偽典・魔装機神   作:DOH

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第十八話 ランドールの御名

I

 

 空は、どこまでも青かった。

 

 雲ひとつない空。透き通るように、目を凝らせば天球の向こう側の大地さえも透けて見えるかと思うほどに。

 

 ラ・ギアス創世の瞬間から絶え間なく、どこからもエネルギーを供給されていない筈であるのにも関わらず、大地を暖め、あまねく存在に形を与えてきた不可思議な光体、『天球』。

 

 その原理解明は未だ仮説の域を脱していないが、それでもそれが、人々の心の拠り所となっていることには変わりない。

 

 春、夏、秋、冬。四季折々に合わせ、その光の強さや照らす時間を変じる天球。それは今、風の刻――地上で言うところの秋の輝きを宿している。

 

 ようようと光を弱め、来るべき土の刻――冬を迎えようとする輝きのもと。

 

 神聖ラングラン王国、ラングラン州王都エル・ラング。その郊外を横断するバイパスを、一台のフローラーが疾駆していた。

 

 白い車体の、四人乗りのフローラー。そのボンネットにあたる場所には、小さく目立たない程度に家紋が刻まれている。

 

 ゼノサキス……はるけき過去より英雄の血統として知られ、当代当主であるゼオルートも《剣皇》として全界に名を轟かせる一族の紋章が。

 

 神聖ラングラン王国は、『転送ハイウェイ』によって各州の瞬間転移ネットワークが確立されている。その一環、食料などの雑貨を送り込むための小規模物資用転送ルートは、ある程度以上に豊かな家庭であれば各戸にひとつ通じているほどだ。

 

 しかし一方、人間や大型貨物を輸送する大型ハイウェイは、都市中枢部や神殿と呼ばれる転送端末までしか配備されていない。

 

 そのため、特殊かつ緊急な事情のある人間以外は、そこから旧態依然とした移動手段(徒歩、車両、航空など)に頼る必要がある。

 

 転送技術が一般化しても、一家に一台自動車が(ラ・ギアスのそれはすでに『車両』ではないが)必要であることにはかわりないということになる。むしろ、転送技術の確立によって都市機能の分散化が促進され、自動車の必要性はむしろ高まったとも言える。

 

 そんな中、自動車の制御技術は交通管制システムの発達と共に日々簡素化し、一方で教育機関は当たり前のように幼子に自動車の操縦を学ばせている。

 

 無論、幼子の単独自動車運転は判断力などの点で危険を伴う。そのため、満十五歳を迎え、『襲名』していない子供の運転は、監督者の同伴なしには認められていない。

 

 逆に言えば、運転者が満十二歳の少女であるプレシア・ゼノサキスであっても、その親たるゼオルート・ザン・ゼノサキスが監督していれば、法的には何の問題もないのだ。

 

「プレシアも、もう一人でフローラーを運転できるようになりましたか」

 

 これまで娘の特等席であった助手席に身を沈め、ゼオルート・ザン・ゼノサキスは親としての感慨に身を浸しながら天を仰いだ。

 

 ラングランのフローラーは、人工精霊などの操縦支援機構が充実しており、目的地を正確に入力できれば、操縦者なしでも危なげなく送り届けられる自動操縦機能が備わっている。

 

 しかし、今その人工精霊はその職務を放棄し、睡眠状態にあった。運転者であるプレシア・ゼノサキスが、制御の全てを手動で行っている。

 

 かつては、フローラーのハンドルは専らゼオルートが握っていた。プレシアがせがむので、時折ハンドルを譲るようになったのは昨年からの事だ。

 

 視線だけを、運転席の愛娘に向ける。

 

 最初の頃は肩周りなどに緊張の気配がありありと浮かんでいたものだが、今ハンドルを握る娘の姿には、当時の強張りは微塵も感じられない。かといって、運転に必要な最低限度の緊張は解かれていないのだから、今やプレシアは一端の運転者になったと思っていいだろう。

 

(ピア、不甲斐ない私ですが、何とかこの子を立派に育てることができているようですよ)

 

 ふと娘の横顔に、かつての不幸な出来事のために、自由に会うことすら許されない妻の面影が重なる。

 

 彼女を護りきることができなかった。あの事件の記憶の蓋を開く度に、気が触れるかと思うほどの悔恨が溢れ出す。

 

 それは、たとえ《剣皇》などと呼び称えられる我が身であろうと、人一人の身ではとても抗し得ない、大きな災禍のうねりに飲み込まれた結果だった。

 

 だが、たとえどのような言い訳を紡ごうとも、幼い娘から母親を奪い去ることを、自分が許容してしまった事実は変わらない。

 

 そのくびきは、いつの日か妻を我が手に取り戻す日まで、我が身を苛み続けるのだろう。否、そうでなければならないのだ。それが、不甲斐ない自分の贖罪なのだから。

 

「どうしたの? お父さん。なんだか怖い顔してるけど」

「いえ、何でもありませんよ。それより、よそ見運転はいけませんね。一点減点です」

「はぁい」

 

 娘の声が、思考の渦からゼオルートの意識を引っ張り上げた。悪戯っぽく舌を出してみせる娘に微笑みを返しつつ、闇色の思考を脳裏から追い払う。

 

「それにしても、プレシアは随分フローラー運転が巧くなりましたね。そんなに練習させた覚えはないのですが」

「テュッティさんと買い物行くときとか、時々運転させて貰ってるんだよ」

 

 なるほど、とゼオルートは相槌を打つ。水の魔装機神『ガッデス』の操者テュッティ・ノールバックは、地上で国際レベルの高位運転者資格を取っていたらしく、その運転技術は神業的だ。そんな人物の指導を受けているなら、この上達ぶりも納得できる。

 

「それに、フローラーの運転なんて、『ディアブロ』の操縦に比べたら簡単簡単♪」

「確かに、そうですねぇ」

 

 それは確かにそうだ。魔装機の操縦は思考制御が主体となるが、よほど機体との同調が巧みでない限り、その制御にはフローラーなど比較にならない精神集中が必要となる。

 

 特に正魔装機『ディアブロ』となれば、その制御はラ・ギアス人のプラーナ絶対量の不足から、地上人が操る場合に比べて、手動制御に頼る部分が大きくなる。その難易度は、フローラーの運転とは比較にならない。

 

 ……………………魔装機?

 

「待ちなさい、今何と言いました?」

「あ、もうすぐカザフル砦に着くよ。入城パス出さないと」

「ああ、そうですね……って、それはいいんです。それより魔装機とはどういうことです?」

 

 ゼオルートの問いには答えず、プレシアはフローラーのアクセルを踏みしめた。

 

「マサキお兄ちゃん、もう戻ってるかな?」

 

 白々しく言い、言外に応える意志がないことを示す。

 

「話をそらすんじゃありません! 『ディアブロ』と言えばマドックですね? マドックがあなたを魔装機に乗せているんですね!? 答えなさい、プレシア!」

 

 食い下がるゼオルートだったが、結局砦に入城するまでに答えを得ることはできず、話は有耶無耶のままに終わった。

 

 父と娘の、権威逆転の兆候といえよう。

 

 

 

 

「それじゃあ、プレシア。私が殿下と話している間、休憩室ででも待っていてください。……くれぐれも、魔装機神隊の皆に迷惑をかけないように」

「はーい」

 

 安請け合いという単語そのままの声音で父に手を振り、プレシアはカザフル砦回廊に足を踏み入れた。

 

 カザフル砦は、古代聖戦時代の遺構を再利用したものだ。当時の王国軍が、背教者たるヴォルクルス教団に対抗するため結集した最前線基地だったものを、大幅に改築した上に魔装機整備棟などを増設している。

 

 会議などが行われる本部棟は当時の建物をほぼ流用しており、正門先には砦の名の元となった英雄カザフルが、聖戦に望む際に神聖王国軍に宣した訓辞が碑文として刻まれている。

 

 一度は、『ヴォルクルスの魔獣』と呼ばれる怪物の進入を許してしまった事もある。その魔獣を当時の軍団を率いて迎撃したのもカザフルの血脈に通じる騎士であり、その戦いの凄惨さは現代も戦記として語り継がれている。伝承は砦の壁面に刻まれた鋭い爪痕によって裏付けられ、かつての忌まわしき大戦の存在を現代に伝えている。

 

 しかし、《剣皇》の娘たるプレシアには、カザフルの英雄譚も既に聞き飽きたお伽話に過ぎなかった。ちらりと碑文を横目で見やると興味なさげに背を向け、一際巨大な建物……魔装機整備棟へと足を向ける。

 

「お兄ちゃん、帰ってるかな?」

 

 きょろきょろと周囲に視線を配る。正樹か、或いは魔装機操者の誰かでも居れば、色々理屈を付けて魔装機整備棟の中に入れるのだが。

 

 しかし不運にも、彼女の視界の中に知己の姿は認められなかった。忙しげに走り回る職員や、檄を飛ばして回る整備員。資材を一杯に乗せて走り去るフローラー。ローラーを引っ張って道を均している『ルジャノール』などが見えるばかりだ。

 

「誰もいないなぁ。どうしよう」

 

 ため息混じりに呟くプレシア。いかな《剣皇》の娘といえど、操者や王族などを同伴でなければ整備棟の中には入れない。

 

(しょうがない、休憩室は退屈なんだけどな)

 

 肩を落とし、地面を見つめる。

 

 そのまわりに、さっと影が差した。

 

「あれ?」

「こらっ! そこの怪しい奴。大人しく手を挙げぃ!」

「ひゃっ!?」

 

 頭上から、雷の如く野太い男の声が降り注ぎ、プレシアは思わず身を縮めた。

 

「ご、ごめんなさいごめんなさぁい! ちょっと道に迷っただけなんです!」

「そんな言い訳が通じると思ってか! ……一体こんな所で何をしているのです、プレシア殿?」

「……え? その声、もしかして」

 

 含み笑い混じりの声に、おそるおそる顔を上げ、声の主を確かめる。

 

 最初に目に入ったのは、巨大な草刈り機だった。

 

 続いて、黄緑色に彩られた魔装機……土木作業用の『ルジャノール』の姿が。そして最後に、その開け放たれた《精霊殻》から身を乗り出す、ずんぐりとした髭面の小男が目に留まる。

 

 プレシアは、その男に見覚えがあった。

 

「あ、ゴルドさん!」

「お久しぶりですな、プレシア殿。バナンの一件以来ですか」

 

 そう言って破顔する男の名は、ゴルド・バゴルド。かつての反政府組織『ジラドス』幹部だった。

 

 

 

「ふむ、それではマサキ殿に会いに?」

「はい。ここのところ会ってなかったし、お父さんが何か用があるって言うから、ちょっと遊びに来たんです」

 

 頭上のゴルドに答えつつ、プレシアは『ルジャノール』の背後に駆け込んだ。

 

 それを見届けて、ゴルドは《精霊殻》のハッチを閉じた。後背部カメラで少女の安全を確かめてから、ゆっくり魔装機の足を踏み出す。

 

 ぶぅんぶぅんと、草刈り機のブレードが下生えを蹴散らしてゆく。

 

 時折刃が小石を跳ね、きぃん、という鋭い音が響くが、厳重に刃を覆うカバーがそれを押さえ込む。

 

 だから、『ルジャノール』の背後を歩くプレシアも、悠然とした態度を崩さない。《精霊殻》の中のゴルドに向けて、世間話を振り向ける。

 

「ところで、お仕事は大丈夫ですか? 魔装機神隊に配属されたって聞いてましたけど」

「いやいや、皆気の良い方ばかりで、それがしは随分楽をさせて貰っておりますとも」

「それがし……? ゴルドさん、変な喋り方」

「それがしは元々はこういう喋りでしたとも。昔、辺境警備隊に居た頃の話ですがな。心機一転、初心に帰ったということです」

 

 今時珍しい、古武士的な物言い。首を傾げるプレシアに、ゴルドはからからと笑う。

 

 笑いつつ、ふと首元に手を伸ばす。指先に感じる硬質の感触。冷たい感触が心に染みこみ、ゴルドから表情が消える。

 

 黒い首輪。それは枷。無理に外そうとすれば、一瞬で頸動脈を吹き飛ばす。

 

 かつて、囚人を労務に就かせるために使われたそれは、ゴルドの贖罪の証である。

 

「それで、お兄ちゃんはいつ帰るか、わかりますか?」

 

 眼下の少女の声に、ゴルドの面に表情が戻った。柔和な笑みを浮かべ、問いに答える。

 

「今朝方、トロイア州に出たというデモン・ゴーレムの退治に出かけられましたから、何事もなければそろそろ戻るころでしょうな」

「デモン・ゴーレム? あの大きいのですか?」

「でしょうな。最近デモン・ゴーレムと言えば、あの大型のものと決まっておりますから」

 

 先日王都を襲った大型の『デモン・ゴーレム』の登場まで、『デモン・ゴーレム』といえば、人間より少し大きい程度の作業用土人形が暴走したものに過ぎなかった。

 

 だが、現在その常識は覆されている。原因は、大型『ゴーレム』作成術が、全世界規模のネットワークで公開されたためである。

 

 公開元は、現在に至っても不明。ただし、現在までに公に大型『ゴーレム』を行使した者がヴォルクルス信徒以外にないため、彼らが世界を混乱させる目的で流布したものと考えられている。

 

 何が原因であれ、現在流布してしまった大型『ゴーレム』作成術は、全世界の在野の魔術師などの手に渡ってしまった。

 

 そしてそのなかの幾ばくかの好奇心に富んだ、或いは良識に欠ける人間が、術を行使して『ゴーレム』を作成。そのうちの半数以上が制御に失敗し、核を死霊に浸食された。

 

 通称、『野良ゴーレム』の発生である。

 

 『野良ゴーレム』は死霊の行動原理……生命に対する憎悪などに起因する破壊衝動に忠実に従い、結果全世界のそこここで、『野良ゴーレム』災害が引き起こされたのである。

 

