偽典・魔装機神   作:DOH

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第三話 戦士であること(4)

 

「この辺の連中は計三匹か。まとめてかかられると面倒だな……」

 

 レーダーの光点を睨み付けながら、正樹は『ジャオーム』の左肩から『ディスカッター』を引き抜いた。

 

 ほんの少し意識を集中すると、縮められていた剣が《魔装》を帯び、しゃらん、という涼やかな音と共に伸ばされる。更に《魔装》を纏って黄金色に光る刃を青眼に構え、正樹は目の前の『デモン・ゴーレム』を睨み付けた。

 

「その辺の何かに捕まってろ。ちょいと荒っぽく行くぞ!」

「は、はい!」

 

 後ろの少女の返事を待たず、正樹は眼前の石巨人に向けて機体を走らせた。

 

 一気に踏み込み、剣を振り上げる。『ジャオーム』の機動性に、『デモン・ゴーレム』は反応できない。手首に力を込め、ブースターまで使って全身で振り下ろす。

 

 充分に勢いの乗せられた剣は、『デモン・ゴーレム』を袈裟懸けに切り裂いた。岩肌の上を黄金色の軌跡が走り、一瞬おいて、断裂する。

 

「やった!」

「……まだ、駄目だ!」

 

 少女が快哉を上げるものの、機体を翻しながら正樹はそれを否定した。

 

「さっきみたいな、手応えがなかった。まだ、奴は生きてる!」

 

 正樹が呟く目の前で、果たして『デモン・ゴーレム』は再生を始めていた。断裂し、ずり落ちようとする半身が、途中で何かに支えられたかの様に動きを止める。それはゆっくりと、しかし目に見えて物理法則を無視するようにずり上がり、元のように断面を合わせて結合した。

 

「直っちゃった!?」

「くそ、やっぱりか。さっきは倒せたのに……何が違う?」

 

 正樹は、自分が『ディンフォース』の支援に向かった時のことを思い起こした。あのとき、自分の放った磁気加速砲は、確かに『デモン・ゴーレム』を完全に破壊していた。あのとき感じた、断末魔のような”気”の感触は今もはっきり覚えている。

 

「弱点か……それとも核でもあるのか?」

 

 思案する正樹をよそに、状況は更に悪化しようとしていた。周辺を彷徨っていた石巨人のもう一体が、『ジャオーム』の背後から近づいている。このままでは挟み撃ちにされる。

「やっぱり、核なのか……? だとしたら、どこにある?」

 

 正樹は、前後の石巨人に油断無く注意を払いながら、その核の存在を探った。しかし、こここの時に至って、彼の”気”の感知能力は、何の回答も示さない。何か中心のようなものがあるのはわかるのだが、気配が雑多に混じり合っているので、位置が判別できないのだ。

 

「えっと、マサキさん?」

 

 歯ぎしりせんばかりの表情で、石巨人を睨み付けていた正樹の背後から、おずおずといった態度で少女が声をかけた。

 

「どうした?」

「あの、核なら……多分、あの額の所にあると思うんですけど。あのあたりに、魔力が集まってます」

「……わかるのか!?」

 

 目を見張る正樹に、少女は黙ってこくんと頷いた。僅かに身を乗り出し、モニター上の『デモン・ゴーレム』の、四つの目のあたりを指さす。

 

「言われてみれば……あの辺りのような」

 

 正樹は両目を閉じ、周辺の”風”の流れを探った。”風”の中に混じる、邪気や怨嗟の念。これが、『デモン・ゴーレム』の”気”だ。

 

 それは他の”風”に混じり朧気にしか知覚できないものだったが、正樹はどうにかその”気”の流れを辿り、大元の石巨人にまで感知の手を伸ばす。

 

 この辺りにあるはずだ、と、石巨人の額の辺りをまさぐってみると、確かに”熱い”感触がある。――核は、ここにある!

