蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
こんばんは。イチゴころころです。
そんなこんなで新章突入です。長すぎた2章にくらべて3章はサクッと終わりましたが、そのあたりは私の匙加減なので悪しからず。
そして今回のお話もそんな匙加減でかなーりコンパクトに終了したので、19時に4-2.を投稿する予定です。併せてお楽しみください。
4-1. 忍び寄る手
月明りに照らされて、いくつもの巨木が浮かび上がる。どちらを向いても同じ風景に見える。迂闊に森へ入るべきではなかったと、駆け出しの旅人は後悔した。
「くそっ! どこへ行ったあのごろつきども!」
彼は数日前まで名の知れた大富豪だった青年、アルフレッドである。着たこともない質素な旅装に身を包み、夜の森を駆け抜ける。
「うあっ!?」
木の根に足を取られ、派手に転んだ。湿った土が口に入り、不快な気分になる。
ここはルラフェンの南、かつてあのイーサンもサラボナを目指して通った大きな森の中である。なし崩し的に旅人になったアルフレッドは知る由もなかったが、大陸北部は全体的に治安が悪く、特にここは盗賊が出ることで有名な森だったのだ。ここの盗賊はとても狡猾で、歴戦の風格を纏い魔物をも引き連れるような旅人には見向きもしないが、アルフレッドのような駆け出しの旅人は格好の餌食となる。彼も今しがた、鮮やかな手口で持ち物をすべて奪われたところだ。
「最悪だ……。どうして僕がこんな目に……!」
闇雲に盗賊を追い、森の深いところまで来てしまった。正直追い付く見込みはないし、追い付いたところでどうにかなる気もしない。下手に帰れなくなる前に引き返すのが無難かもしれないと、合理的思考を持つアルフレッドは肩を落とした。
しかし、それも少し遅かったみたいだ。
「……え?」
すぐそこの草むらが不気味に揺れた。それを皮切りに周囲の、あらゆる方向から草の擦れる音が鳴り響く。邪悪な気配を感じる。これはそう、魔物の気配だ。
「ああ、もう、くそっ!!」
護身用の武器や道具はついさっき奪われたばかりだ。それがあればまだしも、丸腰で夜の魔物に挑むのは自殺行為である。アルフレッドは踵を返し、再び走り出す。
がさがさという音は執拗に追ってきている。なにせ人の寄り付かない森だ、久しぶりの獲物に心が踊っているのだろう。迫ってくる不気味な音もどこか楽しげに聞こえた。
「……!?」
足を踏み外し、小さな崖を転げ落ちた。受け身も取れず地面にぶつかり、視界がぐらつく。木の枝に腕を引っ掻かれ、鋭い痛みが走る。魔物がすぐそこまで迫っているのを感じた。だが、脳がふらついていてうまく立ち上がることができない。
「最悪だ、最悪だ! 全部あいつのせいだ! あいつが、サラボナに来てから全部狂ってしまった! 殺してやる……絶対に殺してやるぅぅ……!!」
背後から獣の唸り声が聞こえた。振り返らずとも容易に想像できる。魔物の口が開き、涎と共に牙がむき出しにされ、それは今に自分の体を貫く――。ああ、ちがった、殺されるのは自分の方じゃないか。
「いやだ、死にたくない――!!」
「下がりなさい!!」
ふいに何者かに突き飛ばされたかと思うと、鈍い光と共に魔物の気配が消え去った。一瞬のことで何が何やらわからなかったが、とりあえず助かったということは理解できた。
「ご無事でよかった。さあ、こちらを飲みなさい。気分が良くなるでしょう」
差し出されたビンを夢中で飲み干す。実は喉が渇いていたんだと、身体が思い出したかのようだった。
「はあ……はあ……、君は……?」
「名乗るほどのものではございません。しがない旅の者でございます」
