偽典・魔装機神   作:DOH

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第十九話 翼失いし者の肖像

 

 遥けき高き大空に。

 

「うっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」

 

 悪の奇声がこだまする。

 

「こっの野郎! ちょこまかと!」

 

 足元をがさがさと這い回るのは、紅の《魔装》を纏う魔装機(だろう、恐らく)。そこに罵声が弾丸付きで降り注ぐ。だが、赤い魔装機は驚くべき運動性を発揮し、『リニアレール・ガン』やミサイルの弾頭の隙間をくぐり抜けて行くのだ。

 

 その数、三機。対するはラングランの紋章を肩に刻んだ『ブローウェル』がこれまた三機。

 

 その指揮官格である赤い肩の『ブローウェル』が忌々しさを吐き捨てた。

 

「ええい! 何なんだこいつらは!」

 

 節足昆虫を思わせるフォルムのそのマシンは、その形状から想像される通り、驚くべき高速機動で這い回る。通常の魔装機よりも数段背が低く、三対の足がその驚くべき機動力を生み出していると思われる。

 

 そんな、家庭の台所に発生する黒い奴を連想させる機動のそれに、相対する神聖ラングラン王国魔装騎士団の面々は弾幕を振り下ろす……生理的嫌悪感を堪えながら。

 

「足を止める! ヴィロック、俺に続け!」

 

 赤い肩の『ブローウェル』操者フェリオス・ザン・クラックがそう叫び、『リニアレール・ガン』がわりに装備した多弾頭ミサイルを放った。尾を引いて飛び出すミサイルが、走り回る相手魔装機の一機――彼らは知る由もないがその名を『ベンディッド』という――の進路上に向けて飛び出し、殻を破裂させて中に秘めていた熱素反応弾をばらまく。

 

「うっひょぉ! うひょ、うひょぉ!」

 

 悲鳴なのか嬌声なのかはたまたそれ以外なのかよく分からない声を上げて、『ベンディッド』が跳ねた。ぐるぐると空中で回転し、熱素反応弾をばらばらと吐き出して、『ブローウェル』を牽制する。

 

 だが、射撃の焦点が合っていない。操者が何者なのかは不明だが(取り敢えずあまりお近づきになりたくない系統の人間であることは確実だが)、その技量は必ずしも高くないと思える。

 

 ぐるぐると回転する『ベンディッド』が、地に降りた。土煙を上げて、足を踏ん張り、回転を止める。足先の《魔装》が、『土』系魔装機特有の黄色い輝きを散らす。

 

「……ッ!」

 

 そこに、先程から微動だにせず、片腕を換装して装備した大型『リニアレール・ガン』を照準していた『ブローウェル』が、銃のトリガーを引き絞った。

 

 バンッ! 磁気加速砲独特の、砲弾が音速を突破する音。ばりばりと空気を引き裂いて、フルメタルジャケット(完全被鋼弾)が迸り、

 

 『ベンディッド』の《魔装》と触れ、激しくスパークを散らし、抉り、そして。

 

 貫いた。

 

「うっひょおわぉっ!?」

 

 奇声をあげて転がる『ベンディッド』。しかし、まだ戦闘力を喪失していないらしい。必死に両足を踏ん張り、熱素反応弾のラッチを開く。

 

 しかし。

 

「とどめっ!」

 

 声と共に、鋭利な刃物が三つ飛来し、正確に『ベンディッド』が開いたミサイルラッチに突き刺さり、爆発した。

 

「四拾七式爆裂飛苦無、貴様如きに耐えられるものか」

 

 そう、腕を組みながら嘯く『ブローウェル』は、両腕、両足以外の装甲を全て削り落とし、全身にナイフや剣、フレイルや槍などを山とぶら下げた機体だった。

 

 爆発、四散。魔装機は、原則《魔装》を突破した破壊力に対しては脆弱である。この謎の魔装機もまた、その例には漏れなかったらしい。

 

「リコル、見事だ! さあ、次を仕留めるぞ!」

 

 快哉を上げ、次の標的を目で探るフェリオス。この気色悪い魔装機は、あと二体いたはずだ。

 

「ひょひょひょ、にょっ、ひゃひゃっ!」

「――ッ!」

 

 耳朶を打つ奇声。背筋を駆け抜ける悪寒。思わず振り向けば、そこにあったのは物陰から爆走してくる『ベンディッド』の姿。しかも、二機同時に。

 

「フェリオス!」

「ちぃぃぃっ!」

 

 見るからに体当たり向きな球形をした『ベンディッド』の突進である。赤い肩のフェリオスは体を反らして回避を試みるが、なまじ重武装であるため動きが遅い。

 

 ――近すぎる、逃れられない!

 

「くっ……っそぉー!」

 

 一体をヴィロックの狙撃銃とリコルのフレイルが打ち砕くが、もう一体には手が回らない。真っすぐ、応戦するフェリオスの火器をものともせず、突っ込んでくる。

 

 (こんなことならもっと装甲を軽くするんだった)などと内心が囁き、口は呪詛の声を迸らせる。目の前に赤い《魔装》のオーラが揺らめく様を捉えられるくらいに迫り、そして。

 

 その体躯を、銀の光が貫いた。

 

「なっ?」

「うひゃ、うひょ、ひょひょひょわひょひょ」

 

 一条の銀の輝き。天から地へと真っ直ぐに降り注いだそれは、真っ直ぐな直刀。根本まで『ベンディッド』の背中に埋められた刃は、大地へと深々とその体躯を縫い止めている。じたばたと、昆虫めいた機体が断末魔で足を蠢かせる。

 

 そこまで昆虫に似せなくても良かろうに。そんなことを脳の片隅で弄んでいると、その真上から声がした。

 

「おい、大丈夫か?」

「あ、あんたは……」

 

 見上げてみる。陽光の中に、それを塗り潰してでも自らの存在を顕示せんとするかの如く、銀に輝く鎧。

 

 ひらりと、舞い降りる機神。『ブローウェル』よりも二周り以上大きな体躯。鋭角的なフォルム。清廉なその翼の輝き。

 

 紛れもない。その名は魔装機神『サイバスター』。

 

「赤い肩……あんたフェリオスだな? いつかの借り、一つ返したぜ」

 

 通信窓が開き、親指を立てて笑みを浮かべる少年の顔が映し出された。

 

 間違いはない。ここ数カ月、毎日ラ・ギアスのニュースリソースのどこかに名前を刻まれている男。

 

「あんたは……」

 

 額に浮かぶ汗を拭い、かつて自分が身を呈して護った男を見やる。

 

