偽典・魔装機神   作:DOH

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第二十六話 デオ・シュバイル

I

 

 

 神聖ラングラン王国防衛局『ジョティス』。その中枢は、王都エル・ラングの外れにひっそりと存在している。

 

 軍事の運営を一手に司る人工頭脳『ディンキス』を中枢に擁し、神聖ラングラン王国軍の中枢機能の大半を担う、軍事的最重要拠点のひとつであるここは、周囲をプラグマティックフィルムによる防御障壁で覆っており、難攻不落の象徴として長く語られている。

 

 その防御障壁を、一人の男が通り抜けた。

 

 と言っても、魔神官ルオゾールなどのような妖魅じみた輩ではない。ごく普通に、障壁の正門を正規の手段で潜り抜けただけだ。

 

「ん、ご苦労だな」

 

 障壁に門が開くのを見届けた男は、守衛の兵士に会釈をして、フローラーを進ませる。

 

「はっ……お疲れ様です、将軍」

 

 去り際の、その兵士の視線に同情めいた光が宿っていたのは、恐らく気のせいではあるまい。

 

 敬礼する守衛の姿を視線だけで確かめつつ、将軍と呼ばれた男はフローラーの速度を上げた。

 

 フローラーが向かう先は、『ジョティス』中枢司令塔、通称『光の塔』。

 

 男の名は、カークス・ザン=ヴァルハレビア。神聖ラングラン王国軍准将である。

 

 

 『光の塔』の窓からは、『ジョティス』の敷地が一望できる。

 

 職員が慌ただしく行き来する回廊の最中、カークスは歩む足をふとその場に留め、窓から望む『ジョティス』の様を俯瞰した。

 

 ここ『ジョティス』は、ラングラン国軍の指揮系統の中枢であり、兵器開発の要でもある。量産は各地の生産拠点でも可能だが、新規設計開発が可能な施設は、神聖ラングラン王国軍が利用可能なものとしては、ここ『ジョティス』の『ディンキス』とソラティス神殿の『REB』、そして非公式ではあるが、セニア王女が中心となって開発した『デュカキス』だけである。

 

 特にここ『ジョティス』は国軍中枢を兼ねるが故に、常に最新の兵器が研究、開発されている。それはかつては、前線の食料輸送兼調理車両や、転送ハイウェイを効率的に運用するための圧縮コンテナなどが研究されているのが常だったが、現在はその様相は大きく様変わりしている。

 

 赤茶けた、森林を切り開かれてさほどの時を経ていない敷地。そこには、塔の上から見下ろしてすら視界を覆う、高さ10ゴーツ(約18m)、幅20ゴーツ(約36m)以上にも及ぶ巨大な箱が立ち並んでいる。

 

 耳を澄ませれば、それらの箱が揃って重低音を奏でているのがわかる。何かを叩く音、削る音、砕く音。それらは、神聖ラングラン王国軍が擁する(予定の)新型魔装機を建造する試作工廠である。

 

 カークスの知る範囲では、その工廠では現在、魔装機『氷のファルク』をベースとした量産機『ルシエド』、及び『熱風のジェイファー』をベースとした量産機『ファルセス』が建造に着手したばかりのはずだった。先日まではそこに『砂嵐のソルガディ』をベースとした量産機『ガディフォール』が収まっていたのだが、先日の発表会に前後して試作機が完成し、現在は各地の生産拠点で量産試作段階に移っている。

 

 カークスの視線が、更にその隣に移動する。そこにあるのは、通常の魔装機のそれを更に凌駕するサイズの工廠。しかも、それが二つ、建造半ばで放棄されている。

 

 ここからでは判別できないが、その建物の銘板には、それぞれ『D計画』『E計画』と銘打たれているはずだ。そして、今ではその銘板に、『廃棄』の文字が書き殴られているのだろう。

 

「……ふむ」

 

 溜息交じりに、小さく声を漏らす。それは、カークスが成し遂げようとした、あるひとつの計画の残滓だった。魔装機神にも並ぶ、しかしラングラン一国のために存在する、純粋なる力。

 

 そう、今や残滓。まるで今此所にいる自分自身同様に、霞の中に消えゆく定めのものである。

 

 

 カークスが守衛に目配せすると、敬礼ひとつとともに、音もなく扉が開放された。

 

「ヴァルハレビア准将、参りました」

 

 扉を潜り、敬礼をひとつ。その向く先は、ホロペーパーの山の隙間。山積する責務に半ば埋もれるような有様の防衛局長官フェイルロードは、来客の顔を一瞥すると、ほんの一瞬だけ眉を顰みの形に歪めた。

 

「来たか、カークス」

「は」

 

 短い会釈。そして、互いがそれきり押し黙り、ひどく居心地の悪い沈黙が、室内を支配する。

 

 それを先んじて破ったのは、フェイルロードの取り出した一枚の書類だった。

 

「辞令だ。神聖ラングラン王国防衛局は、カークス・ザン=ヴァルハレビア准将に、カラタミーフィ州守備隊付特別顧問として赴任を命じる」

 

 そこだけ申し訳程度に空間を確保された机の正面。そこに差し出された書類には、確かにフェイルロードの言葉通りの内容が記されている。

 

「これに伴い現職の王都防衛計画参与、及び『超魔装機計画』総括の任を解任……今までご苦労だった、将軍」

 

 感情を抑えた朗読の最後に、これだけ感情を感じさせるねぎらいの言葉。それは有り難くはあるが、それで辞令の意味するところの冷酷さが拭われる訳ではない。

 

 カラタミーフィ州。そこは神聖ラングラン王国の中でも、シュテドニアス諸国連合との国境近くにありながら、切り立った山地の存在故に侵入が容易ではなく、軍事的にはさほど価値がないと見なされる土地である。

 

 守備隊の規模はサイツェット州などに比べて半分以下。主要な大神殿がある訳でもなく、わざわざ山岳地帯を飛び越えてくる勇敢かつ物好きな敵兵に打ち上げるための、剣呑な花火を磨くのが日課のような僻地である。

 

 そのような土地に、仮にも准将たるカークスが赴任する。それは左遷以外の何物でもない。

 

「すまないな、将軍。君にだけ責任を押しつける形になってしまった」

「何、どのような理由であれ、再三にわたって王都に『ヴォルクルス信徒』の侵入を許してしまったのは揺るぎない事実です」

 

 フェイルロードの謝意の混じった言葉に、カークスはややわざとらしく肩を竦めて見せた。

 

 半年前の御前試合における、『ヴォルクルス信徒』たるクリストフの出現。更にそれ以前にも、紅蓮のサフィーネや魔神官ルオゾールの侵入を許し、幾人もの犠牲者を出してしまった。

 

 王都には強力な侵入者排除のための結界が張り巡らされているというのに、かの邪教徒どもはそれをものともせず、易々と人々の頭上にその恐るべき姿を見せつけたのだ。

 

 それぞれの脅威は魔装機神隊の活躍によって事なきを得たものの、ラングラン国軍はそれらの事態から過酷な事実を突きつけられることとなった。

 

 それは、国軍の戦力が、現実の脅威に対して想像以上に無力であるということである。

 

 敵性存在の侵入を未然に防ぐはずの結界は、魔装機に対してはさほど有効には働かず、早期警戒網としての最低限度の機能すら、隠行の術でやり過ごされる。

 

 かつての戦争では戦場の主役であった《機装殻》は、魔装機相手では何の役にも立たず、戦闘魔導師部隊たる魔導連隊はバナン事変で壊滅して以来、まったく再建の目処は立っていない。

 

 脅威を水際で排除するはずの騎士団魔装機部隊《五人の誉》隊は、御前試合で一勝をあげることもかなわず、あまつさえ『グランゾン』に相対して十把一絡げに瞬殺される有様である。

 

 更には、魔装機神隊が遭遇した、バナン事変の飛行型魔装機や、バゴニア国境付近の異形の魔装機。これらは、ラングランに隣接するいくつかの国家が、戦闘を目的とした魔装機の開発において、一定の成果を上げている事を示している。そして、魔装機神隊が撃破したそれらの戦闘力は、現在のラングラン国軍が擁する量産魔装機に比べ――口惜しいことであるが――多くが勝るとも劣らない。

 