 それに対して『魔装機神隊』は、隊に対する安価な報酬を引き替えに、魔装機部隊を派遣、『野良ゴーレム』の掃討を請け負うことを発表。これは神聖ラングラン王国に対しても例外ではなく、王国軍からの委託という形で魔装機を派遣し、各地に発生した『野良ゴーレム』を掃討することとなった。

 

 かくして、現在に至る。

 

「マサキお兄ちゃん、怪我とかしてないかな……」

「大丈夫ですとも。魔装機神を相手にしては、野良ゴーレム如きでは《魔装》を破ることもできはしないでしょう」

 

 呟く少女の不安を吹き飛ばすように、ゴルドは呵々と笑う。

 

 その耳に、未だ馴染まない電子音が響いた。

 

「ん? ……おや、これは」

「どうかしたんですか?」

 

 呟きが外に漏れていたらしい。プレシアが訝しげな声をあげるのに、ゴルドは空を指さしてみせた。

 

「いやいや、噂声が聞きつけられましたかな? サイバスターのご帰還のようですぞ」

 

 ゴルドの言葉を証明するように、指で示した方から耳に響く、独特の噴射音。

 

 そろそろ耳馴染み始めたそれは、紛れもなく魔装機神『サイバスター』の飛行音である。

 

「あれ、転送ゲートを通ってくるんじゃないんですか?」

「あれは高いのですよ、あれは……」

 

 苦笑混じりに応えるゴルドが視線を巡らせると、基地の着陸棟や管制塔が俄に賑やかさを増しているのがわかった。

 

 空を見上げる。彼方にぽつんと輝く光。みるみる大きくなる。銀の甲冑。清き翼。その威容は、魔装機神『サイバスター』に他ならない。

 

 その背を追う、赤い姿。六つの肢を持つ細身の体躯。稲妻の魔装機『ガルガード』だ。

 

 さらにその後方、球殻世界故に視認できる地平の彼方から、砂の魔装機『ラ・ウェンター』が土煙を蹴立てて疾走する姿が見える。

 

「おーい、お兄ちゃん!」

 

 プレシアが、両手を振りつつ声を上げる。降下しつつある『サイバスター』が、応えるように親指を立てるのが見えた。

 

 そして、『サイバスター』が着地する。

 

 傾く。

 

 転ぶ。

 

 宙を泳ぐ手足。

 

 轟音。土煙。

 

 サイレン。悲鳴。怒号。

 

 額を押さえる仕草の『ガルガード』。

 

 

 プレシアとゴルドの目が、丸くなった。

 

 

 

 

 ゴルドとプレシアがその場に辿り着いたとき、『サイバスター』は大地に尻餅をつき、左足を延ばし、その膝裏を爪先で引っ掻いていた。

 

 作業員をはじめとする人々の、やたら冷たい視線が、『サイバスター』に注がれている。

 

 ゴルドは何やら『ルジャノール』から『サイバスター』と通信していたかと思うと、機体を飛び降りて、倉庫の奥に消えていった。

 

「……全く、不甲斐ないにも程がある」

 

 呆然と状況を見守るプレシアの頭上で、吐き捨てるように呟く声。

 

 見上げると、そこにはファング・ザン・ビシアスの苛立ちを隠そうともしない顔があった。

 

 普段から多少近寄りがたい、抜き身の刃物のような鋭さを持つ男だが、今日の彼はそれに輪をかけて険を纏っている。

 

 声をかけようとしたプレシアだったが、思わずその気配に気圧され、問いの矛先を彼の隣に立つレベッカ・ターナーに振り向けた。

 

「一体どうしたんですか?」

「ああ、プレシア。『サイバスター』の膝関節に、何かの石が詰まったらしいよ」

「石? でも、そんなの魔装機のパワーなら潰しちゃうんじゃないんですか?」

「どういう訳か、潰せないらしいね。それで、石を取り除こうとして、あの有様なワケ」

「マサキ殿~! バールをお持ちしました!」

「ああ、今出る!」

 

 声とともに、『サイバスター』の胸部から緑色の光が迸り、鋼鉄の棒を手にしたゴルドの目の前に描かれた魔法陣が描かれる。

 

 その魔法陣が弾け、安藤正樹の姿が現れた。

 

「OK、貸してくれ」

 

 返事も待たずに、正樹はゴルドの手からバールを奪い取る。そのままひょいひょいと『サイバスター』の膝裏に飛び込み、その関節の奥底に棒を突き込んだ。

 

 そして、渾身の力を込めて、棒を傾ける。

 

「うぐぐぐぐぐぐぐぅ………………うぉわぁっ!」

 

 がきん、と堅い音。勢い余り、もんどりうって倒れる。その手元から飛び出すのは、何やら光り輝く塊。

 

 勢いよく飛び出したその輝くものは……まっしぐらにファングの顔面を目指した。

 

「危な……!?」

「……ふん」

 

 プレシアが警告の声を上げるよりも、ファングの無造作な手刀が飛来物をはたき落とす方が早かった。

 

「わぁお。流石だね」

 

 レベッカが調子の外れた口笛で感嘆を表す。ファングはちらりとレベッカとプレシアに視線を配るが、すぐに視線を正面に向ける。

 

 その視線が、駆け寄ってきた人物の姿を捉え、瞬時に鋭さを帯びた。

 

「すまねぇ、大丈夫か!?」

「ああ、心配ないよ。それにしても何が挟まってたんだい?」

「わかんね。こっちの方に飛んだだろ? どこに行った?」

 

 ファングの視線の焦点は、言うまでもなく、落ち着きなくきょろきょろと足下を見回す『サイバスター』操者、安藤正樹である。

 

「もう、気を付けないとダメでしょ、マサキお兄ちゃん」

「すまん……って、ありゃ? プレシア、来てたのか」

「うん。お父さんがフェイルロード殿下とお話があるからって」

 

 今気付いたという風の正樹の影から、白と黒の影が飛び出した。

 

「こんにちは、プレシア」

「ここに来るなんて珍しいニャ」

「こんにちは、シロちゃん、クロちゃん」

 

 ちょこんと正樹の前に並んで挨拶する小動物は、正樹の使い魔のシロとクロである。

 

「それよりお兄ちゃん、謝るならファングさんにだよ。飛んできたもの、ファングさんが受け止めてくれたんだから」

「ん? そうなのか」

 

 プレシアに示され、正樹はファングの方に向き直る。ばつの悪い様子で頭をかきかき、小さく頭を下げた。

 

「すまね、ファング」

「仮にも魔装機神『サイバスター』の操者だろう。かわせる人間ばかりではない。気を付けろ」

「……あ、ああ」

 

 冷え冷えとした口調。揶揄するようなその声音に、一瞬正樹の脳裏に火花が散る。

 

 しかし、プレシアの手前。しかも一応自分の不手際でもある。必死に脳裏の興火をもみ消した。

 

「そうだな。すまん」

 

 渾身の自制心をかけての謝罪。しかし、ファングの答えはない。

 

 顔を上げてみると、頭を下げる正樹をさておいて、彼方で整備員と何事か話しているファングの姿が見えた。

 

「なっ……おい、何だよそれは!」

 

 あっさりと、自制心の緒が弾け飛んだ。

 

「人が下手に出て頭下げてるのに、無視するか? 普通!?」

「頭を下げるなど、首が付いていれば誰でもできる。実績で証明しなければ意味がないだろう」

 

 今にも胸ぐらに掴みかからんとする勢いの正樹を、ファングは何処吹く風の様相で一蹴する。

 

「下手に出ていれば不始末が正されるなどと、おめでたいことでも考えているのか?」

「なろぉ……」

 

 フン、とご丁寧に嘲笑混じりの返答まで返されては、聖人君子でも鼻白むというものである。そして安藤正樹は、遺憾ながら聖人君子にはほど遠い。

 

 目元から火花を散らさんばかりに激昂する正樹と、対照的に冷然と見据えるファング。二人を前にしておろおろするプレシアと、我関せずを決め込んだレベッカの周りで、いよいよ開戦は間近かと思われたとき。

 

「おやおや、どうしたのです、二人とも。こんな所で」

 

 いっそ場違いとも思えるほど穏やかな声が、紛争の空気を吹き散らした。

 

 

 

 

「やれやれ、一体何事です? 喧嘩は相手の悪いところをちゃんと指摘してから……」

「お父さん!」

 

 飄々とした声の主は、案の定と言うべきか《剣皇》ゼオルート・ザン・ゼノサキスだった。

 

 更に、その背後から顔と声がひょこんと飛び出す。

 

「何、またマサキが誰かに噛みついてるの? まるで狂犬じゃない」

 

 そう揶揄するのは、神聖ラングラン王国第二王女たるセニア・グラニア・ビルセイアだった。まあ、こちらは魔装機のある場所にはだいたい顔を出すので馴染んだ顔ではある。

 

 だから、正樹も遠慮なく吠えかかった。

 

「っせぇな、セニア!」

「きゃー、噛まれるー」

「ごめんなさい、セニアさん。わたしの躾が悪いんです」

「……おい」

 

 二人がかりで人権とか尊厳を蔑ろにされ、不貞腐れる。

 

「余り本当のことを言って苛めるのは感心しませんよ。程々にね」

「おっさんは俺の味方だと信じてたんだけどな。《剣皇》閣下」

「ははは、私はもちろんあなたの味方ですよ。ただ、悪い所は悪い所として、認めなくては成長できませんからね」

「ちっ、分かったよ。まったく、どいつもこいつも……」

 

 ゼオルートにまで飄々とそう言われては、正樹は嘆きに天を仰ぐしかない。漫才一歩手前の二人のやり取りに、周囲のそこここから忍び笑いが漏れた。

 

「それにしても、お父さん。一体フェイル殿下はどんな御用だったの?」

「あ? ええ、ええ、そうでしたね」

 

 プレシアに問われて、ゼオルートの表情にやや狼狽のようなものが浮かぶ。

 

 ちらりと、彷徨う視線。それは一瞬真っすぐに正樹を捉え、また逸らされた。

 

(…………?)

 

 不審がる正樹をよそに、ゼオルートがやや口籠もりぎみに言葉を紡いだ。

 

「実は、マサキについてのことだったのですけど……」

「マサキに聖号を賜与することになったのよ」

 

 セニアが引き継いだ、その言葉。

 

 ファングの背中が、ぴくりと揺らいだ。

 

「聖号? 何だいそりゃあ」

「昔の英雄とか賢者とか、名を残した人の名を襲名して、勲章にするものよ。最近では数年前、練金学部門で『アウレオルス』を襲名したアンデルセン・ラアス・ゼフィック教授がいるわね。

 ゼフィック教授は魔装機のような精霊機械を開発するための基礎論を提唱した人で、魔装機開発計画発足に合わせて聖号を賜与されているわ」

「……まあわかった。だが、何で俺に?」

「先日のバナン事変での功績を讃えて……ということですね」

「今頃か?」

 

 首を傾げる正樹。あのバナン戦役から、既に半年近くが過ぎている。

 

「こういう儀式的なことは、決めるのに時間がかかるのよ。で、その名前なんだけど……」

 

 セニアがちらりとゼオルートに目配せする。

 

「私の遠いご先祖にあたり、幾度も名を継がれ、無数の邪悪や脅威を打ち払ってきた英雄、ランドール・ザン・ゼノサキスです」

「何だと!?」

 

 正樹が口を開くより早く。全ての言葉を断ち切る勢いで、声が迸った。

 

「ニャ?」

「え?」

 

 正樹の、ゼオルートの、プレシアの。シロとクロの。その場にいる全ての人間の視線が凝集したその先には。

 

「どうかしました?」

 

 怪訝な顔で問うプレシアに。

 

「あ……いや」

 

 自分でもどうして声を上げたのかわからない。そんな面持ちの、ファング・ザン・ビシアスがいた。

 

 

 

 

「いえ、失礼しました。お気になさらずお話をどうぞ」

 

 戸惑いつつも咳払いひとつで、ファングは冷静な面を取り繕った。

 

「いいのですね?」

 

 ゼオルートがファングの目を見据え、念を入れるように問いかける。その振る舞いの不自然さを訝しむ正樹だが、とりあえず表には出さず飲み下した。

 

「はい。見苦しい所をお見せしました」

「分かりました。……では、マサキ」

 

 ゼオルートに目を向けられ、正樹は戸惑いを隠せないものの、頷いた。

 

「あ、ああ。それで結局、その”セイゴウガシヨ”されるとどうなるんだい?」

「まず、あなたに国からの報奨金が出ます。それからあなたに魔装機神隊に依存しない正式な戸籍が与えられます。あと、あなたと家族について税の一部が適用外になりますね」

「正式な戸籍?」

「今のあなたは魔装機神隊所属のマサキ・アンドーですが、聖号によって神聖ラングラン王国の戸籍を得ることができるのです。つまり……」

「つまり、もしあなたが魔装機神隊から脱隊した、あるいは魔装機に乗れなくなっても、神聖ラングラン王国があなたの身分を保障するってわけ」

 

 ゼオルートの言葉を、セニアが補足する。正樹が唸り声を上げた。

 

「戸籍、戸籍ねえ……」

 

 戸籍。それは、異邦人である正樹にとっては、書類上のデー夕以上の価値がある。

 

 帰る場所、迎えてくれる場所。自分の名を刻まれた墓標が脳裏を駆け抜けた。

 

「それにランドールの名前があれば、将来魔装機から降りても、年金を貰って悠々自適な生活ができますしね」

「お父さん、なんだかだらしない」

「清廉と自堕落を巧く使い分けるのが賢い大人なのですよ」

 

 ゼオルートとプレシアが軽口を交わす。しかし、そんな親子のやり取りも、正樹の耳には届かない。

 

「どうしたんだい? マサキ」

「いや、何でもない」

 

