偽典・魔装機神   作:DOH

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第二十二話 風と大地と

 

 その時、イブン・ゼオラ=クラスールは唸っていた。

 

「……ふむ」

 

 不審げな唸りを漏らし、彼方の雲間に視線を送る。

 

 ラ・ギアスには地平が存在しない。大地は空へとまっすぐ伸び、雲に溶け込むように消えてゆく。

 

 ここは、ソラティス神殿。神聖ラングラン王国ライオット州の外れに位置するそれは、各地に点在する精霊信仰の拠点であり、同時に練金学協会の研究機関のひとつでもある。

 

 中央に超演算器たる『REB』を擁し、術士として優れるイブンを筆頭に掲げるソラティス神殿は、ラ・ギアス全界に高度な研究機関である事をアピールしており、その技術力は、ラングラン国内はもちろん、国外からも研修に訪れる者がいるほどである。

 

 そのソラティス神殿の中央塔。地上におけるマヤ文明のピラミッドを思わせる構造物の頂点バルコニーで、イブンは地の果てを睨み付けていた。

 

 当年とって齢81歳の老婆とも思えぬ、意志力を滾らせた双眸。ぎらりと輝かせ、魔力視(グラムサイト)に力を込める。精霊や空想体、本来見えざるべきもの達が、イブンの視界の上を踊る。

 

 ――不自然に、怯えるように震える精霊達。彼方に暗く蟠り、息を殺すなにかが、見える。

 

「妙な気配がすると思えば……やはりな」

 

 ふん、と鼻を鳴らし、更に魔力視に力を込める。視線の奥。精霊達が告げる、異物の在処へと。

 

 と――。異物の蟠りから、ひとかけらの『なにか』がまろび出た。

 

 魔力視は、一方的な観測ではない。霊的な次元において、観測することは観測されることと同義だ。イブンの視線の存在に気付いた『なにか』が、斥候を送り出したのだ。観測

者が何者なのか、そして可能であれば――その存在を抹消すべく。

 

 「なにか」が渦を巻いて、ビラミッド頂上のイブンへと迸る。魔力視が痺れるほどに、強烈な敵意の塊。もはやそれは『邪霊』の類と見なして良かろう。生きるもの全てへの怨嗟を核に沸騰する、悪意の凝集体。

 

 普通の人間ならば、『邪霊』を押しとどめることはできない。しかし、イブンは普通の人間ではなかった。

 

無礼(なめ)るでないよ、この儂をッ!」

 

 魔力視に気力を流し込む。魔術において、『見る』ことは『支配する』ことと同義だ。イブンの喉笛目掛け、乱喰い歯を剥き出しにした顎を実体化させる『邪霊』を、イブンは渾身の気力を以て睨み付け、命じる。

 

 ――引き裂かれよ。そして、散れ。

 

(――――!!)

 

 一瞬、抵抗するように『邪霊』が震えた。しかし、イブンが視線を更に強めれば。拠り所となる肉体を持たない邪霊のこと。術師にしか聞こえない霊音の断末魔を上げて――顎の中央から二つに引き裂かれ、イブンの足下に落ち、潰れた。

 

「……ふん」

 

 足下に蟠る不気味な塊――今や『邪霊』の波動の欠片も感じられない、エクトプラズムの塊を一瞥し、イブンは鼻を鳴らす。……どうやら、自分の技は、まだ鈍ってはいないらしい。

 

 と、突然物陰から、茫洋とした気配が割り込んだ。

 

「ゼオラ=クラスール、どうなさったのです?」

 

 見ると、そこには携帯端末を何某か操作しつつ歩み寄る、若い男の姿があった。

 

 神殿の長を前に緊張した面持ちを取り繕っているが、ちらちらと携帯端末を見る度に、その目尻がだらしなく垂れ下がる。

 

 大方、物陰で恋人と密談でもしていたのであろう。『邪霊』の断末魔を聞きつけ、何事かと姿を見せた、という案配か。

 

「おい、お主……確か侍従研究員のモラートじゃったな。第七研究課の」

「は、はい?」

 

 まさか名を覚えられているとは思わなかったのか、声を裏返えらせるモラート。たかだか百人ほど度の研究棟、人員の把握などどうと言うことでもないのだが。

 

「警備部に連絡して機装兵を出させよ。それから、王都に連絡せい。儂は結界を準備する」

 

 モラートの動揺を毛ほども意に介さず、ぽんぽんと指示を下す。もちろん、状況を毛ほども把握できていないモラートが、それだけの指示で動ける筈もなく。

 

 取りあえず、肯の返答を返しつつも、自信なさげに伺うような問いを返す。

 

「は? はい、え、ええと……連絡というのは何を?」

「見てわからんのか、未熟者が!」

 

 老婆の小さな体躯から放たれたとは思えぬ、びりびりと精髄を震撼させる一喝。声に打たれた哀れなモラートは、全身を敬礼の形に硬直させる。

 

 なんと情けないことか。内心で嘆息しつつ、イブンは足下に落ちてぐずぐずに崩れた『何か』の残骸を踏みにじる。そして地の果て……岩陰に、木陰に、そこここに邪なる思念が渦巻く先を指さし、宣した。

 

「『ヴォルクルス信徒』の使い魔じゃ。来るぞ、聖戦の名の下に、奴らが!」

 

 

 

 その時、ゼオルート・ザン=ゼノサキスは。

 

「……?」

 

 娘の目を盗んでの、ピクルス除去作業を完遂したサンドイッチを頬張りつつ、不審に眉を潜めた。

 

 もぐもぐ。咀嚼するサンドイッチに不審はない。娘の監視を潜り抜けて、よくもここまで見事にピクルスを抜き取れたものだと自画自賛する。昔から、どうにもこの手の独特の風味のある青物は苦手なのだ。妻にも娘にも子供のようだと言われつつも、こればかりは生涯治ることはないと思うし、そもそも改善しようとも思わない。好き嫌いとは概ねそういうものだ。

 

 いや、そういう問題ではなかった。意識を口の中から、周囲の気配に差し向ける。

 

 周囲は、間近に迫った決勝戦を前にして、静かな熱気に包まれていた。

 

 第三回戦第二試合、『霧のラストール』対『風のサイバスター』の対決。それは、半時ほど前に終了した。

 

 勝者は、魔装機神『サイバスター』。『サイバスター』のマサキと『ラストール』のファングは、両者共にゼオルートの下で剣の指南を受ける兄弟弟子。剣の技量ではファングに分があり、魔装機の性能では『サイバスター』に軍配があがる。どちらが勝利しても不思議ではない。

 

 だが、ゼオルートとしては、この結果は予想通りだった。

 

 ファングがどうしても剣にこだわってしまうのに対し、マサキにはこだわりがない。いざとなれば剣を捨て、常にその場で最適の戦術を選ぶ余裕がある。

 

 事実、試合の明暗を分けたのは、お互いの胴に食い込んだ剣を、どちらが先に手放すかだった。

 

 堅く食い込む剣を、ファングは引き抜くことに拘泥し、マサキは瞬時に手を解いて拳を作った。

 

 拳闘士の心得のあるマサキの拳は、ファングのそれよりも数段速い。ファングが身をかわす暇もなく、食い込んだ剣がフレームを破壊するのも構わず繰り出された『サイバスター』の拳が『ラストール』の顔面を捉え、打ち砕いた。

 

 そんな試合を経て、現在は休憩時間。

 

 競技場内のEVスクリーンは光を落とし、円周にそって並ぶ魔装機の姿が見えている。

 

 つい先ほどまで、そこには全16機の魔装機の姿があった。しかし、今は最終戦を除いた全ての試合が終了したためか、魔装機神『サイバスター』と『ザムジード』の二機の姿しか残っていない。

 

(妙に慌てて撤去していたようですが、どうしたのでしょうね)

 

 予定では、閉会式まで参加魔装機は台座に腰を据え、最後に一斉に勝ち鬨を上げる筈だったのだが。

 

(それに、妙に会場の雰囲気が慌ただしい)

 

