蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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イチゴころころです。徹夜した次の夜はとても気持ちよく眠れますね。

 フローラの旅装は水色や藍色で可愛らしく染色された『かわのよろい』みたいなイメージです。それから戦闘時には髪を結びます。私の趣味です。かわいい。




3-4. わたくしにできること

 

 

 翌朝。イーサンがリズたちと共に馬車へ向かうと、旅装姿のフローラが出迎えてくれた。

 

「え、フローラ?」

「おはようございます、イーサンさん。少し、荷台をお掃除させていただきましたわ」

 

 彼女に促されるまま荷台を覗くと、そこには信じられないほど綺麗に整頓された空間が広がっていた。

 

「奥の箱にはそれぞれ食料、装備品がまとめてあります。薬草などの消耗品はこちらの袋に。衣料などの生活用品はすぐ取り出せるように手前の小さな箱に入れました。毛布などはまとめて隅に置いたので、荷台で休まれる場合は適宜使ってください。あと、貴重品はこっちの頑丈な木箱にまとめました。まだスペースに余裕があるので、今後大切なものが増えても、それに入れてくれればと思います」

「…………」

 

 今までは物資が縦横無尽に散乱しているのが当たり前だったので、イーサンはもちろん仲間たちもあんぐりと口を開けて固まっていた。

 

「す……すごいニャ。この干し草はリズの寝床ニャ? こんなに広々と使えるなんて夢のようニャ」

「オレも知らなかった……。荷台は、こんなにも……広かったんだな」

「すごい……すごいよフローラ! これで薬草とか聖水とかいちいち探さずに済む! ていうかこの馬車こんなに綺麗になるんだな!」

 

 イーサンは大はしゃぎで、フローラの両手を握りながら跳ねていた。

 

「ふふ、お役に立てたのなら良かったです……!」

「どーお? フローラのサプライズプレゼントは?」

 

 声に振り返ると、寝間着にケープを羽織ったビアンカが坂を下ってきたところだった。

 

「おはよ、ふたりとも。お陰で冒険の準備はばっちりなんじゃない?」

「見ろよビアンカ! 俺の馬車がかつてないほど豪華になってる!」

「大げさねぇ。ま、旅しか知らないキミには整理整頓とか無理そうだもんね。フローラにちゃあんと、感謝しなさいよ」

「もちろんだよ! ありがとう、フローラ!」

 

 仲間たちは早速荷台に乗り込み、広く綺麗になった寝床を堪能している。

 

「……良かったねフローラ。ふたりしてハダカを見られた甲斐、あったわね」

「う、そ、その話はやめましょう……」

「あははっ。ねえふたりとも、また暇があったらこの村に寄ってよね。今度はイーサンを縛り付けてから温泉に行きましょ、フローラ。あとこいつ普通にむっつりスケベなところあるから……気を付けてね?」

「言いがかりだ!」

「い、イーサンさんはそんな方では……」

 

 そんなことを言い合いながら一行は旅の支度を済ませ、ビアンカにお礼と別れを告げて去っていった。

 

 遠ざかる馬車を見つめ、ビアンカはため息をついた。

 

「ほんっと似た者同士よね……」

 

 ふと、また三つ編みをいじっている自分の手に気付き、そっと下ろした。

 

「……卒業しなきゃね、私も」

 

 それは癖だ。イーサンはよく知っている動作なのだが、実は他の知人はほとんど見たことがない。なぜなら、それは彼女が特別な感情を抱いた時に見せる癖だからだ。

 

「いってらっしゃい、イーサン、フローラ。私の大切な……友達。またいつか、たくさんお喋りできるといいな――」

 

 ビアンカは踵を返し、家に向かう坂を歩いていく。

 視線は上を向いている。振り返りはしなかった。

 

 

  *  *

 

 

「リズちゃん、ほら、使ったおもちゃはこっちに片付けて」

「うぅ、フローラちゃんが厳しいニャ……」

「ふふふ、大丈夫。慣れてしまえば面倒でもなくなるわ。そうしないと、またすぐ散らかってしまいますわよ?」

 

