偽典・魔装機神   作:DOH

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第二十話 鋼の祭典

I

 

 入場のベルが鳴った。

 

 扉が開かれ、観客たちが雪崩れ込む。

 

 もう、何度目になるか。この世界に来てからもう幾度となくこの様な儀式に顔を出して来たが。

 

 未だに、見世物にされるのには馴染めない。

 

 それまでは、俺はずっと空の上を飛ぶだけ。メディアに顔を出す時も、新聞社のカメラやインタビュー経由。生で衆人環視の中に放り出された経験は、ほとんど皆無。

 

 だから、どうにもこうにも、こんな数多くの人間の視線を集めることに、どうしょうもない居心地の悪さを覚える。

 

「それでは、魔装機神『ザムジード』、入場をお願いします!」

 

 呼び出す声。俺はゆっくりと起き上がり、光差し込むゲートへと身を進めた。

 

 光と喝采が、一斉に俺を包み込んだ。

 

 

 

 

「一番手は、最強の魔装機神『ザムジード』!」

 

 コロッセウムの中。トリグラフ(三次元映像)モニター発生装置に囲まれた中に、リカルド・シルベイラは歩みを進めた。

 

 リカルドが駆る機体は、アナウンスが告げた通り、魔装機神『ザムジード』。黄褐色の《魔装》を纏い、屈強な四肢を見せつけるように、力強く足を進める。

 

 喝采の声が、『ザムジード』に降り注いでいるのがわかる。手を振って適当に応え、リカルドはコロッセウム隅に据えられた台座へと機体を向けた。

 

 『ザムジード』が腰を下ろすと、工兵達がそこここに取り付いて、何かしらのケーブルや装置を据え付け始めた。

 

 この台座は、ただの巨大な椅子ではない。魔装機と戦闘シミュレータ……カザフル砦の『パラキス』と同等のもの……を接続するための端子なのだ。

 

 工兵達の要請に応えて、幾つかの機能をチェック――OK。通信は正常に行われている。

 

「火の魔装機神に続いては、夢幻の舞踏師、水の魔装機神『ガッデス』! 操者は麗しき水の妖精、テュッティ・ノールバック!」

 

 見上げると、横で『グランヴェール』が台座に腰を下ろす姿と、ゲートを潜って喝采を浴びる『ガッデス』が目に飛び込んだ。

 

”俺達とでは随分熱の入れようが違うじゃないか、ブランソン”

 

 声音でわかった。アナウンスを担当しているのは、バナン会戦での魔導兵の生き残り、ヴァルト・ザン=ブランソンに違いない。カザフル砦でテュッティを見初めて以来、すっかり彼女の追っかけと成り果てていた男だ。

 

 隊が壊滅し、自分も重傷を負ったことで、予備役に回されたと聞いていたのだが。

 

「何をやっているんだ、あいつは……」

 

 通信窓の向こうから囁くヤンロンの呟きは、まさしくリカルドが感じるそれそのものだった。

 

「魔装機神の名に恥じぬよう、頑張ります。どうか応援してくださいね」

 

 小さく『ガッデス』の手を振ってのリップサービスに、聴衆(ブランソンを含むのは言うまでもない)が沸き返る。

 

 『ガッデス』が台座に腰を下ろすまで、聴衆の沸騰は止まらなかった。まったく、ミーハーなことだ。

 

「テュッティ、サービスはもうちょっと出し惜しみするもんだぜ」

「あら、そうかしら?」

 

 しれっと舌を出すテュッティ。思わず苦笑が零れ落ちる。そんな魔装機神達をよそに、ブランソンは咳払いと共に気を取り直した。

 

 順当に行けば、次はマサキの『サイバスター』の番だ。

 

「あー、次は、第四の魔装機神、大いなる銀の翼、『サイバスター』!」

 

 ブランソンの喚呼の声が響き渡る。観衆の目が、かつてバナンを救った白銀の救世主を求めてゲートに注がれた――のだが。

 

「……『サイバスター』! どうぞ!」

 

 ブランソンの再度の喚呼。しかし、ゲートは暗黒に閉ざされたまま。観衆にどよめきが広がる。

 

「は? 何だって? ……あの馬鹿は……」

 

 マイクを切り忘れたブランソンの悪態。それだけで、リカルドには何が起きたのか概ねの察しがついた。

 

 同じように、肩をこけさせる『ガッデス』。苛立たしげに腕組みする『グランヴェール』。彼らもまた、わずかなヒントだけでマサキの行動が予測できる程度に、マサキの人となりを知る者達である――不幸なことにも。

 

「はい、はい、失礼致しました。次の入場は、陽炎の魔装機『ジャオーム』です!」

 

 無造作に順序をすっ飛ばして、次の魔装機を呼び出すブランソン。

 

 ゲートを潜って姿を見せたのは、淡いグリーンの魔装機『ジャオーム』である。

 

 正式戦闘用魔装機、通称正魔装機第一号機。魔装機の歴史上、極めて重要な意味をもつ機体だ。だが、それとは別に、リカルドにはあの機体に思い入れがある――少々ネガティブなものではあるが。

 

 そもそも、リカルドは魔装機操者としてラ・ギアスに召喚された第一号だった。

 

 その頃の魔装機の開発は、『ジャオーム』の適合操者の不在によって足止めされていた。ラ・ギアス人のプラーナは『ジャオーム』を操縦するには明らかに不足しており、『ジャオーム』に続く魔装機は、『ジャオーム』で得たデータを元に再設計される予定だったためだ。

 

 初めて召喚された地上人であるリカルドには、当然のように『ジャオーム』を自在に操る事を期待された。また、リカルド自身が元々戦闘機パイロットだったこともあり、彼自身、空中を自在に飛び回る『風』属性魔装機への適性が高いと思っていた。

 

 だから、リカルドは自信満々で、『ジャオーム』に乗り込もうとしたのだが。

 

 『火』属性の適性が飛び抜けていたヤンロンは、『ジャオーム』に乗り込もうとして三日三晩の酷い酩酊に苛まれたと言う。

 

 しかし、リカルドのそれは、それどころの騒ぎではなかったのだ。

 

 乗り込んだ瞬間、全身の血液が沸騰した。

 

 沸騰した血液が燃え上がり、身体の中から肉を焼き、骨を溶かす。呼吸する大気は硫酸となり、肺を焦がす。叫び声を上げれば、鎌鼬となって自らの身体を引き裂いてゆく。

 

 一秒が一日になったのか、それとも一日が一秒で過ぎ去ったのか。そんなこともわからないままに、意識がぷつんと途切れ、目が覚めたときには一週間が経過していた。

 

 あの時の体験が原因で、今でも風系の魔装機には本能的な苦手意識がある。一方、土系の魔装機への相性は良くなる一方で、今では大地の魔装機神操者などというご大層な肩書きを背負う身分だ。

 

 かつて、空を自由に飛び回った時があったなど、今の自分からは想像すらできない。

 

 恐らく、あの時。この世界に召喚されたとき、自分は一度死んだのだろう。もしかしたら、それ以前から自分は死んでいたのかも知れない。

 

 妻と、息子が失われたとき。

 

 リカルド・シルベイラの翼もまた、燃え尽きてしまったのだろう。

 

 いや、きっと自分は、最初から翼など持っていなかったのだ。

 

 

 

 

「以上、正魔装機十一機! 引き続き、騎士団及び軍よりの参加者を紹介させて戴きます!」

 

 耳朶を叩くブランソンのアナウンス。リカルドの意識が現実に引き戻される。

 

 周りを見回してみると、確かに十機の魔装機。自分の『ザムジード』も含めて十一機。『グランヴェール』、『ガッデス』、『ジャオーム』、『ソルガディ』、『ディアブロ』、『ラ・ウェンター』、『ファルク』、『ラストール』、『ザイン』、『ディンフォース』。

 

 『サイバスター』の姿はない。

 

「まずは騎士団『五人の誉』より、クラックス中尉の『ブローウェル・レッドショルダー』、プラトー少尉の『ブローウェル・サウザンドアームズ』! 続いて、陸軍より特別参加、オールト少将の『ブローウェル・ドラグーン』!」