 休憩時間に入って間もなく、なにやら貴賓席の方を出入りする人間の数が増えた。防衛局長官のフェイルロード王子の姿はそこにあるが、慌ただしげに側近に指示を飛ばしている姿が(ゼオルートの目には)見える。

 

「お父さん、どうかしたの?」

 

 眉を顰めるゼオルートの横から、ドリンクを両手にしたプレシアが、不信の問いを投げかけた。

 

「おや、プレシア。遅かったですね」

「うん、途中でアーネに逢って」

 

 機嫌良さそうに微笑む娘からドリンクを受け取りつつ、そうですか、と相槌を打つ。確かアーネというのはプレシアの王城仲間だ。この年頃で王城に出入りする者はそう多くない。既にして飛び抜けた魔力を示し、優秀な魔術師として将来を嘱望されているそうだ。

 

 同じ年頃の娘を持つ身としては、多少競争心を刺激されなくもないが――吐き出されるのは諦観の吐息。自分のような不甲斐ない男が、娘に多くを望む権利などない。自由に育ち、その結果何かが得られたならば、それだけで無上の喜びと言える。

 

「アーネ、すっごい人に会ってたって言うんだけど、それが誰なのかは教えてくれないの。凄く機嫌良かったんだけど、誰に会ったんだろう?」

「そうですねえ。凄い人といえば、歌手とかそのあたりでは?」

「うーん、アーネってそのあたりあまり興味ないみたいだし」

 

 腕組みをして唸る娘を余所に、再び意識を競技場に向ける。

 

 競技場に残された、たった二機の――しかし最強の魔装機。本来ならばそこには十六機の魔装機の姿がある筈なのに。

 

 加えて、国防省長官たるフェイルロードの慌ただしさ。どことなく漂う緊張感。

 

 感じる。かつて国境守備隊にいた頃にも感じたあの緊迫感。越境した敵軍との、語られぬ戦争の前夜の空気。

 

「『ギオラスト』に火を入れておいた方が良さそうですね」

 

 一人ごちるゼオルートの呟きは、しかし思案に暮れる娘の耳には届かなかったようだった。

 

 

 

 また、夢を見た。

 

 夢の中の俺は、穏やかな風の中に、いつもの歌を口ずさんでいた。

 

 『トップ・ガン』のジャケットを羽織り、奏でる旋律は『デンジャー・ゾーン』。

 

 太陽にかざす手には『F-14トムキャット』の模型。シルエットが描く影絵のタイトルは『この手に掴んだ翼』。

 

 その影絵に、もう二つの手が差し込まれた。

 

 父さん、それ頂戴。息子のせがむ声。

 

 俺が答える前に、息子の手がトムを奪って行く。歓声を上げて、草原を駆け回る。主を乗り換えたとぼけた猫は、流麗なインメルマンターンを描く。

 

 もういいの? 妻の声が聞こえた。

 

 どうなのだろう。俺は答えない。息子の手の翼を、ぼんやりと眺める。

 

 奪われた翼。受け継がれる翼。失われゆく、翼。

 

 立ち上がる事もできず、ただぼんやりと、失われたものから――目を逸らす。

 

 逸らしたその先に、銀の翼があった。

 

 腕を組み、悠然と笑う銀の翼。

 

「おい、起きろよ」

 

 嘲笑する、銀の翼。言霊が、夢を砕く。

 

 手を伸ばしても、こぼれ落ちる。引き裂かれた夢は、ばらばらと崩れてゆく――。

 

 

「――んぁ?」

 

 寝起きの喉から間抜けな声を漏らし。

 

 リカルドが目を見開くと、そこにはマサキ・アンドーの姿があった。

 

「いい加減起きろよ猿回し。そろそろ時間だろうが」

「だーれが猿回しだ……ふわぁ」

 

 大欠伸の傍ら、意識を覚醒させる。自分の名前。年齢。性別。順繰りに思い出してゆく。

 

「トム・クルーズ、男性、年齢ハタチ……っと」

「寝言はマットかベッドで言えよな。とっとと起きろっつーの」

 

 がん、と苛立たしげにベッド――ではなく長椅子を蹴りつけるマサキ。よくスプリングの効いた長椅子は、上に座る自分に振動をよく伝える。ゆーらゆーらと揺れる視界の中で、ぼやけていた意識が蘇る。

 

 ――よし、全部思い出した。自分はリカルド・シルベイラ。『大地』の魔装機神操者。年齢――やっぱり二十歳。

 

 いつもの自己欺瞞も恙無く終了。強ばった首を傾ければ、ごきごきと鈍い音を立てる。

 

 はて、首の悲鳴がいつもより盛大なような。確か眠りについた時は、極上の枕があったと思ったのだが。

 

「……ありゃ。テュッティはどうした?」

「知るかよ。今残ってる操者は俺達だけだ。まだ寝ぼけてるのか?」

 

 憮然として腕を組むマサキ。妙にそわそわしているのは、やはりこの後に待ち控える最終戦を意識してのことだろうか。

 

「誰も残ってないのか?」

「手の空いてる操者はみんな警備に回るんだと。急にフェイル殿下から連絡があった――『らしい』」

 

 ぼそりと付け加えられる、微妙なニュアンス。聞き咎めて、リカルドはにやりと口元を歪める。

 

「……てめえも寝てたな?」

「寝てねぇっ! 単にちょっと……あれだ、屋上にいたら気づかないうちに時間が過ぎてただけで」

「昼寝してたって正直に言えよ……っと」

 

 苦笑とともに立ち上がる。肩をぐるぐる回して、凝り固まった筋肉を覚醒させる。

 

 頭に触れてみると、髪が妙な形に固まっている。寝癖がついてしまったか。

 

「先に行ってな。俺もすぐに行く。お前が迷ってる間にはつくだろ」

「てめっ……! ああ、わかったよ。てめえ、言うからには俺より遅れるんじゃねえぞ」

 

 がるるる、とまた噛み付きそうな顔で唸りを上げるマサキだが、ちっと舌打ちするときびすを返し、捨て台詞を吐いた。にやにや笑って手を振って見せれば、不愉快極まる風情でドアを押し開け、姿を消す。

 

 ――まったく、単純な事だ。何度からかってもなかなか飽きがこない。

 

「さて、と」

 

 ばりばりと頭を引っ掻――こうとして、寝癖の存在を思い出す。元々そう整えた髪という訳でもないし、癖が強いので少々弄ったところでどうこうというものでもないが、さすがにこのままで全国中継の晒し者になる訳にもいくまい。

 

 ポケットから櫛を取り出し、適当に髪を撫でつける。手鏡を眺め、リキッドを叩き込み、二度三度と櫛で梳き流して――ふと思いつき、髪をバックに撫でつけた。

 

 忘れているかと思ったが、手を動かせばあとは体が覚えているものだ。見る間に鳥の巣の如き有り様だった髪が、オールバックで整えられてゆく。

 

 ――この世界では知らぬ間に避けていた、かつて、地上において空を駆けていた時の形へと。

 

 あいつが相手なら、当然空中戦になる。ならば。

 

 ならば、俺も受け応えるまで、だ。

 

 

 

 

 同時刻 神聖ラングラン王国 バランタイン州 セブ神殿

 

 

 虹色の海を、まっすぐに落下する。

 

 水面のようにさざめき、陽炎のように揺らめく。

 

 万色の洪水を切り裂いて、墜落してゆく、墜落してゆく。

 

 永遠のような、しかし実際には瞬く間の失墜感が途切れると、ふわり、とテュッティの足は堅い地面を掴み留める。

 

 虹のヴェールが砕け散り、テュッティの視界は現実を取り戻した。

 

「テュッティ様。DSアウト確認。全機能確認、異常ありません」

 

 コンソールの奥から聞こえる、落ち着いたテノールの声。今は魔装機の一部になっているが、普段は狼のかたちを与えられた、テュッティの使い魔。

 

「ありがとう、フレキ。ゲリ、神殿に回線を開いて」

「承知いたしました、テュッティ様」

 

