蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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こんばんは。イチゴころころです。

突然ではありますが、リアル多忙につき更新頻度を落とします。
具体的には、次回から【毎週日曜日18:00更新】に変更とします。

毎日読んでくださっている方もいる中でこのような形になってしまい本当に申し訳ありません……! 
ペースは落ちますが、イーサンとフローラが大魔王をぶっ潰すその時まで、楽しんで書き上げようと思っています。今後ともよろしくお願いします。




7-6. デモンズタワー① マービンの矜持

 

 

 サンタローズの洞窟、その深部。

 かつてはイーサンの父、パパスが『天空の剣』を隠すために拠点としていた場所。

 

 マービンはその場所で“腐った死体”として蘇った元・人間だ。

 生前の記憶はない。自分がどのような人生を歩み、後に『サンタローズの洞窟』と呼ばれる場所でどのように命を落としたのかはまるで分からない。そもそもこの『マービン』という名前も、主であるイーサンが『なんだか頼りになりそうな響きだから』とその場でつけてくれた呼び名であり、生前の本名など一文字たりとも覚えていないのだ。ただ名前とはやはり特別なもので、初めてその名で呼ばれたときは動かない心臓が脈打つような感覚と、血の通わなくなった血管が温まる感覚がした。お礼を言いたかったが、マービンが人としての会話の仕方を思い出すのはだいぶ後になってからだ。そしてその頃はちょうど西の大陸に向かう船の上で、イーサンもリズも初めての船旅でてんてこ舞いな毎日。お礼をしたいと思ったことなど記憶の彼方だった。

 

 

 

「……、…………」

 

 馬に揺られ『黄金の手綱』を片手で握りしめながら、マービンはおもむろにそんなことを考えていた。

 

「(お礼、か……。旦那に、名付けてもらったことへのお礼。すっかり忘れていたが、なぜ今思い出す……? こんな局面で、言えるわけないだろうに)」

 

 旅先で買った小説に書いてあった言葉を思い出す。それは所謂“死亡フラグ”というやつだ。そこまで考えてから自分はもう死んでいることを思い出し、マービンは思わず笑みをこぼす。

 

「どうしたマービン?」

 

 隣で馬を駆るイーサンに尋ねられ顔を上げる。2頭の馬は限られた視界の中とは思えない速度で北へ向かっていた。『黄金の手綱』の効力か、馬の身体能力も向上しているようだ。

 

「いや……なんでもない。少し夜風が……肌寒く感じただけだ」

「はだざむい……? そうか。そういうの、あったんだな」

「まあな」

 

 実際はそんなものはない。というか、“腐った死体”にはほぼすべての感覚が無い。何かモノに触れて、それが硬いのか柔らかいのかくらいはわかるが、熱い冷たい・痛い心地よいなどはわからないのだ。呪いか魔力か、はたまた怨念か何かで動いているだけで、身体はとうの昔に死んでいる。それが“腐った死体”をはじめとするゾンビ系の魔物なのだ。

 

「マスター みんな 見る ナリ ……!」

 

 張り詰めたロランの声に、一行は向かって右側、遙か遠くの暗闇に目を凝らした。星の灯りという弱々しい光源のなかで、地を這う巨大な影が確かに見えた。それはついさっき川を渡りきったであろう、教団の魔物の行進である。徒党を組んで進軍する異形の魔物たちは夜の闇の中でひとつの巨大な影となり、雪崩が如き勢いでグランバニア王国に向かっている。

 

「ご、ご主人……」

「静かにリズ。俺たちが見つかるわけにはいかない」

「でもあんな数……!」

「大丈夫。みんなは『国を守る』と言ってくれた。なら俺たちは信じて、『フローラを救う』って役割を果たさないと」

「……ニャン」

 

 走る馬の揺れに、魔物の軍団の足音であろう振動が加わる。すれ違うまでの間、一行は息を潜めて馬を走らせた。

 

「(役割か……)」

 

 マービンは手綱を握る自身の片腕を見つめた。

 

「(この旅路は、役割の連続だった……。きっと今回の、オレの役割は。……オレがここにいる意味は……)」

「川に到達した。渡るぞ」

 

 主の声がマービンの思考を遮った。前方を見やると、暗闇の中に星空を反射させる水面が見える。

 

「今更だけどこの『黄金の手綱』ちゃんと効果あるんだろうな……。このまま突っ込んで大丈夫なのか? マービン、そっちは何か変化ない?」

「いや……今のところは……、ん?」

「あっ……」

 

