど許さんだろう。儂は、このまま『降魔弾』に裁かれるべきなのだ」

「そんなこと事ない! 誰も死んじゃった方がいい事なんてないもん! 死んじゃった方がいいなんて事……あたし、あたし絶対、嫌だもん!!」

 

 ゴルドのそれを打ち払うようにぶんぶんと首を振り、ゴルドを引っ張る少女。何故、この少女はこんなにも他人に熱心でいられるのか……そんな想いが駆け抜ける端で、ゴルドは彼女の父親の声を聞いた。

 

 見ると、人質の市民の一人が、拳銃で撃ち抜かれた足を引きずる『ジラドス』兵士に、肩を貸しているゼオルートを咎めていた。

 

「《剣皇》様!? 一体何を。そんな『ジラドス』の兵士なんて放って置けば……」

「彼らとて、今生きている人間には違いありませんよ。それに、彼らはもう投降しているのです。ならば、こんな爆弾ではなく、法の裁きで正しく裁かれるべきでしょう?」

 

 言ってゼオルートは、「あなたも手伝ってくれませんか? 私一人では間に合うかどうか危ないので……」と悪びれもせず微笑む。

 

(やはり父娘……英雄の血統か)

 

 ゼオルートを非難していた男が、渋々ながら『ジラドス』兵士の腕を取るのと、自分の側で袖を引き続ける《剣皇》の娘を交互に見て、ゴルドは思わず苦笑を漏らした。

 

 自分が一人で死ぬのは構わない。だが、このまま自分がここに居残っていては、この勇敢な少女まで巻き添えにする可能性が高い。この様子では、手遅れになるまで自分にまとわりつきかねない。

 

(逝くのは、今すぐでなくても構わんか)

 

 内心呟き、ゴルドは少女の引く手に従い、駆け出した。

 

 

 

「エル・エラ・ヴィン・サイフィス! 汝、風の司『サイバスター』よ。我、今一度汝に願い奉る! 我を受け入れ、共に調和の徒とならんことを!」

 

 王座に沈む白銀の巨神の前で、安藤正樹の『誓約の言葉』は、魔装機整備棟の壁に幾重にも反響した。

 

 ウェンディ、アーネ、そして居残っていた数人の技術者達が固唾を呑んで見守る中。

 

 ……誰もが、恐らくそうなるであろうとどこかで確信していた様に、『誓約の言葉』は白銀の機神に染み入ることなく、中空に溶け消えた。

 

 あちこちで、落胆の声が漏れる。アーネが、ほれ見たことか、という表情を浮かべた後に、ウェンディが表情を揺るがせないことに訝しむ。

 

 そして、当の正樹は。

 

「……なんでだ!」

 

 古来の様式に飾られた『誓約の言葉』とは一転して、感情がそのまま空気を震わせるような疑問を放った。

 

「お前が動かなかったら、人も、サイツェットの生き物全ても、みんな何もできないままに死んでしまうんだ! お前が動けば、それをみんな救えるってのに、お前は動こうともしないのか!?」

 

 怒鳴りつけた。一歩、二歩と思わず足が前に踏み出され、腹から、喉から、獅子の咆哮、猛禽の   を思わせる叫びが迸る。

 

「なあ、お前はこの世界の全てを護るために生まれたんだろう!? なら、今こそお前が動くべき時じゃないのか!? 今動かなかったら、お前は一体何のために生まれたんだよ!

 今だけでいいんだ! 何なら、俺のプラーナを根こそぎ持っていっても構わねぇ! だから、頼む、『サイバスター』! 一度でいい、俺に力を貸してくれ!!」

 

 そう叫んだ瞬間、アーネの魔力視(グラムサイト)には、正樹の纏うプラーナが竜巻の如く立ち上り、『サイバスター』へと迸るのが見えた。

 

 これ程までに、人は強大な感情を燃え上がらせる事ができると言うのか。それができるならば、確かに正樹は、全界において最も魔装機神『サイバスター』に相応しい人間ではなかろうか。正樹を憧人の敵として忌むアーネにさえ、そう思わせるプラーナの迸り。

