蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
こんばんは。イチゴころころです。
ドラクエ11Sがいよいよ真ラスボスの手前まで進みました。
はやく倒して結婚イベント見たい。倒さなくても見られるけど世界を平和にしてから見たい。
それから一行はチゾットの山道、もとい洞窟を進んだ。話では、この山道を越えた先には小さな村があるらしい。極寒の山の中腹での人々の暮らしはイーサンたちにとって未知の世界だが、そのことが逆に冒険心をくすぐられる。2年弱旅を続けてきたフローラにも、その気持ちが少しずつ分かるようになってきていた。彼女自身、そのことが誇らしいと思っているようだ。
「えいっ!!」
行く手を阻む“デッドエンペラー”の呪文をイーサンのバギマが相殺し、フローラがグリンガムの鞭で止めを刺す。
テルパドールでの一件以降、イーサンは改めて戦闘での自分の立ち位置を見直した。自分に無理がなく、かつフローラと共に支え合える戦い方。考えた末、イーサンはブーメランを握りフローラの隣に立つことにした。だがそれだけではない。メダル王の城、と言う名前の小さな施設で手に入れた『奇跡の剣』が、彼に背負われている。苦手な剣だが、いざとなればそれをも引き抜いて戦う。それがイーサンの出した答えだ。
「ナイスアシスト、フローラ!」
「…………」
「フローラ?」
彼女は鞭も仕舞わずぼうっと前を眺めていたが、はっとしてイーサンを見つめ返した。
「あ、ごめんなさい。イーサンさんも、ナイスファイトです!」
彼女は微笑み、グーサインを出してくる。
「疲れた……?」
「ええ、少しだけ……。でも大丈夫です。もう少しで村に着くのですよね? この場所で下手に休憩をとる方が危険ですもの。わたくしはまだまだ歩けますわ」
フローラも、今まで以上に思っていることを素直に言ってくれるようになったとイーサンは感じている。彼女は無理をしない。もっとも、無理をしてもすぐばれてしまうのでよくイーサンに注意される。だから一層、無理をしなくなったとも言える。
「ほんと、頼もしくなったね。フローラ」
「うふふ。旅に出たばかりのわたくしとは見違えるでしょう?」
「……洞窟の中なら高さを感じずに済むしね」
「あ、ぅ……」
まだこの道が山道だった頃、イーサンはよく景色を見下ろしては感動していたものだ。この高さから見下ろす景色は圧巻の一言で、自分の歩んできた道をぼんやりとなぞるのが好きだった。……だが。
――む、無理です~~~! 見られませんわ~~~~!!
フローラは高いところが苦手だったらしい。今でこそ平然としているが、山道を進むときの彼女の足取りは腰を壊してしまったんじゃないかと心配になるほどだった。
「そのことは言わないでくださいまし……。あのとき迷惑をかけてしまった分、今こうして取り返しているのですから」
「冗談だって。フローラは本当に頑張ってくれてる。実際山登りも、想定より速いペースで進めているし」
「ふふん。それはもう、ずっと歩いてきましたもの。意外と筋肉も備わってきていますのよ? ほら、触ってみてくださいな」
「え……」
フローラがどや顔で山登り用の防寒具をまくり、太ももを差し出してきた。
「え、えっと……」
「……? イーサンさん?」
「いや、そ、そんな簡単に、足に触ってなんて言うものじゃないよ……?」
「え、あ、あぁっ」
彼女も遅まきながら、自分の大胆なアプローチに気付いたみたいだ。
「ごめんなさいっ! わたくしったらはしたなく……!」
慌てて防寒具を下ろし……何を思ってか再びまくり上げた。
「でもイーサンさんだったら、あの、いくらでも……(ぽっ)」
「――はいはいはーーーーーーーい。お二方、どうかヨソでやってくれませんかニャ?」
「「ぎゃああ!?」」
驚いて距離を取る夫婦を見て、リズは遠い目でため息をつく。
「……おアツいねえ」
荷台の幌から、シモンズがその様子を眺めていた。手にはチョコが握られている。
「呑気にはしゃぎやがって。……だが確かにこいつらの戦い慣れは異常だ。移動中は馬鹿丸出しなくせに、俺様さえ戦うのを躊躇う魔物どもをこうも簡単に蹴散らしていくとは。……俺様も企みがばれたら、命はないと思った方が良さそうだ」
