偽典・魔装機神   作:DOH

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第六話 選ばれし者、そして……(前)

 ――神聖ラングラン王国国立大闘技場。

 

 古来より、幾人もの《戦士(ザン)》達が、互いの技を競い、その勝利を主に捧げてきた、数千年にも及ぶ長い歴史のあるその場所は、古代地球は地中海文明におけるコロッセウムを、さらに二周り以上大きくしたような外観を持つ。

 

 特筆すべきは、その冠する名が『王立』ではなく『国立』であることだろう。王の命によって建設されたのではなく、国家の……つまり少なくとも名目上は民衆の意志の発露として、建設されたと言うことを、その名は意味している。

 

 中央の、広大な演舞場。それを正面に望む貴賓席。そして、ぐるりを取り囲む回廊と、何十段にも及ぶ観客席。幾星霜の月日をその身に染み込ませたその威容は、見るものに歴史を経ることの重みを喚起させずにいない。

 

 この大闘技場は、そのあまりの巨大さと歴史の重さが故に、それを運用することが容易ではない為、平時においてはその威容を深い静けさの中に沈めている。例外は、新国王の戴冠式や新年の儀など、僅かな国家的な儀式があるだけだ。

 

 しかし近年になって、その慣例は破られようとしていた。他ならぬ、魔装機の存在によって。

 

 基礎状態においてさえ、全高約15ゴーツ(約28メートル)にも及ぶ巨大な機神。それを運用できる祭儀場など、さしもの歴史ある大国ラングランとても、この大闘技場の他にはほぼ皆無だったのである。

 

 かくの如き理由より、ここラングラン国立大闘技場は、魔装機関連の儀式の舞台として供されることとなり、かの大老の眠りのスパンは大幅に短縮されることとなった。

 

 そしてその日、ラングランの人々は、こぞってこの闘技場に集まり、冷たく眠る年輪を熱気の塊で包み込んだ。

 

 その人数、およそ十万人……しかも、彼らの目的はひとつ……いったい誰が、《魔装機神》の操者として選ばれるのか、その瞬間を目撃するためであった。

 

 ラングラン新暦4955年炎の月第三日。その日、歴史の証人の胎内にて、『《魔装機神》操者選定の儀』が執り行われようとしていた。

 

 

 大闘技場の入場門は、その規模にしては意外なほどに少なく、魔装機でさえも入場可能な程大きな『四大門』と、人間が入るための門『十二精霊基門』の計十六のみが存在する。

 

 王族や貴族などの地位ある人間が集まることの多い場所であるため、警備をより厳重にするための門の少なさである。しかし、このような大規模な儀式では、この門の少なさは仇となる。

 

 この通用門の増設は、必要性は遙か過去から論じられていたものの、必要経費と文化遺産保護の名目が障害となり、未だに改善の目処は立っていない。魔装機関連の儀式の頻繁化により増設の必要性が増したことで、工事予算が議会を通過するのは間近だとも言われているが……とりあえずは捕らぬ狸の皮算用である。

 

 大闘技場の観客席は、最大収容人数が十万人にも及ぶと言われるが、それに比べてその入り口の単位時間あたりの通行可能人数はあまりに少ない。かくして儀式開幕一時間前、各門の周辺には、何千、何万人の老若男女による人山が築かれていた。

 

「なんて人数だよ……世界杯(ワールドカップ)じゃあるまいし」

 

 その人並の中を文字通り泳ぐように掻き分けて進みながら、長身の、下級練金学師の儀礼用長衣に全身を包み込んだ男がぼやいた。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? さ、急ごう」

 

 ぼやく男を、背後から小さな、しかし通りの良い声が叱咤する。男は一瞬情けなさそうに肩を竦めるが、気を取り直して声を張り上げた。

 

「ああ……えーと、すいません、ちょっと通して……ください! ……わ、私は運営委員の者です!」

 

 声量自体は大きいのだが、どこか自信なさげな声音が、群衆のざわめきの中に溶け込んでしまう。どうも、慣れない口調に戸惑っているようにも思える。

 

「この……道を……開けろって……ぐえっ!」

 

 一向に進めない現状に業を煮やし、男は無理矢理にでも先に割り入ろうとする。だが、偶然か恣意的にか、飛び出した何者かの肘が、彼の鳩尾に突き刺さった。

 

「もう……情けないの。あ、すいませーん! 通してくださーい! 運営委員会の者でーす!」

 

 腹を押さえて悶絶する長衣の男の背後で、精一杯背伸びしながら声を張り上げる蜂蜜色の頭は、安藤正樹の居候先の娘、プレシア=ゼノサキスのものだった。通りの良い彼女の声で思わず振り向いた人々を、チャンスとばかりに長衣の男が掻き分けて進む。

 

「すまね、プレシア」

 

 人並みに割り入る片手間に、顔だけ背後に向けて詫びを入れる長衣の男。先ほどの礼儀正しい口調と対照的に、こちらの砕けた口調は堂に入っている。

 

「全くもー……こんな事じゃいつになったら会場に入れるのかわからないよ?」

「んなこと言われてもな……慣れねぇ口調だとどうも気合いが……」

「でも、運営委員がそんな言葉遣いじゃ怪しまれるでしょ? 元はと言えば、お兄ちゃんが迷子になるのが悪いんだから……さ、急ごう!」

「だれが迷子だ……って、言ってる場合じゃねぇな」

 

 反駁をぐっと飲み込み、長衣の男は慣れない口調を張り上げた。ぐいと力を込めて、行く手を遮る人の塊を押し退ける。だが、ほんの十数mも進まないうちに、再びぼやきを漏らした。

 

「……そもそも、このローブも鬱陶しいんだよな。息苦しい上に、動きにくいったら」

「駄目だよ! それ外したら、それこそ先に進めなくなるでしょ!」

 

 目元以外の全身をすっぽり包み込む形の長衣に、男はいらだってマスクの端をつまみ上げる。が、背後からの慌てた声の制止によって、渋々ながら手を戻した。プレシアの溜息を背中に、人海の掘削を再開する。

 

 ……結局、永遠かとも思われる150mを突破し、二人が『十二精霊基門』の一つ、『砂嵐の門』にたどり着いたのは、それから30分が経過した後だった。ちなみに、誠実にも順序を守った後続の人々の姿は、未だに遙か後方にある。

 

「くあーっ! やっと抜けた!」

 

 這々の体で人混みから飛び出し、闘技場の壁へともたれかかる長衣の男。その横に、続いて抜け出したプレシアが、苦笑しながら並んだ。二人共に人混みに揉まれ、衣服が埃と皺にまみれている。

 

「あ……悪ぃ、プレシア。服、汚させちまったな」

「いいよ。普通に来てても変わらなかったと思うし」

 

 自分は長衣で守られていたから問題ないが、プレシアの方はそのまま自前の外出着である。気遣うように声をかける男に、プレシアは微笑みを返す。そして、乱れ気味だった息を整えるついでに視線を高く上げ……目の前を流れる人海の先に、数体の巨神の姿を捕らえた。

