偽典・魔装機神   作:DOH

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第五話 それぞれのティータイム

I

 

 急激な加速。肉迫する薄緑の魔装機。振り上げられる『ディスカッター』。がら空きになった風な胴から、牽制の熱素反応弾が放たれる。

 

 飛びかかる弾頭を機関砲で撃墜しながら、『ディスカッター』の太刀筋を読みとる。左上から……右下。単純な袈裟懸けの軌跡。数ステップ、左に踏み込む。通り過ぎる刃。

 

「かあああぁぁぁっ!」

 

 咆哮と声と共に、かわした刃が跳ね上がった。右下から、左上。《魔装》を収束した腕で受け止める。

 

(くっ!?)

 

 予想以上に重い剣。しかし、それならばまたやりようはある。剣の衝撃に合わせ、左に跳躍する。

 

「くそ、外したか!」

 

 飛び離れた際の衝撃で巻き上がる土煙を、熱素反応弾と荷電粒子砲の応酬が吹き散らした。いつものように受け止めていたら、あれをそのまま進呈される予定だったのだろう。悔しげな声が、通信機を通して耳に届く。

 

 だが、その声さえもフェイントだったのだろうか。振り切られ、『死に体』となっていた剣が素早く引き戻され、黄金色の粒子を輝かせながらの突きへと転じた。人間の筋肉構造では不可能な挙動だ。《魔装》の濃度を制御する事で、初めて可能になる機動。

 

(ようやく、魔装機戦の本質を掴み始めたようだな)

 

 そう声には出さず呟きながら、ヤンロンは《魔装》を込めた腕で、迫る『ジャオーム』の突きを弾き飛ばした。

 

 

 

 

「さすがに……簡単には勝てなくなってきているな」

 

 『魔装機隊基地』の通路を歩きながら、その日の訓練を終えたヤンロンは独白した。

 

 正樹がリカルドと『デモン・ゴーレム』退治に赴いてからおおよそ半月。正樹の無許可の出撃(及び試験途中の新兵器の放棄)に一悶着はあったものの、その日を境に正樹の戦闘技術は目に見えて向上した。

 

 今日の訓練の戦歴は、ヤンロンの十三戦中十三勝。正樹の全敗には違いないが、持久力や戦術の組み方など、半月前とは比べ物にならないほどの発展を見せている。

 

 魔装機は、その機能を操者の精神状態によって大幅に左右される。その内容が何であれ、強い感情が精神エネルギーである《プラーナ》の流れを活性化させるためだ。そして今、正樹の《プラーナ》は非常に高い水準を維持し、本人の訓練に対する積極性も高い。要約すると、『今、正樹はやる気になっている』と言う訳だ。

 

 《魔装機神》『ザムジード』と、その操者たるリカルド=シルベイラ。これらの圧倒的な力を目にすることが、正樹の向上心に火を付けることになったのだろうが……。

 

「おう、ヤンロン。今日のトレーニングは終わったのか?」

 

 そこまで考えたところで、正樹の向上心の火付け役の声が、彼の意識を現実に引き戻した。

 

 声のする方を見ると、そこはテラス状のティーラウンジだった。この《魔装機隊基地》の建物には、兵士達の休息所として各棟に数カ所ずつ、このような場所が設置されているのだ。

 

 そのラウンジのテーブルの一つに、二人の見知った人影がくつろいでいるのを認め、ヤンロンはそちらに歩み寄った。大柄な、南米系の男と、対照的に細身な西欧系の女。

 

「リカルドに、シモーヌか。珍しい取り合わせだな」

「訓練ご苦労様。でも、毎日毎日よくやるわねぇ」

 

 軽く会釈をして、痩身金髪の女性……『雪』の魔装機『ザイン』の操者たるシモーヌ=キュリアンは、ヤンロンを空いている椅子に誘いながら言った。その声には、感嘆の他に呆れの気配も入り交じっている。

 

「困知勉行なくして子大成することなし。ましてこの程度、困難の内にも入らんよ」

「訳わからねぇって」

 

 リカルドの苦情を一顧だにもせず、ヤンロンはシモーヌの誘うに応じた。椅子に座り、卓上に据えられたパネルを操作する。この休憩所は簡単な喫茶店の役割も兼ねており、このパネルから、メニューはそう多くはないものの喫茶及び軽食を注文することができるのである。

 

「で、どうだ? 最近の調子は。何かしら成果は出たのか?」

 

 パネルから戻した手を目の前で組み、一息ついた様子のヤンロンに、リカルドが尋ねた。

 

「ああ……《魔装》の収束について、色々検討してみた。何と言っても、魔装機戦における最大の懸案事は、無補給状況下での連続戦闘継続時間だからな。消耗を最小限に抑えつつ、発揮できる力を拡張する……これを目標にしていたのだが」

 

 言いながら、ヤンロンの表情に一瞬苦みが駆け抜ける。先日の『デモン・ゴーレム』襲撃の件を思い起こしているのは明らかだった。

 

「どうなった?」

「少なくとも、『ジャオーム』や『ブローウェル』相手での戦闘については、戦闘可能時間を従来より八割増しまで延長することに成功した」

「……凄いじゃないの」

 

 シモーヌが感嘆の声を漏らした。事も無げな口調ではあったが、今のヤンロンの言葉はそう簡単に実現できる話ではない。

 

「……相手の特性がわかっていて、なおかつ殆どが一騎討ちに近い状況だ。実戦では、こうはいかないだろう」

 

 シモーヌの感嘆も意に介すことなく、ヤンロンは面白くもなさそうな口調で説いた。(二度と、あのような輩に後れをとるわけにはいかないからな……)という内心の呟きを、心の奥底に閉じこめる。

 

「とりあえず、先々日までの《魔装》収束のデータログはライブラリに登録しておいた。後で参照すると良い。ある程度の訓練指針も添付してある」

「《葉隠(ヒドゥン)》の使用回数限界が増やせるかも知れないわね……助かるわ。参考にさせてもらうわね」

 

 『ザイン』の《葉隠(ヒドゥン)》等、正魔装機の特殊機能は、使用する際に操者の《プラーナ》を大量に消耗する。シモーヌも召喚された地上人であり、それなりの《プラーナ》量は有しているのだが、それでも特殊機能、光学迷彩による機体隠蔽《葉隠(ヒドゥン)》の使用可能回数の少なさには頭を痛めていたのである。

 

「……それはそれとして、だ。ヤンロン殿の実験の犠牲になった、哀れなサンドバッグ君の方はどうなんだ? 少しは進歩してんのか?」

「別にサンドバッグ扱いした覚えはないが……」

 

 リカルドの揶揄するような質問に、憮然とした表情を返すヤンロン。しばし思案するように視線を下に落とすと、

 

「……思った以上に戦闘技術が向上している。最初の頃は、僕の相手に十秒持たない程度だったが、今では……あまり油断すると危ないかも知れん。攻撃に対する反応、《魔装》の制御技術、戦技の組み立て方。全てが、飛躍的に向上している」

