蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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どうもどうも。イチゴころころです。

グランバニア編はあの2章、サラボナ編に匹敵する長さになりそう。
青年時代前半において2大ターニングポイントみたいなところありますもんね、サラボナとグランバニア。




6-9. 王家の試練④ ヒト/マモノ

 

 

 瓦礫の隙間にうずくまり、がむしゃらにモンスター図鑑のページを検索した。震える手のせいで上手くページがめくれずに時間がかかり、収まらない吐き気はさらに手元を狂わせる。

 

「見つけた……“ジェリーマン”、こいつが……」

 

 先ほどイーサンの姿を真似た魔物の正体。特殊な魔力を帯びた不定形の肉体を持ち、その魔力を“モシャス”という禁呪に変換して対象の『姿』と『記憶』を模倣する。人間のように知能を持つ生物に対しては記憶の負の部分を掘り起こすことで精神を破壊し、知能のない、例えば獣や魔物に対しては純粋な暴力によってその命を狩り、捕食する。

 

「今まで出会った中でぶっちぎりでタチの悪い……吐き気を催すような魔物だな……全く……」

 

 モンスター図鑑を持ってきていたのは幸運だった。イーサンはあの『イーサン』の正体が魔物だと途中で気付き、破裂しかけた心を何とか抑え込んで逃げることに成功した。そして今、こうして敵の正体を掴むことができたのだ。

 

「でも、正体が分かったことと……乗り越えられるかどうかはまた……別問題か……」

 

 図鑑を閉じ、力なく瓦礫にもたれかかった。

 動悸が収まらない。全身から冷や汗が噴き出し、先ほど『自分』に言われた言葉が脳内をぐるぐると飛び交う。

 

「屍の上の玉座、か……言い得て妙だな……くそ……」

 

 リズやマービンを始めとして、これまでの旅路で何匹もの魔物と心を通わせてきた。本来、人間にとって憎むべき存在。そんな魔物ともイーサンは絆を結び、目的のために旅を続けてきた。だがその一方で、彼は多くの魔物の命を奪った。その線引きは『自分について来るか、自分を襲いに来るか』という酷く曖昧で、自分勝手なものである。もし3年前のあの日、草原で頬を寄せてきたプリズニャンがそのまま牙を剥き出しにしてきたとしたら……イーサンはきっと躊躇うことなく彼女の命を絶っただろう。

 

「……っ」

 

 考えただけで寒気がした。つまりそれは人間にも言えることである。何らかの理由で自分に剣を向ける相手がいたとしたら、イーサンはどうするだろうか。もしかしたらイーサンも本気で武器を構え、相手の命を奪いに行くかもしれない。

 ……いや、きっとそうする。サラボナで出会ったアルフレッドが良い例だ。事実、彼に嵌められて激昂したイーサンは、妨害がなければ彼のことを半殺しにしていたと思う。それに結果的に、イーサンは彼の人生を破滅させたと言っても過言ではない。彼の悪行に対する自業自得とも言えるが、イーサンの動機は『フローラを彼から救う』という、捉えようによっては自分勝手とも言えるものであったのだ。

 

 己の目的のために、人間だろうが魔物だろうが利用して、斬り捨てる。『イーサン』の言った通り。これでは本当に――。

 

「――教団の連中と何も変わらない?」

 

 再び吐き気に見舞われる。イーサンは胸を抑え込み、何度も首を振った。

 

「惑わされるな……。俺の目的は王家の試練に挑み、王位継承に対する自分の気持ちを見つけることだ……。グランバニアの王になるのは、俺が必要とされたからで……俺に……」

 

 その力があるから? 支配する力があるのなら、それに乗っかって権力を振るうのも悪くない?

 

「違う、違う……! 俺はあんな……あんな連中とは違う。力が欲しいんじゃない……ただ俺は母さんを、フローラを……大切な人たちが生きるこの世界を……守りたいんだ……!! そのためだったら……、あっ」

 

 咄嗟に自分の口を塞いだ。……今、俺は何を言おうとしていた? 『そのためだったら、何を斬り捨てたって構わない』。そんなことを言おうとしたのではないだろうか?

