蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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どうも、イチゴころころです。

グランバニア編ということでモンスターチェスをどうやって本編に絡めようかずっと頭を悩ませていますが、だめそうです。





6-6. 王家の試練① 国を統べるということ

 

 

 王宮の屋上から見るグランバニアの夜景は幻想的以外の何物でもなかった。

 天井に覆われている城下町に夜景も何もないと思っていたが、時間帯によって照明の度合いを調節しているらしい。昼間もそこそこ薄暗かった街並みが夜の時間帯は一気に暗くなる。そして家々の灯りが代わりにつき始める。驚くべきことに城壁に沿って高い位置にまで家が建っているのがその灯りから見て取れた。天井に覆われて夜空は見えないが、そんなぽつぽつとした灯りが視界を埋め尽くし、その光景は星空に似ている気さえした。

 

「やあイーサン君」

 

 かけられた声に振り返るとオジロン王がいた。昼間は『ザ・王様』みたいなマントと冠をしていた彼だが、今は普通の布の服を身にまとっている。

 

「一杯どうかな? 酒には弱いだろう。……血筋がそうだからね、わかるよ」

「……まあ、強くはないですね」

「ははっ、やっぱりな。安心したまえ、弱いものを選んできている」

「ではありがたくいただきます」

 

 彼が持ってきた木製のコップに酒を注いでもらって、イーサンはそれを飲み干す。ほんのりと胸の奥が暖かくなった。

 

「失礼ですがオジロン王……。なんだか、昼間と比べてその、軽くないですか?ノリというか、なんというか」

「まあ、本来の私はこういう人間なのだよ。よく父上からも『威厳がない』とダメ出しを受けたね……」

「とんでもないダメ出しですね」

「まったくだ」

 

 オジロン王ははにかみ、あご髭をちりちりといじった。

 

「そういう君も、奥さんの前であんなに取り乱すなんて。そういう一面もあったんだねぇ」

「う……。仕方ないでしょう。だって、妊娠なんて……俺全然気づいていなくて」

 

 ベッドに横たわるフローラに向かって号泣しながら謝ったのはつい数時間前の話だ。

 

「まあ良かったじゃないか。おなかの中の赤ちゃんも奥さん自身も、特に異常は見られなかった。山越えをしてきたのにと、お医者さんが驚いていたよ。時期が良かったのもあるだろうけど、丈夫な体に恵まれた奥さんに感謝だね」

「ええ、ほんとうに……そうですね……」

「はははっ、だから君が落ち込むことないって。あの様子だと、奥さんに常日頃から注意されてるんじゃないかい? 私のことを気にしすぎるな、みたいに」

 

 図星である。

 

「はい……。もう、フローラが愛しくて愛しくて仕方なくて……」

 

 ちなみにこんな、リズあたりが聞いたら抱腹絶倒するようなセリフを吐いているのは酒のせいである。一杯目だが、彼の酒の弱さは伊達ではない。

 

「サラボナで出会ったとき……いや、あの船の上で初めて会ったときからそうなんです。フローラのことを思うと、こう、胸の奥が、何て言うか……ぐわってなるんです。理論も理屈も、過去も未来もどっかにいって、……彼女だけになるんです、心の中が。だから俺はフローラと結婚して……今も、こうし、て……?」

 

 そして酔うのがはやいということは、醒めるのもはやいということである。我に返ったイーサンの目の前には、にやにやと彼を見つめる無精髭のおじさんがいた。

 

「おおおおおう!? ご、ごめんなさい! こんなこっ恥ずかしいことを! 王様相手に!? お許しください! そして誰にも言わないでください絶対に!!」

「謝っているのに図々しいね君」

 

 オジロン王はけらけらと笑い、イーサンのコップに酒を注ぎ足した。

 

「でもまあ、君はやはりパパスに似ている」

「え……今のどこがですか」

「割と全部かな。マーサ殿に出会ったばかりの頃の兄さんは、だいたいあんな感じだったけど?」

 

 イーサンは絶句した。嫁バカぶりは日ごろから仲間モンスターたち(あとたまに嫁自身からも)からかわれているが、父にもそんな時期があったと? ……しかし不思議なことに、恥ずかしさではなく嬉しさを感じる自分もいる。そんなイーサンをよそに、オジロン王は話を続けた。

 