 

 だが、それでさえも。

 

「駄目だ……」

 

 ウェンディが思わず呟いてしまった言葉の通りに。

 

 白銀の魔装機神へと疾ったプラーナの奔流は、正しく堅牢な壁に打ち付けられた暴風のように、うち砕かれ、吹き荒れ、そして、中空に……溶け消えた。

 

 思わずアーネが落胆の息を漏らしたのを皮切りに、人々の心に失望と絶望が忍び込む。

 

 これで、バナン市に居合わせた人質達の生命は潰えた。ラングラン最大級の州の首府は消滅し、それがどれだけ人々の生活を脅かすのか想像も付かない。

 

 もう、どうしようもない。人々が、胸中で無力感を弄ぶ中で。

 

 アーネは、奇妙な声を聞いた。

 

「く、くく……ふ、ふふふ……」

 

 魔王の封じられた壺の蓋を開けたら、この様な声が聞こえるのだろうか。それは確かに『笑い声』ではあったが、『笑う声』ではあり得なかった。

 

 一体何が、こんな地の底から響くような笑いを上げられるというのか。アーネの視線が彷徨い、ウェンディの厳しく引き締められた目元が示す方へと向けられる。

 

 そして、彼女は見た。

 

 俯き、立ち尽くしながら。拳から血が伝い落ちる程握りしめ、肩を震わせ、口元を笑みの形にぐいっと歪める少年の姿を。

 

 魔王の含み笑いは、今し方『サイバスター』に拒絶された安藤正樹の口から漏れ出ていると、アーネの視覚は認識していた。だが、それを脳が理解するまでには数十秒を要した。

 

「く、くくくくく……そうか、お前はそんなに俺が嫌いか。自分に与えられた役目を放棄してでも、俺を受け入れるのは嫌だってか……」

 

 ぎゅっ、ぎゅっ。俯いたまま。拳を握りしめたまま。呆然を通り越して戦慄するアーネ達をよそに、正樹がゆっくりと足を進める。

 

 ふと、その歩みが止まる。くっと身を屈め、足下に落ちていた何かを拾い上げる――誰かが置き忘れた、作業用の大型レンチ。

 

 手の中のレンチをしげしげと眺め、正樹は今度は満足げな笑みを浮かべ、再び歩みを進めた。そして程なく目的地……魔装機神『サイバスター』が座する台座の真下にたどり着く。

 

 ……空気が流れを止めたかのような静寂が、魔装機整備棟を支配する。一体、彼は何をするつもりなのか。手の中のレンチは何を意味するのか。誰も、彼の意図を理解できない。

 

 だが、そんな疑問も、次の瞬間には各々の脳から消し飛んでしまっていた。

 

「ああ、『サイバスター』、てめぇの考えはよくわかった!! 俺はもうてめぇに認められようなんて考えねぇ!!」

 

 顔を上げる。咆哮する。そして、弾けるように駆け出す。正樹は三つの行動を同時にやってのけた。

 

(!?)

 

 アーネが息を呑む前で。整備員達が驚愕の声を上げる前で。そして、ウェンディの目が細められ、口元が満足に歪められる前で。

 

 正樹は、『サイバスター』に据えられた整備用タラップを駆け上がり、瞬く間に胸部に露出する《精霊殻》ハッチの正面によじ登った。

 

「バッ……な、何を……っ!!?」

 

 驚愕に舌が回らないアーネ。ただ黙して見守るだけのウェンディ。騒然とする整備員。誰もが今になって、彼が一体何をしようとしているのかを悟った。

 

「全てを救えるジョーカーをブタにしちまう様な『意志』なんか必要ねぇ!! クソ惚けたてめぇの『意志』に引導渡して、俺がてめぇの力を使ってやる!!」

 

 がん! 片足をハッチの球面に蹴るように叩きつけ、絶叫と共にレンチを……『鈍器』を振り上げる。

 

「や、やめ、そんな事したら……!!」

 

 アーネが掠れた声で制止するが、聞こえるはずもなく。

 

