偽典・魔装機神   作:DOH

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第二十五話 自由であるゆえに(後編)

I

 

 

 水晶モニターに映し出される精緻な画像。

 

 その中で、二体の機械神がワルツを踊る。

 

 闇を喚び、理を引き裂くは、闇色の魔神『グランゾン』。その手の段平は、おおよそ鍔ぜり合いには不向きに長大。甲冑を映したように闇色に装う刃は、その縁に銀色の輝きを宿し、まるで瞬間移動でもしているかのような、縦横の機動で駆け巡る。

 

 そして、風に乗り、空を裂き、天を踊るは白銀の騎士『サイバスター』。細身ながら鋭利な、銀の輝きを纏う剣を掲げ、消えては現れ、現れては消える闇色の魔神に対し、剣を剣で受け流し、闇の鏃は身を翻す――”まるでその機動が予め解っているかのように”。

 

 それは、一見互角の戦いに見えた。お互い一撃必殺の威力を掲げつつ、それを繰り出すには至らない。一進一退の攻防が延々と繰り重ねられ、ただ時だけが変化を連ねる。まるで伝説の千日戦争を想起させるような、無限にして夢幻の交錯。

 

 しかし、実際にはそうではない。そうではないことを、プレシア・ゼノサキスは知っている。人の体力は無限ではない。プラーナは尚更である。いくら正樹が莫大なプラーナを保有していても、魔装機は装甲を維持するだけで生命力を食い荒らす魔性の機械。その稼働時間には自ずと限界がある。

 

 ゆえに、何かをしなければならなかった。正樹を助け、勝利に導くためのカード。自分の手にあるこれが、その役割を果たすかどうか。

 

「……お父さん」

 

 ぎゅっと、胸元のホロレターを握り締める。その冷たさの中に綴じられた、父の遺した最後の言葉。その言葉が、正樹を救うことができるのだろうか。この戦いに、だけではない。自らが抉った心の傷。迷い。矜持。怨嗟。そんな全てから、彼を自由に解き放つことが。

 

「プレシア、準備は出来たわ。……いい?」

 

 コンソールを激しく叩いていたセニア・グラニア=ビルセイアが、振り向いて問いかける。

 

 息せききって王宮に飛び込んだプレシアを出迎えたのは、御前試合の舞台であった超演算装置『デュカキス』の調整のため、王宮に居残っていた彼女だった。

 

 魔力テストにこそ不合格だったとはいえ曲がりなりにも王族であり、情報局や設計局、ありとあらゆるラングランの機関に顔が利く彼女を頼れたのは、僥倖としか言いようがない。「兄にこのホロレターを伝えたい」という無茶な願い。それを叶えるだけの実力と、それを叶えるだけの心優しさ(稚気とも言えるが)。それを兼ね備えた人間は、特にこの非常事態においては、セニア・グラニア=ビルセイアひとりしかいない。

 

「はい、お願いします」

 

 頷きを返し、セニアの差し出すマイクを手に取る。代わりにホロレターを手渡し、それが汎用プラグで通信コンソールに接続されるのを視線で追いかける。

 

「わかってると思うけど、戦闘中の操者が、通信にまともに応答出来るかどうかは保証出来ない。通信の内容次第では、マサキが動揺して、何か最悪の事態を引き起こす可能性すらあるのよ。大丈夫?」

「……はい、大丈夫です。マサキお兄ちゃんなら」

 

 セニアの不安とは対称的に、プレシアにはある種の確信があった。

 

 正樹は、必ず、この言葉を聞いてくれる。そして、もっとも正しい結末を導いてくれる。

 

 それは根拠などない。盲信かも知れない。だが、そこに込められた父の願いが、正樹に伝わったならば。祈りにも似た信頼。

 

 だって、父の言葉は、自分の心を解き放ったのだから。

 

「……お兄ちゃんなら、絶対、大丈夫」

「わかったわ。それじゃ――流すわよ!」

 

 プレシアの、決意にも似た言葉が、スイッチとなって。

 

 セニアの指がコンソールを駆け抜けて。

 

 軍用ブロードキャスト・チャネルに、ホロレターの音声が流し込まれる。

 

 それは、ラ・ギアスに存在する全ての国家、組織で暗黙のうちに定められた、共用情報チャネル。

 

 正樹も……そして、あの闇色の魔装機の白川愁でさえも、そこに流れるメッセージを受け取ることができる。

 

 もしも、それを受け取る意志さえあれば。

 

 

 

 

 

 それは、囁くように、《精霊殻》に忍び込んだ。

  

 親愛なる、家族と友人、そして弟子たちへ――

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ、二つの太刀の軌跡が揺らいだ。

 それは、両者が――両者ともが、その声の主が誰なのか。その声の意味するところが何なのかを、理解していたからにほかならない。

 

 これをあなた方が聞く時、恐らく私は既にこの世にはいないことでしょう。

 

 そう、ゼオルートの予測は正しかった。『グランゾン』に立ち向かった彼は、魔装機『ギオラスト』の《精霊殻》ごと、この宇宙から消滅した。

 

 それを犯したのは、他ならぬ『グランゾン』の白川愁。それを見届けたのは、『サイバスター』の安藤正樹。

 

 手を下した者と、見届ける事しか出来なかった、咎人がふたり。

 

 

 私はこれから、クリストフに挑みます。

 恐らくは私は敗れるでしょう。それがわかっていても、それでも立ち向かわねばならないのです。

 

 黒の刃が問いかける。なぜ戦うのか。何度も膝を折りながら。

 

 銀の刃が問いかける。なぜ戦うのか。幾度も相手を下しながら。

 

 なぜ、何度も同じ悲劇を繰り返すのか。

 

 なぜ、終わりにしないのか。

 

 銀も、黒も、終焉を導く定めであろうに!

 

 何故ならば、あのクリストフの纏う気は、余りにも邪悪だからです。

 人のものとも思えぬあれは、生きとし生けるもの全てを滅ぼしても、なお余りある程の憎悪。そんなものの存在を、私は認めることはできません。それは、私が戦士であり、父であり、師であるがゆえの事です。

 

 黒の鎧が吠える。それは貴方が存在するからです。貴方が存在する限り、私は何度でも討滅する。だから踊りなさい。死の舞踏を舞いなさい。それが貴方を呼び起こす。私の滅ぼすべき貴方を!

