偽典・魔装機神   作:DOH

4 / 32
第三話 戦士であること(2)

 

 神聖ラングラン王国王都は、中央大陸南に位置するパラゼラウ高原に位置している。

 

 その中でも、王の居城たる『エル・ラング』は青く輝く湖『エノイ湖』を眼下に望む高台に建てられ、王都はそれを中心とした半径約五十キロメートルほどの範囲に広がっている。

 

 と言っても、その都市構造は地上に見られる中枢機能集中型とはやや異なり、商業区、居住区、軍事施設などがそれぞれ少なくとも数キロ、遠ければ数十キロの距離を置いて偏在している。

 

 通常であればあまりにも非効率的な都市構造であるが、ここラングランには各地区を瞬間転移で結ぶ転送器ネットワーク『転送ハイウェイ』が完備されているために、各地区間の距離は問題にならない。

 

 かくして、王都の各機能は、それにとってもっとも適した地形に配備されるようになっているのである。

 

 そんな王都の一区画、人々の喧噪に満ちあふれた商業街区。中世西欧の文化色に色濃く染まった都市を、遙か彼方の丘陵から眺める一対の目があった。

 

 それは、紅の長衣に身を包んだ、二十代中盤ほどの女性だった。長く伸ばされた髪は赤く、その風にたなびく様はまさしく紅蓮の業火の如く。髪の色を映したかのようにまた赤い瞳には、狂おしいまでの情念の炎が輝いている。映した物全てを焼き尽くすかのような、赤。

 

「いよいよ、解放が始まる……」

 

 その炎を映したような女性は、陶然と呟きを漏らした。すらりと伸びる両の腕を眼前に差し出し、その豊満な胸の前でゆっくりと交差させ、熱のこもった吐息を吐き出す。まるでそこには居ない誰かを抱きしめるかのように。

 

「大地の澱みは嵐で清められん。再生は破壊の後に訪れる」

 

 詩を詠むように、何かに捧げるように。紅蓮の女性は言葉を紡ぐ。

 

「今こそ、旋風の時はきたる。舞踏王の宴はここに!」

 

 ひときわ強い風が、紅蓮の女の髪を薙いだ。ばっと風の中に広がる髪が、さながら彼女の”気の炎”の高まりを示すかのように萌え上がる。

 

「さぁ……解放してあげるわ。魂までも縛られた、哀れな坊や達……!」

 

 そして彼女……『紅蓮のサフィーネ』と恐れられる魔女は、艶然とした笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 正樹はこれまで十六年間の人生において、幾度もの理不尽に出会ってきた。

 

 それは例えば珍しく酒に酔った時の父の暴力であり、報われない努力であり、矛盾した社会体制などであった。特に、家族を失ったあの事件などは、その最たるものと言えるだろう。

 

 しかし。

 

”これは……理不尽だ”

 

 その腕を埋め尽くし、あまつさえ視界までも遮る『それ』と、おそらくその向こう側に居るであろう人物たちのもたらす理不尽の感覚は、彼の人生全てにおいて、五指に含んでもよい程のものであった。

 

 正樹の両手を埋め尽くしているのは、衣類、食料品、装飾品、その他まったく理解できないもの。それらが箱や袋をまとい、彼の目前に鎮座している。いや、鎮座しているだけならいいのだが、問題はその土台が、自分の両手であると言うことだ。

 

 それらの一つ一つはそうたいした重さではないのだが、塵も積もればなんとやら、これだけの数……今のところ箱六個に袋が五袋……ともなると、手にかかる負担はそろそろ洒落ではなくなってくる。

 

”なんで俺が持って運ばなくちゃならないんだ?”

 

 正樹は天を仰いで我が身を苛む試練を嘆……こうとして、手元の荷物の山が崩れそうになり狼狽した。道化がダンスを踊るように、体をくねくねと捩らせる。何とか辛うじて姿勢を立て直したところで、荷物の向こうから彼の苦境の元凶の声が届いた。

 

「どうしたのー? マサキ。遅れてるわよー?」

”誰のせいで遅れてると思ってるんだ!”

 

 人の苦労をまったく気付かない様子のお気楽なセニアの声に、正樹は両手の荷物を放り出してしまいたい衝動にかられた。

 

「やっぱり、いくらなんでも調子に乗って買いすぎたかしら……?」

 

 正樹からは荷物が邪魔で見えないが、セニアの横にいるであろうテュッティの声。しかし、そういう事を言うのなら少しは自分で持て、と言いたい。

 

 だいたい、何故自分が荷物持ちなどを。正樹は、今日現在に至るまでの経過を思い起こした。

 

 ここは、ラングラン王都、ピラーク街区。衣料、食料、電化製品など様々な商店の立ち並ぶ商業地区である。中世西欧の大都市を思わせる街並は、客寄せや売り込みなどの喧騒にあふれ、道行く人々が絶えることもない。

 