 それは、ランドール・ザン・ゼノサキス。天騎士と呼ばれ尊ばれる伝説の人物の名を冠した男。フェリオスが護った当時の名前は、マサキ・アンドーと言った。

 

 

 

 

「すまない、助かった」

「待て!」

 

 礼の言葉をかけようとするフェリオスを、『サイバスター』は手の平を突き出して制した。

 

 『サイバスター』の頭部が忙しなく周囲を巡る。戸惑うフェリオスとその部下をよそにして、目的のものを見つけだしたのか、『サイバスター』が飛翔する。

 

 背面から飛び出す『ファミリア』。『サイバスター』の行く先触れのように飛び立ち、駆け抜ける。

 

 『ファミリア』が“そこ”に『アートカノン』を放ち、『サイバスター』が一瞬で振り抜いた『ディスカッター』を振り下ろす。

 

「そこだぁっ!」

「うひょ、うひょひゃひょひょっわぁ!!」

 

 『サイバスター』が地を蹴って、その奇声が轟わたるまで、かかった時間はわずか2秒。

 

 明らかに10キルゴーツ(約1.8km)を越える距離を一瞬で駆け抜けた『サイバスター』。その切っ先は一見何もない地面を抉ったかのようだったが、その実は大きく異なっていた。

 

 ひとつ、『ディスカッター』は大地を抉ってなどいない。地面に触れる直前で止められている。

 

 そしてもうひとつ。『ディスカッター』は空を斬った訳ではない。

 

「きひゃひゃ、きひゃ、おのれ、魔装機神!」

 

 赤い血のような液体が飛び散り、大地を汚す。それは空中から噴き出ているように見えたが、違った。奇声が響き渡ると同時に、吹き出し口付近の空気が揺らぎ、どこか有機的なフォルムの青い魔装機が姿を見せた。

 

 恐らくは光学迷彩だろう、腹に抱えていた大仰な装置を放り捨てるそれは、正樹達は知る由もないが、名を『アゲイド』という。『風』系魔装機である。

 

 『サイバスター』の太刀は、見事に『アゲイド』の右腕を切り落としていた。赤い液体は腕の切断面から吹き出しており、見た目どおりの血液のような役割を果たしている事が伺える。

 

 翻り、今度こそ真心を捉えようとする太刀。しかし、その切っ先が『アゲイド』の頭頂を捉えようとする寸前、正樹の脳裏に火花が散った。

 

「ッ……こいつ、有人機かッ!」

 

 ぎりぎりで、刃を止める。

 

 人を殺す訳にはいかない。それは自分自身への誓いだ。

 

 ならば、如何にして脅威だけを殺すか。刃が止まった隙をついて、『アゲイド』は羽虫よろしく泡を食って逃げ出す。

 

 迷っている時間はなく、そもそも迷いもなかった。

 

 『サイバスター』が背を向ける『アゲイド』に追いすがり、剣を横に振り上げる。斬るべき切っ先と軌跡を思い描く。

 

 軌跡は鋳型。体は灼熱する剣気。鋳型に流れ込む鋳鉄のように、まっすぐ振り抜かれる剣。

 

 その太刀はいっそ鮮烈。リコルが感嘆の声を上げ、寡黙なヴィロッグさえも「むぅ」と唸り声を上げる程、迷いのない切っ先が……『アゲイド』の両足を捉え、切断した。

 

「うひゃひゃひゃひゃひゃ、ひゃわわぎゃっ」

 

 この期に及んでもぎゃはぎゃはと笑い続ける『アゲイド』の操者だったが、さすがに機体がぐるん、と回転し逆さまに地面に叩きつけられれば、最早黙るほかはない。なまじ頭部が尖塔形をしているために、それがそのまま地面をえぐり、突き立ち、そのまま天地逆転の絵のモチーフのように制止した。

 

 その首に、『サイバスター』は剣の切っ先を突き付けた。

 

「さあ、ゲームセットだぜ笑い袋。顔を見せ……」

「いかん、ランドール!!」

 

 フェリオスの警告が迸るのと、『サイバスター』が身を翻すのは同時だった。

 

 半ば無意識にかざした剣が、正しく突き出された何かを受け止め、刃を交えて火花を散らす。

 

 反射的に、『カロリック・ミサイル』を発射していた。異空間で圧縮されていたミサイルが胸元に現れ、射出される。

 

 斬りかかってきた何者かは、さっと身を退け、剣の一閃でミサイルの全てを振り払う。

 

 その一瞬の間に、正樹は剣を打ち払った。何者かが後方に退き、稼いだ空隙で正樹は姿勢を整えた。

 

「なんだ、こいつは?」

 

 剣を青眼に構え、狼藉者を睨み付ける。全く気配を感じなかった。踏み込みの早さも捉えられなかった。滑り込むようにそれは『サイバスター』に忍び寄り、その剣を一閃したのだ。

 

 その姿は、直立した飛蝗を思わせた。両肩に据えられた、昆虫類の翼に似たバインダーが特徴的だ。それは翼か、あるいは盾だろうか。盾だとすると、縦横に自在に稼働する盾は、重量の問題を別にすれば、腕の動きを阻害しない優秀な防壁となり得る。

 

 これもまた正樹の知るところではなかったが、その名は『ギンシャス』という。

 

 『ギンシャス』は、丁度『サイバスター』と足を切られた『アゲイド』の間に割り込み、剣の鋭利な先端を『サイバスター』に差し向けている。論理記号ナブラに似た形状の剣は、刺し貫く事に特化して鍛え上げられているように見える。

 

「誰だか知らないがてめぇ、こっちはその笑い袋をとらまえて、あることないこと吐かせる仕事がつまってんだよ。邪魔するなら……容赦しねぇぜ」

 

 油断なく切っ先を『ギンシャス』に差し向けつつ、視線をその背後の『アゲイド』へと向ける。両足を断ち切られた『アゲイド』であるから、もはや移動するには両手で這いずるしかない。ずりずりと下生えを抉りながら、少しでもその場から逃げ出そうとしているのが視界の端に見える。

 

 『アゲイド』を取り押さえようと一歩を踏み出せば、『ギンシャス』の剣が行く手を阻んだ。

 

「悪いが、それはできない。こちらにも都合がある」

 

 そう答えた声は、迷いのない剣筋そのものが発したかのように、凜として響き渡った。

 

 

 

 睨み合う『サイバスター』と『ギンシャス』。お互い一撃必殺の太刀を構えながら、しかし先制の一撃を繰り出せないままに。

 

 ゼオルートの指導にファングの挑戦。それらを下したことで、正樹は自分の剣技にそこそこの自信を持っていた。

 

 だが、この目の前の敵はどうだ。静かに剣を差し出したまま、優雅に立つだけ。だというのに、どこにも隙がない。

 

