蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
どうもこんばんは。イチゴころころです。
オリキャラにして4章メインキャラのアイナちゃんが結構お気に入りです。オリキャラなのに、いやオリキャラだからか。
本業はお屋敷のメイドですが、ルドマン家の使用人の内、特に能力の高い人物は何かしらの資格を取得することが推奨されます。『その人の資質はルドマン家の敷地内にとどまらずサラボナ、ひいては西の大陸全土に貢献させるべきものである』というルドマン氏の意向です。一等航海士の他には建築士・薬剤師・ゴールド銀行員などがあり、使用人としての職務とローテーションしています。
大陸間航行の廃れた現代においてアイナちゃんの『一等航海士』の資格はほぼ死にスキルのようなもので、ポートセルミの漁師がちょっと遠出するときに声が掛かるかなーくらいのものでした。しかし彼女自身はこの副業にある程度誇りを持っているようです。
語っちゃった///
こんな感じで色々妄想してます。本編とあわせて楽しんでくれると嬉しいな。
ぐちゃぐちゃと、思い出したくもない記憶が頭の中を掻きまわしていく。
アイナは甲板の
「はあ、はあ……! えぁ、っ、あぁ……!」
そのまま膝から崩れ落ちた。乱れた呼吸は一向に治まってくれない。
「もう、……捨てられるのは、嫌だ……置いていかれるのは、嫌だ……! フローラ、お嬢様……。ああ、捨てられたくない。私は、もう……!」
「――フローラは、別に君を捨てるつもりも、置いていくつもりもないと思う」
「……!」
声の主はイーサン。手すりに掴まり揺れを抑えつつ、もう片方の手でタオルを差し出している。
「くるな……!」
手を振り払い、距離を取る。しかし船が大きく揺れ、バランスを崩したアイナは無様に転がった。
「アイ――」
「私は!」
仰向けになったまま、彼女は叫ぶ。イーサンに、そして自分にも言い聞かせるように。
「……幼いころ母を亡くした私は、父とふたりで暮らしていた。ポートセルミのはずれの、吹き溜まりのような質素な小屋が我が家だった」
荒れる波の音に彼女の声がかき消されそうになる。しかしイーサンは、アイナの言葉にしっかりと耳を傾けた。
「そんな父は、私を捨てて去っていった。ある日、突然! ようやく家事を覚えたばかりの、無力な私をひとり残して!!」
彼女の叫びが、波の音を切り裂いていく。
「それからの私の毎日を、お前に想像ができるか!? 港のごろつきどもに叩き付けられる暴力を、肉欲を! 自分の体をドブさらいのようにかき回される恐怖を! 男の、お前に! ……理解ができるか!?」
イーサンは喉の奥が乾いていくのを感じた。似た感覚は知っているはずだ。彼もまた幼少期を奴隷として過ごした経験がある。だが……イーサンは男だ。近い境遇にあったマリアならともかく、今の自分には、目の前の小さな女性が抱いていた恐怖を受け止めるには、重すぎるように感じた。
「そんな私を……お嬢様が、救ってくれたのだ……」
絶望すら通り越して虚無の境地に陥っていた当時のアイナは、その日その日の食を繋ぐことで精一杯だった。毎日体を貪りに来る男たちに抵抗しなかったのも、彼らを喜ばせれば食べ物を分けてもらえることが多かったからだ。否、絶え間なくぶつけられる暴力に、抵抗する力と心を削ぎ落されてしまっていたのかもしれない。
しかしその日、路地裏に顔を出したのはいつもの悪漢ではなく、蒼い髪をした幼い少女だった。
『おとうさま、あのひとを、たすけてあげたいです』
父と呼ばれた男性は驚きを露わにし、少女を優しく諭す。
『どうしたんだい、いきなりそんなことを言って』
『だってかわいそうです。みすてたくないです。わたし……
その言葉の意味をアイナは知る由もなかったが。彼女の父は誇らしそうに、娘の頭を撫でた。
『わかった……私が何とかしてみよう』
かくして吹き溜まりにうずくまるように生きてきた少女は、世界一の大富豪に拾われることとなった。すべてを嫌い、拒絶するかのように凝り固まったアイナの心は、彼女より一回りも幼いフローラの澄み切った心に触れ、少しずつ、少しずつ、彩を取り戻していくのである。
