偽典・魔装機神   作:DOH

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第二十八話 反転

I

 

 少しだけ、時を戻そう。

 

 

「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」

 

 魔装機神『サイバスター』の《精霊殻》の中。不審を隠そうともせず、正樹が問うた。

 

「大丈夫だって。ウェンディの話じゃ、相当にペイロードに余裕があるって話じゃねえか」

 

 そう気軽に答えるのは、魔装機神『ザムジード』操者たるリカルド・シルベイラである。

 

「途中で離したりしなけりゃ、『ザムジード』の一機や二機掴んでも何とかなるって」

「んなこと言われてもな……これじゃいよいよ龍O丸じゃねえか」

 

 不満さに唸りを上げる正樹。その視線の下には、『サイバード』の両足でがっちりと肩を掴まれた『ザムジード』の巨躯がある。

 

 『ザムジード』の隙間から、緑の大地が流れてゆく。それなりの速度だが、しかしそのまま飛んだのでは、ヤンロン達の戦場には間に合わない。時空転移が必要だ。

 『ザムジード』を掴んで飛んでいるのも、それが理由だ。本来『サイバスター』一機でしか使用できない時空転移を、『サイバスター』が『ザムジード』を掴むことでまとめて行う。リスクの高い行為だが、ウェンディ曰く、理論上は十分に可能だという。

 

「そんな事より、脚を離したりしないでくれよ。亜空間で迷子なんて冗談じゃねえからな」

「嫌なら転送ハイウェイの順番待ちしてろよ」

「そんな事言ってたら間に合わなくなるだろうが。何だったら上に乗ってやろうか? ウホッ」

「男に乗られる趣味はねえ!」

 

 吐き捨てる言葉と共に、『ザムジード』も放り捨てた。

 

「おぅわっ!? てめぇ……!」

「そういう仕様だ! おらぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 自由落下しながら抗議するリカルドの声を一言で切り捨て、空中で人型に変形した『サイバスター』は『ディスカッター』を抜き放った。

 

 銀の輝きを帯びた刀身はぎりりりりりと耳障りな音を立てて空間を切り裂き、”虫食い穴”を中空に穿つ。それを確認もせず、正樹は機体を『サイバ-ド』に変形させつつ降下し、落下する『ザムジード』の両肩をわっしと掴み上げた。

 

「心臓が縮むぜ、カンベンしてくれよ」

「毛が生えてる癖に抜かすな。行くぜ!」

 

 『サイバード』が加速し、”虫食い穴”に飛び込む。虹色に輝く小人の穴を潜り抜けるのに、必要な時間はおよそ五分。ただし外界においては、その時間は零に等しい。

 

 裂け目をこじ開け、通常空間に飛び出す二機。ぱっと広がる空の青さが目を突き刺す。

 

 それを目を細めてやり過ごし、見下ろしたそこには、四機の魔装機に包囲された『グランヴェール』の姿があった。

 

「おお、さすがのヤンロンも、一対四じゃ分が悪いってか?」

「ほざいてる場合じゃねえ! 一気にいくぜ!」

「スタンバイOKニャ!」

 

 使い魔達の是が唱和する。『ザムジード』を掴んだまま、プラーナを練り上げる。それを守護精霊『サイフィス』に叩き込むイメージ。脳裏にイメージされる精霊が雄叫びを上げ、永久機関がボルネージを跳ね上げる。

 

 全身に満ちあふれる、凶暴なまでの力。その力は、無軌道に解き放てば、その周辺空間全ての存在を消し飛ばして余りある。だから、正樹は意識を集中する。倒すべきはごくわずか。命すら奪うわけにはいかない。生命維持装置を破壊してはならないし、《精霊殻》などは論外だ。だから、それらを的確に除外し、敵魔装機の《魔装》と、その素体だけを狙い撃つ。間違ってもヤンロンへの日頃の鬱憤など考えてはならない。

 

 思考の上では永遠とも思える時間、しかし実際には零コンマ数秒の間で、正樹はそれらを一つの言葉に紡ぎ上げる。後は解き放つだけだ。

 

「おいおい、早くしろよ」

 

 そんなリカルドの急く声に、思わず対象に『ザムジード』を加えたい衝動に駆られるが、それを全身全霊で押さえ込み、正樹は声を張り上げた。

 

「行けぇッ! 『サイ・フラッシュ』!!」

 

 力ある言葉とともに、青い輝きが世界を駆けめぐった。

 

 

 『サイ・フラッシュ』の輝きが、戦場を一色に染め上げる。

 

 シミュレータでは幾度も浴びた、浄化の光。訓練に付き合う過程で、誤爆を浴びたのは一度や二度ではない。

 

 ゆえにヤンロンは、その光がもたらす破壊の程度を想像できる。その効果を浴びたことで発生する戸惑いも。

 

 だから、ヤンロンは動いた。神速の踏み込みで『ダイオン』との距離を殺し、鉄槌めいた拳を懐に叩き込む。何かに気を取られていたらしい『ダイオン』は、その威力を殺し切ることができない。機体が軽く空中に浮いた『ダイオン』は、その勢いに推進器の噴射を乗せて、大きく『グランヴェール』から距離を置いた。

 

 はて、と内心首を傾げるヤンロンだったが、その瞬間、『グランヴェール』の行く手を阻むように舞い降りたものを目にし、得心に至った。

 

「よーう、ヤンロン。苦労してるじゃねえか」

 

 そう、視界一杯にそびえる黄土色の背中が揶揄をする。

 

「随分早かったな。お前が間に合うとは思わなかったが」

 

 空間転移が可能な魔装機は『サイバスター』だけだ。他の魔装機は転送ハイウェイを経由しての移動となり、準備を含めてあと二十分はかかるとヤンロンは見ていたのだが。

 

「超特急のタクシーだ。割増料金はお前持ちでな?」

「それはお前の勝手だ。だが――助かった」

 

 素直に礼を口にするヤンロンに、降ってきた魔装機『ザムジード』の操者リカルドは、面食らって目を見開いた。

 

「お前に礼を言われたら気持ち悪ィな。とにかくヤンロン、ここは俺に任せろ。お前は姫さん達の方に急げ」

 

 『ザムジード』の腕が、姫君達のいるはずである方向を――多少ずれていたが、指し示す。

 

 ――速度だけならば、まだ上空にいる『サイバスター』の方が上だ。戦闘力でも、今の正樹はヤンロン達と比べて全く遜色無い。更に、『サイ・フラッシュ』で敵味方を識別して殲滅できる『サイバスター』の方が、セニア・モニカ両姫君を護衛するのに都合が良いはずだ。

 

 だが、冷静さがそう告げていても、ヤンロンはリカルドの提案に首肯を返した。

 

「……わかった」

 

 それは、自らに課した責任……姫君達を護って見せるという誓いに従うものであったのだが、他の誰が知る由もない。

 

 そして、そうと決断すれば、ヤンロンに迷う時間はない。素早くきびすを返し、全速で機体を離脱させる。

 

「マサキ、てめぇはテュッティの方に急げ。『サイバスター』が一番足が速い」

「オーケー、任せな!」

「任せねえよ! ガキは無理せず時間稼いでろ!」

「はっ、ウスノロ『ザムジード』で間に合うものかよ!」

 

 罵詈雑言のキャッチボールを背中で聞きながら、『グランヴェール』が疾走する。『サイバスター』には及ばないものの、『グランヴェール』もまた格別俊敏な機体だ。一分もしないうちに『ザムジード』達の姿は渓谷の隙間に消えていった。

 

「急がねばな……!」

 

 そう、ヤンロンが独りごちた直後。

 

 『グランヴェール』の行く手の渓谷を、閃光が切り裂いた。

 

 

「おっと、お客さん。ここからは大根オペラ『姫とムッツリ』講演会場で御座います。チケットはお持ちですか?」

 

 『グランヴェール』が駆け抜けた後の戦場。背中を向けた真紅の魔装機に、『ダイオン』達は追撃の構えをちらつかせるが、その矛先は『ザムジード』の巨躯によって阻まれた。

 

「総員、火力を『ザムジード』に集中! この場を突破しジット小隊と合流する!」

 

 両手を広げて用心棒よろしく立ち塞がる『ザムジード』に、ラセツを始めとしたラーヴァナ小隊は火砲を唸らせる。些か熱烈に過ぎるチケットの雨だったが、『ザムジード』は多少の弾丸では微動だにするものではない。それはラセツも認識するところであったが。

 

(駄賃の一つも戴かなければ帰るに帰れんのでな!)

 

 『ノルス』に対して攻撃を仕掛けるジット小隊の二機は、優位に戦闘を推移させている。送り込んだ機体は『レンファ』と『ナグロット』。はなはだ力不足は否めないが、式典用の『ノルス』が相手であれば、彼らの技量を以てすれば、撃破はもちろん、拿捕もまたそう難しい事ではないはずだ。

 

 そう考えて、『ダイオン』の鉤爪を振り上げたラセツであったが。

 

「な、なんだ、この光……ッ!?」

「た、大佐ァーーーッ!」

 

 そんな断末魔めいた悲鳴と共に、ジット小隊の反応が消失し、

 

 『ダイオン』の鉤爪が、高速で振動する『ザムジード』の拳によって打ち払われ、

 

「大佐っ! 『ザムジード』が!」

 

 部下たちの絶望交じりの通信に頭上を見上げ、そこに銀色の天幕が広がっている事に気が付いた時。

 

「総員、戦闘放棄!」

 

 そう声を迸らせ、脱出ボタンを叩き割った。

 

 

 その三秒後、『ザムジード』の『レゾナンス・クエイク』で、ラーヴァナ小隊の魔装機全てが粉微塵に吹き飛ばされたのは、もはや語る必要もあるまい。

 

 

 

 

 再び、少し時間を戻そう。

 

 

「追い詰められなさいましたわね……!」

 

 モニカが語尾が頓珍漢な悪態を吐き出した瞬間、既に何度目であろうか、二機の『ノルス』の周囲に、魔力弾や熱素反応弾の閃光がばらばらと飛び散ってゆく。

 

「敵にまで変な敬語使わなくていいから!! モードを防御に切り替えて《魔装》を強化して!」

 

 そう姉姫を叱咤するのは、妹姫のセニアである。

 

 『グランヴェール』が戦う戦場から西に外れた渓谷の隙間。身を隠しながら転送神殿へと足を進めていたビルセイア姉妹だったが、ものが巨大な魔装機であり、更に隠密作戦を主任務とする『デオ・シュバイル』の魔装機部隊(と言ってもこちらも二機だが)にとっては、その程度は隠れているうちにも入らない。

 

