蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
こんばんは。イチゴころころです。
ドラクエ世界の文明に車椅子などあるのか。と書きながら思いました。
色々と考えた結果『素材はともかく技術的に不可能ではないよね』という結論に至り、マリアちゃんはあのような形で戦線離脱することに。木製のそれっぽい車椅子だと思ってくださいませ。
ところでマリアちゃんの色気ってすごくないですか?
ドラクエ5を初めて遊んだのは小学5年生の頃ですが、奴隷時代から教会でお別れするまで、なんというかドキドキが止まらなかったことを覚えています。
太陽は山の向こうに沈みつつあり、空はじわじわと赤く染まっている。
イーサンは目の前の敵の数を数える。ばくだんベビー2匹、ガスミンクが3匹。出会ったモンスターを自動的に記録する魔法の図鑑のお陰で、この辺の魔物にはだいぶ詳しくなった。息を吸い、ゆっくり吐く。
「ヘンリー、俺は後方から全体を牽制する。右のガスミンクから頼む」
「おうよ、任せとけ!」
相棒は武器を構え飛び出した。彼の右手から放たれる鎖がうなりを上げる。
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◎ ヘンリー 16歳 男
・肩書き ラインハット王子
・ステータス(A~E五段階)
HP :D MP:D すばやさ:C
ちから:C みのまもり:D かしこさ:C
・武器:チェーンクロス
・特技:メラ、ルカナン
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飛び出したヘンリーに魔物たちの注意が向く。その隙を逃すまいと、イーサンは力を込めて得物を投擲した。
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◎イーサン 16歳 男
・肩書き 逃げたドレイ
・ステータス(A~E五段階)
HP :D MP:E すばやさ:E
ちから:C みのまもり:E かしこさ:B
・武器 刃のブーメラン
・特技 バギ、ホイミ
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放たれたブーメランが押し寄せる敵をはじき返し、さらにヘンリーの操る鎖が炸裂した。前衛にいたガスミンクたちはその波状攻撃の前に散っていく。
「そのままばくだんベビーの方も頼む!」
「合点!」
ふと上方から飛来する気配に気づいた。“クックルー”、鳥型の魔物だ。咄嗟に反撃しようにも、先ほど投げたブーメランはまだ返ってきていない。タイミングが、合わない。
「しまった――!」
するとイーサンの右後方から氷のつぶてが放たれ、カウンター気味にクックルーを直撃した。鳥型の魔物は茂みの向こうまで吹き飛ばされ、短い悲鳴と共に力尽きた。
振り返るとそこには青と白の可愛らしい毛並みをしたネコ型の魔物。そのモンスターは褒めてくれとでも言わんばかりの熱烈な視線をイーサンに向けている。
「よくやった、リズ!」
『ニャーン!』
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◎リズ ??歳 たぶんメス
・肩書き 主思いのプリズニャン
・ステータス(A~E五段階)
HP :D MP:D すばやさ:B
ちから:C みのまもり:E かしこさ:E
・武器 牙とツメ
・特技 ヒャド
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前方では、敵の残党にヘンリーがとどめを刺したところだった。彼はこちらを向き直ると、イーサンに向かって拳を突き出した。イーサンも合図を返し、夕暮れの戦闘は幕を閉じた。
* *
「リズ~。さっきはナイスアシストだったぞ~、よしよし」
イーサンが魔物用のエサを食べさせながら頭を撫でると、リズは嬉しそうにゴロゴロと鳴いた。
「ようやく懐いたって感じか?」
「最初から懐いてくれてはいたよ。少しずつ、意思疎通ができるようになってきてるだけだと思う」