 正樹がここに来たのは、彼の前方を歩く二人の女性……セニア・グラニア・ビルセイアと、テュッティ・ノールバックに誘われたためだった。

 

 フェイルロードとの交渉の日から2日。《魔装機操者》となることを拒否した正樹だったが、それからの時間は正直暇もいいところだった。正樹を地上に送り返すためには魔法儀式《送還の儀》を行わなくてはならなかったのだが、その儀式は準備に少々時間がかかるものであり、その準備の間、正樹はラングラン軍宿舎に逗留させられていたのである。

 

 そう、逗留である。拘束ではない。彼には簡単な監視……監視カメラのたぐい程度……はつけられていたものの、基本的に行動の自由は保証されていた。

 

 しかし、正樹はこの世界では知り合いも少なく、居たとしても遊びに行くほど親しいわけでもない。たとえ部屋を出たとしても、どこに行っていいのかわからない。試しに街へ繰り出してみようにも、この国の通貨……というか金銭のたぐいは一切持ちあわせていない。

 

 彼には行動の自由が認められていたが、行動の保証は与えられていなかったのである。

 

 昨日はどうにも暇になって、部屋を抜け出して基地周辺を散策してみた。

 

 驚くほど豊かな自然と、一見懐古趣味的な、しかしその中身は地上の最先端技術にも勝るであろう技術の詰め込まれた建築物。中天から動かない太陽。雲間に消える地平。そして、桁外れなまでに生き生きとした風。

 

 その異界の光景は、正樹に多くの困惑と感動をもたらした。

 

 しかしその感動も、二日目ともなると飽きがくる。昨日一日かけて周辺を散策した彼は、次の日にはもはや出歩く意欲を失っていた。

 

 そして与えられた部屋で寝転がっていたところ、目下この『ラ・ギアス』でもっとも正樹と親しいであろう人物、テュッティ・ノールバックによってその扉が叩かれたのである。

 

 テュッティによれば、自分とセニアが街に買い物に出るのでそのついでに、『ラ・ギアス』をまもなく去る正樹への街の案内がてら、一緒に何かしらの土産を買いに行こう、ということだった。

 

「いや、そこまでしてもらう義理は……」と遠慮した正樹だったが、妙に押しの強い彼女には勝てず、気付いたときには彼女の運転するホバーカー……《フローラー》と言うらしい……の助手席で、流れ行く『ラ・ギアス』の景観を眺めていた。

 

”それが何で、俺が荷物持ちしなくちゃならねぇんだよ!”

 

 街区の中には乗用車の類は乗り込めないので、彼らは歩いて街にはいることになった。そして、うやむやのうちに東西奔走する女二人に荷物を押しつけられ、現状に至ったのである。

 

 全く持って、女性に対して強く出られない自分の性格が恨めしい。もっとも、女主導の買い物に男がつきあったとき、男の役目は荷物持ちというのは数百年前からの不文律ではあったが。

 

「……さーて、せっかくピラークに出てきたんだから、『ルーカーン』にも寄らなきゃ嘘よねぇ?」

「げっ……、まだ何か買うつもりかよ! もう俺は持てねえぞ!?」

 

 荷物にさえぎられて見えない前方からの、やけに楽しそうなセニアの声に、正樹は絶句し、そして悲鳴を上げた。

 

「え~? 何言ってるのよ。男の子なんだから、まだまだいけるでしょうが……というわけにもいかないか」

 

 不満げなセニアの声が途中から転じて、やれやれといった風な呟きに変わる。

 

「一旦フローラーに戻りましょうか。ちょっと荷物が多くなりそうですし」

 

 テュッティの助け船に、セニアは肩を小さくすくめながら同意する。当然、正樹にも異論はなかった。

 

「それじゃ、車を呼びましょうか。えーと、ここからだとどこがいいかな……?」

 

 セニアがその手首に巻いた腕輪……小型統合情報端末を操作し、フローラーの人工精霊(AI)を呼び出した。フローラーには自動操縦機能があり、命令一つで指定の場所へと移動させることができる。セニアは目的地を付近の大通りとの交差点に指定すると、後の二人をそこへと促した。

 

「アナクロな町並みの割に、見えないところでハイテクが使われてるんだな、この国は」

「外観が恣意的に中世型に統制されているのよ。外見はそのままで、内面を発達させることを主眼に置いて、文明が発達しているの」

 

 フローラーを呼び出した場所へと歩く道すがら、正樹の感心したような呟きに、セニアが答えた。正樹はふーん、と適当に相槌を打ちながら、物珍しげに周囲の情景に視線を巡らせる。

 

 程なくして、正樹達が目的の交差点にたどり着くと、果たしてそこには既に、彼らのフローラーが横付けされていた。

 

 正樹がふと周囲を見回すと、目の前の大通りにはほとんど歩きの者の姿はなく、時折フローラーが通り過ぎるか、或いは彼ら同様、荷物をフローラーに積み込んでいる家族などの姿があるだけだった。アナクロな街並みに反して、きちんと車道と歩行者道が区分されているのだろう。

