蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
『結婚ワルツ』流しながら書きました。楽しい(満足)。
イチゴころころです。こんばんは。
原作ゲームでの決断前夜、ビアンカが「なんだかねむれなくって」みたいなこと言っているのに対しフローラは普通に寝てるのなんかちょっと面白いですよね。
陶器のカップに紅茶が注がれていた。ほのかに果実の香りがする。イーサンは紅茶に詳しくなかったが、それがきっと高級なものであるということは分かった。カップを持ち、口に運ぶ。しかし、今まさに飲もうと口を付けた時には、中の紅茶は先ほどの半分も入っていなかった。
「……?」
「――小首傾げてんじゃねぇーっ! 零し過ぎだ! どんだけ緊張してんだお前!! ほら立て、早く! ああ、よかった……! 召し物は汚れてない……! イーサンお前なに突っ立ってんだ! いや違う手伝うな! テーブルは俺が拭くからあっち行ってろ!」
「……ヘンリー、うるさい。もう少し落ち着いてくれないか」
「お前が言うなぁーーー!」
ルドマン邸でのプロポーズから4日。今日は待ちに待ったイーサンとフローラの結婚式である。
「……ていうか、俺は零してない。船が揺れたんだ」
「そんな事実はねぇ。まったく。嫁さんも手鏡割ったみたいで、さっきマリアが慌ててたぞ。夫婦そろって動揺しすぎだろう。まあお前らしいっちゃお前らしいが」
「まだ、夫婦じゃない。結婚式は、これからで……」
「数時間後には夫婦だ。誤差みたいなもんだろ」
「……」
「わーったわーった! そんな怖い顔をするな! こだわりたいんだな! わかるよ、……俺もそうだったしな」
この数日間は激動の毎日だった。晴れて結ばれたイーサンとフローラのために大急ぎで結婚式の準備が進められた。もともとアルフレッドが勝手に進めていた話があり、ルドマン氏がそれをごく自然な流れで乗っ取った、もとい乗っかった。そのせいか予想以上のペースで準備が整っていった。これに関してはアルフレッド様様と言える。
件の彼だが、父親であるサラザール氏が息子の暴挙に対し、病床の苦しみも吹き飛ばす勢いで激怒したらしい。そのまま氏は息子を勘当、最低限の旅装と資金を持たされサラボナの街を追放されたのが2日前のことである。街を追い出されることへの痛みをイーサンは知っていたが、残念ながら同情はできなかった。それでもまあ、道中で魔物のエサにならないことくらいは祈ろうと思った。
結婚式の準備にはビアンカも積極的に参加してくれた。各方面への連絡や報告、業者への根回しなど、彼女のフットワークの軽さとコミュニケーション能力が大活躍したらしい。イーサンはイーサンで服の採寸、挨拶回りなどで忙しかったため、彼女とはあれ以来まともに話せていない。
「……」
正直なところ、彼女はこうなることがわかっていたような気がする。
あの日、ルドマン邸の広間で指輪を片手に目配せしたときのことだ。既にイーサンの気持ちは決まっていた。ビアンカはそのとき微笑んで見せたのだ。なんとなくだが、そこで何かが通じ合った気がした。だから彼女は指輪を渡されなかったことに驚く様子はなかったし、その後さっそく挙式の準備に取り掛かろうとするルドマン氏に『私も手伝います』と明るく声をかけられたのだろう。最後の最後まで、イーサンは年上のお姉ちゃんに甘えてしまう形となった。……だが、悩むべき場面はとっくに過ぎているのも事実だ。幸運なことに限りなく後腐れがない形で収まることができている。ビアンカともまたいつか、親友としてゆっくりおしゃべりをする時間を作りたいと思っていた。
「なにやら色々とドラマがあったみたいじゃないか? なあイーサン。落ち着いたらまたラインハットに来てくれよ。もちろん嫁さん……に、これからなるあの人も一緒にな。またお前の話をじっくりと聞かせてもらいたいね」
「いいけど、たぶんこれぶっちぎりの超大作だから。夜通し語り明かすのを覚悟しておいてよ?」