 『デオ・シュバイル』ジット小隊の『ナグロット』と『レンファ』によって、早晩発見された『ノルス』二機。間断なく砲撃を加えられ、いつしか渓谷の奥深くに追いつめられていた。

 

 おっとりとした姉姫モニカですら、苛立ちを隠せない状況。取り急ぎ防御を固め、『グランヴェール』か『ガッデス』が援護に来るまで耐えるしかないのだが……火急の事態だからといって、生来機敏さとは無縁であったモニカが、即座に行動できるはずもない。

 

「防御ですの? ええと……」

「ああ、もう!」

 

 モニカがもたついている間に、更なる魔力弾が降り注ぐ。それをレーダーで視認したセニアは、とっさに自らの『ノルス・青の三号』でモニカ機を庇った。

 

 同時に、ヤンロンのレポートから構築した浮動盾システムを起動し、《魔装》の盾を構築することで、魔力弾の蹂躙を防ぎ止める。

 

 しかし、それで全ての衝撃が殺せる訳ではないし、そもそもラ・ギアス人のプラーナが少ないがゆえの地上人魔装機操者である。地上人のヤンロンと同じ防御方法を用いたとしても、その持久力には正しく雲泥の差がある。激しく揺さぶられる『青の三号』。衝撃で《精霊殻》もちょっとしたシェイカー状態となり、セニアの意識は脳幹の向こう側に吹っ飛びかける。

 

「つつ……ショックアブゾーバーを20%強化……火器へのエネルギー供給を80%カット、射撃モードをランダムオートでダミー速射……」

 

 くらくらする頭を抑えながら、セニアは機体の設定を書き換える。いかに『ノルス』に火器を搭載したと言っても、それを扱う人間が素人では、プロフェッショナルを相手に砲戦を仕掛けて勝てるものではない。それは、最初の交戦でモニカの『ノルス・緑の二号』と共に砲撃を仕掛け、姉妹揃ってかすりもしなかったことから証明済みだ。やれることは、精々牽制射撃を繰り返す事くらいである。

 

「セニア、無事ですの?」

 

 心配げなモニカの声が、『青の三号』の《精霊殻》に響く。コンソールの角に打ち付けたのか、額から伝い落ちた赤いものを拭いつつ、セニアは目尻を硬くしてキーボードを睨み付けた。ちなみに、よろめいた『青の三号』をモニカの『緑の二号』がそっと支えているのだが、当のセニアはまるで気づいていない。

 

「ダイレクトリンク接続、姉さん、モードセレクト権限をこちらに回すわよ!」

 

 パイロットシートをモニターとキーボードが十重二十重に取り囲んだ《精霊殻》で、セニアが指を疾らせる。(個人的な趣味で)大量に作成していた魔装機制御ツールを繋ぎ合わせ、モニカ機の『ノルス』の制御システムにアクセス、その《魔装》の展開モード設定の優先権限を自分に譲渡させる。同一機種であるがゆえに、二機のシステムは連携が容易だ。セニアが実行キーを引っぱたくと同時に、『緑の二号』の《魔装》が鮮やかさを増し、その防御能力が向上した事を顕した。

 

 しかし――その直後、セニアのカバーをすり抜けて、『緑の二号』の頭に魔力弾が着弾する。

 

「姉さんっ!?」

「大丈夫ですわ……でもセニア、守っているばかりではどうにもなられませんわよ」

 

 衝撃でぐらりと揺れる『緑の二号』のモニカが言うが、そんなことはセニアにも十分わかっている。しかし、『邪眼』の魔導火器をどれほど放っても、あの尋常ではない機動を見せる敵魔装機には、自分達の技量ではかすりもするまい。接近戦などは論外だ。

 

 二体の女神像が、お互いを思い遣り支え合う構図。それに嗜虐心を刺激でもされたのか、『デオ・シュバイル』の魔装機二機は、更にその包囲の輪を縮め、近距離からの砲撃を繰り返す。その照準は更に精密さを増し、『ノルス』の推進器、脚部、腕部を的確に狙撃する。その攻撃パターンを理解したセニアが、防御モードを逐次書き換えているからどうにか対応できているが……。

 

「せめて、もうちょっと出力に余裕があったら……!」

 

 出力ゲージを睨み付けながら、歯噛みする。

 

 『ノルス』はそもそも、『ルジャノール』以降で初めて開発された魔装機であり、永久機関の出力不足で正魔装機として採用されず、お蔵入りしていた代物である。未だ体系化された魔装機用火器が存在しなかったので、装備のほとんどをアップサイジングされた簡易呪法で賄おうとして、それを実現するためのエネルギーが不足した。呪法の威力はサイズに対して倍数で増大したのに対し、必要なエネルギーは指数的に増大していったのである。

 

 その反省から、正魔装機一号機である『ジャオーム』は、魔術系兵装を一切用いない堅実な設計となった。その結果、有り余るプラーナコンバーターの容量により、操者次第では魔装機神に比肩するとまで言われる性能を獲得した訳だが……。

 

「……って、脱線してる場合じゃなくて!」

 

 魔力弾の直撃によって機体が激しく揺さぶられるのをこれ幸いとばかりに、意識を現実に引き戻す。現実逃避している暇は無い。現状を打破する方法を考えなければ。

 

 敵機は、徐々に近づいている。渓谷の行き止まりに追い詰められた姫君二人に、舌なめずりをしながらにじり寄る狼のような案配だ。岩壁と岩壁の隙間は幅が狭く(魔装機の基準からすれば、だが)、魔装機が二機も並んでは思うように回避行動は取れまい。これだけ近ければセニアの腕前……と言うか、セニアが開発した自動射撃能力でも、『邪眼』の術式を命中させる事は可能だろう。

 

 問題は、その二機から間断なく撃ち込まれる弾丸だ。

 

 相手は、『デオ・シュバイル』の魔装機部隊。その技量は、シュテドニアス全軍の中でも有数のものだろう。特に、連携戦術については、個人技に偏りがちなラングラン軍より、数段先を行っているように見受けられる。

 

 その攻撃は、一撃一撃の威力はさほどでもないが、その発射間隔にこそ妙がある。あの二機は、お互いの火器の射撃間隔を適切に管理し、決して『ノルス』に反撃の隙を与えない。

 

 防御に徹しているからこそ、現在までどうにか耐えていられるが、これを少しでも攻撃に差し向ければ、今度こそ止めを刺されかねない。少なくとも、『ノルス』の四肢のどれかは狙撃され、破壊される。

 

 彼らは、こちらのプラーナが尽き果て、抵抗力を失うのを期待しているのだろう。プラーナの絶対量が少ないラ・ギアス人は、リカルドなどと比べると半分以下の《魔装》しか生成できない。その《魔装》でできた装甲をがりがりと削り続けられている訳であるから、前に立つセニアはもちろん、モニカの方にしても、既に息があがっているのが実情である。

 

 では、どうすればいい。セニアは頭をフル回転させる。幸い、敵は狭い渓谷に踏み込んでいるため、これまでに比べてずっと攻撃を当てやすい状態にある。チャンスを見誤らなければ、一撃をくれてやることは難しくはない。

 

 問題は、ふたつ。一撃では片方の機体しか倒すことはできないだろうし、その直後、生き残った方……仕留め損なえば更に逆上した敵が追加される――は、確実に反撃で二人の『ノルス』に引導を渡す事だろう。

 

 もし、この状況を打破したければ、敵魔装機二機を、同時に、かつ確実に仕留める必要がある。

 

(そんな武器……)

 

 歯噛みする。実のところ、セニアにはそれを実現できる装備のアテはあった。

 

 そもそも、『ノルス』が事実上王族専用の機体となった段階で、セニアは(趣味で)『ノルス』専用の攻性魔術を幾つも考案し、シミュレーターで実験を繰り返していたのだ。『ノルス』をもっと優美かつ戦闘的に強化するプランは去年から作業しているし、現在考案中の疑似ファミリア装備『タオーステイル』も、可能ならばノルスに搭載しようと思っていたものであり、その制御システムだけは既に『ノルス』に搭載済みである。

 

 この状況を打破するのに適当な兵装は、恐らくアレであろうとセニアは思い至る。ソーマフィラメントの思念制御糸を核として形成した、《魔装》刃群投射。『ブラス・ナックル』に使用するために張り巡らされた神経網を応用し、まさしく光の翼のような《魔装》刃帯を用いた、攻防一体の秘技である。

 

 問題は、装備を発動する際に若干のチャージタイムが必要であることだが、その装備にはそもそも、チャージ中の防御効果すら用意されている。見た目の美しさも含め、セニア一世一代の大傑作と自負しているものだ。

 

 しかし……大仰な技であるだけに、その永久機関にかかる負担は半端ではない。『ノルス』の永久機関では、最大出力状態の更に倍のエネルギーが必要となる。エネルギーをプラーナコンバータに回して多少のマージンを稼いだとしても、それでも到底目標値には届かないだろう。所詮、理屈屋の机上論である。

 

(せめて、『ノルス』のエンジンがもう一個あれば…………?)

 

 そう歯噛みした瞬間、セニアは気づいた。

 

 あるじゃないの。エンジン。

 

 ――すぐそこに。

 

 

 

 まず、『緑の二号』の《魔装》が、霧消した。

 

 がくり、と『ノルス』の細身の体躯が膝を折る。その双眸には光はなく、一見、操者が意識を失ったかのように見える。

 

 そして、それを合図にしたかのように、『青の三号』もまた、足元に崩れ落ちた。《魔装》が黄金光に回帰し、二つの素体が寄り添って、さながら骸のような様を見せつけている。

 

 その二機の様子に、シュテドニアス魔装機の砲撃も止まる。彼らの目的は『ノルス』の鹵獲だ。相手が無力化したならば攻撃を続ける理由はないし――ノーガードの相手に下手に攻撃を加えて、機体を破壊してしまっては元も子もない、といったところか。その判断は、セニアが期待していたところである。

 

(引っ掛かって頂戴よ……!)

 

 策略を警戒してであろう、『レンファ』と『ナグロット』の動きが止まった。状況に変化があれば、即座に制圧できるように、神経だけは綿密に張り巡らせる。そのあたりの慎重さは、さすがにプロフェッショナルなだけのことはある。

 

 だが――彼らには申し訳ないのだが、その警戒こそが、セニアの狙いである。時間を稼ぎ、新兵器の制御メソッドを仕上げる。《魔装》を解除したのは、そのための時間稼ぎに他ならない。

 

「セニア、これでよろしいの……っ、きゃっ!?」

 

 『緑の二号』のモニカが不安げに問いかけた瞬間、敵魔装機が発した……恐らくは試しであろう魔力弾が、モニカ機の腕に着弾した。《魔装》を纏わない魔装機は、魔術銀(ミスリル)製の骨組みでしかない。魔力弾の破壊力は『緑の二号』の肘周辺を目茶目茶に破砕し、ボトリと落ちた前腕と肩の間に、神経束めいたソーマ・フィラメントの糸が垂れ下がる。

 

「姉さん! 動かないで! 相手も《精霊殻》に直撃はさせないから!」

 

 高速でキーを叩くセニアが、視線だけで人工精霊に命じた。すると、モニカ機の素体が淡く輝き、一瞬だけ《魔装》を展開する。しかしそれも一瞬のことで、輪郭を成す暇も無く、《魔装》の鎧は黄金の光となって消滅してしまった。

 

 ……操者たるモニカの指示なしに、である。

 

(死にかけたフリモード、役に立つことがあるなんてね……!)