 そんな会話が荷台の方から聞こえてくる。イーサンは手綱を握りながら、フローラのことについて考える。

 昨日のことについてはイーサンも彼なりに反省していた(湯煙のびっくりハプニングのことではない。それはそれで反省しているが)。旅に出てから数えきれないほど魔物と戦ってきたイーサンにとって、旅に出ることと戦うことは同一のものだった。ルドマン氏に課題を出されこうして湖を目指す道中も、知らず知らずのうちに彼女を『戦力』として数えてしまっていたのかもしれない。……人には得手不得手がある。イーサンが旅人としての生き方しか知らないように、フローラだってお嬢様としての生き方しか知らないのだ。

 そして今朝、フローラはお嬢様なりの、戦い以外での在り方を示してくれた。

 

『キキー!』

 

 前方を飛んでいたトレヴァから合図が入る。『向こうの草原に魔物の群れを見つけた』らしい。昨日であればフローラの練習のためにとこちらから仕掛けに行ったのだが……。

 

「……」

 

 幌をまくり、荷台を覗き込む。フローラはリズを膝に乗せ、にこにこと微笑みながら彼女を撫でていた。

 

「あら、イーサンさん。どうされました?」

「いや……なんだかんだ仲良いねふたりとも」

「そんなんじゃにゃいニャ……。リズはまだ認めてなんかニャァア~~……」

 

 フローラが首元を撫でまわすとリズが秒で屈する。

 

「うふふ、リズちゃん可愛いわ」

「はは、楽しそうでなによりだよ……」

 

 フローラを見る。彼女は旅装ではあるが、頭のリボンは外して髪を下ろしていた。

 昨日はかなり参っていたはずなのに、普通に元気になっている。ビアンカの言う通り『丸くおさまった』のだろうか? 彼女らが何を話したのかは知る由もないが、フローラの今朝の活躍もあったことだし、彼女は彼女で戦う以外の答えというものを見つけたのかもしれないな、とイーサンは改めて納得する。

 

「あの……イーサンさん?」

 

 考えながらじっと彼女を見つめていたので、フローラは顔を赤らめ身をすくませてしまった。

 

「まさか……いやらしいことでも考えているのですか?」

「そ、そんなワケないでしょう!!」

「……むっつりスケベ」

「だから言いがかりだって!」

 

 幌から頭を引っ込め、上空のトレヴァに合図を返す。『魔物は無視! 先に進もう』。

 

 

  *  *

 

 

 湖のほとりを西に進み、ツタの生い茂る密林に入る。馬車は通れそうになかったので、例の如くマービンに留守を任せて徒歩で進んだ。フローラも一緒だ。少し悩んだが、ツボの色を確認することはフローラに課せられた使命である。彼女が一緒でなければ意味がない。道中の戦闘は、彼女に無理をさせないように上手く立ち回ろうと思っていた。

しかしその心構えに反し、何事もなく目的地である祠に辿り着いた。

 

「……魔物、全然いなかったな。ロラン、何かわかるか?」

「高濃度 魔力 感知! 魔物 気配 ナシ! 不思議 ナリ!」

「どういうことでしょうか? 確かにこの密林、静かすぎるとは思いましたが……」

「フローラ、下がってて……。俺たちで安全を確かめてくる」

 

 ここから見る限り祠はそれほど広くはない。民家の敷地くらいの広さに敷き詰められた古いタイルと、その中央に地下への階段があるだけだ。恐らくその階段を下った先に、目的のツボがあるはずだ。しかしその階段も含め、祠全体がおびただしい量のツタで覆われている。もうかなりの年月、放置されていることがわかる。イーサンはツタをかき分けながら階段を目指して進んだ。リズ、ロラン、トレヴァも後に続く。

 

 マッチを一本擦り、ツタの間から地下に投げ入れた。どうやら階段は大きく弧を描いているみたいだった。マッチの灯りはそこそこの距離を落下し、止まる。

 