「いいね、徹夜とかわくわくするじゃんか! 楽しみにしてるぜ相棒」
そして今、イーサンは結婚式の会場である『カジノ船』という施設に来ている。本来ならばサラボナの大聖堂で挙式する予定だったのだが、イーサンの持つとある古代魔法の存在が判明したことで話が思いっきり変わってしまった。
プロポーズの翌日、思わぬ空き時間を得たイーサンはふと思い立ってラインハットに“飛んだ”。式の日程は決まっていたのでラインハット王宮の方々、せめてヘンリーとマリアだけでも来てほしいと直々に連絡しに行ったのだ。そしてまた当日迎えに来ると約束をし、サラボナに飛んで帰ってきた。
……その様子、正確には着地の瞬間をルドマン氏に発見され、なんやかんやあって『ルーラ』の存在が明るみに出たのだ。
それを知ったルドマン氏は『もっとすっごいところで式、挙げてみたい!(意訳)』と有頂天になり、なんやかんやあって遥か北東の海に浮かぶ娯楽施設『カジノ船』が会場に選ばれたわけである。ちなみにここも若いころのルドマン氏が投資をして成り立たせた施設であり、この馬鹿でかい船ごとルドマン家の所有物だそうだ。貸切るのも容易なわけだ。世界一の富豪の力は未だ底知れない。
「なあヘンリー、髪形乱れてないよな? あとこの服似合ってるよな?」
「それ何回目だ。大丈夫だからいい加減シャキっとしやがれ。……もうすぐだぞ」
「うそ、だろ……」
「はあ、だめだこりゃ。まあいいや、どうせ始まったらなるようになるだろ」
本当に大変だったのはそれからで、なにせルドマン氏の思い付きで会場が変わってしまったのでみんな大慌てだ。式の段取り、会場設営の云々がまるで変ってしまう上に、なまじ話が途中まで進んでいたために各業者が東奔西走、街中がてんてこ舞いになった。元凶たるルドマン氏が連絡役のビアンカに2時間余り説教される様子が昨日、フローラによって目撃されている。
思い付きの余波は当日の朝まで続く。参列者や業者、遠方からの招待者をこの会場に運ぶためにイーサンはおびただしい量の魔力をルーラの宝玉に注ぐこととなった。最初の一回はルドマン氏の記憶と魔力をもとに詠唱したが、そこから先はイーサンのピストン運動だ。ばびゅんばびゅーんという特徴的な発動音が今も耳に残っている。世界広しと言えど、関係者全員を自ら会場に送り届けた花婿はイーサンだけだろう。これに関しても、ルドマン氏が花嫁フローラに説教される様子が今朝、マリアによって目撃されている。
そんな激動の日々を乗り越え、イーサンは今ここにいる。あまり実感がないなとは思っていたが、紅茶を零したりひたすら髪形が気になったりする辺りどうやら平常ではないみたいだ。
「じゃあ俺は一足先に上に行ってるぜ。時間になったら迎えが来るだろうから、それまで落ち着いて待ってろよ?」
「……善処するよ」
「ははっ。お前の晴れ姿楽しみにしてるぜ、色男」
そう言い残してヘンリーは控室を出ていった。上の階からは人々のざわめきが聞こえるが、とても静かになったように感じた。
「……ふぅ」
懐から紙切れを取り出した。サンタローズの洞窟で見つけた、パパスからの手紙だ。旅をする中で何度も読み返し、イーサンはその内容をほとんど暗記してしまっている。
……式の参列者の中には、ルドマン氏はもちろんフローラの母であるルドマン夫人の姿もある。挨拶回りの時に初めて顔を合わせたが、彼女もまた娘の結婚に喜びを表していた。そんなフローラの両親のことを見ていると、この場に自分の肉親がいないのが少し寂しく思えた。父は故人、母は行方不明なのだ。結婚は人生で一番の転機。自分の晴れ姿を、父と母にも見せたかった。イーサンはそれだけが心残りだった。
「母さん、どうか、どうか待っていてください……。必ず、俺の成長した姿を見せますから……」
もともと、ルドマン氏の所有する『天空の盾』を巡って始まったこの一連の騒動。天空の勇者を探し出し、母を助ける。その目標は当然変わりない。そして……もうすぐ自分の妻となる彼女を、自分が愛した女性だと胸を張って紹介するのだ。イーサンは改めて決意し、手紙をしまった。
