蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
こんばんは。イチゴころころです。
連載を始めて数日ですが、はやくもお気に入りや評価を入れてくださる方が居てこの上なく嬉しいです。ありがとうございます。UAがじわじわ増えるだけでも嬉しいのにそういったリアクションをいただけるとさらにモチベが爆上がりしますね。
さて感謝を伝えることができたのでお次は謝罪です。
爆上がったモチベは思いっきり原作を改編しちゃいました。
全国の『ニセ太后』ファンの方、並びに『中庭のドラゴンキッズ』ファンの方、
大変申し訳ありませんでした。
何がどうなったのかは本編でどうぞ(目逸らし)。
サンタローズの村の南に、ビスタという小さな港がある。イーサンは街道から見える港の様子にかすかな見覚えを感じた。明確な記憶はないが、どうやらここにも訪れたことがあるらしい。夢の中の少女とも繋がり、彼女の存在にまずひとつ説得力を持たせることができた。
「マービン、さすがに君を連れていくと驚かれちゃうから、ここで待っててくれないか」
『ァ……ウ…』
「助かるよ。リズ、マービンについててやってくれ。あんまり離れないようにな」
『ニャン!』
「よし……。港の割に活気が見えないのが気になるな。ヘンリー、とりあえず聞き込みから始めよう」
「………」
「ヘンリー?」
「ん? ああ、おう、任せろ」
サンタローズの洞窟以来、ヘンリーの様子が変だ。道中の戦闘とかには支障はないのだが、口数が減っていて、常に何かを考えているようだった。
「なあ、ヘンリー」
「どうした?」
「サンタローズで、言ってくれたよな。水臭いことはナシって」
「……」
「今度は俺が言う番だ。何か気になることがあるなら話してくれないか」
「……別に何もねえよ」
「……ラインハットのことが気になるんじゃないか?」
彼の目が見開かれる。
「はは、それくらいわかるって。もちろんラインハットにもいつかは寄るつもりだった。でも、ヘンリーがその気にならないうちは後回しにしようと思ってたんだ。ほら、色々と事情が、あるんだろ」
旅の途中で軽く聞いた話によると、ラインハットの王宮にはデールという、ヘンリーの腹違いの弟がいたそうだ。ヘンリーの実の母は彼を産んですぐに他界。残された彼はデールの方の一族とギスギスしながら幼年時代を過ごしていたらしい。
「……アルカパの市民から聞いたんだ。父上が……ラインハット王が、亡くなったって」
「……」
「それ以上の情報は持ってなかったが、たぶん、順当にいけばデールが、王位を継いでるはずだ」
跡継ぎ問題で揉めていたのは、あくまでもヘンリーが攫われる前の話だ。
「デール派の連中は、俺のことをよく思っていなかった。きっとデール自身もな。いいか、今更この俺が、ノコノコと『生きてました』って王宮に戻っても……! 揉め事の種になるだけに決まってる」
イーサンは、パパスとラインハットに行った時のことを思い出した。当時存命だった国王に用事があるという父から、ヘンリー王子の遊び相手になってやってくれと頼まれたのだ。それがヘンリーとの出会いだった。腕白全開のヘンリーはイーサンをひたすら振り回した挙句城を飛び出し、賊に捕まってしまうのだ。当時のイーサンは知る由もなかったが、あのときの彼の態度、一連の行動の裏には、窮屈で息苦しい王宮での生活があったのだろう。
「イーサン、俺はお前が羨ましい」
「え?」
「お前の故郷に起こったことも、お前の家族に起こったことも全部受け入れて、先に進もうとしてるだろ。未だに何にも向き合えない俺を、置き去りにして……」
「ヘンリー、俺はそんなつもりじゃ――」
「それだけじゃない、そういうところだ! お前はとっくに俺を置き去りにしてるくせに、そうやって、振り返って待とうとしてくれてる! 俺に、手を差し伸べて……!」
「……」
「もう、俺も何にイライラしてんのかわかんねえよ……!」
彼は踵を返し、街道へと歩き始めた。声をかけたが、今はひとりにしてくれと制されてしまった。