 

「はい、ここに積み込んでね」

 

 フローラーのバックボンネットを開き、セニアが促した。明後日の方向を向いていた正樹は慌ててその中へと荷物を積み込んでゆく。

 

 どさどさと荷物を文字通り詰め込む正樹が女性二人に睨まれやり直しを要求されると言う一幕が過ぎた後、彼らの姿は最寄りの喫茶店の一卓にあった。

 

 

 

 

 テュッティの先導で入った喫茶店は、ラングランらしく歴史を感じさせる、小綺麗な店構えだった。

 

 木の卓の中央には、塩の瓶に少し大きめの砂糖壺。椅子もさして格調高いというわけでもない。

 

 さほど流行っているというわけでもないのか、それとも時間が外れているのか、彼ら以外の客は見あたらなかった。

 

「しっかし一体ありゃ何が入ってたんだ? 一つ、えっらく重たい袋があったけど。あれ、テュッティさんのだろ?」

 

 フルーツジュースの類を一口すすり、正樹は問いを発した。初めて口にする果実の風味が口の中に広がるが、さほど目立って美味いというわけでもない。

 

 つくづく、テュッティがこの店をわざわざ選んだ理由がわからない。

 

「ああ、あれ? お砂糖よ」

 

 紅茶の類に砂糖を加えながら、テュッティ。その答えに、正樹は仰天した。

 

「砂糖って、あの袋全部か!? 十キロはあったぞ? 一年分かよ!?」

「一月分よ……しかも彼女個人用」

「はぁ!?」

 

 冗談だろ、と顔全体で表現しながら、どこか諦めたような口調のセニアを見る。当のセニアは溜息を一つつき、指先をテュッティの方に向ける。

 

 その指の先では、テュッティが砂糖壺からせっせと砂糖を掻き出している姿があった。

 

 当然、掻き出された砂糖は彼女の紅茶の中に注ぎ込まれている。

 

 正樹はしばし信じられないと言いたげな表情を浮かべていたが、テュッティが砂糖壺(大きめ)の中身を全て紅茶に注ぎ込み終わるのを見届けると、納得したように溜息をついた。

 

 そんな二人の様子をよそに、テュッティは至極機嫌良さげにスプーンで軽く紅茶を掻き回し、一口啜った。思わず正樹はうげ、と呻きを漏らす。隣のセニアは慣れたものなのか、呆れたような視線を送りつつ、フルーツジュースを啜るばかりだ。

 

 そんな周囲の様子を気にも留めず、テュッティは話題を投げかけた。

 

「さて、次はそろそろマサキのお土産を捜しましょうか。どんなのが良いかしらね?」

「……とりあえず服が要るんじゃないかしら? あなた、召喚された時の服は溶けてて、もう使いものにならなかったらしいし」

「んー、服か? こいつが貰えりゃ、それでいいけどなぁ」

 

 着る者にはあまり頓着しない正樹が、自らの姿を見下ろしながら答えた。

 

 色つきのTシャツに、やや厚手でラフなジャケット。下は極普通のロングズボンである。ラングラン製の服の筈だが、衣服のセンスは地上とあまり変わらないのだろう、正樹はさほど違和感を感じていなかった。

 

「そう? まあ、私たちも男の人の服ってよくわからないからいいけど。それじゃ、食べ物とか、置物とか……あ、アクセサリーとか! 彼女へのプレゼントとかに」

「俺にはそういうのはいないよ。学校行ってた頃は、結構女子に人気はあったみたいだけどな」

 

 えらくうきうきしたような様子のセニアに、どこか他人事のように正樹は答える。

 

「確か、ボクシングで日本州全国大会ベスト8だったっけ? そりゃ人気あるでしょうねぇ」

 

 いつの時代も、人は輝かしい成果をあげた人間に惹かれるものだ。セニアの言葉に正樹はよく知ってるな、と驚きの表情を浮かべ、次いで苦笑した。

 

「それじゃあ、家族の人とかには?」

「……!」

 

 何気なくテュッティが口にした問い。慌ててセニアが静止しようとするが、既に遅い。正樹の表情が、凍り付くように硬化した。

 

「あ……私、何か悪い事聞いちゃったのかしら」

「あのね、テュッティ……」

 

 急に緊張感を帯びた周囲の空気に、テュッティが困惑する。セニアが彼女に耳打ちしようとするが、それを制するようにきっぱりと、正樹の言葉が割って入った。

 

「俺の家族は……もういない。みんな、死んじまった」

「え……!」

「半年前、テロに巻き込まれた。俺が出かけてる間に戦闘があって、墜落したPTの下敷きになった」

 

 絶句するテュッティ。それをよそに、淡々と正樹は語る。何の感情も込めず、厳然と起こった事実のみを。それがまた、彼の悲しみを浮き彫りにする。

 

