蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~    作:イチゴころころ

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こんばんはー。イチゴころころです。

リズ回後半戦ですが、文字数が想定の倍くらいになってびっくりしました。

デモンズタワー攻略を描くに当たって、オークレベル20とキメーラレベル35とのバトルは外せないなぁとかねてから思っていました。

てか「キメーラ」って何ぞ(小5以来の謎)。





7-9. デモンズタワー④ 『リズ』

 

 

 ヤリを振り抜く。

 “ピオラ”によって引き上げられた敏捷と動体視力。圧倒的速度で振り回される視界の中でもそのフォーカスは正確に獲物を捉える。甲高い風切り音と共に獲物の胴体を狙っていたヤリの切っ先は、しかし紙一重のところで致命傷を逃した。逃したと言っても完全に躱されはせず、獲物の身体に浅くはない傷を付けた。血しぶきが舞う様子もスローで流れ、獲物が飛び退くように距離を取ったところで加速が切れた。

 

『本当に驚きだ、小さき者よ』

 

 オークはヤリを肩に掛け、そう言った。目の前に倒れ伏した傷だらけのプリズニャンは息も絶え絶えで、たった今負った傷にも顔をしかめている所だった。

 

『儂のヤリ捌きは、もはや貴様の目には追えていないはずだ。実際、避け切れてはいない。だがその反射速度と、あとは獣の直感か。“ピオラ”を解禁して尚、ここまで時間を稼がれるとは思っていなかったぞ』

「くっ……」

『だがそれもここまでのようだな。たった今命中した箇所……。致命傷は避けられるものとして、あえて狙って正解だったようだ』

 

 リズは左の前足を舐める。じわりとした痛みはその傷がそれなりの深さまで達していることを表していた。オークの言うとおり彼女はほとんど直感で攻撃の軌道を読み、自慢の敏捷で無理矢理躱すことで何とか致命傷を避けてきた。しかし先ほどの一撃は“掠らせるための一撃”だったようだ。傷ついた前足で同じような挙動はできないだろう。

 

『平原の魔物が……相当な修行を積んだと見える。敵とはいえ、儂は強き者・誇り高き者は相応に評価する。儂にここまで時間を取らせたこと、誇りに思うがいい』

「……もう勝った気でいるニャ? ずいぶんと偉そうに、おめでたいことをペラペラ喋るニャァ……」

『強がりはよせ、呼吸ももう整えられぬだろうに。……小さき者よ、貴様は何のためにここまで強くなったのだ?』

「はぁ……?」

『さしずめ、“主のため”という具合だろう? 先ほどのニンゲンが貴様の主か』

「だったら、どうだってンニャ……」

『彼は良き主だ』

「……」

 

 リズはオークを睨むように見上げた。彼はヤリを突き立て、続ける。

 

『戦いぶりを見ていれば分かる。己の限界を越えるような境地には、並大抵の覚悟では至れん。主君のため誇り高く戦う者にこそ、その境地は開かれる。儂も同じだ。……己の信じる主君のため、その身を賭けて戦い抜く覚悟がある』

「主君……? ここの最上階で待っている、教団の奴のことニャ……?」

『そうだ。儂ら魔物に、チカラと居場所をお与えくださった』

「……」

『敬意を表するぞ、貴様にも、貴様の主にも。道は違えど、己が誇りのために戦う者同士。……その忠義と誇りを胸に、ここで死ぬがいい』

 

 ヤリを振り上げた。もう“ピオラ”をかける必要もない。この距離で心臓を正確に貫き屠る。その後は先行した『彼女の主』を追い、同様に撃滅するだけだ。

 だが――、

 

「知ったようなクチをきくニャ……己が誇りのために戦う者、“同士”……?」

『ん?』

 

 

 

「教団のレンチュウに誇りもクソもあるか!! 一緒にするニャこのバカヤロオオオオォォォ!!!!」

 

 

 

 顔を上げるリズ。彼女の手元には一本の“魔法の聖水”が握られている。

 

『むっ!?』

「“ヒャダルコ”!!!!」

 

 至近距離から突き上げるように放たれた氷塊。氷の刃はまっすぐにオークの喉元へ向かっていく。

 

『フンッ!!』

 

 ヤリを振り回し氷塊を弾いた。大量の破片がオークの視界を横切る。

 

『全然“軽い”! やはり限界のようだな小さき――、……むう!?』

 

