偽典・魔装機神   作:DOH

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第三話 戦士であること(1)

I

 

「それじゃ、シミュレーションを始めるわね。準備は良い?」

「……ああ」

 

 《魔装機》『ジャオーム』の、《精霊殻》の中。闇に閉ざされた球殻の中で、唯一光を放つ通信窓。それに映る、紫がかった髪の女性の言葉に、正樹はそれだけを答えた。

 

「戦場は草原。遮蔽物、障害物はなし。天候は晴れ。目標は現在開発中の量産機『ブローウェル』が三機よ。『ジャオーム』と同型の磁気加速砲を装備しているから、砲戦の時は注意してね」

 

「ああ、わかった。とっとと始めてくれ」

 

 説明する女性に、またも正樹は簡潔に答える。そんな正樹の気のない態度に、通信窓の女性はやや眉をしかめ、宥めるように言葉を続けた。

 

「……まあ、片意地はらずに、これは単純にゲームとして遊んでもらえばいいから。これほど現実感のあるゲームは、普通じゃ味わえないわよ?」

「いいからとっとと始めろって。何も見えないのは落ち着かないんだ」

 

 少々苛立ったように、正樹はぼやく。そんな正樹に、紫の髪の女性……セニア・グラニア・ビルセイアは小さな溜息を吐き出し、そして宣言した。

 

「それじゃ、シミュレーション開始。……頑張ってね」

 

 セニアのささやかな激励の言葉と同時に、闇一色だった正樹の周囲が、広大な草原へと切り替わった。

 

 そこは、ラ・ギアスの……つまり、地平線がなく、彼方の情景が雲間へと消えている大平原だった。遙か彼方まで続き、岩場も、木々の一つもない、あまりにも均質な平原。その割に、足下の下生えは奇妙に現実感がある。

 

「……中途半端だな、この”世界”は」

 

 呟きながら、周囲に視界を巡らせる。と、モニターの上に赤いターゲットボックスが現れ、敵の存在を正樹に知らせた。両の肩口に大口径の磁気加速砲を装備した、無骨な外見の人型機械『ブローウェル』。それが三機。各々腰を低く屈め、ホバーダッシュで接近している。

 

「一番近いのは、あれか。距離は……580ゴーツ? ……メートルで表示しろ、メートルで」

 

 ターゲットボックスの脇に付記される、至近の敵機の情報を眺め、正樹は非難がましく呟いた。ゴーツというのはラングラン王国の長さの度量で、1ゴーツは約1.8メートルに相当する。と、正樹の不平に反応して、モニター上の数字系がメートル単位系基準のものに変換された。敵機までの距離、およそ1000……いや、もう900メートル。

 

「もうすぐ『リニアレールガン』の射程内だな。さっさと動かないと、手数に劣る分俺が不利か……っ痛ぇ!?」

 

 爆音を轟かせて磁気加速砲『リニアレールガン』の弾丸が飛来し、立ち惚けていた『ジャオーム』の装甲に突き刺さった。

 

 正樹が呟いている間に、『ブローウェル』の砲は射程内に入っていたらしい。弾丸に込められた運動エネルギーを吸収して、命中部位の《魔装》がばんっと閃光と共に弾けて散る。

 

「ちぃッ! 遠慮のないコンピュータだな!」

 

 着弾の衝撃によろめく機体を慌てて立て直す。毒づきながらも、右のウイングスラスターを全開で噴かしながら大地を蹴り、『ジャオーム』を左へと跳躍させる。

 

 すると、それまで『ジャオーム』の居た地点を、磁気加速砲の弾丸が貫いた。後続の二機の放った物である。

 

「はっ! そうそう何度も当たってられるかっての!」

 

 嘲笑しながら、正樹は自らも右肩の磁気加速砲をポップアップさせた。モニターの中央に緑の照準レティクルが現れ、ピピピピ……という電子音と共に、至近の……つまり先程自分に命中弾を与えた『ブローウェル』を追尾し始める。

 

「よーし、こいつはお釣りだ、とっときな!」

 

 レティクルの重なった瞬間、そう叫びながら、正樹は操縦桿のトリガーを引いた。爆裂するような音と共に、磁気で加速され、更に《魔装》で薄く覆われた弾丸が、『ブローウェル』へと迫る。

 

