Ⅴ
「『ファルク』、出撃します!」
「『ノルス』も出るわよ! 転送よろしくね!」
「出撃了解。転送開始します。幸運を!」
基地管制官の許可の声と共に、二体の《魔装機》を乗せた巨大な魔法陣が、紫色の光芒を放ち始めた。
ここは、魔装機隊統合基地。より詳しくはその中の、『転送ハイウェイ』大型輸送ターミナル。直径が10メートルにも及ぶような巨大な魔法陣と、その周囲を取り巻く複雑な文様の刻まれた石柱で構成された、物質転送器の端末……通称《神殿》である。
転送されるのは、まず流線型の華奢な機体外装をもつ、薄桃色の機体、『ファルク』。そして明青色の装甲と、女神像を思わせる外観を有する機体、『ノルス』。操者はそれぞれテュッティとセニアである。
彼女達の駆る機体は、今やそのほぼ全身を足下から放たれる紫色の光に包まれ、もはやその外観を目に捉えることはできない。
程なく、光芒は二つの機体の全てを包み込んだ。そしてひときわまばゆく輝いたかと思うと、文字通りかき消すように消失する。その内に抱いていた、二機の《魔装機》共々に。
その光景を、正樹はただじっと立ちつくしたまま見送っていた。
二人は、何も言わなかった。ピラーク街区から『転送ハイウェイ』でこの基地に帰還して、そのまま《魔装機》に乗り込んだ。本来戦闘要員ではないセニアが出撃すると主張し、それを周囲の者が静止しようとするが押し切られて結局出撃させる結果になるという一幕もあった。
だが、彼女達は正樹のことには全く触れなかった。
緊急事態である。本来戦闘要員でないはずのセニアまで駆り出すような状況である。そんな状況で、《正魔装機》『ジャオーム』を完全に制御できる正樹が、必要でなかったはずがない。それでも、彼女達は何も言わなかった。
彼女達は、この数日の間に自分にどのように言えば、意のままに誘導できるかをおおよそ理解していたはずだ。ちょっと口先三寸を披露するだけで、自分は今頃『ジャオーム』の《精霊殻》の中に居たに違いない。それなのに、彼女達は何も言わなかった。
”俺は、無理強いして欲しかったのか?”
「どうしたの? マサキ」
正樹の内心にふと沸き上がった疑問。涼やかな女性の声が、その思索を遮った。
「ああ……ウェンディさんか」
「今は戦闘配備中よ。ここは騒がしいから、他の避難民の人達と一緒に、シェルターへ移動しなさい」
ヘッドセットにかかる髪を指先で払いながら、《魔装機》開発主任であり、同時にその整備班にも所属するウェンディ・ラスム・イクナートは言った。
未だ兵器としては未開拓の分野である《魔装機》の出撃において、開発者である彼女の知識は必要不可欠なものなのだろう。
先程まで『ファルク』や『ノルス』の周辺で、あちこちに指示を飛ばしている姿を、正樹は幾度か目にしていた。
「……あんたも何も言わないんだな。テュッティさんやセニアも……」
「……言って欲しいの? あなたは?」
ふとこぼれ落ちた呟きに、ウェンディの、穏やかだが刃の如き鋭さの言葉が返される。正樹の全身が、図星を指されたように強張った。
「いや、そういう訳じゃ……ない」
ざわめく心の中から、やっとの思いで否定の言葉を絞り出す。
「でも、あんた達は俺に戦って欲しいんだろう? ならどうして何も言わないんだ?」
「私がそれを言ったら、あなたは従うの? あなたの意志は、他人にどうこう言われたからって簡単に変わるものなの?」
「……それは」
「あなたは、戦いたくないと言った。なら、私たちにその意志を覆す権利はないわ。だって、あなたは《戦士》じゃないものね。戦いたくないなら、戦わない権利があるわ」
藍の瞳が、真摯に正樹を見つめる。ウェンディはそれ以上何も言わず、永遠にも感じる数十秒が過ぎる。
やがて、正樹は沈黙の海から絞り出すように呟いた。
「……俺は、戦いたくはない。俺の家族を殺した奴らと、同じにはなりたくない。そう思っていた」
「…………」
「でも……ここに来てから、何人もの人が、俺の目の前で死んでいった。別に兵士って訳でもない、ただそこにいただけの人が」
ぎゅっと、拳を握りしめる。瓦礫に飲み込まれていった人、石巨人に握り潰された人。他にも無数の死の光景が、正樹の脳裏を駆け抜ける。
「何でだ? 彼らが何か悪いことをしたのか? ただ偶然そこにいただけで、何で殺されなきゃいけないんだ!