 目の前が開けると、そこにリズの姿はなかった。彼女のものと思われる血が、転々と階段下まで続いている。

 

『逃走、だと……?』

 

 彼女に与えられた役割は『時間稼ぎ』のはずだ。そう会話しているのを実際に聞きもした。しかしリズが逃げていった方向はここ、東の塔の階下。このまま彼女を見逃し、跳ね橋の先へ向かえばあのニンゲンどもに追いつくことができる。この時点でオークの“勝ち”だ。先ほどまで心で語り合ったはずの彼女は、この土壇場で醜くも逃走を選択した。

 

『ふざ……けるな』

 

 しかし誇り高き“オーク”には、自分が認めたはずの強者がそのような醜い選択をとることが許せなかった。しかも吐き捨てるように、オーク自身の忠義も愚弄しておいて。

 

『耐えがたい、耐えがたいぞ小さき者おおおお! この儂と、儂の誇りを踏みにじったことを後悔させてやるぅぅアアア!!』

 

 怒りのままに雄叫びを上げるオーク。血痕を辿り、下へと伸びる階段を跳ぶように駆け下りた。

 

『どこだ!? どこにいる!』

 

 そこは8階、階段下の通路。広めの通路の先は吹き抜けエリアへ、逆側へ進めば外縁に出る扉があったはずだ。吹き抜けエリアへの扉の横には炎を吐くドラゴンの像。しかしその前には大岩が置かれている。それもそのはずこの通路は既にイーサンたちが通った後なのだ。ちょうどオークたちとまみえる直前、彼らがここのトラップを解除していったに違いない。

 

『血痕がない……。“ヒャド”で止血したか、小癪な真似を……!』

 

 床には一滴も跡がなかった。しかし“オーク”は獣のモンスター。嗅覚はニンゲンのそれよりも遙かに優秀だ。血の匂いを辿ることなど造作もない。

 

『吹き抜けの方角!』

 

 匂いを捉えると共に走り出した。勢いのままに扉を蹴破る。

 

『なに……!?』

 

 瞬間、視界が真っ白に染まる。

 目の前の全てが氷漬けにされていた。壁や床、柱。それ以外にも何本もの氷塊が床から突き出ていて、もはやそのエリアが本来どのような形をしていたかもわからない。床と天井から伸びる幾重ものツララが視界を遮る。

 

『まだ……ここまでの量を操る余力が残っていたか。む――』

 

 背後で足音。

 振り返るが誰の姿もない。いや、視界の端に影が映り込んだような気がした。しかしそこを注視しても氷の塊が突き出ているだけ。きらきらと輝く氷の表面は鏡のように光を反射している。……今視界に映った“影”は、本当にその場所にいた影なのだろうか。

 

『(この限定された視界に、氷塊ひとつひとつが別の方角の景色を映している。これでは目からの情報がほぼ機能せん……!)』

 

 ゆっくり息を吐くと、瞬く間に白く染まる。鼻から吸い込んだ空気は刺すような冷気となり、嗅覚も絶妙にはぐらかしてくる。オークは今、リズの気配を完全に見失っていた。

 

『姑息。姑息なり小さき者! 貴様はまだ戦う意志があった! あった上で儂を愚弄し、煽り、ここまでおびき寄せた! そしてこの、視覚も嗅覚も機能しないフィールドでこの儂を、不意打ちで倒そうと考えているのだろう! 戦術と呼ぶにも劣る、姑息極まる手段だ!』

 

 ヤリを両手に持ち直し、“ピオラ”を詠唱した。

 

『だが儂は安心している! 貴様にまだ闘志があったことを、心から嬉しいと感じている! だから儂は貴様の渾身の不意打ちを……正面から迎え撃ち叩き潰す!!! そして主に仕える者同士、儂が正しいということを証明して見せようぞ!!』

 

 腰を落とし、両目を見開く。白く色づいた冷気が、目の前をスローモーションで波打った。今なら空気を漂う塵の一粒一粒さえも見逃さない自信があった。

 

 匂いは辿れず、周囲は無数の氷塊。何より視界が最悪。しかしリズはきっと、直接攻撃でとどめを狙ってくるはずだ。彼女の“ヒャダルコ”ではオークの毛皮を一時的に凍らせることはできても、貫くことができない。さらに上位の呪文を隠している可能性もなくはないだろうが、吹き抜けエリア全体を氷漬けにした直後で有効な威力のものを撃てるとは思えない。

 