彼女(?)はオラクルベリーという歓楽街の周辺で突然イーサンについてくるようになった魔物だ。最初はただついてくるだけという感じだったが、今では得意の氷呪文や身体能力で戦闘までこなしてくれる。
「しかしつくづく驚きだぜ。まさかイーサンに
「なにそれ」
「ガキの頃本で読んだんだ。数ある旅人の職業の中でも、最も珍しい部類だそうだぜ」
「
「1匹くらいで調子に乗んじゃねえよ。確かその本じゃ伝説の魔物使いは魔物の軍勢を率いてたみたいだからな」
「俺も……ゆくゆくは?」
「そうなったら逆立ちしてスライムレースに出てやるよ」
* *
イーサンとヘンリーは修道院を発った後、途中の街で補給もしつつ北を目指していた。ヘンリーの故郷でもあるラインハット王国へ向かう道だが、その中間くらいにサンタローズという村がある。かつてパパスと旅をしていたころ、よく拠点として暮らしていた小さな村だ。そういう意味ではイーサンの故郷とも言える。
「見てヘンリー、立札だ。あれは子供の頃見たことがある!」
立札には『←レヌール地方 ラインハット地方→』とあった。子供のころは読めなかったが、なるほど、確かに昔冒険したお化け屋敷はレヌール城という名前だった。
文字を読めるようになっていたのは、ふたりの大きなアドバンテージだった。奴隷になりたての頃、生きるのに必死だった幼いふたりは何よりも読み書きと会話を覚えた。奴隷に下される命令はムチ男の雑な口頭か、張り紙によるものがほとんどだったからだ。間違いを犯そうものなら待っているのはムチもしくは“処分”である。また、マリアが加わって3人で行動するようになった後も奴隷たちの顔触れは変わり続け、色々な人たちから色々な話を聞くことができた。結果、若き奴隷たちは年相応の常識と教養を身につけたのである。贅沢を言うならば、イーサンらふたりが奴隷たちから学んだ言葉遣いが少々品に欠けるものだというくらいだろう。少なくとも、当の本人たちはあまり気にしていない。
「結構時間くっちまったな。どうするイーサン。そろそろ日が暮れるが、一旦オラクルベリーまで戻るか?」
「いや、たぶんもうすぐそこまで来てる。夜にはなるだろうけど、街道からも村の明かりは見えるから、迷わず着けると思う。少し危険かもだけど……」
「へっ、多少の危険にビビって旅人が務まるかっての。頼れる味方もいるしな。なあ、リズちゃん?」
『……シャッ』
「……俺には懐かないのな」
「諦めたまえ」
* *
夜も深まり、歩き詰めの足がぎしぎしと疲れを訴え始めるころ、家々の灯りがようやく目に入ってきた。
「思ったより遠いじゃねえかよ」
「……やっぱうろ覚えはアテにならないね」
近付くと多数の灯りが見え、それはもう村ではなく街と言っていい規模のものだった。それもそのはずここは『アルカパの街』。サンタローズの村よりもさらに西にある、ぶどうが有名な街だ。
「すまんヘンリー。通り過ぎてたみたいだ」
「もうお前のうろ覚えは信じねえ」
時間も時間なので、道具屋などの店は軒並み店じまいをしていた。民家の灯りが、どことなく寂しく輝いている。
「今日はここの宿に泊まろう。ビアンカがいるはずだ」
「ああ、あの元カノの」
「そんなんじゃない。幼馴染だよ、ただの」
「お化け退治とかいうロマンあふれる思い出を共有した幼馴染な」
「違う。合ってるけど、違う」
「もう新しい恋人がいたりして――」
「いねえ」
「必死かよ」
宿に入ると女将さんが出迎えてくれた。しかし、記憶を何度も掘り返したがビアンカの母さんとは似ても似つかない。
「ああ、ダンカンさん一家はもうかなり昔に引っ越してったよ。うちの旦那がダンカンさんからここを譲り受けてね。さあさあ、もう夜も遅いしゆっくりお休みよ。そっちのネコちゃんも泊まってくなら追加で3ゴールドね」
旅人でなくても家を変えることがあるんだなとイーサンは新鮮に感じたが、王族出身のヘンリーが言うにはそれもまあまあ有り得ることだそうだ。ビアンカは子供のころの数少ない知り合いのひとりでもあるので、イーサンは再会できなかったことを少しだけ残念に思った。
* *
……夢を見た。
苦手な波の音が聞こえる。船の揺れも好きではなかった。ただ……、
――だいじょうぶ?
