蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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こんばんは。イチゴころころです。最近寝苦しさが緩和されてきてとても快適です。


前回は何気にジャミ初登場でしたね。今まで名前でしか出てきてなかったからね……。
ついでに最上位呪文も初登場だったはずです。”バギムーチョ”等は、当時のドラクエ作品にはなかったので”バギクロス”がいちおう最上位です。

……でもゆくゆくは”バギムーチョ”とか”メラガイアー”とか出したいなぁとか思っています。だってかっけーじゃん。





5-5. (はや)る呼吸

 

 

 久々に、悪い夢を見た気がする。

 奴隷時代の記憶、目の前で父を喪ったときの記憶。それらが歪に混ざり合い、自分の体を蝕んでいく。そんな夢だった。あれから13年。忌まわしき教団はずっと、自分の人生に纏わりついてくる。いや、母マーサを攫った邪悪な手の正体も教団であるなら、一体この因縁は、いつから続くものなのだろう。そして、いつまで続くものなのだろう。

 

「……う」

 

 目が覚める。客室の扉が開かれ、アイシス女王が入ってくるところだった。

 

「おや、起きていたのですかイーサン殿。おはようございます」

「ちょうど起きたところです……。おはようございます……」

「……えっと、それは?」

「……?」

 

 女王の視線の先、イーサンの右腕には、フローラがいつものように絡みつき、もとい抱き着いて寝息を立てていた。その目元は、少し赤く腫れている。

 

「……妻です」

「それは見ればわかります」

「フローラ、寝相が悪いそうなんです。抱き枕がないと眠れないとか……。よく自分のベッドを抜け出してきて、こうなるんですよ。……朝っぱらからすみません、こんな姿をお見せしてしまって」

 

 恥ずかしげに目を逸らすイーサンに、アイシス女王は薄く微笑んだ。

 

「良いではないですか、可愛らしい奥様で。……そうですね。昨日、話があると言いましたが、午前中はどうぞご夫婦でゆっくりなさってください」

「え、いいのですか?」

「私も少しばかり執務がございますので。何もない所ですが、王宮内を見て回ってはいかがでしょうか。……昨日のこともあります。奥様と一緒に過ごしてあげてください」

 

 女王の言葉、最後の方には少し棘を感じた。

 

「……わかりました」

「イーサン殿」

「なん、でしょうか……」

「フローラ殿は、貴方のことを心から想ってくれています。どうか、彼女のことを大切にしてあげてください」

「……」

 

 昨日の記憶がフラッシュバックする。寝込むマリア、泣き崩れるメイド、家族を失い途方に暮れる人々……。

 

「――もちろんです。真の脅威が明らかになった今、フローラを危険な目に合わせはしません。俺が必ず、この手で守ります」

 

 女王の目が、すうっと細まる。

 

「……そうですか」

 

 その様子にイーサンは首を傾げたが、アイシス女王はすぐに微笑みを取り戻した。

 

「では後ほど。ゆっくりと休養を取った後、玉座の間へといらしてください」

 

 

  *  *

 

 

 顔が熱い。頭蓋骨の代わりに蒸しパンでも入っているのではないかというほどほっかほかなので、たぶん傍から見ても真っ赤なのだろう。

 

「は、恥ずかしいですわ! わたくしがイーサンさんにその、だ、だ、抱きついている様子を、アイシス様に見られてしまうなんて……!」

 

 王宮の廊下を、フローラは顔を伏せてつかつかと歩く。

 

「もうっ、どうして起こしてくれなかったのです……!」

「ご、ごめんって。起こすの、悪いかなって思ってさ」

「うぅ~……他人様に寝顔を見られてしまうなんて……お嫁に行けませんわ……」

「だからもう嫁なんだって」

 

 イーサンはフローラの寝顔を思い出す。もう何回も、目覚めと共に見てきた顔だ。

 

「可愛いと思うんだけどな」

「かっ……!?」

 

 イーサンは自身の愛情に素直なので、よくこういったことを口に出す。その度に、フローラの首元はともしび小僧も一瞬で溶かすほどの発熱を起こすのだ。

 

