Ⅰ
汝、風の司よ、汝は生を望んだ。
”我”は汝の存在を求めた。
されど、汝は死すべき運命にあった。
故に、我は汝を救った。
しかし、生命の代償はまた生命で贖われる。
汝、風の司よ。還魂の約定に従いて、調和の使徒となるべし。
心せよ……。
※
「ふざけるなッ! 何だか知らないが、勝手に決めるんじゃない!」
自らの怒号に、正樹の意識は覚醒した。
最初に知覚したのは、白い天井。続いて、消毒薬の独特の刺激臭。そして、自らを抱く、程良く堅いベッドの感触。
”保健室……? いや、俺、もう学校辞めたんだったな。それじゃ、病院か?”
疑問を弄びつつ、身を起こす。周囲に視線を巡らせると、そこが8畳ほどの広さの個室である事が知れた。無針注射器固定具であろうリングが左腕に巻かれ、そこから伸びるチューブが、ベッド側の点滴台に繋がっているのが見える。
その時になって正樹は、自分の衣服が見覚えのない、病院の検査服のような物に変わっていることに気がついた。
”ますます病院めいてきたな”
正樹は一人ごち、点滴を取り外した。見たことのない形式の点滴装置だったが、案外容易に着脱可能である。
”くぅ、体力が落ちてるな……どのくらい眠っていた? 俺は”
筋肉の反応や、握力を確かめつつ、ベッドから降りる。
”それ以前に、何で俺は病院にいるんだ? 確か俺は……”
巨大PTの攻撃に巻き込まれて、吹き飛ばされた。直撃でこそなかったが、あの状況で生き残れると思うほど、正樹は脳天気ではない。
”思い出せ……正樹。あのとき、何があった?”
爆発の瞬間、正樹は爆風に弄ばれる中、怒りに絶叫していた。そして爆炎の中心に吸い込まれた筈なのだが、それに前後して意識が途切れている。
”……ク、頭が……痛む、な”
記憶の層を掘り起こそうとしても、返ってくるのは否定のみ。やがて病み上がりの脳は酷使に反抗し、鈍痛を返答に添え始めた。
新鮮な空気が欲しい。正樹は記憶の発掘を諦め、窓際へと歩みを進めた。
窓は両開きで、木製の枠に曇りガラスをはめ込んだものだった。正樹は鍵を外し、そっと扉を開す。すう、と、清涼な風が吹き込んできた。
”ああ、いい風だな。不思議な、感じだ”
その風は、正樹が今まで感じた風の、いかなるものとも異なった感触を有していた。
木々の臭い、人の臭い、穏やかな感情。そして、あまりにも桁違いの、生命力。正樹は窓から半身を乗り出し、その心地よい風に身をさらそうとし……
”……!? なんだ、あれは!”
そして、目の前に広がる光景にその目を見開いた。
その部屋は、小高い丘の上に立てられた、欧州文化圏に近い建築物の一画だった。眼下には草原が広がり、その所々にぽつりぽつりと点在する小さな家屋を経て、彼方の森へと続いている。その森は遙か彼方の山地まで続き、山地の裾野を取り囲んでいるのが見て取れた。そしてその山地は延々と伸び、雲の中へと消えている。
”地平線が、無い!?”
そこは、まるで巨大なすり鉢の底のように見えた。丁度、曲面の内側に張り付くように広がる地表は、一見衛星都市の光景を思い起こさせたが、正樹はそれを即、否定した。衛星都市にしては、この光景は広大に過ぎる。
「どこだよ、一体、ここは……」
呆然と呟いた。
Ⅱ
「ザムジード、プラーナシンクロン良好、ニューロセンサー異常なしだ」
「OK。魔装機神ザムジード、出撃してください」
「ほいさ、それじゃ、ちょいと散歩してくるぜ」
「ちょっとリカルド! ザムジードはまだ調整が不完全なんだから、あまり無茶しないでよ!」
「はいはい、解ってるよセ、ニ、ア。俺の腕前、知ってんだろ?」
「そんなこと言って、ディアブロの時もさんざっぱらレーザー壊してたくせに! 大体リカルドは近距離戦を多用しすぎるのよ! せっかく最高の磁気加速砲搭載してるんだから、もっと機体を傷つけないよう……」
「はいはいはいはい、魔装機神ザムジード、偵察任務に出撃ぃ」
「あっ! ちょっとリカルド! 通信をカットしない! こらぁっ!」
※
「リカルド? リカルド! ちょっと応答しなさい、リカルド!」
「セニア様、彼、もう行っちゃいましたよ」
通信機に向かって怒鳴り続ける、神聖ラングラン王国第二王女たるセニア・グラニア・ビルセイアに、テュッティ・ノールバックは多分に呆れを塗した言葉を贈った。
「……ん、も~! リカルドもレベッカもマドックも! 人の話を全然聞かない!」
他の問題《魔装機操者》の名前を挙げ、呻きつつ眼前のモニターを見上げるセニア。水晶にも似た結晶体によるスクリーンには、黄土色の装甲の、一見無骨ではあるがその実細部は優美さをも併せ持つ姿の巨人が、地平を駆け上がってゆく姿が映し出されている。
「まあ、仕方ありませんよ。彼、ああいう性格ですから……」
肩に流れ落ちる自らの金髪を指先で弄びつつ、テュッティは微苦笑する。全く持って《魔装機操者》には、性格にアクの強い者が多い。もっとも、そのアクの強さ……言うなれば精神的な不完全さこそが、《魔装機》の制御に必要となる《プラーナ》の源であるのだから、それを否定してしまうわけにも行かない。
”それにしたって、あのリカルドのいい加減な性格は……”
リカルド・シルベイラは、責任感そのものは非常に強いのだが、同時に非常に享楽的な側面をも併せ持っている。
彼の天性もさることながら、元軍兵士……つまり常に死と隣り合わせであったが故に、生をできる限り享受できるように振る舞うと言う事なのかも知れない。しかしそれに振り回される周囲の身としては、正直たまったものではない。
”そう言えば、『彼』はどんな性格なのかしらね……?”
テュッティは、三日前に突然現れた少年の事を思い出した。
《召喚室》に、何の前触れもなく出現した少年。全身に酷い火傷を負っており、発見即医療カプセル送りとなり、昨日治療が終了しても、未だに意識が戻らない。東アジア系で、髪は癖のある、やや赤みがかった黒。焼け残っていた衣服にあったIDカードから、名前はマサキ・アンドーと知れた。
「《召喚室》にいた以上、《操者適合者》であることは間違いないと思うのだけれど……」
「何、何? ああ、例の『彼』の事?」
無意識のうちに声に出ていた言葉に、ひとしきり愚痴を連ねていたセニアが耳賢く反応する。セニアは王族である以前に研究者で、研究以外の分野でも非常に聡い。
「あの火傷は、ただ事じゃなかったものねぇ。表面は酷かったけど、深度はそれほどでもなかったそうだから、多分爆発か何かに巻き込まれた瞬間に、召喚されたって所じゃない?」
医療班の報告を思い起こしつつ、セニアが推論を語る。
「事故かテロか、はたまた自分自身、兵士として戦場に出ていたのか……詳しくは、本人に尋ねるしかないでしょ? 気にしても仕方ないわよ」
「でも……」
「大丈夫よ。ルビッカの折の轍は踏まないわ。あの事件以来、召喚直後の地上人の警備は徹底的に強化されているし、同じ事を何度も繰り返すほど、警備主任も迂闊じゃないわ」
テュッティの憂いを払拭するように、軽やかに笑うセニア。笑顔につられてテュッティも顔をほころばせた時、セニアの前のコンソールから、通信機の呼び出し音が鳴り響いた。
「何かしら……はい、セニアです。……あ、そうなの。……え? 何でこっちが……そんな、私も十三号素体の契約儀式に参加するのよ? そんな暇は……。そうね。そうしましょうか」
送受装置を口元に当て、通信に答えるセニア。ひとしきり問答した後に通信を切る。
「どうしたんです?」
「噂をすれば影、ね」
苦笑を浮かべ、テュッティの問いに答えるセニア。
「『彼』が目を覚ましたそうよ」
Ⅲ
「え、何で私が?」
「今、手の空いてる人って、ヤンロンかあなたしかいないのよ。もうすぐシモーヌも帰還すると思うんだけど……あまり待たせてもいられないし」
「セニア様はどうなんです?」
「私はこの後、十三号素体の契約儀式の監督に行かなきゃいけないのよ」
「でも……」
「まさか、ヤンロンに行かせるわけにも行かないでしょう? 彼のことだから、要らないこと言って絶対相手の反感を買うわ」
「それは……そうかも知れませんけど」
「ね、お願いっ! やっぱり地上人のあなた達の方が、いきなり私たちが話すよりもいいと思うのよ。ね?」
「……解りました」
「良かった! それじゃ、私は儀式の方に行って来るから。よろしくね~」
「…………」
※
正樹の病室は、外から鍵がかけられ、患者の不用意な外出を封じていた。
窓は開いているものの、ここは地上2~3階らしく、単純に飛び降りるわけには行かない。
一見その部屋は快適な病室ではあったが、実際正樹は幽閉されているのと同じだった。
”もっとも、出ていってどうなるってもんでもないけど……”
今の正樹には、あまりにも判断材料が少なかった。ここはどこなのか? 自分は何故ここにいるのか? それより何よりも、外の光景は一体どういうことなのか?