 

 操者に負担をかけることなく、いかにも「操者は頑張っていますよ。でも無理っぽいですよ」と言わんばかりの状態を作り出す擬死モード。これもまた、セニアの(暇つぶしの)作品である。

 

 セニアは魔装機開発に勝手に参画しているが、実際は非正規人員である。そのため仕事に入り込むことができなかった時期、鬱憤晴らしとばかりに山のようなモーションパターンや制御モードを開発しており、そのうちの幾つかは正魔装機や量産型魔装機にも採用されている。

 

 とはいえ、擬死モードなどが役に立つ状態は、歓迎すべき事ではない。一刻も早く、あの必殺技を完成させなくてはならない。

 

 あの必殺技は、その必要とするエネルギーが大きすぎるがゆえに、『ノルス』への搭載を見送ったものだ。逆に言えば、そこさえ何とかすれば、いつでも実用に耐えるよう、セニアが仕上げていたものでもある。

 

 そして、モニカ機との動力接続は、どうにかできる。どうにかするのであれば、基本プログラムに小改造を施し、『ノルス』二機による合体技として再構成することは可能だ。

 

 だから、セニアは指を走らせる。予め準備していた必殺技モジュールに、二機連携用モーションパターン……ダンスを踊らせるために作ったものだが……を繋ぎ合わせ、アクションを二機に分配する。

 

 もちろんいくらソフトウェアでサポートすると言っても、操者が同期できなければ話にならない。その精神の昂揚ぶりを力に変える魔装機ならばなおさらだ。だから、二機の連携モーションはあえて実用本位なものではなく、セニアとモニカがかつて練習したダンスのものを応用。セニア機が右翼、モニカ機が左翼を担当する。

 

 以上の操作を、《精霊殻》の時間圧縮機能を用いたとは言え、外的時間における二十秒の間に成し遂げたセニアの手腕は、賞賛されて然るべきだろう。

 

(これで――こっちはOK。あとはっ!)

 

 セニアは、『緑の二号』のモニカへと意識を差し向ける。

 

 モーションはできた。ソフトウェアの書き換えもほぼ完璧。実用性についてはこの際目を瞑り、見た目のインパクトと面制圧性能で、如何に敵を圧倒できるかに集中する。それを有効に発揮させるための隙も、どうにか確保した……つもりだ。

 

 だが、肝心の……二機の動力を接続する手段が、まだできあがっていない。しかも、これに関しては、セニアだけではどうにもならない。動力を送信し、蓄え、そして安定して分配する手段が必要である。

 

 それが、モニカの役目だ。セニアでも不可能ではないが、土壇場で、かつ不安定に変動する伝送形式に対応するには、プログラム練金術よりも、モニカの直感的魔術の方が遥かに効率的なのである。

 

「バイパス解放……これは……っ!」

 

 モニカが苦悶の声を漏らす。敵魔装機部隊からの牽制攻撃はもちろん、『ノルス』から送られてくるエネルギーバイパス形成のリクエストは、人間で処理するにはあまりにも巨大かつ複雑。一挙に流れ込む莫大な情報に、モニカの額に脂汗が浮かぶ。

 

 だが、それでも、ビルセイアの双子姉妹は非凡であった。セニアは言うに及ばず、モニカも、かつて他者の結界術に割り込み、詠唱をサポートしたのは伊達ではない。莫大な魔力と、それを操る予知能力めいた直感こそがモニカの武器であり、それはこの時、最大限に発揮されていた。

 

 そして、外界時間にして丁度三十秒。敵魔装機部隊が痺れを切らし、攻撃を再開しようと決断したその瞬間に。

 

「姉様っ!」

「ええ、参りますわよっ!」

 

 必殺技が、完成した。

 

「名付けて、必殺! エンジェル・ウィスパー・アンサンブル!!」

 

 

 

 『デオ・シュバイル』魔装機隊の二機は、その瞬間、自分たちが嵌められたことを察した。

 

 目の前の、一対の女神像。瀕死の様相を呈していたその二機が急に立ち上がり、その流麗な痩躯に《魔装》を力強く纏った。

 

 騙されていた事に気づいた二機が火砲のトリガーを引いた瞬間には、女神たちはその身を寄り添い、差し上げた手の先に、膨大な《魔装》の球体が形成される。

 

 そして、魔力弾の暴虐なる破壊力が、『ノルス』に降り注がんとした瞬間、球体から閃光が迸った。

 

 『レンファ』の操者は視界を奪われた。『ナグロット』の操者は辛うじて瞼を閉じるのが間に合った。

 

 だから、『ナグロット』の操者は目撃したのだ。

 

 《魔装》の球体が、深い泉のような澄んだ青に染まったと同時に、その左右から、真っ白な翼が生み出されるのを。

 

 そして、女神たちを包み込むように折り畳まれた翼によって、彼らが放った破壊の魔力弾が、空しく光と散っていくのを。

 

 二機が踊るようにその手を組み合い、そして天高く掌を差し上げれば。

 

 翼はそれに従うように、光跡を描いて天を仰ぐ。

 

 そして、女神たちのその手が、真直ぐに彼らを指し示した瞬間。

 

 打ち下ろされた《魔装》の翼から、暴虐なまでの魔力の奔流を呼び起こし。

 

 そして光が、光が、光が光が光が光が。

 

 溢れ、弾け、吹き荒れ、渦巻く。

 

 光とは、《魔装》の粒。一つ一つが流麗なる破壊の尖兵。光が触れれば、それはヤスリのように、敵対者の《魔装》をこそぎ落とす。

 

 『レンファ』は為す術もなく光に呑まれた。『ナグロット』はとっさに避けようとするが、右も左も行く手は絶壁。そして、光は渓谷全てをあまねく、照らし、暴き、灼き、焦がす。その様、まさしく死告天使の囁き。

 

 だから、『ナグロット』には防ぐしかなかった。渾身のプラーナを精霊に食らわせ、削がれる端から《魔装》を継ぎ足す。

 

 幸い、光はその効果範囲広さゆえに、破壊力については驚くほどではなかった。防御が間に合わなかった『レンファ』は早晩膝を折ったものの、『ナグロット』の方は、辛うじて消耗と供給の天秤が後者に傾いている。

 

 そして、ついに『ナグロット』は光の暴虐を凌ぎきったのである。

 

 魂を狩り損ねた天使が引き上げ、光のカーテンが宙に溶けた瞬間、『ナグロット』の操者は、無防備な一対の女神像を目撃した。

 

 またとなき好機。見るからに、精髄まで力を振り絞った直後という風情に、『ナグロット』操者はその生き残った装備全ての照準を定める。

 

 だが、トリガーを引き絞ろうとした、その刹那。

 

 全身を揺さぶる衝撃と共に、『ナグロット』操者は、自分の機体を背中から刺し貫く、炎の剣の存在を知った。

 

 

「た、助かったぁ~~~」

 

 力無く崩れ落ちる『ナグロット』の向こうに、見慣れた紅蓮の魔装機神『グランヴェール』の姿を認めたセニアは、どっと全身の力が抜けるのを感じた。

 

「なんとか……なられましたわね」

 

 そう言うモニカの声も、色濃い疲労が滲み出ている。当然だろう、今の今まで、天使の囁きと名付けられた必殺技を維持していたのは、リアルタイムに複雑怪奇な魔導式を構築できるモニカその人だったのだから。

 

 くたびれてなお珍妙な敬語が、くたくたの身体に染み渡る。ああ、何とかなった。そんな安堵感が沸き上がり、微笑みとなって頬に現れる。

 

「二人とも、よく持ち堪えた。どうなることかと思ったが……」

 

 『グランヴェール』が歩み寄り、手を差し伸べる。その妙な高さから、セニアはいつの間にか、自分たちのマシンが、寄り添うようにして足元に崩れ落ちていた事に気づいた。

 

「どうなることかと思ったわよ。どうにかなったのは、辛うじて新必殺技をでっち上げられたから。姉様がいなければ、もう終わっていたわね」

「ええ、でもそれも、セニアが予め準備していたお陰ですわ」

「現場で連携技を仕上げたのですか?」

「そう。セニアが三十秒でやってくれましたわ」

 

 『グランヴェール』の手を借りつつ、モニカの『ノルス』が立ち上がる。まるで死神でも仕留められそうな物言いだ、などと胡乱な思考が過るが、ともあれ、自分たち姉妹が揃っていてこそ実現した奇跡であることには違いはない。

 

 ゴタゴタのお陰と考えるのも問題があるが、セニアの中で燻っていた姉への敵愾心が、いつの間にか霧散している事に気づく。なるほど、技術であれ、技能であれ、どちらに秀でているだけでも、完璧にはなり得ない。

 

 だからこそ、手を差し延べ合い、手を取り合うことで、互いの欠落を補い合う。それは極めてシンプルな協調の理想であり、何度も心に確かめ続けた事柄ではあるが……。

 

(何度でも、繰り返すのでしょうね)

 

 わずかな諦観と共に、吐息を吐き出す。今の興奮は、長くは続かない。遠からず、自分と姉はまた対立するだろう。違う人間で、真逆を向いているからこそ、それは絶対に避けられない。

 

 望むらくは、その対立が、本当に致命的なものにならないことだけだ――そう、セニアが願った瞬間。

 

 今し方、グランヴェールが飛び越えたばかりの峠の向こうを、銀の膜が包み込んだ。

 

 あの光は、『ザムジード』の『レゾナンス・クエイク』だろう。あれを浴びて、普通の魔装機が耐えられるはずもない。恐らく、あの戦場は『ザムジード』による一方的な蹂躙で幕を降ろしたことだろう。

 

 後、残った問題は、一つ。

 

「……マサキ、テュッティ」

 

 動きの鈍い『ガッデス』と、それを支援に向かった『サイバスター』。通常であれば、その二機の協調の前に、仇成す敵は存在しない。

 

 ――二機が、協調していれば、だが。

 

