蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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どうも、イチゴころころです。

サブタイトルの通り、今回の舞台は久々のラインハットです。
国自体は久々ですがヘンリー・マリアに関しては結婚式に来てくれたのでそうでもないかも。あの夫婦好きなんですよね。特にマリアちゃん。奴隷時代からずっと色気がすごいから。





5-4. ラインハット繚乱

 

 

 イーサンたちが降り立ったのはラインハット王宮前の広場。約3年前、ヘンリーが民の心を動かした場所である。

 

「――くっ!?」

 

 広場のあちこちで兵士と魔物が戦闘を繰り広げていた。見渡すと火の手も見える。兵士たちの叫びと魔物の(いなな)き、逃げ惑う国民の悲鳴が不快なアンサンブルとなり、イーサンの胸を不安で煽る。

 

「リズ、ロラン、兵士たちに加勢しろ! ひとりでも多くの国民を救うんだ!」

「了解ニャン!」

「リズ 行く ナリ!!」

「トレヴァ、一緒に来てくれ。王宮内に入る。ヘンリーたちと合流するぞ!」

「わかった わ!」

 

 合図とともに仲間たちが散開する。イーサンは階段を駆け上がり、城門を目指した。門の前では、複数体のガーゴイルに門番と思しき兵士たちが囲まれていた。

 

「どけええええええ!!」

 

 力を込めてブーメランを投擲する。完全に不意を突かれたガーゴイルの群れはその一撃に態勢を崩され、トレヴァのブレスによる追撃に吹き飛ばされ撃沈した。

 

「あ、あ、あなた方は……イーサン殿!?」

「ヘンリーたちは無事か!?」

「はい……! 王宮中が大混乱で……でもヘンリー様とデール王が、事態の収拾を急いでくれています」

「俺も合流する。君たちは死ぬ気で城門を守ってくれ!」

「はい!!」

 

 城内も戦闘の跡だらけだった。恐らくは一度魔物の侵入を許し、どうにかして排斥したのだろう。壁や床に、飛散した血の跡がいくつも見える。……それが一体誰の血なのかは想像したくない。

 

「うっ マ マスター ……」

「……気張っていけよトレヴァ。思ってた以上に状況は凄まじいぞ」

 

 廊下を走り抜け、玉座へ続く階段を上る。すると、上階から火球が降り注いできた。

 

「なっ!?」

 

 咄嗟に身を屈め、放たれた呪文を避ける。続いて上から、見知った声が。

 

「手ごたえ無し! クソッタレが! 魔物のやつ、また侵入してきやがった! 覚悟しろ、ここに足を踏み入れたことを後悔させてやらぁ!!」

「ヘンリーだな!? やめろ、俺だ!!」

「あぁ!?」

 

 返事と共に火球が再び放たれる。

 

「その声……イーサンか!?」

「あぶなっ! 確認しながら撃ちやがったな!!」

 

 玉座へと繋がる扉が開け放たれ、似合わないローブに身を包んだ青年が姿を見せた。

 

「なんでここにいやがるイーサン!!」

「色々あってね、助太刀に来た!」

「よっしゃ! まったくもって意味わかんねえが、今回はお前の神出鬼没ぶりにあやからせてもらうぜ! 入れ!」

 

 玉座の間は緊急の拠点になっていて、大臣、執事たちや連絡役の兵士がせわしなく行きかっていた。奥にある簡素なテーブルを、杖を突いた女性とビロードマントの男が囲んでいる。

 

「デール、マリア! 思わぬ加勢がきたぜ!」

「兄さ……イーサン殿!? どうしてここに」

「デール王、マリア。無事でよかった。詳しい話は後で。俺も状況を知りたい」

 

 促すと、デール王はテーブルに広げられた城下町の地図を指さした。

 

「突如現れた魔物の軍勢が城下町西門を破壊、城下町に侵入しました。西街区を中心に被害が増え続けています。ラインハット王国軍を王宮周辺に展開し、魔物の迎撃に勤めています」