彼女の顔はぼやけて見えて、姿も全体的におぼろげに映っている。でも確かに当時の自分は、彼女の仕草にどきりとしたものだ。
――うん、だいじょうぶ
本当はこのとき、少し大きな波の音がして足が震えたのだった。でも、彼女を見ているとそんなことどうでもよく……いや、怖いものは怖い。ただ、そんな恐怖を押さえつけてでも立ち上がりたい、傍に行きたいと、そう思った。
「――あっ」
……目が覚めた。
修道院で初めてこの夢を見て以来、定期的に見るようになった。不思議なのは、この一連の内容が全く記憶にないこと。船に乗った覚えもなく、あの少女が誰なのかもわからない。記憶は全部戻ったはずだが……いや、そもそも昔のものすぎて覚えていない思い出というのももちろんある。実際、ビアンカとお化け退治に行く以前の記憶はスカスカである。
「ビアンカ、か」
そういえば、昔アルカパに滞在したときもこの部屋だった気がする。今寝息を立てているヘンリーのベッドには、確か風邪を引いた父さんが寝ていたはずだ。
――イーサン、イーサン。起きてる?
お化け退治決行の夜、ビアンカは枕元まで迎えに来てくれた。それが長い夜の始まりだ。
「あの子は……ビアンカ、なのか……?」
ふとそう思ったが、ビアンカはずっとここに住んでいたはずだし、船に乗ったっていう話も聞いた覚えが……。ダメだ、はっきりと思い出せない。
ビアンカが今もここにいてくれたら、夢の少女の謎が解けたかもしれない。もし船の上で出会ったのが本当にビアンカで、俺がそれを忘れてるだけだとしたら、彼女に怒られる覚悟が必要だな。と、イーサンは再び目を閉じた。
翌日。宿を出るイーサンたちに女将さんが声をかけてきた。
「ちょっとお待ちよ坊やたち」
「なんでしょう?」
「今ちょっとしたキャンペーンをやっててね。うちの宿をご利用いただいたお客様にささやかなプレゼントさ」
差し出されたのは小さな枕と、同じく小さな本だった。
「実際にうちの客室でも使ってるどこでも安眠枕!アルカパ名物ぶどうの香り付きさね」
「へえ、なかなか粋なサービスじゃねえか!この大きさなら気軽に持ち歩けるしな」
「で、こっちはあたしらが最近入信した
ふたりの表情が一瞬にして凍り付いた。自分たちの10年間を害虫のように食い潰した忌まわしき組織。その名前を、マリアは出発前に教えてくれた。信者だった彼女でさえその目的や規模は知りえなかった謎多き教団だ。くれぐれもこの名前には気を付けてねという警告を、ふたりは片時も忘れてはいない。
「別に入信しろってワケじゃないさね。あたしらからしてもなかなか悪くない感触だったし、少しでも興味を持ってもらおうと思ってね」
「ありがたく……いただいておきます」
正直荷物に入れるのもおぞましいが、今後、何かの手掛かりとして役に立つかもしれないと思い、イーサンは本を袋に入れた。
「あー……そうだ女将さん。サンタローズの村への道を教えてくれないか」
「……なんだって?」
「サンタローズの村。こいつのうろ覚えのせいで昨日はたどり着けなかったからよ。ここからそんなに遠くないんだろ?」
「坊やたち……本当にあそこに行くつもりかい?」
女将さんの声色が落ち、ふたりは眉をひそめた。
* *
「リズ、リズ。おいで、ほら。いいか、この辺の腐ってる地面はちょっと危険だから触っちゃダメだ。俺から離れるなよ」
リズは主の顔を見て首を傾げた。『地面よりもご主人の顔色の方がひどく見えるけど大丈夫かニャ?』とでも言いたげな表情だ。
実際、イーサンは気を抜くと吐いてしまいそうな嫌悪感に襲われていた。周囲に立ち込める腐敗臭もそうだが、それよりも明確な理由がそこにはあった。
彼は今、廃墟と化したサンタローズの村の、瓦礫の集まりにしか見えないかつての自宅の前に立っている。
「すまん、イーサン。これじゃあ夜の灯りも見えないわけだぜ」
「はは、俺のうろ覚えも、案外いい線行ってただろう……?」