 

 銀の鎧が哮る。それはお前の罪のためだ。己の罪がゆえだ。数多に満ちる罪が、俺を急き立てる。追い立てる。留まれない、留まれるものか。俺の手に剣があって、剣の先に罪があるのならば!

 

 しかし、私が敗れたからと言って、復讐などを考えてはいけません。特にマサキ、貴方はもうとっくの昔に飛び出しているかも知れませんね。

 

 ――それの何が悪い! 喪ったものを取り戻そうとして。大切な人を奪われて、咎人からも同じものを奪い取る。それの何が悪いというのか!!

 

 ――それの何が悪い! 心と身体、全てを奪われ、書き換えられ、道化と化したこの身。数多ある未来全てに刻まれた反存在の宿命。それを否定して何が悪い。何を恥じることがあろうか!

 

 マサキ、プレシア、そして私の弟子達。どうか心を落ち着けてください。心を澄まし、自らの戦うべき相手を見定めてください。復讐とか、怨嗟とか、そういう感情で戦っては、恐らくは私の二の舞いとなる。私が敗れたのは、恐らく憎しみに囚われてしまったがゆえの事でしょうから。私の事などは、どうか忘れてしまいなさい。

 

 ――忘れられるものか。

 

 ――忘れられるものか!!

 

 皆、どうか、自由でおありなさい。使命も義務も関係ない。自由であれば、自由であるがゆえに、貴方がたは戦うべき相手を見定められるはずです。

 

 ――俺は。

 

 ――私は。

 

 

 どうか、我が家族、我が友、我が弟子たちの行く道に、どうか精霊の良き加護のあらんことを。

 

 そして、最後の祈りが、空に溶ける――。

 

 

 

 

 

「うぉおおおおっ!!」

「ちぃぃぃぃ!!」

 

 それでも、戦いは続く。

 

 祈りが舞い降りても、二つの機械神が、剣を退くことはない。

 

 祈りは、所詮は祈り。戦いを終わらせる力はない。そもそも、ゼオルートは一言たりとも戦いを否定していない。終わりなき戦いは幾重にもページを連ね、黄金の輝きが、来るべき破滅を万色に彩る。

 

 ……しかし、祈りは完全に無力というわけではない。

 

 祈りは確かに、ほんの少しずつ、現実を変容させてゆく。

 

 戦いは、終わらない。ただ、そのあり方が変化している。

 

 いつしか互いのプラーナは《昇位》に達し、焔めいて燃え上がり、混じり合い、反発し、結びつく。遠目には、銀と闇の光が喰らい合うように見えることだろう。

 

”お前は何故戦う。何故俺をつけ狙う!”

 

 剣が交差し、《魔装》が交差する。交錯する《魔装》が、思惟を繋ぐ。

 

”私は『ヴォルクルス』様の使徒として、その恐怖を世にあまねく振りまくために――”

”ご託は聞き飽きた! ボルスルクだかボクルクスだか知らねぇが、そんな奴の看板じゃねえ、てめぇの意思を聞かせやがれ!”

”私は――”

 

 一瞬、愁の切っ先が揺らぐ。それは意思の発露。精神の揺らぎ。

 

 しかし、それはまさしく一瞬。理を引き裂く闇の段平が、一層疾く駆け抜ける。

 

”貴方こそ――何故戦い続けるのです。そのまま朽ち果てればよいものを!”

 

 問い返す。相手の問いには答えぬままに。それは、答えられない事を吐露したも同然の事なのだが。

 

”朽ち果てていられるならな! だが、俺はてめぇだけは放っておけねえ!!”

 

 正樹は、それに気づかない。それとも気づいていないフリをしているのか。

 

”それは、ゼオルート師範の復讐ですか!?”

 

 気づかぬうちに、自らの言葉を咀嚼せぬままに迸った問い。

 

 その問いが、宙に投げかけられた、その瞬間。

 

「復讐――?」

 

 正樹の剣が、止まった。

 

 愁の剣もまた、制止する。

 

 互いの剣が。何かを畏怖するかのように、じりじりと距離を開いてゆく。

 

 思惟の繋がりが溶け落ち、意識が孤独を取り戻す。

 

 しかし、魂が分かたれたとしても、そこに刻まれた思惟の形は消えることはない。

 

 『復讐』。その二文字が、二人の意識を荒れ狂う。

 

 その意味を、その意思を。確かめるように、糾弾するように。

 

 

 正樹は、怒っていた。自らの脆弱さに。その意思の、その力の脆弱さに。

 

 現実を変容させるだけの力がありながら、悲しみに呑み込まれ、身動きひとつ取れなくなっていた自分に。ゼオルートを助けられる場所にありながら、何もできなかった自分に。

 

 正樹は、怒っていた。敵の強大さに。それだけの力を持ちながら、愚かな行為に身を染める敵に。

 

 あの敵は強大で、偉大だ。偉大であるというのに、その口が唱えるものは、自らの意思など欠片も感じられないお題目だけ。余りにも無惨だ。

 

 あの敵は、ゼオルートを奪った。それは悲しむべきことだ。だが、自分が戦うのは復讐か、悲しみがゆえなのか。否、そうではない。

 

 悲しみは確かにひとつの要素である。しかし、それが全てではあり得ない。

 

 自分は、あの敵を許せない。全てを否定するそれを。かように偉大でありながら、自分自身すら否定するそれを。

 

 許せない、倒さねばならない。その存在を、認めることができない。

 

 ゆえに、正樹は剣を執る。敵を否定する意思。剣とはその発露。燃え上がる怒りゆえに、その剣は悪を否定せねばならない。

 

 ゆえに、『サイバスター』は翼を煽ぐ。翼とは自由の形。自由であるがゆえに、自由ならざるものに怒る。ゆえに、自由を否定する衣を、その翼は剥ぎ取らねばならない。

 

 ふたつの怒りが、ひとつに重なる。元来ひとつであったものが、ふたつに分かたれ、そして再びひとつとなる。

 

「……あ」

 

 戸惑いは、その小さな呟きだけで拭われた。あとは、ただ、暴走するだけ。使い魔達が何か言っているような気がするが、もはや何も聞こえない。自分自身の精神が、何か別のものに変容してゆく。

 

「あ、ぁは、は、ははははははははっ!!」

 

