蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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 こんばんは。イチゴころころです。

 ついにここまできましたー! 気付いたら1章の3倍近く長くなってた2章、泥臭い恋のお話もいよいよ大詰めです。

 
 
 『愛の旋律』流しながら書いた。めっちゃ楽しかった(自己満足)。




2-12. 愛の旋律

 

 

 朝日が昇る。

 早朝、まだ街の人たちがぎりぎり目覚めてこない時間帯。イーサンは柔らかい朝日と静けさに包まれる広場にたたずんでいた。昨日はルドマン邸の客室に泊めてもらうことになったのだが、まるで眠れなかった。空が白み始めるのを見て、そそくさと外へ出てきたのだ。

 

「大変な展開になったニャン」

「リズ……」

「心配ご無用ニャ。街の人たちが起き出す頃には退散するニャ」

 

 軽快に塀の上に飛び乗った彼女は、イーサンと同じ高さの目線を向けてくる。

 

「眠れなかった。朝日を浴びてみようと思ってね。頭がすっきりするかも」

「なんて言って、顔を合わせるのが怖いニャン?」

「……」

 

 イーサンは項垂れ、そのままベンチに力なく座り込んだ。

 

「言い返さないのは重症ニャァ……。ご主人、大丈夫かニャ?」

「……大丈夫じゃねえ」

 

 

  *  *

 

 

「――待ってください!」

 

 フローラの声に、再び静まり返る広間。何かを察したのか、ビアンカの表情が微かに強張ったのを覚えている。

 

「ビアンカさん、貴女は」

「やめて」

「貴女は、イーサンさんのことを――」

「やめて!!」

「……っ! や、やめません! こんなの、見過ごせませんわ! ビアンカさん、貴女も、()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 その場にいる誰もが凍り付いた。そのことに気付いてしまったのは、どうやらフローラただひとりだったらしい。

 

「それを、その気持ちを! 見て見ぬフリなんてできません! ビアンカさん、貴女は身を削ってイーサンさんを支えた。わたくしは……わたくしは彼を想いながらも、何もできなかった! 迷惑を、かけさえしました……。彼と結ばれるのは、貴女の方が相応しいと思います!」

 

 ビアンカは口元を手で隠しながら黙って聞いていたが、フローラの衝撃的な一言に怒りを露わにする。

 

「な、何を言っているの!! フローラさん、こいつのこと好きなんじゃなかったの!? どうしてそんな意味不明なセリフが出てくるのよ!」

「好きだからですわ!」

「……っ! なによ……そんな真っ直ぐ言うなんて……卑怯じゃない……!」

 

 ふるふると振り返るビアンカと目が合った。瞳が潤んでいる。その目をイーサンは見たことがあった。『滝の洞窟』で、いや、村で再会してから何度も。会話の節々に、彼女が微かに見せた目がそこにはあった。か細い彼女の想いがようやく胸の奥に到達し、心臓が大きく脈打つ。

 

「じゃあっ! 私が、……こいつと、イーサンと結婚しても良いのね! 本当に……しちゃうからね! それでも良いってワケ!?」

「っ……それは嫌ですわ!!」

「そうでしょうね!! ええそうでしょう! 私だって……私だってそうだもの!!」

 

 散々叫んだ挙句、ふたりの女性はへなへなと座り込んでしまった。

 彼女たちの大胆な言葉の嵐に曝されたイーサンはすっかり放心してしまい、めまいすら覚えていた。……特にビアンカだ。幼馴染で、良き理解者で、3人目の“親友”。そう思っていた彼女の想いに揺さぶられ、彼の心は巨大なオールでかき回されるように混沌へと落ちていく。

 

「……何やらとんだ展開になってしまったが」

 

 いち早く困惑から抜け出したのはルドマンだった。いくつもの視線が彼に集まる。

 

「私もこの際、偏見や先入観を捨てさせてもらおう。誰が誰と結ばれる『べき』か、そう言った考えは無しにする。たとえ我が娘の事であっても。いいね、フローラ?」

「……はい、お父様」

 

 落ち着いた返答をするフローラと、目を伏せるビアンカ。イーサンはその表情の意味が分からなかった。話が全く見えてこない。

 

「……これはイーサン君が決めることだ」

「…………え?」

「君がさっき言ったことだ。フローラに、良いと思った人と結婚するように、とね。その言葉がたった今、なんと逆転してしまったのだよ。イーサン君、君が選ぶのだ」

 

 ビアンカとフローラ、ふたりの弱々しい目線が向けられる。選ぶって、結婚相手を、自分の手で……?