 意識が針ではなく、網のように巡らされている。どこから打ち込んでも、神速の突きがこちらの胴を貫く――そんなイメージが打ち消しても打ち消しても浮かび上がる。

 

 なまじ剣技を学んだが故に見えてしまう、鉄壁の守り。故に正樹は仕掛けることができず、『ギンシャス』は優雅にそれを眺める。

 

 両者の間に緊張の糸が張り巡らされる。隙を探る意識の糸が、お互いの剣の領域に触れる度に、灼熱して溶け落ちる。十度、百度と繰り返されれば、意識の灰は両者の間に堆く積み上がり、焦りが剣域に小波を立てる。

 

 しかし、決定的な隙は見いだせない。だから動けない。そんな時間が、何分か過ぎたとき。

 

「おいおい、そろそろ動けよ。ギャラリーが退屈してるぜ」

 

 稚気をたっぷりと含んだ声が、全域通信で割り込んだ。

 

 同時に、両者の間の大地が、轟音と共に弾ける。

 

 瞬間、二人が動いた。

 

 土煙を巻き上げて、疾風を体現する魔装機神が剣を振り上げ。

 

 それを引き裂くように、ナブラの剣が引かれ、抉るように突き出される。

 

 斬撃と、刺突。両者ともに気流を巻き上げ、唸り、喉笛を引き裂くべく迫る。

 

 螺旋を描いて突き出される『ナブラ・ソード』は、その纏う《魔装》もまた渦を巻き、《魔装》の錐へと変貌する。

 

 そして、『ディスカッター』の太刀は、それを真直ぐに迎え撃つ形で振り下ろされて。

 

 切っ先と切っ先が、激突した。

 

 青と緑の《魔装》が弾け、爆発し、黄金の輝きを撒き散らす。

 

 土埃を巻き上げ、衝撃波が周囲を打ちのめす。視界が塞がれ、舌打ちするラングラン騎士団の面々。『サイバスター』はどうなったのか。人工精霊に命じるが、答えは遅々として現れない。

 

 そして。

 

 力の暴虐に抗議するように、一陣の風が吹き抜けた。

 

 土埃の帳を拭い去った後には、わずかな距離を開き、対峙する二体の巨人。

 

 『サイバスター』は、その左肩を大きく抉られていた。《魔装》を貫き、素体を刃が抉ったのだ。もし真芯に受けていれば、如何な魔装機神と言えど、破壊を免れることはなかっただろう。

 

 一同の視線が、『ギンシャス』へと注がれる。

 

 一方の『ギンシャス』の方は、一見しては無傷のように見えたが。

 

 無造作に、『ギンシャス』は自らの剣を、地面に突き立てた。

 

 瞬間、剣に亀裂が走った。

 

 騎士団の面々にどよめきが広がる。亀裂は剣の平を斜めに切り裂くように走っていたが、それは瞬く間に剣全体に広がってゆく。

 

 そして、ばきん、と乾いた音を響かせて。

 

 『ギンシャス』の剣は、粉微塵に砕け散ってしまった。

 

「ちっ、ぶち抜けると思ったんだがな」

 

 驚愕する騎士達を尻目に舌打ちする正樹。閃光にして穿孔の突きを回避できないと悟った正樹は、自らの剣を打ち付けて軌道を逸らしたのである。無論、あわよくばそのまま『ギンシャス』の腕を叩き落とす程の《魔装》を漲らせて。

 

 それでも『ギンシャス』の突きは勢いを失わず、『サイバスター』の肩を捉えた。しかし、『ディスカッター』の衝撃は『ギンシャス』の剣をばらばらに砕いていた。辛うじて《魔装》の膜で形を保ってはいたが、そのような剣で狙いどおりの威力が発揮できようはずもない。かくして、本来ならば『サイバスター』の肩の全てを抉り取る程の威力だったはずの突きは、致命傷とは程遠き孔を穿っただけに留まったのである。

 

「さて、どうする? こっちはまだまだ戦れるぜ」

 

 抉られた素体に《魔装》を充填しつつ、剣先をちっちっと振って挑発する正樹。それに応え、『ギンシャス』が盾の裏からプラズマ剣を抜き放った。無言のままで、未だに戦意を失っていない事を誇示するように縦横に振り回し、再び必殺の突きの構えを整える。

 

 正樹が、『ディスカッター』を青眼に構え、『ギンシャス』がプラズマ剣を天地水平に番える。

 

 再び張り巡らされる緊張の糸。一触即発の再現。

 

 しかし、再現されたのはそこまでだった。

 

「そのくらいにしませんか、二人とも」

 

 緊張の糸が、不思議なくらいふっつりと途絶えた。ゆっくりとバターにナイフを差し込むような、穏やかで静かでありながら灼熱を宿したそれが、通信窓から忍び込む。

 

 見れば、近くの崖の上。いつの間に現れたのか、魔装機『ギオラスト』の手の上にすっくと立つ独りの男の姿。

 

 《剣皇》ゼオルート・ザン・ゼノサキスである。

 

「これは《剣皇》殿!」

「何だよ、おっさん。気が抜ける声出しやがって」

 

 突然の闖入者に、『ギンシャス』が構えを解き、敬礼のような姿勢をとる。直立した鈴虫という風情の『ギンシャス』がそのような様である事に、正樹は思わず失笑を漏らした。

 

 

 

 

「しかし、よくあの魔装機、大人しく手を引いたよな」

 

 感嘆の声と共に、正樹はサンドイッチの山に手を伸ばした。

 

「お父さん、顔が広いから……あ、お兄ちゃんお茶をどうぞ」

「お、サンキュ」

 

 プレシアが笑顔と一緒に飲み物のカップを差し出す。それを受け取ってごくごくと飲み干して、正樹は所在無さげにしている騎士団の面々に面を向けた。

 

「あんたらもどうだい? 腹減ってるだろう」

「い、いや、我々は勤務中なので……こら、ヴィロッグ! 遠慮なく食べてるんじゃない!」

「食える時に食う、それがうちの親父の遺言だ」

「お前の親父は今も王都でのんびりハンコついてるだろうが」

「いや、母方の」

「親父に父方も母方もあるか!」

「いや、それにハンコは間違いだ。隊長。この時間は恐らく昼寝の時間だ」

「だぁぁぁぁ! 貴様という奴は……こら、リコルもしれっと食うな!」

「このツナサンドは美味いぞ、フィル」

 

 隊長のフィルをさておいてぱくぱくとサンドイッチの山に手を伸ばすのは、騎士団の魔装機操者の面々である。

 

