I
『
超空間の裂け目に飛び込み、一瞬視界の全てが白に染め上げられる。
「ハイパースペース・アウトまで3……2……1……アウト!」
シロのカウントダウンと共に、機体全体が鈍く揺さぶられる。超空間と通常空間の境界面を突破した証だ。
最初に正樹の目に飛び込んできたのは、赤く色を変じた……そのまま暗褐色に暗転して闇に没する直前の『天球』だった。
視界の果てに、夕焼けの『天球』に照らされて赤く染まった地表の姿が見える。この世界独特の、雲の中に消える世界。球殻世界ラ・ギアス。
「やっと戻ったか……」
その光景は、地上人である正樹にとっては怪異以外の何物でもない。しかし、そんな異質な世界でも、目に入った途端に安堵の息を吐き出してしまう。
皮肉な自分の心理に苦笑を漏らしつつ、正樹は計器に視線を一巡させた。
数日前地上に上がったときは、あっという間に計器が異常値を弾き出し、『サイバスター』の人工精霊がノックアウトされてしまった。
一度経験した問題であるし、今度は『サイバスター』の生まれ故郷であるラ・ギアスへの転移である。そうそうまた問題が起きるとも思いたくないが、一応状況を確認するに越したことはない。
「……特に計器に異常はないみたいだな」
「人工精霊の機能も快調、今現在位置を確認してるニャ……あら?」
正樹の視界の外で『サイバスター』の機能をチェックしていたクロが、訝しげな声を上げた。
「どうしたんニャ?」
「現在位置が予定と違うニャ。……ええと……ええ!?」
クロの悲鳴混じりの声に、モニタに映し出される座標を見る。そのいまいち見慣れない数字を地図に当てはめた時、その意味する内容に、正樹の声が上擦った。
「ちょ、ちょっと待て! これってシュテドニアス領内じゃねぇか!」
シュテドニアス諸国連合は、ラングラン王国のあるエオルド大陸の東に位置する、人口第二位の大国である。
歴史的にもラングラン王国程ではないにせよ古く……隣接する大国のセオリー通り、互いの関係は必ずしも良好とは言い難い。それは、独立運動組織『ジラドス』の背後にシュテドニアス諸国連合の特殊工作組織の暗躍があったことを知る正樹もよく理解するところである。
「おかしいじゃニャいか! 王都に出るよう座標決めたはずだろ!?」
「アタシに聞かニャいでよ!」
泡を食って、ぎゃんぎゃんと喚き散らす使い魔達。甲高い声に苛立ちが喚起されるのを押さえ込む正樹だが、その一方で使い魔達が大騒ぎしてくれるおかげで、かえって自分は冷静に思考を纏めることができたのも事実である。
「誰のせいでも、シュテドニアス領内に魔装機神がいるのは最悪にマズい。とっとと逃げ出すしかないが……とりあえず姿を隠そう」
そう口に出しながら、正樹は『サイバスター』を降下させた。ラ・ギアスでは電波式のレーダーは《調和の結界》によって無力化されるが、代わりにエーテル密度の変化を探知するエーテルレーダーが用いられている。そして、高度を下げて障害物に紛れれば見つかりにくくなるのはどちらも同じだ。
針葉樹が立ち並ぶ林を見つけ、その中に『サイバスター』を降着させる。べきべきと木々がへし折れる音が耳に届き、正樹は思わず誰へともなく「すまん」と謝罪の呟きを漏らした。
「それにしても、やばいことになった。どうするか……」
シュテドニアス諸国連合の、必ずしも肥沃とは言い難い風景を見やりながら、正樹は一人呟く。このシュテドニアス国内で『サイバスター』の姿が目撃されるのは、地上でのそれ以上に深刻な事態を引き起こす恐れがある。
何しろ、『サイバスター』は地上では『謎の正体不明機』で片づけられるが、バゴニアやシュテドニアスなどのラ・ギアス諸国においては『神聖ラングラン王国の最終兵器』として認識される。
『魔装機神隊』がどれ程声高に『全界の調和の僕』と主張しようと、その出資者が神聖ラングラン王国と錬金学協会(これも大半がラングラン出資)であり、代表者会議の主要議席をラングラン軍部と王室が占めているとなれば、そのような認識を持たれて然るべきと言える。
今ここに『サイバスター』が存在することは、疑う余地無く領土侵犯とみなされる。そんな状態で『サイバスター』がシュテドニアスに捕捉された場合、『サイバスター』は無条件に投降しなくてはならない。逃亡すれば領土侵犯、戦闘行為は侵略行為と認識される。
そして、万一『サイバスター』がシュテドニアスに拿捕されれば、彼らは『サイバスター』をフレームの一欠片まで解析し、その要素技術を解明しようとするだろう。
正樹の手元にある選択肢は1つ。シュテドニアスの偵察部隊などに捕捉される前に、シュテドニアス領内から離脱することしかない。
なんて事だ、ここ数日ケチの付き通しじゃないか。正樹はこの世の不条理と自分の不運に怨嗟の声を上げた。視界の影で、猫達が自業自得云々と揶揄する声は聞こえないこととする。
「何にせよ、ボーッとしてる訳にもいかねぇか。取りあえず出力を最低まで落として、レーダーに引っかからないよう低空を飛行して……っ!?」
使い魔達に取りあえずの行動を指示しようとした瞬間、正樹の感覚が『何か』を捉えた。
「ど、どうしたニャ」
「シロ! 右斜め後ろに『アートカノン』発射!!」
「ニャッ!?」
唐突な指示に飛び上がり、そのままの勢いでコンソールの中に飛び込むシロ。直後、右翼に銀の光が凝集し、風の《魔装》の塊が解き放たれた。
『アートカノン』の精霊擲弾は空間を軋ませながら迸り、行く手を阻む木の枝を抉って駆け抜ける。その行く末を確認する間もなく、正樹は『サイバスター』の身を翻した。
大きく地を蹴って跳躍し、手近な崖の上に着地する。超重量の落下に、木々がざわざわと揺さぶられる。
「何だ何だ何なんだニャ!?」
「どうしたニャ、正樹!?」
クロがシートにしがみつき、シロがコンソールから頭だけを生やして口々に問う。
「視線を感じた。恐ろしく近くだ」
「視線? レーダーにはニャにも映ってニャいわよ?」
「気のせいじゃニャいのか? とうとう方向音痴が脳に来たかニャ?」
猫達の問いに短く答えつつ、油断無く視線を周囲に巡らせる。
「気のせいじゃねぇ。嫌な空気が満ちてやがる。大体、『サイバスター』が飛び上がっても鳥の一匹も羽ばたかねぇのはおかしいだろ」
「あ……」
正樹に言われて、使い魔達も気が付く。確かに、今『サイバスター』が跳躍したとき……いや、それだけではない。『サイバスター』が林の内に着地した瞬間も、鳥達のざわめき一つ聞こえてこなかった。
陽が、ゆっくりと光を失ってゆく。風は穏やかに梢を揺らす。生き物たちが、支配者の交代を宣するように騒ぎ立てるはずの時間。なのに、この冷たさは何だ。この静けさは何だ。
正樹は感覚を研ぎ澄ます。何も見えない。しかし、何かがいるのがわかる。それに敵意、殺意の類いはない。しかし、確実に『それ』は自分を見ている。自分の姿を見て……笑っている!