 これらの無様極まる有様を是正すべく、ラングラン国軍は組織の再編に着手。これまでは魔装機を(一応)来るべき予言の《魔神》対策に特化して、予備戦力的扱いで編成してきたものを、今度は対魔装機戦を目した魔装機中心の組織として再編成することとなった。

 

 ――しかし、これには大きな問題があった。予算である。

 

 当初、国軍の擁する魔装機開発計画には、二種類が存在していた。ひとつは正魔装機から取得したデータをフィードバックして量産機を開発する、通称『魔装騎士計画』。そして今ひとつは魔装機神と肩を並べられるほどの力を有し、来るべき《魔神》及び神聖ラングラン王国そのものへの脅威の両方を排除するための、精霊の意思に左右されない超越した魔装機の開発を行う、通称『超魔装機計画』である。

 

 魔装機の開発・量産には莫大な資源と予算を要する上、ラングランそのものが保有する研究・開発リソースにも限りがある。練金学アカデミーは、正魔装機を開発した『第一次魔装機計画』以降、正魔装機の保守整備以外には不干渉の立場を貫いており、再三の国軍の協力要請にも応える様子はない。

 

 故に、国軍再編は、その要となる二大魔装機開発計画のリソース獲得戦争へと様相を転じた。二つの計画はお互いがお互いの正当性・妥当性を主張して譲らず、国軍再編は早くも暗礁に乗り上げたかと思われたのだが……。

 

 この戦いは、誰もが拍子抜けするほどあっさりと、決着を迎えることになる。

 

 『魔装騎士計画』を推進する国軍少将のルテジア・ザン=グラハム。彼のブレインである幾人かの高官が、対する『超魔装機計画』総括であるカークス・ザン=ヴァルハレビアが『王都防衛計画』の参与であることに着目し、度重なる『ヴォルクルス信徒』の侵入やバナン事変での失態を追及。彼の政治力の影響下にある高官達も口を揃えてカークスを批判し、彼が総括する『超魔装機計画』そのものを廃案に追いやったのである。

 

 かくして、『超魔装機計画』のために運用されていた国軍リソースはその全てが『魔装騎士計画』へと転用され、現在残るのはその残滓のみ。

 そう、その残滓のひとつが、ここにいるカークス・ザン=ヴァルハレビアその人なのである。

 

「カラタミーフィ州は風光明媚な土地柄ですからな。のんびりさせていただきますよ」

 

 いつも通りの昼行灯な有様で、カークスは破顔して見せた。そこには、国軍全体の不始末の責任を押しつけられた者の憤激や悲哀などはまるで見られないだろう……見せるつもりもありはしない。

 

「そうか……ああ、そうだ。准将、君に見届けて欲しい事がある」

 

 カークスの内面を察してか否か、特にカークスの様子を気にする様子もなく、フェイルロードは数枚のプレートを取り出して見せた。

 

 それは、見た目は小さいが、中には超高密度の情報記録素子が組み込まれた記憶媒体だ。地上で使われている情報記録素子と、基本的な概念に違いはない。

 

 表面には『E計画』と、カークスの見覚えのある書体で書き込まれている。

 

「見ての通り、君が先日提出してくれた、『E計画』の最終報告書だ。『E計画』で培われた資料の全てが、このプレートに記録されている」

 

 見覚えがあって当然だ。このプレートを編集させ、最終チェックを行ったのはカークスその人であり、その表面のラベルを書き殴ったのも、やはりカークスその人なのだから。

 

 フェイルロードはそんなカークスの残滓のひとつを、指先で摘んで見せつけるように掲げた。

 

「複製は存在しない。これが、『E計画』最後の記録だ。これを処分することで、『E計画』は全ての記録を消去される事になる」

「……『D計画』の方はどうなっておりますか?」

「あちらは、私が責任を持って、”適切に処分”した」

 

 『適切に処分』の所を奇妙に強調して、フェイルロードが言う。

 

 じっと、カークスはフェイルロードの双眸を見つめる。深い碧の瞳に揺らぎはなく、そこにどのような意思が秘められているのか、容易には想像がつかない。

 

 だが……その瞳の色に滲む気配を、敢えて単語に変換するならば、それは。

 

 その気配の名は――『渇望』。

 

 この沈黙、この行動。この目。それら全てに、何らかの意図が隠されているのは瞭然である。しかしそれが何なのか。どのような意思を自分に伝えようというのか。それを知るには、自分はどのようなカードを切るべきなのか。

 

 フェイルロードの沈黙、そしてカークスの赤熱する思考を切り裂くように、電子音が金切り声を上げた。

 

「すまないな、こちらに連絡のようだ」

 

 その言葉とともに、部屋に溢れる緊張感が霧散した。フェイルロードがデスクにタッチすると、三次元情報窓が立ち上がり、フェイルロードに何やら会釈する。基本的に会議モードでなければ、この通信は映像と音声に指向性を与えられている。通常の通信者とは逆位置にいるカークスに、その会話内容を知る術は少ない。

 

「……ああ、ティアラ君か。どうした? ……ああ、もうそんな時間か。了解した、遅れないように行くこととしよう。手間を取らせてすまないね」

 

 柔和な笑みを浮かべて通信先と対話するフェイルロード。その様に、先程までの緊張感は欠片も感じられない。まるで、先程の空気は幻想であったかのように。

 

 立体映像の女性士官が一礼して消えるのを待って、フェイルロードがデスクを立ち上がった。コートを手に取り、気忙しそうに襟元を正す。

 

「……すまない、会議の予定が前倒しになったのを忘れていた」

 

 思わず出かかった溜息を飲み下す。何か重大な瞬間が失われてしまったような、そんな喪失感が去来する。

 

「ふむ、用件はすると終わりですかな?」

「ああ、本当ならば君に、『E計画』の処分を見届けて貰いたかったのだが……折角だ。カークス、これは君が”適切に処分”してくれたまえ」

 

 カークスの側を通り過ぎる直前、ちらりとデスクの上に置き去りにされた『E計画』と、カークスの目を順繰りに見やるフェイルロード。

 

 その目に射抜かれた瞬間、カークスはフェイルロードの意図を理解した。

 

「ええ。では……”ラングランのために”」

「ああ、”ラングランのために”」

 

 目を交わす必要もなく、国軍で一般的に用いられるフレーズで会釈を交わす。

 

 それが、二人が直接交わした最後の言葉となり、そして。

 

 

 そして近い将来、二人は矛を交える事となる。

 

 それぞれが、この時交わした言葉を実現するために。

 

 

 

 

 最初の記憶の中で、その男は、穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

 数年前の内戦の帰還兵だということで、若干情緒の不安定なところがあったが、普段は礼儀正しく、優しかった。

 

 そう、少なくとも彼女の知る限り、その男が笑顔を崩したことは、一度たりともなかったのだ。

 

 怒る時も、悲しむ時も、その男はいつも微笑んでいた。

 

 それは内に燻る感情を隠すというよりも……むしろ、彼はそれ以外の表情を作れなくなっていたのかも知れない。

 

 その男は彼女の眼差しに、いつも優しい微笑みを返していた。だが、その表情の裏に、どのような感情が渦巻いていたのか。あの瞬間まで彼女にはわからないままだった。

 

 いや、今でも、彼女は彼を真に理解しているとは言い難い。

 

 あの日を境に、その男はその精神を豹変させた。偽りの微笑みをかなぐり捨てて、漲る狂気に身を委ねた。

 

 そこから、彼女は彼を理解しない。理解しようともしない。

 

 それは、恐らく……彼女もまた、狂気に冒されていたからなのだろう。

 

 血と、炎と、怒りの色に染め上げられた、真紅の記憶によって。

 

 

 

 

 テュッティ・ノールバックが目を覚ますと、まず最初に痛みがあった。

 

 全身を苛む、鈍い痛み。朝だというのに、気怠さが体を満たしている。

 

「……ん」

 

 焦点の合わない眼で身を起こす。

 

 肩口を震わせる悪寒から、自分が一糸纏わぬ姿であることを認識したテュッティは、仮の衣としてシーツを引き上げて……傍らに見慣れない大きな塊が転がっている事に気が付いた。

 

「……これは」

 

 その存在を認知した途端、半覚醒状態にあったテュッティの五感が、正常な機能を取り戻した。静謐だと思っていた朝だが、よく見れば、脱ぎ散らかされた衣類を始めとして、詳細を確かめようとも思わないものが散乱している。

 