「き、急にそんなこと、言わないでくださいまし……」

「うん。可愛いね」

「もうっ!」

 

 夫がけらけらと笑う。その表情に、フローラは心の中で安堵した。よく知る笑顔だ。昨日のことを思い出すと少しばかり胸が痛むが、それはきっとイーサンだって同じ。いや、ラインハットの惨状をその目で見てきた彼の方が辛いはずだ。フローラは込み上げかけた謎の感情をぐっと飲み込み、イーサンの後についていった。

 

 

 

「いらしゃませえ!」

 

 武器屋に寄ると、小さな女の子が出迎えてくれた。全長だけで言うと、リズと大差ない。

 

「あら、可愛らしい店主さんですね。お父様とお母様はいらっしゃるかしら?」

「シャヒーラが、みせばんしてるの!」

 

 短い髪を左右に束ねたその女の子は、腰に手を当てて得意げだ。

 

「おにーちゃんたちは、かっぷるですか?」

「「かっ……!?」」

 

 これには流石にフローラだけでなく、横にいる夫も口をあんぐりと開けた。

 

「お、俺たち、やっぱそう見えるのかな」

「なんだか照れちゃいますね……。シャヒーラちゃん、残念ながらわたくしたちはか、か……カップルではありませんの」

「じゃあ、あいじんですか?」

「「なんでっ!?」」

 

 一体どこでそんな物騒な言葉を覚えたのか。フローラはこの子の将来が少しだけ心配になる。

 

「えっと、俺たちは夫婦なんだ。ほら、指輪だってしてる」

 

 イーサンが指にはめた『炎のリング』を見せた。小さな武器屋さんは目を輝かせる。

 

「ふーふ! じゃあ、ぱぱと、ままだね!」

「それもちょっと違うけれど……わたくしたち、まだ子供もいませんし」

 

 フローラはそう言いながら、いつか自分たちも子供を授かるのかな、と想像し……、直後、石炭でもくべられたかのように顔が熱くなった。たまらず隣の夫を殴りつける。

 

「きゃあ~~っ、イーサンさんったら!」

「えぇなにが!?」

 

 するとシャヒーラは困ったように顔をしかめた。

 

「どうしよ……うちは“かっぷるわり”しかないし……。ごふーふさんは……えっと。うーん……。うんっ! おねーちゃんきれーだから、ぜんぶタダでいーよ!!」

「いや、だからなんでそうなるの!」

「まあ……」

「フローラ、ぽっ、ってしないで! 気付いてこの異常に!」

 

 そんなことを言い合っていると、店の奥から店主と思しき男性が出てきた。

 

「ああ、こらシャヒーラ。またお客様を困らせて……あれ、昨日の?」

「クルスムさん!」

「まあ、店主様はクルスムさんだったのですね」

 

 昨日とは違う装いなので気付きにくいが、そのやや垂れた細目は間違いなく昨日会った商人兼宮廷騎士である。

 

「ええ、まあ。宮廷騎士は仮の姿。本来の私は、王宮で武器屋を営む一児の父なのでした」

「仮の姿多すぎません?」

「はっはっは! テルパドール宮廷騎士のほとんどは、なにかしら副業を持っているものです。私なんて武器屋だけなので、楽な方ですよ」

 

 フローラは昨日聞いた話を思い出した。もともと人口が少ないうえに、砂嵐に隠された敷地には侵入者も少ない。市民のほとんどが専業で成り立つサラボナとは正反対だ。彼女は国民性の違いというものを改めて思い知る。

 

「シャヒーラ、みせばんできたよ、ぱぱ!」

「おぉ、偉いなシャヒーラ! でも……あははっ。全部タダはちょっとやりすぎだ。そんなんじゃ、立派なお店屋さんにはなれないぞ?」

「いいの! シャヒーラ、きしさまになるもん!ぱぱよりつよい、きしさまになるの!」

 

 クルスムが娘を抱き上げると、シャヒーラは嬉しそうにはしゃいだ。

 