「そこだっ!」
正樹の脳裏に閃光が散った。その意味を言葉に変換する間も置かず、正樹は『アートカノン』を放った。
翼から放たれた風の弾丸が、虚空の一点を貫いた。何もない只の空で銀の輝きが弾け、飛沫がきらきらと輝いて落ちる。
「外したのかニャ?」
「いいや、良く見な」
正樹が促すに時を合わせたように。
ぽんっと虚空から火花が吹き出した。
それを先触れに、ぎぢっという軋みを伴って、紺色のボールが姿を現す。表面の一点に、小さくカメラのような目を持った小さな球体。今までどうやって姿を隠していたのか。
その目を『アートカノン』に灼かれたのだろう、目の奥からばちばちと火花を散らし、そして一つ大きくぽむっと炎を吹き出したのを断末魔に、四散する。
「……シュテドニアスの偵察ポッド?」
「いや、違う。理屈はわからねぇが、そんな大人しい代物じゃねぇ」
偵察ポッドなどではあり得ない。そんなものが、この背筋を這い回る悪寒を呼び起こしたりはしない。
「誰か知らねぇが、出てこい! まだ近くにいるのはわかってる!」
外部音声出力を最大にして、正樹が叫ぶ。
その声に応えるように。
『サイバスター』の目の前で、世界が裂けた。
Ⅱ
遂にシュテドニアス上空の『天球』は光を失い、ラ・ギアスに夜が到来した。
夜の訪れを示す薄暗闇。今夜は新月。世界に光を与えるのは、他ラ・ギアスの他面を今も照らし続ける『天球』の残り灯のみ。
そんな暗黒の世界で。正樹の目の前には、より一層深い暗黒が口を開けていた。
一切の光の透過を許さない漆黒。この世ならぬ真の闇。しかし正樹は、それが自分も見慣れた超空間への扉であることを直感していた。
(多分、『サイバスター』の『
そう推量する正樹の前で、闇の表面が揺らいだ。
闇はゆらゆらと揺らぎ、やがて中央に群青の燐光が宿る。黒よりもなお深い闇の色。闇の輝き。
闇の燐光は見る見るうちに広がり、『サイバスター』と同じか、一回り大きいくらいの影へと姿を変える。
燐光に、明暗が生まれる。いや、それは凹凸か。燐光が形を成してゆくのか。『サイバスター』を写し取ったように巨大な、しかし『サイバスター』よりも更に重厚で、力強い輪郭を。
そして、燐光に覆われた闇が、割れる。
「ッ!?」
瞬間、空間の亀裂から風が吹き抜けた。
『縛風』とでも言おうか。圧倒的な重圧を内包する、酷く重苦しい風。『サイバスター』が象徴する軽やかなそれと対極を成すように、その風はまるで束縛を――激しい風に吹き付けられ、一歩も前に進めない苦悶を体現するかのようだ。
思わず一歩を退く正樹の目の前で、闇の奥に身を隠していた『何か』が、その姿を露わにする。
『天球』の残り火が薄く照らすその姿は、ちょうど『サイバスター』より一回り巨大な人型。その四肢は魔装機の中では屈強な部類である『サイバスター』のそれよりも太く、そこから揮われる力の程を黙示している。
城塞を想起させる肉厚の装甲は、普通の黒よりもより闇の色を印象づける群青で彩られており、両腕と両足、そして胸部に据えられた赤い水晶体――恐らくは魔法石の一種と思われるものが、闇に浮かぶ血溜まりのような光を放っている。
(こいつは――何だ!?)
その青の巨体は、黄色く浮かび上がる双眼で『サイバスター』を見据えて動かなかった。その蒼い巨神を、全身を警戒心の塊へと変えて、正樹は睨み返す。
少なくとも、ラングランの魔装機ではないと思えた。今まで正樹は、このような機体をラングラン国内で見たことはない。このような、圧倒的な存在感を無尽蔵かと思うほどに放射する巨躯ならば、ちらりとでも目にすれば記憶に残らないはずがない。
ならば、シュテドニアスかバゴニア。ここはシュテドニアス領であるから、そこが開発した新型の魔装機だろうか?
(いや、そうじゃない。この感じは、そういう単純な相手じゃない……)
仮にこれがシュテドニアスの新型魔装機であったとしたら、何らかの警告なり何なりがあって然るべきだ。だというのに、未だにこの闇の色を纏った巨神は、沈黙を保ったまま『サイバスタ-』を見据えている。
『サイバスター』のセンサーは、その巨神の装甲が《魔装》、それも桁外れに収束率の高いものであることを知らせている。少なくとも、魔装機に分類される機動体であることは間違いない。
(そもそも、俺はこいつの感じを知っている……どこかで俺は、こいつに会ったことがあるのか?)