 嗅ぎ慣れない匂いが鼻を突くと思えば、その匂いの発生源はぐがーぐがーと前衛的なリズムを奏でている。なるほど、この妙な目覚めの原因は、全てがそこに転がる物体に起因しているらしい。

 

 ――最低な朝だ。その最低な朝をもっとも最低たらしめている物体を眺めているうちに、昨夜の記憶が蘇りそうになり、慌てて脳裏から打ち消した。朝からそういうことを思い出すのは良くない。

 

「…………はぁ」

 

 沸き上がってきた憂鬱な気分を、ため息に織り混ぜて深々と吐き出す。別に少女のような幻想を抱いていた訳ではないが、それでもこう、もう少し、ロマンチックな朝を迎えても良いのではないだろうか。

 

 多分、夢見が悪かったのもこの物体のせいに違いない。大方一番思い出したくなかった記憶を掘り起こされた。どうしてくれるのか。

 

 そんな憂さを帯びた視線が、だらしなく緩んだ頬肉をロックオンする。どうも放っておいても目覚めそうにないし、ひとつ特製の地対地クリップミサイルをお見舞いしてやるのも一興だろう――。

 

 そんなささやかな八つ当たりが実行され、油断しきった頬肉に今まさに着弾するという瞬間。床に散らばる衣類の中で、テュッティの携帯端末が小さく震えた。

 

 極めて高度な追尾性能を誇るクリップミサイルは、素早く目標を切り替えた。つまみ上げられた携帯端末は、テュッティを呼び出した無粋者の名を告げる――ホワン・ヤンロン。なるほど、これはとびきりの無粋者だ。苦笑しつつ、受話ボタンを押下する。

 

「テュッティ。朝からすまないが…………ん? 映像が出ないが、どうした?」

「見られた格好じゃないから、映像を切ってるのよ。何か用?」

 

 ヤンロンの無粋ぶりを再確認しつつ答える。彼のそれは、もはや美徳の領域にまで昇華されているので、細かいことを批判するのは時間の無駄だ――もちろん皮肉である。

 

「ああ、モニカ王女が魔装機訓練に出たいとおっしゃるのでな。定期巡回に合わせて随行しようと思うのだが」

「同行して欲しいということ? 魔装機神二体は過剰なんじゃないかしら?」

 

 魔装機神は、それ自体が一軍に匹敵する戦闘力を誇る。その絶大な厚さの《魔装》、その絶対的な火力。それが複数集まって行動するということは、魔装機神が相応の戦闘力を必要とする作戦に従事していると見做される。

 

 つまり、魔装機神の集団行動は、それ自体が即ち周辺諸国を刺激する結果となる。それを避けるために、魔装機神隊は意識的に魔装機神を分散して運用しているのだが。

 

「仮にも王位継承権第二位のモニカ王女の指導だ。魔装機神二機でも過剰という事はあるまい。それに……」

「それに?」

「どうも、セニア王女とモニカ王女で姉妹喧嘩でもしたようでな。腕前を競うような話になっているらしい。……そのために、指導員が二人必要になったという訳だ」

「……やれやれね」

 

 ヤンロンが肩を竦めるのと同調するように、テュッティはため息を吐き出した。

 

 ラングラン王族であるモニカとセニアは、決して姉妹不仲という訳ではない。むしろその成育環境の複雑さから考えれば、感心するほど仲睦まじいと言える。

 

 しかし、ビルセイア一族全員に相通じる、一度決めたら頑として譲らないその性質は、時として傍からは信じられない意地の張り合いに発展する事がある。フェイルロードにしても、モニカにしても、いつかその頑迷さが深刻なトラブルを引き起こすのではないかと、他人事ながら不安が拭えない。

 

「マサキにも打診したが、断られてな。そこで君に声をかけた訳だ」

「またお得意の『パス、面倒』? マサキにも困ったものね」

 

 聞き慣れた返答だけに、我ながらうまく口真似ができたものだと自画自賛する。正樹の『パス』は、既にこの半年で国中に知れ渡っている。それはビルセイア家末子テリウスのそれに比肩するほどだ。

 

「面倒事なのは確かだがな。まあそういう訳だ。頼めるだろうか?」

 

 ヤンロンの要請に、テュッティは視線をちらりと隣の物体に差し向ける。隣でこれほどやいやいと遠慮なく声を交わしているというのに、このトドか何かの眷属は、無類の図太さで鼾を高らかにしている。起こそうという意志は数秒で潰え、テュッティは通信端末の向こうに意識を戻した。

 

「……わかったわ。何時に出発?」

「今から三十分では可能か?」

「一時間頂戴。時間までには行くわ」

「了解した。ではまた後でな」

 

 会釈の声を残して、ヤンロンの顔が通信機から消える。それを見届けて、テュッティは本日早くも三度目のため息を吐き出した。

 

 さあ、急がねばならない。人前に出る前に成すべき事は山積している。ヤンロンを始めとする魔装機操者の大半は、女性の支度に気を配るような繊細さを持ち合わせてはいないが、相手が気にするかどうかと、自分が気を配るかどうかは別の問題なのだ。

 

「んごごご……はいうぇ~~でんじゃぞ~~ん……」

 

 その思考を寸断する、意味不明な野太い寝言。

 

 胸の奥から沸き上がる苛立ちを、精一杯視線に込める。イブンなどの術士のように視線に力があれば、今頃あられもない悲鳴を上げて踊るトドが見られる事だろうが、残念ながら自分は魔術師でもなければ呪い師でもない。

 

 とりあえず故郷の慣習に則って呪詛の指先を突き付けつつ、テュッティはこのトドの眷属を、完全放置することに決めた。

 

 

「……んが?」

 

 そして、トドの親玉改め、リカルド・シルベイラが目を覚ました時。

 

 隣にあったはずの最高のクッションは消えうせ、代わりに目に飛び込んで来たのは、姿見に大きくルージュで書きなぐられた『バカ』の二文字だった。

 

 

 

 

 ドレント州、ガンダ高地。

 

 シュテドニアス諸国連合との国境からざっと十万ゴーツ(約180km)ほど離れたそこは、かつてシュテドニアスとの小競り合いにおいて、主戦場となった土地である。

 

 複雑に切り刻まれた大地。段差が激しく、散乱する岩石と吹き荒れる砂塵で、見通しは必ずしもよろしくない。

 

 荒涼とした山肌には、大規模な魔術によって穿たれたと思われる横穴が散見され、この地で繰り広げられた戦の激しさを物語っている。

 

 この土地はその複雑な地形と地勢……即ちシュテドニアス諸国連合と隣接しているという特性故に、古来からラングラン国軍の演習場として重用されている。

 

 関係が必ずしも良好とは良いがたい隣国の目前にある、大規模演習場。それが、地形的な特性のみならず、隣国に対する牽制の意味を内包していることは想像に難くはない。

 

 ラングラン情報部によれば、この土地にはシュテドニアス側の偵察衛星が、常時監視の目を光らせているのだという。そこで行われる演習や実験の様子を逐一観察し、ラングラン国軍の編成や新兵器の性能を分析していると考えるのが妥当だ。

 

 つまり、この場所で行われる演習の全てはシュテドニアスに筒抜けであり、魔装機のような決戦兵器を気軽に持ち込んで良い場所ではない、ということになるのだが。

 

 ある晴れた日の昼下がり。そんな細かい事はお構いなしに、二機の魔装機がそこにいた。

 

 

 

 

「良い? ノルスはそもそも標準設計段階では、内蔵兵装は射出マニピュレータしかないの。そもそもマニピュレータに打撃機能なんて備えること自体がナンセンスなんだけど、これはファミリアシステムがそうであるように、《魔装》の遠隔制御実験を目的としていて……」

 

 まさしく立て板に水。水の魔装機神『ガッデス』と泉の魔装機『ノルス』の《精霊殻》に響き渡る声は、一瞬の淀みもなく耳朶を叩き、そして脳裏を擦り抜けてゆく。

 

「……だけど、ソーマフィラメントの品質は良好で、以後の正魔装機よりもオリハルコニウム含有率が高い。だから『ノルス』は魔術的容量が通常の魔装機よりも高くて、アートカノンよりももっと高度な魔術兵装が運用できうるの」

 

 言いたいことは理解できる。『泉のノルス』が魔装機としては少々特殊なもの……一般的な魔装機よりも、簡易呪法の増幅射出装置たる『機装殻』に近い性質のものであるということは、既に何度も受講している。ほかならぬ、セニアの手ずからによって。