 使い魔の名を呼んで労い、テュッティは通信窓を開く。

 

「セブ神殿へ、こちら魔装機神『ガッデス』操者テュッティ・ノールバック。護衛任務着任致しました」

「――こちらセブ神殿守備隊長クダフ大尉。フロイライン・テュッティ。ご着任を歓迎いたします」

「ありがとう、クダフ大尉。早速現状を教えてください」

「了解しました。およそ三時間前、当神殿は南方三十キルゴーツの距離に異常アストラル体群を感知。偵察に出したプローブは破壊され、対象の敵対意志を確認しましたが、それ以降対象に動きはなく、睨み合いの状態が現在まで続いています」

「概算での敵戦力と、いまのこちらの戦力は?」

「敵戦力は、通常の『デモン・ゴーレム』であればおよそ十五体。しかし動体反応の動きから見て、数は多くて五体と見られます。こちらの戦力は、本隊が『ブローウェル』一機に『ルジャノール』二機。また神殿の防衛システム管理下の『一式機装兵』八機。それに先発で到着なさった『雷光のディンフォース』が前線を警戒中です」

 

 クダフの言葉と共に、神殿から現在の概況データが送られてくる。それを解釈し、表示するのは人工精霊と使い魔の役目だ。

 

 ざっと視線でデータをなぞり、早速通信窓を開く。

 

「ティアン? テュッティです。配置を合わせましょう。シグナルを同調して」

「テュッティか。魔装機神が来たなら心強いわい」

 

 パネルの一部に、ティアン・サナンプラサートの禿頭が現れた。

 

「まだ、連中動きがないの。見える範囲では『デモン・ゴーレム』の一種のようだが、エネルギー量に比べて数が少ない。油断はできんぞ」

 

 ティアンの言葉と同時に、モニターに現状の予想敵戦力が表示される。放射エネルギーとその移動量などから推察される敵の単体戦力は、確かに通常の『デモン・ゴーレム』のそれを大きく凌駕しているようだ。

 

 レーダーの配置を一瞥し、ティアンに声をかける。

 

「私が前衛に立ちます。撹乱したところを各個撃破。良いかしら?」

「女子を前に立てるのは、儂の主義に反するんじゃがな」

「あら、魔装機に性別は関係ないですよ。歳の差は関係ありますけど」

 

 軽口を叩き合いつつも、合流すべく機体を走らせる。大きく跳躍し、『ディンフォース』の側へと舞い降りる。

 

「それにしても……案の定ですね。このようなイベントで戦力を集中させれば、必ず動くだろうとは思っていましたけど」

「だからこそ、いつでも戦力を転送できるよう、中央神殿を開けておいたんじゃろうがな」

 

 神聖ラングラン王国は、その国内を瞬間転送ネットワークで繋いでいる。中央神殿はその全てに対して優先的に割り込みをかける事ができる最大拠点であり、通常は魔装機神隊ですら気安くは利用できない。

 

 それを、今回に限っては、中央神殿を完全に魔装機転送に専従させる体制が整っていた。

 

 今回の御前試合は、フェイルロード王子の肝煎りで、史上初めての魔装機同士の決戦で演じられる事になった。これに対し、魔装機神隊及び軍部の高官の多くは反対を唱えたが、フェイルロードの懸命の説得により、渋々ながら折れることになった。

 

 御前試合――その目的が、魔装機を一点に集中することによって、各地の防衛戦力の低下を見せかけ、潜在的に国内に抱えている反体制組織……例えば『ヴォルクルス信徒』や『ジラドス』残党などを激発させる事にあったためである。

 

 もちろん、実際に反体制勢力が動いたとして、現場に瞬時に戦力を送り込む体制が整っていなければ話にならない。そのために、フェイルロードは交通局に圧力をかけ、中央神殿を完全に軍の統制下に置いたのである。

 

 それ自体は、現在の状況を的確に予見していたと言える。しかし、フェイルロードの思惑を裏切る要素もあった。

 

「でも、この数は予想以上じゃな。全国7カ所の神殿を一斉に攻撃するとは、余ほど敵は戦力に余裕があると見える」

 

 大型の研究施設と転送施設を兼ねる、所謂『神殿』施設。中央神殿を除いて、ラングランには7つの代表的な神殿がある。ここセブ神殿や、イブン・ゼオラ=クラスールが神殿長を勤めるソラティス神殿などがそれだ。

 

 イブンの報告、及び各地神殿の解析から、『ヴォルクルス信徒』と推察される邪霊の軍団――それらが、7大神殿周辺に、時を揃えて一斉に出現したのである。

 

(戦力を分散されたのは、むしろこちらの方なのかも知れない)

 

 内心で呟くテュッティの視界の端で、EVの映像を受信する窓が、喝采の声を轟かせた。

 

 EVが、白銀の騎士を一杯に映し出している。

 

 決勝戦の風の雄、魔装機神『サイバスター』。

 

「決勝戦開始じゃな」

 

 ティアンの、わずかに苦笑の色を滲ませた声。自分たちはこうして前線で敵と睨み合っているというのに、あの二人は暢気に武術大会とは。釈然としない気持ちもわからなくもないが、テュッティは窘めの言葉を返す。

 

「あの二人が世間の目を惹きつけている間に、私達が襲撃者を迎撃する。そういう取り決めですからね」

 

 彼らは、まだこの試合の裏で動いているものを知らない。リアリティを演出するため、敗者とならない限り、この試合の真実を知らせないように取り決めたのもフェイルロードだ。

 

「勝ち残っていれば、貴方があそこに立っていたわけです。文句があるなら、まず負けた自分の腕前に――」

 

 テュッティの声を、警戒音が掻き消した。

 

 視線をレーダーへと切り替える。『ガッデス』の人工精霊とリンクした『使い魔』達が、警告音の原因となった移動体――先ほどまで微動だにしていなかった、邪霊の類が移動を開始している事を通知、その軌道をレーダー上に描いている。

 

「動いた!」

「先に行くぞ、テュッティ!」

 

 テュッティが声を上げるより早く、ティアンが自らの機体を疾駆させる。余ほどテュッティに前衛を任せたくないのか、その機動は驚くほど俊敏。

 

「ああもう、待ちなさい、ティアン!」

 

 まったく、魔装機乗りはアクが強くて困る。舌打ちをしたい気分を押し殺し、テュッティは『ディンフォース』の後を追った。

 

 

 この時、この時間。七大神殿全てに押し寄せていた邪霊の軍団が、全く同時に進撃を開始したその時間。

 

 それは、御前試合決勝戦の戦鐘が鳴り響いた、その時間。

 

 ななつとひとつ。それらの時間の一致が、偶然によって成り立つものではないのは明白であり、そこには確かにあるひとつの意志が、横糸として張り巡らされていたのだが。

 

 その時、その時間。テュッティ・ノールバックを始めとした全ての魔装機操者は、その瞬間に秘められた悲劇の引き金を、未だ知る由もなかった。

 

 

 

 暗黒。

 

 コンソールが放つ緑の燐光に照らされながら、しかし両目は暗黒を求めて閉ざされている。

 

 『一意専心』。地上で出会ったあの男はそう言っていたか。

 

 迷いなく、ただひとつのことのみに集中する。些事に囚われず、ただひとつ、目の前のひとつに心を研ぎ澄ます。研ぎ澄ました心と力と刃が揃えば、一の太刀に断ち切れぬものはない。

 

 ブシドーとやらには興味はないが、彼らの心のあり方には共感できることもある。

 

 心が乱れれば、翼が揺らぐ。揺らいだ翼は、ただ醜く、遅い。だから、空にある者は、それ以外の何ものも心に留めてはならない。

 

 その証拠に、かつて妻と子に心を奪われた自分は、あっさりと敵の網に捉えられ、矢襖に貫かれることになった。あの時のウイングマンは無事だろうか。やたらと音楽好きで、陽気な男だったが。

 

 ――考える端から、これだ。苦笑と一緒に雑多な思考を振り払う。

 

 今すべきことは、目の前に迫った敵……魔装機神『サイバスター』を打ち倒すこと。

 