「へぇ、あなたにそこまで褒めてもらえるなんて、大したものじゃない、あの『火だるま少年』も」

 

 甚だ不名誉なあだ名を口にするシモーヌに、ヤンロンは珍しく苦笑を漏らした。

 

「まあ、奴も僕の相手が長い。いい加減、僕の戦闘パターンを学習した……ただそれだけの事なのかもしれん」

「それにしたって、お前さんのえぐい戦法に対応できるようになって来てるんなら、十分大したもんさ。ただでさえ相性が悪ぃってのに」

 

 精霊には、各属性毎に相性が存在する。例えば『風』の属性に対し、『火』の属性は優越関係にあるのだが、優越関係にある精霊は、抑圧される精霊の力を減衰させ、本来の力を発揮できなくしてしまうのだ。この関係は特に、互いに《魔装》を衝突させた場合などに顕著に現れる。

 

 つまり、『風』系魔装機である『ジャオーム』を駆る正樹は、『火』系魔装機である『ディンフォース』に対して、本人たちの能力差以上の戦力差を以て、戦闘訓練を繰り返している訳だった。

 

「大体にして、フェアじゃねぇだろ、それは」

「実際の戦場では、相手の《属性》を選んでなどいられないだろう。もっとも、僕ばかりを相手にしているのも問題だが。……だから、お前が相手をしろと、以前から言っているじゃないか」

「確かに『大地』と『風』じゃあ『風』の方が相性はいいけどよ。それ以前に、俺の機体は《魔装機神》なんだぜ? 少々の優越関係なんぞじゃハンデが足りねぇよ」

「確かにね、それこそフェアじゃないわ」

 

 非難の矛先を返され両肩を竦めるリカルドの隣で、シモーヌが苦笑を閃かせる。確かに、《魔装機神》『ザムジード』と正魔装機『ジャオーム』の戦闘能力差は決定的だった。

「他人事みたいに言っているが……シモーヌ。『水』系の君こそが、マサキの訓練相手として最適だろうに?」

「あら、私は別にさぼっていた覚えはないわよ。単に、訓練しようと思った時に、相手が居ないだけ」

 自分に向けられた話題の矛先に、シモーヌはやや戯けた風で肩を竦める。

「? どういうことだ?」

「おめーがいっつも暇さえあればマサキをサンドバッグにしてっからだろ。大体、お前とシモーヌとマサキを除けて、『パラキス』で訓練したがる奴って言ったらテュッティ位しか居ねぇんだから」

「……そういうことか」

 

 得心し、一瞬ややばつの悪そうな表情を閃かせるヤンロン。

 

「まあ、おかげで『パラキス』制御の『ブローウェル』の相手は堪能させてもらったけどね」

 

 本当、日々『ブローウェル』のやりくちがえげつなくなってくるのがよくわかったわ、と、シモーヌはやや皮肉を塗した感想を続ける。『パラキス』の戦闘ルーチンは、仮想空間上での訓練から『パラキス』自身が学習して組み立てる為、毎日のように訓練するヤンロンの戦法を真似てくるのは自明の理であった。

 

 そこに給仕係の兵士が、ほのかに湯気と東洋風の芳香をまとった茶器一式を運んできた事が、彼らの会話を一時途切れさせた。

 

「……お待たせ致しました、ヤンロン様」

「ありがとう」

 

 礼と共に、代金代わりのプリペイド・カードと茶器とを交換する。このカードは、ラングラン国内ほぼ全域と、一部の友好国内で共通に使用可能な代用通貨である。

 

 給仕が手元の小型カード読み取り器で料金精算を済ませている間に、ポットの中身をカップに注ぐヤンロン。テーブルの上に、独特のアジア圏的な芳香が立ちこめた。

 

「それでは、失礼します。ごゆっくりどうぞ」

 

 清算の終わったカードを、接客用語と共に受け取る。給仕が去って行くのを待って、ヤンロンはカップの中のイースタン・ハーブティーに口を付けた。ちなみに、リカルドとシモーヌの前には紅茶のカップが並んでいる。

 

「……そう言えば、お前達は何の話をしていたんだ?」

 

 愛飲する茶の風味で喉を潤し、一息ついたところでヤンロンが、思い出したように質問した。

 

「え? ああ、あなたが来る前ね」

「あーっと、単なるヨタ話なんだが……ま、お前さんにも関係のある話かな?」

「僕に?」

「そ。半月後の『魔装機神操者選定の儀』で、誰がどの《魔装機神》の操者候補になるかって話をな」

 

 

 

 

 それは、衝撃だった。

 

 初めて目の当たりにした、リカルド=シルベイラと《魔装機神》『ザムジード』の力。それは、正樹自身と『ジャオーム』のそれなど問題にしないほど強力なものだった。

 

 自分とは次元の違う力。自分の持つ器では、到底到達不能なまでの高み。

 

 自分が常に最強であり得るなどと、考えているわけではない。だが、それを目指し、求めることは罪ではないと思う。

 

 昔、プロボクサーの強さに触れたときもそうだった。その圧倒的な強さに憧れ、それを目指して鍛錬を繰り返した。そして、気付いた時には彼の力は、州大会への切符を手にするまでになっていた。

 

 今の自分は、ちょうどあの頃と同じ様な顔をしているのだろう。何かを目指すため、何も顧みず、ただがむしゃらに突き進んで行った時期と。

 

(そう言えば、俺は何でボクシング止めたんだったっけ……?)

 

 自問する正樹だが、ちょうど足に触れた何かによって思考を寸断され、意識を現実に復帰させた。

 

「……ありゃ、ここは……どこだ?」

 

 周囲を見回してみると、そこは全く見覚えのない場所だった。奇妙なほど天井が高く、ほとんど照明が点灯しておらず、窓の類も見あたらない。薄明かりの中で確認できる範囲には、魔装機の整備用ハンガーらしき構造物や、コンテナらしき箱の影も見て取れる。

 

 恐らく『魔装機隊基地』内のどこかであることには間違いないのだろうが、ろくな照明もなく、外の様子も分からないのでは、現在位置の推測もしようがない。

 

「参ったな……またやっちまったか」

 

 正樹は、溜息をつきながら、頭をばりばりと掻いた。それは、彼の悪癖の一つだった。

 

 正樹には、所構わず思索に耽り、そのままの状態で歩き回る癖がある。それは、一種の夢遊病に近い。その為、まれに気付いたときには自分の知らない所にいる事があるのだ。

 

 厄介な事に、この状態の正樹は、意識が明後日の方向にあるにも関わらず、外からは全くそうと察知させない。茫洋どころか普段以上に堂々とした行動を取る為、誰にも止められず、時として立入禁止区域などに、平気な顔をして踏み込んでいたりする事があるのだ。(最悪だったのが中学時代、思索の果てに女子更衣室に踏み込んでいた時であった)

 

 彼は既に、『ラ・ギアス』に召喚された後も幾度かこの悪癖を披露しており、それは一般には方向音痴として捉えられている。その認識は正樹としては遺憾の極地であるのだが、彼は敢えて方向音痴のレッテルを甘受していた。自分の癖を説明するのが面倒臭いのと、考えようによっては、方向音痴の方がまだましの様にも思える為だった。