 しかし、自ら移動しながらの射撃が、そうそう命中するはずもなかった。弾丸は『ブローウェル』の《魔装》の表面を薄くかすめただけで、黄金色の糸を引きながら彼方へと飛び去ってゆく。磁気加速砲は弾速は速いが、連射が効かないので当たりにくい。

 

「くそ、外したか! ちょこまか動きやがって……」

 

 悪態と共に、武器を銃身が加熱した磁気加速砲から、胸部に装備された荷電粒子砲へと切り替える。

 

 荷電粒子砲は射程・威力共に磁気加速砲に一歩劣るものの、ビーム状に連続発射できると言う点が有利な武器である。人で言うと右の肋骨のあたりからせり出した銃身から、まばゆく輝く光線が放たれ、横一文字に薙ぎ払われる。

 

 『ブローウェル』もこれは回避しきれず、機体に横一文字の傷跡を刻まれた。しかし、破壊されるまでには至っていない。反撃とばかりに放たれるレーザー砲着弾の衝撃が、『ジャオーム』の《精霊殻》を揺さぶる。

 

「くそったれ、調子に乗りやがって!」

 

 口汚く罵りながら、正樹は再び武器を冷却の終わった磁気加速砲に切り替え、照準を至近の『ブローウェル』に合わせた。レティクルとターゲットボックスが、目まぐるしく円舞を踊る。

 

 知らない内に、操縦桿を握る腕に力がこもる。レティクルをもっと近づけようと、小刻みに照準レバーを指先で転がす。電子音とともにゆっくりと重なってゆく照準。それを目で追う正樹の中で、どこか冷めた自分が呟いた。

 

"俺……何やってるんだろうな?"

 

 自分は戦うことを拒否したはずだった。何の理由があったとしても、自分が機動兵器の類に乗り込んで戦うなど、到底認められることではないはずだった。

 

 大体にして自分の人生は、機動兵器に振り回されていると言っても過言ではない。PTによるテロで家族を失い、正体不明の怪物PTの戦闘に巻き込まれて死の淵をさまよい、挙げ句の果てには自ら異境の果てで、魔装機とか言うこの得体の知れない機動兵器に乗らされている。有り体に言えば、正樹は機動兵器が嫌いなのだ。

 

”なのに……なんで”

 

 何故、自分はこうも機動兵器の戦闘に高揚しているのか。自分の表情が、笑みを浮かべているのがわかる。自分は、こんなにも好戦的な性格をしていたのだろうか?

 

 レティクルが重なり、甲高い電子音と共に紅に染まる。瞬時に、トリガーを引いた。びりびりと空気を引き裂く轟音と共に、帯磁し、電磁誘導によって加速された弾丸が放たれる。

 

 今度の狙いは正確だった。音速の数倍の速度で迸る弾丸が、『ブローウェル』の右足へと吸い込まれる。閃光と共に《魔装》を貫き、装甲を食い破り、黄金色の尾を引きながら貫通する!

 

「よし、当たった!」

 

 走行中に片足の機能を急激に失い、『ブローウェル』は安定を失ってその場に倒れ込んだ。正樹は快哉を上げ、再び武器を粒子砲に切り替える。瞬間、悩みは興奮の波に覆い隠されてしまっていた。

 

 通常、魔装機に対してはあまり有効ではないビーム状の兵器だが、目標が静止しているならば話は別だ。ビームを連続的に照射できるため、《魔装》の回復力以上のエネルギーを、短時間に加えることができる。

 

 正樹は瞬時に照準を合わせると、機体を『ブローウェル』へと肉迫させながら、粒子砲のトリガーを引き絞った。今度は横薙ぎに放つようなことはしない。閃光が正面へと、まっすぐに迸る。それは正確に『ブローウェル』の胸部を捉え、《魔装》を焼き尽くし、貫通したエネルギーが機体内部を荒れ狂う。

 

 そして、爆発。

 

「まず、一機!」

 

 四散し、黒煙を上げる『ブローウェル』を飛び越え、正樹は次の獲物へと駆け出した。

 

 

 

 

「あらあら、何のかんの言っても、結構やる気あるじゃないの」

 