 ポテンシャルにおいて、全魔装機中最強を誇るという、風の魔装機神。あれが、自分がこの御前試合において優勝し、最強の名を確固としたものにするために、倒さねばならない相手だ。

 

 ――何しろ、掛け金は結構なもんになってるしな。

 

 秘密裏に開催した賭けは、試合の注目度もあって、金額はちょっとしたものになっている。これに勝利すれば、賞金の額もあり、ちょっと裕福な小遣いを稼ぐことができるだろう。一方負ければ、損をすることはないものの、賞金額はやや寂しいものになる。どうせなら、勝たねばなるまい。

 

 ――いや、たったそれだけの理由で、自分はこうまで昂ぶるだろうか。もっと何か、何か別の衝動が、自分を突き動かしている気がする。

 

 髪に触れてみる。もう一年以上になるだろう、この世界に召喚される前の髪型。空を飛ぶときの、心構えを象徴するかたち。

 

 忘れたはずのかたち。それを取り戻してまで、どうして自分は『サイバスター』と……あのマサキ・アンドーという小僧に拘っているのだろうか。

 

「キー。エイオス大司祭の寝言終了。もうすぐ試合開始ッス」

 

 思考の網を、きんきんと響く猿の声が引き裂いた。

 

 サブモニターを開く。あの念仏放送局の大司祭が、名残惜しそうにマイクを手放している姿が見える。まったく、どこの世界にもお題目を唱えることに至上の価値を見いだしている輩はいるものだが、まさかこの世界でもお目にかかることになろうとは。

 

「では、決勝戦、大地の魔装機神『ザムジード』に対するは風の魔装機神『サイバスター』!」

 

 司会のブランソンの、どこか鬱憤を晴らすような気配を感じる声が轟く。

 

 闇が横一文字に切り裂かれて、目の前に作られた世界が広がる。

 

 抜けるような青空。どこまでも続く大地。さわやかに吹き抜ける風。

 

 

 そして、彼方に立つ、白銀の魔装機神。

 

 腕の中から、いつもの長剣『ディスカッター』を引き抜き、真横一文字に柔らかく構える。

 

 確か、あれはゼノサキス流の基本形だ。いつの間にか、一端の剣士のフリをするようになっていたらしい。

 

「さて――やるかね」

 

 首をごきりごきりと鳴らして、口元をにやりと歪める。

 

 拳が熱い。魂が震える。あの剣に、あの鎧に。拳を撃ち込んでみたくてたまらない。

 

 ああ――そうか。心のどこかが得心する。何故、自分の心が、こんなにも躍っているのか。

 

 自分は、『この自分』は。

 

 ただひたすらに、マサキ・アンドーと戦ってみたかったのだ!

 

「では――試合開始!!」

 

 風と大地が、解き放たれた。

 

 

■決勝戦■

■大地の『ザムジード』 対 風の『サイバスター』■

 

 

 加速は、『サイバスター』が圧倒的に速い。

 

 『ザムジード』がスロットルを全開にしても、『サイバスター』の半分の速度がやっとだ。

 

 だが、戦いは速ければいいというものではない。

 

 剣を振り上げて迫る『サイバスター』を前に、『ザムジード』の足を止める。

 

「出ろ、ファミリア! 『地壁隆起(バーティカル・ソリッド)』、詠唱(キャスト)!」

 

 命令呪を唱え、『ザムジード』の機能を呼び起こす。左腕の詠唱器が激震するのを大地に叩きつければ、目の前に隆起する大地の障壁。

 

 先んじて放っておいた『ハイ・ファミリア』を中継して、岩壁の向こうが画面に映し出される。進路を岩壁に塞がれた『サイバスター』は、振り上げた剣にありったけの《魔装》を込め、そのまま真一文字に振り抜く。

 

 それを待ちかまえて、今度は岩壁に詠唱器を押し当てる。爆発する《魔装》の激突に、目の前で岩壁が粉々に砕ける。そして、飛び散る岩塊の合間から覗く、『サイバスター』の凶暴な双眸。

 

 その瞬間が、狙いだった。

 

「『カタパルト』!」

 

 《魔装》で作られた岩壁。例え砕かれたとしても、『ザムジード』にとってそれを支配することは容易い。詠唱器を中心とした空間に作用して、岩塊に特定のベクトルを与える。

 

 即ち、『サイバスター』への熾烈なる投石機。

 

 目前で砕けたばかりの岩塊。その突然の挙動の変化に、『サイバスター』は対応し切れない。

 

「くぉわっ……! 嘗めるなよ、『アート・フラッシュ』!」

 

 一発二発を己が《魔装》で弾いたところで、『サイバスター』の全身が緑の輝きに包まれた。風の精霊力全方位放射『アート・フラッシュ』だ。風の『アート・フラッシュ』は暴風として現れ、『カタパルト』の岩塊をひとつ残らずでたらめに吹き散らす。

 

「どうだ! このほど度の小細工が俺に――!?」

 

 勝ち誇るマサキの声。しかし、瞬く間に快哉は絶句に塗り替えられる。

 

 弾け飛ぶ石礫を割り裂いて迸る、『ザムジード』の巨躯によって。

 

「残念! こいつが本命だ!」

 

 暴猪の如き突進。先端には牙の代わりに《魔装》を満たした右拳。チャンバーは凶暴な輝きを放ち、爆発的な破壊力を蓄えている。

 

「おぅら、喰ってみな!」

「やなこった!」

 

 反射的に剣の平をかざす『サイバスター』。『ザムジード』の拳の軌道を遮り、受け止める。拳と剣が纏う《魔装》同士が激突し、ぱぁん! という独特の破裂音と、黄金色の飛沫を散らす。

 

 その瞬間、トリガーを引く。

 

「『ぶっ潰せ(Impact)』!」

 命令呪と引き金によって、チェンバーに蓄えられたエネルギーが爆発する。

 

 厚さ数メートルの岩盤すら粉々に打ち砕く『ブースト・ナックル』。その絶大なエネルギーが、『ディスカッター』の《魔装》を打ちすえる。

 

 《魔装》の破裂。黄金の閃光。

 

「おっらぁあ!」

「ざけんなよォォォ!!」

 

 更に一押し。『ディスカッター』に触れたままの拳に、更なる力を注ぎ込む。そしてマサキもまた、気力を《魔装》に変換。剣に注ぎ込めば、力は拮抗して、緑と黄土のオーラが、交じり合い、打ち合い、金の飛沫を飛び散らす。

 

 びしり、と。不吉な音が響き渡った。

 

「チィッ!?」

 

 舌打ちする音。瞬間、《魔装》が炸裂し、黄金の輝きが両機の姿を飲み込んで隠す。

 

 とっさに飛び退けば、光はまさしく瞬く問に消え失せ、『ザムジード』と同様に大きく間合いを開いた『サイバスター』の姿が現れた。

 

 何事もなかったように、剣の構えを直す『サイバスター』。こちらも拳を差し上げ、腰を落としつつ、小声で使い魔に指示を下す。

 

「ヒア、さっきの音紋を解析」

「ウィ、高純度神鉱石(オリハルコニウム)精製物の破断音に酷似。高確率で『ディスカッター』の破損ッス」

 

 パッシブソナー担当の使い魔ヒアの報告に、「やっぱりな」と相槌を返して、リカルドは再度『サイバスター』を睨みつける。

 

 そうとわかって見れば、確かに『サイバスター』の剣の様子がおかしい。半ばあたり――先ほど『ザムジード』の拳を受け止めたあたりから、纏う《魔装》の流れが乱れている。

 

「剣の調子が悪いみたいじゃねえか?」

「心配ご無用、大きなお世話だこの野郎」

 

 からかうように声を送ってみれば、当然反ってくるのは反発の声。

 

「心配して、やってんのによ!」

「てめぇの心配してやがれ!」

 

 そして、再び激突する。

 

 

 

 剣と拳が、交錯する。

 

 正面からの激突。剣の方がリーチは長いが、リカルドの拳は速く、踏み込みも鋭い。

 