 

「そこで、アーキテクチャの見直しによって、《邪眼》の簡易呪法を行使できるように人工精霊を教育することに成功したの。これは青の二号、緑の三号どちらもが同じ仕様に基づいているわ……ねえ、ちょっと聞いてるの、テュッティ?」

「え? ……ええ、ええ。聞いています、セニア様」

「そう? ちゃんと聞いていてよね。モニカに負けないためには、『ノルス』の機体特性を熟知して、適切な指導をして貰わないといけないんだから」

「はぁ……」

 

 逆ではないのか、と言いたいところだが、無理に反駁することでもない。生返事を返して、テュッティはこっそりため息を吐き出した。

 

「……という経緯があるから、モニカの『ノルス』にも《邪眼》は使えるけど、その威力や性質を組み替えるのは、私にしかできないの。その場凌ぎの適当な魔術と、確固たる理念と経験に裏打ちされたプログラム練金術、どちらが上か今度こそはっきりさせてやるわ!」

 

 一人妙に気を吐くセニア。普段はやや軽薄な所はあるものの、比較的穏やかな性格である彼女が、特に自分事にここまで熱くなるのは珍しい。

 

 何でも、事の発端は何でもない世間話だったという。魔術に関しては天才的であるが、練金学の理論に至ると芳しくないモニカと、その正逆を行くセニア。お互いの苦手分野への認識から生じる若干の苦みが、相手の得意分野を僅かに批判するようなニュアンスを匂わせた。

 

 それはほんの僅かな苦みだったのだ。しかしそれらは互いの間を投げ渡されるごとに徐々に色濃さを増し、それに比例してお互いの心に闇を落とす。

 

 そして、同席しているテリウスの「で、結局どっちが優れてるのさ」という問いかけが、二人にわだかまった黒いものに火を付けたのだ。

 

 形式的とは言え、モニカとセニアそれぞれに『泉のノルス』が与えられていたのが災いした。どうせならシミュレーターで腕を競えば良いものを、「シミュレーターでは真の実力は発揮できない」というモニカの言により、わざわざ遠征しての実機演習と相成ったのである。

 

「まったく、テリウス殿下も余計なことを……」

「ん? テュッティ何か言った?」

 

 セニアの追及を「なんでもありません」と適当にあしらいつつ、テュッティは小さく嘆息した。まったく、魔装機の出動も無料ではないのだが。

 

「……要するに、術法系射撃戦のレクチャーをすれば良い訳ですね」

「概ねそういうこと。頼りにしてるわよ、テュッティ」

 

 お気楽なセニアの声音。前頭葉あたりの鈍痛を堪える。最初からそう説明してくれれば、色々面倒もなかったものを。

 

「わかりました。では、まずその『邪眼』の照準動作を練習しましょうか」

「りょーかい。……そうね、あの岩場を目標にするわ。ちょうど魔装機と同じくらいのサイズだから、的には適当でしょう」

 

 言葉と共に挙げられた『ノルス』の指先が指し示すのは、ざっと1キルゴーツ(約1.8キロメートル)離れた大きめの岩塊。断崖の麓にひとつだけ盛り上がっており、確かに的には申し分ない……のだが。

 

「気をつけてください。古戦場で現在では殆ど人気がないとはいえ、近くに人がいないとは限らないのですから」

「大丈夫大丈夫。生体スキャンではこの周辺に人間はいないし、小動物も魔装機が怖いから皆逃げ出してるわ」

 

 セニアがお気楽な口調で答える。確かに『ガッデス』のスキャンでも、この周辺の生体反応はごくわずか。恐らく昆虫か何かの類が徘徊している程度だろう。

 

「王都近くじゃ滅多にできないし、おもいっきりバーンとやっちゃいましょ」

 

 テュッティが制止する間もなく、まっすぐ伸ばされた『ノルス』の手先が妖しく輝いた。

 

「あ、待ってください、最初は実包は……」

 

 テュッティの言葉を覆い隠すように、爆音が轟き渡る。『ノルス』の魔眼の魔術が発動したのだ。

 

 『邪眼』と呼ばれる、中距離攻撃用簡易術法。ラ・ギアスの兵器として一般的な『機装殻』の多くに用いられている火器である。他の魔術的火器の多くが「術者の至近にエネルギーを発生させ、それを投射する」という銃砲的扱いをされるが、『邪眼』はこれらと異なり焦点位置を直接爆破するため、回避が困難であるという特性を持つ。

 

 『邪眼』が発動する瞬間、焦点位置には魔術文字による法陣が描かれ、それが傍目には人間の目をモチーフしたような図柄になっている。故にこその『邪眼』の銘々であり、現在に至っている。

 

 『ノルス』の『邪眼』は『機装殻』に搭載されるそれに比べて圧倒的に詠唱時間が短く、射程が長い。それは魔装機としては水準が低いものの、『機装殻』と比べれば圧倒的なエネルギー供給量を誇るフルカネルリ式永久機関によるものであり、術式を独創的な提案で再構築したセニアの非凡さを示すところでもある。

 

「……それはわかるんですけどね」

 

 嘆息交じりに呟くテュッティ。その間にも、どかんどかんと断続的な爆音が耳朶を震わせる。連射精度のテストのつもりか、威力を抑えて繰り返し術を発動させているらしい。

 

「何? 何か言った、テュッティ?」

「いえ、別に……」

 

 爆音の中でも地獄耳のセニアを適当にいなして、テュッティはみるみるうちに削り砕かれてゆく的の巨石の映像から、生体スキャナの情報に視線を移した。

 

 まったく、何かの間違いで、あそこに人が隠れていたりしなければ良いのだが――。

 

 

 

 

 概ね、この世の中は幸運な部類の人間と、不幸な部類の人間がいる。

 

 その区分は非常に曖昧で、人生万事塞翁が馬とも言われるように、その時の不幸が後の幸福に繋がる場合も少なからず存在するのだが。

 

(ついてねえ、ついてねえ、ついてねえ!!)

 

 この瞬間、カンツォート・ジョグは、紛れもなく後者にカテゴライズされていた。

 

 頭上からばらばらと降り注ぐ石礫。ジーンという背筋の裏あたりを引っ掻くような収束音に続き、そのまま胃袋を引っ掻き回す爆音が轟く。

 

「畜生!! 何が式典用だ、バリバリの戦闘用じゃねえか!!」

 

 悪態を吐き出すジョグ。情報部からの報告では、あのラングラン魔装機『ノルス』は、戦闘用としては難があるために、王族が保有して式典用に用いられているという事だったのだが。

 

 数秒ごとに、泡立つ肌が莫大な魔力の収束を知らせ、続いて爆発音が耳朶を引き裂く。その度に頭上の岩塊がえぐり取られ、その破片は容赦なく、不幸にもたまたま岩塊の裏に身を隠していた、カンツォート・ジョグの体に降り注ぐのだ。

 

 全ては、現在ジョグが纏っている、デオ・シュバイルの新装備『コンシール・マント』に端を発する。光波や電磁波はもちろん、精霊レーダーすらも欺くとされる、最新型の隠密行動用カムフラージュ装備。ジョグはそのテストのため、このガンダ高地に足を踏み入れた。

 

 ガンダ高地はその場所柄、ラングラン及びシュテドニアス両国が厳重な警戒網を張っている。その監視網の全てを欺くことができるならば、この世界の監視網の九割ばかりを無力化できるということであり、それによって発生する需要は計り知れない。

 

 故に、ジョグの上司は、ここを『コンシール・マント』の実験場に選択した。別にそれ自体は珍しいことでも何でもない。

 

 問題は、たまたまこの地に魔装機神隊が現れた、ということだ。

 

 ラングラン王国の恐ろしいところはここだ。『転送ハイウェイ』による瞬間移動ネットワーク。この存在により、転送神殿間の輸送時間は極限まで短縮され、更に厄介なことに――転送が終わるまで、見た目ではその戦力が何処に向かっているのかがわからない。

 

 間者によれば、本日ガンダ高地での演習や訓練は予定されていなかった。魔装機に至近距離で観測されては、『コンシール・マント』といえども完全な隠蔽は難しい。故の本日の潜入テストだったのだが。

 

(くそったれ、だから魔装機神隊は面倒なんだ!)