「騎士団ってのはこんなのばっかりなのか?」

「魔装機神隊にその言葉をそっくりそのまま熨斗付けて返却させて貰うよ」

 

 呆れ顔で正樹が呟いたのを、騎士団魔装騎士分隊長フェリオスが溜め息交じりに押し返す。言われて見れば、確かに反論の余地はない。

 

「人が睨み合ってるところに、レールガンぶっ放す非常識野郎もいるしな」

「んぁ、呼んだかマサキ?」

 

 正樹の皮肉つきの半眼に、もそもそと、我関せずの姿勢で唐揚げを頬張るリカルド・シルベイラが応えた。

 

 

 

 結局謎の魔装機との戦いは、『ギオラスト』の《剣皇》ゼオルートの介入によって仲裁されることになった。

 

 しかし、戦力的には間違いなく勝てる戦いである。双方手を引け、の言葉に反駁したのは、正樹のみではない。騎士団の面々も同様である。

 

 一方で『ギンシャス』の操者もまた、戦意を失ってはいなかった。

 

 その流れが一気に休戦に傾いたのには、二つの理由があった。

 

 まず、『サイバスター』と『ギンシャス』が対決しているどさくさの間に、笑い男の『アゲイド』が姿を消していたため。

 

 そして、プレシアが「お兄ちゃん、大丈夫!?」と通信に割り込んだ途端、『ギンシャス』の操者が戦意を翻したためである。

 

 騎士団の面々は追撃を主張したが、「ここで下手に事を荒立てたくない」というゼオルートの言葉に、渋々『ギンシャス』が立ち去るのを見送った。

 

 かくして、現在。付近の丘の上で、プレシアが用意してきた弁当を広げる正樹達の姿があった。

 

「しかし、偶然もあったもんだ。まさか魔装機神がこんな近くに来ていたとはな」

 

 フェリオスが、(葛藤の果てに、結局)ハムサンドを囓りながら呟いた。

 

「ここには、昔から何度か来たことがあるんです。私の生まれる前から、時々お父さんとお母さんで来たこともあるそうです」

「私が国境警備隊に勤めていた時期がありましたからね。当時はテブル川流域で国境問題が持ち上がっていたところで、休暇中でもあまり国境から離れる訳にはいかなかったので」

 

 ゼオルートが、やや表情を緩ませながら補足する。巡らせる視線に過去への憧憬が混じるのは、失ってしまったものへの哀惜ゆえだろう。

 

 この場所には《剣皇》ゼオルートと、その妻との想い出が詰まっている。その木にも、その崖にも、そのせせらぎにも、忘れられない大切な記憶が犇めいている。

 

 そんな、家族だけの場所に、今、正樹……ランドール・ザン・ゼノサキスがいる。それは、自分がゼノサキス家の一員である事を改めて実感させてくれる、そんな暖かい想い出の一つになる……はずだったのだが。

 

「しかし、そんなピクニックにどうしてリカルド・シルベイラがいるんだ?」

「それは俺も改めて問い質したいんだがどうなんだいシルベイラ中尉」

 

 フェリオスの疑問の言葉に、正樹が便乗した。疑問と詰問二つの視線に射抜かれながら、しかしリカルドは平然と次のサンドイッチに手を伸ばす。

 

「別にいいだろ、暇だったんだよ」

 

 もぐもぐと口を動かしながら、そう答える。

 

「暇の一言で『ザムジード』持ち出して遊びほうける奴がどこにいるんだよ!」

「俺の目の前には家族のピクニックに『サイバスター』を持ち出してる奴がいるがな」

 

 即座にやり返されて、ぐっと言葉に詰まる正樹。まったくもって、口ではこの男には到底太刀打ちできない。

 

「まあまあ、待機中のマサキを連れ出したのは私達ですから」

 

 柔和な笑みと共に、ゼオルートが険悪な両者の間に割り入った。

 

 今更ではあるが、先程『サイバスター』と『ギンシャス』の間に弾丸を打ち込んだのは、このリカルド操る魔装機神『ザムジード』だった。

 

 先程からやたら正樹がリカルドに食ってかかるのは、彼がいつでも加勢できる所にありながら、傍観するだけだったが故である。

 

「ったく、てめぇがぼんやりしてるから、『サイバスター』に余計な傷がついたじゃねぇか。素体の修理費は高いんだぞ」

 

 八つ当たり気味にぼやきを吐き出せば、

 

「修理費を払うのはお前じゃねぇし、肩を抉られたのはお前の修行不足だろが?」

 

 間伐入れずにやり返される。まったくもって、やりにくい。

 

「悪かったな……ったく、これでも少しは上達したつもりだったんだがなぁ」

 

 嘆息を漏らしつつ、手のひらをじっと見つめる。ゼオルートやファング・ザン・ビシアスとの習練で、少なくとも魔装機を操る上での剣技は、そこらの兵士よりも上回っている自信があったのだが、結果はこの有り様である。

 

「無理もありません、『彼』が相手では」

「先生はあの相手が誰だか知ってるのかい?」

 

 苦笑交じりのゼオルートの言葉尻に、リカルドが問いを向ける。操者がわかれば、あの魔装機が何処のものかはっきりするだろう。

 

「あの突きは四神剣のひとつ、『光破閃』ですね。資料映像で見たことがあります」

 

 ゼオルートが答える前に、騎士団操者のリコルが割り込んだ。

 

「ええ、不易久遠流に伝承された秘剣です。厳密には『光破閃・暁』ですが」

「ファングの『虚空斬』の類いか?」

 

 ファング・ザン・ビシアスが仕合で幾度か見せた剣技を思い起こす。独特の構えから抜き放たれる、通常とは比べものにならぬほど鋭利に収束した《魔装》を、紙一枚の乱れもなく真っ直ぐに振り斬る技だ。

 

 初めてこれを受けたとき、正樹の『サイバスター』は反応する間もなく上下に両断された。それから幾度かの仕合の結果、辛うじて受け止める所までは身体が反応するようになったが。先程の突きを防げたのは、この訓練の賜物だろう。

 

「ええ。どちらも天騎士ランドールが拓いた四神剣のひとつですね。私の家には『虚空斬』と『波涛剣』が伝わっています」

「例えばバゴニアのヒュール家には『光破閃』と『虚空斬』が伝わっていると言われている。今のところ、名を知られている四神剣の使い手は、《剣皇》たるゼオルート師範と、ヒュール家の《剣聖》シュメル、そしてそれぞれの弟子だけだ」

「ふーん……って、待てよ。てーことは、今のはほぼ確実にその《剣聖》か、少なくともその弟子だってことじゃねぇか!」

 

 ぱん、と膝を叩いて声を上げる正樹だったが、

 