 故に、二つの力は拮抗する。

 

 マサキが太刀にフェイントを織り混ぜる。しかしリカルドには『ザムジード』の鎧がある。力を込めない虚撃など、《魔装》の壁が弾いて散らす。

 

 リカルドが、拳を繰り出す。勢いを乗せない拳は、瞬時にマサキが捉えて返す。未熟なれども天騎士に連なる技に、小細工は通用しない。

 

 故に、収斂する形は、一撃必殺の応酬。

 

「おらぁぁ!!」

 

 目を開けられぬほどの黄金色が戦場を染め上げる中。

 

 リカルドは十三回目の拳を繰り出した。

 

 凶悪に輝く拳が弧を描いて伸び上がり、最遠点に届いた所で点火される。

 

「ワンパターンなんだよ!」

 

 迎え撃つ『サイバスター』が、翠に燃え上がった。

 

 《魔装》の炎を剣に集め、重く、堅くいきり立つ砲弾を突き貫かんと迸る。

 

 弾ける黄金。飛び散る飛沫。

 

 『ザムジード』の拳が『サイバスター』の右の二の腕を掠め、魔導球を打ち砕く。

 

 そして、『サイバスター』の『ディスカッター』は、『ザムジード』の右の内肘を刺し貫き。

 

 砕けた。

 

「ちぃいいっ!」

「おっしゃぁ!」

 

 不覚の呻きと、意を得たる猛りが交差する下で。

 

 『ディスカッター』と魔導球の神鉱石(オリハルコニウム)片が飛び散り、きらきらと輝いて、落ちる。

 

 そこにできた隙を、『ザムジード』の拳が撃ち貫いた。

 

「がぁっ!?」

 

 『サイバスター』がくの字に折れ曲がる。

 

 黄金の爆発。《魔装》と《魔装》が拮抗する。そのまま鳩尾を貫こうと勢いを増す『ブーストナックル』だったが、

 

「おとなしく終わっちまえ!」

「ざけんなタコ! っらぁぁぁぁぁ!!」

 

 『ブーストナックル』の加速より、雄叫びを交える『サイバスター』の逆加速の方が、速かった。

 

 瞬く間に拳が離れ、両者の間に大きく距離が開かれる。

 

 『アートカノン』の石礫を間断なく繰り出しながら、『ザムジード』が追いすがれば。

 

 拳が届く瞬間、『サイバスター』の影が消えた。

 

「上か!」

 

 叫んで見上げれば、その言葉を証明するように、上空から降り注ぐ疾風の『アートカノン』。

 

 それを打ち払いながら、リカルドはにやりと笑う。

 

 ――いいだろう。

 

 ミラージュ乗りの空中機動、指導してやる。

 

 

 

「どぉっせーーーいっ!」

 

 気合いの声と共に、《魔装》を翼の形に展開する。

 

 翼といっても、鳥の翼ではない。流麗な二等辺三角形。デルタ翼と呼ばれる、人類史上最速の存在の翼。そして翼の先頭には小さなカナード翼を宿し、空の覇者の姿を模倣する。

 

 角度を操り、抵抗を最小限にしたところで、背部ブースターを全開。のっそりと、機体が空中に舞い上がる。

 

 上空から降り注ぐ緑の雨を、小刻みに機体を揺らしてかい潜る。要は機銃掃射に突っ込むのと同じ要領だ。射線を揺さぶればそうそう当たるものではないし、まぐれ当たりでどうなる『ザムジード』ではない。

 

 果たして、ほんの数発の擦過弾のみで、『ザムジード』は高度二千メートルまで舞い上がった。

 

 『サイバスター』は、更に千メートル近くの高みより、こちらを睥睨している。さすがに上昇性能はまさしく雲泥の差だ。まともに戦っては到底追いつけるものではない。

 

 しかし、こちらには圧倒的な空戦機動の経験値がある。

 

 更に高度を上げる。2200、2400……3000! 更に、更に高度を上げる。牽制に『カロリック・ミサイル』をばら撒きつつ。

 

 そして、高度3700で、『サイバスター』に追いついた。

 

 高度が合ったと見るや、『サイバスター』の脚が飛んでくる。そうだ、本来マサキは射撃を得意としていない。距離を詰めれば当然格闘戦を挑んでくる。

 

 だが、それはリカルドの予想の範囲。むしろ、張り巡らせた罠に飛び込んできたとすら言える。

 

 カナードを傾けた。右だけを、わずかに。それだけで、気流の流れが暴力的に軌道をねじ曲げる。

 

 機体がぐらりと揺らぐ。天地が逆転する。腹を上に向け、水平機動。

 

 その目の前を、『サイバスター』の脚が通り過ぎてゆく。目の前に飛び込む、無防備な胴体。

 

「なっ!」

「空力はキャンセルすりゃいいってもんじゃねえんだよ!」

 

 更にカナードを傾ける。両手を広げ、先端に『プラズマソード』の刃を輝かせる。カナードによる転回と、腕を振る遠心力の合力は、マサキの想像以上の速度で灼熱刃を振り回す。

 

 刃の先端が、『サイバスター』の無防備な胸板に触れた。じゃん、という破裂音を立て、《魔装》が弾けて散る。

 

「ちぃぃぃぃっ!!」

 

 呻きと咆哮が入り交じった声を上げて、『サイバスター』が動いた。

 

 空力を無視した、三次元機動。灼熱刃が素体に透る前に、機体を上昇させる。力任せの、無様な機動。だが、それでも『サイバスター』は瞬時に刃を遠ざける。

 

 ――畜生、やっぱり速ェ。

 

 まったく、風の魔装機神は伊達ではない。普通の相手なら、今の一撃で落ちている。無理な姿勢からでも、自在な空中機動。

 

 ――どうして、自分にそれが与えられなかったのか。

 

「おらぁっ! 食らいやがれ!」

 

 一瞬、意識が飛んでいた。マサキの凶暴な声に目を見開いてみれば、飛び込んでくるのは『サイバスター』の足の裏。上昇した『サイバスター』が、その高度を利用して跳び蹴りを仕掛けてきたのだと、脳が理解するのと腕が反応するのはほぼ同時。

 

 空中では、『バーティカル・ソリッド』は使えない。《魔装》の盾で防ぐしかない。

 

 あるいは、『サイバスター』より速く降下するか。

 

 フラップとカナードを限界まで傾ける。目指すは、真下。『サイバスター』の足が届くより先に、天地が再び逆転する。そして、ブースターに点火。わずかにフラップを傾斜させ、降下進路に傾斜を付加する。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちの音。再び目の前を、『サイバスター』が通り過ぎてゆく。挨拶代わりに『カロリック・ミサイル』をばら撒く。火花に紛れて更に加速しつつ、水平軌道を確保。大きく上昇し、インメルマンターンを描く。

 

 眼下に、こちらを見失って戸惑う『サイバスター』が見えた。両手を伸ばして、コマンドを入力。両手の先に何枚もの魔法陣のレールを描いて、『ハイパー・レール・ガン』が展開される。

 

 ポケットから飛び出した弾丸が、両の手のひらの中に据えられ、解き放たれる瞬間を心待ちにするかのように、凶暴な光を放つ。

 

 そして、弾丸を放つ、その瞬間。

 

 『ザムジード』の《精霊殻》で、アラームが絶叫を上げた。

 

 

 

(――!!?)

