蒼穹の花嫁 ~ドラゴンクエストⅤ:parallel~ 作:イチゴころころ
お久しぶりです。イチゴころころです。
デモンズタワー突入辺りから、残酷な描写タグがそれなりに生き生きし出した気がします。
みんなには頑張って欲しい、生きて欲しいと思いながら書いています。
サイコパスかもしれない。
“キメラ”とは、“合成生物”の別称である。
蛇の胴体に、ハゲタカの頭と翼を合成させられて生まれた魔物だ。しかしすべての個体が合成によって生み出されるわけではなく、現代の空を飛ぶキメラは例外なく、他の生物同様繁殖によって生を受けている。気が遠くなるほどの昔、何者がどんな意志を持ってハゲタカと蛇を合成したのかは不明だが、その歪とも取れる生命はひとつの『
彼女は“トレヴァ”という名前をもらう前、何の変哲もない一羽のキメラだった。種族特有の高い知能を用いて群れを成し、集団で狩りをするルラフェン地方のキメラでしかなかった。木々の間を自由に飛び、小動物や木の実を食べて生きていた。たまに行商人が通りがかったときは、群れで襲いにいくこともざらだ。ただニンゲンを捕食対象としているわけではなく、狙うのはあくまで積み荷となっている食料の方だ。ニンゲンの方もそれをわかっているのか、平原を飛ぶ“キメラ”に関してそれほど脅威に感じることもなく、ただの迷惑なモンスターという認識だった。ニンゲンとキメラの間で、不思議な線引きがされていたのだ。“トレヴァ”になる前の彼女も、そのことを自然と理解していた。
あの日までは。
――食べないで! 殺さないで!
その日、運悪くキメラの群れに襲われた行商人の馬車隊。商人の子供であろうひとりの少年は滑空する彼女に向かってそう叫んだ。
ニンゲンの言葉はまだ知らない。しかし目の前の無垢な少年は『捕食されること』と『命を失うこと』を恐れているのだと、彼女は直感で理解した。
キメラがニンゲン本体を襲うことは少ない。リスクが高いことを知っているからだ。しかしそれは少なからず武装した“大人”相手の場合のみ通用する話であり、……目の前の少年は武装もせず、敵意もない。体格でさえ、キメラよりも一回り小さいのだ。その気になれば一撃で命を絶ち、巣に持ち帰ることができる。そこまで考えると、彼女は『かわいそうだからやめよう』と思い、少年に背を向けた。
その瞬間である。
――――かわいそう、って なにが?
彼女の脳裏は真っ白に染まった。今の今まで一度も、森に棲む小動物や湖を泳ぐ魚、たわわに実る木の実――。それらすべての
それから何日も、彼女はこれまでにないほど思考した。知能の高いキメラだが、彼女に芽生えた感情を群れの誰かに説明するほどの言語は得ていない。自分らは常に、生きるために誰かを、何かを傷つけないといけない。そのことが怖く、次第に食事すらも億劫になっていった。
何度目かの日の出と共に、彼女は群れを去った。“このこと”に疑問も持たずに生きる同族が、とても恐ろしく思えたからだ。しかし既に食事を絶って数日。遠くまで飛んでいける体力はなく、力なく草むらの上に倒れ込む。目の前を一匹のウサギが通りかかった。咄嗟に食べたいと思い、そう思った自分を嫌悪した。このままでは死ぬ、そんなことはわかっている。きっと自分は生物として欠陥品なのだろうと、そう思うと悔しくて仕方がなかった。
その数分後、彼女はとある出会いを果たし、晴れて“トレヴァ”となる。さすらいの魔物使いが差し出した魔物用のエサもまた、きっと多少なりとも誰かの命を削って作られた食料なのだろう。それでも、クチバシの間に広がるその食感はとても温かく感じた。
* *
「く――!?」
夜の森。その上空を滑空するトレヴァは、背後から放たれた“ベギラマ”を紙一重で躱した。空中戦では背後についた方が有利である。呪文を撃つにせよ打撃を与えに行くにせよ、進行方向に放つ方が簡単だからだ。彼女は何度かこのポジションを覆そうとターンを仕掛けていたが、教団の刺客たる“巨大なキメラ”には速度でも旋回性能でも劣っていて背後を取れない。攻撃こそ受けてはいないが、防戦一方の状態だった。
「単純な能力 なら ……間違いなく不利!! でも マスター なら !!」
トレヴァは翼をすぼめ急降下した。生い茂る枝と葉を器用に避け、森の中を低空飛行する。
「見失う ワケにはいかない でしょう。 追ってくるしか ない!」
狙い通り、追跡者も高度を落として森の中に突入してくる。木々が大きく揺れ、何本もの枝がへし折れる音が聞こえた。
「――そして、ここなら。 森の中なら 身体の大きなアナタの方が不利っ!」
枝の間から敵の姿が見えた瞬間、トレヴァは全力で翼を動かして旋回した。木の幹や枝を避けながらの、最短・最速の旋回だ。敵が体勢を整える前に背後につく。そうなればこのフィールドでは、易々と背後を取り返されはしない。
「(取った! この木の向こうに――――!)」
一瞬の間だけトレヴァを見失っている敵がいるはず。しかしそこで彼女は寒気を覚えた。木の陰の向こうには確かに敵の気配があるが、その周囲の空気が微かに揺らめくのを感じたのだ。