 戦術シミュレータ『パラキス』によって作り出された仮想空間。そこで繰り広げられる戦闘の光景を表示したモニターを眺めながら、神聖ラングラン王国第二王女にして、王国軍魔装機隊設計局に属するセニア・グラニア・ビルセイアは感心したような、呆れたような言葉を吐いた。

 

 ここは、神聖ラングラン王国王都の外れに位置する、魔装機隊統合基地。魔装機という兵器体系全ての設計・製作・試験・整備・戦術研究等全てを統括する場所である。

 

 特に現在、セニアを初めとする数名が集まっているこの部屋は、魔装機戦技研究棟の一室。この建物の容積の40%近くをも占有する戦術シミュレータ『パラキス』の集中管理室だった。ここで、『パラキス』によって得られた情報の記録・分析が行われる。

 

 今、この集中管理室では、正樹の《魔装機操者》としての適正を計測するための、実戦形式のシミュレーションが行われていた。

 

 セニアと数名の情報士官が、各々のコンソールの前で、刻一刻と変化するデータを睨み付けている。

 

 集中管理室は『パラキス』の設置されたドームを見下ろすように設置されており、眼下には超巨大演算器たる『パラキス』の威容、そして『パラキス』の中枢部に半身を埋め込んだ『ジャオーム』の姿が見受けられる。この『パラキス』の生み出す仮想空間の中で、正樹は『ブローウェル』との戦いを繰り広げているのだ。

 

 『ジャオーム』を操る正樹の一挙一投足が、即座に《精霊殻》を通して『パラキス』に転送され、その内容から正樹の能力が算出される。例えば集中力、反射能力、《魔装》の密度、《魔装》の制御力などだ。それはすかさず専用の演算式に適用して数値化され、セニア達の目の前の水晶モニターに表示されていた。

 

「大したものだな……彼は」

 

 正樹の振るう『ディスカッター』が、二機目の『ブローウェル』の胴を薙ぎ払う。その姿とデータを眺めながら、セニアの後方で今まで黙したままだった青年が、心底感心したように呟いた。

 

 僅かに癖のある髪を、男性としては長く伸ばした、端整な顔立ちの青年である。年の頃は二十歳過ぎか、しかしその表情には、その年齢には不相応なほどの苦難を乗り越えた者特有の苦みと、そして人の上に立つことを生来課せられ、そして自らもそれを選択した者の威厳が漂っている。

 

 胸に神聖ラングラン王国軍の上級官吏の印章を掲げた軍服に身を包み、その下には、防衛局長官という彼の役職と、フェイルロード・グラン・ビルセイアという、彼の名前が刻まれていた。

 

「砲戦能力は決して高くないが、動体視力、反射神経は大したものだな。《魔装》の密度も申し分ない……」

「地上のデータベースをチェックしてみたら、日本州のカラテとボクシングの大会に記録が残ってたわ。特にボクシングはユースランク全国大会で、ベスト8。人は見かけによらないわね」

 

 中央のモニターに表示されたグラフを眺めながらのフェイルロードの呟きに、セニアが背を向けたまま答えた。

 

 ちなみに、『ラ・ギアス』から地上の情報ネットワークにアクセスすることは、時空構造の差異などから極めて困難なことである。彼女の工学関係における才覚は熟知しているつもりだったが、それでもフェイルロードはセニアの……実の妹のこともなげな言葉に驚きを隠しきれなかった。

 

「素質は十分だと言うことか……優れた格闘家は、無意識下で自分の《プラーナ》を制御する術を身につけているとは言うが……な」

 

 手持ちぶさたな腕を組みながら呟くフェイルロードの目の前で、最後の『ブローウェル』が胸部を剣で貫かれ、撃破される。

 

「本人の意思次第とはいえ……欲しいな」

「難しいかもね……。彼、戦いに嫌悪感持ってるみたいだし」

 

 相変わらず背中で答え、セニアはコンソール上のマイクに手を伸ばした。

 

「はい、ご苦労さま。データ処理が終わるまで、休憩室で休んでて。一時間後にまた呼ぶから、あまり出歩かないでよ」

「ああ……」

 

 マイクの向こうから、どこか疲れたような正樹の声が響く。『ジャオーム』から正樹が降りたのを確認して、セニアは集中管理室に詰め、試験をサポートしていた情報士官達の方を振り向いた。

 

「それじゃ、今回の能力試験はこれで終わり。みんな、ご苦労様」

 