 

「マサキさん! あぶない!」

 

 内心で快哉をあげる正樹の意識は、少女の悲鳴にも似た呼び声によって現実に引き戻された。

 

 はっと両の目を見開くと、眼前には拳を大きく振り上げて迫る巨人の姿。さらに、背後からももう一体、同じように飛びかかってくる『デモン・ゴーレム』がある。

 

「ッ!」

 

 とっさに正樹は、『ディスカッター』を腰だめに構え、左の手をその柄に添えた。そんな『ジャオーム』にのしかかるように、『デモン・ゴーレム』が両腕を振り上げて迫る。

 

「うっらぁぁぁぁぁッ!!」

 

 小さく一歩踏み込んで、正樹は振り下ろされる二つの拳をかわした。そして雄叫びのような声と共に、正樹は剣を、守りのがら空きの石巨人の額めがけて突き出す。切っ先は巨人の、咆哮の形に大きく開けられた口へと、乱喰い歯をうち砕きながら突き刺さった。

 

「どうだ!」

「駄目! もう少し上!」

「わかった!」

 

 更に正樹は踏み込み、剣を串刺しにしたままで石巨人に背中を合わせた。そして、深く腰を落とす。丁度、背負い投げにも似た姿勢だ。ただし、『ジャオーム』の手に掴まれているのは胴着の襟ではなく、口を貫く『ディスカッター』。それを両手で押さえ、まさしく背負い投げの姿勢で切り上げる。

 

「どおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ばきばきと、石巨人の身体が断ち割られてゆく。正樹が気合の声と共に力を込めると、『ディスカッター』もそれに呼応したように黄金色の輝きを強める。『デモン・ゴーレム』を貫いた剣は、閃光を迸らせながら、その上半身を縦一文字に引き裂いた。

 

 その瞬間、ぱしゅ、という軽い音が切っ先から発し、同時に周囲の空間に一瞬、封じられていた邪気が立ちこめる。そしてそれが霧消するのを待っていたかの様に、『デモン・ゴーレム』の身体がくたり、と溶け落ちた。

 

「やった!」

「まだだ! 後ろに、もう一匹!」

 

 一体の『デモン・ゴーレム』を屠っただけでは、正樹の剣は止まらなかった。最上段に振り抜いた剣を、勢いを殺さぬままで、背後から――今は正面だが――から襲いかかろうとするもう一体の『デモン・ゴーレム』へと振り下ろす。刃は石巨人の拳をかいくぐり、丁度カウンターの形でその肩口に食い込んだ。

 

「丁度そこから、ちょっと右!」

「たぁりゃぁぁぁぁッ!」

 

 少女が鋭く叫ぶのに合わせて、正樹は振り下ろす剣を、左にねじった。そして、全身の力と裂帛の気合と共に、大きく右に振り抜く。《魔装》が爆裂する音と閃光、そして『デモン・ゴーレム』の破片を伴い、剣は巨人をLの字に切り抜いた。

 

 そして一瞬遅れて、ぱしゅ、という核の破壊音が生じ、『デモン・ゴーレム』は溶け落ちる。

 

「よし、二匹撃破! お前さんのおかげだ!」

「待って! まだもう一匹……上!」

「何!?」

 

 少女が指さす先を正樹が振り仰ぐと、そこには高く跳躍して襲いかかる石巨人の姿があった。建物の裏から跳躍してきたらしい。

 

「レーザー、行けッ!」

 

 とっさに正樹が叫ぶに応じて、『ジャオーム』の左肩当てが跳ね上がり、中から大型の銃座がポップアップした。銃座は瞬く間にその砲塔に力を溜め、落ちてくる巨人へと光を放った。対空迎撃用レーザーキャノンである。

 

 光条は、上空の『デモン・ゴーレム』の、今しも打ち降ろさんとしていた右腕の付け根あたりを一閃した。瞬時に灼き切られ、力を失い宙を舞う右腕。重量バランスが狂い、大きく体を傾がせる『デモン・ゴーレム』。

 

「こいつで、とどめっ!」

 

 その顔面へと、正樹は『ディスカッター』を打ち込んだ。巨人そのものの重量も手伝って、剣は易々と岩面を貫通する。びくん、と全身を痙攣させ、力を失ってのしかかってくる『デモン・ゴーレム』。それを肩で受け止めた正樹は、更に念のために、突き刺した剣を左右にぐりぐりとねじった。

 

 切っ先の穿つ穴の奥から、ぱしゅ、と核の弾ける音が響く。身体を維持する力を失い、石巨人の体躯が溶け落ちるように崩れ、『ジャオーム』の上へと降りかかる。

 

 そこでようやっと、斬り飛ばされた腕が、土砂となって地上に落ちた。

 

 小さく身を翻し、全身にまとわりつく土砂を振り払う。レーダーを見ると、この周辺の敵は全て駆逐したようだ。剣から《魔装》を抜き、再び肩へと格納する。

 

