蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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こんばんは。故あって17時45分にこの前書き書いてます。イチゴころころです。あぶねえ。

少し前に、『6章は2章に匹敵する長さになりそう』みたいなことのたまった私ですが、現在鋭意執筆中の7章も同じくらい長くなりそうです。

何割かは(お約束の)オリジナル展開の余波ですけどね!





6-11. 戴冠

 

 

 “バニアライト”という鉱石がある。

 

 鋼鉄よりも硬く、淡いえんじ色に輝くその鉱石は、宝石商たちの間では「カネのなる石」として有名で、一方占い師たちの間では「不吉な血染めの宝石」として有名だ。しかし存在自体の知名度に反して、“バニアライト”という名前はほとんど知られていない。原産地は東の大陸、グランバニア山脈。古代グランバニア王国では主力となる鉱産資源だったそうだが、遷都後は鉱脈から離れたこと、鍛冶産業がより加工しやすい鉄と銅に移っていったことからぱったりと流通がなくなっている。

 

 

――まるで星空だ。

 

 

 ジェリーマンを退けた後、仄暗い洞窟の最深部でイーサンを待ち受けていたのは淡く瞬く星々。長い年月を経て凝縮されたその鉱石たちの中で一際大きく、存在感を放つ石をイーサンは丁寧に削り取り、懐に入れた。王家の証とは、歴史に埋もれた“バニアライト”そのものだったのだ。

 

「――………」

 

 そして今、グランバニア王宮から城下町を見下ろすイーサンは、要塞の外壁に沿って立ち並ぶ家々の光を見て、既視感を覚えていた。

 

 ……似ている。試練の洞窟の最深部、王家の証の眠る鉱脈で見た光景と。初めて城下町の夜景を見た時も『星空』を連想した。ここに遷都をした頃の記録はほとんど残っていないが、かつての王はどんな気持ちで城下町の設計をしたのだろう。……どんな気持ちで、この場に立ったのだろう。

 

「イーサン殿、こちらに」

 

 モーリッツ大臣が堅苦しい口調でイーサンを促した。その言葉を受け、イーサンは前へ、バルコニーの壇上へと歩を進めた。

 王宮前広場には、溢れんばかりの国民が集まっていた。恐らくほぼ全国民だ。彼らの視線が一点に集まる。

 イーサンは今まさに、グランバニアの王位を継ごうとしていた。

 

「我らが同志、愛すべきグランバニアの民よ。今日、誇りある我らの歴史に新たな名が刻まれる」

 

 オジロン王。パパスの実弟にしてイーサンの数少ない血縁である彼は、恐らく性分ではないであろう、これまた堅苦しい口調で国民に語り掛けている。王宮のとあるメイドに聞いた話だが、オジロンが王の器からズレていることはどうやら王宮内でも暗黙の了解として知れ渡っていたことらしい。そして本人も、そのことを承知の上で王政に取り組んでいた。

 

「(でも、そうでもしなければ魔物の襲撃から国を守り続けることはできなかった。オジロンさんがいなければ俺は帰る場所を失っていたかもしれない。――貴方は立派な王だ。間違いなく)」

 

 口上を終えたオジロンがゆっくりと、王冠を外した。この瞬間から彼は王ではなくなり、その計り知れない重圧から解放される。彼が視線を落とすのを、壇上のイーサンは横目で捉えた。その瞳にどのような感情が宿っているかは、イーサンには知り得ない。

 

 拍手が起こった。しっとりとしたものだ。さわさわと、穏やかな波のように広がった拍手は王国中を包み込んだ。華やかなものではなかったが、確かにそこには、国民たちからの敬意と感謝が込められていた。

 

「イーサン君」

 

 壇上に上がってきたオジロンが、イーサンの目を見据えて呟く。手には王冠。イーサンはこれからその王冠と共に、たった今オジロンがその身から切り離した膨大な責任と重圧を受け取ることになる。

 

「……はい」

 

 イーサンの前に大きな台座が運ばれてきた。オジロンが王冠を台座に乗せる。王冠の縁と台座の縁はぴったりと合わさり、ひとつの盃としてその形を成す。

 

「偉大なる英知を!」

 

 オジロンが盃を掲げた。王冠が国民たちの視線の先できらりと輝く。

 

「……揺るがない力を」

 

 イーサンは懐から“バニアライト”、王家の証を取り出し、盃に入れた。

 オジロンから短剣を渡される。イーサンはそれを受け取り、左手首に当てがった。

 

「そしてここに、我が誇りを」

 

 盃の上でくるりと一周、自らの手首を斬りつけた。ぱちりと痛みが響き、イーサンは一瞬目を閉じた。戴冠式の前に痛み止めを飲んではいたのだが、目の前では自分の血が盃を満たそうとしている。こんなのは普通だったら大けがの部類に入るだろう、とぼんやりと分析をした。

 

 実際、イーサンの背後に控えていたオジロンとサンチョは目を丸くしていた。本来そこまでする必要はなく、手首を一周、浅く斬りつけて血を数滴垂らすだけで良い。王の血で盃を満たすというのは、歴史書の謳い文句でしかないのだ。しかしイーサンは持ち前の生真面目さゆえか、はたまた単なるミスなのかは知る由もないが、近くの者が本気で心配する量の血を流している。