俺は、許せない! 殺す奴も、死んでいく奴も! いきなり死んで、残された奴はどうすりゃいいんだよ! 俺は……『死』が許せないんだ!
俺には、力があるのか。力は、『死』をはねのけられるのか? 俺には、それだけの力があるのか!?
……俺は、何をしたいんだ!? おれは、何をすればいい!? わかってる筈なんだ。簡単なことなんだ。でも、もやもやしてる。答えが出ないんだ!」
正樹の言葉は、感情の昂りとともに叫びへと変わった。俯いたまま、全身から絞り出すような声に、格納庫で作業する人々の視線が、何事かと注がれる。
激情を一気に吐露し、一転して沈黙する正樹。そんな彼の様子を何も言わずに見つめていたウェンディは、やがてその目元をふっと優しげに弛めた。
正樹は、混乱している。自分の求めることが認められない。はっきりと目の前にあるはずなのに、それを肯定することは、その誇りが許さない。求めているのに認められない、二律背反。
”それなら、私にできることは……彼が自分を確かめられるよう、機会を与えることね”
「『ジャオーム』の艤装は完璧よ。先日の出撃の時には使えなかった、高角レーザーキャノンと、熱素反応弾が追加装備されている。いつでも、出撃できるわ。
――『ジャオーム』に乗りなさい、マサキ。今のあなたは、それを望んでいるはずよ」
突然の断言するような口調に、正樹は戸惑ったように両目を見開いた。とっさに反発する言葉が喉の奥からわき起こるが、吐き出される直前に宙にかき消える。
虚を突かれたように、先程までと一転して厳しげな表情に覆われたウェンディの顔を見つめる。
心の中を荒れ狂う言葉。憤激? 喜悦? 哀切? あるいは安堵? 雑多に混じり合い、渦を成す感情。その渦流を、ウェンディの涼やかな視線が貫く。
そして、一つの答えが、正樹の口からこぼれ落ちた。
「俺に……『ジャオーム』を貸してくれ」
※
ピラーク街区西部、商業区画。
「くっ……埒が明かん!」
『デモン・ゴーレム』の二の腕を、熱線剣『プラズマソード』で断ち切りながら、『ディンフォース』のホワン・ヤンロンは呻いた。
彼は現在、三体の『デモン・ゴーレム』を同時に相手にしていた。それぞれが全高15メートルを超えるほどの、大型の石巨人である。
石巨人には正確な設計がないのか、全て大まかな造形……四つの紅玉の目に歪な人型……は統一されてはいるものの、大きさや各部品のバランスなどにはかなりの個体差がある。
彼が相手にする『デモン・ゴーレム』は、一体が飛び抜けて体が大きい『巨漢』、もう一体が目立って腕が大きい『巨腕』。そしてたった今片腕を切り落とされた『片腕』の三体であった。
『片腕』は腕を失ったことで安定を崩したのか、ふらふらと前のめりによろける。止めをさそうと『プラズマソード』を突き出す『ディンフォース』だったが、文字通り横殴りに襲いくる『巨腕』の拳に、攻撃の中断を余儀なくされた。
体勢を立て直すべく二、三歩後退する『ディンフォース』に、追い打ちをかけるように『巨漢』が突進を仕掛けた。とっさにヤンロンは《魔装》を集中させ、体当たりに備える。
ごうん、という重たい衝突音と共に、激震が『ディンフォース』の《精霊殻》を揺さぶった。エネルギーを吸収した《魔装》が、黄金色の輝きを散らす。
「好きには……させん!」
《魔装》で『巨漢』の大質量を受け止めたヤンロンは、両腕で『巨漢』の頭をわっしと掴んだ。そして次の瞬間、両腕の腹からポップアップした『グランドナパーム』から白熱の炎が吹き出す。あまりの高熱に『巨漢』の岩肌も堪えられず、でろり、とケロイド状に溶け落ちる。
「とどめ……ぐぅっ!」
表面を溶解させ、その場にくずおれる『巨漢』に止めをさそうとするヤンロンだったが、背中に走った衝撃に大きく安定を崩した。《精霊殻》のヤンロンが振り向くと、自らの体の一部を分離して投げ飛ばしてきた『巨腕』の姿があった。
