蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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 こんばんは。実は一昨日から家を空けていまして、週末一杯までは怒濤の予約投稿でやってます。イチゴころころです。

 当初は『フローラといちゃいちゃしたいなぁ』という邪も甚だしい動機で書き始めたこの物語ですが、連載開始から1週間、章にして2章の途中でようやく初登場するヒロインってどうなんでしょうね。これでも少年時代とかニセたいこうとか色んなものを犠牲にしてきているのにね……。




2-7. 途絶えた道

 

 

「――帰れ。二度とこの屋敷に近付くんじゃない」

 

 

 

 ルドマン氏の言葉はイーサンの頭の中をこんこんと反響し、飲み込むのに数秒の時間を要した。

 

「え、……え、な、なん……?」

 

 慌てて『炎のリング』を拾い上げる。これは大切なものだ。イーサンがフローラと結婚する資格を示すための、大切なものなのだ。

 

「彼の言った通りだったか。残念だよ、イーサン君。私は非常に残念だ」

「ど――」

 

 散らかる脳内を必死に整理しながら、強張った喉元からなんとか言葉を絞り出した。

 

「どういう、ことですか? なんで、そんなことを……」

「私を、このルドマン家を騙そうとしたようだが当てが外れたな。うん?いいか?()()()『炎のリング』はつい昨晩、私の元に届けられたのだよ。――アルフレッド君からね」

「……!」

「そのとき彼は私にこう教えてくれた。『旅人のイーサンは信用できない。彼は偽物のリングを作り、ルドマン家を乗っ取ろうとしている』とね。忠告を残し、アルフレッド君はすぐさま『水のリング』を探しに旅立っていった。まさかとは思ったが、本当にのこのこ偽物のリングを持ってやってくるとはね。非常に……屈辱的だよイーサン君」

 

 血の気が引いていくのを感じる。ルドマン氏は苛立たしげに拳を回し、イーサンに憤怒の目線を送る。

 

「そんな人間を一瞬でも信じ、あろうことか我が娘と結婚させようなどとその選択肢に入れてしまったと思うと、非常に……非常に! おぞましい! 朝から玄関で待ち構えていて正解だった。君のような奴を、娘の視界に間違っても入れるわけにはいかないからね!」

「ま、待ってください!」

 

 必死に頭を回転させ、誤解を解くためのセリフを考える。しかしどうしてもうまくまとまらず、イーサンはたまらず大声を上げた。

 

「嘘をついているのはアルフレッドの方だ! あいつの持ってきたリングこそ偽物なんです! そしてあいつは、あいつは――」

 

 イーサンは完全に頭に血が上っていた。アルフレッドが吐いた身の毛もよだつ言葉の数々、嗜虐的な視線、このままではそれが彼女に、フローラに向けられてしまう。そのことを考えると、イーサンの心は保身よりも怒りを優先した。

 

「あいつは、フローラさんを都合の良い玩具にするつもりだ! だましているのはあいつなんだ! あいつは彼女を愛してなんかいない! このままじゃフローラさんが――」

「黙りたまえ!!」

 

 ルドマン氏の背後から銀製の槍が伸びてきて、今にも掴みかかろうとしていたイーサンの首元に突き付けられた。槍を構えているのは昨日会ったメイド、アイナだった。彼女はその無表情に明確な敵意を含ませ、構えられた槍の先は微かに震えていた。

 

「アルフレッド君はこうも言っていた。『街のはずれに魔物を匿う馬車を見つけた。サラボナに邪悪な魔物使いが、旅人に扮して潜んでいるかもしれない』。……君の事じゃあないのかね? ええ?」

「……あっ」

「図星か……。本当に……、この私を、ルドマン家をコケにするのも大概にしてもらいたい! 君は魔物を引き連れ、私と娘を騙しこのルドマン家に取り入ろうとした!! ご丁寧に偽物のリングまで用意してな! そのあとはどうするつもりだった? ああ? サラボナの民たちをひとりずつ魔物のエサにでもするつもりだったのか?」

