蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
仕方ないと言えばそうだけど、最近フローラをがっつりと本筋に絡める機会が減ってちょっと寂しいです。産後は安静にしないとですからね。
原作ゲームでも、花嫁はグランバニア到着直後から産休に入るのでパーティ離脱するんですよね。そう考えるとサラボナ出発~グランバニア到着という決して長くはない期間でハネムーンは終了です。まだ自由に世界中回れる訳でもないし、意外と短いのです。
本当はオラクル屋の暖簾に狂喜乱舞するフローラとか、鏡の前で寄り目にチャレンジするフローラとか、水着回とか色々描写したかったけれど、ここまできちゃったのならあとは突っ走るのみですね。
あっ水着回はそのうち必ずやります(早口)。
「……ん」
不意に、イーサンは目を覚ました。
上体を起こすと両肩がぎしぎしと痛む。どうやら長椅子に横たわって眠っていたようだ。見渡すとその場はグランバニア王宮の大食堂。長テーブルは豪勢な食事の跡で散らかっていて、テーブルに突っ伏す者、長椅子や床に横たわる者……見渡す限り誰もが思い思いの体勢で眠りこけていた。
「え、なにこれ。みんな羽目外しすぎでしょ……」
そう呟き、自分も他人のことは言えないなと反省した。魔物の襲撃に完勝し、グランバニア王宮内で宴が開かれることになったのは憶えている。あれよあれよと準備が整い、慣れない乾杯の音頭をとり、コックが張り切ってこしらえた料理に舌鼓を打ったところも記憶しているが、そこから先の記憶がまったく無い。気付けばだらしなく雑魚寝の一員である。こんなの仮にも王宮の大食堂とは思えない光景だ。
「どんだけ飲んだんだろ……。てか今、深夜か……? 消灯時間過ぎてるよな」
未だにふわふわと揺れる思考を押さえ込み、とりあえずフローラと子供たちの待つ寝室に戻って寝ようと立ち上がる。そこでふとテーブルの上の大鍋に目が行った。
「いやいや残しすぎだろ、もったいないな。……厨房に保管用倉庫あったよな」
大の大人が揃いも揃って片付けまで怠るとか……と呆れながら鍋の取っ手を持つ。
「………………は?」
――温かい。そう感じた。鍋の取っ手は温かかった。
「――ちがう。消灯時間なんて過ぎちゃいない、全然時間が経っていない。今はまだ、宴が始まった直後のはずだ!」
宴が始まった後の記憶などない。なくて当然だ、始まった直後に何者かによって眠らされたのだから。しかも王宮にいる全員が!
「フローラ!」
食堂を飛び出す。イーサンは直感で理解していた。これは間違いなく『光の教団』の仕業……。20年前、王子誕生の活気に満ちていた王国の隙をついて王妃マーサを攫った教団の悪辣な謀略に違いない。
廊下を駆け、寝室を目指して大階段を登る。廊下や広間にも、気を失ったように倒れる兵士やメイドの姿があった。彼らの安否も気にはなったが、イーサン自身の症状から見て眠らされているだけの可能性が高い。それに今は何よりも、フローラと子供たちのことが最優先だ。
「無事か、フローラ!?」
寝室の扉を開け放つ。
窓際にある大きなベッド。そこに上体だけ起こしたフローラがいて、まどろむノウェルとイヴを優しく撫でながら空いた手の人差し指を口に当て、そっと微笑む――。
そんな光景が一瞬だけ見えた気がした。その通りだったのならどれだけ良かっただろう。イーサンの空想の景色はゆらりと視界から消え、空になったベッドとくしゃくしゃのシーツ、不自然に半開きにされた窓だけが視界に残る。愛する人の姿も、子供たちの姿もそこにはなかった。
「――――」
言葉を失い、めまいに襲われる感覚。イーサンは力なくその場に膝をついた。
「く、そ……」
警戒はしていたつもりだった。母マーサはイーサン誕生の直後に攫われた。その事実がある以上、片時も油断なんてしてはいけないはずだった。実際イーサンは戴冠式の前日から教団の、それもイーサンに斧怪人と盾獣人をけしかけた内通者の存在を意識していた。今日の防衛戦の時も、寝室で待つフローラたちにメイドと近衛兵を配備し虚を突かれないようにしていた。