 剣を納める音でようやく勝利を実感できたのか、少女が歓声を上げた。

 

「やったー! やったね、お兄ちゃん!」

 

 正樹の腕を取り、飛び上がらんばかりの様子の少女。興奮のためか、口調からも敬語が抜けている。と、はしゃぐ少女が急に頭を抑えてうずくまった。どうやら、興奮のし過ぎで頭の傷が痛んだらしい。

 

「おいおい、無理するなよ」

 

 苦笑する正樹に、頭を抑える少女は涙目ながらも笑みを浮かべ、大丈夫、と言葉を返した。

 

「でも、お兄ちゃん、強いね! さすが、《魔装機操者》ね!」

 

 少女の無邪気な言葉。だが、正樹はそれを認めるわけにはいかなかった。

 

「俺は……《魔装機操者》じゃない。成り行きで、乗ってるだけだよ」

 

 正樹の言葉に、少女は小さく首を傾げた。彼の言うことが、理解できないと言った様子だ。

 

「そうなの? そんなに強いのに?」

「強い弱いは、関係ないんだ。俺は、戦う事が嫌いなんだよ。

 戦えば、誰かを傷つけないといけない。俺は、平気で人を傷つけられるような、そんな奴と同じになりたくないんだ」

 

 ”何を言ってるんだろうな、俺は。こんな小さな娘に……” 自嘲しながらも、その口は止まらない。

 

 そうだ。結局自分が戦わない理由は、家族を死なせた連邦の兵士への反発心に他ならない。たとえその戦いが善なる目的のものであっても、いや、善なるものであるからこそ、その反発は強いものとなる。連邦の英雄、ギリアム・イェーガー。彼と同じに、なりたくないのだ。

 

 だが、そんな感傷の一方で、今のままではいけないという自分もいる。自分がもっとも忌み嫌うもの……『死』。それを目にする度に、自分の中で何かが弾ける。その思いは自分を駆り立てる。戦いへと。それが、自分の中の二律背反。

 

 少女は、正樹の言葉にしばし俯き沈黙した。やはりこんな小さな子供に話すようなことではなかったか……そう思い、少女の方にちらりと視線を向ける。すると、丁度俯く顔を上げた少女と目が合った。

 

「《戦士》の人って、みんながみんな傷つけるのが平気じゃないと思う」

 

 深く心を見通すような青の瞳。テュッティのそれが雪渓の湖なら、この少女のそれは山林の湖の如き青。意外なほどにまっすぐな、そして強固な意志の宿る瞳に、正樹は戸惑った。

 

「あたしの父さんも《戦士》だけど、人に怪我させたりするのって嫌いだよ。

 お父さん、言ってた。『《戦士》の役目は、何かを傷つける事じゃなくて、傷つけられるのから護ること。それは、絶対に相手を傷つけなくちゃできない事じゃない。その方法を捜すのが、本当の《戦士》の役目だ』って。

 それに、マサキさんが助けてくれなかったら、あたし、今頃死んじゃってたと思うし……だから……その……ええと……いたた」

 

 懸命に言葉を捜そうとする少女だが、一度に喋りすぎたのだろう、再び走った頭痛に顔をしかめる。

 

 そんな少女の様子に、正樹は意識を集中して、少女の後ろに柔らかなレスティングシートを作り出した。《操者》の意志で自在に加工可能な《精霊殻》の中だからできる芸当である。目を丸くする少女に、正樹はそれを使うように促した。

 

「怪我してるんだ。ゆっくり休んでな。すぐに救護施設かどっかに送ってやるから」

「……ありがとう」

 

 礼を小さく呟き、少女はシートに寝転がった。念のためにシートベルトを使うように、と一言言い残し、正樹は正面に向き直る。レーダーを見ると、最後の1体の『デモン・ゴーレム』を、『ファルク』と『ノルス』が追いかけ回しているところだった。

 

”これなら行かなくても大丈夫だな”

 

 そう内心呟き、今度は救援部隊の位置を確認する。少女を送り届けるためだ。恐らくは騎士団だろう軍団が、『転送ターミナル』の周囲に陣取っているのを確認し、正樹は再び少女に視線を送る。

 

「……およ?」

 

 視界に入ってきた少し意外な光景に、正樹は少々間抜けな声で驚きを表明した。

 

