蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
こんばんは。イチゴころころです。昨夜は久しぶりにエアコンをつけていない状態で眠れました。
ヘンリーの口調が荒々しいのは、幼少期に城下町へよく遊びに行っていたからだと思っています。所謂庶民の喋り方に興味津々だったのでしょう。それが奴隷時代に良い感じに育まれた、と。その気になればカチコチの『ガチ王族モード』で話すこともできます。
逆に旅人出身奴隷経験者のイーサンが妙に物腰柔らかめなのは、これは父の影響です。幼少期に見た父の処世術を模倣している訳ですね。
ラインハット王国始まって以来の衝撃的な大演説から7日。国内はようやく落ち着きを取り戻しつつあるように見えた。デール王は官僚たちと毎日のように会議を開き、国内の体制について見直しを図っている。国民が抱えている不満は、兵士が国中の民家を回り、書類としてまとめることで今一度現状把握から取り進めている。魔物をけしかけた罪で危うく投獄されそうになったイーサンも一転、仲間たちと共に王宮で歓迎されることとなった。ラインハット王国は少しずつ良い方向に向かっている……ように思える。如何せん、イーサンは政治のことがなにもわからないのだ。人さらいの正体が『光の教団』かもしれない事実をヘンリーが頑なに公表しなかったのも、改めて説明されるまでまるで分らなかった。
『父上は、俺とデールをめぐって王宮がガタガタしている状況を国民に毛ほども悟らせなかった。秩序、ってやつだ。ガキの頃の俺はその意味がわからなかったけどな。もちろん教団は見過ごせないが、まずは根本的に国が安定してから、じっくり根をつぶしていかなきゃなんねえ』
そういうものなのかな、と傍らにいるプリズニャンに振ると、彼女も『ニンゲンの社会は難しいことだらけだニャン』みたいな表情をした。
イーサンは今、城下町から少し離れた川辺の施設、ラインハットの関所にいる。10年前、父の背中から川を眺めた建物の屋上、まさにその場所に立っている。あのときは塀が高すぎてパパスに肩車をしてもらっていたが、今は当然、その必要はない。リズは塀の上に器用に座り込み、マービンは何を思うのかぼうっと川面を見つめている。
ふと、背負っている大きな剣を手に取ってみた。天空の剣。父の形見であり、邪悪な手の者に攫われた母を助ける唯一の手掛かり。今一度その鞘に手をかけるも、やはり沈黙。刃と鞘の隙間すら感じさせない。
「……父さん、母さん。この世界は、まだまだ知らないことだらけだよ。俺……」
ちゃんとやれてるかな? 心の中に問いかけても、答えは返ってこなかった。
「イーサン殿!」
声がした方を見下ろすと、関所の入口に巨大な馬車が停まっていた。声をかけてきたのは、ビロードのマントが絶妙に似合わない若き王様。
「デール王! 来てくれたんですか!」
* *
その馬車はさすが王家御用達というか、内装までとても豪華だった。どういう構造なのか、揺れもほとんど感じない。
「おひとりで関所に向かわれたと聞いて焦りましたよ」
「あはは、ごめんなさい。早くに目が覚めてしまって……。すぐに戻るつもりだったんですけどね。……あの、ヘンリーは?」
「兄上は用事を済ませてから見送りに向かうと言っておりました。すぐ追い付いてくるかと」
「そうですか……。でも、俺なんかのために王自らいらっしゃることもなかったのでは? 王宮でのお仕事がまだあるでしょうに」
「とんでもない! イーサン殿は兄上の、ひいてはラインハットの恩人でもあるのです。私がお見送りも致さないことには、王家の名が廃ります」
デールの声は細く、少しどもるところもあったが、王族としての誇りを確かに感じることができた。
今日は、ビスタの港から数年ぶりに船が出る日だ。デールたちは、王国の再興の一環で諸外国との外交を復活させることを決定した。それはイーサンの旅への新たな足掛かりにもなるからという、ヘンリーの提案だった。
「イーサン殿、これを……」
デールが改まって差し出したのは、布に包まれた細身の剣。その形に、イーサンは見覚えがあった。
「父さんの……剣!?」
「やはり、そうでしたか。兄上に10年前の顛末を聞き、東の遺跡に調査団を派遣したのです。そこで見つけたのがこちらでございます。残念ながら例の『教団』の手掛かりは掴めませんでしたが……。是非、貴方が持っていてください」
「十分です。ありがたく、受け取らせていただきます……」
パパスの剣。小さいころ、いたずらで何度か持とうとしたことがある。当然重すぎて持ち上げられず、その都度父からこてんぱんに怒られた。10年越しに握るそれはずっしりと重いものの、驚くほど手になじむようだった。
「……過去の記録を調べました。イーサン殿の故郷、サンタローズの焼き討ちは、私たちの父上が下した命令になります」
「……!」