幾ら考えても回答の得られない今、正樹にできることはゆっくりと休息し、何が起きようとも即座に反応できるよう体力を回復させることだけだった。
ベッドに体を横たえ、すう、と忍び寄る睡魔に身を任せる。意識が遠のき、心地よい浮遊感が全身を包み始める。
そんな正樹の意識を、突然のノックの音が現実に引き戻した。
「……っ! 誰だっ!」
とっさに誰何の声を上げ、ベッドから飛び降りる。
「怪しい者ではないわ。入っていいかしら?」
「……ああ」
”自分で怪しくないっていうの程、怪しいことはないって知ってるか?”
内心で呟きつつ、正樹は扉の向こうの声の主に承諾の声を送る。どちらにせよ、扉の鍵は、外からしか開けることはできない。正樹に拒否権など無かった。
「それじゃ、失礼させてもらうわね」
言葉と共に鍵が外され、音もなく扉が開かれた。
”女の人か。看護婦、には見えないな”
姿を現したのは、滑らかに流れる金髪を肩まで伸ばした、北欧系の女性だった。年齢は二十才過ぎ程か。その清涼な、それでいてどこか親しみやすい気配は、山麓の雪解け水を思わせる。
下品でない程度に化粧の施された顔は、優しげな微笑を浮かべてはいるものの、正樹の感じる”気”は緊張感と、そして僅かな怯えを伝えていた。
「意識が戻って、良かったわ。体の調子はどう?」
女性は優しげな口調で、正樹に語りかける。しかし正樹の注意は、その女性が入ってくるときに同時に感じた、微妙な敵意と警戒心に向けられていた。
”これは、そこに警備員か何かがいるのか。俺のことを警戒しているのか……?”
自分が犯罪者か危険人物であるかのように扱われていることを悟った正樹は、ささくれた感情が溢れてくるのを感じた。
「あんた……誰だ?」
その溢れる感情は、眼前の女性の言葉への返答をも浸食した。友好的な問いを、警戒心も露わな言葉で返され、その女性は一瞬戸惑うような表情を浮かべる。 一瞬の隙。無意識のうちに正樹は、その隙をついて自らの疑問を一気に吐き出し、相手に叩きつけていた。
「あんたは誰だ? ここはどこだ? あの外は何だ? 俺は何でここにいる? 俺に一体何があった!?」
「……っ」
言葉と共に、一歩進み出る。その剣幕に気圧され、女性の微笑の仮面が剥がれて、正樹に対する緊張と怯えが露わになった。それを目にした瞬間、正樹の頭に登っていた熱い物が、すうっと退いてゆく。
「あ……悪い。今の態度は……マズいよな」
ばつの悪さに視線を逸らし、ぼそぼそと謝罪した。迂闊な行動の気恥ずかしさに、鼻の頭をぽりぽりと引っ掻く。
「いやその……ごめん。どうも、気が立ってるみたいで……何があったのかもわかんねぇし……その……」
そんな正樹の様子に、女性はクスリと微笑を浮かべた。先程までのような仮面としてのではなく、本当の微笑を。
「……良かった。あなたは、大丈夫みたいね」
”何がだ?”と正樹が問いただすのを遮って、正樹の怒声を聞きとがめた何者かが扉を叩いた。おそらくは警備員の類いだろう。それを金髪の女性は「大丈夫、なんでもないわ」と制し、再び正樹に向き直る。
その時には、女性の怯えは霧消し、変わって包容力溢れる笑みが浮かべられていた。
「そんなにいきり立たないで、質問は一つずつ、ね?」
驚異的に早い変わり身に、正樹は反応しきれず、呆然と立ちつくした。
「まず、私は、テュッティ・ノールバック。あなたは、マサキ・アンドー君でいいのよね?」
「あ、ああ」
釈然としない肯定。そんな正樹の内情を悟ったかのように、テュッティと名乗る女性は続けた。
「悪いとは思ったけど、あなたのIDダグを調べさせてもらったの。マサキ・アンドー君、十六歳。日本州出身。まあ、こんな事並べられても、あまり気分のいいものでもないだろうし、このぐらいにしておくわね」
言って微苦笑するテュッティ。
「……俺の事はいい。それより……」
「そうね。それで、ここはどこか、だけれど」
そこでテュッティは勿体付けるように少し言葉を切り、告げた。
「ここは、地底世界『ラ・ギアス』」
Ⅳ
古来より、人は神話や伝説の中で、『裏側の世界』の存在を語っている。
それは往々にして、世界は円盤のような形であり、自分たちの住む世界が表の世界で、その裏側に、邪霊や悪魔、或いは逆に賢者が住むというものである。
無論のこと、そういった説は文明の発達と共に闇へと消えていったが、考えてみると奇妙な話と言わざるを得ない。世界が円盤状ならば、『裏側の世界』の者は、如何にして大地を歩くのだろう? 当然、発生するべき疑問である。
だからこそ、この伝説は迷信として闇に葬られていったのであろうが、何故、古代の人々はこのような突飛な伝説を考えついたのであろうか? しかも、『裏側の世界』の伝説は、互いに陸続きでなく、遙かに距離のある世界のあちこちに見ることができるのだ。
そうなると、世界全体に、『裏側の世界』と考えられる、何らかの存在を仮定する必要が生じてくる。つまり、『裏側の世界』は何らかの形で存在し、その一端に触れた人々が、『裏側の世界』の伝説を残した、と考えるわけだ。
しかし、球状の惑星の中で、一体どこに『裏側の世界』が存在できるというのだろう? その疑問に、ある学者は『地球空洞説』を持ち出した。『裏側の世界』は地球表面の地殻層の裏側に存在すると言うのだ。しかし、その説は見る間に否定され、いつしかその説は超科学……いわゆる迷信の類として扱われるようになった。
しかし、正樹の目の前には、その否定された『裏側の世界』が、厳然と存在していた。地殻の裏側に質量のみを球殻状に分布させた異空間。それこそは正樹の目の前に広がる球殻世界、『ラ・ギアス』なのである。
※
「……で、ここはラ・ギアスの中でも一等歴史の古い大国、神聖ラングラン王国。その正規軍基地の医療棟というわけね」
「地底世界、ねぇ……普通なら到底信じられない話だなぁ」
一見中世ヨーロッパの様でありながら、どことなくインド方面の文化色を感じさせる石造りの構造を見回しながら、正樹はテュッティの解説に相槌を打った。
「ここで話すのも何だし、テラスにでも出ましょう」というテュッティに正樹は案内され、病院――実際には軍の医療棟であるらしい――のテラスへと足を運んでいた。
広大なテラスには休憩目的なのか幾つかのテーブルと椅子が備えられており、正樹とテュッティはそのテーブルの一つに差し向かいで腰掛けている。
正樹とテュッティの移動には、扉の前で警備をしていたのであろう、若い兵士も同行していた。
どうやら扉の向こうの敵意は、この兵士のものであったようだ。彼は今も正樹の背後に直立不動で待機し、微妙な緊張感をその場に放っている。
「ま、目の前にあるものを幾ら否定しても仕方ないか。納得したことにするさ。
だが、納得行かないことはまだある。その地底世界に、何で俺がいる? 俺は確か、PTの戦闘に巻き込まれて……」
「……そう、あの火傷はやっぱりそういうことだったの。
あなたがここにいるのは、あなたに私たちの行った《召喚の儀》がかかったから。ひらたくいうと、あなたはその瞬間に、魔法でこの世界に《召喚》されたのよ」
「《召喚》? 魔法?」
テュッティの言葉に、一瞬正樹は唖然とした表情を浮かべ、次いで何か面白い悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべた。
「……って事は、何か? ここは剣と魔法の世界で、俺はこの世界を救うために現れた勇者様ってところか?」
「……何で知っているの? 細部はともかく大筋では大体あってるわ」
「はぁ!? 本気かよ!」
「本気も本気よ。このラ・ギアスでは、地上で言う魔法……錬金術と言った方が近いわね。そういったものが発達しているの」
そう言うテュッティの表情は真剣そのものであり、冗談のつもりの言葉を真剣に返され、正樹は額をおさえて天を仰いだ。
「魔法の発達した異世界……。なんて安直……今時、恥ずかしくて誰も使わないネタじゃないか……」
「安直なの? もしかして日本州ではそういうことが頻繁に起きているの?」
「まさか……コミックだよ。あとアニメーションとかな」
きょとんとして尋ねるテュッティに、正樹は天を仰いだまま疲れたように答えた。
数百年来、日本州の伝統文化の一つであったアニメーションやゲームエンタテイメントの類には、その初期からそれこそ腐るほど、『異世界へ勇者として召喚』という設定が使い回されていた。だからこそ正樹は皮肉めいた冗談として件の文句を使ったのだが、肯定されては途方に暮れるしかない。
”洒落にならないな、本当にこれは現実か?”
天を仰いで沈黙した正樹が、気を取り直して身を起こすまでは、数分の時間を要した。
「で……本気の話、俺に何をさせたいんだ?
