蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
どうも、イチゴころころです。
『試練の洞窟』といえばボスであるカンダタやシールドヒッポも印象的ですが、個人的にはジェリーマンが所見プレイ時一番の衝撃でした。そんな彼(彼?)に敬意を表した結果、本編ではすごい立ち位置になっちゃっています。
『……わからないな。迷いも晴れてないままここに来るなんて』
柱の影から姿を見せた“ジェリーマン”は、やはりイーサンと同じ顔、同じ体で出迎えてきた。髪の毛の一本から衣料まですべて完璧にコピーしたそれは、数分も直視していたら気が触れそうなほどの不気味さを醸し出している。
『オマエは自分が王になりたいのかどうか、それすら分かっていない』
「……」
額に汗が浮かぶのを感じた。『彼』は通路を遮るように立ってはいるものの、特に構えもせず、危害を与えてくる雰囲気もない。……脇を走り抜ければ、無視して王家の証を取りに行くこともできるだろう。そしてすべてをコピーした『彼』は恐らく、イーサンに追いつくことはできない。走力、持久力まで同じであるなら、離れた距離を詰められないのだ。理論上は、こんな問答をしなくても突破できる。……理論上は。
『それでもここに足を運んだのは、責任だ。王に“なりたい”のではなく、“ならなきゃいけない”。その責任にもっともらしい理由をこじつけるために、性懲りもなくここに来た。違う?』
「……その通りだよ」
イーサンが王位継承を迷う一番の理由は、自信がないからだ。旅人として、魔物使いとしてしか生きてこなかった自分に、王として多くの人々を導く資格があるのかどうか。だがそれは……。
『でも逆に、資格があると分かってしまえばオマエは喜んで王位を継ぎ、国と言う力を嬉々として手に入れることを選ぶ。その一番わかりやすい“資格”が、王家の証ってワケだね』
「そうだ。……オジロン王の話を聞いた時、驚くと同時に……昂る自分がいた。グランバニア王国なんていう大きな国を……統べることができるかもしれないって」
そう言うと、目の前の男はにやりと口を歪めた。
『それがオマエの本音だよ。咄嗟に邪魔した理性が、“迷い”なんてそれらしい感情で本音を隠した。本当のイーサンの心は、力が欲しくてたまらないんだよ』
「……」
『力を手に入れるんだ、イーサン。くだらない良心なんて捨ててしまえ。教団が憎いんだろ? 青春を滅茶苦茶にした教団が、大切な父の命を奪った教団が。母を攫った教団がさぁ。……奴らは組織で動いている。でも国を手に入れたら、世界最強の軍事力を手に入れたら……奴らに対抗できる。そうだろう? なあ』
胸が震える。……そうだ。ラインハットのときのような大群を、イーサンと仲間のモンスターだけで相手取るのは無謀が過ぎる。……世界一と名高いグランバニア王国の軍隊。それを自分の意志で動かせるのなら、教団を潰すことだって……、
「……っ」
『今……認めかけたな』
咄嗟に額を押さえた。寸でのところで振り払ったものの、目の前の『彼』の言葉、そして自分自身の心がちりちりと思考をかき混ぜていく。
『教団にどれだけの魔物がついていようと、その魔物たちの命にどれほどの価値があろうと、……関係ない。斬り捨てればいい。それだけじゃないぞ。オマエの理想のために戦う国民がどれほど命を散らそうとも……関係ない、斬り捨ててしまえばいい』
どくりどくりと、心臓が脈打つ。はやく認めろと、心が滾る。イーサンは荒く呼吸をしながら、『彼』の言葉を一字一句受け止めていく。
『そうやってオマエは魔物の屍で城を造り、人間の屍でできた玉座に座り、血の海の上にできた楽園で家族と共に幸せに暮らせばいいんだよ!』
「――!!」