活気がないのも至極当然。ビスタの港には、小屋に管理人が住んでいるだけで人っ子ひとりいなかったからだ。
「もう何年前になるかねえ。先代ラインハット王が亡くなられて代替わりしてから、船を出さなくなってしまって。もう旅人も寄り付かんよ」
「この港はラインハット王国が管理していたんですね」
「そりゃあね。この大陸のほとんどはあの国の領地みたいなものだからね」
「え、レヌール王国は……あ」
「ほっほっほ!キミは物知りだね。それこそ、大昔の話だねえ」
物知りというよりは、偏った知識によるものである。しかし、人気がないのはともかく船が出ていないのは予想外だった。
「あの、ラインハット王国って、今どんな感じなんですか」
「代替わりしてからひどいもんさ。今の王様が……ああ、名前は忘れちゃったんだけどね、確か第二王子さまが後を継いだのね。しかもとんでもない若さで。今だってキミより若いんじゃないのかな」
やはり、現ラインハット王はデールで間違いなさそうだ。
「それからはしっちゃかめっちゃかよ。なにせ、新しい王はしっかりと政治を学べないまま玉座に就いちまった。経済はめちゃくちゃ、思想もばらばら、ご覧のように外交もなくなって。国力は落ちるところまで落ちたと思うよ。もう、反乱が起こるのも時間の問題かもね」
「それは……想像以上にひどいですね」
「でもねえ、わしゃあ今の王様もかわいそうだと思うのよ。青春もこれからだって時期に突然、王になって。噂じゃあ王宮内では王様そっちのけの権力争いが今も続いてるそうじゃないか。板挟みもいいところだよ。国を回そうにも、枷が重すぎて回らないねえ」
* *
無人の港を後にしながら、イーサンはこれからのことについて考えた。
ヘンリーの気持ちに踏ん切りがつくまでラインハット王国へは行かないと決めていたが、そうもいかなくなってしまった。旅を続けるためにはラインハットへ向かい船を出すようお願いするしかない。しかし、王国の内情を考えると、いち旅人のお願いを聞いてもらえるほどの余裕はとてもじゃないがなさそうである。イーサンは政治のことがよくわからない。だから王国の問題を解決するには、ヘンリーの力が必要不可欠なのだ。だが彼が気持ちに整理をつけるまではかなりの時間を要するだろう。
ぐるぐると思考を巡らせても、イーサンには答えが見つけられなかった。
仕方がない、とりあえずラインハットには自分だけで向かい、状況を――、
「よう、相棒……」
ふと顔を上げると、ぼろ雑巾のような姿のヘンリーがいた。
「は、え? ヘンリー!?」
「考え中のところ申し訳ねえけど、回復、かけてくれないか?」
魔力が切れるまでホイミをかけ続けた。
「いててて……助かったぜ」
「一体何があったんだ?」
傍らには、リズとマービンが申し訳なさそうに立っている。
「いや、モヤモヤと考えすぎて嫌になったからよ、そこら辺の魔物に片っ端から喧嘩売ってきたんだよ」
「……はあ?」
「途中でお前のお友達が加勢に来てくれたが、まあ断った。あとでちゃんと褒めといてやってくれ」
ゴロゴロと、リズが低く鳴いた。
「ヘンリー、お前は稀代の馬鹿だな。前々から思ってたけど!」
「思ってただけじゃなく声に出してたろうが。相変わらず不敬な奴だ」
ヘンリーは草の上に寝転がった。
「……俺、ラインハットに行くよ」
「えっ」
あまりにも軽く口に出したので、イーサンは面食らった。
「魔物と戦いながらふと思ったんだけどよ……、サンタローズの村を襲ったのはラインハット王国軍で、それってつまり、結局は俺の身内の仕業なんだよな。時系列はわからないけど、最低でも父上か、デールがやったことだ。どちらにせよな、俺はそのことが許せない」
「………」
「俺の親友の故郷を襲わせたことも、それを知りながら何もしようとしない俺自身も許せない。だから俺はラインハットへ行きたい。けじめをつけなきゃならないんだ」
ヘンリーはゆっくり立ち上がり、伸びをした。
「どうか俺に付き合ってほしい、イーサン」
思わずイーサンに笑みがこぼれる。なんだ、心配しすぎて、結局水臭いのは俺の方だったじゃないか。