 

「君は私たちの恩人であり、私は敬意を表している。……約束しよう、例え君がどちらを選んでも私は全力で応援する。挙式の準備は任せて、君はしっかり考えて決断すると良い」

「……そんな、だめです、だめですよ、ルドマンさん。私は……」

「ビアンカ嬢。貴女もだ、貴女もこの家の恩人だ。そんな女性が勇気を出して伝えてくれた想いを無下にはできん。私がフローラの父親であることは忘れたまえ。若者の恋を見守るのは、大人の役目だ」

 

 ビアンカは観念したように静かに目を閉じた。

 

「よし、今日はもう遅い。イーサン君も、お仲間も、ここの客室を使ってくれ。そして明日、いや、もう今日か……。まあ良い、次の日没だ。日没にイーサン君の答えを聞こう。君は濡れ衣だったと街中に便りを出しておく。明日、好きに過ごしながらじっくり考えるがよい。繰り返すが、地位や、周りの目、『べきだ』という考えは捨てなさい。大事なのは気持ちだ。君の気持ちを私は尊重する」

 

 

  *  *

 

 

 座り込むイーサンの姿勢はどんどん低くなっていく。このままでは石畳に埋もれてしまいそうだとリズは思った。

 

「ま、精一杯悩むと良いニャン。最悪リズがケッコンしてあげるから安心ニャ」

「……その威勢がなんだかとっても頼もしいよ」

「そんなふにゃふにゃ具合じゃどっちを選んでも嫌われちゃうニャ? しっかり納得のいく答えを出せるよう、一同応援してるニャン」

 

 そう言うとリズは塀を降り、晴れかかった朝霧の中を戻っていく。

 

「待ってよぉ~~リズぅ、ひとりにしないでくれよぉ~~~……」

 

 主の情けない声を尻目に、小さな従者は立ち去って行った。正直リズとしてはちょっぴり心配だったのだが、『過保護になりすぎるのもよくない』とマービンに釘を刺されていた。

 

 

 

 昼。時間はどんどん過ぎていくが、イーサンの胸の中はぐちゃぐちゃしたままで一向に片付いていかない。ビアンカとフローラ、どちらと結婚したいかなんて、選べない。どちらもイーサンにとってとても魅力的な女性なのだ。……でも選ばなくてはならない。そうしたら彼女らのどちらかは必ず、傷付くこととなる。

 

 道行く人の視線が刺さる。ルドマン氏の言った通り、イーサンが邪悪な魔物使いであることは誤解であるという知らせは行き届いているようだったが、それでも市民たちの疑念がすべて晴れたわけではないのだ。

 

 ……そんな自分がもしフローラと結婚するとなったら、少なからず非難されるのではないだろうか? ふとそんな考えを巡らせる。自分は良い。人に白い目で見られるのは今回の件を経て割り切ることができるようになった。しかしフローラは嫌がるかもしれない。そして由緒あるルドマン家の名に、泥を塗ってしまったら?