 

「あ……魔装機だ。警備の人たちかな?」

「お、ありゃ……『ブローウェル』か。実戦配備されたんだな。ぜんっぜん気付かなかった」

 

 今まで人混みを抜けることに夢中で、二人共に警備の魔装機の存在に気づかなかったようだった。男とプレシアはお互いに呆れたように笑みを交わし、改めて彼方の魔装機を見やった。

 

「あの紋章は、騎士団の連中か。だが、真ん中の一機は見たことのない魔装機だな。『水』系みたいだが」

 

 騎士団の紋章を肩に記した量産機『ブローウェル』を率いるように立つ、赤紫色を基調とした流麗な、しかしどこか攻撃的な外装の機体を、男は不思議げに眺めた。元来騎士団と《魔装機隊》の間には根深い対立意識があり、あのように同じ場所に集まると言う事は、殆どなかった筈なのだが。

 

 疑問符を浮かべて首を捻る男に、プレシアが間伐入れずに解答した。

 

「あ、あれは『霧のラストール』だよ」

「へぇ……操者は誰だ?」

「確か、今は近衛騎士団第二団隊長の、ファングさんが乗ってたと思うけど」

「なるほどね……それで騎士団と一緒に居る訳だ。しかし前も思ったが、お前さん、妙に魔装機に詳しいな?」

「お父さんと一緒に見に行ったことがあるから」

 

(それにしたって細かいところまで良く知っているな)と思いつつも、男は破顔しただけで話題を閉じた。

 

「さて、それじゃそろそろ中に入るか」

「うん!」

 

 そう言って、長衣の男は壁を叩いた反動で姿勢を正すと、門の方へと歩き始める。それにプレシアが、真似をするように壁を叩いて続いた。

 

 中に入ってゆく人混みの先頭集団に紛れ込み、その後は列に従って門をくぐる。快晴の陽光の下から一転闇の中に踏み込み、男は一瞬の眩暈を感じた。

 

 一瞬両目を閉じ、瞼を瞬かせる。すると程なくして目が闇に慣れ、前方で兵士達が、観衆希望の人々を、左右に伸びる各観客席への階段へと誘導している姿が目に入った。

 

(兵士ってのも大変だよな。あれじゃ殆ど雑用係だ)

 

 実際兵士というのは雑用係そのものという事実はさておいて、さすがに内心を口にはせず、列の流れに従って前に進む。そして、列が左右の階段へと分かれてゆくのを横目で見ながらも、なお前進を続けた。

 

 無論、このまま進めば案内役の兵士達にぶつかるが、その向こう側が彼らの目的地なのだから仕方がない。

 

「おい、そこの練金学師! こっちは関係者専用通路だ! ちゃんと列に戻れ!」

 

(あれ、こいつは確か……)

 

 案の定、彼らの行動は案内役の兵士に見咎められた。最寄りで、同じように列を乱れて先にゆこうとする観衆を取り押さえていた兵士の一人が、居丈高な調子で詰め寄ってくる。その兵士の顔に見覚えを感じつつ、彼は自分の立場を主張した。

 

「いや、俺達は一応関係者なんだが……」

 

 言いながら、うん、確かに関係者には違いない、と自分を納得させる。

 

「ん? しかし、練金学師の運営委員は、確か『陽炎の門』に集合ではなかったか? ここは『砂嵐の門』だし、すでに集合時間は相当過ぎているだろう?」

 

 腕を組み、不審げな表情で彼らを見やる兵士。その顔をまじまじと見つめ、ようやく長衣の彼は、その兵士の顔が誰のものなのかを思い出した。

 

「ああ、よく見たらあんたブランソンじゃないか。魔導連隊の術師が、何でこんな所で客の整理をやってるんだ?」

「何? お前、私を知っているのか?」

「ほら、二月前の『ジラドス』の王都襲撃の時、助けてもらったじゃねぇか」

「……? 思い出せんが」

 

 首を捻り、記憶の海をさらうブランソン兵士。しかし、なかなか思い当たる人物像が得られないらしい。男は業を煮やし、

 

「しょうがねぇなぁ……あんまりここでは顔を出したくねぇんだけど。ほら、俺だよ」

 

 そう言って、目深に被っていた頭衣の端を、少しだけ上げて見せる。その顔を見た瞬間、ブランソン兵士は思わず声を上げてしまった。

 

「あ! お前! マサキ=アンドー! 《魔装機神》操者候補が、なぜこんな所に……もがもが」

「だぁぁぁ! 声がでけぇだろが!」

 

 慌ててブランソンの口を押さえる男……安藤正樹だったが、それは遅きに失した行動だった。

 

 まるでブランソンの声が喧噪の全てを流し去ったかのように、周囲に沈黙が訪れる。

 

「何だって……?」

「あそこに、操者候補が?」

「あ、あれだ! あの練金学師服の奴! あの顔、確かに『サイバスター』の操者候補だ!」

 

 一言誰かが言葉を吐く度に、人々の頭上をさざ波のように興奮が駆け抜けてゆく。正樹の額に、一筋の冷たい感覚が伝い落ちる。興奮した群衆の側に、儀式の主役の一人。何が起きるのかは火を見るより明らかだ。

 

「やべ……! 行くぞ、プレシア!」

「う、うん!」

 

 基本的に、人間は集団になるとその行動原理がいささか衝動的なものになる。正樹がプレシアの手を取り、ブランソンを振り切って駆け出すのと、群衆が沸騰するのはほぼ同時だった。

 

「うわ……おい、マサキ=アンドー!?」

 

 雪崩れるように押し寄せる群衆を辛うじて押し留めながら、ブランソンが狼狽の声を上げる。

 

「悪ぃ、後は任せた!」

「ごめんなさい、兵士さん!」

 

 大変申し訳ないことだが、全ての後始末を押しつけることに決めた。片手をあげて一応の謝意を示しながら、通路を奥へと駆け抜ける。その後ろを、プレシアがちょこんと一礼してから追いかけた。群衆の波の中に飲み込まれる中で、ブランソンが何事か抗議しているようだったが、無視する。

 

「大丈夫かな、あの兵士さん……」

 

 手を引かれて走りながら、後ろを心配げに見やるプレシア。僅かに咎めるような視線で正樹を見上げる。だが、当の彼はそれを誤魔化すように、正面に目を向けたまま呟いた。

 

「さーて、ちょいとトラブっちまったが、急がねぇとな」

 

 その声の妙な空々しさと、僅かに引きつっている眉まわりを見取って、プレシアは小さく吹き出した。

 

 

 

「遅かったな、マサキ。何をしていた?」

 

 国立闘技場の、《戦士》控室。そこはその日、《魔装機神》操者候補者の控室として用いられており、そこに這々の体でたどり着いた正樹とプレシアを迎えたのは、彼と同じく操者候補者であるホワン=ヤンロンだった。

 

「ごめんなさい。お兄ちゃん、また迷子になってたみたいで」

「いやあれはだから迷子じゃねぇんだって……」

 