 セニアの言葉と共に、集中管理室に漂っていた僅かな緊張感が解き放たれた。上司であるセニアとフェイルロードに敬礼を一つしてから、各々溜息や伸びをしながら部屋を出てゆく情報士官達。彼らの姿がなくなるのを待って、セニアは兄に、お気楽な口調とともに微笑んだ。

 

「まあ、そう言うことで苦労するのは兄さんの仕事でしょ? 頑張ってね」

 

 まるきり他人事の口調の妹と、これから待ち受けるであろう苦難に、フェイルロードは自らの額を抑え溜息を吐き出した。

 

 

 

 現在の『ラ・ギアス』には、明らかな動乱の兆しが現れている。

 

 動乱の発端は、現在から約六年前のラングラン新暦4949年、神聖ラングラン王国の未来視……即ち予言者が、ひとつの予言をもたらしたことだった。

 

「巨大な《魔神》が、ラングランを滅ぼす。そしてそれは『ラ・ギアス』に生きる全ての物に、死と災いをもたらす」

 

 この恐るべき内容の予言に、王国の人々は恐怖した。『ラ・ギアス』における予言(預言ではない)はオカルトではなく、ラプラス演算に基づく高度な時空間観測技術に立脚した、極めて正確なものである。予言に破滅が語られると言うことは、何の対処もしない場合確実に、その破滅が現実化するということであったから。

 

 この事態に、ラングラン軍は対《魔神》兵器の開発を企画。一年間協議の結果、従来の『ラ・ギアス』の兵器概念を根底から覆す兵器体系、神鉱石(オリハルコニウム)の骨格と精霊による守護、そして高出力かつ安全な動力機関《フルカネルリ式永久機関》を搭載した、《魔装機》の概念が誕生した。

 

 時のラングラン国王アルザール・グラン・ビルセイアは、軍より提案されたこの《魔装機》開発計画……通称《魔装機計画》を承認。ラングランに本部を持つ練金学アカデミーの全面的な支援を受け、《魔装機》の開発が開始されることとなる。

 

 《魔装機》の開発は順調に進み、わずか一年で不完全ながら、《魔装》や《精霊殻》などの《魔装機》の基本的な機能を備えた試験機『ルジャノール』が完成した。

 

 だがここに至って、《魔神》とは何の関係もない所から問題が発生し、計画は一時中断する事となる。それは、ラングランが他国侵略のための新兵器開発を行っているという疑心暗鬼に駆られた、周辺諸国からの圧力であった。

 

 無論のこと、ラングランは侵略の意志を全面否定し、その意図を全世界に明らかにした。しかし周辺諸国……ことにラングランと並んで『ラ・ギアス』三大国とされる『シュテドニアス連合国』と『バゴニア共和国』はそれを認めず、関税の引き上げや輸出入量の制限などの経済制裁を実行に移した。

 

 これに対し、アルザール王は英断、或いは後の歴史家によれば史上最大の愚挙とも言える決断を下した。《魔装機》『ルジャノール』他《魔装機計画》の成果の設計および試作機を、全世界の練金学アカデミーを通じて公開したのである。

 

 戦争に使用するつもりならば、設計を極秘にしておいた方が有利に決まっている。その技術を『ラ・ギアス』全土に一般化して、他国侵略の意図がないことをアピールすることで、周辺諸国の圧力はとりあえず収まることとなった。

 

 もっとも、根本的な疑念は晴れることはなく、さらには別の重大な問題を引き起こしつつ、現在に至っているのだが。

 

 ともあれ、こうして《魔装機計画》は再開されることになった。程なくして《戦闘用巨人型魔装機》の試作機『ノルス』も完成し、計画は順調に進展して行くかに見えた。

 

 しかし、今度は二つの問題が発生した。

 

 ひとつは実際に制作された《正魔装機》を制御できる人間の不足。

 

 もうひとつがラングラン国内に、現体制の打倒を目標に掲げた軍事組織……要するにテロリスト集団『ジラドス』が結成されてしまったことだった。

 

 『ジラドス』……意味としては『専制君主制度を打倒する革命軍』となるこの組織は、ラングラン国内で様々なテロ活動を行った。都市の破壊、重要施設の占拠などだ。

 