 

「……ルドマンさん、先入観を捨てるって、めちゃくちゃ難しいじゃないですか……」

 

 家柄が家柄なだけに、周りの目がどうしても気になってしまう。

 こうしてイーサンの思考は一巡し、ドツボにはまっていくのだった。

 

 

 

 答えが見つからないままさらに数時間ふらふらと歩いていると、なんとフローラとばったり出くわした。

 

「「あっ……」」

 

 彼女は桃色と白の二色を基調とした落ち着いたワンピースを身に着けていた。

 

「……やあ」

「イーサンさん……その、調子はいかがですか?」

「うーん……まずまず」

 

 それから何気なしに、ふたりで歩くこととなった。結婚の件は話題に挙がらない。

 

「そっか、アンディさん、目が覚めたんだね」

「ええ。父が今朝アルフレッドさんに事情聴取をしたところ、どうやらアンディさんを襲ったのも彼の仕業だと分かったみたいで……。お詫びもかねて、お見舞いに行ってきたところです」

「なるほど……」

 

 火山に赴いて全身打撲。妙な矛盾の正体は悪辣な策略だったというわけだ。

 

「ルドマンさんは?」

「父は、サラザール邸を訪問している頃かと思います。彼のお父上殿と、色々お話ししたいそうで。……きっと父は、今回の騒動をいち早く治めようとしてくれているのですわ」

「そうだね……感謝しないと」

 

 それはきっと、自分たちのためだ。フローラ、ビアンカ、それにイーサンが心置きなく自分たちの道を選択できるように。周囲のごちゃごちゃしたことをまとめようとしてくれている。

 

「あ、ここまでで大丈夫ですわ」

「そう? 帰り道、わかる?」

「も、もうイーサンさん。わたくしだってそこまで方向音痴じゃありませんっ」

「あはは、ごめんごめん。じゃあ俺はもうちょっとその辺を歩いてくよ。日没までまだ時間あるし……」

「あ……」

 

 言ってから気付く。そう、決断の時間は迫ってきているのだ。

 

「あの、イーサンさん」

「……なに?」

「ビアンカさんは、貴方の古い友人、なのですよね?」

「うん。一応……幼馴染」

「そうですか……」

「そういえば、ビアンカは?」

「お屋敷でゆっくりしていられるかと思います。お怪我はひとまず治りましたが、疲れが残っているそうで」

「そう、だよね」

 

 ビアンカが屋敷から出ないのは疲れだけだろうか? 根拠も無しにそんな疑問に駆られる。彼女は今、何を思っているのか。イーサンはわからない。ただそのことを思うと、またも心が締め付けられる。

 

「……わたくしは、ビアンカさんを選ぶべきだと思います」

「え?」

 

 フローラが突然そんなことを言うものだから、イーサンは面食らってしまう。

 

「幼馴染だと聞いて納得しました。きっとわたくしが知らない、おふたりで歩んだ軌跡、過ごした時間があるのですね。……それを無下にするのは、とてももったいないことだと思います」

 

 フローラは淡々と告げる。

 

「わたくしの気持ちも、その……昨日聞いていただいた通りです。でも実は嬉しいのです。わたくしが、貴方と数えるくらいしか言葉を交わしたことのないこのわたくしが……、貴方の昔からの付き合いであるビアンカさんと同じ土俵に立てているのですから。貴方が、今も必死に迷ってくれているのですから。とても光栄なことです。それだけで……充分ですわ」

 

 ビアンカと冒険した日々を思い出す。

 幼いころレヌール城を探検したこと。山奥の村で再会して、絶望していた自分を励ましてくれたこと。洞窟の中から滝を見て、一緒に笑ってくれたこと――。

 

 フローラの言う通り、ビアンカは自分にとって大きな存在になっていた。自分のこれまでの人生は、彼女なしでは語れない。

 だがフローラを見ると、胸に刺すような痛みが広がる。

 

「……悩ましいな」

「いいえ、悩むことなどありませんわ。わたくしはもう――」

「悩むよ。そんな顔で言われたら」

「……!」

 

 彼女の表情は、先ほどの澄ましたセリフとは何も一致していなかった。『それだけで充分だ』と満たされている様子はどこにもなく、令嬢らしい優雅で余裕な佇まいも全く見えない。そこにはただ、板挟みの想いに苦しみ、怯える女の子の表情があった。

 