 少女は早くもシートの上で寝息を立てていた。張りつめていたものが途切れ、疲れが一気に襲ってきたのだろう。正樹は苦笑を閃かせ、自分もまた欠伸を噛み殺した。正直、自分も少し疲れていた。

 

”傷つけずに護る方法を捜すのが、本当の戦士の役目……か”

 

 『ジャオーム』をゆっくりと発進させながら、少女が言った、その父親が教えたという言葉を思い起こす。

 

 詭弁の様にも思えなくもない。いわゆる巧言令色の類に感じる。一種の信仰と言っても良い。公に口にすれば、確実に嘲笑の的となることが明らかな、七色の言葉。

 

 だが、大人が子供に与える言葉としてはそれでいい。依って立つべき『正義』を与えられないことは、子供にとってとても辛いことだから。与えられた正義が必ずしも万能の解ではないことは、いずれゆっくりと理解すればいい。

 

 そして同時に、その純粋な『正義』は、時として大きな救いとなり得る。人が選択を迷ったとき、選ぶべき道が見えないとき。それは、一条の光となって人の行く先を照らしてくれる。

 

「いい……父さんだな」

 

 側で眠る少女を起こさないよう、小さな声で正樹は呟いた。

 

 自分が戦うことで救えた命が、ここにある。自分以外の誰にも救うことのできなかった命。そう考えると、胸の奥が何か熱くなってくるのを感じる。自分自身が戦ったことを、誇りに思うことができる。

 

”そういう戦士なら、俺も……”

 

 内心の思いを、言葉には出さない。だが、自分の中で何かが変化しているのを、正樹は確かに感じていた。

 

 

 

「あ~らら、もう全部やられちゃった。ルオゾール様の新型『デモン・ゴーレム』って言っても、大して強くないなぁ」

 

 『紅蓮のサフィーネ』が『デモン・ゴーレム』召喚の呪法を唱えてより約一時間。《魔装機》『ウィーゾル』のモニター上で、最後の『デモン・ゴーレム』が倒されるのを見たチカは、くいと首を生意気に反り返らせながら言った。

 

「そうでもないわよ、チカ。少なくとも《魔装機》以外の兵器で、このゴーレムに対抗できるものはないからね。《魔装機》の絶対数が少ない間は、ただばらまくだけでも充分な破壊をもたらせる」

 

 面倒くさそうな口調ながらも、律儀に答えるサフィーネ。それに、ルオゾールもまだまだ改良するつもりらしいし、と自分で補足して、偵察ドローンによる『デモン・ゴーレム』のモニターを終了する。

 

「まあ、充分なデータは取れたことだし。テストとしては充分でしょ。さー、さっさと帰りましょ。帰りましょったら帰りましょー」

 

 サフィーネがドローンから得た情報を簡単に整理する横で、チカがばたばたと羽ばたきながら喚いた。羽毛が飛び散り、鼻をくすぐる。耳元で喚き散らされ、キーを打ち間違えた。こめかみの辺りが引きつるのを感じる。

 

 ……次の瞬間、サフィーネはチカの鳥籠をわっさわっさと振り回していた。

 

「うひゃ! わ! やめ! やめて! サフィーネ様!」

「うるさいのよ、お前は! これ以上がたがた抜かすようなら、たとえ『あの方』の分霊だろうと焼き鳥にして《邪霊》どもの餌に……!」

 

 サフィーネの怒鳴り声は、背筋を突然はい上がった悪寒によって断ち切られた。

 

 とっさに鳥籠を投げ捨て、操縦桿を握りしめる。『きゅう!』という悲鳴が聞こえたが無視し、サフィーネは『ウィーゾル』を大きく右に跳躍させた。直後、『ウィーゾル』が今までいた空間を、高熱の粒子砲弾が過ぎてゆく。

 

「何、何、何なんだぁ!?」

 

 鳥籠の中でひっくり返りながら、チカが狼狽える。それに答えるように、『ウィーゾル』のモニターに、何者かからの強制通信が入った。

 

「……やはり貴様らの仕業か! 『紅蓮のサフィーネ』!」

 

 

 

 

「あらあら、『ディンフォース』のホワン・ヤンロン。前戯も無しにいきなりなんて、積極的ねぇ」

「何出会い頭に危ないこと言ってるかなこの人は……」

 

 モニターに映し出された精悍だがどこか神経質そうな男の顔に、サフィーネは艶っぽい笑みを返した。足下で何かが呟いているようだったが、蹴りの一発で黙らせる。

 