 そして、いくらこの場所を障害物だらけにしたところで、直接攻撃でとどめを刺しにくるのなら必ず一瞬、姿を見せる。遠くに見えた姿なら鏡像との判別がつかないが、とどめの一撃は必ず“実像”のはずなのだ。オークはそれを狙っている。リズの不意打ちを見極め、“ピオラ”による加速をもってカウンターで仕留める。その瞬間はすばやさ勝負だろうが、当然負けるつもりはない。

 

『(さあ……来い……!!)』

 

 空気が揺らめく。

 

『(……!)』

 

 背後の空気が微かに揺れるのがわかった。気配はなく殺気も完全に消されている。視界にも入っていない。完璧な方角からの奇襲だ。しかしオークには、極限までに集中したオークの目と肌には、リズが音もなく飛びかかってくる方角が正確に伝わってきた。

 

『(ここまで集中していなかったら、あるいは見抜けなかった。やはり貴様の強さ、戦闘のセンス、執念……それは尊敬に値するようだ。だが――)』

 

 背後の“彼女”が腰を落とし、飛びかかりの姿勢を伸ばす。この段階で一度見抜いてしまえば、元来の素早さに“ピオラ”も上乗せされたオークの速度に、とても追いつけるはずもない。

 

『儂の“勝ち”だっ! 死ねえええ!!』

 

 振り向きざまに全力でヤリを突き出す。切っ先は真後ろに迫る彼女の脳天をたやすく貫通し、背後にそびえる氷の塊を叩き割り、さらにその向こうの壁にまで深々と突き刺さった。

 

 しかしオークの表情は驚愕。たった今、すぐ後ろまで迫っていた彼女の、その額を貫いた瞬間の手応えが()()()()()()()()()からだ。増幅した動体視力と感覚は、彼女の額が『からっぽ』であることを否応なしに突きつけてくる。

 

『こ、これは――!?』

「氷で作ったダミーだニャ! 見事に騙されたニャア、このクソッタレ!」

 

 思わず顔を見上げる。吹き抜けエリアの天井、そこの梁に乗るリズがこちらを見下ろしていた。

 

「もう一発行くニャアアアア!」

『(なんだ……? 嵌められた? そうだ、嵌められた、また騙された。でも関係ない。わけがわからない。儂は完璧に嵌められた。でもなぜ、()()()()()()()()()()()()()? なぜ“ヒャダルコ”で追撃する? もうあの程度の大きさの物しか作れていない。直撃してもせいぜい数秒止まるだけだろう……? なんだ、何を考えている? 儂は今、何を、何を見落としている――!?)』

 

 本能のままに視線を動かす。先ほど貫いた“彼女のダミー”と、その先にある氷塊。これらを、さらに奥にある壁もろとも貫いた自身のヤリ。

 

 目と鼻の先にある“彼女”が砕け、壁を包む氷も砕け散る。“ピオラ”によって加速された世界の中で、氷の破片が砕け散っていく様ももどかしいくらいにゆっくりだ。そして考える。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『こ、これは――!!!』

 

 吹き抜けエリア。

 

 炎を吐くドラゴンの像。

 

 既に通過済みのイーサン。

 

 トラップ好きの主。

 

 あえて置いた大岩と、

 

 大岩に触れた者に向けた()()()()()()

 

 

『これはァ――!?』

 

 “ピオラ”が切れる。

 視界を遮っていた氷の破片はすべて吹き飛び、オークの目の前には『壁』だと思っていた手応えの正体。

 

 

 

 ヤリに片目を貫かれた“ばくだん岩”の、不気味な笑顔と目が合った。

 

 

 

『ウゥワアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!』

 

 渾身の力で突き出したヤリが簡単に抜けないのはわかりきっている。本能と恐怖のままにヤリから手を離そうとするのは当然の反応と言えるだろう。

 しかし、

 

「“ヒャダルコ”!」

 

柄を握りしめた腕に詠唱の完了した氷塊が振り下ろされる。中級呪文ではオークの毛皮を貫けない。せいぜい、『たった数秒』凍らせるくらいのものだろう。

 

『んなあああああ!?』

 

 再び顔を上げると、既にもう一発を詠唱し始めているプリズニャンの姿。梁の上という絶妙に離れた場所にいるのも、これから起こる大爆発を逃れるためということを今更過ぎるが理解した。そして彼女のその考えを理解し、オークは血の気が引いていくのを感じた。

 