「国民たちは臨時の避難所、被害が少ない東街区の教会に避難させた。逃げてきた西街区の連中もこの王宮の地下に避難させてある……。今じゃここが最前線だ。この王宮を落とされるわけにはいかねぇのはもちろん、これ以上魔物どもを東へ行かせるわけにもいかん」

「――マリア様!!」

 

 ある兵士が重傷を負った兵士を抱えて歩いてきて、マリアが医務室に誘導する。こうして話している間にも状況は動いていることが否応なしに感じ取られ、イーサンの頬を冷や汗が伝った。

 

「デール王、迎撃では足りません。軍勢を押し返し、魔物を街から追い出さなければ……」

「それができたら、私もそうしています……。でも、我々は出遅れてしまった。魔物の襲撃は、あまりにも突然だったのです」

「デール王! 西街区の教会から赤色の煙が……! 救難信号です! 逃げ遅れた人がいます!」

「なに……!?」

 

 大柄な兵士が部屋に飛び込んできた。確か名前はトムと言ったか。

 

「そちらに割いてる兵力はない。作戦の遂行を最優先してください」

「……っ! 了解、しました!」

 

 デール王の口から飛び出した指示に、イーサンは耳を疑った。

 

「で、デール王、何を――」

「そんな!! 私の弟が、まだあそこにいるんです!」

 

 王の言葉に悲鳴を上げたのはひとりのメイドだった。

 

「アレックスが、地下室にいなかったんです! きっと逃げ遅れて、助けを待っています! デール王、どうか――」

「聞こえなかったのですか!! 作戦の遂行が最優先です!!」

「……うっ、ううっ!」

 

 泣き崩れるメイドを、マリアが介抱し部屋の外へ連れて行った。信じがたい光景を見たイーサンは呆気にとられ、震える声を絞り出した

 

「……何を言っているのですデール王。助けを求めている人がすぐそこにいるのに!」

「よせイーサン」

「お前もだヘンリー! なんで見過ごせる! ……もういい、俺が助けに行く! トレヴァ!」

「待ちやがれイーサン、話を聞け!! どのみちここからじゃ間に合わん!」

 

 駆け出そうとするイーサンをヘンリーが制し、その胸ぐらを掴み上げた。

 

「作戦を成功させなきゃ王宮も持たん。もっとたくさんの被害者が出るんだ」

「作戦作戦って……なんなんだよそれ!!」

「西門の爆破です」

 

 デール王が、冷静に口を開いた。

 

「は……?」

「魔物の軍勢はとめどなく街に入り込んできている。このままではラインハットは壊滅します。そこで西門、厳密には西門周辺の城壁を爆破し、その瓦礫を以って侵入口を塞ぎます」

「無限に増援が来られちゃ、王国軍も対処しきれねえ。それどころか統率が乱れ、制御が効かなくなっちまう。だから後続を断ち、その上で各個撃破する。不幸中の幸いか、城壁を越えて空から侵入してくる魔物は数が少ないからな」

 

 ラインハット城下町はそもそもが城壁に囲まれている。堅牢で高さもあり、地上を行く魔物には侵入は困難だろう。破壊されてがら空きになった西門を再び塞ぐ。理には適っていた。

 

「でも、だからって逃げ遅れた人を見捨てるなんて……!」

「イーサン!」

「……!」

「既に……既に救えなかった命がある! 大衆のために切り捨てた声が、より多くを守るために振り払った手が、もう数えきれないほどな……! でも俺たちには個人的な感情に流されずに、この国を守り抜く義務があるんだ! ……それが為政者だ」

 

 ヘンリーの圧のある言葉に、イーサンは返す言葉を失う。

 

「……くそっ!」

 

 イーサンが彼の腕を払うと、ヘンリーも呼吸を整えて頭を掻いた。

 

「……すまん。旅人のお前に政治家の価値観を押し付けるのも変な話だったな。でも、お前もここに助太刀に来た以上、俺たちのやり方に合わせてほしい。……もっとも多くの国民を救う命令を、デールが王として、断腸の思いで決定したんだ。頼む、お前の力を貸してくれイーサン……!」