 

 ともあれ、今は現状把握が最優先事項だった。自己嫌悪をふいと振り払い、周囲の様子と出口を求めて首を巡らせる。

 

「しっかし……ここは、何なんだろうな?」

 

 足下に落ちていたパイプの切れ端(先程足に触れたのはこれだったらしい)を爪先でつつきながら、正樹は一人ごちた。照明が殆ど無い為もあって、周囲の様子は極めて不明瞭である。

 

 背後に視線を遣ると、天を突くようにそびえる巨大な光の柱が、正樹の網膜を貫いた。慌てて身を退け、改めて目を凝らす。

 

「……何だよ。ただの大扉じゃねぇか」

 

 果たして光の柱の正体は、大扉の隙間から差し込む陽光であった。拍子抜けしたように肩をすくめる正樹。何を驚いているのやら、と自分を叱咤し、

 

(ともあれ出口はわかった事だし、こんな辛気くさい所からはとっととお暇するか)

 

 そう結論し、光源への第一歩を踏み出そうとする。

 

 彼の背筋、いや正確には彼の『感覚』の端が、”何か”に触れられるのを感じたのはその瞬間だった。

 

(――――!?)

 

 弾かれるように前に跳躍した。そして着地の足を軸に反転し、油断無く視線を走らせる。しかし、闇が邪魔してそれらしいモノは見出せない。

 

(今のは……視線……か? この奥に、誰かいるのか?)

 

 視線にしては、妙に密度の高い……圧倒的で、かつ異質な感触だったのだが。疑問符を意識の中で踊らせながらも、正樹は視線を、今し方視線……らしきモノを感じた方へと巡らせた。

 

 よく見ると辛うじて、コンテナの奥に数機の魔装機らしき影が、足下からの弱い明かりに照らされているのがわかった。

 

「……? 見たことのないシルエットだな。新型かな?」

 

 首を傾げながら、奥の方へと足を進める。近づくにつれ、それらの数と、大まかな外形が明らかになってゆく。

 

 全部で……三機。

 

 一機は、『水』系の精霊を宿した魔装機のように思えた。テュッティの駆る『ファルク』に似て流麗で、しかしより人間的な骨格。曲面を中心とした機体は、深海のごとき青で塗装されている。

 

 もう一機は、先の一機同様……いや、より華奢な骨格を有していた。だが、その全体の外形が放つイメージは硬質で、どこか攻撃的な印象を受ける。こちらは、恐らく『火』系の魔装機なのだろう。両肩に備えられた、龍の頭を象ったような部品が印象的である。

 

 そして最後の一機。それは、白銀の輝きを帯びた巨神だった。優美さを失わぬままに力強い四肢。地上は欧州の中世鎧を思わせる装甲。翼の如く張り出したスラスターバインダーは、『風』の魔装機特有の機構だ。だから、恐らくはこれも、『風』系の属性を宿した機体なのだろう。ただ、全体的に肉厚な装甲が、『ジャオーム』等の他の『風』系の魔装機とは一線を画している。

 

「『火』……『水』……それに『風』か」

 

 いずれも、今まで正樹の目にしたことのない機体だった。無論、出撃経験の少ない正樹が、現在稼働中の全魔装機を見たことがある訳ではなかったが……その機体の取り合わせは、一つの推測を彼にもたらした。

 

「こいつら……もしかして」

「誰……? 誰かいるの?」

 

 推測を口にしながら見上げる正樹の視界の端で、誰何の声と共に『風』系魔装機であろう機体の頭部が割れた。いや、正しくは頭部横に据えられたハッチが開き、中から何者かが姿を現したのだが。

 

 正樹の居る足下からでは、光量不足で姿を確認する事はできなかったが、彼はその声に聞き覚えがあった。

 

「この声……ウェンディさんか?」

「……マサキなの?」

 

 その声で相手も、機体の足下にいるのが誰なのかを理解したようだった。「ちょっと待っていて」の言葉と共に機体の影に引っ込むと、数秒の後に、半径1m程の半球状の、手摺の付いた物に乗って現れる。それは工作用の一人乗りフローラーだった。

 

 フローラーが降下するにつれ、その上に立つ人影が判別できるようになった。紫色の波打つ髪の、作業用だろう白い長衣を纏った女性。その姿は紛れもなく、魔装機設計の第一人者、ウェンディ=ラスム=イクナートだった。

 

「どうしたの? マサキ。ここは今は立入禁止の筈よ?」

「へ? あ……いや、ちょっと迷っちまって」

 

 その言葉は嘘ではないが、ばつの悪さは禁じ得ない。フローラーからひょい、と降り立ち、やや咎めるように眉を寄せるウェンディに、正樹は側頭部をばりばりと掻いた。

 

「……まあ、いいわ。どうせ作業も終わったところだし。元々大した意味のある規制でもなかったしね」

 

 溜息一つして、ウェンディは表情を弛めた。正樹も内心で胸を撫で下ろし、目の前の白銀の巨神を見上げながら尋ねる。

 

「それにしても、ウェンディさんこそ何で、こんな所で一人で……?」

「私? 私は……『この子』達の最終調整をね。さっきまで『彼』の外部音声入力を調整していたんだけど……」

 

 回線を繋げた途端に、あなたの声が聞こえた時はびっくりしたわ、とウェンディが微笑む。その少女のような笑みに半ば魅了されつつも、正樹は言葉の中にある微妙なニュアンスに違和感を覚えた。

 

「……『彼』って、相手は魔装機だろ?」

「『この子』達は別よ。だって、自分の意志を持っているんですもの。『自分』という概念を持っているなら、それは機械ではないわ」

「意志を持ってるって……それじゃ、やっぱりこいつらは……」

「ええ。向こうの青い彼が、『水』の《魔装機神》『ガッデス』。こっちの赤い彼が、『火』の『グランヴェール』。そして、白銀のこの子が……『風』の《魔装機神》『サイバスター』よ」

 

 

 

 《魔装機神》。その単語は、ただ高性能の魔装機以上の意味を有している。

 

 そもそも、魔装機の制作……いや、あらゆる『ラ・ギアス』魔法科学的技術(これらを総括して《練金学》という)の根元である精霊には、その強さや純度、傾向によって、幾つかの分類が設けられている。

 

 その分類とはまず、その精霊の象徴するところの現象によって決定される《属性》と、その純粋さによって決定される《格》の二次元に分けられる。

 

 《属性》は大まかには『火』『土』『水』『風』の四元素に分けられる。例えば、『ジャオーム』と契約する『陽炎のジャノク』は『風』に属する精霊であるし、『ディンフォース』と契約する『雷光のディンハイム』は『火』に属する精霊である。

 

 だが、自然を象徴する精霊は、必ずしもその《属性》に対して純粋ではない。陽炎が熱せられた空気によって発生するように、自然は複数の《属性》が複合して存在する物である。例えば先の例で言えば、『陽炎のジャノク』は『風』に属する精霊ではあるが、『火』の要素も同時に含んでいる。