闇色の巨神の纏う気配――厳密には、闇色の装甲から漂う《魔装》の『臭い』が、正樹の記憶にある何者かと合致するのだ。
(そうだとしたら、一体誰だ?)
――そう、正樹が自問した瞬間。
闇色の魔装機が、動いた。
双眼が剣呑な光を放ったかと思うと、ばくっとその胸部装甲が解放された。
中央に光る血の色の魔法石、そしてその左右に巡らされた、紫水晶の如き球体が三対露出する。
その紫の表面に波紋が広がり、次いでぎしっという空間が歪む音が響き渡ったのと、正樹が『サイバスター』を大きく後方に跳躍させたのは、ほぼ同時のことだった。
「んなっ!?」
地面を蹴った『サイバスター』の爪先を掠め、紫水晶から陰火の如き輝きが迸る。
光は今し方まで『サイバスター』が踏みしめていた地面に注がれ、ぱっと閃光を放つ。
そして、『サイバスター』が再び着地したとき、閃光の発生点には何もなくなっていた。
きれいさっぱり。そこにあったはずの草木も、土も、小さくすり鉢状に抉られて消え去っていた。
悠然と立つ闇色の巨人に油断なく視線を配りつつ、正樹が使い魔に問う。
「何だ、ありゃ。粒子ビームか何かか!?」
「荷電粒子とかの反応ニャシ! 通常の『火器』じゃニャい!」
「ニュートリノとプランク定数の瞬間的異常を確認。空間破砕とかその辺の可能性が高いニャ!」
「空間破砕だと……? 野郎、空間に『
舌打ちとともに、正樹が吐き捨てる。空間破砕が相手となると、いかに魔装機神といえど防ぐ術はない。どんな厚い《魔装》を展開したとしても、その内部の素体まで、空間ごと抉られてしまう。
もし、空間破砕を防ごうとするなら、同じ空間制御術……しかも、相手の術よりも高出力の空間制御によって、その威力を中和するしかない。
「正樹、敵魔装機胸部に重力異常! 次、来るわよ!」
「んなぁっ!?」
クロに警告されるまでもなく、正樹の目は闇色の巨神の胸に、先ほどと同じ陰火が燃え上がるのを捉えていた。
「くそったれ、何がなんだかわからねぇが、大人しくやられていられるか!」
正樹の叫びに応えるように、『サイバスター』の両翼が大きく広げられた。『サイバスター』の翼は、幾層にも重ねられた一つ一つが、圧縮《魔装》を噴出する可動式推進器の役割を果たす。それが大きく広げられたと言うことは、いかなる状況に対しても回避行動を取れるように、推進器を準備した事を意味している。
闇色の魔装機から、再び陰火が放たれた。
しかし、先ほどとは異なり、『サイバスター』と闇色の巨神の距離は離れている。加えて、陰火の投射速度は光速のレーザーは勿論、レールガンの弾頭よりも明らかに遅い。
正樹は『サイバスター』を小さくジャンプさせ、陰火の射線から機体を逃した。それだけで、陰火による空間破砕を完全に回避できる自信があった。そして、その勢いで闇色の魔装機に反撃を加えようと、翼の向きを真後ろに集中していた。
未知の機体から放たれた陰火が、数メートル程迸ったところでふっと消え失せるまでは。
「消えた!?」
驚愕の声が喉から絞り出された。続いて、左の肩胛骨あたりにびりびりと静電気のような痛みが走る。
「正樹ッ! 左後方から空間湾曲反応!」
「……ッ!?」
クロの言葉を脳が咀嚼する前に、体が動いていた。
操縦桿を思い切り左に倒し、スロットルペダルを踏みしめる。
突然の最大出力に機体が抗議の声を上げるが、そこはそれ魔装機神。正樹の意の通り大きく左に跳躍する。
まさしく紙一重で、陰火が『サイバスター』のすぐ右を通り過ぎ、弾けた。
「……あっぶねぇ……」
ひょう、と口笛で冷や汗を誤魔化し、正樹は視線を闇色の巨人へと戻した。突然必殺の一撃を放った無礼極まる機動兵器は、どこか感心するような様子で『サイバスター』を見上げている。
――件の胸部の魔法石に、新たな陰火を宿らせながら。
「でぇっ!? またかっ!」
悲鳴じみた声を上げながら、正樹は全身の感覚を解放した。眼下で、闇色の魔装機が空間破砕の陰火を放つのが見える。1発……2発……3、4,5,6,7,8、9発!!