 正樹の口元が、にやりと歪む。歪みの隙間から、哄笑が漏れる。合一の快楽。燃え上がる炎の高ぶり。ひとしきり声を上げ、ひょう、と吸い込む吐息は、鎌鼬のような鋭さ。

 

 力が、漲っていた。全身が灼熱する感覚。全ての意思が、たったひとつの目的に向けて収束した感覚。全能なる感覚。

 

 正樹の唇が、小さく言葉を紡ぐ。

 

 その現象を、彼は知っていた。ゆえに、それを示す単語を、世界に刻み込まずにいられなかった。

 

 それは雄叫び。真の覚醒を示す点火の咆哮。英雄伝説の再臨を叫ぶ凱歌。

 

 その現象の名は――

 

「――精・霊・憑・依!!」

 

 

 

 

 

「え、ええええええーー!! な、何ですかそれ――!」

 

 『グランゾン』の《精霊殻》で、使い魔のチカが悲鳴を上げた。

 

 画面中の『サイバスター』が燃え上がっていた。沸き上がる黄金の炎を鎧い、呑み込み、その駆体を増幅する。画面を埋め尽くすまでに肥大化するそれは、必ずしも錯覚ではない。『グランゾン』の感覚器は、確かに『サイバスター』の機体が、通常時の倍近くにまで肥大化していることを示している。

 

 魔装機の最大の特徴、《魔装》による外殻強壮。それはイメージによって形成されるものであり、操者の精神力次第で、自在にそのサイズ、その強度を変容させる。

 

 しかし、本来の素体を完全に無視した巨大化などあり得ない。それはつまり、操者が機体の全てを自らのものとし、イメージだけで全てを再現しているという事だ。そんなものは、愁の精神力をもってしても困難――否、不可能と言って良い。

 

 もしそれを実現できるとすれば、人間の精神を超越する必要がある。魔装機の制御を司る人工精霊を自らに取り込み、その機能を直接利用する。それができれば、確かに巨大化も可能だろう。

 

 しかし今度は、それだけの《魔装》を構築するプラーナの問題が生じる。人のプラーナは有限だ。《魔装》はプラーナを精霊が喰らう事で形成される。《魔装》だけで魔装機一機をそのまま形成するのに必要なプラーナは、通常ならば人間一人を枯死させて余りある。通常の魔装機では不可避である、プラーナを精霊に注ぎ込む際の変換と、それに伴う減衰。操者の枯死を避けるには、これをゼロに等しくする――それくらいしかあり得ない。

 

 そして、それら全ての条件を満たす現象。それを愁は、かつて予言していた。

 

「目覚めましたか。第二の《精霊憑依(ポゼッション)》――!」

 

 合一すれば、人工精霊もまた操者の一部となる。合一すれば、プラーナの変換効率はほぼ100%に近くなる。正しく真なる永久機関。それら全てを現実化するのが、精霊と人間の融合現象。かつて《精霊使い(エレメンタラー)》ランドールが果たしたという《精霊憑依(ポゼッション)》である。

 

「因果ですね。正樹。ランドールたる貴方が、『サイフィス』と融合するとは」

 

 呟く愁は、知らぬ間に口元が歪むのを感じていた。胸の奥で脈打つ痛みが、燃え上がるように熱い。”破壊せよ、破壊せよ、破壊せよ!!” 脈打つ痛みが、燃え上がる衝動が、目の前で目覚めた風の司を否定している。存在を否定せよと命じている。

 

 ああ――そうだ。自分は否定せねばならない。自らの自由を否定するものを。自らが自由であるがゆえに、自由を阻むものを否定せねばならない。

 

「ふふ、くくくくくく」

 

 思わず笑みが漏れる。破壊神さながらの、破滅の色を浮かべた笑み。破壊への歓喜。自由への渇望。否定する事への悦楽が、愁の肉体を突き動かす。

 

「ご、ご主人様! まずいですよ! 今の『サイバスター』の出力は、こちらを数倍凌駕してます!」

「……それがどうしたのです」

「どうしたって、だってあんなのとまともにやりあったら――」

「私が負けるとでも?」

 

 ぎらり、と愁が睨み付けると、それだけでチカは身を震わせて縮こまる。

 

「《精霊憑依(ポゼッション)》した『サイバスター』は、いずれは戦わねばならない相手です。ならば、それが今となっても何も困ることはない」

 

 それは欺瞞だ。チカでさえ、それが理解できる。愁は、明らかに思考を停止している。勝利のための戦術、破滅を退ける叡智。内に漲るそれらを封じ、ただありのままの、闘争欲に突き動かされた肉体ひとつで立ち向かおうとしている。

 

 何故だ。叡知こそが白河愁の根源。それが何故、論理を無視した戦いを挑むのか。そうでなければならない、何らかの理由があるのか。

 

 ――白河愁の意志をも凌駕する、戦いを強要する何かが、存在するというのか。

 

「あの魔装機は、放置していては『ヴォルクルス』様にとって深刻な障害となる。その存在を許すわけには――いかない――」

 

 まるで、自らに言い聞かせるように。戦う理由を唱えている。そもそも愁は、自らの思考を無駄に外界に漏らすことはしない。彼の行動には全て意味があり、確固たる意志の下に行われている。

 

 だとすれば、この欺瞞もまた、いや、欺瞞であるがこそ、愁にとって重要な意味を持つという事なのか。

 

「そう……”万が一”のために、”あれ”の準備もしてあるのですからね」

 

 ”万が一”、それは忌むべき結末。来らざるべき未来。

 

 だというのに――愁は、まるで”万が一”の到来を切望しているようで。切望しているように感じられて。

 

 使い魔にすら心を見せぬ主。チカは戸惑いを禁じ得ず、しかしそれを問いただす権利も、そんな事をしている余裕も持ち合わせていなかった。

 

 そして、戸惑いを引き裂くように、『サイバスター』の剣が振り下ろされる――!!

