蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
こんばんは。イチゴころころです。
ドラクエ11Sの結婚イベントで、教会の前をうろうろしているエマを見る度になんとも言えない気持ちになります。しかも主人公を見つけると毎回必ず手を振ってくるのが辛い。
それでいて恨み言ひとつ言わずいつも通りのノリで会話してくれるエマは幼なじみの鑑だと思います。
イーサンとパピンが見張り塔から戻ると、兵士たちの視線が彼らに集まる。王は澄ました表情で口を開くが、彼の拳が震えているのに気付く兵士は少なくなかった。
「――敵の数はざっくり見て昼間の1.5倍ほどだ。ちょうど先頭がざぶざぶ川に入ったところだった。うかうかしていられないのは事実だけれど、昼間と同じ要領で支度をすれば北方戦線で迎え撃てるだろう。……オジロンさん、城下町の様子は?」
「各街区の区長に連絡済みだ。滞りなく、国民は南部の避難所に向かえるはずだよ」
「ありがとう。そういうことだみんな。今すぐ戦闘の準備を」
目の前の王は淡々と述べる。このグランバニアを守るための最適な指示を出している、それは兵士たちには分かっていた。分かってはいたのだが……。
「大丈夫。今回も
声を張るイーサン。
しかし、誰ひとりそこを動こうとしなかった。
「……あれ? 俺なにか間違ったこと言った?」
イーサンの真横でパピンのため息が聞こえる。
「畏れながら王よ……間違いだらけでございます。皆が望んでいる号令はそれではない、だから誰もここを離れたがらない」
「え……」
「
「……!」
目を見開くイーサン。取り繕ったような、お供のミニデーモンの言葉を借りるなら『スカシた』表情が崩れるのを、兵士たちは見逃さない。
「イーサン王!」
誰かが叫んだ。
「行ってください! ここは我々にお任せください!」
「城門は死守します!」
「どうかフローラ様を!」
「教団のくそったれに一泡吹かせたってくだせぇ!」
兵士を中心に、その場にいたメイドや使用人も含め口々にそのようなことを叫んでいた。イーサンはついさっき押し込めた私情が揺さぶられるのを感じる。
「い、いやいや。何言ってるかわかってるのかみんな? 聞いていなかったのか? 敵の数は少なく見積もっても昼間の1.5倍。森の奥にまだ見えていない敵影があったとするなら2倍や3倍もいるかもしれない! こちらは昼間の消耗も癒えていないまま、しかも夜間の戦闘になる! 俺が指揮を執って、最適な采配を――」
「そんなこと言わないでください王!」
「遮るな! 俺が、王が喋っているでしょう!」
「『フローラ様救出を後回しにする』だなんて、そんな指示を最適だなんて言わないでください!!」
「――っ!?」
イーサンの言葉が詰まる。これ幸いにと人々の怒号が飛び交った。
「そうだそうだ!」「王妃様悲しみますよ!」「普段あんだけイチャついておいてこんなときばっか硬派ぶるな!」「漢なら会いに行ってやれよ!」「カッコつけんな!」「爆発しろ!」「このヘタレ!」「ヘタレ!」
ぶわりぶわりと膨れる声。イーサンの心臓がどくりと脈打つ。
「こ、の……言いたい放題言ってくれちゃって……! 途中からただの悪口じゃないか……!」
かぶりを振った。使うことはないだろう、と仕舞っていた『黄金の手綱』を取り出し、再び頭上に掲げる。
「そこまで言うならお言葉に甘えさせてもらうからな!! さっきの指示は取り消し! 俺は王妃の救出に向かう! 皆の使命は王妃が帰ってくるこの場所を“綺麗に掃除”しておくことだ! 各員死力を尽くして、我らがグランバニア王国を死守せよ!」
王の号令がその場にいた全員に染みこんでいく。誰もがこの言葉を待っていたのだ。
「「「ありがとうございます!!!」」」
あまりの大声に床が揺れ、そのまま散開する兵士たちの足音でより大きく揺れる。その場を去る彼らの背中は不思議なほどに目映く、頼もしく見えた。
「ふう……。敵わないよこの国の人たちには。仮にも自国の王を追い出すような真似、するかね?」
ため息をつくイーサンにパピンがくすりと笑いかける。
「皆、貴方に勇気をもらいました。戴冠式のお言葉、昼間の防衛戦、それに一度“こちらから攻める”と決められたとき。その勇気を途絶えさせたくない。自分も含め、グランバニアの民すべての想いでありましょう」
「……ここは頼みます、パピン団長」
「仰せのままに。この命に代えても必ず。……では失礼します」
パピンが走り出し、少し進んだところでおもむろに振り返った。
「撤回致します王よ。この命には代えません。
「……そうだね」
「ですのでどうか、王もご無事で。良いですか、今回の我々の『完勝』とは、『王も王妃も無事に帰還すること』です。そうして初めて、我々は20年前の雪辱を果たせるのです」
20年前、王妃を探しに遠征に出た王は帰らぬ人となった。それがどれだけこの国の人々に絶望を与えたか、イーサンは想像することしかできない。そんな過去を持つ他でもない国民たちが、フローラ救出のためにイーサンの道を用意してくれる。その想いと後悔を背負う責任が、今のイーサンにはあるのだ。
「……しかと聞き入れたよ。皆の意志は俺が繋ぐ」
パピンは満足そうに頷き、その場を去った。
「イーサン君、さあこっちへ」
もう一度大きく深呼吸をし、イーサンはオジロンについて
* *
厩舎では既に仲間モンスターたちが出発の準備を始めていた。