 イーサンとマービンは同時に声を上げた。自分たちが乗っている馬、その馬が地面を蹴る振動と足音が唐突になくなったからだ。心配そうに振り返っていたトレヴァとロランも目を見開く。川の手前にて、2頭の馬は確かに地面から浮かんでいた。

 

「――」

 

 ふたりの騎手は呆気にとられながらも手綱を振り、そのまま川の真上を走らせていく。

 

「ハン。理屈は知らねぇがニンゲンの伝説ってのも捨てたモンじゃあねえな!」

「ほんとその通りだよ。『空飛ぶ靴』っていう別名にも納得だ」

 

 勢いを殺さず北岸に着地し、一行は未開の森の木々の間を抜けていく。イーサンの言ったとおり、地面には大量の魔物の足跡がくっきりと刻まれていた。

 

「あとは大臣に追いつくだけだ。気を引き締めていくよみんな!」

 

  *  *

 

 月明かりも雲に隠れる夜の森を、ロランの出す光と足跡を頼りに進む。

 しばらくするとこぢんまりとした廃屋に辿り着いた。損壊が激しいが、面影からしてもともとは教会であったようだ。

 

「どういうことニャ? 森の奥は誰も行ったことがないミカイの地のはずニャ」

「わからない。けど、グランバニア王国も東の大陸の隅々まで知り尽くしているわけじゃない。母さんの故郷であるエルヘブンだって見つけられなかったらしいし。“グランバニア人にとって”未開の地ってだけで、ここで質素に暮らす人たちがいたのかもね」

「しかしこの様子だと……もう人はいなそうだな」

 

 そう呟きながらマービンはこっそり、敷地の端にある瓦礫の下を見やった。そこには恐らくかつてここで暮らしていた人“だったもの”が横たわっている。マービンの魔物としての能力か、もしくは曲がりなりにも『同族』としてのシンパシーなのか、彼はこのような“だったもの”を感じ取ることに長けている。我ながら自慢できるような特技ではないなと、このことは誰にも言ったことがない。

 

「おい!」

 

 敷地の外で待機していたシモンズが声を張り上げた。

 

「足跡の続きを見つけた! 森のもっと奥まで続いてやがる。ここはただの廃墟、ハズレだ。おセンチに浸ってる暇はねぇぞ。それともお祈りでもしてくってか?」

「ありがとうシモンズ、すぐ戻る!」

 

 馬に戻る主たち。マービンはもう一度瓦礫の下に視線を送り、彼らに続いた。

 

  *  *

 

 静寂に包まれた森。木々の間を馬で駆ける時間はとても長く感じた。

 実際には、川を飛び越え北岸に辿り着いてから10分も経っていないと思う。しかし限定された視界に変わらない景色。生き物の気配も感じられない森の中は不思議なほど穏やかで、時間の流れがここだけゆっくりになっているような錯覚を覚えた。その穏やかさは一行の胸中で『フローラの救出』という目的と混ざり合うことで不快な焦りへと反転する。いつになったら森を抜けられるのだろう、どこまで走ればフローラに追いつけるのだろう。手綱を握るイーサンの手には、きっと汗が滲んでいたと思う。

 

 故に、あまりにも唐突に森が開けたときは誰もが言葉を失った。

 風切り音に煽られながらイーサンは絞り出すように呟く。

 

「……塔?」

 

 開けた視界のど真ん中。仄暗い夜空を縦に割るその巨大なシルエットはまさしく『塔』のそれだった。いたずらっぽく顔を覗かせた月の光がその全容を照らすと、刺々しい装飾や禍々しい意匠が施された三つ叉の塔が夜空に浮かび上がる。今まで訪れたどの国の王宮よりも高くそびえ立つその塔は、ここが教団の拠点にして川の向こうの『何か』の正体であると、直感で理解させるに十分な佇まいだった。

 

「まるで……死の塔だな」

 

 マービンがそう呟く。彼の背にしがみつくシモンズは苛立たしげに喉を鳴らした。

 

「ああ。教団の拠点があンのは覚悟していたが、人里離れているのを良いことにずいぶんと思い切った建築をしたもんだなぁ。舐め腐ってやがるぜ」

 

 開けた荒れ地をしばらく進み、塔の正門と思しき場所の手前まで辿り着いた。イーサンが片手を上げて『止まれ』の合図を出すと、一行は歪んだ鉄格子で作られた巨大な門、そこからある程度の距離を保った位置で進行を止めた。

 

「グランバニアの城門よりおっきな門ニャ……」

「あれだけの数の魔物を一斉に進軍させるんだし、これでも小さいくらいなんじゃない? もう門なんてない方が良いような気もするけどね。奇妙な『余分』にこだわっているのも教団らしいというか」

