偽典・魔装機神   作:DOH

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第二十七話 愛憎の彼岸

I

 

 

 ジョグの頭上に舞い降りたのは、紫色の《魔装》を纏う魔装機『ギルドーラ』だった。

 

「むっ……!」

「んなぁっ!?」

 

 魔装機神『ガッデス』の使い魔たるフレキは、突然の闖入者に身を跳ね上げた。狼らしい俊敏さで大きく跳躍し、ジョグの付近……より正確には『ギルドーラ』の両足が落下するであろう領域から身を退かせる。

 

 ゆえに、『ギルドーラ』が雪崩れ落ちるその場に残されたのは、片足裸足のジョグが一人。

 

 振り仰ぐ視界一杯を埋め尽くす靴裏。ああ、ちゃんとスリップ対策も施されているな、感心感心……などと益体もない思考は、続く魔装機『ギルドーラ』着地の衝撃によって吹き飛ばされる。

 

 シュテドニアス初のBクラス魔装機(規格としてはラングランの非魔装機神タイプの正魔装機に相当する)である『ギルドーラ』は、他の同国産魔装機に比べてさらに人型に近く、その比較的細身の体躯は、イオノクラフトの性能向上と機体の軽量化により高度な飛行能力を獲得している。その代償として、火力は他機種に比べて若干劣るものとなっているのだが。

 

 空を飛ぶために比較的軽量、かつイオノクラフトによる衝撃緩和を施しているとは言っても、魔装機は魔装機。着地の衝撃は半端ではない。舞い上がる砂埃は弾丸めいた速度でジョグの全身を打ちのめす。

 

 衝撃で視界に散る火花を追い払いながら、ジョグは悪態を吐き出した。

 

「畜生め、こんな乱暴な真似をする奴ときたら――!」

「無事かな、カンツォート・ジョグ?」

 

 ジョグの悪態は特定の誰かの名前を指していた訳ではなかったが、頭上の魔装機が発した声は、ジョグの敵意が差し向けられていた相手そのものだった。

 

「ルビッカ! てめえ俺を殺す気か! それとフルネームで呼ぶんじゃねえ!」

「心外だね。私は君を助けに来てやったというのに。この程度で死ぬならば君はその程度だったという事だろう? カンツォート・ジョグ」

 

 含み笑いさえ漂わせ、白々とそう語る『ギルドーラ』の操者。ジョグの看過したとおり、それはシュテドニアス軍でも数少ない、地上人の魔装機操者たるルビッカ・ハッキネンである。

 

「巫山戯てる場合じゃねえだろう! さっさと俺を回収しろ!」

 

 沸き上がる殺意にも似た怒りを抑え込みつつ、怒声を放り上げる。

 

「ふむ、確かに私は君を回収するように指示を受けている。受けているのだが……」

「だったら早くしろ!」

 

 ジョグの怒声に毛ほども動じず、ルビッカは思案げに呟く。ジョグにルビッカの姿が見えているわけでもないのだが、何故かルビッカがくいっと眼鏡を弄る姿が脳裏に蘇る。

 

 そしてルビッカは、何かとても面白いことを思いついたかのように、声を半オクターブほど弾ませた。

 

「君を救出するよりも、更に戦術・戦略的に効果的な目標を発見したよ」

「何だとっ!?」

 

 ジョグの悲鳴じみた声をかき消すように、『ギルドーラ』のイオノクラフトエンジンが唸りを上げる。耳をつんざく高周波音は鼓膜を引き裂かんばかりにまでボルテージを跳ね上げ、ジョグはそれから身を守るために、両耳を押さえて身を伏せるしかない。

 

 そしてその合間を潜るように、ルビッカのとどめの声が響き渡った。

 

「そういう訳だから、君は自力で脱出してくれたまえ。健闘を祈るよ、カンツォート・ジョグ」

 

 直後、目を丸くするジョグを置き去りにして、紫の『ギルドーラ』は空中に舞い上がった。

 

 舞い上がる土埃に嬲られながら、ジョグは悲鳴混じりに喚き散らした。

 

「こ、こん畜生! これだから地上人は信用できねえんだ!!」

「心中察します、カンツォート・ジョグ殿」

「てめえまでフルネームで呼ぶんじゃね……!?」

 

 反射的に反駁するジョグ。しかしその声の主が誰なのかに思い至り、舌打ちしながら首を向けて見れば、そこにあったのは果たして、『ギルドーラ』が巻き起こす爆風から身を退けていた狼フレキであった。

 

「カンツォート・ジョグ殿、シュテドニアス諸国連合軍ラーマヤ士官学校第九十七期卒業生の中にお名前を拝見していますが」

 

 口ぶりは慇懃だが、その視線が宿すのは明らかに敵意と警戒。使い魔は操者と情報を共有する能力があり、このフレキがこのような事を口走ると言うことは、その操者たるテュッティ・ノールバックが、自分の正体についての情報を得ている事の証左となり得る。

 

「くそっ……あの馬鹿野郎が!!」

 

 上空を振り仰ぎ悪態を吐き出すが、当のルビッカの『ギルドーラ』は、とうの昔に地平の彼方だ。戻ったら本気でシメてやると密かに心に誓いつつも、今はそれより優先すべき事がある。

 

 首を直すついでに足を振り上げ、残っている方の靴の踵を岩盤に打ち付ける。反射的にフレキが腰を浮かせるが、その直後、背後――つまり魔装機神達のテントが爆炎を吹き上げた。

 

「――ッ」

 

 状況からジョグの仕業であるのは明白であるが、しかし一瞬注意がそちらに向けられるのは避けられない。フレキが一瞬首をそちらに差し向けた瞬間、ジョグは全力で走り出す。

 

 片方の靴が爆薬であり、もう片方はその遠隔起爆装置。コミックか何かのようなスパイ向け小道具だが、たまには役に立つこともある。

 

 だが、小道具で稼いだ一瞬は、やはり一瞬でしかない。狼と人間の走る速度には歴然の差があり、いかな使い魔とは言え狼をモデルとしている以上、その疾走速度が人間以下であることを期待するのはいささか脳天気というものだ。

 

 ジョグは、今度は奥歯に仕込んだ加速の簡易呪法を発動するか否かと迷ったが、背後に追いすがる獣の気配が感じられず、ちらりと視線を背後に振り向ける。

 

 すると、そこには追いすがる足を止め、背後に首を振り向けた狼フレキの姿があった。

 

「……む?」

 

 背後と会話をするかのように耳を欹てているフレキ。訝しるジョグの方にちらりと視線を配ったかと思うと、その姿を霧に変えて消滅してしまった。

 

「……何だ?」

 

 振り向いた姿勢のまま、ジョグは戸惑いを弄ぶ。あの狼にジョグを見逃す理由はないはずだ。すると操者が何らかの理由で使い魔を召喚したということだろうが、それにしてもジョグならば……少なくとも冷静な人間であれば、今の状況でジョグを見逃す道理はない。

 

 だとすれば、重要な情報源になり得る自分を放棄してまで、使い魔を必要とするほど操者が追い詰められているのか。

 

「――奴のおかげ……って事か?」

 

 極めて不愉快な話だが、可能性としてはそれが一番高い。そして原因がどうあれ、追手のいなくなった現状を利用しない手はない。

 

「くそったれめ」

 

 悪態を吐き出し、憮然とした表情を崩さぬまま、ジョグは国境を目指して走りだした。

 

 

 

 

 若干更に時を戻した、ガンダ高地東部平野。

 

「さあ親愛なるヴォルクルス信徒諸君、聖戦の時間だ!」

 

 右腕に巨大な鷲爪を備えた魔装機の《精霊殻》で、ラクスマン・エターフォン……つまりラセツ・ノバステは、部下達にそう檄を飛ばすと、楽しげに含み笑いを漏らした。

 

 通信窓の向こうからも、同じように笑いをかみ殺すような声が忍び寄る。シュテドニアス諸国連合軍特殊部隊デオ・シュバイルは、隊長であるラセツの私的部隊めいた一面があり、その構成員の多くは、国家よりもラセツ個人に心酔している。

 

「今回の任務は、シュテドニアス制式魔装機の実戦耐久試験だ! 機材は消費を前提とするが、搭乗者諸君の人命には、消費するような余分はない。帰投ポイントはパターン4B、隠行の術符を使用してでも確実に帰還するように」