「(これは――呪文!?)」
次の瞬間、今まさにトレヴァが回り込もうとしていた大木が発火した。
「うああ!?」
咄嗟に距離を取る。見れば先ほどの大木以外にも、トレヴァの前後左右、周囲の木のすべてに炎は燃え広がっていた。
「な、なああ!?」
このままでは焼け死ぬことは免れない。トレヴァは翼をはためかせ、ついさっき潜ってきた枝の間を上昇していった。
再び森の上空。空からの星明かりと森に広がる炎の灯りに照らされて、敵のキメラがこちらを見下ろしている。敵はトレヴァの狙いを悟った直後、森に“ベギラマ”を放ち、すぐに上空へと戻ったのだ。上手くいけば目障りな小さいキメラは焼死し、そうでなくとも不利なフィールドでの戦闘を無理矢理封じられる。障害物のない上空での戦闘では、単純な身体能力で劣る相手に背後を取らせはしないだろう。
冷ややかな目でトレヴァを睨む敵に対し、トレヴァは怒りを露わにした。彼女の耳には、焼ける木々の軋む音と逃げ惑う動物たちの鳴き声が届いている。
「なんて こと……!」
誰かを傷つけたくない。それが長い旅の果てに自覚した、彼女の行動原理だった。自分が食事を必要とする生物である以上、完璧にそれを成すことは不可能だということは重々承知している。その上で、誰かが傷つく場面は少しでも減らしたい。彼女はそう考えるようになった。全滅を前提にしたマービンの待機命令に納得がいかないのも、
世の魔物が聞いたら、いや、これはニンゲンですら鼻で笑うだろう自己満足だ。流行り言葉では“エゴ”とも言うのだとか。しかし種族らしくなくて良いこと、矛盾していても良いということは他でもないイーサンが戴冠をもって教えてくれた。トレヴァは自分のこの考えを、時には主の命令に反するとわかっていながらも誇りに思っている。
だからこそ許せないのだ。
「見境なく 森を焼くなんて! どうしてこんな ひどいことができるの!?」
『……』
鬼気迫るトレヴァの表情に敵は少しだけ目を細め、ここで初めて言葉を発した。
『キミ やる気 あるの?』
「え……」
たどたどしい人語。しかしその声色と表情からは、呆れと哀れみが伝わってくる。
『戦う 気 ないでしょ』
「なに 言って……」
『キミも ボクも 森、 リヨウした。 何が違う?』
「違う。 アナタのやり方は、 命を蔑ろに――」
『そうでしょ? どうでもいいでしょ。 他の命なんて』
「……」
敵は翼を広げ、トレヴァの周りを滑空した。
『ボクは 生きるために 教団に入った。 その方が、 群れにいるより 生きやすいから。 それだけ。 それ以外 ない。 それ以外 どうでもいい。 ボクが無事に生きられれば それでいい』
彼は間違ったことは言っていない。そう感じる。
『
ふらりと上空に舞う。翼を伸ばすと心地よかった。教団のお陰で大きくなった自分の翼。ただのキメラだった以前よりも格段に『生きやすい』。
「……その通り だね」
眼下で俯く小さなキメラ。彼女はまさに過去のボクだなと、彼はそう思った。弱々しく、毎日が命がけ。必死で生きるしかない。とても哀れだと、そう思った。
「アナタは、 昔のワタシみたいだ」
だから、目の前の彼女にそう言われたときは本当に驚いた。
『……うん?』
「否定しないよ。 アナタの考え。 昔のワタシそっくりだから」
何を言っているのかわからなかった。逆だろ、そっちが昔のボクにそっくりなんだ。そう思った。さらに、ボクだったら昔の弱いボクは、生きづらいボクは否定したいのだと、そう思った。
「否定しないけど 許しもしない。 アナタは昔のワタシだから この手で倒して、 乗り越えるね」
『……!』
トレヴァは首を捻り、首元の毛皮に隠していたブーメラン、イーサンに渡された予備の武器をくわえた。そして目の前の敵に向かって渾身の力で投げつけた!
『なに――!?』
「ふっ!!!」
そして一瞬遅れて、弧を描くブーメランとは逆側から全速力で突撃する。投擲されたブーメランに目を奪われた敵はその動きへの反応ができない。
「生きづらくて 良いの! アナタの言う 余計なことを考えてるから こうやって ワタシは道具を使えるの!」
そうしてトレヴァのクチバシが敵の首を捉える直前――、
敵は一瞬にして彼女の背後に回り、その片翼に食らいついていた。
「…………え?」
『やっぱ キミこそが昔のボクだ。 その程度が全速力で 生きづらくはないの?』
「やめ――」
『……“ベギラマ”』
ゼロ距離で放たれた火炎放射は翼の根元を焼き千切り、衝撃波に吹き飛ばされた彼女の身体はくるくると円を描きながら、燃えさかる森の中へと落ちていった。
『ぺっ』
彼は焼け残った彼女の片翼を無造作に吐き出し、遙か遠くに見えるデモンズタワーへ向けて翼を動かす。
感傷はない。心底どうでもいい。この後もただ、命令通りにニンゲンどもの妨害をし、その褒美にきっとまた生きやすくなるクスリをもらえる。そのことが楽しみなだけだった。
『バイバイ 昔のボク』
次回 《デモンズタワー⑥ 50ゴールドの奇跡》
10/30(日) 18:00~更新予定