「もちろんだよ、相棒」
「……ありがとう」
差し伸べられた手を掴み、イーサンも立ち上がった。
「ちょうど俺の方もラインハットに関する情報をいくつか掴んだんだ」
「上等だ、道中みっちりと聞かせてもらおうか」
「その前にアルカパの宿屋に寄ろう。誰かさんのせいで魔力がすっからかんだよ」
* *
ラインハットへ向かいながら、港の管理人に聞いたことをヘンリーに説明した。彼によると、新国王のデールは幼少期から大人しく気弱な性格だったらしい。当時ヘンリー派とデール派で対立していた官僚たちが、今度は誰がデールに取り入って実権を握るかで対立しているのだろうと彼は推測する。
「結局あいつらはどっちが王位を継ごうと関係なかったってワケだ。なんでこう、手を取り合うことができねえのかなあ……」
街道を北上し、王国領へと続く関所を越える。10年前、イーサンがパパスと共に川を眺めた場所だ。懐かしさに駆られたが、一行は先を急いでいる。関所の管理人に、4日後にデール王の演説が行われることを教えてもらったからだ。ラインハットの現状を確認するのにこれ以上ない機会だ。イーサンは後ろ髪を引かれる思いに耐え、関所を通り過ぎた。
それから3日後の夜、一行は何とかラインハット王国の城下町に到着した。例によってリズとマービンを街の外の目立たないところに待機させ、ふたりは明日の演説へ向けて宿を取った。当然と言えば当然だが、道行く人々はこの旅人の片割れが自国の王子だと気付かない。
翌日イーサンが目を覚ますと、フードを被ったヘンリーが客室のテーブルでお茶を飲んでいた。
「すまんイーサン。やたらと早くに目が覚めちまって、軽く街中を偵察してきたところだ」
「……そのお茶、俺にも一杯くれない?」
ヘンリーの聞き込みによると、8年前、つまりヘンリーとイーサンが拉致されてから2年後に先代の王が病死。第二王子デールが7歳にして王となったそうだ。また、サンタローズ襲撃のことを知っている国民はいなかったという。ヘンリーの予想では、これは王宮内で内密に行われた可能性が高いらしい。イーサンの故郷の焼き討ちを命じたのは誰か、未だに不明のままだ。そのほかはイーサンが港で得た情報と全く一致するような状況だという。住人のほとんどが王への不満を口にしていて、今日の演説にも期待は持たず、文句を言うために王宮へ足を運ぼうとしている人が大概みたいだ。
「ちなみに先代王の息子にしてデール王の兄である第一王子は10年前に事故で死んだことになってるらしい。すこぶる失礼な話だぜ」
また、ここ数年国内では『人さらい』が問題となっているという新しい情報も掴んでいた。街の端で遊んでいた子供が失踪した、オラクルベリーに出稼ぎへ向かった商人が帰ってこないなど、噂程度の情報しかないものの国民の誰もが知っていて、密かに不安を覚えているのだという。ヘンリー自身も、幼少期と比べて城下町の住人が減っているような気がすると言っていた。
「なあヘンリー、それって『光の教団』の仕業じゃないの」
「確証はない。それどころか、あいつらはこの国でもそれなりに普及しているみたいだぜ」
「……気分の悪くなる情報だな」
「ジャミ、とかいう旅の宣教師が大々的に布教活動を行ったらしい」
「宣教師……確かマリアたちを組織に誘ったのがゴンズ、だっけ」
「表向きは各地で真面目に活動してるのかもな。お前が教えてくれた『思想もばらばら』の意味がわかったぜ。国内の信者たちは、いまの政治が続くようなら教団に代わりに国をまとめてもらおうと割と本気で考えてるみたいだ」
「それってまずいんじゃない? 王宮の偉い人たちどころか、教団に国が乗っ取られかねない」
「同感だ。だが、とりあえずは俺たちの目で改めて確認しないとな。そのために今日に間に合うよう急いできたんだ」
「うん。ひとまずはデール王の演説と、それを聴いた国民の反応を見てみよう」
「おうよ、弟の雄姿を見届けてやる」
そう言って再び支度を始めるヘンリーに続きながら、イーサンは彼の姿をじっと見つめた。
「……なんだよ」