 

 耳を押さえて鼓膜を守りつつ、視線だけを岩塊の向こうの魔装機……『泉のノルス』と『水のガッデス』へと振り向ける。

 

 魔装機神隊は、転送神殿に空き時間があれば、そこにさっと割り込んでくる。国防局内部に忍ばせた間者とて、魔装機神隊の行動予定までは把握しきれない。何しろ魔装機神隊操者の脳内にしか予定表がないこともしばしばあるからだ。国防の要のひとつがこんな管理体制で良いのかと、他国の事ながら心配になる程である。

 

 転送ハイウェイによって出現した魔装機は、そこからものの数分から数時間で国境まで到達する。恐らく遭遇の数分前には本隊には魔装機神隊出現の報が届いていた事だろうが、単独潜入実験の最中であったジョグには連絡が届かず、結果として魔装機神隊と鉢合わせする事になってしまった。

 

(どうする、どうやって逃げる?)

 

 本隊は、まだ国境の向こうだ。戦力は、早々と調達したがゆえに、早くも型遅れの気配が濃厚な、魔装機部隊が三個小隊。酷薄で知られる隊長は、恐らく今頃はEV越しに、爆音に弄ばれるジョグの姿を眺めていることだろう……ワイングラスでも片手に。

 

 もちろん、身内の生命は大事にする隊長殿のことだ。何らかの手段で、『コンシール・マント』のテストタイプと、ついでにジョグを救出する算段は整えているだろう。

 

(問題は、それまで俺が生きてるかどうかだ)

 

 舌打ちしようとした瞬間、先程より若干威力を増した《邪眼》が、ジョグを頭上から打ちすえた。無論直撃ではない。直撃であれば、今頃ジョグに思考する頭は残っていない。衝撃で舌の端を噛み切ってしまったが、命があるだけ良しとする。

 

 考えろ、考えろジョグ。今考えられる手は二つ。今すぐ隠れ身のマントを脱ぎ捨て、魔装機神隊に攻撃中止を訴えるか。それとも、見つかるリスクをある程度覚悟の上で、岩陰から飛び出し、逃げ出すか。

 

 前者は、国境侵犯の身の上である自分には、選べる選択ではない。しかし一方、後者はまず間違いなく発見される上、爆風や飛散する石礫に巻き込まれる可能性がある。

 

(どうせ見つかるなら、逃げ出した方がなんぼかマシってもんだ)

 

 迷っていたのはほんの数秒。そして一度決心してしまえば、実行するのに躊躇いはない。

 

 体を丸め、タイミングを見計らう。爆音が身を震わせる。両耳を抑えた手の隙間から、鼓膜がぎりぎりと痛め付けられる。

 

 爆風が荒れ狂い、頭上を過ぎる。体を包むマントがばたばたと暴れるのを、両腕で抱えるように押さえ込む。

 

 そして訪れる、一瞬の静寂。全ての音が消えて、破壊も、爆風も、全てが過去に洗い流された空白。

 

 その瞬間を、ジョグは待っていた。

 

 大地を蹴りつける。マントの隙間から身体が露出するが、構ってはいられない。一秒でも早く、その場を離れること。それがジョグが自らに課した命題。

 

 だが、そうやって、ジョグが駆け出したその瞬間。

 

「よーし、最後に最大出力、いくわよー」

 

 能天気な声が、頭上を駆け抜けた。

 

 それを追うように、魔力の収束音――これまでがトランペットならば、今のこれはトロンボーンのような剣呑な重低音が、ジョグの背後で踊り狂う。

 

 なりふりなど構ってはいられない。マントから身体が露出するのも構わず、足を振り上げ、振り下ろす。

 

「……!? 待って、セニア様! そこに人が!!」

「嘘っ! 待ってよ間に合わない!!」

 

 オープンチャンネルで、そんな声が響き渡ったが、もう遅い。

 

 そして――次の瞬間。

 

 カンツォート・ジョグは空を舞った。

 

 

 

 

「――ジョグは捕まったか」

 

 偵察衛星からの映像を眺めつつ、男は笑いをかみ殺した。

 

 ラングランとの国境線近くに位置する、シュテドニアス諸国連合軍タイプの陸上戦艦の一室。そこでグラスを――ジョグの予想していた通りに――楽しげに傾けている男。

 

 その顔は、かつて『ジラドス』に参加していた人間であれば、彼らに魔装機や『降魔弾』を提供していた、ラクスマン・エターフォンを名乗る人物であることがわかっただろう。

 

 男の真実の名は、ラセツ・ノバステ。シュテドニアス諸国連合軍の大佐であり、特務機関デオ・シュバイルの長を任じられている人物である。

 

 ラセツの目の前には、軽く10ゴーツばかりを吹っ飛ばされ、愉快な格好で地に転がるカンツォート・ジョグの姿が映し出されている。

 

 そこに、先程のラセツの言葉を実演するかのように、魔装機神『ガッデス』と魔装機『ノルス』から操者が飛び降り、倒れ臥したジョグへと駆け寄ってゆく。

 

 もちろん彼女らは純粋に救命活動のつもりだろうが、男の配下が敵対勢力に囚われたという事実には変わりはない。

 

「如何するのか、ノバステ大佐」

 

 それまで沈黙して、ラセツの対面に座していた男が、画面を凝視したまま問いかける。細縁の眼鏡をかけた、どこか神経質そうな面持ちの男。それは、かつてラングランにおいて召喚され、現在は殺人犯として指名手配されている地上人、ルビッカ・ハッキネンである。

 

 先日のバナン事変において、『ジラドス』側の傭兵として参戦した彼もまた、シュテドニアス諸国連合特殊部隊デオ・シュバイルの一員として、指令官ラセツのオブザーバーを勤めている。

 

「そうさな。まだ奴の所属は割れていない。奴のことだから、逃げるチャンスさえ与えてやれば、あとは勝手に何とかするだろう」

「問題は、そのチャンスをどう作るか……ですが」

「ああ、それが思案のしどころだ」

 

 ラセツは僅かに首を傾け、考え込むように両目を閉じる。そのまま熟考するかと思われたラセツだが、すぐに何かに思い至ったか、にやりと口元を笑みに歪めて見せた。

 

「ところでな。この間のラングランでのクリストフの宣戦布告以来、世界各地でヴォルクルス信徒の活動が活発化しているのだ」

 

 まるで世間話をするかのように。明後日の方に視線を彷徨わせて、ラセツが語り始めた。

 

「これは我が軍も憂慮すべき事態でな。何しろ連中は、普段は何食わぬ顔で兵卒に紛れている。それが時が来ると、何の前触れもなく正体を晒してテロに走るのだ。それまでどれだけの経歴を積み上げていようと関係ない。まったく、困ったものだ」

 

 ラセツの語るは絵空事ではない。先日のクリストフの事件以来、シュテドニアス内部でも何度もヴォルクルス信徒が摘発され、彼らの張った根の深さを世に知らしめている。

 

「で……我らデオ・シュバイル内部ですら、ヴォルクルス信徒の潜入を否定し切れない状態にある。そして内部にヴォルクルス信徒が紛れていたとして、教敵そのものの魔装機神隊を前にして、彼らが冷静でいられるかどうか?」

 

 秩序の守護者を標榜する魔装機神隊に対し、ヴォルクルス信徒は既にして何度も剣を交えている。その結果捕縛された教団員も十指では足りない。

 

 つまり、ヴォルクルス信徒はあらゆる組織に偏在して潜伏しており、あらゆる組織には、ヴォルクルス信徒による末端の暴発、暴走が可能性としてあり得るという事だ。

 

 それはつまり、デオ・シュバイルの隊員がヴォルクルス信徒を装い魔装機神隊を襲っても、責任をヴォルクルス信徒に押し付けることができる。無論隊長であるラセツの管理・監督責任は問われるだろうが、ラセツにとってそれは大した問題にはならない。

 

「いつもの、体面さえ取り繕っていれば……ですか」

 

 それが、ラセツの座右の銘だ。表面さえ取り繕っておけば、あとは政治力や実力によって押し通すことができる。それはラセツの度外れた面の皮の厚さと、無理な言い訳を押し通してしまう影響力の強さを暗に示している。

 

「我が部隊の魔装機は、配備が早かったのは僥倖だが、いかんせん最初期型だ。故障率は高いし、構造的な欠陥も多い。これを”消費”してしまえば、色々喜ぶ老人もいるだろう」