「結構深いけど、障害物とかはなさそうだな……。あとはこのツタを――」

「マスター! 魔力濃度 増大! 下がる ナリ!!」

 

 ロランの叫びに辺りを見回すと、周囲のツタが蠢いているのが見て取れた。そしてすぐ正面、階段の向こう側にあるツタが膨れ上がったかと思うと、巨大な植物のツボミが姿を見せる。多数のツタを触手のようにうねらせ、眠りを妨げてきた侵入者に明確な殺意を向けてきた。

 

「……簡単に入らせてはくれないってことか! フローラ! 安全なところまで下がるんだ!」

「は、はいっ!」

 

 その号令を合図に、仲間たちも臨戦態勢を取る。ツボミの魔物は触手を動かし、イーサンたちを捕えようと襲い掛かってきた。

 

「防御っ!」

 

 イーサンは『破邪の剣』を振り払い、襲い来る複数本の触手をはじき返した。リズとロランは得意の敏捷性でそれらを躱し、トレヴァは猛スピードで上空へ飛び上がった。

 

「……数が多すぎるニャ!」

「凌げ! 隙を見て反撃する!」

 

 一方、祠から少し離れた気の陰に隠れたフローラは、震える足を押さえつけながら深く呼吸をした。

 

「(こ……怖い。でも……わたくしはわたくしにできることでイーサンさんを支えないと……!)」

 

 懐から一冊の本を取り出す。イーサンが昔から愛用しているという『モンスター図鑑』だ。古の旅人が魔法を以って作成したというその図鑑は、古今東西あらゆる魔物のデータが載っている。そして使用者の近くにいる魔物を自動で感知・検索し、その情報をページに写し出す効果がある。馬車を出るとき、密かに持ち出していたのだ

 

「これが……今のわたくしにできること! あの魔物の弱点を……え?」

 

 しかし、白紙のページをいくら注視しても、その弱点や対処法はおろか、名前すらそこに浮かび上がってこない。

 

「な、なんですのこれ!? 使い方、間違っていないはずなのに……!」

 

 取り乱してばしばしと本を叩くと、うっすらと文字が浮かんできた。『該当なし』と。

 

「え……?」

 

 震える手を尻目に必死で頭を働かせる。この図鑑の著者が見落としをしていなければ、図鑑には世界の全ての魔物のデータが載っているはずだ。しかし『該当なし』。そもそもサラボナの令嬢として、西の大陸に関しては一般人以上の教養があるはずのフローラでさえ、湖のほとりに棲む植物の魔物なんて聞いたことがない。つまり……。

 

「新種……と、言うことですの……?」

 

 そうなれば納得がいく。そして同時に、フローラが持ち出したこの図鑑が全くの無意味であることもわかってしまった。

 

「ど、どうすれば……やはりわたくしも、でも……!」

 

 両手を見つめる。……できるのか。出しゃばってまた迷惑をかけるのではないか。昨日なら良い。失敗しても彼がフォローしてくれた。だが今回は相手が相手だ。もし失敗したら、……生死に関わるかもしれない。

 

 木の陰から前線を見る。イーサンたちは苦戦こそしていないが、防戦一方といった様子だった。攻撃役のリズとトレヴァが主に扱うのは氷属性だが、ツボミの魔物には効果が薄いみたいである。そしてロランの防御と妨害に偏った能力は言わずもがな。イーサンは降りかかる触手を順調に斬り飛ばしてはいるが、末端部分をいくら破壊しても本体にはダメージが届かないようだ。触手を掻い潜り本体であるツボミにダメージをぶつけるには……飛び道具、フローラの扱う攻撃呪文こそが最適なのだ。

 

 ……ならば、やるしかない。腰に吊るした道具入れから昨日買ったリボンを取り出す。それをしばし握りしめてから、フローラは髪を束ねた。

 

「やってやりますわ……。ビアンカ、わたくしに勇気をください!」

 

 

  *  *

 

 