 あちらの状況は、どうなったのだろう。何気なく、セニアは偵察衛星にアクセスする。恐らく『デオ・シュバイル』が展開していたであろう通信妨害の影響も薄れており、偵察衛星はわずかなノイズ混じりに彼方の戦場の様子を映し出す。

 

 そして、その映像を目にした瞬間、セニアは思わず呻きを漏らした。

 

「……何、これ」

「どうした、セニア?」

 

 ヤンロンが不審げに問いかけてくる。しかしセニアには、それに答える余裕がない。偵察衛星の真偽を確かめ、何者の不正アクセスも存在しないことを確認し……そして。

 

 セニアは、無言のままに、自分の目にしている映像を、他の二機へと転送した。

 

 ――答える言葉はなく、『緑の二号』からは息を呑む音だけが響き、『グランヴェール』は即座に地面を蹴った。

 

 無理もない。目の前の光景は、それほどに衝撃的だったのだ。

 

「……嘘でしょう」

 

 そう呟くセニアの目の前で。

 

 『ガッデス』の槍が。

 

 『サイバスター』の背中を。

 

 魔装機神の槍が、魔装機神の背中を、深々と刺し貫いていたのだ。

 

 

 

 

 さらに、時は溯る。

 

 

 その時、『ガッデス』は停止していた。

 

 丁度、南の戦場に、魔装機神『サイバスター』と『グランヴェール』が舞い降りた頃のことだ。

 

 ルビッカが突き付けた真実の種子は、瞬く間にテュッティの心を覆い尽くした。真実から芽吹いた裏切りと失望と疑念の若葉が、テュッティの魂の奥底で腐れていた感情を養分に伸び上がり、あらゆる場所で悲嘆の花を咲かせる。今や、テュッティは自らが育てた絶望の白い花畑の真ん中で、ただ滂沱の涙を溢れさせるだけの存在となっていた。

 

 そして、立ち尽くし、泣き崩れる白き乙女の前で、ルビッカ・ハッキネンもまた、失意の海に身を浸していたのである。

 

(――何故だ)

 

 重く揺蕩う水面に、浮かび上がるのは疑問符ばかり。

 

(――何故、彼女は私を受け入れない?)

 

 徒労感が、肩にずっしりとのしかかる。

 

 こんなはずではなかった。自分が目指していたのは、こんな有り様では決してない。自分が彼女に求めていたものは――こんなものでは、ない。

 

 ルビッカは、思考を過去に羽ばたかせる。

 

「何を……何をしたの。ルビッカ、貴方は――ッ!!」

 

 かつて、自分がテュッティの家族を手にかけた時。そう叫んだテュッティの様は、正しく最高の輝きだった。それまでのテュッティが蕾であるならば、その瞬間の彼女は、正しく大輪の薔薇の如き。それが華開いた瞬間、ルビッカはあらゆる意味で絶頂した。

 

 だが、その興奮は一瞬しか続かなかった。

 

「どうして……? 私が悪かったの? 何が間違っていたの? 教えて、ルビッカ」

 

 涙に崩れた顔で、哀願するように、そう問いかけるテュッティ。

 

 テュッティは、自分の罪を問いかけた。自分の何が、ルビッカを狂わせたのか問いかけたのだ。

 

(違う!!)

 

 凍りついた仮面の裏で、ルビッカは絶叫した。

 

 そうではない。自分が求めていたのは、そんな姿ではないのだ。

 

 自分は、とうの昔に壊れている。そんなことは今更問われることでも、疑われることでもない。

 

 自分が求めていたものは――!!

 

 その時、ルビッカの思考を引き裂いて、警告音が《精霊殻》を揺るがした。

 

(――撤退命令)

 

 恐らく、ラセツが指揮する主力部隊が、何らかの形で撤退……恐らくは壊滅したのだろう。元々壊滅前提の威力偵察であるし、それ自体は自然な流れであると言える。

 

 問題は、別のことだ。主力部隊が壊滅したということは、ラングラン魔装機部隊に余裕ができた事を示している。そして、余裕ができれば他の交戦地域に増援を派遣するのは必至。このままでは、遠からず包囲、殲滅されるだろう。

 

(つまらん結果だ)

 

 嘆息する。この戦で、自分が得たものとは一体何か。『ギルドーラ』の性能は予測範囲を越えるものではないし、肝心のテュッティは未だルビッカの望む様にはならず、ただ幼子のように蹲るばかりだ……カンツォート・ジョグをからかうのはそれなりに楽しかったが。

 

 せめて、一つぐらいは手土産が欲しい所だ。そう内心で呟いたルビッカは、そういえばまだ試していない新兵器が存在することを思い出した。

 

 それは、はなはだ性格の悪い兵器である。魔装機が魔装機であるがゆえに機能する兵器。有効に機能させれば、戦力比を逆転させることすら可能なもの。

 

(――やってみるか)

 

 ルビッカの口元が歪む。この兵器は使用されるタイミングが限られる上、動作が未だ安定しないので、実戦運用は不可能だと思われていたものだ。だが、今この場所で、使う人間がルビッカで、使われる相手がテュッティであれば、その動作結果はかなり具体的に絞り込むことができる。

 

 そして――その効果が発揮された結果、テュッティの精神にどのような傷を残すことができるか。それを想像し、ルビッカは満面の笑みを浮かべた。

 

(――今度こそ、やれるか)

 

 わくわくする。高揚が抑えられない。どうして最初から、これを使おうとしなかったのか。

 

 ルビッカは、『ギルドーラ』の人工精霊に命じ、その兵器を呼び起こした。

 

 悪質極まるその兵器が起動される。それに合わせて、ルビッカは自らの感情を昂ぶらせる。それは、自らのプラーナを燃え上がらせ、『ギルドーラ』の契約精霊に注ぎ込むプラーナ量を一気に引き上げる行為だ。

 

 すると、契約精霊の『色』が変わった。炎に大量の酸素を送り込むことで色味が変わるように、契約精霊の相が変移したのだ。それは、魔装機の契約精霊の相転移現象《昇位(レイズ)》である。

 

 そして、急激に機能を拡大させた『ギルドーラ』の輪郭が揺らぐ。制御を曖昧にした未収束の《魔装》を、陽炎のように纏った『ギルドーラ』は、幽鬼じみたその指先を、立ち尽くしたままの『ガッデス』に触れさせた。

 

「――!!」

 

 『ガッデス』のテュッティが息を飲んだのがわかった。忌み嫌うルビッカに触れられている。その認識が巻き起こす嫌悪感に、『ガッデス』の契約精霊が燃え上がる。『ガッデス』は負の感情が作り出した《魔装》を全身に溢れさせるが、それを収束させるはずの意志力が、今の操者テュッティには欠落している。

 

 だから、混じり合った。

 

 『ギルドーラ』と『ガッデス』の《魔装》が。

 

 即ち、ルビッカとテュッティの精神の端末が、ダイレクトに接触したのだ。

 

 その瞬間、ルビッカは、その兵器を起動した。

 

 

 

 

 テュッティ・ノールバックは、ルビッカ・ハッキネンを憎んでいる。

 

 テュッティ・ノールバックは、ルビッカ・ハッキネンを滅ぼしたいと思っている。

 

 だが、自分には、ルビッカを殺せない。殺したい。殺すのだ。なのに、殺せない。殺したいほどに憎んでいても、全てを否定することができない。

 

 だから、動けない。ルビッカを殺そうと思えばいつでも殺せるのに、それであるがゆえに動けない。

 

 それは何故。何故、憎しみだけでは殺せないのか?

 

 殺してしまえば、それまでの自分の愛、その全てを否定することになるから――?

 

 殺してしまえば、愛が壊れた理由を知ることができなくなるから――?

 

「おい、テュッティ! 応答しろ!」

 

 誰かの声。それは、安藤正樹の声。それは戦友。それは家族。力強いけれど頼りない、相反するものを併せて掲げる、弟のような少年の声。

 

 ああ、いけない。このまま動かないままではいけない。このままでは、ルビッカと正樹が戦ってしまう。万が一にも、ルビッカに正樹が殺されるような事があってはならない。

 

 ならば、動かなければ。世界を護るために。

 

 自分の愛する世界を護るために。

 

 

 その瞬間、ルビッカの指が、テュッティの心臓を鷲掴みにした。

 

(――――!?)

 

 魂が、震えた。

 

 何か忌まわしいものが、テュッティの心を侵食する。

 

 心の回路に、一点の曇りが落ちる。

 

 水面に紅を落としたように、闇色が広がる。覆い尽くす。心を、魂を、思考の全てを飲み込む。

 

 意識が、ふっと、途切れた。

 

 

 そして、意識は瞬時に回復した。

 

 何が起きたのか。心を覆い尽くした闇色は、嘘のように消え去っている。

 

 何が起きたのか。それとも、何も起きなかったのか。わからないが、心ははっきりとクリアだ。何の問題もない、はずだ。

 

 頭を振って、立ち上がる。ぼんやりとはしていられない。目の前のすぐそこに、ルビッカの駆る『ギルドーラ』の姿がある。殺したい程に憎い、その姿がある。

 

 そう、テュッティ・ノールバックは、ルビッカ・ハッキネンを憎んでいる。

 

 テュッティ・ノールバックは、ルビッカ・ハッキネンを滅ぼしたいと思っている。

 

 でも、殺せない。それは何故か。

 

 殺してしまえば、それまでの自分の愛、その全てを否定することになるから――?

 

 殺してしまえば、愛が壊れた理由を知ることができなくなるから――?

 

「テュッティ! 大丈夫なのかよ!?」

 

 誰かの声。それは、安藤正樹の声。それは戦友。それは家族。力強いけれど頼りない、相反するものを併せて掲げる、弟のような少年の声。

 

 ああ、いけない。このまま動かないままではいけない。このままでは、ルビッカと正樹が戦ってしまう。万が一にも――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ならば、動かなければ。世界を護るために。

 

 自分の愛する世界を護るために。

 

 

 正樹がその場に辿り着いた時、『ガッデス』は片膝を突いて項垂れていた。

 

 その側には敵の魔装機……『ギルドーラ』の姿も見えるが、それは正樹を……つまり、上空から迫る『サイバスター』に気づくと、素早く『ガッデス』から距離を――まるで場所を空け渡すかのように開いた。

 

(――?)