 

 

 

 

 

 ホログラフィックモニターの向こう。

 

 偵察衛星が捉えた映像が、遙か彼方の神々の戦場を、ウェンディの目の前に引き寄せている。

 

 土埃を舞い上げて駆けゆく魔装機の中で、ウェンディはひたすらにコンソールを叩く。

 

 そこは、魔装機『ブローウェル』の《精霊殻》の中。偵察に出ようとしていた矢先にウェンディに捕らえられ、タクシーまがいの用途に供されている。

 

 行く先は、ウェンディの促すまま、偵察衛星が示すままに。偵察衛星が伝える『サイバスター』と『グランゾン』が相打つ戦場へ。

 

「……凄いですね、『サイバスター』」

 

 思わず、前席の操者……要するにこの豪華絢爛なタクシーの運転手たるフェリオス・ザン・クラックスが呟いた。

 

 『五人の誉』隊隊長である彼は、ラングラン王国騎士団の魔装騎士だ。純粋なラ・ギアス人であるがゆえに、慢性的なプラーナの不足に悩まされている。

 

 そんな彼にとって、目の前の光景は、まさしく神話、あるいは悪夢の産物としか思えないだろう。自分もまた魔装機操者でありながら、自分には到底到達不能な領域。

 

「魔装機神は、あそこまでできるのか」

 

 その呟きは、羨望と、そして色濃い絶望を纏って吐き出される。しかしウェンディは、そんなフェリオスの……恐らくはラ・ギアス人魔装機操者全てが抱えるであろうものと同じ劣等感に、表情に同情の色を滲ませつつも、何も応えることはできない。ラ・ギアス人ではその力を発揮できない戦闘機械……それを作り出したのは、紛れもなくウェンディその人なのだから。

 

「……急いでください、騎士クラックス」

 

 だからと言うわけではないが、ウェンディはフェリオスの呟きを黙殺して、ただ急かすのみの言葉を返した。

 

 急がねばならないのも事実なのだ。《精霊憑依(ポゼッション)》は膨大なプラーナを要求する。ただでさえ消耗していた正樹のことだ。あまり長引いては、彼のプラーナが枯渇してしまうことすら考えられる。

 

 画面の中で、『サイバスター』が燃え上がっている。プラーナを燃やして、吼え猛っている。怒り狂っている。

 

 恐らく、正樹が負けることはあるまい。《精霊憑依(ポゼッション)》を果たした魔装機神を、留める術などありはしない。精霊を統べる調和神ラスフィトートの化身ほぼそのものとなった魔装機神。それに対抗できる可能性があるものは……それは。

 

「……急いでください」

 

 今一度、呟かずにはいられなかった。そうだ。あの戦場には、”それ”がいる。未だ目覚めていないものの、同じく神威のアヴァターが存在する。

 

 自分がその場にいたところで、何ができるのか。何ができるわけでもない。いや、戦いには役に立たずとも、自分の役割はわかっている。成すべき事は明らかだ。だから、自分はこうしてあの場に向かっている。

 

 だが、どうして自分はあの場にいないのか。どうして彼の飛翔に間に合わなかったのか。

 

「了解しました。……あの馬鹿野郎は、毎度毎度一人で突っ込みやがって」

 

 耳を叩くそのフェリオスの呟きは、前半は不承不承、そして後半は、明らかな苛立ちを交えて紡がれていた。

 

 

 

 

 

 世界が、軋んだ。

 

 激突するは、銀と青。

 

 陰火は燃え上がり、刃は閃き、幾度も打ち合う。

 

 《魔装》に鎧われ、今や闇の刃とほぼ同じ長さに至った『ディスカッター』が、幾度も、幾度も、幾度も打ち込まれる。

 

 打ち込まれる度に、《魔装》が交わる。それは思惟の交錯。言葉を介さずとも、闘志が意思を紡ぐ。猛り狂う意志が、打ち合う度に、誰何し、否定し、肯定し、看破する。

 

 《魔装》の鎧が黄金に輝き、脆弱な素体が神鉱鋼の欠片を撒き散らす。銀の刃が、闇の刃を削る。穿つ。そして――砕く! ひときわ力強く打ち込まれた刃。その破壊力が、闇の刃を震わせる。大きくたわみ、亀裂が走り――砕け散る!

 

”終わらせる!”

”終わりません!”

 

 思惟が交錯する。『サイバスター』の《魔装》と、『グランゾン』の《魔装》が混ざり合う。『グランワームソード』の破片が飛び散り、雨のように散る闇色を割り裂き、『ディスカッター』が迫る。まるで糸のように細く、鋭利に研ぎ澄まされた《魔装》の刃が、まっすぐに『グランゾン』を目指す。

 

 しかし、その瞬間。『サイバスター』が弾かれる。真上に、大きく跳躍する。

 

 そして、一瞬遅れて、『グランゾン』の胸部から空間破砕弾が飛び散る。普段ならば空間の虫食い穴を介して全方位攻撃を仕掛けるこの武器を、今回は直接、弾幕めいた拡散弾として行使する。

 

 隙間無く撒き散らされる制圧射撃。至近距離で回避できるものではない。『サイバスター』は跳躍したまま、大きく距離を開く。拡散弾の粗密は至近距離では密だが、距離に比例して疎となる。距離を開けた『サイバスター』が浴びる弾丸は、至近距離のそれに対してあまりにも疎らだ。

 

 それでも、『サイバスター』に降り注ぐ弾丸は、一発や二発ではない。そして、空間破砕弾は、《魔装》の防御も関係なく、摂理ごと全てを引き裂く。それを打ち払うことができるのは、同じく空間を引き裂く『ディスカッター』の刃のみ。そして、全ての弾丸を打ち払う事など、人間の反応速度では不可能。

 

 そう、愁は判断していたのだが。

 

 銀が閃く。弧月を描き、歪みを引き裂く。

 

 ひとつを断つ間に二つを裂く。銀閃の瞬きは人の眼の限界を超えて駆ける。閃いた銀が眼に焼き付いたときには、次の闇が断ち切られている。それは見る者に、さながらそこに無数の『サイバスター』が存在しているかのような錯覚を与える。

 

 なるほど、それは《魔装》の残映だ。本来負のエネルギーを持つ微粒子の塊である《魔装》は、その表層のみを切り離し、残滓を残像のように見せかける事ができる。その気になれば、《魔装》を纏う『グランゾン』でも容易に可能なことだ。

 

 だが、それは何だ。闇を切り裂いた、幾十もの銀光。幾十もの分身。無数の眼光が、愁を貫く。それは本当に幻影なのか。否、そんなはずはない。

 

”気圧されましたか!?”