「大佐、カンツォート・ジョグの回収は良いのですか?」

 

 通信窓から部隊の古株ボレアス中尉の声が聞こえる。その内に宿す含み笑いと、やたらジョグのフルネームを強調するあたり、明らかに冗談を交えているのがわかる。

 

「ああ、カンツォート・ジョグか。ふむ、ルビッカに回収するように言っておいたのだがな」

 

 こちらもまたわざわざフルネームを唱え、いかにも困ったように唸って見せる。

 

「優先度は低く指示したからな。他に効果的な目標があればそちらを優先する事もあるだろう」

 

 わざとらしく肩を竦める。口では予想外な振りをしているが、実際にはある程度予想された事態であることを、ラセツの人となりを知るデオ・シュバイルの面々には推察できる。

 

「まあ、カンツォート・ジョグのことだ。我々がこれだけ親愛を込めて名を呼べば、地獄からでも這い戻ってくるだろう。諸君はせいぜい彼を踏み潰さない程度に配慮しつつ、本来の目的を果たしてくれたまえ」

 

 再び耳を撫でる忍び笑い。冗談めかしてはいるが、彼らはチャンスさえ用意すれば、ジョグは自力で脱出して見せる、それだけの能力があると信頼している。

 

「カルラ1、一分後に魔装機神と接触。連携戦闘態勢を確認。フォーメーションCで仕掛けます」

 

 通信窓越しの、第二小隊長のニンバス中尉の声。ラセツの顔から、すっと表情が抜け落ちる。

 

「ラーヴァナ1了解した。ニンバス中尉、良いデータを」

「ジット1了解。予定どおり後方に回り込む……カルラ1、隊列が密集している。『グランヴェール』に灼かれるぞ」

「カルラ1了解、ジット1へ、経験者からの貴重な情報に感謝する」

「ジット1からカルラ1へ。地獄に落ちろ……」

 

 藹々と飛び交う呪詛の言葉が、ノイズに埋もれて消えた。

 

 それは、彼らの機体が、戦闘状態に突入したことを示している。

 

 ラセツは口元をにやりと笑みに歪めて、

 

「さて……私も遅れまい」

 

 そう独りごちて、魔装機『ダイオン』を加速させた。

 

 

 

 

 『グランヴェール』に遭遇した敵機は、どう割り引いて考えても、不運としか言い様がない。

 

 かつてバナン事変の際に、初めてシュテドニアス軍として、『グランヴェール』と遭遇したボレアス中尉は、戦友達にそう語った。

 

 ボレアス中尉は、ラセツ大佐に引き抜かれるまでは、シュテドニアス軍のアグレッサーだった。かつてバナン事変で繰り広げられた、『ゴリアテ』『レンファ』『ナグロット』の連携戦術は、彼らが考案し、実践したものだ。

 

 それは、通常の正魔装機に対しては効果的に作用したと言えた。空中に飛び上がれば『ナグロット』が撃墜し、地上にあれば『レンファ』が爆撃する。そしてじっとしていれば『ゴリアテ』が突撃する。シンプルではあるが、主力を適時切り替えながらの撹乱戦術は、バナン事変において、正魔装機『ザイン』を破損させ、あと少しで大破させるところまで追い込んだのだ。

 

 しかし、そこに『グランヴェール』が現れた。

 

 連携を組み替える間もなく、『グランヴェール』が踏み込んだ。空を舞う鎌のような『ファミリア』が連携を寸断し、瞬く間に『レンファ』と『ナグロット』が破壊された。

 

 幸い一撃での破壊を免れたボレアス中尉の『ゴリアテ』は、すぐさま後方から支援に向かってきた別チームと合流し、連携戦を仕掛けようとしたのだが。

 

 合流する瞬間。『グランヴェール』をちらりと見やったボレアス中尉の視界は、いっぱいの炎に埋め尽くされた。

 

 『メギド・フレイム』。地上においてはMAPWと呼ばれる広域破壊兵器。『グランヴェール』の肩から吹き上がった紅蓮の炎は、あっという間にボレアス大尉と他三機を呑み込み、そのまま燃やし尽くした。

 

 幸い、転送脱出が間に合ったので事なきを得たが、普通の脱出装置……例えば射出式シートなどだった場合、まず間違いなくボレアス中尉の命はなかっただろう。

 

「だが、わかっていれば、やりようはいくらでもある」

 

 ジット1ことニンバス中尉は、そう呟き、ほくそ笑んだ。

 

 基本的に、『グランヴェール』は接近戦を得意としている。中距離以上では『ファミリア』と『メギドフレイム』以外有効な火力を持たない。そして、一般的にMAPWは消耗が激しく、迂闊には使用できない。

 

 つまり、中距離を維持し、かつ密集隊形を取らないように警戒していれば、『ファミリア』のみを警戒するだけでよい。

 

 一方、『グランヴェール』の背後に付き従う水の魔装機神『ガッデス』は、中~遠距離戦を得意とする。自分を中心とした広範囲を瞬時に氷結させるMAPW『ケルヴィンブリザード』は警戒するべきだが、あれは効果範囲が広すぎる。迂闊に使えば『グランヴェール』をも巻き込むこととなり、それは操者の性格を考えれば、使用に相当に慎重になることが予想できる。

 

 そして、『ガッデス』の近接戦闘能力は、全ラングラン正魔装機の中でも下から数えた方が早い。つまり、接近戦を挑んで足を止めれば、脅威力は大幅に低下するだろう。

 

 ……これだけの条件と、メンテナンス性を除けばシュテドニアス軍最新最強を誇るデオ・シュバイル魔装機隊が相対するならば、それは決して絶望的な戦いではない。やりようによっては勝てるレベルのものだと、ニンバスは自負している。

 

「ジット3の『レンファ』とジット4の『ナグロット』は俺に続いて『グランヴェール』に仕掛けろ。ジット2の『ゴリアテ』は『ガッデス』に食らいついて離れるな。連携パターンはD3を中心に仕掛ける。絶対に一直線に並ぶなよ!」

 

 意気揚々と部下に指示を下すニンバス中尉。その高揚の裏に、アグレッサーであるボレアス中尉が成し遂げられなかった、魔装機神打倒への過剰な衝動があったことは否めない。

 

 そして、何故教導部隊の人間ですら勝ち得ないのか、その絶対的な力の差を、ボレアス中尉は身をもって知ることになる。

 

 

 

 

「ヤンロン様」

「ああ、分かっている」

 

 主を呼ぶ使い魔ランシャオの声に、ヤンロンは是だけを返した。

 

 ランシャオは実に優秀な使い魔だ。その提示する情報にはいっさいの無駄がない。言葉での情報通達ではロスタイムが大きすぎることがわかっているから、自分はヤンロンの注意を喚起するに留め、詳細な情報は思念通信で送り込む。

 

 ざっと、脳裏に浮かぶ情報を一瞥する。接近しているのは、航空型『ギルドーラ』と『レンファ』。地上型が『ゴリアテ』『ナグロット』の計四機。どうやらこの部隊は、魔装機四機を戦術単位として運用しているようだ。

 

 『グランヴェール』が加速する。『ガッデス』を後方に残して、前衛を務めるのがもっとも基本的な戦術。接近戦で『グランヴェール』に比肩できる魔装機はなく、射撃戦で『ガッデス』に勝る魔装機も存在しない。ゆえに、両機が揃っているということは、相手にとって手詰まりを意味している。どちらに向いてもキルゾーン。もっとも賢い選択肢は、その場で背を向けて逃げ出すことだ。

 

 しかし、今目の前の敵は、意気揚々とヤンロン達に立ち向かおうとしている。空から『ギルドーラ』と『レンファ』。特に大きく弧を描き、『グランヴェール』を避けるように疾走する『ゴリアテ』の挙動を見れば、恐らく『ガッデス』の足を止めようとしているのは想像に難くない。

 

 すると、『レンファ』と『ギルドーラ』は空中から『グランヴェール』に対して仕掛けてくるのだろう。特に水属性の『ギルドーラ』は、魔装機としての水準も手伝って、『グランヴェール』とはもっとも有利に相対することができる。

 

 ……あくまで、比較論だが。

 

「……ふむ」

 

 どうやら、敵は魔装機神の力を甘く見ているようだ。魔装機を用いた戦術が未だ未成熟であるとはいえ、単純な分断作戦程度で、魔装機神は食い破れない。

 