確かに俺は多少ボクシングの経験ぐらいはあるが、わざわざこんな所に呼び出されるほど強い訳じゃない。別に兵士をやってたわけでもないし、当然魔法や超能力の類が使えるわけでもない。何で俺が《召喚》されたんだ?」
言いながら天を仰いだ姿勢から、正樹は首だけをテュッティに向ける。
「それは……検査をしてみないと何とも言えないのだけれど、恐らくあなたが強力な《プラーナ》を保有しているからなのだと思うわ」
「《プラーナ》?」
「東洋では《気》とか《オルゴンエネルギー》とか呼ばれている、精神に根ざした力のことよ」
「……俺に?」
釈然としない表情で、自分を指さす。
「私たちの《召喚の儀》は、地上人でも特に強い《プラーナ》を持つ人に対してだけ、作用するように設定されているの。だから、《召喚》されたあなたが高い《プラーナ》の持ち主であることは、間違いのないことなのよ」
「俺が、ねぇ……実感が湧かないが……まあいいさ。
で、その……《プラーナ》だったか。それの強い奴を呼び込んで、あんたらは何をさせようって言うんだ?」
「私たちが、あなたに望むことは……《魔装機》の操者になること」
「《魔装機》……? 何だそりゃ」
「《魔装機》というのは……」
説明しようとするテュッティの言葉を遮るように、彼女の腕に巻かれた腕輪が震えた。
テュッティは「ちょっと待っててね」と言い残して席を立ち、テラスの隅へと移動すると、腕輪に向かって何事かを話し始めた。腕輪はどうやら携帯通信機の一種らしい。
程なくして通話が終わったのか、テュッティはなにやら深刻そうな表情で席に戻ってきた。
「どうしたんだ?」
「ごめんなさい、ちょっと急用みたい」
正樹に向かってそう言うと、テュッティは正樹の背後の兵士に何事かを耳打ちした。
何事を話したのかは正樹には解らなかったが、兵士の顔がさっと青ざめた所を見るに、どうやらろくでもないことが起きているという事だけは察しが付いた。
「それじゃ、ブランソンさん。彼を宜しくお願いします」
テュッティの言葉に、ブランソンと呼ばれた兵士はぴしりと敬礼を返した。そして正樹に、こっちへ来いと手招きをする。
「お、おい」
「マサキ君、彼の後について行ってね。安全なところにつれていってくれるわ。それじゃ、説明の続きは又後でね」
突然の事態の変化に困惑する正樹を後目に、テュッティは足早に通路の奥へと消えてゆく。
「マサキ・アンドー……こっちだ」
「あ、おい、待てよ!」
言うなり自分に背を向けて歩き始めるブランソン兵士に、正樹は慌てて椅子から立ち上がった。早足でブランソンに追いつき、状況の不明への苛立ちを交えて問う。
「おい、せめて何があったのかくらいは教えろよ!」
「……テロリストが王都に侵入したのだ」
「テロリストだぁ!?」
Ⅴ
……神聖ラングラン王国王都より、西北西約五十キロメートル。カルドガン平野……。
その時、王都郊外であり、一般住宅などの散在するその場所は、巨神達の戦場と化していた。
そこで戦いを繰り広げているのは、一見すると地上のPTを思わせる、人型の機動兵器だった。
ただ、それらは全般的にPTと比べて、サイズが一まわりか二まわりは大きい。また、全体的にその構造が非常に華奢で、特に足などは通常ならば激しく走行しただけでへしゃげてしまいそうな程に細い。それにもかかわらず、その巨神達は平原を駆けめぐり、激しく火線を交錯させている。
その戦いは乱戦状態にあった。黄土色の装甲板に包まれた、無骨な外形を有する機体と、青いやや小型の、どこか海老を思わせる外形の空中戦車が、それよりさらに一まわり大きい二機の機体に対して、激しい攻撃を加えている。
どちらも個性的な外形を有している二機は、頻繁にその位置を変えて相手を攪乱しつつ、時折強烈な一撃を以て、敵対者を確実に撃破していた。
局地的に見ると、二機の大型機の方に有利に戦闘が展開されているように見える。しかし、戦場全体に視野を広げると、大型の機体の二機に対して、小型の機体は総勢十数機が存在しており、それが間断なく二機に砲撃を繰り返している。
その攻撃はほとんどが二機の驚異的な運動性能によって回避されていたが、稀に回避しきれなかった攻撃が、二機の外装を大きくえぐり取っていた。
今しも、二機のうちの、黒い鋭角的な外装を有した機体が、黄土色の機体の手にしたバズーカ砲を回避しきれず、その右側胴体に紅蓮の炎を咲かせた。
着弾の衝撃に黒い機体は一瞬蹌踉めくものの、すかさず安定を取り戻し、その砲撃を行った機体へと肉迫する。
迎撃しようと黄土色の機体はバズーカ砲を連射するが、黒い機体はそれを紙一重でやり過ごすと、そのまま右腕を伸ばして相手の頭部をがっしと掴んだ。と、その腕の内側がポップアップし、内部からノズルが伸ばされる。そして一瞬の遅滞の後、そこから灼熱の炎が吹き出し、黄土色の機体を包み込んだ。
瞬く間もなく、黄土色の機体の外装は飴のように溶け落ち、黒い機体が腕を放すと共に、その場に擱座する。
哀れな犠牲者の無力化を確認する間もなく、黒い機体は次の目標へと駆け出した。驚くべき事に、相手機体を瞬時に溶解させるほどの炎に晒されたにもかかわらず、黒い機体の腕は全く損傷を受けていなかった。
一方、もう片方の大型の機体――こちらは白を基調とした、曲線的な外形を有する機体で、腕が触手状に伸びているのが特徴の機体であったが――は、敵陣内を駆けめぐるその足下にバズーカ弾が着弾し、その機動が停止した。
その隙を逃さず、黄土色の機体がその腕の射出式ハンマーを振り上げる。しかし、そのハンマーが射出されようと言う瞬間、白い機体の姿が消えた。
突然目標を見失い、黄土色の機体は困惑したように攻撃の手を止める。そして相手を捜そうとその頭部を巡らせた瞬間、その頭部を光の刃が貫いた。そして、一瞬遅れてその刃の付け根に、白い機体の姿が湧いて出るように現れる。
光学迷彩である。
白い機体はその腕から伸びる光の剣を納めると、止めとばかりに腕、肩、腰から爆雷を打ち込み、相手機体をうち砕いた。
「クソ、何て性能だ……これだけ数の差があるってのに……」
黄土色の機体の一つを駆る男が、その二機の鬼神の如き姿に、憎々しげに呟く。
男は何とか二機のうち黒い機体を捕捉しようと照準を走らせるが、相手が早すぎるのと、黄土色の機体の火器管制装置の性能の低さに妨げられる。
時折目盲撃ちでバズーカを発砲するが、大概が見当外れの場所に炸裂する。最悪なのは先程の射撃で、誤って味方の青い空中戦車を攻撃してしまった。
「これが……戦闘用《魔装機》の力なのかよぉ!」
男は絶叫しながら、目の前に迫る黒い機体の拳を凝視していた。
※
「よし、捉らえた!」
『自分』の腕が黄土色の機体……土木作業用《魔装機》『ルジャノール』の頭部を捕らえた事を確認して、黄炎龍(ホワン・ヤンロン)は、『自分』の腕に装備された重火炎放射器『グランドナパーム』を発射した。
数千度にも及ぶ炎が、『自分』の腕もろとも『ルジャノール』を包み込む。目に見えて『ルジャノール』の外部装甲が融解してゆくのが解るが、ヤンロン自身は全く熱さを感じていなかった。《火》に属する攻撃は、彼の操る『ディンフォース』に焦げ目一つ付けることはできない。《魔装機》の骨格に仕込まれた
ヤンロンは機能を停止した腕の中の『ルジャノール』を手離し、次の標的を捜索する。が、その一瞬の沈黙が、敵対者に自分を攻撃する時間を与えてしまった。『ディンフォース』の機体とヤンロンの体を、バズーカの炸裂弾や高電圧弾などが激しく揺さぶる。
「クッ……ッ!」
「大丈夫? ヤンロン」
通信機から、白い《魔装機》……『ザイン』の操者であるシモーヌの声が届く。ヤンロンは「ああ、油断しただけだ」と答え、牽制弾を射撃して間合いを取る。
「だが、このままでは厳しいな。何と言っても数の差が大きすぎる」
「そうね、『ジラドス』の連中も、よくこれだけ数をそろえられたものだわ」
言いながら、シモーヌの『ザイン』は次の『グラフドローン』に冷却砲『バイオフロスト』を打ち込んだ。瞬く間に全身を氷結され、空中戦車は地面に落下する。そこに腕を伸ばし、熱剣を突き立てた。一機撃墜。
「恐らくは何らかのスポンサーが付いているのだろうな。ラングランの国力が低下して喜ぶ連中……ッ!」
言葉の途中でとっさに機体を横っ飛びに跳躍させ、背後から迫るバズーカを回避する。振り向きざまに肩の荷電粒子砲『メガビームキャノン』をポップアップさせ、バズーカの主である『ルジャノール』を撃つ。