 

 自らを叱咤し、愁は飛翔する。『グランゾン』が超加速で舞い上がり、センサーが示す本物の『サイバスター』の頭上に出現する。

 

 その目前には、幻影たる魔装機神の姿。しかしその輪郭は揺らぎ、それが幻影であることを物語る。

 

 ゆえに、それを意識する必要はない。我が砕くは真実のひとつのみ。高速機動の影響であろうか、動きを止めた『サイバスター』の本体へと、照準が固定される。

 

 『グランゾン』の胸が開く。血の色の宝石が露出し、禍々しき闇を映す。燃え上がるように、沸き上がるように、渦を巻いてわだかまる真の闇。

 

 それは正しく、かつてゼオルートの命を奪った『ブラック・ホール・クラスター』。

 

”これで滅びるか、ラスフィトートの操り人形!”

 

 渾身の殺意が、『グランゾン』の胸に凝集され、そして。

 

”――――――!!”

 

 解き放たれる寸前。愁は弾かれたように機体を後退させた。

 

 

 『グランゾン』の胸を、刃が抉る。

 

 魔石のひとつを、『ディスカッター』が砕く。それは一番左のひとつを砕き、ふたつ目を抉り、中央のひとつには届かない。

 

 一瞬の差だった。もう零コンマ数秒気づくのが遅ければ、胴体を薙ぎ払われていたところだ。

 

 制御を喪ったブラックホールのエネルギーが暴走する。それは『ディスカッター』と、その使い手を呑み込み、虚無の底へと叩き込む。

 

 一瞬。一瞬だけ見えたそれは、紛れもなく銀翼の『サイバスター』。しかしそれそのものではありえない。決してあり得ない。

 

 何故ならば、『ディスカッター』を掲げる『サイバスター』は、今『グランゾン』の目の前にある。

 

 否、それすら本物ではない。輪郭が危ういそれは、先程大量に発生した、『サイバスター』の残像。それに相違ない。

 

 では何故動くのか。何故剣を振るうのか。幻影を幻影たらざるものに変える力。その絡繰は何なのか。

 

 疑念は、即座に理解に転じた。銀の剣を振り下ろす、陽炎めいたその虚像。腕に満たした《魔装》で弾けば、内部に現る小さな銀翼。それは、『サイバスター』の『ハイ・ファミリア』。

 

 『ハイ・ファミリア』とは使い魔を宿した半自律攻撃ポッド。そこに宿る使い魔とは、操者の意識の欠片そのもの。ゆえに、本体から大きく距離を離した状態でも、《魔装》を形成し、制御できる。

 

 今目の前にある幻影は、『サイバスター』の《魔装》から剥離した抜け殻だ。それを正樹は、『ハイ・ファミリア』を通じ、瞬間的に《魔装》を凝集して実体化させている。以前、大地の魔装機神『ザムジード』が使った手の応用だ。ゆえに、『ハイ・ファミリア』を宿した幻影は、使い魔を通じた遠隔制御によって、さながら本物の『サイバスター』のように振る舞うことができる――理屈の上では。

 

 勿論、人間業ではない。本体の《魔装》を維持しつつ、分身の《魔装》を精緻にコントロールする。それには最低でも本来の倍か、それ以上の《魔装》制御能力を要する。

 

 だが――。

 

「――いや、そう、そうですか」

 

 人間業ではない。酷く浅薄な言葉を口にした自分を恥じる。そうだ。人間業ではない。それも当然だ。自分の前にあるかの存在は、そもそも最初から、人間などではありえない。

 

 確かに、安藤正樹は人間だ。それ以外の何者でもない。

 

 しかし、白河愁は知っている。”そこ”に一体何が割り込んでいるのか。

 

 幻像が迫る。腕を振り上げ。真っ直ぐに突き出された拳は、まるでさながら腕だけが射出されたかのように伸び上がり、『グランゾン』に襲いかかる。一瞬幻像の輪郭が、『サイバスター』ではない何か――黒い鋼鉄の魔神の姿を描いて、消える。

 

 更に幻像が迫る。右腕を突き出し、長距離から『アートカノン』を放つ。一瞬重なるトリコロールカラーの騎士めいたシルエットの背後から、今ひとつの幻影が剣を投じた。ぶんぶんと唸りを上げる剣に一瞬黒光りする手斧が重なり、それを投じた主は、赤鬼めいたシルエットを描いて砕け散る。

 

 雷を放つ魔神がいた。正拳を撃ち込む機神がいた。猛烈に回転し突撃するものに続く武者は、振り下ろし切り上げた剣がVの字を描く。それを凌げば、今度は無数のトリコロールの騎士が飛び交い、光を放つ。

 

 翼もつ神が歌い、蒼い鬼が吠え猛る。それは、英雄譚の欠片。神々の戦場。あまねく世界の決戦者たるものが、安藤正樹という殻を媒介として一堂に会する。

 

 既に、『ファミリア』すら必要としていない。それは『介入者』。現実の隙間に紛れ込み、現実を改編する存在。

 

 そう、”それ”はそういうものなのだ。あまねく神話を取り込み、自らの一部として、最強の幻想を自らに纏う存在。

 

 千億の仮面を被り、千億の世界で調和を導く。滅びと再生のサイクルを破壊し、究極的には宇宙を真なる滅びに導く無貌なるもの――!

 

 虹色の蝶を振り払い、ひとつ目の巨神と、それに続く赤いほむらを纏うふたつの影を『ブラックホール・クラスター』で迎撃したところで、愁は気づいた。

 

 ――これだけの幻像を繰り出していながら、どうして本体が手をこまねいているのか。

 

 見上げれば、『サイバスター』はそこにいた。

 

 剣を真っ直ぐに構え、その周囲に《魔装》の魔術文字を投影する、その姿。

 

 魔術文字はペンタグラムを描き、剣は紅蓮の炎に包まれる。

 

 炎は《魔装》を食らい、更に、更に、更に激しく燃え上がる。沸き上がる紅蓮の穂先は、さながら大きく広げた翼のよう。

 

 否、それは翼なのだ。その燃え上がる《魔装》の固まりは、まさしく調和の侍従たる『ディシュナス』のかたち。自らの霊的な根源を以て、アカシックレコードそのものから万物を葬り去る、究極の破壊。

 

 動けない。『グランゾン』は動けない。一瞬で、手札の多くを使い果たした。時間にすれば零コンマ数秒の戦争。一撃一撃が必殺の破壊力を宿した幻像を振り払うために、こちらも必殺の一撃で相対した。