「また将官昇進が遠のきますな」

「老人福祉に尽力すれば、いつか芽が出る折りもあるさ」

 

 おどけて肩を竦めて見せるラセツ。彼の言う老人とは、ラセツの後援者である軍産複合体トリニティの首脳部を指している。

 

 その様子を伺いつつ、ルビッカはこっそりと嘆息を噛み殺す。毎度のことながら、自分ではこの男の口車には到底対抗できない。

 

 改めて、EVの映像に目を向ける。そこには、倒れたジョグに応急処置を施す二人の女性の姿がある。ラングラン王女セニア・グラニア・ビルセイアと――テュッティ・ノールバックの姿が。

 

「さて、では手はずを整えるとしようか」

 

 楽しげに膝を叩いて立ち上がるラセツ。いかにして隊員をヴォルクルス信徒に仕立て上げるか、いかにして隊員を無事に脱出させるか。いつもの派手な額冠を頂く下では、今後の計画が着々と組み立てられていることだろう。

 

 だが、そんなラセツの様子を完全に余所において、ルビッカの目はただ、画面の一画を――小さく蠢く金色の髪の女の姿を追い続けていた。

 

 

 

 

「ジョグ・シューマッハ。ストロハイム共和国第三十七特務中隊『スピードワゴン』所属中尉。公式には存在しない部隊だから照会しても回答はないぜ」

 

 全身に染み込む鈍痛を堪えつつ。簡易寝台に腰掛けたジョグは、顔色ひとつ変えないままに――真っ赤な嘘を吐き出した。

 

「スートーローハーイームー?」

 

 あからさまに不審の顔を見せるのは、折り畳み椅子に前後逆に腰掛けたセニアだ。一語一語をわざとらしく延ばして唱え、まるでジョグの言葉を信用していない事を暗に示している。

 

 そこは、薄暗いテントの中。先端を絞った円柱のような形のそれは、遊牧民が用いるような、組立式のテントである。

 

 フローラーなどに積み込んで用いられる事が多く、多少の食料や寝具などとともに圧縮コンテナの形で携行できるものが市販されているものだ。

 

 恐らくは、『ガッデス』か『ノルス』に積み込まれていたものを展開したのだろう。あまり使い込まれていない器具独特の臭気が、つんとジョグの鼻孔を刺激する。

 

「確か、北洋の小国でしたよね?」

「独自の練金学研究機関を持ってる、国家規模の割りには高度な技術立国ね。北洋の果てで地勢学に影響されにくい分、無節操に各国の技術が集まるから、研究機関が高度化してて、あちこちの国が留学生を送り込んでるわ」

 

 セニアがテュッティの知識を補強する。著名ではあるが正体が不明瞭であるかの国は、照会が困難である分、適当な言い訳にはもってこいだ。

 

「それで、目的は? ……まあ、大体想像はつくけど」

 

 セニアが腕組みをしつつ、側に折り畳まれた『コンシール・マント』を見やる。

 

 砕かれた岩のかけらや、《邪眼》の余波で吹き飛ばされた際の衝撃で、ぼろくず同然の有り様に成り果てた代物である。しかしそんな有り様であろうとも、セニアにはその性質や原理、意味するところが手に取るようにわかるらしい。

 

「一応機密事項でね。本国の許可がないと喋る訳にはいかねえ」

 

 肩を竦めて見せる。もちろん、本国……ストロハイム政府に照会しても、許可が出る訳もない。名目上は特殊部隊であるがゆえに。実際には、そもそもストロハイムにそのような部隊が存在しないがゆえに。

 

 それがわかっていて韜晦するのだから、いい加減自分も面の皮が厚くなったものだ。

 

「……わかったわ。ちょっと連絡してくるから、休憩してて」

「おう、ごゆっくり……っ」

 

 一応にでもストロハイムに照会するのか、セニア王女がテントから出て行く。ご苦労なことであり、労い半分嫌がらせ半分で会釈をしようとして、軽く咳き込んだ。そういえば、目が覚めてから水の一杯も口にしていない。

 

 折角なので、隊長仕込みの面の皮の厚さを最大限に活かすことにした。

 

「喉がひどいな。何か飲むもの貰えるかい?」

「あら、ちょうど用意していたところよ。こちらをどうぞ」

 

 ジョグの要求にテュッティが、琥珀色の液体の入ったカップを差し出した。彼女の手元にはカップがまだふたつ並んでいるのが見えるので、言われるまでもなくジョグの分も用意していたのだろう。

 

「手際がいいな。何か薬を盛ってたりはしないだろうな?」

「そんなつもりがあるなら、寝てる間に注射しているわ」

 

 冗談めかして問いかけると、テュッティはひどく魅力的な微笑を閃かせる。なるほど、こいつは噂どおりの別嬪だ――などと、思考の上では冷静なつもりのジョグだったが。

 

 自分好みの美人を前に、気分が浮ついていたのは否めず。

 

 勢いのままに、差し出されたコップではなく、テュッティが口を付けた今ひとつのコップを奪い取る。

 

 通常であれば、安全を確保するための処方のひとつ。

 

「あ、ちょ……」

 

 テントに戻ってきたセニアの、控えめな制止の言葉にも気づかぬままに。

 

 何の警戒もせず、手元の暖かな紅茶を、ぐいっと飲み干した。

 

 

 ジョグの世界が、闇に沈んだ。

 

 喉が焼け付く。口の中が、もはや熱いとしか形容できない。そもそも何だ、この紅茶「らしきもの」は。どろりと粘性をこれでもかと主張しながら食道を滑り落ちてゆく。もちろん、ジョグのデリケートな消化器の壁面全てに強烈な自己主張を刻み込みながら。

 

 咳き込んだ。沸き上がる嘔吐感。もぞりとでも形容したくなる異様な粘性を主張しながら滑り落ちる液体は、ジョグの胃酸と破滅的な化学反応を起こし、押さえ切れない曖気に便乗したその液体と胃酸の混合物が、口内と食道とついでに肺の入り口すらも蹂躙してゆく。

 

 一体なんだ、この液体は。実は強烈な毒だったのか。辛うじてハレーションから現実を取り戻した視力を周囲に踊らせて、ジョグはようやく気づいた――テントの隅に異常な量が積み上げられ、机の上で空の袋が物悲しく横たわる、砂糖。

 

「よく一気飲みできたわねえ。惚れちゃいそうだわ」

「水、くれ……」

 

 心底感心したように呟くセニアに、ジョグが絞り出した声は、さながら一瞬で老いさらばえたかのように、がらがらにしわがれていた。

 

 

 

 

 シュテドニアス諸国連合軍少佐カンツォート・ジョグ、急性糖尿病にて死す。

 

 ――などという無様の極みはどうにか避けることができたものの、ジョグを取り巻く状況は、決して楽観できるものではなかった。

 

 口先では適当な情報を開示したものの、ラングラン政府が外交ルートでストロハイムに直接探りを入れれば、『身に覚えがない』と『答えられない』の二択くらいは返答が得られるだろう。そもそもジョグの操る言語はラ・ギアスでもっとも一般的に用いられる共通語だが、その発音には隠しようのないシュテドニアス的ななまりが含まれている。

 

 そして、ラングランの情報局が、シュテドニアスの対外工作担当の部署を調査していないはずはなく、彼らがジョグの風体から抽出をかければ、遠からずカンツォート・ジョグの名前に行き当たるだろう。

 

 そういった細かな情報を分析されれば、ジョグが実際には隣国シュテドニアスの人間であることは早晩看破される。もちろんそうなればそうなったで対処はいくらでもあるのだが、そうならないに越したことがないのも間違いのないところだ。

 

 テントの中には、現在ジョグひとりだけが取り残されている。水の魔装機神のテュッティ、そしてラングラン王女セニアは、厠なのか何なのか、出て行ったまま戻ってこない。

 

 逃げ出すなら、今か。いや、どんな能天気な連中でも、不審人物を一人で放置するほどおめでたくはない。監視カメラのひとつくらいは準備しているだろう。――そのくらいならば、どうにかする自信はあるが。

 

 装備を確認する。護身用の拳銃は奪われているが、靴に仕込んだ煙幕と爆薬は健在だ。

 