 

 一瞬不審が脳裏を掠めるが、それよりも優先すべきはテュッティの保護だ。

 

「テュッティ! 大丈夫なのかよ!?」

 

 通信機越しに声を投げつつ、『サイバスター』が舞い降りる。一撃必殺の『サイ・ブレード』を抜き放ち、『ガッデス』と『ギルドーラ』の間に割り込むようにして着地。『ガッデス』を背中に庇い、『ギルドーラ』へと剣先と敵意を差し向けた。

 

「――おい、テュッティ! 返事をしろ!」

 

 背中越しにそう声を飛ばすが、反応はない。機体の様子を見れば、時折端々の輪郭が危うくなるものの、戦闘レベルで《魔装》が維持されている。少なくとも、操者テュッティは健在――の、はずだ。

 

(また何かパニクってるのか?)

 

 かつてバナン戦役の際、テロリストの操る魔装機相手に、テュッティがパニック状態に陥ったという話を思い出す。しかし、あの時は助けに入った『ザムジード』にすらお構いなしに暴れるばかりで、今のように沈黙に沈んでいるという訳ではなかったはずだ。

 

 ――しかし。

 

(嫌な予感がする。テュッティの”気”がおかしい)

 

 正樹の直感が、危険を告げている。そもそも、『ギルドーラ』がほとんど無傷でいることだけでも、テュッティにとってこの相手が、思うように戦えない相手であることは明白だ。その理由が、例えば恐るべき技量によるものならば、何等かの形で『ガッデス』も損耗しているはずであるが、『ガッデス』の方にも、目立った傷が見られない。

 

 そもそも、何故テュッティの使い魔達が無言なのか。操者の命がある限り、使い魔もまた不滅だ。操者が何等かのトラブルに見舞われているならば、彼らが無言という事は考えにくい。少なくとも、操者の窮状を伝えるくらいはしてきて当然であろうに。

 

(もしも、使い魔が沈黙するとしたら――)

 

「操者に命じられてるか……」

「それとも、手が離せニャいかのどちらかだニャ」

 

 クロとシロが、主の思考をフォローする。そう、もし使い魔達が無言を貫くなら、それくらいしか理由はない。

 

 使い魔の力すら駆使しなければならない程の処理能力を要する事態とは何だ。原因として考えられるのは、例えば間断なく送られてくる異常な命令を強引にキャンセルし続けるような――!!

 

「お下がりください、マサキ殿!!」

「……ッ!?」

 

 ――テュッティの使い魔の警告が、思考を切り裂いた瞬間。

 

 とっさに、『サイバスター』の身を翻した、その瞬間。

 

 背中を――。

 

 『サイバスター』の翼と推進器が集まる、背中を。

 

 何かが、引き裂いた。

 

「な――」

 

 遅れて生じる、灼熱感。

 

 疑似的なものだが、翼と推進器をまとめて切り刻まれたのだと、その痛みが教えてくれる。

 

 振り仰ぎ、その痛みの原因を突き止めようとした正樹の視界に飛び込んだものは。

 

「――何でだよ」

 

 疑問が、口を突く。

 

 それしか考えられないとわかっていても。

 

 そんな事はありえないという、希望的観測との狭間で。

 

「何しやがる、テュッティ――」

 

 その叫びを引き裂くように。

 

 『ガッデス』の三又槍が、再び『サイバスター』を刺し貫いた。

 

 

 

 

「もう抑えられません、お下がりください、マサキ殿!!」

 

 《精霊殻》にその言葉が響くとともに、テュッティ・ノールバックはふっと身体が軽くなったのを感じた。

 

 厳密に言うならば、『ガッデス』を制御するのに、抵抗する力がなくなった、ということだ。

 

 警告の言葉を発したのは、使い魔のフレキ。今の今まで彼は、相棒のゲリと共に、テュッティの命令を拒み、『ガッデス』の動きを阻害していた。

 

 使い魔とは、テュッティ自身の精神から発した忠実な僕である。正樹と猫達ではあるまいし、そんな彼らが主の意志を無視して行動するのは極めて珍しいことだ。

 

 テュッティが嘆息する。それも仕方がない。何故ならば、自分はどうしょうもなく矛盾しているのだから。

 

 ――限界まで加速された精神が、目の前の現実に引き戻される。

 

 フレキの警告が耳に届くか届かないかのタイミングで、『サイバスター』が身を翻す。いい反応だ。テュッティ自身反応速度は速い部類だと自負しているが、風の魔装機神操者たる正樹と比べると、一歩劣ると言わざるを得ない。

 

 だから……必殺のタイミングで繰り出した槍の一撃は、しかし必殺の一撃にはなり得なかったのだ。

 

 『サイバスター』のプラーナコンバーターを刺し貫くはずであった槍は、目標に届く遙か前からその焦点を見失い、身を翻す『サイバスター』の翼を捉え、引き裂くのみに終わる。

 

 飛び散る《魔装》の欠片。黄金の光となって、飛び散る。その色の煌めきは正樹の苦悶の色を宿すかのようで、テュッティは思わず――。

 

(――もっと見てみたい)

 

 と、思ってしまった。

 

 異常だ。異常だと思う。これは自分の思考ではない。裏切りと蹂躙を愉悦とする精神は、テュッティ・ノールバックが宿すものではない。それはむしろ、ルビッカ・ハッキネンの宿業である。

 

 テュッティは思う。恐らく、自分は先ほど、ルビッカに何かをされたのだ。ルビッカの干渉によって、自分の精神は異常な振る舞いをするようになった。異常であることは理解できる。異常でなければ、自分が『サイバスター』を、正樹を倒そうとするなどあり得ない。

 

 テュッティは精神を研ぎ澄ます。自分の異常は一体何処にあるのか。それさえ見いだせば、こんな洗脳など、容易く打ち破ることができるはずだ。

 

 テュッティ・ノールバックは魔装機神操者である。

 

 テュッティ・ノールバックの願いは世界を守ることである。

 

 テュッティ・ノールバックの守る世界とは、自分と自分の愛する人々、そしてそれらの生きる場所である。

 

 だから――自分と自分の愛する人々を脅かすルビッカ・ハッキネンを、守らなければならない。

 

 テュッティは嘆息する。おかしい。おかしくないことがおかしい。おかしいはずなのに、自分の思考におかしなところが見あたらない。

 

 仕方がない。迷うのは後でいい。

 

 今は――当面の脅威を排除することだ。

 

 そうしてテュッティ・ノールバックは思考を止め、手にした三叉槍を振り上げた。

 

 

 

「くぉああああああぁっ!!」

 

 掌で、受け止めるしかなかった。

 

 鈍重な大太刀では間に合わない。鋭利極まる『ガッデス』の三叉槍……先日モデルチェンジを行い、テュッティ銘々するところによれば魔槍『グングニル』となった槍を、『サイバスター』の左手が受け止めたのだ。

 

 とっさに《魔装》を凝集し、盾とした。しかし『ガッデス』の魔槍はそれすらも容易く引き裂き、『サイバスター』の腕を切り裂いたのである。

 

 思わず、悲鳴が漏れた。『サイ・ブレード』が思わず手からこぼれ落ちる。

 

「何だ、この威力!?」

「《魔装》収束度198! テュッティの個人記録をダブルスコアで上回ってるニャ!」

「それって、ヤンロン並じゃニャいか! 何かの間違いじゃニャいのか!?」

 

 正樹の疑問を代弁して、猫達がぎゃんぎゃんぎゃらぎゃらと騒ぎ立てる。本当ならば正樹も適当に当たり散らしたいところであったが――。

 

「間違いだろうと事実だろうと関係ねえ!」

 

 喝を迸らせる。使い魔達が騒いでくれたお陰か、逆に冷静になれている気がする。その冷静さを逃がさず、思考を集中する。《精霊殻》にプラーナを注ぎ込み、その結果発生する、目眩にも似た、体感時間が拡大される感覚に身を任せ……かっと双眸を見開いた。

 

「シロ、クロ、気合を入れ直せ! 相手は魔装機神で、本気だ! 油断したら殺られるぞ!」

「でもどうするニャ、正樹!」

 

 クロが問うに、正樹は再び思考を巡らせる。どういう理屈かはわからないが、テュッティは明らかに、本気で正樹を仕留めにかかっている。《魔装》の収束が乱れていない……むしろ普段より鋭利さを増しているあたり、以前あったように、ただテュッティのトラウマを刺激して暴走させただけではなく、何らかの手段でその意志そのものを狂わせ、正樹の排除へと向けさせているように見える……とりあえずの敵対者として。

 

「どうするかって言やぁ――」

 

 思案の声を漏らす正樹の懐を、『ガッデス』の魔槍が刺突する。狙うは、『サイバスター』の《精霊殻》、それを収めた魔法石。狙い過たざれば、神すらも一突きにて貫き滅ぼす魔槍『グングニル』だが、正樹はそれを、とっさの拳で打ち払う。

 

 ばしぃん! という《魔装》と《魔装》が激突する音が、黄金の光を纏って空間を駆け巡れば、その隙に『サイバスター』は大きく跳躍し、『ガッデス』から距離を開いていた。

 

「説得……なんて通じる話なら、こうはなってねえよな」

 

 テュッティも魔装機神操者。その心は脆くとも、それでもしなやかに吹き流れる。そのテュッティの心を惑わす術がかけられたのであれば……それを打ち破るには、言葉だけでは足りない。何らかの鍵が必要だ。そして……無念なことだが、正樹には、その鍵の持ち合わせがない。

 

 だから、舌打ち混じりに吐き捨てつつ、正樹は剣を引き抜く。左の掌を貫かれては、大太刀『サイ・ブレード』は使えない。引き抜かれたのは、取り回しの楽な両刃の直刀『ディスカッター』だ。次元を切り裂き現れた剣は、銀の飛沫を撒き散らし、黄金の輝きで力を示す。

 

 ……そう、正樹は剣を抜いた。剣とは、敵を斬るもの。斬るものを手にしたということは――。

 

「――やるしか、ねえッ!!」

 

 そして、『サイバスター』が、風になる。

 

 

「下がりなさい、マサキ!」

 

 喝を吐きながら、テュッティは槍を繰り出す。

 

「下がれるか、テュッティ!」

 

 喝を吐きながら、正樹が剣を繰り出す。

 

 如何なる呪術か、禍火か。テュッティの心を惑わせるものは、逆に彼女から迷いを拭い去っているようだった。

 

 異常な思考ゆえに、迷いなく、惑いなく。驚くべき集中力は、畏怖すべき《魔装》の鎧を形成する。

 

 その神威を矛先に宿した、三叉の『グングニル』が、蛇のように踊る。それは神速で踏み込む『サイバスター』の足下を潜るように繰り出されたかと思えば、まさしく蛇が兎を襲うが如く跳ね上がり、『サイバスター』の鳩尾を狙う。

 

 しかし、その瞬間、『サイバスター』は其処にいない。

 

 半身を反らした『サイバスター』は、その勢いのままに切っ先で半円を描く。その半円の端が捉えるのは、『ガッデス』の首級。遠慮なく素首跳ね飛ばす勢いで振り抜かれる剣は、しかし『ガッデス』には一歩届かず空を切り裂く。