「兄上が行方をくらました後、父がひどく焦っておられたのは私もよく覚えております。そんなとき、ある情報が出回ったそうなのです。攫われた王子は、サンタローズの村に軟禁されている、と」
「それは、いったい誰が?」
「当時、ちょうど国内で布教活動を行っていた旅の宣教師。名を――」
「ジャミ、ですね」
ぎりぎりと、イーサンは奥歯を噛み締める。デールは静かに頷いた。
「息子を攫われ、父も感情的になっていたようです。その後、無辜の村人を襲わせたことをひどく後悔し、病床に伏しました……。ああ、そのような教団の思想が国民の一部に広まっていると考えると身の毛もよだつ思いです……! イーサン殿、王家を代表し、……なんと謝ったらよいか……!」
「いいんです、デール王。ヘンリーにも言いましたが、直接手を下したのはあなたたちではありません。というか、黒幕も判明しましたしね。目を向けるべき相手は、教団です……」
「かたじけない……。ですが、我々王家は、この罪を永遠に忘れてはいけない。……国内の安定を取り戻した後、貴方の故郷の復興にも全力を尽くさせていただきます。ここに誓わせてください……!」
「ええ。そのときは是非、便りをください。俺も微力ながらお力添えいたします」
* *
ビスタの港に着くと、大きな船が出港の準備をしていた。数年ぶりの船出に、船乗りたちもてんやわんやの様子である。
「イーサン殿。この船は西の大陸のポートセルミという港町に向かいます。我々が力をお貸しできるのは、そこまでになりますが……」
「十分すぎるくらいです。一介の旅人である俺に、ここまでしていただいたのですから」
「……はは。兄上が貴方に付き従った理由、私にもわかる気がします」
そうですか? とイーサンは首を傾げる。付き従う、というほどの恭しさは欠片もなかった気がするが。
「貴方は、とても綺麗な心をお持ちのようだ。その水晶のように透き通った心は、貴方の瞳を通じて伝わります。確かに、魔物さえも改心させてしまうでしょうね」
デールは彼の隣にたたずむリズとマービンに目をやった。
「ですが、そのすべてを受け入れんばかりの貴方の心に、危うさも感じているというのが本音です。それに貴方の父上、パパス殿も……」
「……?」
父が、なんだろうか。そういえば、一介の旅人であるはずの父も先代ラインハット王との交流があった。その内容は知る由もなかったが、母や天空の剣の事以外に、父が何かを抱えていたのも事実だ。
「いえ、これは私の推測でしかないこと故、むやみやたらにお伝えすることではないですね……。イーサン殿、どうかご無理をなさらぬよう。王国を代表して、貴方の旅の無事をお祈りいたします」
「……ええ、ご忠告、痛み入ります」
父のことについて気になるのも確かだが、当のデール王がそう言うのなら仕方ない。天空の勇者を探す旅はかつて父も歩んだ軌跡だ。いずれわかるときがきたらわかることだろう。
しばらくして、港にもう一台の馬車が到着した。荷台からヘンリーが飛び降りる。すると彼は幌の中にいる誰かに声をかけ、まもなく、荷台から木の板が下ろされスロープを作った。その光景を不思議に思っていると、そのスロープに沿って車いすが降りてきた。
座っているのはもちろん、修道女姿の金髪の少女だった。
「マリア!?」
「イーサンさん!」
彼女はヘンリーに押され、イーサンの前までやってくる。
「ようイーサン、驚いたか? お前の門出の日に、こいつを呼ばないわけにはいかないと思ってな」
「驚くも何も……すごく嬉しいよ! ヘンリーにしては珍しく気が利いたじゃないか」
「一言多いんだよ! 言っとくが今の俺は正真正銘の王族だからな!」
マリアはイーサンを見ると、申し訳なさそうに顔を伏せた。
「どうしたのマリア?」
「あの……ごめんなさい。私、足のことでふたりに嘘をついてしまって……」
「あ……」
見慣れていたせいか未だに彼女が車いす姿であることに違和感を覚えずにいたが、実際にあれから相当な日数が経っている。
「俺たちが思っていた以上に……重いけがだったのか。気付かなくてごめん。あと、気を使ってくれてありがとう」
「……」
「でも君が元気そうで嬉しい。なによりも、また会えてよかったよ」
「イーサンさん……」
「だろ? 俺ももちろんだが、今更イーサンのやつがそんなこと気にしないって」
「ええ、ヘンリーさんの言ってくれた通りだったわ。私も、ふたりに会えてうれしい」
それから船出の準備が整うまでの間、3人は修道院を出てからのことで会話を咲かせた。イーサンとヘンリーの冒険譚、新たな仲間との出会い。マリアも、修道院での暮らしをふたりに語って聞かせた。それらはお互いにとって未知なる世界の話で、興味と関心はとどまる所を知らなかった。