そう言いつつ、チョコを口に放り込んだ。そのおいしさに、表情が自然ととろけていくのを感じた。
「ん~~~~!! まあ、あんな馬鹿丸出しな様子じゃあ、俺様の企みに気付くなんざ夢のまた夢か! その強さとアホさを、せいぜい恨むんだなぁ! ケケケケケ!!」
直後、勢いよく幌が開かれる。
「英雄 ロラン の 帰還 ナリ!!」
「聖水 取りに きたよ。 あれ シモンズ どうしたの? 顔 真っ赤 だよ?」
『きゅ、きゅぴぃ……』
今にも爆発しそうな心臓を抑え、シモンズは目の前の宝石袋とキメラにつぶらな瞳を向けた。
「(俺様、大丈夫、だよな……?)」
* *
数時間後、一行はようやく洞窟を抜けた。この高度ともなると相当な寒さだが、それ以上に久しぶりに浴びた陽光の暖かさに心地よさを感じた。ようやく到着かと、フローラが短くため息をつくと、足元の雪にパタパタと雫が落ちた。気になって首元を拭うと、汗で袖口がぐっしょりと濡れた。
「(う……、思ったより汗をかいてしまったわ。……。うん、お風呂……あるといいな……)」
「おやおや珍しい、旅の方がここまで登ってくるなんて! ようこそチゾットの村へ!」
村人らしき人がイーサンに声をかけ、何かを喋っている。何を喋っているかいまいち聞こえなかったので、フローラは顔を上げた。しかし、視界も霞み、村人の顔もよく見えない。
「……お連れ様、大丈夫ですか!? 顔が真っ青ですよ!?」
村人のそんな声が聞こえてきたので、フローラはゆっくり振り返った。後ろにはマービンがいる。
「(確かにマービンさんは顔色良くないけど……それは彼がゾンビだからですわよね……? あら、でもどうしたのかしら。マービンさん……なんだかとても……びっくりされているけれ……ど……。……)」
意識が点滅した。直後、フローラの視界は一回転し、積もった雪の上に倒れ込む。
「フローラ!?」
視界にイーサンの焦った顔が飛び込んでくる。
「あ……」
「すごい汗……。フローラ、大丈夫か。フローラ!」
顔色が悪いというのが自分のことだと、彼女はこの時点で気が付いた。しかし夫の呼びかけに応答する気力はなく、彼女の意識はゆっくりと閉ざされていった。
* *
夜。チゾットの村の小さな診療所にて。イーサンは村長と共に、待合室のベンチに腰かけていた。
「先ほど診療所の管理人に診てもらいましたが、ただの過労とのことです。まあ、若い体でここまで徒歩で来たのです。無理もないでしょう」
「そうですか……」
「ただ残念ながらこの村には医療の専門家がいないので……。快復なされた後も、気になるようでしたら医者に診てもらうことをお勧めします」
「そうします。ちょうどこれからグランバニアに向かうところですので」
「……なるほど。この村にも昔はグランバニアからの来訪客もいたのですがね。近頃めっきり途絶えていまして」
肩を落とす村長。イーサンは孤立した世界情勢を知っているだけに、少しだけ胸が痛くなる。
「まあ、ゆっくりしていってください。なにせ久方ぶりの客人です。お仲間さんたちももう、村の人気者ですからね」
「……ここが魔物に寛容で助かりました。ありがとうございます」
「しかしまあ……ご夫婦で旅をされているので? 君は体格もいいし大丈夫でしょうが、奥様には少々無理があるのでは?」
「いえ……。男も女も関係ありません。彼女も立派な旅人ですから」
イーサンが冷静に返すと、村長は目を丸くした。
「愚問だったようですね……失礼しました。彼女は素敵な夫に恵まれている。どうか一緒にいてやってください。ここには何日だって、居てくれていいですからね」
村長は朗らかに笑い、診療所を後にした。
イーサンは彼を見送り、それからフローラのいる部屋に静かに入った。
「あ……」
「フローラ……?」
彼女は起きていた。そして何故か咄嗟に顔を隠し、分厚い毛布の下に潜り込んでいく。
「起きてたんだ……」
「え、ええ。たまたま目覚めて、ついさっき」
毛布の端から、彼女が顔半分出してくる。額が真っ赤である。
「……焚火に炙られたのかってくらい真っ赤じゃないか。熱、あるのかな」