その叫びがイーサンの心を激しく揺さぶり、視界がぱちぱちと点滅した。負の囁きに精神が切り崩され、両足から力が抜ける。ふらりとよろめくイーサンの目の前には、舌なめずりをする『自分』の顔があった。こうして獲物の精神を壊し、ゆっくりと捕食するのが“ジェリーマン”の狩りなのだ。この遺跡に巣をつくったのも、この通路で待ち伏せをしているのも、ここに来るのは決まって心に何らかの闇を抱えた“王の候補者”であることを知っているからだ。いや、もしかしたら太古の昔からだ。決闘と言う名の殺し合いを生業としていた古代グランバニア人は、彼らの恰好のエサだったのかもしれない。そんなことを考える余裕もなく、イーサンは大きく後ろに倒れ――、
そして、踏みとどまった。
『なに……?』
足を踏ん張り、崩れたバランスを整える。ゆっくり息を吸い、吐いた。先ほどまでと打って変わって、イーサンの心は海のように凪いでいた。
「……ようやくわかった。俺の本音。……俺は、俺自身が本当に何を考えているのか分からなかった。それが怖かった。……でも、たった今、君が教えてくれた」
『オレが……教えただと?』
「君の“モシャス”は人の心までコピーする呪文だ。そしてその心の、負の側面から言葉を吐いて攻撃してくる。……心なんて言うあやふやなものに依存している人間にとって、とんでもなく恐ろしい呪文だよ……。でも、チャンスでもあったんだ。……如何せん心なんてものはあやふや過ぎて、自分ですら自分の本音に気付けないんだからね」
テルパドールでフローラと喧嘩をしたとき、彼女はイーサンに『平気を装うのが上手』と言った。確かにその通りだ。現にイーサンは自分自身にすら、本音を覆い隠していたのだから。
「そして気付いた。“イーサンの心は決して綺麗なものなんかじゃない”ってね。それを認めた瞬間、不思議と楽になったんだ。君のお陰さ……ありがとう」
『……!』
数分前とは反転、動揺を見せる『彼』に対し、イーサンは落ち着いた視線を向ける。その先には自分の影、そして王家の証への通路がある。
「俺は……
『なっ……!?』
驚愕を露わにする自分の顔。そのまま『彼』は奥歯を噛み締め、声を張り上げる。感情的になったときの自分に、そっくりだと思った。
『なぜだ!? オマエには……王になる資格なんてない!! 目的のために他者を利用して、邪魔するものは斬り捨てて、人間と魔物の境目すらはっきりとわかっていない!! そんな、危ないくらいにふらふらした奴が……王になって良いわけがない!!』
「そうだね……」
『なんで……なんでそんな澄ました顔でいられるんだ! それじゃあ本当に……っ!』
胸ぐらを掴まれる、今にも泣きそうな『自分』の顔が、こちらを睨み付けてきている。
『本当に……教団と同じじゃないか……!』
ちくりと、胸を刺される。イーサンは数秒目を閉じ、再び開いた。
「そうだ……俺は教団と同じかもしれない。軍事力を手にして敵対する組織と渡り合うために……、グランバニアの民の心を利用するのだから」
『なら……!』
「でもひとつだけ、ひとつだけ違うところがある」
イーサンは『彼』の肩を掴んだ。目の前の男を通じて自分にも言い聞かせるように。
「俺はたくさんの魔物の命を奪った。障害となる魔物を斬り捨て、時には人間も……アルフレッドの人生すらも斬り捨てた。どうしようもなく、自分勝手な旅路さ。……そこだけ見れば、ね」
『……?』
「俺はヘンリーをラインハットへ送り届けた。その過程でデール王たちと知り合って、マリアの結婚も見守った。サラボナではルドマンさんやアンディさん、アイナと出会い、ビアンカとも再会して。……そして何よりフローラと結ばれることができた。テルパドールのアイシス女王、グランバニアのサンチョ、オジロン王。それ以外にも、リズやマービン、シモンズ……魔物の仲間もできたんだ」
『何が……言いたい』
「俺は
『あ……』
「それが教団との違いだ。奴らは魔物や信者たちと徒党を組んではいるけど……使い捨てるように消費している。だから俺は教団とは違う。そのたった一点だけだけど、違うと断言できる」
イーサンは掴んでいた手を放す。『彼』は額を押さえ、ふらふらとよろめいた。