 プレシアが言うに、正樹が反駁する。本来、操者候補者は今より1時間早くこの会場に到着していなければならなかったのだが、移動中に正樹が放心の悪癖を発揮してしまったので、今の時間まで遅れることになったのである。

 

 運良く会場に向かう途中のプレシアと合流できたからいいものの、もしあのまま誰にも咎められなかったら、儀式が終わるまで、ここに正樹の姿はなかったに違いない。

 

「そうか。プレシア、マサキの様な方向音痴の世話で、君も大変だな」

「いえいえ、大家の娘としては当然のことですから」

「……って、お前ら俺の話を聞けよ!」

 

 目線を合わせ、同情した様に言うヤンロン。そして保護者顔して答えるプレシアに、正樹が抗議の声を上げる。しかし二人はそれをことさらに無視し、微笑を交換した。

 

「それより、早く準備しろ。よもや、その格好で儀式に出るわけではなかろう?」

「ああ、ちょっと待て……この下に着込んできたんだ」

 

 見下ろす視線で催促するヤンロンに、正樹は長衣を脱ぎ捨て、その下のラングラン騎士団の礼服姿を披露した。この練金学師のローブは、プレシアが遅刻した正樹が群衆にもみくちゃにされる事を怖れ、付近の衣料店から借りてきた代物である。ようやっと開放されたとばかりに息を吐き出しながら、プレシアの差し出した手に用のなくなった長衣を手渡した。

 

「しっかし、外は凄い観客の海だったぜ。このローブで身を隠してなかったら、ここまでこれたかも怪しかったな」

「だって、《魔装機神》操者の選定だもの。あたしの学校でも、ずいぶん前から同級の子達の噂はそれのことばっかりだったよ。誰が《魔装機神》に選ばれるかって」

 

 現在11歳で《戦士(ザン)》の生まれであるプレシアは、ラングラン王国の士官学校少年課に通っている。将来的に《戦士》になることを目指した子供達の集められた場所であるだけに、最高の戦士である《魔装機神》操者についての興味も皆深いのだろう。

 

「はーん、ってことは、俺達の名前って結構知られてるのか?」

 

 長衣の下にあったとはいえ、さすがに少し型の崩れた礼服を直しながら、正樹が問う。やはり、自分の事が話題になっているとなれば、興味を惹かないわけには行かない。

 

「知られてるも何も。魔装機操者っていうだけでも、凄い人気があるんだから。お兄ちゃんのことだって、女の子達の間で結構噂になってるんだよ?」

 

 そう言うプレシアの表情は、どこか誇らしげである。

 

「どんな噂なんだ?」

「えーと、ヤンロンさんが『攻め』で、お兄ちゃんが『受け』……だったかな? そんな話とか。よくわかんないけど」

「……解らなくていい。んなこたー」

 

 疑問符を浮かべながらのプレシアの言葉に、全身でげんなりした風を表す正樹。一方、『攻め』と評価されたヤンロンの方は意に介した様子もなく(意味を理解できなかったのが正解だろうが)、真剣な面もちで問いを発した。

 

「それにしてもだ。マサキ、今更だがお前は本当に『サイバスター』の操者になるつもりなのか?」

「……? 本当に今更だな。そのつもりだから、俺はここにいるんだぜ?」

 

 気を取り直し、ポケットに入れていた白手袋を取り出しながら、怪訝な表情を返す。

 

「はっきり言わせてもらうが、僕はお前が、『サイバスター』の操者には……いや、魔装機操者としてすら、充分な力を身につけているとは思わない。確かにお前の適正はきわめて『風』に近いが、だからといって今のお前が、『サイバスター』を扱いきれると思っているのか?」

「……じゃあ、あんたは俺に、今から儀式を降りろとでも言いたいのか?」

 

 ヤンロンの言葉に、正樹の声がはっきりと険を纏った。側で長衣を畳んでいたプレシアが、張りつめた空気に不安げな表情を浮かべる。

 

「確かに、あんたに比べれば俺は未熟者もいい所だろうさ。だが、『サイバスター』に選ばれるかどうかは相手次第だし、その力を扱いきれるかどうかは、やって見なけりゃわからねぇだろ?」

 

 正樹は左手で襟元を正しながら立ち上がり、自らを糾弾する男を睨み付けた。

 

「そんないい加減なことで、扱っていい力ではないんだぞ。大体、お前は実戦をまだ経験していないだろう」

「俺は、『ジャオーム』の初乗りから実戦だったよ。『デモン・ゴーレム』だって相手にした。あんたも知ってるだろうに?」

 

 初めて『グラフドローン』を相手取った時、そしてプレシアを守って『デモン・ゴーレム』と戦った時の情景が、正樹の脳裏を駆け抜ける。そして、そのときに死んでいった人々の姿が。あれが実戦でなくて、何が実戦だと言うのか?

 

「だが、お前はまだ……」

 

 それでも更に言い募ろうとするヤンロンに、ついに正樹は激昂した。

 

「うるさい! 俺には『サイバスター』に挑戦する権利があるんだ! あんたが何と言おうと、俺はやめねぇぞ。折角のチャンスを、俺は逃したくないんだ!」

 

 声を荒げ、右手を振り払いながら、相手の言葉を封じる。正樹の剣幕にたじろぎ、一歩後ずさるプレシアだが、すぐに気を取り直し、眉を顰めて叱りつけた。

 

「……お兄ちゃん! ヤンロンさんはお兄ちゃんの事心配して、言ってくれてるんだよ!?」

「…………悪ぃ」

 

 プレシアの言葉に気勢を殺がれ、一転してばつの悪い沈黙が彼を支配する。視線を明後日に向けながら、頬を爪先で引っ掻く正樹。

 ちらりと横目でヤンロンの様子を見やると、彼は腕組みをしたままこちらを睨み付けていた。しかし、元々が鋭い視線の持ち主であるが故に、今の視線が怒りによるものなのか、或いはそうでないのか判別ができない。

 

 沈黙のままに過ぎる数分間。プレシアが気まずい空気に、きょときょとと交互に視線を彷徨わせる。

 

 その沈黙を破ったのは、控え室の扉を叩く音だった。

 

「……操者候補の方々? 儀式のお時間です。準備はよろしいですか?」

 

 ノックの主は、王国祭儀局に属する文官だった。儀式の始まりを告げに来た彼に、正樹は救われたように声を返した。

 

「あ、ああ、今行く。……プレシア、観客席に行ってろ。北の『風』の区画に、ウェンディさん達が、場所取ってた筈だろ?」

「……うん。お兄ちゃん、頑張ってね。……落ち着いて」

 

 心配げに見上げるプレシアの肩を軽く叩いて、正樹は外への扉を開いた。そこには二人の文官が彼らを迎えに来ており、そのうちの一人が、一礼して正樹を外に促す。

 

 文官の促すに従って出てゆく間際、正樹は背中を向けたまま、独白のように口を開いた。

 