「わかった……わかったよ! 俺だって、そのためにここに来たんだ!」

 

 直後、上から激しい破壊音が聞こえてきた。

 

「襲撃……!? 屋上ですか!!」

「デール、俺が行く! お前は作戦の指揮に集中してろ! イーサン、一緒に来いッ!」

 

 ヘンリーの号令に合わせ、イーサンはトレヴァと目配せをした。そしてヘンリーの後を追っていく。

 

 

 

 屋上へ出ると、兵士たちがガーゴイルの群れを迎撃していた。敵は8体。いささか多い。

 

「おらおらおらぁ! 帰りやがれぇ!!」

 

 ヘンリーが騎士剣を片手に突撃していく、つられてイーサンも飛び出しそうになり、咄嗟に足踏みした。今の自分の得物はブーメランだ。距離を取らなきゃ攻撃ができない。

 

「……くっ、トレヴァ、あいつをフォローしてやってくれ! 俺は後方から援護する!」

「了解! ヘンリー さん! 落ち着いて!!」

 

 トレヴァが飛び立ち、ヘンリーに群がるガーゴイルを強襲していく。イーサンは狙いを定め、魔物の群れにブーメランを投げつけた。

 騎士剣の横薙ぎと杖による殴打、ブーメランの一閃が炸裂し、ガーゴイルの群れはまとめて吹き飛んでいった。

 

「なんだか懐かしいなイーサン! こんなクソみたいな状況じゃなきゃ、もうちょっと楽しめたんだが!」

「うん、まったく……っヘンリー、後ろ!!」

 

 まだ息があったのか、瀕死のガーゴイルがヘンリーの死角で呪文の詠唱をしていた。先ほど投げたブーメランはまだ戻ってきていない。間に合わない――!!

 

「“マホカンタ”――!!」

 

 身を屈めるヘンリーの体を光のバリアが包み、ガーゴイルの放った風の呪文を跳ね返す。自らの魔力に撃ち抜かれたガーゴイルは力尽き、弧を描いて落下していった。

 振り返ると、杖をついた金髪の女性、マリアが腕を掲げていた。

 

「マリア!」

「加勢にきたわ!」

 

 ヘンリーが騎士剣をしまい、マリアに駆け寄る。

 

「へへっ、さすがはマリアだぜ!」

「夫の尻拭いが、妻の役目ですからね」

 

 その様子を見て、イーサンは安堵のため息をついた。

 

「恐れ入ったよ……まさかマリアに助けられる日が来るなんて」

「おう、まったくだな」

「よく言うわ。私からしたら、しょっちゅう助けてあげてる気がするけど」

「……違いねぇな」

 

 ヘンリーがくすりと笑うと、ぱちぱちと、乾いた拍手が聞こえてきた。

 

 

 

「家族愛、か……。どうも俺には、その良さがわかんねえんだよなあ」

 

 

 

 声がしたのは上からだ。屋上に設置された小さな見張り塔。そのとんがり屋根のまさに先端に、黄土色の法衣を着た男が立っていた。

 

「『いつみてもいいものですね』って、俺も一度言ってみたかったんだが……。ま、わかんねえもんはしょうがねえよなぁ。むしろ、おぞましくて寒気がする」

 

 イーサンはブーメランを構え、その男に向けた。黄土色の被り物のせいで顔は見えないが……明らかに普通じゃない。

 

「誰だお前。……どこから入った」

 

 男はイーサンの言葉を無視し、驚いたように肩をすくめる。

 

「それに……やっぱり懐かしい顔だな。13年ぶり……? いや、15年だっけか。ま、どっちでもいいか。クヒヒ……どうも、()()()()()()()()()()()()

 

 ヘンリーも騎士剣を引き抜き、前に出る。

 

「何ぶつぶつ言ってやがる。俺はお前のような怪しい奴と知り合った覚えはねえぞ。何者だ?」

 