「ご、ごめんなさい! 無神経なこと言って……!」

 

 激しく狼狽し、顔を青ざめさせたテュッティが、慌てて謝罪する。だが、正樹は何も答えない。ただ下を向き、視線を目の前のコップに注ぐ。

 

 正樹の沈黙に、テュッティも肩を落として俯いた。九割方飲み干され、溶けかけたコップの氷が、からん、とどこか乾いた音を立てる。

 

 気まずい空気が、その場を満たした。誰もが圧し黙り、まるで言葉を発することが罪にでもなるような、そんな錯覚を覚える領域。

 

 正樹とテュッティが同じように俯き沈黙する中で、セニアだけが、どこか所在なさげにコップの氷をストローで掻き回す。からから、からから。

 

「なあ、テュッティさん」

 

 沈黙の帳を引き上げたのは、正樹だった。俯いた顔を僅かに引き上げ、呟くように。

 

「……?」

「あんたも……地上の人なんだろう? あんたは、何で戦ってるんだ? なんで、この世界で戦争なんかできるんだ?」

 

 目線を合わせず、問いを吐き出す正樹。テュッティはしばし沈黙したまま答えなかったが、やがて、小さく唇を震わせるように答えた。

 

「私は……ね。あなたと同じで、家族を全部なくしてるのよ」

 

 その答えに、正樹の肩がぴくり、と震えた。

 

「ちょっとした事件があってね、もう二年……三年になるかしら。いっぺんに家族を亡くして、私は何処にも行くところがなかった。自分の居場所が欲しくて、がむしゃらに働いたわ。そして気づいたら、それなりに周囲に認められるくらいの技術は身についてた。でも、それでも帰るところはなかった」

「…………」

「そんな時、私はこの世界に召喚された。フェイル殿下や国王陛下に頼まれて、私は初期の《魔装機》のテストパイロットとして、ここで働くことに決めたの」

 

 言葉を紡ぐうちに、テュッティの声が次第に力を帯び始めた。意志の力。自らの選択への誇りが、彼女の言葉に力を与えていた。

 

「それからいろんな事があったわ。……本当に、いろんな事が。そうしているうち、昨年に『ジラドス』が現れて、テロを始めた。

 『ジラドス』の《魔装機》に対抗するために、ラングラン軍は私たちテストパイロットを《魔装機》に乗せて対抗しようとした。フェイル殿下達は反対してくれたんだけれど、私は自分から戦うことを選んだ」

「なんでだ……?」

 

 いつの間にか目線を上げ、自分を見つめていた正樹の問いに、テュッティもまた面をあげ、互いの視線を合わせた。

 

「だって、その時にはもう、ここが私の居場所だったから。私を受け入れてくれて、私を必要としてくれる人がいて、私が好きな人たちがいるこの国が。それを守る力が、私にあったから」

 

 一言一言に力を込めて、テュッティ。ふと横に視線を移すと、僅かに頬を染め、どこか照れくさそうにそっぽを向くセニアの姿が見えた。

 

「私は、この世界を守りたい。私が今生きている世界を。それが、私が戦う理由よ」

 

 そこまで言って、テュッティは深々と息を吐き出して、目の前の少しぬるくなった紅茶の類を飲み下した。そして、少し照れくさそうに微笑。

 

「……ちょっとらしくなかったかしら?」

「……いや」

 

 正樹はそれを否定するように、眼前で小さく手を振り、そして椅子の背もたれに寄りかかるように天を仰いだ。

 

「守るため、守るためか……」

 

 テュッティの言うことは理解できた。なるほど、守ろうという対象が存在すれば、人は戦うことができる。獣達でもそうだ。子供を連れた獣は、何者にも比べられないほど、勇敢あるいは獰猛な生物と化する。

 

 だが、自分の場合はどうだろう。何かを守ろうという意志があるわけでもなく、倒したい敵がいるわけでもない。

 

 あくまで部外者である自分が、どうしてこの国の為に戦うことができるだろうか。

 

「まあ、これはあくまで私の場合の話だから。あなたは、自分の意志で、自分のありようを決めるべきだわ」

「そうね。正直、あたしたちはあなたの操者としての才能を、是非とも欲しいと思ってるわ。でも、あなたは兵器じゃないものね」

 

 目の前の女性二人は、自分の意志で、望むように選択しろ、と言う。

 

 しかし、彼女達は気づいているのだろうか? そうやって選択を迫っていること自体が、自分に戦いを強制しているのと同じであることを。自分の意志で戦え、と言っていることが、詭弁でしかないと言うことを。

 

 そして自分は、誰かに言われて戦うつもりなどない。ならば、正樹の返答は決まっていた。

 

 ――決まっている、はずだった。

 

 正樹は、重い唇を震わせ、自分の意志を口にする。

 

「俺は……」

 

 その時、『それ』は現れた。

 

 

 

 ……わずかに、時は遡る。

 

「さあ、このあたりでいいかしらね」

 

