蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
こんばんは。イチゴころころです。
前回触れた花嫁の出自について、このあたりの事情って結構複雑なので、私も攻略本やら攻略サイトやらを見て頭を悩ませながら描写しているのですが、
そんなことしてるとドラクエ4とか6とかやりたくなってくるんですよね!
今はとにかくシンシアに会いたい! 生きろ!!
「いったぁ!!」
逆手に構えていた練習用の剣が吹き飛ばされる。イーサンの視界はぐるりと一回転し、背中が地面に叩き付けられるのを感じた。
「完敗です!!」
息も絶え絶えにそう叫ぶ。たった今イーサンを剣ごと吹き飛ばした張本人、グランバニア王宮兵士団長・パピンが得物である練習用両手剣を下ろすと、彼の顔のすぐ横をいつの間にか投擲されていた練習用ブーメランが掠めていった。
「油断も隙もなさ過ぎますぞ、我が王よ……」
「……今のが外れたのなら本当に打つ手なしだぁ。今度こそ完敗ですパピン団長」
イーサンの宣言通り、パピンは今度こそ両手剣を仕舞い、仰向けに横たわる王に手を差し伸べた。
戴冠式から3日。新王となったイーサンは今朝方この訓練場に呼ばれ、現グランバニア最強の戦士であるパピン団長と手合わせをしていた。
「坊ちゃま、お疲れ様です」
傍らで見守っていたサンチョがタオルを差し出してくれる。イーサンはそれを受け取り短く礼を述べた。ちなみにサンチョのイーサンへの呼び方は『坊ちゃま』のままで確定。他でもないイーサン本人が好きに呼んでいいと快諾したためである。
「……で、今のところ0勝13敗なわけだけれども。俺、王位剥奪されたりしないよね?」
「ご安心ください坊ちゃま。オジロン様はパピン団長相手に0勝289敗という記録をお持ちになりながら立派に務めを果たされました」
「やっぱすごいなあの人。色々な意味で」
イーサンは額の汗を拭い、地面に突き刺さった練習用ブーメランを拾い上げた。吹っ飛んでいった剣はかなり遠くに転がっていたので、拾いに向かいながら背中越しに声を掛ける。
「それでさ、パピン団長が強すぎるってのもあるとは思うけど。どうだったわけ? 俺の戦いぶりは」
「…………」
剣を拾い振り返ると、パピンとサンチョは気まずそうに目を逸らす。
「いやいややめてよねそういう反応!? 一番傷つくんだからね!?」
「畏れながら……」
「パピン団長! 畏れるな! バシっと言ってくれバシっと」
「動きにとても無駄が多いです。足運びの時点で既にへっぴり腰で攻めの姿勢が欠片も見られず、防戦になるのも無理はないかと。そして防御のためとはいえ剣を逆手に持つことはとても非効率的であり、また刀身に対する斬撃の角度も――」
「あ、ごめんなさい。俺が悪かった。もうやめてください。これはこれで傷つくんだね……」
イーサンが肩を落とし、武芸百般と名高いパピンは我に返った。
「も、申し訳ありません! とんだ無礼な真似を!」
「いやいや、俺が言えと言ったのだし。……やっぱ西の大陸を旅していたときに剣を上手く使えていた気がしたのは、俺じゃなくて剣の性能が良かったからなんだよね。父さんの剣。一応今でも『奇跡の剣』を使ってはいるけど、使いこなせていないのはどうしても自分で感じる」
「いかがしますか坊ちゃま。やはりブーメランにしておきますか?」
「んー、それも微妙なんだよね。俺が投げるブーメランは威力も命中精度も低い。ついさっきも外した訳だし、トレヴァが投げた方がよっぽど強いし当たるんだよね。普段は牽制としてしか使ってないんだ」
「むむぅ……」
なぜ朝っぱらからこのような手合わせをしているのかというと、イーサンの武器を新調するためである。王家の試練で持ち帰り戴冠の儀式にも使用した“バニアライト”は、そのまま王を象徴する武器の素材になるのが習わしなのだ。実際、あの『パパスの剣』も素材はバニアライト。イーサンの父にして偉大な賢王が自ら持ち帰った王家の証が基盤となっている。
そこで『イーサン王にも剣を』という話になったのだが『え、ホントに剣なの?』とイーサン本人が返したことにより彼の苦手意識が発覚し、生まれてこの方ちゃんとした戦闘訓練を受けたことのない彼の真の得意武器を見極めるためにこの場が設けられたのだ。