 

 ジェリーマンが口走るのはあくまで記憶のコピー。あのおぞましい言葉の数々が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだとしたら。目的のために障害を斬り捨てるという邪悪な思想は確かに……今、自分の中に存在しているのかもしれない。

 

「違う、違う! 落ち着け!!」

 

 砕けた石柱の破片を殴りつけた。手の甲から血が滴る。……何にせよ、『王家の証』を手に入れるためにはあの広間を越えなければならない。だがもう一度ジェリーマンの言葉を聞いたら……自分は耐えられるだろうか? 歴代の王はきっと、あの魔物の卑劣な攻撃を乗り越えたのだろう。だが今の自分に、同じことができるとは到底思えなかった。

 

「俺に、王となる資格は……ない、のかな……」

 

 だが問題はそれだけではない。なまじ王家の証を手に入れたとして、いや、ここで諦めて帰るにしてもだ。遺跡内には教団の追手がうろついている。今もきっとイーサンのことを探して、奥へ奥へと向かってきているだろう。奴らを掻い潜らないことには、生きて脱出することなどできはしない。

 

「どうする……どうする……!」

 

 そのとき、地面が揺れた。同時に何かが爆発するような音も聞こえてきた。イーサンは驚いて立ち上がる。不自然な揺れだ。……追手の可能性が高い。

 

「くそっ……!」

 

 その場を離れ、入り組んだ通路をひたすらに歩く。追手から離れているのかはたまた近づいてしまっているのかは不明だが、立ち止まるわけにもいかない。淡く輝く大理石の光を頼りに、イーサンは通路を進んでいった。

 

「……?」

 

 何かの声が聞こえた。微かだが聞き覚えのある声……シモンズの声だ。

 

「シモンズ? ……シモンズ! そこにいるのか!?」

 

 声のした方へ足を進める。しばらく進むと、満身創痍のシモンズが息を切らして走ってくるところに出くわした。

 

「シモン――」

「来るなぁっ!! 近付くんじゃねぇーーーっ!!!」

 

 彼は槍を構え、鬼の形相でイーサンに向けてきた。思わず立ち止まる。

 

「クソッタレが……今度はイーサンに化けやがったな……! 来るな、一歩でも進んでみろ、俺様の呪文で消し炭にしてやるからよォ!!」

 

 シモンズは錯乱した様子で、イーサンからじりじりと離れていく。それを見てすぐに理解できた。……彼もジェリーマンの襲撃を受けていたことに。

 

「よせシモンズ……。俺は本物だ」

「黙れニセモノのクソ野郎!! ……俺様は、俺様は落ちこぼれなんかじゃねえ!! 俺様はなあ……誰も傷つけたくなかっただけなんだよ!!」

「……!!」

 

 そしてシモンズも例に漏れず、ジェリーマンの精神攻撃を受けたと見て良いだろう。構えた槍の先は微かに震え、両耳はその声色とは裏腹に不安げに下を向いていた。

 

「シモンズ……君は……」

「黙れって言ってんだ!!!」

 

 彼が槍を突き立て、呪文の詠唱を開始した。……この距離では避けられない。

 

「待てシモンズ! ……クソっ!」

 

 イーサンは咄嗟に懐に手を伸ばし、あるものを彼に向かって投げつけた。それは床をころころと転がり、突き立てられた槍のすぐ手前でぱたりと倒れた。

 

「……あ」

 

 それは『メダル型チョコ』だった。シモンズを同行させると決めた際、フローラにお願いして分けてもらった……シモンズの好物である。

 

「頼む、シモンズ。……その呪文を撃つべきかどうかは、それを食べてから決めてくれ……!」

 

 槍に集まっていた魔力が霧散し、シモンズはチョコを拾い上げた。

 

「……本物だな。イーサン、お前なんだな……?」

「ああ、そうだ。ジェリーマン……あの魔物は、目視した相手しかコピーできない。そのはずだ」

「……」

「………」

 

 そしてふたり同時にため息をつき、へなへなとその場に座り込んだ。

 

「……なんでここにいるんだ、シモンズ」

「うっせぇ……」

「その傷……奴らと戦ったのか」

「手も足も出なかったがな。笑いたきゃ笑え」

「戦って、くれたんだな……」

「……」

 

 黙り込むシモンズ。イーサンはゆっくりと立ち上がり、彼を抱え上げる。

 

「物陰まで行こう。治療してやる」

「……放しやがれ」

「強がるなよ。ほら」

 

 シモンズは観念したのか、それとも単に抵抗する力もなかったのか、イーサンの腕に身を預けた。イーサンは足を引きずるようにして、その場を後にする。

 