「俺が正しいかなんて、わからねぇ。お前さんの言うことは、たぶん間違ってない。だけど、俺は悩むだけで、結果に怯えて動けなくなるのだけは……嫌なんだ」

 

 正樹の言葉に、ヤンロンは何も応えなかった。そして正樹自身、答えを期待していなかった様に、そのまま扉の向こうに姿を消す。困惑したように両者を見比べていたプレシアが、一礼して彼の後を追った。

 

 腕組みの姿勢のまま、二人の背中を見送ったヤンロンは、誰もいなくなった控室を見回すと、無言のままで自らも、扉に向かって足を進めた。

 

「ホワン=ヤンロン様、『火の大門』まで、私がご案内いたします」

 

 一人、扉の外に残っていた文官の言うに頷き、上衣をひらめかせてその後を追う。事前に彼はこの闘技場の構造を熟知していたが、敢えて彼は文官の後に従った。それも、儀式の一部なのだ。

 

 『火の大門』に着くまで、彼は終始無言だった。だが、彼の中では、先ほど口にできなかった言葉……彼が正樹に抱く、最も重要な懸念が渦を巻いていたのである。

 

(だが、お前はまだ人を殺したことが――人を殺してしまったことがないだろう?)

 

 

 

 儀式は、神聖ラングラン王国国王アルザール=グラン=ビルセイアによる開会宣言、大司祭シアノ=ゾラン=エイオスの祝宣、そして練金学アカデミー長ヴィルマー=ラオ=ザームの祝辞によって幕を開けた。

 

「相変わらず、ヴィルマー学長のお言葉は長いわねぇ……」

 

 三機の《魔装機神》が立ち並ぶ前に設えられた祭壇から、初老の、上級練金学師の長衣に身を包んだ男が下がって行く。それを眺めながら、その正面に位置する貴賓席のセニア=グラニア=ビルセイアが、欠伸を噛み殺しながら呟いた。そして、わざわざ時間を測っておいた腕の時計で、経過時間を確かめる。42分29秒。

 

「セニア、お行儀が悪うございますわよ」

 

 時計の示す数字にげんなりするセニアを、隣に座る、彼女とよく似た風貌……ただしセニアの髪が項の辺りで切り揃えられているのに対して、腰まで伸びる髪を編み込んでいるなどの差はあるが……の女性が、いささか怪しげな口調で窘めた。セニアとは双子の姉にあたる、モニカ=グラニア=ビルセイアである。

 

「だって、退屈なのは仕方がないでしょ? 血沸き肉踊る儀式なんてあっても困るけど、こうも単調だと気が滅入るわよ」

「まあ、私も確かに少々退屈であらせられますけど……」

「でしょう? 大体何でこんな旧態然たるしきたりが残ってるのかしら? 何の意味もないのに……ところで姉様。いつものことだけど、その口調何とかならない?」

 

 姉の同意を得て、セニアは深々と溜息をつく。それが単調な儀式と姉姫の敬語の用法の怪しい口調、どちらに対してかは判然としなかったが。

 

「まあ、そう言わないでおくれ。国家的儀式である以上は、それなりの手続きというものが必要なのだよ」

 

 そう穏やかな口調で言うのは、中央の一際装飾の豪華な椅子に座る、年の頃は五十路であろう男。誰であろうラングラン王国国王アルザール=グラン=ビルセイアであった。

 

「《魔装機神》関係の権利問題は、軍と祭儀局と練金学アカデミーの間で複雑にからんでいるからねぇ。どれか一つを欠かしても、後々面倒になるから」

 

 正樹達のそれとは比べ物にもならないほど重厚な礼服の肩を竦めて、アルザールは苦笑した。自分の国の事でありながら、どこか他人事のような口調である。

 

 神聖ラングラン王国は、何と約五千年の昔から、立憲君主制度を採用している。そのため、王族の政治面に関する発言権は極めて弱い。無論、本人が自らの能力によって、発言権を獲得している場合は別だが。

 

 王国の司法・立法・行政などの政治機関は、国民の総意によって決定された議員達によって運営され、王国内における王族の存在意義は、ひとつの重要な要因を除いては、多分に象徴的な意味合いが強い。

 

 魔装機計画そのものに関しても、アルザール王は議会から提出された計画案に承認のサインを出しただけで、実際に計画を進行させたのは、軍部と練金学アカデミーである。さらに《魔装機神》の場合、人々の信仰の対象である《精霊王》を扱うものと言うことで、祭儀局……王国の宗教的儀式を司る機関までもが関与しているのだ。

 

「まあ、それも『魔装機隊管理基本法』の施行までの話よね。そうなれば、《魔装機隊》は各部署から独立して運用することができるもの」

「あ、フェイルお兄様の番ですわね」

 

 セニアが指を一本立てながら父親にウインクを送ったとき、モニカが眼下の祭壇に、兄フェイルロード=グラン=ビルセイアの姿を捉えた。彼は神聖ラングラン王国第一王位継承者でありながら、ラングラン王国軍の総指揮官をも兼任している。自らの能力で発言権を獲得している王族の典型例と言えるだろう。

 

 フェイルロードは今、軍の礼服に身を包んでいる。通常王族がこのような儀式の場に立つ場合、彼らには各々専用の礼服が用意されるものなのだが、この事は、彼が現在、この場にどのような立場を以て臨んでいるのかを、沈黙の内に主張していた。

 

 

「我々は、過去に《未来視》によって、全界に災厄をもたらす《魔神》の襲来を伝えられ、それに抗する可能性を求めた。

 その可能性の結実が、諸君もご存じの通りの《魔装機》である。森羅万象の精霊を内に宿した、我らが英知の結晶。高潔なる英雄達の手綱によって、あらゆる邪悪をうち払うもの。

 魔装機を操る勇者は、既にしてこのラングランを脅かさんとする『ジラドス』や『ヴォルクルス信徒』と戦い、そして勝利を重ねている。その功には、我々ラングラン国民全てが、誠心の礼を以て応えねばならないだろう。

 そして、我々は今また、より大きな力を手にしようとしている。

 それこそは、諸君の前に屹立する、大いなる巨神。偉大なる《精霊王》を宿した、魔装機の中の魔装機。……《魔装機神》!