「若いころの兄さんはよく城を抜け出して彼女に会いに行っていた。『エルヘブン』……場所は未だにわからないけどきっとこの大陸のどこかにあるんだろうね。剣術の稽古も王政の座学もすっぽかして頻繁に抜け出すものだから、父上はもうカンカンさ。毎度コテンパンに叱られて尚、兄さんはめげなかった」

「思った以上にやんちゃですね……」

「王位を継いだときも、王様なら誰も逆らえないだろうみたいな、そんなことを言っていたよ」

「ええっ」

「ははは! まあ他にも色々と葛藤があったようだけど、愛する女性も理由のひとつだったんじゃないかな。……でも、そんな兄さんに国民はみんなついて行った。彼はグランバニアで最強の戦士でもあったが、決して政治に強い人間ではなかった。実際勉強なんてサボっていたわけだしね。……そんな彼は後に『賢王』と呼ばれる偉大な王様になったんだ。なぜだかわかるかい?」

「……えっと、王位を継いでから、色々頑張ったんじゃないですか? そうでもしないと、流石に立ち行かなそうだし」

 

 政治に詳しくないイーサンだが、何度かヘンリーとデールの王政の執り方を目の当たりにしている。国を統べると言うことは、簡単ではないと分かっているつもりだ。だがオジロン王は肩をすくめ、口角を吊り上げた。

 

「うーん、半分正解だ。いや、それもある、くらいのものかな。確かに王位を継いでから兄さんは政治を勉強しなおしたけど、まあ彼は理屈よりも感情が先行する人だったからね……。結構無茶ぶりに近い政策なんかを考えたりして、王宮はてんてこ舞いな毎日だったな」

「じゃあ、どうして……」

「イーサン君、いいかい。パパス王が『賢王』になったのは……、国民が()()()ついて行って、()()()そう呼んだからなのさ」

「……え?」

 

 オジロン王は塀に肘をつき、城下町を見下ろした。

 

「王宮には様々な人間がいる。政治に強い人、経済に精通している人、軍事、思想、その他諸々……。街まで広げるともっとだ。建築家、商人、鍛冶屋、農家やちょっぴり怪しい占い師まで。……そんな人たちがひとり残らず、パパス王を慕い、彼の意志について行った。どうだいイーサン君。これだけの人が力を合わせれば、無茶な政策のひとつやふたつどうってことないように思えないかい?」

「……」

 

 腑に落ちた。パパスは万能だった訳ではない。ただ彼の周りにいる人たちがそれぞれの持ち味を活かし、パパスの意志のままに力を振るうとなると……その能力の可能性は計り知れないだろう。

 

「……これが王政というものだ、イーサン君」

「なる、ほど……。父さんは、そういうような『人を動かす力』に長けていたと」

「ああ。カリスマという言葉があるが、兄さんは特にそんな魅力を持っていたんだ。……私には到底敵わない。政治と経済は正直兄さんより得意だが、私は手足になる側だ。むしろ、王という存在にとって一番大事なものはそのカリスマのみであるとさえ思える」

 

 オジロン王はそこまで言うとコップを置き、改まってイーサンの前に立った。

 

「イーサン王子」

「……?」

 

 急に彼の声色が変わり、イーサンは喉の奥がきゅっと締まるのを感じた。

 

 

 

「……どうか、グランバニアの王位を継いでくれないか?」

 

 

 

「――え」

 

 一度酔って醒めたからか頭が幾分かクリアになっていて、その言葉をしっかりと受け止めてしまう。

 

「え、えっ!? いや、何を言っているんですかオジロン王!?」

「昼間、仲間の魔物たちに指示を出す姿を見て思ったんだ。君には素質がある。……国を統べる素質がね。やはり、血は争えない」

「いや、無理ですって! 俺は、奴隷と旅人しか経験してこなかったような人間です。そんな人間が政治とか経済とか、やりくりできるわけが……!」

「先ほど言ったように、王に求められる素質は『カリスマ』だ。周りの細々したことは臣下がやってくれる。適材適所で従者を動かすことは、魔物使いである君なら慣れているだろう」

「でも……」

 

 イーサンが食い下がると、オジロン王は深く頭を下げた。

 