しかし、その粒子弾は、ヤンロンが思っていた程の威力を発揮せず、標的の装甲を軽く抉るだけだった。
「弾切れか……そろそろナパームも心許ないか」
「こっちも今ので『バイオフロスト』は打ち止めだわ」
「残りは『ルジャノール』四機に『グラフドローン』三機か。やってやれない数ではないが……」
「正直、厳しいわね。そろそろ再生も効きにくくなってるわ。
「向こうもいい加減弾切れの筈だが……なッ!」
威力は低かったものの粒子砲を受け、蹌踉めいた『ルジャノール』の頭部に粒子収束剣『プラズマソード』の刃を埋め込みながら、ヤンロンはぼやく。それでもまだ動こうとする『ルジャノール』を2、3発蹴り飛ばして黙らせた時、通信機にシモーヌとは別の声が割り込んだ。
「ヤンロン、シモーヌ! 遅れてごめんなさい!」
言葉に続いて十数発のミサイルの弾頭が飛来し、地面に突き刺さった。続く爆発によって爆煙が視界を遮り、ヤンロンとシモーヌはその隙をついて乱戦から離脱する。
その煙の流れに紛れるようにして、テュッティ・ノールバックの乗機である、薄桃色の流線型の外形を有する《魔装機》『ファルク』が合流した。
「テュッティか。『竜巻』は使えるか?」
「ええ、プラーナ水準はクリアしているわ」
「なら私とヤンロンが敵を誘導するわ。それでいい?」
「それでいこう。行くぞ!」
ヤンロンの号令の下、爆煙の晴れかけた戦場に、再び二機は躍り込んだ。
敵機の間を縦横無尽に駆けめぐり、隙をついて攻撃する様は、一見先程までと同じく乱戦状態に持ち込んだように見えるが、実際には牽制を繰り返し『ファルク』の攻撃範囲へと敵を誘導している。
そして有効射程に目標を捕らえた『ファルク』は、主兵装である超音波砲『ソニックブラスト』や、より近距離ならば真空の渦で目標を切り刻む『竜巻』によって、それらを確実に無力化していった。
「これで、最後っ!」
最後の『ルジャノール』が『竜巻』の中で分解されるまで、ものの五分も要さなかった。
※
「こちら、『ファルク』のテュッティ。たった今、カルドガン平野の『ジラドス』《魔装機》部隊を全滅。帰還します」
「ふうぅ、何とか無事に終わったわね」
全ての機動兵器の活動停止を確認すると、シモーヌはどっと疲れたように深々と溜息をついた。
「他のみんながいれば、もっと楽だったのだろうけど、ね」
「仕方ないだろう。アハマドとマドックはソラティス神殿付近の警護、レベッカはファングと『ジェイファー』の機能試験、ゼオルート殿はバゴニアを訪問中だ。まあ、リカルドの帰還くらいは期待しても良かったかも知れないがな」
ヤンロンはそれぞれ現在《魔装機操者》である人物の名前を並べ、呆れたように呟いた。
「大体リカルドは偵察に行ったのだろう? なぜこんな大部隊の事を発見できない……怠慢としか思えんな」
「ちょ、ちょっと、ヤンロン。何もそこまで言わなくても……」
「いや! 前々から奴の言行には一言言わなくてはと思っていた。大体奴は《魔装機神操者》となった訳でもある。松柏の操を得るいい機会だろう」
薄ら寒い声音で淡々と言うヤンロンを、シモーヌが冷や汗混じりに宥めるが、ヤンロンはそれをきっぱりと振り払った。その様子に、テュッティも表情を引きつらせる。ヤンロンの『一言』は、数時間では終わらない。
「はぁ、かわいそうなリカルド……」
さすがに同情してテュッティが嘆息したとき、それぞれの《魔装機》の通信機が一斉に鳴り響いた。
「何かしら……こちら『ファルク』のテュッティ」
受信装置を起動させるテュッティ。しかし、通信機からは乱雑なノイズが流れるだけで、これと言って意味のある内容は聞き取れない。不審に思ったヤンロンが、説教の思索を取りやめ、呟いた。
「暗号化か、妨害されているのかも知れない。カウンタージャミングをやってみよう」
言うなりヤンロンの意志に反応して、『ディンフォース』の人工精霊(管制用人工知能)が、通信の解読を始める。それは十数秒で終了し、多少乱れてはいるものの、充分に聞き取れるだけの音声が流れ出し……その内容に、三人の血の気が一斉に退いた。
「……こちら《魔装機神》『ザムジード』のリカルド……だれでもいい、この通信を受信できた奴。今、俺は『ジラドス』らしき連中と交戦している。どうやらこいつらは、王都に向かってるらしい。
さっき、『グラフドローン』を二機逃しちまった。だれでもいい、このことを王都に、《魔装機隊》に連絡してくれ……」
Ⅵ
「しっかし、ここでもテロか……俺はよくよくそういうのに巻き込まれるなぁ」
『ここは安全』とブランソン兵士に案内された場所で、正樹は嘆息するように天を仰いだ。
ここはどうやら軍の城塞施設の中庭のようだった。異様に広大な敷地のぐるりを二十メートル近い高さの強固な城壁が囲み、その上に数メートルおきに大型機関砲が備え付けられている。機関砲にはそれぞれ数人の兵士がとりつき、緊張した面もちで城壁の外を睨み付けているのが見えた。
城塞の中には大小様々な建物が建ち並び、さながら一つの街を形成しているかのようだった。
城塞内には王宮の他の部署から避難してきたのだろうか、総勢百名前後の人々がひしめいていた。老若男女区別無し。中には十歳前後の小さな子供の姿もある。
「皆中に入ったな? よし、ゲートを閉じてくれ!」
避難してきた人々を指揮する兵士が声を張り上げると、城壁に据えられた巨大な扉が轟音と共に閉じられた。兵士達はそれを見届けると、今度は避難者の点呼を始める。”結構訓練されてるな”と感心しながら眺める正樹をよそに、点呼を終えた人々は、整然と城塞内の建物の中へと移動を始めた。
「あ……と、俺もついてった方がいいのか?」
中庭に一人置いて行かれそうになり、正樹は背後に控えるブランソン兵士に尋ねた。
「まだ《魔装機》の制御訓練は受けていないんだったな。なら、こっちだ」
言ってブランソンはさっさと建物へと歩いて行く。
「おいおい、ちょっと待てよ……」
慌ててブランソンを追いかける正樹。その途中で、城塞の端にある巨大な建物……高さ四十メートル弱、幅は百数十メートルには及ぶだろう、奇妙に巨大なゲートを持つ建物に目が止まった。
「何だありゃ……おい、あっちの馬鹿でっかい建物は何なんだ?」
「……? ああ、あれは《魔装機》の整備工場だ」
「整備工場……また《魔装機》か。なあ、一体《魔装機》ってのは何なんだ?」
正樹の問いに、ブランソンは面倒くさそうな表情を浮かべるが、突然足を止め、件の巨大な建物へと足先を変えた。慌てて蹈鞴を踏み、正樹はそれに倣う。
「おいおい、何処行くんだよ」
「実物を見てからの方が解りやすいだろう」
やや非難がましい正樹の言葉に、ブランソンはそう答えた。
※
「冗談きついぜ……」
それが、整備工場の中で《魔装機》を目にした正樹の第一声だった。
整備工場に踏み込んだ正樹の目の前にそびえるもの。それは、一見優美な甲冑に身を包んだ騎士の様に見える。しかしその瞳には光はなく、その表皮は肉ではなく柔らかな色彩をまとった金属質。何より、全高三十メートルにも及ぶ人間など、存在するわけがない。
「これが、《魔装機》なのか? PTじゃないか……少し大きいけど」
「これが、我々神聖ラングラン王国の誇る、《戦闘用巨人型魔装機》第一号機『ジャオーム』だ」
正樹の呟きに気づかなかった様子で、目の前にそびえる巨人を指さし、ブランソンはどこか誇らしげに解説した。
『ジャオーム』と呼ばれた巨人のまとう装甲は奇妙に細身で、色彩は薄緑色を基調としている。正樹はどこかその外形に、地上で見たPT『デルムッド』に似た感触を覚えた。
「……《魔装機》は神鉱石で作られた骨格に、《精霊》を憑依させることで、絶大なエネルギーを操ることのできる兵器体系だ。特にこの《戦闘用巨人型魔装機》は、その開発計画の中核を占めている」
「兵器……やっぱりこれは兵器なのか」
「対《魔神》用兵器だ。原則としては、人類間の戦争などには使用しない」
そう答えるブランソンの言葉の影に、僅かな苦みを感じたのは、正樹の気のせいだったろうか。
「《魔神》……?」
「そう。遅くとも今から四年後に、このラングランを滅ぼし、ラ・ギアス全体に災厄を振りまくという《魔神》。《魔装機》は、その魔神に対抗するために作られたの」
「《魔神》ねぇ……?」
”今の、このおっさんの声じゃなかったよな?”