 無論、ラングランにも軍備はある。しかも『調和の結界』と呼ばれる、制御されない過剰なエネルギー……例えば大型爆弾などを抑制する魔導結界によって、テロ活動などは簡単に鎮圧される……はずであった。

 

 それが普通のテロ活動であったならば。

 

 『ジラドス』はテロ活動を行うにあたって、ラングランが公開した《魔装機》を使用していたのである。

 

 《魔装機》は精霊によって強力に制御された力を操る機械であり、よって『調和の結界』の作用を逃れる事ができる。そして、一般の兵士の装備では、たとえ試作機であっても《魔装機》に対して何ら有効な対策を立てることはできない。

 

 皮肉にも、《魔装機》を開発し、戦争利用を否定したラングランそのものが、《魔装機》の軍事的利用の有効性を証明してしまっていたのである。

 

 やむなくラングラン王国は、多発する『ジラドス』のテロに対し、完成したばかりの《正式戦闘用巨人型魔装機》……略して《正魔装機》を投入することとした。しかしテロの絶対数に対しての、前述の理由による稼動する《正魔装機》の少なさによって、未だに王国は、『ジラドス』に対して決定的な対策を講じられずにいたのである。

 

 

 

 

「つまり……《魔神》がどうのこうの言ってても、結局目下の敵は人間な訳か。しかも、相手も《魔装機》を持ってる」

 

 長々と続けられた説明が一段落したところで、正樹は心底呆れたように呟いた。

 

 ここは魔装機隊統合基地の指令官室。適性検査を終えた正樹はここで、現在の『ラ・ギアス』の情勢についての説明を受けている。

 

 正樹は今、応接用ソファーの上で、この基地の総司令官たるフェイルロードと差し向かいで座っていた。二人の間のテーブルには、『ラ・ギアス』の世界地図などの資料が山と積み上げられ、その隅に水差しとグラスが追いやられている。

 

 フェイルロードは長い説明に疲れたように溜息をつき、グラスの水をぐいと飲み干した。そしてグラスをとん、と机に戻し、一服したところで再び口を開く。

 

「そのとおりだ。残念だが、現実は偽りようがない。『ジラドス』に対抗できるのが我々魔装機隊しか居ない以上……な」

 

 正樹の問いを、フェイルロードはそれを発した正樹が呆気にとられるほど、あっさりと肯定した。

 

「そして今、『ジラドス』による被害は日々拡大している。それに対して、さっきも言ったように我々の戦力はあまりにも少ない。ラングラン全土で発生するテロの全てに対応するには。だからこそ……」

 

 口惜しげにぐっと拳を握りしめる。その口惜しさが自分たちの行動の矛盾によるものなのか、それとも『ジラドス』に対抗する力の不足によるものなのか、一見しただけでは正樹には判別できない。

 

“いや……どっちでもない。これは……別の、自分自身への、無力感?”

 

 鼻を鳴らし“気”を嗅ぎ取る。そんな正樹の観察をよそに、フェイルロードは正樹の目をまっすぐに見据えて言葉を続けた。

 

「だからこそ、君の様な優秀な能力を持つ人間が必要なのだ。……どうか、力を貸してもらえないだろうか?」

 

 真摯に言葉を紡ぐフェイルロードに、しかし正樹は内心多少の罪悪感は憶えるものの、答えるべき言葉は決まっていた。

 

「……前にウェンディって人にも言ったが、俺はあんたらの戦争に手を貸すつもりはない」

 

 きっぱりと拒絶する正樹。フェイルロードもその答えは予想していたのか、表情を変えず、正樹の目を見据えたまま次の言葉を待つ。

 

「結果的にあんたらに命を助けられたことには感謝してる。でも、その恩はこの間の件で返した筈だ。俺は、戦争をしたいとは思わない。《魔装機》にも……乗りたくはない」

 

 爆発に巻き込まれた自分が、ラングランの召喚魔法のおかげで生き延びることができた。しかし、その事と自分が戦争することは、別の問題だと思う。フェイルロードは正樹の言葉にしばし沈黙し、やがて溜息を一つ吐き出した。

 

「……わかった。我々としても、無理強いをする事はできない。君を、地上に送還しよう」

 

 最早『ラ・ギアス』に来てから幾度目になるだろう、落胆と失望の“気”。

 

