蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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どうもこんばんは。イーサンとフローラが喧嘩しました。辛かったです。

今更ですが彼らはサラボナで出会ってから割とすぐに結婚したので、『恋人』という関係性をスキップして夫婦になりました。

なので戸籍上は夫婦ですが、精神的にはまだまだ未熟な恋人同士みたいな距離感なのかなぁとか、信頼と依存の棲み分けとかお互い難しいお年頃なのかなぁとか、私も若輩者なりに色々考えているのです。

ともあれ仲直りさせてあげられてよかった(前回までのあらすじ)。
そして爆発しろ(今回予告)。





5-7. 愛する人へ

 

 

 夜。テルパドール王宮から少し離れた集落にて。

 今日は結局一歩も進まなかった馬車の荷台の中で、仲間想いのキメラは涙を流し続けていた。

 

「よかった よかったぁ…… マスター フローラ 仲直り よかったよぉ……」

「……トレヴァ泣きすぎニャ。ほら、鼻水を拭くニャン」

「だってぇ…… びっくりしてぇ マービン マスター を 殺しちゃいそう だった からぁ……」

 

 隅の丸イスに腰掛ける死体がぎくりと体を震わせ、バツが悪そうに頭を掻いた。

 

「いや……オレも、ついカッとなって、な……?」

「フローラ も どこかに 行っちゃうし…… このまま ワタシたち ばらばらに なっちゃうかもって…… うえぇ……」

「マービンの気持ちもわかるけどニャア……。ここ最近のご主人は、なんだか好きじゃなかったニャン」

「わあああああん! お願い 好き で いてぇ!! リズ お願い だからぁ!」

「ニャアーっ! わかったから! 大丈夫。ご主人だって反省してるみたいだったし、それならリズも……す、好きでいるというかなんというか……。認められるから!」

 

 昼過ぎに帰還したイーサンは仲間たちに心から謝罪をし、それぞれの心労も考慮してもう1日、この集落で休むことを決めた。フローラまで『ご迷惑をお掛けしました』と頭を下げてきたので、もう言うことはないだろう。と、マービンとリズも納得したようだった。

 

「リズ リズ!」

「なんにゃ宝石袋」

「リズ は 気付いてたの? マスター の 気持ち!」

 

 イーサンの早起きに付き合ったロランは、皆の言う『イーサンの異常』があまりピンときていないようだ。

 

「違和感くらいのものニャ……。昨日はずっと、何かに追いかけられるみたいな道中だったから……。それに、リズたち魔物がご主人について行く理由ってそれぞれなんだろうけど、ひとつの共通点はあると思うのニャ」

「共通点 ナリ?」

「ニャン……。たぶん、ご主人の自由な雰囲気……。とんでもない過去とか、因縁とかを背負ってやがるくせに、自分のペースで歩いて、笑って、泣いて。軽口まで叩いて……。そんにゃ自由なココロに、魔物として惹かれるものがあったニャン?」

 

 リズの言葉にロラン、トレヴァ、マービンは顔を見合わせた。思い当たる所は、少なからずある。この場にいないレックラもきっと、同じ気持ちを抱くだろう。

 

「そんなご主人があんなにキリキリしちゃって、嫌でも違和感ニャ~」

 

 リズは干し草の上を転がった。彼女は仲間モンスターの中では、最もイーサンとの付き合いが長い。この長い旅路で彼女が学んだのは、人間の『言葉』だけではないのだ。

 

「……うえぇ」

「また泣いてる!? 今日のトレヴァ、なんかぶっ壊れてるニャ!?」

「リズが なんだか 頼もしくてぇ……」

「さりげなく失礼ニャ!!」

 

 そんなやり取りを横耳に、マービンは幌の隙間から宿屋を眺めた。せっかく仲直りしたのだし夫婦水入らずにしてあげようと、今日は馬車で寝ることをみんなで決めたのだ。今朝イーサンを殴りつけた片腕を一瞥し、彼は静かに微笑む。

 

「戻ってきてくれてよかったぜ、お嬢……。それに、旦那もな」

 

 

  *  *

 

 

 砂漠の夜空は綺麗だ。きっと日中吹き荒れる砂嵐が、空気の汚れを洗い流しているのだろう。

 フローラはベッドに横になり、テントの隙間から覗く夜空を見上げていた。

 

「……」

 