 

 ゲートの奥から、土煙を上げて姿を現す魔装機が三機。全て神聖ラングラン王国正式量産型魔装機『ブローウェル』だが、それぞれに大胆な改造が施されている。

 

 先頭を走るのは、肩部を赤く塗り、『ブローウェル』の特徴である両肩の磁気加速砲を、片方取り払った『レッドショルダー』。代わりに多目的熱素反応弾発射塔を備え、近接防御に回している。

 

 その背後に着いているのは、装甲をほとんど取り払った替わりに無数の刀剣類をぶら下げた、『サウザンドアームズ』。投げナイフや手榴弾などの飛び道具もそれなりに備えており、近接~中距離戦闘に特化している。

 

 そして三機目『ドラグーン』。これまでの二機は、先日の国境側での遭遇戦などで目にしたことがあったが、この三機目はまったくの初見だ。

 

 深いグリーンに塗られた機体は、デッドウェイトになりがちな磁気加速砲を撤去し、両手に巨大な騎士槍と方形盾を構えている。明らかに近接戦闘に特化したデザインだが、槍の先端は荷電粒子砲発射口にもなっているようだ。

 

「確か、『ショットランス・ガン』だったか」

 

 リカルドは唸る。魔装機用汎用武器(ガンポッド)の一種だ。以前試作機をセニアに押しつけられた記憶がある。

 

 恐ろしく取り回しが悪いため、リカルドは即座に使用を放棄した代物だが、どうやら使いたがる物好きがいたらしい。

 

 使い勝手はともかく、長銃を装備した甲冑騎兵。なるほど、『竜騎兵(ドラグーン)』と呼ぶに相応しい。

 

 三機がそれぞれ台座に腰を下ろすのを見届けて、ブランソンが最後の操者を紹介した。

 

「では、最後は特別参加、魔装機神隊所属、バゴルド操者の『ルジャノール・ワイルドアーム』!」

 

 どよめきが広がった。

 

 当然だろう。ブランソンが口にしたその名前は、反政府組織『ジラドス』、その幹部の名だったのだから。

 

 つい先日、バナン市において守備魔装機隊を壊滅させ、あまつさえ逃げ遅れて虜囚となった人々諸共魔装機神隊を『降魔弾』で消し飛ばそうとした大罪人である。

 

「よりによって奴かよ。もうちょっと人選考えろよな」

 

 呆れ果てて呟くリカルドと同じく、解説するブランソンの口調も硬い。当然だろう、彼は所属する部隊の同僚のほとんどを、かのバナン会戦において喪っており、彼自身も深手を追って前線から退いたという経緯がある。

 

 ゴルド・ザン=バゴルドはバナン会戦終結前に魔装機神隊に投降しており、また『ジラドス』の内情について証言することなどの司法取引によって、ラングラン王国においての罪状は相殺されている。

 

 かといって無罪放免という訳にもいかず、現在は魔装機神隊において厳重監視の元雑用係を努めている。

 

 そんな彼がどうして御前試合に参加しているのか。恐らくは、ラングラン王国と魔装機神隊の懐の深さをアピールする為に担ぎ出されたというところか。

 

”まあ、あの親父はどうでもいいんだ。問題は――”

 

 興味を失い、視線をよそに泳がせるリカルド。同じものを求めてだろう、競技場のそこここで、頭を巡らせる姿が見える。

 

 しかし、ブランソンの言葉が締めくくると、忙しげに動いていた顔に、落胆と失望が舞い降りた。

 

「以上、全十五機の魔装機によって、その技能の優劣が競われます!」

「あの馬鹿、まさかフケやがったのか?」

 

 あれだけの啖呵を切っておいて、土壇場で試合を放棄するとは、あいつは、その程度の男だったのか。

 

「マサキ……あれほど言ったのに!」

「…………」

 

 視線を横に向ければ、目に飛び込むは通信窓を通して毒づくテュッティと、ただ憤怒と失望の息を吐き出すヤンロンの姿。

 

 そんな観衆及び参加者達の心情をよそに、ブランソンが式次第を進めようと声を響かせる。

 

「では、先ずはエイオス高司祭による祝辞をお願い致します」

「うむ、本日は日柄もよく、このような祭典を執り行うに相応しい空模様であることは、誠に喜ばしく……」

 

 意気揚々と壇上に立つエイオス高司祭の嗄れた言葉を、

 

「悪い、遅れた!」

 

 頭上から降り注ぐ、あっけらかんとした声が一刀両断に斬り捨てた。

 

「な、なんですと……ぬわっ」

 

 轟々と風を舞い上げ、陽光を照り返して降り立つ白銀の巨神。

 

「待たせたな! 魔装機神『サイバスター』、ちょっと遅れて只今参上……」

「外で立ってろ!」なさい!」

 

 びっと親指を立てて宣言する『サイバスター』とマサキに、三者三様語尾のみを違えた音が唱和した。

 

 

 

 

 目に飛び込む晴天の日差しが鬱陶しくて、手の平で遮る。

 

 雲一つ無い晴天。空気は澄み渡り、地平の彼方の家々さえも見分けられるのではないか――そんな事を考えてしまうほどに爽やかな空の下、奇妙な熱気に包まれて、ラングラン国立大競技場はそびえ立つ。

 

 ラ・ギアスの人類は、基本的に熱狂することはないと言われる。精神的に成熟したが故に、激しい感情のうねりを失ってしまったと。

 

 しかし、ここにある熱気は何だ。戦いに熱狂する人々の猛り。数万人の血潮のオーラが、場外にいる自分にまでびりびりと感じられる。

 

 そもそも、この遺跡化した大競技場自体が、少なくともかつて、この世界に何等かの競技……或いは野蛮極まる闘争を嗜む嗜好が存在したことを証明している。この遺跡はせいぜいが数千年前、暗黒時代以後の産物だ。たかが数千年で、人のメンタリティはそうそう変化するものだろうか。

 

 そんな思考を弄びながら足を進めていると、上半分を閉ざされた視界が、何か銀色の下半身を捉えた。

 

「……何です、あれは」

 

 『それ』の姿形は良く見知っていたが、一瞬『それ』が何なのか、より正確な表現をするならば『一体何をしているのか』、その点について理解に苦しんだ。何しろ、白銀の魔装機神『サイバスター』が、両手に大型の水タンクを握って仁王立ちしているのだから。

 

 良く見ると、『サイバスター』の肩の上で、操者マサキが愛機と同じく、こちらはバケツを両手に立ち尽くしているのが見て取れた。

 

「何をやっているのでしょうね……」

 

 そう言えば、聞いたことがある。地上世界の教育機関のごく一部で、遅刻や騒乱の罰として、水の入ったバケツを両手に立たせるものが存在したと言う。教育機会の剥奪云々と様々な理由で廃止されては、また教育の徹底の名目で復活し……という揺り戻し現象を幾度も繰り返して現在に伝わると言われているが。

 

 前頭葉の片隅に、鈍痛の兆し。頭を軽く振ってそれを追放しつつ、また正面に視線を戻した。

 

 入場扉の側に、退屈そうに立つ警備員が二人。場内ではやにわ鋼鉄がぶつかり合う音が響き始め、よりにもよってこの日に警備を任されてしまった不幸な警備員達は、誰を恨むでも無く無情な空を見上げる。

 

 その側を、無造作に通り過ぎた。

 

 如何に視線が空を向いていたとしても、仮にも警備員。目の前を人影が……それもそこそこに長身の男性が通り過ぎれば、呼び止めるくらいはするだろう。何しろ、それが仕事だ。

 

 だというのに、警備員達は何一つ反応を見せない。まるでそこに誰もいないかのように。溜め息を吐き出し、隣の同僚に愚痴をぽろぽろと零している。

 

 そんな職務熱心な彼らの側をすり抜けて、競技場内に踏み込んだ。

 