「あっ、ご主人――!」

「……!」

 

 ぱきん。という金属音と共に、仰々しい正門が静かに傾く。両開きの鉄格子の真ん中に小さな隙間ができていた。人間ひとり通れる程度の大きさだ。これ見よがしに、まるで歓迎でもしているかのように、目の前の塔の入り口が開かれた。

 

「……なんとなくそうじゃないかなとは思っていたけど、これ」

 

 イーサンが馬を下りる。乾いた土をブーツが踏みしめる音が転がった。

 

「罠、だな。間違いなく」

「えっ ……?」

 

 そばで羽を休めていたトレヴァが目を見開いた。主について馬を下りたマービンも欠けた奥歯を噛みしめる。

 

「なんでフローラが攫われたのか、ずっと考えてたんだ」

 

 教団にとってイーサンが邪魔な存在なのは間違いない。それは王家の試練のときに魔物をけしかけて暗殺を企てたことからも明らかだ。ではフローラはどうだろう。そんなイーサンの妻であることから敵対すべき存在なことには違いないだろうが。

 

「なんでわざわざフローラを狙ったんだろうか。20年前、母さんが攫われた理由は母さんの持つ『魔界に関わる力』が狙いだ。だがフローラにはそんな力なんて――」

 

 イーサンは一呼吸置いて目を閉じ、開ける。戴冠式前夜の彼女の告白を思い出した。

 

 

――私ね、本当は父と母の、実の娘じゃないのよ。

 

 

「……まあ、そこに関しては断言できないか」

「ニャン?」

「いや、どのみち『魔界』だのなんだのにまつわることは如何せん情報が少なすぎる。焦って何かを決めつけるのはやめておいた方が良さそうだ。ただ問題は、仮にフローラに何かしらの利用価値があり、それを狙って誘拐したとして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだ」

 

 門の隙間から覗く暗闇をにらみ付ける。

 

「そもそもあのタイミングで魔物の軍勢を進行させる意味もよく分からない。そりゃあびっくりはしたけど、でも実際この拠点の守りは見るからに手薄になっている。『ここが付け入る隙です、はいどうぞ』っていう、そんな誰かのメッセージすら感じられるよ」

「ま まってマスター  それじゃあ フローラは!」

「うん。恐らく本当の狙いをおびき寄せるための餌。本命はさしずめ俺ってとこかな。……はぁ、言ってて腹立ってきた。人の妻を餌扱いかよ」

「……」

 

 一行に緊張が走った。未だに自分らは、教団の手のひらの上にいるのだ。

 

「まあ」

 

 おもむろにイーサンが剣を地面に突き立てる。乾いた音は気味の悪い緊張を幾分か和らげた気がした。

 

「罠とわかったとてやることは変わらないけどな。ここを攻略してフローラを救出する。それが俺たち遠征部隊の役割だ」

「役割……」

 

 目を伏せるマービンをよそに、主は門の方を向き直った。

 

「適当な木陰に馬を繋いだら突入だ。各自、手荷物の最終確認を――」

「旦那……少し良いか」

「うん?」

「『役割』について、ひとつ聞いて欲しいことが、あってな……」

「……」

 

 細められたイーサンの視線と落ちくぼんだマービンの視線が交わる。

 

 

 

「オレも、……連れて行ってくれないか?」

 

 

 

 イーサンの周囲で準備を始めようとしていた仲間たちが一斉に顔を上げる。驚きや疑問符が各々の表情にあった。

 

「……なに いってるの? マービン。 そんなの 当たり前 だよ?」

 

 最初に声を上げたのはトレヴァだ。彼女は翼を広げ、ぱたぱたとマービンの横を浮遊する。

 

「そんなの 一緒に行くに 決まってるじゃない。 みんなで一緒に フローラを 助けに行く。 そうでしょ? そのために みんなでここに来たんでしょ?」

 

 イーサンの方を向いた。彼はトレヴァの視線に目もくれず、静かにマービンの方を向いたままだ。

 

「そう、 なんだよね? マスター?」

「……違う」

 

 そして視線を外さぬまま、トレヴァの問いに答える。びっくりするほど淡々とした声色に、トレヴァは息が詰まるのを感じた。

 

「マービンの役割は今まで通り、……カボチ村の洞窟や封印のほこらのときと同じように、馬車番だ。ここでみんなの帰りを待つ。それが役割だ」

「え、 ど どうして……?」

「今回のダンジョン攻略がそれぞれの命に関わる危険なものだからだ」

「じゃあ なおさらでしょう!? えと…… なんて いうんだっけ。 火山のときと おなじ。 そう、 ソウリョクセン! フローラの ために チカラ あわせて――」

 