 

 それも当然。『ガッデス』の爪先に宿る小さな水球は、玉乗りの要領で変幻自在の二次元機動を実現する。『ガッデス』はそれを利用して半歩ばかり退き……そして、そのままベクトルを逆転させ、死に体の『サイバスター』の肩目掛けて刺突する。

 

「くっ!?」

 

 ”下がれ”という割に、凶暴な穂先の猛襲。一体どういう惑わされ方をしているのやら、などという思考が脳裏を掠めるが、その隙を逃さぬ『グングニル』が、幾重も刺突を繰り重ねる。

 

 肩を、首を、鳩尾を、額を。幾度も幾度も飛来する穂先は、”斬る”にはさほどの力はないが、”貫く”ことについては無双の威力を宿している。そして、質量のある幻影たる《魔装》の鎧にとって、力を一点に束ね、再生の間もなく素体を砕く貫通力は、もっとも忌避すべき脅威である。

 

 だから、正樹は戦慄に青ざめつつも、その剣先に油断を毛ほども散らさない。一つ一つをぎりぎりで退け、打ち払い、やり過ごす。如何なる魔術か、威力こそ異常な集中力によって高められているが、その槍術そのものは、テュッティ・ノールバックが本来修めていたもの以上ではない。まして、テュッティと『ガッデス』が得意とするのはあくまで術砲戦。常日頃から、ヤンロンやファングの猛攻を凌いでいる正樹にとっては、その槍の動きはさほどの脅威ではないのだ。

 

 だから――再び『サイバスター』の首めがけて穂先が飛来した瞬間、正樹の剣がわずかに跳ね上がれば。

 

()ィッ!!」

「――ッ!!」

 

 力点を強かに弾かれた『グングニル』が、空中を舞っていた。

 

「これで黙れ、テュッティ!」

 

 喝を飛ばしつつ、素早く引き戻された『ディスカッター』を、徒手となった『ガッデス』の首元に押し当てる。もちろん生身の首ではないから、脅しとしてのインパクトは弱い。だが、首を斬り捨てられれば、その衝撃は一瞬なりともテュッティの意識を混濁させる。その隙に引導を渡すのであれば、生身の首を抑えているのと大差ない。

 

 勝負あった――かに見えたが。

 

「……まだ」

 

 《魔装》越しに、テュッティが小さく呟く声が聞こえた瞬間、正樹の背筋が総毛立った。

 

 とっさに身を退け、風の感覚を解放する。研ぎ澄まされた正樹の風詠みの感覚が、周辺空間をマッピングするが如く走査すれば。

 

「――――!?」

 

 弾き飛ばされ宙を舞う、三叉の『グングニル』が、中空でぴたりと静止し、穂先を『サイバスター』に向けていることに気づいたのと。

 

 『ガッデス』の指先が静かに振り下ろされ、『グングニル』が投槍よろしく降り注ぐのは、ほぼ同時。

 

 だから、正樹にできたことは、とっさに『ディスカッター』を『ガッデス』の肩に食い込ませる事だけで。

 

 その衝撃も、魔槍が『サイバスター』の背中を刺し貫く事を避けるまでには至らなかったのだ。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 呻き声が漏れる。一秒も満たぬ間に使い魔による痛覚のカットが施されるが、それでも最初に脳髄を揺らした激痛は拭えない。ぐいと引き絞られた瞼の裏で、火花が散る。

 

「――戻れ」

 

 痛みに寸断された思考の隙間から、そんなテュッティの呟きが忍び込む。と、同時に『サイバスター』に突き刺さったままの魔槍『グングニル』が、触れられぬままに自らを主の元へと帰還させるべく踊り始める。ぎり、ぎりと穂先が引き抜かれれば、その度に『サイバスター』の素体が無残に引き裂かれてゆく。痛覚を遮断しているからいいようなものの、痛覚を同期したままであったら、そのまま失神していてもおかしくないところだ。

 

 ――だが、魔装機は限りなく人体の延長に近い存在であっても、人体そのものではない。

 

「正樹、左腕基部の損傷イエロー。脱落はしニャいけど《魔装》でフォローしニャいと動かせニャいわ」

「左手はとりあえず保留。シロ、バランスの維持は頼む」

「了解ニャ!」

 

 というやりとりを、外界時間2秒で片付け、『サイバスター』を跳躍させる。

 

 傷口を《魔装》で覆い、破壊された駆動系を《魔装》で再現すれば、応急修理のできあがりだ。もちろん操者への負担は時間と共に増大していくし、長く続けられる芸当ではないが、短時間で戦闘を片付けるならば、魔装機神にとって部分的な損耗はさほどの問題にならない。

 

 空中で身体を反転させ、『ガッデス』に正面を向ける。その相手は、掌から放たれる『アートカノン』で逃げる『サイバスター』を追撃しつつ、空いた手は魔槍『グングニル』を取り戻しているところだ。ぐっと握り込んだウォーダンの神槍は、名前さながらの剣呑さをもって、『サイバスター』に向けて突きつけられる。

 

 青い魔装機神との彼我の距離はおよそ200ゴーツ(約360m)。『サイバスター』にとっては、一呼吸で飛び越えられる距離だ。一方で、『ガッデス』にとっても、弾幕を存分に撒き散らせるだけの余裕がある。

 

 ぎり、と、『サイバスター』が剣を握りしめれば。

 

 ぶん、と、『ガッデス』が槍を横一文字に振り抜く。

 

 槍の穂先から飛び散った水飛沫が、中空に留まり、『アートカノン』の弾丸となれば。

 

 『サイバスター』の剣は、ぎりり、ぎりりと銀の軋みを轟かせる。

 

 そして、『ガッデス』の槍が中空でくるくると回転し始めれば、『サイバスター』の剣は大きく背中まで引き絞られて。

 

 両者の緊張が限界に達した瞬間。

 

「どうした、テュッティ、マサキ!!」

 

 そんな、リカルドの声が両機を揺らして。

 

 そして、両者の力が、解き放たれた。

 

 

 

 先に迸ったのは、『ガッデス』の『アートカノン』だった。

 

 本来ならば『ファミリア』を行使したかったところだろうが、どうやらテュッティの使い魔達は戦闘行動をボイコットしているようだ。使い魔が主人の命令を拒否するには相応の苦痛を伴うはずであり、正樹は心の片隅で、彼らの献身に感謝の念を送る。

 

 もちろんそれは片隅に過ぎず、正樹の意識の九割方は、目の前の敵に向けられている。そう、ことこの期に及んでは、テュッティ・ノールバックは敵に他ならない。どんな洗脳光線を浴びたのかは知らないが、正気に戻すのは、徹底的に叩きのめして反撃の目を奪ってからだ。

 

 だから、正樹は身体を捻らせる。《魔装》で強引に修復した翼を唸らせ、黄金の飛沫を散らして踊る。まさしく弾幕と言うに相応しい『ガッデス』の『アートカノン』の雨をかいくぐり、進路を塞ぐ弾丸は、《魔装》の盾と『ディスカッター』で打ち払う。

 

 これで、彼我の距離は100ゴーツ。

 

 『ガッデス』の魔槍『グングニル』がまわる。『ガッデス』の念力で高速回転する刃は、ブーメランよろしく弧を描いて飛来し、『サイバスター』の首を落とそうと迫る。

 

「その手は――知ってる!」

 

 とっさに、左腕を掲げた。破損した腕を強引に修復し、先端に限界まで《魔装》を蓄えると、それをブーメランの進路に叩きつける。激しく黄金の輝きが飛び交い、衝撃で『サイバスター』の左腕は基部から嫌な方向にへし折れ、ブーメランは空中に弾き出される。

 

 そして――宙に放り出されたブーメランが、一瞬青く閃いたかと思うと……その回転面から、圧縮水弾が迸った。

 

「やっぱりな――――ッ!!」

 

 『ハイドロ・プレッシャー』。『ガッデス』の最大火力の一つであるそれは、彼の機体が手にする槍を媒介として、超高密度に圧縮された『アートカノン』を一斉放射する術だ。

 

 本来はチャージに時間がかかる術だが、槍を媒介に予め《魔装》を蓄えておくことで、ロスタイムなしで行使することができる。そして元々『ガッデス』の槍は本体から離れていても『アートカノン』を行使可能なのだから、槍をブーメランのように投げつけた先で、超『アートカノン』を発射させることも不可能ではない、ということだ。

 

 正樹はそれを、以前テュッティが訓練で実験し、『ザムジード』の背中を幾度も打ち据えていたのを、(隣のシミュレータでファングに切り刻まれながら)目撃したことがあるのだ。肩の一撃のお陰で思い出せたが――確か、完成したときは、『ヨツンヘイム』と改名する予定だったか。

 

 思考が、青い光に引き裂かれる。『サイバスター』を正確に狙う『ハイドロ・プレッシャー』の水流は、直撃すれば魔装機神といえど致命傷となるだろう。そして、槍のブーメランを弾いた『サイバスター』は、その分勢いを殺されている。死に体となっている『サイバスター』に、絶妙な角度で放たれる『ハイドロ・プレッシャー』を回避する術はない――そう思えたのだが。

 

「わかってりゃ、手はあるっ!」

 

 嘯き、剣を振り抜いた。

 

 銀色の輝きに満ちた『ディスカッター』。それは、時空を切り裂く刃である。大きく弧を描いた『ディスカッター』の軌跡は、そのまま空間を切り裂き、虹色の超空間への扉を切り拓く。

 

 『サイバスター』は、その中に飛び込んだ。

 

 以前、御前試合で『ザムジード』を相手にした時に行使した技だ。空間を切り裂き、その隙間に飛び込むことで、ラ・ギアス空間での見かけ上の体積を極小にする。これによって被弾面積を最小限にして敵の弾幕をかいくぐり、かつ敵との距離を超空間を経由することで大きく引き延ばし――最大限に機体を加速する。

 

 そして、彼我の距離は10ゴーツ以下。超空間から飛び出した『サイバスター』が、空気の壁を突き破り、黄金の輝きを纏って現れる。そして、その手の先には、銀に輝く『ディスカッター』。

 

 だが、テュッティにとっても、その秘技は既知のものだった。

 

 超空間から出現した『サイバスター』に、すぅ、と音もなく差し出される『ガッデス』の右腕。その掌には、恐らく予めチャージしていたのであろう、『ハイドロ・プレッシャー』に相当する高圧縮『アートカノン』が蓄えられている。

 

 ――『ガッデス』を斬れば、『ハイドロ・プレッシャー』を正面から浴びることになる。

 

 ――『ハイドロ・プレッシャー』を防げば、『ガッデス』に逃げられる。

 

 相打ちか、痛み分けか。二者択一の刹那。しかし正樹は、そのどちらも選択しなかった。

 

 超空間を突破し、突き出された『ガッデス』の掌を、そしてその中で燃え上がる蒼い《魔装》を目撃した瞬間、正樹は思惟を迸らせたのだ。

 

(てめぇ、魔装機神なら操者がどうなってるかわかるだろうが! テュッティが大事なら、何とかしやがれ!!)