訝しく思い、正樹は周囲を見回す。
突然割り込んできた、涼やかな女性の声。それは、《魔装機》『ジャオーム』の陰から現れた、二十代半ば程の女性によるものだった。
「あなたが、新しく召喚された地上の人ね? マサキ・アンドー君」
優美に、どこか艶やかに微笑むその女性の雰囲気に呑まれ、正樹はしばし呆然と立ちすくむ。が、何とか気を取り直すと、
「あ、ああ。……あんたは?」
「これは、ウェンディ殿。十三号素体の契約儀式は終了したのですか?」
「……えっと、確かあなたは……」
「自分は、魔導連隊第四位呪法兵、ヴァルト・ザン・ブランソンであります」
尋ね返す正樹をよそに、ブランソンは畏まって敬礼する。”どうやらこのウェンディという女性は、それなりの地位にある人物らしいな”と正樹は推量しつつ、自分の質問を遮ったブランソンを軽く睨み付けた。
「ええ、と言ってもこのテロで、《プラーナ》伝送系なんかの設定は中断してしまったけれど。どうやら第四の《魔装機神》になりそうね」
「《魔装機神》! ということは、『風のサイフィス』との契約を!? それは凄い!」
「おい……おっさん、俺の質問は……」
きっぱりと忘れ去られ気分を害した正樹の言葉も、両の拳を握りしめて興奮したブランソンの耳には届いていないらしいかった。
「おい……」
「これで四大精霊の《魔装機神》が完成したのですね。これで《操者適格者》がそろえば、もう《魔神》も『ジラドス』も……」
「ブランソンさん、そのくらいで。彼が睨んでますよ」
ウェンディにたしなめられ、ブランソンははたと言葉を止めた。そして正樹の方を見やると、ばつが悪そうに明後日の方向を向く。
”俺、そんなにきつく睨んでたのか?”
正樹は自問しつつ、知らぬうちに強張っていた両眉の間を軽く揉みほぐし、改めてウェンディと言うらしい女性を眺めた。
”さっきのテュッティも綺麗な人だったが……この人も相当なもんだな”
失礼とは思いつつも、正樹は内心、目の前の女性の容姿を値踏みしていた。芯が強そうで、それでいてどこか儚さを感じる目元。子供っぽいかと思うと、大人の女性らしい艶っぽさを漂わせる瞳。腰よりも更に下まで伸ばされた、どこか青みがかった髪は、重力の横暴に悶えるかのように波打っている。
”何かに付け、どこか二面性を感じさせる人だな”
正樹は彼女の放つ”気”に、そのような感想を覚えていた。
「ごめんなさい、自己紹介が遅れたわね。私は、ウェンディ・ラスム・イクナート。《魔装機》の設計をやらせてもらっているわ」
「ウェンディ殿は《魔装機》のプラーナ変換器であるT・W型多重意識感応素子の開発者で、多くの《魔装機》の基礎設計者でもある方だ」
ウェンディが自己紹介するのを、ブランソンが補足する。
「ふ~ん、あんたが……で、《魔装機》についての話の続きなんだが。
結局、あんたらは俺に何をやらせたいんだ? どうもさっきからの話を聞いてると、俺に《魔装機》に乗って《魔神》と戦えって言ってるように聞こえるんだが」
「基本的には……それで間違っていないわ」
皮肉を塗した正樹の言葉を、ウェンディは意外なほどあっさりと認めた。
「私たちはラ・ギアスに災厄をもたらすという《魔神》に対抗するための力として、《魔装機》を作ったわ。
でも、私たちには《魔装機》をまともに動かすことができなかった。動かせたとしても、作業用の試作型がやっと。これでは《魔神》に対抗する事なんてできない。
原因ははっきりしていたわ。それは、私たちラ・ギアス人の持つ《プラーナ》の流れが弱すぎたから。《プラーナ》を与えることで《精霊》を活性化させる《魔装機》に必要なだけのプラーナを、私たちのほとんどが持ち合わせていなかった」
「何故……?」
「それは、我々ラ・ギアス人の精神が、長い歴史の中で精錬され、《プラーナ》の源となる激しい感情のうねりというものが失われてしまっていたからだ」
「だけど、地上人は私たちに比べて精神が未成熟……言い方が悪いかしら、なにせい激しい感情のうねりを持っていた。だから、私たちは地上人を召喚し、その力を借りることにしたの」
「で、関係ない地上人をほいほいと自分たちの世界に呼び込んで、兵隊に仕立てようとしているって訳だ」
胃袋の下あたりに生まれる不快感。それは見る間に膨れ上がり、正樹の語調を荒々しいものへと変えて行く。
「冗……談じゃねえな。元々、自分たちに扱えないものを作るのが悪いんじゃねえか。それを自分たちが使えないから使って戦争してくれ? 馬鹿馬鹿しい。身勝手にも程ってもんがある」
「貴様、我々を愚弄するのか!
我々とて、好きでお前達地上人に《魔装機》を預けているわけではない! 自分が、あの《魔装機》を操ることができたなら……できたなら!」
正樹の揶揄に、激昂したようにブランソンが怒鳴る。それでもどこか冷静さを感じさせるのが、《プラーナ》が弱い、と言うことなのだろうか。心の端でそんなことを考えながらも、正樹は口から皮肉がほとばしるのを、抑えることができなかった。
「それこそ、手前勝手な理論って奴だろうが。無関係な人間をある日突然違う世界に呼び込んで、開口一番戦争してくれ? そんな話を受け入れるお人好しが、一人でもいるならお目にかかりたいね」
「もう既に、あなたは一人会っているはずよ」
ウェンディの言葉に、正樹は虚をつかれたように沈黙した。それを穏やかに眺め、ウェンディは言葉を続ける。
「テュッティ・ノールバック。彼女は、この計画の初期の段階で召喚されて、《魔装機操者》として働いてくれているわ。今も、ここから一万五千ゴーツほどの場所で、『ジラドス』のテロリスト達と戦っているはず」
「彼女が……?」
「他にも六人の地上人が、私たちの勝手な要求を受け入れてくれている。この国を、この世界を守ることに意義を感じてくれている」
嘆息するかのような溜息。
「……本当、私も身勝手な話だと思うわ。でも、今の私たちにはこれしか方法がない。
だから、あなたが自ら《魔装機》に乗ることに意義を認めない限り、私たちはそれを強要することはできない。事実、《魔装機》に乗ることを拒否して、地上に帰っていった人も少なからずいるのよ」
「……」
「繰り返すようだけど、あなたがこの国、この世界を守ることに意義を見いだせないなら、無理することはないわ。地上に帰るといい。
でも、もし。もしも、意義を感じてくれたなら……」
ウェンディの瞳が、真摯に自分を見つめているのが解る。
自分に、何を求めているのかが解る。それに応えることができたなら、それはとても気持ちの良いことだろう。
応えることが、できないわけではない。ならば、拒絶する理由は、何だ……?
正樹の中で、二つの思いが交錯する。自分は、求められている。ならば何故、それに応えない? 身勝手な要求に応える事への反発か、それとも目の前の人々に対する嫌悪感でもあるのか……? わからない。でも、受け入れることはできない。自分の何かが反発している。
正樹は、ゆっくりとウェンディから視線を逸らすと、小さく呟いた。
「俺は……何かを守ろうなんて思えない。守りたいものは、もう、なくしちまった」
沈黙が降りた。誰一人、身動きすることなく、お互いの思いを内に閉ざして。
「全館に通達。《魔装機》『ファルク』より、カルドガン平野を進行中の『ジラドス』《魔装機》部隊を撃退したとの報告が入りました。
よって、第二級警戒体制を解除し、通常体制へと移行して下さい。繰り返します……」
どこからか、アナウンスの声が響きわたる。
「そう……無理強いはしないわ。なら、数日以内にあなたを地上に送り返すわね。
送還の予定が決まったら連絡があると思うから、それまではあなたの寝ていた部屋で休んでいるといいわ」
「ああ、そうさせてもらう……」
懸命に隠そうとしているものの、生来の勘の良さで知覚してしまった。ウェンディの言葉とその”気”の纏う失望の感情に耐えられず、正樹はその場に背を向け、歩みを進めた。
ウェンディがブランソンに、自分を部屋に送り返すよう頼んでいるのを背中で聞きながら、その足は《魔装機》整備工場を離れる。
外には、この城塞に避難してきていた人々が、三々五々元の部署へと戻って行く姿が見られた。人々は口々に《魔装機》の活躍について語っており、その表情はいずれもどこか誇らしさを漂わせている。
”ここの人にとって、《魔装機》は英雄そのものなんだな”
……しかし、自分にとっては理不尽を押しつけてくる悪鬼に他ならない。
そう考えつつも、人々の列がゲートの外に消えて行くのを見送りながら、正樹はどこか、自分が裏切り者にでもなったような気分に襲われていた。
「……くそ、知ったことかよ」
悪態と共にその感情を吐き捨て、正樹は自分もゲートをくぐり、城塞の外に出た。
とたんに、城壁に守られている城塞の中では感じなかった風が、正樹の全身を包み込む。
”ここの風は生き生きとしてるんだよな”
心地よい感触の中で、正樹はその感触をもっと楽しもうと、その風に向けて感覚を開放する。
……瞬間、正樹の全身の毛と言う毛が総毛立った!
”敵意、殺意、破壊の意志、これは……これはッ!?”