 男は法衣を翻し、塔の上から飛び降りた。イーサンたちの目の前に降り立ちフードを取ると、その荒々しい口調には似つかない柔和な微笑みを称えた男性の顔が現れた。その口がゆっくりと開かれる。

 

「――()()()。って名乗ったら、わかってもらえるか?」

 

 イーサンは息をのんだ。隣にいるヘンリーも、後方のマリアも目を見開く。その名前は、今やラインハットでは知らない人はいない。

 

「光の教団の……宣教師!!」

「ご名答! 先代の王とはそれなりに仲良くさせてもらった。お亡くなりになられたようで、俺も悲しい限りだよ」

「とぼけたこと言ってんじゃねえ……! お前が父上をたぶらかし、サンタローズを襲わせたんだろうが!」

「俺は噂話を教えただけ。勝手に信じ、勝手に出兵し、勝手に病んでったのは君の親父さ」

「この襲撃も、お前らの仕業か……!」

 

 黄土色の法衣の男、ジャミは顎をさすりわざとらしく首を傾げる。

 

「人聞きの悪いことを言うもんじゃない。俺は教団の宣教師として、布教に来ただけさ。どうやら我々の教えを弾圧する国があると聞いてな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()

 

 胸の中でアイシス女王の言葉が反芻される。――彼らの手口は脅迫のような印象を受けました。『魔物に襲われたくなかったら、教団に入信しなさい』という……。

 

「……ふざけてる。そうやってお前たちは、何の罪もない人々を陥れるのか!」

「おやおや、思惑が筒抜けだったとは。大したものだ、旧き友よ。……まさかあの時のガキどもが、こんなに逞しく成長しているとはなァ」

「黙れ!」

 

 イーサンは激昂し、男に歩み寄っていく。

 

「お前なんて知らない!! 人々を苦しめ、世界を蝕む教団の連中となんか、間違っても友になんてなるものか!!」

「そうか。じゃあ――」

 

 目の前の男の輪郭が、ぐにゃりと膨れ上がる

 

 

 

『――これなら、思い出してくれるかな?』

 

 

 

 ジャミの全身が一瞬黒いモヤに包まれたかと思うと、そこには法衣の男の姿はなく、代わりに醜悪な魔物の姿。筋骨隆々の体躯に、ぎょろりと見開かれた双眸。くすんだ白色の体表を持つ馬の魔物が、目の前に立っていた。

 

「――お前、お前は!!」

『久しぶりだなァ。ヘンリー王子。それに、”パパスの息子”』

 

 くぐもった魔物の声に、イーサンの記憶が鮮明に呼び起こされる。

 

 

  *  *

 

 

「イーサン! イーサン、聞こえるか!!」

 

 巨大な牛の魔物に武器を弾き飛ばされながらも、パパスは懸命に、息子に呼びかけた。

 

「父、さん……」

「いいか、お前の母さんは、まだ『生きて』いる!! だから――」

 

 倒れたパパスの背中を、()()()が踏みつけた。骨が砕ける嫌な音に、イーサンは目を背ける。

 

「だから……お前に託す! 成し遂げてくれ! 私の代わりに、お前が……!!」

「……っ!」

 

 思わず駆け寄ろうとするも、首元に鎌を当てられる。幼いイーサンとヘンリーを人質に取った紅い法衣の男は、にこやかな笑みと共に語り掛けてきた。

 

「じっとしていなさい?」

 

 その不気味なほど穏やかな声にイーサンは足がすくみ、それ以上動くことができなかった。続いて紅い法衣の男は、目の前で父を嬲る魔物に声をかける。

 

「もう良いでしょう。ふたりともお下がりなさい。……目当てのものは手に入りました」

 

 牛と馬の魔物が下がると、ぼろ雑巾のように叩きのめされたパパスが力なく倒れているのが目に入った。

 