 その力は絶対不可侵、いかなる魔をも貫く剣、いかなる破壊をも食い止める楯。

 かの巨神の力の前には、もはやいかな《魔神》も怖れるには足りず。《魔装機神》と《精霊王》に選ばれし勇者は、必ずや『ラ・ギアス』全界から、《魔神》の脅威をうち払うことだろう!」

 

 

「兄様ってば……ちょっと興奮させ過ぎじゃないの?」

「大丈夫。フェイルなら、ちゃんと考えて演説しているよ。ほら」

 

 興奮に沸き立つ群衆を見回して、セニアが危惧を口にする。だがアルザールはいつものようにのんびりした口調で応え、そして指先で息子の方を指し示す。

 

 果たして、フェイルロードは群衆が落ち着くのを待って、今度は一転穏やかな口調で語った。

 

 

「しかし一方で、我々の魔装機の存在を、恐怖を以て受け止める人々がある。

 魔装機の力を、自らに振るわれることを怖れるが故に、彼らは我々に抗しようとする。

 だが、我々は彼らに、怒りを以て対してはならない。力ある者を怖れるのは、当然の事なのだから。我々は、自らが理性ある民であることを忘れてはならない。

 魔装機は、国家間の紛争を解決する手段としては、決して運用しない。さもなくば、我々こそが、全界に恐怖と災いをもたらす《魔神》となり果ててしまうのだから。

 我らは、誠実さを以て、その疑念に応えよう。この『ラ・ギアス』において最も古き国家である、その誇りに懸けて!」

 

 

 フェイルロードの演説に、再び観衆は沸騰した。王国と《魔装機神》、そしてフェイルロードの名に変えて、自らの興奮を吐き出す。

 

「やれやれ、兄さんも人気取りが巧くなったなぁ」

「兄様は王位継承権第一位。人気はあって困る物でもないわ。でも、そう言う言い方はあんまりなんじゃないの……って、あらテリウス。いたの?」

 

 背後から聞こえた気のない風の声に、セニアは咎めの声を上げ……そこで初めて、略式の祭儀用長衣姿の自分の弟が、そこに居るのに気がついた。ラングラン王家、第三王位継承権を持つ王子、テリウス=グラン=ビルセイアである。

 

「おや、テリウス。お前も来たのかね。『儀式なんて面倒くさいからパス』じゃなかったのかね?」

「あらあら、私も全然お気づきになりませんでしたわ」

「これだもんなぁ、うちの家族は。さっきから居たじゃないか。兄さんの演説が始まる直前くらいから。後ろにいたのに、気付かないなんてひどいなぁ」

 

 薄情な家族の物言いに、額を押さえて天を仰ぐテリウス。しかし、いつも眠そうな目つきで、茫洋とした空気を身に纏う彼の事であるから、家族と言えど、彼の存在に気付かなかった事を一概に責めるべきではないかも知れない。

 

「長老や学長の長話なんかはパスだけどね。誰が《魔装機神》に選ばれて、誰が選ばれないのかには興味あるさ……よっと」

 

 言いながら、セニアの隣の空いた席に腰掛ける。その瞬間僅かに翻ったテリウスの長衣の下に、セニアが咎めるように言った。

 

「ちょっとテリウス。あなたコートの下は平服じゃない。余り動くんじゃないわよ。この儀式、全国放送されてるんだから」

 

 この儀式の情景は、EV(エーテルビジョン……地上における三次元映像放送のようなもの)で、ラングラン内外に放送されている筈である。そうなると、王族である彼女たちの姿が映されない道理はない。

 

「何を今更……うちの一族で、外に出しても恥ずかしくないのは兄さんだけだと思うけど?」

「聞き捨てならないわね……姉様や父様は解るとしても、私のどこが外に出して恥ずかしいのよ?」

「メカフェチ以下無数」

「よく言ったわテリウス。後で覚悟なさいよ」

「二人とも、お行儀が悪いですわよ。言う端から全界に、私達親子の恥をさらすおつもりですかしら?」

 

 こめかみと拳に青筋を立てるセニアと、飄々とした風のテリウス。その二人を、相変わらず珍妙な言葉遣いでモニカが窘める。ちなみに、彼女こそはラングラン王位継承権第二位を持つ人物である。

 

「ほら、お前達。いよいよ本日のメイン・イベントだよ。先ずは、『グランヴェール』とヤンロン君の対面だ」

 

 アルザールの声に、三者の視線が眼下の祭壇に下ろされる。

 

 果たして、そこではいよいよ、『火の魔装機神グランヴェール』による、《魔装機神操者候補》ホワン=ヤンロンの選定が始まろうとしていた。

 

 

 

「それでは、第一に《魔装機神》『グランヴェール』の操者選定を執り行う」

 

 厳かなエイオス大司祭の宣言は、小さな興奮の波となって、観客席の上を駆け抜けた。

 

「候補者ホワン=ヤンロン、『グランヴェール』の前へ」

「はい」

 

 エイオスが促すに、祭壇横の《魔装機神》操者候補席のヤンロンは、席を立ち上がって一礼した。

 

「頑張ってね、ヤンロン」

 

 席を後にするヤンロンの背中に、彼同様《魔装機神》操者候補のテュッティ=ノールバックの激励と、恐らくは正樹のものであろう、いっそ敵意と言っても差し支えない、厳しい視線が届けられる。

 

 だが、ヤンロンはまったく背後を省みることなく、前へと……彼の前にそびえる紅の巨神の下へと歩みを進めた。

 

 足を踏み出す度に、だんだんと視界を占める割合を増して行く『グランヴェール』。自分が駆る立場では忘れがちだが、こうして眺めると、いかに魔装機という存在が人を圧する物なのかを思い知らされる。

 

 まして、自分が今目の当たりにしているのは、最強の魔装機のひとつ。『火』の《魔装機神》『グランヴェール』である。

 

(自分に、彼の力を御することができるのだろうか?)

 

 ひやりとした疑問が、彼の心に手を伸ばす。正樹に対して手厳しいことを言った彼だが、いざ自分が《魔装機神》に相応であるかとなると、完全に『是』と答えることはできなかった。

 

 そもそも、自分が何かにふさわしいなどと、自ら答えることは、あまりにも傲慢に過ぎる行為だろう。実際の所は、正樹の言うところこそが正しいのだ。『相応しいかを決めるのはあくまで《魔装機神》であり、やってみなければ是非は解らない』ということが。

 

 だが、その迷いを、彼は決して面に出すことはない。人を導く立場の人間は、たとえ傲慢と思われようとも、常に超然として屹立していなくてはならないのだ。それが王族であれ、教師であれ、英雄であれ。それこそが、彼が自らに課す『中華思想』のありかたである。

 

 だから、彼は『グランヴェ-ル』の足下とその前に描かれた魔法陣に立ち、迷いなど微塵も感じさせない姿勢で、紅の巨人を見上げた。

 

「ホワン=ヤンロン。盟約の言葉を」

 

 エイオス大司祭の促すに、ヤンロンはぐっと拳を握り締め、『グランヴェ-ル』を睨み付ける目を細めた。そして、深く息を吸い込み、目の前の巨人へと呼びかけた。

 

「汝、火を司るものよ。汝が舌は邪を焦がし、汝が息吹は命を暖める」

 

 それは、古来より《精霊王》の力を借りようとする練金学士達が、契約の際に唱えた言葉の変型だった。元々は呪文の拘束力を高めるための補助としての役割を持つものだったが、この場合、唱えることで契約者の精神を、その《精霊王》に近付けるという役割を果たしている。

 

「機神の内に宿りし汝よ。我は汝に願い奉る。我を受け入れ、我と共に全界の調和の為、力尽くす事を」

 

 両腕を広げ、全身で言葉を放つ。その両目は、『グランヴェ-ル』のそれを見据えて微動だにしない。その言葉の反響が、闘技場から虚空へと溶け消えるのを待って、ヤンロンは最後の言葉……契約の核たる言葉、魔法語による契約の呪文を唱えた。