 前日。湯煙のびっくりハプニングの後の事である。再び煤だらけになった破廉恥男を湯船に叩き込み、ビアンカとフローラは家に戻っていた。

 

「すごいねフローラ。“メラミ”が使えるんだ! 私はまだなのに……」

「使いこなせなくては意味がないですわ……。今日は結局、一度も当てることができませんでした……」

「ふうん。そんなに難しいものかな」

 

 ビアンカが人差し指を立てると、小さな火の玉が発生した。初歩の攻撃呪文“メラ”である。お化け退治の時から使ってきたビアンカの得意技だが、“メラミ”ほどの大きさの火球は未だに作れたことがなかった。

 

「“ベギラマ”に使う炎の量で、もうちょっと上手に凝縮できれば私も使えるようになるんだけどな」

 

 そのまま指先を払うと、小さな火の玉は開いた窓から外に飛んでいき、庭にある岩に着弾した。フローラは思わず拍手を送る。無駄のない綺麗な挙動だ。

 

「いや、大げさねぇ。でもまあ、私はこの呪文を外したことはないわよ。“メラミ”は使えないけどね」

「お、教えていただけますか! 何か、コツとかあれば……」

 

 フローラは思わず立ち上がり、ビアンカは目を丸くした。

 

「いえ、さっきはああ言いましたけど……。やっぱりわたくし、戦いでもイーサンさんの役に立ちたくて……旅をする以上、どうしても諦めきれなくて……」

「うーん、コツねえ……」

 

 ビアンカは考えながら、再び指先に火を灯した。

 

「魔力って目に見えないから、扱いが難しいのよね。結構イメージ? みたいなところに頼ることが多いかも。だから強いて言うなら、ボールを投げる感覚かしら」

「ボール、ですか? 確かにわたくしは、幼いころからボール遊びは苦手でしたが……」

「あははっ。運動神経とはたぶん別だから安心して。もっと単純な話よ。ボールを投げるとき、投げたい方向を見るでしょ? それと同じ」

「あ……」

「例えば魔物なら、当てたい魔物をちゃんと見る。目を瞑ってボール投げしたら、運動神経良い人でもきっと外すわよね。そんな感じ。どうフローラ。アナタ、魔物が怖かったんじゃない?」

「う……」

 

 心当たりはある。フローラにとって魔物とまみえるのは初めてのことだった。一歩間違えると死に直結する戦場に、こちらを亡きものにしようと殺意をむき出しにする魔物。ただでさえ魔物に対して排他的なサラボナで育ったフローラが、彼らを恐れないはずがなかった。呪文を当てるべき敵を、今日の自分はしっかり見られていただろうか。

 

「ということは、わたくしもちゃんと敵を見据えて……」

「ま、いきなりは無理でしょ。こればっかりは慣れよ、慣れ」

「うぅ……」

 

 フローラは項垂れる。そしてふと、あることに疑問を抱いた。

 

「ビアンカは、幼いころから“メラ”が使えたんですよね? そのときは、その……魔物が怖くなかったのですか?」

「怖いに決まってるじゃない。お化け退治に出たのなんか8歳よ。我ながら無謀にも程があったわね」

「じゃあ、どうして……」

「え……」

 

 ビアンカは目を逸らし、肩に下ろした髪をくるくるといじった。その癖の意味をフローラは知らない。

 

「……それ聞いちゃう? 私は別に話してもいいけど。ふふっ、さっきのおノロケのお返しにもなるしね♪」

 

 

  *  *

 

 

 フローラは木の陰から飛び出し、祠の入口まで駆けだしていった。

 

「敵を見る……しっかり、見る!」

 

 手のひらを向かい合わせ、魔力を練る。凝縮された炎が渦を巻き、火球が形成されていく。

 

「イーサンさん!」

 

 前線で戦う彼に呼びかける。イーサンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに前を向き直り、襲い来る触手を斬り払った。

 

 ……彼のことを考えると勇気が湧いてくる。ビアンカが教えてくれたヒント。それを胸に抱き、両手の先に巨大な火球を作り上げた。

 

「(足が震える……手も……! でもやるしかない。()()()()()()()。わたくしにできること、それを精一杯やるだけですわ!)」

 

 遥か遠くにそびえる巨大なツボミを見る。ソレは周囲を動き回る侵入者に苛立つかのようにふるふると揺れていた。

 

「……行きます、“メラミ”!! お願い当たってっ!!」

 

 放たれた火球はツタの隙間を一直線に飛び――ツボミの本体に直撃した!