「本当かよっ!」
呪詛を吐き散らしている間に、右手前方に第一撃が出現した。ぎり、と奥歯をかみしめながら機体を正面に加速させ、陰火を背後にやり過ごす。
と、今度は真後ろに、例の背筋泡立つ感覚が沸き上がった。
続いて、右下、左上、正面、背面下、真左と、全方位から次々と陰火が現れ、『サイバスター』目がけて解き放たれる。
「んっなくそぉぉぉ!!」
左、下、正面、上、背面。小刻みに操縦桿を揺らす。『サイバスター』はその動きと、何より正樹の意志に従って機体を疾駆させ、陰火の檻を驚くべき緻密な機動ですり抜けてゆく。
正樹は『サイバスター』を、闇色の機神に向けて加速させた。
八発目の空間破砕弾を見事なバレルロールで回避しつつ、『サイバスター』は左腕に《魔装》を凝集した。ぎぎぎぃっと空間が悲鳴を上げ、掌中に亜空間へのゲートが穿たれた中に、空手の右腕を躊躇無く突き込む。
九発目の陰火は、まるで正樹のその機動を予測したかのように、正面に現れた。
「っらぁぁぁぁ!!」
どうやっても回避できない間合い。空間に波紋のように穿たれた穴から、空間破砕の陰火が迸るを、正樹は亜空間から振り抜いた『ディスカッター』で迎え撃つ。白銀の《魔装》が刀身に宿り、刃周りの空間を軋ませる。
居合いの体勢で抜き放たれる『ディスカッター』。空間を切り裂くその刃と、空間を砕く陰火が激突し、耳障りな軋みが世界を揺るがせる。
一度解き放たれればそのままの陰火と、正樹の気力続く限り無尽蔵に力を注ぎ込まれる『ディスカッター』。正面から二つがぶつかれば、どちらが勝利するかは明らかだった。
真一文字に陰火を断ち割り、『サイバスター』はその隙間に滑り込む。刃が作り出した空間の裂け目に飛び込み、陰火の向こう側へと駆け抜ける。
それは、端から見れば『サイバスター』が瞬間移動したかのように見えたかも知れない。
「好き勝手やりやがってぇ……お返しだッ!!」
内なる獣……凶暴極まる咆哮を上げ、正樹は『ディスカッター』を振り上げる。目指すは当然、件の謎の魔装機だ。対する闇色の巨人は無造作に右拳を伸ばすが、到底『サイバスター』の刃を止めるには間に合わない。
渾身の力を込めた『ディスカッター』の一刀が、闇色の機神の頭部へと斬り下ろされる。
城塞にも似た闇色の兜が刃で叩き潰され、そのまま胴の半ばまでを断ち割る……そう、正樹は確信していたのだが。
刃が、止まった。
そこには、何もないのに。確かに闇色の巨人は右拳を差し出しているが、それは太刀筋の遙か左。『ディスカッター』を止められるはずがないのに。
闇色の巨人から数メートル手前。ちょうど、伸ばされた拳の先と同じくらいの距離で、『ディスカッター』の刃は阻まれていた。
「つぅっ……何だ!?」
「手の先から真横数十メートルにかけて空間湾曲! 見た目は何もニャいけど、何か剣みたいニャものがあるニャ!」
そんなクロの報告を証明するように、闇色の巨人の腕が僅かに動き、振り下ろしたままの『ディスカッター』に反発する力が加えられる。
「なっ……強い! こっちは両手だってのに!?」
しかも、空中から地上に向けて斬り下ろしているというのに。『ディスカッター』にかかる力は、明らかに『サイバスター』を押し返しつつある。
右拳から空間断裂特有の火線が走り、その内から装甲と同じ色の大太刀……その表面に無数の魔術文字が刻まれ、群青の輝きを放つ剣が顔を覗かせている。今や、『ディスカッター』を押し返しているのが闇色の巨人の大太刀であることは明らかだった。
「くそっ……押し切られる!?」
闇色の魔装機の予想外の力に、思わず正樹の口から弱気がこぼれ落ちる。
しかし、魔装機戦において弱気を口にすることは、《魔装》の出力低下を意味する。闇色の大太刀と打ち合わされた『ディスカッター』から僅かに光が失われる。
そして、闇色の魔装機はそれを見逃しはしなかった。
正樹の気が弱まった瞬間を突いて、闇色の大太刀がすっと退かれた。
「ぅわっ!」
全質量を刃に乗せていた『サイバスター』が、大きくバランスを崩す。
そこに、鈍重そうな外見からは信じがたい程素早く、闇色の大太刀が振り抜かれた。
――がいん! 正樹の両手が痺れを帯びる。反射的に引き戻された『ディスカッター』と、闇色の大太刀が激突したのだ。
支える大地のない『サイバスター』の機体が、衝撃で宙を泳ぐ。その隙を狙い、闇色の魔装機の胸部から、空間破砕の陰火が迸った。
しかし、陰火が『サイバスター』を捉えようとするときには、既に白き機神は体勢を整え直していた。剣をかざして陰火を弾き、牽制に『アートカノン』を二・三発打ち込みながら、反動で地上へ降り立つ。
『サイバスター』が剣を青眼に構え、闇色の魔装機が大太刀を差し上げた。
「大概にしろよな。いい加減あんたが誰なのか、見当が付いてきたぜ……」
外部音声出力を最大にして、正樹が唸った。闇色の魔装機をじっと睨み付けたまま、その挙動にいかな揺らぎが生まれても見逃さぬように。
剣を打ち合わせ、《魔装》を接触させた瞬間に感じた意識のかたち。それは、紛れもなく正樹の知る『ある人物』のそれと一致していた。
「胡散臭ぇとは思ってたんだ。狙い澄ましたみてぇに現れて、やたら懇切丁寧に話してくれるしよ。要するに、俺が『サイバスター』操者だと知ってて、探りを入れてたんだな?」
正樹の追求にも、闇色の魔装機はまんじりともしない。ただ、悠然と剣を差し上げた姿勢のまま……しかし一分の隙も見せないままで、『サイバスター』を見据えている。
沸き上がる苛立ちの色を隠そうともしないまま、正樹は糾弾の声を上げた。
「いい加減、だんまりはやめたらどうだ、白河愁さんよ!」
「そうですね。こちらもそろそろ黙っているのも飽きました」