 王都、ピラーク街区からおよそ五キロメートル。周囲に雑木林の広がるその高台で、『紅蓮のサフィーネ』は呟いた。

 

 彼女は今、《精霊殻》の中にいた。

 

 彼女の二つ名を体現するかのように、真紅に染め上げられた《魔装機》『ウィーゾル』。重厚な上半身に細い一本足の下半身と、非常に不安定な外観を有しているこの機体は、恐らく現時点で『ラ・ギアス』世界で唯一、ラングランに擁されない戦闘用魔装機である。

 

 彼女は今、これから自らが引き起こすであろう惨劇の光景を想い、激しい高揚に包まれていた。彼女の体の奥深くに宿る、黒く燃えさかる炎が、歓喜にゆらめいているのを感じる。その熱に押し上げられ、はあ、とどこか艶っぽい吐息を吐き出した。

 

 しかし。

 

「サフィーネ様~、一人で浸ってないでさっさと仕事すましちゃいましょうよぉ」

 

 高揚していた”気”は、《精霊殻》の隅から聞こえた軽薄な声によって、雲散霧消してしまった。

 

 気分を害されたサフィーネは、むっと顔をしかめ、じとりと視線をその声の主……《精霊殻》の隅にぶら下げられた鳥籠の中の、青い鳥に向ける。

 

「チカ、あんたね、私がせっかくいい気分でいるのに、よけいな茶々入れるんじゃないよ!」

「そんなこと言ったって、サフィーネ様。ルオゾール様の命令じゃあ、適当に『デモンゴーレム』を暴れさせて、王都を混乱させてこいってだけの、つまんない話じゃないですか。どさくさに紛れて金品強奪するってのならともかく……」

 

 籠の中の青い鳥が、ばたばたと翼をばたつかせながら言う。そう、鳥が人の言葉を話しているのだ。だが、サフィーネはもう慣れたものなのか、うんざりした体で口元を歪めた。

 

「はいはい、まったくホントにあんたは金に汚いしやかましいし……本当にあんた、『あの方』の分霊なの?」

「とーぜんでしょ。さ、こーんなつまらない仕事、ぱっぱっぱーっと済ましちゃいましょ」

 

 サフィーネの視線を平然と受け止め、チカと呼ばれた鳥は身振りを交えて行動を促す。サフィーネは少々釈然としないものを残しながらも、表情を引き締め、そして呪文の詠唱を始めた。

 

「天の理、地の理、逆しに行えば、逆しに生ず……」

 

 呪文の詠唱と共に、指先が複雑な印を組む。それは詠唱の進行と共に二度、三度と組みかわり、それに合わせるように、『ウィーゾル』の《精霊殻》の中に、何かうすら寒い空気が立ちこめ始める。

 

 そして、それに続いてその空気の隙間をくぐり抜けるように、何か湿った様な気配をもつ”何ものか”が漂い始めた。

 

「う~、いつも思うけど、この《邪霊召喚》って薄気味悪いよなぁ……」

 

 鳥籠の中のチカが、全身の羽毛を逆立てながら小さく呟く。と、そのくちばしの先を件の”湿ったもの”がかすめて過ぎ、チカは思わずうひゃっ、と悲鳴をあげた。

 

 だが、そんなチカの様子も、精神を集中させたサフィーネの意識には届かない。

 

「アラク・ビシス・アラク・アラク……」

 

 呪文を繰り返し唱えながら、サフィーネはその長衣の懐から、不気味に赤く輝く石を幾つか取り出した。胡桃大のそれは、彼女の呪文に反応するように光を脈動させている。

 

「……アク・サマダ・ビシス・カンダク!」

 

 サフィーネの唱える呪文が最高潮まで高まったとき、その脈動する石は周囲に漂う”何か”を吸い込むと、彼女の手の内から閃光を放って消え去った。

 

 いや、消え去ったのではない。石は『ウィーゾル』の胸元へと転移し、呪文の力だろうか、円を描いて中空に踊っている。それを見つめ、サフィーネは艶然とした笑みを浮かべた。

 

「さぁ、死霊ども。思う存分、暴れておいで!」

 

 その言葉が合図となり、赤い石は彼女の元から飛び去った。

 

 その飛び行く先は、街区の中枢。

 

 幾千、幾万の人々が住む街。

 

 

 

 

「くそったれ! 何なんだよ、あれは!?」

 

 爆音と悲鳴。家屋の瓦礫が吹き荒れ、人々の怒号が木霊する中を爆走するフローラー。その後部座席で、振り落とされないように必死に座席にしがみつきながら、正樹は叫んだ。

 

 正樹達が喫茶店で会話していたのは、ほんの五分程前のことだった。ほんの五分間で、ここピラーク街区は、死と破壊の渦中へと失墜した。

 

 それは、何の予兆もなく始まった。前触れもなく、街の上空に、突如不気味に輝く紅玉が十数個飛来した。

 