「しかしながらイーサン王、私に思い当たることがございます」
「お、なんだいパピン団長。申してみよ」
「確かにイーサン王の剣術は素人に毛が生えた程度のものをつまらない小細工と奇策で誤魔化しているという見るに堪えない有様でしたが――」
「ア、ハイ」
「やはり得意武器が剣ではないと結論づけるのが妥当かと」
「やっぱそうなるよね。……それで団長、まさか俺の得意武器をこの手合わせから見極められたと?」
パピンは得意げに口角を上げた。
「ええ、これでも一通りの武器の扱いを極めた身ゆえ。失礼……」
彼は軽く会釈をしてその場を離れた。訓練場の隅に並べてある武器掛けに向かう。
そしてイーサンに渡されたのは柄から先端まで鉄で作られた棒、練習用の『鉄の杖』だった。
「え、杖……?」
「はい。私の見立てが間違いでなければ」
「俺、呪文も別に得意ではないよ? 回復は“ベホイミ”がまだ使えないし、中級呪文の“バギマ”は使えるけど、他の系統は初級のものすら使えない」
「いえ、魔法使いに転向しろと申しているわけではありません。後衛職御用達・呪文の補助アイテムと思われがちな『杖』ですが、これも立派な“武器”ですから」
パピン団長の手には、イーサンに渡されたものと同じ『鉄の杖』。その先端は地面を突いている。
「先ほどの手合わせで気付いたのですが、イーサン王は剣を逆手に持つ癖がおありのようですね」
「あ……そうだね。正直、そっちの方が防御するには扱いやすいし、山を登るときなんかは……それこそ杖代わりに突いて使っていた。鍛冶職人が聞いたら怒りそうだな」
「まさにそれです。剣の逆手持ちはよほど特殊な必殺剣でも繰り出さない限りは非効率な使用方法ですが、杖は『剣を逆手に持つように持つ』のが正しい持ち方です。なぜなら王の申した通り、こと防御に関してはこちらの方が扱いやすいからです」
イーサンはその言葉を聞きながらおもむろに鉄の杖を両手で握る。そして気がついた。先端と柄、それぞれを両手で握れることに。剣はその半分以上が刃できているため、こういった持ち方ができない。
「そうです。そして攻撃に関しても――」
そう言うとパピンは片手で地面を突かせていた杖をくるりと反転させる。地面を突いていた先端が上を向いた。これは言わば『杖としての逆手』である。……そしてその構えは、まさに片手剣を振るうときと同じ構えだった。
「刺突」
杖の先端が閃き、イーサンの顔を掠める。反応できなかった。彼がわざと外していなければイーサンの意識は彼方へと飛んでいたことだろう。
「それから殴打」
パピンは続いて、虚空に向かって杖を振り下ろした。ぶぅぅんという鈍い風切り音が、その一撃の重みを証明していた。
「刃がついていないので斬撃はどうしてもできませんが、打撃でも十分な戦力になることはハンマー系の武器が証明済みです。それでも総合的な攻撃性能は剣に劣りますが、その分防御面を支えてくれる近接武器が『杖』なのです。……撃滅よりも生存。旅人として生きてきた貴方の戦闘スタイルにうってつけかと」
「なるほどね……」
イーサンは彼に倣い、杖を構えてみた。なんとなくだが、気分が高揚しているのを感じる。
「そんじゃあまあ、杖同士でもう一本手合わせ願おうかパピン団長。勝てたら俺の特注武器はめっちゃかっこいい杖ってことで。サンチョ見届けよろしくね!」
その後、朝食の支度がととのうまで手合わせは続いた。結局一度も勝つことはできず、挙げ句イーサンは気を失う羽目になるのだが、それは思わず本気を出したパピンの一撃が要因だったという。
* *
その日の午後。
グランバニア城下町、その王宮前広場は国民の憩いの場だ。
要塞内都市として窮屈さが否めない城下町において、もっとも開けたスペースであるのがその理由のひとつであろう。戴冠式の時も、ほとんどの国民が(ぎゅうぎゅうになりながらではあったが)広場に集まっていたことからその広さが伺える。ある者は近所の友人と話し込み、ある者は王宮の兵士となるべく剣の稽古に励む。
ちなみにだが、城下町の所謂“天井”には跳ね橋の機構が組み込まれていて、作動させることによって道具箱の上蓋の如く“開く”。魔物の襲撃に苛まれる近年では数日に一回程度と頻度こそ少ないが、日光を街に取り入れたり、夜間は換気のために開けたりもしているらしい。そしてそんな陽の光を遮るものなく浴びられるのもこの広場というわけだ。