「遅かったなぁ、くっだらねえ自己満足タイムは済んだのかよ」
「手を動かすニャ、シモンズ。でもまあ、この国の兵士たちが骨のあるレンチュウで良かったニャ。あのまま誰も何も言わなかったら、代わりにリズがご主人を往復でひっぱたいてやってたニャア」
「手厳しいなもう……ぐうの音も出ないよ」
「ケケッ、まだまだ精進が足りてねぇなイーサン王よ。まあそういうこったから毛繕いでもして待ってろよ。もうすぐ準備は整う」
シモンズはイーサンの握っていた『黄金の手綱』をひったくり、リズと共に厩舎の奥へと向かっていった。
「つくづく君のお供には驚かされるよ、イーサン君」
「そうですか?」
「早馬の準備を手伝おうと思って君をここまで案内したのだが、先を越されていた」
「ああ……。ほんと、こいつら俺のこと大好き過ぎてなんでもお見通しなんですよね」
『ちげえよ!/ニャ!』と、厩舎の奥から抗議の声が上がる。
「実のところ、みんながああも快く君を送り出したのは、彼らの存在も大きいと思う」
「こいつらの……ですか?」
「パパス王……兄上と幼い君を旅に送り出すときも、みんな不安でもあったが同じように背中を押したものだ。本人の実力もさることながら、斥候として同行するサンチョが当時その名を轟かせるツワモノだったからね」
「全然イメージできませんが……」
「ははっ。まあそんなわけで、結果的にパパスはこの世を去ってしまった。だから王を見送ったことを、本当はみんな後悔しているんだ。もし君が“ひとりで”旅をするような人だったら、誰もこの城から出してはくれなかっただろうね」
「……」
「あ マスター!」
「消耗品 取ってきた ナリ」
ロランとトレヴァが道具袋を抱えてやってきた。同時に厩舎からは馬を2頭連れたマービンが姿を現す。リズとシモンズはその馬の背に乗り、『黄金の手綱』をかちゃかちゃといじっている。
「今回は……パトリシアは馬車と一緒に、留守番だ……。なるべくはやく、大臣に追いつくに……越したことはない、だろうからな」
「ああ、そうしよう。ありがとうマービン」
「そういや、進路はどうするニャ? 当然、敵の軍勢は避けにゃいとニャ」
「うん。このまま西門から出て、大回りして川を越える。すぐに出れば、今頃川を渡っている敵の集団と入れ違うくらいになるはずだ」
「その先は未知の領域って話だよなァ?」
「シモンズの言うとおりだ。本当に、何があるか見当もつかない。でもあれだけの軍勢が1日に2回も通ったんだ。足跡なり何なり、痕跡を辿れば迷うことはないだろう」
かちりと音がして『黄金の手綱』の装備が完了した。2頭の馬がぶるると短く鳴く。
「リズは俺の後ろ、シモンズはマービンの後ろに乗ってくれ。ロランはトレヴァの背中。敵に気付かれたくないから松明は使わず、ロランの宝石の灯りを頼りに進む。ロラン、いつもより光は抑えめで。トレヴァも、先行距離は短めでお願い」
仲間たちが頷くと、北の城門から鈍い地響きが伝わってきた。城門が開き、迎撃に向かう兵士たちが出発するのだろう。イーサンとマービンは馬に跨がり、仲間たちもそれに続く。
「では行こうか。オジロンさん、来てくれてありがとう。行ってきます」
「ああ、だが少し――」
オジロンの視線は勝手口の方を向いていた。それを追うと、ちょうど扉の先からふたつの人影が見えたところだ。
「――君を見送りたい人がもう数名いるらしい」
出てきたのは似合わない鎧に身を包んだサンチョと、もうひとり。フローラの世話役をしているあのメイドさんだ。
「坊ちゃま」
「来てくれたのかサンチョ……それに貴女も」
「イーサン王、引き留めてしまって申し訳ございません。ですがどうか少しだけ、この子たちとお話ししてあげてくださいませ……」
「あ……」
彼女の腕にはイーサンとフローラの子供たち、ノウェルとイヴが抱えられていた。ふたりはころころとした瞳を馬上の父親に向けている。
「ノウェル、イヴ……」
左手でふたりの頭を撫でた。ふたりはくすぐったそうに目を閉じ、ノウェルは薬指を、イヴは親指をきゅっと握りしめる。
「っ……! 行ってきます、ふたりとも。ふたりのお母さんは必ず連れて戻るから、待っててね」
手を離す。父親の温もりが遠ざかると、ふたりは声を出して泣き始めた。メイドさんが「ようしよし、大丈夫だからね。パパもママもすぐに帰ってくるからね」と彼らをあやし、イーサンの胸はちくりと締め付けられた。
「……ふたりを頼みます」
「お任せくださいませ、イーサン王」
「オジロンさんもサンチョも改めて、行ってきます」
オジロンはゆっくりと首を縦に振った。サンチョは西門の通用口へ向かい、その鉄格子を開け放つ。その先には暗闇に落ちた荒野が広がっていた。2頭の馬が並んで歩き出す。
トレヴァが短く嘶き、ロランを乗せて荒野に飛び立った。彼女らを追うように2頭の馬はゆっくりと速度を上げ、横並びで通用口を抜けた。
「――坊ちゃま!」
背後からサンチョの声。遠ざかる声は確かにイーサンの耳に届く。
「サンチョは……我々グランバニアの民は! 王と王妃の帰還をお待ちしておりますぞ! 必ず、必ず! 坊ちゃまの冒険譚を楽しみに待っておりますから!!」
イーサンは振り返らず、代わりに片腕を上げた。背後で自分を見送る人影がどんな表情をしていたのかは見えない。ただ静かにその想いを握りしめる。
通用口が閉じられる音と共に、荒野は闇に包まれた。