 魔装機神は最強の象徴。その事実を、彼らの身体に叩き込んでやる必要がありそうだ。

 

「ランシャオ」

「はい、参りましょう」

 

 それだけを交わして、紅蓮の魔装機神は始動した。

 

 

 『ガッデス』が三叉槍を一振りすると、その軌跡に沿うように、空中に無数の水球が出現する。

 

 それらは自らの密度を急速に高めると、一斉に上空へと迸った。飛沫が霧となって飛散し、陽光を浴びて虹を映し出す。

 

 その一見流麗、しかしその実極めて剣呑な軌跡の後を追って、『グランヴェール』が疾る。

 

 『グランヴェール』の目指す先は魔装機『ゴリアテ』。『ガッデス』が放った『アートカノン』は、空中の飛行型魔装機を標的として、その動きを封じている。そして、本来『ガッデス』を狙っているはずの『ゴリアテ』は、『グランヴェール』によって足を止められる。敵方が目論見とする組み合わせの正逆を行く構図。このままいけば、『ヴォルクルス信徒』を名乗る敵魔装機部隊は、早晩壊滅することになるだろう。

 

 ――しかし。

 

「『デオ・シュバイル』の魔装機戦隊は伊達ではない、ということか」

 

 飛来する魔力弾を手のひらの《魔装》盾で弾きつつ、ヤンロンは一人ごちた。

 

 いい狙いだ、と感嘆せざるを得ない。敵空中魔装機二機は、『ガッデス』の『アートカノン』に狙われつつも、その弾丸をぎりぎりの所でやり過ごし、そのまま『ガッデス』を黙殺して『グランヴェール』を砲撃したのだ。

 

 『ガッデス』の『アートカノン』は直撃すれば一撃必殺。それに狙われつつも初志を貫徹できるのは、並の胆力ではない。

 

 そして、その胆力は有効に機能したと言えるだろう。側面から飛来する魔力弾は、『グランヴェール』に決定的なダメージを与えるには至らなかったものの、その足を止めるには十分な精度と威力を有していた。

 

 それゆえに『グランヴェール』は、あと僅かにでも前に出ていれば一刀を浴びせられたであろう魔装機『ゴリアテ』を、むざむざと見逃す結果となってしまった。

 

 『ゴリアテ』は自らに迫る『グランヴェール』を完全に無視して、その背後から支援射撃を行う『ガッデス』を目指す。流石に全力で逃げにかかる魔装機相手に、しかも背後を三機の魔装機に狙われている状況では、さしもの『グランヴェール』も足を止めざるを得ない。

 

「……ふん」

 

 不満げに……いや、僅かに快哉を交えて鼻を鳴らし、ヤンロンはマシンを向き直らせる。その視線の先には、一糸乱れぬ三角形を描く三機の魔装機の姿がある。

 

 『グランヴェール』を含めれば美麗な正方形を描く四点は、『グランヴェール』の動きに合わせてぴったりと距離を保つ。接近しようと足を進めれば、一瞬の遅滞もなく四角形が移動する。もちろん、砲門は高らかに破壊の咆哮を上げており、それぞれが『グランヴェール』の動きを封じつつ、少しずつその《魔装》を削り落としていく。

 

「……アイデアとしては、悪くない」

 

 防戦に徹しつつ、ヤンロンが呟く。この作戦は、三角形のうち誰かが標的からの反撃を受けようとしたとき、それを他の誰かが足止めし、そして更に他の誰かが攻撃を仕掛けることで、被害を与えつつ反撃そのものを封じ込めようとしている。魔装機神相手に一対一で戦うのは馬鹿げている。ゆえにこの集中砲火戦術を磨くのは実に正しい。

 

 正しいの、だが。

 

「教育してやろう。……相転移『電光』。……《迅雷(インパルス)》」

 

 瞬間、相手の操者には『グランヴェール』が一瞬輝きを弱め、ほぼ同時に消え去ったような錯覚を覚えたことだろう。

 

 そして、"魔装機『ゴリアテ』の操者にも"、自分に何が起きたのかを理解する時間はなかったに違いない。

 

 

 その瞬間、『ゴリアテ』は『ガッデス』に取り付き、そのエネルギー剣を幾度も幾度も叩きつけていた。

 

 『ゴリアテ』の役割は、見るからに『ガッデス』の足止めだ。『ガッデス』は中~遠距離において魔装機神中最大の火力を誇る。その火力を抑えるには、倒すには至らなくとも、近接攻撃でその自由を奪ってしまえばいい。精霊の相性により、『地』属性の魔装機は『水』属性に対して優位に立つ。『ゴリアテ』の装甲の厚さも手伝って、足止めをするだけならばこれ以上の組み合わせはそうはない。

 

 そして、『ゴリアテ』の操者の技量は、こと接近戦においては『ガッデス』のテュッティのそれを凌駕していたようだった。

 

 距離を離して射撃戦に持ち込もうとする『ガッデス』の動きは変幻自在。爪先に形成した《魔装》の水球は、『ガッデス』に万能の二次元駆動輪を提供する。

 

 そしてそれを操るのは、車両のドライバーとしてならば地上世界でも有数の技量を誇るテュッティ・ノールバックである。

 

 これを相手に、見るからに鈍重な機体にもかかわらず、テュッティの動きに追随できる『ゴリアテ』操者の技量は、驚嘆に値する。

 

 しかしその技量も、軽く千ゴーツ(約1.8km)は離れた場所で戦う『グランヴェール』が、自分の背後に現れるなどという驚異には、流石に対応しきれなかった。

 

 『電光のディンハイム』の加護によって発生する、《迅雷(インパルス)》の『能力(タレント)』。それは魔装機の機動速度を爆発的に加速し、瞬間移動でもしたかのような移動を見せつける。使いこなすには相応の技量が必要であるし、そもそも『グランヴェール』は『炎のグランバ』と契約した魔装機。通常であれば『電光のディンハイム』の加護を活用することは不可能だ。

 

 しかし、ホワン・ヤンロンは通常ではない。魔装機の扱いに関しては、恐らくラ・ギアスで最も精錬された操者であろうし、そのように自負している。

 

 瞬間的に精霊の『格』を高め、魔装機の機能を飛躍的に強化する《昇位(レイズ)》という現象がある。ある程度以上に熟達した操者であれば誰でも扱える機能だ。これにより、たとえば『陽炎のジャオーム』はその上位属性である『風』属性へと《昇位(レイズ)》する。

 

 上位精霊は、下位精霊をより純粋化したものである。つまり下位精霊を純粋化させれば上位精霊に《昇位(レイズ)》する訳であり、逆を言えば上位精霊に不純物を混ぜれば、下位精霊に《降位(フォール)》させることもできるということになる。

 

 今、ヤンロンがやって見せたことはまさしくそれだ。瞬間的に『炎のグランバ』の純粋性に不純物を織り交ぜ、その性質を『雷光のディンハイム』と同位のものに変化させる。そしてその状態で《迅雷(インパルス)》の『能力(タレント)』を使用することで、本来の『グランヴェール』では為し得ない距離を瞬間移動する。

 

 言うは簡単だが、実行するには精霊の相性や性質を熟知し、幾度も訓練を重ねていなければできることではない。

 

 ゆえに、『ゴリアテ』の操者は、自らの機体の背後に『グランヴェール』が密着した事に気付く暇はなかったし、『グランヴェール』が逆手に形成した炎の剣が、自らの機体の背中に埋め込まれた事実を理解することができないまま、転送術によって意識を失った。

 

 そして、そこからは一瞬だった。

 

 『ゴリアテ』が擱座した瞬間。それまで抑圧されてきた魔狼が、その好機を逃すはずもない。

 

 射界を阻まれてはいたものの、『ガッデス』の擁する魔狼ゲリは、虎視眈々と遠方の三機を照準に納めていた。それが解き放たれなかったのは、主たるテュッティが格闘戦に集中するためであり、彼女を苛む脅威が消失したとなれば、その鎖は既に用を為さない。

 

 ゆえに、『ゴリアテ』が膝を折ったそのタイミングで、『ファミリア』が飛び出した。

 