「物証はねぇ。それに、それがわかってるから、敢えて先生は手を引かせたんだろが?」

 

 リカルドの冷ややかな声に打ち据えられ、渋面を浮かべた。

 

「何でだ? 下手人がわかってるなら地の果てまで追いつめて捕まえるのが道理だろ?」

「だから、お前は浅はかだってんだよ。ニュースとかちゃんと見てるのか?」

「んだとっ!?」

「せめて新聞くらいは読んどけ。来年頭のラングラン・バゴニア首脳会議の事は知ってるか?」

「ああ……」

 

 言われて、記憶の隅を探る。確か、年明けにバゴニアとの首脳会談が行われ、積年の課題である領土帰属問題についての和解案が提出される予定になっていたはずだ。

 

 元々、バゴニア共和国は数百年前に市民革命が起きたことで勃興した国家である。革命以前は独立性は高いものの、紛れもなく神聖ラングラン王国の州であり、領国の間には抑圧者・革命者の対立関係があった。故に当初は国交は断絶状態で、国交が改善されたのは比較的近年の事である。

 

 その両国の間には、戦争の結果生まれた、いくつか統治国が不明瞭なエリアが存在する。その領土権を明らかにするのが、年明けの首脳会議の主な目的だ。

 

「今はバゴニアとの領土問題の和解交渉が進んでる状況だから、下手にバゴニアとドンパチする訳にはいかねぇ。まかり間違ってこの事件の証拠が軍に渡ってみろ。石頭どもが槍玉に挙げて、ただでさえ魔装機計画とかにイラついてるバゴニア側の態度がますます硬化しちまう。せめて首脳会議が終わるまでは、事なかれで事を進めるしかねぇんだよ」

「ま~た政治問題かよ」

「軍事は政治の最終手段ですからねぇ」

 

 あの『918事件』以来、自分が政治的な思惑に振り回される事がやたらと増えている気がする。やってらんねぇとばかりに下生えに転がり天を仰ぐ正樹。ゼオルートが肩を竦めた。

 

「まあ、彼を逃したのはそういう訳です。それに、さっきの件はどうやら彼らにとっても予定外の事件だったようですからね。現状、必要以上に波風を立てる事もないでしょう」

 

 もちろん、上層部から内密に釘を刺す必要はあるでしょうけどね、と補足するゼオルート。

 

 一同から、鬱屈したような溜息が漏れる。この場にいる人間。魔装機神操者、そして騎士。それは政治の舞台とは無縁な――少なくともそうありたい人間ばかりだ。

 

 自分たちには力がある。しかし、その力は国を動かす力にはなり得ず、またなるべきでもない。力のある者が不用意に政治に関わることは、政治の思考停止に繋がる。

 

 思考停止で生じた歪みを力で押さえつけることはできる。しかし歪みは消えない。蓄積された歪みをいかにして是正するかこそが、政治の役割である。

 

 確かに、時として一人の英雄に、あらゆる権限を集めるべき瞬間はある。だが、今はその時ではない。そうではない、はずだ。

 

 いや、もしかすると、今こそはその時なのかも知れない。今すぐメスを入れなければ、ラングランという巨躯は内側から腐れて朽ちるのかも知れない。

 

 だが『その時』とは、一体誰が決めることなのだろう。そのメスは誰が握るべきなのだろう。

 

 ――ああ、そうだ。メスは既に握られているのだ。忘れていた。

 

「……俺かよ」

 

 苦汁交じりに呟いた。

 

 自分たち、魔装機神操者には、あらゆる国家に束縛されず、全界の危機に立ち向かう義務を背負う。それはつまり、魔装機神操者はその目のみによって、誤る事なく善悪を、そして処断すべきを見極めなくてはならないという事だ。

 

 かつて、『サイバスター』と契約した時、『サイバスター』の意思と思しき存在が語った言葉が思い起こされる――「何度後悔することになろうと、もう遅いからな」。

 

「厄介だな……権利と義務、か」

「全く、面倒な話だ。何も考えず飛んでいられた頃が懐かしいね」

 

 リカルドが、同じことを考えていたのだろう、遠い空を見上げて呟く。

 

 焦がれるように、上を見上げながら、その実更に上――厳密には足元深くなのだが――にある、大空を見つめている。

 

 空に魅せられた者の目だ。正樹もまた、空の風に魅せられた者であるが故に、それが理解できた。

 

 ――リカルド・シルベイラ。年齢は自称二十歳。しかし誰もが無言で申告年齢に十歳を追加する。すると「流石に多すぎる」と渋面になるというから、実際には二十代半ばから末ほどなのだろうか。

 

 かつては、地連加盟国の一つ、南アメリカ連邦所属の戦闘機乗りだったと聞いている。腕利きで、ダブルエースを達成したこともあるとは本人談だ。しかし、セニアが調べたところ、地連のエースパイロット年鑑に、リカルド・シルベイラの名前はないという。

 

 飄々として、掴みどころがない――そんな人柄も、彼の本性とは言い切れない。

 

 そう考えて、気がついた。

 

 自分は、あまりにも、リカルド・シルベイラという男を知らない、という事に。

 

 

 

 

 

 久しぶりに、夢を見た。

 

 夢を見なくなって、随分になる。夢を見そうになったら、すぐに目を覚ます癖がついていたからだ。

 

 夢には、俺がトリガーを引いた相手が出てくるのが常だった。俺は一機のよれよれの戦闘機に乗って、疲れも知らない亡霊機に追い回されるのだ。

 

 亡霊に通じるミサイルの持ち合わせはない。俺はいつも、手も足も出ないまま追い回され、翼をもぎ取られ、コクピットを火の海にしながらも、それでも落ちずに飛び続けるのだ――いつのまにか、亡霊共の間に混じって。

 

 だから、俺は夢を見るのをやめた。夢を見そうになったら、すぐに飛び起きた。お陰で朝の目覚めはバッチリ。夢は睡眠のおまけみたいなもんだ。切り捨てて困るもんじゃない。

 

 だが、今日は迂闊にも夢を見てしまった。ああ、これは夢だとわかっていたのに、目覚めることができなかった。

 

 それが、珍しく……本当に珍しくも、俺が飛んでいない夢だったからかもしれない。

 

 

 

 昔のことだが、俺には妻がいた。俺はブラジル方面空軍中尉。妻は将軍の三女。俺が軍のヒーローだった頃だから、将軍も箔をつけようとしたんだろう――お陰で、あちらこちらからやっかまれ、足を引っ張られる羽目になったが。

 

 別に、妻のことを愛してなかった訳じゃない。ただ、俺は女より翼と空が好きだった。交わりのエクスタシーよりも、ブラックアウトギリギリで踏みとどまる感覚の方がビンビン来る。