 

 それは、単なる偶然から生まれたものだった。

 

 恐らくは、『ハイパー・レール・ガン』のエネルギーを察知した『サイバスター』が、迎撃のために『アートカノン』を展開し、照準を固定すべくレーダー波を照射した……それだけの事だったのだろう。

 

 『ザムジード』のセンサーがそれを感知し、ロックオン警報を奏でた。それ自体に驚くべきことは何もない。

 

 だが、リカルドにとっては、それだけのことではなかった。

 

 度重なる空戦機動。懐かしい髪型。燃え尽きた筈の翼で、空を駆けめぐる。

 

 そんな中での、ロックオン。ただそれだけのことが、リカルドのトラウマを、呼び起こした。

 

(リック、先に行っています。リック、待っています。リック、早く来てちょうだい――)

 

 アラームの音に混じって、妻の声が聞こえる。息子の泣き声が聞こえる。アラームが『デンジャー・ゾーン』を奏でる。呼ぶ声が、泣く声が。

 

「な――!」

 

 『アートカノン』が過ぎてゆく。機体表面で弾ける。しかし動けない。思考の全てが合唱する『デンジャー・ゾーン』。

 

 声が詰まった。喉が嗄れる。呼吸ができない。翼が砕ける。《魔装》が消える。落ちてゆく、堕ちてゆく、墜ちてゆく――!。

 

「お、おい、どうした、リカルド! おい、リカルド!」

 

 異常を察知したのだろう。マサキが狼狽の声を送ってくる。しかし、それがマサキの声だと認識しつつ、しかしリカルドの意識が、それを別の誰かの声にすり替える。リカルド、ベイルアウトしろ。おい、リカルド! ああ、そうだ、思い出した。お前の名前はジャーダだったな。なあ、俺は死んだが、お前は無事だったのか――?

 

(ねえ、リック。あなたはどうして空を飛ぶの?)

 

 それは、俺が飛ぶために生まれてきたからだ。俺はきっと間違って人間に生まれたに違いない。いや、もしかしたら前世が鳥で、もっと早く飛ぶために人間になったのかも知れないな。

 

(なら、飛ぶのをやめたらあなたはどうなるの?)

 

 俺が飛ぶのをやめるのは、いい女と寝るときと、死んだときだけさ。いい女がいなければ、飛ばない俺は、死ぬだけさ。

 

(それなら、どうしてあなたは生きているの?)

 

 生きてなんて――いない。ここにあるのは、翼をなくした抜け殻だ。抜け殻が、一丁前に力を振るい、義理を果たすとか何とか口走っている。

 

(なら、今すぐ止まりなさい。私のところにおいでなさい)

 

 そう言われてもな……。例え抜け殻でも、俺の体はここにある。抜け殻は抜け殻なりに、抜け殻を愛してくれる、助けてくれる人のために、出来ることがあるというのなら。

 

 そうだ――たとえ翼をなくしたとしても――そこには人間がある。地べたを這いずり回って、泥に身を浸しても生き続ける、二本の腕と、二本の足を持った、知的生命体。

 

 俺には、もう翼はない。だが、大地を踏みしめる足がある。無様に生き存える俺には、無様なりの力がある。無様な俺を、愛してくれる女が、そして世界がある――!!

 

「この――馬鹿! 早く起きなさい。膝枕分は負けてないわよ!」

 

 ――テュッティ!

 

 

 地表に、爆煙が巻き起こる。

 

 大地が揺らぎ、波紋が走る。

 

 地表を打ち据え、渦を巻き、大気に溶けてゆく、土煙。

 

 その中から、それは現れる。

 

 力強く、大地を踏みしめる両足。

 

 鋼の意志を体現する、堅く堅く握りしめた拳。

 

 覇気を宿して碧く輝く双眸。

 

「うぉらぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!」

 

 無様に、猛々しく吼える。気迫に呼応するように、《魔装》が爆発する。

 

 腕は更に太く。拳は更に硬く。鎧は更に厚く。光は収斂し、『ザムジード』に更なる力を呼び起こす。

 

 ばりばりと、頭を引っ掻いた。気取って固めた髪を、いつものようにぼさぼさに掻き乱す。

 

「待たせたな――ちっと寝ぼけてたようだ」

 

 にやりと品のない笑みを浮かべる。意識して、下品に。首をごきごきと鳴らし、笑みと、視線を、己が敵に差し向ける。

 

 敵は高空にあった。

 

 空高く、遥かに高く。それは翼をはためかせ、高空を制していた。

 

 一方、自分には哀れにも、大地を這いずる獣。吠月の譬えを持ち出すまでもなく、高空のそれに、自分は、無力。

 

 ――否、そんなことはない。『我』は大地の覇者。大地に立つ限り、『我』に敗北はない。

 

 

 やれるのか?

 

 ――やれるとも。

 

 

 お前と

 

 ――汝が

 

 

 ひとつならば!!

 

 

「アァァァト・フラァァッシュ!!」

 

 『ザムジード』の……リカルドの咆哮が、轟き渡る。

 

 地表をびりびりと震わす、大地の精霊力。地表を砕き、石礫が舞い上がる。遥か、高みへと。高く、高く。

 

「チィッ!?」

 

 『サイバスター』が、身を翻す。圧倒的な運動性能で、石礫をかわし、弾き、打ち落とす。数こそは飽和するが如くなれど、その軌跡は単純。悲しいかな、『サイバスター』に一撃たりとも痛痒をもたらすには届かない。

 

 だが、『ザムジード』の狙いは、そんなものではない。

 

「ぶんぶかぶんぶか飛び回りやがって、てめぇは蝿の親戚かってーの!」

 

 罵倒の言葉。昂ぶる精神に応えて、詠唱器が不気味に震動する。

 

「『レゾナンス・クエイク』オーバーロード! 変奏、転化共鳴!!」

 

 詠唱器を、前に突き出す。盾の両端が天と地をそれぞれ指し示し、銀色の輝きが迸る。

 

 銀色が、『サイバスター』を通り過ぎ、天空の石礫へと吸い込まれる。

 

 石礫が銀色に溶けてゆく。銀色は銀色を呼び、連鎖する。一面の空を切り取る銀色の天幕。

 

 大地が消えてゆく。地表に落ちた銀色が、地表の砂礫を飲み込んでゆく。水面に朱を落としたように、銀色に染め上げられる。

 

 銀色と、銀色。天幕と絨毯が共鳴し、空間を軋ませる。空が緊張し、力が満ちあふれ――

 

「健康にいいぜ、ちょいと地面を歩いてみろや! 『グランド・フォール』!!」

 

 リカルドの命令呪が響き渡ると同時に。

 

 重力が、その力を爆発させた。

 

 天の銀幕と地の銀幕。天から地へと、見えざる力が降り注ぐ。

 

 触れたもの全てを、天から地へと引きずり下ろす、大地の力が降り注ぐ!

 

「う、ぉ、うぉわぁぁぁ!?」

 

 マサキが悲鳴を上げた。機体がバランスを崩し、翼が力を失う。

 

 大地の力に煽られて、風の司が失墜する。

 

 まっすぐに転落する『サイバスター』。天地逆さまなそれを追尾するように、天の銀幕が降下する。

 

「こ、な、くそーーーー!!」

 

 高度500。マサキの咆哮に応えるように、翼から、銀の光が迸る。

 

 自らを蹂躙する、無作法極まる大地の力。抗うように、清めるように、風の輝きが打ち払う。

 

 高度300で、銀の輝きが、体躯を覆い尽くした。

 

 200。翼が、足の推進器が、姿勢を整えるべく奮闘する。

 

 100。『サイバスター』の天地が、漸近面に水平となり。

 

 高度30で、天地を取り戻した。

 

 全力で、翼が《魔装》を吹き上げる。激突すべく蓄えられた速度を殺す。

 

 そして、高度が零となり。

 

 『サイバスター』の両足が、地の銀幕を踏み締める。

 

 ばぢっ! 放電するような破裂音。風と大地の《魔装》が弾け、黄金の奔流へと変じる。

 

 黄金の、爆発。渦を巻く《魔装》の飛沫の中で。

 

 『サイバスター』の両足が、しっかと大地を踏み締めていた。

 

 翼が、不吉な黒い煙を上げている。『グランド・フォール』の暴虐に耐えるべく、力を使い果たしたのだろう。

 

「どうだ――凌いだぜ!」

 

 多少の疲労を滲ませつつ。しかし誇らしげに、マサキの声が飛び込んだ。

 

「それでこそだ!」

 

 応えるリカルド。その声音に、自分でもしないうちに、快哉の色が混じる。

 

 そうだ、それでこそ。

 

 

 それでこそ――風の魔装機神!!