 相方である魔狼フレキが不在であるために、一つのみの水球。中空に弧を描いて飛翔するそれは、まさしく高圧の水の鏃。標的であった『グランヴェール』を見失い、追撃する飛行型二機を素通りし、その最後尾である『ナグロット』の肩を刺し貫き、振動し、炸裂する。

 

 瞬時にフレームが溶解した『ナグロット』は、対空レーザー砲ごと右腕を脱落させ、急激なバランスの変化にたたらを踏んだ。

 

 そこから転倒もせずに復旧したのは、その操者が確かな技量の持ち主であることを暗に物語るが、こうなってしまっては魔装機神にとって相手の技量はさほど重要ではない。

 

「……いい案配だ」

 

 そう呟いて、ヤンロンは一歩を退いた。『グランヴェール』の背中が、『ガッデス』の至近距離で停止する。

 

 恐らく、『ギルドーラ』の操者は、魔装機神が何をしようとしているのかを察知できたのだろう。追撃の足を止め、全力で逆噴射をかける。しかし、『レンファ』と『ナグロット』の操者は、隊長格の行動を理解できない。理解するのに必要な、あと僅か1ステップを、彼らは得ることができなかった。

 

 彼らは、魔装機神『ガッデス』を止められなかった段階で、既に敗北していたのだ。

 

 静かに唱えられる、死の宣告。

 

「絶対零度、『ケルヴィンブリザード』」

 

 その瞬間、『グランヴェール』の周囲、世界の全てが氷雪の嵐に包まれた。

 

 きらきらと輝くダイヤモンド・ダストの中で、力なく落下する『レンファ』と、倒れ伏したまま動かない『ナグロット』。表面をびっしりと白霜に覆われた両機は、数秒の遅滞の後、自らを爆砕する。

 

 そして、それらを尻目に逃げ出すことで、辛うじて生き残った『ギルドーラ』は。

 

「相手が悪かったな」

 

 そう呟くヤンロンの『ファミリア』によって両断され、果てた。

 

 

 

 

「……ふむ、流石に向こうも頭を使ってくるか」

 

 圧縮コンテナに『ファミリア』を格納しつつ、ヤンロンが呟く声。それを聞き流しつつ、テュッティは小さく息を吐き出した。

 

 『ケルヴィンブリザード』は魔装機神のMAPW(広域破壊兵器)としては最大級の効果範囲を持つが、代償……特にプラーナの消耗が大きい。急激に吸い上げられた生命力を取り戻そうというのか、心臓が激しく拍動する。それは気の乱れとなって、《魔装》の衰弱などとして表層に現れる。一刻も早く体勢を立て直さなければならない。

 

「テュッティ。息を整えたら次に向かうぞ。B隊は現在こちらに接近中、C隊はこちらを迂回して姫君達に向かっている。C隊を追撃し、然る後にB隊を殲滅。いいな?」

「了解。先に行っていて。すぐに追いつくわ」

 

 胸に手のひらを当て、早鐘めいた拍動を宥めつつ、テュッティは応じる。額を伝い落ちる冷たい汗。指先がぶるぶると震える。ともすれば、意識が灼熱する前頭葉に飲み込まれてしまいそうだ。

 

 そんな彼女の様子にヤンロンは怪訝な様子を浮かべつつも、

 

「急げ。B隊に追いつかれては姫君達が危うい」

 

 彼自身の誓いを守るためだろう、セニア姫、モニカ姫のノルスがいるであろう方向へと機体を跳躍させた。

 

 自分も追いかけなければ。理性がそう唱える。敵は残りがあと八体。自分が行かなければ、事実上それら全てをヤンロン一人が相手にすることになる。それは許容できない。自分が戦い理由は、自分とその周囲の世界を守るため。ならば、自分と志を同じくする『グランヴェール』のヤンロンを、見捨てることなど許されはしない。

 

 許されは、しないのに。

 

 知らぬうちに、テュッティの指先は、ハンドルを大きく転回させている。

 

 『ガッデス』が疾走する。『グランヴェール』が向かったのとは別の方向に。『グランヴェール』は西に向かったのに対し、『ガッデス』が向かうのは北の荒地。もちろん、そちら側にはヤンロンの言うところのC隊どころか、B隊すらいはしない。

 

 だというのに、テュッティは北にマシンを走らせる。それは理性によるものではない。前頭葉あたりで灼熱する衝動が、血管を通じて全身を駆けめぐる。理性的な行動などとれようはずもない。

 

 何故ならば。

 

(おいで。おいで。おいでテュッティ。私はここにいるよ)

 

 そう、先ほどからずっと、テュッティだけに聞こえる指向性通信で、囁きかける声があるのだから。

 

 忘れもしない、忘れられもしない。赤い記憶の男。赤い服の好きな男。今になっても、耳元で囁く声、身体に絡みつく吐息、身体を這い回る指先の感覚が、消え去ってくれない、あの男が。

 

 丘を一つ、『ガッデス』が跳躍で乗り越える。舞台のように切り出された大地の上に降りたったとき、テュッティはその男の姿を認めた。

 

 短く切りそろえた金髪。知的と言うよりは神経質さを纏う眼鏡。悠長にも魔装機『ギルドーラ』の掌の上で、風になぶられながら自分を見つめる、その男の姿を。

 

 全ての思考が吹き飛んだ。

 

 指が勝手に踊る。相手が生身を晒しているというのに、遠慮の一つもなく三叉槍が迸る。まともに収束もしていない《魔装》の塊が、槍の穂先から溢れて波濤のように飛び散り砕ける。

 

「ルゥビッカァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 憎しみと狂気だけで紡がれたような絶叫は、より明確な殺意と同時にルビッカ・ハッキネンへと降り注いだ。

 

 

 そもそも、テュッティにとって、初恋は自分の兄だった。

 

 別に珍しいことではない。幼い頃のことである。家族愛の一環として、年齢が近く、格別親しみやすい兄に心を寄せていた、その程度のことだ。

 

 それが幻想でしかない事に気づき、普通の恋を探そうと思い立ってから幾数年。雪膏細工めいた美貌は少女時代からその片鱗を伺わせており、言い寄ってくる男には不自由しなかった彼女だったが、不思議と関係は長続きはせず、結局子供じみた恋愛から先に進むことはなかった。

 

 そんなテュッティの周囲に変化が起きたのは、六年前のある春のこと。

 

 中欧で発生した内戦に、欧州連邦が共同で鎮圧を行った翌年。テュッティの故国であるフィンランドにも、数多くの難民と帰還兵が雪崩込んできた。

 

 帰還兵の一人であったその男とテュッティが出会ったのは、そういった人々を迎え入れるためのボランティア活動の最中。生来の寡黙さ故か、たまたま食料配給を受け損なって途方に暮れていたその男に、たまたま手の空いたテュッティが声をかけた。ほんのそれだけの出会いだった。

 

 だというのに、テュッティは気づけばその男の姿を目で追うようになり、男はそんなテュッティを見返すとき、その物静かな、そして深刻な悲しみを湛えた顔に、小さく笑みを浮かべるようになっていた。

 

 それが、恋に発展するのには、さほど時間を必要としなかった。

 

 男は戦場帰りと言うには理知的で、ゲーテの詩集をそらんじて見せる程度には風雅にも嗜みがあった。

 

 生まれは遙か遠方で、部隊編成の混乱に巻き込まれ、気づいたときには明後日の方向に帰還させられてしまったのだという。彼が過去について語るのはその程度であり、テュッティもその家族も、彼の過去について、詮索を避けた。戦場帰りの人間には珍しくない傾向であったし、過去について尋ねられる度に、男が困った顔を浮かべるのを、家族全員がよしとしなかったからでもあった。

 

 そうやって、ややなし崩しめいた顛末により、男はノールバック家の一員となった。その頃には男は軽いジョークを口にするようになり、その趣味の悪さはしばしばテュッティを憤慨させた。

 

 だが、恋の前にはそんな些細な歯車の食い違いはさほど重要ではなく、その日々は実に穏やかに、そして幸福に過ぎていった。

 

 その幸福の下で――どんな魔物が醸造されていたのかも知らずに。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 喉を引きちぎるような絶叫とともに、三叉槍が刺突される。

 

 瞬時に《精霊殻》に飛び込んだ男――ルビッカ・ハッキネンは、赤紫の魔装機『ギルドーラ』を翻し、その殺意の塊をやり過ごした。その動きは流れるように流麗。しかしその流れは、テュッティのそれが山水の清流のごとくであるのに対し、娼婦の肢体を伝い流れるかのようなぬめりを帯びている。その動きがまた、テュッティの激情をたぎらせる。