 

 言語ではなく、イメージを直接送りつける行為。人間相手では情報を受け取るにははなはだ不向きだが、魔装機……つまりそれに憑依している精霊の人格に語りかけるには、言語ではなくイメージこそが重要だ。

 

 だからこそ、その瞬間、『ガッデス』が動揺した。

 

 《魔装》が一瞬揺らぎ、収束していた水の『アートカノン』が霧散する。

 

「――――『ガッデス』!?」

 

 テュッティが狼狽の声を上げる。ハンドルをがちゃがちゃと動かしているのが、正樹には手に取るようにわかる。

 

 何故なら、その瞬間、正樹とテュッティの《魔装》は衝突していた。

 

 『サイバスター』の『ディスカッター』が、『ガッデス』の《魔装》を切り裂いていたのだ。

 

 

 テュッティは、『ディスカッター』の剣先を目に留めることもできなかっただろう。

 

 彼女が、『サイバスター』の刃の行く末を知るのは。

 

 思い出したように痛み出す、”右腕を失った肩の痛み”ゆえにであろうから。

 

 

 余談ではあるが、この剣技、『バニティリッパー』と名付けられている。

 

 『Vanity-Ripper(虚空の斬撃)』。

 

 ――そう。この秘技は、《剣皇》ゼオルートが伝承していた四神剣の一つ『虚空斬』の変形であり。

 

 四神剣の祖、魔装剣『風剣サイファー』を手にした《天騎士》ランドールが行使した、無銘の秘剣そのものであったのだが。

 

 ――この時点では、誰が知る由もない。

 

 

 

 

 それから、決着までは一瞬だった。

 

 腕を喪失した痛みに動揺したテュッティは、集中力を完全に喪失していた。

 

 だから、そこから続く正樹の連撃の太刀を、失った腕で防ごうとしたり、回避しきれないままに左腕を切り落とされたりと、惨憺たる有様を見せつけたのだ。

 

 結果、『サイバスター』の蹴りの一撃を、テュッティは真っ向から浴びるしかなかった。

 

 そのまま吹き飛ばされ、何度も地面をバウンドする。そして背中から断崖に激突し、半身を岩塊に埋もれさせて、ついに『ガッデス』は停止した。

 

「手加減できニャいとは言ったけど……もうちょっと努力くらいしたらどうニャ」

 

 とは、白眼視を主に注ぐ、シロの言葉である。

 

 使い魔が呆れ果てるのも道理だ。剣を使ったのは両腕を切断するところまでだったとは言え、その後の連続して打ち込まれた拳と脚は、『ガッデス』の《魔装》を叩き砕き、素体すらも軋ませ歪ませたのである。

 

 操者の命には別状はなかろうが、別状がなければ良いというものではない。

 

「仮にもレディ相手ニャんだから、もう少し手加減とか考えられなかったのニャ?」

「るせぇ、殺しに来てる相手に手加減してられるか。これでも最大減の譲歩だっつーの」

 

 と反論する正樹だが、その額に浮いている汗は、”やっちまった”と言外に物語っている。

 

 そんな揶揄の飛び交う《精霊殻》は、現在超空間を通過中だった。

 

 飛行形態たる『サイバード』状態の『サイバスター』の両足……いや、両腕でもあるのだが……には、両腕を切断され、素体すら歪ませた『ガッデス』がぶら下がっている。

 

 その『ガッデス』から、テノールの声が『サイバスター』に届けられた。

 

「いささかやり過ぎの感は拭えませんでしたが、あの状態ではやむを得ない措置でした。我々はマサキ殿の判断を支持します」

「おーおー、フレキとゲリは理解があっていいよなあ……おい馬鹿猫ども、使い魔なら少しはあっちを見習ったらどうだ?」

「主次第で考えニャいでもニャいわね」

「そこらの犬と違って、猫は主を見るものだからニャ」

「んだとコラ」

「ほう……放蕩猫風情が言ってくれるものですね」

「我らとて尻尾を振る相手は見定めています。猫などという軽薄極まる生き物には、社交辞令という言葉を理解する事もできないのでしょうね」

「……どうやらここに俺の味方はいないみたいだな」

 

 大体わかっていた事とはいえ、気が滅入る事には変わりはない。勝手に口喧嘩を始めた猫と狼を意識の外に追い出して、正樹は思考に復帰する。

 

「……ったく、あの野郎、やるだけ荒らして行きやがって」

 

 吐き捨てる。あの野郎とは、もちろん紫の『ギルドーラ』の操者のことだ。

 

 正樹とテュッティの戦いを傍観していた『ギルドーラ』は、戦いに決着が付くか付かないかというタイミングで姿を消してしまった。もちろん正樹は『ファミリア』に追尾させようとしたが、テュッティによって妨害されたのは言うまでもない。

 

「フレキ、ゲリ、テュッティは大丈夫だったのか?」

 

 改めて、確認する。通常ならば、ラングラン系魔装機の間では、操者の状態は人工精霊を介して逐次情報を取得できる。しかし、今はそう単純な手段を採ることができない。なぜならば、『ガッデス』の《精霊殻》にテュッティの姿がないからである。

 

「現在精神感応が遮断されているため、逐次情報を獲得することはできませんが……」

 

 正樹の問いに答えたのは、『ガッデス』の《精霊殻》に鎮座する二匹の狼、テュッティの使い魔であるフレキの声だった。操者なしで使い魔だけが機体に残っているのは、部位のいくつかを喪失した『ガッデス』は、搭乗者なしで機体を維持する事ができず、かといって現状のテュッティを『ガッデス』に乗せることには危険が伴うという事からの、リカルドの判断によるものである。

 

「最新の情報においては、テュッティ様の精神状態は安定していました。リカルド殿の処置が適切……いえ、効果的だったものと思われます」

「リカルドの処置ねえ……」

 

 『適切』をわざわざ『効果的』に言い直すあたりのニュアンスに首を傾げるものの、ひとまず心の荷が下りた気分だった。いつまでも味方に対して暴れ回るようでは、自分たちにとってもただ事では済まないし、そもそもテュッティ自身の精神にかかるストレスも絶大なものになるであろうから。

 

 

 『サイバスター』と『ガッデス』の戦いに決着が付き、『ガッデス』が動きを止めたのと、異常を察した『ザムジード』がその場に姿を見せたのは、ほぼ同時の事だった。

 

「何してやがる、マサキ!」

 

 その怒気を孕んだ声と共に『ザムジード』の鉄拳が飛来したのは、正樹が『ガッデス』の胴を踏みつけながら、両足を切り落とそうとしていた瞬間だった。

 

 端から見れば、とどめを刺そうとしている様に見えても不思議はない。実際、『ガッデス』の抵抗力を完全に削ぎ落とそうとしていた訳だから、とどめを刺そうとしていたのと本質的には変わりないのだが。ともあれそれを止めようとした『ザムジード』の拳は、ご丁寧にも『ブースト・ナックル』の炸薬付きで『サイバスター』を吹っ飛ばし、谷を一つ飛び越して、対岸の崖に半身をめり込ませる程の衝撃を加えた。

 

「ははは、悪ぃ悪ぃ。思わず本気でぶっ飛ばしちまった」

 

 油断していたところでもあり、きっちり意識を吹っ飛ばされた正樹が目覚めたとき、最初に耳にした言葉が、これである。

 

 正樹が気を失っている間に、リカルドは『ガッデス』の《精霊殻》に乗り込み、テュッティを正気に戻すことに成功したようだった。

 

 通信窓に顔を出したリカルドの頬には、右の頬では銃弾の擦過傷が血を滲ませ、左の頬では平手の形に赤く紅葉が刻まれていた。リカルドもテュッティも無事で、かつ先程の鉄拳の恨みもある事であることから、正樹としても一騒動の存在を察知はしても、同情も心配もする気は起きなかったが。

 

 一応テュッティは正気に戻ったものの、万一また突然暴走されてはたまらない。そこで、彼らはテュッティと『ガッデス』を別便で帰還させる事を選択した。つまり、テュッティは『ザムジード』でリカルドが連れ帰り、『ガッデス』の方は『サイバスター』が掴んで亜空間経由で持ち帰る、ということだ。

 

 かくして、現在に至る。

 

「しっかし、精神感応が遮断だと……? 大丈夫なのか、それは」

「プライバシーに関わる事ですので、お答えできかねます」

「……あ、そーかい。何やってんだ、あいつら」

 

 呆れをたっぷりと塗したため息を吐きだして、正樹は思考からあの二人の事を追い払う。この件については、自分はあくまで傍観者でしかない。

 

「しかし、ついに本格的に、シュテドニアスがちょっかい出して来やがったか」

 

 思考を、そもそもの発端である、シュテドニアス軍の侵入にシフトさせる。

 

 『ゴリアテ』『レンファ』『ナグロット』。そしてセニアの言うところによれば、『ギルドーラ』と『ダイオン』。それらは全て、シュテドニアス軍が擁する戦闘用魔装機だ。

 

 既に公に存在が公開されている『ゴリアテ』を初めとした三種はもちろん、まだ試作段階と思われる『ギルドーラ』や『ダイオン』ですら、かなり高度な戦闘力を発揮していた。正直なところ、魔装機神四機が揃い踏みしていたからこそ鎧柚一触で蹴散らせたものの、ラングラン軍の『ブローウェル』部隊では、あのシュテドニアスの多様な連携戦術に太刀打ちできるかどうかわからない。

 

 セニアは、シュテドニアス軍の侵入の理由を、新型魔装機の実戦テストと、あわよくば正魔装機の奪取にあると推測していた。

 

「シュテドニアスの魔装機開発技術は、量産機の多様性ではラングランより数歩先に行ってるけど、術法型魔装機の開発については相当に立ち遅れてるみたいね。まあ、これまで科学技術よりの開発を続けてたところにもってきて、一朝一夕に使いこなされてたまるかって話でもあるんだけど。

 その技術的ロスを補填するために、術方式魔装機の筆頭たる『ノルス』と『ガッデス』を捕獲できれば、シュテドニアスの魔装機開発技術は一気に跳ね上がるし、恐らく最大の懸案事項だろう、上位精霊との契約への足がかりを手に入れることになるわ。特に『ノルス』とあと魔装機神一機を持って行かれたら、確実にあちらさんの技術はブレイクスルーを起こすでしょうね。そうなったら、コスト面さえ無視すれば、上位魔装機作り放題よ。絶対に奪われる訳にはいかないわね」