「戻れぇーーーーーーッ!!」
反射的に、正樹は自分の最大音量で絶叫していた。幾度も感じたこの禍々しい風。風の中に混じる、死の臭い。
突然叫びだした少年に、側を歩いていた人々がぎょっとした様子で正樹を見やる。しかしそんなことにはかまわず、正樹は再び叫んだ。
「戻れーーッ!! まだ、出ていっちゃいけない!」
「どうした、マサキ・アンドー!?」
遅れてゲートに出てきたブランソンが、正樹の突然の行動に慌てて駆け寄る。
「離せ、まずいんだ。近くにいる。いるんだ!」
一見意味不明な言葉を連打しながら、正樹は自分の両腕を掴んで揺さぶるブランソンを振り解く。そしてゲートの外へと駆け出すと、再び声の限りに叫んだ。
「行くな、帰れーーーーーーーーーーーーっ!!」
あたかも、正樹の絶叫に合わせたかのように。
閃光。轟音。そして……正樹の目の前で、大エネルギーの塊が、施設の建物を一つ包み込み、消滅させた。
Ⅶ
誰もが我が目を疑った。一体何が起こったというのだろう? 研究機関の事故だろうか? 光の中に、施設が、命が消えて行く。
誰ひとり、その時何が起きたのかを理解するものはなかった。ただ、絶対の事実として、死と破壊がふりまかれただけ。高温度のプラズマが、二度、三度と大地を抉り、光の中に”何か”が失われて行く。
その破壊の元凶は、城塞施設の隙間を縫うように駆け回り、そして城壁をいともたやすく飛び越えると、正樹の眼前に、その姿をさらした。
全高は、十五メートル弱だろうか。全体の色彩は少し深めのエメラルドグリーンに近い。大まかに分けて両の鉤爪、胴、尾の四部分に別れるその形態は、どこか海老などの甲殻類を思わせる。海老であれば頭部に当たる場所にはご丁寧にも一対のカメラアイが埋め込まれており、口のような器官からは、先程のプラズマ弾はこれによるものだろう、散発的にぱちっ、ぱちっと紫電を放っている。正樹はそれに、まるで目の前の存在が、舌なめずりをしているかのような感覚を覚えた。
「戦闘用『グラフドローン』……だと? 『ジラドス』の部隊はテュッティ殿達が壊滅させたのではなかったのか!?」
信じられない、と言う声音でブランソンが叫ぶ。
「空中戦車……? あれも《魔装機》なのか?」
「《魔装機計画》の初期に試作された、無人作業機械『グラフドローン』だ。厳密には《魔装機》ではない」
眼前を駆け抜ける『グラフドローン』を視線で追う正樹の呟きに、ブランソンが応えた。
「だが、あれはそれに無理矢理武装を取り付けた戦闘用のようだ。言うなれば、『グラフドローン・レイ』と言うべきだが……」
その目の前で、さらにもう一体の『グラフドローン』が城壁を飛び越え、地上の施設と、突然のことに呆然とする人々を薙ぎ倒した。そこに、胴部の機関砲を乱射する『グラフドローン』。機関砲の爆音と、人々の背筋凍る断末魔が、正樹の耳朶に響きわたる。
そこに至ってようやく、人々は自分たちが殺戮者の襲撃を受けているという事態を理解した。ゆっくりと心に染みわたって行く恐怖。しかし、何をすればいいのか解らない。
「何をやってるんだ! 逃げろ! 早く!」
ゲートの側で、正樹が彼らを導こうと絶叫する。逃げる? 何処へ? そうだ、城塞の中、《魔装機》の側なら安全だ。逃げよう。逃げるんだ。一刻も早く。誰よりも早く!
誰かが悲鳴を上げた。それに続いて、ゆっくりと、人々が動き始める。ゆっくりと、加速し、程なくそれは、恐慌という形へと変貌した。
『うわぁ、あーーーーーーーーーっ!』
「くそ、慌てるな! こっちに逃げるんだ!」
正樹は必死に人々を誘導しようと声を張り上げるが、混乱の極みに達した人々の耳に、それは届くことはない。なまじ気を抜いた瞬間の衝撃であったが故にか、彼らの受けた訓練は、こここの時に至って何の役に立つものではなかった。城塞のゲートに向けて、我先にと殺到する。
そして大きな人の動きは、『グラフドローン』の攻撃目標でもあった。機関砲を乱射し、建物を薙ぎ倒しながら、一機の『グラフドローン』が人々の波へと迫る。
「全砲塔、避難者を援護しろ! 一斉砲撃開始!」
この城塞の司令官の指令でか、逃げまどう人々の頭上で、十数基もの重機関砲が唸りをあげた。秒間数千発の銃弾が、人々に襲いかからんとする『グラフドローン』に向けて飛びかかる。さすがの空中戦車もこの攻撃は耐え難いものがあるのか、胴の機関砲で応戦しつつも後退を始めた。
「しばらくは時間が稼げるか……。あんたら、今の内に、ゲートの中へ!」
銃声と悲鳴、爆発音の交錯する下で、正樹は大きく腕を振り回し、逃げまどう人々を誘導する。そして大部分の人々がゲートの奥に消えたところで、自分もゲートの中へ入ろうとするが、
「待って、助けて、助けて!」
城塞の外壁の側を、逃げ遅れたのだろう一人の女性が駆けてくるのを視界の端に認めた。
「早く! こっちだ! ゲートが閉じられるぞ!」
正樹の言葉に、女性は慌てて足を早めた。しかし、足を痛めてでもいるのか、その走りはどこかよたついている。
その時、城塞の陰から、もう一機の『グラフドローン』の姿が踊り出た。そしてすぐさま放たれたプラズマ弾が、砲塔の一つ、それもよりにもよってその女性の真上の砲塔をうち砕く。
「きゃ…………!!」
「…………!」
降りしきる高温の破片の中に、女性の悲鳴がかき消えた。白煙が立ち上り、慈悲深くもその惨状を覆い隠す。
そしてその煙が晴れた後には、堆く積み上がった瓦礫と、溶け落ちた鉄骨。
その中から伸びる白いものは、いったい何なのだろう?
白い棒の先が、小さく五肢に分かれている。
所々赤黒く汚れたそれがなんなのか理解したとき、正樹の思考は停止した。
正樹の表情から、急激に血の気が退いて行く。奇妙な非現実感の中で、機関砲の音と、人々の断末魔がこだまする。
奇妙な分離感。孤立感。死と破壊の世界に一人取り残されたような、そんな感覚の中で、正樹はただ、立ちつくす。
「おい、どうした、マサキ・アンドー!?」
硬直して動かない正樹を、ブランソンが激しく揺さぶる。その一方で『グラフドローン』の一機が、自分たちに銃口を向けているのを見て取ったブランソンは、その腰のホルスターから一本の鉛筆サイズの棒を抜き放ち、叫んだ。
「エル・アル・ハラム・ラル! 疾く、駆けよ!」
瞬間、ブランソンの手の中の棒がまばゆい輝きを放ち、次いでブランソンと正樹の姿がかき消すように消滅した。それと間一髪の差で『グラフドローン』の機関砲が火を噴く。しかし、その時には既に二人の姿は、ブランソンの使用した《加速の簡易呪法》によって、城塞の中へと移動していた。
「ゲートを閉じるぞーッ!」
兵士達の声と共に、城塞のゲートがゆっくりと閉じられて行く。それを横目で見ながら、ブランソンは光を失った棒切れ……《簡易呪法》の媒体を投げ捨て、先程から硬直したままの正樹を激しく揺り動かした。
「おい、どうしたんだ!?」
「……死んだ。人が、潰されて。つぶされ……て」
うわごとのように、呟く。
「潰れた。人が。あいつ……許さねぇッ!!」
突然激昂したように叫び、正樹はブランソンの腕を振り解く。そしてキッと城塞内の施設……《魔装機》整備工場を睨み付けると、無言のままそちらへと駆け出した。
「お、おい、どうする気だ!?」
突然の行動に困惑したようなブランソンを置き去りにして、正樹は《魔装機》整備工場に飛び込んだ。そしてまっすぐ整備台に立つ『ジャオーム』に駆け寄ると、整備台の昇降リフトの制御板を出鱈目に叩く。
「……マサキ? どうしたの?」
突然のマサキの行動に、奥で何かしらの作業を行っていたウェンディが駆け寄り、心配げに尋ねる。が、正樹はそれには応えず、いつまでたってもまともに制御できない制御板に、苛立ったように拳を叩きつけた。
「おい! こいつはどうやって乗り込むんだ!?」
鬼気迫る、とはこういう表情を言うのだろうか。今までの正樹からは想像もつかないほどの迫力に圧迫され、ウェンディは萎縮した喉から声を出すのに一苦労する羽目になった。
「ええと……機体の前に立って、『エラ・ヴィン・ジャノク』と唱えれば、《精霊殻》に自動的に取り込まれるけれど……あなた、どうする気?」
「あのザリガニ野郎を、ブッ潰してやる。あいつは、俺の前で人を殺した!」
「でも、あなた訓練は受けていないのでしょう? それにこの『ジャオーム』は余程《プラーナ適正》が相応しくないと、充分な力を発揮することはできないのよ!?」
「ペダルを踏みゃあどっかに走る! レバーを押せば何かが出るだろ! それで充分だ!」
「何て無茶な……!」
滅茶苦茶を言う正樹に、ウェンディは呆れと、どこかそんな行動に出られる正樹への羨望を含んだ呻きを漏らした。でも、《魔装機》にレバーやペダルはないのよ。そうウェンディは続けようとするが、正樹はそれ以上、聞く耳を持っていなかった。
「『エラ・ヴィン・ジャノク』! 俺に力を貸せ、『ジャオーム』ッ!!」
正樹は『ジャオーム』の前に仁王立ちになり、地の果てにも届けというばかりに絶叫する。
その声が整備工場の壁に幾度も反響して消えようと言う時、『ジャオーム』の両の目が輝いた。
その瞬間、正樹の足下に、薄い緑色の光で不可思議な文様が描かれた。その文様は急速にその輝きを強め、その輝きを帯びた風が、正樹の体を包み込む。
かすかな浮遊感、失墜感。そして急激に強まった輝きが途切れた時、正樹の姿はその光と共に、かき消えた。
Ⅷ
「ここが、《魔装機》の中って奴か」
一瞬の視界の暗転。それが過ぎた時正樹は、《魔装機》『ジャオーム』の内部へと、その体を転移させられていた。
そこは、上も下もない、一面が薄い緑色の光に溢れた奇妙な空間だった。
浮いているのか、立っているのか、それとも寝転がっているのかも定かではない姿勢で、ただ『風』の感触だけが、正樹という存在を支えている。
そこは《魔装機操者》を保護し、その制御を補助するために、その空間を擬似的に精霊界へと遷移させた《精霊殻》の内部であった。ただし、それを正しく機能させるには、その《精霊殻》に宿る《精霊》と、自身の《プラーナ》の波長を同調させねばならない。
しかし、そんなことなど今の正樹は知る由もなかった。”くそ、何も見えねえじゃねえか!”悪態をつきながら、何かが掴めないかと両手両足を振り回す。
「……マサキ、聞こえる? 落ち着いて、周囲の《精霊》に心を合わせて!」
どこからか、ウェンディの声が響きわたる。”《精霊》だって?”正樹は自分のまわりにそれらしいものの存在を探すが、彼の感覚は、『風』の感触以外何も感じ取ることができない。
”もしかして、この感覚が《精霊》なのか?”