それがどうだ。たったの一瞬、戦に勝利した直後のほんの一瞬の気の緩みを的確にかすめ取られていった。
「くっそおおおおおおお!!」
絨毯を殴りつける。食いしばった奥歯からぎりぎりと軋む音が聞こえる。そのとき、
「イーサン王……?」
ベッドの下から探るような声。顔を上げるとそこにはフローラの世話役をしている中年のメイドの姿。ベッド下の暗闇に伏せる彼女の腕には、すやすやと寝息を立てるふたつの小さな人影が抱えられていた。
「あ、ノウェル、イヴ……!」
「ああよかった……イーサン王なのですね……! 申し訳ございません、じ、自分のせいで……フローラ王妃が……! ああ、ああああ……」
這い出てきたメイドは双子をイーサンに預けると、押さえ込んでいた恐怖が堰を切ったように泣き出す。
「大丈夫、いったん落ち着いて。何があったのかを教えて欲しい」
「う、宴が……始まった直後のことです。自分はいつも通りこの部屋でフローラ王妃とこの子たちのお世話をしておりました。すると王妃様が突然、ノウェル様とイヴ様と一緒に隠れるよう命じられたのです……」
彼女の視線がベッドの下、先ほどまで自身が隠れていた暗闇の方を向いた。
「王妃様の目は真剣そのものでございました。自分は命じられたとおり、そこで息を潜めていました。そのすぐ後です、『何者か』が部屋の扉を開け、入ってきました」
ふるふると震える彼女の両手は、そのまま頭を抱えるように両目を覆い隠す。
「自分はそこで急激な睡魔に襲われ、ついさっき目が覚めるまでおめおめと眠りこけていたのです……! イーサン王がいらっしゃるまで、自分は恐怖でそこから出ることもできず、情けなくも震えていたのでございます……! 自分の、自分のせいで王妃様が!」
「大丈夫、大丈夫だから。子供たちを守ってくれてありがとう。その『何者か』が何か喋っていなかったか、フローラはどうなったとか、何でもいい。他には何か憶えていないかい?」
「……薄れる意識の中で、その者が『王子と王女はどこだ』というようなことを言っていたと記憶しています。その後、王妃様と一言二言交わし……ええ、そうです。すぐに立ち去ろうとしていました。何と言っていたのかは憶えておりませんが、焦っている様子でした」
「焦っている……?」
「ああ、イーサン王、なんということでございましょう……。これではまるで、20年前の……!」
「……っ」
敵の真意はともかく、フローラが攫われたことだけは確かだろう。本当に20年前と同じだ。完全に後手に回ってしまった。
そう思ったときだった。
「フローラ王妃!! 坊ちゃま~~~!!」
ずばん!! と再び開け放たれる寝室の扉。声の主はサンチョだ。その後ろにはパピン団長を始め、先の防衛戦で勇敢に戦った兵士たちの姿。誰もがまさに寝起きのようなごちゃごちゃした佇まいだが、その目には確かな“意志”が宿っているように見えた。
「坊ちゃま、ご無事で良かった……!」
「サンチョ……でもフローラが――」
「ええ、状況はあらかた聞いております」
「え……?」
聞いているって、誰に……? と首を傾げると、人だかりの足下を縫うように白い影がぴょこぴょこと姿を見せた。
「マスター!」
「ロランか!?」
ロランはイーサンの足下までくると視線を上げる。その顔には『困惑』のような『後悔』のような表情が張り付いていた。こんな顔をする彼は初めて見る。
「マスター ……。 ゴメン。 気付くのが遅れた。 敵は“ラリホーマ”を 使った ナリ……。 英雄 ロラン は まさかと 思った ナリ。 でも 遅れた ナリ……」
ロランが俯く。彼の中にある宝石が申し訳なさそうにちゃりんと鳴った。
「急いで この部屋 に 来た 。 でも もう フローラ も 敵も いなかった ナリ……。 見張り塔 に 登ったら 北に……
「……!」
「でも 英雄 ロランは 追わなかった ナリ。 それより も ここにいる マスターの 仲間たちを 起こそう と 思った ナリ。 フローラ 助けなかった ロランは 英雄 失格 ナリ……」
「ロラン……」