「ううん、いつもの調子を取り戻してくれたみたいで良かった。いや、いつも以上かな? なんだかんだ言って、ヘンリーはこの国が好きなんだなって」
「好きとかじゃねえ。ただ、俺は王族だ。国のことを考えるのがお仕事だと、昔父上に教わったことを実行しているだけだ。お前へのけじめでもあるしな」
「……そっか」
王宮前の広場にはまばらに人が集まっていた。ねっとりとしたざわめきが、人々の気持ちを代弁しているかのようだ。
しばらくすると、王宮の門が開き、複数のラインハット兵に囲まれてビロードのマントの若者が姿を現した。彼らはまっすぐに、広場に設置された演説台へ向かってくる。現ラインハット王デール。髪の色こそ同じだが、ヘンリーとはあまり似ていないな、とイーサンは感じた。
「デール……さすがに、見違えるな……」
「そりゃあ、最後に会ったのが10年も前ならね」
デール王に続き、豪奢な礼服を着た中年の男たちがぞろぞろと列をなして歩いてきた。ざっと数えて、10人は見える。
「見ろ。大臣どもも来なすった。こっちは昔と全く変わってねえな」
「それは顔ぶれが? それとも顔立ちが?」
「……どっちもだ」
デール王が演説台に立ち広場を見渡すも、群衆のざわめきは一向に静まらない。むしろ不満の声やこれ見よがしなため息など、わざと壇上の王様に聞かせているようにも見える。
「えー……国民のみなさん。本日はお集りいただきありがとうございます。みなさんにお集まりいただいたのは他でもありません。近頃、国内に広がる『人さらい』の噂、それから事件について、みなさん不安を感じていることと存じます。これらに対しての王宮としての対応、対策について、直接みなさんにお伝えしようと――」
「んなこたあどうでもいいからよぉ! 税金の引き下げだなんだはどうなってるのか教えてくんないかねえ!」
王の話を遮ってどこからか野次が飛ばされ、イーサンとヘンリーは心底ぎょっとする。仮にも一国の王に対しての態度ではない。まさにこの国の王族であったヘンリーはもちろん、イーサンも主従については奴隷時代に散々教え込まれたので、とてもじゃないけど信じられない光景だった。
「……以前も申し上げました通り、みなさんからの税金で国は動いております。我々としても少しでも皆さんの生活を――」
「何も変わってないじゃない! 一体全体あたしらのゴールドを何に使ってるっていうの!?」
「そうだそうだ!」
それを皮切りに、群衆たちが次々と不満を吐き出し始めた。ねっとりとした罵声が広場を包み込んでいく。
「生活用品の値上がりが――」「肉も魚も高すぎる――!」「東地区の環境整備を――」「川が一向に綺麗にならない」「街道の魔物が危険すぎる! 出かけられたもんじゃない!」「はやくうちの息子を見つけて――!」「国はあんたの私物じゃないんだぞ――!」
壇上のデール王は完全に青ざめてしまっている。それでも何かを呼びかけるが、その言葉はかき消されイーサンたちにも届いてこない。
「ひっどいな……」
イーサンに政治はわからない。この不満は国民からしたら妥当なものかもしれない。ただ、これがデール王の不慣れな政治が招いた当然の結果だとしても、目の前の光景は小さな動物を寄ってたかっていじめるような、一方的な暴力にしか見えなかった。
「みなさん、静粛にお願いします!」
そう呼びかけたのは、さっきまでデール王の後ろに控えていた大臣のひとり。大きな眼鏡をかけた初老の男性だ。ベテランの官僚で国民からある程度の信用があるのか、群衆の騒ぎが小さくなる。
「みなさんの声は聞き届けました。私共も、デール王がこの若さにして国のためを思って尽力してくれているのは重々承知しております。しかし、みなさんの不満もそろそろ限界の様子。……いかがでしょう、デール王。一旦内政のことを我々に預けていただけないでしょうか?」
「……!」
「お気持ちはわかります。しかし、貴方の手腕では限界があるのも事実。国としての指針がまとまるまで、我々にお任せいただきたい」
「し、しかし私は、ラインハット王家として、父上の意志を継ぐ責任が――」