『……ゲマ卿。そのガキが“そう”だと言うのですかい?』

「正統の王族ですからねぇ。可能性としては十分ありえます。仮に“そう”でなかったとしても、貴重な労働力になってもらうまでです。こちらの……彼のご子息共々ね」

 

 ゲマと呼ばれた男の言葉に、魔物たちは下品な笑い声を上げる。イーサンはわけもわからず、ただ俯いて泣くことしかできなかった。

 

「待て……」

 

 か細い声に顔を上げると、ふらふらとパパスが立ち上がろうとしていた。全身血まみれで、片足は不自然に折れ曲がっている。

 

「おやおや。まだ息がありましたか」

 

 ゲマが何気なく手を掲げると、巨大な火の玉が形成される。イーサンは目を見開いた。

 

「やめろ……」

「では、終わりにして差し上げましょう」

「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 直後、すべてを焼き尽くす爆発音と、父の絶叫が遺跡中に響き渡る。イーサンはもう、顔を上げることはできなかった。意識が闇に落ちる直前、ゲマの声を聞いた。

 

「ほっほっほ……子を想う親の気持ちは、いつ見ても良いものですね」

 

 

  *  *

 

 

 あのときの魔物。父を嬲り殺した魔物の片割れが今、目の前にいる。

 

「……ヘンリー」

「みなまで言うなイーサン。俺だって……忘れはしない」

 

 ぎりぎりと得物を握りしめる音が、後ろに控えるトレヴァとマリアの耳にも入った。

 

「あの野郎が、13年前と今を繋ぐ、元凶のひとつだってんだろ」

「ああ……ここで、こいつを倒すッ!!」

 

 ふたりの剣幕に、ジャミはその顔を歓喜に歪ませた。

 

『そう来なくっちゃなァ!! 布教だけのつもりが思わぬ出会いに恵まれた!! 少しばかり……遊んでやるよぉ!!』

 

 ジャミが身を震わせ、おぞましい雄たけびを上げた。邪悪な魔物の嘶きが、城下町に響き渡る。

 

「くらえぇ!!」

 

 イーサンが全力でブーメランを投げつける。数多の魔物を屠った刃の一撃、正確な狙いから放たれたブーメランは一直線にジャミの首元に向かっていき――。

 

 その手前で不自然に軌道を変え、明後日の方向に飛び去って行った。

 

「なにっ!?」

「おおおおおおおお!!」

 

 続いてヘンリーが騎士剣を引き抜き、ラインハット王宮仕込みの剣技を叩きつけた。彼もまた奴隷時代の過酷な労働で十分なほどに鍛えられた肉体を持っている。

 だが、ヘンリー渾身の剣技は、一撃たりともジャミの体に当たらなかった。

 

「どうなってん――」

『ぬるいぬるい!!』

 

 ジャミの拳がヘンリーの腹にめり込み、彼の体を吹き飛ばした。ヘンリーはそのままイーサンの脇を掠め、後方の壁に激突する。

 

「あなた!?」

 

 すぐにマリアが駆け寄り回復呪文をかける。ジャミはゆっくりとイーサンに向かってきた。……初手でブーメランを失い、今のイーサンは丸腰である。

 

「しまった……!」

「下がって マスター!!」

 

 トレヴァが上空から飛来し、ジャミに氷の息を吹きかけた。放たれた超低温のブレスは、勢いよくジャミの体を足元から凍らせる。

 が、馬の魔物が軽く身をよじっただけで、まとわりつく氷は粉々に砕け散る。力技で破壊したというより、やはり不思議な力でかき消された印象だ。

 

「な なんで ワタシの…… あうっ!?」

 

 戸惑うトレヴァをジャミが床に叩き落し、その首元を踏みつけた。

 

「キ キキっ ……!!」

「トレヴァ!?」

『ハン。魔物の面汚しが。ニンゲンに媚びを売るなんざ、気に食わねぇなァ?』

 

 ジャミが足に力を込め、トレヴァが苦しげに喘ぐ。

 

「彼女をはなせえええええええ!!!!」

 