「ちがう! ちがうんです!」

「我が盟友サラザール殿のお坊ちゃんは真にフローラを想い、我々一家を守ってくれた。今度は私が娘を、サラボナの民を守る番だ。……邪悪な魔物使いめ、この街から出て行け!!」

 

 ルドマン氏は懐から短剣を取り出し、イーサンに突き付けてきた。メイドも主人を守ろうと、槍を握る手に力を込めた。ふたつの刃がイーサンを押し返し、敷地の外まで追いやってゆく。

 

「……街のど真ん中で凄惨な光景を生んでしまうのも本意ではない。私の気が変わらぬうちに、目の前から消え失せたまえ……! そして、二度とこの街に近付かないでもらおう!」

 

 反論の言葉も憎悪の視線に抑え込まれ、イーサンは唇に血をにじませながら、ゆっくりと屋敷を後にした。

 

 

  *  *

 

 

 頭の中がぐるぐると混ざり合うのを感じながら、イーサンは街の出口に向かって歩いていた。――自分は何をしている? 何を引き下がっている? このままでは彼女を、フローラを守れない。言われるがまま街を出るなんてとんでもない。今からでも屋敷に戻って説得を……、

 

――邪悪な魔物使いめ!

 

 ルドマン氏の言葉が胸の中で弾け、弱々しくも築かれかけていた思考を再びバラバラに散らかしていく。でも、だって、このままじゃ……。思考がループする、してはいけない箇所をぐるぐると、ループし続ける。

 

「――やあ、昨日ぶりだねえイーサン君」

「あ……」

「僕もびっくりしたんだよ? 昨日“たまたま”魔物とつるむ不審者とその馬車を見つけたものだから、僕は良心のままに領主殿に報告したのだが、まさか君だったとは」

 

 アルフレッドは街灯に背を預け、にこやかな笑みをイーサンに向けていた。

 

「だから言っただろう? 僕の持つリングこそが本物となる。誰もが信じ疑わない、とね」

 

 イーサンの散らかった脳内が、たちまち収束していく。こいつが、こいつが俺を嵌め、ルドマン氏に出鱈目を吹き込んだんだ……!

 

「おまええええぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 目の前の青年に向かって駆け出し、拳を振りかぶった。折れた剣を馬車に置いてきたのは幸運だった。背負っているのが天空の剣だけでなければ、イーサンは間違いなく馴染んだ動きで父の剣を抜刀していただろう。

 

「――!?」

 

 しかしイーサンの拳がアルフレッドに届くことはなかった。黒服の大柄な男たちが建物の影から現れ、彼を押さえつけたからだ。

 

「う、……ぐっ」

 

 そのまま無抵抗で腹を殴りつけられ、イーサンの視界は一瞬黄色く染まる。

 

「なにをそんなに怒っているんだい? ……僕だってねえ、これでも結構頭に来てるんだよ?」

 

 アルフレッドが街灯から背を離し、白い手袋を取り出しながら動けないイーサンに向かって歩いてくる。

 

「てっきり試練を降りたとばかり思ってたのに、ひょっこり本物のリング持ってきちゃうんだからこっちも大変だったんだぜ? 業者に頼んで赤いほうだけでもって大急ぎで完成させてもらってさ、追加でチップをはずむ羽目になったんだ。まったく、ただでさえ挙式の準備で忙しいってのに、時間とゴールドのいらない浪費だった……よっ!!」

 

 手袋に包まれた拳がイーサンの顔面を叩く。

 

「おかげでさっ、指輪の出来もっ、結構粗くなっちゃって……さっ! ……ふう、でも。ルドマンの親父が馬鹿で助かった。僕の言葉をすんなりと信じて、ロクに調べもせずに君を追放してくれた。まったく、親父たちの築いてくれた信頼関係に感謝だよ。お陰で僕はこんなにも、生きやすい!」

 