 薄暗い回廊を進む。女官、兵士、手洗いに急く子供連れ。幾度ものすれ違いを経ながらも、一度として見咎められない。こちらも迂闊に触れないように注意しながら足を進める。

 

 暗がりの先に、扉の形の光。溢れんばかりに差し込むその中に身を進めれば、やおら叩きつけるような歓声が降り注いだ。

 

 眼前一杯に広がる、魔装機と魔装機の戦い。

 

 神聖ラングラン王国建国記念御前試合、その第一回戦、第一試合の始まりだった。

 

 

 

■ 第一回戦 第一試合 ■

■ 大地の『ザムジード』 対 雪の『ザイン』■

 

 

 《剣皇》ゼオルートと直弟子ファングによる演舞のエキシビジョンを終えて、遂に御前試合は本番を迎えた。

 

 機体を待機状態にして、通信開始を待つ。

 

 国立大競技場は人間が扱うには十分な広さがあるが、魔装機同士の戦闘を演じるには少々手狭だ。以前魔装機神操者選定の儀が執り行われた折の混乱の反省もあり、御前試合は王国が誇る三大コンピュータの一つ『デュカキス』による仮想空間上で執り行われる。人々に披露されるのは仮想空間上で繰り広げられる戦いの中継映像となるわけだ。

 

 実際、この御前試合の顛末は、EV網を通じて世界的に公開されている。(それならば競技場に押し寄せる意味も無いだろうとフェイルロードに問いかけた所、この競技場では観客席とグラウンドの間に立体スクリーンが張られ、実写さながらの臨場感で観客に映像を見せることになるらしい。映画館に行くのと同じ理屈だ)

 

「お待たせ致しました! それでは、いよいよ御前試合第一回戦の開始となります!」

 

 司会者ブランソンの、熱気の籠もった声が響き渡った。

 

「第一回戦、第一試合は早速優勝候補、大地の『ザムジード』と雪の『ザイン』の対戦となります。魔装機中最強との呼び声も高い『ザムジード』に、巧みな隠密戦術を得意とする雪の『ザイン』は不利を否めませんが、どのような戦いを見せるのでしょうか?」

 

 『ザイン』は魔装機計画第四フェイズに誕生した機体だ。その特質はブランソンの言う通り、姿隠しなど隠密戦術に特化している。また、精霊の『格』と『相』は、大地系高位の『ザムジード』と水系低位の『ザイン』では圧倒的に『ザイン』が不利だ。普通に考えれば、『ザイン』の勝利はあり得ない。

 

「だが、女は嘗めてかかると痛い所に噛み付いてくるからな。油断は禁物……と」

 

 ニヤリと口元を歪めつつ、気合を入れ直すようにぱん、と頬を叩く。

 

 操縦桿を握り直すと、周囲の観衆が大きく遠ざかって見えた。仮想空間に視覚が移行したようだ。

 

 目の前に立つのは、触手じみた両腕が特徴的な白の機体。朝霧の処女雪を思わせる白さは、何よりも清純な魔装機と呼ばれるだけの事はある。

 

「リカルド、相性が悪くても勝負は一撃必殺、油断したら痛い目見るよ」

 

 通信窓が開かれ、目の前の魔装機、雪の『ザイン』からの通信が飛び込んだ。操者シモーヌ・キュリアンのものだ。

 

「ああ、肝に銘じておくさ。そっちこそ、一発でぶっ飛ばされるなよ。俺は女相手でも手加減しない、むしろ全力で突っ込む主義なんでね」

 

 リカルドがニヤリと笑って挑発する言葉に、被さるようにブランソンのアナウンスが轟きわたる。

 

「それでは、第一試合、始め!」

「当てられる、ものならね!」

「当てて、見せるともよ!」

 

 瞬間、両機を土煙が包み込んだ。

 

 

 

 

 先に動いたのは、『ザムジード』だった。

 

 機転を制するべく一撃を繰り出す『ザムジード』。必殺の威力を秘めた『プラズマソード』を抜き放ち、一刀両断の気合で間合いを詰める。

 

 それを迎撃するように冷凍弾を放つ『ザイン』。しかし、『ザムジード』の装甲は、ジェリコの城壁のごとくそびえ立つ。脆弱な冷凍弾は、機体を掠めるか、直撃しても霧氷の塵を散らすのみに終わる。

 

「先ずは、ファースト・ブレイク! これで終わるんじゃねぇぞシモーヌ!」

 

 プラズマ剣を振りかぶり、呆然と立つ『ザイン』へと振り下ろす。

 

 瞬間、『ザイン』が閃光を放った。

 

「くっ!? マルチランチャーに閃光弾をッ!」

 

 空間を埋め尽くすハレーション。冷凍弾によって生じた大気中の氷の粒子が光を乱反射し、白の爆発が引き起こされる。

 

 しかし、『ザムジード』は構わず剣を振り下ろす。モニターが真っ白に埋め尽くされてもなお、勢いをわずかも衰えさせず、真っ直ぐに機体を疾駆させる。

 

 肩の装甲板に、鈍い衝撃が走った。だが、真芯を捉えていない。かすっただけの剣は表面を軽く灼くに留まる。

 

 それを合図に、『ザムジード』は大地を蹴りつけて転回した。最大に炎を吹き上げるプラズマ剣のブランディッシュ。

 

「きゃっ」

 

 未だ戻らない視界のどこかで、シモーヌの悲鳴が上がった。気配が徐々に遠ざかるのがわかる。

 

(ヒア、パッシブソナー最大。『ザイン』なら恐らく完全迷彩を使ってる。シーとシンクは分離して背後の奇襲に備えろ)

(アイアイ・サー)

 

 リカルドの指示に従い、機体の背後から飛び出す二体の『ファミリア』。『ザイン』の能力は、光学にも探査波にも察知されない完全な透明化だ。この姿隠しによって気配を気取られないままに忍び寄り、急所を突くのが『ザイン』の基本戦術である。

 

 逆に言えば、正面からの攻撃には甚だ脆弱と言わざるを得ないのも、確かだ。

 

 油断無く気配を探りながら、視力の回復を待つ。

 

 そもそも、戦闘機乗りは視界を失うことは珍しくない。空中戦の途上で迂闊にも太陽を目に入れてしまった時などだ。

 

 そんな時、リカルドは敢えて目を閉じる。寸前までの周囲のマニューバと音から、現在の空をイメージする。

 

 そもそも戦場は刻一刻と様相を変化させるが、それは必ず連続している。経験さえあれば、寸前まで把握していた空が、どのように推移して行くか予想することは難しくない。特に、相手に対して必殺の一撃を見舞おうと飛び回る時は。

 

 魔装機と戦闘機の決定的な違いは、三次元機動に対するフレキシビリティだ。人間に近いがゆえに、人間に近い機動を可能とし、更に強化された体躯は、人を超える機動を可能とする。

 

 故に、魔装機での格闘戦は、人間が予測もしないような手段による攻撃を考慮する必要がある。

 

 例えば、人の構造をしているが故に対処が難しく、また最も素早い攻撃が可能な角度。

 

 重力を味方につけ、迂闊に見上げれば太陽によって視界を奪われる。更に、魔装機の構造上もっとも脆弱な部位への、一方的攻撃が可能な角度。

 

 本来の人間の跳躍力では到達できない角度からの、電撃的な一撃。

 

 一撃必殺を狙う以上、『ザイン』はそれを狙うしかない。

 

 だから、周囲の気配が急激に温度を上げた瞬間、リカルドは静かに呟いた。

 

「地潜結界発動。真下へ潜れ」

 

 

 

 

(まったく、ついてないわね)

 

 姿を消し、気配を殺しながら、しかし魔装機『ザイン』の操者シモーヌは歯噛みしていた。

 

 元々、『ザイン』は正面からの決戦には向いていない。例えば砲撃の援護を受けながら、或いは闇夜に紛れるように密やかに、背後からの一太刀で勝負を決める。そんな機体だ。

 

 持たされている装備は冷凍砲と浮遊機雷。そして御定まりの熱素反応弾とプラズマ剣。打撃力では、全正魔装機中でももっとも劣る機体だ。

 

 魔装機中最強の防御力を誇る魔装機神『ザムジード』に、そんな貧弱な装備では一矢報いることすら叶うまい。それは、先程閃光弾で視界を奪った瞬間に、試しに斬りつけてみることで確信した。

 

(もし、一矢報いることができるなら……)

 

 『ザイン』の性能で『ザムジード』に痛痒を加え得る手段。それは、慣れ親しんだナイフの一撃。そう、たった一撃で、もっとも装甲の薄い喉笛を引き裂く。それしかない。

 

 そして、その最大の弱点をもっとも確実に貫ける角度。堅牢無比な『ザムジード』の守りをかい潜る奇襲。それは、本来人間には不可能に近い角度からの一撃でしか有り得ない。

 

(迷ってる暇は無い、行くよ!)