 見ると、街の方角から一機の黒い《魔装機》が、『ウィーゾル』に向けて突進してくるのが見えた。

 

「おほほほ、新型の『デモン・ゴーレム』の具合はいかが? ずいぶん楽しんでたみたいだけど」

「ふざけるな!」

 

 からかうようなサフィーネの言葉に、ヤンロンは再度の荷電粒子砲で答えた。薙ぐように放たれた粒子砲の光条を、サフィーネは難なく《魔装》を集中して弾く。粒子砲は、一点集中して撃たなければ、充分な威力を発揮できない。

 

 もっとも、ヤンロンにしても、その粒子砲はあくまで牽制に過ぎなかった。電光を体現するような高速で移動する『ディンフォース』は、瞬く間に『ウィーゾル』へと肉迫する。

 

 粒子砲弾に抗する為に足を止めた『ウィーゾル』に、『ディンフォース』は神速の突きを繰り出した。《魔装》を帯びて黄金色に輝く拳。だが、『ウィーゾル』は同じく《魔装》を帯びた両腕の鞭『ローズカッター』を交差させ、その拳を受け止める。《魔装》同士がぶつかり合い、相互干渉を起こした《魔装》が激しく閃光を散らす。

 

「ホォワタタタタァァァ!」

「あらあら、そんな全力で何度も突かなくても……激しい方ね」

「だからどうしてそう言う感想になるかな……」

 

 怪鳥音と共に、間断なく繰り出される拳。それをいなしつつ、サフィーネはからかうような言葉を吐く。再び足下で何か呟くのが聞こえるが、今度は相手にしない。口先では気楽そうに構えているが、実際の所『ディンフォース』の猛攻は決して気を抜けるような代物ではなかった。少しでも対処を誤ると、一撃で機体を粉砕されかねない。

 

 元々『ウィーゾル』はセニアの乗る『ノルス』と同型の機体を、サフィーネとその仲間が強奪し、様々な改造を加えたという代物である。攻撃力は独自技術で高いものを備えているが、その骨格は、いささか強靱とは言い難い。

 

「何の為だ。何の目的で、あんなものを作った! 『ヴォルクルス信徒』!」

 

 猛攻の合間に、強制通信でヤンロンが叫ぶ。その問いを、サフィーネは一笑した。

 

「目的? お馬鹿さんね。私たちの目的はただ一つ……世界に破壊と混乱をもたらすこと。それ以外に考えられる?」

「貴様っ!」

 

 怒りの声と共に、ひときわ速い『ディンフォース』の鉄拳が迸った。『ウィーゾル』は今度も『ローズカッター』を交差させて受け止めようとするが、間に合わない。

 

 『ディンフォース』の拳が、まともに『ウィーゾル』の左腕を捉える。ばあん、という《魔装》と《魔装》のぶつかり合う音が響きわたり……『ウィーゾル』の腕が『負け』た。打撃点が大きくへしゃげ、あらぬ方向に折れ曲がる。

 

「ああっ……! この私を引っ掻くなんて!」

 

 機体から逆流する痛覚に苦悶の表情を浮かべつつ、サフィーネは反撃に転じた。渾身の一撃の後で、防御ががら空きの『ディンフォース』の腹を、残った方の『ローズカッター』で強かに打ち据える。

 

「お仕置き、よっ!!」

「うおっ!」

 

 打鞭の衝撃に、『ディンフォース』は大きくよろめいた。そこに、『ローズカッター』がぐん、と伸長する。瞬時に元の数倍の長さにまで伸びた鞭は、さながら獲物に絡みつく蛇のように『ディンフォース』を捉え、そして締め付けた。

 

「ぐうぁっ!」

「ほーら、豚のようにお鳴き!」

「こういう台詞がはまりすぎてるんだよな、この人……てっ」

 

 開きっぱなしの通信回線から、逆流した痛覚によるヤンロンの苦悶の声が届く。その声に、サフィーネは激しく高揚した様子で更に鞭を締め上げた。足下で再びチカが何事か呟くが、今度はちゃんと踏みつけられる。

 

 高笑いと共に、サフィーネは更に二度、三度と鞭を締め上げた。その度に、ヤンロンの呻きが通信を介してサフィーネの耳に届き、それが更に彼女の嗜虐性を刺激する。サフィーネはそれを己のプラーナの焚き付けとして、感情を更に昂ぶらせた。

 