 整備員達の怒号と罵声のミックスも、彼まで届くはずもなく。

 

 そしてウェンディが、静かに……不自然なまでに穏やかに、彼の成すを見つめる中。

 

「お前の力を寄こせ、『サイバスター』!!」

 

 正樹が吼え、レンチが振り下ろされ、《精霊殻》に激突して。

 

 そして、魔装機整備棟は、白銀の輝きで満たされた。

 

 

 

 ……意識を失っていたのは、数秒のことだったろうか。

 

 ウェンディは、光に眩んだ目を瞬かせながら、自らの周囲を見回した。

 

 一体今の光は何だったのか? 一体何が起きたのか? わけがわからない。自分が一体、何をしていたのかも。

 

「あ、アーネ? 起きなさい……大丈夫?」

 

 失神し、床にのびている従姉妹を抱き起こし、頬をぴたぴたと叩く。アーネは銀色の眉を顰めて二・三呻きを上げると、うっすらと目を開いた。

 

「ね、姉様……『サイバスター』は……マサキ・アンドーはどうなりました?」

「え!?」

 

 従姉妹の言葉で思い出した。光が世界を満たした瞬間、正樹は『サイバスター』の《精霊殻》外部ハッチの前に立っていたはずだった。

 

 思わずアーネを放り出し(呪詛の声が聞こえたが、構っている暇はなかった)、ウェンディは『サイバスター』を見やる。一見『サイバスター』に異常は無い様に見えた。正樹にレンチを打ち付けられた箇所にも、傷一つ付いていない。元より、工具程度の硬度で、神鉱石(オリハルコニウム)合金が損なわれることはあり得ない。

 

(……マサキは!?)

 

 『サイバスター』の《精霊殻》の前に、地上人の少年の姿は無かった。

 

(まさか、光に驚いて振り落とされたんじゃ……)

 

 座った姿勢だとは言え、《精霊殻》と地表までは10ゴーツ(約17メートル)近くもある。落ちたらただではすまない。恐る恐る白銀の機神の台座へと目を移すが、そこにも彼の姿は――原型を維持していない肉塊についても――無かった。

 

 思わず安堵の息を吐きつつ、ウェンディは首を捻った。それならば、一体正樹はどこに消えたのだろうか? 閃光からせいぜい2~3分。この間に、人間が一体どこに消えるというのか?

 

 ……思い当たる場所は一つしかなかった。それは事前の状況からは考えにくい事ではあったが、逆にそここそが、彼女としてはもっとも納得のいく場所でもあった。

 

(『サイバスター』が、マサキを取り込んだ。資格あり、と認めたんだわ)

 

 ウェンディは視線を、『サイバスター』の腰部……《精霊殻》の位置する半球へと定めた。

 

 彼女の予想が正しければ――それは既に彼女にとって確信であったが――安藤正樹は今、その中で『サイバスター』の示す試練を受けているはずだった。

 

 

 

 その時ガスパ・アルバレツは、その胸中を達成感に満たしていた。

 

 幾人もの同志の犠牲を払い、幾多の脅威に脅かされながら。遂に自分は、この時この場所に立ち至った。

 

 目の前で円陣を組むように立ち並ぶ正魔装機。彼らによって、『降魔弾』は破壊されるだろう。しかし、破壊時に発生する『エーテルストリーム』は、少なくとも通常の正魔装機……シュテドニアス流に言うならBクラス魔装機を破砕し、魔装機神にも無視できない損傷を与えるに違いない。

 

 そして、魔装機を纏わぬ一般人達は、考えるまでもなく命運尽き果てている。魔装機神が盾になると豪語しているが、『エーテルストリーム』の余波のほんの一部の迸りでさえ、生身の人間を殺傷するには十分だ。つまり、神聖ラングラン王国は、人質を見殺しにし、正魔装機の大半を失い、サイツェット州の経済圏の中枢をも失うのだ。

 

 無論、テロによる被害であるとして、国際的な同情を得る可能性も高い。だが、現在のラングラン王国は魔装機神開発の結果、国際的に孤立している。周辺諸国……ことに国境を隣接するシュテドニアス諸国連合やバゴニア共和国は、”魔装機開発という世界的脅威の創造に起因する、自滅的治安崩壊”であるとぶち上げて、周辺諸国の感情をより反ラングランへと傾け、またラングラン王国国内における、国家への不信感を煽ることだろう。事実、その為の煽動者達は、既に各地で活動を開始している。

 

 もはや、勝利は疑いない。この破壊は、確実にラングランという忌まわしい古代の化石を打ち砕く、最初の楔となるだろう。そして、世界は変化を忌む二万年の呪縛から解き放たれるのだ……!