 不審げに問うレベッカを適当にやり過ごした。

 

「でも、“ザン”の名を冠するってことは、ラングラン王国軍とかに参加する義務とかが生まれるんじゃないのか?」

「そうですね。普通ならそうなのですが、あなたは魔装機神操者ですからね。そういう義務は生まれません」

「ただ、行動の指針として、あなたを支援する国家の存在を気に止めて欲しいという事なのよね」

 

 セニアがゼオルートの言葉を補足した。その気配の中に、どこか嘲弄の香りを感じたのは気のせいだろうか。それも正樹にではない。自分とその背後にいる者達を指しているような。

 

「指針?」

 

 知らず、答える言葉の語尾が上がる。

 

「ええ、それだけのことです。いかがです? 聖号を賜わりますか?」

 

 さらりと、言葉を流すゼオルートに、正樹の眉に不審が浮かび上がる。それだけのこと、と言うが、それならばなぜ歴史的英雄の名を持ち出す必要があるのか。過日の過熱報道を思い返しても、ラングラン政府の振る舞いにはいささか釈然としないものがある。

 

「んなこと言われてもな。俺はそんな器じゃないだろ」

「えー? もったいないなぁ」

「貰えるものは貰っておけばいいのに」

 

 渋る正樹の振るまいにプレシアとレベッカがはやし立てる。プレシアは純粋に厚意だろうが、レベッカの方は単なる無責任だろう。適当にレベッカの方だけ黙殺していると、セニアとゼオルートが困ったような顔を見合わせた。

 

 何故困るのか。そんなに重要なことなのか。その疑問をロにする前に、やや険を纏ったファングの声が割り込んだ。

 

「実際分不相応だ。身を引く方が賢明だな」

「他人に言われるとムカつくな」

「困りましたね……」

 

 そんな正樹とファングの衝突をよそに、ゼオルートは心底参ったと言う風情で息を吐き出した。

 

「聖号を受けて貰えるなら、ゼノサキス姓でもあることですし、うちの養子に迎えようかと思っていたのですが」

「え? それじゃ、マサキお兄ちゃんが本当のお兄ちゃんになるの?」

 

 ゼオルートの言葉に、プレシアがぱっと顔を輝かせる。

 

「養子、ねえ……」

 

 そうは言うが、別に養子になったとして、現時点でも同じ屋根の下に暮らす自分とゼノサキス家との関係に、どれほどの変化が起きるものだろうか。

 

 仮に変化があるとして、それはこれまでの自分、安藤正樹という名を放棄してまで求めるべきものだろうか。

 

 ――名前とは、自分という存在を形作る輪郭だ。

 

「面倒だな。断っといてくれや」

 

 半ば無意識に、拒否の言葉が飛び出していた。

 

「聖号を、“面倒だから“で断るとは……」

「あんた、さっきからいやに絡むな?」

 

 例によってファングが唸るに、正樹の返答もやや苛立ちを帯びる。先ほどからの不手際続きは認めるしかないが、なぜそんなにも自分の事を敵視するのか。

 

 問いただそうと口を開きかけるが。

 

「えっ!? どうして……?」

 

 それどころではなくなった。

 

「そんな……お兄ちゃん、あたし達のこと嫌いなの?」

「いッ!?」

 

 縋り付くような目を潤ませ、見上げるプレシア。正樹の顔が青ざめる。

 

「困りました。聖号持ちの家族が増えればずっと税金は安くなって、プレシアを楽にしてやれると思ったのですが……」

「き、汚ねぇぞゼオルートのおっさん!」

 

 プレシアの涙に便乗し、ゼオルートが嘆く。悲鳴じみた呻きが漏れた。これでは脅迫同然である。扶養家族としては、金回りを持ち出されると弱い。そして何よりも、妹のように接している少女を涙させては、正樹自身の矜持にもとる。

 

 ――そこで察した。これは何かの罠なのだ。ゼオルートの意図するところではないが片棒を担がねばならない、そんな性質の。

 

「ああもう、わかった、わかったよ! 受けりゃいいんだろ受けりゃ!」

 

 だから、正樹は飲み下すことにした。

 

「それは良かった。それでは早速手続きをしてきましょうか」

「わぁい、やった! お兄ちゃん!」

 

 ゼオルートがほっと息をついた。泣いた烏がもう笑ったの喩えそのままの顔で、プレシアが抱き着いてくる。

 

「……ったく、まあいいか」

 

 面倒ではあるが、それでゼオルートとプレシアが喜ぶのなら、それはそれでいい。腰に抱き着くプレシアの頭をぽんぽんと叩きつつ、正樹は苦笑した。

 

「……すみませんね、正樹」

 

 本当に申し訳無さそうな顔で謝罪するゼオルート。その仕草に、正樹は先ほどの直感に確信を得た。

 

(善意や打算だけじゃない。何か裏があって、おっさんもそれを押し付けられたのか)

 

 見れば、ゼオルートと一緒に出てきたセニアも、何やらばつの悪そうな顔でそっぽを向いている。間違いない。上の人間が、何らかの理由で自分に『ランドール・ザン・ゼノサキス』の名前を押し付けようとしている。

 

「まあ、いいか」

 

 どうせ行き場のない身の上だ。ゼノサキス家には恩もあるし、望まれているのであれば、養子というのも悪くはないだろう。

 

 問題があるとすれば、ランドールという名の意味だ。妙に耳に馴染む名前だが。

 

 だが、正樹の認識は甘かった。

 

 まだ、問題は残っていたのである。

 

「ふざけるな!」

 

 場の空気を一瞬で凍らせる、怒気と嫌悪に満ち満ちた怒声。

 

 皆の視線が……今一度、『彼』へと凝集する。

 

 既視感。ついさっきも、同じ光景を見た。

 

 同じ声で、罵声が飛び出していた。

 

 だが、先程とは明らかに違う点がひとつある。

 

 声の主は、ファング・ザン・ビシアス。神聖ラングラン王国魔装騎士団副長。

 

 その面は憤怒に歪み、視線はぎりりと正樹に向けて据えられていた。

 

 

 

 

 

「何だよ、さっきからブチブチと……何か文句があるのか?」

 

 怒気を撒き散らすファングに、正樹もまた嫌悪の混じった面持ちで問いを返した。

 

「文句? ああ、あるとも。大ありだとも!」

 

 声を荒げながら柳眉を逆立ててつかつかと歩み寄り、びしり、と人差し指を突き付けるファングに、正樹の眉も同じ角度になった。

 

「ランドール? 貴様がランドールだと? 馬鹿な。ふざけるな。どうして貴様のような未熟者が?」

「っせぇな、ネチネチ未熟未熟言いやがって!」

「未熟者を未熟と言って何が悪い!」

「それならお前は熟してるのか? 熟しきって落ちる寸前か!?」

「少なくとも貴様よりは余程鍛えている!」

「ほおおおお!? 今日の『デモン・ゴーレム』退治でも、後ろから眺めるだけの奴が俺より上等だってか!」

「貴様が先走るからだ! ちょこまかとでたらめに動き回るせいで、援護射撃もできなかった! しかもそれで背中からゴーレムに体当たりされていれば世話はない!」

「ぐっ……」

「大体その対応が、核が潰れるまで柄で殴りつけるなど言語道断! あまつさえその結果があの有り様だ!」

 

 指さす先は、珍妙な格好でみっともなく転んだままの『サイバスター』である。

 

「やかましい! その代わり十体の『デモン・ゴーレム』を俺一人で仕留めて見せた! てめぇはその間ボケッと見てただけだろうが!」

「貴様の腕前を見ていただけだ!」

「なら、『ラ・ウェンター』の損傷は何だよ! ベッキーは俺の引き付けた奴以外とやり合ってたんだぞ! そっちの援護に回るのが筋だろうが!」

「それは貴様が……!」

 

 喧々諤々。

 

「どっちもどっちと思うのはあたしだけかしら」

「あ、セニア様。あたしも同感です」

「ほっといた方がいいニャ。男同士の諍いは殴り合わないと決着が付かないニャ」

「野蛮ねぇ」

 

 女二人(+猫二匹)の呆れた声も、すっかり頭に血の上った男達の耳には届かない。今にも掴みかかって取っ組み合いを始めそうな勢いである。

 

「やんのてめえっ!」

「上等だ貴様ッ!」

 

 一触即発。正樹の拳が固められ、ファングの手が腰の剣にかかる。

 

「ねえ、お父さん何とかして!?」

「やれやれ、しょうがありませんねぇ」

 

 娘に泣きつかれ、我関せずを決め込んでいたゼオルートが腰を上げた。思わずプレシアもセニアはもちろん、当の正樹とファング、そして隅で何やらごそごそしていたレベッカとゴルドの視線までが、《剣皇》として尊敬を集めるゼオルートへと注がれる。

 

 重々しく開かれる口。そこから紡がれた言葉は。

 

「二人とも、どうしても納得が行かないのならば決闘で勝負をつけてみてはどうですか?」

 

 セニアの腰が砕けた。ゴルドが転倒する。レベッカが苦笑し、プレシアが悲鳴を上げる。

 

「決闘か! おお上等だ! 白黒はっきり決着をつけてやる!」

「望む所だ! 身の程を知るがいい!」

 

 そして、あとはすっかりその気になってしまった当の男二人。

 

「おとーさん! 火に油を注いでどうするの!」

「まあ、見ていなさい。ああいう男は、一度ぶつかり合わないとお互いを認められないものですからね」

 

 プレシアの抗議の声。しかしゼオルートは愛娘の頭を撫でながら、言わば息子のような二人の様を、穏やかな目で見つめていた。

 

 

 

 

 

「それじゃ、決闘のルールを説明するわね」

 

 指示棒で手をぱしぱしと叩きながら、セニアが宣言した。

 

「こちらは問題ありません、姫様。……そちらのでくのぼうはどうだか存じませんが」

 

 揶揄と一緒にじとりとした視線を、左目を覆うバイザー状の装置越しに送ってくる。当然のように正樹が声を荒げた。

 

「んだとこの戦闘馬鹿! こっちだって今更言われなくても心得てる! そっちこそそのスカウターでいちいち参照してるんじゃねぇのか!?」

「ふざけた事を抜かすな! そもそもスカウターとは何だ!」

 

 口を開けばけんか腰である。すっかり火が付いた二人の間では、既にこのパターンが二桁ばかりも繰り返されている。セニアの額に青筋が浮かび、指示棒がばしんと鋭い音を立てた。

 

「うっさい馬鹿男ども! ルールの説明は決闘法に定められてるのよ! 決闘放棄で官報に赤っ恥載せられたい!?」

「………………」

 

 セニアの一喝に、正樹とファングは写したようにそっくり同じ”気をつけ”の姿勢をとる。溜息ひとつ。

 

「では、この決闘は神聖ラングラン王国王女セニア・グラニア・ビルセイアの名の元に行います」

 

 そう言って、セニアは手元の携帯端末を眺めつつ、決闘のルールを説明した。

 

 そもそも、神聖ラングラン王国は現在では立憲君主制だが、数千年前の大元は絶対王制の君主貴族国家だった。

 

 この決闘のルールは、その時代の名残である。裁判制度が充実した現在ではほとんど行われるものではないが、まれに戦士階級同士の紛争解決の手段として用いられている歴史がある。

 

 ルールは単純。王家や貴族などの地位のある人間を立会人として、その指定する道具を用い、その審判の元で行う。それだけだ。細則は常に立会人が決定し、決闘者は異議を申し立てることはできるが、原則としてそのルールに従う義務が生まれる。

 

 当然立会人の指定ルールから逸脱すればその場で敗北となり、それは戸籍簿にまで登録される。官報云々はその一環だ。決闘のルールを違反することは末代までの恥となる、というわけだ。

 

「決闘は、戦術コンピュータ『パラキス』の仮想空間上で、魔装機を用いて行います。機体は、マサキ・アンドーが魔装機神『サイバスター』、ファング・ザン・ビシアスが正魔装機『ガルガード』。機体のポテンシャルの差は魔装機の特性上、実力の一部として見なし、ハンデは無しとします」

「操者の実力差を考慮すれば、適切な判断です」

「ンなろ……」

 

 嘯くファングに正樹の眉が引きつるが、セニアの手前、押さえ込む。ここで暴れることは、決闘の立会人の顔に泥を塗ることになるからだ。

 

「勝負は、コース上に出現するターゲットを、どちらが多く破壊するかで決定します。目標は九機。種別は『グラフ・ドローン』、『ブローウェル』など。配置は『パラキス』の判断で行われます……ここまでで質問は?」

 

 両者、黙って首を振る。

 

「それじゃ、禁止事項の説明ね。まず、お互いへの直接攻撃は禁止。勝敗は、あくまでターゲットの殲滅数で競うこと」

「なんで、直接殴り合っちゃいけねぇんだ?」

「有人機同士の交戦に、現状の『パラキス』が対応できないのだ。さっき説明されたばかりだろう。鳥頭め」

「るせぇ! 確認しただけだ! いちいちうるせぇぞ冷蔵庫の手下!」

「訳のわからんことを……!」

「黙りなさい二人とも! 今すぐ両方不戦敗にされたい!?」

「…………」

 

 またも”気をつけ”の姿勢で黙る男二人。

 

「何だか頭痛がするわ」

「お大事に、セニアさん」

 

 額を押さえて唸るセニアを気遣いつつ、横目で男たちを見やるプレシア。

 

 一瞬目が合うとお互い牙をむいて唸りを上げる。その挙動のテンポや表情は鏡に映したようにそっくりで、プレシアはふと(もしかして、この二人って物凄く息が合ってるんじゃあ)などと考えてしまった。

 

「それじゃあ、以上の要綱を了承するならば、魔装機に乗り込んで」

「了解しました。エラ・フラム・ガルナンサ!」

「エル・エラ・ヴィン・サイフィス! 行くぜ、シロ、クロ!」

 

 セニアの指示に、待っていましたとばかりに二人は魔装機乗り込みの合言葉を唱えた。

 

 ファングは、赤い魔方陣に包まれて紅の魔装機『雷のガルガード』へ。

 

 正樹は、緑の魔方陣に包まれて魔装機神『風のサイバスター』へと吸い込まれて行く。

 

 『パラキス』に接続された二機の瞳に光が宿り、中央のモニターに映像が映し出される。

 

 モニターの右側には、ファング・ザン・ビシアスの名と『ガルガード』。

 

 左側には、マサキ・アンドーの名と『サイバスター』が映し出される。

 

「それでは、準備はいい、二人とも?」

「ああ。とっとと始めてくれ」

「問題ありません。いつでもどうぞ」

 

 二人の答えにセニアは頷き、宣言とともにコンソールのボタンを叩いた。

 

「では、始め!」

 

 瞬間、赤と銀の影が、解き放たれた。

 

 

 

 

「行けぇぇぇ!!」

 

 正樹の気合を受け、『サイバスター』が疾駆する。

 

 機動力において、『サイバスター』は『ガルガード』のそれを大きく凌駕している。瞬く間に『ガルガード』を引き離し、最初の標的……『グラフ・ドローン』に肉薄する。

 

「たぁぁぁりゃぁ!」

 

 『ディスカッター』を抜き放ち、機体を限界まで加速。

 『グラフ・ドローン』に肉迫し、『ディスカッター』を振り上げる。

 

(確実に、一撃で仕留める!)