素早く振り返り、牽制に粒子砲『メガビームキャノン』を『巨腕』へと撃ち込んでから、改めて止めにとりかかるヤンロン。しかし、振り返ったヤンロンの視界は、いっぱいの石の拳に占拠されていた。
そして、衝撃。
「うおおっ!?」
充分な準備もないまま顔面を強打され、『ディンフォース』は大きくよろめいた。一種の神経接続によって伝えられた衝撃にくらむ視界の端で、『片腕』が第二の拳を振り上げているのが見て取れた。
反射的に《魔装》を集中し、第二撃は受け流した。大きく跳躍し、敵との距離を確保する。
その時に、ヤンロンは気づいた。『片腕』は、すでに片腕ではなかった。切り飛ばされた腕は、既にして再生していた。
「くっ……こうも再生が早いとは!」
ヤンロンは唇を噛み、自らの敵を睨み付けた。距離を開けた『ディンフォース』に、分離した石つぶてを投げつけようとする『片腕』。その足下では、ゆっくりとその表面を再構成し、立ち上がろうと蠢く『巨漢』の姿がある。
『デモン・ゴーレム』は、その核となる《魔石》と呼ばれる紅玉に、魔力によってかりそめの肉体……大概は岩石……を纏わせることで生成される。
それはつまり、《魔石》に込められた魔力にもよるが、核を破壊されない限り『デモン・ゴーレム』は何度でも自らの体を再生できるという事でもある。
『デモン・ゴーレム』を完全に破壊するには、その核である《魔石》を破壊する必要がある。しかし、《魔石》は強固な岩石に覆われ、なまなかな攻撃では到底その防備を貫くことはできない。
剣や徹甲弾などの、一点集中型の威力を持つ武器ならば比較的容易に倒せる相手なのだが、『ディンフォース』『ファルク』『ノルス』の装備する兵器は、どれも相手を『砕く』ことを主眼に置いた物が多く、この『デモン・ゴーレム』にはなかなか有効な一撃を加えることができないでいるのである。
”どうする……このままでは被害ばかりが拡大する。一気に戦況を打開できる『何か』を……”
戦況を打開できる『何か』。ヤンロンが最初に思い浮かべたのは、風の《魔装機》『ジャオーム』だった。
『ジャオーム』は極めて貫通力の高い実体剣『ディスカッター』を持ち、やはり貫通力に長ける磁気加速砲『リニアレールガン』をも装備した、典型的な一点突破型の機体である。また、動きの鈍い『デモン・ゴーレム』に対し、機動性で圧す『ジャオーム』は圧倒的に有利と言ってもいい。
”だが……期待するだけ無駄か”
目下、極めてピーキーな機体である『ジャオーム』をまともに制御できるのは、件のマサキ・アンドーだけである。しかし、彼は戦うことを拒絶している。
たとえどんなに強い力を有していようとも、その力を使う意志がなければ、それは何の役にも立たない。ましてや、《魔装機》はその操者の意志によって制御される。迷いに惑わされたり、他人に強制されたのでは、《魔装機》はその半分の力も発揮することはできないのだ。だから、ヤンロンは彼に何も言わなかった。
何より、素人同然の人間の力を借りねばならないほど、自分の力は弱い物ではない。それだけの自負はある。だから、現状を打開する『何か』は自分の手で掴まなくてはならない。
「はあぁぁぁぁあぁぁぁっ!」
ヤンロンは気迫を込めた雄叫びを放ち、繰り出される『元・片腕』の腕をうち払った。そしてその勢いを殺さないまま、安定を崩す『元・片腕』の胸に、《魔装》を集中した回し蹴りを打ち込む。
『質量のある幻影』である《魔装》は、圧縮してぶつけることで、打撃の威力を増大させることができる。この《魔装》の制御力において、ヤンロンは他の《魔装機操者》の追随を許さない。爆発的に増幅された蹴りの衝撃に、『元・片腕』の胸が大きく陥没し、無数の亀裂が走る。
衝撃に弾き飛ばされ、小さく跳ねて仰向けに転倒する『元・片腕』。止めをささんとそのもとへと駆け寄り、『ディンフォース』は『プラズマソード』を抜き放つ。『デモン・ゴーレム』の核である《魔石》へと剣を突き下ろそうとするが、瞬間ヤンロンは視界の端に、今まさに石弾を放たんとする『巨腕』の姿を認めた。