「ええ、ええ。わかっておりますとも。お父上が亡くなられてから、貴方は王家の責任を誰よりも大切にしておられた。だから私共も、その意志を尊重いたしました。
ぞくり、と、イーサンは背中に氷でも入れられたような感覚がした。大臣の言葉の裏に潜んだ、デール王政への関わり方。勉強不足のデールをあえて野放しにすることで、つけ入る隙を作りだすという姑息な思惑を、読み取ることができてしまったからだ。
大臣はちらりと後ろに目配せする。王の後ろに控えるその他の官僚たちは、攻撃的な視線を返している。ここからが本番だぞ、王が実権を渡すと言ってくれたら誰がそれを握るかをみっちり『話し合わ』ねば。そんな眼差しに満ちていた。もう誰も、デール王の方を見ていなかった。
……では、即位してからのデール王の人生は何だったのだろう? 王宮という一見広くて贅沢な環境に、周囲の人間は敵ばかり。心を許せたであろう家族とも死別し、大臣たちに飼い馴らされた8年間。――洞穴で使い潰される奴隷と、なにが違うというのか。
「なあ、イーサン」
横でヘンリーは、拳を震わせていた。
「俺にも『やるべきこと』がわかった。って、言ったらどうする?」
「え?」
「お前は……。こんな俺を許してくれるか、相棒」
彼は壇上を見つめていたので、どんな表情をしているかは見て取れない。ただ、彼がやろうとしていること、伝えようとしていることは、言わずとも理解できた。
「……もちろん。だってこれはお前の旅でもあるんだぜ、ヘンリー」
イーサンが返した言葉の意味も、彼は理解してくれただろう。
ヘンリーはそれ以上何も言わず、人ごみをかき分けて壇上へ向かって走り出した。
「――では王よ、ご理解いただけたでしょうか。ラインハットの未来のためです」
「……ええ。もう、私では――」
「待ったあああああああああああああああああ!!」
ヘンリーの怒声が広場を貫いた。
「その話、待ったっ!!! おら、通しやがれ!!」
集まる民衆の視線を跳ね飛ばし、人ごみの間を駆け抜ける。なんだあいつは、という声が方々から上がり、複数人のラインハット兵が不審者を捕まえに集まってきた。
「まあ当然そうなるよね……本当に向こう見ずだなあいつ」
イーサンは人ごみから離れ、口笛を吹いた。それは合図だ。”民家の影に隠れさせていた仲間”への、加勢の合図である。
「今回だけ特別に尻拭いしてやるか、まったく!」
ヘンリーを取り押さえようとしていた兵士たちは、突如現れた猫とゾンビに虚を突かれ大混乱。群衆も魔物の登場に驚き後ずさる。ヘンリーが壇上に向かうための道が綺麗に出来上がっていく。
「リズ! マービン! やりすぎるなよ、ちょっと脅かすだけでいい! いいぞ、その調子だ! あははは!」
突然の出来事の連続で、デールも大臣たちもパニックになっていた。
「何事だ! ええい、兵士は何をやっている!」
「み、みなさん、とりあえず落ち着いて――!」
「やっと着いたぜ! デール!」
「――え?」
壇上に現れた男の迫力に、広場にいたすべての人間が注目していた。不審者と魔物を取り押さえた兵士たちも、演説台の下から彼らを見守る。
「……誰だね、君は。この大事な時期に騒ぎを起こしてもらっては困るのだよ。そんなに牢屋に行きたければ、せめて別の機会にしてほしかったものだね」
「だよなあ……せっかく国の実権が手に入るって時に、うやむやにされちゃたまんないか」
大臣の眉がぴくりと動いた。
「この者を捕らえよ! 何をぼうっとしておる!」
「父上の腰巾着が、随分と偉そうな口を利けるようになったなあ! ええ、モーガン!」
「なっ……」
「奥さんは元気かい? 酒場の、アイリスちゃんだっけ? 彼女に構いすぎて、ついぞ見放されたんじゃないだろうな?」
広場が静まり返った。ヘンリーの爆弾発言もそうだが、その口調、態度に、誰もが既視感を覚えていた。
「トムはいるか? ……ああ、いたいた。正門担当の下っ端が、宮廷騎士とは大した出世じゃねえか。苦手なカエルは克服したのか? ベッドにカエルを仕込んでやった時が一番の傑作だったな」
デール王の横で槍を構えていた大柄の男が、ころろんとその得物を取り落とした。