「人間も魔物も、……縁を結べるなら結ぶ。そうでないなら振り払って斬り捨てる。大切な家族と、仲間たちのために。その矛盾が俺の醜さだというのなら……俺は醜いまま前に進む。結んだ縁も、斬り捨てた命も全部引きずり込んで……俺は未来に進みたい!」
それがイーサンの本音。表の本音と裏の本音をつぎはぎした、驚くほど歪でどうしようもなく純粋な、自分自身の答えだった。
『ウ……ウァァァァアアァ!!』
目の前の自分が人とは思えない雄たけびを上げる。……苦しんでいる。コピーした心が軋み、苦痛を訴えているのだろう。ついさっきまで、自分自身が同じ痛みを抱えていたからよくわかる。
「もう十分だ……ありがとう。そして、ごめん」
『――!』
刹那、刃が閃いた。イーサンの突き出した剣が『彼』の胸を貫き、悶えていた体の動きを止める。先ほどがむしゃらに斬り払ったときとは違う確実な手ごたえを感じた。ごぽり、と目の前の自分の口元から赤い液体が流れ落ちる。震える瞳をこちらに向け、『彼』は弱々しく言葉を絞り出した。
『……いいのかよ。人も魔物も関係なく、斬り捨て、結ぶ。その選択は……その答えは……。オマエ自身、人間としての輪郭を、人間であることすらも……かなぐり捨てたようなものなんだぞ……』
「もともと人間と魔物の境目なんて、ひどく曖昧なものだと思う。でも、もし確かな線引きがどこかにあるのだとしたら。……“半歩”だ。俺は半歩だけ、その境界線を踏み越えて見せよう」
『……オマエは、狂ってる。とんでもなく傲慢で、自分勝手で、愚かな男だ』
“モシャス”の魔力を維持できないのか、剣で刺し貫かれたその体は徐々に崩れ、もとの赤い液体に戻っていく。
そして最後、微かに形を残した『イーサン』の口元が薄く微笑むのを、視界の端に捉えた気がした。
『でも……国を統べることができるのは、やっぱりそういう男なのかもしれないな……』
剣に乗っていた重みが消え、パシャリと赤い液体が地面に広がる。絶命する直前の『彼』の言葉は恐らく、コピーした心ではなく“彼”自身の……。
「……タチの悪い能力だけど、嫌いじゃなかったよ。場所が違えば、仲間になれたかもしれないね、“ジェリーマン”……。ありがとう……ごめんね」
感謝と、謝罪。己の矛盾を象徴するような言葉を、イーサンは再び口にした。そうやってイーサンはたった今斬り捨てた“彼”の命を背負って歩き出す。
目指すは通路の先、『王家の証』のある場所だ。自覚したばかりのちくはぐな本音を心にそっとしまい、眼前の暗闇をしっかりと見据えていた。
* *
「なあ……! おい斧野郎、お前も“あっち”から来たんだろ! なあ!」
乱れる呼吸の合間を縫い、シモンズは敵に呼びかける。返事はなく、代わりに苦悶の悲鳴が聞こえてきた。たった今、斧怪人の左腕が『振り下ろされた別の斧』によって斬り飛ばされたのだ。
「“あっち”はどうだ? 相も変わらず陰湿でじめじめした、地の底みたいな場所だろうがな!」
盾の獣人は既に事切れている。自慢の大盾も、怪力の乗った無数の斧には数発も耐えられなかったようだ。シモンズは残った敵に声をかけつつ、千切れそうなほど酷使した翼を無理やり動かして飛び上がった。ついさっき立っていた地面に、3発の“メラミ”が直撃する。
「応える余裕も無しか! ケケッ、いい気味だぜ! ……ここまで数が多いとは、俺様も誤算だったがな!!」
イーサンと別れた後、再び教団の刺客と対峙したシモンズは完膚なきまでに叩きのめされ、敗走した。だがそれは彼の作戦で、追手を上手いことこの場所、“ジェリーマン”の棲み処へ誘導したのだ。……自分の力で倒せないほど強力な相手なら、『同じ力』で相手取ってもらおうというわけだ。現在、斧怪人は総勢8体の『斧怪人』に取り囲まれ、シモンズも10体以上の『シモンズ』に囁かれながら命を狙われている。盾獣人をコピーした個体は既に元の姿に戻り、無残に絶命したコピー元を捕食中である。