このまま止めに固執すると、無防備状態で石弾の直撃を受けることになる。しかも、『プラズマソード』の熱量では、刃が核に到達する前に石弾が投じられてしまうだろう。このままではまた先程と同じことの繰り返しだ。舌打ちしながらも、間合いを取ろうと僅かに身を退く。
――その瞬間、彼方から飛来した三発の磁気加速弾が、『巨腕』の胴体を貫いた。
「――――!?」
幸運にも弾丸は『巨腕』の核を破壊したらしい。ぶるりと身を震わせたかと思うと、くたりと溶け落ちる。
突然のことに驚愕しながらも、ヤンロンの体は事態に的確に反応した。『巨腕』が占めていた空間を三角に飛び越えて、抜き放った『プラズマソード』を『元・片腕』の核……四つの紅玉の成す台形の重心あたりに埋め込む。膨大な熱量が『元・片腕』の表皮を溶かし、内部を煮沸させ……そして、ぱしゅ、という軽い音を立てて《魔石》が弾けた。核を破壊された『元・片腕』は、瞬く間にぐずぐずと崩れ落ち、元の土塊へと還る。
それを見届ける間もなく、ヤンロンは次の目標……最後に残った『巨漢』へと機体を迸らせた。
『ディンフォース』の《守護精霊》である『電光』を体現する早さで『巨漢』に肉迫したヤンロンは、拳そのものが黄金色に輝くほどの《魔装》を束ねた正拳突きを、『巨漢』の顔面に打ち込んだ。圧倒的な質量に、深々とめり込む拳。ヤンロンはその腕を引き抜かぬまま、『グランドナパーム』を点火した。
白熱の炎が周囲の岩石を融解させ、やがて核までもをその炎に包み込む。あっけないほどに容易く焼き尽くされる《魔石》。
核を失い、ばらばらと崩れ去る『巨漢』。その中から腕を引き抜いて、ようやくヤンロンは先程の砲弾の射手の姿を求めた。
薄緑の、やや華奢で鋭角的なフォルム。右肩から伸び、砲身のまわりに濃い陽炎をまとった磁気加速砲。《風》の属性を持つ《魔装機》特有の、翼を思わせるスラスターバインダー。
「『ジャオーム』……!」
ヤンロンが漏らした呟きは、大部分の驚きと、ほんの僅かな苦みを含んでいた。
Ⅵ
「……ここはカタがついたな。よし、次だ!」
陽炎の《魔装機》『ジャオーム』の《精霊殻》。『ディンフォース』が最後の『デモン・ゴーレム』を破壊したのを見届けて、正樹は『ジャオーム』の進路を変更した。
正樹の目の前の全天視界モニター……に酷似したディスプレイには、先にセニアの『ノルス』が打ち上げた偵察衛星からの、ここピラーク街区全域の状況を表した地図が表示されていた。
この地図には、他の《魔装機》と『デモン・ゴーレム』の位置は勿論、町中を避難している人々の動き、都市の被害状況、それぞれの予想進路などが正確に表されている。
女性陣二人に遅れること数分。『ジャオーム』で出撃した正樹は、『転送ハイウェイ』によってピラーク街区へと転移した。そしてこの偵察衛星によって『ジャオーム』の出撃を知ったセニアから、偵察衛星の使用法と、『ディンフォース』が苦戦していることを知らされたのだ。
『ファルク』と『ノルス』は互いのサポートで手一杯で、『ディンフォース』を支援している余裕はなかった。そこで、正樹の『ジャオーム』が、その支援に向かったのである。
偵察衛星の情報によれば、現在残りの『デモン・ゴーレム』はあと12……いや、たった今『ファルク』が一体破壊して11体。迷っている暇はない。次の敵へと、正樹は機体を走らせる。
レーダーを見やると、『ディンフォース』も次の目標に向けて移動を開始した所だった。その目標は付近を単独で移動している巨人で、現在正樹が向かっている目標……大型の巨人が三体集中しているのとは、反対向きの地点である。
『ディンフォース』の向かう区画の先には、避難民を表す緑の光点が密集している。人命優先の見地からすれば妥当な選択だが、どうやら、彼はこの集団の処理を正樹一人に任せるつもりらしい。
「素人に押しつけてくれるぜ……」