 

「そこの包帯の男! すぐにそこから離れろ!」

 

 ガスパを恍惚から現実に引き戻したのは、真紅の魔装機神『火のグランヴェール』の声だった。

 

 他の正魔装機が『降魔弾』……厳密にはそれを内蔵した『ルジャノール』三機を中心に円を描いて並ぶ前に立ち、両肩の龍を模したかのような砲座の銃口をぱっくりと開き、その奥の深淵を覗かせている。

 

 ガスパの記憶が正しければ、その龍型の砲座は、『グランヴェール』の最大火力、極大の火のアートカノンである『カロリック・スマッシュ』の発射口であった。そこから迸る熱素の奔流は、操者が不在の上に(シュテドニアス流に分類するなら)D級魔装機である『ルジャノール』など、一瞬で蒸発させるエネルギーを有するはずだ。無論、その時はガスパ自身も跡形もなく消し飛ぶことは間違いない。

 

「お前の立っている機体は『降魔弾』の中枢だ! 今すぐ退かなければ、お前もろとも破壊せざるを得なくなる!」

 

 明らかな焦燥を纏って『グランヴェール』は続けるが、その意識がガスパではなく、その頭上に描かれている巨大な魔法陣……『降魔弾』によって描かれた『消滅演算式』に注がれているのは明らかだった。

 

 ガスパの素人目でも、禍々しい紫の燐光を放つ魔法陣が、間もなく完成するであろうことが見て取れた。もはや、完成まで1分とかかるまい。それはつまり、『降魔弾』であれ、『エーテルストリーム』であれ、はたまた『グランヴェール』の制裁であれ、いずれにしても1分以内にガスパ・アルバレツの生命も途絶えるということを意味している。

 

 ――死。それは消滅。ラ・ギアスの人間は、殆ど全てが死後の世界や転生という概念が、幻想に過ぎないことを知っている。死の先に希望はない。何物を得ることもない。絶対無への回帰。

 

 唯一それを覆す説を唱えるのが、背教たるヴォルクルス信仰である。彼らは完全な破滅の後、沸騰するカオスの中から新世界が誕生するという伝承を語り、不完全な現在世界を破壊することを信者の使命と説く。

 

 ガスパは、そのような胡乱な信仰に身をやつすことはしなかったが、混沌の中から新たなる価値ある物が誕生するという思想には、共鳴するところがあった。

 

 技術を独占し、管理する《練金学教会》。暴走する無軌道な力を抑制し、中和する《調和の結界》。厳格な階級的身分制度。調和、安定、抑制……全てが、カオスの揺らぎを最低限度にまで抑えるために作用している。ラングランとはそう言う場所だ。

 

 息が詰まりそうな閉塞感。ラングラン辺境に生まれたガスパは、幼い頃から秩序溢れるラングラン世界に憎悪を滾らせていた。

 

 何故、制限されねばならないのか。何故、自由に生きることが許されないのか。

 

 力も、思想も、生き方さえも、身分階級の模範的生き方から逸脱することを忌む世界。彼はそんなラングラン王国を許せなかった。破壊したくてたまらなかった。

 

 だから、ガスパは『ジラドス』に参画した。それがラングラン王国の政治体制を変革することを旗印にすることや、あまつさえ『ジラドス』自身がシュテドニアス諸国連合の特務部隊『デオ・シュバイル』の外部実行組織であることでさえ、ガスパにとってはどうでも良いことだった。彼は、今の世界を徹底的に破壊して、何か違うものが生まれればそれで良かったのだ。