 紅玉は、街の上空でぐるぐると円舞を舞うように中空を踊り、そして急に動きを止めると、街のそこここにばらばらと降り注いだ。突き刺さる、と言う表現が相応しいまでの勢いで。

 

 路面、或いは家屋を貫いて地面に潜った紅玉は、不意に爆発し、周囲の物をうち砕いた。そしてそのまま破砕した瓦礫を取り込み、自らの体とし始めたのである。

 

 そうしてでき上がった姿は、言うなれば石でできた巨大な鬼だった。大きさは、大体小さめのPTくらい……つまり全高15m程。肩幅が異様に広く、胴体と半ば一体化した頭部には、目に相当する器官なのだろうか、四つの紅玉が並んでいる。その下には、これは口なのだろう、ぽっかりと空洞が穿たれ、その周囲を尖った石塊が、乱喰歯のように取り巻いている。

 

 正樹達が休憩していた喫茶店の近くにも、その紅玉は飛来した。

 

 爆音が轟き、窓硝子が引き裂かれ、周囲の家屋や路面が崩壊してゆく。

 

 危機を悟った彼らは店を飛び出した。そして周囲に避難勧告を出しながら、側に停めて置いたフローラーに飛び乗って、現状に至ったのである。

 

 フローラーの運転は、地上でも車両運転のライセンスを有するというテュッティが取っていた。時折間欠泉のように弾け、崩れ落ちる家屋の残骸を、機敏かつ正確な制御で回避してゆく。その技術には、二輪車の制御ではそれなりの自信のある正樹も、舌を巻くしかなかった。

 

「……そう、特大の『デモンゴーレム』の群よ。大きさは9ゴーツ級。5分で戻るわ。《魔道連隊》と《魔装機》のスタンバイ、よろしくね!」

 

 助手席のセニアが、左手首の携帯情報端末から、何処か……恐らく軍施設へと通信する。ひとしきり現状報告を終えると、救援要請を最後に、回線を切った。そして、後部座席の正樹の方に顔だけ向ける。

 

「あれは……『デモン・ゴーレム』よ。元々は、土木作業用に使役されていた簡易魔法生物なんだけど……」

「跳ねるわよ! 歯を食いしばって!」

 

 説明するセニアの口先に、運転席のテュッティの警告が差し込まれる。と、ほとんど間髪入れずに車体が弾み、その乗員達を激しく揺さぶった。何事かと正樹が振り返って見るに、どうやら瓦礫の小山を飛び越したらしい。

 

「~ッ! そ、それでね、その『ゴーレム』に《邪霊》がとりついて……つつつ」

「……いや、説明は後でいいから。無理すんなよ」

 

 先程の車体のバウンドで舌を噛んだらしく、顔を顰めて痛みに苦しむセニア。それでも説明を継続しようとする気丈さに、正樹は感心と呆れ半々の言葉をかける。情けなさそうな表情でセニアが黙るのを後目に、正樹は周囲の状態に視線を巡らせた。

 

「くっ……、ひでぇな」

 

 『デモン・ゴーレム』は、自らの形を作り上げると、その周辺にある存在全てに襲いかかっていた。

 

 その巨大な拳による一撃は勿論、自らの体の一部を崩して雨の如く降らせたり、超音波域に達し、物理的破壊力を生じる程の雄叫びを発したり。

 

 正樹の目には、それは下手な《魔装機》以上の破壊の化身のように思えた。破壊することのみを、自らの存在理由とするもの。

 

「……ッ! 左前、一体居るぞ!」

「わかってるわ! ちょっと荒っぽく抜けるわよ!」

 

 視界の端に石巨人の一体を認めた正樹の警告に、テュッティはいつになく覇気に満ちた返答を返してきた。テュッティの流麗な目元がきっと引き締められ、制御桿を握る手に、僅かに力が込められる。

 

 前方の『デモン・ゴーレム』の方も、接近するフローラーの存在に気がついたらしい。足下の何かしらを漁るのを止め、その顔(だと思われる)をぐぐぐ、とフローラーに向ける。拳を振り上げ、正樹達めがけて振り下ろす。

 

「……そこっ!」

 

 迫り来る石拳をしっかと見据えていたテュッティが、”その一瞬”が到来した瞬間、一気にフローラーを加速した。ほとんど紙一重で、地面に打ち付けられる拳をすり抜ける。すり抜ける際の一瞬の像。

 

 ――その一瞬の間に、正樹は、その拳の中に、血塗れの人の姿があるのに、気づいてしまった。

 

「…………!!」

 

 言葉も出ないまま、そのまま視線が、地面に打ち付けられる拳へと吸い込まれる。

 

 轟と唸る拳の速度に負け、拳の突起に半ばまで身を千切られていた人影が振り落とされる。正樹の網膜にその死相を焼き付け、鞠のように路面を跳ねて転がる。

 

 血しぶきが弾け、車体の後部と正樹の顔に染みを散らす。全身の毛という毛が逆立つような感覚。

 

 恐らくは、あの石巨人の足下で、逃げ遅れた人が居たのだろう。それが、巨人の腕に捉えられた。あの無骨にして怪力の腕だ。恐らく、既に掴まれた段階で圧殺されていたに違いない。

 

 だが、また自分の目の前で、人が死んだことは事実だ。ホワイト・アウトした思考の海に、呆然と独白が反響する。

 

”またか。またなのか。なんでだ。なんで死んでいく、なんで!”