その名前が鍵であったかのように。あまりにも呆気なく通信回線が開かれ、闇色の魔装機操者は、自らの姿を露わにした。
「改めて自己紹介しておきましょう。私は白河愁。故あって、地上とラ・ギアスを行き来する者です」
まるで、地上で会ったときと同じように。道端で偶然出会った知己にするように、闇色の魔装機操者……白河愁は優雅に一礼して見せた。
Ⅲ
「いきなり襲ってきやがって。何のつもりだ?」
いくら地上で恩のある男が相手とはいえ、声音に剣呑さが混じるのは如何ともしがたかった。油断無く『ディスカッター』の刃先を愁の魔装機に向け、摺り足で一歩を踏み出す。
「そもそも、何で地上で、しかもあんなタイミングで出くわすんだよ。俺のことを張ってやがったのか?」
まあ、飯と戦争の解説は有り難かったけどよ、と、居心地悪げに小さく呟く。
「偶然ですよ。最初は、特に干渉しようと思っていた訳ではないのですがね……ラ・ギアスに移動しようとした矢先にあなたの気配を察知したので、興味本位で挨拶したという訳です。
何しろ、あなたは魔装機神操者……それも、理論上は全機中最高のポテンシャルを秘めている筈の『サイバスター』の操者ですからね」
言葉の裏に、かすかに漏れ聞こえる含み笑い。沸き上がる不快感を押さえ込みつつ、正樹は手元の『ディスカッター』を握り直した。
「そして、今のはちょっとしたテストです。あなたと『サイバスター』の実力を見るため。そして」
蒼い巨神が、自己紹介のように掌を胸に当てた。
「この『グランゾン』の性能を測るための、ね」
「『グランゾン』……そいつの名前か」
その名を唱えながら、正樹はぞわりとする背筋を堪えた。何か、その名前にはえもいわれぬ感覚が湧き上がる。畏怖? 憤怒? 悲哀? 感情を形にできず、正樹はそれを心の未整理箱に放り込んだ。
「しかし、随分乱暴なテストだな? 『サイバスター』だったから回避できたが、『ジャオーム』あたりだったらかわしきれずに落とされてたかも知れねぇ」
テストと言いながら、使われた武器は空間破砕弾。回避し損なったら一撃で機体を破壊されていた可能性すらある。その事実を思い起こすに、正樹の声音に険悪な棘が混じる。
しかし、白河愁は悪びれた様子もなく、飄々と切り返した。
「ですが、あなたは今生きています。『サイバスター』も、ほとんど無傷」
「そう言う問題じゃねぇだろうが! 大体人を問答無用でテストに使ってんじゃねぇよ!」
「それについては、昼食の貸しの代価というのはいかがです?」
「な……てめぇ、ふざけるな!」
通信機の向こうから漏れ聞こえる含み笑いに、激昂に後押しされた正樹はもう一歩を踏み出した。攻性を一身に帯びたプラーナを注がれ、『ディスカッター』がさらに輝きを強める。ぎぃぃぃぃん、ぎぃぃぃぃぃん、と、獰猛な唸りを上げる。
しかし、そんな『サイバスター』の姿にも、『グランゾン』は毛の先ほどの脅威を感じていないように見えた。無造作に大太刀を差し上げた姿はあくまで自然体で……そう、まさしく『どこ吹く風』といった風情で佇んでいる。
それが、正樹の癇に障った。
「――ッ!!」
『サイバスター』の翼が白く輝いた。それは膨大な《魔装》が圧縮された光である。
圧搾された《魔装》は、触媒を通じて『点火』される。その質量をエネルギーに変換された《魔装》は急速に膨張し、推進器を通じて外界へと解き放たれる。それが、魔装機が擁する《魔装》式推進機関である。
そして、『サイバスター』は現在確認されている限り、世界最高の推進出力を有した魔装機であった。
白河愁の目には、『サイバスター』の残像しか捉えることができなかったはずだ。最大加速した『サイバスター』の速度は、人型形態であっても優に音速を超える。
超音速の接近戦に、すでに視覚は何の役にも立たない。《魔装》から伝わる感触。曖昧な光の強弱。それだけが頼りであり、それだけあれば充分。正樹は意識を集中し、『サイバスター』が『グランゾン』の大太刀をかいくぐり、すれ違う瞬間に合わせて剣を振るった。
しかし、正樹の太刀は空を切った。
《魔装》から伝わる『グランゾン』の気配は、先ほどからほんのわずかに……太刀の切っ先が届かない程度に身を退かせた場所に感じられる。
そこに、正樹は『アートカノン』を速射する。掌から、四発。弧を描いて四方から『グランゾン』に襲いかかる。
『グランゾン』がまた一歩退いた。まるで、重力から完全に自由であるかのように、ふわりと。一瞬遅れて、銀の光弾が大地に続々と突き刺さり、ぱっと閃光を放った。
「……チッ、見た目よりレスポンスが早いな」
『サイバスター』を着地させ、剣の切っ先を『グランゾン』に向け直しながら、正樹は舌打ちした。
通信窓から、揶揄するような白河愁の声が聞こえる。
「随分と気が短い。あまり品が良いとは言えませんね」
「先に手を出してきたのはてめぇだろうが! 大人しく一発殴られやがれ!」
「襲いかかるのは自由……しかし、それが通るとは限りません。特に、この『グランゾン』が相手であるならば」
「抜かせ!」
自信に溢れる白河の言葉に反駁しつつ、正樹はうすら寒い物を感じていた。
つい一昨日まで、『サイバスター』は最強の機動兵器だと思っていた。『サイバスター』は魔装機中最強の潜在性能を誇り、精霊との契約強度も他の機体とは桁違いだ。
だが、実際はどうだ。いくら機能不全を起こしていたとはいえ、地上の新鋭機相手に敗北を喫した。『サイバスター』が無事だったのは、向こうの機体が何故か自爆したおかげだ。
そして今、ラ・ギアスにおいても、目の前の『グランゾン』に対して苦戦を強いられている。