「ふふ、素敵な娘さんですわね」

「ええそうですとも。もう可愛いのなんの。産んでくれた女房には感謝ですよほんと」

「奥さんはどちらに?」

「王宮付きの給仕係です。是非あとで食堂に寄ってください。あいつの作るサボテンステーキは絶品ですからね」

「シャヒーラ、ステーキ、だいすき!」

 

 あどけなく笑う少女に、心が癒されるのを感じる。

 

「そういえばここ、カップル割なんてやってるんですか?」

「ええ、カップルで来店されたお客様に、割引サービスをしているんです」

「素敵なサービスですわね。どういった意図がありまして?」

 

 クルスムは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

 

「いやあ、やはりこの国は人口が少ないものですから。()()()()()()()()()()()()()()()()のせいで、子供の数が特にね……」

「え……」

 

 心の奥が急速に強張っていくのを感じた。イーサンに話を聞いたことがある。彼が旅に出始めた頃、ラインハットでも人さらいが流行ったと。つまりはこれも、教団の仕業である可能性が高い……?

 

「だからまあ、みんな積極的に恋をして、たくさん子供を産みましょう! みたいな意図です、はい。うちもシャヒーラっていう素敵な子供を授かったわけですし。少しでも若者の恋を応援したくて、カップル割を始めたんです。各集落から、王宮を訪れる国民も多いですから」

 

 クルスムの話を聞きつつ、フローラは視線をイーサンに向けた。昨日の今日で、またもや教団の影……。彼は今、どんな気持ちでいるのだろうか。

 

 しかし、イーサンの表情からは、昨日見たような危うさを感じることはなかった。

 

「そうですか……テルパドールも大変ですね。どうか気を付けて。シャヒーラちゃんを、健やかに育ててあげてください」

「はははっ、ありがとうございます」

「……」

 

 というより、『わからなかった』、と言った方が正しい。微笑みを称えるイーサンの表情は、しかしながらフローラには”虚無”に見えた。心がざわめく。彼の無機質な笑顔に逆に不安を感じる。今貴方は、本当は何を感じているの?

 

「すみません長話をしてしまって! さあいらっしゃいませ、ご夫婦ももちろん割引対象です。何をお探しで?」

「いやいやありがとうございます。新しい武器を探していて……。これ、いただけます?」

「毎度アリ! おや、でも昨日はブーメランを使っていましたよね? 良いのですか?」

「ええ。こっちも多少は使い慣れていますから。それに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言ってイーサンが手に取ったのは一振りの長剣。細かいデザインは違うがサラボナで購入したのと同じ『破邪の剣』である。

 

 1年ほど前、『フローラが前にも増して強くなってくれたわけだし、甘えさせてもらおうかな。ありがとう』と、得意のブーメランを手にして後衛に下がった彼のはにかんだ顔を思い出す。

 頬を伝う汗は、思ったよりも冷たかった。

 

 

  *  *

 

 

 午後、イーサンたちはアイシス女王の案内で、王宮から少し離れた厳重な建物、テルパドール王国の宝物庫に通された。そこには、王家が代々守り続ける伝説の宝が収められている。

 

「これが……『天空の兜』」

 

 龍の咢を象った神々しい兜。よく防具屋で売られている一般的な兜は、装着者の頭部を覆いつくす所謂“フルフェイス”というものだが、今目の前の台座に祀られているそれは少し違う。額部分の宝玉から伸びる細い金具、それを頭に引っ掛ける形で装備するのだろう。印象としては冠、サークレットに近い。被覆面積の少なさから防御力には一見期待できなそうだが、そこは伝説の武具。きっと目には見えない加護で装着者を禍から守るのだろう。

 その存在感に、イーサンは思わず喉を鳴らした。

 

「既に『剣』と『盾』をお持ちのイーサン殿にはわかると思いますが、これは常人には装備できません。頭にはめ込もうとすると、不思議な力でそれを阻まれます」

 

 それも重々承知していた。天空の武具は、天空人の血を引く勇者にしか装備ができない。それはこの『兜』だってそうだし、まだ見ぬ『鎧』もきっとそうなのだろう。

 