「頼む……! 魔物の襲撃に苛まれ続け国民は生きる活力を失いつつあるんだ。今のグランバニアに必要なのは『王』だ。国を率い、人々の向くべき方向を教えてくれる存在。……君の力が、君と言う存在が、グランバニアに必要とされているんだ!」

「……」

 

 自分のカリスマ性なんて考えたこともなかった。だが、先ほどのオジロン王の話と共通する部分はある。リズにマービン、ロランにトレヴァ、シモンズと、それにレックラも。彼らは言うなれば『勝手に』ついてきた。そして少しずつ成長し、グランバニア山の洞窟では指示もしていないのにイーサンの意思を汲み取り、フローラを庇ってくれていた。 

 イーサンは万能な戦士ではないが、彼らのサポートを上手く噛み合わせることでどんな魔物の群れにも対処してきた。……これが本当にカリスマと言うのなら。言うのなら……。

 

「でもそれは魔物だから……魔物と人間とでは違ってくるものが……」

「君は魔物と人間を区別するのか? そんな風には見えなかったけどね」

「う……」

 

 見抜かれている。頭の中を色々な感情が行き来して、イーサンはその場に力なく座り込んだ。

 

「ああ、すまないイーサン君。いきなりのことで驚いただろう。……だが、私は本気だ。奥様のこともある。数日、ゆっくり考えると良い。私はいつでも玉座の間で待っているからね」

「はい……少し、考えさせていただきたいです……」

「ああ。……今日はありがとう。久々に、兄さんと話せた気がして嬉しかったよ」

 

 オジロン王は空になったボトルとコップを持ち、その場を後にした。イーサンは彼が去ったのを見届けた後、石畳に寝転がる。天井で薄明りを放つ照明が、小さな星に見えた。

 

「……とんでもないことになっちゃったな」

 

 

  *  *

 

 

「私は賛同しかねますな」

 

 翌日。悩み抜いた末、相談に訪れたイーサンに対し、オジロン王の隣に立つ大臣はそう言い放った。

 

「イーサン王子は旅人としての経験しか積んでおられない。王政を任せるには無理があると存じます」

 

 その言葉を聞き、イーサンは怒声を上げる。……オジロン王に向かって。

 

「ほら言わんこっちゃない! 俺も荷が重いと存じます!」

「ええ……なんで私こんなに責められてるの……」

 

 たじたじのオジロン王が傍らのサンチョに視線を送ると、その恰幅の良い従者は助け船を出した。

 

「私は坊ちゃ……あ、いえ。イーサン王子が王位を継ぐことには賛成ですがねぇ」

「え、サンチョまで!?」

「サンチョ殿、何を言っているのだ。我が国は魔物の襲撃に苛まれ続けている。上に立つ者の指揮がグランバニアの命運を分けていると言っても過言ではない。そんな中王位が代わってみろ、しかもこのような若輩者……失礼。とにかく、彼に国を任せるべきではない」

 

 大臣の言い草にイーサンはだいぶ腹が立ったが、だいたい本当のことだと思ったので何も言わなかった。代わりに口を開いたのはオジロン王。

 

「モーリッツ大臣。このような時世だからこそ……芯のある指導者が必要なのだ。そして彼には、イーサン王子にはその資格がある。パパス王が去ってからの20年、少しずつ確実にこの国は衰退している。……彼こそが、この国を立て直すきっかけになるのだ」

「むう……」

 

 王に強く言われ、大臣は眉間に皺を寄せながらも口を閉じた。

 

「あのう……」

 

 イーサンはおずおずと手を上げた。

 

「でもやっぱり、急な話で国民は不安になると思います。俺は魔物使いだし……」

「そうでしょうか? 坊ちゃまは街の人気者だと思ったのですが」

 

 サンチョの言う通り。今朝がたイーサンは気晴らしにと街を散策したのだが、『帰ってきた王子』のことはとうに知れ渡っていたようで、道行く人に片っ端から声をかけられたのだ。

 

「いやいや、ちょっと話をしただけだって……」

「その話が好評なのですよ。坊ちゃまの冒険譚。もう街の子供たちの間では有名です。それに、仲間のモンスターさんたちの活躍も使用人たちの間で評判がいい。……坊ちゃまは、既に民たちに認められつつあるのですよ」