 

 この《属性》の複合の度合いによって、精霊の《格》は決定される。他の《属性》との複合が激しい物は《格》が低く、より《属性》に対して純粋であればあるほど、その《精霊》の《格》は高い。そして、この《格》はそのままその精霊の力の強さをも表している。

 

 この論理で行けば、もしそれぞれの《属性》に対して完全に純粋である精霊が存在すれば、その力は絶大なものとなるはずである。そしてその純粋な精霊は実在し、練金学を修める人間、及び精霊信仰者に《精霊王》として崇められているのだ。

 

 無論、強力な精霊は、それだけ制御も困難であり、魔装機開発計画発足当時には、それらと契約した魔装機の開発は不可能であると思われていた。

 

 しかし昨年、ラングランの練金学協会から発表された『多重意識並列感応理論』は、その不可能を可能にした。『魔装機開発局』は急遽、未だ未契約であった四体の《魔装素体》をその理論に従って改造。幾度もの試行錯誤の末、ついにその一体に『大地の精霊王ザムージュ』を宿すことに成功した。

 

 《魔装機神》の誕生である。

 

 しかし、ここで再び研究者達は、一度は解放した手を、再び頭を抱えるのに費やす羽目になった。『ザムジード』と名付けられた《魔装機神》第一号が、試験操者の搭乗を拒絶したのである。

 

 《精霊殻》への取り込みも許されない、裏技を用いて乗り込んだとしても、今度は操縦を受け付けない。

 

 原因不明のこの事態に、研究者達はその英知を結集して対処したが、その原因が、『ザムジード』自身の意志が介在したためという事実が判明するまでには、三ヶ月の時間を必要とした。そう、《魔装機神》は、自らの意志を有していたのである。

 

 精霊の中でも《精霊王》の様に高位に位置するものは、その存在する長い年月の間に、自我を発達させる。その自我と、機体と精霊の接続を強化する新しい理論の相互干渉が、《魔装機神》に自我を与えてしまったのだった。

 

 《魔装機神》の自我は、自らを操るべき操者に、相応の技量、《プラーナ》適正、《プラーナ》量、そして高潔さを要求していた。

 

 しかしテュッティ=ノールバックやファング=ザン=ビシアス等の当時の試験操者達は、その能力の部分部分においては『ザムジード』の要求を満たしていたものの、その全てを……殊に《プラーナ》適正と《プラーナ》量を同時に満たす人物は居らず、やがて《魔装機神》は『使えない最強兵器』として、その存在を封印されようとしていた。

 

 そんな折、当時《正魔装機》『ディアブロ』の操者であった地上人リカルド=シルベイラが、悪戯半分で『ザムジード』への乗り込みを試みた。リカルドは《プラーナ》適正は『大地』にほぼ最適であり、かつ実力はあるものの、その一方で少々勤労意欲に乏しい人物であり、当然周囲の人間は、彼がこっぴどく『ザムジード』に拒絶されることを予想していた。

 

 ところが、あろうことか『ザムジード』は、リカルドの乗り込みを受け入れた。あまつさえ『ザムジード』は、リカルドの完全な制御の下、他の魔装機とは比較にならないほどの力を発揮して見せたのである。

 

 一体、どういう原理で『ザムジード』は、リカルド=シルベイラなどという軽薄な男を受け入れたのか? それは誰もが抱く疑問であったが、本人の曰くは「きっと俺に惚れたんだろ? いつの世も乙女は逞しき男に焦がれるってな」……そのあまりの返答に研究者達は唖然とし、そしてその言葉を否定する要素の得られない事に天を仰いだ。

 

 なにせい、この事によって《魔装機神》が実用可能な存在であることが証明され、《魔装機神》の開発計画は続行されることとなった。

 

 『ザムジード』の稼動から程なくして、次の素体が『水の精霊王ガッド』と、更に第三の《素体》が『火の精霊王グランパ』との契約に成功した。そしてしばしの間を置き、奇しくも『ラ・ギアス』に召喚された正樹が覚醒したその日、最後の《魔装素体》が『風の精霊王サイフィス』との契約に成功したのである。

 

 一方、『ザムジード』の驚異的な性能を目にしたラングラン政府と練金学協会は、以前より企画されていた『魔装機隊管理基本法』に、『魔装機神とその操者に関する特別項目』を設け、その行動と選定に規制をかけることとした。

 

 その中でも特筆すべきは、『《魔装機神》操者は、『ラ・ギアス』全界のあらゆる国家、あらゆる組織の束縛、強制に従わない権利を有する。ただし、一時調和の破壊者たる存在が出現したならば、その存在の全てを賭して立ち向かう義務を有する』という項目である。

 

 ともあれ。

 

 それから約一ヶ月半が経過した現在……。新生した三体の《魔装機神》の艤装と機能調整はおおよそ終了し、いよいよ操者選定の段階に入ろうとしていた。

 

 「一体、誰が《魔装機神》操者として選ばれるのか?」……ラングランの人々の話題はその事に集中していた。そしてその選定の瞬間をその目で見たい、という人々の声が挙がり、人民の声に答えて王国側は、操者の選定を国立大闘技場にて一般公開することに決定。

 

 かくして《魔装機神》操者の選定は儀式化され、予め選ばれた数名の操者候補を各《魔装機神》自身に選ばせる、という形での《魔装機神》操者選定の儀へと変容することになったのだった。

 

 

 

 

 ホワン=ヤンロンは元来聡明な人物であり、自身もそうであろうと努力している人物であったから、リカルド=シルベイラの婉曲な言葉を理解するのにさほどの時間も必要とはしなかった。

 

「つまり……それは僕が《魔装機神》操者候補として選出される、ということなのか?」

 

 『魔装機隊基地』のカフェテラスに柔らかな午後の風が吹き込む中、揺れる自らの黄金色を指先で流しながら、シモーヌが答えた。

 

「まだ決定じゃないけれどね。可能性は高いって話だったの」

「実際の所、お前さんが一番候補者として相応しいからな。《プラーナ》の制御力、絶対量、そしてその異常なほどのくそ真面目」

「くそ真面目は余計だ」

「何にせよ、上の連中もお前さんを筆頭候補として、今度の儀式に臨むつもりでいるみてぇだぜ」

 

 しばし、思案するように腕を組むヤンロン。ふと、何かを思い出したように面を上げた。

 

「……しかし、確か《魔装機神》に選ばれるために最も重要な要素は、操者の《プラーナ》適正なのではなかったか? 確か以前、お前がそう言っていたのだと思ったが」

 

 それは、リカルドが『ザムジード』との交感の際に、それに宿る『大地の精霊王ザムージュ』から教えられた事だった。《魔装機神》操者は、その機体と一種の精神的対話を交わすことができるのだ。

 

 それによれば、《魔装機神》……いや、古来より《精霊王》と契約しようとするとき、その正否を決定するのは精霊がその術者の《プラーナ》を『気に入る』かどうかが肝要であり、実力や精神的高潔さは(要求されない訳ではないが)さほど重要な要因を占めているわけではないと言うことだった。

 

 この事実は専門の研究者達にも完全に理解されているとは言い難く、また多分に精霊自身の『気まぐれ』が介在するため、未だ定式的な解答は得られていない。ヤンロンは、そのような話をリカルドがこぼしていたのを、脳内の帳面から引っぱり出してきたのである。

 

「ああ、確かそんな話もしたな。だがお前さんは『ジャオーム』に吐き出されるくらいの『火』屋だろう?