「私は決めた……私を、ごみ溜めの底から救い出してくれた彼女に、すべてを捧げて尽くすと。私の魂は死んでいた。今、この魂の炎は、お嬢様にくべられたものだ……! だから私は、この魂をお嬢様のために使う。そう決意した……」
アイナの声が沈んでいき、再び波音に呑まれていく。
「それ、なのに……」
“貴女に守られる幼い少女では、もうないのです”
フローラに言われた言葉が胸を刺す。
「彼女も、彼女の想いも、私自身の過去をも言い訳にして、私はあらゆることから目を背けていた……。守られているのは、私の方だった……」
絞り出すような彼女の言葉を、イーサンは静かに受け止めた。
「――私の負けです、イーサン様」
「あ……」
「アルフレッドの凶行を、貴方は身を挺して暴いた。その命を懸けて、お嬢様と旦那様に真実を伝えた。……私にはそれができなかった。みんなに信用されているあなたを表立って糾弾すれば私の方が白い目で見られる、かつての貴方のように。……それが怖かった。だから船旅などという言い訳を以って、姑息な手段で貴方を追い出そうとした。この船に乗った時点で……私の負けなのです。数々の無礼、疑ったこと、どうかお許しください……」
アイナはふらふらと立ち上がる。
「でも――」
そして懐から、銀色に光る槍を取り出した。
「それでも私は! お嬢様を私たちの元から連れ出した貴方を、一発ぶん殴らないと気が済まないのです!!」
「……え?」
思わぬ一言に、イーサンは目を見開く。アイナの目には大粒の涙と、確かな覚悟が浮かんでいた。
「剣を抜きなさい、イーサン!! 最後にこの私と、本気の勝負をしてもらいます!!」
高波が船体に当たり、水しぶきがふたりを包む。彼女の銀色の槍が、海水に濡れてギラリと光る。
「……な、るほどね。無茶苦茶な展開だけど、そういう雑な発想は嫌いじゃないよ」
観念したように『破邪の剣』を引き抜いた。切っ先で床を引っ掻き、腰を低く構える。
「――いざ」
「――いざ!」
「「――勝負!!」」
* *
幾重にも重なる銀色の軌跡が、イーサンの体を穿とうと飛来する。剣で弾き、受け止め、時には躱し、その必殺の一撃をいなしていく。
正直、防御で手一杯だった。
彼女の繰り出す槍の一撃はひとつひとつが凄まじい正確性と速度を誇る。対して、イーサンの扱う『破邪の剣』はやはり扱い慣れないのか、重鈍さが目立つ。今まではフローラの“バイキルト”や仲間のフォローを以ってその隙を埋めていたのだ。
「――っふ!」
アイナが床を蹴り、体を浮かせると、その瞬間に船体が揺れる。バランスを崩したイーサンに槍の一撃が飛来し、彼は床を転がることで何とか避ける。
「波の予測もお手の物ってわけね、さすがは航海士!」
「“一等”航海士です、お間違えなきよう!」
揺れる船上での戦いは、アイナとイーサンでは経験値が違う。ただでさえ不安定な足場を巧みに移動し、波音から揺れをも予測し常に有利に立ち回る、それがアイナの戦い方だった。
薙ぎ払いに弾き飛ばされ、イーサンは再び距離を取る。
「こっちにも魔物使いとしての戦い方をさせてもらいたいとこなんだけど、さすがに興ざめだよな!」
「構いませんが? 何匹でも、まとめてお相手して差し上げます」
「言ってくれるね! でも生憎、みんな別件で忙しいんだ! 俺ひとりだけど、我慢してよね!」
「ではっ、大人しくっ、殴られてっ、欲しいものですねっ!」
咄嗟に片足を上げると、すぐ下の床が槍に穿たれた。
「『殴る』って……さっきから殺す気満々だよね!? ケガでもしたらどうするの!」
「お友達のキメラが、回復をかけてくれるでしょうよ!」
「雑だな! でもまあそういうことなら……俺もその気で行くからね!」
振り下ろされる槍を剣で受け止めると、返す刀で柄の宝玉を起動した。不意打ちのようで気が引けたが、こうでもしないと割と本気で殺されかねない。
だが――。
「“ギラ”ですね? 見切っています」