額に手を当てた。熱があるというほどの熱さはない。むしろ、体温が低いようにも感じた。
「熱はないはず、ですわ……。ただ……。イーサンさんたちの会話が聞こえてきて、その、嬉しくって……」
「ああ……」
イーサンは思い出し、先ほどの会話が彼女に聞かれていると知って少しだけ恥ずかしく感じた。
「まあ……本当のことだしね」
「イーサンさん……」
フローラは額に置かれたイーサンの手を取り、頬を押し付けてきた。彼女の柔らかい肌が手のひらをくすぐる。
「ごめんなさい……もうすぐグランバニアに着くのに、また体を壊してしまって」
「気にするな、何に追われてるわけでもない。……ゆっくり休んで」
フローラが小さく微笑んだ。こうして話せてはいるが、彼女の焦点は虚ろだ。
「えへへ……。なんだか、夢みたい……。イーサンさん……」
そう呟き、彼女は再び眠りにつく。イーサンはそれを見届けると、ベッドの枠に引っ掛けてある手ぬぐいを手に取る。彼女の頬に浮かぶ汗をそれで拭い、その寝顔を優しく見守った。
* *
同時刻。シモンズは診療所の屋根に寝転がり、山の中腹から見える降るような星空を見上げていた。
「あーあー、気に食わねえ。こういう家族愛? っての? 魔物の俺様にゃあ縁遠い話ですよっと。イーサンの野郎も、あの女も……。見てるだけでむずかゆくて仕方がねえ」
夜風が吹き抜け、シモンズの尻尾が寒そうに震える。
「あんなんじゃあ……チョコをくすねに行くこともできねえじゃねえか……」
本音を言えば、ニンゲンふたりくらいだったら不意打ちで倒せる自信はあった。しかし人里離れた洞窟の奥ならともかく、村のど真ん中でそんなことをする気は毛頭ない。シモンズは面倒ごとが嫌いだった。……それに、彼らは見た目以上に“強い”。下手を打って仕留め損ねたら自分の命が危ないことくらいシモンズにも理解できる。
「――ナンてこと言って、気を遣うなんて優しいニャン?」
だから、隣からそんな声が聞こえた時は心底驚いた。
「んなっ、てめ、リズ!? あ、いや、え、きゅ……きゅぴ……」
「やめるニャ見苦しい。そんなキャラ合ってニャイニャ?」
にししと笑うリズに反し、シモンズは本気で焦り始める。
「(まずい、ばれちまった……! どうする!? チクられたら終わりだ。ここは……致し方ねえ、死人に口なしだ。恨むなよネコ娘――)」
咄嗟に小さな槍を振り上げ、呪文の詠唱を始める。しかし振り上げた手は動かず、練った魔力も上手くまとまらない。
「……!?」
「にゃーんだ、呪文使えたのかニャ。そのでっかいフォークも飾りじゃなくて良かったニャン」
見上げると、振り上げた腕が槍ごと凍り付いていた。直感で理解する。これはリズの呪文によるものだ。
「……てめえ、何のつもりだ」
「んにゃ。別に? ただキミとお話ししたいだけニャ。その危ないものを仕舞って、オナカをぱっくりと割って話そうじゃにゃいかニャ?」
リズはごろごろと首を掻く。いくらプリズニャンが氷の呪文を得意としているとはいえ、初手でここまで完封されるとは思っていなかった。……一体、どんな旅をしたらここまで強いプリズニャンが生まれるのだろうと、シモンズは戦慄する。
「んだよ……俺様は本音を隠してお前らに取り入るようなヤツだぞ。チクるなり追放するなり……殺すなりあるだろ。何を今更喋ることがあるってんだよ」
「確かに性格悪いとは思ったニャン。でもまあ、リズたち魔物がご主人についてく理由なんて人それぞれニャ。あ、いや、魔物それぞれって言うのかニャ?」
「はあ……?」
「にゃあシモンズ。キミ、ご主人がどう見えるニャ?」
リズがずいと顔を近づけてきた。シモンズは眉をひそめる。
「……どうでもねえよ。アホみたいにお人好しで、緊張感のねえ馬鹿野郎だ。お陰で俺様も苦労することなく旅ができてる。戦いは面倒だからな。……どうだ、これで満足かよ?」
シモンズが精一杯の挑発を向けても、リズは笑って返してきた。
「あはは、それ大体正解ニャン」
「なっ……」