 必死に言葉を紡ぐトレヴァ。しかし主の視線は一向にぶれない。

 

「それに マービンは つよいよ! ワタシ 知ってるもの! 足手まといになんて ならないよ!」

「足手まといだとか強いとか弱いとか、そういう話をしてるんじゃない」

「じゃあどうして!? フローラのために――」

「フローラのためを想うのなら彼にはここに留まってもらわないと困るからだ!」

「う、え……?」

 

 イーサンの思わぬ気迫にトレヴァはたじろいだ。

 

「ワケ…… わからない よ マスター。 ねえ みんなも 何か言って、よ……」

 

 振り返るとリズは気まずそうに目を逸らした。シモンズは腕を組み、冷ややかな目線をこちらに向けている。あのロランでさえ、何かを察したように口を結んでいた。

 数秒の沈黙の後、イーサンが淡々と口を開く。

 

「わかってるはずだ、マービン」

 

 一行の視線がマービンに集まった。

 

「…………全滅の恐れがあるからだな?」

 

 主は肯定も否定もせず、ただ少しだけ目を細める。

 

「この塔は、尋常じゃあない……。今までのダンジョンで間違いなく……最難関と見て良いだろう。お嬢を……フローラを助け出すことは大前提として、その過程で誰が倒れるかわからない。……最悪の場合、お嬢以外全滅だ。そうなったらどうだ。彼女は……ここからどうやってグランバニアに帰る?」

「……」

「それにここまで大それた真似ができる教団の人物は……かなり絞られるだろうな。ゲマや、オレは直接会ってはいないがラインハットを襲ったジャミ、それからそいつと並ぶもうヒトリの幹部……。そんなのが待ち構えていてもおかしくない。そうなれば……無事に帰還できる可能性はさらに低くなる。だいたい合ってるか、旦那」

「だいたいどころか全問正解だよ。それに馬を動かせるのは俺を除けばお前だけだ」

「……それをすべて承知の上で、オレはお願いしている。もちろんだが足を引っ張るつもりはない。いざとなればみんなの盾になろう……。この状況で、指をくわえて待つことは……正直辛いものでな」

「だめだ。これはただの留守番じゃあない。『何かがあったときのための保険』なんだ」

「……」

 

 再び数秒の沈黙。トレヴァがぱたぱたとイーサンの前に出る。そこで初めてふたりの目が合った。彼女の目には涙が滲んでいた。

 

「じゃあ マスターは 『全滅したら フローラをつれて ひとりで逃げろ』って 言うの?」

「そうだ」

「『全滅したくないから 一緒に戦ってくれ』とは 言ってあげないの……!?」

「そうだ」

「全滅なんてしない! ワタシたちは誰も死なない! フローラを助けて みんなで一緒に帰るの!」

「もちろんそれが一番だ。俺もみんなも同じ気持ちだろう。でも気持ちだけじゃあ敵には勝てない。気持ちで教団を倒せるのなら……あの日父さんは殺されていない」

「――!!」

 

 すとん。と、トレヴァの胸にその一言が刺さる。

 なおも言葉を探して俯く彼女の頭に、骨張った手が優しく乗せられた。

 

「あ…… マービン」

「もう大丈夫だ。……ありがとうな、トレヴァ」

 

 マービンはそう言うと落ちくぼんだ目をイーサンに向ける。主はほんの少しだけ眉を寄せていた。

 

「それが、旦那のくれたオレの“役割”だと言うなら……その役割を全力で尽くそう」

「……まさかとは思うけど。俺のこと試したのか? マービン」

「どうだかな……。ただ、お前の覚悟が曇っていないようで安心した。これで心置きなく……ここで待っていられる」

 

 親指を立てるマービン。張り詰めていた空気が和らぐのを感じて、イーサンは大きく息を吐いた。

 

「はぁぁあもう、人が悪いぞマービン。俺こういう空気苦手なの知っているはずだろ」

「すまないな……。でも、半分は本音だ」

「本音……?」

「馬車で留守番をする度……違和感を覚える自分がいた。それが“もどかしさ”という……生前に置いてきたはずの感情だと気付いたのはサラボナでの封印のほこらあたりからだ。旦那たちが強く、滅多なことでは死なない奴だとはわかっていたが……そのどれもが命がけの現場だったことも事実。……待っている側というのは、とても苦しい」

「そうか……」

 