視線を落とすロランを抱き上げ、袋の口をわしゃわしゃと撫でた
「よくやってくれた。……英雄ロラン、お前の判断は正しい。お陰で……希望が繋がった」
「マスター ……」
以前までの彼なら単身で敵を追っていただろう。いやもしかしたら『まさかと 思う』ことすらなかったかもしれない。
顔を上げると、ロランに起こしてもらったと思しき人々がこちらに視線を向けていた。その目に宿る意志とはきっと――、
「イーサン王、どうかご指示を」
「会議室……いやそこのエントランスでいい。目覚めた者は全員集合だ。状況を整理し次第、即行動に移る」
――そうだ。この場にいるほとんどが『20年前の王妃誘拐』の当事者。赤子だったイーサン本人も含め、教団の謀略に出し抜かれたグランバニアの国民なのだ。
「そう何度も、奴らの思い通りにさせてたまるかよ」
* *
見張り塔に派遣した数名の兵士を除き、2階エントランスには王宮の人員のほとんどが集まった。広めのスペースとはいえぎゅうぎゅうだ。リズやマービンたち仲間モンスターも申し訳なさそうにそばに来る。どうやらロラン以外本当に取りこぼしなく眠らされていたらしい。如何に強力な“ラリホーマ”を唱えられたとして、ここまで完璧に全ての人員を無力化できるだろうか? と考える。基本的に妨害呪文の一度の詠唱では、対象が増えるほど成功率は落ちる。あのロランのラリホーマやメダパニでさえ『何体か止まれば良い』くらいの使用感なのだ。
その疑問はあっさりと解けた。先んじて侵入者の痕跡を探っていたオジロンが、厨房の床に『夢見の花』の茎が落ちているのを見つけたそうだ。王宮を挙げての宴となれば、その料理は関係者全員が口にする。そして王妃に接触するまでに出会うであろう廊下や別の部屋にいる数少ない人間は別途“ラリホーマ”で無力化する、ということだろう。
「宴の料理に細工なんて、そんな大胆な真似ができちゃうってことはさ……。やっぱりこれは『侵入者』じゃなくて『内通者』の仕業ってことだよね」
イーサンの推理にサンチョが頷く。
「ええ、ですがこんなこと一体誰が――」
「答えはもう出ているよサンチョ」
「え――」
「俺は『全員集合』って言った。この場にいない奴がつまり、今頃せっせと北に向かって馬を駆ってるだろう内通者ってこと」
辺りを見渡す。オジロンやパピンを始め、何人かはイーサン同様気付いているようだ。
「モーリッツ大臣だ。――彼が教団を手引きし、フローラを攫った」
「……!」
場がざわめく。王宮に勤めるほとんどの者が、なんならイーサンよりもかの大臣のことをよく知っている。彼はパパスの時代から大臣に就いていた。件のマーサ王妃誘拐事件にも関わっている可能性すらあるのだ。
「オジロンさん、彼の私室ってどこだっけ?」
「2階、北東の角だ。部屋の鍵は大臣本人が常に持ち歩いているはずだけれど」
「ありがとう。……君たち、モーリッツ大臣の私室に行って調べてきてくれないかな? 彼の手記や、私物。何でもいい、情報が欲しいんだ。鍵は壊して構わないよ。俺が許可する」
声を掛けられた若い兵士たちは小気味よく返事をし、大臣の私室に向かっていった。壁に背を預けたサンチョが頭を抱える。
「まさか彼が……一体なぜ、教団に与するようなことを……」
「王家の試練に教団が介入してきて以来、内通者を探らせていたけれどまったく手がかりが掴めなかった。それもそのはずだよね。内通者捜しはモーリッツ大臣に任せていたんだから。……思えば彼は自ら名乗りを上げていたよね」
視界の端でオジロンが頭を掻いた。
「『新王の身辺整理がつくまでの間、独自に調査を進めておきましょう。諸々の事務が整い次第、改めて会議を開き内通者をあぶり出しましょう』だっけね、確かそんなこと言っていたな。……うまく丸め込まれたものだ。ちょうど今日、事務作業が一段落するところだったんだよ。その矢先に――」
「魔物の襲撃。そして俺たちはそれにまんまと完勝し、お祝いムードになってしまった。……何年も人の上に立ち王を支える仕事をしてきただけのことはある。どうすれば人が動くのか理解し尽くしているよ」