少なくとも勝てない相手ではない……と思う。しかし、このうすら寒さは何だ。目の前のあの『敵』は、自分には計り知れない『何か』を隠し持っている気がする。
「さて、そろそろこちらから攻めさせて貰いますよ」
攻めあぐねる正樹に、白河は悠々と、自らの手番を宣言した。
直後正樹の視界は、瞬時に肉薄して大太刀を振りかざす『グランゾン』の姿に制圧されていた。
「ちぃッ!」
剣で受けては間に合わない。思考を差し挟む暇もなく、正樹は『サイバスター』を左に滑らせた。
一瞬遅れて、『サイバスター』のあった空間を大太刀が薙いで過ぎる。剣の軌跡が、陽炎のように揺らぐ。
(――空間が歪んでる。あっちも時空制御ができるのか)
《魔装》からびりびり伝わる悪寒に、正樹は声に出さぬまま独白する。
その目の前で、『グランゾン』が移動した。疾駆した、ではない。跳躍した、でもない。加速すらなく、ただ直立したまま、剣を振り下ろした姿勢のままで、機体がすっと左に滑る。
「なにッ!?」
喉から驚愕を絞り出す正樹に、『グランゾン』の太刀が迫る。振り下ろした刃が『サイバスター』の足元に滑り込み、そのまま振り上げられる。脊椎反射で機体を後退させるが、間に合わない。
ぎぃぃぃぃぃぃぃ!! 《魔装》が切り裂かれ、軋る様な悲鳴をあげる。正樹の胸が、逆袈裟向きに発熱する。《魔装》のみならず、素体をも幾らか持っていかれたらしい。
「ニャ、ニャンだよ今の動き! 加速もしてニャいのに!?」
クロがコンソールの中で喚く。それは正樹の驚愕でもあった。
『グランゾン』は、全く加速も減速もしたようには見えなかった。静止状態から、即時に移動状態へ。そして再び静止して、剣を斬り上げた。
その速度自体は、さほど驚嘆すべきものではなかった。だが、正樹にはそれを回避することができなかった。全く、動きが予測できなかったからだ。
物体が移動するときは、静止→加速→等速度運動→減速→静止のステップを踏む必要がある。そして、加速するためには力を加える必要があり、そのためには何らかの準備動作が必要となる。
しかし、『グランゾン』は一切の準備動作もなく、静止→等速度運動→静止をやってのけたのである。それは、移動を実行するために必要な時間が零コンマ数秒早いことを意味する。
そして、数十分の一秒を競う近接戦闘において、それは圧倒的なアドバンテージとなる。
どうやってそんな機動を実現しているのかはわからないが、ただ一つ明らかなことは、『グランゾン』の動きが尋常ではなく速いと言うことだ。
意識を集中し、抉られた《魔装》を再生する。素体が破壊された部位は再生できないが、周囲の《魔装》を凝集することで補填する。
《魔装》を修復している間に、『グランゾン』は左に回り込んでいた。例によって音もなく、川の流れに乗るように。
大太刀が、真横に振られる。剣道のセオリー通りの太刀筋。極めて整然とした太刀筋。だからこそ読みやすい。
『ディスカッター』に《魔装》を凝集させ、大太刀を弾いた。どんなに速くとも、太刀は振り上げられてから切り裂くまでにタイムラグがある。その間に太刀筋を予測し、守りを固めればいい。幸いなことに、『グランゾン』の太刀筋は(得物が扱い辛い大太刀であることも一因だろうが)さほど巧みとは言えないようだ。
斬撃を受けられたと見るや、『グランゾン』はすぐさま刃を退けた。ふわりと舞い上がり、『サイバスター』との間合いを開く。
「引き際は心得てるって訳か。だがッ!」
翼に《魔装》を満たし、一気に放出した。上昇する『グランゾン』を追って舞い上がり、『ディスカッター』の一太刀を浴びせるべく疾駆する。
そして、『グランゾン』の胸がばっくりと開放され、内に隠した紫水晶に紫電を宿らせる姿を見た。
「ッつぁ!?」
正樹が身を翻す前に、至近距離から迸る空間破砕弾。大太刀の一撃は誘いだったのだと脳が認識する一方で、《魔装》を限界まで満たした『ディスカッター』を叩きつけ、必殺の空間破砕弾を受け止める。
ぎし、ぎちちちちちち。空間を引き裂く力を宿した二つの力が正面からぶつかり合い、巻き込まれた空間が悲鳴じみた軋みを上げる。
先程剣が受け止めた空間破砕弾は、あくまで単発で放たれたものだった。だが、今回は発生源の至近距離だ。最初拮抗していた『ディスカッター』と空間破砕弾だが、『グランゾン』から二撃目、三撃目が撃ち込まれると、目に見えてその輝きが奪われてゆく。
「――くっそォッ!」
『グランゾン』の開け放たれた胸から空間破砕の第四撃が放たれたのと同時に、正樹は『サイバスター』を右に加速させた。胸部から『カロリック・ミサイル』をばらまいて牽制しつつ、剣にありったけの《魔装》を凝集し、爆発させた反動に乗って地上へと舞い降りる。
着地。殺し損ねた慣性によって、踏みしめた両足が二本の轍を刻む。
モニターに映ったエラーメッセージで『ディスカッター』に歪みが生じたのを横目で確認し、正樹は頭上の闇色の魔装機を見上げた。
闇の空に、ぽっかりと浮かび上がるこれもまた闇色の甲冑。古くさい怪談のようなその光景は、しかし安藤正樹の目前にある現実そのものである。
現実にある悪夢。真実を歪める狂気。最強を凌ぐ最強。とりとめのない文節が、正樹の脳裏を駆け踊る。
「……どうしました? これで終わりですか?」
悠然と『サイバスター』を睥睨する『グランゾン』から、白河愁の失望を滲ませた声が届いた。
「そんなはずはないでしょう。あなたは、『彼ら』と『彼女ら』と、そして『サイバスター』に選ばれた存在です。この程度で終わるはずがない……」
ふわりと舞い降り、地面に大太刀を突き立てる。
「あなたは、『サイバスター』の力の10%も引き出せてはいません。『アカシック・バスター』すらまだ見せてはいない」
(『アカシック・バスター』?)