そんな王宮前広場だが、ここ数日はすっかり街の子供たちの溜まり場となっていた。
「――で、俺はマービンに合図を教えたんだ。敵が1体で襲ってきたら1回、2体なら2回、鍋を叩いて知らせろってね。平原で野宿するときはいつ襲われるか分かったものじゃないからな。その後あいつは人間の言葉を話せるようになったが、今でもよく使う共通の合図ってワケだ」
「すっげえ! 王さま頭良いな!」
「でもでも、それじゃあマービンさんが可哀そうよ! ずっと見張りをさせるなんて……」
「おお、いいところに気が付いたねルーシー。俺もそう思った、でもマービンは首を縦に振ったんだ。これは“大丈夫”のジェスチャーなんだ。あいつは死体だ。眠る必要がない。まあその理由に気付いたのは、あいつが喋れるようになってからだけどな」
街の少女、ルーシーはそれを聞くと目を輝かせ、その様子を弟のジャックにからかわれる。
「ねーちゃん、ちょっと考えりゃわかるだろお。ハッソウリョクが足りねーんだよねーちゃんはよお」
「なによっ! 王さまの素敵なお考えが、あんたなんかにわかるもんですか!」
「こらこら喧嘩しないの……」
もはや見慣れたこのやり取りの奥から、おずおずと顔を出す少年がいた。
「ん、どうしたピピン? 何か気付いたことでもあったのかな?」
「えっと……」
このピピンという少年はあのパピンの子息である。気骨溢れる武人としての風格を持っていたパピンとは似ても似つかない雰囲気の、おどおどした男の子だ。
「どうしたら……王さまとか、お父さんみたいに……強くなれますか?」
「うーん……?」
父の肩書きゆえだろうか、ピピンはどことなく、いつも自信なさげだ。
「ああん? ピピンてめえ、そんなの鍛錬に決まってんだろお! そんなこともわかんねえのか、おめーにはハッソウリョクが――」
「このおバカジャック!! なんてこというの! 黙りなさいよ!!!」
豹変した姉に飛び掛かられる少年をよそに、ピピンはくいっと俯いた。
「まあ……強さにも色々あるだろうし、簡単に見つけられる答えではないねえ」
「……」
「でもピピン、忘れるなよ。そうやって疑問を持つこと自体が、強さに繋がっていくんだ」
こげ茶色の髪の少年はゆっくりと顔を上げ、首を傾げた。
「考え続けることが大切ってことだよ。そういう意味では、ジャックの言っていた発想力って良いヒントかもな。ジャックの……おいルーシー、ほどほどにしなさい」
「はぁい、王さま♪」
「じゃあそろそろ王様は行くぞ」
イーサンが立ち上がると子供たちから抗議の声が上がる。
「悪いが、そろそろノウェルとイヴが起きてくる時間なんだ」
「「「またーーー!?」」」
「君たちも親になればわかるとも。この、目に入れても痛くないほどの我が子の可愛さと言うものを……!」
「王さま、お顔とお台詞が大変気持ち悪いです。でもそういうところも素敵です」
「ルーシー俺は確信したぞ。君は強い」
* *
子供たちに手を振って王宮内に戻ると、片眼鏡の男性が待ち構えていた。きつく結ばれた口元には皺が目立ち、髪には白髪が混じっている。彼は自室へ向かうイーサンの少し後ろを、全く同じ速度で歩いて付いてきた。
「……モーリッツ大臣」
「感心しませんぞ、王よ」
イーサンが王家の試練を受ける際、真っ先に反対したのがモーリッツである。だが見事試練を乗り越え、証を持ち帰ったイーサンを彼は認め、特に戴冠式の準備では大いにお世話になった。オジロン前王の側近を務めていただけあって、かなり頼りになる人だ。……そしてこのように、相当厳格な人でもある。
「既に申した通り、まもなく魔物の襲撃が始まります。これまでの周期から明らかなことです。もう数日の猶予はありますが、逆に言うと数日しか猶予がない。イーサン王には迎え撃つ準備をしてもらわねば困ります。まして城下の子供たちとの歓談など……戦が始まる緊張感を持っていただきたいものですな」
「うう……おっしゃる通りです」
「山脈に囲われた地形に加え、もはや国民の生活の一部となった魔物の迎撃。我が国の国交はとうの昔に失われてしまった。……もっとも、貴方にはその方面のツテもおありのようですが」