 

 恐らく、正樹は自分が何をしているのか、否、自分の背後の”何か”が、いったいどのような干渉をしたのか、理解はできていまい。

 

 理解していないから、理解する必要もないから。

 

 高らかに、雄々しく、猛烈に。正樹は叫んだ。

 

「アァカシック・バスタァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

 燃え上がる、炎の鳥。

 

 翼を広げ、羽ばたかせて、空を裂いて、飛び立つ。

 

 ぎいぎいと軋む。ばりばりと割れる。それは理を砕く翼。

 

 迫る破滅に、愁は念を結集する。

 

 チカが悲鳴じみた叫びを上げるのを黙殺して、あらゆる防護壁を正面に結集する。

 

 激突した火の鳥が、紅蓮の咆哮を上げる。

 

 全ての計器が、レッドゾーンをがなり立てる。

 

 それでも、火の鳥と『グランゾン』は拮抗する。

 

 嘴も、爪も、翼も、『グランゾン』には届かない。

 

 しかし。

 

「うぉぉぁらぁぁぁぁああああああ!!」

 

 吠え猛る正樹。飛び立つ『サイバスター』。

 

 火の鳥と同じく、神鳥『ディシュナス』を模した姿へと変じ、天を舞う。

 

 それは、まっすぐに舞い降りる。舞い降りて炎の鳥へと追いすがる。

 

 ふたつの『ディシュナス』が、ひとつに重なり。

 

 白い炎が、燃え上がった。

 

 煌々と輝く、潔き翼。

 

 鋭利に煌めく、白銀の嘴。

 

 その嘴が、『グランゾン』の歪曲フィールドに触れる。

 

 貫ききれない防壁に、破壊力のベクトルが揺らぐ。

 

 軌道を歪める力と、軌道を補正する力。いつでも、それは、受け流す力が強い。

 

 同じ全力であれば、歪める力の方が、穿つ力よりも逞しい。

 

 必殺の火の鳥が、虚空に逸れようとしたその瞬間。

 

 

 『グランゾン』の、ほんの小さな傷が。

 

 《魔装》を貫き、素体をほんの少しだけ穿った小さな傷が。

 

 ぽん、と軽い火を噴いた。

 

 ――それは、ゼオルートの、たったひとつ刻んだ、小さな傷痕。

 

 それが、歪曲フィールド発生装置に繋がる、もっとも重要な冷却パイプラインを傷つけていた。

 

 

 そして。

 

 全ての護りが砕かれた、その瞬間に。

 

 人に変じた『サイバスター』が高く掲げた剣が。

 

 まっすぐに――振り下ろされる。

 

 

 ――倒される。

 

 ――これでいい。

 

 ――否。

 

 ――これで、終われる。

 

 ――まだ終わるものか。

 

 ――使命を果たせ。

 

 ――契約を履行せよ。

 

 滅ぼせ。

 

 破壊せよ。

 

 

 溢れる漆黒の衝動を。

 

 銀の閃光が、真っ向一文字に切り裂いて。

 

 そして。

 

 

 ”――捕まえた”

 

 

 そして、破壊神が溢れた。

 

 

 

 

 

 正樹が正気を取り戻したのは、『ディスカッター』を振り下ろした零コンマ数秒後のこと。

 

 そして、その肉体と、それに繋がる『サイバスター』が、さながら『ザムジード』の『レゾナンスクエイク』か、もしくはそれすらも凌駕するかと思わせる激震に揺さぶられたのが、その更に零コンマ数秒後のこと。

 

「――っ!!」

 

 声を出せない。歯を食いしばらねば、舌を噛み千切ってしまう。幾度も身体が跳ね上がり、ハーネスがぎりりと緊張し、そうかと思えばシートに叩きつけられる。

 

 身体が舞い上がる。宙をくるくると踊る。何度意識を取り戻し、何度意識を失ったのか。もうもうと舞い上がる土煙の帳。一寸先も見えない。ようやく取り戻したばかりの現実感が、また掌からこぼれ落ちてゆく。

 

 そして、突然の衝撃は、これも突然に途切れた。

 

 操り糸を切られた人形のように、地面に叩きつけられる。土煙が舞い上がるふたつの渦が衝突し、攪拌され、カオティックな光景が網膜を移ろう。

 

 そして、その奥に。

 

 ”何か”がいた。

 

 土埃の空隙から、蒼い装殻がちらりと覗く。その背に輝く、黄金色のヘイロー。ヒンドゥーの神像を思わせる、どことなくアルカイックなシルエット。

 

 背筋がびりびりと震える。いや、背筋だけではない。指先が。両足が。神像が放つオーラに震えている。それは怯懦? それとも昂揚? 自分自身でも判別のつかない感情が、目眩にも似た衝撃となって正樹を打ちのめす。

 

”これは、ヤバい”

 

 本能が、そう語る。

 

”これは、倒さねばならない”

 

 精神が、そう語る。

 

”だが、これには勝てない”

 

 本能と精神が、口を揃える。

 

 ――土煙が薄れ、そのシルエットが明らかになる。

 

 黄色く輝く双眸。それが、まるで嘲弄するかのように細められた。

 

 物理的な衝撃と、精神的な衝撃。両者に一斉に打ちのめされ、動くこと適わぬ『サイバスター』に、すぅ、と”それ”の左手が差し上げられる。

 

 そして、その直後。

 

 ”それ”の蒼い装殻から、”何か”が溢れた。

 

 それは、未分化の霊。形を持たず、ただそこにあるだけの、肉体を持たない感情の塊。

 

 その感情の色は。

 

 嫉妬憤怒羨望侮蔑絶望差悪瞋恚害意慷慨忿恚 

 

 そして、それら全てを内包する、ただひたすらに膨大な、殺意。

 

 余りにも濃厚な邪念が、物理と想念の境界すらも突破して、破滅の波となる。

 

 触れただけで全てが崩壊するような、否定の波。それが、『サイバスター』ごとラ・ギアスの大地を洗い流す。

 

 木々が、動物が。不幸にも二神の戦場に居合わせた全ての存在が、破滅の波に触れる端から砕かれてゆく。

 

 そして、その波が、『サイバスター』に触れた。

 

