蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
こんばんは。諸事情により徹夜明けです。イチゴころころです。
山奥の村といえば……アレですよね? え、違う?
ビアンカが洗濯物を畳んでいると、奥の部屋からイーサンが戻ってきた。
「ダンカンさんも変わらずで何よりだよ。俺、病気のこととかあまり詳しくないんだけど、良くなってはいるの?」
「どうかしら……。でも少しずつ体力も戻ってきているし、そのうちサラボナに行って医者に診てもらおうって考えてるわ」
「なるほどね。……あれ、フローラは?」
「あそこ」
ビアンカが部屋の隅を指さす。フローラは角にひっそりとうずくまっていた。いつものワンピース姿にいつの間にか戻っていて、テーブルの端には昼間買った旅装が畳まれて置いてある。
「イーサンさん……言いたいことは分かります……。わたくしは何の役にも立てない、無能な女ですわ……」
「ずっとこんな感じよ。まったくもう、昨日までお嬢様だったフローラさんを急に連れ出すなんて、さすがに可愛そうよ?」
ビアンカがじとっとした目線を向けてくる。
「い、いや……これにはワケがあってさ……」
「どんなワケでも結構。こんなとき、声をかけられない夫でどうするの?」
「でもなんて声をかけたら――」
「だーもうっ! 結婚までしてそんなナヨナヨしいこと言わないでよ! 胸張って、気持ち伝える! おわり! さんざんやってきたでしょうが!」
ビアンカの言葉が刺さる。経緯が経緯なだけあって、一言一言の重みが違う。イーサンは意を決して、彼女に声をかけてみた。
「フローラ? なあフローラ。大丈夫だって、背中を焼かれたことは怒ってないし、気にしてもないから」
「うっ……」
ぐさぁという効果音が聞こえてきそうなほどフローラが狼狽え、ビアンカは頭を抱えた。……ってか何よ背中焼いたって、どんなことしてきたの本当。
「大丈夫。また明日練習しよう? 今度は俺も背後に注意するし、心配せずに練習してくれて構わないから。あと、燃え移りそうな場所も避けるから」
「うぅ……」
イーサンの言葉が着実にダメージを与えているのが目に見えるようだった。見かねたビアンカは彼の首根っこを掴んで引き離す。
「やめなさいよもう、見てらんないわ。はあ……、さっきリズにゃんたちがカイルさんのところにお邪魔しに行ったから、迎えに行ってあげて」
「え、ええ?」
「下の畑の近くのとんがり屋根の家よ。マービンがすっかり仲良くなっちゃって、夕飯にお呼ばれしたの。せっかくだからキミもカイルさんと話してきなさい」
「いや、なんだって俺が……」
「いい? キミは女心を学びなさい。これ、私からの課題ね。どんな事情があったかは知らないけど、この先もフローラさんと一緒に旅をしたいのであれば、それは必須科目だからね? わかった?」
「でもじゃあフローラは……」
「いいから行きなさいって。今回だけサービス、お姉ちゃんが丸くおさめたげる。ほら、行った行った!」
イーサンを半ば締め出すようにカイル宅へ向かわせ、ビアンカは短い溜息をつく。
振り返ると、隅でうずくまる蒼い髪の女性が目に入る。フローラはどんよりとした負の空気を纏い、放っておいたら床の隙間に溶けて消えていってしまいそうだった。
「フローラさん、何があったの? 話してみて?」
「わ、わたくし……」
ぽつぽつと、彼女はこれまでの経緯を説明した。
「――と、言うわけなのです……」
「あっちゃあ……。なるほどね。背中を焼いたってそういうことか。ようやく腑に落ちたわ」
「わたくしは……イーサンさんを傷つけてしまいました……。すぐにトレヴァちゃんが手当てをしてくれたから良かったのですが……。それだけではありませんわ。わたくしは、結局何の役にも立てなかった。せっかく服を選んでくれたのに、わたくしのために、良い旅ができるようにって……でも……うぅ」
フローラがテーブルの上を一瞥する。視線を追うと、畳まれた旅装が目に入った。イーサンがフローラのため選んだという旅装。まだ汚れもほとんど付いていない小綺麗なそれは、心なしか寂しそうに見えた。
「わたくしには、あれを着る資格なんて……、いえ、いえ。そもそもイーサンさんと旅をする資格すら……」
ずるりずるりと、彼女の気力が目に見えて沈んでいく。ビアンカは少し考え、フローラの両肩に手を置いた。いや叩きつけた。結構な勢いで。
「フローラさん!!」
「ふ、え、はいっ!?」
「お風呂行くわよ!!」
「ええっ!? はいっ!! えぇっ!?」