 

 剣の切っ先を真っ直ぐに前に向け、『グラフ・ドローン』へと突っ込む。

 

 ガンッ! 狙い誤らず、『ディスカッター』は『グラフ・ドローン』を根元まで貫通した。衡撃に、可視光に遷移した《魔装》が閃く。

 

 背の推進翼に《魔装》を送り込みつつ、剣を上下に振る。ばきばきと『グラフ・ドローン』の構造材が歪み、へしゃげ、一つ爆発して四散した。

 

「ひとつ!」

「いつも思うけど、何でこう正樹の戦闘って品がないニャ?」

「やかましいぞシロ!」

 

 罵声飛び交う《精霊殻》に、正樹が一体標的を撃破した旨が表示される。爆散した『グラフ・ドローン』を見届け、正樹は『サイバスタ一』を再度加速させた。

 

 既に、視界の中に次の標的は捉えている。レーダーを見ると、『ガルガード』は『サイバスター』よりやや後方を疾走している。『サイバスター』の機動性を考えると思ったより距離を稼げていない気はするが、どれほどしゃかりきに追いすがろうと、『ガルガード』が『サイバスター』に追いつくことなどあり得ない。

 

 最大限に加速して、二機目の『グラフ・ドローン』に迫る。剣を振り上げ、振り下ろす。あっさりと『ディスカッター』は『グラフ・ドローン』を両断した。

 

「ふたつ!」

 

 爆散。弾けて散る『グラフ・ドローン』に背を向け、次の標的に向かう。

 

 加速。肉迫。剣を振り上げ、振り下ろす。同じ動作の繰り返しで、三体目の『グラフ・ドローン』が散華した。

 

「みっつ! 見たかファングの野郎!」

 

 快哉を上げながら背後の『ガルガード』に視線を送る。

 

 未だ一機の標的に触れることもできない『ガルガード』だが、不思議と『サイバスター』の背後のにぴったりと着いて来ていた。

 

(はっ、どうせ手も足も出ないから地団太踏んでるだけさ)

 

 一瞬沸いた疑念を嘲弄で覆い隠し、正樹は次の標的へと走る。

 

 四体目の標的は、『ルジャノール・レイ』だった。『グラフ・ドローン』とは、防御力において段違いの性能を持つ。

 

 もっとも、それでも魔装機としては脆弱もいいところな機体なのだが。

 

 『ルジャノール・レイ』には飛行能力がないため、高度を下げて攻撃する必要がある。空中戦を得意とする『サイバスター』には少々面倒な標的だが、それでも『グラフ・ドローン』より多少堅い程度のただの的だ。

 

「うぉおっしゃぁ!」

 

 『サイバスター』を最大加速。高度を下げ、剣を最上段に構えたまま突撃する。

 

 至近距離まで肉迫し、振り上げた剣を、縦一文字に振り下ろす。

 

 瞬間、『ルジャノール・レイ』がすっと真横に動いた。

 

「チィッ!」

 

 舌打ちと共に、剣の軌道を傾けて『ルジャノール・レイ』を追う。《魔装》をたっぷりと纏った剣が鮮やかな緑の飛沫を散らしながら振り下ろされる。

 

 バンッ! 水面を叩くような音は、《魔装》と《魔装》が衝突した音だ。『サイバスター』の振り下ろした剣は、『ルジャノール・レイ』の寸胴の体躯を、肩口から腰あたりまでばっさりと切断した。

 

「よっしゃぁ!」

 

 火花を散らして、体を傾げる『ルジャノール・レイ』。しかし『パラキス』は撃破のメッセージを通知しない。

 

「仕留め損ねたか!? だが、それなら止めをっ!」

 

 舌打ちし、今度は剣を横に構え、一文字に切り捨てようと剣を引くが。

 

「戴く!」

 

 背後の気配が弾かれたように駆け抜け、『サイバスター』の前に躍り出た。

 

 行き掛けの駄賃とばかりに、片刃の長刀『ブラッシュブレード』で、『ルジャノール・レイ』を斬り捨てながら。

 

 

 

 

「んなっ! き、汚ねぇ!」

 

 悲鳴じみた声を上げる正樹をよそに、『ガルガード』は『サイバスター』に背を向け、飛び立つ。

 

 呆然と見送る正樹。視界の隅に、冷酷に輝く、『ガルガード』一機撃墜の表示。

 

 出し抜かれた。ファングは『サイバスター』が標的を一撃で仕留められないであろう事を予測して、その為に『サイバスター』の背後に付いていたのか。その事実が脳にじわじわと染み渡る。

 

「お……んのれぇ! ざけんなよ!」

 

 たとえ一機を奪われたとしても、まだ得点は3対1。こちらが優勢なことには違いはない。そう自らに言い聞かせながら、正樹はモニターに意識を戻す。

 

 呆然としている間に距離を稼がれてしまった。5体目の標的に接触するのは、どう頑張っても『ガルガード』が先だろう。だが。

 

「それならこっちも! サイバスターチェンジ!」

 

 シート横にあるレバーを引き、叫ぶ。瞬時に『サイバスター』の機体が転回し、優美な鳥類を思わせる姿『サイバード』形態へと変形した。

 

 『ラ・ギアス』において、有人機としては最速を誇る『サイバード』。魔装機としては比較的高速である『ガルガード』だが、あっさりと『サイバード』に背後を取られる。

 

「サイバードチェンジ! 『サイバスター』!」

 

 瞬時に人型形態に変形。『ディスカッター』を引き抜く。『ガルガード』の『ブラッシュブレード』も、威力は『ディスカッター』と大差はない。『ディスカッター』で一撃破壊がならなかった標的なら、『ガルガード』でも同じの筈だ。

 

 そう考えたのだが。

 

 『ガルガード』の剣が、目映い光を帯びた。

 

 ぎりぎりと、軋む音が響き渡る。それは『ガルガード』の『ブラッシュブレード』が、限界近くまで《魔装》を帯びているためだ。

 

「不易久遠流奥義がひとつ! 『虚空斬』!」

 

 宣言とともに、剣を腰だめに構える。標的の『ルジャノール・レイ』に迫り、そして。

 

 一文字の残光を目に焼き付けて。

 

 『ガルガード』が駆け抜ける。

 

 残光に沿って真っ二つに両断された、『ルジャノール・レイ』の骸を残して。

 

 『パラキス』が冷徹に、『ガルガード』の二機撃墜を知らせた。

 

「な……嘘だろ?」

 

 唖然として呟く正樹。

 

「流石ニャ。《魔装》の量が少なくても、それを一カ所に集めて収束すれば、威力はぐっと高められるニャ」

「《魔装》制御の基本だけど、流石は《剣皇》の一番弟子だわ。誰かとはコントロールのきめ細かさが段違い……」

「やかましい!」

 

 みっともないと思いつつも、罵声で使い魔達の言葉を封じる。

 

「奴に出来て、俺に出来ないなんて……ッ!」

 

 ありはしない。ありはしないと自らを奮い立たせ、正樹は『サイバスター』を高機動形態に転じさせる。高ぶったプラーナが、通常を凌駕するスピードで『サイバスター』を疾駆させる。

 

 瞬く間に『ガルガード』の背中を追い抜いた。更に速度を上げ、次の標的である『ルジャノール・レイ』へと迸る。

 

「くたばりやがれぇっ!」

 

 人型形態に転じ、ありったけの《魔装》を剣に注ぐ。鮮やかなグリーンの陰火が燃え上がる。

 

 炎の剣と化した『ディスカッター』を、罵声とともに振り下ろす。

 

「駄目! 収束度が足りニャいわ!!」

 

 クロが悲鳴を上げるのを証明するように。

 

 振り降ろされた『ディスカッター』が、『ルジャノール・レイ』の肩口に叩き込まれ。

 

 乱雑に燃え上がる剣は、めちゃめちゃに装甲板を、そして骨格を砕きながらめり込み。

 

 胴体の半ばまで割り入ったところで、止まった。

 

 『パラキス』は撃破通知を発しない。『ルジャノール・レイ』が、最後の足掻きのように腕の鉄球を持ち上げるのが見える。

 

「ちっ、とどめっ!」

 

 舌打ちと共に再度剣に力を込め、完全に『ルジャノール・レイ』を破壊しようとするが。

 

 『ガルガード』が、『ギガソート・カノン』を放つ方が早かった。

 

 爆発。四散。『パラキス』が、『ガルガード』の得点を知らせる。

 

「馬鹿こけっ!?」

 

 正樹が罵声を上げるが、『パラキス』のスコアは覆らない。

 

 これで、3対3。

 

 

 

 

「なんかさぁ、あれって卑怯じゃないのかい?」

 

 ぼんやりと、モニターに表示される決闘の様子を眺めていたレベッカが、呆れを塗した呟きをゼオルートに差し向けた。

 

「いえ、相手の弱点を突いて出し抜くのは、戦闘の定石ですよ。それに、普通に競争したのでは、『ガルガード』と『サイバスター』では性能差があり過ぎますからね」

「『ガルガード』は準魔装機神って言われるくらい高性能なんだろ?」

「しかし、本物の魔装機神には敵いません。特に『サイバスター』は速度において、このラ・ギアス最速を誇りますからね」

「まあ、例えばあたしの『ラ・ウェンター』じゃ、問題にもならないのはわかるけどね」

 

 『ラ・ウェンター』は、全魔装機の中でも屈指の射程と堅牢さを誇るが、装備の重さが祟り、機動性はほぼ最低である。

 

 肩を竦めながら、モニターに視線を戻すレベッカ。そこには、またも『サイバスター』の取りこぼしを的確に撃破する『ガルガード』の姿があった。

 

 これで、ついに3対4。

 

「あ~、もう負けちゃいそう」

 

 嘆息するプレシア。流石に自分の兄(になる予定の人物)である正樹の不甲斐ない姿を見るのは忍びないようだ。

 

「まあ、これも勉強ですよ。それに、負けることもないと思いますしね。ほら」

 

 そう言って、ゼオルートは中央モニターを指し示した。

 

 

「いいな、クロ、シロ! 手はず通りやれよ!」

 

 コンソールの中に潜った……実際には既にそれぞれの担当する戦闘ポッドに移乗している筈の使い魔達に、正樹は号令を送る。

 

「ニャんかこれって卑怯な気がするニャ」

「ぶつくさいわニャいの」

「勝てば官軍だ! とにかくどんな手を使ってでもあいつに遅れを取る訳にはいかねぇ!」

 

 ぎりりと歯を食いしばりながらの言葉に、怨念じみたオーラがまとわりつく。どうしてここまで躍起にやるのか、自分でも不思議なくらいなのだが、止まらないものは仕方がない。

 

「しっかし、ニャんでファングもマサキもあんニャに啀み合うニャ?」

「ほら、あれよ。同族嫌悪」

「いいからとっとと出ろ!」

 

 コンソールを蹴り飛ばす正樹に、慌てて飛び出す使い魔達。無論、自律制御型戦闘ポッド『ファミリア』に憑依して、だ。

 

 銃座型『ファミリア』は、それぞれ使い魔のクロとシロの意志に従って、『サイバスター』から飛び立った。

 

 小さな翼を開き、『サイバスター』を後目に加速する二機の『ファミリア』。当然、その飛び立つ先は次の目標である『ブローウェル』。

 

 ……ではなく、それに向けてまっしぐらに飛行する雷の魔装機『ガルガード』だった。

 

 

「ん? 『ファミリア』……か?」

 

 次の標的に向けて疾走する『ガルガード』の《精霊殻》の中で、ファングは目の前に躍り出た二機の『ファミリア』に眉を顰めた。

 

 『ファミリア』は自律制御型攻撃ポッドだ。その主たる者とは完全に独立して動作が可能であり、誘導・援護・偵察などについて非常に有効に機能する。

 

 しかし、それ単体の攻撃力は、小型ゆえにさほど高くない。例えそれが二機であっても、これらが一斉攻撃をしたとして、一瞬で魔装機を破壊することは困難だろう。

 

 一瞬で標的を破壊できないのなら、二発目は必ず自分が墜とす。手出しをしないなら、自分が一撃で墜とす。どちらにせよ、この局面で『ファミリア』を出す意味はない……はずだ。

 

 疑念を弄びつつも、ファングは疾走する。

 

 疾走、しようとしたのだが。

 

「なっ!?」

 

 機体を減速させざるを得なくなり、驚愕の声を上げた。

 

 目の前には、次の標的……地表に仁王立ちし、両肩の『リニアレール・ガン』を吼えさせる『ブローウェル』へと、執拗に『アートカノン』を撃ち続ける『サイバスター』の『ファミリア』二機の姿があった。

 

 『ガルガード』がどのようにしてその戦闘ポッドを避けようとしても、確実にその前を取って離れようとしない、『サイバスター』の侍従の姿が!