「ご主人は別に支配欲があるワケじゃにゃい。魔物を率いて何をしようとか、手足のように働く駒がほしいとか。そういうことは多分全く考えてないニャ。……リズたちはみんな、勝手にあの人について行ってる。……思うに、本当に何かを率いる力がある人って、そういうもんなのかもニャ」
「……」
リズが何を言いたいのか、シモンズは半分ほど理解できた。そして今、ぶつくさ文句を言いつつも彼らのそばに居る自分を思い返し、ごくりと喉を鳴らす。
「……話し込んじゃったニャン。付き合ってくれてありがとニャ。キミもそのうち、ご主人やフローラちゃんともオナカを割って話すと良いニャ」
「……フン。考えておくよ」
「良い子ニャ」
リズが踵を返し、屋根から飛び降りていった。直後、腕に纏わりついていた氷が解かれ自由になる。冷やされ続けた指先がジンジンと痛む。
「なんなんだよ……なに考えてんだよあのネコは……!」
平原の魔物プリズニャンに一方的に封じ込まれ説教された。そのことを改めて思い返すと悪魔の端くれとしてのプライドが折れかかっていることに気が付く。
「つぅか……何で何も言い返せないんだよ俺様はよぉ……!」
シモンズは悔しさに顔を歪ませ、ぺちぺちと屋根を殴りつけた。
* *
フローラが目を覚ますと、薄暗い天井と、うっすらと明るい窓辺が目に映った。ベッドの枠には、乾いた手ぬぐいが引っ掛けられてある。最後の記憶は、頬に押し付けたイーサンの手のひらである。
「……」
ゆっくりと体を起こした。まだ全体的に気怠さがあるが、今ならここに着いた直後の自分がどれだけひどい状態だったかわかる。その程度には回復したというわけだ。
ベッドから出ると、薄手の肌着一枚だったことに気付く。小さな机に、フローラの旅装が畳まれて置いてあった。畳み方が少し粗い。きっと慣れない手で畳んでいったのだろうと、フローラは頬を緩ませた。
防具を除いて、いつものブラウスとスカート、インナーに着替えた。これらの旅装もすっかり年季が入り色落ちもしてきているが、フローラはそのことが嬉しかった。
山用の防寒具を羽織り、診療所の外に出る。
「わあ……」
一面の雪景色。白く染まったとんがり屋根がいくつも目に入り思わず感嘆の声を漏らす。吐く息が白く色づき、その風景に溶けだしていく。……チゾットの村。山と一体化した彼らの文化、その象徴ともいえる村の風景を目の当たりにし、フローラは胸の奥が暖かくなるのを感じた。
「わたくし……どのくらい眠っていたのかしら」
空の色を見る限り、早朝のようだ。村も静まり返っているあたり、誰も起き出してきていないのがわかる。彼女はこの村の構造を知らない。イーサンたちは恐らく宿屋にいるのだろうが、探せる自信はなかった。
「あら……?」
村の奥に、一本のつり橋が見える。長いつり橋だ。それは隣の山まで続いているように見える。……恐らくその山こそ『グランバニア山』。イーサンたちの目的地に最も近い、最後のダンジョンであろう。
「……」
つり橋が陽光を受けて輝いているのが見えた。きっと朝日の輝き、山に阻まれているこの村には届かない太陽の光が、あのつり橋にだけ届いている状態だろう。フローラは防寒具のファーに首をうずめ、吸い込まれるようにつり橋に向かって歩き出した。
「う……」
つり橋に足をかけ、後悔する。……高い。そんなの当たり前だが、なぜか足はこっちに向いていた。……もうちょっとだけ、もうちょっとだけ進もう、と、一歩一歩歩いていく。
突如、柔らかな風が吹き抜ける。普段なら心地よさすら感じるほどの微風だが、つり橋を揺らして彼女の心を折るのに十分だった。
「あ……いや……」
自分は何をやっているのだろう。チゾットの山道でさえあんなに怖がりながら歩いていたのに、こんなところのつり橋を歩こうとするなんて……。
「病み上がりで……ちょっとまだぼうっとしているから……。ああ、いけないわ……」
ついに彼女の足は止まり、その場から動けなくなってしまった。進むことも、引き返すこともできない。
「う、く……」
涙が溢れてくる。自分の愚かさ、言い表せない不安と、悲しみが胸を渦巻いているのがわかる。……今の自分はなにかおかしい。
「――フローラ」
「あ……」
今にもうずくまってしまいそうな彼女の肩に、優しく手が添えられた。
「イーサンさん……」