 遊びでやっているわけではない。そのくらいして出力を押し上げなければ、ウィーゾルの武器で正魔装機の《魔装》を貫通できないのだ。

 

 やがて、ヤンロンの抵抗が無くなった頃、サフィーネは『ディンフォース』の戒めを解き、そして飽きたように放り捨てた。

 

「うーん、もうちょっと遊びたい所なんだけど、私は正直言って濃い顔の男ってあまり好みじゃないのよねぇ……」

 

 言って彼女は『ローズカッター』を格納し、その場に力無くくずおれる『ディンフォース』に背を向けた。そして、機体の各所から黒い煙幕を吹き出し、その真紅の機体を覆い隠す。

 

「あなたと遊ぶのはまた今度にしておくわ。それじゃあね、ヤンロン」

 

 煙幕の中から、そんな言葉を投げかけ、まるで嘲笑するかのような高笑いをあげる。それは徐々に遠ざかり、そして煙幕が晴れたとき、その場には最早、『ウィーゾル』の姿は欠片も残されてはいなかった。

 

 ……後には、手ひどく打ちのめされた『ディンフォース』一体だけが残された。

 

 

「…………」

 

 『ディンフォース』の《精霊殻》の中。片膝を突いたままの姿勢で、ヤンロンはただ沈黙していた。

 

 完敗だった。あまりにも無様な敗北だった。相手の片腕を奪ったことなど問題にならない。たった一度のミスから、形勢を挽回することができなかった。

 

 数多くの『デモン・ゴーレム』を相手に消耗していたこともある。街の惨状を目にして、冷静さを失っていたのかも知れない。だが、そんなことで、許される負け方ではなかった。たとえ誰が許しても、彼自身の誇りが許さなかった。

 

”僕は……今まで何をやって来たのか。たった一体の敵を相手に、こんな、無様な……!”

 

 どん! 拳が、《精霊殻》の床を叩く。ぐっと握りしめられた拳から、つつと赤い血が流れ落ちる。ぎりと噛み締められた唇からも鮮血がしたたり、床に紅の泉が湧いた。

 

”『夜郎自大』だったということか……この、僕が!”

 

「……ヤンロン? こちらテュッティ。都市内の戦闘は終了したわ。今、騎士団が街区内の救援活動に向かってる。

 私たちの仕事は終わりよ。……ねえ、聞こえてる? ヤンロン? ヤンロン?」

 

 通信機からのテュッティの声。しかし、ヤンロンは何も答えなかった。

 

 ――ただ、もう一度、拳を床に打ち付けた。

 

 

 

 おお、猛る火、揺るぎ無き大地、育む水、そよぐ風。偉大なる四大の精霊よ。

 今この時、一人の《戦士》、ここに調和の使徒たらんとしてあり。

 汝、外なる殻より来たれる者、マサキ・アンドー。

 

 ――はい。

 

 汝、四大の加護のもとに、精霊の鎧を纏いて、全界の調和の為、力尽くすことを誓うか?

 

 ――誓います。

 

 汝に与えられるは四大の加護。

 それは、あらゆる邪悪を滅する、火の浄化。

 それは、あらゆる汚れを清める、水の癒し。

 それは、あらゆるくびきに囚われぬ、風の解放。

 それは、あらゆる者に侵されぬ、大地の護り。

 そして、汝の果たすべき命題は、全界の守護。

 今一度問う。汝、四大の加護のもとに、精霊の鎧を纏いて、全界の調和の為、力尽くすことを誓うか?

 

 ――誓います。

 

 汝、マサキ・アンドーよ。汝が剣は全界の為に。そして、万人の幸福のために。

 

 ――我が剣は世界の為に。そして……。

 

 ……マサキ・アンドー?

 

 ――そして、万人の幸福のために。

 

 汝の誓いは認められた。

 

 

 

 

「……ったく、何なんだあの面倒くさい儀式は! 付き合ってられねえぜ!」

 

 王宮祭儀堂控え室の一つ。部屋に入るなり、ラングラン近衛騎士の礼服に身を包んだ正樹は、隅のソファーに身を投げ出すと共に、喚くように悪態を吐き出した。

 

「まあまあ、何だかんだ言っても《魔装機操者》は戦闘機パイロット以上のエリート集団な訳だから。正式に《魔装機》に乗らせるには、色々と複雑な手続きとかが必要なのよ」

 