 

  *  *

 

 

「……“モシャス”か。俺様も知識としては知っていたが、とんだ悪辣な魔物もいたもんだな」

 

 シモンズは“ホイミ”で応急手当をしてもらった腕をさすり、弱々しく呟いた。

 

「うん。きっとあの魔物の存在こそが、ここを『王家の試練』たらしめている所以なんだろうね。……そして不審死の正体も」

「ジェリーマンの囁きに耐えきれず自ら命を絶ったか、錯乱してそのまま事切れたか、だな」

 

 周囲で淡く光る大理石が、座り込むふたりの沈んだ表情を照らす。

 

「で、新たな王様候補のイーサン殿は、そんな魔物の囁きに――」

「――うん、屈した。逃げ帰ってこられたのは偶然さ。たぶん、次はない」

「……」

 

 イーサンは持ってきていた『魔法の聖水』を飲み干した。空になったビンを床に転がすと、からからと空虚な音が響いてくる。それが最後の一本だった。

 

「……シモンズこそ、よくあの追手と戦う気になったね。てっきり逃げたのかと」

「掘り返すんじゃねぇよ。言っとくがお前のためじゃねえからな……ムカついたから喧嘩を売っただけだ」

「勇気あるなあ……。あの連中、シモンズからみたら山みたいなものじゃないの?」

「遠回しに俺様のことチビだって言いてえのか?」

「ごめんごめん」

「実力で負けるつもりはなかったさ。俺様は勝てる戦いしかしないからな」

「へえ」

「でもあの盾野郎、したり顔で“マホカンタ”唱えてきやがったんだぜ? あんな頭の悪そうな面構えして、いっちょ前に呪文で対抗しやがった」

「それは……まあ、無理だな」

「ああ、そうだろ」

 

 ふたりの乾いた笑い声が転がる。それからしばらく、沈黙が続いた。

 

「……シモンズ。魔物って一体何なんだろうな」

 

 長く重い沈黙の後、そう口を開いたのはイーサンだ。

 

「何だよ藪から棒に……。学者にでも転向する気か?」

「俺は……魔物がわからない」

 

 イーサンは、そう自分で零した言葉がそのまま胸に沁み込んでいくのを感じた。シモンズは何も答えない。イーサンはそのまま続けた。

 

「人間は『国』を作って身を寄せ合い、魔物は『野原』を駆け回る。人間と魔物の領域はそうやって区別されているんだ。少なくとも今の世界では。でも俺はリズや君なんかを仲間にしながら、その一方で多くの魔物の命を奪ってきた。俺は“どっちの領域にもいない”んだ」

「……」

「『国』と『野原』。外側から見た人間と魔物の境界線は明確だ。でも内側は? ……何をもって人間と魔物を区別するんだ? どこまでが人間で、どこからが魔物なんだ? 俺は……」

 

 イーサンが言葉を切る。シモンズは片耳を立て、静かに先を促した。

 

「俺は、それがわからない自分が怖い。わからないまま先に進んだら……今度は人間を斬ってしまうかもしれない。王となり、国を動かす権力と振りかざすに足る強大な力を得たとして、……そんな大きすぎる力で、俺は人間を……大切な人たちを傷つけてしまうかもしれないんだ」

 

 膝を抱え、話を締めた。オチはない。いつも語り聞かせる冒険譚とは違い、これはイーサンの本音以外の何者でもないからだ。ぶつ切りの本音はばらばらに転がり、大理石の隙間から溶けて、消えていった。

 

「……姿、だろうな」

「え……」

 

 今度はシモンズが口を開いた。先ほどもらったチョコを食べもせず、指先でくるくるといじりながら彼は続ける。

 

「真面目な話で返すがな。ニンゲンと、俺様のような魔物を区別するのは姿以外にない。二本足で立ち、両手を器用に使い、揃いも揃って地味なツラをした生き物がニンゲンだ。だが……それも言うなりゃ外側の話だ。魔物の中にも社会を作って暮らすものもいる。俺様達ミニデーモンもそのひとつだ。そういう意味では……内面的な境界線なんてものは恐ろしく曖昧なんだろうな」

「……」

()()()()()。ヒトとマモノを区別する明確な境界線なんて。命の重みに優劣をつけるなんて神か何かの仕事だ。生き物の命に上手に線を引きましょうだなんて、思い上がりも甚だしい」

 