 押さえられたまま腹を殴りつけられた。逃がせなかった衝撃が体内を反響し、イーサンの視界は黄色に瞬く。

 

「いいかい? いつだか言ってたよなあ? 『お金持ちと旅人が結婚しちゃいけないのか』って。……わかったろ、()()()()()()。フローラ嬢も、この街でさえも君を拒絶した。どっちが本物だとか、偽物だとか、関係ないんだよ。人々は信じたいものを信じる。それが本物となるんだよ」

 

 イーサンの体が無様に転がる。アルフレッドは汚れた手袋を外し、傍らの黒服に押し付けた。

 

「ああ、でも街から追放はやりすぎかもな。僕もここまでさせる気はなかったのに、ルドマンの親父はよほど気に食わなかったらしい。なんせ君が街からいなくなったら、君を僕たちの結婚式に招待することができなくなってしまうじゃないか! 実は密かに楽しみにしていたんだ! 君の目の前でフローラ嬢と愛を誓い、その目に僕らの口づけを刻み付けることをね! あっはっはっはっは!」

 

 イーサンが力なく顔を上げると、両目を見開き下品に笑うアルフレッドが目に入った。

 

「いや、いいことを思いついた。イーサン君、サラザール家に雇われる気はないかい? 旅人の君には使い走りも務まらないだろうがね。給料代わりに毎日見せつけてやるよ、僕とフローラ嬢の愛の営みを! 少しずつ僕に汚され、壊れていく彼女の様子を特等席で! それを見る君の様子を観察するのも、悪くない!!」

 

 頭の中でぐるぐると回っていた思考が消え、一瞬で真っ黒になった。

 

「おおおおおおおお!!」

 

 再び飛び掛かろうとするも黒服に殴られ、またもや体を石畳に叩き付けられる。

 

「……冗談だよ。こんな危険なヤツ、我が家の敷地に入れたくもない。君も、僕に構ってる暇なんてないと思うよ?」

「なん、だって……?」

「ああ、イーサン君。僕は本当に君と友達になれると思っていたんだ。そのよしみで最後に教えてあげるよ。いいかい? サラボナの市民は結構過激なんだ。自分たちの優雅な暮らしを、誰にも阻まれたくないと思っている。特に魔物にはね。そんな彼らが街外れに魔物を連れ込んだ馬車があると知って、黙っていると思うかい? そして君はこんなところで僕と遊んでる場合かな? 昨日馬車のお友達と、それはそれは仲良さそうに話してたよなぁ?」

「――!」

 

 アルフレッドの目は暗にこう告げていた。さっさと消えろ、薄汚い魔物使い。

 イーサンは怒りに顔を歪ませ、彼を背にして走り出した。背後から高笑いが聞こえるが、無視した。気にしないようにした。それでもその笑い声は、しばらく耳にこびりついていた。

 

 

  *  *

 

 

 馬車は無残に破壊されていた。リズたち、そしてパトリシアの姿もない。逃げたか、それとも――、

 

「……っく」

 

 嫌なイメージを反射的に振り払う。しかしここには誰もいない。毎日荷台を覗くイーサンにかけられていた声は、今はどこからも聞くことができない。馬車の残骸には、イーサンが買いそろえた本が雑に破られて散乱していた。

 

「………な、ん」

 

 言葉を失い、ふらふらと辺りを見渡す。サラボナの入口が目に入った。通行人はいない。カラフルな塀の向こうから頭を出すカラフルな屋根たち。緩やかな丘に沿って並ぶ街並み。遠くにそびえる屋敷。もはや見慣れた景色だが、とても冷たい印象を受ける。そうだ。ルドマン氏やアルフレッドの言う通り、今やこの街自体が、イーサンを拒絶しているのだ。否応なしにそれを実感できた。

 

 陽の落ちかけた空から雫が落ち、さわさわと雨が降り出した。その雨音は声のように思えた。ルドマン氏、アルフレッド、そしてフローラ。この街のすべてが声を合わせ、さわさわと耳に語り掛けてくるかのようだった。