 ラングランにおける《魔装機操者》の地位は極めて高い。その扱いは、旧世紀の宇宙飛行士のそれに近いだろうか。自分にも色々と思うところがあるのだろう、苦笑いしながらテュッティがたしなめた。

 

「まあ、これであなたも晴れて私たち《魔装機操者》の仲間入りね。これからも宜しく、マサキ」

「ああ、よろしくな。……しっかし、この服もこの服だ。着苦しいったらありゃしないぜ!」

「……よく似合ってるわよ、マサキ」

「ふん、顔が似合ってないって言ってるぜ。俺だって好きで着てる訳じゃねぇよ」

 

 笑いを噛み殺すような表情のテュッティをじとりと睨み付け、正樹はぼやきながら詰め襟の礼服の首元を弛めた。確かに、比較的整った顔立ちではあるものの、どこか子供じみた感の残る正樹には、格式張った儀礼服は似合わない。

 

「……さて、それでこれからのことだけど」

「もうこんな儀式はないんだろうな?」

「安心して、当座はないわ」

「当座!?」

「目前に控えた《魔装機隊管理基本法》の成立に伴う《魔装機隊》正式設立式典や、新年に予定されてる観機セレモニーとか……まあ、当座は関係ない事よ」

 

 内心で、”そのかわり時期が来たら逃げられないけどね”と付け加えるテュッティ。正樹の寝転がるそれとは反対側のソファーに優雅に座り、続ける。

 

「あなたはこれから、《魔装機隊》の一員として、ここラングランで生活してもらうことになるんだけど……それはつまり、あなたもラングランの法律に従って生活しなくてはならない、と言うことなの。これはわかるわね?」

「……ま、そりゃ当然だ。まさか俺達だけに治外法権を認める訳にもいかないもんな」

「ところが、ここで一ついきなり問題が起きるの。あなた、確かまだ十六歳よね?」

 

 正樹は頷いて肯定し、「それがどうかしたのか?」と尋ね返した。

 

「ええ。ラングランの法律では、基本的に十八歳……法的第二次成人と言うんだけど……に達するまでは、各々の家元の下で、職業訓練を受ける義務があるの。

 で、現在十六歳のあなたも例外にはできない。つまり、あなたは私たちみたいに兵舎で寝泊まりさせず、どこかの家に居候させる必要があるわけ」

「面倒くせぇなぁ……」

「まあ、そう言わないで。で、あなたを誰の所に居候させるか、なんだけど……実は、ある人が、あなたを是非引き取りたいと言って来てるのよ」

「……誰だよ? その物好きな奴は」

 

 半身を起こし、面倒くさそうながらも興味を向ける。

 

「この国の騎士団の剣術指南にして、『剣皇』の誉れ高き剣士。そして、《魔装機》『ギオラスト』の仮操者でもある方よ。

 名前は、ゼオルート・ザン・ゼノサキス」

「ゼノサキス……? 聞いたことねぇな。何でそんな奴がわざわざ……?」

 

 眉をひそめ、懸命に記憶の中をまさぐる正樹。ソファーの上にあぐらを掻いて、首を捻りながら唸る。

 

 その時、控え室のドアを叩く小さな音がした。

 

「? 誰かしら……あら、プレシア!」

「お久しぶりです、テュッティさん。マサキさんはこちらですか?」

 

 首を傾げながら扉を開いたテュッティは、ノックの主を見て軽い驚きの声をあげた。

 

 彼女が身を退いて道をあけると、正樹の目にも客の姿が見えるようになった。蜂蜜色の髪と深い青の瞳、華奢で小柄な、十歳過ぎくらいの少女。

 

「ん? ああ、誰かと思ったらあのときの女の子か! もう怪我は良いのか?」

「はい! おかげさまで!」

 

 両の手を腰の後ろで組みながら、とてとてと歩いてくる少女。その後ろで、何故か得心したようにテュッティが頷いた。

 

「ああ、そう言うこと。道理でゼオルート先生が……」

 

 テュッティの様子に少々の疑問を感じながらも、正樹は少女を迎えて立ち上がった。片膝を突き、少女と目線を合わせて話しかける。

 

「お前さん、プレシアって言うのか? そう言や名前も聞いてなかったな」

「はい。プレシア・ゼノサキスです。あのときは満足なお礼もせず、失礼しました」

 

 言ってプレシアはぺこりと頭を下げる。

 