 

 

 

 

「邪魔だ!」

 

 マサキが、何かを振り捨てるような声を上げる。

 

 ばがん! と重たい衝突音が響き渡る。

 

 『サイバスター』の背部から、かの機体を象徴する白銀の翼が、離れて、落ちた。

 

 翼を捨てた天使に残されたのは、姿勢制御用の、小さな推進器が、ふたつ。

 

 思いきりの良いことだ。確かに、地上戦を挑むにあたり、空を飛べない翼など、無用の長物。捨てられるものなら、捨ててしまうのが正解だ。

 

 更に、肩当てが落ちた。殴り合いに、重装甲は不要。更に、《魔装》を調整してバランスを整える。

 

「やる気じゃねえか。だが、殴り合いで俺に勝てると思ってるのか?」

 

 からかうように言いつつも、こちらも腰を落として、マサキの闘志に応える。

 

 『ザムジード』は、元々格闘戦に長けた機体だ。ペイロードに余裕があるから、砲戦武器を抱えているに過ぎない。

 

 そして、リカルドもまた、格闘技にはそれなりの自信がある。

 

「ハッ、嘗めるなよ。こちとら州大会ベスト4だ。殴り合いならプロ顔負けだぜ」

「ガキの大会で勝ち上がったくらいで、マーシャルアーツに対抗できるってか!?」

「おうよ、ガキの大会嘗めるなよ!?」

 

 一頻りなじり合って、両者は大地を蹴る。

 

 加速力では、地上と言えども『サイバスター』が速い。必然的に、『ザムジード』は受け側に回る。

 

「――それに、こっちもまだ武器がなくなった訳じゃねえしな!」

 

 その言葉を訝しる暇もなく、マサキの拳が飛来した。

 

「うぉらぁ!」

 

 『サイバスター』が拳を繰り出す。『ザムジード』が打ち払い、腕を取り、投げ飛ばす。投げ飛ばされつつ空中で態勢を整え、そのままバーニヤを吹かして回し蹴り。とっさに詠唱器に《魔装》を満たして受け止める。

 

「こらてめぇ! ボクサーが脚使ってんじゃねぇ!」

「生憎、俺はカラテカでもあるんだよ! 覚えとけ!」

 

 悪態を吐き合いつつ、『ザムジード』は蹴りを受け止めた盾を押し返し、『プラズマソード』で斬りつける。剣の軌跡に、赤熱の光が巻き起こる。構わず、斬り捨てる。真一文字に切り裂かれた赤い光の向こうに、熱素反応弾をまき散らした『サイバスター』が、大きく距離を開いているのが見えた。

 

「言った端から及び腰か!?」

「黙って見てろ猿回し!」

 

 リカルドの揶揄に、いつものように噛みつき返して、『サイバスター』の指が複雑な印を描いた。左腕の指先に光が宿り、いぃん、いぃんと軋むような音を響かせる。

 

(空間切断か?)

 

 その音は、リカルドの記憶にあった。それは、『サイバスター』が空間を切り裂くとき――例えば空間層転移や、『ディスカッター』を召喚する時などに用いる術だ。

 

 空間を切断するということは、必ずしもその場所にある物体を破壊することにはならない。例え空間を切り裂いたとしても、その途中に存在するものの連続性は失われないのだ。

 

 切断面から通常空間の物質を破壊しようにも、通常の方法では、そもそもその物質を観測することができない。壁の覗き穴の奥から、壁の表面そのものは見えないのと同じだ。

 

 リカルドがそれを理解しているのに、実際の使い手であるマサキが理解していないとは考えにくい。すると、リカルドが想像もつかないような用途があるというのか。

 

 ――面白い! 沸き上がる闘気に、思わず両の拳を打ち付ける。じんじんと響く痛みが、更に意識を昂ぶらせる。

 

 と、その侠気に水を差すように、使い魔トーキーのかん高い声が耳を突き刺した。

 

「メジャー、右の関節部に異物あり。『ブースト・ナックル』使用に若干の支障あり」

「あ? んなもん《魔装》で吹っ飛ばせるだろうが。邪魔するな!」

 

 一喝して、無粋な使い魔を黙らせる。関節部に詰まった異物など、魔装機にとっては大した問題ではない。いつ詰まったのかもわからないし、今まで残っていたのも不思議なことだが。

 

 それよりも――今優先すべきは、目の前の白銀の機神だ!

 

「はっ、何をする気か知らないが――見せてみやがれ!」

「おうよ!」

 

 リカルドの声に応え、『サイバスター』が疾走する。

 

 左の指先に、不穏な輝きを宿したままで。

 

 見せてみろとは言ったが、相手の攻めが単調なものであれば、それを受けてやる義理はない。当然のように、腰を落とし、右の拳に破壊力を溜める。

 

 風の司は銀の輝きを掲げ、

 

 大地の司は、拳で迎え撃つ。

 

 『サイバスター』の掌……銀の輝きを宿した右掌が、ぐぐぐっと引き絞られ、

 

 迎え撃つ『ザムジード』の盾が、黄金色に輝く。

 

 ここに至れば間違いない、『サイバスター』は空間湾曲の力を、そのまま打撃力に転化させるつもりに相違ない。

 

 だが、空間湾曲は空間湾曲。あくまでそれは、空間をねじ曲げるものでしかない。空間を引き裂いても、そこにあるものの連続性が断たれないのであれば、武器として利用できるものではない。

 

「その程度かッ!?」

 

 失望混じりに音を放った瞬間。

 

 空間が、裂けた。

 

 銀色の輝きと、ぎぎぎぎぃという空間の断末魔を先触れに。

 

 銀の光に斜めに断ち割られた空間に、吸い込まれるように。

 

 『サイバスター』の姿が、消える。

 

(何故断面が見える!?)

 

 疑問を抱いたのは一瞬。

 

 解答が与えられたのも一瞬。

 

 空間の裂け目に消えた『サイバスター』が。

 

 銀色の裂け目から、溢れ出す。

 

 縮地――敵と自らの間の距離を無とする空想格闘技の極意。空想を具現化したかのように、ほんのわずかな空間を跳躍し、『サイバスター』が出現する。

 

 ぐぅんとその身を捩らせて。その手に、巨大な剣を伴って。

 

「んだぁっ!?」

 

 驚愕の声ごと、『ザムジード』を断ち割るように。

 

「言っただろうが、まだ武器がなくなった訳じゃ――」

 

 大きく振りかぶり、勢いを衰えさせないまま、全身を独楽のように振り回し。

 

「ねぇってな!!」

 

 撃ち込んだ。

 

「ちぃぃぃっ!!」

 

 とっさに盾で受け止める。

 

 十分な《魔装》を蓄積したにもかかわらず、盾が半ばまで断ち割られる。

 

「征けよ、『サイ・ブレード』!!」

 

 マサキの声が、その剣の名を知らせる。

 

「メジャー、あれは総神鉱石(オリハルコニウム)製の精霊剣です、キー!」

 

 使い魔が喚くが、耳を貸している余裕はない。

 

(ゼウレアーかっ!?)

 

 知らずのうちに、リカルド自らも知らないはずの、剣の銘を唱える。

 

 しかし、そんな自身の記憶を訝しる暇はなかった。

 

 《魔装》と《魔装》が激突し、黄金の飛沫を散らす。

 

 もはや初太刀の勢いは失われていたが、盾に食い込んだ刃には、未だに力が加えられている。

 

 『サイバスター』の渾身の力が、純神鉱石(オリハルコニウム)の刃を通じ、『ザムジード』の盾を断ち割るべく、七色の輝きで吼え猛る。

 

 盾に力を注がねば、遠慮会釈もなく、『ザムジード』の上半身を吹き飛ばすであろう。これを正面から受けて凌いでいるだけでも、『ザムジード』の驚異的な防御力を顕しているが。

 

(退けば、斬られる!)

 

 わずかにでも力を緩めれば、『サイ・ブレード』は容赦なく『ザムジード』を切り裂いて捨てる。

 

 しかし。逆に言えば。

 

(退かれれば、砕く!)