 自分自身の意志による結果とはいえ、正樹の胸の、どこか一部がちくりと痛んだ。

 

 

 

 

「……という訳で、所要時間約四分! あたしとしては、もう少し頑張ると思ってたんだけどなぁ……」

 

 魔装機隊基地訓練施設。建物を貫いてそびえる『パラキス』に、《魔装機》『ファルク』と『ディンフォース』が半身を埋め込んでいるのを背景に、セニア王女が天を仰ぎ、嘆く様に熱弁を振るう。

 

 熱弁を拝聴しているのは、丁度今日基地駐屯の当番で、訓練していた男と女。《魔装機》『ファルク』の《操者》であるテュッティ・ノールバックと、同じく《魔装機》『ディンフォース』の《操者》ホワン・ヤンロンだった。

 

「頑張るって……どっちが、ですか?」

 

 王女の語るに、部屋の隅に申し訳程度にしつらえられたベンチの上で、苦笑を交えてテュッティが尋ねる。セニアは当然の様に答えた。

 

「当然、『ブローウェル』の方よ。『パラキス』の戦闘ルーチンがまだ甘いのもあるけど、もう少し頑張ってくれないと、実戦じゃ役に立たないわ」

「確か、『ブローウェル』の基礎設計、セニア様も参加していらっしゃいましたね」

「そうなんだけどねぇ。でも、開発局の石頭ども、あたしのプラン片端から没にするんだもの」

 

 あんな設計じゃ弱いのも当然だわ、と続けて、お手上げ、と言った風に肩をすくめる。

 

「セニア様の設計はコストを度外視なされますから……」

 

 苦笑して、テュッティ。その後を、今まで黙ってドリンクを口にしていたヤンロンが引き継いだ。

 

「『ブローウェル』は、あくまで量産機。一般兵に使用できることはもちろん、コストダウンも図らなくてはなりませんからね」

「むー……」

 

 テュッティとヤンロンの挟み討ちに、セニアは子供のように頬を膨らませてむくれる。そこに、話を変えるようにヤンロンが尋ねた。

 

「それで、マサキ・アンドーの能力評価はどうなったのです?」

「あ、彼? 反射神経、動体視力、《プラーナ》量、どれも申し分なし。ちょっと《プラーナ》流が不整流ぎみだけどね。素質は充分よ」

「今頃、フェイル殿下が交渉している筈でしたね」

「そーね。そろそろ終わるころだと思うんだけど……」

「彼、引き受けるかしら?」

「あの様子では、難しそうだったけどね。まあ、兄さんが出てきたら、聞いてみればいい……」

 

 呟くテュッティに、天を仰いだセニアの語尾が淀む。

 

 不審に眉を寄せるテュッティの目の前で、セニアはその通りの良い声を張りあげ、《魔装機操者》の二人の頭上……すなわち、折しも訓練場二階張り出しの通路を横切ろうとしていたフェイルロードへと投げかけた。

 

「兄さーん! こっちこっち!」

「……セニアか。ヤンロン、テュッティもいるのか」

 

 階下に妹の姿を認め、フェイルロードは壁際の昇降リフトを下る。そして、右手を上げて会釈しながら三人のもとへと歩み寄った。

 

「今日は君たちが駐屯か。いつも熱心に訓練してくれてありがたい」

「いえ、これも我々の《魔装機操者》としての義務ですから」

 

 ベンチから立ちあがり、優雅に一礼しながらテュッティ。その後ろで、セニアが『パラキス』を見上げながらぼやいた。

 

「本当、もっと他のみんなもあなたたちみたいに『パラキス』で訓練してくれれば、もうちょっと戦闘ルーチンも改善できるんだけど……ねぇ?」

「あ、えーと、そうですね……」

 

 言っていることは正しいが、同僚を揶揄するような事に、同意を求められても困る。テュッティが曖昧な笑みを浮かべながら無難に答えていると、ヤンロンが話を切り替えた。

 

「殿下、マサキ・アンドーとの交渉はどうなりましたか?」

 

 ヤンロンが問うと、フェイルロードは眉をひそめ、小さくため息をついた。それを見ただけで、テュッティは交渉の結果をおおよそ推測できた。

 

「駄目……だったんですね?」

「ああ。きっぱりと断られたよ。戦うことそのものが嫌なんだそうだ。これでは譲歩の余地もない」

 