 

 既視感。呼び起こされる怒り、悲しみ。思惟の反響はいつしか言葉に変わり、絶叫となって迸った。

 

「――なんで殺す!?」

「マサキ!?」

「殺されるほど、罪深かったってのかッ! お前らに、殺す資格があるってのか!? 畜生、畜生、畜生ッ!!」

 

 突然の絶叫に驚愕するセニアとテュッティをよそに、正樹はぐんぐん引き離されていく『デモン・ゴーレム』を睨み付けながら、両の拳を握りしめ、畜生、と小さく繰り返す。

 

 セニアが何か言葉をかけようと唇を振るわせるが、言葉が見つからず結局沈黙した。

 

 十数秒、沈黙がおりた。言葉を諦め、前を向き直るセニア。正樹を案じて顰めた眉をきりと引き締める。

 

「……この路地を抜ければ、《神殿》まですぐね」

 

 《神殿》とは、『転送ハイウェイ』の公共端末の事を指す。そこまで到達できたなら、後はゲートに飛び込むだけで、任意の別のゲートへと瞬間転移することができるのだ。

 

「このまま何事もなければ良いんですけど……ね」

 

 セニアの独白を受け、テュッティが呟いた。その視線は、自分たちと目的地を同じとするのだろう、幾台かのフローラーが併走しているのに向けられている。

 

 彼らも、ピラークの住民か、或いはピラークに買い物に出ていた市民が避難しているのだろう。だが、その数はピラークにいた市民全体のごく一部に過ぎない。

 

 彼らは幸運にもフローラーで脱出できたが、他の人々はその足で街区を逃げまどっているか、或いは……。

 

「……クッ」

 

 素手の自分たちがあの場に残っていたとして、何の役に立つというのだろう。

 

 自分の責務を考えたなら、全速で帰還し、《魔装機》を纏って戻ってくることが最善だ。当然のことだ。

 

 だが、それでもテュッティには、あの場に残された人々を見捨てたも同然であるという事実に、苦悩と悔恨を隠しきれなかった。唇を噛み、僅かに俯いて小さく呻く。

 

 ――だからテュッティには、突然目の前の建物を突き破って現れた『デモン・ゴーレム』に、とっさに反応することができなかった。

 

「いけないっ、テュッティ!」

「――!!」

 

 セニアの警告に打たれ、弾かれたように視線を眼前に戻した。反射的に、操縦桿をいっぱいに振り回す。だが、一瞬遅い。

 

 降りしきる瓦礫の雨と、他に比べれば幾らか小柄ではあるが、それでも巨大な石巨人の拳。それらを避けるには、あまりにも距離が詰まりすぎている。絶体絶命。

 

 半ば死を覚悟し、身をすくませて両目を閉じるセニア。迫る瓦礫を、ぎりと歯を食いしばって睨み付ける正樹。そして、テュッティが、フローラーを一気に加速する。

 

「こ……のくらいッ!」

 

 それからのフローラーの動きは、正樹には何かの魔法を使ったとしか思えなかった。

 

 降り注ぐ瓦礫の雨を、一つ一つ、右へ、左へ、まさしく変幻自在と表現するに相応しい機動で回避する。ほとんど縦横が入れ替わるようなバンク、身を引きちぎるような遠心力。車体がぎしぎしと歪み、ライトやバンパーの類が弾け飛ぶ。しかし、瓦礫や岩塊は一つとして、車体を損なうことがない。

 

 しかしテュッティの奇跡のような運転も、全ての瓦礫に及ぶ程の物ではなかった。フローラーが、雪崩落ちる瓦礫の中を突破する直前、たった一個の壁面の欠片が、行く手を遮るように路面に突き刺さる。

 

 とっさに車体を跳躍させるテュッティだが、いかんせん瓦礫の位置が近すぎ、車腹を瓦礫にこすりつけてしまった。安定を崩し、路面に突っ込むフローラー。着地の衝撃が、車体とその乗員を打ちのめす。

 

「きゃあっ!」

「痛ぅッ……!!」

 

 跳躍高度がさほど高くなかった事が幸いし、車体が崩壊することは免れた。だが、落着の衝撃で安全装置が働き、フローラーの動力が停止してしまう。そこを狙って、『デモン・ゴーレム』の見た目より遙かに素早く伸びる石拳が打ち下ろされる。

 

 今度こそ躱せない。テュッティの唇が、苦渋に噛み締められる。

 