 結局今のところ『火』の相性をもつ地上人はお前さんくらいしか居ない訳だし、お前さんが『火のグランヴェール』の操者候補筆頭であることには変わりねぇだろ」

 

 確かにリカルドの言う通りだった。現在『ラ・ギアス』に召喚され、ラングランに滞在している地上人はさほど多くなく、現時点でも総勢十名にも満たない。中でも『火』属性と相性の良い地上人はまれで、ヤンロンほどの相性の偏りを見せる操者は、他には存在しなかったのである。

 

「それとも、お前さんは扱い慣れた『ディンフォース』の方がいいか? 一応辞退権はあるらしいが」

「……僕は別に、《魔装機神》に乗りたいと思ったことはないな。だが、僕が操者に相応しいということならば、それを拒否する道理もない」

 

 リカルドの問いに、ヤンロンは間伐入れずに答えを返した。彼の目標は、『邪を征する力と、力を律する精神の両立』である。彼にとって、魔装機とはそれを達成するための手段に過ぎない。さらに、比較的万人に制御できる『ディンフォース』を彼が占有することは、全体的な戦力の低下をもたらす可能性もある。だから、彼には『ディンフォース』に固執する道理はなかった。

 

「そうかい、そりゃ結構なことで。じゃ、『グランヴェール』は問題なし、と」

 

 一見傲慢ともとれるヤンロンの言葉。シモーヌは僅かに鼻白んだ様子だったが、リカルドはその真意を読みとることができたのか、やれやれといった風で肩を竦めた。リカルドは、一見軽薄な人物ではあるが、言葉が足りないために傲慢ととられやすい彼の真意を推察できる、数少ない人物の一人でもあった。

 

「そんじゃ次、『水のガッデス』が誰に行くか……だが」

 

 話題を転換して、リカルドはやや伺うような視線をシモーヌに送った。『水』属性の傾向を顕著に示す操者は、テュッティ=ノールバックと、彼の目の前のシモーヌ=キュリアンの二人である。

 

「ま、これは順当に行けば、やっぱテュッティかねぇ? 相性の傾向はシモーヌとどっこいだが」

「まあ、そうでしょうね。何だかんだ言って、私よりは彼女の方が実力も上だし、私もそれほど高潔では居られないものね」

 

 気にした様子もなく、シモーヌが相槌を打つ。それに、私には『ザイン』が性に合ってるし、と続けて、少々冷め気味の紅茶をあおった。

 

「もっとも、適正の傾向が近い以上、『ガッデス』の方がシモーヌを選ぶ可能性もあるがな」

「それを言ったら、私たちの誰もが《魔装機神》に選ばれない可能性もあるんじゃない?」

「その場合は、その機体は今度こそ本当に封印、今後召喚される新たな地上人に乞うご期待、って事になるだろうな」

 

 左手を宙にひらつかせながら、大した問題ではない、とでも言いたげにリカルドが答える。だが、シモーヌはそのしなやかな指先を口元に当て、思案するように視線を泳がせた。

 

「……結局の所、最終的には《魔装機神》そのものに選択権があるんでしょう? 何で軍上層部がわざわざ操者をふるいにかけるのかしら?」

「これ以上、ぼんくらを《魔装機神操者》に選んでいては、《魔装機隊》への人民の信頼が失われる恐れがあるからな」

 

(それに《魔装機神》程の力を持つものを、自分たちの介在しないところで扱われるのが恐ろしいのだろう)

 

 シモーヌの疑問に即答するヤンロンだが、その推察の全てを口にはしなかった。自分たちが疎まれる可能性などを、無理に開示する必要もない。ただ、同じように危機感を抱いているだろう人物に、ちらりと目配せを送る。

 

 果たして、その人物は一瞬視線を同じように返し、それを誤魔化すように彼の言葉尻に噛みついた。

 

「誰がぼんくらだよ」

「自覚症状次第だな」

 

 反駁を平然と返してくるヤンロンに藪蛇の気配を感じて、リカルドは話題を転換することとした。

 

「さぁて、それで最後の『サイバスター』はどうなのかねぇ?」

 

 

 

 

「ふぅ……何やってるんだろうな、俺」

 

 卓上に散らばる書類や小型端末の山を脇にどけながら、正樹は溜息混じりの呟きを漏らした。はて、自分はなぜこんな所で掃除をしているのだろう?

 

 三体の《魔装機神》の見下ろす中、ウェンディに「折角だから、お茶でも一緒にどう?」と誘われた正樹は、その行為に甘んじることとした。

 

 だが、ウェンディに誘われたそこは、果たして技術者達の溜まり場であるということを、部屋の全景が声高に主張していた。かくして、ウェンディがお茶の準備をしている間に、正樹がこの部屋を、せめて卓上と椅子の上だけなりとも清浄にする役目を負ったのである。

 

 そこは、魔装機特別整備棟の管制室の一つであるようだった。窓に下ろされたブラインドの隙間から、《魔装機神》の赤、白、青の足が覗いている。しかし、光源がこの部屋の明かり以外にほとんどないため、それ以上の外観を眺めることはできなかった。

 

「お待たせ、マサキ」

 

 ウェンディがティーセット一式と、何かしら白い紙の箱を持ってきたのは、正樹がどうにか卓上のカオスを、部屋の隅へと追いやり終えた頃であった。

 

「その箱は?」

「レイヤードパイよ。甘いものは大丈夫だったかしら?」

 

 正樹が大丈夫だと答えると、ウェンディは茶器とパイの箱を卓上に置いた。そして箱を開けると、独特の甘いエッセンスとハーブの香りが混じり合って漂い、正樹の鼻孔に触れた。

 

「これ、ウェンディさんが作ったのかい?」

「まさか。これは貰い物よ。私は、錬金学馬鹿だから……あ、この位でいい?」

 

 正樹が尋ねるに、ウェンディは見目も整ったレイヤードパイを切り分けながら微苦笑する。パイの切片を小皿に取り分けて正樹の前に置き、改めて自分の分を確保にかかる。

 

「あれ、そんだけでいいのか?」

「あまり太るのも嫌だものね。結構、この体型を維持するのも大変なのよ? 特に技術者なんてやっていると……」

 

 ずいぶんと小さめのパイを前に、ウェンディは残念そうに肩を竦める。徹夜に次ぐ徹夜、不規則な生活サイクル。普通であればどんな美貌も、崩壊の速度を破滅的に加速されるものだ。しかし正樹の見る限り、ウェンディのそれに綻びは見つけられなかった。水面下の努力の賜物なのだろうか?