「エリィ……。へえ、今はフィリップに付いているのか。アップルパイは上手に焼けるようになったのか? 父上には不評だったが、俺はまあまあ好きだったぜ、あれ」
大臣たちの後ろにたたずんでいたメイドが驚愕を露わにする。
「いくらでも出てくるぜ、ラインハットのみんなのことはよお」
次にヘンリーは、広場の群衆の方に向き直った。
「肉屋のじいちゃん、タバコを辞めてるみたいで感心したぜ。道具屋のおばさん、手作りパンの販売はいつ無くなったんだ? 子供たちの密かな楽しみだったのに残念だ。ジョルジュ、ネズミが嫌いなのはわかるが国のせいにするな。東の森は絶好のネズミ捕りスポットって教えたのを忘れたか? どう考えてもあんなとこに新居を構えたお前が悪い。あといい加減ステラとの関係を進展させろ。10年前から何ひとつ変わってないのはさすがに呆れるぞ。それからステラ、お前はサボテンの世話ばっかしてないでちっとはジョルジュのことを見てやれ。あ、でも新しいメガネは似合ってたぜ、そっちの方が断然可愛い」
ヘンリーは今朝、聞き込みに行ってきた、とだけ言っていた。でも実際は少し違う。彼は幼少時代にお世話になった、城を抜け出す腕白王子も受け入れてくれた国民たちに、密かに、正体を隠して会いに行っていたのだ。
「そしてデール。……久しぶりだな。10年前に比べて、多少はハキハキ喋れるようになったんじゃないか?」
壇上に立つ王はその口をあんぐりと開け、目の前で苦笑を浮かべる人物を信じられないという目で見つめるしかないようだ。
「みんな、忘れたわけじゃないだろうな? お前らに迷惑かけまくったクソ生意気な第一王子の顔を!!」
「そんな……! まさか、生きておられたとは……ヘンリー王子!!」
どっ、と広場が驚きの声で包まれる。10年前、第一王子が事故で亡くなったという知らせを受けて、国民の誰もが悲しんだ。王位を継がせるには不安しかないと当時から揶揄されてはいたが、たびたび街に遊びに来る少年を、街の誰もが可愛がっていたのだ。そんな彼が、今、壇上に立っている。かつてと変わらない尊大な態度を、相変わらずの上から目線で投げつけてきている。
「あ、あ……兄上……、一体、どうして」
「おっしゃ、じゃあこの場は俺に任せてもらうか。モーガンも、少し大人しくしてもらうぜ」
じっと壇上の人々が黙りこくる。イーサンはその光景を見て、ヘンリーの血筋が根本的に持っている指導者としてのカリスマを垣間見た気がした。
「みんな! せっかくの機会だから話させてもらう、俺が10年間何をしていたか。よーく聞いておけよ! いいな!」
再び、広場のざわめきが溶けるように消えていった。
「10年前賊に攫われた俺は、得体のしれない洞穴でずっと働かされてきた。奴隷としてな」
ヘンリーはゆっくりと、奴隷時代の10年間を語り出した。気の狂うような毎日、理不尽な暴力。そして、脱出。人々は固唾をのんで聞き入っていた。それどころか、広場に集まっている人の数がみるみる増えていっている。彼がラインハットに帰ってくる経緯を話し終わるころには、広場は溢れるほどの群衆で満ちていた。
「……間違いなく、そのとんでもない連中は勢力を伸ばし、世界を蝕んでいる。近頃話題になっている『人さらい』とかも、こいつらである可能性が高いと踏んでいる。……でもな、
ヘンリーの剣幕に、ぴりっとした緊張感が人々の間を駆け抜ける。
「重要なのは、俺が、自分のこと以外何も考えないクソガキだったこの俺が、なんで10年間も生き延びて、今ここに立っていられるのかということだ! なぜかわかるか!? 王宮でぬくぬくと育った俺が、毎日のように振るわれるムチに耐えて、腐らずにここまで歩いてこられた理由が!!! それは……」
彼は拳を握りしめ、目の前のすべての人に語りかける。イーサンにはわかっていた。彼も同じ理由を持っているからだ。
「仲間が、支えてくれたからだ。たったふたり。そこでふん縛られて転がってるクソ不敬な庶民と、南の修道院に就職した強情な娘。たったふたりだけどな」