 

 彼の活動によって、今、ラングラン王国は大きく揺らいでいる。《調和の結界》と《転送ハイウェイ》によって構築され、不可侵とまで言われた国家防衛網が、自ら生み出した巨大兵器、魔装機によって崩壊しようとしている。

 

 更に、慢性化した魔装機による破壊活動、そしてそれを鎮圧するために出撃するラングラン魔装機の姿は、全世界に報道され、魔装機という、ラングラン王国のもたらした恐るべき兵器の威力を見せつけている。

 

 もし、同じような破壊活動が自らの国で生じたら? そして、万が一にでも、ラングランがあの圧倒的な威力の魔装機で、往年の権威を取り戻そうと世界制覇に乗りだしたりしたならば? シュテドニアス諸国連合が主導してのプロパガンダの効果も手伝い、今やラ・ギアスの国家で、神聖ラングラン王国に対し疑心を抱かない国家はないと言っても良い。

 

 そして、間もなく大地を満たす閃光。これによってラングラン王国の力の中枢である正魔装機は壊滅し、更にラングラン王国中最大の面積を誇り、同時に耕地面積の広さからラングラン最大の食料生産地たるサイツェット州は、その中枢であるバナン市を喪失する。

 

 中枢が消滅すれば、当然統制された流通網は物資の行き先に迷い、どれだけ手を尽くそうと、復旧には数ヶ月を要する。

 

 数ヶ月の混乱。不可侵の城壁に走る、一つの亀裂。ラングラン王国が独占する神鉱石(オリハルコニウム)鉱脈や、肥沃な穀倉地帯。トロイア州とディムール州を結ぶ、海運のモセス海峡。それらを虎視眈々と狙うシュテドニアス諸国連合が、この隙を逃す筈もない。

 

 この瞬間から、世界は激震する。自分の一手を契機として。

 

 だとすれば、緑の正魔装機によって破壊され、サイボーグ化したにも関わらず、あと一月程度しか生き延びられない命などに、固執する意味などどこにあるだろうか?

 

「よ~お、ご苦労なこったなぁ、魔装機神?」

 

 どちらにせよ死ぬのなら、このまま黙って死神の鎌を待つのも良い……とは思いつつも、その時ガスパは、満面の笑みを浮かべて、紅の魔装機神と相対していた。

 

「悪いなぁ。俺は元々、コイツを爆発させるために来たんだ。だから、何が何でもここをどく訳にゃいかねぇんだよ」

「馬鹿な。死ぬぞ!」

「馬鹿はてめぇらよ。こんな自爆テロやろうとするヤツが、今更自分が死ぬことを気にすると思うか?」

 

 嘲笑するガスパ。魔装機神は、重犯罪者の俺の命でさえ、救おうというつもりらしい。まったく、とんでもないお人好しの集団だ。

 

「俺は、もうここから動かねぇ。てめぇらが人質共を救いたいなら、俺を殺して『降魔弾』を破壊しなきゃならねぇな。

 

 さあ、殺せよ!! 俺はもう抵抗しねぇ。無抵抗の俺を殺さなきゃ、お前らは世界を救えねぇんだ!!」

 

 両腕を大きく掲げ、ガスパは真っ直ぐに魔装機神『グランヴェール』を睨み付けた。

 

 『グランヴェール』が、一瞬ちらりと上空の魔法陣を見上げた。例え敵とは言え無抵抗の人間を殺す事と、自らが果たすべき役目を天秤にかけたのだろうか。

 

「……わかった」

 

 視線を戻した時、『グランヴェール』は迷い無く、決然と答えた。

 

 龍型を模した両肩の砲塔から、熱素独特の真紅が膨れ上がる。

 

「そうだ、それでいい! だが、忘れるなよ。今、お前らは無抵抗の俺を殺して世界を救う。どんなに題目を並べ立てたとしても、お前らは殺さずに世界を救えねぇ!」

 

 真紅の膨張を凝視しながら、ガスパはげらげらと笑う。

 

「所詮、お前らもただの壊し屋、ただの人殺しなんだよ!!」

 

 その言葉と、熱素の真紅は同時に迸って。

 

 

 ガスパ・アルバレツは、消滅した。

 

 

 

”――!!”