 靴の踵をカチリと音がするまで回転させる。耳を澄ませ、靴の内部がチリチリという不穏な音をたてているのを確かめ、それを『コンシール・マント』の残骸で包み込む。

 

 さあ、ここからは時間の問題だ。『コンシール・マント』消去の準備は整った。靴に仕込んだ爆薬は、マントを完全に焼き尽くし、テントをも爆砕するに充分な威力を有している。

 

 後は、その爆発に紛れてこの場を逃れるだけ。

 

 ぽんと膝を打って、片方だけ素足のジョグは立ち上がる。

 

 特に体を拘束するものはないし、帳の向こうを軽く伺えば、見張りらしきものも見当たらない。ならば、脱出するのはそう難しい事ではない。

 

「ま、魔装機神隊とは言っても、所詮は素人の集団ってこったな」

 

 若干の幻滅を弄びつつ、ジョグはテントの帳を押し開け――。

 

「何処へお出掛けですかな、シューマッハ殿」

「うぉわぁっ!!」

 

 足元からテノールの声が飛来し、ジョグは思わず数センチを飛び上がった。

 

 右は見た。左も見た。正面も見た。確かに何もいないことを確認した。

 

 だが、足元は。テントの入り口真下に、まさか銀色の犬が陣取っているとは。あまつさえ、その犬が人語を喋るというのは、完全に想定の範囲外だった。

 

「な、何だ、犬が……!?」

「犬ではありません。私は清廉なるテュッティの使い魔、狼のフレキ。どうぞお忘れなきよう」

 

 慇懃な口調でジョグの勘違いを正す、フレキを名乗る銀狼。そういえば、魔装機神操者には、それぞれ動物型の支援知性体『使い魔(ファミリア)』が配備されているとは聞いていたが。

 

 実際に目にするのは初めてだ。一種感慨めいた感情を弄びつつ、その一方でジョグは、己の見通しの甘さに歯噛みした。

 

 『使い魔(ファミリア)』は、術者の精神を切りとったもの。術者は『使い魔(ファミリア)』と感覚を共有し、その見聞きしたものはほぼ確実に相互に情報を交換している。

 

 つまり、ジョグがなんらかの不審な行動を見せれば、この『使い魔(ファミリア)』はすぐさま術者……『ガッデス』操者テュッティ・ノールバックにその事実を報告する。

 

 そしてその双眸に貌を覗かせる獣らしからぬ色は、多少の小細工など文字どおり歯牙にもかけぬ叡知の存在を仄めかしている。忌々しいほどに優秀な番犬だ。

 

「狭い小屋で退屈でしょうが、どうか不用意な外出はお控え願います。もしどうしても外出の必要があるならば、このフレキを伴うようにと、主テュッティより申し遣っておりますゆえ、どうかご配慮ください」

「……ああ、そうかい」

 

 つまり、何処に行こうと付きまとうぞ、と言っている訳だ。

 

「ところで、ちょいと用足しに行きたいんだが」

「お供致しましょう。あちらの岩陰などがお勧めですが」

「……お気遣い感謝するよ」

 

 女性の操者に従う使い魔であることだし、少しは遠慮するかと思ったが、その気配もない。

 

「ところでシューマッハ殿、靴を片方お忘れのようですが」

 

 フレキはくんくんと鼻を鳴らし、ジョグの足元を眺める。靴下の匂いなど嗅ぐ物じゃないと場違いな同情が脳裏を過るが、そんなことよりもこれ以上不審を招くのは得策ではない。

 

 これは強行突破しかないか、とジョグが半ば覚悟を決めた時。

 

 

 魔装機が、降ってきた。

 

 

 

 

 少し時を戻そう。

 

 

 ジョグが紅茶入り砂糖に悶絶してしばし。靴爆弾の手入れをしていたちょうどその頃。

 

「……そういう訳なんだけど、どうかしら、ヤンロン?」

 

 魔装機神『ガッデス』の精霊殻。単座の自動車めいた操縦席に身を沈めつつ。

 

 テュッティが問う相手は、魔装機神『グランヴェール』操者のヤンロンである。

 

「どう、とは?」

「あのシューマッハの事。どこまで信用する?」

 

 テュッティの問題提起に、ヤンロンが通信窓の向こうで、腕を組み唸りを上げる。

 

「正直、何処から突っ込んでいいかわからんな。まったく信用に値しない内容だが、自供するからにはその裏を取る努力をしない訳にはいかん」

「背格好だけでは、どうしても多少の時間は必要だものね。一応シュテドニアスの士官学校卒業生リストあたりから洗わせてるけど」

 

 セニアが『ノルス』から割り込む。無論、かのジョグ・シューマッハについては、ラングラン防衛局中枢へと既に連絡済みだ。言語訛りと立地から考えるに、シュテドニアス関係の人間なのはほぼ間違いないのだが、それを追及するには材料が不足している。

 

「でも、どうしてそのような見え見えの嘘を並べ立てるのでしょう?」

 

 ノルス二号機のモニカが首を傾げる。ヤンロンと共に操縦訓練に努めていた彼女だが、このような事態に至っては、疑問を挟むくらいしかできることはない。

 

「やっぱり、時間稼ぎかしら」

「恐らくな。今頃外交ルートから干渉されているか、救出隊でも派遣されているのだろう」

 

 ヤンロンが唸る。ここはそもそもシュテドニアス諸国連合との国境近く。彼らがこの虜囚の救出……もしくは回収のために軍事行動を起こすなら、うってつけの立地であると言える。

 

「どうも引っ掛かるのよね。このぬけぬけと嘘をぶっこく感じ、例のバナン事変の時とよく似てるわ」

 

 セニアがペンをくるくると回す。不機嫌を隠そうともしない彼女の様に、ヤンロンも同じ記憶に思い至った。

 

「例の、シュテドニアス製造と思わしき部品の件か?」

「そう。例の魔装機の残骸に、トリニティが国内向けに製造してる機密部品があったんだけどね。それを兄さんが突っ込んで見たら、返答は『刻印が消されているから他国のデッドコピーだろう』だって」

 

 トリニティとは、シュテドニアス諸国連合に根を下ろす軍需産業企業複合体である。多くの兵器や軍需品を国内外に輸出しており、現在世界に流通している『ルジャノール』の多くがトリニティによる再設計が行われたものであることからも、その影響力の強さが伺える。

 

「しかもその時の台詞がまた奮ってるのよ。『その部品を使用した機体が敗北したことが、我が社の製品ではないことの、何にも勝る根拠となる』だって。何様かっての!」

「……経緯はともあれ、そうなると今回の奴も、バナン事変の際の魔装機部隊と同じ組織である可能性が高いということか?」

「情況証拠と勘ではね。でも、『デュカキス』も同じ結論を出してるわ」

 

 『デュカキス』はセニアが王族の権限をフルに濫用して開発した、超高性能人工頭脳である。通常の人工頭脳が得意とする情報集積と分析、そして人間が得意とする論理飛躍による解析能力を併せ持つ、セニアの言に依れば”勘の良いコンピュータ”とでも言うべきものだ。

 

 『デュカキス』が弾き出す回答は、勘と経験に裏打ちされた識者の答えに準じるものである。少なくともセニアの言うところではそのようなものであり、今のところの統計においても、セニアの主張はさほど裏切られてはいない。

 

「いくら国際複合大企業とは言え、ラングラン政府を真正面から馬鹿にして、何のペナルティもないとは考えにくい。

 それを覚悟の上で白を切るということは、それを仕掛けた側は、余程トリニティに無理を押し通すだけの影響力があるということになるが……」

「現大統領ゾラウシャルドもトリニティの肝煎りだっけね。一説にはトリニティのための私兵集団もいるとか」

「『ジラドス』を支援していたのもあの組織だったな。すると奴らはシュテドニアスの対外工作を担当する部署という事になるが……ん?」

 

 腕組みをするヤンロンが、ふと疑問符を浮かべた。

 

「どうかいたしまして?」

 

 モニカがヤンロンの視線を追いかけようとするが、精霊殻越しでは視線を追いかけても無駄だ。それを察してか、ヤンロンが言葉を継ぐ。

 

「テュッティ、どうした?」

 

 改めて、視線が一点に集まった。そういえば、先程から……ちょうど、バナン事変の話が出たころから、テュッティの声を聞いていない。

 