 

 その攻防も、既に何度目か。『ガッデス』の槍は、繰り出される度に『ギルドーラ』の《魔装》を掠め、黄金の飛沫を散らしている。しかし、真っ向から捉えることができない。しかも、槍が奴に触れる度に、全身に怖気が走る。まるで、《魔装》が触れあう度に、ルビッカの劣情がテュッティを舐め回しているかのように。

 

 忌まわしさを一杯に塗り込めた槍の一撃。その七度目の交錯を経て、『ギルドーラ』は未だほぼ無傷。その事実が、灼熱する前頭葉に、打ち水のように僅かな冷静さを振りかける。

 

「くっ……フレキ、ゲリ!」

 

 距離を離し、本来得意とする射撃戦へと持ち込む。戦闘レベルでは理性的な判断だが、実際には魔狼フレキは丁度逃亡中の捕虜たるジョグを追撃している最中であり、このテュッティの召喚行為が、結果的にジョグを見逃すことになった。つまるところ、テュッティが取り戻した理性とは、せいぜいその程度のものである。

 

 経過はどうあれ、テュッティの召喚に応じた使い魔達は、自らの分身たる自律機動砲座『ファミリア』へと憑依すると、『ガッデス』腰裏の圧縮コンテナから飛び出した。『ガッデス』の『ファミリア』は《魔装》に包まれた高圧の水球だ。それ自体が『アートカノン』を放射するのみならず、超高速振動による物質破砕や、標的に浸透しての内部破壊など、『ファミリア』の応用性では『グランヴェール』のそれに匹敵するか、あるいは凌駕している。

 

 しかしテュッティはそれら二つの『ファミリア』を、ごくごく通常に運用して見せた。『ガッデス』が三叉槍をぶんと振り抜けば、その先端から生じた飛沫が『アートカノン』となって迸る。それら一つ一つが、下手な魔装機であれば一撃必殺の威力を誇るものであり、更にそこに加えて『ファミリア』が舞い踊れば、通常の相手であれば三分と保たずに崩れ落ちる。

 

 『ファミリア』の真骨頂は、本体と離れた位置からの支援攻撃であり、標的の行動の選択肢を狭める事で、戦闘を支配する事にある。それ故の強気な戦術構築だったのだが。

 

 しかし、それでもなお、ルビッカはそれらの猛攻を凌いで見せた。

 

 『ファミリア』の水球が震え、振動波が岩塊一つを爆砕しても。

 

 それに紛れて放射される水の『アートカノン』が、地面を抉っても。

 

 そして、怯んだ隙を狙う『ガッデス』の『ハイドロプレッシャー』が、その足場を跡形もなく粉砕しても。

 

 それでもなお、ルビッカの『ギルドーラ』は健在だった。

 

 もちろん、無傷ではない。『ガッデス』の破壊力は幾度も《魔装》を掠め、飛び散った水の《魔装》の飛沫はそれだけでも『ギルドーラ』の《魔装》を貫通し、素体にまで弾痕を刻んでいる。

 

 しかし、それでもなお、『ギルドーラ』の動きに遅滞はない。それら全ての損傷が些事であるかのように、荷電粒子砲やプラズマの剣で『ガッデス』を翻弄する。

 

 『ガッデス』にとっても、それは致命傷にはほど遠い。しかし、その一撃が《魔装》に触れる度、背筋に悪寒めいたものが駆け抜ける。

 

「――――」

 

 必殺のタイミングを逃した使い魔達が、どこかもどかしげに唸りを漏らす。彼らには、自分たちがどうして目の前の敵を討ち滅ぼせないのか、完全に理解できているのだ。

 

 そして、ルビッカもまた、仇敵たる『ガッデス』の使い魔達が、一体何にもどかしさを感じているのかを理解していた。

 

 それは、ルビッカを滅ぼせない事ではない。極めて近似しているが、その発端が異なっている。

 

 彼らは、自分たちがルビッカを倒せないことに苛立っているのではなく。

 

 彼らは、自分たちがルビッカを”倒そうとしていない”事に苛立っているのだと――!!

 

「まだ……まだ、君はそこから動かない、動こうとしないのか、テュッティ」

 

 幾度目かの殺意が交錯する瞬間。ルビッカの囁きが『ガッデス』の《精霊殻》に忍び込む。それは怒りも喜悦もなく、ただ純粋な悲しみのみを湛えて、テュッティの耳から脳髄を撫でて過ぎる。

 

「何を……!」

 

 テュッティが吐き捨てる。背筋を這い上がるような嫌悪感に苛まれ、返答代わりに『アートカノン』を放つ。しかし、至近距離で放たれたにも関わらず、水の弾丸はルビッカを逸れ、中空に白い飛沫となって砕け散る。

 

「どうして、君は私を見ない。どうして、君は現実を直視しない。わかるだろう。君の父を、君の母を、君の兄までもを、手に掛けたのは私なのだ!」

 

 言葉と共に、プラズマの刃が空を裂く。鋭く突き込み、一閃し、叩き付けた刃は、がっちりと、『ガッデス』の三叉槍とぶつかり合う。《魔装》と《魔装》が激突し、黄金の飛沫がばらばらと互いの装甲に斑を描く。

 

 力が拮抗する。押せば押し返し、退けば刃が一閃する。お互いがお互いに必殺の間合いのまま、殺意だけが幾重にも交錯する。

 

 いや、それは正確ではない。殺意は、交錯などしていない。

 

 一方が宿すのは殺意ではない、別の感情。

 

 そして今一方は、殺意を迸らせながらも、その行く先は不確定。それが憎むのは人ではなく罪。そして、罪の在処がわからない――わかろうと、していない。

 

「君には、怒る義務がある。君には、怒る責任がある。怒り、憎み、仇を千々に引き裂く程の感情の爆発! それが君には必要なのに、君はそれを見せようとしない。それは」

 

 だから、ルビッカは剣を振るう。剣と共に、言葉を叩き付ける。その《魔装》が宿すのは、悲嘆めいた激情。それを『ガッデス』が受け止める度に、テュッティの精神にルビッカの感情が流れ込む。それが、またテュッティの精神を切り刻む。壊れかけた精神に、更なる責め苦を与えている。

 

「私を、見ないからだ! 私を、信じないからだ! これほどまでに明確な証拠が揃っていても、君はまだ、ルビッカ・ハッキネンを信じている! 私ではない、空想の中のルビッカばかりを追いかけている!」

 

 ふっと、剣を押し込む力が緩む。素早く引き戻される『ギルドーラ』の剣。しかし、どんなに素早くとも、そこには大きな隙が生まれる。

 

 『ギルドーラ』が剣を引き戻した瞬間、その胸への『窓』が開かれる。そして、その隙を刺し貫くに、『ガッデス』の速度とテュッティの技量は十分。

 

 一瞬の中で、びくり、と槍が震える。真っ直ぐに突き出されようとする殺意の塊。それを突き出すだけで、『ギルドーラ』の《精霊殻》は刺し貫かれる。転移術による脱出も、《精霊殻》を直接破壊された場合は間に合わない。

 

 しかし、テュッティは。復讐を成し遂げる最高の好機を手にしたにもかかわらず。

 

 その槍は、動かなかった。

 

 動かそうとしても、刺し貫こうとしても、テュッティは。

 

 ルビッカを……”かつて燃え上がるように愛した相手を”、刺し貫く事が、できない。

 

 認識してしまった。自分に、ルビッカは殺せない。狂おしい程に殺したい相手なのに、決してそれを滅ぼす事ができない。

 

 何故ならば。その理由が、わからない。彼が壊れてしまった理由がわからない。自分がそれを認められない理由がわからない。わからない。わからない。何一つとして。

 

 わからないから、ただ怒りだけが燃え上がる。行く当てのない怒りだけが、ただ荒れ狂い、殺意を振りまき、しかし誰かへと迸ることはない。

 

「どうして、どうして、どうして――――――!!」

 

 テュッティにできることは、疑問符を繰り返すことだけ。

 

 動きを止めた二者の、《魔装》によって繋がれた領域に、慟哭が(こだま)する。

 

 

 

 