 

「エル・エラ・ファラン・グランパ。ルマ・テュ-ル・ホワン=ヤンロン! 我と契約せよ、『グランヴェール』!」

 

 ヤンロンの渾身の呪文が、闘技場の内を震わせる。ヤンロンの視線が、そそり立つ『グランヴェ-ル』を射抜く。はたして、ホワン=ヤンロンを、この紅の《魔装機神》は受け入れるのだろうか? 人々が、固唾を飲んで『グランヴェ-ル』とその操者候補を見つめた。

 

 

 当事者達以外には知る由もなかったが、観衆達が息を潜めて見守る中、『グランヴェール』とヤンロンは、互いに超高速で言葉を交わしていた。

 

【汝よ、無限の力を得て、何とする?】

 

 圧倒的な威圧感、圧迫感。それは決して人類の操る言語ではあり得なかった。それは火の揺らめきの如き、常に不定で、しかし同時に常に明らかな力強さを掲げる……それこそは、『グランヴェール』の声だった。

 

(僕が力を求めるのは、力をもって悪を成す者を誅するためだ。世界は公平ではあり得ない。力を持ちながら、それを悪しくしか扱わない――扱えない者がいる)

 

 ヤンロンは、言葉に出さないまま、心の中だけで答えた。何かを考え、言葉として口に出す前に、『グランヴェール』にその思考を読みとられてしまう為に、声に出す必要がないのである。

 

 さらにそれに加えて『グランヴェール』の応答の早さがあり、彼らの会話は、常人のそれに比べて数十倍、あるいは数百倍の速度で進行していた。

 

(僕は、そのような者を、正しくあるように導きたい。正しくあるように説きたい。だが、そのためには、僕自身に説得力と、彼らに抗するだけの力が必要だ。でなければ、対話の席を求めることもできない)

 

 この奇妙な会話にもほとんど動じることなく、ヤンロンは自らの意志を明らかにした。そして、眼前の紅の巨神に、視線を差し向けて問いかけた。

 

(だから、僕は力を求めている。より強く、より理性ある力を。誰かを導く、灯火となれる力を。そのために、おまえの力を貸してほしい……『グランヴェール』!)

 

【汝よ、汝は世界の人の全てが敵となり、しかし汝こそが『正しい』ときにも、それに立ち向かうことができるか?】

 

(僕は、自分が正しいならば、本当に正しいと信じられるならば、自分を曲げることは決してしないだろう……たとえ、それによって僕が、炎の中に消え去ることになろうとも!)

 

 思惟を叩きつけ、ヤンロンはしっかと『グランヴェール』の威容を睨み付けた。と、今まで間伐入れずに声を返してきていた『グランヴェール』が、不意に押し黙る。気のせいか、その紅の姿が、奇妙に揺らめいているようにも思える。

 

(もしや、笑っているのか!?)

 

 ヤンロンは、思い至った可能性に驚愕する。だが『グランヴェール』はそれを意に介した様子もなく、どこか満足げな声音で、宣言した。

 

【汝よ……汝、ホワン=ヤンロンよ。我は、汝を我が主と認めよう! 汝の魂が朽ち果てる、その時まで!!】

 

 そして、炎が吹きあがった。

 

 

 瞬間、『グランヴェ-ル』の両の目が輝いた!

 

 そして同時に、ヤンロンと『グランヴェ-ル』の足下に描かれた契約の魔法陣が、紅蓮の炎を吹き上げる。それは瞬く間にその二つを包み込み、溶け合って一つの火柱となる。悲鳴と歓声が、人々の内から沸き起こる。

 

 そして火柱は現れた時同様、瞬時に空に消え、再び『グランヴェ-ル』の姿が露になる。しかし、ヤンロンの姿はそこにはない。炎の中で、跡形もなく溶け落ちたのか、それとも……。

 

<煌オオオオォォォォォォォォォォォォッ!!>

 

 緊張とともに見守る人々の前で、『グランヴェ-ル』が歓喜にも似た咆哮を上げた! そして、自らの装甲の隙間から真紅の炎を吹き出させると、猛烈な熱波とともに、その姿を二回り以上も肥大化させる。《魔装》を纏ったのだ……その事実に気付いた人々が、今度こそ歓声一色で沸騰した。

 

「契約は、成された!」

「『グランヴェ-ル』操者は、ホワン=ヤンロン!」

 

 人々が歓喜の声を繰り返す中、『グランヴェ-ル』の《精霊殻》の中のヤンロンは安堵の溜息を吐き出した。そして彼にしては珍しく優し気な笑みを浮かべると、

 

「これから、長い付き合いになるな。宜しく頼むぞ、『グランヴェ-ル』」

 

 その言葉に答えるように、『グランヴェ-ル』の機体が、小さく震えた。

 

 

 

「……契約は、成された! 『グランヴェール』操者は、ホワン=ヤンロン!」

「ふんふん……ま、こいつは順当なところだよな」

 

 歓声の荒れ狂う闘技場内の光景を、『ザムジード』の通信窓越しに眺めながら、リカルド=シルベイラは呟いた。

 

 ここは、ラングラン王国北西部、ソラティス神殿近郊。ソラティス神殿は、『ラ・ギアス』全界の中でも随一の練金学技術を誇るラングラン王国の、その中でも屈指の魔術設備を備えた研究・実験施設である。

 

 そういう極めて重要な施設であるから、ここには普段から、十機以上の『機装兵』と呼ばれる簡易型の魔装機が防衛力として配備されているほか、《魔装機隊》からも一機以上の正魔装機が常時派遣され、哨戒を行っている。

 

 しかし、《魔装機神》操者選定の儀が王都で執り行われる本日に限っては、防衛力の殆どを王都に集中する必要が生じた。王族等VIPの集まるこの儀式は、テロ行為の格好の的であるためだ。そのため、各地の一般兵力が王都に移動し、その補填のため、《魔装機隊》の魔装機が各地に派遣されることとなったのである。

 

 そして、ここソラティス神殿に単機で派遣されたのが、《魔装機隊》最強の男を自認する彼、リカルド=シルベイラと《魔装機神》『ザムジード』だったのである。

 

「さて、結局最終オッズは……と」

 

 リカルドは懐から小さな帳面を取り出すと、指先を舐め舐めその頁をめくった。

 

 そこには、彼を胴元とした、《魔装機神》操者選定の儀をネタにしたトトカルチョに荷担した面々の名前と、賭けの対象及び金額が記録されていた。どうやら、彼はヤンロンに摘発されてもなお、新たに賭けの企画を興したらしい。

 

 小さなペンを取り、ちょこちょこと配当の計算を始める。大柄な風体からは想像しにくいが、リカルドは意外なほど、細かい指先の作業が得意である。

 

 と、突然『ザムジード』の《精霊殻》の中に、晴れやかな女性の声が響きわたった。

 

「やっほー! やっほやっほ~! リッカルド!」

 