 

「太らないって言えば、テュッティも不思議だよな」

 

 恐らくはインディアナ・ハーブティーの一種であろう、やや刺激的な香りを湛えたカップを受け取りながら、正樹は呟いた。記憶の海の底から、砂糖の買い出しに向かうテュッティの姿を釣り上げる。

 

「その位にしておきましょう。本人の居ない所であれこれ言うのは良くないわ」

 

 釘を刺すウェンディの言葉の裏に、何かの含みを感じたのは正樹の気のせいだったのだろうか? ともあれ、その話題はそこでお流れとなり、しばし、沈黙と陶器の打ち合う音が室内を支配した。

 

 やがて、カップと小皿がそれぞれその供を失った頃、ウェンディの口が開かれた。

 

「最近、頑張ってるみたいね? 皆が褒めていたわよ」

「そうか……? でも、俺はまだヤンロンに勝ったことがないんだぜ?」

 

 自分はまだ、他人に賞賛されるほど強くはない、そう思っているものの、評価される事には喜びを禁じ得ない。照れ隠しに、頬の辺りを指先で引っ掻いた。

 

「戦歴に一年以上の差があるのだもの。無理もないわよ」

「それでも、負けっぱなしは気分悪いさ。最低でも、一日一勝くらいは取れるようにならねぇと……」

 

(それでも、『ザムジード』のリカルドには手も足も出ないんだろうけどな) 正樹は内心で苦々しく呟き、カップに残った最後の一口を一気にあおる。そのために、彼は自分を見つめるウェンディの目が、僅かな苦みを宿していることに気がつかなかった。

 

(まるで、スポーツみたいに言うのね……)

 

 だが、少なくとも同僚同士で技量の比べ合いをしている分には、スポーツ感覚でもかまわない様にも思える。ウェンディは小さく頭を振り、表情を支配しようとした苦みを微笑みにとって換えた。

 

「そう、それなら急がないとね」

「……? なんでだ?」

 

 手持ちぶさたな風で、空のカップを手の中で弄ぶ正樹が、ウェンディの言葉に疑問符を返した。

 

「半月後に、《魔装機神》操者選定の儀が執り行われるのは知ってるわよね? この儀式で、外の『彼ら』の操者が選ばれるのだけれど……ヤンロンは、その儀式で『火のグランヴェール』の操者になることが殆ど確実視されているのよ。噂で聞いたことないかしら?」

「いや……俺は全然」

 

 まさしく初耳、と言った風で正樹は答えた。恐らく、ヤンロンとほぼいつも訓練で一緒にいたが故に、噂が届かなかったのだろう。

 

「そう? まあとにかく、彼が『グランヴェール』に乗り換えることになったら、慣熟訓練とかで王都にいることが少なくなるでしょうからね。勝負の機会がなくなる、と言う訳よ」

 

(それに……よしんば機会があっても、『グランヴェール』と『ジャオーム』の性能差じゃ……)

 

 言葉の後半を飲み込み、ウェンディは少年の様子を伺った。確かに『ジャオーム』は、操者の実力次第では《魔装機神》に匹敵する力を発揮できるとされているが、この場合はそれも慰めにはならない。彼らの実力差は恐らく、相性の関係を無視して、両者の機体をそっくり入れ替え、ようやく戦力が互角かどうかという関係なのだから。

 

 果たして正樹は、カップを踊らせていた指先も凍らせ、俯いて何事かを思案している様子だった。彼も愚鈍ではない。ウェンディが何について、敢えて言葉を飲み込んだのか、容易に想像がついたことだろう。

 

 冷酷だっただろうか? 現実を知らしめることは。だが、恐らくこの現実は、不可避のものとして彼を襲う事になる。ならば、早めに現実を認識させ、それに向けての自分のあり方を考えさせる方が、彼のためになることだろう……。

 

「……確か、《魔装機神》操者の選定条件は、殆どが操者の《プラーナ》適正で決まるんだったよな?」

「? ええ。だから、『水のガッデス』の操者候補はテュッティかシモーヌということになっている訳だけれど」

 

 やや唐突な正樹の問いが、ウェンディの思考を遮った。問いの真意を得ようと正樹の様子を伺うが、出会った頃よりも幾らか伸びた前髪が、俯いた彼の表情を覆い隠している。真意を酌み取れないままではあったが、ウェンディは正樹の問いに答えを返した。

 

「今、前評判での『サイバスター』の操者候補は誰なんだ? アハマドか? それとも……ゼオルートのおっさんか?」

「……今は、候補者はいないわ。アハマドは『土』の属性が強いから不適当だし、ゼオルートさんは《プラーナ》量が不足しているから……」

 

 目線を合わせぬままの正樹の問うに、ウェンディは彼が何を意図してこのようなことを聞いてくるのかを悟った。確かに可能性としては考えられた話だ。一部の人々が、その事について噂していたのも耳にした事がある。そして、今の正樹の状態を考えれば、それを望むのはむしろ自然な流れとも言えるのだ……。

 

 果たして、正樹はしばしの沈黙の後、顔を上げて目線をまっすぐに合わせた。そしてその口は、彼女の予想通りの言葉を紡いだのである。

 

「俺が、『サイバスター』に乗る事はできないか……?」

 

 

 

「『サイバスター』、か」

 その名を呟き、ヤンロンは小さく唸った。

 

 《魔装機神》『サイバスター』。それは、最強の精霊とも言われる『風の精霊王サイフィス』をその体に宿し、更に様々な実験的かつ革新的な機構を内蔵された、白銀の巨神である。その機体の機能水準は全魔装機中最強とも言われ、適切な操者が操ったならば、単独で《時空層転移(ダイム・シフト)》……すなわち地上世界と『ラ・ギアス』間を移動することさえ可能であるとも言われている。(通常、《時空層転移(ダイム・シフト)》は複数の術師が、地層・天相などの力を借り、数日間の儀式を経てようやく発動させられるような代物である)

 

 それだけに、『サイバスター』の操者選定は、より一層の慎重さを以て当たられなくてはならない。万が一、野心的な人物が『サイバスター』に選ばれようものなら、その脅威は『ラ・ギアス』全界のみならず、地上世界にまで飛び火する可能性もあるのだ。

 

「とりあえず、必要条件は『風』との相性だよな……そうなると、候補者はアハマド、ゼオルートの旦那に……あとは、マサキか」

「まず、ゼオルート師は除外していいだろう。彼が心身ともに、最も『サイバスター』に相応しい人物であるのは間違いないが、いかんせん《プラーナ》量が不足している」

 

 リカルドが指折りに候補者の名前を挙げる前で、ヤンロンは早速その一本を下げさせた。『剣皇』として名高いゼオルート=ザン=ゼノサキスではあるが、『ラ・ギアス』人であることによる保有《プラーナ》量の少なさは決定的である。まだ、正魔装機級ならばどうにか制御できるのだが。

 

「じゃあ、アハマドは?」

 

 シモーヌが、第二候補者であるアハマド=ハムディの名前を口にする。彼はリカルドのすぐ後に中東方面から召喚された地上人で、正魔装機『砂嵐のソルガディ』の操者である。

 