「――テュッティ!?」

 

 やや遅ればせながら、ヤンロンがテュッティの異常に気づいたとき。

 

 既にしてヤンロンの『グランヴェール』は次なる敵魔装機部隊と接触していた。

 

「焦りすぎたか」

 

 ただそれだけを冷静に呟き、現状を確認する。

 

 セニア・モニカ両姫君の『ノルス』を目指した敵魔装機部隊は、『グランヴェール』が単独であると見て、その方針を転換したようだった。

 

 鈍重ながらも強靱な素体を持つ魔装機『ゴリアテ』が『グランヴェール』と相対し、残りの『レンファ』と『ナグロット』は脇目も振らず疾走する。当然のように逃亡するマシンを追撃しようとする『グランヴェール』だったが、その前に、『ゴリアテ』の巨躯が立ち塞がり、その足を止めた。

 

「……ふん」

 

 絶壁のようにそびえ立つ、深緑の《魔装》を纏った機神。かつてバナンで遭遇したときは、申し訳程度に『ルジャノール』のふりをしていた機種だが、今はそのような小細工もなく、その本来の丸みを帯びた重厚な威容を見せつけている。

 

 その手に肉厚の戦斧が握られているのを見て取り、ヤンロンは鼻を一つ鳴らした。

 

「僕に格闘戦を挑むか」

「教育が必要と考えますが」

 

 すまし顔で主に追従するランシャオ。ちらりとヤンロンが視線を送ってみれば、黒豹もどきは、獣の顔でありながら主そっくりの表情で頷いてみせる。

 

「急ぎだ。一気にけりをつける!」

 

 そして、ヤンロンは《迅雷(インパルス)》を実行した。

 

 

 《迅雷(インパルス)》の『能力』を発動した『グランヴェール』は、片手斧を掲げた『ゴリアテ』に肉薄した。

 

 モニター一杯を埋め尽くす、紅蓮の魔装機神。しかし、恐怖の象徴そのものであるその姿を前にしながら、デオ・シュバイルのボレアス中尉は、『グランヴェール』の《魔装》が、明らかに紫を帯び、その勢いが衰えていることを看過する。

 

 《相転移》を実行した直後、魔装機神はその精霊の『格』が一時的に低下する。自らのマシンの守護精霊に、一時的とはいえ不純物を織り交ぜて、より下位の精霊を模造するのが《降位(フォール)》だ。純粋な精霊は純粋であるがゆえに『力』そのものでしかなく、不純物を織り交ぜることで初めて『現象』となるというわけだ。そして、守護精霊の純粋さはその形成する《魔装》の強さと比例し、《降位(フォール)》して純粋さを衰えさせた魔装機神は、精霊の『現象』の恩恵を得る代償として、その力の幾分かを衰えさせているということになる。

 

「ニンバス中尉、貴重な情報に感謝する」

 

 口元を皮肉に歪めるボレアス。先んじて『グランヴェール』と交戦したニンバス中尉率いるカルラ小隊が、『グランヴェール』と交戦した際、彼らはこの《降位(フォール)》現象を目撃している。その時の情報は『デオ・シュバイル』旗艦に送られ、分析された後、魔装機全機に伝達された。それがゆえに、ボレアスは《降位(フォール)》による《迅雷(インパルス)》の発動を予期できたし、その結果発生した『グランヴェール』の《魔装》衰弱現象を看過する事ができたのだ。

 

 ボレアスは戦斧を翳す。それは攻撃の為ではない。『グランヴェール』の武器が振り下ろされる、その軌道に割り込むがため。

 

 『グランヴェール』の手にあるものは、これもまた持ち主の姿を映したような紅蓮の手斧。『グラントマホーク』と呼ばれるそれは、研究過程で開発された、純神鉱石(オリハルコニウム)製の戦斧である。

 

 一方、ボレアスの『ゴリアテ』が手にするのは、申し訳程度に神鉱石(オリハルコニウム)を銀に織り交ぜ、超硬化セラミックと複合した強化魔術銀(ミスリル)斧。真正面からぶつかり合えば、熱したナイフとバターよろしく一瞬で切り裂かれてしまう程度の強度のものだ。

 

 だが、ボレアスは、敢えて斧を頭上に掲げた。そして、渾身のプラーナをかき集め、全てを斧の切っ先に収束させる。黄土色に近い《魔装》がぎらぎらと煌めく。

 

 その切っ先に、『グランヴェール』の戦斧が振り下ろされた。

 

 《魔装》が激突する。黄金の飛沫を散らす。

 

 予想通り、紅蓮の斧はボレアスの展開した《魔装》を易々と切り裂き、斧の素体にまで刃を食い込ませる。

 

 それは、がりがりと斧を裂く。じりじりと『ゴリアテ』に迫る。その進行は止まらない。

 

 力を抜けば脳天から断ち割られる。放っておいても脳天から断ち割られる。どちらを向いても行き止まり(デッドエンド)。この構えを取った段階で、既に勝負は決していた。

 

 しかし、『ゴリアテ』は力を緩めない。それを受け止めることが自らの使命であるかのように。

 

 否、確かにその瞬間、ボレアスは自らの役目を、この斧を受け止めることに定めていたのだ。

 

 そして、『グランヴァール』が『ゴリアテ』に肉薄した瞬間から、きっかり七秒が経過した瞬間。

 

 『ゴリアテ』のボレアスは、『グランヴェール』が燃え上がったのを目撃した。

 

「七秒か――!!」

 

 叫びつつ、脱出装置を作動させるボレアス。その閉じる視界の中で、燃え上がる戦斧が《精霊殻》に亀裂を入れる。

 

 《精霊殻》が弾ける瞬間を最後に意識が暗転し、次に視界を取り戻したときボレアスが目にしたのは、自分の魔装機が爆発・炎上する様だった。

 

 

 

 

「……これで、また一つ」

 

 『グラントマホーク』を腰に納めつつ、『グランヴェール』のヤンロンは舌打ちしたい気分を弄んだ。

 

 魔装機『ゴリアテ』は、容易く両断できた。しかし、そのために、数秒の時間を要した。そしてその数秒の間に、《降位(フォール)》による衰弱現象からの復旧を、具体的なパワーの変動とともに観測された。

 

 敵が、本当にただの『ヴォルクルス信徒』の集団であれば、それは大した問題にはならない。あのクリストフ――白河愁は度外れた知性の持ち主だが、それ以外の狂信者は烏合の衆に過ぎない。どんな情報を得ようと、それを的確に戦術に反映させることができるのは、良くて精々がかの『紅蓮のサフィーネ』か『魔神官ルオゾール』くらいのものだ。

 

 だが、この敵が予想通り、シュテドニアス諸国連合の特殊部隊であるとすれば、この事実は大きな禍根を残す。

 

 『能力(タレント)』は魔装機神にとって実に強力な武器になり得るが、それは同時に一点に先鋭化する代償として、大きな弱点ともなる。今の『ゴリアテ』の挙動は、明らかに『グランヴェール』の《魔装》と出力を見計っていた。その情報が、彼らの戦術計画に反映されないはずはない。

 

「魔装機一機と引き替えか。大きく見積もられたものだな」

 

 その呟きは、誰に宛てたものでもなかったのだが。

 

「過ぎる謙遜は嫌味にしか聞こえんよ、魔装機神!」

 

 開きっぱなしの共用回線からの、おどけるような声と共に。

 

 巨大な爪が、虚空から溢れ出る。

 

 ――光学迷彩。しかも『グランヴェール』の精霊レーダーをぎりぎりまで欺瞞し続けるほどの。

 

 そんな離れ業を伴って、その体躯からすれば不釣り合いに巨大な鉤爪を、真っ直ぐに繰り出す機械人形。その姿は、事前にセニアが看過したシュテドニアス諸国連合軍新型魔装機『ダイオン』そのものである。

 

「……本命かッ!!」

「そうとも!」

 

 とっさに戦斧を盾にする。大きく掻き広げられた『ダイオン』の爪が斧を掴む。『グランヴェール』は斧を手放し、その勢いのままに左脚を振り上げ、叩きつける。しかし既に『ダイオン』は身を退けており、蹴り脚が纏った炎の《魔装》は、空しく大地の霞と消える。

 