 

 趣味、飛ぶこと。資格、飛ぶこと。なりたいもの、どうせ生まれ変わるなら最新鋭機の飛行管制コンピュータになりたい、云々。正真正銘のフライトジャンキーだった。

 

 だからといって、妻が嫌いだった訳じゃない。俺は俺なりに彼女を愛したし、彼女は彼女なりに、それに応えてくれた。妻が息子を産んだ時は、それは嬉しかったさ。ただ、俺が提案した新型カナードが採用されたときと、どちらが上だったか、俺には甲乙つけがたかった。俺はそういう男だった。

 

 俺が見たのは、その頃の夢だった。まだ乳飲み子の息子と、それをあやす妻。下生えの豊かな丘の上で、俺は数少ない、暗唱できる歌を口ずさんでいた。

 

 曲目は、『デンジャー・ゾーン』。俺もよくよく業が深い――。

 

 

 

「さあ、終わったわよ」

 

 心地よい夢は、そんな声と、ぴしゃりと首筋を叩く痛みによって、虚無の彼方に追放された。

 

「ひでぇな、テュッティ」

「耳掃除分は負けたけど、膝枕で昼寝分までは負けてないわ。さ、早く起きて」

 

 言いながら、テュッティ・ノールバックは膝の上を占領するリカルド・シルベイラの頭をもう一度はたく。

 

「はいはい、お姫様。今度は膝枕分まで勝つとしましょう」

 

 折角良い夢を見ていたのだが……。僅かな名残惜しさを弄びつつ、リカルドはテュッティに預けていた身を起こした。

 

 まだ、意識が半分夢の彼岸を漂っている。ぺんぺんと額を叩き、現状を確認する。

 

 自分の名前はリカルド・シルベイラ。職業、魔装機神『ザムジード』操者。魔装機神隊に所属し、『全界の平和』とやらのために戦っている。

 

 かつては、地球連合は南米ブラジルにおいて、空軍中尉を努めていたが、愛機の墜落とともにこちら側、『ラ・ギアス』世界に送り込まれた。

 

 目の前で呆れ顔を浮かべている女性は、テュッティ・ノールバック。同じく地上世界の生まれで、魔装機神『ガッデス』の操者。物腰は柔らかいが、激高すると何をするかわからない間欠泉のような女性だ。

 

 ソファの上に慎ましく座る彼女の傍らには、丁寧に小箱に収められた耳掃除用具一式。それがテュッティの愛用品だと知ったのはつい先程のことだ。その中の不朽鋼製と思われる耳かきは、ついさっきまで……リカルドが意識を保っていられた間までは、自分の耳に差し込まれていた。

 

「俺が居眠りするとはな」

 

 痛みの一つでもあれば、他人に脳のそばを弄り回されている状況で、眠りこけることなどありえなかった。少なくとも、余程手慣れていなければ、無理なことだ。

 

「やるじゃないか、テュッティ。道具も揃ってるし、随分手慣れている。あとマッサージでもつければ、そろそろ商売できるぜ」

「遠慮するわ。こういうことは、商売にするものじゃないもの」

 

 苦笑して、テュッティは耳掃除の小箱を机の奥に仕舞い込む。そのさまをじっと見つめるリカルド。何の気もなしに、問いを向ける。

 

「それにしても、しっかりした道具だな。地上から持ってきたのか?」

「ええ……まあね。やっぱり、馴染んだ道具が一番だから」

「練習台は、家族か?」

「ええ。よく兄さんにお願いしたわ。最初、下手だった時、母さんの真似して耳掃除してみようと思って兄さんに頼んだら、つい力入っちゃって……それからしばらく兄さん、私が耳かきを持ってるのを見かける度に、急用を思い出すようになって」

「その兄貴の尊い犠牲によって、今の腕前があるって訳だ」

 

 神妙な顔で十字を切って見せるリカルドに、テュッティはクスクスと笑みを漏らす。

 

「その割に、私の腕が上がって来ると、今度はケーキとか何かを持って頼みに来たのよ」

 

 過去を懐かしむような遠い笑顔を浮かべつつ、ぱたんと引き出しを閉じるテュッティ。それが同時に彼女自身の記憶の引き出しを閉じる音のように思えて、リカルドは開きかけた口を閉ざした。そうだ、魔装機操者はほぼ例外なく、その家族をなんらかの理由で失っている。

 

 特にテュッティの家族はあのルビッカ・ハッキネンの手によって……。これ以上この話題を続けることは得策ではない、そうリカルドは直感し、話題を切り替えることとした。

 

「ちぇっ、ケーキひとつで頼めるんなら、マサキとファングの試合結果なんかに賭けるんじゃなかったな」

「特別耳掃除権と掃除代金込み、と言う事でどう?

 ――私は、正直な所あの試合にマサキが勝っちゃった事が信じられない。先週まで剣術では歯が立たなかったのに」

 

 机備えの椅子に腰を下ろして、テュッティが感嘆の色を帯びた息を吐き出す。リカルドは上品な色合いのカーペットの上に胡座をかいて、強ばっていた肩をこきこきと解した。

 

 二人の賭け。それは今日、『ディンキス』の戦闘シミュレータを用いて行われた、ランドール・ザン・ゼノサキスことマサキ・アンドーと、ファング・ザン・ビシアスとの試合についてだった。

 

 先日『パラキス』をオーバーロードでクラッシュさせて以来の、剣術のみによる試合である。マサキの『サイバスター』は『ディスカッター』のみ。武器の転送も厳禁。対するファングは熱風の魔装機『ジェイファー』の『ブラッシュ・ブレード』のみを用いて、相手機体に致命傷を与えれば勝ち、というルールで行われた。

 

 前回は一応『サイバスター』の勝利ではあったが、その実態は『サイバスター』が持つ変形機構、『ファミリア』、『アートカノン』、『サイ・フラッシュ』までもを駆使した戦いだった。

 

 しかし、先程の試合はその類いを全て使用禁止にした上での、純粋な剣術を競うものだった。幾らマサキが《剣皇》ゼオルートの薫陶を受けているとは言え、同じく《剣皇》の薫陶を受け、更に幾年も剣の習練に努めていたファングに対抗できるはずがない、そう誰もが考えたのだが。

 

 だからこそ、普段賭け事等に乗ろうともしないテュッティがリカルドの甘言に惑わされ、こうして敗北を喫することとなったのである。

 

「男子三日会わざれば刮目して見よ――ってヤンロンが言ってたな。そう言う事だろ」

「勝つとわかっていたの?」

「そろそろじゃないかとは思ってたな。この間も、バゴニアの剣豪相手にいい勝負するようになってた。生身じゃともかく、『サイバスター』で戦う分には、あいつはそこらの玄人はだしの技量を身につけつつある」