 イーサンは手ぶらのままジャミに飛びかかる。そのまま素手で、ジャミの胸元を殴りつけた。

 

「……!」

 

 やはり、その拳も届かない。全力で振り抜いたパンチはジャミの体の数センチ手前で謎の失速をし、体表から薄皮1枚のところで止まっている。

 

『丸腰とは傑作だな!! だが何をしようが無駄――』

「これならどうだ……“バギマ”!!」

『……!?』

 

 拳の先、ジャミからほぼゼロ距離のところで竜巻の呪文が発動、荒ぶる風の魔力がジャミを包む。……当然謎の力によって風の刃は彼の皮膚を掠めることもできないが、至近距離から放たれた大質量の一撃がジャミの体を大きく弾き飛ばす。

 そのままジャミは後方の見張り塔に派手に激突した。自分で当たりに行ったからか、ダメージが通っているのが見られる。

 

 イーサンは倒れたトレヴァを抱きかかえ笑みを浮かべた。

 

「防御だけしても、単純な質量にパワー負けすることがある。……火山の怨霊と戦うときの必須知識だ、覚えておきなこのクソ野郎!」

『やってくれるなパパスの息子……。ならば――』

 

 ジャミが両手を掲げると、彼の頭上に大量の魔力が集められる。空気が歪むほどの濃度。ロランが大呪文を詠唱するときよりも、遥かに多いのが見て取れる。

 

『教えてやろう、風の魔力の正しい使い方を。……後ろの大事なお城を、せいぜい体を張って守るんだなァ!』

 

 集積された魔力が“バギ”に変換され、ジャミの頭上に真空の塊が作り出された。

 

「まずい――っ!」

 

 それはもはや建物のひとつやふたつ余裕で飲み込めるほどの大きさを持っていた。あんな呪文をまともに食らったら命はない。それどころか、背後に控える王宮すら木っ端微塵にされてしまうだろう。王宮にはデールや、逃げてきた街の人々がいる。どうする……!?

 必死に頭を働かせるも、無慈悲にも呪文の詠唱は完了した。

 

 

 

『――“バ ギ ク ロ ス”! !』

 

 

 

 極大化された風の呪文が発射され、イーサンたちの体を飲み込んだ。暴れまわる無数のつむじ風が、石造りの建物を粉々に破壊していく。

 

「……え?」

 

 咄嗟に目を瞑るも、イーサンは自分の体が無傷なことに気が付いた。

 目を開くと、王宮の屋上は確かに破壊され、今自分が立っている場所も含め瓦礫の山と化している。だが、それだけだ。すべてを飲み込む風の極大呪文は、屋上の一部を破壊するに留まったのだ。

 

「間に合って……よかった……」

 

 イーサンの目の前で、マリアが光の壁を展開していた。強大な魔力の塊を受け止めた輝くバリアはところどころがひび割れ、彼女のスカートから覗く片足、ケガをしている方の足からは、血が滴り落ちている。

 

「あな……た……」

 

 光のバリアが空気に溶けるように消え、力尽きたマリアはその場に倒れ込む。

 

「「マリア!!」」

 

 ヘンリーとイーサンが彼女に駆け寄る。彼女は小さく呻いた。……意識を失っただけのようだ。

 

『悪くねえ戦いぶりだな』

 

 極大呪文を跳ね返されたはずのジャミが、涼しげな顔でこちらを見下ろしていた。彼の背後にある見張り塔だけが、無残に破壊されている。

 

『だが、こちらも潮時みたいだ』

「なに……?」

 

 ジャミの視線を追うと、街のはずれ、西門の城壁が崩落しているのが目に入った。

 

「作戦が、成功したのか……! デール、よくやった……!」

「これで街の被害が食い止められる! 守り切ったんだ……!」

『そのようだな。ああ、そのようだ。クヒヒ……そうじゃなくちゃ困るってもんさ』

 

 西門の破壊を皮切りに、王宮から次々と兵士たちが街へ出ていく。その様子を見下ろし、ジャミは大きく笑い声を上げた。

 