 

 シモーヌはきゅっと唇を引き締め、大地を蹴りつけた。

 

 元バレエダンサーであったシモーヌの《精霊殻》は、不定形のステージである。思考制御と身体運動を併用したマスター・スレイブ・システム。触手状の腕など人型から離れていながら、しかし繊細な身体制御を要求される『ザイン』であり、身体制御のバランスを極めたシモーヌだからこその操縦系である。

 

 蹴りの一つだけで、百メートルばかりを跳躍した。

 

 完全迷彩『葉隠(ヒドゥン)』で隠されたシモーヌの動きを、しかし『ザムジード』は察知したようだった。びくり、と翳した盾が震え、機体が不気味に震動する。

 

 しかし、もう止められようはずもない。推進器を小刻みに吹かし、空中でくるりと身を翻す。

 

 それは、ちょうど器械体操のそれに近い。それが麗しき体操技と異なるのは、その両の手先に『プラズマ・ソード』の灼熱光を備えている点だろう。

 

 刃は短く。しかし輝きは激しく。姿を隠しながら、そこだけは苛烈に輝かせ、雪の『ザイン』が雪崩れ落ちる。

 

 その目指す先は、『ザムジード』の首。真っすぐに突き出した刃は首級を取るべく急降下し、そして。

 

 刃が、『ザムジード』の『額』を捉えた。

 

「くっ!?」

 

 プラズマに灼かれ、金色の輝きを散らす《魔装》。それはシモーヌが目指した喉笛ではなく、鉢金の如き分厚い神鉱鋼で護られた額。しかも、その位置は徐々に下へとずり落ちて行く。

 

 シモーヌが狙いを誤ったのではない。『ザムジード』が身を沈めたのだ。

 

 それも、通常に言われる意味ではなく、文字どおり剥き出しの地面に、体躯をめり込ませて。

 

 『ザムジード』の固有技能のひとつ、『地潜結界』である。

 

 プラズマ刃を包み込む《魔装》が、沈み行く『ザムジード』に引きずられる。《魔装》を引き裂くべく噴射を続けていた『ザイン』は、そのまま力の向きを狂わされ、顔面から地面に飛び込む形だ。瞬時に補助推進器を噴射し、天地を逆転できたのは、シモーヌの卓越した身体制御能力故の事だろう。

 

 もっとも、結果的にその事が、彼女を救った訳では無かったが。

 

 上体を泳がせつつも、辛うじて両の足で地面に降り立つ『ザイン』。視界の端に、『ザムジード』の頭頂部が、地面にとぷんと沈む像が飛び込んでくる。

 

 地中に潜られては、『ザイン』には手の出しようがない。一度態勢を立て直そうと地面を蹴るが。

 

 次の瞬間、視界の全てを黄土色のシルエットが覆い尽くしていた。

 

「え……っ!?」

 

 反応できない。目の前にあるそれが、魔装機神『ザムジード』であり、地中からそのまま奇襲攻撃を仕掛けてきたのだと理解してはいても、身体がそれに反応できない。

 

 鳩尾の辺りに広がる灼熱感。《魔装》の壁を易々と突き破り、素体をめちゃめちゃに破砕する拳。がくがくと《精霊殻》が震動する。機体からのフィードバックで、全身がびくんびくんと痙攣する。

 

 腹部を半ばまで貫いた腕で、『ザムジード』はそのまま『ザイン』の躯体を高々と掲げ上げる。傷口から鮮血のように滴る循環液を浴びながら。

 

 高らかに、戦場全てに轟けとばかりに、リカルドの咆哮が弾ける。

 

BreakDown(ぶっ壊せ)!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 チェンバー内の《魔装》に点火され、『ブースト・ナックル』が凶暴極まる破壊力を撒き散らして。

 

 雪の『ザイン』の肢体は、ばらばらの破片へと打ち砕かれた。

 

 

 ■第一回戦 第一試合■

 ■勝利者 リカルド・シルベイラ&魔装機神ザムジード■

 

 

 

 

「あいたたた……少しは手加減してよ。仮想上でもフィードバックはあるんだから」

 

 第一試合終了後、国立大競技場選手控え室前通路。

 

「危ないと思ったら、ちゃんと接続カットしろよ。空だったら即死してるところだぜ?」

 

 足元のおぼつかないシモーヌに肩を貸しながら、勝者リカルドが窘めの言葉をかけた。

 

 正魔装機クラスの魔装機は、操縦者との同調が綿密である反面、機体のダメージが痛覚となって操者にフィードバックされる。無論恣意的にフィードバックを解除することはできるが、それは麻酔にかかった身体を動かすのに等しい。

 

 シモーヌは殊に、精密な身体制御のために高度な感覚同調を行っている。故に、奇襲による破壊に対して、感覚同調の切断が間に合わなかったのである。

 

「まったく、なんで最初から魔装機神と当たるのかしら……確率的には二~三回戦で当たるくらいじゃないの」

 

 口を尖らせ、ぶつぶつと愚痴を零すシモーヌ。

 

「まあそうぼやくな。どっちにしろ俺に当たったらそこで終わりだったんだからよ」

 

 からからと笑いながら、嘯くリカルド。シモーヌの目が冷たく細められる。

 

「そういうことをしれっと言えるあなたの神経、時々羨ましいわ」

「はっはっは、惚れるなよ、生憎先約有りだ」

「誰が……」

 

 呆れをたっぷりと糊塗した溜め息を吐き出して、シモーヌがリカルドの手を振り解く。女子控え室の扉に手をかけようとした所で、扉が勝手に開かれた。

 

「先約有りって、誰の事かしら?」

「おう、テュッティ」

 

 片手を上げて、扉から顔を出した女性に挨拶を送るリカルド。果たして、その女性は魔装機神『ガッデス』操者、テュッティ・ノールバックその人である。

 

「お疲れさま、シモーヌ。大丈夫?」

「ありがとう、テュッティ。大したことはないわ。でも、守りと『葉隠』に相当プラーナを使ったから、今日はもうゆっくり休みたいわね」

「腹をゆっくり暖めとけ。思いっきり打ち込んだから、今夜辺り幻痛があるかも知れねぇ」

「わかってるなら最初から加減しなさいよ……」

 

 溜め息混じりにぼやくシモーヌ。馬耳東風とばかりにかんらかんらと笑うリカルド。二人を交互に見やって、テュッティはクスリと微笑みを漏らした。

 

「それじゃ、行ってくるわね。次の試合だから」

 

 そう言って、ひらひらと手を振って見せる。

 

「相手は、確かマドックだったな。……油断すると尻触られるぞ」

「それはあんたじゃないの、リカルド・シルベイラ」

 

 二方から白眼視が集中する。流石のリカルドも渋面を浮かべた。

 

「ナマならともかく、魔装機の尻撫でて何が楽しい。俺はマドック程セクハラの境地に達しちゃいねぇよ」

「ほっほっほ、お前さんにもいずれ分かる事じゃよ」

 

 突然、背後から声がした。

 

「お、マドック爺さん」

「あら……」

 

 振り向いて見れば、そこにはへらへらと笑う初老の男。森の魔装機『ディアブロ』操者マドック・マコーネルである。

 