 

 背後で、巨大な力が沸騰したのを感じ取って。

 

 思わずプレシア・ゼノサキスは走る足を止め、振り返った。

 

「――ッ!! 痛ッ」

 

 瞬間、両目を貫いた痛みに、プレシアは両目を押さえて身を折った。ぼろぼろと零れる涙の合間から、おそるおそる薄目を開き、一体何が起きているのかを確かめる。

 

 目を灼いたのは、『降魔弾』が爆発した瞬間の閃光であったと知れた。ちかちかと視界を惑わせる光の焼き付きに苛立ちつつも、プレシアの目は爆心地へと注がれる。

 

 そこは、正しく万色の世界だった。膨れ上がる金色の奔流。それを取り囲み、包み込むように虹色の膜を張り巡らせる魔装機達。虹色は金色に触れる端からばちばちと火花を散らして消滅し、九体の魔装機は絶え間なく《魔装》を、虹色の膜へと注ぎ込む。

 

「うおおおおおおおおお!!」

「ああああああああああ!!」

 

 九人の咆哮が唱和する。しかし、如何に気力を高めたとしても、『エーテルストリーム』の威力は圧倒的だった。瞬く間に、正魔装機の装甲が剥がれ、溶け落ち、引き裂かれる。

 

「く、うぁあう!」

 

 片腕のへし折れた『雪のザイン』が、最初に膝を折った。とっさに隣の『森のディアブロ』と『砂のラ・ウェンター』が支えに入るが、その僅かな時間だけで、防ぎ損なって漏れ出た『エーテルストリーム』は、『ザイン』の片足を引きちぎり、大地に深々と傷を抉って駆け抜けた。

 

「きゃ……」

 

 一瞬遅れて、エネルギーの余波である衝撃波が、プレシアの身体を打ちのめした。イオン化した空気の匂い。肌を焼く熱した粒子。沸き上がる恐怖。悲鳴と怒号が頭上を飛び交う。

 

 幸い、漏れ出たエネルギー波はプレシアのいる場所から大きく離れた向きに駆け抜けたようだった。だが、もし直撃を受けたら、どうなるかは想像するまでもない。あちらの方向に逃げた人々は大丈夫だろうか……?

 

 ――他人の心配をしている暇は、すぐに無くなった。『雪のザイン』が欠けた事で均衡を欠いた《魔装》の障壁は、あちらこちらで破綻の兆しを見せていた。

 

 戦闘で中破していた『陽炎のジャオーム』の肩アーマーが吹き飛び、ばらばらと破片を撒き散らしながら宙を舞う。『氷のファルク』の片腕が熔け落ち、『電光のディンフォース』の頭部がひしゃげる。損傷の重い機体、操者の経験が浅い機体から順に、限界を迎えつつあるようだった。

 

 魔装機が限界を迎えようとも、『エーテルストリーム』の奔流は、未だその勢いを失っては居なかった。荒れ狂う金色のエネルギーは、徐々に弱まってきた《魔装》の膜を押し返してゆく。一歩、二歩と魔装機が後退し、破壊の波の優勢は明らかになろうとしていたが。

 

「すまん、遅れた!」

 

 膝を折った『雪のザイン』の背後を『大地のザムジード』が支え、

 

「みんな、ごめんなさいっ!」

 

 『陽炎のジャオーム』には、片腕をへし折られたままの『水のガッデス』が入れ替わる。

 

 『ザムジード』と『ガッデス』が各々の《魔装》を展開すると、防護膜の厚さが倍増したかのように膨れ上がった。

 

「限界が来た機体は後退しろ! あとは魔装機神で何とかかたをつける!」

 

 ヤンロンにそう言われても、引き下がる者はいなかった。万一ここで後退して、防護障壁が破れたならば、限界の来た魔装機では耐えきれない。

 

 そうして、魔装機操者達が自らの生命の限界までプラーナを放出し、自分たちを護っているのを呆然と見つめながら。

 

