蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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こんばんは。イチゴころころです。
ついに7章突入です! 

今回またちょっと短めですが、追加投稿はナシですのでまた明日以降、お楽しみいただければと思います!




第7章 遙かなる旅路の終幕
7-1. フローラの告白


 

 

 

「ねえ、あなた…。私、ずっと言いたかったことがあるの」

 

 

 

 おもむろに口を開くフローラに、イーサンは少し驚いた。

 彼女は自分のことを、滅多に『(わたし)』と呼ばない。フローラの一人称はもっぱら『わたくし』である。名家の令嬢として、修道院での花嫁修業も経験している彼女が、身につけるべくして身につけた言葉遣いだ。夫の前では砕けた口調になることも増えてきたフローラだが、その一人称が崩れるのはごく稀なことだ。

 ゆえにイーサンは戸惑った。だが表には出さず、王室のベッドに横たわる彼女の手を、そっと握って促した。

 

 試練の洞窟から生還したイーサンは、シモンズを医務室に叩き込んだ後にオジロン王と謁見。正式に王権の引継ぎを申し出た。そのまま数日のうちに諸々の手続きが進み、今は戴冠式の前夜である。午前中は式の段取りの最終確認、午後は()()()()()()()()()()に見舞われながらも準備を終え、就寝前にフローラの部屋に寄ったところだった。

 

 

 

「……私ね、本当は父と母の、実の娘じゃないのよ」

 

 

 

 ――部屋の燭台の炎が、微かに揺れた気がした。

 

「え……」

 

 見開かれたイーサンの目を、横になったままのフローラは伺うように横目で覗き込む。彼女から見た夫の様子は確かに面食らってはいたようだが、特に何も言ってはこない。……彼は無言で、“続けて”と伝えてくれている。フローラはひとまず安堵し、再び口を開いた。

 

「まだ赤ちゃんの時に、今の両親に拾われたの」

 

 ぽつぽつと零されるフローラの言葉に、イーサンは真剣に耳を傾けた。一言たりとも聞き逃すものかと、そう思った。

 

「私を修道院に預けたのは、有名な占い師のすすめだったんですって。……この子は不思議な運命を背負っているから、それに耐えられるような澄んだ心を持たせなさいって」

「……」

「私にはこの言葉の意味が分からなかった。運命とか宿命とか、そういった言葉が少し苦手なのもきっとそのせいね。でも今なら……少しだけその意味が分かる気がする」

 

 フローラは上体を起こした。ふわりと垂れ下がった蒼い髪を耳にかけ、少しだけ目を細める。

 

「先に断っておくけど、私、別にあなたとの旅が苦痛だったって言おうとしているわけじゃないのよ? 修道院で修行してなかったら耐えられなかったかもって。まあ、大変だったことは事実だけれど」

「わかってるって」

「ふふ、本当かしら。こうして釘を刺しておかないと、あなた泣いちゃうかもしれないでしょう」

「泣きません」

 

 くすくすとフローラは笑った。窓から漏れる夜間灯の明かりが彼女の手の指輪に反射した。

 

「でも、今はまだ少しだけ、しかわからない。私に課せられた不思議な運命が一体何なのか、その手掛かりと言うか、きっかけを見つけたに過ぎないわ。だから……答えが見つかったら、改めてお話させてもらうわね」

「わかった。待っているよ、フローラ。……それと、話してくれてありがとう」

「そう言えば……驚かないのですね。私の生い立ちを聞いて」

「まさか、驚いたさ。でも、ちょっとだけだ」

 

 フローラは孤児だった。彼女はルドマン家の血筋ではなく、ましてやサラボナ出身であるとも限らない。

 

「私は周囲の人たちが思うような、高貴な血筋のお嬢様ではない……。アイナでさえも知らない私の秘密です。……どうします? 私が身も凍るような、極悪人の血を引いていたとしたら」

「素性もわからない旅の魔物使いに熱烈なアプローチをしてきた女性の心配することじゃないだろう」

「ひどいわ。でも……ふふ、間違いないですね」

 

 再び彼女の手を握る。ふたつのリングがこつんと擦れ合った。

 

「今、あなたに話せて良かったわ。ほんの少しだけ不安に感じていたのだけれど、お陰様で大丈夫。……だから、今は一生懸命、……この子たちを育てます」

 

 繋げた手のすぐ隣で、寝息を立てるふたりの赤ん坊。イーサンは空いた方の手で彼らの頭を撫でた。フローラによると目元が父親そっくりらしいが、正直イーサンには良く分からない。

 

「ノウェル、イヴ」

 

 名前はあらかじめ決めてあった。フローラとの激しい議論の末、男の子ならノウェル、女の子ならイヴにしようと、昨夜ようやく決着がつく。そして蓋を開けてみたら、男の子と女の子の双子が生まれてくるのだから驚きだ。つい、今日のお昼過ぎのことだった。

 

「……」

 

 20年前、自分を産んだ父も同じ気持ちだったのだろうか。この言葉にできない気持ち、父なら何と言い表しただろう。そして……、出産に立ち会った父も、自分と同じように浅ましく取り乱したのだろうか。

 

「(まさかね……父さんのことだ。どっしりと、俺が生まれてくるのを待っていたに違いない)」

 

 自嘲するように微笑むイーサンの顔を見てフローラも頬を緩めた。そしてゆっくりと瞼を閉じていく。

 

「おっとごめん。もう寝なきゃだな。……ゆっくり休んで、フローラ」

「明日の……あなたの晴れ舞台。見に行けなくてごめんなさい……。ここから3人で……応援しているわね……」

「ありがとう。……おやすみ」

「おやすみ……」

 

 燭台の炎が消え、部屋は夜闇に沈んだ。窓の外からの灯りだけが彼らを包む。

 

 

 

 そこから戴冠式の朝まで、イーサンは一睡もできなかった。

 フローラが眠りについた瞬間、幸せな気持ちにほんの少しだけ亀裂が走ったからだ。

 

――”母マーサはイーサンを産んで、その日の夜に攫われた。”

 

 不意に思い出したその事実という名の亀裂はイーサンの心に纏わりつくように反響し、眠りに落ちようとする彼の脳を乱暴に揺さぶり続けた。

 窓から差し込む灯りはカーテンを閉めれば簡単に遮断できる。だができなかった。この部屋を完全に暗闇に堕としたら、そのまま全てを奪われる。そんな気がしたのだ。

 

 

 結局イーサンは壁にもたれたまま一夜を過ごし、何事もなく戴冠式を迎え、何事もなく王となる。愛する妻と子供たちは、国の新たな指導者として帰ってきたイーサンを変わらず笑顔で祝福してくれた。

 

 

 考えすぎだ、と思った。

 

 

 

 

 それが間違いだった。

 

 

 

 

 

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