 果たして、三人の視線の先で、テュッティは顔を俯かせていた。普段は艶やかに流れる金色の髪が、不思議と今は、艶を失いばらりと散らばっているような印象を与えている。

 

「バナンの時の敵だとしたら……そこに、あいつもいるということよね?」 

 

 絞り出される、さながら亡霊めいた、かすれた声。先程までの穏やかさはまるで幻であったかのようなその声音に、モニカは小さく息を飲み込み、セニアは気遣わしげに言葉を投げかける。

 

 投げかけようと、した瞬間。

 

 けたたましく鳴り響くサイレン。耳を貫く鋭質の音に、四者の表情がきりりと引き締められる。

 

 最初に声を上げたのは、やはりヤンロンだった。

 

「ランシャオ、状況を!」

「国境警備隊が、国境を突破する魔装機の集団を探知しました。数は十二体。四体編成の三個小隊構成で、真直ぐにこちらに移動中です」

「速いな。機種推測は?」

「シュテドニアス型Cクラス魔装機『ゴリアテ』三機、同『レンファ』三機、同『ナグロット』三機。残り三機は未確認です」

「ランシャオ、データをこっちに回して! ……トリニティの機密データに該当! うち二機はBクラス魔装機『ギルドーラ』、うち一機は恐らくBクラス『ダイオン』よ!」

 

 言うと同時に、セニアの『ノルス』……厳密には『ノルス』とリンクした『デュカキス』からのデータが各機の情報窓に表示される。瞬時にシュテドニアスの機密情報を引っ張ってくるあたり、どのような小細工をしているのかと疑問が脳裏を過るが、今指摘することでもない。敢えて疑問を飲み下し、ヤンロンは情報窓を睨みつけた。

 

「捕虜一人の回収にしては大仰だな」

「今、シュテドニアス側の監視衛星が一斉に活性化したわ。恐らく実戦テストのつもりじゃないかしら」

「データ取りに戦争をするか……もし奴らだとすればそろそろ声明がある頃だろうが」

「ビンゴ! 防衛局宛てに来てるわよ。”新型魔装機実験部隊がヴォルクルス信徒に浸透されており、国境付近での魔装機神複数による演習に彼らが激発され、暴走した。信教の自由により軍部へのヴォルクルス信徒の浸透を阻止できなかった事を謝罪すると共に、ヴォルクルス信徒の凶悪化を助長し、現在も不用意な示威行為で彼らを挑発した魔装機神隊に対し遺憾の意を表する”だって!」

「……恥を知らないというのは、素敵な事ですわね」

 

 要約すると、ヴォルクルス信徒を凶暴化させた魔装機神隊が全ての元凶であり、シュテドニアスに責任はない、という主張である。あまりの言い草に、さすがのモニカも、呆気に取られるしかない。

 

「だがこの面の皮、ほぼ確定だな」

 

 ヤンロンの言葉は短いが、その意図するところは明快である。現在接近中の魔装機部隊は、バナン事変で交戦した部隊と同一であると確信できる。

 

「敵陣は四機編成の三個小隊。敵の目的が交戦であるとすれば、下手に陣を組んでも包み込まれるだけだ」

「如何いたしますの?」

「僕とテュッティで斬り込み、撹乱する。その間に王女達は戦域を離脱して貰いたい」

「そう、わかったわ」

「あら、わたくしだって支援射撃くらいは」

「――これは実戦なのです、モニカ王女」

 

 反駁するモニカに、ぴしゃりと言い放つヤンロン。

 

「姉さん、魔装機神に肩を並べるには、それ相応の力が必要なのよ。でないと足手まといになるだけ。わかるでしょう?」

 

 対集団戦における魔装機神の神髄は、『サイフラッシュ』や『ケルヴィンブリザード』に代表される広域破壊兵器にある。それらは極めて広範囲に破壊を撒き散らす強力な兵器だが、正しく運用するには操者本人はもちろん、随行する者にもそれ相応の連携が要求される。

 

「今回は数の差がある。この状況では貴女がたを完全にカバーできる自信もない。ですから、敢えてお二人には下がっていただき、味方の援護機が到着したら、そちらと連携して支援をお願いします」

 

 王都に既に連絡は届いている。しかし転送ハイウェイを魔装機転送用に切り替えるのに、諸々含めて十分ばかりを必要とする。そして転送神殿からガンダ高地へ到達するのにも、最速で十分前後。つまり、援軍の到着にかかる時間は約二十分。

 

 唯一の例外は時空間層転移の可能な魔装機神『サイバスター』だが、こちらは操者が出撃できるまでの時間が問題だ。より正確には、操者正樹が道に迷わず『サイバスター』に到達できるかどうか――。

 

 事実上、自分とテュッティの二人だけで、魔装機一個中隊を迎撃せねばならないだろう。それを覚悟したが故の、ヤンロンの言葉である。

 

 静かな顔に、しかし燃え上がるような闘気を漲らせたヤンロンの言葉。思わずモニカは首肯を返すが。

 

 彼女はその時、その視界の端、戦域を示す情報窓の上で、沈黙のままに動き出した光点に気が付いた。

 

「あら……テュッティ様?」

「テュッティ、陣形は高機動制圧戦FW-3でいく。……ん? どうした、テュッティ!」

 

 モニカの呼び声どころか、ヤンロンの声にすら応じず、テュッティの『ガッデス』を示す光点は、前進を続ける。――どこか頼りなく軌跡を揺るがせながら。

 

 ひやりと、嫌な予感がヤンロンの背筋を撫でる。『グランヴェール』を大きく跳躍させ、先行する『ガッデス』の側に舞い降りると、ヤンロンはぐいと『ガッデス』の肩を掴んで引き留める。

 

「テュッティ、先行するな――」

「!!」

 

 その瞬間、振り向いた『ガッデス』に、ヤンロンは思わずその手を強ばらせた。

 

「――どうしたの? ヤンロン」

 

 その呟き。普段の穏やかな湖のような雰囲気とは一変した、どこか舌足らずな呟き。同時に、平坦で、感情をどこかに置き忘れたかのような呟き。

 

 まるで、過去に葬られた亡霊が、テュッティの身体を支配してしまったかのような呟きに、ヤンロンの言葉すらも封じ込められてしまう。

 

「――あいつがいるなら、ちゃんとやらなきゃ駄目よね。ちゃんと――やらなきゃ」

「――テュッティ!」

 

 譫言めいた言葉を繰り返すテュッティに、ヤンロンは声を荒げた。『ガッデス』の肩を掴んだ手のひらから、《魔装》を通じて精霊殻に揺さぶりをかける。

 

 通信窓の向こうで操縦席ががくんと揺らぎ、テュッティの長い金髪がばらりと踊り、カメラを覆い尽くす。

 

「――え? ご、ごめんなさい、ヤンロン」

 

 そして、金髪が元のようにテュッティの細い肩を流れる時には、彼女の顔はいつもの理知的なそれへと回帰していた。

 

「君らしくもない、冷静になれ。――あと三分で来るぞ」

「わかったわ。フォーメーションFW-3、一気に踏み込んで蹴散らしましょう」

 

 言いつつ、先鋒であるヤンロンの前進を待つテュッティ。どうやら今度は大丈夫そうだと判断し、ヤンロンは機体を前進させる。

 

「――大丈夫かしら、テュッティ」

 

 秘匿通信で、セニアが呟きかける。

 

 それに大丈夫だろう、と答えつつも、ヤンロン自身もまた、薄ら寒い感覚を禁じ得なかったのだ。

 




 第二十六話です。ゲーム本編で妙に目立っていながらイマイチぱっとしない活躍で終わったカンツォート・ジョグの出番です。

 このパートはシュテドニアスによるラングランへの侵攻の前哨戦にあたり、ルビッカによるガッデス封じの仕込みでもあります。このパートがなければガッデスかザムジードのどちらかが王都防衛に間に合って、ラングラン崩壊を防ぐことができたかもしれない、というくらい重要な事件です。

 何しろこのパートで描かれるように、この時点のシュテドニアスの魔装機部隊では、正攻法では魔装機神のMAPW相手にほとんど対抗できません。必然部隊運用が大きく制限され、奇襲効果も半減したと考えられます。

 
 余談ですが、この投稿をした頃には、ファントム無頼を初めて読んだり、FE暁の女神を遊んだりしていたようです。ファントム無頼は今でも愛読書ですね。そういえばエリア88は中盤で止まってるなあ。
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