 

 先日、昆虫じみた姿の魔装機が放った突きを、真っ向に振り下ろした剣で凌いだ姿を思い起こす。あの剣の速度は尋常ではなかった。リカルドの介入で混乱し、剣速が衰えた可能性もあるが、それにしてもその速度は『光破閃』などと銘打たれるだけのことはあった。

 

 それを、マサキは剣のみで凌いだのだ。まぐれだけでできる事ではない。

 

「何だか、いいように騙された気分ね。やぱり、賭け事なんて手を出す物じゃないわ。どんな罠が仕掛けてあるかわからないもの」

 

 自らの稚気を戒めるように、渋面を浮かべて唸るテュッティ。

 

「勝とうと思うならギャンブルに手を出しちゃ駄目だな。全体のバランスとして、勝てないようにできてる」

「それなら、なぜ賭け事をするわけ?」

 

 テュッティの問いに、リカルドは不精髭を撫でながらにやりと笑って見せた。

 

「胴元になって、バランスを間違えなければ小遣いくらいは稼げるからな。それに俺は――こいつは地上に居たころ会った若いギャンブラーの言葉なんだが――『分の悪い賭けは嫌いじゃない』」

「呆れた」

 

 

 

 妻と子が死んだのは、交通事故だった。

 

 三度目の結婚記念日。俺は一緒に食事に出掛ける約束をしていたのに、新型の調整に夢中になって、刻限に遅れてしまった。

 

 慌てて家に戻った俺は、机の上に残された書き置きを見つけた――『先に行っています。お仕事お疲れさま』。

 

 俺は時間を見た。もう料理店は閉店する時刻だった。

 

 俺は待った。たった一人、レポートを纏めながら。

 

 俺は待った。妻の帰りを。

 

 妻は帰らず、電話が鳴ったのは夜が明けた後だった。

 

 『先に行っています』の文字が、紙の上で寂しげに踊っていた。

 

 

 

 妻と子の葬儀を済ませ、妻の親である将軍に怒鳴り散らされた次の日、俺はいつものように偵察任務に就いていた。

 

 空を飛べば、忘れられる。空を飛ぶことにこそ俺の魂の安らぎがある。そう思った。

 

 思ったはず、だったのに。

 

 空を見れば、妻の面影が浮かび上がる。エンジンの嘆きに、子の泣き声が混じる。風切る音は、俺と妻の口笛が奏でる『デンジャー・ゾーン』。

 

 目の前にフラッシュバックする、書き置きの文字。『先に行っています』。

 

 仲間が呼ぶ声も聞こえない。アラームが妻の声で俺の名前を呼んでいる。リック、どうしたの。リック、ここは寂しいの。リック、こっちへ来てちょうだい。リック、『先に行っています』。

 

 気づいた時には、モニターは深紅に染め上げられていた。

 

 地上を見下ろせば、群がるクーデター軍のPT。腕に備えられるそれは、対空ミサイルランチャー。まっすぐに突き出すそれは、まるで俺の眉間を捉えているかのように。

 

 猟犬が、放たれるのが、見えた。

 

 リック、『先に行っています』。

 

 脱出レバーを引く手が、強ばって止まった。

 

 そして、俺は。

 

 

 それからの事は、よく覚えていない。

 

 

 

「御前試合ィ?」

 

 寝耳に水そのままの顔で、風呂上がりのけだるく垂れ下がる瞼を押し上げて、ランドール・ザン・ゼノサキスこと、マサキ・アンドーが声を上げた。

 

「ちょっと待て、聞いてねぇぞ、そんなもん」

「聞いてない? おかしいわね。確か三カ月前には企画の通知があったし、先月には開催日程まで連絡されてたはずよ」

 

 ソファにだらしなく身を沈めるマサキに、テュッティが呆れ顔を向けた。手元は砂糖壷の空間稼ぎに余念が無い。見ているだけで胸焼けを起こしかけ、リカルドは自分の紅茶を煽った。こちらはブルー……砂糖も入れないストレートだ。

 

「なんか急に非番が入ると思ったら、そういうことかよ。面倒臭ぇな」

 

 天を仰いで己が怠惰を主張するマサキ。いつものことだが、この男はこういう祭儀には決まってパスを宣言する。そのせいか、同じく無気力無関心が特徴のテリウス・グラン・ビルエイア王子との相性は良いようだ。

 

 そしてそのパス宣言を引っ繰り返すのは、もっぱらテュッティの役目である。

 

「そういう訳にもいかないわよ。一応正魔装機操者は全員参加が義務付けられてるから」

「魔装機神操者は国家にも組織にも命令されないんじゃなかったのかよ」

「どこの世界に昼寝のために絶対権限行使する魔装機神操者がいるのよ」

「現時点じゃ、ラ・ギアスの神聖ラングラン王国以外に魔装機神操者はいねぇわな」

「リーカールードー? 無意味な茶々を入れるのは止めてくれるかしら?」

「オーケー、今の発言はなしだ」

 

 ちょっとちょっかいを出してみると、鬼女が一匹牙を剥いた。早々に降参を宣言する。

 

「とにかく、御前試合なのよ」

 

 角と牙を納めて、強引に話を引き戻すテュッティ。美女の皮を被った般若に見据えられ、マサキは面倒だな、という感情を隠そうともせず、よっこらせ、と小さく掛け声を吐き出して、姿勢を正した。

 

「何がとにかくか知らねぇけど、要するに魔装機同士の練習試合だろ?」

「そうね。一応、決勝戦以外は『デュカキス』のシミュレータ上で行うことになっているけど」

「ま、試合で大事な機体をブチ壊したらまずいもんな」

 

 テュッティの解説に首肯するマサキ。やや乗り気になったその隙を逃さず、テュッティは言葉を畳み掛ける。

 

「そういう訳だから、明日は礼服を着て、午前7時に競技場に出頭すること。良いわね?」

「礼服かよ!? 勘弁してくれ……それに、俺はまだ出るとは言ってねぇぜ!?」

「しぶといわね貴方も。だから義務だって言っているでしょう?」

「魔装機神操者の権利のもとに拒否だ拒否!」

「だからどこの世界に昼寝のために絶対権限振りかざす魔装機神操者が……!」

 

 完全に話題がループしている。リカルドは小さくため息を吐き出し、紅茶を啜った――美味い。やはり、紅茶はブルーに限る。

 