 

 『サイバスター』が剣を引けば、その隙に『ザムジード』の拳が突き刺さる。

 

 どちらも、退けない。退けば、そこで負けが決定する。

 

 故に、今この瞬間に、全ての力を注ぎ込む!

 

「おらあああ!!!」

「くたばれよォォォォォ!!」

 

 二重に重なる咆哮の下、黄金が、爆発する。

 

 拍動に合わせるように、爆裂する《魔装》と《魔装》。空間に波紋を描き、黄金を散らし、幾重にも、幾重にも、破壊と守護の力が鬩ぎ合う。

 

 何秒、何分、何時間? 時間の感覚が麻痺している。一呼吸、一拍すら気を抜けない、ギリギリの合戦。

 

 相手の心臓が、自分と同じ拍動を描いているのがわかる。爆裂する《魔装》の中に、マサキの拍動を感じる。まるで黄金のメトロノーム、いや、ペースメーカー? 永遠に続くかとも思える拮抗の果てに――

 

 

 マサキが、退いた。

 

 剣を退け、ゆらりと機体を後ろに下げる。

 

 そして、その瞬間、決着がついた。

 

 『ザムジード』の全ての《魔装》が、右の拳に注ぎ込まれる。

 

 『ブースト・ナックル』の薬室に、灼熱の《魔装》が流れ込む。

 

 黄金色に光って唸る、絶対の破壊、必殺の拳。

 

 まっすぐに伸び上がり、『サイバスター』の鳩尾を貫き、そして――

 

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 その瞬間、

 

 膨れあがった《魔装》が、

 

 砕いた。

 

 《魔装》が沸騰するように弾け、周囲の素体をめちゃめちゃに引き裂いて。

 

 腕が、千切れ飛んだ。

 

 ――右腕が。

 

 『ザムジード』の、右腕が、宙を舞う。

 

「んだとぉっ!?」

 

 リカルドの驚愕の声を覆い隠し、

 

 『サイバスター』の剣が、一閃する。

 

「ぜぇつえい!!」

 

 影すら見えない、超高速の刃。それは正しく、剛なる絶影。

 

 無防備になった『ザムジード』の腰に、突き刺さり、引き裂き、砕き、へし折り、

 

 ――両断。

 

 そして、リカルドの目に、最後に映ったものは。

 

 宙を舞い、落下する腕の中からこぼれ落ちる、小さな神鉱石のカケラ。

 

 爽やかに、大地の《魔装》の輝きを閃かせて、力を失ってゆく、鍛え上げられた魔石のカケラ。

 

 腕を突き刺し、へし折れた『ディスカッター』の欠片だった。

 

 

 

 ――あれは、神鉱石(オリハルコニウム)の欠片か。

 

 闇に転落してゆく意識の狭間。

 

 目の奥に、七色の輝きだけが焼き付き、そのまま闇に失墜してゆく。

 

 神鉱石(オリハルコニウム)は、プラーナの流れを受け、その周囲に《魔装》を展開する。関節部など、プラーナが流れ込む場所に填り込み、大量のプラーナを浴びれば、当然のように爆発的な《魔装》を放射する。

 

 『ディスカッター』の破片が、『ザムジード』の腕の中に残されていた。これは、多分に偶然に助けられての事と言わざるを得ない。狙ってやったとしても、勝率は精々三割。他人事ながら、随分と分の悪い賭けに出たものだ。

 

 ――ざまぁねぇな、そんなもん相手にボロ負けだ。

 

 リカルドの、自嘲混じりの溜息が、闇に吐き出され、拡散する。自嘲に色などあろう筈もなく、あったとしても、闇の色はあまりにも濃い。

 

 つまらない小細工だ。少し警戒すれば、十分に防ぎ得た結果だ。

 

 だが――たとえ防いだとして、自分は、マサキに勝ち得ただろうか。

 

 迷いのない、大剣の一閃。影すら残さぬ、真一文字の一刀。

 

 自分の拳とぶち当たって、果たして、砕かれたのはどちらか。

 

 ――まったく、ざまあねえな。

 

 もう一度、ぼやきを吐き出す。胸中の憂さを吐き出すように。

 

 しかし、言葉とは裏腹に。

 

 その口元は、満足げに笑みの形を閃かせて。

 

 そのまま、リカルドの意識は、暗黒の海に埋没した。

 

 

 

 

 

 

 

 もういいのかと、彼が云った。

 

 もういいさ、と俺が応えた。

 

 

 見るべきものは見た。感じるべきは感じた。心の闇は、炎の中に焼き尽くされた。

 

 だから、俺の出る幕はない。

 

 

 そんなことより。

 

 ああ、そんなことより。

 

 

 奴が居る。

 

 ああ、奴が居る。

 

 

 闇の衣で心を閉ざし。

 

 破壊の仮面で想いを偽る。

 

 奴が、奴が、奴がいる。

 

 

 遊んでいる暇はない。

 

 眠っている暇もない。

 

 

 出番だ。

 

 目覚めろ。

 

 

 戦士よ、立ち上がれ。

 

 今が、その時だ!!

 

 

 割れるような歓声が、夢現漂う正樹の意識に突き刺さった。

 

 茫漠とした夢が立ち去り、開いた両目に現実が舞い降りる。

 

「う、く……ぁ。つつぅ……」

 

 鈍痛が思考を寸断する。呻き声を絞り出して、聴覚から現実を認識する。

 

 どうやら、意識を失っていたらしい。随分長い間、眠っていたような気がするのだが。

 

 ――眠っていた?

 

 疑問が脳裏に浮かび上がる。否、自分は眠ってなどいなかった。意識に残っているのは、拳と、白い――鈍痛が思考を寸断する。

 

 鈍痛を、更に助長するように、群衆の声がわき上がる。先ほどよりも熱気を帯びた声の槍が、朦朧とした正樹の意識を断罪する。

 

「『サイバスター』!」

 

 あの一際大きな声は、ブランソンだろうか。マイクを握っているだけにたちが悪い。後で、職権乱用をからかってやらねばなるまい。

 

 そんなに呼ばなくても、すぐに目を覚ます。もう少し、前後不覚を楽しませては貰えないだろうか――?

 

「『サイバスター』!! 上を!」

 

 どうにも、切羽詰まった声。まったく、どうしたというのだ。また魔神官ルオゾールが現れたということでもあるまいに?

 

 やっと、身体と意識が一致してきた。指先が、ぴくりと動く。ゆっくりと目を見開き、『サイバスター』の面を天球に向けて――

 

「なっ……!?」

 

 視覚情報より先に、全身が総毛立った。

 

「遅いお目覚めですね、正樹」

 

 正樹を揶揄するように。

 

 ”それ”から声が投げられる。

 

 競技場の上空から、全てを睥睨するもの。

 

 魔装機――ではない。《魔装》を纏っていながら、異質な存在。

 

 闇色の、機械神。

 

 何故、ここにいるのか。

 

 何故、このタイミングで姿を現すのか。

 

 わからない。わからないが、”それ”がそこに存在する。それだけは間違いがない。

 

「てめぇ……っ!! 白川愁か!?」

 

 問いかける正樹を嘲笑うかのように。

 

 『グランゾン』は、静かに正樹を見下ろしていた。

 

 




第二十二話です。

私の芸風として、だいたいバトルの視点は負ける側を基準で描くことが多いですね。この戦いでもザムジード側に注目し、そちら側のドラマを主としています。

リカルドが既婚者であるという設定は、確かライブレードのクロビスがそうであったために引用した設定だったと思います。なぜ戦闘機乗りという設定がはっきりあるのに大地属性の魔装機神と相性がよいのか、という疑問が発端になり、こんな設定をねりねりしたのではなかったかな。

ただ、独自路線を行き過ぎたためにちょっと自信がなくなり、結構な時間寝かせていたのではなかったかな。当時何を考えていたのかはあまり自信がないのですが、グランディア3を遊んでいたことだけは確かなようです。

……どんなゲームだったっけ?
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