 

 以上が、先程セニアが聞きもしないのに通信チャネルで放送してくれた講釈である。

 

「……軍拡競争か。んなことしてる場合じゃねえってのにな」

 

 嘆息する。シュテドニアス諸国連合がラングラン王国を危険視する理由はわかる。自分とて、隣国が急激に軍事力を拡大し始めたとなれば、それだけでも漠然とした不安を感じることだろう。そして、不安の種があれば、それを煽って不信へ、そして敵対心へと拡大させる、そんな力が世の中には存在する。

 

 魔装機神と正魔装機は、来るべき《魔神》に対抗するための力だ。少なくとも、そのように定められている。しかしその存在は、『ジラドス』を初めとする反政府武装組織の出現や、周辺諸国の魔装機による武装化を招いた。

 

 偵察衛星の映像に目を向ける。今回の騒動に合わせ、シュテドニアスの国境線近くに、シュテドニアス軍の魔装機隊が隊伍を成しているのが見える。その総数、見える限りで四十機以上。隙あらばラングラン国境を乗り越え、何らかの成果を挙げるべく集結した部隊だ。今回はどうにか介入を阻止することができたが、彼らは次の機会を逃しはしないだろうし、『デオ・シュバイル』はその機会を作ろうと暗躍する事だろう。

 

 そして同時に、その立ち並ぶ魔装機の姿に、正樹は一つの予言を思い出していた。

 

 

 ――巨大な魔神が、ラングランを滅ぼす。そしてそれは、ラ・ギアスに生きとし生けるもの全てに災厄をもたらす。

 

 今や、もしラングラン王国を滅ぼす力が存在するとすれば、それは魔装機こそが最右翼である。ヴォルクルス教団や、白河愁の『グランゾン』も脅威には違いないが、魔装機やその類一機や二機で、個人を殺すことはできても、国家を滅ぼす事はできない。正樹は『グランゾン』の危険性を再三訴えているものの、少なくとも王国内ではそう考えられている。

 

 だとすれば、《魔神》とは何なのか。その事を、人はみな漠然と考えつつ、それを思考から追いやっている。

 

 魔装機神は、《魔神》に対抗するために生み出された。しかし、《魔神》が魔装機だとすれば、人々は、予言に対する恐怖ゆえに、自ら《魔神》を生み出してしまった事になるのだ。

 

 ――因果とは、原因があって結果がもたらされるという事。しかし、その結果を先んじて識る術があるならば、因果が逆転する事もあり得る。

 

 ラングランは、本来来るべきではない災厄を呼び込んでしまったのではないか。そんな疑心暗鬼が、今のラングランに立ちこめているのだ。

 

「……なあ、『サイバスター』。お前は卵と鶏、どっちが先だと思う?」

 

 独り言のように紡ぎ出された言葉だが、『サイバスター』は当然のように応えることはなく、ただ低い唸りを響かせるだけだった。

 

 

 

 そして、ドレント州ガンダ高地での戦闘から三日が過ぎた。

 

 ヴォルクルス信徒を名乗る集団……それがシュテドニアス諸国連合軍『デオ・シュバイル』であることはほぼ周知の事実であったが、彼らの侵攻により国境線を突破されたラングラン王国は警戒を厳とし、国境近傍に厳重な防衛戦を敷いた。

 

 それに呼応するようにして、シュテドニアス側の拠点に戦力が結集し、両者の間に緊張が高まった夜のこと。

 

 

 ガルデシア州東部、シュテドニアス国境から東に二万ゴーツ(約36km)。シュテドニアス軍前線基地外れの、『デオ・シュバイル』駐屯地、その近傍。

 

 シュテドニアス諸国連合が擁する『プロメテウス』級大型地上戦艦『トーマス・エジソン』。神秘主義を脱し、工業による迷信の破壊を題目に掲げて建造されたそれは、従来の基準を大きく凌駕する火力を擁し、『デオ・シュバイル』隊を中心とした魔装機運用部隊を搭載した魔装機母艦でもある。

 

 その医務室に、カンツォート・ジョグが横たわっていた。

 

「それで、カンツォート・ジョグの容体は?」

 

 ラセツ・ノバステが、モニター越しに包帯と点滴に塗れたジョグを見やりつつ問いかける先は、『トーマス・エジソン』の船医である。

 

「脱水症状に全身打撲、ついでに犬に噛まれた痕から破傷風。わずか三日でよくもここまで追い込まれたものですな」

「うるせぇ、好きでボロボロになった訳じゃない……っ」

 

 掠れた喉から精一杯の抗議を張り上げるジョグに、船医が呆れたように肩をすくめた。

 

 ガンダ高地での戦いで、装備もなく荒野に飛び出したジョグは、片足裸足のままで、国境までの道程を踏破する羽目となった。

 

 近くの村に忍び込んでは、食料と当座の足を盗む。燃料が切れれば乗り物は乗り捨て、そこから足がついて住民と警察の追撃を浴びる。逃げ延びたかと思えば野良犬に噛みつかれる等、足さえ確保すれば程ないと思われた道程は、追跡者の存在によって三倍にも四倍にも膨れ上がった。

 

 どうにか国境をくぐり抜け、シュテドニアス領に逃げ込むまで、所要時間はざっと三日。国境を乗り越えて徒歩で半日ばかりの地点で、ようやくジョグは友軍に拾われた。

 

 かくして、『トーマス・エジソン』医務室に至る。

 

「ふむ、満身創痍のサンプリング御苦労だったな、カンツォート・ジョグ中尉」

 

 かける言葉に程々の揶揄をトッピングしつつ、ラセツは医務室との映像通話を終了した。ジョグの容態がはっきりしたならば、他に優先すべき事案は山ほどある。

 

「例えば……これ、だな」

 

 データチップを指先で摘み上げ、思案げに唸るラセツ。そのチップは長さ3cmほどの小さなデータメモリで、見かけによらず容量にして1PB(ペタバイト)級のデータを収めることができるものだ。

 

 もちろん、規格としては珍しいものではない。そこらの市場に足を伸ばせば、簡単に手に入れることができる。地上で販売されているものに比べれば、容量としてはむしろ少なすぎるくらいである。

 

 問題は……その送り主と、その内容である。

 

 そのチップは、今日の昼間、ラセツが昼食のために指揮官室を辞去した、ほんの十分程度の間に、指揮官室のデスクの上に持ち込まれていた。

 

 持ち込み主は、不明。常時出入りを記録している監視カメラも、人影の一つも見いだせていない。……シュテドニアス軍が誇る機動要塞『トーマス・エジソン』の指揮官室で、である。

 

 しかも、そのデータチップには、このような書面が添えられていたのだ。

 

”親愛なる司祭殿へ、ラセツ・ノバステより”

 

 もちろん、ラセツにこのような冗談を仕込んだ覚えはない。しかも、敢えて相手の名前を名乗りからかう手口は、三日前に自分がホワン・ヤンロンに繰り出したそれそのものなのだ。

 

 『トーマス・エジソン』の警備……一般兵のみならまだしも、『デオ・シュバイル』の警備すらも軽々と潜り抜け、更に先日のラセツの戯れ言までも把握している何者か。それだけのことができる人間は限られている。そして最後の……”親愛なる司祭様へ”という一文。自分が司祭と名乗り、ホワン・ヤンロンの名を騙った時、自分は一体どのような立場の人間を騙っていたか。

 

 それらが意味するであろう事を繋ぎ合わせれば、概ね候補は一人に絞られる。

 

 データチップの中身は暗号化されていたが、ラセツはものの十分ほどで、復号化のキーを導くことができた。ヒントは十分。名前を騙るからには、名前が鍵になっていると考えるのが妥当だ。そしてその推量は正しく、それは、送り主が誰であるのかというラセツの推量に是を示していたわけだが……。

 

 ともあれ、復号化されたデータはラセツの目にその内容を詳らかにした。

 

 そして、ラセツは刮目したのだ。

 

「……これが本物であれば……落とせるな、ラングランを」

 

 データの複製を終えたデータチップを手の中で弄びつつ、ラセツは独白した。

 

 それは、神聖ラングラン王国に加える必殺の一撃、そのレシピだった。ラングランの巨躯に血を巡らせる大動脈、その中枢を刺し貫く毒針。それを一刺しすれば、ラングランの全てに致命傷となりえる猛毒を送り込む事ができる。

 

「……つまり、一枚噛め、ということか」

 

 送り主の意図するところは明確だ。この餌に釣られて踊れ、ということである。メインディッシュの仕込みは十分。後は狂想曲を奏でる楽団と、場を盛り上げる道化師がいればいい。

 

 舞台の上には、指揮者が一人。存在そのものが猛毒の、男が一人。

 

 そこに、自分が乗り込めばどうなるか。道化師として踊り狂うことになるか。そして嘲笑の中で舞台から消えていくのか。

 

「いや、そうはならん」

 

 そうだ。自分ならば。ラセツ・ノバステという男ならば、そうはならない。楽団を操る指揮者を蹴落とし、舞台の全てを奪うことができる。そう、それは望まれたことなのだ。そうでなければ、どうして自分の手元にこの切り札が回ってくるものか。

 

「さて、どうしたものかな」

 

 思案げに呟くラセツだったが、その目には、既に押しとどめようもない野心の炎が燃え上がっていた。




 第二十八話です。これで過去に投稿した偽典・魔装機神の原稿は終了となります。

 内容は、ノルスの合体攻撃と、テュッティの洗脳イベント。「説得コマンドくらいでどうにかなるなら苦労はねえんだわ」という何かの主張が感じられる展開となっています。

 このエピソードでラセツに渡されたデータは、転送ハイウェイのバックドアの暗号鍵です。これが手に入ったことで、シュテドニアス軍は転送神殿の一つを制圧することにより、すべての転送神殿に部隊を派遣、一斉に制圧することが可能となりました。

 実際にはラセツは、もうちょっとエグいことをしてラングランの抵抗力をそぎ落とします。そして、カザフル砦の転送神殿を拠点とし、首都エル・ラングへの侵攻を行うことになります。

 この戦いでリカルドをはじめ多くのキャラクターが命を落とし、正樹と愁の対決で幕を下ろすのが、偽典第一部の展開の予定でした。

 ともあれ、過去に書いた原稿が尽きましたので、本稿はここで完結とさせていただきます。

 ここまでお付き合いいだたいた方々、かつての読者の方々にも、この場を借りて改めて御礼申し上げます。

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