「イーサン様、お時間でございます」
ドアの向こうから声がする。いよいよだ。イーサンは大きく息を吸い、部屋を後にした。
* *
甲板に出ると、参列者の視線が一斉に集まった。思わず肩が強張ったが、彼らは拍手で迎えてくれていた。いつも人の目を気にして旅をしていたが、この注目は、気分の悪いものではなかった。
人だかりの間に道ができていた。まっすぐ甲板の先まで続いている。ヴァージンロードというやつだろう。イーサンは高鳴る心臓を抑え、ゆっくりと歩いていく。
祭壇に辿り着く。フローラの姿はまだない。話では、このあと花嫁が父ルドマンと共にヴァージンロードを歩いてくる段取りとなっていた。もどかしい気持ちを紛らわすために、少し辺りを見渡す。
大多数がルドマン家の関係者だろう、イーサンの知り合いはほとんどいなかった。ヘンリーとマリアが仲睦まじく並んで立っている。ヘンリーはもう既に涙目だった。その後ろにはアンディの姿が。無理をして来たのだろう。大きな松葉杖を持って、従者らしき人に支えてもらっている。2階のテラスからは、リズたちが顔を覗かせていた。流石に騒ぎになっては困るからと、彼らにはテラスからひっそりと祝ってもらうこととなっている。当人たちは満更でもなさそうだ。ロランが高く跳ね、慌ててトレヴァに押さえ込まれた。その様子を見てイーサンは不覚にも笑ってしまう。
……そしてビアンカの姿も見つけた。彼女は祭壇から少し離れた場所、甲板の縁に背を預けながら拍手を送ってくれていた。彼女は大きな目を細め、唇を動かした。“肩の力抜きなさいな”。それから悪戯っぽく舌を出した。本当の本当に、彼女には敵わない……。
やがて船の後方から歓声と拍手が聞こえてくる。花嫁の入場だ。人々の視線が一斉にそちらを向く。人だかりでイーサンからはまだ何も見えない。しかしそれもわずかな間のことで……。
「……ぁ」
道の先に、彼女はいた。
純白のドレスに身を包んだ彼女は、祭壇の下から優しい微笑みを投げかけてくれていた。ヴェール越しの瞳はまっすぐイーサンを見つめ、束ねられた蒼い髪は海風に撫でられきらきらとなびいていた。頬が若干赤い気がするのは、化粧のせいだけではないだろう。
――綺麗だ。そう思った。サラボナの街角で会ったときからずっと感じていた。彼女は美しい。それに、どこか懐かしさすら感じる。その魅力こそ、イーサンの心を惹き付けてやまないのだ。
そして花婿と花嫁、ふたりは祭壇に並び立った。
神父が口を開く。
「おお、神よ。この良き日、良き場所に、この花嫁と花婿が導かれました。このふたりの出会いをどうぞ……祝福してください」
船上が静まり返る。誰もがこのふたりの、人生で一番大事な瞬間に注目していた。
「さあそれでは……おふたりの誓いの言葉を」
ふたりは向かい合った。フローラと目が合う。その上目遣いに吸い込まれてしまいそうになる。とめどなく高鳴り続ける鼓動を感じつつ、イーサンは神父の声に耳を傾けた。
「汝、イーサンはフローラを妻とし……、健やかなる時も病める時も、その身を共にすることを誓いますか?」
ゆっくりと息を吸う。答えるまでもない言葉だが、大切に大切に、声に出した。
「……誓います」
フローラの瞳が震え出すのが見て取れた。ここ数日で気付いたことだが、彼女は感極まるとそれを全部表情に出す癖がある。それを必死で抑えているように見えて、その様子がとても愛おしく思えた。
「汝、フローラはイーサンを夫とし……、健やかなる時も病める時も、その身を共にすることを誓いますか?」
彼女は目を閉じた。一拍置いて、ゆっくり開かれる。もう、瞳は震えてはいなかった。
「はい。誓います」
その短い言葉を聞き、言葉にできない感情がイーサンの全身を駆け巡る。何とか堪えたが、感情を抑えきれていなかったら自分はこの場で爆発か何かをしていた気がする。フローラのことを言えたものじゃない。そんな自分がおかしくてたまらなかった。