 その場の誰もが、気配を察知できなかった。ただの助平かと思いきや、案外に底が知れない。

 

「マドック、悪いけど勝たせて貰いますよ」

「ほっほっほ、お手柔らかに頼むぞい」

 

 ひらひらと手を振りながら、さっとテュッティの背後を擦り抜けるマドック。

 

 そう、文字通り、掌でテュッティの背後を擦って抜ける。

 

「ひゃっ……こ、この!」

 

 さっと頬に朱を散らして、拳と怒鳴り声を上げるテュッティ。しかしその時には、マドックはその短躯から驚くべき俊敏さを発揮して、通路の先へと逃げ出している。

 

「待ちなさい、マドック!」

 

 夜叉か羅刹かという勢いで、マドックの後を追いかけるテュッティ。早くも手玉に取られているように見受けられる。

 

 何とも、妙な爺さんだ。内心で呟きつつリカルドが控え室に目を向けると、ちりちりと首筋を焦がす、横からの白眼視に気が付いた。

 

「……ああいうのを、あんたもいずれ理解できるようになるわけね、リカルド」

「流石の俺も、あれはわかりたくねぇなぁ……」

 

 渋面で答えた。

 

 

 

 

 第二試合は、大方の予想通りに魔装機神『ガッデス』の勝利で終わった。

 

 得意とする砲撃戦を挑もうとする『ガッデス』に対し、同じく砲撃戦を得意とする『ディアブロ』は、意外にも接近戦を挑んだ。

 

 ただし、標準装備の『プラズマソード』を用いた戦いではなく、そのフレキシブルな体躯を活かした素手攻撃……更に言うならば人間で言うところの胸や臀部をぺたぺたと触る、セクシャルハラスメント攻撃である。

 

 試合前の挑発の効果もあり、冷静さを失ったテュッティを翻弄するマドックは、観衆の女性陣及びテュッティを崇める者達(殊に職権でマイクを握ったブランソン)の怒涛の如きブーイングの雨にもちらとも動じず、的確にヒットアンドアウェイを繰り返し、何発ものEMP砲を命中させた。

 

 しかし、それでも『ガッデス』は倒れなかったのである。

 

 激高したテュッティは、ついに『ケルヴィンブリザード』によって広範囲の地面を凍結させ、『ディアブロ』の足を止めた。

 

 そして一度足が止まってしまえば、『ガッデス』の火力の前に、『ディアブロ』程度の防御力では薄紙同然だった。

 

「まあ、これは妥当な結果だよな」

 

 リカルドは、紅茶のカップを傾けながら呟く。

 

 問題は、第三試合だった。

 

 対戦カードは、ティアン・サナンプラサートの雷光の『ディンフォース』と、ラングラン国軍少将ケビン・ザン=オールトの『ブローウェル・ドラグーン』。ケビンの魔装機操者としての名声はさほどではなく、一方元ムエタイチャンプのティアンはその機体特性も相俟って、接近戦では最強の一人に数えられる。当然、下馬評は圧倒的にティアン勝利に傾いていたのだが。

 

 試合は、予想もしない方向に展開した。

 

 瞬時に踏み込み、ティアンは得意のコンビネーションを浴びせる。しかし、ケビンはその手にした大盾をちらちらと傾けるだけで、それぞれが必殺の威力を宿すティアンの一撃を受け流す。

 

 『ブローウェル』の防御力では、『ディンフォース』の一撃を受け止めることなどできないはずだというのに。

 

 業を煮やしたティアンは、盾ごと全てを打ち砕こうと、必殺の上段蹴り……ティー・カウと呼ばれるそれを繰り出した。かつて、訓練の上ではあるが『ザムジード』の盾でも防ぎ切れなかった、絶大な破壊力を秘める蹴撃。

 

 しかし、大技はそれだけの大きな隙を見せることになる。そして、それがケビンの狙う所だったのだ。

 

 『ディンフォース』の圧倒的な破壊力。受け止めた盾が、たまらず砕かれる。『ディンフォース』の踵が『ブローウェル・ドラグーン』の盾にめり込み、砕き、そして。

 

 止まった。

 

 『ディンフォース』は、片足を上げた姿勢のまま硬直した。足が引き抜けないのだ。砕いた盾ががっちりと足をくわえ込んでいるのか。そもそも、砕いたはずの盾はどうして砕け散らないのか。

 

 誰もが呆然と見守る中、ケビンの『ブローウェル・ドラグーン』はゆっくりとその大槍を構え、棒立ちの『ディンフォース』に向けて突き入れる。

 

 瞬間、爆発が巻き起こった。

 

 何気無い騎士槍の一撃。とてもそこまでの威力が出るとは考えにくい。

 

 だと言うのに、『ブローウェル・ドラグーン』の槍は、『ディンフォース』の腹部に大きく風穴を穿った。《魔装》の防御も関係無しに、全てを吹き飛ばす破滅の一撃。《魔装》の充填も間に合わず、強度が足りなくなった『ディンフォース』の腰がへし折れる。

 

 ブランソンが、驚愕の声音を押さえ切れない様子で、ケビン・ザン=オールトの勝利を宣言した。

 

 

 リカルドは、気を取り直すように紅茶のカップを傾けた。冷えかけていてもそれなりに美味い。やはり紅茶はストレートに限る。

 

 あの槍の一撃。あれは、明らかに『ブローウェル』が持ち得る威力ではなかった。単純な威力だけなら、『ディンフォース』のティー・カウを軽く凌駕していたのではないか。

 

 本来はあり得ることではないのだが、実際起きていたのだから仕方がない。そこには何らかの絡繰があるはずだ。

 

「ふはははは、元王国軍辺境警備隊地方分隊長の実力、披露いたそうぞ!」

「えーと、負けても怒らないでくださいね?」

 

 EVから、豪放な声と気の抜けた声が響く。第四試合、ゴルド・ザン=バゴルドの『ルジャノール』と、シーエ・デメクサの氷の『ファルク』の対戦だ。前科の事もあり、元『ジラドス』幹部であったゴルドには、容赦ないブーイングが降り注いでいる。

 

 だが、本人には気にした様子もない。いや、気にしていないはずもないだろう。ただ、全てを甘んじて受け入れる覚悟があるからこその豪放さなのかも知れない。

 

「では、試合開始です」

 

 どことなくやる気なさげなブランソンの号令で、二機が激突した。

 

「うぉおおおお!! 食らうがいいわ、『ブースト・ナックル』!」

 

 ゴルドの『ルジャノール』が、明らかに不釣り合いに大きな腕を掲げて突進する。あれは、元々は『ザムジード』の腕として開発されていたものだ。予定出力が発揮できなかったなどの理由から廃棄されていたものだが、それを廃物利用したらしい。恐らくはセニアの道楽だろう。

 

 仮にも『ザムジード』の装備だ。出力が低くとも、当たればそれなりの威力は期待できる。

 

 当たれば、の話だが。

 

 突進する『ルジャノール』。ぼんやりと眺める『ファルク』。突き出された『ブースト・ナックル』が、凶暴な破壊力を宿して輝く。

 

 ひらり、と『ファルク』が身を翻した。

 

 ひょい、と片足を前に差し出す。

 

 がん! 金属と金属が打ち合う轟音が響き渡る。

 

「ぬおおおおお!!」

 

 ごろごろごろごろ。どかーん。

 

 猛烈な土煙を上げて、『ルジャノール』が転がって行く。

 

 仮想空間上の外壁に衝突し、めり込んで止まる。

 

 もうもうと上がる土煙の中に、のんびりと熱素反応弾を打ち込む『ファルク』。

 

 十二発目で、『デュカキス』が『ファルク』の勝利を宣言した。

 

「まあ、これも順当、と」

 

 ブーイングの嵐が巻き起こるのを聞き流して、リカルドは興味なさげに紅茶を飲み下した。

 

 

 第五試合は、ホワン・ヤンロンの魔装機神『グランヴェール』と、騎士団魔装機隊長フェリオスの『ブローウェル・レッドショルダー』の対戦だった。

 