『き、貴様!! こんな、こんな、こそ――』

「姑息? 卑怯? 何とでも言えニャ。いいか……」

 

 リズが咳き込み、短く吐血した。軽傷とは言えない身体で、連続して呪文を放ったことで彼女の体力も限界に近いだろう。

 

「ご主人は、ニンゲンはいつもそうやって生きてきた。ニンゲンは弱いニャ。チカラは低いし、精神だってヘナッヘナ。だからいつも機を覗って、裏をかいて、誰かに頼って、力を合わせて、そうやって毎日戦っているニャ。そうしないと、生き抜けないから――!」

 

 オークが腕に力を込めて氷を剥がす。しかし全く同じタイミングで“次のヒャダルコ”が叩き付けられ、一行にその場を離れられない。“ばくだん岩”は氷塊をものともせずに、大きくつり上げた口を動かしてぶつぶつと何かを呟いている。聞き取れはしないが、それがこのモンスターの名前の由来にもなっている厄災の呪文であることをオークは知っている。

 

「リズたちの生き様に『卑怯』も『姑息』も、『正しい』も『間違い』もない!! あるのは『全力』っ! ただそれだけニャアアアアアアアア!!」

『この氷をどけろおおおォォォォォォウオアアアアアアァァァァァアアアア――!!』

 

 

 瞬間、閃光が走る。

 

 ばくだん岩の莫大な生命エネルギーを乗せた自爆呪文“メガンテ”の詠唱が完了し、床も壁も、溶け残った氷も全てが光に飲み込まれる。衝撃波は塔を揺らし、静寂に包まれた周囲の森を激しく揺さぶる。

 

 それのほんの一瞬の出来事で、後には音すらも残らない。

 辺りは再び静寂に包まれていた。何も聞こえない。

 

 

  *  *

 

 

「今のは……ジャミ卿の酔狂な仕掛けがようやく作動しましたか」

 

 中央の塔、第六展望室にて。

 グランバニア王国でモーリッツと呼ばれていた大臣は小窓から東の塔を見下ろす。上司が直々に設計したこの塔は如何に“メガンテ”をもってしても当然倒壊などはせず、星明かりに照らされる東の塔は何事もなかったかのように佇んでいる。

 

「む……?」

 

 入り口の向こうから足音。今の爆発が東の塔に配置した手下たちによるものだとしたら、今ここにきているのは大本命こと、グランバニア王国では王と呼び仕えていた『彼』本人だろう。

 

 モーリッツは短く息を吐いた。

 

「さて、私ももう一仕事といきましょうか」

 

 

  *  *

 

 

 東の塔、4階外縁にて。

 

「ハァーーー、ハァーーー……」

 

 満身創痍のリズは身体を引きずるようにして最上階を目指していた。

 “メガンテ”によって塔そのものは倒壊しなかったものの吹き抜けエリアの内部がことごとく吹き飛び、真下に4階層分の大穴を開けるに至った。梁の上で直撃は避けたリズだったが爆風に煽られ、ここまで転がるように落ちてきたのだった。

 

「(“ばくだん岩”が命のキケンを感じてから自爆するまで何秒だったっけ……? 忘れたニャ。ご主人にならって、ちゃんと図鑑を読んどきゃよかったニャア……。あと一秒、あのばくだん岩が耐えていたら危なかった、もう呪文(ヒャダルコ)撃てなかったニャ……)」

 

 小窓から5階の内部を覗う。めちゃくちゃに崩れてはいるが、すぐそこの内階段は何とか原型を保っているようだ。

 

「とりあえず……トレヴァに合流ニャ。あの子、ここぞってときのキハクがにゃいから心配ニャ……。はは……こんな状態のリズに心配されるとか、トレヴァもかわいそうニャ……」

 

 崩れかけの階段に前足を掛け、ゆっくりのぼり始める。

 

「とにかく一発でも、ベホイミをかけてもら――」

 

 そして足を止めた。

 リズの真横。柱の陰。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『さすがに……ここまで近寄れば、気付くか……小さき、者よ……』

「あ、あああ……」

 

 恐る恐る顔を上げた。きっと笑えるくらいに、滑稽な表情をしていただろう。

 

「なんで……生きて――!?」

 

 オークの身体はリズ以上に酷い有様だった。立派な毛皮はほとんどが消し炭になり、大やけどを負ったむき出しの皮膚の所々から未だに黒煙が立ち上っている。顔面はもともとの顔立ちが分からなくなるほどに歪み、彼の片腕、ヤリを振り回していた利き腕と思われる方の腕は肩口から消失していた。