 今朝のことは、彼女も反省していた。喧嘩両成敗ということでふたりとも納得し、実際先ほども今まで通り……穏やかで楽しい夕食を済ませてきたところなのだが。……それにしても、言い過ぎてしまったと思う。彼にも落ち度があるとはいえ泣かせてしまうのは大人げないというか、流石に、やりすぎだったと反省している。

 

「……はあ」

 

 フローラとしても、あんなに怒ったのは生まれて初めてだと思う。慣れないことをするものじゃないわ。と思わずため息をついた。でも……心は疲れているもののとても穏やかだ。昨日初めてこの宿に泊まったときは、嫌な疲れ方をしていたせいもありすぐに眠ってしまった。

 こうして喧嘩をするのも、そう悪いことではないのかもしれない。実際にフローラの父と母もしょっちゅう喧嘩をしていた。フローラが諫めると決まって彼らは『心配し過ぎだ』と笑うのだ。……今ならそれが少しだけ、わかる気がする。イーサンと再び通わせた心が、今まで以上にとても愛おしく思えた。

 

「……?」

 

 そんなことを考えながらうとうとしていると、背後に気配を感じた。誰かが布団の中に入ってきているのがわかる。それはきっと……。

 

「……フローラ」

 

 耳の真後ろで小さな声がした。イーサンだ。密着はしていないが、この距離なら彼の体温も感じられる。

 

「……なに?」

 

 彼と同じくらいの声量で返事をした。彼はまさか本当に起きているとは思わなかったのか、驚いたのが息づかいから伝わってきた。イーサンは改めて、フローラに声をかけてくる。

 

「フローラ。今一度、誓わせてくれないか」

 

 何を、なんて聞くのも野暮だろう。フローラには、それくらいわかる。

 

「……はい」

 

 唾を飲み込む音が聞こえた。……まったく。何を今更緊張しているのかしら。と、フローラは少しおかしく思うが、彼は真剣そのものだと思うので黙っていた。

 

「俺は……君とずっと一緒にいたい。どっちが前でも後ろでもなく、上でも下でもなく。……隣で、これからも一緒に歩いていきたい。俺が君を守るから……」

 

 イーサンの手が、フローラの肩に置かれる。

 

「……どうか君も、俺のことを守ってほしい」

「……」

 

 フローラは肩に置かれた手を取り、胸の前に持ってきた。必然的に、イーサンが彼女を抱く形となる。背中に触れる彼の胸から、びっくりするくらい速い彼の鼓動を感じた。

 

「……ええ。こちらこそ、改めてよろしくお願いします。わたくしの……旦那様」

 

 彼の安堵のため息が首筋をくすぐる。……だから緊張しすぎです。と心の中で突っ込みつつも、フローラは幸せな気持ちでいっぱいになる。

 

 しかしふと、脈絡も無しにこれからのことを考えてしまった。フローラは明日から、夫と共に再び東を目指す。何日かかるかはわからないが、きっとふたりはグランバニアに辿り着くのだろう。……だがその後は、一体どうなるのか。すべての大陸を制したイーサンは、次はどこに向かうのか。そもそも、彼はグランバニアの王子の可能性がある。そうなったら……今までのように生活できるのか。彼と共に自由気ままに旅をする日々がフローラはとても好きだった。でもこの生活は、一体いつまで続くのだろう。

 

 考えるだけ無駄だと分かっていながらも一度落ちた不安の波紋は大きくなる一方で、フローラはどうにも落ち着かなくなってしまった。背後からはイーサンの呼吸と鼓動が聞こえる。……彼は今、どんな表情をしているのかな。

 

「ちょっと、失礼しますね……」

 

 小声でそう言い、体をよじる。もぞもぞと上半身をひねり、彼の顔を見ようと――。

 

 

 

「……あ、ん……?」

 

 

 

 唇が重なった。

 フローラは一瞬だけ目を見開き、それから無意識に、目を閉じた。

 

「――、―――」

 

 結婚式以来、2度目のキス。

 あのときは言わば式の段取りの一環で、大衆の目が恥ずかしかったのもあってすぐに顔を離したのを覚えている。でも今は……今は。

 

「………っ!」

 

 思わず手を伸ばし、彼の背中に回した。ごつごつした背中。見た目以上に備わっている彼の筋肉は、地獄のような奴隷時代に得たものである。そう思うとたまらなく愛おしくて、切なくて、悔しい。閉じた目の端に涙が浮かぶのを感じながら、フローラは彼を抱きしめる。