 ヤンロンが見やれば、『ダイオン』は奪った斧を見せつけるように掲げ、そのまま鉤爪で締め上げた。『グランヴェール』の手を離れたことで《魔装》を失った『グラントマホーク』は、ぎしぎしと悲鳴じみた軋みを上げて――決して脆弱な素材ではないのだが――程なく粉々に砕け散ってしまう。

 

「――良い武器だな」

 

 白々しくも、今し方その手で握り砕いた武器を、そう評してみせる。

 

 魔装機『ダイオン』の鉤爪から、神鉱石(オリハルコニウム)の欠片がぼろぼろと光を散らす。ヤンロンはそれを真っ直ぐに見据えたが、その背後から更に後詰めの魔装機が三機現れるのを見て取り、思わず舌打ちを漏らした。

 

「狙いを僕一人に絞ったか。妥当な判断ではあるな」

「別に貴殿一人という訳ではないさ。ただ、戦力を適切に配分した結果、こうなったに過ぎない」

 

 しゃあしゃあと言ってのける『ダイオン』の操者。しかし、敵魔装機部隊は全十二機で、既に五機を殲滅した。二機は姫君達の『ノルス』狙いで、恐らく残り一機はテュッティのところだろう。そして、残った四機の全てが、今ヤンロンの目の前にある。

 

 おそらくは、このいかにも面の皮の厚そうな男が指揮官であろうが、指揮官機を含めた残存戦力を全て『グランヴェール』に注ぎ込んだこれは、総力戦といっても過言ではない。

 

「だが、1対4程度で、『グランヴェール』を下せると思うか?」

「確かに分の悪い勝負と言わざるを得ないな。だが、勝てない勝負とも思っていない」

 

 ヤンロンの挑発も、『ダイオン』の仮面を撫でるだけだ。

 

「それに、こちらとしては『グランヴェール』のデータを採れればよしというつもりなのでね。じっくりとお相手戴こうか……ああいかん、これでは教敵と相対しているというのに悠長が過ぎるな」

 

 偉大なるヴォルクルス様のために、などと唱える『ダイオン』の操者。その声に含み笑いなどが混じっていれば、その白々しさはもはや筆舌を絶する。最大限に時間を稼ぐ――そう言われているようなものだ。

 

 テュッティも、双子の姫君も、どちらの状況も芳しくない。このまま無為に時間を消費しては、何か致命的な結果を招くのではないか。そんな予感が背筋を這い回って離れない。

 

(多少無理でも、押し通るしかないか”)

 

 腹の中で覚悟を決めつつ、ヤンロンは問いかけた。

 

「一つ聞いておこう。貴様、名を何という?」

 

 もちろん、まともな返答を期待している訳ではなかった。ただ、攻撃に移るタイミングが欲しかった、ただそれだけだったのだが――。

 

「ん? あー……君、私の名前は何だったかな」

「ホワン・ヤンロンだったかと、『司祭様』」

「ああそうだった、そうだった。そう言うわけで――」

 

 終いまで聞く必要はなかった。ホワン・ヤンロンを騙る男の言葉と、僚機操者であろう男の含み笑い、それらをまとめて引き裂くようにして。

 

 『グランヴェール』の炎刀が、空を舞う。

 

 

 

 

「来たぞ! 射撃パターンG05で対応!」

「了解!」

 

 『司祭様』と呼ばれた『ダイオン』の操者――つまりはラセツ・ノバステであるが――は、部下の是の声が唱和するのを心地よく聞きつつ、自らは『ダイオン』を退けさせた。

 

 さて、『グランヴェール』はどう出てくるか。戦いのセオリーとは、頭を潰すこと。指揮官が自分であることは、ホワン・ヤンロンも既に十分すぎるほど認識していることだろう。別に今し方の通信も、『グランヴェール』操者をからかうのだけが目的ではない。

 

 ヤンロンに指揮官……つまり最優先目標が誰であるのかを知らしめること。更には、『グランヴェール』後方に向かった二機が『ノルス』を確保するまでの時間稼ぎ。概ね、そんなところだ。

 

 加えて、できることならば魔装機神隊がどこまで自分たちの正体を知っているのかまで探りを入れたかったところなのだが……。

 

「随分好戦的ではないか、なっ!」

 

 独り言を言い終わる瞬間、『グランヴェール』が暗く燃え上がった。とっさに右にステップし、自らのマシンが立っていた辺りめがけて熱素反応弾などをばらまいておく。

 

「ぬっ……!」

 

 直後、『グランヴェール』の火刀が、ミサイルの群を引き裂いた。熱素独特の赤い閃光の中で、『グランヴェール』の緑に輝く双眸が、どこか悔しげに浮かび上がる。

 

「やはり見切りに躊躇いがあるな、ホワン・ヤンロン!」

 

 普段の『グランヴェール』ならば、熱素反応弾の雨など適当に切り裂いて、そのまま返す刀を『ダイオン』に叩きつけているところであろうに。ラセツの目は、『グランヴェール』の《魔装》が明確に衰弱していることを看過しつつ、更にその衰弱状態の自らの性能を、操者ヤンロン自身が未だ計りかねているのだと推測する。

 

 そして、ラセツが見立て通りであるとほくそ笑んだ時には、彼の部下達がときの声を上げていた。

 

「一斉砲撃、てぇー!!」

 

 三角形を描く『ゴリアテ』『レンファ』『ナグロット』。その対照点上に『グランヴェール』を捉え、それぞれの火砲が吼え猛る。標的が右に逃げれば右へ、左に逃げれば左へと、三つ重ねの照準は、猟犬めいて追尾する。その連携は一糸乱れる事もなく、上官としての身贔屓はあるだろうが、見事と評する他はない。

 

 しかし――。

 

「これだけ当てても削れんのか!」

 

 既に着弾数で言うならば、至近弾を含め数十発は当てているはずなのに、『グランヴェール』の《魔装》は暗く燃え上がったまま衰える様子はない。素体に至ってはほぼ無傷。《魔装》を一点に集中させ、被弾箇所を其処に誘導することで防御効率を高めているのはわかるが、それにしてもその《魔装》制御の緻密さと、それを継続できる集中力は、いささか常軌を逸しているとすら思える。

 

 無論、操者ヤンロンの消耗は少なくはあるまい。無防備な姫君達の元へ馳せ参じたいという焦りもあろう。だというのに、的確に全ての攻撃を凌ぎきり、あまつさえ反撃の機会すら伺っている――!

 

 そして、七秒が経過した瞬間。

 

 『グランヴェール』が真紅に燃え上がり。

 

「今かッ!!」

 

 ラセツが反射的に防御態勢を取った、その刹那。

 

 『ダイオン』の眼前には、『グランヴェール』の赤があった。

 

 『能力(タレント)』を使ったわけではない。単純に鍛え上げた体さばきによる、縮地めいた神速の踏み込み。怒りの赤。闘志の赤。血の赤。炎の赤。この世全ての赤色が渾然一体となったかのような赤色を、『グランヴェール』の右掌が湛えている。

 

 そして。その掌が、『ダイオン』を打ち据えれば。

 

 ラセツの視界が真紅に染まるよりも、カットしきれなかった痛覚が、ラセツの全身を焼き焦がす方が早かった。

 

「――が、かぁぁああああああっ!!」

 

 渾身の気迫を燃え上がらせて、炎の暴虐に抗う。ラ・ギアス人ゆえに乏しいプラーナを総動員して、熱素の赤が焼き焦がす端から《魔装》を塗り重ねてゆく。端からは、『ダイオン』を包み込む熱素の赤の隙間から、光に還元された《魔装》の黄金が漏れ輝いて見えることだろう。

 

 《精霊殻》の特質である殻内時間の加速効果。普段は常人離れした反応速度を実現するために活用されるものだが、それが災いした。引き伸ばされた一秒未満が、まるで永劫に続く煉獄の責め苦さながらにラセツの精神を切り刻む。

 

 普通の操者であれば、そこで終わっていたに相違ない。

 

 しかし、ラセツは普通の操者ではあり得なかった。

 

 寸断され飛び散った意識を無理やりかき集め、右腕に集中する。

 

 右腕の鉤爪が炎に炙られ黄金に輝く。その激しい光は、『ダイオン』の《魔装》がその部位に凝集している事を示している。

 

 筋肉をイメージしろ。存在しなければ作ればいい。否、肉などという非効率的な機関は必要ない。エネルギーを爆発させ、最大限のエネルギーを動力に変える機関が必要だ。『ダイオン』の右腕に疑似的に形成された《魔装》シリンダーが爆発し、射出された鏃さながらに鉤爪が弾き出される。

 

「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 悲鳴の絶叫から、覇気満ちる咆哮へのシームレス・シフト。その変貌に『グランヴェール』も察知したようだったが、身を退けてももう遅い。

 

 『ダイオン』の鉤爪が、己が身に打ち込まれた『グランヴェール』の腕を捉える。風と火の《魔装》が激突し、拮抗し、黄金が閃く。

 

 風と火の《魔装》であれば、1:1なら火が勝る。火が魔装機神であれば、2:1でも火が勝る。

 

(それならば、3:1、あるいはそれ以上の《魔装》を叩き込めばいい!!)