完璧なタイミングでアイナは飛び退き、吹き出す炎を余裕で回避した。……この剣の性能を知っていなければ、わかるはずのないタイミングだ。
「……?」
ふと違和感を覚えて己の得物を見ると、薄い魔力の光に包まれているのがわかる。
「……『破邪の剣』。刃渡り150㎝、重量大。素材は玉鋼を基盤にした特殊合成金属。宝玉の属性は“炎”。道具として使用することで“ギラ”を放つことができる」
彼女の片目が、剣を包む光と同じ色に輝いていた。鑑定呪文“インパス”、対象の情報や状態を把握する、彼女の得意呪文のひとつだ。
「手の内はバレてるってか……? いよいよ笑ってられないぞ!」
そのままイーサンはあれよあれよと、船首まで追い詰められた。これ以上下がれば、荒れ狂う海の底まで一直線である。
「恐れ入ったよ。船上での戦い方、今度ご教授願いたいね……」
「では、勝負ありということで。流石に刃では殴りません、ご安心を」
「まだ降参って言ってないけど?」
「何を言うのです……かっ」
アイナが波の音を捉え、小さく腰を落とした。
――その隙を、イーサンは逃さない。
「……“バギ”!!」
「!?」
『波を予測する彼女の動き』を予測し、浮いた彼女の足元につむじ風を叩きつけた。空中で回避などできるはずもなく、小さな体は宙を舞う。船体が揺れイーサンも大きくバランスを崩すが、片膝をつくだけのイーサンと風に吹き上げられたアイナとでは、隙の大きさも段違いだ。
「あうっ!」
背中から床に落下し、アイナの視界はぐらぐらと揺れる。
そしてようやく定まった視線の目の前には、剣の切っ先が突き付けられていた。
「う……」
「勝負ありって言いたければ、ここまでしないとね」
アイナは槍を手放し、両手を上げて項垂れた。
「完敗……ですね」
「何を言う、君の圧勝だった。ほんの少し、俺の工夫が上手くいっただけだ」
「いえ……」
顔を上げるアイナと目が合う。今までの彼女からは見たこともない、穏やかな表情だった。
「きっとこれが“差”です。踏み込んだ貴方と、踏み込めなかった私の。ですので納得です。貴方は……強い」
「……最初はどうなるかと思ったけど、結果的にはこの勝負、やって良かったのかな。……ほら、アイナ」
イーサンが剣をしまい、手を差し出す。アイナはその手のひらをしばし見つめ、ゆっくりと、自らの手も差し伸べた……。
しかしその手は繋がれることはなく、イーサンの体はバチンという不自然な音と共に崩れ落ちた。
「……!? イーサン様!?」
彼は苦しげに、手足を痙攣させて悶えている。この症状を、アイナは嫌というほど見てきた。
「これは、幽霊か!?」
顔を上げると目の端に白い影が映り込んだ。それはゆらゆらと、物陰の向こうへ去っていく。……完全に忘れていた。アイナは自分の気持ちのことで精一杯で、今この船を脅かす存在に完全に後れを取ってしまった。
「まずいっ!! 待て――」
「いい、アイナ……!」
そんな彼女を呼び止めたのは、他でもないイーサンだ。
「だい、じょ、ぶ……!
直後、リリーンという妙に穏やかな音が聞こえてきたかと思うと、去り行く白い影がべしゃりと床に落下した。そして、すぐそこのタルの陰から宝石袋が顔を出す。彼のラリホーマによって、襲撃者は鮮やかに無力化された。
「マスター! 無事 ナリ!?」
「い、や……ぜんっ、ぜ……!」
「元気 何より ナリ!」
アイナは胸を撫でおろし、その場にへたり込んだ。皆が部屋に閉じこもる今、甲板に出れば間違いなく”狙われる”……彼はこうなることも想定して、あらかじめこの従者を隠れさせていたというのか。
「イーサン様。さすがです。やはり、私の完敗ですね……」
「はは……見直し、て、くれて……良かっ……。ア、イナ、はや、犯人、を……」
「ええ、すぐに貴方様も処置します、しばしお待ちを」
アイナは傍らの宝石袋と目配せをして、眠りこけているはずの襲撃者に、慎重に歩み寄った。そして、目を疑う。
「これが……幽霊騒動の犯人……?」
白い艶やかな体に、細くしなやかな触手。ワインボトルほどの全長のそれは、海上でも最弱クラスの魔物である。
たった一匹の“しびれクラゲ”が、静かに寝息を立てていた。