「あ、あの、わたくし……!」

「ごめんよ。俺も精一杯悩ませてもらう。今すぐ答えは出ないけど、必ず出す。だから……日没までもう少し、屋敷で待っててほしい」

「……はい。お待ちして、おりますわ……」

 

 フローラはとゆっくりと屋敷に向かって去っていく。

 太陽は、山の向こうに沈みつつあった。

 

 

  *  *

 

 

 サラボナ唯一の診療所では、全身に包帯を纏ったアンディがベッドの上から出迎えてくれた。

 

「それはまた、とんでもないことになっていますね、イーサン殿」

「ごめんない、俺の変な話に付き合ってもらって……」

「いいんですよ。さっき見舞いに来てくれたフローラ嬢もなんだかおかしな様子だったし、何事かとは思っていたんです。それに、長いこと寝込んだままだとどうにも退屈で」

 

 フローラの前であんなことを言ったにも関わらず結局ひとりでは答えを出せなかったイーサンは、藁にも縋る思いで彼の元を訪れたのである。見舞いとは名目も甚だしい。

 

「……それで、フローラ嬢とその幼馴染の彼女、ふたりに迫られて困っているのですね。はは、羨ましい限りです」

「自分でも……贅沢なことで悩んでる自覚はあります……。でも、どうしても、わからなくて」

「わからないというのは、自分の気持ちがですか?」

「はい……。俺は、情けないことに、選びたくないと思ったんです。片方を選んで、どっちかが傷付くのを見たくない。みんな俺の気持ちが一番だって言うけれど、それこそが俺の気持ちなんです。フローラさんのことも、その、好きだけど。今までの人生の多くを支えてくれたビアンカの気持ちも裏切りたくない。義務とか責任とかじゃなくて、彼女が大切だから、なんです……」

「難しい問題ですね。……ふと思ったのですが、逆だとどうなりますか? フローラ嬢が君の思い出を支えた幼馴染で、ビアンカさんは知り合ったばかりだけどとても魅力的な女性。そうなっても君は、幼馴染と過ごした時間を大切にしますか?」

 

 イメージしてみたが、うまくまとまらない。アンディの視線が刺さる。

 

「えっと……?」

「ではもうひとつ質問をしますね。実はボクはフローラ嬢と幼馴染なんです。家柄の関係で接点はほとんどありませんでしたけど、昔はよく遊んだりもしました。イーサン殿。今の話を聞いて、フローラ嬢はボクと結婚するべきだと思いましたか?」

「あ……」

 

 一瞬、それが一番なのではないかと思った。しかし――

 

「はい。()()()()()()()()()

 

 確かにおかしな話である。それではまるでビアンカもフローラも関係なく、幼馴染かどうかが重要みたいではないか。

 

「もちろんそういった、過去の積み重ねを大切にするのも正しいことです。しかし今の君を取り巻く状況はあまりにも複雑だ。比較……っていう言葉は少し不適切かもですが、全くタイプの違う彼女たちを選ぶには比較の仕方にも工夫が必要かと。より悔いのない選択をするなら、先入観も人の目も、自分の過去すら脱ぎ捨てた丸裸な気持ち。それを探るのが良いのではないでしょうか」

 

 イーサンは考える。あらゆるものを取り除いた率直な気持ち。その気持ちを持って彼女たちを見ることが、果たしてできるのだろうか。

 

「あ、すみません偉そうに。ボクだって若輩者です。どうか深く考えず、参考程度に思っていただければ」

「いえ、ありがとうアンディさん……。でも、やっぱ難しいですね、あはは」

 

 それでも、イーサンは逡巡しているようだった。泳ぐ目が、彼の心を表している。

 

「……イーサン殿。君は旅人なんですよね?」

「え、そうですが……?」

「君が何を目的としているかはわかりませんが……。()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 泳いでた瞳が、ぴたりと止まる。

 

「いえ、まだ……終わり、は、しない、です……」

 