 

 そんなラセツの覇気を乗せた鉤爪は、『グランヴェール』の《魔装》をついに凌駕し、そして、腕の素体を軋ませて。

 

「嘗めるなッ!!」

 

 喝声が、轟いた。

 

 『グランヴェール』が、燃え上がった。

 

 反射的に握る鉤爪を解き、身を退かせる。

 

 その腹を掠めるように、紅蓮の鎌が空を切り裂く。否、それは鎌ではなく、それ以上に重く鋭い『グランヴェール』の蹴脚である。

 

 一瞬の悪寒に身を退けねば、脱出の間もなく粉々に粉砕されていただろう。退いてもなお、蹴脚が掠めただけの『ダイオン』の腹部素体が、熱でひしゃげ、軋みを上げているのだから。

 

 ステータスモニタを見れば、目の前の『グランヴェール』の出力は、一瞬だが『火』の精霊によって発生し得る理論臨界値すら凌駕していたと告げている。恐らくは《昇位(レイズ)》現象であろうが、それにしても――。

 

(手に負えんな)

 

 もはや笑うしかない。『レンファ』や『ナグロット』などはもちろん、この最新鋭機『ダイオン』ですら、魔装機神には手も足も出ない。こちらが全力で隙を突いても、魔装機神の指先ひとつで弾かれる。

 

(やはり、魔装機神とは『戦わない』事が最善手だな)

 

 現時点で、シュテドニアス連合において、もっとも魔装機戦術に秀でた部隊がデオ・シュバイルである。それが壊滅したとなれば、上層部も魔装機神への評価を改めることだろう。それはつまり、軍需産業企業複合体『トリニティ』に新たな需要が発生するということであり、軍上層部のコントロールが容易になるということでもある。

 

 当初の目的は、概ね果たされたと言って良い。後は、如何に確実に戦域を離脱するかだ。王族の御座機であるノルスについては、可能であれば奪取して帰還したいところだが……そのためには後どれほど時間を稼げば良いのやら。

 

 ラセツが、そんな色気を滲ませた直後。

 

 空を、何かが引き裂いた。

 

「……まさか」

 

 ラセツには、それに心当たりがあった。可能性としては十分にあり得る事だったが、まさかこんなに早く現れるとは。

 

 秘匿回線にする時間すら惜しい。『グランヴェール』の存在にすら構わず、ラセツは機体を後退させつつ、マイクに向けて怒鳴りつけた。

 

「全機、全力で防げ! 『サイ・フラッシュ』が来るぞ!!」

 

 その三秒後、ラセツの危惧が現実化した。

 

 蒼い輝きが、世界を覆い尽くしたのだ。

 

 

 『サイ・フラッシュ』。それは、先日デオ・シュバイルの諜報部が掴んできたばかりの、魔装機神『サイバスター』の擁する超兵器の名である。

 

 青い光を先触れに、機体周囲の空間が沸騰する。エネルギーによる焼却ではなく、周囲空間の法則そのものを書き換え、破壊する。それ自体はさほど珍しい兵器ではない。バナン市で使われた『降魔弾』もまた、一種の空間制御兵器だ。

 

 その恐ろしさは、その速射性と効果範囲、そして何よりも対象限定能力にある。『サイバスター』はその超機動で戦場に飛び込み、即座に放射する『サイ・フラッシュ』によって、彼が敵と認識した対象のみを選別して吹き飛ばすのだ。

 

 つまり、『サイバスター』が存在する戦場では、何処にどう布陣していようと、『サイ・フラッシュ』による蹂躙の危険から逃れられない。敵陣深くに舞い降り、一気に焼き払う。乱戦状態に飛び込み、敵だけを吹き飛ばす。

 

 その性質と運用シミュレーションデータを目にした『トリニティ』技術開発部は、その滅茶苦茶としか言いようのない代物に、しばし絶句した。

 

 幸い威力そのものは控えめであるが、それも広範囲に放射された場合の話だ。全エネルギーを一点に集中する運用法――マニュアルには『コスモノヴァ』とあったが、その威力はラングランの誇る超コンピュータ『ディンキス』や『REB』をもってしても『計測不能』と言わしめる程であり、現在はラ・ギアス通常空間での使用は禁止されている――らしい。

 

 恐らく、自分たちが実戦で『サイ・フラッシュ』を浴びた最初の人間であろう――青い輝きの中、去来するそんな思考を弄んでいたラセツであったが、しかし予測していた全身を蝕む痛み――『グランヴェール』の炎で灼かれた時のようなものがないことに疑問符を浮かべる。青い光が消えうせても訪れない痛みに、一体どうなっているのかとステータスモニタに目をやったラセツは、そこでまた絶句した。

 

 痛みもなく、熱さもなく、いっそ心地よいとすら言える暖かさの中で。

 

 『ダイオン』の《魔装》と素体が、ごっそりと抉り取られていたのだ。

 

 損傷そのものは、さほど深刻なレベルではない。気力さえあれば、戦闘の続行も可能だ。それは部下たちも同様のようで、戸惑いつつも機体の態勢を整えようとしている。

 

 その頭上から、声が舞い降りた。

 

「おいおい、どいつもこいつも動いてるじゃねえか。意外と威力しょっぱいもんだな?」

「るせぇ、人間相手は色々気を遣うんだよ!」

 

 一つではない、二つの声。嫌な予感に苛まれつつラセツが上空を見上げると。

 

「……最悪、だな」

 

 いっそ、笑みが頬に張り付く程の絶望感。

 

 そこには、予想通りの銀色の鳥『サイバード』の姿があって。

 

 そして、その両足(確か人型形態では腕に当たる部位だが)には、黄土色の何かの肩を掴んでぶら下げていたのだ。

 

「総員、脱出装置を準備しろ」

 

 そんなラセツの弱気な指示に、しかし誰ひとりとして不満の声を上げようとしない。それ程までに、目の前にあるその巨躯は、『デオ・シュバイル』の面々に絶望をもたらしたのだ。

 

 見間違えるはずもない。神聖ラングラン王国魔装機神隊最強にして、鉄壁の防御を誇る魔装機神。

 

 『グランヴェール』『ガッデス』『サイバスター』。そして『ザムジード』。

 

 こんな辺境の遭遇戦に、魔装機神四機が揃い踏みを果たしたのだから。

 

「…………」

 

 無言のままに、『グランヴェール』がきびすを返す。恐らくは姫君たちの方に向かうのだろう。可能ならば更なる足止めを仕掛けたいところだが、それも今の状況では適うまい。

 

 何故なら――。

 

「さーて、おっぱじめるとしようか!!」

 

 そんな声とともに、『ザムジード』が降ってきたのだから。

 




 あけましておめでとうございます。第二十七話です。

 この記事の投稿予定は1/1、そして元の原稿には、これまた新年の挨拶が書いてありました。奇しくも同じタイミングだったようです。

 今回の特徴は、ルビッカとテュッティの関係について掘り下げているところです。テュッティが抱えている強い憎悪の理由が、強い愛情に起因しているという解釈ですね。

 そして、軍隊として初めてデオ・シュバイルが魔装機神と相対していることも特徴です。この戦いで、ラセツは「魔装機神と戦わないのが最適解」と大変後ろ向きな結論を出しています。

 そしてその結論に準じて確かに「魔装機神と戦わずしてラングランを陥落せしめる」わけですから、なんだかんだいってラセツは非凡であると言えるでしょう。

 さて、次で過去に投稿した偽典・魔装機神は終わりです。もう少しだけ、お付き合いをお願いします。

 
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