 『レッドショルダー』は肩の磁気加速砲を一丁撤去し、代用に汎用ミサイルランチャーを搭載した他は、際だった改造点のない機体である。

 

 他の騎士団の『ブローウェル』が大幅な改造を加えられているのに、隊長機である『レッドショルダー』が簡易な改造しか施されていないのは、操者フェリオスが機体を問わない汎用的な技量の持ち主であるという点と、隊長機であるが故に、あらゆる状況で部下のサポートをすることを目的としている為である。

 

 しかし、良く言えば汎用的、悪く言えば凡庸な機体では、魔装機神『グランヴェール』に対抗できようはずもなかったのである。

 

 フェリオスの『レッドショルダー』は、得意とする中~遠距離戦に持ち込む間もなく、ヤンロンが得意とする近距離戦に取り込まれてしまった。

 

 そうなってしまえば、最早『レッドショルダー』はサンドバッグ同然だった。

 

 打撃連打から蹴撃に繋ぎ、ありったけの炎の《魔装》を込めた拳を叩き込む通称『紅蓮拳』。『レッドショルダー』が粉砕されるまで、わずか27秒の時間しか必要なかった。

 

 

 第六試合は、ファング・ザン=ビシアスの霧の『ラストール』と、ゲンナジー=I・コズイレフの陽炎の『ジャオーム』の間で執り行われた。

 

 他の魔装機操者達のきらびやかな活躍の前では忘れられがちだが、ゲンナジーの技量は必ずしも低くはない。陽炎の特性を活かした幻影投射による分身と、空中を泳ぐように滑らかに舞う操縦、的確な砲術など、その技量はかなり高い水準で纏まっている。

 

 だが、対するファングは幾度も魔装機神『サイバスター』との訓練を経て、風の魔装機との対戦は手慣れている。更に『ラストール』には『濃霧(ディープ・ミスト)』と呼ばれる白色濃霧を発生させる能力があり、その霧の流れによって敵の挙動を把握する事ができる。『ラストール』を相手にする場合に限っては、『ジャオーム』の光学的分身はまったく意味を成さないのだ。

 

 そして、操者ファングの強力な剣術。近距離に捉えられては、『ジャオーム』の不利は否めない。

 

 執拗なヒット・アンド・アウェイを繰り返す『ジャオーム』と、それを追う『ラストール』。戦いは二十分以上の長期戦となり、結局時間切れによって、『ラストール』の判定勝ちとなった。『ラストール』がほとんど致命打を受けていないのに対して、『ジャオーム』は片腕を斬り落とされていた事が判定の決め手となった。

 

 

 第七試合は、アハマド・ハムディの砂嵐の『ソルガディ』と、騎士団操者のリコル・ザン=プラトーの『ブローウェル・サウザンドアームズ』。

 

 かたや強化EMPガンと大型『アートカノン』による長距離での砲撃と、射程は短いが局所的な砂嵐を呼ぶ『砂塵斬(サンドガッシュ)』を得意とする『ソルガディ』。かたや全身に無数の刃物をぶら下げ、近~中距離を得意とする『サウザンドアームズ』。遠距離に持ち込めば、『ソルガディ』の勝利は確実と思われる。

 

 しかし、『サウザンドアームズ』のリコルは、それを許しはしなかった。

 

 距離を置こうとする『ソルガディ』へと鎖分銅を投げ付け、『ソルガディ』の離脱を封じ込めたのである。

 

 そこから、リコルの熾烈な攻撃が始まった。

 

 無数の武器は伊達ではない。距離と戦況を見極め、爆裂手裏剣やフレイル、チェーンソーに戦斧など、あらゆる凶悪な武器を操るリコルに、『ソルガディ』のアハマドは『ディスカッター』で凌ぎつつも、少なからざる損傷を被った。何しろ、例えば右手で斧を振り下ろし、受け止めたと思うと左手から手榴弾が飛んで来るのである。そして距離を開けば今度は投網が飛来する。

 

 しかし、決着はやはり『ソルガディ』の勝利で着くこととなった。

 

 『サイザンドアーム』が止めとばかりに投げ付けた爆薬を、『ソルガディ』が『砂塵斬(サンドガッシュ)』で吹き飛ばし、打ち返したのである。

 

 距離を開いて離脱しようとする『サウザンドアームズ』に、『ソルガディ』がここぞと放つ長距離砲の弾雨が降り注いだ。

 

 装甲を犠牲にしての高機動、重装備である。『サウザンドアームズ』は意外なほどあっさりと、弾丸にその機体を千々に引き裂かれた。

 

 こうして、第七試合までが終了した。

 

 

 

「もう、皆一回戦負けじゃないですか、情けないなぁ!」

 

 第一回戦最終戦を眺めていると、階下からまだ幼さを宿す声が、容赦ない評価を下す声が聞こえた。

 

 ふと覗き込んで見ると、暗い電灯の中でもきらきらと輝く銀色の髪が見える。

 

 目を凝らして見ると、人影は六つ。銀髪のそれ……小柄な少女と、騎士団の制服を纏った五人組。やや奇妙な取り合わせである。

 

「そうは言うがなアーネちゃん。そもそも俺達の機体は正魔装機に比べるとかなり性能が……」

「やめろリコル、悔しいがアーネの言う通りだ」

 

 リコルと呼ばれた細身で長身の男を、短髪の男が窘めている。恐らくは、この短髪の男がリーダー格なのだろう。リコルと言えば先程の試合の『ブローウェル』操者、『鋼千本(サウザンドアームズ)』リコル・ザン=プラトーだ。とすれば、彼らはラングラン騎士団魔装機隊、通称『五人の誉れ(オナー・ファイブ)』隊の面々だろう。

 

「俺達は、仮にもラングラン騎士団の代表として組織された魔装機隊だ。当然、国民の期待も大きなものになる。俺達は、ラングラン騎士団ここにあり、と全世界にアピールする義務があったんだ」

「結果は全員予選落ち、及び一回戦負けだったけどね」

 

 遠い目をして呟くのは隊長であるフェリオス・ザン=クラック。自嘲気味にぼやく女性は、恐らく『罠師(トラッパー)』と呼ばれるコーディ・ザニア=マクガレルだろう。

 

「予選落ちは仕方ない、元々騎士団への枠が二つしか無かった」

「師範が棄権していなければ、一つだけだったものねぇ」

 

 やれやれと首を振る小太りの男は狙撃手ヴィロック・ザン=ユーヴァ。戯けるように肩を竦めるのは砲手ユージン・ザン=ソレイユのはずだ。

 

 彼らは、プラーナ量がさほどではないため正魔装機に乗ることはできなかったが、単純な技量ならば正魔装機操者に決して遅れを取るものではない。正魔装機が単機での戦術を研究しているのに対し、彼らは組織戦を主として研究・実践する部隊だ。だが、近日の彼らの活躍の不振と、魔装機神隊の対比するような大活躍によって、一般には魔装機は組織戦より個人戦を主体とした方が有効に機能すると考えられているきらいがある。

 

「何にせよ、どんなに理由を並べても、俺達が国民の期待に応えられなかったのは事実だ……追加予算申請、通らないだろうなぁ」

 

 フェリオスはがっくりと肩を落とす。なるほど、この御前試合は予算獲得競争も兼ねていたのか。

 

 確かに、目立った功績が無く、バナン会戦などでは『ジラドス』に壊滅的打撃を受けるなど、王国軍魔装機隊は失態ばかりが目立つ。

 

 彼らとしては、ここで何としても功績を残しておきたかったところだろう。

 

「まあ、その点は副団長と少将が勝ち上がっているから、帳消しくらいにはなってるんじゃないか?」

「まさか、接近戦で『ディンフォース』を下すとは思っても見なかったな……あの人、そんなに強かったのか?」

 

 少将とは、先ほど『ブローウェル・ドラグーン』で『ディンフォース』を下したケビン・ザン=オールト少将の事だろう。

 