 その時、時ならぬ怪音が、絶望の空気を引き裂いた。

 

「ホォワチャァァァッ!!」

 

 一瞬、誰もがそれが何なのか、理解することができなかった。ただ、怪音に続いて、何か巨大にして大質量の物体が正樹達の頭上を通り過ぎ、『デモン・ゴーレム』に激突したのを、網膜に映しただけ。

 

 ごぅん、と鈍い衝突音と共に、『デモン・ゴーレム』が地面に押し倒される。

 

 最初にその巨大な影が、黒い《魔装機》『ディンフォース』であることに気づいたのは、やはりメカニックに深い執着をもつセニアだった。

 

「あれは『ディンフォース』! ヤンロンだわ!」

「飛び膝蹴りかよ。ロボットプロレスじゃねえか」

 

 『ディンフォース』は《魔装機》の桁外れの跳躍能力を利用し、さらには膝先に《魔装》を集中した飛び膝蹴りを仕掛けたのだ。快哉を上げるセニアの後ろで、正樹は助かった事への安堵に苦笑しながら軽口を叩く。

 

 『ディンフォース』はそんな地上の人々の声には構わず、足下で起きあがろうと蠢く『デモン・ゴーレム』に腕の重火炎放射器『グランドナパーム』を吹きかけ、止めとばかりに『プラズマソード』をその額に突き刺した。

 

 ぱしゅ、という何かの弾けるような軽い音に続いて、『デモン・ゴーレム』がくたりとその場に溶け落ちる。それの活動停止を確認して、ようやく『ディンフォース』はその身を起こした。

 

 『デモン・ゴーレム』に足止めされていた人々が、救世主の到来に歓声を上げた。

 

「ご無事ですか? セニア様」

 

「ヤンロン? 助かったわ。ありがとう」

 

 腕の携帯端末を介して聞こえてくるヤンロンの声に、セニアが答える。それに、テュッティが割り込みを入れた。

 

「ヤンロン、救援部隊は後どのくらいで到着する?」

「救護班と魔導連隊、それと騎士団の足並みが揃っていない。あと十五分はかかると思っていた方がいいだろう」

 

「……また、騎士団が戦力の出し惜しみをしているのね」

 

 テュッティの声が急に落とされ、どこか苛立たしげな気配を帯びる。

 

「こればかりは仕方がない。元々騎士団は対人戦闘を主眼に置いた部隊だからな。これほどの大きさの『デモン・ゴーレム』相手にどれだけ役に立つのか疑問だ」

 

「だからって……!」

 

 端で聞く正樹には、テュッティと『ディンフォース』のヤンロンが何についての問答をしているのか理解できなかった。だが、どうやらラングランの軍内部においても、色々とややこしい軋轢があるらしいということは想像できた。気色ばんで反論しようとするテュッティを、ヤンロンが制する。

 

「今は、こんな問答をしている場合じゃない。フローラーはまだ動くか?」

 

「わかったわ……大丈夫。かなり怪しいけど、神殿までならもつと思うわ」

 

 テュッティに再起動をかけられ、フローラーはややぐずるように唸っていたが、やがてよろよろと再びその車体を宙に浮かべた。

 

「そうか。それなら、できるだけ早く応援を頼む。……それから」

 

 そこで『ディンフォース』のヤンロンは言い淀み、その通信端末のモニター越しの視線を正樹に向けた。だがすぐに頭を振ると、

 

「……いや、何でもない。僕は次の目標に向かう。応援を頼むぞ!」

 

 そう言い残し、その場に機体の背を向けた。そして、その巨躯を中空に踊らせ、次の戦場へと飛び去って行く。

 

「…………」

「それじゃ、全力加速で行くわよ。かなり揺れると思うけど、振り落とされないように注意してね」

 

 テュッティが警告する。だが、それは正樹の耳には届いていなかった。正樹は、今のヤンロンの沈黙の意味を考えていた。

 

 彼が何を言いたかったのか、正樹には容易に想像できた。大体の所、『お前も手を貸せ』と言った具合の内容だろう。しかし、彼がそれを敢えて口にしなかったのは、彼の自分に対する失望故か、それとも『自分で決めろ』と言う意志表示だったのか。

 

 テュッティの宣言通り、フローラーは急激に加速した。ぐん、と全身に慣性力がかかり、周囲の光景が背後へと流れ始める。

 

 破壊。混乱。そしていくつもの死。正樹がここ『ラ・ギアス』に来てから、まだほんの一週間程しか経っていない。

 

 しかし、それにもかかわらず、正樹は無数の死を目にしてきた。それも、ほとんどが兵士ではない、一般市民や研究員などの、戦う力を持たない人々だった。

 

 たった、十日にも満たない時間の間に。いくつもの死が、自分の目の前を通り過ぎて行った。

 

「畜生、どうなってるんだよ、この国は……!」

 

 正樹の小さな呟きは、不調なフローラーの駆動音にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。