そう思い至り、正樹はゆっくりと、その『風』へと感覚を重ねていった。いつも、風を感じているときのように。全身の神経を、両腕を広げるように、解き放つ。
すると、正樹の全身にゆっくりと、重力の感覚が戻ってきた。確固とした足場の感触が生まれ、正樹はしっかりとそれを踏みしめる。
改めて見ると、そこは内径一メートル半程の球状をした、薄い緑色の膜に包まれた空間であることが知れた。
「しかし、それでも何もないのにかわりはねぇか」
周囲を見回し、そこに《魔装機》の制御に使うであろう機材の一つもない事を確かめた正樹は、困惑して呟いた。
”PTの操縦席とは違うのか……座席すらありゃしない”
正樹がそんなことを考えていると、出し抜けに《精霊殻》の内部の情景が荒れ狂った。
「うわ、うわ!」
周囲の『風』が凝り、正樹の周囲に、様々な機材が現れる。
PTの操縦席にあるような、背中から搭乗者を固定するパイロットホルダーシート。そしてそれに付属するフットペダルと、アームレストと一体型になったレバー。そして正樹を包む球状の膜が一瞬ノイズに覆われたかと思うと、次の瞬間にはそこには、恐らくは《魔装機》整備工場であろう、暗い工場の内部の光景が映し出されていた。
「はあ、何が何だかわからねぇが、とりあえずこれで動かせそうだな。……よっと」
正樹はパイロットホルダーのベルトやフックで自分の体を固定すると、その足をフットペダルに、腕をレバーにそれぞれあてがった。
”PTの固定具って、こんなにグライダーのに似てたっけか?”という疑問が正樹の脳裏をよぎるが、とりあえずこの場は考えないことにする。
と、正樹の目の前の光景の一部に次々とウィンドウが現れ、『操者《プラーナ》同調率99.998%』『操者《プラーナレベル》114』などと、正樹には意味不明の言語が乱舞した。そして、その中央に、ひときわ大きなウィンドウが開く。『起動準備完了』
「よし……それじゃ行くぞ、『ジャオーム』!!」
そして、正樹は思いきり、右のレバーを押し込んだ。
※
「嘘でしょう……? こんなに簡単に、『ジャオーム』と同調できるなんて……」
僅かによたつきながらも、自らの体に絡みつく整備台のなれの果てを引き剥がす『ジャオーム』に、ウェンディは半ば呆然と呟いた。
正樹が『ジャオーム』の中に消えてから数十秒。一応助言は与えたものの、『ジャオーム』は全く動く気配を見せていなかった。
その時、ウェンディは当然だと思った。一般として《魔装機》は、その制御のために、かなりの《プラーナ》制御の訓練を必要とする。事にこの『ジャオーム』は、戦闘用としては初期制作型故に、極めて《プラーナ》同調可能範囲が狭い……つまり、同調させにくい。
何しろ、現行の《魔装機操者》の中でも有数の実力を持ち、試験操者をも勤めるファング・ザン・ビシアスですら、起動に難渋する代物なのだ。
まして、《魔装機》に触れるのが初めての人間に……。
そんなことを考えていた矢先に、弾けるように『ジャオーム』が起動した。
《魔装機》を《魔装機》たらしめている理由の一つ、神鉱石を源にした一種の精神バリアである《魔装》が活性化し、『ジャオーム』の姿を本来のそれよりもさらに一回り大きいものに変容させる。
そして、それを待っていたかのように『ジャオーム』は駆け出し……未だ解かれていなかった整備台の拘束に、全身をからめ取られる結果となった。
『ジャオーム』は、無理な起動によってへしゃげ、自らを拘束する整備台の鉄骨を引きちぎり、一瞬躊躇ってから足下に落とした。そしてぶるっと全身を震わせると、未だ名残惜しげに体にまとわりついていた整備台の残骸が、がんがんがらがらと盛大な音を立てて落下する。
幸い『ジャオーム』の起動と共に周囲の人間は避難していたから良かったものの、無茶苦茶な行動である。
「なんて粗雑な奴だ……もう少し考えて行動できないのか!?」
整備台の残骸の落下の衝撃で巻き上げられた土埃に咳き込みながら、ブランソンが罵倒する。だが《精霊殻》の中には届かなかったらしく、『ジャオーム』は僅かにその身を屈めると、
「行くぞォッ!!」
放たれた弾丸の如く、飛び出した。
※
「冗談みたいだな……俺、どうやってこいつを動かしてるんだ?」
《魔装機》『ジャオーム』で城塞の城壁を飛び越えながら、正樹は困惑したように呟いた。
起動してより数分で、正樹は『ジャオーム』の基本的な操作はほぼ完全に習得していた。
腕を振る、走る、屈む、跳躍するなどのあらゆる身体的制御。視覚、触覚、聴覚は勿論、何故か嗅覚、味覚までも含めた五感。そして、左肩に装備された剣と、右肩に装備された磁気加速砲などの、武装の制御法とその特性、射程距離、予想される威力。
原理は不明であったが、それらの全ての制御法が《精霊殻》の中の正樹には手に取るように解った。
「どこだ、彼奴は……!」
『ジャオーム』の中で正樹は、『グラフドローン』の姿を求め、周囲に視線を巡らせた。
まだ地上のPTでも一部のハイエンド機に搭載されているのみの全天視界型スクリーン……に酷似した視界は、正樹が望む通りに注目、拡大、縮小が行われる。
”目標の位置を検索できないか?”と正樹が考えた途端に、スクリーンに走査線が走り、赤いターゲットボックスが目標の『グラフドローン』の位置を指し示した。
「こっちかァッ!!」
正樹は右の『グラフドローン』に目標を定め、右のレバーを一気に引き戻し、左のレバーを逆に押し込む。たったそれだけの操作で『ジャオーム』は方向を転換し、あまつさえ途中のビルの残骸さえも跳躍してやり過ごした。
『ジャオーム』が城塞の砲座に対して応戦している『グラフドローン』に肉迫するのに、ほんの数秒しか要さなかった。
一気にフットペダルを踏み込み、加速する。急速に接近する闖入者に『グラフドローン』は機関砲で応戦するが、その弾薬は『ジャオーム』の《魔装》の表面に食い込むものの、即座に《魔装》の修復能力によって再生してしまう。
「食らえッ!」
とっさに武器を使うという発想が浮かばなかった。右の拳を握りしめ、纏う《魔装》を強めると、全身の《プラーナ》を込めて殴りつける。
拳は正確に『グラフドローン』の頭部を捉えた。みしりと装甲板が軋み、内部の構造体がへしゃげる感触が伝わってくる。ばきばきと装甲が突き破られ、次いで頭部に内蔵されていた機関砲が誘爆する。
断末魔のスパークを弾けさせる『グラフドローン』から、めり込んだ腕を引き抜く『ジャオーム』の中で、正樹は自分の腕が奮えるのを抑えることができずにいた。
それは戦場に対する恐怖ではない。破壊に対する悔恨でもない。正樹は、自分の中からわき上がってくる興奮を、抑えることができなかったのだ。
自分は今、幾つもの命を奪った恐るべき殺戮機械を、たったの拳の一撃で破壊してしまった。
何の武器を振るったわけでもない。武器を振るう必要すらない。ただ、力を込めて一撃を加えるだけで、いとも簡単に、あの『グラフドローン』が行った以上の破壊を振りまくことができる。
あまりにも絶対的で、無造作な、力。それが今、自分の手の中にある。
「はは……やばい、な。何考えてるんだ、俺は……」
少しでも気を緩めると飲み込まれてしまいそうな、そんな力の衝動から自分を引き離すために、わざと正樹はかすれた声を吐き出した。
いけない。このままでは、自分の中の何かが壊れてしまう。惑わされるな、正樹。
正樹は深く、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。一つ息をつく度に、自分の中の黒い衝動が洗い流されて行く、そうであるに違いないと自分に言い聞かせながら。
軽く2、3分もそれを繰り返しただろうか。正樹の腕の震えが、ゆっくりと鎮まってゆく。そして、それからさらに数分を待って、ようやく正樹は張りつめていた物を吐き出した。そしていつの間にかびっしりと額に浮かんでいた汗を拭いながら、忌々しげに舌打ちする。