白河愁の言葉尻に紛れたその単語が、正樹の記憶にちくりと引っかかった。どこかで聞いたことがある。
「見せるつもりが無いなら、このまま消えてしまいなさい」
再び、『グランゾン』の胸部装甲が開け放たれた。
三対の紫水晶から紫電が迸り、中央のブラッドストーンへと注ぎ込まれてゆく。それはこれまで正樹が見た空間破砕弾のそれとは比較にならない程の輝きを放っている。
つまり、先程から対処に四苦八苦している空間破砕弾の、恐らくは数倍、下手をすると数十倍の破壊力持つなにかが『サイバスター』へと放たれようとしているということだ。
『グランゾン』の胸部の血晶石の前に、漆黒の『なにか』が生まれた。両腕が、それを包み込むようにかざされる。掌から放たれた紫電が、漆黒の『何か』に吸い込まれて消えてゆく。いや、文字通り吸収されている。
「正樹、あれ、マイクロ・ブラックホールだニャ……」
シロが、戦慄に震える声で報告する。ブラックホール。超重力特異点。当然ながら、そんな宇宙に満ちる神秘の一つを、人類はまだ(地上はもちろん、ラ・ギアスでさえ)扱う術を心得てはいない。
仮に、あれがブラックホールの蒸発を利用したエネルギー兵器だったとして。あるいは、重力特異点を射撃するカタパルトだったとして。その破壊力は『サイバスター』を一撃で消し飛ばして余りあるはずだ。
「正樹、早く逃げるか、先手を打たニャいと……」
嬲るように、ゆっくりと。掌中のブラックホールを育てる『グランゾン』に、クロも恐怖に嗄れた声を上げる。
しかし、正樹はぼんやりと、ある単語を口の中で弄んでいた。
「『アカシック』……『アカシック・バスター』……?」
その単語を口にする度に、記憶のどこかで何かが疼く。さらには、『サイバスター』が小さく身を震わせる。恐怖にではなく、むしろ歓喜にうち震えるように。
「『アカシック・バスター』。聞き覚えがある。あれは……あれは確か……こうだ!」
「ニャ!?」
正樹の双眸が、かっと見開かれた。両手の指先がびくりと震えたかと思うと、猛烈な速度でコンソールの上を踊り始めた。『サイバスター』の中に隠されたいくつものコマンドがモニターに浮かび上がり、消えて、また浮かび上がる。モニターに開かれたサブウィンドウの上で、魔法式が徐々に形を成してゆく。
正樹の指が、一際大きくコンソールを叩いた。それが引き金となったように、サブウィンドウ上の魔法式が、それそのもので閉じた意味を持つ『力ある式』……すなわち『魔法陣』へと形を変えた。
そしてウィンドウ上に、赤い文字が誇らしげに踊る……『|Akashic-Buster StandBy-Compleated(アカシック・バスター使用準備完了)』。
「よっしゃぁ! やってやるぜ!」
快哉を上げつつ、正樹は両腕に握った『ディスカッター』を真っ直ぐに突き出した。
正樹が念を込めると、剣を握る『サイバスター』の手から青い光が生まれ、剣先へと走った。あのバナンの上空で放った蒼の光と同じ、清廉な輝きだ。
「……ほう?」
掌中でブラックホールを育てる白河愁が、『サイバスター』の挙動に感心した風な声を漏らす。
蒼の光は先端で剣上を離れ、二つの光の糸となる。二重円を、そしてその内に互い違いに組み合わされた三角形を描く。六芒星、あるいはラ・ギアスにおいては『ラスフィトート法陣』と呼ばれる魔術式のかたち。
「さあ、こいつが見たかったんだろ? お望みならば見せてやるよ」
にやりと、獰猛な笑みを浮かべる正樹。
「面白い。この場面に至って、自ら機能を覚醒させましたか……ならば」
含み笑いを漏らしつつ、白河愁がブラックホールを包む掌に力を込める。漆黒の球状空間がぐっと小さく圧縮され、抑えきれない力の余波が、ばちばちと紫電となって迸る。
「私も『ブラックホール・クラスター』で迎えましょう。さあ、『サイバスター』とあなたの力、見せていただきましょうか!」
白河愁が、快哉にも似た声を上げつつ、ブラックホールを封じていた両手を開き、
「見せてやるぜ! こいつが、俺の、『アカシック・バスター』だ!」
正樹が、剣の魔法陣に炎を走らせ、その先端から燃え上がる『何か』が沸き上がり、
お互いが、恐らくは必殺の一撃であろう術を解き放とうとした瞬間。
二者の間で、爆炎が沸き上がった。
Ⅳ
「何だぁ!?」
解き放つ寸前だった『アカシック・バスター』を中断しながら、正樹が裏返った声を上げた。
目の前に沸き上がる爆炎。それは、『サイバスター』が放ったものでも、『グランゾン』が放ったものでもなかった。
爆炎に隠れてよく見えないが、『グランゾン』の方もマイクロ・ブラックホール……白河愁の言うところに依れば『ブラックホール・クラスター』を中断し、左側に目線を巡らせている。その《魔装》に不機嫌の色が漂っているように感じるのは、正樹の気のせいだろうか?