 まあ、我々としても無理強いはできないしな、とフェイルロードは言葉を結び、再びため息をつく。その明らかに疲労がにじみ出た様子に、セニアは眉をひそめてきづかわしげな声音で囁いた。

 

「兄さん、ちょっと疲れてるんじゃない? 顔色もあまり良くないし……無理しないでよ」

「……そうかな? そう見えるか……大丈夫、無理はしていないよ。ちょっと長話をしすぎたからかな」

 

 言われてフェイルロードは虚を突かれたような表情を浮かべるが、すぐに疲れを払拭するように笑みを返し、《魔装機操者》の二人に向き直った。

 

「そういうわけで、彼は近日中に地上に送還することになった。残念だが、彼は元々《戦士(ザン)》の生まれではないからな」

 

 戦士たらんとしない者を、無理に戦士にすることもできない。そう結ぶフェイルロードに、セニアはそうね、と相づちを打った。

 

「そうですか……残念ですね」

「自ら戦いを望まない者に無理強いしても、役には立たないでしょうが、ね」

 

 彼はなかなか好感のもてる少年だった。彼が仲間になってくれることを少なからず期待していたテュッティは、失望と落胆に小さくため息をついた。そのかたわらで、独白するようにヤンロンが言う。それは彼がいつもそうであるように冷静な声音ではあったが、テュッティにはどこかその言葉に、どこか苛立ちの様な感情が漂っているように思えた。

 

「まあ、後は彼が心がわりしてくれることを期待するしかないな。送還までは少々時間がかかる訳でもある」

 

 言いながらも、フェイルロードは望み薄だ、といったふうに肩をすくめる。

 

「今のところ、《送還の儀》は王都の施設で、日取りは三日後を考えている。何か彼に用があるなら、それまでに済ませる様にしてくれ……それでは私はこれで失礼するよ」

「御苦労様です、フェイル殿下」

 

 軽く会釈し、きびすを返すフェイルロード。その背中に、テュッティは労いの言葉を送った。魔装機隊総司令長官かつ、神聖ラングラン王国第一王子たる彼にはこの後も、様々な責務が山積みになっているのだ。

 

 リフトを上り、施設上層へと消えて行くフェイルロードを見送るテュッティは、彼の背負う責任の重圧に内心同情の意を表しながら、その一方で件の少年について思いを馳せた。

 

「《戦士》か……」

 

 確かに、マサキ・アンドーは戦士として教育された人間ではないだろう。彼はまだ少年と言ってもいい年齢だし、生まれは第三次世界大戦にさえ参画せず、数百年間戦争を知らなかった日本州である。彼に戦士としての意識を求めること自体が間違っていると思う。

 

 だが、それを言うなら自分はどうだろう。EC結成まで戦乱の絶えなかった北欧の生まれではあるが、銃の扱いに長けているわけでもなく、得意なことと言えば自動車の運転くらいのものだ。でも、それでも今、自分は戦士としてこの世界で戦っている。

 

 そもそもラングランの人々は、《戦士》階級以外の者が戦場に立つことを、無意識的に忌避しているところがある。その感覚は、旧世紀において、女性が戦場に立つのに対するものに近い。厳格な身分制度が社会の根底にまで浸透しているのだ。

 

 ラングランの社会体制は『階級民主主義』と呼ばれるもので、『ある権利を有するものは、それに相応の義務を負わなくてはならない。そしてそれは身分階級によって区別される』というものである。この思想により、ラングラン国民には、厳密な身分階級が定められている。

 

 例えばセニアやフェイルロードのような《王族(グラン)》、騎士などの戦士階級たる《戦士(ザン)》、ウェンディのような練金学士の《練金学士(ラアス)》などである。これらは各人のファーストネームに続いて名前に冠される。例えば、『フェイルロード・グラン・ビルセイア』などというように、である。(女性の場合は《王族》が『セニア・グラニア・ビルセイア』)

 

 この各階級の専門技術は同階級以外に対しては門外不出の秘儀とされる。階級の選択は十五歳の、ラングランにおいて成人とされる年の誕生日に行われ、その選択は法的には自由とされている。だが、専門知識の教育上の都合から、普通はその親の階級を継承することが多い。

 