 正樹に救助されたあの時、彼女は結局正樹が帰還しても目を覚まさなかった。そのため対処に困った正樹は、眠ったままの彼女を救護班に引き渡してしまったのだ。

 

「いいって。あの時は怪我をしてたし、よく寝てたからな……ん? ゼノサキス?」

 

 少し照れたようにそれを制止する正樹だが、ふと何かに気づいたように視線を宙に泳がせた。

 

「って、まさか!」

 

 驚きの声をあげる正樹に、プレシアは我が意を得たりとばかりにタンポポのような笑みを浮かべる。その背中越しに、開きっぱなしの入り口から、穏やかな男の声が届いた。

 

「もしもし、ここにマサキ・アンドー君とうちの娘は来てますか?」

「ああ、ゼオルート先生。今、劇的なご対面の最中ですよ」

「おやおや、それじゃ私は邪魔しない方がいいですかねぇ?」

 

 入り口でテュッティと冗談を交わす声に、プレシアが口を尖らせながら扉の向こうに飛び込んだ。

 

「おとーさん! 何言ってるのよ! は・や・く!」

「はいはい、それじゃちょっと失礼して……」

 

 プレシアに手を引っ張られ、男は物陰から引きずり出された。正樹の前に頭を掻きながら歩み寄った男は、実用的なのかもわからない(恐らくは装飾品だろう)小さな丸眼鏡をかけた、見るからに人の良さそうな長身の男。年の頃は30代後半と言ったところか。

 

「あなたが、マサキ君ですね? 私は、ゼオルート・ザン・ゼノサキス。先日は、娘の命を救ってもらって、本当に感謝してます」

 

 言ってゼオルートは、目を白黒させているマサキにその手を差し出した。反射的に右手を差しだそうとする正樹だったが、相手の差し出す手が左であることに気づいて困惑する。

 

 と、ゼオルートも自分の手を見て苦笑を閃かせ、改めて右手を差し出した。今度は正樹も自然に彼の手を握り返す。手のひらにできた無数のたこの感触に、正樹は目の前の一見文人肌の人物が、見た目通りの人物でないことを悟った。

 

「しかし、あんたが俺を……?」

「ええ。味気ない兵舎や、見ず知らずの家に行くよりは、多少なりとも縁のある家の方が良かろうと思いましてね。それに……」

 

 言いながら視線を、そばの愛娘に向ける。

 

「この娘も、是非お礼がしたいと言うものでしてね。無論、無理にとは言いませんが」

「いや、その、俺は……」

 

 判断に迷い、正樹は困惑気味の声を返す。と、春花の笑みを浮かべていたプレシアの顔が、降り出す直前の梅雨の空に変貌した。

 

「駄目なのぉ……?」

 

 涙目になって、上目遣いで尋ねるプレシアに、正樹の顔が引きつった。これは事実上の脅迫だった。

 

”まあ、断る理由もないか……”

 

 どっちにせよ、どこかの家に居候しなければいけない身の上である。冷静に考えれば、渡りに船という他はない。正樹は、溜息を一つついてから、苦笑混じりに承諾の声を返した。

 

「わかったよ。こちらこそ迷惑でなければ、な」

「迷惑なんて。こちらこそ、家族が増えて嬉しい限りですよ」

 

 微笑みながら、再び握手を交わす。視線を下に向けると、からっと梅雨は明けていた。

 

 初夏の、煌めくような日差しを思わせる笑顔が、そこにあった。

 

「よろしくね、マサキお兄ちゃん!」

 

 

 こうして、正樹はラ・ギアスの人間となった。




第三話です。正樹がラ・ギアスの住人として、かりそめながら家族を得るまでの物語です。

描写の意図としては、極めて高い自己再生力を持つ魔装機とデモンゴーレム、そして未だに正体が判然としない妖装機ウィーゾルの独自解釈が目立つところです。

当時は魔装機=初めての人型戦闘機という解釈で世界を描いていたため、ウィーゾルやナグツァートがいったいどういう性質の機体なのかよくわかっていなかったのですね。
そこで、偽典ではウィーゾルはノルス一号機(赤の一号)が強奪され改装された機体、ナグツァートはヴォルクルスの魔獣(EXで復活した怪物)の死骸を利用して作られた有人型死霊操兵という扱いで設定を作りました。

魔装機神Ⅱ以降で次々出てきた周辺諸国のロボット兵器、さらには魔装機帝などの遺物との整合性は、ちょっと取れそうになかったですねえ……
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