 いきなりな声に虚を突かれたリカルドが見ると、視界の端の通信窓に、僅かに癖のある長い髪を編んで纏めた、ネイティブ・アメリカン系の快活な女性の顔が映し出されていた。リカルド同様、地上から召喚され、現在は正魔装機『砂のラ・ウェンター』の《操者》である、レベッカ=ターナーである。

 

「……ベッキーか。お前確かルザック方面の哨戒任務中だろうが?」

「そーんな事は言いっこなしだよ! 当たった当たった! 愛してるわ~ヤンロンちゃん!」

 

 どうやらレベッカ……愛称ベッキーは、魔装機専用の長距離回線を利用して、遙か彼方から通信を寄越しているらしい。妙に嬉しそうに騒ぐ彼女も、リカルド主催のトトカルチョに荷担していた一人である。どうやら、彼女はヤンロンが『受かる』方に賭けていたらしい。その喜びを表現するために、わざわざ通信してきたのだろうが……。

 

「喜んでるところ悪いがな、ヤンロンのオッズは……かなり悪いぜ?」

「へ? そうなの?」

「ああ。何せ、奴に賭けた奴の9割以上が、『受かる』方に賭けてるからな。『落ちる』方に賭けたのは、殆どが穴狙いの連中ばっかりだ。お前さんの配当は……ほれ、こんだけだ」

 

 言いながら、帳面に記した数字を、通信窓越しにレベッカに見せつける。それをまじまじと眺めた彼女の表情があからさまに落胆するのを見て、思わずリカルドは苦笑を漏らした。

 

「何さ~。こんだけじゃ、ビール数本買うのが精一杯じゃないの」

「儲かっただけ有り難いと思えって。それより、そろそろテュッティの番だ。公正を期すため、これより回線を遮断する。以上!」

「あ、ちょっと待ちなよ! テュッティの方のオッズは……」

 

 レベッカは窓の向こうでまだ何か言っていたが、彼は無情にも無視して回線を切断する。そして、改めてモニターに映し出された、EV経由の選定の儀の様子に、視線を戻した。

 

 果たして、画面の向こう側では、今しも青い機神の前に立ったテュッティが、契約の文句を唱えようとしていた。

 

(テュッティ、お前なら大丈夫だ。……信じろ)

 

 画面の向こうに、無言のままの声援を送る。その耳を、無線を介してもなお、凛と響く契約の言葉が叩いた。

 

「汝、水を司るものよ。汝が流れは邪を清め、汝が(かいな)は命を育む。機神の内に宿りし汝よ。我は汝に願い奉る。我を受け入れ、我と共に全界の調和の為、力尽くす事を!」

 

 

 彼女……テュッティ=ノールバックにとって、魔装機とは、今の自分がいるこの世界、自分の好きな人々を守る手段であると同時に、自分自身の存在意義を守る鎧としての意味合いが強い。

 

 何かを守るという事で、自分がそこにいる理由を確かめる。自分を守りたいから、誰かを守る。それを実行するための手段こそが、魔装機。守るための力を、保証する物。

 

 人に対する根本的な不信が、彼女の心を蝕んでいる。この人は、自分を傷つけないだろうか、この人は、自分の世界を壊さないだろうか……その恐怖を下すために、彼女は守る者、そして同時に守られる者たる『慈母』たらんとしている。

 

 ――弱い。余りにも弱すぎる。テュッティは、呪文の言葉を唱えつつも、自分自身を叱責した。

 

 所詮、自分は何かに寄りかからなければ、自分自身をも維持できない、弱い人間なのだ。

 

(私は、こんなにも弱い人間。それでも、あなたは、私を、受け入れてくれる、『ガッデス』?)

 

 テュッティは、青き巨神『ガッデス』を見上げ、その両の目へと視線で問いかけた。そして、自らの目を閉じ……全身の『気』を込めて、叫んだ。

 

「エル・エラ・アフィルー・ガッド。ルマ・テュール・テュッティ=ノールバック! ……我と契約せよ、『ガッデス』!」

 

 テュッティの『契約の言葉』が、闘技場の空気を沈黙の色に染め上げ、そして観衆の結果への期待が、その上に無数の緊張の糸を張り巡らせる。期待と緊張のタペストリの上で、『契約の言葉』は闘技場の回廊に幾重もの反響を残し……そして、空へと溶け去った。

 

 ……ひとときの沈黙が過ぎた。しかし、テュッティの見据える巨神の瞳には、いかなる光も宿らず、彼女の踏みしめる魔法陣も、冷たく押し黙ったまま。観衆の輪が、わずかに落胆の色にさざめく。

 

(…………私では、駄目なのね)

 

 周囲の観衆達同様に、テュッティ自身も、『ガッデス』の沈黙を拒絶と解釈した。彼女自身、『ガッデス』に乗ることにさほど執着していなかったとはいえ、実際自分が不適格だと言われると、さすがに落胆を禁じ得ない。視線を逸らし、小さな溜息を吐き出す。

 

 しかし。

 

【あなたは、どうして『私』を求めるの?】

 

 その『声』は、奇妙な懐かしさと異質さを伴って、テュッティの正面から投げかけられた。

 

「…………!?」

 

 驚愕と共に顔を上げたテュッティは、自分の正面に15~6歳程であろう、金髪碧眼の、彼女の肩ほどの背丈の少女が立っていることに気がついた。

 

 少女は無表情に自分を見据える。静かな水面のような。夜闇に沈んだ沼の淵のような、沈んだ瞳で。

 

「あ、あなたは……? あなたは、誰!?」

 

 とっさに半身を退け、誰何するテュッティ。ポシェットに差し込まれた、青みがかった銀色に輝く鉛筆大の棒……護身用の《簡易呪法》の発動体を抜き放ち、目の前にかざして警戒の姿勢をとる。

 

 しかし、その少女――よく見ると、非常にテュッティの少女時代に似通った容姿をしている――は、テュッティのあからさまな警戒反応にも全く気を害された様子はなく、相変わらずの無表情、無感情で言葉を続けた。

 

【あなたは、『私』の力を求めた。それなら、あなたは『私』の力をどう使いたいの? ……何に使いたいの?】

 

「『私』の力……って、もしかしてあなた、『ガッデス』!?」

 

 『私』という言葉に隠る、少し奇妙なイントネーション。推測を口にしながら、テュッティは視線を巡らせた。本来彼女の視界の大半を制圧していたはずの『ガッデス』の蒼い巨体はそっくり消失し、その代わりを務めるかのように、契約の魔方陣の真ん中に、テュッティ自身に似た少女が立っている。

 

 間違いない。この少女は、『ガッデス』が作りだし、彼女のみに見せている幻影だ。幼い自分と同じ姿なのは、自分の記憶をスキャンした『ガッデス』が、自分と会話しやすい姿として選んだものなのだろう。《精霊殻》の機能や契約の呪法の特性を考えれば、あり得ない話ではない。

 

 ……この頃の自分は、いっぱいの幸せと、ほんの些細な苦しみを両手に生きていた。過去の自分でありながら、既に自分では決してあり得ない姿。自分にもっとも近く、そして同時にもっとも遠い姿。

 

 ふと気になって、闘技場の周囲を見回してみる。明らかな異常事態だ。それなのに、周囲の観衆たちが何の反応を見せないのはおかしい。テュッティが視線を巡らせてみると、観衆たち――いや、それだけではない、彼女と『ガッデス』以外の全てが、まるで凍り付いたように動きを止めている。

 

(まさか、時間の流れそのものが停止しているんじゃないわよね……)

 

 冗談のつもりで内心呟くテュッティだが、空中を舞うEVの撮影ドローンまでもが完全に空中に制止しているのに気づいて戦慄した。間違いない。『ガッデス』は、テュッティと自身の時間を、周囲から完全に切り離している!