 ふたりの青年はそれ以上何も語らなかった。イーサンは横たわる彼に一礼し、診療所を飛び出していった。窓の外では、夕暮れの空も黒く染まりつつあった。

 

「……ええ、そうですよね。知っていましたとも。健闘を祈ります、イーサン殿」

 

 

  *  *

 

 

 広間の大きな窓から覗く空は闇に落ちていた。

 イーサンの前にはふたりの女性がいた。今から、彼女らのどちらかを選ばなくてはならない。

 

 手に持った小箱を見つめた。そこに入っているのは『水のリング』だ。もともと、花婿候補が集めたふたつのリングはそのまま婚約指輪になる予定だったらしい。イーサンがこの指輪を誰に渡すかで、結婚相手が決まる。

 

 肩越しに後ろを振り返ると、ルドマン氏と、メイドのアイナ、それから魔物の仲間たちがこちらに注目していた。ルドマン氏はゆっくりと頷いてくれた。“君の気持ちを尊重する”と、彼が言ってくれたことを思い出す。それを受けて、イーサンは前を向き直った。

 

 

 

 フローラを見た。

 昼過ぎに見せた表情をまだ引きずっているようで、震える瞳と目が合うときゅっとそれを閉じてしまう。でも彼女は、街外れの坂道で初めて会ったときからずっと純粋で、素直な言葉と気持ちで接してくれた。彼女の想い、自分を好きでいてくれていることと、身を引こうとしてくれた葛藤も、偽りはないのだと確信している。

 

 そして、ビアンカを見た。

 目が合うと、彼女は薄く微笑んだ。目元にアザが少し残っているが、とても大人びた綺麗な笑みだった。しかし彼女はすました風を装っているだけで、おへそのまえで組んだ手が震えているのがわかる。

 

 ……『大切』。アンディの言う、あらゆる枷を取り除いた丸裸な気持ち。それを探った結果、ビアンカに対する自分の気持ちは『大切』。それに尽きた。幼馴染だからではない。彼女の明るさ、前向きでユーモラスで、でもお姉ちゃんとしてしっかりしていて、誰かのために本気で体を張れるビアンカが、何よりも大切である。そう思った。

 

 そっと小箱を開け、歩き出す。……答えは決まっていた。今となっては、この答えは生まれた時から決まっていた気さえする。

 

 

 

「――え?」

 

 

 

 近付く足音に目を開けた蒼い髪の彼女は、小さく驚きの声を漏らす。彼女の目の前に、澄んだ輝きを放つ指輪が差し出された。

 

「……うそ。本当に? 本当にわたくしで、いいの?」

 

 イーサンは片足を下げ、跪いた。全てを忘れ、過去も未来も、旅の目的もなにもかもを忘れ、言葉をかける。

 

「どうか、俺と結婚してください。貴女と、ずっと一緒にいたい」

 

 それが彼女に対する、イーサンの丸裸な気持ちだった。ただただ、『一緒にいたい』。優しくて素直で、可愛らしく笑う彼女の隣を歩き、色々なことを話したい。それこそが、出会った時から一度も変わったことのないイーサンの気持ちである。

 

「……っ!」

 

 フローラの震える手が伸ばされる。その手はあまりにもか細く、触れれば壊れてしまいそうなほどだ。

 

「わたくしは……守ってもらうことしかできない女ですのよ……? それでもわたくしを、選んでくださるの……?」

 

 出会ったばかりで、彼女との思い出らしい思い出もない。だが、“旅はここで終わりはしない”。思い出ならこれからたくさん、いくらでも作っていける。

 

「うん」

 

 そっと彼女の手を取り、指輪を握らせた。ぬくもりが伝わる。きっと自分の体温や震えも、彼女に伝わったのだろう。

 

 拍手が起こる。広間にいた誰もが、イーサンとフローラに祝福の拍手を送っていた。しかしふたりの耳にはそれは届いていなかった。丸裸な気持ち同士がぶつかり合って柔らかく溶けていく。ふたりだけの世界がそこにはあった。

 それだけで充分だった。

 

 

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