 シモンズの言葉が胸を刺す。自分の鼓動が、いつもよりも大きく聞こえた。

 

「俺様がニンゲンを嫌う理由はそこだ。あいつらは揃いも揃って、自分らを神か何かと勘違いしてやがる。魔物だから殺していい、ニンゲンだから、同じ種族だから殺しちゃいけない。そんな傲慢な考えを当然のように振りかざしてくる。そんなニンゲンが、俺様は嫌いで仕方がなかったんだよ。……お前に会うまではな」

 

 一呼吸遅れて、イーサンは顔を上げる。

 

「……俺?」

「魔物の仲間を従えながら、ニンゲンの社会を生きようとする。……とんでもない馬鹿が現れたと思ったけどな。でも今考えると、お前は世界中の誰よりも自由で、謙虚で……誇り高いニンゲンなんだなって思えるよ」

 

 シモンズは立ち上がり、ぱたぱたと浮遊してイーサンの前の瓦礫に腰掛けた。

 

()()()()()()()、イーサン。ニンゲンも魔物も関係ない。自分が生きるために、他の命を斬り捨てる。生き物として当然のことだ。何にも縛られず、自分の未来の方だけ向いてりゃいいんだよ」

「でも、それじゃだめだ!」

 

 つられてイーサンも立ち上がった。瓦礫に座るシモンズと、同じ高さで目が合う。

 

「それじゃあ、教団の連中と何も変わらない! 人間も魔物も見境なく利用して、斬り捨てて……。そんな血だまりの上に成り立った平和の中で、母さんが、フローラが……幸せでいられるわけがないだろう!!」

 

 イーサンの絶叫が通路にこだました。わんわんと反響するその声が鳴り止む頃、シモンズは短くため息をつく。

 

「……つくづく、ニンゲンってのは不便な生き物だな。お前でさえ、根本にあるのは種族特有の傲慢さか」

「なんだと……」

「母親やフローラの幸せだあ……? それをてめぇの裁量で決めつけるのが傲慢だって言ってんだよ」

「……」

 

 口をつぐむイーサンに、シモンズは槍を突き付ける。

 

「いいか。フローラはお前といるとき、溶けかけのチョコみたいな顔をするんだ。腹立たしいくらい幸せそうな笑顔を浮かべてな。……お前だって見てきてるだろう。思い出せよ、あれが、『他人をひたすらに斬り捨ててきただけの男』に寄り添う女の顔か?」

「あ……」

「視野が狭いんだよ。勝手にうぬぼれて、勝手に落ち込んで、勝手に自分の世界を狭めてる。その行為自体が、命を奪うことよりも何十倍も自分勝手だと、いい加減気付いたらどうだ!」

「……」

 

 視線を落とし、左手を見た。指には『炎のリング』がはめられている。それをしばし見つめ、イーサンはその場に立ち尽くした。

 

 しばらくして、イーサンは瓦礫に立てかけておいた『奇跡の剣』を手に取り、背負った。

 

「……行くのか」

「うん」

「答えは出たってか?」

「いや、全然。でもそれを見つけることが、本来の目的だから」

 

 イーサンの視線は未だに泳ぎがちで、指先も微かに震えている。シモンズはそれを見て少し考え込み、……人差し指をイーサンに向かって突き出した。

 

「――チョコ1年分だ!」

「……へ?」

「契約だ、イーサン。王位を継いだらメダル王の城との交易を最優先で復活させろ。それでチョコを1年分、俺様に捧げるんだ」

 

 ぱちくりと目を(しばた)かせるイーサンをよそに、シモンズは床に降り立った。

 

「……そう約束するのなら、追手の面倒は俺様が受け持ってやる」

「あ……」

 

 通路の向こうからは、ぴりぴりとした空気が漂ってくるように思えた。教団の刺客が、近くまで迫ってきているのは確かだろう。

 

「任せて……いいんだね」

「悪魔は契約を重んじるものだ。本当は一生分って言いたいとこだけど、サービスしといてやるよ」

「……わかった。約束しよう」

 

 イーサンは彼に背を向け、王家の証のある場所……ジェリーマンの待ち構える広間へと歩いていく。

 

「ちなみにだけど、勝算はあるわけ?」

「……お互い様だろうが」

 

 そう言い残し、ふたり同時に駆け出した。

 イーサンは左手の指輪を握りしめる。決して振り返りはしなかった。

 

 

 

 

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