「そしてイーサン殿……貴方の事情を知ったうえでも、この兜をお譲りすることはできません。兜をお守りするのが我々王家の使命なのです。何卒ご容赦ください」

「はい……。天空の武具は言わば俺にとっての“きっかけ”ですから。一番の目的は、母さんを救うことです」

「お母様、マーサ様ですね……」

 

 女王はそうつぶやくと、腕を組み顔を伏せた。

 

「実は、お話ししたいことというのは貴方のお母様についてです。天空の兜をお見せしたのも……そのためです」

 

 アイシス女王が改まるものだから、イーサンは眉を顰める。傍らのフローラも首を傾げた。

 

「15年前の事です――」

 

 女王は一呼吸置き、それから言った。

 

 

 

「15年前、『天空の武具』を探しているという旅人が、このテルパドールを訪れました。遥か東から、幼子を連れて」

 

 

 

「――」

 

 覚悟はしていた。だがイーサンの瞳は確実に震え始める。

 

「彼は言いました。『妻を助けたい』と。……彼は最後まで身分を明かさず、私のもとを去っていきました。そして同じころ、東の大国の若き王が失踪したとの噂が出回るのです。その名を『()()()()()』」

 

 フローラが息をのむ。ポートセルミを発つ前に、ルドマン氏から話された内容と一致する。

 

「当時の私は若輩者でした。彼が去り、その噂を知って初めて、“自分は何か大切なことを見落としたのではないか”と思ったのです。それから私は慣れない『王家の眼』の訓練をし、世界に何が起きようとしているのか、見守るようになりました」

「じゃあ、俺は……」

「はい」

 

 アイシス女王がイーサンを見据え、力強く言い放った。

 

「イーサン殿、東を目指すのです。貴方は、グランバニアの王子の可能性がある!」

 

 

  *  *

 

 

 テルパドールを発つ直前、アイシス女王はイーサンに砂漠の地図を手渡した。フローラたちは既に馬車に集合しているので、今この客室にいるのはふたりだけだ。

 

「この、赤い印は?」

「現在、集落のひとつがこの場所にいるはずです。もうすぐ陽が落ちます、ここで休息をとるのが良いでしょう」

「なるほど……しかしよくわかりますね。年中移動している集落の場所なんて……あっ」

「はい。『王家の眼』のお陰です。またこの力は、親しい人物とは離れていても会話ができます。集落の長たちとは、そうして連絡を取り合っているのです」

 

 クルスムが話してくれたことが腑に落ちた。その能力によって、広大な砂漠に散った国民たちをまとめているのだ。このような統治の仕方は、神秘の力に恵まれたテルパドールならではというものだろう。

 

「ほんと……恐れ入りました。素晴らしい力ですね、『王家の眼』」

「まあ、使いようです。若き日の私は国の内面しか見ていなかった。だから、貴方のお父様の足跡、軌跡を追う機会を見逃してしまったのです」

「……仕方ないですよ。今の時代はどこも、自分らの世界を閉ざしていますし」

 

 イーサンは地図を畳み、袋に入れた。

 

「このテルパドールとは正反対に、グランバニアは世界一の軍事国家です。最近は各国の例に漏れず衰退の兆しが見えていますが、人口も3大国で最大級の、武力に富んだ国。……そして、貴方の本当の故郷かもしれない国です」

「実感は全くないですけどね。俺が……王族かもしれないなんて」

「それは……行けばわかることでしょう。おそらくあの国に、すべての起源があります。イーサン殿の旅路。お父様の旅路。なぜお母様が教団に攫われたのか。なぜ彼が自ら旅に出て、身分を隠してご子息を連れ出したのか。……『王家の眼』でも見えないものが、あの場所にはあります。どうかあなた自身の目で、確かめてください」

「はい……。本当に、何から何までありがとうございます」

 

 イーサンは深々と頭を下げた。アイシス女王は少し間をおいて、再び語り掛ける。

 

「以上が、テルパドール女王としての助言です。……ここからは、個人としてお話ししますね」

「え、ええ。なんでしょうか」

「イーサン殿、貴方がグランバニアの王族の血を継いでいようと、過酷な運命を背負っていようと。……()()()()()()()。血統も、因果も、その背に収まっている剣と同じ。貴方が貴方自身の意志で扱うものです。それを忘れないでください」