 

『なんで、生きているか……儂にもわからん。ただあのとき、夢中で腕を()()()()()()ことで……もう少し……ほんの少しだけ長く生きることを許された……ようだ』

「……!」

『貴様のように……致命傷を避けることは、できなかったがな……。もう呪文など撃てん。音も光も遠ざかるばかり……。儂はもうじき死ぬだろう。だが……』

 

 もう片方の腕の先、残った腕の先には瓦礫から拾ったのだろう、尖った鉄の棒が握られていた。

 

『だが、儂も貴様に教わったように……醜くかろうが、泥臭かろうが、最期まで”全力”で、戦うことにしたぞ……!』

「あ……!」

 

 オークは鉄の棒をヤリのように構え、振り上げた。この間合いで、しかも深手を負った状態では、リズがその一撃を避けることはできない。

 

 

 

 もともと、リズに与えられた役割は主の道を切り開くことだ。一刻も早くフローラの元へ向かうために、雑兵にかけている時間はイーサンにはないのだ。そのためにこのオークの相手はリズが請け負った。オークはきっと、この渾身の一撃でリズを屠った後に息絶える。主であるイーサンはオークの追撃を受けることなく、フローラの元へと向かえる。例え相打ちでも、ここで共倒れになったとしても、この時点でリズは役割を果たした。十分だ。滞りなく、今回の救出作戦に支障はない。

 

 ――それでも、

 

「(それでも、それでも――! ()()()()()()()! ()()()()()()! この一撃を受け流せるのならあとはもうどうなったって構わないっ!! 生き抜くためにもう一瞬、力を振り絞れリズううううう!!)」

 

 魔力を練る。頭の奥がチカチカと弾けるような感覚。危うく意識を飛ばしそうになるも、なんとか堪えて振り下ろされる得物の切っ先に全神経を集中させる。

 眼前で生成された氷塊はあまりにも小さく、弱々しい。しかしこれが『リズの全て』であり、これに文字通り己の命を賭けようとすることなど無謀を通り越して滑稽とさえ思う。

 

 死にたくないと思った。

 役割を終えても、使命を果たしても、ここで死にたくはないと思った。しかし目の前の、吹けば飛ぶような小ささの氷塊に心が折れそうになる。こんなものでは敵の最期の一撃にたやすく弾かれ、自分はここで死ぬ。そう想像すると悔しくてたまらない。

 

 それでも、それでもと思ったのだ。

 

 

 

――おつかれーリズ! ナイスアシストだったぞ。タイミングも狙いも完璧だなあ。

 

――なんだよヘンリー。別に俺は大げさになんて言ってないぞ。感じたままに褒めてるだけだ。

 

――なあリズ? そうだよなあ。うんうん、ほんとに、

 

 

 

――リズのヒャドは世界イチ、だよな!

 

 

 

『オオオオオオオオオオオオオンンンン!!』

「――ッシャアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 放たれた細い氷塊はオークの腕とかち合い、粉々に砕け散る。

 しかし振り下ろされる一撃の軌道は僅かに逸れ、鉄の棒はリズの真横、すぐ横の床に突き刺さった。同時にオークの両足から力が抜け、地響きと共にリズの目の前に倒れ伏す。彼の目に、もう光は宿っていなかった。

 

「う、ぐ……」

 

 突き刺さった棒に寄りかかるようにして倒れる。ゆっくりと呼吸を整えようとすると、喉の奥がごぽごぽと鳴った。

 

「能力も……覚悟も……オマエの方が上だった……。リズが勝てたのは……まぐれニャ。誰が見てもそう言うし……リズもそう思う……ニャ。でももし、差がついたと……するなら……」

 

 息をしなくなったオークの顔を見た。焼け焦げた片耳に金属製の札がついている。

 ニンゲンがよくお洒落で身につけるピアスのようにも見えるが、ひしゃげた札の表面には乱雑な字体で『No.20』とだけ刻まれていた。

 

「…………」

 

 彼は主のために戦うことを何よりも誇りにしていた。誇りを語る彼の表情を思い出す。

 

「なあ……『オマエ』は主に、……何て呼んで欲しかったニャン」

 

 

 

 

 





次回 《デモンズタワー⑤ ワタシの翼は絆の証》

10/23(日) 18:00~更新予定

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