 

「おのれ! 姑息な!」

 

 ファングは呪詛の声を上げた。直接攻撃はせず、ただその進路を阻むのみ。相手機体への直接攻撃は禁じられているから、『サイバスター』の自律戦闘ポッドである『ファミリア』への攻撃もペナルティの対象になる。

 

 つまり、『ファミリア』によって進路を妨害された場合、『ファミリア』が標的に攻撃を続けている限りにおいては、それを排除することは反則となる。故に『ガルガード』には、『ファミリア』に触れる事はできず、従って『ガルガード』は前に進むことができない。

 

「……ふざけるな、地上人がぁっ!」

 

 吼え猛るファングの目の前で、走り抜けた『サイバスター』が標的の『ブローウェル』を、袈裟斬りにし、蹴り付け、横薙ぎに両断する。

 

 『パラキス』の冷酷な採点が、同点を告げた。

 

 

 

 

「へっ! ざまあ見さらせ唐変木!」

 

 剣にまとわり付く《魔装》の残滓を振り捨てて、正樹は呆然と立ち竦む『ガルガード』に罵声を叩きつけた。

 

 ペナルティを恐れて『ガルガード』は『ファミリア』に手出しできないでいる。この機会を逃す訳にはいかない。

 

 人工精霊に命じて、次の標的の情報を検索させる。映し出されるのは細身で鋭角的、『風』系魔装機の特徴である大型の翼を有する機体。

 

「何だ、ありゃあ……『ソルガディ』? いや、『ガディフォール』か!」

 

 得心成ったとばかりに操縦桿を叩いた。

 

 『ガディフォール』とは、『ブローウェル』と同じく神聖ラングラン王国製の、量産型航空型魔装機である。

 

 アハマド・ハムディが操る『ソルガディ』と外見的にほとんど差がないのは、『ソルガディ』自身がそもそも量産を前提として設計されていたからだ。

 

「もう『パラキス』入りするところまで来たのか。……だがっ!」

 

 『風』系魔装機は一般的に防御力と耐久力に大きな欠陥を持つ。これは特性的なもので、例外はまずありえない。

 

 つまり『ガディフォール』もまた、回避性能に優れてはいるが、当てることができれば破壊は容易だということだ。

 

「……ニャッ!?」

 

 思案する正樹の耳朶を、最近聞き馴れてきた猫の悲鳴が叩いた。

 

「どうした、シロ! クロ!」

「『ガルガード』に攻撃されたニャ! こっちも長くは……ニャッ!?」

 

 ノイズががなり、通信が途絶する。モニターに目を遣ると、「『ガルガード』反則:ペナルティ1」の表示とともに、『ブラッシュ・ブレード』で『ファミリア』を叩き落とす『ガルガード』の姿があった。

 

「あの野郎! 相手への直接攻撃は禁止だろうが!」

 

 罵倒の声を上げる正樹。「言えた義理じゃないニャ」という声が聞こえたような聞こえなかったような。

 

 怒りのあまり《昇位(レイズ)》でも起こしたのだろうか。焔の如き赤を纏う『ガルガード』の速さは、それまでを大きく凌駕している。(もう少し赤ければ通常の三倍か)などと、既に三桁を越える年月を経ながらも、脈々と現代に受け継がれる冗談が脳裏を駆け抜ける。

 

「だが……悪いが」

 

 正樹の口元が、笑みの形に歪む。

 

「ここまできて、負ける訳にはいかねぇんだよな」

 

 『サイバスター』の接近を察知した『ガディフォール』が、その砲を斉射する。

 

「勝つのは俺だ! 行くぜ『サイバスター』!」

 

 降り注ぐ弾雨を舞うようにかい潜り、『サイバスター』が迸った。

 

 その様は、さながら白の彗星。《魔装》の飛沫を尾に引いて。清廉なる哮りを高らかに。

 

 背後に『ガルガード』が迫る。赤い飛沫を散らして。彗星の尾を掴むべく追いすがる。

 

 その姿を見届け、正樹はコンソールに指を走らせた。以前ウェンディに教わったコマンドを入力し、隠された機能を呼び起こす。

 

「くらいやがれっ! 『アート・フラッシュ』!」

 

 瞬間、『サイバスター』が光に変わった。

 

 光の色は鮮やかなグリーン。光は風を呼び、瞬く間もなく暴風となって渦を巻く!

 

 風のボルテクス。力そのものはそう強いものではない。破壊力だけで言うなら『アートカノン』にすら劣るだろう。

 

 その、無指向性を除いては。

 

「なっ……うぉおっ!?」

 

 渦が、宙を埋め尽くす。暴風に煽られた『ガルガード』が、大きく姿勢を崩す。辛うじて、姿勢を維持している『ガディフォール』が見える。《魔装》の特性の差だ。

 

 そして、その暴風の渦を事もなげに擦り抜けて行く『サイバスター』が見える。『サイバスター』は『ガディフォール』に向けて攻撃を仕掛ける振りをして、『ガルガード』の足を暴風で妨げるのが目的だったのだ。

 

「く、お、おのれ……おのれぇっ!」

 

 安定を取り戻すので精一杯の『ガルガード』を余所に、『サイバスター』が人の形を崩した。

 

 推進器の殆どを背面に集めた高速形態。神鳥『ディシュナス』を模したと言われるその威容が空を駆ける姿は……非常に不愉快で、口惜しい話ではあったが、例えようもなく美しかった。

 

 その神鳥のかたちが、射られたように迸る。

 

 射られたならば、その先には的がある。果たして、神鳥の駆け行く先には、黄色い《魔装》を纏った標的……魔装機『ガディフォール』のかたちがあった。

 

 そして、それを眺めるファングの目の前で。

 

 『サイバード』が、『ガディフォール』に突き刺さる。

 

 嘴の先に凝集された緑の《魔装》が、暴風によって動きを止められた『ガディフォール』のささやかな《魔装》を食い荒らし、貫き、二つに引き裂いた。

 

 『パラキス』の創り出す世界が、戸惑ったように揺らぐ。なるほど、体当たりで標的を破壊するなどという戯けは、予想の外だったのだろう。

 

「どうだ! 吠え面こいたか!」

 

 正樹が剣を振り上げ勝ち鬨を上げる姿を背景に、『パラキス』が勝敗を下した。

 

 勝者、マサキ・アンドー。

 

 敗者、ファング・ザン・ビシアス。

 

「……ッ!」

 

 判っていたことだ。だが、その冷酷な事実がファング・ザン・ビシアスを打ちのめす。

 

 何故負けたのか。機体の性能差か。否、思い起こせ。マサキ・アンドーの戦い方を。

 

 度重なる妨害。不作法にも程がある太刀筋。あまつさえ体当たりなどとは言語道断。

 

 それが、ランドールだと?

 

 ラ・ギアス全界の剣の歴史に輝く英雄、《天騎士》ランドール・ザン・ゼノサキスだと?

 

「ふざ……けるなァッ!!」

 

 気づいたときには、体が動いていた。

 

 

 

ⅩⅢ

 

「あ、ま、待って! 止めなさい、ファング! マサキも!」

 

 通信窓の奥から、セニアの制止する声が聞こえる。

 

 だが、今は相手をしている暇はない。注意を向ける暇もない。

 

 がん! がん! がん! 断続的に叩きつけられる刀。その刃は紅く焔を帯びて、剣に、鎧に触れる度に、『サイバスター』の風の《魔装》を食い破る。

 

 更に、剣が唸り打ち合う度に、モニターにノイズが走る。攻撃を受ける度に。『ガルガード』と『サイバスター』が接触する度に。

 

 連続で太刀を受けた後などは、モニターに撒き散らされた砂で前を見ることも難しい。1秒と経たずにノイズは消えるが、あちらも状況は同じなのだろう、そこには戸惑ったように手を止める『ガルガード』の姿がある。

 

 セニアの言葉が思い起こされる。

 

「ここの所、『パラキス』の調子が悪くて、重たい仕事させられないの。だから、魔装機神は暫く『ディンキス』で訓練してね。魔装機神と魔装機がぶつかったら、今の『パラキス』じゃハングアップ起こすかもしれないから」

 

 恐らく、このノイズは魔装機神『サイバスター』と『ガルガード』の戦闘行動によって発生しているのだろう。プログラムでできた『ブローウェル』などは《魔装》の形状や収束パターンが単純で予測処理が容易いが、人間の《魔装》は動きが複雑怪奇で、予測ができないため大きく処理性能を要求する……ということだったが。

 

 つまり、《魔装》を『パラキス』の予想を越えるほどに複雑に動かすと、装置が止まってしまう恐れがあるということだ。

 

「どうした! 惚けるな!」

 

 正樹の思索を、ファングの剣が突き破った。

 

「くっ、のぉっ!」

 

 剣を傾け、槍の如く突き出される刀を逸らす。ばちばちとモニターを瞬かせるノイズを横目に、正樹はコンソールのボタンを叩いた。モニター上の『ガルガード』表面に無数の照準コンテナが現れ、空間ポケットから飛び出した『カロリック・ミサイル』がばら撒かれる。

 

 爆発、爆炎。煙幕弾と熱素反応弾のミックスが、二機の間に厚く爆煙を巻き起こす。『パラキス』のノイズも手伝って、『ガルガード』は『サイバスター』を見失ったらしい。土産に『アートカノン』を数発出鱈目にばらまきながら、退いて距離を開けた。

 

「ったく、ざけんなよ、あのウスラトンカチ」

 

 悪態を吐き出す正樹の目の前。黒煙が真一文字に切り裂かれた。ぶわっと巻き起こる風に、あっさりと煙幕は吹き散らされた。

 

 その風の谷間に、当たり前のように佇む『ガルガード』。

 

「そんなものか? その程度で貴様は……」

 

 吐き捨てるように呟く声が、通信窓の奥から聞こえてくる。

 

「この程度がどうした! 大体負け犬が勝った者にちょっかい出してるんじゃねぇ! 見苦しいんだよ騎士様は!」

「あんなもので勝ったと言うつもりか! ふざけるな!」

 

 怒気に塗れた声と共に、ぱっと赤い《魔装》が燃え上がる。それを見れば、操者が激昂したのが手に取るように分かった。

 

「ランドールは最高の剣士の名だ! それを引き継ぐ者は、当然最高の剣士であることが求められる! そうでなくてはならん!」

「んな事俺が知るか! 別に俺がくれって頼んだ訳じゃねぇ! 石頭の戦闘馬鹿にネチコロ付きまとわれるくらいなら願い下げだ!」

「不遜な! 貴様はランドールの名を愚弄するのか!」

「ならどうすりゃ……のわぁっ!」

 

 反駁する正樹の声を、『ガルガード』が太刀で遮った。ぶんっと風を切る音と共に振り下ろされた剣が、とっさに真横に加速した『サイバスター』の翼端を切断する。ざあざあと、雨が降るようにノイズが騒ぐ。

 

「さあ、どうした! ランドールならばこの位返せるはずだ!」

 

 返す刀が更に縦横に踊る。その度に走るノイズが、更に視界を覆ってゆく。それをぎりぎりの所でいなす『サイバスター』は、端から見れば舞踏を演じているように見えただろう。

 

 だが、白鳥の足の寓話を例に挙げるまでもなく、往々にして当人にとっては優雅どころの騒ぎではないのである。

 

(どうする? 何か手は、手はないのか?)

 

 なるほど。ファングは実に強い。ラ・ギアス人であるが故のプラーナ量の少なさを、剣の技術で補っている。騎士団分隊長の名は伊達ではないということだ。

 

 なぜ、そんな男が自分に対してこうも粘着質に噛み付くのか。

 

 ランドールの名。それはラングラン王国における伝説の英雄だ。《精霊使い》《狼機》《天騎士》など、ラングランの歴史には幾度もランドールの名が現われている。ことごとくが、王国の危機に伝説級の活躍を果たした者達が。

 

 その名には、正樹が想像する以上の意味が込められているのだろう。戦士であることを選んだ者達には、目指すべき至高の座を意味しているのではないだろうか。

 

 しかし、その名を冠する者は地上人。しかも成人も果たしていない若輩者。それが、ラングラン王国の誇る最強の兵器、魔装機を駆り、神聖ラングラン王国軍の先頭に立つ。

 

 その事実が、どれほどラングランの戦士達の矜持を砕くか。

 

 ファング・ザン・ビシアス。この男は、そんなラングランの戦士達の代表なのだ。この敵意は、この男一人から沸き上がるものではない。かつて兵士ブランソンが、やはり正樹に向けて敵意と憧憬を向けて来たことを思い出す。

 

 だが……だからこそ。

 

(だからこそ、こいつには負けられない!)

 

 向けられているのは敵意だ。だが、正樹に求められているのは、敗北ではない。いかなる敵意、いかなる悪意に曝されようとも、超然と佇み、真っすぐに歩む。そんな英雄をこそ、彼らは望んでいるのだ。

 

 だからこそ、どんなことがあろうと、この男には負けられないのだ!

 

(何か、何かないのか? こいつに勝てる手は?)

 

 今のままでは、剣の世界においては、正樹がファングに勝てる要素などどこにもない。訓練期間と、執念が違い過ぎる。

 

 剣の世界に、限るならば。

 

 ならば、限らなければ?