 

 

――早く、出ていけ。

 

 

 ぷつりと、胸の奥で張っていた糸が切れた気がした。その不快な声から逃げるように、イーサンは草原に向かって走り出した。

 

 

 

 人に嫌われるのは慣れている。

 魔物使いという職業は知名度があまりにも低く、人から疎まれる存在だというのはとっくの昔に理解していた。悲しくはあったが、イーサンにとっては今ついてきてくれる仲間たちの方が大切だったし、ヘンリーとマリア、このかけがえのない親友たちが理解してくれてるだけで十分だとさえ思っていた。だがすべてを否定され、生まれて初めて好きになった女性にも拒絶され、イーサンはついさっき完全にひとりになった。人に嫌われるのは慣れている、つもりだった。

 

 

 

 辺りは暗闇に包まれ、さわさわとした雨は薄い霧をも生み、イーサンの周囲を窮屈に包んでいる。ここがどこなのか、どこまで走ってきたのか、もうわからない。

 がさり。魔物の気配がした。

 

「あ……!」

 

 咄嗟に武器を構えようとした。しかしパパスの剣は手元にない。あるのは、相変わらず鞘の中で黙り込んでいる天空の剣だけだ。

 霧の向こうから複数体の魔物の影が姿を見せた。知っている。“骸骨兵”。マービンら“腐った死体”と同じく呪いで蘇った死者の魔物だ。その数は4体。背筋が凍る。

 

「くそ…くそ!」

 

 天空の剣を取り出し、鞘に手をかける。

 

「なんで……、俺は魔物使いなんだよ……! なんで俺は天空の勇者じゃないんだよ! 俺が勇者なら、勇者なら! この剣が使える、母さんも助けられる! サラボナの人たちも……フローラさんも……」

 

 きっと、自分を喜んで受け入れただろう。だって天空の勇者は伝説の英雄。世界中の人に称えられる存在なのだから。

 

「抜けろよ、抜けろよ! なんで、なんで俺じゃないんだよ!! くっそおおおお!!」

 

 剣は抜けない。今まで通り、無慈悲な沈黙を貫いている。否、“邪悪な魔物使いに使えるわけがないだろう”と、呟いた気がした。

 

「――うわあああああああ!!!!!」

 

 骸骨兵の繰り出す槍が肩口を穿ち、激痛が走る。さらに脇腹、太もも、腕、ざくりざくりという生々しい音と共に、血と雨水と泥が跳ねる。

 

 ついに力尽きたイーサンは斜面を転がり、川に落ちた。幸いにも浅い川で溺れはしなかったが、立ち上がる力はもう残っていなかった。魔物たちは満足したのか、ここまで追ってはこなかった。

 

「……今、……! ちょっと、……、………。……丈夫!?」

 

 遠くから声がした気がする。だがもう指一本動かせない。体力的にも精神的にも限界を迎え、イーサンはその意識を手放そうとしていた。

 

「大丈夫!? ねえ!?」

 

 肩を掴まれ、引っ張られる。やがてごつごつとした石の感覚が背中に当たった。川辺まで引き上げられたみたいだ。

 

「カイルさん、荷車こっちまで持ってきて! この人、ケガしてる!」

 

 薄く目を開けると、雨が瞼の中に入ってきた。声の主の顔は視界が歪んで見えない。少し頭を動かすと、目に入った水が流れ出た、幾分か視界がクリアになる。

 

「あ、気が付いた!? 大丈夫、無理しないで。村まで連れて行ってあげるからね!」

 

 全身の激痛を抑えて顔を上げると、雨に濡れた前髪を拭う女性と目が合った。

 

「――え?」

 

 彼女が首を傾げると、首元から短く編まれた後ろ髪がするりと垂れてきた。

 

「嘘。キミ、イーサン?」

 

 見開かれる両目。

 イーサンも意識を失う寸前、思わず唇を動かした。

 

 

 

――ビアンカ?

 

 

 

 

 

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