 

 オジロンとサンチョは互いに目配せをした。死ぬ……ことはないにしてもこの出血量では気を失いかねない。かといってこの場で儀式を遮るわけにもいかない。どうしたものかと考えるも時すでに遅し。彼らの目の前でイーサンの体がふらりと倒れ始める。

 

「――! 坊ちゃ――!!」

 

 

  *  *

 

 

 薄れゆく意識の中で、イーサンは手を伸ばしていた。

 目の前には川があった。川には澄んだ空が映っていて、川の流れに合わせて、鏡写しの空もふわふわと揺れていた。

 

 昔の記憶だ。妖精の国での冒険を終え、パパスと共にラインハットの関所を訪れた時の記憶。

 

「どうして、人は手を伸ばすと思う?」

 

 振り返ると父がいた。父の肩にはまだ幼い……、ひとりでは手すりの向こうの川を見ることもできない頃の自分が乗っていて、不思議そうな目でこちらを見ている。

 

「届かないからだ。届くほど近くにあるものには、そもそも手を伸ばす必要がない。手を伸ばしている時点で、それには届かないと自分で証明しているのだ」

「……」

「イーサン」

 

 夢だとわかっていた。儀式の不思議な力によって父の魂と巡り合えたみたいな、そんな都合の良い話はない。これは失血によって意識を失いかけている自分の、言わば走馬灯だ。それでも……。

 

「大きくなったな、イーサン。もう肩を貸す必要はないか」

「違うよ……。俺はまだ、あなたの足元にも追い付いていない。あなたと、母さんのことを、まだ何も掴めていない……。だって……!!」

 

 イーサンは咄嗟に、手を伸ばしていた。目の前の、父の幻影に向かって。手を伸ばした瞬間、届かないことを既に認めているのだ。

 

「だって俺は……まだ……」

「とーさん」

 

 父の肩に乗っていた幼い自分が、父に呼びかける。父は薄く微笑んで、少年を地面に下ろした。少年はそのまま小走りでこちらへと近づき、伸ばしたイーサンの手を、少し背伸びして握り返した。

 

「……」

 

 きらきらと、川面の空よりも澄んだ瞳と目が合う。

 ふと顔を上げると、父の姿はなくなっていた。その白んだ虚空に向かって、イーサンはもう一度、手を伸ばした。

 

 

  *  *

 

 

「あ……」

 

 イーサンに駆け寄ろうとしたサンチョはオジロンに制され、目の前の青年が踏みとどまった姿を口をあんぐりと開けて見上げていた。

 

「……俺は」

 

 我に返ったイーサンの視線の先には伸ばされた自身の左手。手首からは尚も血を流し、視界の端は黄色くなりつつある。でも倒れない、倒れるわけにはいかない。

 

「俺の名前は、イーサン。パパスの息子……」

 

 声は小さかった。しかし国民たちの耳にその言葉はしっかりと響き、大きくなりかけていたざわめきは彼の声に溶けて消えていく。

 

「このグランバニアの、新たな王だ……!」

 

 イーサンは姿勢を持ち直し、眼前の星空、瞬く城下の輝きに向かって手を伸ばした。

 

「今、世界は未曽有の危機に瀕している! 北のラインハット、西のサラボナ、南のテルパドール。邪悪な手の者によって少しずつ、確実に俺たちの世界は蝕まれている!」

 

 届かないから手を伸ばす。だが、手を伸ばさなくては何にも届かない。

 

「俺は戦う。愛する妻と、()()()()のために。皆も周りを見渡してみてくれ。そこには誰がいる? 愛する家族、親友、恋人、隣人、誰でもいい。守りたいと思える人がいるはずだ。その人たちの未来を守りたいなら、力を貸してほしい。武器を取ることを恐れるな。守るための戦いは、我ら人間の誇るべき矛盾だ!」

 

 イーサンの声に対し、歓声が上がる。20年もの間魔物の襲撃に怯え、すり減った国民の魂に、グランバニアの武人としての闘志が蘇っていく。国民の歓声は城下町を埋め尽くし、要塞の壁や天井に反響して国全体を震わせた。

 

 

 

 

 かくして、さすらいの魔物使いイーサンは、グランバニアの国王に即位した。

 安寧を保ち続けてきた遷都後において、彼の治世は最も波乱に満ちたものであったと、後のグランバニア史には記される。数多くの戦死者を出し国力も大きく衰退する中、任期のほとんどを国外遠征に費やした彼のことを、『愚王』『放蕩王』と揶揄する学者もいるが、それは適切な表現ではない。彼の治世を生きた国民は彼が誰よりも優しく、人々の魂を進むべき前へと向かわせてくれた王だと知っている。口が悪く、王妃には頭が上がらず、お供の魔物にはいつも振り回されるものの、誰よりも人間らしい王であると、国民たちは知っているのだ。

 

 『勇王(ゆうおう)』イーサンと、彼がそう呼ばれるのはもう少し先の話である。

 

 

 

 

第6章 グランバニアにて  ~fin.~

 

 

 

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