この村には温泉が湧いている。宿屋が管理している村人憩いの場だ。温泉の成分は体に良く効くとの評判があり、ダンカンの療養にこの村を選んだ理由のひとつでもあった。しっかり宣伝などをすれば観光地としてそこそこ繁盛しそうだが、スローライフを地で行くここの住人にはそのような発想はないらしい。
「わあ……!」
バスタオルに身を包んだフローラは寒さも忘れ、岩場の隙間から覗く澄んだ水面と湯煙に釘付けになっていた。
「どう? さすがのルドマン家にも、ここまでのお風呂はないでしょう?」
「ええ、ええ! すごいです、わたくし、天然の温泉なんて初めて見ましたわ!」
「ふっふーん、そうでしょそうでしょ」
ビアンカは得意げに鼻を鳴らし、バスタオルを脱ぎ捨てじゃぶじゃぶと温泉に入っていった。
「え、あ、あの、ビアンカさん……!?」
その堂々たる振る舞いに、フローラは目を丸くする。
「気にしなくていいわよ? ここ本当は混浴だけど、この時間には誰も来ないから」
「え、こ、混浴なのですか!?」
「ふふ、だから大丈夫だって。こんな夜更けにはみんなそもそも家から出てこないもの。だから私はよくこの時間帯を狙って入るの。ばったりハプニングなんて今までなかったから、心配しなくていいわ」
それとこれとは話がちがうのですが……と、フローラはバスタオルを取らずに温泉に足を踏み入れた。じんわり。体の奥深くまで染み渡るような温かさに、心が穏やかになっていくのを感じた。
そして、冷静になって思い返す。先ほどビアンカ宅で喋ったことを。イーサンに服を選んでもらったことや、ここに来るまでにあったこと。それは所謂“のろけ”というものである。しかも相手は、自分と同じくイーサンを想っていた女性。花嫁候補として、フローラと競い合った相手なのだ。
「(わ、わたくしは何てことを喋ってしまったのでしょう……。落ち込んでいたとはいえ、こ、こんなのまるで当てつけじゃない……! 最低だわ、わたくし……)」
浮きかけていた気分が一気に降下し、それに合わせてフローラの姿勢も落ちる。ばしゃり。頭の半分以上が湯船に沈んだ。
「ちょっとフローラさん大丈夫!? うーん、温泉じゃあ元気になれなかったかな…?」
「ぷあっ……! だ、大丈夫です。えっと、そうではなくて……」
「そうではなくて……何?」
首を傾げるビアンカの視線がぶつかり、目を逸らす。
「えっと……わたくしと、イーサンさんのことで……」
「……うん」
「その、なんて言ったらいいか……」
「……先に言っておくけど、謝ったりしたら怒るわよ?」
「……っ!」
フローラもそんなことは分かっていた。だがビアンカの鋭い言葉を受け、不覚にもぎくりとしてしまった。
「あ、あの……うぅ……ごめんなさい」
「はあ……なんだか、アナタがあいつと気が合ったの、わかる気がするわ……」
「え……?」
「だって似てるもん、キミたち」
ビアンカが口角を上げ、悪戯っぽく笑う。
「胸を張りなさいよ、フローラ。アナタはあいつのお嫁さん。私はあいつの幼馴染。でもそれだけよ。肩書きに囚われて、居心地が悪くなっちゃうなんてもったいないわ」
彼女はすいすいと、空を見上げながら泳ぎ始めた。
「私も、イーサンも、なんだかよくわからないけど割り切ることができた。だからアナタも、過ぎたことは気にせずに胸を張ってあいつの隣を歩いてちょうだい。そうでもしてくれないと、私の調子も狂っちゃうわ」
フローラは俯いて、彼女の言葉を噛み締める。
「……ありがとう、ビアンカさん」
「呼び捨てで良いわ。知ってた? 実は私たち、もうとっくにお友達なのよ」
「ふふ、そうね。……ビアンカ、貴女に会えてよかった。わたくしは本当に、素敵な出会いに恵まれてるわ」
「ふふんっ、そうこなくちゃ!」
ビアンカは立ち上がり、再びフローラの隣に来る。後ろから肩を掴まれ、フローラは思わずどきりとする。
「さあ、今一度聞かせてもらうわよ。イーサンの背中焼いたって話。さっきは空気読んで堪えたけど、そのネタかなりの爆笑ものよ? もう一度丁寧に話してもらえるかしら?」
「も、もう! そんな笑い事じゃありませんわ! わたくしは危うく夫を丸焼きにしかけたのですよ! しかも結婚して3日目で!」
「あっはっはっはっはっはっは!!」
ビアンカはお腹を抱えて笑い、フローラの白い肩をばしばしと叩いた。
「痛い、痛いです!」
「ごめんごめん! え、それで? イーサンの報告次第では一緒に旅に出られなくなるんだっけ? ルドマンさんの課題なんだよね、ここに来たのも」
「そ、そうです……。これはわたくしが、ちゃんと旅に付いていけるかを示す試練。夫と林を焼きかけたと知られたら、きっと旅には出させてくれませんわ……」