呟きつつ不敵に一笑する正樹。ペダルをぐっと踏み込み、『ジャオーム』を更に加速する。
改めてレーダーを見ると、三体の『デモン・ゴーレム』の集まっている地点は、学校の様な建物が建ち並ぶ区域であるようだった。大きめの細長い建物の側を、石の巨人がふらふらと歩き回っている。
と、その学校らしき建物の裏手に、突然緑色の小さな光点が生まれた。その光点は建物の陰を伝うように、ゆっくりと『デモン・ゴーレム』から離れようと移動している。
レーダー上の光点は、青色が味方の《魔装機》、赤燈色が友軍の支援部隊、黄色が敵の『デモン・ゴーレム』、そして避難民のような無力な人々が、緑色で表される。つまり、この光点の示すところは……。
「――逃げ遅れた人がいるのかよ!」
その叫びと同時に、『ジャオーム』の動力炉の回転数は最高値を大きく更新した。
※
「逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ……」
天井が、壁が、ぱらぱらと破片を散らす下を歩きながら、その少女は呪文のように幾度も幾度も呟いた。
糖蜜色の柔らかな髪の、10代に達するか達しないかという年頃の少女である。目はぱっちりと大きく、微笑めばさぞかし愛らしさを周囲に振りまく事だろう。しかし今は生憎その表情は体を苛む痛みにしかめられ、額から一筋流れ落ちて顔を二分する血に、愛らしさは痛々しさに取って換えられている。
ここは、ピラーク市民図書館。少女は、ここに買い物のついでに立ち寄り、この惨劇に巻き込まれていた。
『デモン・ゴーレム』が出現したとき、この図書館はほとんど真っ先にそれらの襲撃を受けた。石巨人の一撃は図書館の石造りの建物を大きく揺さぶり、結果その中で天井や調度品が荒れ狂った。少女は幸か不幸かその調度品の一つが頭に当たり、今の今まで気を失っていたのである。
気を失っていたのは、せいぜい二十分程度の様だった。その時間の間に他に図書館にいた人々は皆避難してしまったらしい。彼女が頬を打った破片の痛みに目覚めたとき、最早周囲には誰一人として居残ってはいなかった。
彼女の不幸は今日この日にピラーク街区を訪れていたことであり、調度品が頭に当たってしまったことだった。しかし気を失っていたおかげで今まで石巨人に見つからずに済んでいたわけであり、それはある意味幸運と言えたのかも知れない。もっとも、それもこれから石巨人の目に捉えられてしまえば無駄になってしまう程度の幸運ではあったが。
建物の中にいるが故に、彼女は『デモン・ゴーレム』に見つからないでいることができた。だが、最早この図書館も、いつ崩されるかもわからない。気紛れな石巨人は、周辺の建物をその破壊衝動の赴くままに破壊して回っている。いつまでもここに居残ることはできない。
「大丈夫、きっと、魔装機隊が、助けて……くれるよ。うん、大丈夫、大丈夫だよ……!」
かすれた声で、自分に言い聞かせるように呟きながら、少女は図書館の出口へと歩いた。
一歩歩く度に、身体中が痛む。特に頭の傷の痛みは、まるで脈打っているかのようだ。その場に座り込み、泣き出してしまいたい衝動に駆られる。しかし、それは彼女の……《戦士》の家に生まれた者の誇りが許さなかった。
「あたし……だって、『剣皇』の、娘だもの! このくらい、平気……だもん!」
切れ切れの言葉で痛みを制圧する。歯を食いしばり、ふらつく足を懸命に踏みしめる。
永遠にも感じられる時間の末、少女は図書館裏口にまでたどり着いた。少女は一つ安堵の溜息をつき、そっと開け放たれた非常口扉の陰から外の様子をうかがう。
図書館の外には、3体の『デモン・ゴーレム』の姿があった。ふらふらと歩き回り、時折拳を振り上げては、周辺の建物を破壊する。
「なんだか……苦しそう……」
何者の意志によるものか、ただ彷徨い、何かを見つけては破壊する。それだけの存在。時折あげられる咆哮。少女にはそれが、どこか彼らの苦悶の叫びのように感じられた。