「だから面倒事は御免だって言ってるだろ!? 大体魔装機神が全部お遊びにかまけてて非常事態対応はどうなるんだよ!」

「全員臨戦態勢で待機しているんだから大丈夫よ! マサキ、あなたお姉さんの言う事が聞けないの!?」

「いつあんたが俺の姉になったテュッティ・ノールバック!」

 

 半ば意地になって拒否するマサキに、執拗に食い下がるテュッティ。呆れたものだ。姉面をしていても、テュッティは本質的なマサキの扱い方を理解していない。意地になっている相手には、他の意地を触発してやればいいだけのことなのだ。

 

「やめとけ、負けるのが怖い奴を誘っても無駄だぜ」

 

 という案配に。

 

「……んだと? 今なんつった、リカルド」

 

 あっさりと、魚は針に食いついた。内心ほくそ笑みながら、リカルドは面に嘲笑を作る。できるだけ、マサキの矜持を逆撫でするように。

 

「仮にも、四大魔装機神操者が、初戦負けの憂き目を見せる訳にはいかねぇもんなぁ。いい赤っ恥だ」

「ああ!? 俺が初戦で負ける!?」

「別に俺がそう言ってるわけじゃねぇよ。ほれ、これを見ろ。御前試合のオッズ表。てめぇのとこの倍率は幾つに見える?」

 

 ぴらり、と切札の証拠――御前試合のトトカルチョ賭け率表を突き付ける。それをもぎ取るように奪って、まじまじと見つめるマサキ。気のせいか、脇から注がれる視線が急に冷え込んだ気がするが、とりあえず後回しにする。

 

「……大穴、かよ」

 

 絞り出すように呻きを漏らすマサキ。

 

「ま、当然だな」

 

 にやり、と笑って見せる。ぴく、とマサキの額が引きつるのが、見えた。

 

 そう、確かにマサキの賭け率は最大。しかしそれは、あくまでマサキに見せた表……四人の魔装機神操者限定の賭け率表に限ってのことだ。実際には、もっと賭け率が高い(つまり、弱いと思われている)操者は数多い。腐っても魔装機神である。

 

 マサキの賭け率が高いのは、リカルドやヤンロンといった強豪が並んでいるためのみならず、マサキがかなりの確率で試合を棄権すると見られていた為でもある。実際、数分前の状態ならば、間違いなくマサキは参加を拒否していたことだろう。

 

 だが、今は。

 

「嘗めんなよ……」

 

 マサキの目つきが、変わっていた。

 

 ぱん、と気合を入れるように膝を叩く。そのまま勢いをつけて立ち上がり、びしりと指をつきつけて吠えた。

 

「面白ぇ! 誰が最強か、見せつけてやろうじゃねぇか!」

 

 指の示す先は、当然のようにリカルド・シルベイラ。

 

「なるほど、俺が最強だって事を証明してくれる訳か。でも、お前の手を借りなくても俺は元々最強……」

「お・れ・だ! 最強は俺!」

 

 うんうんと頷くリカルドに、噛み付くようにマサキは身を乗り出した。親指で自分自身を指し示し、今にも『がるるるる』と唸り声が聞こえてきそうな勢いの……ついこの間までは魔装機操者の末席に名を連ねるだけだった、少年。

 

 思わず、苦笑を漏らしていた。

 

「んだよ、俺がなんか面白いのか、この野郎!」

「ああ、すっげぇ面白い」

 

 反射的に漏れ出た率直すぎる感想に、遂に少年の脳天が爆発した。

 

「上等だ猿回し!」

 

 ばん! と机に拳を叩きつけ、またもびしりと指をつきつけて。

 

「明日の試合、俺も参加だ! 何としてもてめぇを叩きのめしてギャフンと三回言わせてやる!」

「あー、ギャフンギャフンギャフン。ほれ、満足か?」

「~~~~~~ッ!!」

 

 飄々と言い返すリカルドに、マサキはついに言葉にならない怨嗟を迸らせ、

 

「吠え面かかせてやる、覚悟してやがれ!」

 

 どかん、と机を叩き、そのまま扉へときびすを返した。

 

 ぎっと音がしそうな勢いで背後を一瞥すると、目に飛び込んだのは遠吠えする犬のような物真似をするリカルドの顔。

 

 黙って、扉を蹴り開ける。そして別れの挨拶も抜きで、そのまま扉の向こうに姿を消した。

 

 徐々に遠ざかる、騒々しい靴音。道行く人が、驚いて道を退いているのだろう。戦く声が聞こえてくる。

 

 ようやく静寂が訪れたところで、テュッティが深々と溜め息を吐き出した。

 

「あそこまで挑発することはなかったんじゃないかしら?」

 

 やや、咎めるような視線。マサキのプライドの高さは知っているでしょうに、と言外にリカルドを責め立てている。

 

「いんやぁ、あいつは放っておくと足踏みしちまうタイプだからな。ちょっと発破かけてやった方が、見ていて面白い」

「あなた、マサキをペットの猫くらいに見てない?」

「いや、むしろ動物園の猿だな。猫がペットだなんて、ぞっとしねぇ」

 

 にやにやと笑うリカルド。テュッティの口から今またひとつ、処置なしという溜息が零れる。

 

「で、リカルド。さっきの『オッズ表』ってどういう事?」

「あ、すまん。俺ちょっと用事が」

「リカルド、待ちなさいリカルド! あなたは御前試合を何だと……!!」

 

 声を荒げる上げるテュッティだが、リカルドは時既に逃げ出した後。罵声は背中を覆い隠すドアに弾かれるだけだった。

 

 

 

 そして、御前試合の当日。

 

 この日は、神聖ラングラン王国の歴史に、深い傷痕を残した日として、長く語り継がれる事となる。

 




 第十九話、リカルド編かつ御前試合編の開幕です。

 偽典におけるリカルドは、ライブレードのクロビスのキャラクター性の影響を強く受けており、当時は「クロビスがリカルドを演じている」などと評されていたものです。
 この先リカルドを詳細に描写する機会が少なくなること、そしてテュッティが抱えるトラウマを更に深く抉るため、リカルドというキャラクターをしっかり描いてみたかった、などと考えていたのではないでしょうか。多分。

 他の特徴としては、ラングラン騎士団『五人の誉』隊のブローウェルが、専用のカスタム機に変わってきていることでしょうか。記憶が曖昧なのですが、スコープドッグRSC的な動きをするフェリオス機、爆裂丸モチーフのリコル機、腕をまるごとライフルにしているヴィロッグ機、水中戦などに優れたコーディ機、という感じだったんじゃなかったかな。

 彼らの多くは王都防衛戦とそれにまつわる戦いで散り、ヴィロッグだけは母艦の砲撃手としてEX編でも登場する想定だったと記憶しています。


 
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