 結局、ラングラン王国量産型魔装機を駆る者で、第二回戦まで勝ち上がったのはオールト少将ただ一人となった。大方の意見は予想外の番狂わせだろうが、”自分”としては納得できる結果だ。彼には、一度だけ剣術の指南を受けたことがある。

 

 片手剣一本だというのに、恐るべき鉄壁の守り。そして、相手の力を奪い、自らの勢いに乗せて跳ね返す奥義の数々。当時の自分が幼かった事を差し引いても、恐るべき技量の持ち主だった。

 

 彼は、若かりし頃には全界に名を轟かせた剣士であった。しかし、”自分”の情報網を以てしても、そのことを知ったのは比較的最近の事である。

 

「噂では、少将は昔、師範と互角にやり合ったこともあるって話だしな。すっかり王子の参謀に居座ってるから、てっきり文官だとばかり思ってたんだが」

「それにしても……?」

 

 そこまで喋ったとき、偶然にも、少女と”こちら”の視線が合った。

 

 一瞬、動揺が内心を走る。反射的に、術の強度を上げ、物陰に身を滑り込ませた。相手から見えるはずは無いのだが、万が一にも騎士団の関係者に見咎められると、少々困ったことになる。

 

「ん~?」

「どうかした?」

 

 釈然としない表情で唸る少女に、コーディが不審の目を向ける。

 

 少女の視線は”こちら”を向いたままだ。まさか、一般人に自分の姿が見えるとも思えないのだが、まれに勘が鋭かったり、強大な魔力を有する者は、無意識で他人の術や結界を突破する事がある。

 

「どうした? コーディ、アーネ」

 

 フェリオスが、何やら不審げな二人の様子を見咎める。しかし、少女はふるふると首を振って、問いに否定で答えた。

 

「ううん、何でもない。気のせい……だと思う」

「それならいいんだけど。まさか、また『ヴォルクルス信徒』が襲撃してきてるなんて事ないでしょうね」

 

 戯けて言うコーディを、「冗談ではない」「勘弁してくれ」と冷や汗交じりの苦笑いで窘める面々。彼らラングラン騎士団『五人の誉れ(オナー・ファイブ)』隊は、結成直後にこの競技場で、初期メンバーの一人を喪っている。他ならぬ、『ヴォルクルス信徒』の司祭、ルオゾールの手によって。

 

 彼は、『隠行の術』によって競技場に張られた警戒用結界を通過し、『選定の儀』直後の魔装機神に襲いかかったのだ。彼らの仲間は、たまたま他人よりカンが鋭かったが故にルオゾールの侵入を察知し、不幸にも抹殺される事になったのだと聞いている。

 

 今の競技場の状況は、あの時のそれによく似ている。政府要人が集まり、一般人が詰め掛け、ほぼ全ての正魔装機が、無防備な姿を晒している。ここに、例えば巡航型の『降魔弾』などが撃ち込まれたらどうなるか。彼らの危惧は、決して的外れなものではない。

 

「……無駄話もいいが、警備に回る時間だ。勝っても負けても忙しいことだな」

 

 腕時計を眺め、ぼんやりとした声音でヴィロッグが呟いた。

 

「よし、コーディ、ユージン、ヴィロッグは予定どおり。リコルは第三班に合流、班長の指示を仰げ。俺は第四班に合流する……アーネ、悪いがここでお別れだ」

「うん、気をつけて、フィル、みんな」 

 

 アーネと呼ばれる少女が頷くと、騎士団の面々は各々手を振りながら、その場に背を向けた。

 

「まあ、早々と負けたのはそれはそれで良かったかもな。これで、心置きなく警備に回れる」

「負け惜しみは惨めだな、フィル」

「やかましいですよ黙っててくださいよ大体お前に言われる筋合い無いですよ一回戦負けのリコルさん!?」

 

 悲鳴じみた声を、四者四様の笑い声が包み込む。騒々しい声が遠ざかって行くのを、少女は頬に苦笑を浮かべながら見送って、小さく……どこか寂しげに溜息を吐き出した。

 

 そこまで見届けて、競技場の壁に背を預け、視線を眼前で繰り広げられる試合へと向け直す。騎士団がいなくなれば、もう背後になど興味は無い。

 

 試合は、魔装機神『サイバスター』と砂の『ラ・ウェンター』の対戦へと駒を進めていた。砲撃戦に特化した『ラ・ウェンター』と、格闘戦を得意とする『サイバスター』では、どのような過程を経たとしても結果は見えている。

 

 つまらない試合になりそうだと、やや退屈の色を眉の間で弄んでいたとき……背後から、自分に向けられた視線に、気づいた。

 

「あの、さっきから、何か御用ですか?」

 

 視線の元へと振り向くのと、そんな声をかけられたのは、ほとんど同時の事だった。

 

 

 

 

 これはいけない、そう思った。

 

 周囲の視線が、目の前の少女に集まっている。時折ちらちらと、”こちら”側にも視線が泳ぐが、すぐに少女の方へと回帰する――少々の懐疑と憐憫を引き連れて。

 

 何故なら、周囲の人間には、”自分”が見えていないはずなのだから。

 

「……あのー?」

 

 しかし、目の前のこの少女は、周囲の状況をまったく意に介していない。いや、解していないという方が正確だろう。まさか、目の前に立つ男が、自分一人にしか見えていないなどとは考えつきもしないのではなかろうか。

 

 以前にも、こういう事があった。親元を抜け出す時、覚え立ての『隠行』の術を行使し、姿を隠していた時。誰にも見咎められない事をいいことに、散歩するある少女の目の前を駆け抜けたのだが。

 

『もしもし、前を黙って横切るなんて、失礼ではあらせられませんこと?』

 

 今でも、あの時の驚愕と、頓珍漢な敬語は忘れ難い。誰にも見えないことを誇りとしていたのに、それを一瞬で打ち砕かれた衝撃。あの時初めて、飛び抜けた魔力の持ち主が、本人は何一つ意識する事なく、他者の結界を破壊してしまう場合がある事を知ったのだ。

 

 もちろん、無意識下での事であるから、こちらが本気で姿を消そうと思えばどうとでもなる。しかし、目の前で姿を消せば、当然相手は姿隠し系の術を疑うだろう。

 

 既に姿は十分過ぎる程見られている。しかも、先程の会話を見ても、この少女は騎士団の中枢にコンタクトを持っている。ここで姿を消して、自分の姿格好つきで騎士団に報告されるなどという事になっては、非常に厄介なことになる。

 

「う~~~~ん……」

 

 周囲のあまり好意的とは言い難い視線にも気付かず、何やら思案顔の少女。声をかけたはいいものの、こちらが黙したままであるため、どうして良いのか分からないという事もあるのだろうが……ちらちらとこちらの顔に繰り返し視線を向けるその挙動には、それ以外の何かの要素が感じられる。

 

 ――まさか、この少女は、自分の顔を知っているのではないだろうか。確かに、自分はこのラングランではそれなりに有名人だ。ここ数年まったく表舞台に立っていない故、今の顔を知る人間はさほど多くないにしても、それ以前の面影を見い出されれば、自分が何者なのか、特定するのは難しくない。

 

 その予想を裏付けるように、少女がはっと息を飲み込んだ。こちらの顔をじっと見上げ、大きく驚愕の形に口を開き……。

 

「あ……あー! もしかして、クリ……」

 

 その名前を、口にさせる訳にはいかなかった。

 

 少女を見据える視線に呪詛を込める。所謂眼力と呼ばれるものを、より洗練して体系化した魔術だ。視線を媒介して伝達されるため、魔力による抵抗力がほとんど機能せず、当人の意志力で撥ね除けるしかない。そして、元より強靭な意志力を宿す自分の呪詛の目は、残酷なまでに標的の精神を削ぎ落とす。

 

 果たして、少女はびくり、と身を強張らせた。喉から紡がれようとした音は雲散し、代わりにひゅっと笛の音を立てる。

 

「その名をここで口にしないでください。良いですね?」

 

 穏やかに……しかし呪詛は欠片も緩めぬままに諭せば、少女はかくかくと組木細工のように頷いて見せる。手加減したとは言え、年端も行かぬ少女の身でここまで自分の呪詛に耐えて見せるとは、それだけで賞賛に値するのだが……そんなことはおくびにも出さず、沈黙のままにその場から背を向けた。

 

 同時に、少女にかけた呪詛を解き放つ。

 

「あ、ああ……ま、待ってください!」

 

 少女が自分を追ってくる足音。それに追いつかれない程度の速足で、通路の闇へと足を進める。

 

 背後で、『サイバスター』の勝利を宣言するブランソンの声が響き渡る。訝しる視線も、皆勝利者たる白銀の機神へと注がれる。

 

 ああ、見るべきところのない試合とは言え、残念だ。ほとんど観ることができなかった。

 

 だが、今は優先すべきことがある。

 

 この面倒な娘――どう口を封じたものか?