「親って過保護だよね本当。でも大丈夫なんじゃない? イーサンのことだし、そんなフローラも許してくれるって。で、なんやかんやルドマンさんを説得しそう。無駄に口が達者だからねあいつ」
「それでは駄目なのです!」
感極まったのか、今度はフローラが立ち上がった。
「それではわたくしが、イーサンさんに甘える一方になってしまいますわ! そんなの嫌なのです。わたくしは、こんなわたくしでも認めてくれたイーサンさんと、共に立って歩くって決めたのです! わたくしは箱入り娘です。父に、アイナに、サラボナのみんなに守られて育ってきた世間知らずの娘です。でももう、守られるだけの女にはなりたくないのです……!」
あまりの迫力に、ビアンカは目を瞬かせる。それから、にやりと笑みを浮かべた。
「いいね、本音が出てきたじゃない。タオル落ちてるのお気付きかしら?」
「え、あ、え!?」
「ダメ、隠すな! うん、うん、いいね。これが温泉の力。ハダカの付き合いの効力ってやつよ。観念なさいフローラ。この場では隠し事は許されないわよ?」
「う、うぅ~~」
それに、とビアンカは彼女の手を握る。
「さっきのアナタの本音、素敵だったわ。前にあいつにも言ったけど、大事なのは気持ち。それを曲げずに前を向き続ければ、いつかは結果が付いてくるって」
「で、でも、いつかでは駄目なのです……。ここで結果を出さないと、わたくしは置いていかれてしまう。ただでさえ、わたくしには旅の知識がないのです。これ以上、過ちは重ねられませんし……」
「うーん……」
しばらく考え込むも、長いこと浸かっていたせいか頭が熱くなってきた。ビアンカは湯船から上がり、岩場に腰掛ける。フローラも彼女を追い、ひとつ隣の岩に座り込んだ。
「思ったんだけどさ。役に立つって、戦い以外じゃ駄目なの?」
「え?」
「例えば、料理とか、身の回りの世話とか。家事の心得はあるでしょ? そういうのでも役に立てればいいと思うけど」
家事の心得はある。父が家のことに手を付けない人間ということもあり、フローラは幼少から母やアイナの手伝いをしてきた。料理に関しては未だに苦手と言わざるを得ないが、洗濯物など一通りの家事はこなすことができる。
「ですが……何度も言うようにわたくしには旅の知識、セオリーなどがわかりません。出しゃばった真似をしてかえって迷惑になってしまったら……」
「ふふ、ねえフローラ。旅のセオリーなんて一体誰が決めたのかしら?」
ビアンカの言葉に、沈みかけていた思考が止まる。
「旅人って、びっくりするくらい自由な生き物なの。私もあいつとちょっとだけ旅したことがあって、そのときに知ったんだけどね。誰にも何にも縛られず、自分の目的を自分のペースで目指していく。そんな旅人っていう生き物が、ルールだのセオリーだの持ち合わせてると思う?」
「た、確かに……。では、それならわたくしも……」
フローラは夜空を見上げ、考えを巡らせる。もっと自由な発想で、自分が役に立てることはあるのだろうか?
「それを見つけるのが、今後の小さな目標かしら?」
「ええ……! わたくし、色々考えてみます。戦い以外でも、わたくしにできることを……!」
フローラが岩の上に立つ。むき出しの肌の間を夜風が吹き抜け、心地よく全身をくすぐった。ビアンカも岩の間を器用に渡り、彼女の隣にやってくる。
「元気になってよかったわ。ハダカの付き合いってのも、なかなか悪くないでしょう?」
「……もう、わたくしは今でもちょっと恥ずかしいんですからね?」
「恥ずかしがることないわ! ほーら隠さない! イイ体しちゃって、このこの~!」
「ちょ、やめてくださいビアンカ! ふふ、あはは!」
フローラに笑顔が灯り、ビアンカはそれを見て安心する。……本当に、世話の焼ける夫婦だわ。
するとそんな彼女らの後方、脱衣所へと繋がる戸が急に開け放たれた。
「へえ、これが温泉か! カイルさんの言った通り、結構趣があるなあ! ビアンカも教えてくれれば良かった、の……に――」
岩の上のふたりが振り返ると、たった今脱衣所から出てきたイーサンと目が合った。当然、今にも温泉に入ろうとしていた彼は生まれたままの姿である。そして美女ふたりに関しても、しとやかにバスタオルを纏っていたのは遠い昔の話である。
イーサンは目を見開いたまま硬直し、フローラはわなわなとその瞳を震わせる。そしてビアンカは落ち着いた挙動で片手を伸ばし、淡々と指先に魔力を集め始めた。
膨れ上がる炎が、一糸まとわぬ3人の肢体を淡く照らす。
「――死ねえぇぇぇえええ!!!!!」
余談だが、村ではこの後半年間に渡り『深夜、温泉に現れる奇怪なヒトダマ』のウワサが大流行したらしい。