 彼がそれに応え、抱きしめ返してくる。力強い抱擁に、瞼の裏側がホワイトアウトした。彼が唇を離すと、一対の甘い吐息が零れる。

 

「フローラ」

 

 名前を呼ばれる。それだけで、胸の奥が熱くなる。溶けかけた心がやめてと叫んだ。やめて、その続きを言われたら、きっと崩れてしまうから――。

 

 

 

――、――――。

 

 

 

 消え入りそうなほど、小さくささやかれた言葉。フローラの耳は律儀にその言葉を拾う。そして彼女の心は、その言葉に呑まれて跡形もなく溶け落ちた。

 再び重なる唇。どちらが迎えに行ったのかももうわからない。それどころか、もはや上も下も、右も左もわからない。もうどうでもいい。不安も恐怖も、今この瞬間だけはどこにも存在しない。真っ白く点滅する視界の中で、ふたりの体温が溶けて 混ざり合う。 指先も、足先も、皮膚も心も 霧散していくのを感じた。 今 自分は彼と一緒だ。 一緒に どこまでも、どこまでも深くへ 崩れ落ち て  い   く ――、―……。

 

 

  *  *

 

 

 テルパドール王宮にて。アイシス女王はいつものように中庭から、夜空に浮かぶ月を見上げていた。

 

「……心配、いらなかったようですね」

 

 髪をかき上げ、中庭を後にする。

 

「……」

 

 彼女はある人物の顔、そして大昔の失敗を思い出した。テルパドールの統治者に即位したばかりの頃の、自分の驕りと過ち。結果的に失われた、若き日の恋心……。その失敗を境に彼女は『王家の眼』を使わなくなった。そしてその判断さえも、数年後に現れる子連れの旅人、その軌跡を見逃す原因となる。

 

「……恋は狂気ですね。見なくていいものばかり目について、見るべきことだけを見落とす。それを乗り越えられた、貴方たちが羨ましいわ」

 

 狂気から覚めたのは、もう修復できないほど手遅れになってからだった。だがそれも昔のことだ。彼女はとっくに苦い記憶と決別し、それ以降は女王として、テルパドールを導く役目をしっかりと果たしている。……そのはずだ。

 

「わっふ!?」

 

 廊下の曲がり角で、小さな何かとぶつかった。

 

「あ、アイシスさま!!」

「……シャヒーラ。どうしたのこんなところで」

 

 夜でもお手洗いに行けるようになったのが嬉しくて、シャヒーラはよく徘徊しているのだという。そんな彼女を優しく諫め、少し眠そうな彼女を抱きかかえて家まで送ることにした。

 

「アイシスさま」

「なあに?」

「アイシスさまは、なにしてたの?」

「ふふ……昔のことを、少し思い出していただけよ」

 

 王宮の廊下に、優しい足音が響く。その柔らかな音はさながら子守歌のようで、シャヒーラを温かく包んでいる。

 

「そっかぁ。……あれ?」

 

 眠りに落ちかけた彼女の目が見開かれる。

 

「アイシスさま……ないてるの?」

「え……」

 

 手をやると頬が濡れていた。アイシス女王は言葉を失う。

 

「だいじょうぶだよ……。シャヒーラ、きしさまになるから。じょおーさまと、おーきゅうをおまもりする、つよいきしさまになるの……。だから、なかないでアイシスさま……」

 

 シャヒーラの小さな手が頬に触れた。アイシス女王は彼女に微笑みかける。

 

「ええ、楽しみにしていますね。だから今日は、ゆっくりお休み?」

 

 腕の中ですやすや眠る少女を抱きかかえ、彼女を心配しているであろう家族の元へ足を向ける。

 

 恋とは、狂気だ。その過程で受けた傷は、呪いとなってずっと心に残り続ける。どれだけ時間が経っても。どれだけ心を入れ替えても。

 

「……イーサン殿、フローラ殿。貴方たちはきっとこれからも、素敵な軌跡を歩んでいけます。この私が、テルパドール女王アイシスが保証しましょう」

 

 根拠はない。自分の能力では未来など視えない。

 どうやら自分はまだ少しばかり、優しい呪いを引きずっているみたいだ。

 

 

 

 

 

第5章 天空の勇者と光の教団  ~fin.~

 

 

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