『もともとラインハットを壊滅させる気なんて毛ほどもないってことだよ! ……大事な大事な、未来の信者たちだ。ここで滅びられたら、こっちだって困るのさ』

 

 彼の醜悪な肉体を再び黒いモヤが包み、彼は一瞬にして、黄土色の法衣を纏う人間の姿に戻っていった。

 

「なにぶん、俺たちゃ宣教師なんでね……。布教、言うなりゃ宣伝が我々の本分さ。言っただろう、『教えを拒むと、どうなるのか』。ラインハットの聡明な国民たちは嫌でも思い知っただろうな」

「お前……!」

「ゲマ卿の言う通り。俺たちは何も、力ずくでニンゲンを滅ぼす必要はない。やろうと思えばできるがね。でも、ちょっとだけ脅かして、臆病な心を刺激してやれば、ニンゲンは勝手にこちら側につき、勝手に滅んでいく。先代ラインハット王がそうだったようになァ!!」

 

 ヘンリーが雄たけびを上げて立ち上がるが、戦闘のダメージで足がもつれ、無様に倒れ込む。

 

「……なかなか楽しかったぞ、旧き友よ。また改めて布教に来てやろう。そのときは……良い答えを期待してるぜ? 全ては、我らが神の世界のために――」

 

 ジャミの体が澱んだ光に包まれ、彼は姿を消した。ヘンリーが瓦礫を殴りつけ、イーサンは奥歯を噛み締めた。

 

 街に入り込んだ魔物はまもなく掃討されるだろう。目に見える脅威は退けることができるが、たった今胸を締め付けているのは敗北の味に他ならなかった。

 

 

  *  *

 

 

 夜。テルパドールの女王アイシスは、王宮の中庭から月を見上げていた。この砂漠の砂嵐は、夜になると止むことが多い。

 

「……おや」

 

 夜空に流れ星が閃いたと思うと、その光がこの中庭に降り注いでくる。旅人とその仲間たちが、沈んだ面持ちで女王の目の前に降り立った。

 

「イーサン殿! ご無事で何よりです」

「女王様……」

「私も何度か『眼』を使って様子を見ていましたが、ラインハットは無事のようですね」

 

 イーサンは目を伏せる。

 

「なんとか、ですけどね。あのあとサラボナにも寄りましたが……既にあそこにも、教団の教えが広まりつつあります」

「そうですか……サラボナも」

「ルドマンさんにも俺たちが知っていることを教えました。でもやはり……表立った弾圧は難しいようです」

「……無理もありません」

 

 ラインハットの一件で、教団が実質的にその街の人たちを人質にしていることが明らかになった。教団の布教を妨げれば、魔物をけしかけられる。そのことを悟ったルドマン氏は頭を抱え、力なくイーサンに礼を述べたという。

 

「女王様、俺は――」

「言いたいことはわかります。ですが、今日はもうお休みになってください。今日貴方に話しそびれたことがいくつかありますが、詳しいことはまた明日。……それよりも、彼女のそばにいてあげてください」

「イーサンさんっ!?」

 

 扉が開け放たれると、そこにはフローラの姿があった。彼女は深夜にも関わらず旅装に身を包んでいる。『何かあったら、何かあったらわたくしが』と、彼女が泣きはらしながら着替えていた様子を、アイシス女王は思い出した。

 

「フローラ……」

「良かった……っ! 無事で、わたくし……、ぅ、く、っあ、あ――、―――!!」

 

 イーサンの胸にしがみつき、彼女は声にならない声を漏らす。ぱたぱたと、涙が床を濡らしていく。イーサンはそっと、揺れる彼女の蒼い髪に手を添えた。

 

「……っ」

 

 医務室のベッドに横たわるマリアの姿を思い出し、膨れ上がる感情に胸を貫かれた。

 

「フローラ……っ!」

 

 泣き崩れる妻を優しく抱きしめる。

 絶対に、彼女だけはこの手で守らないと。そう心に誓った。

 

 

 

 

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