 波に巻き込まれまいと、全力で舞い上がる『サイバスター』の右足を、破滅の波が呑み込んだ。

 

「う、ぐぁああああああああっ!!!?」

 

 脳天を灼く激痛。痛みだけではない。《魔装》の流れ、プラーナの流れを通じて、無限の悪意が脳幹を刺し貫く。

 

 ばっくりと、『サイバスター』の右足と、それに隣接する素体のいくつかが、食い千切られる。

 

 片足を失い、安定を崩した『サイバスター』が宙を踊る。その背後で駆け抜けた破滅の波が宙に溶け消えた時。

 

「――がっ!!」

 

 赤茶けた地肌に、『サイバスター』が、背中から強かに叩き付けられた。

 

 砂礫が飛び散り、土煙が舞い上がる。霞む視界は、もうもうと沸き上がる煙ゆえ……だけではない。

 

”やべぇ、意識が――”

 

 それが、正樹の限界だった。三日間の絶食と不眠。それに続く戦闘と精霊憑依。そして、全身を貫いた衝撃。片足を喪失した消耗。それら全てが楔となり、意識を支える気力の柱に打ち込まれる。

 

 亀裂が走る。がらがらと崩れる。目の前が遠くなってゆく。

 

”くそ、こんなことで――!”

 

 歯ぎしりしたくとも、その気力すら絞り出せない。意識が霧散し、『サイバスター』の《魔装》が、ぼろぼろと崩れ、黄金の光に溶けてゆく。

 

 そんな仇敵の有様を、静かに眺める蒼い機殻の神像。薄れ行く意識の中で、ただそれだけが。あの黄色い双眸だけが、はっきりと脳裏に焼き付いている。

 

”畜生、愁――!”

 

 くるりと蒼い機殻が背を向けるのと、ふっつりと正樹の意識が途切れるのは、ほぼ同時の事だった。

 

 

 

 

 

 その場にホワン・ヤンロンと『火のグランヴェール』が辿り着いたとき。

 

 まず最初に目に入ったのは、片方の肩を脱落させ、素体のあちこちを損壊させた『ブローウェル』の姿だった。

 

「これは……『レッドショルダー』か?」

 

 僅かに残った塗料でわかった。肩を深紅に染めた、『五人の誉』隊の隊長機。本来ならば、その両肩にはレールガンとミサイルランチャーが搭載されているはずだが、今はどちらも脱落している。

 

「フェリオス、苦労したようだな」

 

 今や『ブローウェル・ブロークンショルダー』とでも言うべき機体に『グランヴェール』を寄せると、ヤンロンは傷だらけの量産機の胸部装甲の上で、何かふて腐れたように腰を下ろすフェリオスへと声をかけた。

 

「……やあ、ヤンロンさん。そっちは何体いたんですか?」

「数は少なかったが、『紅蓮』のサフィーネがいたのでな。流石に迎撃に手間取った。リカルドとテュッティの方にも、ルオゾールの『ナグツァート』が来ていたそうだ」

「まさしく適材適所ッスねえ……」

 

 天を仰ぎ、自嘲気味に呟くフェリオス。戦力を的確に測った、有効な配置としか言い様がない。

 

「それで、フェリオス。マサキはどうなっている?」

「あいつなら、向こうで学士ウェンディに介抱されてますよ」

「そうか」

 

 フェリオスがむくれ顔で指さす先には、巨大な赤茶けたクレーターが穿たれていた。

 

 ヤンロンは会釈を返してクレーターへと機体を向ける。背後から「まったくあいつばっかり役得でさ……」などというぼやきが耳朶を叩くが、ここは敢えて黙殺するのが礼儀というものだ。

 

 摺鉢状の陥穽は、側に立って見ると、想像以上に巨大なものだった。

 

「これは……『グランゾン』の仕業か?」

 

 呟きを漏らしつつ、ヤンロンは腰を落とし、慎重に機体を斜面に滑らせる。

 

 赤茶けた土砂の斜面は、その大地をつなぎ止めようとする力の全てを喪失したかのように、さらさらと崩れ落ちてゆく。油断すると、足を取られてそのまま転倒してしまいそうだ。

 

「ランシャオ」

「はい」

 

 名を呼ぶだけで、使い魔が操者の意図をくみ取った。瞬時に、目の前の荒涼とした有り様の隣に情報窓が開かれ、数時間前の衛星写真が映し出される。

 

「……一瞬で、生命の気配全てが消えたか」

 

 精霊レーダーを駆動させても、普遍的に存在するはずの、精霊のさざめきが聞こえない。これがいかなる現象なのかはわからないが、少なくとも『精霊すら滅ぼす絶対の死』が、この空間を蹂躙したことは間違いあるまい。

 

「まるで、『降魔弾』だな」

 

 いつかの、バナン市で炸裂した悪魔の兵器。あの時は魔装機神隊の尽力によって、被害は最小限度に抑えられた。しかし、爆心地とその力が溢れた傷痕は、今でも草一本生えない死の領域と化していると言う。

 

 このクレーターは、その光景によく似ている。絶対の死の爪痕。

 

 その中腹に、ヤンロンは『サイバスター』の姿を見つけた。

 

 目からは光を失い、仰向けに斜面に身を投げ出す白銀の騎士。半ばまでが崩れ落ちた砂礫に埋もれ、今もなお土砂がさらさらと流れ、降り積もっている。

 

「ウェンディさん、そこにいますか?」

 

 強制通信で、声を『サイバスター』に送り込む。二十秒ほどの沈黙が流れ、ヤンロンが他の手を講じ始めたところで、通信窓が開かれた。

 

「……ん、と。お疲れさまです、ヤンロン」

 

 映し出されたのは、妙に落ち着きのないウェンディの姿だった。どこか気になるところでもあるのか、しきりに自らの髪や衣服に意識を散らしている。

 

 しかし、ウェンディの挙動には委細構わず、ヤンロンは問いを発した。

 

「ウェンディさん、マサキの様子は?」

「え? ええ、応急処置は終わったわ。思ったより消耗も少なくて、今は操縦席で眠っているところ」

「そうですか。……気づいていると思いますが、機体が土砂に埋もれかけています。そのままだと脱出が難しくなりますが、手助けは必要ですか?」

「いいえ、大丈夫。動かすだけなら私でも何とかなるわ」

 

 ウェンディが言うなり、『サイバスター』の双眸に弱い光が宿り、いかにも億劫そうに機体が身を起こした。流石に正規の操者ではないがゆえにだろう、その動きはぎこちなく、いかにも申し訳程度に動いてやっているという風情が感じられる。

 

 ぱしゅ、ぱしゅと推進器が黄金色を帯びて、『サイバスター』の体躯が宙に浮き上がる。砂塵がざらざらと流れ落ちて、片足を失った痛ましい体躯が露になり、ヤンロンの眉が顰められた。

 

”――あの傷、一体いつ付けられた?”