「ふむ……奴は、ちょいと他の候補者に比べて『土』の傾向が強い。それに……」

 

 と、ヤンロンは言葉の端を澱ませた。彼は『正義』というものに対する価値観が、他者とやや異なっている。

 

 そして何より、彼には『戦いを嗜む』傾向がある。そういう意味で、彼もまた《魔装機神》には相応しくない。

 

「……本人も《魔装機神》操者などになって、余分な責任を押しつけられるのは嫌だろうしな」

 

 言葉の端を当たり障りのない言葉にすり替えて、ヤンロンは発言を結んだ。

 

「ってことで、アハマドも除外……っと」

「ということは、残るは……マサキ? と言うわけにも行かないか」

 

 シモーヌが、自らも指折って候補者を数え、残された一人の名前を呟く。が、すぐさま自ら否定の言葉を被せた。

 

「ほう? その心は?」

 

 リカルドが、半身を乗り出して真意を問う。

 

「やっぱり、訓練はそれなりにやっていても、まだまだ実戦経験が足りないわ。……一緒に訓練しているあなたの意見は?」

「同感だな。奴はまだまだ精神的に未成熟に過ぎる。実戦でものの役に立つのかも確証はない」

 

 シモーヌの伺いに、ヤンロンは頷きながら肯定を返した。

 

「『デモン・ゴーレム』相手の戦いっぷりは立派なもんだったが?」

「有人機を相手にしたときに、どうなるかはまだわからん。あれは、シミュレーションとはまったく感触が違うからな」

 

 やや苦々しげに呟くヤンロンに「……確かにね」と、同じ様な顔でシモーヌが同意する。白くたおやかな自らの指を見つめ、重々しい息を吐き出した。

 

「まあそれも確かだが、あと少なくとも半年……いや、せめて十八歳にはなってねぇと、世論も五月蝿いだろうしなぁ。『そんな精神的に未熟な子供に、《魔装機神》を預けるとは何事か!』とかな」

 

 やや重苦しい空気がその場に立ちこめようとするのを、やや過剰なほどに明るい口調でリカルドが制した。やや大げさなほどの右手の振りを交え、話題の収束に取りかかる。

 

「てなわけで、今度の《魔装機神》操者選定の儀では、『グランヴェール』がヤンロン、『ガッデス』がテュッティを選んで、『サイバスター』はお蔵入りというのが、俺達の予想ってわけだな」

 

 結論して、リカルドは椅子の背もたれに上半身を預けた。

 

「大体兵士の噂と一致する……ってことは、オッズはあまり良くねぇな。『ガッデス』が鍵になるか……」

 

 天井を眺めながら、口の中でもごもごと呟く。それは他者に聞き咎められない為の配慮だったのだろうが、漏れ出た単語をシモーヌが聞き返した。

 

「オッズ……? 何の話よ、リカルド?」

「何だと?」

 

 ヤンロンが、元々鋭利な目線を更に細めて睨み付けた。天を仰いだままのリカルドの額に、冷たい感触が浮かび上がる。

 

「そう言えば、何やら兵士達が話していたな。何でも《魔装機神》操者選定の儀で、トトカルチョが行われているとか言う話だったが」

「へ? ……いや、そいつは初耳だなぁ。神聖な儀式でそんな事するなんて、悪い奴が居たもんだなぁ」

 

 明後日の方に視線を泳がせて、空々しく他人事のように返すリカルド。だが、ヤンロンの追求は止まらなかった。

 

「何でも、胴元は魔装機操者の一人だという話だったがな」

「お、そういえば、俺は用事があったんだったわ。そいじゃな!」

 

 急にぽん、と手をうち合わせ、そそくさとその場を離れるリカルド。その背中を眺めながら、シモーヌが呟いた。

 

「逃げたわね」

「……逃がさん」

 

 ただそれだけ言って手元のカップの中身を飲み下し、ヤンロンは立ち上がった。そして悠然と、しかし常人では小走りかと思うほどの速度で、リカルドの消えた通路へと進んでゆく。しかし、その背中が妙に楽しそうに見えるのは、シモーヌの気のせいだろうか?

 

 一人、テラスに残されたシモーヌは、これからヤンロンの最凶最悪の必殺技『説教』の餌食になるであろうリカルドに、同情の溜息を吐き出した。『立て板に水』どころではない、さながら急流の滝の如く、怒濤の勢いで紡ぎ出される『説教』。それこそは、人々にホワン=ヤンロンを『《魔装機隊》でもっとも恐るべき男』と言わしめる所以であった。

 

「馬鹿ねぇ……本当」

 

 呆れを吐き出して、シモーヌは紅茶のおかわりを注文した。

 

 

 

 

「……ねぇ、マサキ? あなたは、『強い』ということをどう思う?」

「何だって?」

 

 しばしの沈黙の後、ウェンディの発した問いに、正樹は困惑の色を隠せなかった。

 

「あなたは、『サイバスター』に乗りたいという。『サイバスター』は、最強の《魔装機神》。『彼』に選ばれれば、あなたは恐らく『ラ・ギアス』最大の力を持つことになるわ」

 

 言いながら、ウェンディは椅子を立ち上がり、大きく開いた窓……ブラインドの隙間から《魔装機神》達の足が覗く窓へと寄りかかる。そして、視線を窓の外へと向けたまま言った。

 

「『サイバスター』は『風』の王。その力を高めてゆけば、理論上は空間そのもののあり方を変容させる事もできるわ。そんな力を、あなたならどう使う?」

 

 正樹に背中を向けたまま、ウェンディは続ける。言葉の端を澱ませながらも、以前プレシアに教わり、自分自身がそれを目指したいと思った言葉を紡ぎ出した。

 

「……『何か』を守るため、『何か』を傷つけようとするものから守るためじゃ……駄目なのか?」

「そうね、強者の立場からなら、それでもいいのかも知れないわね」

「それじゃ、何が問題なんだ?」

 

 妙に条件付けるようなウェンディの物言いに、正樹はややいらだった様に聞き返す。

 

「もし……あなたが、『サイバスター』の操者に『守りたい何か』として思われない立場だったら?」

「へ?」

 

 振り返りながらの、ウェンディの言葉。その意味が即座に理解できず、正樹は少々間抜けな声を返してしまった。

 

「あなたの持つ『正義』が、《魔装機神》操者の『正義』と相反するものだったら……いえ、はっきり言うわ。あなたが《魔装機神》の力を振るわれる立場だったら。あなたはどう思う?」

「それは……」

 

 正樹の脳裏に、《魔装機神》『ザムジード』の戦う様が映し出された。拳の一撃の下にうち砕かれる『デモン・ゴーレム』の姿。『レゾナンス・クエイク』で、諸ともに消し飛ばされてゆく姿。もしも、その力を振るわれる立場だったら……。正樹は、背筋に冷たい感触が這い回るのを感じた。

 

 色を失った様子の正樹に、ウェンディが続けた。

 