 

(『ガッデス』には……《魔装機神》には、それほどの力があるの!?)

 

 そういえば聞いたことがあった。この『ラ・ギアス』と言う世界が生み出されたとき、四大の《精霊王》が、世界に定めを与えたと。火と土が世界に形を与え、風と水が世界に律を与えたと。

 

 それが真実であれば、《精霊王》にはこの世界そのものを作り替える力があると言うことになる。時間を凍り付かせることも、できるだろう。

 

【あなたは何になりたいの? 何をしたいの?】

 

 テュッティの困惑と戦慄を欠片ほども意に介した様子もなく、『ガッデス』の生み出した幻像(アヴァター)は、再び問いの言葉を発した。

 

(私は……私がやりたいことは……)

 

 テュッティ=ノールバックが魔装機に乗る理由。これは簡単だ。『自分と、自分の愛するものを守りたい、そのための力が欲しい』。 だから、彼女は魔装機に乗っている。

 

【どうして、そんなに『守りたい』の?】

 

 テュッティが思いを口にする前に、『ガッデス』のアヴァターは、その思いを読みとったらしい。テュッティはその奇妙なやりとりに戸惑いながらも、答えを探して思考の海をかき回した。

 

(……私は、もう、一人になるのが嫌だから。失うのが怖いから。だって、やっと手に入れたのだもの。安らげる場所を。自分のいられる場所を)

 

【そのために、愛する何かを守るために、何かを傷つけても、いいの?】

 

(――できるなら、やりたくはない。でも、もし何かを傷つけることが、どうしても必要になったなら、私は自分の手を血で汚すことになってもかまわない。――『世界』を守るためなら!)

 

 『ガッデス』の問いに、テュッティは毅然と答えた。自らの迷いを打ち払わんとするが如く、最後の一句を言い放つ。

 

【でも、あなたの愛する『世界』が、本当に正しいと断言できるの?】

 

 だが、『ガッデス』の次の言葉は、テュッティの虚勢のカーテンをいとも容易く打ち破り、その奥にある迷いを貫いた。

 

(…………ッ!!)

 

 テュッティは息を飲んだ。それは、間違いなく彼女自身が抱いている懸念そのものであったからだ。

 

 自分の『世界』は絶対ではあり得ない。自分が愛しているものであるとはいえ、害するもの全てを廃してまで、存続させることが許されるのか? 彼女が愛するものそれ自身が、他者にとっての廃するべき悪になることさえあり得るのだ。

 

 ……確かに、正しいと断言することはできない。でも、正しくないと認めたくもない。返答する言葉の見つからないテュッティをよそに、『ガッデス』は言葉を続けた。

 

【『私』はあなたに、無限の力を与えることができる。でも、『私』の力を得たとき、あなたの『世界』は全界へと拡張される。そうなったら、あなたはあなたの愛するものの為に、力を尽くすことができなくなるかもしれない】

 

 《魔装機神》操者の義務には、『全界の調和の使途となるべし』という項目がある。そして法によって定められた義務以前に、《精霊》そのものの特性として、世界全体の調和を保つ、半自動的な調整機関的な側面をも有している。

 

 そのため《魔装機神》操者は、個人の価値観を超越したところで『全界の敵』と戦う義務がある。たとえそれが自らの愛する人間・組織・国家であったとしても。

 

【……それでも、あなたは『私』の力を求めるの?】

 

 どこか奇妙なイントネーションの言葉で、『ガッデス』の幻像(アヴァター)は問う。

 

 ――テュッティには、力をもって何かをしたい、という考えはない。ただ、力を持っていなければ、どうしても守れない事がある。

 

 愛しているのに、守れないもどかしさ。蹂躙される口惜しさ。あの日、あの瞬間、彼女の全てを奪い去ったものの残映が、彼女の心に爪を立てる。

 

 もう、繰り返しはしない。そのための……力が、欲しい。

 

(私の『世界』がいつでも正しい訳じゃない……でも、正しい流れに導くことは、できると思う。それに、私は自分の愛する『世界』を信じたい……正しくあれると信じたい)

 

 信じたいと言っても、ただ盲信したい訳ではない。本当に正しくないのなら、それを是正する覚悟を持った上で、その存在を肯定する。裏切り、裏切られるリスクを背負った上での信頼。それは、ただ肯定する、ただ否定することよりも更に困難で、苦しいことだろう。

 

 だが、あえてテュッティは、その道を選ぶことを望んだ。

 

(だから……私は、『世界』を守るための、力が欲しい。――『ガッデス』! あなたの、力を、貸して欲しい!)

 

 自らの思惟を、叩きつけるように放出するテュッティに、幼き姿の彼女は、満足げな表情を浮かべた。

 

 と、彼女の姿が、青く輝く光の微粒子へと分解し、螺旋を描くように宙へと飛散した。そして、一瞬の後、テュッティの目の前には、再び青き巨神の姿が現れる。

 

 そして時を同じくして、凍り付いていた喧噪が、さざめきを取り戻した。

 

「……『ガッデス』は、テュッティ=ノールバックを受け入れなかった。残念なことだが、新たな候補者の出現まで、『ガッデス』は今しばらくの眠りを……」

 

 エイオス高司祭が、ざわめき始めた場を取りまとめようとするが、テュッティは黙ったまま、左腕を差し上げてそれを制した。

 

 そして、信頼と、親愛の情を込めた微笑みで、『ガッデス』の両の目を見つめる。視線を逸らさず、小さく、契約履行を求める呪文を……いつも、『ファルク』に乗り込むときに唱えるように、詠唱した。

 

「エラ・アフィルー・ガッド」

 

 そして、『ガッデス』は、それに答えたのだ。

 




 魔装機神契約エピソードの始まりです。

 ゲームでは知らないうちに契約を成立させていたヤンロンのグランヴェールの契約シーンが統合されているのが特徴でしょうか。

 これは、ヤンロンがどういう人物で、彼の言うところの中華思想がどういうものなのかを考え、それを描写することを目的としていたのだと思います。

 また、後にヤンロン、テュッティが直面する葛藤を暗示する目的もあったのですが……テュッティのフェイルロードは既定路線だったとして、魔装機神IIで出てきたエルシーネは想定外でしたねえ。
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