「うん。昨日言った通り、俺にはルーラがある」
「……にわかには信じがたい話ですが」
「だろうね。でも本当だ。数日後に控える迎撃戦を乗り越えたら、一度各国に赴こうと思っている。すぐにとはいかないが、国交回復の足掛かりになればと思う」
ふむ、と大臣は喉を鳴らした。片眼鏡の奥の瞳が、何かを考えるように宙を向く。
「特に西のサラボナ。ルドマンさんは俺の義父だ。……まあ嫁いだ娘が知らない間に一国の王妃になっているなんて知ったら卒倒しそうだけど。そういう報告も兼ねて足を運んでおきたい。彼は人格者だ。きっと国としても、いい関係を築けるはずだ」
「なるほど」
「件の教団についても情報共有したいしね。そのときには是非、モーリッツ大臣にも同行してもらいたい」
「……承知いたしました。我が王よ」
彼はそう言うと足を止めた。このまま階段を上がればフローラの部屋に向かえる。
「では後ほど会議室でお会いしましょう。お昼のうちに、王子様方と会って来られるのが良いでしょう」
「えっ……いいの?」
てっきりこのまま会議室に連行されるかと思っていた。
「なぜゆえ、執務の予定表に毎回“昼休み”が設けられているかご存じですか? パパス様の治世からの慣習です」
「父さんの?」
「パパス様は毎日、赤子である貴方のお顔を見に行っておられた。毎度毎度連れ帰ろうとする私めにしびれを切らして、自ら予定表にお暇を設けられたのですよ」
「うわあ……」
王宮で聞く父の話は、大体こんな感じのものが多い。
「大変でしたね……モーリッツ大臣」
「……お戯れを」
イーサンが苦笑し階段に足をかけた瞬間である。廊下に怒号が響き渡った。
「――伝令ですッッ!!!」
「!?」
「王の御前だ。何を慌てておる」
伝令の兵士はモーリッツの低い声に一瞬だけ気圧されるが、その形相は事態がいかに切迫しているかを伝えるのに十分だった。
「いいんだモーリッツ。……続けてくれ」
「失礼いたしました、イーサン王……! 見張り塔の兵士からの伝令でございます! 北の大河に魔物の軍勢を確認しました!!」
ぴりりと、胸の奥が焼け付く感覚がした。
「何を言っておる。周期ではまだ数日の猶予があるはずだ。見間違いではないのかね?」
「確かです! その数、1個大隊。川の向こうの森林地帯にも、後続が確認されます! 先発は既に大河を進行中、北方戦線到達まで、推定残り4時間です!!」
「早すぎるな……。イーサン王、いかがいたしますか?」
「……っ」
モーリッツの鋭い眼光が若き王に突き刺さる。イーサンが即位した政治的理由は国民の士気向上であり、その中にはジリ貧になりつつあった迎撃戦の“流れ”を変えるというものも含まれている。極端な話、それが成せなければイーサンの王としての価値は無い。それが例え、予定にない奇襲に対する戦だとしても。
「……迎え撃ちます」
「前回の襲撃から5日。我がグランバニア軍は軍備、物資共に不足しています。補充する時間は無い。急な出兵に対応できる兵士の数は、最大数の約半分でしょう。前回の戦で負傷し、未だ医務室から出てきていない常駐の兵士を含めるとさらに減る……。率直にお伺いいたします、イーサン王。貴方にはこの危機を乗り越える力がおありか?」
モーリッツの視線がイーサンの胸をえぐる。彼は4年前、ラインハットのデール王を失脚させようとしたあの官僚に似ている。当時は血も涙もない人間だと思ったが、その後のヘンリーたちを見るとそうも言えない。かつて相棒は教えてくれた。『それが政治だ』と。今、俺は品定めをされている。価値を問われている。
「……くどいぞ大臣。どのみち迎え撃つ以外の択はない。それに――」
イーサンは階段の上を一瞥し、廊下の反対方向へ歩き出した。
「あるものだけを駆使して戦うのは慣れている。至急、会議室に召集をかけてくれ。戦える者、全員だ」
「えっ、全員、と言いますと……?」
「“全員”は“全員”だ。俺はまだ家臣みんなの名前を覚えたわけじゃあないからな」
伝令の兵士は一瞬だけ青ざめ、疾風のごとき慌てぶりで廊下を走り去っていった。イーサンは大きく息を吸い、吐いた。
「初めての大仕事が戦とは、らしい開幕だよまったく。……やってやろう。伝説の魔物使い、その境界を越えられるところを見せてやるとも」