……実際の所、少女の直感はさほど的外れなものではなかった。『デモン・ゴーレム』は核となる《魔石》に蓄えられた《プラーナ》を喰らってその存在を維持するものだが、《魔石》に蓄積できる生命力は非常に僅かなもので、普通の『デモン・ゴーレム』はものの数時間でそれを食らいつくし、自壊してしまう。
まして、今少女の目の前に居るような特大のものとなると、《プラーナ》の消耗は通常の数倍まで膨れ上がる。恐らく、もう間もなくこれらの《魔石》の《プラーナ》は枯渇することだろう。それは、人で言うなら生きたまま急速にミイラ化するようなものだ。その苦しみは想像を絶する。少女はそのようなことを知識として知っていた訳ではなかったが、彼女の感受性は、石巨人の苦痛を感じ取っていたのかも知れなかった。
「いけない……早く逃げないと」
少女は一瞬湧き起こった同情心を振り払うと、石巨人達の視線が離れたのを見計らって、そっと図書館を抜け出した。壁を伝い、瓦礫の陰に身を隠す。
図書館の周辺は、木々を多く植林した公園のような構造になっており、隣の建物までは数十メートル以上の間隔が開いている。その植林された木々の多くは『デモン・ゴーレム』達に薙ぎ倒され、人の足を阻みこそすれ、上から見下ろす石巨人の視線から身を隠す役には立ちそうもなかった。
つまり、図書館の周辺は足場の悪い、しかし視界の開けた広場になってしまっていたのである。ここから逃げ出すには、薙ぎ倒された木々の隙間を駆け抜ける他はなさそうに思えた。
今の自分に、あんな荒れ地を走ることができるだろうか……? 少女は自問する。全身が痛む。特に頭は、少し体を揺らすだけで割れるように痛い。でも、やらなければすぐに見つかる。一度見つかってしまえば、自分の足では、絶対に石巨人の手から逃れることはできない。……やるしかない。
(父さん……あたしならできるよね!)
少女はぐっと両の拳を握りしめ、一気に倒木の森へと駆け出した。
「あっ…………くぅっ!」
駆け出した途端、苦悶の呻きを漏らす少女。予想以上の激痛。もしかしたら、どこかの骨にひびでも入っていたのだろうか。歯を食いしばり、叫びだしたい衝動を飲み込む。
それでも、足を止めるわけには行かない。痛みを知ってしまった今、足を止めてしまったら、もう再び走ることはできなくなるだろう。少女は、必死で駆け抜けた。
幸いにして、『デモン・ゴーレム』達はまだ彼女の方を向いていない。このまま行けば、隣の建物までたどり着ける。この建物はショッピングモールだ。ここから先は、身を隠せるものがたくさんある。ここさえ抜ければ、後はどうにかなる。
その時、少女の足首が、大きくかしいだ。
「あああああぁぁぁぁっ!?」
絶望と苦痛に悲痛な叫びをあげ、転倒する少女。走る勢いのまま、折れた木の枝や葉を巻き込んで転がる。
急ぎすぎたのだろうか。少女の転倒の原因は、地面に転がっていた木の枝をまともに踏んでしまったことだった。小さく呻きを漏らしながら、半身を起こす少女。
少女の悲鳴を、周囲を彷徨っていた『デモン・ゴーレム』の一体が捉えた。ゆっくりと顔をもたげ、声の主である少女の元へと足を進める。
(に、逃げなきゃ……)
少女は身体に絡みついた木の葉や枝を払いのけ、再び立ち上がろうとする。しかし、彼女の足は、幾ら力を込めても小さく震えるだけで、立ち上がることができない。再び倒れ伏した少女は、懸命に両の腕で這いずって進もうとするが、それは石巨人の歩みに到底及ぶものではなかった。
『デモン・ゴーレム』の、四つの紅玉の目が迫る。最早、少女に彼の手から逃れる術はなかった。
まるで少女の恐怖を楽しむかのようにゆっくりと、石巨人の腕が伸ばされる。握り潰すのか、それとも喰らうつもりなのか……何にせよ、少女にそれに抗する力はない。恐怖に両目を閉じ、身をすくめる。
その時少女は、どこからか細いパイプから空気が吹き出すような音が、近づいていることに気が付いた。
(この音……?)