 

 

 

ⅩⅣ

 

「もう! この男たちは! いいわよ、戦闘フィールド停止してやるんだから!」

 

 苛立ちを隠す気も更々なく、セニアが『パラキス』のコンソールをぶん殴った。

 

 プレシアが首を竦め、レベッカが呆れたように掌を上に上げる。それを尻目に、セニアはコンソールの上で指を踊らせる。

 

 ノイズ瞬くモニターの上に窓が開き、緑のメッセージを映し出す――『強制終了します。宜しいですか?』

 

「終了よ! 終了! もう、散々だわ! 『ガディフォール』は予定性能発揮できてないし……」

 

 愚痴をぶつぶつと紡ぎながら、実行キーに手を伸ばすセニア。

 

 だが、そのセニアの目の前で、横からさっと手が伸びる。

 

 その手が指示する先。それは中止を示すボタン。

 

 その手の元にある顔。少し高い所にあるその顔。最初に飛び込んでくるのは丸くて小さな眼鏡。

 

「あの、すみませんが、もう少しだけ様子を見てはやれませんか?」

「ませんかって、もう中断してるじゃないの」

 

 ぶすっと頬を膨らませ、セニアは非難の声を妨害者ゼオルートに差し向けた。

 

 当の《剣皇》ことゼオルート・ザン・ゼノサキスは、ぼりぼりと頭を引っ掻き、困ったように懇願した。

 

「いや、すみませんねぇ。できれば、彼らには納得できるところまで勝負をつけて欲しいんですよ」

「お父さん!?」

「プレシア、あなたも戦士(ザン)の娘ならば、二人がどうして戦っているのかわかりますね?」

 

 非難げに父の名を呼ぶ愛娘に、ゼオルートが穏やかに問いかける。

 

 プレシアは、しばし思案げに俯いていたが、やがて何かに思い至ったように顔を上げて頷いた。

 

「…………うん」

「ちょっとちょっと、あなた達。できれば”王族(グラニア)”の女にもわかるように説明してくれる?」

「ランドールは、私のご先祖様だというだけでなく、至高の”戦士(ザン)”の象徴でもありますからね。戦士の系譜の者ならば、当然の流れですよ」

 

 セニアの要求にすらすらと答えるゼオルート。セニアは一瞬きょとんとして、先程のプレシアに似た面差しで、小首を傾げる。

 

「さっぱりわかんないんだけど……プレシア?」

「えっと、あたしもなんとなく、なんです。ごめんなさい」

「そう、じゃあしょうが無いわね」

 

 嘆息する。職能的階級制度を布くラングランにおいて、他業種の思考展開が理解できないことは珍しいことではない。

 

「って、そんなことはどうでもいいのよ! 今すぐ止めさせないと!」

 

 何か言いたげな元辺境警備隊所属ゴルド・ザン・バゴルドの存在に気づきもしないまま、思い出したようにセニアが声を上げた。

 

「あ、あの、ですから勝負が決まるまでは……」

「そういう次元の問題じゃないの! このままだと『パラキス』が……!」

 

 そんな、セニアの切羽詰まった声を遮るように。

 

 『パラキス』の、『サイバスター』と『ガルガード』の戦闘を映し出すモニターが、翠の閃光を迸らせた。

 

 

 

ⅩⅤ

 

 正樹がそれを放ったのは、誘い込んだ『ガルガード』の剣が、『サイバスター』の喉元にまで迫った瞬間だった。

 

「『アート・フラッシュ』!!」

 

 押し込んだ緑のボタン。『サイバスター』の《魔装》が弾け、暴風となって『ガルガード』を襲った。

 

 『風』の魔装機神だからこその、強力無比な精霊力の爆発。先程は無指向で周囲にそのまま吹き出させたが、今度は真っすぐ正面に向けて放射する。

「ぬ、ぐぉおおっ!?」

 

 吹き上げる風が、『雷』の『ガルガード』を打ちすえる。『火』属性の《魔装》は『風』属性のそれに対して優勢であり、効率的に破壊することができる。しかし、『サイバスター』は魔装機神であり、その《魔装》の出力は通常の魔装機を大きく凌駕する。少々の適性の不利などは、飲み込んでしまえるほどの力を秘めている。

 

 果たして、『サイバスター』の発した暴風に、『ガルガード』は耐えられない。全身のブースターを総動員して必死にその場に留まっているが、徐々に押し流されるように距離が開いて行く。

 

 『パラキス』が悲鳴を上げるように、ノイズが視界を覆い尽くす。『サイバスター』が風を放ち、『ガルガード』がそれに抗する。縦横無尽の一進一退。ノイズが見る見るうちに視界を満たし、ついに殆ど何も見えなくなった瞬間。

 

「今だクロ、シロ! 『ガルガード』の推進器に体当たりしろ!」

「後で使い魔愛護協会に訴えるニャ!」

 

 正樹の呼び声に答え、墜落した後様子を見ていた『ファミリア』が飛び出した。

 

 どのようなノイズがあろうとも、『ファミリア』の位置は精神感応で把握できる。そして、今『ガルガード』の位置は『サイバスター』の真っ正面すぐ側。何の苦労もなく、身動き取れない『ガルガード』の背後に回り込んだ。

 

 その先端に緑の《魔装》が集まる。『ガルガード』の背後は、丁度陰になって風の影響を受けない。『ファミリア』は真っすぐに『ガルガード』の背の推進器――最大噴射に赤熱し、軋みを上げるそれに突き進み……その身を鏃として叩き込む!!

 

「なっ!」

 

 正樹同様ノイズに視界を奪われていたファングは、自分の機体に何が起きたのかわからない。

 

 背中に衝撃があったことは分かるから、推進器を損傷したのだろうか――そのくらいの予測はできただろうが。

 

 その瞬間のファングは、それよりも遥かに重篤な事態に見舞われていた。

 

 

 

ⅩⅥ

 

 絶え間無く、『サイバスター』から吹き上げる暴風。その暴虐に耐えるために、『ガルガード』はその擁する推進器を総動員していた。

 

 それが、一部たりとても破壊されたら、どうなるか。

 

「むっ……、くっ、な、何だとっ!」

 

 無慈悲に吹き付ける風。それに抗していた力の均衡が崩れた。ぐらりと傾く機体。慌ててファングは機体の推進力を調整する。

 

 だが、間に合うはずがない。

 

 傾く力はそのまま濁流の中の櫂であるようにその力を強める。ぐるん、と機体が回転する。

 

 そうなってしまったらもう立て直す術はない。なまじ吹き上げていた推進器が仇になる。ぐるぐると回転する推進器と風の流れのベクトルが合成され、あらぬ向きへの推進力へと変わる。

 

「く、あ、推進器をっ」

 

 そのままではどこに流されるか分からない。ファングは流れに乗ってから立て直そうと、一度推進器を停止させる。

 

 その瞬間こそが、正樹の待ち望んでいた瞬間だった。

 

 『ファミリア』がめり込んでいる今、正樹は『ガルガード』の位置を一方的に把握できる。その位置に向けて、最高の一撃を打ち込めばよい。

 

 何が最高の一撃だろうか。ここからでは『ディスカッター』は届かない。『ファミリア』は体当たりとその後の猛烈な回転で目を回している。

『カロリック・ミサイル』では論外。『アートカノン』でも威力が足りない。『アカシック・バスター』はエネルギーチャージに時間がかかる。

 

 ならば、あれはどうだろうか。あのバナン市で使った、大いなる守護光。あの時はエネルギーを中和する目的で使ったが、範囲を限定して撃ち込めば、十分な威力が期待できる。

 

 正樹は、あのコマンドを呼び起こす。ウェンディが基礎を紡ぎ、それに正樹が手を加えたあの術式。

 

 (そういえば、彼女には随分世話になっているな)などという思考を遮って、モニターに文字が踊った。『(名称未定)照射準備完了』

 

 そうだった。この光には、まだ名前がない。何と付けるべきだろうか。例えば『ゴッドボイス』? もしくは『ブラン・ダイガード』? 幾つもの名前が脳裏を駆け抜ける。

 

 その瞬間、ファングの『ガルガード』が動きを止めた。

 

「行けぇっ! 『サイ・フラッシュ』!!」

 

 反射的に飛び出したそれは、あまりにも単純で。

 

 しかし何故かとても、まるで何十回も唱え続けたように、舌に馴染んだ単語だった。

 

 

 

ⅩⅦ

 

 『サイ・フラッシュ』。

 

 そう名付けられた輝きが、『サイバスター』の翼から迸る。

 

 光の色は鮮やかな青。数は四。ノイズに塗れたモニターさえも軌跡で青く塗り替えて、『ガルガード』へと駆け抜ける。

 

 がくん、と『ガルガード』の機体が揺れた。不審げに思わず背後に視線を送るファングだが、そこにはノイズに埋もれた世界が見えるだけだ。

 

 『ファミリア』が役目を果たして離脱したのだ――その事実を、ファングが理解する機会は与えられなかった。

 

「なっ……何だこれは!?」

 

 灰色のノイズの海。それを青色に染め変えながら迫る青い輝き。コンピューターのエラー表示さえも飛び越えて襲いかかる輝き。

 

 何かがおかしい。これは桁が外れている。こんなものが、あるはずがない。存在する訳がない。否定の言葉を必死に紡ぐ。

 

 しかし、『サイ・フラッシュ』――後にはより精錬されて広域放射が『サイ・フラッシュ』、収束投射が『コスモ・ノヴァ』と呼ばれる事になる輝きは、無慈悲に『ガルガード』の機体を、そしてファング・ザン・ビシアスの視界を埋め尽くし……。

 

 …………。

 

 それが、『パラキス』の限界だった。

 

 

 

 青い光が輝いて、『ガルガード』を飲み込んだ瞬間。

 

 『パラキス』が甲高い悲鳴を上げた。

 

 ぎぃぃぃぃぃぃ、という破滅を思わせる音を先触れに、警告音が鳴り響き、カザフル砦魔装機棟を貫いてそびえる『パラキス』筺体が煙を上げる。

 

 スプリンクラーが発動し、砦中に消火剤の雨が降り注ぐ。事務棟から絶望と怨嗟の声が上がる。

 

 そして、ここにも絶望の悲鳴を上げる女がひとり。

 

「あーあーあー! やっぱりーーー!!」

「何! 何が起きたんです!?」

「畜生! レポートがパァだ! どこの馬鹿だ!?」

「きゃあ! 服が、服が!」

「おやおや、これはまた」

「お父さん! えっちな目で見ちゃ駄目!」

「見てませんって……」

「管理棟! スプリンクラーを止めろ! 異常は『パラキス』本体だけだ!」

「魔装機は無事? 操者は!?」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図である。セニアは偉大なる絵師ムンクの作品を思わせる様子で絶望の声を上げ、ゴルドは職員たちに檄を飛ばす。ゼノサキス親子は早々にスプリンクラーを避けて隅に避難しているが、同じように避難した女性職員について何か問題が起きているようだ。

 

「やれやれ……何だろうね、これは」

 

 スプリンクラーから降り注いだ消火剤入り水をもろに浴び、レベッカは溜息をついた。薄手の服を纏っているのが運の尽きか。下半身のジーンズはともかく、上半身のタンクトップは少々レベッカ・ターナーの女性的なかたちを示し過ぎている。

 

 正樹とファングの喧嘩を眺めていただけでこのとばっちりだ。面白いものは見られたが、見られるのは面白くない。

 

 あちらでは降りてきた操者二人を取り囲んで、臨時裁判が繰り広げられているようだ。注意がこちらに向かないうちに退散するとしよう。

 

 レベッカはくるりと踵を返し、片腕で胸の前を隠しながら門外へと足を向ける。

 

 すると、こつんと何かが爪先に触れた。

 

「……何だい?」

 

 足元を弄って、触れた物を捜し出す。妙に硬い感じだったが、もしかしたら。

 

「わお、ビンゴ」

 

 水に濡れて光を照り返すそれを見つけて、レベッカは快哉を上げた。そう。もしかしたらと思っていたのだ。

 

 拾い上げ、じっと眺める。

 

 それは七色に輝く鉱物だった。大きさは大体拳大。本来なら石に埋もれている筈の表面は、どういう訳か殆どが削り取られ、表面は、それ独特の光沢一色に覆われている。

 

神鉱石(オリハルコニウム)。やっぱりね。『サイバスター』の関節に詰まるなんて、これぐらいしかないと思ってたんだ」

 

 恐らくは、『デモン・ゴーレム』の構造石の中に混じっていたものが、体当たりの拍子に関節に挟まったのだろう。《魔装》の噴出と間接による圧力で、余分な砂礫部分は取り除かれたようだ。

 

 ふと、多分所有権があるであろう少年へと視線を送ってみる。

 

 少年正樹は、決闘の相手であるファング・ザン・ビシアスと相対し、何やら詰り合いを繰り広げている。あ、正樹の手が出た。ファングも殴り返す。

 

 ……今渡しに行くのも何だ。それに、この服のクリーニング代も必要だろう。

 

 レベッカは神鉱石(オリハルコニウム)の塊をポケットに押し込み、再び門外へと足を向けた。

 

 

 記録では、魔装機撃墜数競争から魔装機による格闘戦、そして生身での殴り合いへとラウンドを移したマサキ・アンドーとファング・ザン・ビシアスの決闘は。

 

 両者の拳がお互いの顎を捉えるクロスカウンターにより、ダブルKOで幕を閉じたという。

 

 

 

ⅩⅧ

 

「それで、あの光の名前は『サイ・フラッシュ』で決定するのね?」

 

 ウェンディが、ノートにペンを走らせながら問いかけるのに、正樹は頷いて答えた。

 

「ああ、それでいい。『サイ・ブレード』とか『サイバード』とかもあるし、お揃いで分かりやすくていいだろ」

 

 ここは、カザフル砦第第一魔装技術研究棟。『魔装機神隊』に属する機体の技術開発が行われている。

 