「しぶとかったが……へへ、もう虫の息か。追手を潰すっていう目的は達成だろうが……」
コピーが放つ火球が背中を掠めた。直撃はしなかったが、爆風に煽られて地面に叩き付けられる。
「ぐぅ……! 俺様も、ここまでか……。クソッタレが。これじゃああのスカシ野郎に……無駄に命捧げただけじゃねえか……」
ミニデーモンの姿をした“ジェリーマン”たちが倒れたシモンズを囲む。『彼ら』はしきりにシモンズへ罵詈雑言を囁いているが、今の彼には気にしている余裕もない。
「……ムカつく。なんであんな、クソみたいな契約持ち出しちまったのかなァ……。1年分のチョコも、食べれずに、終わるなんて……ムカつく、ムカつく……」
耳をつんざく絶叫と共に、視界の端に血が飛び散った。斧怪人も止めを刺されたと見て良いだろう。シモンズは最後の力を振り絞り、槍の先から魔力を放出した。
「ただで終わる俺様だと思うなよ……“イオラ”!!」
無軌道に放たれた魔力は部屋中に大爆発を引き起こし、“ジェリーマン”の群れを吹き飛ばしていく。そこら中で真っ赤な液体が飛び交い、淡く光る石柱を何本も破壊した。
倒しきれなかった“ジェリーマン”たちが赤い液を滴らせながら立ち上がる一方、爆発による多大な衝撃を受けたこの部屋全体が大きく揺れ、ゆっくりと崩れ始めた。
「はは、どうだ……思い知ったかクソッタレ……」
仰向けに寝転がるシモンズにもはや立ち上がる気力はなく、彼は先ほどイーサンに渡されたチョコを手に取る。
「まあ……この味と共にくたばることができるのは……本望か。……これでお前も失敗してたら……あの世で思いっきり……馬鹿にしてやるからな……」
しかし遠のく意識は、崩壊音に紛れた足音に引き戻された。
「――シモンズ!!」
名前を呼ぶ声と共に、温かい腕に抱えられるのを感じた。
「よくやってくれた……本当に! ここから出るぞ! ……グランバニアに帰ろう!」
別に帰る場所でもなんでもねえよ。と心の中で返すも言葉にはできず、シモンズはにやりと微笑みながら意識を預けた。
* *
崩落を逃れ、満身創痍のふたりが『試練の洞窟』を出る頃には、辺りはすっかり夜になっていた。月の位置からして、深夜であることが伺える。イーサンは目を覚ましたシモンズを下ろし、遥か遠くに浮かぶグランバニア城の灯りを見やる。
「……ルーラがあって本当に良かった。ここから歩いて城まで帰った歴代の王様たちには頭が上がらないな」
「……そいつらに倣って徒歩で帰るとか言わねえよな?」
「まさか。俺は余計な労力は削る主義なんでね」
「殊勝なこって」
シモンズは木に寄りかかるイーサンを横目で見た。……洞窟深部の通路で別れた時と比べて少しだけ、雰囲気が変わった気がする。
「王家の証は……聞くまでもねえか」
「うん。おかげさまでね」
「分かったのかよ、ヒトとマモノの境界線とやらは」
「……いや。でも乗り越えたよ。……半歩だけね」
「ハン」
シモンズは乾いた笑みを浮かべ、イーサンの肩に飛び乗った。
「やっぱり、俺様はお前が“嫌い”だ。このスカシ野郎」
「でもついてきてくれる、そうだろう?」
「悪魔は契約を違えない。……せいぜい満了までくたばるんじゃねえぞ。その欺瞞と矛盾に満ちた王道がどこまで持つか、きっちり楽しませてもらうからよ」
「ははっ」
イーサンは嬉しそうに微笑むと、懐からルーラの宝玉を取り出す。
「やっぱり君を連れてきて正解だった、シモンズ」
「……結局俺様を選んだ理由って何なんだよ。最後まで意味不明なんだが?」
宝玉が淡く光り出し、古代魔法の輝きがふたりを包んだ。
「……内緒だ」
「はあ?」
「せいぜい考えてくれ。聡明な悪魔どのになら余裕なんじゃない?」
辺りが光で満ち、再び夜の静寂に包まれる頃にはふたりの姿はそこにはなかった。こうして『試練の洞窟』として数十年ぶりに来客を迎えた初代グランバニア城は、ひとたびその役目を終えることとなる。そして長い年月をかけ、再び新たな王が訪れるその時まで、ゆっくりと試練の牙を研ぎ続けるのだ。