「イーサン王!」
廊下の向こうから声。先ほど大臣の私室に向かわせた兵士がひとり、何かを抱えて走ってきていた。
「未だ捜査の途中ではありますが、不審物を発見したので報告に参りました!」
差し出されたのは淡い黄金色の輝きを放つひも、のようなもの。本体もそれらを繋ぎ止める金具も不思議な気品を感じさせる。
「これは……手綱?」
「はい。これらが無造作に、机の上に置かれていました。机の引き出しが半開きになっていたので、そこから引っ張り出したものかと」
「手綱、ね……。彼は今馬で逃げているそうだし、自分が使うものをわざわざ出したってことかな。それも相当急いでいたみたい」
証言によるとフローラと接触した直後に焦り出したらしい。時系列的からして、ロランの存在に感づいて焦りだしたのだということは想像できるが、それでわざわざ一旦私室に戻るだろうか? それも手綱のために。
「失礼します、王よ」
傍らで待機させていた兵士のひとりに声を掛けられた。
「自分は騎馬隊所属、カインと申します。騎馬隊の先輩でもあるモーリッツ殿に、数年前まで師事を受けていました」
「……へえ。騎馬隊のね。それで、君はこの手綱に心当たりがあると?」
「はい! それは恐らく『黄金の手綱』と呼ばれる伝説の手綱です。それを付けられた馬はあらゆる山を越え、海をも渡れるようになるとの言い伝えで『空飛ぶ靴』とも呼ばれています! 自分も実在するとは思っていませんでしたが……その伝説を教えてくださったのが、他でもないモーリッツ殿であったので……」
「海をも、ね……なるほど。情報提供ありがとう、一旦下がって良いよ」
イーサンが皆の方を向き直ると、膨れつつあったどよめきが引いていく。手に持った数本の『黄金の手綱』を掲げ、イーサンは声を張り上げた。
「困惑する者も多いだろう。君たちは俺よりもモーリッツとの付き合いが長い。彼自身、20年前の当事者でもある。だが躊躇は一旦捨て置いて欲しい。彼は俺たちを騙しフローラを攫った、それだけが事実だ。動機とか背景とかそういった細かいことは……彼をとっ捕まえてからじっくり聞くとしよう」
困惑に歪んでいた兵士たちの顔が引き締まっていくのが見えた。
「黄金の手綱なんて仰々しい物を引っ張り出したからには彼の行き先は『川の向こう側』で間違いない。本来、魔物が襲いにやってくる方角。あの森の奥に何があるのかは分かっていないが、確実に
兵士たちが息をのむ。緊張感が皆の足下を駆け抜けてゆく。
「どうか力を貸して欲しい。我が愛する妻、このグランバニアの新しい王妃、フローラのために。……そしてどうだろう。もし万が一、川の向こうの『何か』までぶっ潰せちゃったらさ、もう襲われなくて済むかもしれない。確証なんて全くないけど、もしそうなったらすごくお得じゃない?」
兵士たちの表情が、ほんの少しだけほぐれていった。場の緊張感はそのままに、余分な力だけが溶けて消えていく。
「では改めて、行こうみんな。今度はこちらから攻める番だ。20年前の悲劇を繰り返させないために!」
振り上げられる王の拳に、集まった誰もが追随した。
「「「オオオオオオオ!!!!」」」
この一体感はちょうど昼間に紡いだばかりのもの。イーサンという指導者のもと、各々の意志が流れるようにひとつにまとまっていった。
そして、
――かん、かん、かん
その流れは突如飛び込んできた鐘の音に遮られた。誰もが――嫌と言うほど――聞き覚えのある、見張り塔の鐘のものだった。
「――――」
誰からともなく顔を上げた。吹き抜けの向こう、見張り塔に繋がる廊下のバルコニー。
そこにはひとりの兵士。先ほど見張り塔に派遣したうちのひとり。
彼は息を切らして、苦悶の表情を浮かべながら口を開く。
言われなくてもわかっていた。ここ20年、その鐘の音を聴き続けた彼らはもうその音が意味するものを知っている。彼の口から出てくるものなんてわかりきっている言葉なのだ。
でも今だけは、“今度はこちらから攻める番だ”と思った今だけは、絶対に聞きたくない言葉だった。
「――敵襲ううぅぅぅぅ!!!!!!」