 

「や、やった、やりましたわ!!」

 

 ツボミの魔物は苦しげに体を揺らしたが、まだ倒せたわけではない。フローラはその勢いのまま、再び魔力を練り始めた。

 本体のダメージに合わせて触手の動きが鈍くなり、その隙をついて前線の仲間たちがさらに追撃を加えた。すると魔物は苦しみながらツボミをゆっくりと開いていく。その隙間から見えたのは、どくどくと脈打つ黄土色の器官。フローラは直感で理解した。あれが弱点だ。

 

「このまま一気に行きますわ……!“メ――”!!」

 

 改めて敵を見据えたフローラの目に映ったのは、ツボミを開ききった魔物の本体。牙のように禍々しく並ぶ棘に、血のように赤い花びら。中央で脈打つ器官にこびりついているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――!?」

 

 鳥肌が全身を駆け巡るのを感じる。この密林には不自然なほど魔物がいなかった。当然だ。――密林のヌシが、他の魔物を食べ尽くしていたのだから。

 真っ赤な花びらが傾き、こちらを向いた。先ほどツボミの表面を焼いた憎き人間に、この距離からでも伝わる敵意を向けてきた。

 

「ひいっ!?」

 

 恐怖のままに詠唱中の呪文を放った。しかしそれは明後日の方向へ飛んでいき、腰を抜かしたフローラは尻もちをついてしまう。

 

「(だめ、だめです……! 落ち着いて、しっかり敵を見るのですフローラ! さっきは当てられた、わたくしはできる! もういちど、お、落ち着いて……)」

 

 手を掲げる。しかし、放出した魔力は練ったそばから散っていき、火球を作ることもできない。

 

「あ……!」

 

 見上げると、大量の触手がこちらに向かって伸びてきていた。腰を抜かしたままのフローラはその場を動くことができない。

 

「ロラァァン! フローラを守れええええ!」

 

 イーサンの叫びと共に白い影が飛来し、襲い来る触手に次々と体当たりをしていく。それでも捌ききれない触手に、駆け付けたイーサンが剣戟を与えて凌ぎ切った。

 

「い、イーサンさん、わたくし……!」

「十分だ! なんとかして後ろまで下がっててくれ……うあっ!?」

 

 触手の第二波にさらされ、イーサンの体が絡めとられる。そのまま彼は上空に持ち上げられてしまった。

 

「イーサンさん!」

 

 彼は必死に抵抗するが、大量の触手に巻き付かれて身動きが取れない。ロランやリズ、トレヴァが助けに向かうも、別の触手に阻まれてしまう。

 

「た、助けないと……! 今度こそわたくしが!」

 

 本体を倒せば触手も止まる。それは間違いない。尻もちをついたまま、みたび魔力を練り、真っ赤な花びらに向けて火球を射出する。

 ……が、火球は本体の横を素通りし、木々の間に消えていった。

 

「……っ!」

 

 原因はわかっていた。射出の瞬間に目を瞑ってしまっていたのだ。先ほど強引に押さえつけた恐怖心が、堰を切ったようにあふれ出てくる。

 

「“メラミ”っっ!!!!」

 

 火球は当たらない。魔物は体を震わせ、花びらをゆっくり閉じ始める。

 

「あ、だ、だめっ! “メラミ”! ううぅっ、当たって、当たってよ! “メラミ”!! “メラミ”!!! “メラミ”ぃ!!」

 

 焦れば焦るほど視界がブレていく。そして一度も当てられないまま花びらは閉じ、弱点は強固なツボミに再び覆われてしまった。

 