「えっと……つまり?」

 

 女王は目を閉じ、微笑んだ。

 

「イーサン殿の気持ちを、何よりも大切にしなさい。という……そうですね、アドバイスです。人生の先輩からのありがたい言葉だと思って、心に留めておいてくださいね?」

 

 大切なのは自分の気持ちというのは、結婚の件で学んだことだ。イーサンは彼女の言葉にいまいち要領を得なかったが、かつて抱いた、たくさんの人に支えてもらった気持ちは揺るぎはしない。

 

「わかりました。俺の気持ちは変わりません。ひとりの夫として……フローラを守る。色々なことを考えなきゃならないのもそうですが、それだけは曲げてはいけませんよね」

「わかっておられるのなら、それで良いのです。ではお気をつけて。貴方の旅路に、神のご加護があらんことを」

 

 イーサンは女王に見送られ、客室を後にした。

 すべてが始まった地、グランバニア王国へ向けての旅路の幕開けである。

 

 

  *  *

 

 

 中継地点の集落に向かうまでに、何度か魔物の襲撃にあった。やはりというか、想定よりも激しい気がする。各地で耳にする『魔物の動きが活発』という話はこのテルパドール地方にも当てはまるようだ。そして恐らく、東の大陸のグランバニア地方も例外ではないだろう。

 

 人間の文明が、凶暴化し続ける魔物にゆっくりと圧迫されている。そしてその元凶となるのは『光の教団』に違いない。奴らは魔物と繋がっている。いや、幹部であるジャミがあのような禍々しい姿だったことから、そもそもが魔物の組織である可能性も十分あり得るのだ。勧誘・拉致による人口の減少、国力の衰退に合わせ、魔物の凶暴化。確実に、人間と魔物のバランスが傾いてきている。

 

「……はあっ!!!」

 

 イーサンは剣を振るう。苦手だとか、この際関係ないと思った。今目の前にいる魔物は教団の息のかかったものではないか? 魔物の目を通して、自分たちは監視されているのではないか? 一秒でも速く、一歩でも遠く、危険を退けなければ。誰よりも前線に立ち、立ちはだかる魔物を最速で、最短で斬り伏せていった。

 

「リズ、トレヴァ、フォロー! ロラン、後続の足止め!」

 

 最前線からひっきりなしにかけられる命令。仲間モンスターたちもついて行くのがやっとのようだった。……その様子を見ると、今までの自分の戦い方はややのんびりが過ぎたのではないかとさえ思った。魔物が活発に襲ってくるのなら、こちらもそれ相応のテンポで迎え撃つべきだ。一瞬たりとも、後れを取るわけにはいかない。なぜなら……。

 

「……ふう」

「あの……イーサンさん、わたくしは……」

「大丈夫だよフローラ、もう終わったから。君は馬車で休んでいてくれ。もうすぐ集落に着くはずだ」

 

 ……なぜなら次攫われるのは彼女かもしれない。そんなことは絶対にあってはならない。

 視線と肩を落とすフローラ。その髪を、イーサンは優しく撫でた。

 

「安心してくれ。君は俺が守るから」

 

 やがて陽が落ち、一行はアイシス女王に紹介された集落に辿り着いた。集落の長には既に女王からの連絡が言っていたようだ。イーサンたちは大きなテント状の宿に案内され、濃密な道中を経た仲間たちは各々眠りについていく。

 

 イーサンは就寝前に道具袋を確認した。南の大陸はまだまだ続く。それにグランバニア王国に行くためには山越えもしなくてはならないらしい。今一度消耗品の管理をしようと思ったのだ。

 

「あ、しまった。薬草……」

 

 集落は小さく、道具屋がない。民たちは不定期で訪れてくる巡回商人から物を買っているらしいので問題はないそうだが、イーサンたちはここで買い足すことができない。

 

「うっかりしてたな……王宮で買っておけばよかった」

 