その様子を遠巻きに見ていたデールは、兄が誰にも見せなかった表情をしていることに驚いていた。イーサンに対しても、物静かで落ち着いた人物だという印象があっただけに、笑顔で会話を弾ませる彼に新鮮な気持ちを抱いた。……兄が広場で叫んでいたことを思い出す。彼らこそが、絶望の淵に立たされていた兄を支え、また、実の弟でさえ知りえないヘンリーを育てていったのだと、改めて思い知った。そして、ほんの少しだけ、寂しい気持ちになった。
「デール王! 出発の準備ができましたぜ!!」
船乗りの声を聞きイーサンに目をやると、彼もその言葉に了承したみたいだった。
「行くんだな、イーサン」
「うん」
「イーサンさん。また貴方を見送ることができて光栄だわ」
「……うん」
彼らの言葉を聞いて、ふと思い出したことがあった。イーサンは思い出したままに口にした。
「ふたりとも、覚えてるかな? いつだったか、奴隷の寝床で知り合ったおじいさんが話してくれたこと」
「「……」」
「10代とは、一生で最も色々な感情が芽生える時期である。その中で色々な経験、出会いを味わうことで、子供は大人へと成長していく。……それを青春と呼ぶんだって話」
「……ああ。覚えてるぜ」
マリアも無言で頷く。
「あの後さ、3人でひたすらに泣いたよな。それじゃあ俺たちはたった今、青春がどんなものかも知れずに、何の経験も味わえずにこんなところで使い潰されるのかって。なんか悔しくて、たまらなくてさ」
よく覚えている。それからイーサンとヘンリーは、『脱出』にこだわり始めたのだ。表立って教団に反抗しなかったマリアも、そんなふたりを傍で見守っていた。
「でもね、今ふと思ったんだ。あの洞穴での毎日こそが、俺たちの青春だったんじゃないかって」
今でも、洞窟での地獄のような毎日はたまに夢に見る。ただそこには常に、支えてくれていたふたりの姿があった。
「ヘンリーと一緒に奴隷生活が始まって、マリアに出会って。洞窟の中じゃ何の経験も得られないって思ったけど、でも実際にはびっくりするくらい色々なことがあって。その色々なことの果てに、俺たちはここにいるんだってね」
だから、とイーサンは言葉を切り、改めてふたりに向き直った。
「大人になって昔を思い出すとき、今ここに3人でいることが俺の青春なんだって、たった3人でも、真っ暗闇の中でも……。それが俺の青春だったんだって、胸を張って言えると思う」
ありがとうとか、ごめんなんて言葉は散々言い合ってきた。だからこそイーサンはこの別れ際に、こんなとりとめのない話をしようと思ったのだ。
「……うっ」
突然、川が氾濫するかのような勢いでヘンリーの目から涙が流れ出してきた。
「「ええっ!?」」
「泣いてねー!」
「いや無理があるだろ!」
マリアがハンカチを渡すと、彼は過剰なほどに顔を擦った。
「イーサンお前……旅が終わったらラインハットへ来い!」
「はあ!?」
「王宮付きの語り部として雇ってやる!!」
「はあ!!?」
「前々から思ってたんだがよ、お前は口が達者だ! 旅人にしておくにはもったいないほどにな!」
「あっ、それ私も思っていました!」
「マリアまで!?」
「それか本を書け。題材はもちろんお前の冒険の記録だ。バカ売れ間違いなしだぜ」
何を突拍子もないことを……と思ったものの目の前のふたりは本気のようだ。
「出版されたら、私買うわ! 修道院に訪れる旅人さんたちに読んで聞かせるの。そして、実は彼は私の友達なんですって、みんなに自慢するわ」
「それいいな! 俺も王国中に配り歩いてやる」
「やめろよ、恥ずかしいだろ!」
幸せな時間も束の間、ついに出港の時間となる。甲板へのスロープに足をかけた。
「イーサン、約束だ。お前はお前の旅を成し遂げろ。そして……また会おう」
「……うん」
「どうか体に気を付けて。貴方に神のご加護があらんことを……」
「うん。ふたりも元気で」
傍らのリズとマービンに声をかけ、スロープを昇る。やはり、誰かに見送られるのは慣れない。でも旅人である以上、これは自分の宿命のようなものだとイーサンは感じていた。
汽笛が鳴り響き、船が動き出す。突然の揺れにバランスを崩すも、咄嗟にマービンが支えてくれた。リズも低く唸り、足に頬を寄せてきた。……そうだ、俺は別にひとりになったわけじゃないんだ。港を振り返ると、デール王、それにヘンリーとマリアが手を振っているのが小さく見えた。無性に戻りたくなったが、港はもうあんなに遠く、戻れはしない。でも、それでいいと思った。戻れてしまったら、いつまで経っても進めない。
船乗りたちは驚いていた。当然だ、旅人と一緒に魔物が乗り込んでいるのだから。
「ああ、大丈夫。彼らは俺の友達です。どうか怖がらないで」
「デール王からなんとなく聞いちゃあいたが、改めて目にすると流石にたまげるな。……坊主、おめぇ一体何者なんだ?」
「ただの……、旅の魔物使いですよ。西の大陸までお世話になりますね」
目的地は遥か先。水平線にまだ大陸は見えてこないが、不安はない。
そう言えば、波の音はもう平気になったみたいだ。
第1章 青春 ~fin.~