「あ、ああ、ああぁぁぁぁ……!」

 

 フローラは地面を殴りつけた。チャンスをふいにしてしまった、それどころか……。

 

「イーサンさん……っ!」

 

 未だに触手に縛られている彼は、顔を真っ赤にしながら必死に抵抗していた。ぎりぎりと、彼の体を締めつける音がこちらにまで聞こえてくる。

 

 ――自分のせいだ。そう思った。

 

 余計な手出しをしなければ、助けに来てくれた彼が逆にピンチになることはなかった。恐らく、最初にツボミに当てられたのはまぐれと言うものなのだろう。臆病なフローラには根本的に呪文を当てる才能がない。否応なしにそれを感じた。敵をしっかり見られなければ、どんな強力な大呪文も当たらない。

 

「……あ」

 

 ふと、苦しむイーサンの方を見る。何もできない自分に胸が痛んだが、そう、イーサンなら見ていられるのだ。結婚する前から、街角で会ったときから、つい彼のことを目で追ってしまう自分がいた。フローラはイーサンが好きなのだ。昨日、誤って彼を傷つけてしまったのも、それが関係しているのだろう。なにせ呪文はボール遊びのボールと同じで、視線の先に飛んでいくものなのだ。

 

 ……イーサンに火球を当てても仕様がない。でもせめて、彼に何かできたら……きっと、きっと自分は、()()()()()()()()()()()()()()

 

「う……うぅっ」

 

 ぼろぼろと涙を流しながら、フローラは魔力を練る。手のひらの間には炎はできず、ただただ形のない魔力が集まっていく。 

 目に見えない魔力を扱うのはイメージの力だと、ビアンカは言った。だからイメージを手のひらに注ぐ。愛する彼が助かるイメージ、助かってほしいというフローラの想いだ。

 

 両手をイーサンに向ける。涙で視界が潤むが、視線はしっかりと彼を捉える。触手に締め上げられて苦しむ彼に、自分ができることはもう、これしかない。

 

「――お願い、届いて。イーサンさんを、助けて……!」

 

 絞り出すような声と共に、魔力を放つ。柔らかい光が音もなく真っ直ぐに飛んでいき、――イーサンの体を包み込んだ。

 

「……??」

 

 長い間締め付けられ息も絶え絶えになっていたイーサンは、なぜか急に苦しくなくなったことに戸惑いを覚えていた。触手が全力で締め上げてきているのはわかる。だが試しに縛られた左腕を動かそうとしてみると、鋼鉄の針金のように思えた触手が面白いくらい簡単に千切れ飛んでいった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――うおらぁ!!」

 

 全身に力を込め、触手を振り払う。巻き付いていた触手は紙か何かでできていたかと錯覚するほどあっけなくバラバラに解けていく。

 さらに襲い来る触手に、高速の剣技を叩きつけて細切れにした。あれほど重く、大きく感じた『破邪の剣』が、棒切れのように軽く感じた。

 着地した直後、体を包んでいた優しい光が消える。

 

「今のは……フローラ、君がやったのか……?」

 

 彼女の方を振り返ると、フローラは地面に倒れたまま、涙でぐしゃぐしゃになった顔をこちらに向けていた。そこには安堵の表情。イーサンが助かって良かったと、心からの喜びが見て取れる。

 ――それだけで、イーサンは全てを理解した。

 

「フローラがくれたチャンスだ。行くぞみんな!」

 

 イーサンは駆け出す。目標は魔物の本体。弱点を覆うツボミである。

 突然の反撃に狼狽えた様子の魔物だったが、向かってくる侵入者を再び捕えようを大量の触手を伸ばす。

 

「リズ!」

 

 主の呼びかけに応え、リズが襲い来る触手を弾き飛ばした。彼女の俊足の前に、一本また一本とツタが弾かれていく。走り続けるイーサンを、触手は捉えることができない。

 

 魔物は体を震わせ、ツボミの先をイーサンに向けた。見たこともない動作だが、イーサンは瞬時に予測した。

 