「こいつが、いわゆるところの力の誘惑って奴か……冗談じゃねぇな。俺が、そんなもんに惑わされるなんざ……」
「『ジャオーム』の操者殿! いかがしました!?」
嘆息する正樹の耳に、困惑した男の声が届く。どうやら砲塔の兵士のようだった。急に動きを止めた『ジャオーム』を不審に思ったのだろう。正樹は心配ない、と応えると、改めて周囲へと視線を巡らせた。
「確か、もう一機居たはず……何処に行った?」
言葉と共に、先程と同様、敵の存在を走査する。程なくして『ジャオーム』の探知機構は、目標の『グラフドローン』を発見し、その方角と距離を正樹に知らせる。北北西に約九百メートル。
「あと一機ッ、行くぞ!」
正樹は探知機構の示す方向へときびすを返し、そして力一杯フットペダルを踏み込んだ。
Ⅸ
「どういうことです? 誰が『ジャオーム』を動かしていたのですか……?」
ようやっと王都に帰還し、整備工場中庭で『ディンフォース』から降りたヤンロンは、出迎えたウェンディに尋ねた。
《魔装機神》『ザムジード』の操者であるリカルドから、テロリスト組織『ジラドス』の残存部隊が王都に侵入したという連絡を受けたヤンロンとテュッティ、シモーヌの三人は、全速力で各々の《魔装機》を駆けさせ、ようやく今帰還したところだった。
そして、途中で王都の状況を確かめようと放った偵察用ドローンから送られてきた映像から、『グラフドローン』の最後の一機へと立ち向かってゆく『ジャオーム』の姿を認めたのである。
まず『ジャオーム』は『グラフドローン』に対して、全身によるぶちかましを仕掛けたようだった。充分に速度の乗った体当たりに耐えられず、『グラフドローン』は大きくはじき飛ばされ、周囲の辛うじて破壊を免れていた建物に止めをさしながら転がる。
そこに『ジャオーム』は大きく跳躍し、そのまま『グラフドローン』の上に飛び降りた。土煙を上げながら停止する『グラフドローン』の装甲に、踏みつけによって『ジャオーム』の足の形の窪みが穿たれる。人が血を吐き出すように、『グラフドローン』の頭部からスパークが発する。
『ジャオーム』は混乱してばたばたと暴れる『グラフドローン』から一旦離れ、左肩に内蔵された剣――『ディスカッター』を引き抜くと、おもむろに逆手に握り、『グラフドローン』の胴体中枢に突き下ろした。《魔装》を帯びた刃は易々と『グラフドローン』の装甲を貫いたが、僅かに狙いが逸れたのだろう、動力炉であるオルフィレウス永久機関には刃は通らなかったようだった。まだ、機能は停止していない。
辛うじて稼働している『グラフドローン』は最後の悪あがきとばかりに、自身に剣を突き立てたままの『ジャオーム』の頭部へと、その腕を伸ばした。そしてその先に装備されたプラズマ砲『サンダーボール』を、至近距離で放つ。
顎を打ち据えた衝撃に、『ジャオーム』は大きく上半身をのけぞらせる。表面の《魔装》が、黄金色の粒子となって飛び散ってゆく。だが、『サンダーボール』は『ジャオーム』の《魔装》を貫通することはできていない。
不意打ちによって削れた《魔装》を瞬時に回復した『ジャオーム』は、今度こそ止めをさそうと、突き立てたままの剣を二度、三度とねじった。
ぐしゃぐしゃに内部構造をかき回され、断末魔にぼんっ、と関節の隙間から火花を散らして、今度こそ『グラフドローン』はその機能を完全に停止した。
「目茶目茶じゃないの。あんな戦い方、する人いたかしらね?」
ドローンからの映像を思い起こし、シモーヌが辛辣な感想を口にする。全く持って、ヤンロンも同感だった。
『グラフドローン』を破壊した『ジャオーム』は、剣を突き立てた止めの姿勢のまま、動かなくなっていた。『ジャオーム』の《精霊殻》からの情報によると、《プラーナ》の放出のしすぎで、操者が気絶してしまっているらしい。
「あれに乗っているのは……マサキよ」
「は?」
「三日前に召喚されてきた、地上人のマサキ・アンドー。さっき、『ジャオーム』に乗って戦っていたのは、彼なのよ」
ウェンディの答えに、ヤンロン達は耳を疑った。ヤンロンとシモーヌは、それが誰なのかとっさに思い出せず、テュッティは小さく驚愕の声をあげる。
「彼が!? そんな、まさか! さっき意識を取り戻したばっかりだったのに!」
「……って、例の火だるま少年の事?」
「そうよ、大変! 病み上がりの体力で《プラーナ》放出過剰なんて、命にかかわるわ! 急いで医療班を手配しないと……」
はなはだ不名誉なあだ名で思い出すシモーヌに、青ざめたテュッティが応える。すぐにでも通信機を引っぱり出そうとするテュッティを、ウェンディがたしなめた。
「大丈夫。もう医療班は向かわせているし、《精霊殻》の応急処置機能が、彼の身体機能を維持してくれているから……」
「そうですか? ……ふう。でも、何で彼が……」
「それはね……」
状況の説明を始めるウェンディを後目に、ヤンロンはゲートの外……『ジャオーム』が擱座している方向へと視線を向けた。無論この場所から実際に見えるわけではなかったが、ヤンロンは脳裏の、帰還途中に見た『ジャオーム』の姿を思い起こした。
”僕には全く制御できなかった『ジャオーム』を、初めてで完全に乗りこなしていただと……?”
過去、召喚されて間もない頃、ヤンロンもまた『ジャオーム』に試乗した経験があった。だが、その結果は惨憺たる物で、《精霊殻》の不適合により、それから数日の間、酷い二日酔いにも似た症状に悩まされることになった。
原因は、ヤンロンの《プラーナ適正》が、《火》の《属性》に非常に偏っていたためだった。《火》の《属性》は、《風》の《属性》に対して優越性を持っている。その為《風》の《精霊》を宿した『ジャオーム』の《精霊殻》と彼の《プラーナ》が反発し、結果彼は拒絶されたのだ。
特性上の原因であることは解っている。現に、ヤンロンが別の《魔装機》、ことに《火》の《魔装機》の適応試験を行った場合、彼は誰よりも高い適性指数をはじき出した。
「それでも、納得できないことはある……」
「……? どうしたの? ヤンロン」
知らず、言葉に出ていた呟きを聞きつけたシモーヌに、「いや、何でもない」と答え、ヤンロンは再び、『ジャオーム』のある方向へと視線を向けた。
「まあ、これで又一人、操者が見つかったという事ね」
「まだよ。彼が操者になることを受け入れると言ったわけではないんだから……」
女達の会話を背中で聞きながら、ヤンロンは苦笑した。自分は何を気にしているのだろう。彼女達の様に、素直に優秀な仲間が増えるであろう事を喜べばいいではないか。
そういい聞かせても、彼の胸の奥に生まれた痼りは、なかなか消え去ってはくれなかった。
第二話です。ラ・ギアスの世界観の説明と魔装機への搭乗。
《精霊殻》と《魔装》の設定が追加され、これが偽典世界の魔装機とPTの決定的な性能差を生んでいます。
魔装機と魔装機神の決定的な性能差は《魔装》の密度と物量で決定されており、関節駆動もこの《魔装》の密度のコントロールで行われています。プラーナ上昇による装甲や運動性の向上を再現するための設定ですね。かわりに《魔装》は操者のプラーナによって生成されているため、魔装機は戦闘時間が長くなればなるほど操者の負担が大きくなり、最終的には枯死する場合もあります。(マドックがそうして死んだ想定)
この設定のおかげで、魔装機の戦闘力を操者の精神力に直結することができ、さらにアクションで機体を壊しやすくなりました。改めて見ると、ほんとに機体壊すの好きですよね自分。
ちなみにこの《魔装》フィールドの強弱で関節を駆動させる概念、∀ガンダムでIFBD駆動が登場する前にやってるんですよ、とちょっと自慢。まあ、元ネタは「風の白猿神 神々の砂漠」なんですが。