 

 

 

 

 この競技場の構造は熟知している。如何に満員御礼の今日であっても、運営側、観客側、双方が足を踏み入れることが考えにくい場所はある。

 

 そんな場所の一つへ、身を滑り込ませた。非常用メンテナンス通路の入り口だ。行き止まりで、入り口も目立たない。用途が非常用であるだけに、保守担当者が足を向けることすらまばらな道だ。

 

 件の娘……確かアーネとか言ったか……の気配が近づいてくる。当然だ。追いつけるように歩いたのだから。

 

 ここならば、死体が見つかるまでそれなりの時間が――

 

 びくりと、胸の傷が痛んだ。頭を振り、胡乱な考えを払い除ける。

 

 無理に手を汚す必要はない。記憶を消すか、呪詛で自分について語ることを禁じれば用が足りる。ついでに眠らせて転がしておけば、当座の問題は解消できるだろう。

 

 だが、無駄な力を消費するよりは、ここで始末してしまった方が早い。どうせ、夕方にはどっちでも大差ない状況になることであるし、ここで死体が一つ増えたところで――

 

 胸が痛い。眉を顰めて思考を切り替える。

 

「あの……すみません」

 

 恐る恐るの声と共に、銀髪の頭が通路の陰から覗き込んだ。見るまでもなく、少女アーネのものだ。

 

「何か用ですか? あまり騒がれたくなかったのですけどね」

 

 壁に体重を預け、何げない風を装い問いかける。むしろこちらから誘導したというのが実際のところなのだが。

 

「あ、あの、すみません――驚いたものですから。ク、クリストフ様――ですよね?」

 

 まだ呪詛の残滓が残っているのだろう、その名前を口にした瞬間、その肩が小さく震えた。

 

 さて、認めるべきか、それともさっさと始末してしまうべきか。取り敢えず、当たり障りない程度に答えを返す。

 

「ええ。良く分かりましたね。ここ数年、メディアに顔を出していなかったのですが」

「え、ええ、その――私、昔から王室ジャーナルとかで、お顔を拝見していたものですから」

 

 ラングランにも王室――つまり『グラン』の姓を持つ者を特集する雑誌がある。しかし、通常子供が喜んで見るような雑誌ではない。つまり、この少女の家族は、王室になんらかのコンプレックスを持っていたと考えられる。

 

「そ、それに私も、一度だけ、御祖父様について、お会いしたことがあるんです。覚えておられないでしょうが――」

「はて……あなた、名前は何と」

「はい、アーネです。アーネ・ラスム=ゼフィック」

「ゼフィック……ああ、アウレオルス博士の?」

「はい、孫娘です」

 

 それで得心に至った。聖号アウレオルス、本名エルンスト・ラアス=ゼフィック博士は、魔装機を初めとする精霊機械の基礎理論を打ち立てた練金学博士だ。自分もかつて、彼の私塾で様々な練金学の指導を受けていた。おそらく会った事があると言うのは、その私塾で講義を覗き込んだ時の話という案配であろう。

 

 そう言えば、聞いたことがあった。アウレオルス博士の一族に、飛び抜けた魔力を持つ子がいると。わずか十歳で王族の魔力テストに合格し、183位という末尾ではあるが王位継承権……この場合は《調和の結界》維持担当者と言う方が正確だが……を獲得したという話だ。これは、歴代王族の中でも特に強力な魔力を有するモニカ・グラニア=ビルセイアにも比肩する成績である。

 

 もっとも、ある王族は7歳で魔力テスト合格という例があるのだが。まあそれはどうでもいい。

 

 ちなみに、アーネの例は特別な話ではなく、かねてより王族が何等かの理由で根絶やしにされた時などに《調和の結界》を維持するため、平民等の王族以外の階級からも、飛び抜けた魔力の持ち主が王位継承者に招かれている。

 

 と、言うことは――この少女の重要度は、予想外に高い。今後の活動は《調和の結界》に関わるものになる。それに加えて、その後に控える次なる計画には、高い魔力の持ち主が不可欠だ。一応目星をつけた術者はいるが、今後の計画の推移で利用できなくなる可能性がある。スペアは、多いに越したことはない。

 

 ――この娘、懐柔しておけば、いずれ有効な手札に成り得るか。

 

「それで、あの……不躾な質問なんですけど、ここ数年どちらにいらっしゃったのでしょう? ジャーナルとかにも全然お姿を拝見できませんでしたし」

「ああ……困りましたね。これは秘密なのですが……。実は、大臣に頼んで極秘で各国に留学していたのですよ。先日まではストロハイムにいたのですが……」

 

 内心の酷薄な打算を感じさせないよう、穏やかな笑みで答える。少し秘密の蓋を開いて見せれば、それだけ相手は自分に対して心を開く――その中身の真偽を確かめる事もなく。

 

「ストロハイム……ヘルメス・ソシエタスの本部がある所ですよね。『ストロハイムの練金学は世界一』がキャッチフレーズの……」

「ええ、そうです。今回は少用でこちらに来たのですが、一応暫くはあちらにいる事になっているので、あまり目立ちたくはないのですよ。だから、私に会った事は、私とあなただけの秘密です。良いですね?」

「は、はい、わかりました、クリストフ様」

 

 ぱっと頬を紅潮させて、少女が名を呼ぶ――あの不愉快な名を。

 

「止めなさい――その名を呼ぶのは」

 

 腹の底から、凍える感情が吹き上がる。口から漏れ出た感情のカケラ。それだけで、少女はびくりと身を凍らせた。

 

「その名だと何かと目立って困りますからね。最近は、別の名前で通しています。あなたも、私を呼ぶならこちらの名前で呼びなさい」

 

 かくかくと、脅えきった少女が首肯する。

 

 迂闊だっただろうか。憤怒に忍ぶ衝動をねじ伏せ、一転して笑顔を浮かべて。

 

「シュウ・シラカワ――それが、私の名前です」

 

 そう、自分を再定義した。




 久々の更新で申し訳ない、リカルド編かつ御前試合編の続きです。

 このエピソードで顕著なのは、ゲームでは行間で倒れていった魔装機繰者達の活躍でしょうか。さらに、御前試合からシームレスに絶望の淵で編に繋がるため、ここでシュウが介入を始めています。

 当時、この対戦は「結局勝てる相性の奴が勝ってるよな」と評されたものです。それはそれで当然で、番狂わせは一つか二つあればいい、という考えでやってたはず。それはオールト将軍のブローウェル・ドラグーンカスタムで十分と考えたんじゃなかったかな。

 オールト将軍の機体は半分オリジナルで、元はEXで登場した準ボス級のマシンです。どういう理屈かビーム吸収を持っていたのを再現したくて設定したものですね。OGSではブローウェルのビームキャノンは手のひらに埋め込まれていたので、これを見ていたらショットガンランスは使わず素手で戦っていたのではと思います。

 また顔出ししているアーネは、文中でも解説していますが、王位継承権があると言っても実体は結界用の予備電池です。第一部最後の王都防衛戦では『なぜか』カザフル砦の防衛戦力全てによって守られる流れになります(そこまで執筆は到達しませんでした)が、これは極秘で結界修復の要として保護命令が出ていた感じです。

 次はガッデス戦、そしてオールト機との対戦になります。
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