 ウェンディはここの主位級の練金学士であり、専用の研究室を与えられている。今、正樹とウェンディがいるのが、そこだ。

 

「それで、語源は?」

「『サイバスター』が光るから、『サイ・フラッシュ』」

「…………」

 

 正樹の即答に、こめかみを押さえるウェンディ。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか? 自分では良いネーミングだと思うのだが。

 

 

 あの決闘と『パラキス』の崩壊から、おおよそ一週間が過ぎた。

 

 結局、ファングとの決闘の決着は、ダブルKO。気が付くと医務室の(妙に湿った)ベッドの上だった。

 

 正樹が目覚めた時、ファングは既に医務室から立ち去っていたらしい。だが、目覚めたのはほぼタッチの差位だったという事だし、流石にそんなつまらない事まで争ってはいられない。

 

 あれから、ファングとは一度だけ出会った。

 

 騎士団の部下だろうか、気が強そうな女と小太りの男を従えていた。確か、ラングラン騎士団魔装機部隊のテストパイロット達だ。恐らく女がコーディ・ザニア・マクガレル、男がヴィロック・ザン・ユーヴァだろう。

 

 決闘の事を聞いていたのだろう。部下達が剥き出しの敵意を向けてくるのに対して、ファング自身は案外な程穏やかだった。冷静にじっと正樹の方を見つめて、

 

「『サイバスター』の操者。お前は、何のために戦う?」

 

 余分な言葉は一切無しに語りかけてきた。

 

「俺はラングラン王国全体の民と誇りを守る為に、戦士の道を歩んでいる。お前は何の為に戦う?」

 

 冷静に問う。それまでファングの口からこぼれた言葉のどれにも似ていない、穏やかな声で。

 

 何故、そのような事を問うのか。どうして、そんなにも穏やかなのか。疑念が胸の奥に沸き上がるが、とりあえずは抑え込んだ。

 

 一瞬だけ、言葉を整えるために視線を宙に彷徨わせる。

 

「俺は、この世界の全てで引き起こされる、あらゆる理不尽な戦い、理不尽な死を駆逐する為に戦ってる」

 

 正樹が語る間、ファングはまんじりともせず正樹を見つめていた。

 

 どこか不気味なほどに、真摯に正樹を見つめるファング。

 

 ――まるで、安藤正樹の瞳の奥にいる誰かを見つめるように。

 

「俺には、死が許せない。失う悲しさが、失われる恐ろしさが許せない。

 俺にとっては、剣も、『サイバスター』も、ランドール・ザン・ゼノサキスの名前も、それを取り除くための要素でしかねぇ……少なくとも、戦うことに限ってはな」

 

 言葉を切り、目の前のファングに水を差し向ける。 

 

「それだけだ。聞くことはそれだけかい?」

 

 ファングは、そんな正樹の言葉をただじっとして聞くだけだった。

 

 耳から取り込んだ正樹の言葉を咀嚼でもしているのだろうか、見通すような目線でじっと正樹の目を覗き込む。

 

 やがて、ファングはひとつ息を吐き出し、どこか諦めの混じった面持ちで首を振った。

 

 そして、びしりと正樹に指先を突き付け、

 

「次は勝つ。貴様も、ランドールの御名に恥じぬよう、もっと『サイバスター』を使いこなせ」

 

 今度は従前通りの刺のある声音でそう言い残して、部下二人を促して足早に立ち去ってしまった。

 

 

 あの時のファングが何を見ようとしていたのか、未だに正樹にはわからない。

 

 だが、あの時を境に、ファングが正樹に大っぴらに噛み付くことは無くなった――正樹が大きな失態を演じない限りは。

 

 「ランドールの名に恥じないように」と、ファングは言った。それはつまり、彼が正樹がランドールの聖号を冠する事を認めたということだ。

 

 悪意さえなければ、その厳しい指摘は進歩のための重要な手掛かりになる。そう考えれば、ファング・ザン・ビシアスは必ずしも悪い男ではない。

 

 そろそろ、本気でゼオルートに剣を学んでみようか。そうすればいつかは、性能に頼らずもあの男に勝てるかもしれない。

 

「どうしたの? マサキ」

「いや、何でもねぇ」

 

 不審に首を傾げるウェンディに手を振り、苦笑した。

 

「それにしても、これでマサキも正式にラングラン人になるのね」

 

 書類に何かしら書き込みながら、どこか感慨深げにウェンディが呟いた。

 

「ああ、だけど別にそれで俺の何かが変わる訳じゃないだろ?」

「あなた自身が変わらないと思う限りは、ね。魔装機神操者の権利と義務の前には、神聖ラングラン王国の法律は拘束力を持たないから」

 

 実際には、様々な書類手続きが繁雑になり、事務官などが泣く羽目になるのだが、取り敢えず当人とウェンディには関係ない。

 

「でも、あなたが望むなら、色々な権利が生まれるのよ。例えば不動産の所有とか……」

 

 その言葉を遮るように、ドアがノックされる音が響いた。

 

「邪魔するよ。こっちにマサキは……ああ、いたいた」

 

 返事も待たずに顔を出したのは、魔装機『ラ・ウェンター』操者であるレベッカ・ターナーだった。最近何かしら忙しいようで、先日の一見以来顔を見ていなかったのだが。

 

「何だよベッキー。入ってくるならノックくらいしたらどうだ」

「いいのよ、マサキ。私は気にしないから」

「だけどなぁ、人としてノックは常識だろ」

「何だい、拘るねぇ、マサキ。もしかして入ってこられたら困るような事してたのかい?」

「毎度の事ながら品のねぇ女だな、てめぇは」

「品のない男に言われても気にならないね」

 

 いつもの如くな言葉の応酬。ウェンディも見慣れたもので、やや苦笑を交えた微笑みで二人を眺めている。

 

「……っと、それはともかくマサキ、ちょっとマサキ借りていいかい?」

「え? あ、ええ。私は構わないけど……」

 

 ぽんと水を向けられて、ウェンディは虚を突かれたように頷いた。一応、既に用件は終わっている。後は書類をまとめるだけだ。

 

「じゃ、ちょっと借りるよ。すぐ終わるから」

「おい、待てって! 俺はモノじゃねぇ!」

 

 特に断る理由もないのだが、取り敢えず正樹は抵抗の意志を示す。が、レベッカともなれば正樹のそれを相手にする必要がないと熟知しており、遠慮なく襟を掴んで引きずった。

 

「す、すまねぇウェンディ! ……引っ張るな服が延びるだろうが!」

 

 正樹が戸口から姿を消すと共に、扉が自動で閉じられた。途端に正樹の喚き声が遠くなる。

 

 何なのかしらね、あれは。ウェンディは独りごちつつ苦笑を閃かせ、再びデスクに向き直った。

 

 

 

XⅠX

 

「はい、これ」

 

 カザフル砦屋上。軽やかな風が吹く中、前置きも何もなく、レベッカは何やら箱を突き出した。

 

 飾り気の無い、掌サイズの小箱だ。表面には何やらとどこか洒落た名前が刻まれている。どこかで見たことがある名前だが……確か以前商店街で見たような。

 

「何だ? こりゃ」

「プレゼントだよ。一儲けしたんで、御裾分けって訳」

 

 さらりと答えるレベッカ。一儲けというのは件のオリハルコニウム結晶の事なのだが、正樹に知る由も無い。

 

 ふぅんと鼻で答えつつ、小箱を受け取る。そしてロックを外し、蓋を開けてみた。

 

「何だいこりゃ……首飾り?」

 

 中を覗き込むと、そこにはシンプルな首飾りが収まっていた。銀色の鎖の先に、七色の輝きを放つ小さな石を埋め込んだペンダントが下がっている。

 

「宝石……じゃないな。何だ、こりゃ」

「そう高い物じゃないよ。だけど、奇麗だろ?」

「まあな。だけど俺にペンダントってのはナンセンスじゃねぇか?」

 

 しげしげと眺めてみるが、少々正樹が首にかけるには、デザインが優しすぎる気がする。むしろこういう物が似合うのは……正樹の脳裏に、幾人かの女性の面差しが浮かび上がる。

 

「別にあんたに使えって言ってる訳じゃないさ。ウェンディとか、随分世話になってるだろ? お礼にってことでプレゼントしたらどうだい」

 

 にやにやと笑みを浮かべつつ、ぽんと肩を叩いてくるレベッカ。どこかうさん臭い物を感じるが、一体何が狙いなのだろうか。

 

 だが、確かにウェンディには随分と世話になっている。初めて『ジャオーム』に乗った時。『サイバスター』操者選定式の時。バナン事変の時。ついさっきも幾つかのトラブルを解決して貰ったばかりだ。礼をしても間違いではない。

 

 プレシアやテュッティなど、幾人かの外の候補者も思いつくが、一番世話になっているのはやはりウェンディだろう。

 

「しかし、誰かへのプレゼントを貰うってのも変な話だな」

「いいんだよ。結果的にはあんたに返って来るもんなんだから」

「そういうもんか? よく分からないが」

 

 レベッカの意図はよく分からないが、ウェンディにプレゼントをする事自体は悪い案ではない。問題は、いつ手渡すかだが……。

 

「ああ、二人ともやっぱりこっちだったのね」

 

 一瞬、幻聴かと思った。

 

「あら、ウェンディ。どうかしたのかい?」

「ええ、マサキに『サイ・フラッシュ』の起動シーケンスについてちょっと確認があって」

 

 幻聴ではありえない、涼やかな声。見れば、ノートを片手で、今一つで手を風に流れる髪を抑えるウェンディの姿が目に飛び込んで来た。

 

「『サイ・フラッシュ』? 何だいそりゃ」

「例のバナンでの光の事。マサキがそう名付けたの」

「ああ、そう。ふぅん」

 

 気のせいだろうか。レベッカからの視線が少し冷たくなったような。

 

「ベッキーの方はもう用事は終わったのかしら?」

「ああ、借りてすまなかったね。もう終わったから。あと、マサキの方からも、何か用事があるみたいだよ」

「あ、こら、勝手に」

「じゃ、二人とも頑張りなよ~」

 

 正樹の反駁に耳を貸そうともせず、そそくさとという形容がぴったりの早さで、レベッカの姿が階下に消えた。

 

「あんの女……まあ、いいか」

 

 舌打ちする正樹。こうなってしまっては退くに退けない。

 

「どうかしたの? マサキ」

 

 ウェンディが、怪訝な表情を向けながら歩みよって来る。風に髪が流れる姿に、不思議とひとつ、胸が高鳴った。

 

 まあ、いいか。確かに送り先には一番相応しい。一息ついて、言葉を紡ぐ。

 

「ああ、ここの所世話になりっぱなしだったからさ、礼の代わりにプレゼントを、と思って」

「私に?」

 

 きょとんとするウェンディに、黙って件の小箱を突き出す。どうもこういうのは苦手だ。昔幼なじみの如月にも怒られたような記憶がある。

 

 ウェンディは暫く逡巡していた様子だが、何とか微笑みを取り繕って、小箱を受け取った。

 

「ありがとう。開けても良い?」

「ああ」

 

 正樹が頷くのを待って、ウェンディは小箱を開ける。

 

 そして、その眉が寄せられた。

 

 

 

XX

 

「これを……本当に私に?」

「ん? ああ、まあ、そう高い物じゃないしな」

 

 ぽりぽりと、頭を引っ掻きながら言葉少なに答える正樹。実際の所高い安いはレベッカからの受け売りなので詳しい所は何とも言えないのだが。

 

「これ、ベッキーに用意して貰ったのかしら?」

「へ? え、あ、ああ。まあな」

 

 いきなり、図星を突かれた。思わずかくかくと頷いてしまう。

「やっぱり。もう……悪ふざけが過ぎるわよ、ベッキー」

 

 独りごちつつ、苦笑を漏らすウェンディ。何か問題があるのだろうかと訝しむ正樹を他所に、小箱から首飾りを取り出し、自らの首にかける。

 

 ウェンディの豊かな胸元で、陽光を返して輝くペンダント。七色の石をなぞる指先に思わず目線を留めるが、そのすぐ側の豊かな膨らみに目が逸れた途端、正樹は慌てて目線を明後日に向けた。

 

「この石はね、神鉱石(オリハルコニウム)の結晶なのよ」

「魔装機とかの装甲に使われてるあれか? 随分見た目が違うんだな」

 

 正樹の感想に、ウェンディはクスリと微笑んだ。爪先でこつんこつんと神鉱石(オリハルコニウム)結晶をつつきながら、答える。

 

「装甲に使われているのは銀と混ぜ合わせて作られた魔術銀ね。混合比は1対10くらいかしら。装甲だと更に色々な構造材でサンドイッチされてるから、見た目はもう全然違うわよ」

「そうなのか。確か、神鉱石(オリハルコニウム)が《魔装》発生の媒介をしてるんだったよな?」

「そう。人の心を力に変える、この宇宙でほとんど唯一の物質よ。だから時も場所も越えて、二つの想いを繋ぐ……そんな願いを込められる事があるの」

「……へぇ」

 

 何かボタンを連打したい衝動を感じるような感じないような。想いとか何とか、どうも肌に合わない単語が並んでいて落ち着かない。ウェンディから感じる気配が、何かを含んでいるような気がする。

 

「だから、最近神鉱石(オリハルコニウム)を使った装飾品を送って、婚約の証にしたりする事が多いのよ」

 

 ………………。

 

 ……今。

 

 ……何か、重大な過失をしたような。

 

 弾かれたように、顔を向ける。飛び込んで来たウェンディの頬が、ほんのりと赤い。はにかんだような笑みが浮かんでいる。

 

 胸元に視線を落とす。我関せずという風情で静かに光を返す石がひとつ。

 

 想いを伝えると言う、神鉱石(オリハルコニウム)の石。

 

「これは、そういう風に受け取ってもいいのかしら?」

 

 ウェンディが、悪戯っぽく、問いかけた。

 