軽口もいつもの覇気がない。当然だ。ここにはイーサンの知り合いがたくさんいた。幼かった彼は覚えてなくても、かつてここに住んでいた人たちはイーサンを、そしてパパスのことを知っていたはずだ。この旅における重要な手がかり、それを得る術を失ってしまったのだ。いや、それだけではない。ここにはヘンリーも聞いていない、イーサンが語るまでもないような小さな思い出がたくさん詰まっていた。だがそれらはぐちゃぐちゃに壊され、彼の目の前で無造作に転がされている。
「アルカパの道具屋が言うには、ここを襲ったのはラインハット王国軍……。俺の、故郷の仕業だ、そうだ……」
「………」
「イーサン。何て謝ったらいいか……」
「君が謝る事じゃない。仕向けたのは別の誰かで、ヘンリーじゃないだろ?」
嫌にキビキビとしたイーサンの喋り方を聞いて、ヘンリーはたまらなく悔しくなった。なんでそんな澄ました顔をしてるんだ。声が震えているのもばればれなんだよ。と、言葉に出す勇気は彼にはなかった。
『ニャーゴ!』
リズが瓦礫の下を示した。どかしてみると、地下への階段が現れた。
「はは、懐かしいな……。よくここに隠れて、父さんに怒られたっけ」
つぶやきながら、吸い込まれるようにイーサンは階段を降りていく。ヘンリーとリズは顔を見合わせ、黙ってついていくしかなかった。
地下室は埃にまみれていたが、荒らされた形跡はなかった。腐りかけのタルが、几帳面に並べられてある。
「この間修道院で話したろ?えっと、ここ、ちょうどここに光の階段が現れて、俺は妖精の世界に行き来してたんだ」
「………」
「最初はちょっと怖かったよ。だから最初だけベラが手を引いてくれたんだ。それで一回渡れてしまえばあとは慣れたもんさ。毎日父さんたちの目を盗んで、妖精の国へ冒険しに行った」
「……なあ、イーサン」
「あっ……」
イーサンはタルの隙間から何かを拾い上げた。それは綺麗なサクラの
「そうだ……そうだった。これはあのとき、ベラからもらったんだ。ここに置いておいたら、またすぐ会えると思って。そのまま俺は、ラインハットに向かっちゃって……。ごめん、ごめんな、ずっとこんなところに置き去りにして……! 忘れちゃってて、ごめん……!!!」
それを皮切りにイーサンの心は決壊した。ヘンリーは何も語らず親友の肩を支え、リズはぺろぺろと主の頬をなめた。
* *
ヘンリーが太陽を見上げ考え事をしていると、イーサンがリズを連れて地下室から出てきた。手にはサクラの枝が握られている。
「もう、置いていくわけにはいかないもんな」
「もういいのか」
「うん。ありがとう、ヘンリー」
イーサンは改めて村を見渡した。まだ少しくらくらするが、さっきよりはだいぶマシだ。
「ひとつ、思い出したことがあるんだ」
「なんだ」
「あそこに洞窟が見えるだろ。昔、父さんがよく出入りしてたんだ。……なぜかはわからないけど」
「ほう」
「小さいころ俺も何度か入ったことがあるけど、奥には行かないようきつく言われてて。でも父さんは行ってた。毎日のように」
「なるほどな。確かにキナ臭え」
「うん。だから調べてみようと思う。ただ父さんは毎朝、しっかりと準備を整えてから家を出ていた……あの父さんが、だ。たぶん、それなりの危険はあると思う。だから――」
「ここで待ってろ、とか言わないよな」
イーサンは口をつぐむ。
「ったく水臭いったらありゃしないな。強がりもむなしくさっきまで泣いていた親友を、黙って見送ると思うか?そんなことがマリアにでも知られてみろ、きっと俺は一生口をきいてもらえなくなる!」
「ヘンリー……」
「俺は来るなと言ってもついてくぜ」
足元でリズもナーンと鳴く。『とうぜん!』と、これはヘンリーにも伝わった。
「……ほんと、君らには敵わないよ」
* *
ヘンリーの放つ鎖が、派手な音と共に弾かれた。
「駄目だ! このカメ野郎、攻撃が通らねえ!!」
「避けろ、ヘンリー!!!」