 つまり、例えば《戦士》の家系の者は、基本的にその親から、幼いころから戦いについての徹底した教育を受けている、というわけだ。当然、その教育の中には、戦闘の意義、相手を倒すと言うことについての倫理も含まれている。

 

 そんな社会体制であるから、ラングラン人にとって戦士の倫理教育は《戦士》であることの大前提であり、それを受けていない人間を戦士にしたがらないのも納得できる。頭では納得できるのだが……。

 

「彼にあれだけの能力があるのなら、もう少し食い下がっても良いんじゃないかしら……」

「それは僕たち地上人の感覚だ。彼らには彼らのやり方がある。僕たちの口出しすることではない。『郷に入っては郷に従う』というものだ」

 

 思わず口からこぼれ出た呟きをヤンロンに返され、テュッティは一瞬きょとんとする。

 

「そもそもテュッティ。君はマサキ・アンドーを戦場に引き込みたいのか? 戦いを望まない奴を?」

「そ、そう言う訳じゃないのよ。ただ、結論を出すのが早すぎるんじゃないかと思って……」

「確かにそれは同感だが、だからといって僕たちが積極的に勧誘する事でもないだろう。らしくないな」

 

 ヤンロンの切り裂くような正論は、テュッティの意識に冷水を浴びせた。

 

「そう……ね」

 

 困惑する彼女を後目に、ヤンロンは手にしていたドリンクを手近なダストボックスに放り込むと、

 

「何にせよ、奴の才が本当なら、天命が奴を導くだろう。我々がどうこうする事ではない」

 

 そう言って、それ以上この話題には興味はないと言った風で、その場に背中を向けた。

 

「……なーによ、あいっかわらず説教臭いわねぇ、ヤンロンって」

 

 わずかに口先を尖らせ、立ち去るヤンロンの背中に小さく舌を突き出すセニア。その子供っぽい仕草に、テュッティは小さく苦笑を漏らす。

 

 と、そのセニアが急にくるりと振り返り、テュッティの方に向き直ると、気配一転からかうような表情、口調で詰め寄ってきた。

 

「でっ! さっきから気になってたんだけどテュッティ? あなた妙にマサキの事気にしてない? もしかして、テュッティお姉さまは年下が好みだったのかなぁ?」

「え……?」

 

 妙に楽しげなセニアの勢いに、テュッティはたじろいだ。言われて、改めて自分の感情を確かめてみる。

 

「……そうですね、確かに気にはしていますけど……恋愛感情じゃあないですね」

「あらそう? つまんないなぁ」

 

 テュッティの思ったよりもずっと冷静な返答に、セニアはつまらなさそうな表情で退く。それにテュッティは頷いて相槌をうち、こちらも悪戯っぽく微笑みながら、正直言って彼はそこまで好みのタイプではありませんし、と付け加えた。

 

「じゃあ、何でそんなに気にするのよ?」

「ええと、言葉にはしにくいんですけど、何だかこのまま地上に帰すのは、彼にとってあまり良くないような気がするんです。何というか、捨てられた子犬を見ているような感じで……」

 

 そこまで言って言葉に詰まり、思案顔になるテュッティ。その悩む顔をセニアはじっと見つめ、そして何かを悟ったように表情を緩めると、

 

「やれやれ、面倒見のいいお姉さんね、あなたは」

 

 と、両手を肩の高さまであげて苦笑を閃かせた。

 

 




 第三話はあまりにも長いので、分割することにしました。

 かつてこれを書いていた時は、五ヶ月かけていたようです。それで八万文字くらいだったんですから、割と気合が入ってたんだなあと思いますね。

 これを書いているあたりで、スーパーロボット大戦CBが発売されました。そのEX編の設定資料にいくつもの爆弾設定が書いてあったのを覚えています。

 とくに転送ハイウェイ! テレポーターネットワークで繋がれた社会をシミュレートするのにワクワク……いや苦労……やっぱワクワクしたものです。こういうの昔から好きなんですよね。

 ちなみに現在ではジャオームのレールガンは手持ち火器であることがわかっていますが、この当時は機体内部に折りたたんで格納する演出をしています。スパロボα外伝だかでジャオームの演出を見たときは唖然としたなあ、魔装機って基本、刃物以外で手持ち武器を使わないと思っていたから……。
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