ふふ、と、イーサンは笑みをこぼさずにはいられなかった。
「突拍子もない話に聞こえるかもしれんが、紛れもない事実だ。たったふたり。ふたりが静かに、でも確かに支えてくれたおかげで、俺は今ここにいる。月並みな言葉だろうが知ったこっちゃねえ、仲間の支えがこそが、故郷に帰るという俺の夢をかなえてくれたんだ!」
ヘンリーはそこまで言うと、声色を変えた。低く、怒りを感じさせるものだ
「だが今のラインハットはどうだ!! 国民は国そのものを顧みず、てめえの心配ばかりしている! 大臣どもは国民も国王もそっちのけで、権力なんていうあやふやなモンしか信じちゃいない!! あんたらからしたらガキにしか見えない連中がたった3人で地獄を乗り越えたっていうのに、この国は何百人も集まって足の引っ張り合いをしてるんだぜ! 萎縮しきっちまったデールひっつかまえてあーでもないこーでもない!! 恥ずかしくないのかよ!! お前たちは父上と共に国を守り続けた、誇り高きラインハットの国民だろうが!!!」
ヘンリーの叫びが、わんわんと広場に反響した。群衆は静まり返っていて、その胸の中でなお反響し続けているであろう彼の声がイーサンにも聞こえてくるようだった。
「……俺が言いたかったのはそれだけだ。母上に続いて父上も亡くなった今、俺はもう王族でもなんでもねえ。捕まえるなり処刑するなり、好きにしてくれ……」
壇上のデールが戸惑ったように大臣たちに目配せした。王宮の人たちも、顔を伏せたまま動けずにいた。長い沈黙が、広場を飲み込んだ。
「……ヘンリー王子様、万歳!!」
突然、広場のどこからか声が上がった。
「デール王、万歳!! ラインハット王国万歳!!」
その声が引き金となって、広場に集まっていた人たちが次々に想いを露わにしていく。
「ヘンリー王子様万歳!!!」
「おかえりなさい!!! ラインハット王国ばんざーい!!!」
「王子様万歳!! でもステラのことはバラさないで欲しかったー!!!!!」
歓喜の声が瞬く間に広場を包み、壇上の為政者たちを称えた。
「……兄上」
デール王がヘンリーに話しかける。目元は潤んでいたが、その眼差しは力強かった。
「おかえりなさい、兄上。そして恥を忍んでお願い申し上げます。我がラインハット王国の再興と、邪悪なる脅威を打ち払うために、今一度力を貸していただきたい」
「……んだよ随分堅苦しいじゃないか。いいのかよ。俺はお前以上に、教養のないポンコツなんだぜ?」
「この声が聞こえないの? みんなあなたのことを受け入れているんだよ……兄さん」
そうして、10年の時を超えて腹違いの兄弟は握手を交わした。その姿に、広場の歓声は一層大きくなる。
「みなさん、聞いてください! 今、この場に、我が兄でありラインハット王家のひとり、ヘンリーが帰ってきてくれました! ……私は、私の為してきた政治を改めて見つめなおします。どうか今一度私を、国を、あなたたちの隣人を信じてほしい! 力を合わせて、ラインハットを昔のような活気のある国へ導いていきましょう!」
広場の歓声がさらに膨れ上がる。国民たちの心には、確実に熱い炎が灯っていた。
「では改めて各制度、政策を考え直しましょう。このあと宮廷の大会議室に集合します。……モーガン殿、よろしいですか」
「ええ。私共も、少し頭を冷やす必要があるようですな。……なんなりと、我が王よ」
割れんばかりの歓声の中、ヘンリーは再び群衆に紛れた相棒を探していた。そして縛られたままのイーサンと目が合うと、拳を突き出した。それを見たイーサンも拳を返す……ことは縛られていて叶わなかったが、そんな様子に吹き出すヘンリーを見て、自然と笑みがこぼれた。
この拳を突き合わせる挙動は、どちらともなく始めたふたりの合図である。洞窟で特別キツい日を乗り切ったとき、ムチ男を出し抜いてちょっとだけ作業を抜け出せたとき。旅に出てからは、魔物の群れをやっつけたときによくふたりで拳を合わせていた。なんとなく、『やってやったぜ』みたいな意味合いのある合図として使っていた。
そしてそれはたった今、ヘンリーの旅の終わりの合図となった。