 モンスター図鑑を調べると、どうやら砂漠に出没するモンスターが落とすことがあるらしい。実際今日も何度か入手した。しかし数をそろえるには、少々腰を据えた『狩り』が必要だ。

 

「……」

 

 部屋の隅のベッドで寝息を立てているフローラを一瞥し、少し考えた。……ただでさえ魔物の襲撃は激しい。今日は何とか彼女を戦線に出さずに済んだが、馬車の中とはいえあまり戦いに巻き込むわけにはいかない。

 

「……明日は、こっそり早起きかなあ」

 

 

  *  *

 

 

 空が白み始める頃に起き、イーサンは薬草集めに出かけた。少し目元が重く感じたが、泣き言など言ってられない。お供にはロランだけ連れていくことにした。彼はもともと生物ではないので睡眠が必要ない。でもみんなが寝ている時間は『楽しくない』とのことで、夜は大人しく寝たふりをしている。戦力的にも一番安定しているので、彼を連れていくくらいがこの程度の採集にはうってつけだと思った。

 

 その後、イーサンは砂漠地帯で適度に採集を済ませ宿に戻った。みんなが起きてくる少し前に戻ったつもりだったのだが、部屋では既にフローラが起きていた。イーサンは眠気の孕んだ目をこすりながら彼女に挨拶をし、一緒に朝食を取る。何を喋ったかは、よく覚えていない。

 

 朝の支度を終えると、いよいよ東へ向けての再出発である。

 

「マスター? なんか 疲れて ない?」

「ん……大丈夫。ちょっと明け方、買いそびれた消耗品を調達してきてね」

「そうなの…… 起こして くれれば 手伝った よ?」

「いやいや、テルパドールで買い忘れちゃったのは俺なんだしさ。今後、忘れ物には気を付けようっていう自戒も兼ねて、みたいな感じ。さあ出発しようか。砂漠を抜けても、南の大陸はまだまだ広い。いくつか中継地点を決めて……」

 

 荷台の縁に地図を広げ、行程を考える。すると視界の端にフローラが映った。こちらに背を向け、大きな道具袋を担いだところだ。

 

「うん……? フローラ?」

 

 声をかけると彼女は一瞬だけ動きを止めるが、すぐに道具袋を持ち替えて歩き出してしまう。そちらは北だ。彼女がいくら方向音痴とはいえ、行程の説明も受けずに違う方向へ歩き出すのはさすがにどうかと思った。

 イーサンは苦笑いを浮かべ、地図を畳んで彼女に歩み寄った。

 

「フローラ、どうしたの? そっちは北だよ?」

「……」

 

 彼女は立ち止まるも、返事はない。表情は見えない。

 

「フローラ――」

「わかっています。わたくしは北へ参ります。アイナたちがいる北岸へ――」

 

 

 

「――アイナにお願いして、サラボナまで送ってもらいますから」

 

 

 

「…………え?」

 

 耳を疑った。今の今まで、そんな話は一度たりとも出ていなかったはずだ。聞き逃したか、忘れていたか、必死で記憶を検索するが……やはり唐突過ぎる。脈絡のない彼女の宣言に、心臓があり得ない速さで脈打ち始める。

 

「ちょっと……どういうこと、フローラ、ねえ」

 

 再び歩き出すフローラ。表情はもちろん見えない。咄嗟に彼女の肩を掴み――。

 

()()()()()()()()

 

 ――振り払われた。そのはずみで彼女と目が合う。

 

「……!」

 

 知らない目だった。彼女の優しさも、明るさも、暖かさも感じられない、冷え切った目。そんな目で見られたことは一度もない。当然、彼女の瞳は震えているはずもなく、淡々と、冷ややかに、イーサンを見ていた。

 

「……お世話になりました」

 

 そう言ってフローラは歩き出した。かける声が喉まで出かかり、止まる。追おうとする足は砂の地面から一瞬だけ離れ、元に戻る。

 追えない。彼女を止めに行くことができない。

 

 今朝、朝食の時間に話した内容はよく覚えていない。寝不足で頭が働いていないせいだと思っていた。だがそもそも……、

 

 

 そもそも、会話などあっただろうか?

 

 

 

 

 

 

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