神父の言葉に従い、指輪の交換が始まる。フローラは燃えるように輝くリングをイーサンの指にはめ、イーサンは碧く透き通るようなリングをフローラの指にはめた。リングから伝わる温かさが、お互いの気持ちを表しているようだった。
「それでは……、神の御前にて、ふたりが夫婦となることの証をお見せなさい。さあ、誓いの口づけを……」
ヴェールに手をかける。手がありえないくらいに震えていた。フローラがその手を一瞥し、優しく微笑む。そして静かに目を閉じ、愛する男性に身を委ねた。彼女がすべてを託してくれたのを感じ取ると、イーサンの心は凪ぐように落ち着いていった。彼女との大きな約束を、この場でしっかりと結ぶのだ。
唇が重なる。
たくさんの想いを受けて不器用に進んできたイーサンの恋路が今、ひとつの終着点を迎えた。
花火が揚がった。船上は歓声と拍手に包まれ、神父も笑顔で祝福の言葉を述べ始める。イーサンは唇を離し、改めて彼女の顔を見た。フローラは何を言うでもなく、ただただ幸せを噛みしめるようにこちらに笑顔を向けていた。
ふたりは手を繋ぎ、ヴァージンロードを降りていく。たくさんの祝福の言葉が投げかけられた。号泣するヘンリーを支えながらマリアが声をかけてくれた。ビアンカはなんと縁の上に立ち、笑顔でおめでとうと叫んでいた。見たこともない高さで飛ぶ宝石袋が、視界の端に映った。
多くの祝福に包まれながら、突然船が小さく揺れた。ここは海上、少し大きな波がぶつかってきたのだろう。人々は若干どよめく程度だったが、緊張と興奮で浮足立っていたイーサンは思わず膝をついてしまう。……さすがに恥ずかしかった。これじゃあ締まるものも締まらないなぁと心の中で頭を抱えていると、フローラが身を屈めて手を差し伸べてくれた。
「――大丈夫ですか?」
言葉を失った。
今まで何度も見てきた“船上の夢”。ぼんやりとした姿で語り掛けてくれた夢の中のあの少女が、目の前の花嫁と完全に一致する。そしてそれに呼応するように、朧げに描かれた記憶がゆっくりと整えられ、夢の少女の姿がはっきりとした輪郭を帯びていった。それは蒼い髪の女の子。差し出された幼い手の向こうには、優しげな蒼い瞳と大きなリボンが見えた。
――そうだ。この手だ。あのときも俺は、この手を握り返すためにと無限に勇気を振り絞ったんだ。その子を笑顔にするためにと、小さな体を奮い立たせて立ち上がったんだ。
花嫁の手を握る。お互いの指にはめられたリングが、陽の光を受けてきらりと輝いた。
「君……だったんだね、フローラ」
彼女は一瞬きょとんとした顔をするが、すぐに笑顔になった。
フローラが声を上げて笑う。まるで陽の光と一緒に、世界中の幸せがその身にすべて集まったかのように、無邪気に笑い声を上げ続けた。
小さく浮かんだ涙を拭いながら、彼女は応えた。
「……気付くのが、遅すぎですわ」
* *
離れていく港を、幼い少女はぼんやりと見つめていた。
――あまり端に行き過ぎては危ないよ。
父に声を掛けられ、彼のもとに駆け寄る。父に尋ねてみた、“あの子”はどこへ行くの、と。
――彼らは旅人だ。どうやら人探しをしているようだが……幼子を連れての旅は過酷だろうに。きっととても大切な旅なのだろうね。
では、もう会えないのだろうか。不安に思った少女は再び父に尋ねる。
――旅人とは、とても不思議な人たちなんだ。もう二度と会えないかと思えば、ある日突然、その辺の道端で会うことだってある。お前が良い子にしていたら、いつか神様が導いてきてくれるかもしれないね。
じゃあ、良い子になります。そう父に約束した。父は嬉しそうに笑うと、大きな手で少女の頭を撫でた。頭のリボンが揺れる。それから少女はもう一度、彼が降りていった港の方を見た。豆粒くらいに小さくなった港を見つめながら、幼い手を胸の前で組む。彼と手を繋いだ時のぬくもりがまだ残っているような気がした。
「かみさま。いつかまた、あえますように――」
第2章 人生最大の決断 ~fin.~