彼が飛びのくタイミングに合わせ、イーサンは風の力に変換した魔力をカメの魔物の群れに叩き込んだ。
「“バギ”!!」
つむじ風の刃が敵を切り裂き、魔物の群れを倒すことに成功する。
……サンタローズの洞窟の深部は、想像していた以上に困難な道のりだった。
「ヘンリー、リズ。呪文主体で戦おう。群れている奴らは俺が狙うから、確実に一体ずつ叩いてほしい」
呼吸を整えながらそう提案すると、ふたりも静かに承諾してくれた。
予備の武器を用意してこなかったのは失敗だった。狭い洞窟内では、ヘンリーのチェーンクロスもイーサンのブーメランもとても使えたものではない。リズの素早さを生かした翻弄攻撃も、この狭さでは活かしきれないのだ。
様々な方角から、魔物の唸り声が聞こえた。久しぶりの来客に、もてなす気満々というわけだ。
「なあ、パパスどのはこんなところに毎日潜ってたのかよ。しかもひとりで?」
「うん。言っただろう、俺の父さんは世界一強いって」
「あーそれ昔何度も聞いたわ。軽く聞き流してた俺はさしずめ世界一の馬鹿かね」
「間違いない」
洞窟の中は暗く入り組んでいたが、パパスが残したであろう足跡や目印が至る所に見つけられた。これなら帰りもさほど迷わずに出られるだろう。やはり一番の問題は、魔物の歓迎が激しすぎるということだ。
作戦通り、呪文主体で立ち回り歩を進める。しかし魔力も無限ではないので、その都度イーサンが指示を出した。物理攻撃を弾くカメの魔物、強靭な腕を振り回す体がクマで顔がフクロウの魔物、突然動き出す土偶、呪いの力で蠢く人間の死体。出現する魔物の種類も多様で、同じ手段が通用する相手が少ないからだ。
しばらく進むと、魔物に遭遇する回数が減ってきた。ひとまず彼らの巣は通り過ぎたみたいだ。
「おいイーサン、こっちは行き止まりだぜ。もう終わりか?」
「いや、たぶん目印を見落としただけだと思う。引き返そう」
「了解だ。……って、イーサン、後ろ!!」
咄嗟に振り返ると、蠢く死体が一体、こちらに歩いてくるところだった。恐らく大昔にこの洞窟で命を落とした村人か、旅人か。変わり果てたその姿からは、生前の生き様を伺い知ることはできない。
『ア……アァ…』
ただし、今まで洞窟内で遭遇した同種の魔物と比べ、目の前にいる“それ”からは敵意を感じられなかった。
「何してんだイーサン――」
「待って! ……待って、ヘンリー」
「なんで、って、おい。まさか……」
トコトコと、リズが彼に歩み寄った。リズが見上げると、彼もその落ちくぼんだ目を下ろす。数秒の後、ニャッ!とリズが短く鳴いて彼の周りを歩き回った。彼は次に、イーサンに視線を向ける。
ゆっくり、手を差し伸べてみた。
「お前も……一緒に来たいのか……?」
彼は低く唸り、同じように手を差し出す。生前の記憶か、それとも偶然か、イーサンには分らなかった。ただ、ふたりの手はゆっくりと重ねられた。
「おい……おいおいおい……! まじかよまじかよすげえって! イーサン! なあ! お前やっぱりすげえ奴だって!!」
「これでふたり目だ。伝説の魔物使いもそう遠くないかもね。恩を売るなら今のうちだぜヘンリー」
「はっは! 王族掴まえて言うセリフじゃねえぞこのやろー!!!」
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◎マービン ??歳 きっと男性
・肩書き 心を取り戻した死体
・ステータス(A~E五段階)
HP :A MP:E すばやさ:E
ちから:A みのまもり:B かしこさ:E
・武器 素手
・特技 毒攻撃
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マービンと名付けられた彼が仲間に加わったことで、洞窟内での戦闘は格段にやりやすくなった。彼は見た目以上に耐久に優れていて、攻撃力もある。今までは誰もこなすことのできなかったゼロ距離での戦闘を任せるのに、マービン以上の適任はいない。重鈍な彼の動きも、もともと狭い洞窟内では関係なかった。