 テルパドールでフローラと喧嘩したときのことを思い出した。イーサンはフローラをひたすらに『待機』させ、結果彼女との軋轢を生む。そのときの彼女も今のマービンと同じような主張をしていた。

 

「そういや、テルパドールで最初に俺をひっぱたいてくれたのも、お前だったなマービン」

「そういうことだ」

「……気付かなくて悪かった」

「何を言う」

 

 マービンは髪をかき上げた。青白い顔がくしゃりとした笑みになる。

 

「生前の記憶も、心も、言葉も失っていたオレが……いっちょ前に“もどかしい”なんて言えるほどになったんだ。仲間のことを想うと、一滴も血の通っていないこの心臓が……熱くなるんだ。もう十分だろう、腐り果てたただの死体には過ぎた奇跡ってヤツさ。だから――」

「……」

「今一度指示を、オレにくれ。オレは……オレの役割は何だ? イーサン」

「――ここで待て。何かあったときだけ動け。それまで行動することは許さない。俺たちはお前が、『なるべく活躍しないように』全力を尽くそう」

 

 かけられたその言葉を飲み込むように目を閉じた。サンタローズの洞窟からここまで、彼らと歩んだ道のりを思い出す。……自分の歩みはここまでだ。胸の奥で『誰の役にも立てないのか』と自分の本音がささやき、ちくりと刺激した。その痛みが何よりも心地よかった。

 

「了解だ。……ありがとう」

「こっちの台詞だよ」

 

 イーサンが振り返ると、リズにロラン、シモンズに半泣きのトレヴァが隊列を組んで待っていた。

 

「ははっ。したたかな連中だよなまったく。俺とマービンの感動的な語らいの裏でちゃっかり突入準備を済ませてんだからさ」

「語らいにシュウチュウできるように計らってやっただけニャ? デキる従者は細かい時間を短縮するのニャア」

「とか言ってついさっきまで鼻すすってたの俺様は気付いてたからな」

「そんな事実はないニャ。凍らされたいのかこのエセ悪魔」

「なんだやんのか猫娘コラ」

 

 乳繰り合うふたりをよそに、イーサンはトレヴァの頭をそっと撫でた。心優しいキメラは涙を拭うように頭を動かす。そして再び顔を上げると、その目には涙ではなく闘志が宿っていた。

 

「……どいつもこいつも頼もしいな。なあ旦那」

「ああ、違いない」

 

 5つの影は背を向け、目の前の塔の門をくぐる。木陰に佇む“ひとりの”死体は、死地へと向かう仲間たちをただただ見守るのであった。

 

  *  *

 

 同時刻。マービンが『死の塔』と呼んだ塔、正式名称『デモンズタワー』の最上階にて。

 

「――フム」

 

 宣教師ジャミは監視用の“呪いのマスク”を外し、片目にかかった前髪を整える。脆弱で矮小なニンゲンの身体で過ごすのは嫌いだったが、呪いのマスクを使用する際に限ってはサイズ感がちょうど良いと彼は感じている。

 

「なにやら問答をしていたもんだから不安になっちまったじゃねえか。あそこで正門開けるのはあからさま過ぎたかなぁ、とか。まあでもそうだよな。アイツのことだし罠だと気付こうが向かってくるはずだよな」

 

 テーブルの向かいに座る人物に話しかける。少し前に差し出した杯には、なみなみと注がれた水がそのまま入っていた。

 

「どう見る? 奴らはここまで無事に来られそうかね? 串刺しか、丸焦げか、はたまたなけなしの残存兵にやられるか。それともやはり、無傷でこの場所まで辿り着くに一票入れとくか? そうしたいよなぁ、そうだよなぁ」

 

 デモンズタワーを設計した者として、遊び半分で作ったトラップがどこまで機能するのか興味はあった。しかし今、ジャミの興味の大半は目の前の人物に向けられている。

 

「なあなあ、目覚めたばっかのとこ悪いが、こっちも暇でしゃあねぇんだ。あいつらがここに来るにしても野垂れ死ぬにしても時間は……おっと、そんな怖い顔すんなよ。俺は客観的に見たホントのことを言っただけだぜ?」

 

 椅子から立ち上がり、その白い肩に手を置いた。ぴくりと、恐怖で震えるのが伝わる。

 

「時間はたっぷりある。お喋りしようや……()()()()()()

 

 名を呼ばれた彼女は上目遣いでジャミをにらみ付ける。蒼い前髪の下から覗くその瞳は微かに震えていた。

 

 

 

 





次回 《デモンズタワー② フローラvsジャミ》

9/25(日) 18:00~更新予定

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