訝しげに薄く目を開ける少女。それはだんだんと大きくなり、耳朶を痛いほどに震わせ始める。その音に、少女は聞き覚えがあった。
それは、力の象徴。ラングランの守護の象徴。大いなる力を持つ巨人。
それは……
「《魔装機》!!」
少女の歓声は、飛び込んできた『ジャオーム』と、『デモン・ゴーレム』の激突音さえも凌いで響きわたった。
※
全速力で加速した『ジャオーム』は、ものの数十秒で目標の『デモン・ゴーレム』の集まる区域へと到達した。
「くそ、急がねぇと……!」
『ジャオーム』のレーダーは、逃げ遅れた人を表す緑の光点が、広場の真ん中で急に動きを止めた事を正樹に知らせていた。そして、『デモン・ゴーレム』を表す黄色い光点が、それに向かって移動を始めていることも。
正樹が大きく跳躍し、目標地点である学校……実際には図書館であったらしい……の上空に到達したとき、『デモン・ゴーレム』は逃げ遅れている人……蜂蜜色の髪の、10歳過ぎくらいの少女へと、手を伸ばしている所だった。
「や・ら・せ・る・かぁーーっ!」
武器を抜いている暇はない。絶叫して正樹は『ジャオーム』の機体を急降下させ、肩口から少女に手を伸ばす『デモン・ゴーレム』へと飛び込んだ。がぁん、という衝突音と、べきべき、という『ジャオーム』の肩当てがひしゃげる音、そしてその中に混じる少女の歓声が、正樹の耳を打つ。
上空からの体当たりの衝撃に、石巨人はひとたまりもなく吹き飛ばされ、『ジャオーム』と一塊となって図書館の建物へと突っ込んだ。只でさえ幾度かの『デモン・ゴーレム』の拳を受けてぼろぼろの図書館は、今度こそ堪えきれずに瓦解する。もうもうと湧き上がる土煙に、二つの巨影が覆い隠された。
土煙の中から先に身を起こしたのは、当然と言うべきか『ジャオーム』の方だった。煙が滝の如く流れ落ち、白と薄緑色を基調とする優美な機影が露わになる。そのまま正樹は機体を振り向かせ、地に座り込んだままの少女を見やった。
満身創痍、というのが相応しい。全身が土埃と擦り傷にまみれ、服にもあちこちに破れ目ができている。その小さな顔を縦に二分する血の一筋が痛々しい。でも、今生きている。
(香苗……? くそ、何考えてるんだ、俺は!)
地上の少女の姿に、一瞬妹の姿を重ねてしまった正樹。自責に一発、自分の顔面に拳を打ち付けてから、外部発声装置を通して少女に声をかける。
「大丈夫か? すぐに安全なところに……」
「……あっ! 危ない、後ろ!」
正樹の言葉に笑顔と共に答えようとする少女。だが、その後ろに見えた巨大な影に、答えは警告となって迸った。慌てて振り返ろうとする『ジャオーム』の背中を、いつの間にか起きあがっていた『デモン・ゴーレム』の拳が打ち据える。
「うあっ……こ……の野郎!」
衝撃にたたらを踏んで前に出る正樹。振り返りざまに、右胴の粒子砲を抜き撃つ。充分に電荷を乗せられた粒子弾は、狙い過たず背後の『デモン・ゴーレム』の右の上腕を捉え、炸裂した。辛うじて原形をとどめていた建物に止めをさしながら、支えを失った右腕が落ちて転がる。
一瞬動きの止まった『デモン・ゴーレム』に、正樹は武装を切り替え、左胴に装備された熱素反応弾『カロリックミサイル』を起動した。左胴のカバーが爆発ボルトによって弾け、弾頭のリロードレールが飛び出して伸びる。そして、次々と弾頭が吐き出され、目標に向かって襲いかかる。
熱素反応弾は、接触した物質を媒介無しで直接加熱することのできる物質《熱素》を弾頭に圧縮して封じ込めた、一種の魔導兵器である。計四発放たれた弾頭は『デモン・ゴーレム』の表皮に着弾すると、真紅の光球となってその周囲を灼いた。急速に加熱された表皮は瞬時に蒸発し、空洞を穿って光芒は消失する。
「これでやったか……? いや、駄目だ!」
全身のそこここに空洞を穿たれ、その場にくずおれる『デモン・ゴーレム』。だが、その破壊箇所が見る見るうちに再生して行くのを見て、正樹は舌打ちした。思うように相手を破壊できない。彼は、石巨人の核の存在を知らなかった。
正樹はこれなら効くだろうと、先程難なく敵を屠ることのできた磁気加速砲を撃ち込もうとするが、果たしてエラーを示す警告音が鳴り響くだけだった。見ると、モニターの端に、武器状態が『故障』と表示されている。どうやら今の体当たりの衝撃で、銃身が歪んでしまったらしい。
手をこまねく正樹の前で、『デモン・ゴーレム』は見る間にその損傷を復元してしまった。ゆっくりを身を起こし、その四つの紅玉で『ジャオーム』を睨み付け、再びうずくまる。何事かと身を乗り出して凝視する正樹だが、石巨人の身体が崩れ、その破片が宙に浮かぶのを見て狼狽した。
――あの『デモン・ゴーレム』は自分の身体を石礫としてぶつけて来るつもりだ!