 正樹の顔に血が上がって、引いて、また上がった。

 

「ま、待った! 頼むから早まるな! お、俺にはまだそんなの早、いや、そうじゃなくてそういう意図は何もっ!」

 

 ばたばたとウェンディの前に駆け寄り、ペンダントに触れる。とりあえず誤解を解かねば。でも、一度贈ったものを奪い取るなど下衆の所業。そもそも、自分は今どこに触れている。ちらりと見上げられたウェンディの咎めるような視線が(少なくとも正樹にはそのように見える視線が)正樹を射貫く。

 

「あっ、わっ、す、すまねぇ!」

 

 悲鳴じみた声と共に、飛び退さった。ばつの悪さを誤魔化すため、ばりばりと頭を引っ掻く。

 

 一体何をやっているのか、自分は。落ち着け、落ち着け正樹。ウェンディは冷静に話せばきっとわかってくれる。

 

「あ、あのな、ウェンディ」

 

 何とか気を落ち着け、説得のための言葉を絞り出す正樹だが。

 

 耳に届く軽やかな声に、続く言葉を飲み込んだ。

 

「うふふ……ふ、あはははは」

 

 いつもは、クスクスと、控えめにしか笑わないウェンディが。

 

 声を上げて、笑っている。

 

 実に楽しそうに。目尻に涙まで浮かべて。

 

「あははは、もう、ご、ごめんなさい、からかったりして」

 

 けほんけほんと小さく咳を吐き出し、目尻の涙を指先で拭う。そして、呆然とする正樹へと視線を戻した。

 

「わかってるわ。あなたがこの事を知っていたら、最初からこんなものプレゼントする筈がないものね」

「いや、まあ、そうなんだが」

 

 確かにその通りだが、さすがに呵々大笑されると少々矜持に傷が付く。そんな正樹の心情を気づきもせず……あるいは敢えて気づかぬ振りをしてか、ウェンディは未だに背中を震わせている。

 

 正樹の表情が、呆然から憮然へと様変わりした頃合いに、ウェンディはくるりと身を翻した。

 

「でも、気持ちは嬉しいわ。貰っていてもいい? もちろん、そういうことは抜きで」

 

 もう頼まれても返してやらない。そんな風情でペンダントを両手で握りながら、問いかけてきた。

 

「あ、ああ。元々ウェンディにやるつもりなのは変わらねぇし」

「ありがとう、大切にするわね」

 

 ウェンディが、ぱあっと少女の様な笑みを浮かべた。その笑みが心に染み込めば、憮然とした正樹も(まあいいか)と思えてくる――後でレベッカとは落とし前をつける必要があるが。

 

「いや、色々世話になってるから。正直こんなので埋め合わせになるかわからねぇけど」

 

 脳裏に、『ジャオーム』に乗り込んだ時や、『サイバスター』と契約した時の事などが通り過ぎて行く。ぽりぽりと頭を引っ掻きつつ、言い訳じみた言葉を紡ぐ正樹。

 

 だが、ウェンディは首を小さく振って、

 

「そんな事はないわよ。とても嬉しいわ」

 

 そう答えて、正樹へと背を向けた。

 

 ふわりと、大気に撒かれるウェンディの髪の匂い。思わず正樹の感覚がその匂いに混じる感情の色を探り始め、一方で理性が「何とあさましいことか」とそれを抑え込む。

 

 だから、正樹はウェンディがぼそり、と呟いた言葉を聞き取ることができなかった。

 

「ん? 今何か……」

「それじゃ、私は作業があるから、先に戻るわね。邪魔したら駄目よ?」

 

 正樹の問いを遮るように勢いよく、悪戯っぽく笑顔を閃かせ、ウェンディはそのまま駆け出した。

 

「あ、ああ、頑張れよ」

 

 急なウェンディの行動に、正樹は生返事を返すことしかできない。(似合っている、くらい言うべきだったか?)と思った時には、ウェンディの姿は階下へと消えていた。

 

「……まあ、いいか」

 

 ばりばりと頭を引っ掻いて、正樹は溜息をついた。

 

 用があると言っていたのはウェンディの方であると、正樹が思いだしたのは、それから半日後。

 

 ゼノサキス家の湯船の中での事だった。

 

 

 

XXI

 

 そして、数日後。

 

 

 ランドールの聖号賜与式が、厳かに執り行われた。

 

 聖号を賜るべき正樹が、衆人環視の中居眠りをするというハプニングは起きたものの、それを除けば何事もなく、式は終了した。

 

 正樹……いや、今や神聖ラングラン王国においてはランドール・ザン・ゼノサキスに与えられたのは、その名を証明する特注のマントと冠。下手をするとそこらの王族よりも厳粛な装いである。

 

 そうして、式を終えたその夜。ゼノサキス家では、ささやかな宴が催された。

 

 魔装機神隊に所属する、正樹と親交の深い人間達。リカルドやヤンロン、テュッティにシモーヌ。レベッカにアハマド、マドックやティアン……等々。

 

 特筆すべきは、その場にファング・ザン・ビシアスまでもが顔を出したということだろう。正樹に練習剣を持たせ、簡単な手合わせを演じた。

 

 結果は言及するまでもなく正樹の敗北に終わったが、周囲は結果ではなくその過程に感嘆の息を漏らした。

 

 正樹が、ファングの得意とするフェイントを交えた連撃の太刀を、五合まで凌いだからである。

 

 驚愕に声を上げる皆に、ゼオルートが真相を披露した。ここ数日の間に、正樹はゼオルートに剣の指南を受けていたのである。

 

 「正樹はとても筋が良い」そうゼオルートは正樹を評価する言葉をかけたが、続いて「でも、仕合はまだプレシア相手に負け続きですけどね」と苦言を呈すれば、一同は笑いの渦に飲み込まれた。ふて腐れる正樹をプレシアが宥めている姿を見れば尚更である。

 

 

 その宴には、ウェンディ・ラスム・イクナートの姿もあった。

 

 レベッカが執拗に酒を勧めるのをやんわりと退けつつ、テュッティやシモーヌと談笑している。時折正樹に向けてくる言葉は、結局『サイバスター』絡みの事ばかりだ。その様は、いつもの『アカデミーの才媛』の顔に他ならない。

 

 先日の、少女のような笑顔。あれは一体何だったのだろうか。レベッカのたちの悪い悪戯だったのだろうか。

 

 だが、ウェンディの胸には、あの日のペンダントが下がっていた。

 

 シモーヌなどにそれとなく聞いてみると、ウェンディはあれ以来、ずっとそのペンダントを肌身離さず身につけているらしい。

 

 そう考えてみれば、あの時の笑顔は幻覚などではなかったのだと確信できる。

 

 結局、リカルドやヤンロンの説教に捕らわれて、思うようにウェンディと言葉を交わすことはできなかったが……。

 

 彼女が自分の贈り物(と胸を張って言えないところはあるものの)を、本当に大切にしてくれている。

 

 その事実を思うと、正樹の如き朴念仁でさえも、どこか胸の奥に、不可思議な暖かさを覚えるのである。

 

 

 余談ではあるが、その後の歴史によれば、ウェンディ・ラスム・イクナートは。

 

 ランドール・ザン・ゼノサキスより贈られたペンダントを、その短い生涯の間、片時も手放すことは無かったという。

 

 

 

XXII

 

 その晩。宴に集まった人々の姿も失われた、ゼノサキス家。

 

 

 未だ宴の余韻抜けきらぬ身体をソファに沈めつつ、正樹はぼんやりと天井を眺めていた。

 

 隣には、やはり宴で疲れてしまったのだろう、プレシアが正樹に肩を預けて眠っている。

 

 良い夢を見ていれば良いのだが……と思い正樹はプレシアの表情を眺めてみるが、どうやらその心配は無さそうだった。時折口元が小さく笑みの形を描いている。

 

「マサキ、ちょっと良いですか?」

 

 ふと頭上から声をかけられ、正樹はふっと顔をそちらに向けた。

 

 見れば、ゼオルートが両手にグラスとボトルを持って、正樹とプレシアを見下ろしている。

 

「どうかしたのかい? おっさ……あ、え~と」

 

 おっさん、と呼びかけて、正樹は口ごもった。そうだ。そういえばそうだった。自分は、正式にこの男の養子になったのだった。

 

「別に構いませんよ。今までと同じで。名前には意味がありますが、その意味が同じならば呼び方の違いは大した意味を持ちませんからね」

 

 そう微笑んで、ゼオルートは正樹の対面に座った。テーブルの上にことんとグラスを置き、ボトルの蓋を開ける。

 

 ぷしゅっと炭酸か何かが吹き出す音。その中に混じった鼻につく臭いに、正樹は眉を顰めた。

 

「おいおい、俺は一応まだ未成年だぜ?」

「今日は特別です。私達の新しい家族を迎えるために、ね」

 

 微笑みながら、とくとくと、ボトルの中身をグラスに注ぐ。

 

「――むにゃ」

 

 特徴的な臭いに気づいたのだろう。プレシアの小さく開いた口から声が漏れた。

 

 薄く目を開けて、もごもごと呟く。

 

「おとーさん、もうお酒飲んじゃだめ……なんらったら……むにゃ」

 

 そこまでで寝返りを打って、そのまま寝息を立て始める。正樹とゼオルートが、互いに顔を見合わせて苦笑した。

 

「それでは、乾杯」

「乾杯」

 

 かちんと、グラスを打ち合わせる。ゼオルートはくいと自然にグラスを傾けるが、正樹は経験の都合でやや躊躇いがちに、口をつけた。

 

 酸味の強い液体が、舌を焼いた。

 

「――っ、あつつ」

「初心者にはもっと甘いものが良かったですかね?」

 

 苦笑混じりにゼオルートが問うが、正樹は手を振って、グラスの中身を一気に口に流し込み、ごくりと飲み込んだ。

 

「っぷぁあ、キツいな」

 

 酒気混じりの息を吐き出した途端、何だか頭がくらくらし始めた。

 

「そう言えば、ランドールとマサキ、どちらで呼びましょうか?」

 

 グラスの中身を揺らしながら、ゼオルートが問いかけた。

 

「ああ、そうだな……」

 

 生返事を返す正樹。言われるまで、あまり考えたことがなかった。

 

 自分が安藤正樹である事には変わりがない。以前ウィノという男と記憶が混じり合ってしまった時も、それでも正樹である事は変わらなかった。自分の中のウィノを否定することで、安藤正樹という人間を取り戻したと言っても良い。

 

 だが、今回はあくまで自分に変わりはない。ただ、自分というオブジェクトに、もう一つの名前が与えられるだけだ。あくまでそれは自分という存在のエイリアスに過ぎない。そう言う意味合いでは、安藤正樹とランドール・ザン・ゼノサキスは等価だ。

 

 先程の、ゼオルートの言葉が脳裏をよぎる。「名前には意味がありますが、その意味が同じならば呼び方の違いは大した意味を持ちませんからね」と。

 

 そう、それならば。等価ならば、どちらで呼ばれても構わないのではないか。どちらで呼ばれようとも、自分という存在に違いがある訳ではない。

 

「今まで通りでいいぜ。呼びたいならランドールで呼んでもいいけどな。多分、国からはそう呼ばれるんだろうし」

 

 肩を竦め、やれやれというポーズを取って見せた。

 

「わかりました。マサキ。改めて、ようこそ我が家へ。歓迎しますよ」

「サンキュ。改めて宜しく」

「おにーちゃん、いらっしゃぁい」

 

 握手を交わす下で、寝言混じりにプレシアが声を上げた。

 

「それでは、この娘を部屋に送ってきますよ」

 

 そう破顔して、ゼオルートは愛娘を抱き上げ、奥へと足を向けた。

 

「どうせなら、ピアと一緒に迎えられれば良かったのですけどね」という呟きを耳が拾うが、敢えて追求しない。

 

 いつか、必要になったときに教えてくれるだろう。

 

 今や、自分達は家族なのだから。

 

 

 しかし、その理由がゼオルートの口から語られることはなかった。

 




 魔装機神LOE発売から27年目。なんとか投稿を間に合わせようと頑張ったのですが間に合いませんでした。残念。


 気を取り直して第十八話。『誇りと敵意』のシナリオを翻案し、ペンダントの一件と絡めた話になっています。
 この時期相当スランプだったようで、長文だったこともあり執筆期間は一年以上かかっていました。
 この再録をするにあたり細かいところをかなり修正しているのですが、あまりにひどい文章に頭を抱えましたね。今も大して胸を張れる代物ではないのですが。

 さて、このエピソードではいくつか引っかかる描写があるかと思います。

 偽典設定では、本文でも解説しているように、サイ・フラッシュとコスモ・ノヴァ、そして調和の結界は同一の術式『ラスフィトート方術』から派生しています。これはサイバスターの本来の機能ではなく、ウェンディにも「なぜ使えるのかはわからないが、お仕着せより強いのだからしょうがない」と割り切って正式採用に至ったものになっています。
 また、このエピソードあたりから、『サイ・ブレード』や『グラントマホーク』など、真魔装機神で登場した装備が出てきます。これは、本来装備として用意されていたが、使いづらいなどの理由でゲームではお蔵入りしていた装備……という解釈で導入されたものです。
 ちなみに、サイバスターほか魔装機神には自己修復用の設計図が機体各所に暗号化して格納されており、たとえば機体の一部(腕一本くらい)だけでも入手することができれば、時間をかければ魔装機神の設計資料を手に入れることができます。
 ……基礎技術が整わない状況では、100年くらいはかかるでしょうが。

 また、ライブレードのサイフラッシュ的な装備である『ブラン・ダイガード』の名前が出てきたのは、これは技術的な繋がりはなく、単にクリシュナからフィードバックされたものです。

 ウェンディに関する記述や、ゼオルートの妻であるピアに関係する解釈については、またいずれ。
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