その男は立ち上がり辺りを見渡した。彼は深紅の法衣を身にまとい、頭にも同じ色の被り物をしていた。物腰の柔らかい声色に反してガタイはよく、アルフレッドよりも背が高いように見える。
「礼を言う……。お陰で助かったよ。ははは……旅人にしてはずいぶん、変わった格好をしているね。僕は旅装には詳しくないが……、教会にでもいる方が似合ってるんじゃないか?」
緊張の糸が切れたのかアルフレッドのお喋り癖が顔を出していた。つい先日もこの悪癖のお陰ですべてを失うことになったのだが、彼はまだ自覚していないようだ。
しかし彼の無礼な態度にも、男は微笑みを返す。
「ええ。何せ神に仕える身でもありますからね。……おや、ケガをしていますね。失礼、見せてみなさい」
彼はしゃがみ込み、アルフレッドの腕の傷を眺めた。手当までしてくれるとは殊勝なことだと、アルフレッドも彼なりにありがたく思った。しかし彼は傷口をじっと見つめたままで、手当てを始める気配はない。
「……どうやら貴方は、高貴な血筋をお持ちのようですね。なぜ、このような場所に?」
「は? なんでそのことを――、うぐっ!?」
男の指先が額に触れると、ばちん! と頭の奥に激痛が走った。思わず頭を抱え、再び地面に倒れ込む。
「い、た……! な、なにしやが……」
「失礼。少々”覗かせて”いただきました。……ふむ、なるほど。おイタがばれてお父上に勘当され……。なるほど、なるほどなるほど」
背筋が凍り付く。咄嗟に逃げようとするも、なぜか体に力が入らない。崖を落ちたときの痛みはもうない。では――。
「おまえ……、さっき、何飲ませやがった……!」
「ですがそれもお父上の愛ゆえの様子。あえて突き放し、旅に出すことで見聞を広めさせ、心を入れ替えてほしいと思っていたそうですよ? ほっほっほ……
薬が回る。体を起こすどころか、指一本動かすことができない。男の姿を必死で視界に捉えると、彼はいつの間にすくい上げたのか、指先に付着させたアルフレッドの血をまじまじと眺めていた。
「それに、この血統……。なんと、おお、なんと! レヌール王家の遠縁ではありませんか! まさかこのような場所でお目にかかるとは! 道理でいくら探しても見つからないはずです。分派とはいえ由緒ある血統の末裔が没落を重ね、地方の二流貴族へと成り下がっているのですからねぇ!」
彼は不気味な笑い声を上げ、地面を滑るようにして近づいてきた。月明りに照らされて初めて彼の顔をはっきりと見た。ひどく痩せこけ血色も悪いそれは、とても人間のものとは思えなかった。
「……! ……、……!?」
もはや声も出せないアルフレッドの頭に彼が再び触れると、視界がゆっくりと黒く染まっていく。
「私と一緒に来ていただきますよ? 貴方は我々が長らく探していた
失われていくのは視界だけではない。父の顔、母の声、生まれ育った街。アルフレッドの思い出とも言える記憶の数々が、バケツの中の泥をひっくり返したかのように塗りつぶされていく。
「……、……。――」
声にならない叫びを最後に、アルフレッドの意識は闇に落ちた。
* *
「ふむ……?」
紅い法衣の男は首を傾げた。先ほど”覗いた”アルフレッドの記憶、そこに少しだけ映り込んだ青年の姿に見覚えがあったからだ。
「なにやら懐かしい顔がありましたね……。『処分された』と、聞いていたのですが」
足音に振り返ると、緑色の髪をした青年がうつろな目をこちらに向けていた。
「まあ、良いでしょう。折を見て貴方の故郷にも、布教しに行かなければなりませんねぇ」
「――全ては 我らが神の 世界のために」
無機質な声色に、思わず笑みが零れる。
「ようこそ、光の教団へ。アルフレッド卿」
「どうか私を お導きください ――ゲマ卿」