まもなくしてイーサンたちは目的の場所、洞窟の最深部に辿り着いた。
「ここは父さんの……書斎?」
木の机や椅子、壁際には本棚がいくつか並べてあって、まさしく書斎と呼ぶに相応しい場所である。ここが洞窟の中だということを除けばだが。
そして一際目を引くのが、奥の壁に立てかけてある一振りの長剣。父の得物も剣だったが、これはイーサンにも見覚えのないものだ。
手に取ってみるとずしりと重い。その剣は細かい装飾の施された鞘に納められていてとうてい売り物とは思えない風格をまとっていた。
「見ろイーサン。机の上にこれが」
「……手紙?」
「ああ、どうやら、お前宛のようだ」
封筒には粗い字で『イーサンへ』と記されていた。直感で分かる。書き手は父、パパスだ。
イーサン。この手紙を読んでいるということは、きっと私はもう
お前のそばにいないのだろう。
お前の母は邪悪な手の者に攫われた。お前を生んですぐのことだ
った。私とお前の旅は、彼女・マーサを助けるための旅だったのだ。
と言っても聡明なお前のことだ、もしかしたら既に知っているのか
もしれないな。未だに足取りも掴めないが、彼女はまだ生きている。
それだけは確かだ。
イーサンよ、伝説の勇者を探すのだ。
邪悪な手からマーサを救い出せるのは、天空の武器と防具を身に
着けた勇者だけなのだ。私はようやく天空の
きた。しかし勇者がいなければ宝の持ち腐れだ。
勇者を見つけ、残りの武具も手に入れ、お前の母、マーサを助け
てほしい。今となっては、お前にしか頼めないことだ。
お前を愛している。
父より
「――――」
「ちょ、ちょっと待て。理解が追い付かないぞ……! イーサンの母上は、邪悪な手の者に攫われた? それって、何者なんだ。魔物か……何かだよなきっと。しかもまだ生きてるって、一体なんでだ? それに、伝説の勇者? それこそ伝説上のモンじゃないのかよ! 急にスケールが広がりすぎだ……って、ちょ、おい、イーサン!?」
イーサンは手紙を置き、壁際の剣へ向かって駆け出した。
「――ふんっ!」
そしてその鞘と柄を握り、全力で力を込める。
しかし剣は鞘に収まったまま、ぴくりとも動かなかった。
「伝説の魔物使いじゃ、資格なしってことね……」
剣を下ろしイーサンはうつむく。だが、すぐに顔を上げた。
「もう泣かないよ。父さん」
「え……?」
「ヘンリー。正直俺もわからないことばっかりだ。俺はついさっきまで、母さんがどんな連中に攫われたのかすら知らなかった。少しでも手掛かりがあればとここまで来たけど……まさか、全部教えてくれるとはね。こういうの、情報過多っていうんだっけ?頭の中がパンクしそうだよ、まったく……」
イーサンは丁寧に手紙をしまい、天空の剣を背負う。
「でもお陰で、やるべきことが見つかった」
「っ!」
「ヘンリーのお陰だよ、ありがとう。ああ、もちろんリズもだよ?」
『ナーン?』
「……へっ、頼もしくなっちまってよ」
「当たり前だろ? 何と言っても俺は、パパスの息子だからな! さあ、そうと決まったらここを出ようか。足踏みする時間も惜しい」
イーサンはうろつくマービンに声をかけ、歩き出した。
「……」
ヘンリーは後を追いながら、先ほどの彼の言葉を思い出していた。
――でもお陰で、やるべきことが見つかった。
そう言い放つイーサンの目を見て、ヘンリーは息が詰まるような感覚を覚えたのだ。ぎくり、と、全身の血が冷えていくのを感じた。
イーサンは成長した。すぐ隣にいたヘンリーも驚くほど急速に。廃墟の地下室での彼と、今の彼はまるで別人だとさえ思える。
「……イーサンは、自分の過去と、現実と、向き合おうとしているのか……」
ただ、そのあまりにも速い成長は、隣を歩く相棒を置き去りするほどのものだった。
「じゃあ俺は、一体何をしてるんだ……」