 プレシアは、何もできず、ただ逃げ出すことしかできない自分が悔しくて、悲しくて……胸がたまらなく痛かった。

 

 

 

 安藤正樹にとって、その感覚は少なくとも二度目にあたる。

 

 上下左右の感覚がなく、何の確たる存在に触れることはできない。空間の『密度』に違いがあるのは感じ取れるのだが、具体的にそこに何があるかと言うと……今回が二度目でありながら、ふさわしい表現が見つからなかった。

 

 そこは、初めて『陽炎のジャオーム』に乗り込んだ時と同じ場所だった。正確には、極めて酷似した場所だった。

 

 敢えて違いを挙げるとすれば、空間がより『密』であるという甚だ曖昧な表現しかできなかったが……正樹には、そこが前に訪れたものと微妙に異なるものである、ということだけは確信できた。

 

「ここは、『サイバスター』の《精霊殻》か?」

 

 直前の状況から照らして考えるに、それ以外の状況は考えにくかったが、それでも正樹は半信半疑を拭うことはできなかった。まさか本当に、たかがレンチの一撃だけで、『サイバスター』が機体の支配権を譲ったなどということはあるまい。

 

【そうだな。そんな風に考えられたら、こっちとしても不本意だ】

「……ッ!?」

 

 突然響いた声に、正樹はとっさに身を翻した。身を屈める。拳を固める。全神経を、空気の流れに解放する。

 

【おいおい、気持ちはわかるけどな。そんなにいきなりやる気になられても困るぜ】

 

 苦笑混じりの声の主は、すぐに見つかった。身長はやや高め。肉付きは細身だが引き締まっている。衣装は、シャツにジーンズ、そしてジャケット。顔立ちは、まあ贔屓目に見たなら二枚目と言っていいだろう。

 

 ……気に入らない。それが、正樹の第一印象だった。

 

 顔立ちが……気に入らない。中途半端に気取ったポーズが気に入らない。衣装も気に入らない。全てを判っているかのような、そして無知な正樹を哀れんでいるような表情が、何より気に入らない。

 

「……ふざけるなよ」

 

 思わず、険にまみれた声がこぼれた。

 

「テュッティの時に、小さい頃の自分が見えたって話は聞いた。それもいい加減悪趣味だと思ったけどよ……こいつはちょっと格別だな」

【それはまた、ご挨拶なこって】

 

 舌打ちしながらの正樹の言葉に、声の主は大げさに肩を竦めて見せた。

 

「俺がまだ、ガキから抜け出せてないって嫌味か? それともまた別に、ご大層な理由があるのかは知らねぇけどよ」

 

 飄々とした様子の『声の主』に対して、正樹は苛立ちを隠そうともしない声で、問いかけた。

 

「あんまり、自分自身の姿を馬鹿正直に真似されると、俺としてもあんまり気分のいいモンじゃなくてな。……何の真似だ、『サイバスター』?」

 

 言われて、安藤正樹の姿を模倣した『サイバスター』の幻像は、一種正樹をからかうようにも見える、不敵な笑みを浮かべた。

 




 当時の記録によれば、『ナメック星爆発15分前が一月続いているのに似ている』とコメントをいただいたらしい第十三話です、よろしくお願いします。

 このシナリオのモデルとなった『魔装機神の名にかけて』は、三体のやけに防御の堅いルジャノール改を、MAP兵器でまとめて吹き飛ばさなければいけないという制限のあるステージでした。
 エーテルストリームによる爆発と、それを押さえ込む魔装機神隊という構図は、それを物語に押し込むために組み込んだものです。今から見てもこれは悪くなかったんじゃないかな?

 テュッティとルビッカの戦いについては、原作において彼らの確執がしっくり来なかったので、テュッティの憎悪を徹底的に激しくする方向で描写した記憶があります。激怒している顔が一番美しい……というのは私が今でも結構好きな描写で、最近では水星の魔女のミオリネがその属性を持っていて好みですね。面白いです、水星。

 次は第十四話、『魔装機神の名にかけて』編の決着編です。
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