「やべぇ!」
「きゃ……!」
数十を数えるだろうか、一つ一つが大型乗用車ほどもある石礫が、『ジャオーム』とその側の少女へと襲いかかる。少女の悲鳴が響きわたる中、とっさに正樹は身を翻し、『ジャオーム』で地上の少女に覆い被さった。そこに、石巨人の念動力によって放たれた石弾が到達する。
がんがんがんがん! 石弾からは守られたものの、重たい衝突音に耳を貫かれ、両耳を押さえて悲鳴を上げる少女。背中に走る激痛と、衝撃で倒れないよう必死で腕に力を込める正樹。薄目で少女の姿を捉えながら、考える。
この少女を守りながらでは、戦うことはできない。無理に戦おうとすれば、どちらかの攻撃に巻き込んでしまう可能性が高いだろう。何と言っても、自分には相手を一撃で破壊できる確証がないのだ。
しかし、このままではじり貧だ。何とかして、少女を守りつつ、自由に戦う方法はないものか……間断なく背中を叩く痛みの中、正樹は数秒黙考し……そして決断した。
「そこの……女の子! 《精霊殻》に取り込むぞ! 受け入れろ!」
「え……?」
正樹は外部音声出力の音量を拡大して、少女に自らの考えを簡潔に叫んだ。衝突音の中の突然の言葉を、少女は理解できなかった様子で、混乱したようにきょとんとした表情を見せる。やっぱ説明が足りなかったか、と思いつつも、正樹はその案を実行に移した。
少女の姿を見つめ、一心に念じる……少女を、『ジャオーム』の《精霊殻》へと転移させることを。
『ジャオーム』の両目がひときわ激しく輝いた。と同時に、少女の足下に、淡い緑の光で不可思議な魔法陣が描かれ、それが少女を中心にゆっくりと回転する。回転は徐々に加速し、魔法陣はゆっくりと上昇を始めた。
「え、ええっ!?」
自分の身体の魔法陣が通過した部分が、緑の光に変わって消えている事に、少女は錯乱気味の声をあげた。だが、先程の正樹の言葉を思い出したのか、ぎゅっと両目を閉じ、緊張した表情で、いわゆる『気をつけ』の姿勢をとる。そして魔法陣が全身を光に変換したとき、少女は《精霊殻》の、正樹の後ろに転移していた。
「え……ここって……?」
「よし、無事に取り込めたみたいだな」
突然の状況変化に目を白黒させる少女を一瞥して、正樹は『ジャオーム』の機体を起こした。《精霊殻》に微震が走り、周囲の情景が持ち上がる。それを見て、少女はここが何処なのか悟ったようだった。
「ここ……『ジャオーム』の中? ええっと、あなたは、誰……ですか?」
「俺は正樹だ。もう大丈夫だからな。俺が絶対に、安全なところまで連れていってやる」
恐る恐ると言った風で尋ねる少女に、正樹は安心させようと力強く答える。そして、自分自身に言い聞かせるかのように、もう一度呟いた。
「絶対に……守ってやるからな!」
第三話パート3。正樹とジャオームによるバトルパートです。
ここで原作にはないプレシアとの出会いを割り当てたのは、偽典正樹が妹を喪失したことに大きなトラウマを抱えていることを活かす目的と、あと魔力の高いプレシアを描写したかった、あとプレシアを描写したかったから……だったと思います。確か。
ジャオームへの転移取り込みについては、精霊殻のギミックを考えている過程で「できるんじゃ?」「シャムシエル戦メソッドいけるよね」あたりの感覚ではなかったかな。まだ1999年くらいだったのでエヴァモチーフのシーンもそこまでは陳腐化していなかった、と、思います。多分。
偽典においては魔装機の装備は打撃・斬撃・貫通の属性を持っており、TRPGのガープスのルールに準拠して描写されていました。なので高い防護点を持つ魔装機に対して打撃は等倍、斬撃は五割増し、貫通属性は貫通後二倍ダメージという処理をしています。
ジャオームがぽんぽん装甲を貫通できるのも、正樹のプラーナが高く、基礎攻撃力が極端に高いから、という処理を考えてたはずですね。
なお、割と真面目にTRPG化をしようと頑張っていたのですが、結局高機動貫通攻撃型がバランスブレイカーすぎたため、システムをまるごと放り出すことになりました。徒花。