「元気になって良かった。でも、ちょっと張り切りすぎ」
「――っ!」
感極まって彼の胸に顔をうずめる。そっと髪を撫でられると、謎の不安に押しつぶされかけていた心がゆっくりと凪いでいった。
「フローラ。見てごらん、あれ」
「……怖いです。無理、です」
「大丈夫、離さないから」
彼がそう言うと、本当に大丈夫になる気がする。フローラは彼の手を握りしめ、そっと顔を上げた。
「……!」
まず目に映ったのは一筋の光。これは朝日だ。遥か向こうの山のさらに向こうから、ゆっくりと顔を覗かせる太陽。その光が一直線に、このつり橋まで届いているのが分かった。
次に見えたのは緑。大地に広がる草木の緑だ。山に囲まれた広大な平原と、そこに点在する森や林。それらも太陽に照らされ、今まさに眠りから目覚めたように鮮やかな彩を描いている。
そして最後に、鈍い灰色の城。そんな平原のちょうど中央に、巨大な城が見て取れる。この距離からでもわかる圧倒的な存在感は、まさしく世界一の軍事国家、グランバニアの王城だろう。
今、フローラはグランバニア地方の全てを目にしていた。雄大な大地が視界に収まって見える。両手を広げれば抱えられそうなほどだ。
「……綺麗」
「でしょ? 勇気出して見て良かったでしょ」
その後、ふたりはつり橋に腰を下ろし、大きな防寒具をふたりで一緒に羽織って寒さを凌ぎつつその景色を見下ろしていた。
「あれがグランバニア王国ですのね」
「うん。噂通り、城下町全体が要塞になっているみたいだ。ここから見ると、城があるだけにしか見えないわけだよな」
「貴方の……故郷かもしれない国、ですわよね」
「そうだね……未だに実感ないけど。ねえどうする? 実は俺があそこの王子様でした、なんてなったら」
「……多分、驚きはしませんわ」
「ほんと? アイシス女王の前ではあんなに緊張していたのに?」
「だって、王族だろうが何だろうが、貴方は貴方でしょ? かつてわたくしを、サラボナの令嬢ではなくひとりの人間として見てくれたように、わたくしもそうするだけですわ」
「フローラ……」
彼女はイーサンの肩に頭を乗せた。ほんのりと、肩にぬくもりを感じる。
「……正直に言いますね。体調は万全ではありません。看病をしてくださったみなさんには申し訳が立たないのですが、未だに体が重いのは事実です。でも……」
彼女が何を言いたいのかはこの時点で理解できた。だが、彼女の言葉を遮ることはせず、そっと肩に手を回して先を促す。
「わたくしはまだ、戦えますわ」
「……一応聞くけど、無理してない?」
「うーん、少し」
「おいおい……」
「でもきっと街に行った方が、満足な治療を受けられるでしょう? でしたら、もうちょっとだけ頑張らせていただきたいです。長い目で見ると、それが一番効率的ではなくて?」
イーサンは目を閉じた。……完全に自分の思考と同じことを言われている。
「なんかちょっと嬉しいな。言ってることが完全に旅人のセリフだもん。地図も読めなかった君が、今こうして俺と同じ土俵に立ってる」
「貴方が引き上げてくれたからです」
「何か特別なことしたっけな」
「お気付きでなくって? わたくし実は、褒められて伸びるタイプですの」
「一昨日の村長との会話か。こうも覚えられてるとやっぱ恥ずかしいな」
「あー……丸一日寝ていたんですのね、わたくし」
「寝顔可愛かったよ」
「もう……」
フローラが頭をもたげ、じっと見つめてくる。イーサンはどきりとした。……結婚して何年たつんだよ、しっかりしろ俺。
「……本当に無理だったら馬車で休むこと。約束ね?」
「ええ、仰せのままに。ですわ」
イーサンは立ち上がり、フローラに手を差し伸べる。彼女はそっとその手を掴み、言うことを聞かなくなりつつある体を半ば無理やりに立ち上がらせた。しかし高所に対する恐怖は微塵もない。この手を握っている限り自分は無敵だと、フローラはそう思った。
「じゃあ……」
「はい。最後までよろしくね、イーサンさん……」
母の行方を求める旅。父の軌跡を辿る旅。その終点にして始まりの地、グランバニア王国は目と鼻の先だ。イーサンとフローラ。不器用なふたりが描いてきた旅路は今、終幕へと向かっていた。