「ロラン!」

 

 彼の意図を汲み取ったロランが、ツボミの前に幻惑のモヤを展開した。その直後、種子の弾丸が放たれる。しかし、“マヌーサ”によって狙いを逸らされた弾丸はイーサンを掠めもしなかった。

 

 ツボミの手前に辿り着く、すると地面が隆起し、何本もの根がイーサンを貫こうと飛び出してきた。

 

「トレヴァ!!」

 

 飛び出した根っこの隙間を器用に滑空してきたトレヴァ。彼女の尻尾に掴まり、イーサンは地面を蹴った。叩きつけられる根っこをすり抜け、再び着地する。

 

 目の前には巨大なツボミ。わずか十数秒にして、イーサンは射程距離に本体を捉える!

 剣を逆手に持ち、ツボミの隙間に突き立てた。がりっ、という鈍い音と共に、剣の先端だけが食い込む。このままでは弱点には届かない。そう、このままでは――。

 

 

()()()()!!」

 

 

 遥か後方、フローラは彼の呼びかけを、確かに受け止めた。

 

 手を構える。魔力を練る。恐怖で手が震えた。足が震えた。視界もブレた。でも、愛する人だから、愛した人だから。自分が選び、自分を選んでくれた大好きな人だから。視線を離すわけにはいかない。だから離さない。離さない!

 

 淡い光が指先から放たれ、一直線にイーサンへぶつかっていった。

 

「おおおおおおお!!」

 

 ずどんっ! という音と共に剣が根元まで深々と突き刺さる。

ツボミの隙間から黄色い液体が噴き出し、魔物がのたうち回る。さらにイーサンは『破邪の剣』の宝玉を起動し、剣をツボミに刺したまま“ギラ”を放つ。

 弱点を貫かれ、さらに内側から焼き尽くされた魔物は悲痛な叫び声を上げ、周囲に浮かんでいた大量の触手と共に地面に倒れ伏した。

 

「はあ……はあ……」

 

 全力を出し切ったイーサンは尻もちをつきながら、自らが一瞬で駆け抜けた道筋を振り返った。トレヴァもリズも疲労と安堵の表情を浮かべ、ロランは勝利を謳いながら跳ねまわっていた。

 

 そして一番遠くに、同じく倒れたままのフローラを見つける。彼女は緊張の糸が切れたのか、茫然とこちらを眺めていた。

 

「フローラ!」

 

 声をかけると、彼女の目の焦点が自分に合うのを感じた。

 

「ナイス……アシスト!」

 

 親指を立てた拳を突き出すと、彼女の顔がみるみる明るくなっていった。

 

「ナイスファイト……ですわ!」

 

 そうして彼女もグーサインを返してくる。見様見真似なのか、拳が若干斜めだった。

 

 

  *  *

 

 

 こうして一同は祠のツボの安否を確認し、当然のようにルーラでサラボナへ帰っていった。『そういえばわたくしの、戦闘の練習はもう良いのですか?』という問いには『もう十分すぎるよ』と答えた。フローラは嬉しそうに笑った。

 

 そして娘の帰りを待つルドマン氏に一同揃って報告をすると、ルドマン氏は誇らしそうな寂しそうな、複雑な表情を浮かべながら首を縦に振った。フローラは飛び上がって喜び、抱き着いてきた。胸当てがぶつかって痛かったが、イーサンも同じくらい嬉しかった。

 

 少しずつ、ひとつずつ。わたくしにできることを探したい。遥かなる未来と旅路に、箱入り娘は小さく、そして強く決意するのであった。

 

 

_______________________

 

 ◎フローラ 20歳 女

 ・肩書き  イーサンの妻

 ・ステータス(A~E五段階)

  HP:E    MP:C すばやさ:D

 ちから:E みのまもり:E かしこさ:B

 ・武器 ブロンズナイフ

 ・特技 メラミ、バイキルト

_______________________

 

 

 

 

 

第3章 箱入り娘の冒険  ~fin.~

 

 

 

 

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