「そこの魔装機! ここはシュテドニアス諸国連合領内である! 戦闘を中断し、所属と操者名を応答せよ!」
正樹が視線を向ける前に、爆炎の主が姿を現した。『サイバスター』や『グランゾン』に比べるとずんぐりと小さな、そしてどこか弱々しい姿の魔装機。D級量産型魔装機『ルジャノール』だった。
肩に大きくシュテドニアス諸国連合の国旗を刻印し、大型バズーカをつがえる『ルジャノール』。戦闘用の装備をまとっているところから考えると、それはむしろ『ルジャノール・レイ』と言うべきだろうか。それが、四機陣形を組んで近づいてくる。
「ヤバいニャ。あれはシュテドニアスの正規軍だニャ!」
シロが足下で、両の前足を頬に当てる奇妙なポーズで悲鳴を上げた。
「ヤバいって、どうせ雑魚の『ルジャノール』が四機だろ? 一分あれば仕留められるぜ?」
「馬鹿言ってるんじゃニャいわよ! ここがどこで、あたしたちがどういう立場か忘れたの!?」
「立場……ゲッ! しまった、見られたのかッ!? 」
言われて正樹も思い出した。自分たちが、この場では明らかな領土侵犯を犯していることを。
目の前の部隊は、明らかにシュテドニアス諸国連合の正規軍だ。既にこんな辺境にまで魔装機部隊を配備していたことは驚きだが、今はそれよりも重大かつ深刻な問題がある。
「さてはまた完璧に頭に血が上って、すっかり忘れてたニャ!?」
「そこの魔装機! 魔装機神『サイバスター』! 応答せよ! これは明らかな領土侵犯であり、当国領内での戦闘行為は示威侵攻とみなされる! 今すぐ投降し、その身柄と機体を引き渡すことを要求する!」
言い争う正樹と使い魔達をよそに、シュテドニアス正規軍の魔装機部隊は再度通告する。
「だぁぁぁ、完璧に特定されてる!」
「早く逃げるニャ!」
「ダメニャ! もう姿を完全に直接確認されてるから、逃げても後で追求されるニャ!」
「じゃあどうするってんだよ! まさか投降するわけにもいかねぇ!」
まず、投降するのは論外だ。そして、逃げ出してもこの正規軍魔装機に機体の映像を撮影されてしまっては、言い訳する余地もない。正規軍に発見されてしまった段階で、ラングラン王国とシュテドニアス諸国連合間の国際問題になることは避けられないのだ。
「どうやら面倒が起きてしまったようですね、正樹」
それまで傍観者を決め込んでいた白河愁が、通信機越しに心持ち興が削がれた声音を吐き出した。
「ああ、面倒だよ。てめぇがいらねぇちょっかい出して来なきゃ、とっくにトンズラ決め込んでたんだがな……」
白河愁の落ち着き払った声が癇に障り、半ば以上八つ当たりであると自覚しつつ声を荒げる。
「そうですね。責任の一端は私にあります」
「……は?」
まさか、八つ当たりを受け入れられるとは思わなかった。正樹の目が点になる。
そんな正樹の困惑を余所に、白河愁が言葉を続けた。
「そこで、一つ提案があります。ここは、私がなんとか彼らを説得しておきましょう。あなたは早くこの場を立ち去りなさい」
予想もしない提案。あまりにも都合の良い話だ。今の今まで殺し合いをしていたとは思えない程に、親切極まっている。
正樹は愁の真意を確かめるようにじっと『グランゾン』の姿を見つめ、そしてシュテドニアス魔装機部隊へと視線を走らせた。
選択の余地はなかった。
「……大丈夫なのか?」
「誠意を尽くせば、彼らも判ってくれるでしょう。ご安心なさい」
「そうか……取りあえず、礼を言っとくぜ」
もしかして、自分は悪魔と契約しているのではないだろうか。そんな不安感を拭いきれないまま、それでも正樹は愁の提案に乗るしかなかった。
正樹は『サイバスター』の翼を広げた。推進器に《魔装》を送り込み、跳躍するため重心をやや低くする。
後は、一つ大きくジャンプするだけ。だが、その前に正樹は一言問いかけずにはいられなかった。
「……しかし、あんたは俺の敵なのか味方なのか、どっちなんだよ?」
「さあ、どうでしょうね。もしかすると、私こそはあなたの最大の敵なのかも知れませんよ?」
飄々と言葉を返す白河愁。どこまでが冗談で、どこからが本気なのか、まったく掴み所がない。
「そうでない事を願いたいね……じゃ、悪いが後は任せた!」
推進器から銀の光が溢れ出す。そして『サイバスター』が一つ大地を蹴りつけると、翼から銀の輝きが迸った。
「これは、貸しに加えておきますよ。いつか返してください」
含み笑い混じりの言葉を背に受け、『サイバスター』は高々と舞い上がった。
ある程度の高度を確保したところで、『サイバード』形態へと変形する。
スロットルを最大まで押し込む。もう、一秒たりともこの国にいるつもりはなかった。
※
その日、シュテドニアス諸国連合北部の高地において、謎の爆発が発生した。
現場付近を哨戒中だった魔装機小隊四機が、それと時を同じくして連絡を絶った。
シュテドニアス軍はすぐさま調査隊を派遣し、爆発と魔装機小隊失踪の原因究明に当たったが、彼らの報告は『原因不明』と書かれただけだった。
ただ、そこには半径数百メートルにも達する巨大なクレーターが穿たれているのみで、魔装機の破片一つ見つけることはできなかったのである。
その事実は、シュテドニアス諸国連合軍内部の機密事項とされ、永久に正樹が知ることはなかった。
第十七話。グランゾン登場です。
タイトルの『戦の魔王』とは、デビルサマナー・ソウルハッカーズで魔王シユウが持っているスキルの名前をモチーフにしています。シュウとシユウで違うやん、とか言わない。固定スキルで四回攻撃の魔王様はお好きですか。
特徴的なのは、グランゾンの慣性制御機動と、土壇場でプログラムを書き換える正樹でしょうか。
慣性制御機動は、アルジェント・ソーマのザルクが行っていた描写を模倣しています。慣性をコントロールできるということは、速度ゼロからトップスピードまで最短時間で加速することができるということで、それによりグランゾンは大質量ながら、サイバスターに匹敵する格闘性能を獲得しています。
プログラム書き換えによる『アカシックバスター』は、とくに整備がなくても技を自己進化させられる魔装機の特性を鑑みつつ、正樹に同一化している英雄神クリシュナのデータベースから機能を引き出した、という演出です。『サイバスター』契約時に正樹は『第四次版サイバスター』が『アカシック・バスター』を使用している姿を見ているということと、その時点の最新の英雄(2003年くらい)の行いをトレースしたという形です。はい、つまるところ、キラの物真似です。クリシュナにはそういう無節操なところがあります。
ブラックホールクラスターの描写については、あれがブラックホールの蒸発によるエネルギーを利用しているものなのか、それともブラックホールをカタパルトで射出してぶつける武器なのかが判然としなかったため、「どっちかわかんないけどどっちにしてもやばい」という描写にしています。その後、偽典の愁は周囲に与える影響を抑えるため、カタパルト方式で使用していることが多いです。
さて、次はペンダント編。聖号とラングラン王国内での確執の物語となります。