「恐ろしいでしょう? それが、今ラングランの外の人々が感じている恐怖。そして、地上人という異邦人に、その力を委ねなくてはならない私たちの恐怖なのよ」

「…………」

「この恐怖は、《魔装機神》だけのものじゃないわ。ただの魔装機でさえも、人々に恐怖を植え付けるには充分。力があるものは、ただ存在しているだけで恐怖の源になる……」

「それは……確かにそうかもな」

 

 それは、正樹にも経験があった。例えばボクシングで州大会出場を成し遂げた後、ハイスクールで彼は、自分の周りの人々が二つに割れてゆくのを見た。彼をもてはやす者と、彼に怯えて近づこうとしない者の二つに。そしてそれぞれ、その行動の奥には一つの共通した感情があったのだ。それこそは、『恐怖』だった。

 

「でも、それじゃあ突出した力を持ってはいけないのか? 強くなろうと努力するのは間違いなのか?」

「まさか……そんなことを言ったら、私は自分のレゾンテートルを否定することになるじゃない」

 

 正樹の反駁に、ウェンディは一転して悪戯っぽい微笑を浮かべた。そもそも、《魔装機神》の基礎設計は彼女の手によるものであり、また彼女自身が、練金学アカデミーでは突出した能力をもって鳴らす存在なのだ。

 

「私が言いたいのは、力をもつ者は、その力の強さに責任を持たなくてはならないと言う事よ。その力を振るうこと、その力が周囲に与える影響を常に考えて、自らを律してゆくことをね」

 

 言いながら、ウェンディはその胸元に、自らの右手を重ねた。その下には、練金学師として認められた者のみが与えられる印章、中枢から乱雑に迸る光を円環で囲った『理性の星(セーン・スター)』が納められている。それを意識する度、思い起こすのだ。練金学師の戒めの言葉、『理性あるべし。真実は一つにあらず。英知と理性を以て、正しき真実を見極めよ』を。

 

「私は、《魔装機神》に意志を与えた。それは、武器としての魔装機に、自らを意志を持って律するデバイスを組み込むため。それこそが、魔装機のあるべき姿だと思ったから」

 

 言って、彼女は窓越しにその愛し子達を見上げた。正樹もその横へと歩み寄り、巨人達へと視線を送る。『彼ら』の目は未だ光を宿しては居なかったが、正樹はその目が自分を見下ろしているような、そんな感覚に襲われた。

 

「『彼ら』は、自分を操る者自身にも、自らを律する意志を求めるわ。それができない者を、『彼ら』は決して受け入れない」

 

(それでも、『彼ら』をただの強い力としてしか見ることのできない人も多いけれど……)

 

 理想の陰に沸き上がる一抹の苦々しさ。それを敢えては口にせず、ウェンディは隣の正樹に向き直った。

 

「あなたは……力の本質を見失わないことができるかしら? いつでも、自分が正しくいられる?」

 

 じっと正樹の目を見据えて問いかける。正樹は間近で見るウェンディに、”意外と小さい人なんだな……”などと場違いな感想を浮かべてしまうが、慌ててその思考を脳裏から追い払った。そして、考える。

 

 自分が、いつでも正しいのか……正しくあれるのか。『正しいこと』を、選択し続けることができるのか。考えて、考えて……そして、正樹は頭を振った。

 

「……わからない。そういう意味で、俺が正しくあれるのかどうか……自信はない。俺の考えることが正しいなんて、決められねぇよ。正しいと決める俺自身が、いつでも正しいとは言い切れねぇんだから……」

 

 そして、俯いて諦めるように溜息を吐き出す。確かに、この命題に回答を出せることが《魔装機神操者》の条件であるなら、自分は不適当と言わざるを得ない。

 

 恐らく、ウェンディは自分に失望していることだろう。望んでいながら、敵わないと見て退く自分の態度に。だが、仕方がないではないか。自分が正しいと言い切れない以上は……。

 

 正樹は、過去この瞬間ほど、自分の直感能力『風詠み(ウインド・リード)』を恨めしいと思ったことはなかった。感じたくもない、失望の感情。認めたくないのに、認めてしまったときの失望感などを感じてしまう、自分の能力を。

 

 大気の流れに乗り、ウェンディの感情が伝わってくる。それは……

 

(……え?)

 

 その予想と違う異質な感触に、はっと正樹は面を上げた。そして、ウェンディの表情を見やる。

 

 伝わってきた感情は、『賞賛』。そして彼女は、微笑んでいた。

 

「……なんで」

「ここで自分が正しいなんて言えたら、それこそ『資格なし』よ。正しくあるためには、『正しくあるために迷い続ける』事が必要なんだから……」

 

 言って彼女は、「ごめんなさい、試すようなことをして」と頭を下げた。そして、再び真摯な瞳を向ける。

 

「少なくともあなたは、《魔装機神》に乗る最低限の資格は持っている。でも、候補になったとして、あなたが『サイバスター』に選ばれるとは限らない。それでもあなたが望むなら、私はあなたを操者候補として推薦するわ」

 

 そう言いながら、ぴんと立てた人差し指で、呆然とする正樹の胸をそっと突く。そして、挑みかかるような視線と口調で

 

「決めるのは……あくまであなた自身よ」

 

 胸に突きつけられた指に、一瞬力が込められる。正樹は、混乱した意識の端で、その感触と指先をじっと見つめる。ぴくり、と右の指先が震え……そして、ぐっと拳が作られる。

 

 顔が上げられ、待ちかまえていたウェンディの視線を受け止める。意志の込められた視線。そっと、指が離される。しかし、彼の視線は揺るがない。まっすぐに、ウェンディと、その後ろにそびえる白銀の巨人を射抜く。

 

 そして、彼は選択した。

 

 

 

 

 次の日、練金学アカデミーと魔装機設計局の共同の機関、《魔装機神》操者選定委員会より、半月後に迫った《魔装機神》操者選定の儀にて、選定されるべき候補者の名前が公開された。

 

 候補者の名前は、『火のグランヴェール』には、ホワン=ヤンロン。

 

 『水のガッデス』には、テュッティ=ノールバック。

 

 そして、『風のサイバスター』の候補者には、マサキ=アンドーの名前があった。

 

 

 ところで余談ではあるが、この発表に前後して選定の儀に乗じた賭博企画が内密裏に摘発された。

 

 そして結局ヤンロンに捕らえられたリカルドが、その説教から解放されたのはそれからおよそ六時間後のことであり、彼はヤンロンが立ち去った後も、心身を苛む疲労にしばらく半死半生の体であったという。




 第五話です。原稿の落書きを見ると、どうやら2000年の2月くらいに書いていたようですね。無限のリヴァイアスの第十八話、イクミくんのクーデターのあたりについてのショックが書かれてます。

 このエピソードは、原典では割となし崩しに乗り込んでいたサイバスターを、むしろ正樹の方から欲する展開にしたいと思って構築されています。

 その結果、第十三話に至るまで、サイバスターが動かないというていたらくに至るのですが……この展開自体は当時も結構満足度が高かったので、ヨシというところでしょうか。
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