 

 記録映像を呼び出す。紅蓮のサフィーネ操る『ウィーゾル』を相手にしている間、ランシャオに命じて記録させた映像。偵察衛星が映し出した、『サイバスター』と『グランゾン』の対決の記録だ。

 

 『サイバスター』が、何らかの機能相転移を引き起こす。『サイバスター』が肥大化して見えた直後、『サイバスター』が無数の分身を生じさせ、一瞬映像にノイズが走ったかと思うと、”それらを一斉に『グランゾン』に突進させて囮として”、驚くべき威力の火の鳥と化した。

 

 そして、その直後から、恐らくは『グランゾン』の爆発によるものと考えられるが、映像が膨大なノイズに埋め尽くされ、そこで記録は終了している。

 

 ――少なくとも、かの『アカシック・バスター』なる大技を放つ瞬間までは、『サイバスター』は概ね五体満足でいたはずだ。だというのに、今目の前の『サイバスター』は、何かに食いちぎられたかのように、片足を喪失している。

 

”何かがあったのか。僕達には知覚できない何かが?”

 

 そのようなヤンロンの疑念を知る由もなく、ウェンディの操る『サイバスター』が、宙を泳ぐとでも形容したい有り様で、摺鉢の外へと移動してゆく。それをぼんやりと見守りながら、ふとヤンロンは、ウェンディに忠告すべき事があるのに気が付いた。

 

「ウェンディさん。ひとつ忠告があるのですが――」

「はい?」

 

 わざわざ『サイバスター』の首を『グランヴェール』に向けて、ウェンディが問い返す。その様を見て、ヤンロンは一瞬指摘すべきか逡巡したが、咳払いをひとつして、予定通りの台詞を吐き出した。

 

「失礼ながら、口紅が乱れています。余人に見られる前に直した方が良い」

 

 ――直後、墜落した『サイバスター』を中心に、砂埃が渦を巻いて舞い上がった。

 

 ウェンディの悲鳴と轟音をミックスした背景音楽と共に。

 

 

 

 

 

 こうして、御前試合から始まった『ヴォルクルス信徒王都襲撃事件』は、一旦の幕を閉じた。

 

 この日の『グランゾン』の破壊を境に、『ヴォルクルス信徒』による破壊活動はぱったりとなりを潜め、神聖ラングラン王国は、一時の平和な時間を過ごすことになる。

 

 

 結局、安藤正樹はゼノサキス家に戻ることとなった。

 

 王都を『ヴォルクルス信徒』の手から守るべく散った、そして正樹の言によれば、『グランゾン』に決定的な一撃を加えるためのわずかな傷を作り、『サイバスター』に勝利をもたらした英雄ゼオルートは、ランドール・ザン=ゼノサキス(つまりは安藤正樹)を喪主として、盛大な国葬を以て葬られた。

 

 その葬儀の場で、妹プレシアは母ピアと数年ぶりに再会した。母ピアは娘とひとしきり嘆きを共有した後、こちらは初対面となる義理の息子ランドールと、母子の誓約、そして娘プレシアの後を任せるとの約束を交わしたという。

 

 その後、ピアは再び何処ともなく姿を消し、現在ゼノサキス邸にはランドールとプレシアの二人だけが残っている。

 

 二人だけ、と言っても、故人を偲ぶゼオルートの知己や弟子(バゴニア共和国の《剣聖》シュメル・ヒュールとその弟子ジノ・バレンシアが訪問した時は、ちょっとした騒ぎになった)、魔装機神隊の面々、プレシアの友人などがひっきりなしに顔を出し、プレシア曰く「寂しいとか感じている暇が無い」とのことである。

 

 神聖ラングラン王国軍は、度重なる『ヴォルクルス信徒』の襲撃に対し、魔装機部隊の大幅な増強を発表。同時に新型量産型魔装機『ガディフォール』『ルシエド』『ファルセス』の試作モデルを華々しく喧伝した。

 

 しかしこのことは、当然のように周辺諸国、殊に三大国に数えられるバゴニア共和国とシュテドニアス諸国連合の反発を買い、数日後には両国との国境線上に、大規模戦力の集中が確認されるに至った。

 

 果たして、鶏が先だったのか、卵が先だったのか。後世の学者によれば、それはどちらが先という事もなく、既に定められた必然だったのだと唱えられている。

 

 

 そして、タイトロープを渡るような危うい平和は、過冷却じみた膠着状態のまま、約半年の間続いた。

 




 第二十五話です。

 さて、またまたやらかしました。ペルソナ連続召喚です。想像力がついていかないので、愁以外(正樹にすら)認識できていませんが、スーパーロボット総進撃です。

 真マジンガーZEROvs暗黒大将軍の決戦のイメージでほぼそのまんまですね。いや、うちが先ですが。うちが先ですが! だがかっこよく描いた方の勝ちなので真マジンガーは素晴らしいのです。

 ちなみに内訳は

ゲッターロボ
マジンガーZ
ガンダム
コンバトラーV
ボルテスV
ダイモス
他のガンダムがいっぱい
エヴァ初号機
ラーゼフォン
ガンバスター
ディスヌフ
バスターマシン七号

 あたりです。ちょうどトップ2が衛星放送で配信された頃で、そのインパクトが覚めてなかった感じですね。あの第四話のひっくり返し方が凄すぎたんですよホント。

 本文を読んでいただければわかることですが、だいたいラスフィトートとヴォルクルスの前哨戦が行われていたようなものと考えていただければいいと思います。そしてこの戦いによって、愁は自らの奥底で自分を操らんとするヴォルクルスの意思と力に確信しました。そしてここからの彼の行動は、その存在を引きずり出して倒すことを目指したものに変わっていきます。

 さて、次からはデオ・シュバイル編ですね。次回はジョグに地獄に付き合ってもらう。
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