「ああ、そんな君が戴冠したとなったら国民の士気も上がる。あ、すまない。もちろん君を王に推薦するのはそんな理由だけじゃないとも。先日話した通りだ。私は王の器ではないが、人を見る目にはそれなりに長けているつもりだ」

「……そんな人たちばかりじゃないでしょう。モーリッツ大臣のように、俺が上に立つことに、不安を覚える人だっている。ですよね、大臣?」

「……」

 

 大臣は応えず、しかめ面でイーサンを見返すだけだった。

 

「そんな状態じゃ国をまとめるばかりか……、無用な揉め事を起こしてしまう気がするんです。俺のことを認めてくれる人と、そうでない人……。国民がふたつに分かれてしまったら、それこそ立ち行かない。そうなるくらいだったら、俺は王位を継ぐべきじゃない」

「ふむ……」

 

 あごに手を当て考えつつ、オジロン王は驚愕していた。……目の前の青年は今――無意識だろうが――核心を突いた。政治、というより統治において最も重要な要因である『人の心』というものに寄り添った発言だ。むしろモーリッツ大臣、サンチョ、オジロン王を含めたこの中で最も、民意と言うものを汲み取って考えているとも言える。

 

「……君の言うことも尤もだ、イーサン君。では、こうしないか? ……君に王家の試練を受けてもらう」

「王家の試練……?」

 

 聞きなれない単語にイーサンは首を傾げる。視界の端ではサンチョとモーリッツが目を見開いた。

 

「……グランバニア王家は代々、王位と継ぐときにある試練を受けるというしきたりがある。いや……『あった』。城の遥か東に位置する遺跡、そこの最深部に祀られている王家の証を持ち帰るというものだ。……戦士の国らしい、言わば古臭いしきたりだ。その手間と危険性から何代も前に途絶え、似たような儀式を王宮内で執り行うだけになった」

 

 オジロン王は玉座から立ち上がり、イーサンの前まで歩いてくる。

 

「君の父、私の兄であるパパスはまあ……『せっかくあるのだからやってみよう』みたいな軽さで勝手に遺跡まで行って勝手に取ってきたのだけどね、王家の証。君が持ち帰ってきた剣があるだろう? 折れてしまっていたが、パパスの形見である剣だよ」

 

 イーサンは唾を飲み込んだ。『死の火山』で折れてしまったあの剣は今、王宮に預けてある。

 

「あの剣は、君の父上が持ち帰った『王家の証』を基盤に打たれた剣なんだ」

「……じゃあ、それって」

「ああ」

 

 オジロン王はイーサンの肩に手を置いた。

 

()()()()()()()、王家の試練を。そして王家の証を持ち帰って見せるんだ。かつて『賢王』となった彼と同じように。……潰えたとはいえ、グランバニア人なら誰もが知る試練の儀式、それを乗り越えたとなればもう、君を認めない者はいない。グランバニアの血は、王家の証を持つ者に従うようにできている」

「……!」

「それならどうでしょう、モーリッツ大臣。貴方も彼を認められるはずだ」

「……はい。それでしたら」

 

 大臣は顔を伏せる。サンチョは対照的に、青ざめた表情を王に向けていた。

 

「オジロン様! さすがに無茶が過ぎます! あそこはもう、何十年も手入れの行き届いていない地。世襲制が定まっていなかった時代には王権を巡って何人もの死者が出たという禁忌の遺跡なのですよ!!」

「わかっている。だからこそ、彼に行かせる意味があろう」

 

 オジロン王は再びイーサンを見た。

 

「どうだろう。……だが正直この試練は命に関わると、断言できる。君の意志で決めなさい。王位を継ぐこと自体、君の意思が大事なのだからね」

「……」

「だが忘れないでほしい。グランバニアは真の王を必要としていること。君には、国を統べる力があるということを」

「……はい。もう少し、考えてみます」

 

 イーサンは俯き、玉座の間を後にした。

 

 

  *  *

 

 

 王族用にあつらえられた豪華な部屋に戻り、懐からくしゃくしゃの便せんを取り出す。サンタローズの洞窟からずっと持ち歩いている、父のもうひとつの形見。その手紙を広げ、イーサンは静かに考える。

 

「……俺はどうしたらいい。父さん」

 

 やがて手紙を仕舞い、イーサンは立ち上がった。

 こういうときどうするべきか、イーサンの向かう先はひとつである。

 

 

 

 

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